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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023173821
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】水分散性セリシンナノ粒子
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/435 20060101AFI20231130BHJP
   C07K 1/14 20060101ALN20231130BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20231130BHJP
【FI】
C07K14/435 ZNA
C07K1/14
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】23
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086321
(22)【出願日】2022-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】亀田 恒徳
(72)【発明者】
【氏名】寺本 英敏
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA51
4H045EA34
4H045FA71
4H045FA74
4H045GA01
(57)【要約】
【課題】高分子性セリシンを水又は水溶液中で安定に分散させる方法を提供することである。
【解決手段】セリシン2及び/又はセリシン3の全長及び/又はその部分断片を含み、かつ実質的にセリシン1を含まない、水分散性ナノ粒子を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セリシン2及び/又はセリシン3の全長及び/又はその部分断片を含み、かつ実質的にセリシン1を含まない、水分散性ナノ粒子。
【請求項2】
前記セリシン2が、
a) 配列番号1で示すアミノ酸配列、
b) 配列番号1で示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、若しくは
c) 配列番号1で示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/若しくは置換されたアミノ酸配列
を有し、及び/又は
前記セリシン3が、
d) 配列番号2で示すアミノ酸配列、
e) 配列番号2で示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、若しくは
f) 配列番号2で示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/若しくは置換されたアミノ酸配列
を有する、請求項1に記載の水分散性ナノ粒子。
【請求項3】
全長のセリシン2及び/又は全長のセリシン3を含む、請求項1に記載の水分散性ナノ粒子。
【請求項4】
セリシン2及びセリシン3を含む、請求項1に記載の水分散性ナノ粒子。
【請求項5】
平均粒子サイズが5nm~250nmである、請求項1に記載の水分散性ナノ粒子。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の水分散性ナノ粒子を含む組成物。
【請求項7】
低級アルコールを含む、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
前記低級アルコールがエタノールである、請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
皮膚消毒用である、請求項7に記載の組成物。
【請求項10】
請求項1~5のいずれか一項に記載の水分散性ナノ粒子を含む、乾燥粉末。
【請求項11】
請求項1~5のいずれか一項に記載の水分散性ナノ粒子を分散した分散液。
【請求項12】
セリシン2及び/又はセリシン3を含む水分散性ナノ粒子の製造方法であって、
2.4重量%以下のセリシン溶液を有機溶媒中で粒子状に凝固させる粒子化工程、
前記粒子化工程で得られた粒子から有機溶媒を除去する除去工程、
前記粒子を水又は水溶液中に分散する分散工程、及び
前記分散工程後に水相中のセリシン2及び/又はセリシン3を含む水分散性ナノ粒子を回収する回収工程
を含む、前記方法。
【請求項13】
前記粒子化工程の前に、高極性溶媒を用いてセリシンを前記2.4重量%以下のセリシン溶液に調製する調製工程をさらに含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記セリシンが繭及び/又は絹糸から抽出される、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記抽出が臭化リチウム溶液を用いる、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記抽出と前記調製工程との間に透析を行う、請求項14又は15に記載の方法。
【請求項17】
前記繭がセリシン蚕系統由来である、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
前記セリシン蚕系統がセリシンホープである、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記粒子化工程で前記セリシン溶液を有機溶媒中に撹拌しながら滴下する、請求項12に記載の方法。
【請求項20】
前記粒子化工程と前記除去工程との間に、前記粒子化工程で得られた粒子塊を解離する、請求項12に記載の方法。
【請求項21】
前記除去工程が有機溶媒を乾燥により除去する、請求項12に記載の方法。
【請求項22】
前記有機溶媒がエタノールである、請求項12に記載の方法。
【請求項23】
前記回収工程後の水分散性ナノ粒子を乾燥する乾燥工程を含む、請求項12に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水分散性ナノ粒子、水分散性ナノ粒子を含む組成物、及び水分散性ナノ粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カイコの繭を構成する絹糸は、フィブロイン及びセリシンの2種類のタンパク質から構成される。フィブロインは絹糸の繊維を形成するタンパク質であるのに対して、セリシンはフィブロインが形成する繊維の外側を層状に覆う糊状タンパク質である。
【0003】
これまでフィブロインは繊維材料としての利用が進められてきたが、セリシンは製糸過程で除去される成分であった。しかしながら、近年、セリシンの新たな機能性として、保湿性、抗酸化性、細胞増殖活性、アパタイト形成能、及びゲル形成能等が次々と明らかになっている。それ故、セリシンを機能性素材として利用する新たな保健衛生用資材や医療素材等の開発が期待されている。
【0004】
通常、セリシンはカイコの繭を原料として抽出される。その抽出過程では繭全体の約70%以上を占めるフィブロインからセリシンだけを分離する必要がある。セリシンは高分子の状態では水にほとんど溶けないが、部分分解によって分子量を低下させれば、水溶性を高めることができる。それ故、従来のセリシン抽出技術は、セリシンを部分的に分解し、水溶液中へ溶出する方法に基づいている。例えば、熱、圧力、及び/又は試薬を用いてセリシンを部分的に分解し、それによってセリシンの水溶性を高める方法が知られている。試薬を用いる場合は、酸加水分解、アルカリ加水分解(非特許文献1)、又は酵素分解(非特許文献2)によって分子量が低下したセリシンが水溶液中に溶出される。また、高温高圧処理を用いてセリシンを部分的に分解する方法も知られている。このように、従来の方法はいずれも分子量低下に基づいてセリシンを溶出させる点で共通しており、抽出後に得られるセリシンは高分子性を失っていた。
