(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023173840
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】傍熱型陰極およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01J 1/20 20060101AFI20231130BHJP
H01J 9/04 20060101ALI20231130BHJP
H01J 1/24 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
H01J1/20
H01J9/04 G
H01J1/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086348
(22)【出願日】2022-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】000191238
【氏名又は名称】日清紡マイクロデバイス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】弁理士法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮本 洋之
(72)【発明者】
【氏名】大西 康明
(57)【要約】
【課題】熱電子の放射が開始されるまでの時間を短縮することが可能な傍熱型陰極、および均一な厚さの熱吸収層を簡便に製造することができる傍熱型陰極の製造方法を提供する。
【解決手段】傍熱型陰極10は、陰極スリーブ1と、陰極スリーブ1の中空部に配置されているヒーター2と、陰極スリーブ1の中空部内面を被覆している黒色熱吸収層4と、陰極スリーブ1に配置され電子放出物質を担持している陰極基体3とを備えている。黒色熱吸収層4は、タングステンと、アルミニウム酸化物とを含む粒状物質で構成されている。黒色熱吸収層4は、陰極スリーブ1の中空部内に、棒状のアルミナセラミックスと、第1タングステンヒーターと、第2タングステンヒーターとを配置して真空雰囲気中で加熱することで形成される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
陰極スリーブと、前記陰極スリーブの中空部に配置されているヒーターと、前記陰極スリーブの中空部内面を被覆している黒色熱吸収層と、前記陰極スリーブに配置され電子放出物質を担持している陰極基体とを備えている傍熱型陰極であって、
前記黒色熱吸収層は、少なくともタングステンと、アルミニウム酸化物とを含む粒状物質で構成されている
傍熱型陰極。
【請求項2】
前記黒色熱吸収層は、マグネシウムまたはカルシウムの少なくともいずれかを含む粒状物質をさらに含む、
請求項1記載の傍熱型陰極。
【請求項3】
陰極スリーブと、前記陰極スリーブの中空部に配置されているヒーターと、前記陰極スリーブの中空部内面を被覆している黒色熱吸収層と、前記陰極スリーブに配置され電子放出物質を担持している陰極基体とを備えている傍熱型陰極の製造方法であって、
前記黒色熱吸収層を、
a)前記陰極スリーブの中空部内に、棒状のアルミナセラミックスと、前記アルミナセラミックスの周囲に巻き回されている第1タングステンヒーターと、前記第1タングステンヒーターと前記陰極スリーブの中空部内面との間で前記第1タングステンヒーターの周囲に巻き回されている第2タングステンヒーターとを配置する工程、および
b)真空雰囲気中で、前記第1タングステンヒーターおよび前記第2タングステンヒーターによって前記アルミナセラミックスを加熱し、前記アルミナセラミックスの一部を蒸発させるとともに、前記第1タングステンヒーターまたは前記第2タングステンヒーターの少なくともいずれかの一部を蒸発させ、前記陰極スリーブの中空部内面に、前記第1タングステンヒーターまたは前記第2タングステンヒーターに由来するタングステンと、前記アルミナセラミックスに由来するアルミニウム酸化物とを少なくとも含む粒状物質を積層させる工程
により形成することを特徴とする
傍熱型陰極の製造方法。
【請求項4】
前記アルミナセラミックスは、アルミナと、焼結助剤としてマグネシウムの酸化物および/またはカルシウムの酸化物を含み、
前記工程b)は、
真空雰囲気中で、前記第1タングステンヒーターおよび第2タングステンヒーターによって前記アルミナセラミックスを1400~1500℃に加熱することを含み、
それにより、マグネシウムまたはカルシウムの少なくともいずれかを含む粒状物質をさらに積層させる工程である
請求項3記載の傍熱型陰極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、傍熱型陰極およびその製造方法に関し、特に、マグネトロン、クライストロン、進行波管、電子銃等に用いられる傍熱型陰極およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネトロン等の電子管は、医療機器装置、レーダー装置等に広く使用されている。一般的にこの種の電子管では、電子管に備えられている陰極の電子放出物質から熱電子を放出させるため、電子放出物質を加熱する必要がある。この加熱時間を短くするため、ヒーターから放射される熱を効率的に吸収する構造の陰極がこれまでにも提案されている(例えば特許文献1、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭61-288339号公報
【特許文献2】特開昭61-211932号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
図8は一般的なマグネトロンに用いられる傍熱型陰極の説明図である。この種の傍熱型陰極30は、