【0005】
そのような高分子性を喪失したセリシンは、セリシン本来の機能が失われており、高機能性を十分に利用することができないことが知られている(特許文献1~2、非特許文献3)。また、部分分解されたセリシンでは、品質の再現性が得られにくい。それ故、従来の抽出技術では品質管理が困難である点もセリシンの産業利用に対する障害となっていた。
【0006】
したがって、高機能性を保持した高分子性セリシンを利用可能とするために、高分子性セリシンを水又は水溶液中で安定に分散させる方法が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-132540
【特許文献2】特開2020-132539
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】角替利策、「絹の精練に就て」、繊維工業学会誌、1(1)、46-55、1935年
【非特許文献2】中条紀三、「アルカリプロテアーゼによる絹の精練」、カイコ絲科學研究所彙報、26、29-38、1977年
【非特許文献3】寺本英敏、村上麻理亜、亀田恒徳、「循環透析法による高分子量セリシン水溶液の脱塩」、日本シルク学会誌、22、51-56、2014年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、高分子性セリシンを水又は水溶液中で安定に分散させる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する足掛かりとして、本発明者らは、セリシン蚕に着目した。「セリシン蚕(せりしんさん)」は、フィブロインの産生能が劣った、又は喪失したカイコ品種であり、セリシンを大量に生産する(特許第3374177号)。通常のカイコ品種の繭ではセリシンは30%程度しか含まれていないのに対して、セリシン蚕が作る繭は、その99%近くをセリシンだけが占めている。そのため、セリシン蚕をセリシン抽出の原料として用いれば、フィブロインからの分離プロセスを省略することができる。
【0011】
本発明者らは、セリシン蚕の繭を所定の条件で処理することにより高分子性セリシンの水溶液を調製できること、及びこの水溶液を有機溶媒中で凝固させることによってナノ粒子が形成されることを見出した。また、このナノ粒子には、顕著な水分散性を示すナノ粒子と非水分散性のナノ粒子の2種類が含まれており、両者は特定の工程を経ることにより分離可能であることを見出した。この方法で得られた水分散性ナノ粒子は、乾燥後に再度水に浸漬すると瞬時に分散し、長期に亘って沈殿を伴うことなく安定な分散状態を維持した。さらに、この水分散性ナノ粒子は、セリシン2及び/又はセリシン3を含むがセリシン1を実質的に含まないというユニークな構成を有することを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、上記研究成果に基づくものであって、以下を提供する。
【0012】
(1)セリシン2及び/又はセリシン3の全長及び/又はその部分断片を含み、かつ実質的にセリシン1を含まない、水分散性ナノ粒子。
(2)前記セリシン2が、
a) 配列番号1で示すアミノ酸配列、
b) 配列番号1で示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、若しくは
c) 配列番号1で示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/若しくは置換されたアミノ酸配列
を有し、及び/又は
前記セリシン3が、
d) 配列番号2で示すアミノ酸配列、
e) 配列番号2で示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、若しくは
f) 配列番号2で示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/若しくは置換されたアミノ酸配列
を有する、(1)に記載の水分散性ナノ粒子。
(3)全長のセリシン2及び/又は全長のセリシン3を含む、(1)又は(2)に記載の水分散性ナノ粒子。
(4)セリシン2及びセリシン3を含む、(1)~(3)のいずれかに記載の水分散性ナノ粒子。
(5)平均粒子サイズが5nm~250nmである、(1)~(4)のいずれかに記載の水分散性ナノ粒子。
(6)(1)~(5)のいずれかに記載の水分散性ナノ粒子を含む組成物。
(7)低級アルコールを含む、(6)に記載の組成物。
(8)前記低級アルコールがエタノールである、(7)に記載の組成物。
(9)皮膚消毒用である、(7)又は(8)に記載の組成物。
(10)(1)~(5)のいずれかに記載の水分散性ナノ粒子、又は(6)に記載の組成物を含む、乾燥粉末。
(11)(1)~(5)のいずれかに記載の水分散性ナノ粒子、又は(6)に記載の組成物を分散した分散液。
【0013】
(12)セリシン2及び/又はセリシン3を含む水分散性ナノ粒子の製造方法であって、
2.4重量%以下のセリシン溶液を有機溶媒中で粒子状に凝固させる粒子化工程、
前記粒子化工程で得られた粒子から有機溶媒を除去する除去工程、
前記粒子を水又は水溶液中に分散する分散工程、及び
前記分散工程後に水相中のセリシン2及び/又はセリシン3を含む水分散性ナノ粒子を回収する回収工程
を含む、前記方法。
(13)前記粒子化工程の前に、高極性溶媒を用いてセリシンを前記2.4重量%以下のセリシン溶液に調製する調製工程をさらに含む、(12)に記載の方法。
(14)前記セリシンが繭及び/又は絹糸から抽出される、(13)に記載の方法。
(15)前記抽出が臭化リチウム溶液を用いる、(14)に記載の方法。
(16)前記抽出と前記調製工程との間に透析を行う、(14)又は(15)に記載の方法。
(17)前記繭がセリシン蚕系統由来である、(14)~(16)のいずれかに記載の方法。
(18)前記セリシン蚕系統がセリシンホープである、(17)に記載の方法。
(19)前記粒子化工程で前記セリシン溶液を有機溶媒中に撹拌しながら滴下する、(12)~(18)のいずれかに記載の方法。
(20)前記粒子化工程と前記除去工程との間に、前記粒子化工程で得られた粒子塊を解離する、(12)~(19)のいずれかに記載の方法。
(21)前記除去工程が有機溶媒を乾燥により除去する、(12)~(20)のいずれかに記載の方法。
(22)前記有機溶媒がエタノールである、(12)~(21)のいずれかに記載の方法。
(23)前記回収工程後の水分散性ナノ粒子を乾燥する乾燥工程を含む、(12)~(22)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、高分子性セリシンを水又は水溶液中で安定に分散させることができる。また、本発明によれば、高分子性セリシンで構成された水分散性ナノ粒子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】水分散性ナノ粒子を製造する方法の各工程を示す図である。水分散性ナノ粒子の製造方法は、セリシンを粒子状に凝固させる粒子化工程(S0103)、有機溶媒を除去する除去工程(S0104)、粒子を水又は水溶液中に分散する分散工程(S0105)、並びに水相中のセリシン2及び/又はセリシン3を含む水分散性ナノ粒子を回収する回収工程(S0106)を必須工程として含み、セリシン溶液を調製する調製工程(S0102)、及び回収工程後の水分散性ナノ粒子を乾燥する乾燥工程(S0108)を選択工程として含む。
図2】粒子化工程後に得られたナノ粒子を分析した結果を示す図である。(A)ナノ粒子を透過型電子顕微鏡で観察した結果を示す。この図に示すナノ粒子は、滴下時の条件がセリシン濃度0.1重量%に対応する。(B)粒子化工程において0.1~2.4重量%のセリシン水溶液をエタノール中に滴下して得られたナノ粒子のサイズを動的光散乱法を用いて測定した結果を示す。
図3】分散工程後に得られた水分散性ナノ粒子と非水分散性ナノ粒子を分析した結果を示す図である。(A)分散工程後に得られた水相(図中のPhase D)と不溶物(図中のPhase S)を示す。Phase Dは水分散性ナノ粒子を含み、Phase Sは非水分散性ナノ粒子を含む。(B)Phase Sに含まれる非水分散性ナノ粒子が、凍結乾燥後に再び水中に浸漬しても分散せず、不溶物として残った様子を示す。(C)Phase Dに含まれる水分散性ナノ粒子を、凍結乾燥後に再び水中に浸漬すると完全に分散した様子を示す。(D)Phase Dに含まれる水分散性ナノ粒子を透過型電子顕微鏡で観察した結果を示す。
図4】各工程後のセリシンのバリアント構成をSDS-PAGEで解析した結果を示す図である。各レーンは、調製工程後のセリシン水溶液(Native Sericin)、分散工程後の不溶物(Phase S)、及び分散工程後の水相(Phase D)を示す。水分散性ナノ粒子に対応するPhase Dでは、セリシン2(約230kDa)及びセリシン3(約250kDa)が検出された一方、セリシン1(約400kDa)は検出されなかった。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.水分散性ナノ粒子
1-1.概要
本発明の第1の態様は、水分散性ナノ粒子である。本発明の水分散性ナノ粒子は、セリシン2及び/又はセリシン3を含み、かつ実質的にセリシン1を含まないことを特徴とする。本発明の水分散性ナノ粒子によれば、水又は水溶液中に浸漬すると速やかに分散し、長期に亘って分散状態を維持することができる。
【0017】
1-2.定義
本明細書で頻用する以下の用語について定義する。
「フィブロイン」は、絹糸における繊維成分を構成するタンパク質である。カイコのフィブロインは、主として3つのタンパク質、すなわち、フィブロインH鎖(Fib H)、フィブロインL鎖(Fib L)、及びp25/FHXで構成されている。
【0018】
「セリシン」は、絹糸においてフィブロインが形成する繊維の外側を層状に覆うタンパク質である。カイコでは、セリシンは、中部絹糸腺細胞内で合成され、合成後に中部絹糸腺内腔中に分泌される。セリシンの機能としては、フィブロイン繊維同士の接着の他、外的刺激からのフィブロイン繊維の保護が知られている。カイコは孵化直後の段階から吐糸可能であるが、各齢で吐糸する絹糸と繭の絹糸ではタンパク質成分が異なっており、含まれるセリシンのバリアント構成も異なる。一般にカイコでは、4種類のセリシン遺伝子(Ser1、Ser2、Ser3、及びSer4)から生合成される6種類程度のセリシンタンパク質バリアント(セリシン1A'、セリシン1C、セリシン1D、セリシン2、セリシン3、及びセリシン4)が知られている。このうち、繭に含まれる主要なセリシンのバリアントは4種類(セリシン1A’、セリシン1C、セリシン1D、及びセリシン3)である。一方、残りの2種類のバリアント(セリシン2及びセリシン4)は繭には存在しないか、存在しているとしても微量であると考えられていたが、本明細書の実施例では、セリシン2が繭中にも含まれていることが見出された。なお、本明細書中で単に「セリシン」と表記した場合、特に断りのない限りセリシンの総称を意味するものとする。セリシンは高分子の状態では水にほとんど溶けないことが知られている。
【0019】
「セリシン1」は、セリシン1(Ser1)遺伝子にコードされるタンパク質である。セリシン1には、セリシン1C(Ser1C)、セリシン1D(Ser1D)、セリシン1B(Ser1B)、セリシン1A(Ser1A)、及びセリシン1A'(Ser1A')の5種類のバリアントが知られている。なお、セリシン1C、セリシン1D、又はその組み合わせは、セリシンMと称する場合もある。また、セリシン1A'はセリシン1Pとも呼ばれる。本明細書中で単に「セリシン1」と表記した場合、特に断りのない限りセリシン1の総称を意味するものとする。カイコの繭に含まれているセリシン1としては、セリシン1C及びセリシン1DからなるセリシンMが最も多く含まれており、セリシン1A'からなるセリシン1Pが次に多く含まれることが知られている。本態様の水分散性ナノ粒子は、このセリシン1を実質的に含まないことを特徴とする。
【0020】
「セリシン2」は、セリシン2(Ser2)遺伝子にコードされるタンパク質である。セリシン2として、セリシン2-large(Ser2-large)及びセリシン2-small(Ser2-small)の2種類のバリアントが知られている。セリシン2-largeの具体例として、配列番号1で示すアミノ酸配列からなるカイコのセリシン2-largeが挙げられる。カイコのセリシン2-largeは、アミノ酸配列から算出される分子量は198,647Daであるが、SDS-PAGEでは約230kDaの位置にバンドが検出されることが知られている。セリシン2-smallは、セリシン2-largeにおいて9番目のエクソンに対応するアミノ酸配列を欠いており、SDS-PAGEでは約120kDaの位置にバンドが検出されることが知られている。セリシン2は、配列番号3~6で示すアミノ酸配列を繰り返し配列として含む。セリシン2は、本態様の水分散性ナノ粒子における主要成分の一つである。
【0021】
「セリシン3」は、セリシン3(Ser3)遺伝子にコードされるタンパク質である。セリシン3はセリシンAとしても知られている。セリシン3の具体例として、配列番号2で示すアミノ酸配列からなるカイコのセリシン3が挙げられる。セリシン3は、配列番号7~11で示すアミノ酸配列を繰り返し配列として含む。セリシン3は、本態様の水分散性ナノ粒子における主要成分の一つである。
【0022】
本明細書において「絹糸腺」とは、液状絹を産生し、蓄積し、また分泌する機能を有する唾液腺の変化した管状器官である。絹糸腺は、通常、絹糸を吐糸することのできる昆虫の、主として幼虫の消化管に沿って左右一対で存在し、各絹糸腺は、前部、中部及び後部絹糸腺の3領域で構成されている。
【0023】
本明細書において「セリシン蚕系統」とは、フィブロインの合成経路に関与する遺伝子に変異を生じたカイコの変異系統であり、Nd系統、Nd-s系統、及びNd-sD系統等が挙げられる。セリシン蚕系統は、セリシンホープであってもよい(特許第3374177号)。セリシン蚕系統は、前述のようにフィブロインの産生能が劣った、又は喪失した系統のため正常な繭を生産することができない。例えば、通常のカイコ系統は営繭し、セリシンはその繭に30%程度含まれているのに対して、セリシン蚕系統は営繭できないか、できても、セリシンが繭の99%近くを構成する。前述のセリシンホープは、セリシン蚕系統において、営繭が可能な営繭性セリシン蚕系統として知られている。セリシンホープは、セリシンのみからなる繭を営繭できるため、純粋なセリシンの生産系として利用することができる。
【0024】
本明細書において「全長」とは、生体内で合成されて機能するタンパク質に相当するアミノ酸配列の全体、又はそれをコードする遺伝子における塩基配列の全体を意味する。原則として、遺伝子の場合、開始コドンから終止コドンまでが全長遺伝子に該当し、タンパク質の場合、前記全長遺伝子にコードされるアミノ酸配列からなるペプチドが全長タンパク質に該当する。ただし、分泌性タンパク質の場合、N末端側に含まれる内因性のシグナルペプチドは、分泌過程で切断、除去されて、最終的には包含されない。それ故に、分泌性タンパク質の場合は、「全長」にはシグナルペプチドが含まれなくてもよい。前述のフィブロインやセリシン等は分泌性タンパク質である。
【0025】
「シグナルペプチド」とは、遺伝子発現によって生合成されたタンパク質を細胞外に分泌させる際に必要となる細胞外移行シグナルである。シグナルペプチドは、翻訳後、細胞外に分泌される前にシグナルペプチダーゼによって切断除去される。セリシン2-largeのシグナルペプチドは、配列番号1で示すアミノ酸配列において1位~18位からなるアミノ酸配列である。また、セリシン3のシグナルペプチドは、配列番号2で示すアミノ酸配列において1位~18位からなるアミノ酸配列である。
【0026】
本明細書において「部分断片」とは、タンパク質の一部領域を含むポリペプチド又はペプチドをいう。部分断片は、全長タンパク質の活性、例えば水分散性ナノ粒子を形成する活性を保持するものであることが好ましい。例えば、全長タンパク質の活性の50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、98%以上、又は同等以上を保持するものであってもよい。部分断片のアミノ酸長は、全長タンパク質の活性を保持する限り特に制限しないが、例えば、全長の50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、又は98%以上であってもよい。好ましいセリシンの部分断片は、高分子である。
【0027】
本明細書において「高分子」とは分子量の大きな分子であり、例えば多数のモノマー分子が重合しているポリマー分子が該当する。より具体的には、分子量が数千以上の分子であればよい。
【0028】
本明細書において「高分子性セリシン」とは、高分子性を有するセリシンである。本明細書において高分子性セリシンは、好ましくは全長セリシンである。ただし、高分子性を有する限り、必ずしも全長である必要はなく、そのアミノ酸配列の一部が分解されていてもよい。高分子性セリシンは、好ましくは天然に近い状態のセリシンであり、より好ましくは分解されていない全長セリシンである。
【0029】
本明細書において「分散」とは、微細な粒子が媒質中に浮遊する現象をいう。分散する粒子は固体粒子又は液体粒子のいずれであってもよい。また、媒質も気体、液体、又は固体等の状態があり得るが、本明細書では特に液体が該当する。なお、本明細書において「分散」は「溶解」を包含する用語として使用する。微細な粒子が液体中に浮遊している系を「分散液」という。なお、固体粒子が分散する分散液を特に懸濁液(サスペンション)、また液体粒子が分散する分散液を特に乳濁液(エマルション)という。
【0030】
本明細書において「水分散性」とは、微細な粒子が水又は水溶液等の水性媒質に分散する性質をいう。例えば、水又は水溶液等の水性媒質に浸漬し、必要に応じて撹拌処理又は振盪処理等の物理的刺激を与えることによって分散すればよい。
【0031】
本明細書において「非水分散性」とは、微細な粒子が水又は水溶液等の水性媒質に実質的に分散しない性質をいう。具体的には、微細な粒子を水又は水溶液等の水性媒質に浸漬し、撹拌処理又は振盪処理等の物理的刺激を与えても実質的に分散しない場合等が該当する。非水分散性の粒子は、水又は水溶液等の水性媒質中に浸漬しても、水性媒質に混じり合った状態を維持できず、凝集塊を形成するか、又は沈殿し得る。
【0032】
本明細書において「ナノ粒子」とは、ナノメートル(nm)オーダーの粒径を有する粒子をいう。ナノ粒子は、狭義では1nm~数百nmの粒径を有する粒子を指すが、本明細書では数十マイクロメートル(μm)のオーダーの粒径を有する粒子までを包含する広義の粒子をいう。好ましい粒径には、1nm~10μm、1nm~1μm、1nm~500nm、5~250nm、又は7nm~217nmが挙げられる。
【0033】
本明細書において「複数個」とは、2以上の整数、例えば、2~10個、2~7個、2~5個、2~4個又は2~3個の整数をいう。
【0034】
本明細書においてアミノ酸の「同一性」とは、比較する2つのポリペプチドのアミノ酸配列において、アミノ酸残基の一致数が最大となるように、必要に応じて一方又は双方に適宜ギャップを挿入して整列化(アラインメント)したときに、全アミノ酸残基数における一致アミノ酸残基数の割合(%)をいう。
【0035】
本明細書において「アミノ酸の置換」とは、天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸間において、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似する保存的アミノ酸群内での置換をいう。例えば、低極性側鎖を有する無電荷極性アミノ酸群(Gly, Asn, Gln, Ser, Thr, Cys, Tyr)、分枝鎖アミノ酸群(Leu, Val, Ile)、中性アミノ酸群(Gly, Ile, Val, Leu, Ala, Met, Pro)、親水性側鎖を有する中性アミノ酸群(Asn, Gln, Thr, Ser, Tyr, Cys)、酸性アミノ酸群(Asp, Glu)、塩基性アミノ酸群(Arg, Lys, His)、芳香族アミノ酸群(Phe, Tyr, Trp)内での置換が挙げられる。
【0036】
本明細書において「高極性溶媒」とは、親水性の高い溶媒を意味する。高極性溶媒はセリシン溶液を調製可能であれば限定しない。例えば、水又は水溶液であってもよい。
【0037】
1-3.構成
本発明の水分散性ナノ粒子は、セリシン2及び/又はセリシン3を含み、かつ実質的にセリシン1を含まないことを特徴とする。
【0038】
本明細書において、「実質的にセリシン1を含まない」とは、水分散性ナノ粒子に含まれるセリシン1の量が検出できない程度に低いことを意味する。例えば、水分散性ナノ粒子に含まれるセリシン1の量が、セリシン2又はセリシン3との重量比で5%以下、1%以下、0.5%以下、0.1%以下、0.05%以下、0.01%以下、又はセリシン1を全く含まない0%等が挙げられる。好ましくは0.01%以下、より好ましくは0%である。
【0039】
本発明の水分散性ナノ粒子は、セリシン2を含み、セリシン3を含まない場合、セリシン3を含み、セリシン2を含まない場合、又はセリシン2及びセリシン3を含む場合のいずれであってもよい。本発明の水分散性ナノ粒子がセリシン2及びセリシン3を含む場合、水分散性ナノ粒子に含まれるセリシン2に対するセリシン3の比率は、特に限定しない。
【0040】
また、本発明の水分散性ナノ粒子に含まれるセリシン2及びセリシン3は、いずれも全長で構成されていてもよいし、その部分断片であってもよいし、あるいはそれらの組合せであってもよい。セリシン2及び/又はセリシン3の部分断片のアミノ酸長は限定しないが、高分子であることが好ましい。
【0041】
一実施形態において、本発明の水分散性ナノ粒子は全長のセリシン2及び/又は全長のセリシン3を含む。
【0042】
本発明の水分散性ナノ粒子に含まれるセリシン2は、セリシン2-large又はセリシン2-smallのいずれであってもよい。好ましくはセリシン2-largeである。
【0043】
一実施形態において、セリシン2-largeのアミノ酸配列は、配列番号1で示すアミノ酸配列であってもよい。また、さらなる実施形態において、セリシン2-largeのアミノ酸配列は、配列番号1で示すアミノ酸配列に対して60%以上、70以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列であってもよい。また、さらなる実施形態において、セリシン2-largeのアミノ酸配列は、配列番号1で示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/若しくは置換されたアミノ酸配列であってもよい。
【0044】
一実施形態において、本発明の水分散性ナノ粒子に含まれるセリシン3のアミノ酸配列は、配列番号2で示すアミノ酸配列であってもよい。また、さらなる実施形態において、セリシン3のアミノ酸配列は、配列番号2で示すアミノ酸配列に対して60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列であってもよい。また、さらなる実施形態において、セリシン3のアミノ酸配列は、配列番号2で示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/若しくは置換されたアミノ酸配列であってもよい。
【0045】
本発明の水分散性ナノ粒子の粒子サイズは、限定しない。本発明の水分散性ナノ粒子の平均粒子サイズは、例えば1nm~10μm、1nm~1μm、又は1nm~500nm、好ましくは5nm~250nm、より好ましくは7nm~217nmである。
【0046】
1-4.効果
本発明の水分散性ナノ粒子によれば、高分子性セリシンを水又は水溶液等の水性媒質中に速やかに分散させることができる。この性質に基づき、セリシン本来の保湿性や抗酸化性等の高機能性を利用することが可能となる。
【0047】
本発明の水分散性ナノ粒子は、乾燥粉末の状態、又は水性媒質中での分散した状態のいずれでも、長期に亘って安定にナノ粒子形状を維持することができる。また、乾燥/分散を繰り返しても安定である。
【0048】
本発明の水分散性ナノ粒子によれば、セリシンの分子量を制御することが可能であり、品質管理上有利である。
【0049】
2.水分散性ナノ粒子を含む組成物
2-1.概要
本発明の第2の態様は、水分散性ナノ粒子を含む組成物である。本態様の水分散性ナノ粒子を含む組成物は、必須の構成成分として水分散性ナノ粒子を、また選択成分として薬学的に許容可能な担体を包含する。
【0050】
2-2.構成
2-2-1.構成成分
以下、各構成成分について具体的に説明をする。
【0051】
(1)必須成分
本発明の水分散性ナノ粒子を含む組成物は、必須成分として水分散性ナノ粒子を含む。水分散性ナノ粒子の構成については、第1態様で既に詳述していることから、ここではその具体的な説明を省略する。
【0052】
本発明の組成物における水分散性ナノ粒子の含量は特に限定しない。例えば、本発明の組成物は、0.001重量%~99重量%、0.01重量%~10重量%、又は0.1重量%~10重量%の水分散性ナノ粒子、例えば90重量%、50重量%、10重量%、5重量%、3重量%、2重量%、1重量%、0.1重量%、又は0.01重量%の水分散性ナノ粒子を含んでもよい。
【0053】
(2)担体
「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用し得る溶媒及び/又は添加剤であって、生体に対して有害性がほとんどないか又は全くないものをいう。
【0054】
薬学的に許容可能な溶媒は、水又は水以外の溶媒のいずれであってもよく、その組み合わせであってもよい。
水以外の溶媒は、有機溶媒、例えば低級アルコール等のアルコールであってもよい。
【0055】
本明細書において「低級アルコール」とは、炭素原子数6以下のアルコールを意味する。例えば、メタノール、エタノール、n-プロパノール、及び2-プロパノール(イソプロピルアルコール)が挙げられる。これらのうち、エタノール又は2-プロパノールが特に好ましい。
【0056】
また、薬学的に許容可能な添加剤には、例えば、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤等が挙げられる。
【0057】
乳化剤としては、例えば、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが挙げられる。
【0058】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、例えば、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが挙げられる。
【0059】
上記の添加剤の他、必要に応じて、溶解補助剤(可溶化剤)、懸濁剤、希釈剤、界面活性剤、安定剤、吸収促進剤(例えば、第4級アンモニウム塩類、ラウリル硫酸ナトリウム)、増量剤、保湿剤(例えば、グリセリン、澱粉)、吸着剤(例えば、澱粉、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸)、着色剤、防腐剤、保存剤、抗酸化剤、香料、緩衝剤等を含むこともできる。
【0060】
2-2-2.剤形
本態様の組成物の剤形は、特に限定しないが、好ましくは乾燥粉末又は分散液である。乾燥粉末又は分散液は、賦形剤、安定剤、pH調節剤等と適宜組み合わせて製剤化してもよい。
【0061】
2-2-3.皮膚消毒用組成物
一実施形態において、本態様の組成物は皮膚消毒用である。本発明の皮膚消毒用組成物は、水分散性ナノ粒子に加えて、消毒用の有効成分として低級アルコールを含む。
【0062】
皮膚消毒用組成物に含まれる低級アルコールとしては、例えばメタノール、エタノール、n-プロパノール、及び2-プロパノール(イソプロピルアルコール)が挙げられる。これらのうち、エタノール又は2-プロパノールは特に好ましい。
【0063】
低級アルコールの含有量は、限定しない。皮膚消毒用組成物全体に対して例えば25重量%~90重量%であればよく、好ましくは50重量%~80重量%、例えば75重量%である。また、本発明の皮膚消毒用組成物が水を含む場合、低級アルコールと水との総容量に対する低級アルコールの容量は50%~80%であることが好ましく、好ましくは75%である。
【0064】
本発明の皮膚消毒用組成物のpHは、通常pH4~pH7、好ましくはpH5~pH7である。
【0065】
本発明の皮膚消毒用組成物の剤形は、手、指等の皮膚に塗布、噴霧等できる形態であれば限定しない。例えば、液状、ペースト状、又はムース状であってもよい。
【0066】
本発明の皮膚消毒用組成物の適用方法は特に限定しない。例えば、皮膚に塗布または噴霧する方法が挙げられる。
【0067】
2-3.効果
乾燥粉末である本発明の組成物によれば、セリシンを含む分散性ナノ粒子の分散液又は乾燥粉末を提供することができる。
【0068】
本発明の皮膚消毒用組成物は、抗菌、除菌、制菌、殺菌、又は抗ウイルスの目的で消毒に用いることができる。本発明の皮膚消毒用組成物は、セリシンの保湿効果によって肌荒れなどの皮膚障害を起こしにくく、皮膚刺激性が少ない。また、40nm以下の粒子は皮膚の細胞間を通過し得るため、本発明の水分散性ナノ粒子は皮膚に浸透して優れた保湿効果を提供することができる。
【0069】
3.水分散性ナノ粒子製造方法
3-1.概要
本発明の第3の態様は、水分散性ナノ粒子の製造方法である。本態様の製造方法は、必須工程として粒子化工程、除去工程、分散工程、及び回収工程を含み、選択工程として調製工程及び乾燥工程を含む。本態様の製造方法によれば、セリシン2及び/又はセリシン3を含む水分散性の高いナノ粒子を製造することができる。
【0070】
3-2.方法
本態様の水分散性ナノ粒子の製造方法のフロー図を図1に示す。図示するように、本態様の製造方法は、必須工程として粒子化工程(S0103)、除去工程(S0104)、分散工程(S0105)、及び回収工程(S0106)を含み、選択工程として調製工程(S0102)及び乾燥工程(S0108)を含む。以下、各工程について具体的に説明をする。
【0071】
(調製工程)
「調製工程」(S0102)とは、セリシンをセリシン溶液に調製する工程である。本工程は、以下に述べる高極性溶媒を用いる調製工程と、他の調製工程で異なる。以下、各々の場合における調製工程について具体的に説明をする。
【0072】
(高極性溶媒を用いる調製工程)
本実施形態における調製工程は、高極性溶媒を用いてセリシンをセリシン溶液に調製する工程である。本工程は、高極性溶媒中にセリシンを溶解し、その水溶液を調製することを目的とする。
【0073】
本工程で調製するセリシン溶液の濃度は、通常2.4重量%以下である。0.1重量%~2.4重量%であってもよく、例えば0.1重量%、0.2重量%、0.5重量%、1重量%、1.2重量%、又は2.4重量%であってもよい。なお、本工程で調製するセリシン濃度を高くすることによって、後述の粒子化工程で得られるナノ粒子の平均粒径を増大させることができる。
【0074】
一実施形態において、本工程で用いるセリシンは、繭、絹糸、又はそれらの組合せから抽出される。ここで言う「絹糸」は、セリシンを含む吐糸繊維、すなわち精練前の絹糸である。
【0075】
繭及び/又は絹糸からのセリシンの抽出は、高極性溶媒に繭及び/又は絹糸を接触させて高極性溶媒中にセリシンを溶出すればよい。接触は、浸漬、噴霧、又は塗布が挙げられるが、好ましくは浸漬である。
【0076】
抽出時間は特に限定はしない。例えば、高極性溶媒に30分以上、1時間以上、2時間以上、又は3時間以上、例えば1時間~24時間、2時間~12時間、又は3時間~5時間浸漬すればよい。
【0077】
抽出温度は、高極性溶媒中にセリシンが溶出し得る温度であれば、特に限定はしない。例えば、4℃~80℃、10℃~70℃、20℃~60℃、30℃~50℃、又は35℃~45℃である。抽出温度が高いほど溶出時間を短縮できる一方、抽出温度が低いほどセリシンの変性や分解を好ましく抑制することができる。それ故、30℃~50℃、又は35℃~45℃、例えば40℃で抽出することが好ましい。
【0078】
セリシン溶液の調製に使用する高極性溶媒は、特に限定はしない。例えば、水や水溶液等の高極性溶媒を使用することができる。水溶液は、例えばリチウム溶液を利用することができる。リチウム溶液は、限定するものではないが、例えば塩化リチウム溶液、チオシアン酸リチウム溶液、又は臭化リチウム溶液を用いて行うことができる。好ましくは臭化リチウム溶液である。リチウム溶液の濃度は限定しない。例えば5M以上、6M以上、7M以上、又は8M以上、好ましくは8Mの濃度を用いることができる。
【0079】
上記の繭及び/又は絹糸が由来するカイコ系統は、特に限定しない。例えばセリシン蚕系統を用いる場合、本工程で用いるセリシンは繭に由来することが好ましい。
【0080】
さらなる実施形態では、セリシンの抽出と調製工程の間に透析を行うこともできる。透析によって、以下の工程で不要となる成分、例えば臭化リチウムを除くことができる。透析方法は、セリシン以外の不要成分を除くことができれば限定せず、半透膜を用いて行うことができる。透析に用いる外液として、例えば水や緩衝液を使用することができる。なお、透析中におけるセリシンの固化(ゲル化)を防ぐ目的で、セリシン溶液のpHを弱アルカリ性に維持してもよい。例えば、透析前のセリシン溶液に水酸化ナトリウムの緩衝液を添加してもよく、及び/又は透析外液として弱アルカリ性の緩衝液を使用してもよい。透析中のセリシン溶液のpHを概ね中性域~アルカリ性の範囲で維持できればよい。
【0081】
(他の調製工程)
上記の高極性溶媒を用いる調製工程以外でセリシンをセリシン溶液に調製する方法として、セリシンを絹糸腺から抽出する方法や、セリシンをin vitro合成法で合成することもできる。
【0082】
本工程で調製するセリシン溶液の濃度は、通常2.4重量%以下である。0.1重量%~2.4重量%であってもよく、例えば0.1重量%、0.2重量%、0.5重量%、1重量%、1.2重量%、又は2.4重量%であってもよい。
【0083】
絹糸腺は、原則としてセリシンが、合成され、分泌される中部絹糸腺を含む。ただし、遺伝子組み換え技術やゲノム編集技術により後部絹糸腺等でセリシンの発現が可能な遺伝子組み換えカイコ等の形質転換体では、その技術によりセリシンの発現が可能となった絹糸腺を含んでいればよい。絹糸腺が由来するカイコ系統は、特に限定しない。例えばセリシン蚕系統を用いてもよい。絹糸腺は水溶液の状態でセリシンを含み、高極性溶媒を用いて調製する必要がないため、好ましく使用することができる。
【0084】
一実施形態において、本工程で用いるセリシンは、in vitro合成法で合成される。セリシンのin vitro合成は、セリシン2及び/又はセリシン3の全長又は部分断片をコードする核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターを大腸菌、酵母、又は昆虫細胞等の宿主細胞に導入することによって行うことができる。それらの宿主細胞からセリシンを抽出し、セリシン溶液を調製する方法は、当該分野で公知のタンパク質抽出法に従い、調製すればよい。タンパク質抽出方法は、例えば、Green, M.R. and Sambrook, J., 2012, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkに記載されているので参考にすることができる。
【0085】
さらなる実施形態では、セリシンの抽出/in vitro合成とセリシン溶液への調製の間に透析を行うこともできる。具体的な透析方法は、高極性溶媒を用いる調製工程で述べた方法に準じるものとする。
【0086】
(粒子化工程)
「粒子化工程」(S0103)は、2.4重量%以下のセリシン溶液を有機溶媒中で粒子状に凝固させる工程である。本工程は、液相中に溶解していたセリシンを固化させてナノ粒子を得ることを目的とする。
【0087】
「粒子状に凝固させる」とは、セリシン溶液中の液相と有機溶媒との混和によって、液相におけるセリシン分子の溶解状態が維持されなくなり、セリシン分子が凝固することをいう。セリシン溶液中の液相が有機溶媒と混和する過程では、複数のセリシン分子が互いに集合し、特定の範囲の粒径を有するナノ粒子が形成される。
【0088】
有機溶媒は、調製工程で調製したセリシン溶液と混和し得る溶媒であれば、特に限定しない。しかし、最終産物である水分散性ナノ粒子を人体等に使用する場合、本工程で使用する有機溶媒は、人体に害がない、又は影響が極めて少ないものが好ましい。例えば、メタノール、プロパノール、ブチルアルコール、エチレングリコール、アセトニトリル、グリセリン、N, N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ピリジン、エタノール、又はアセトン、好ましくはエタノール又はアセトンが挙げられる。
【0089】
セリシン溶液を有機溶媒中で粒子状に凝固させる方法は、セリシン溶液と有機溶媒が混和し得る方法であれば限定しない。その条件は混和速度が遅いことが好ましく、例えば、一度に混和するセリシン溶液の体積が有機溶媒の体積と比べて少ないことが好ましい。或いは、セリシン溶液を乳化した後に有機溶媒と混和して凝固させてもよい。
【0090】
一実施形態において、セリシン溶液と有機溶媒との混和は、セリシン溶液の有機溶媒中への滴下であってもよい。滴下条件は限定しない。滴下速度は、例えば5mL/分以下、4mL/分以下、3mL/分以下、2mL/分以下、0.5mL/分~2mL/分、又は1mL/分~2mL/分であってもよく、好ましくは1mL/分である。滴下に要する時間は、例えば5分以上、10分以上、15分以上、20分以上、30分以上、又は1時間以上であってもよく、好ましくは10分以上である。一度に滴下するセリシン溶液の液滴のサイズは限定しない。液滴の直径は、例えば1mm以下、0.9mm以下、0.8mm以下、0.7mm以下、0.6mm以下、0.5mm以下、0.4mm以下、0.3mm以下、0.2mm以下、又は0.1mm以下であってもよく、好ましくは0.5mmである。液滴の体積は、例えば100μL以下、50μL以下、20μL以下、10μL以下、5μL以下、3μL以下、2μL以下、1μL以下、0.5μL以下、又は0.2μL以下であってもよく、好ましくは50μL以下である。滴下方法は特に限定しないが、当業者であれば上記の直径や体積で液滴を滴下する方法を適宜選択することができる。例えば、目的とする液滴の直径よりもやや小さい口径の注射針を用いて滴下することにより上記サイズの液滴を得ることができる。例えば、直径0.5mmの液滴であれば内径0.2mm~0.3mmの注射針を使用して滴下することができる。セリシン溶液の滴下は、必要に応じて有機溶媒を撹拌又は振盪しながら行ってもよい。
【0091】
セリシン溶液を混和する有機溶媒の最終的な比率は、限定しないが、例えばセリシン溶液の体積に対して0.5倍以上、1倍以上、1.5倍以上、2倍以上、2.5倍以上、3倍以上、4倍以上、又は5倍以上であってもよい。
【0092】
本工程で得られたナノ粒子は、有機溶媒中でしばしばナノ粒子同士が凝集し、粒子塊を形成する場合がある。そのような場合、必要に応じて粒子塊を解離させてもよい。本明細書にいて「粒子塊を解離する」とは、粒子塊に刺激を与えて個々のナノ粒子に分離することを意味する。粒子塊の解離を行えば、後述の分散工程において粒子を効率よく分散することができるため好ましい。粒子塊の解離方法は、限定はしない。物理的方法又は化学的方法のいずれであってもよい。簡便な方法は、ナノ粒子間の結合を解除する物理的刺激を粒子塊に付与する方法である。例えば、撹拌処理、振盪処理、又は超音波処理によって行うことができる。
【0093】
一実施形態において、粒子化工程と以下の除去工程の間で透析を行うことができる。透析によって、以下の工程で不要となる成分、例えば有機溶媒の濃度を低下させることができる。透析の具体的な方法は、前記調製工程に記載の透析方法に準ずる。
【0094】
(除去工程)
「除去工程」(S0104)は、粒子化工程で得られたナノ粒子から有機溶媒を除去する工程である。本工程は、後述の分散工程で不要となる有機溶媒をナノ粒子から除くことを目的とする。なお、本工程では、有機溶媒と共に含まれ得る高極性溶媒を有機溶媒と共に除去してもよい。
【0095】
有機溶媒を除去する方法は限定しない。例えば、ナノ粒子を乾燥することによって有機溶媒を除去してもよい。乾燥方法は、限定しない。例えば、液体を凍らせたままの状態で乾燥する凍結乾燥(フリーズドライ)法、容器内で真空ポンプ等を用いて脱気し、蒸発させる減圧乾燥法、ヒーター等の熱源を用いて乾燥させる加熱乾燥法、外気に晒す自然乾燥法、除湿剤と共に密閉空間内で一定期間置く除湿乾燥法、送風装置等を用いて温風や冷風を当てる風乾法、又はそれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは凍結乾燥である。凍結乾燥は、例えば凍結後に20Pa等の減圧条件下にて24時間以上、例えば48時間行えばよい。
【0096】
一実施形態において、本工程においてナノ粒子を乾燥する前に、透析を行うこともできる。透析方法は、有機溶媒を除くことができれば限定せず、半透膜を用いて行うことができる。透析に用いる外液として、例えば水等の高極性溶媒を使用することができる。透析により有機溶媒を水等の高極性溶媒に置換した後に乾燥を行うことによって有機溶媒をより完全に除去することが可能となるため、好ましい。
【0097】
本工程は、粒子化工程で得られたナノ粒子から有機溶媒が除去されればよいが、水等の高極性溶媒が有機溶媒と共に除去されてもよい。水等の高極性溶媒も除去される場合、本工程で得られるナノ粒子は乾燥粉末となる。
【0098】
(分散工程)
「分散工程」(S0105)は、除去工程後で有機溶媒が除かれたナノ粒子を水又は水溶液中に分散する工程である。本工程は、除去工程後のナノ粒子を水等に分散させて、分散可能な水分散性粒子と分散できない成分(例えば非水分散性ナノ粒子)に分離することを目的とする。
【0099】
分散方法は、除去工程後で有機溶媒が除かれたナノ粒子を水又は水溶液中に浸漬することによって行うことができる。分散に用いる水又は水溶液中の体積は、ナノ粒子1gに対して、例えば1mL以上、2mL以上、3mL以上、4mL以上、5mL以上、又は10mL以上であればよい。
【0100】
本工程では、除去工程後で有機溶媒が除かれたナノ粒子を浸漬した水又は水溶液に対して、必要であれば撹拌又は振盪を行ってもよい。撹拌又は振盪は、例えば、1分以上、5分以上、10分以上、15分以上、20分以上、30分以上、又は1時間以上行ってもよい。
【0101】
本工程により、セリシン2及び/又はセリシン3を含む水分散性ナノ粒子は水又は水溶液中に分散する。一方、水分散性ナノ粒子以外の成分、例えばセリシン1を含む粒子は非水分散性粒子のため、分散せずに不溶物として残存する。非水分散性粒子は、凝集塊を形成し得る。
【0102】
(回収工程)
「回収工程」(S0106)は、分散工程後に水相中に分散状態の水分散性ナノ粒子を回収する工程である。本工程は、分散工程後の水相中に分散できず、不溶物に含まれる非水分散性粒子を除去することを目的とする。
【0103】
本工程における回収方法は、分散工程で生じた不溶物から、水分散性ナノ粒子を含む水相を分離し得る方法であれば限定しない。例えば、遠心分離、濾過、沈降、デカンテーション、又はそれらの組合せにより水分散性ナノ粒子を含む水相を取得することができる。いずれも、基本的には当該分野の常法に従って行えばよい。例えば、遠心分離により回収する場合、非水分散性粒子が沈降し、水分散性ナノ粒子が分散状態を維持可能な重力G、例えば、1,000G~100,000G又は2,000G~10,000G、好ましくは2,000Gで遠心すればよい。また、濾過により回収する場合、水分散性ナノ粒子が通過でき、かつ非水分散性ナノ粒子が形成する凝集塊が通過できない孔径を有するフィルターを使用すればよい。
【0104】
本工程では、必要に応じて、非水分散性粒子に加えて、水分散性ナノ粒子以外の水分散性粒子を除くこともできる。
【0105】
(乾燥工程)
「乾燥工程」(S0108)は、回収工程後の水分散性ナノ粒子を乾燥する工程である。本工程は水分散性ナノ粒子中に含まれる水分の大半、又は全部を除去することを目的とする。本工程後、乾燥水分散性ナノ粒子を得ることができる。
【0106】
本工程で使用する乾燥方法は、特に限定しない。基本的には、前記除去工程に記載の乾燥方法を応用できることから、前記方法に準じて行えばよい。したがって、ここでの具体的な説明は省略する。一般的には、凍結乾燥法、減圧乾燥法、加熱乾燥法、自然乾燥法、除湿乾燥法、風乾法、又はそれらの組み合わせのいずれであってもよいが、好ましくは凍結乾燥法である。
【実施例0107】
<実施例1:セリシン水溶液の調製>
(目的)
セリシン蚕の繭からセリシン水溶液を調製する。
【0108】
(方法と結果)
本実施例では、セリシン蚕の一種であるセリシンホープの繭をセリシンを抽出する原料として使用した。繭1gを20mLの8M臭化リチウム水溶液に35℃にて3~5時間かけて溶解し、5重量%の溶液を得た。溶け残った成分は遠心分離によって除去した。次に0.5M Gly-NaOH緩衝液を加えて溶液のpHを9に調製し、透析膜(spectra/pro MWCO 12000-14000)を用いて24時間かけて透析を行うことによって臭化リチウムを除去した。透析後の約1.2重量%セリシン水溶液を希釈して0.1~1重量%セリシン水溶液を作製した。また、透析後のセリシン水溶液を透析膜中でそのまま風乾して濃縮することによって2.4重量%セリシン水溶液を調製した。
【0109】
<実施例2:ナノ粒子の形成>
(目的)
実施例1で調製した各種濃度のセリシン水溶液をエタノール中に滴下することによってナノ粒子を形成させる。
【0110】
(方法と結果)
実施例1で調製したセリシン水溶液10mLを26ゲージのニードルを付けたシリンジに充填し、毎分1.0~2.0mLの速度で30mLエタノール中に撹拌しながら滴下した。セリシン水溶液10mLを全て滴下してナノ粒子を形成させた後、超音波処理を5~15分間行うことによって粒子塊を解離させた。次いで4℃、20,000Gにて、1時間遠心することによって、ナノ粒子を形成しなかったセリシンの塊を沈降させて除去した。
【0111】
得られたナノ粒子を透過型電子顕微鏡で観察した。その結果、滴下に用いたどのセリシン濃度においても、ナノサイズの球状の粒子が観察された(図2A)。
【0112】
次に、ゼータサイザー(Malvern Instrument Ltd, UK)を使用して、動的光散乱法(DLS)に基づく粒子サイズの測定を行った。シルク及びエタノールの反射率はそれぞれ1.60及び1.333に設定した。ゼータサイザーによる測定結果を図2Bに示し、計算された粒子サイズの平均値(平均粒子径)を以下の表1に示す。
【0113】
【表1】
【0114】
表1に示す結果から、滴下時のセリシン濃度によらずナノ粒子が形成されるものの、滴下時のセリシン濃度が大きいほどナノ粒子の平均粒子径が大きくなる傾向が認められた。
【0115】
<実施例3:水分散性ナノ粒子の分離>
(目的)
実施例2で得られたナノ粒子から水分散性ナノ粒子を分離し、回収する。
【0116】
(方法と結果)
実施例2で得られたナノ粒子を含むエタノール/水混合液を透析膜の中に入れ、外液を水として1~2時間放置することにより、透析を行った。エタノール濃度が低下した透析後の溶液を凍結し、真空乾燥を行った。真空乾燥後に白色の乾燥粉末が得られた。
【0117】
この乾燥粉末85.5mgを10mLの水中に浸漬させて30分間穏やかに攪拌した。撹拌を行った後、一部のナノ粒子は水相に分散したが(図3A、Phase D)、残りは不溶物として分散せずに残った(図3A、Phase S)。この2相に分かれた溶液を20,000Gにて3時間遠心した。非分散の不溶物を沈降させて完全に除去し、Phase Dからなる透明な分散液が得られた。なお、以降の実施例では、Phase Dに含まれるナノ粒子を「水分散性ナノ粒子」、Phase Sに含まれるナノ粒子を「非水分散性ナノ粒子」と称して区別する。
【0118】
得られた分散液中の水分散性ナノ粒子を透過型電子顕微鏡で観察した。その結果、ナノサイズの球状の粒子が観察された(図3D)。
【0119】
次に分散液に対して凍結乾燥を行い、白色の乾燥粉末を得た。乾燥粉末を顕微鏡で観察すると、ナノ粒子は粒子形状を保ったまま凝集していた。
【0120】
得られた乾燥粉末を水に浸漬すると、非分散の溶け残り成分はなく、完全に分散して透明な水溶液が得られた(図3C)。10℃、15℃、又は25℃のいずれの温度においても、撹拌しないでも乾燥粉末は速やかに分散し、透明な水溶液が得られた。したがって、得られた乾燥粉末は極めて水分散性が高いことが示された。
【0121】
一方、非水分散性ナノ粒子を含む不溶物(Phase S)は、凍結乾燥を行った後に水中に再び浸漬しても分散せず、不溶物として残った(図3B)。
【0122】
<実施例4:水分散性ナノ粒子におけるセリシンのバリアント構成>
(目的)
実施例3で得られた水分散性ナノ粒子を構成するセリシンのバリアント構成を解析する。
【0123】
(方法と結果)
実施例3で得られた水分散性ナノ粒子の乾燥粉末を用いて、SDS-PAGEを行った。具体的な方法としては、水分散性ナノ粒子の乾燥粉末を8M臭化リチウム水溶液中で50℃にて30分間攪拌して溶かした。ここから3μLを取り出して22μLの8M尿素水溶液に加え、そこに10μLの泳動バッファー(6x buffer)を加えた。50℃で30分間熱処理を行ってセリシンタンパク質を完全に変性させた後、サンプルをウェルにロードした。泳動ゲルには、4~20%濃度勾配ゲル(Bio-Rad Laboratories, Inc.)を使用した。分子量マーカーとしてprecision protein standards(Bio- Rad Laboratories Inc.)を使用した。水分散性ナノ粒子と共に、実施例1で調製したセリシン水溶液、及び実施例3で得られた不溶物(非水分散性ナノ粒子)についても同時にSDS-PAGEを行った。
【0124】
SDS-PAGEの結果を図4に示す。実施例1で調製したセリシン水溶液中のセリシン(図4、「Native Sericin」のレーン)、及び非水分散性セリシン(図4、「Phase S」のレーン)では、セリシン1(約400kDa)及びセリシン3(約250kDa)のバンドが観察された。一方、水分散性ナノ粒子(図4、「Phase D」のレーン)では、セリシン1が検出されず、セリシン2-large(約230kDa)及びセリシン3(約250kDa)のバンドが検出された。
【0125】
セリシン2については、これまでは繭には存在しないか、存在しているとしても微量であると考えられていた。上記SDS-PAGEの結果において約230kDaのバンドをセリシン2-largeと帰属したが、その妥当性をアミノ酸組成分析により検証した。
【0126】
水分散性ナノ粒子に対するアミノ酸組成分析の結果を以下の表2に示す。表2では、文献に記載されたセリシン1、セリシン2、及びセリシン3のアミノ酸組成率を左から2~4列目に示す。本実施例で得られた水分散性ナノ粒子に対するアミノ酸組成分析の結果を右側の列に示す。表2に示す通り、本実施例で得られた水分散性ナノ粒子では、メチオニン(Met)が検出された。過去の文献によれば、メチオニンはセリシン1及びセリシン3に含まれない一方、セリシン2には含まれている。それ故、アミノ酸組成分析の結果から、本実施例で得られた水分散性ナノ粒子にはセリシン2が含まれていることが裏付けられた。また、このことは、セリシン3には含まれていないプロリン(Pro)が水分散性ナノ粒子に含まれていた結果からも裏付けられた。
【0127】
【表2】
【0128】
また、図4に示すSDS-PAGEの結果では、いずれのレーンでも高分子量領域に明瞭なバンドが観察されたことから、セリシンタンパク質が天然状態の分子量を維持しており、抽出の過程でほとんど分解を受けていないことが示された。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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