図8に示すように中空構造の陰極スリーブ31の中空部にヒーター32が配置され、陰極スリーブ31の外周表面に多孔質タングステンの焼結体に電子放出物質を含浸させた陰極基体33が配置されている。ヒーター32によって陰極スリーブ31、陰極基体33が加熱され、陰極基体33が所定の温度に達すると陰極基体33に含浸されている電子放出物質の作用で熱電子が放出される。
【0005】
ヒーター32から放射される熱を効率的に陰極スリーブ31等に吸収させるため、陰極スリーブ31の中空部内面に熱吸収層を備える構造が提案されている。例えば特許文献1には、陰極スリーブの内面にタングステン粉末とアルミナを含むスラリーを塗布し、還元ガス雰囲気中で焼成することで、焼結膜で構成される熱吸収性膜が形成された傍熱型陰極が開示されている。一般的に、焼結膜は熱伝導性が悪く、薄く形成することが難しい。そのため、ヒーター32から放射された熱により陰極基体33が所定の温度に達するまでの時間が長くなってしまうという問題があった。
【0006】
また特許文献2には、ニクロム合金からなる陰極スリーブの中空部内面にスパッタリング法により酸化タングステン層を形成し、エージング(加熱)を行うことで陰極スリーブの内面に褐色の酸化クロムと黒色の金属タングステンによる熱吸収層が形成された傍熱型陰極が開示されている。スパッタリング法によれば、焼結膜より薄い膜を形成することができる。しかし、一般的にスパッタリング法によって細く長い陰極スリーブの中空部内面にスパッタリング膜を形成する場合、スパッタリング膜の厚さは開口部近傍に比べて開口部から離れるに従い薄くなり、均一な厚さの膜を形成することが難しいという問題があった。
【0007】
そこで、本発明は、熱電子の放射が開始されるまでの時間を短縮することが可能な傍熱型陰極、および均一な厚さの熱吸収層を簡便に製造することができる傍熱型陰極の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の傍熱型陰極は、陰極スリーブと、前記陰極スリーブの中空部に配置されているヒーターと、前記陰極スリーブの中空部内面を被覆している黒色熱吸収層と、前記陰極スリーブに配置され電子放出物質を担持している陰極基体とを備えている傍熱型陰極であって、前記黒色熱吸収層は、少なくともタングステンと、アルミニウム酸化物とを含む粒状物質で構成されている。
【0009】
本発明の傍熱型陰極の製造方法は、陰極スリーブと、前記陰極スリーブの中空部に配置されているヒーターと、前記陰極スリーブの中空部内面を被覆している黒色熱吸収層と、前記陰極スリーブに配置され電子放出物質を担持している陰極基体とを備えている傍熱型陰極の製造方法であって、前記黒色熱吸収層を、a)前記陰極スリーブの中空部内に、棒状のアルミナセラミックスと、前記アルミナセラミックスの周囲に巻き回されている第1タングステンヒーターと、前記第1タングステンヒーターと前記陰極スリーブの中空部内面との間で前記第1タングステンヒーターの周囲に巻き回されている第2タングステンヒーターとを配置する工程、およびb)真空雰囲気中で、前記第1タングステンヒーターおよび前記第2タングステンヒーターによって前記アルミナセラミックスを加熱し、前記アルミナセラミックスの一部を蒸発させるとともに、前記第1タングステンヒーターまたは前記第2タングステンヒーターの少なくともいずれかの一部を蒸発させ、前記陰極スリーブの中空部内面に、前記第1タングステンヒーターまたは前記第2タングステンヒーターに由来するタングステンと、前記アルミナセラミックスに由来するアルミニウム酸化物とを少なくとも含む粒状物質を積層させる工程により形成する構成としている。
【発明の効果】
【0010】
本発明の傍熱型陰極によれば、黒色熱吸収層は、タングステンと、アルミニウム酸化物とを含む粒状物質の薄膜で構成することができるため、黒色熱吸収層が所定の温度に達するまでの時間が短くなり、熱電子の放射が開始されるまでの時間を短くすることが可能となる。また本発明の傍熱型陰極の製造方法によれば、均一な厚さの黒色熱吸収層を簡便に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の傍熱型陰極の一実施形態(実施形態1)の説明図である。
【
図2】本発明の傍熱型陰極の別の実施形態(実施形態2)の説明図である。
【
図3】本発明の傍熱型陰極の製造方法の一実施態様の説明図である。
【
図4】本発明の傍熱型陰極の製造方法の一実施態様の説明図である。
【
図5】本発明の傍熱型陰極に係る黒色熱吸収層の表面状態を観察した走査電子顕微鏡(SEM)像である。
【
図6】本発明の傍熱型陰極に係る黒色熱吸収層のエネルギー分散型X線分光法による元素分析結果である。
【
図7】本発明の傍熱型陰極に係る黒色熱吸収層のエネルギー分散型X線分光法による元素分析結果である。
【
図8】一般的なマグネトロンに用いられる傍熱型陰極の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に、図面を参照しながら本発明の傍熱型陰極の実施形態およびその製造方法の実施態様を説明するが、本発明はこれらの実施形態および実施態様に限定されるものではなく、以下に説明する部材、材料等は、本発明の趣旨の範囲内で種々改変することができるものである。また図面において同一符号は同等あるいは同一のものを示し、各構成要素間の大きさや位置関係などは便宜上のものであり、実態を反映したものではない。
【0013】
(実施形態1)
図1は、本発明の傍熱型陰極の一実施形態(実施形態1)の説明図であり、一般的なマグネトロンに用いられる傍熱型陰極の説明図である。本実施形態の傍熱型陰極10は、
図1に示すようにモリブデンで構成されている中空構造の陰極スリーブ1の中空部に、らせん状のヒーター2が配置され、陰極スリーブ1に陰極基体3が配置されている。本実施形態では
図1に示すように陰極スリーブ1の外周表面に多孔質タングステンの焼結体に電子放出物質が含浸されている円筒形状の陰極基体3が配置されている。電子放出物質は、例えばアルミン酸バリウムカルシウム等を用いることができる。陰極スリーブ1と陰極基体3は、例えば、ロウ材を用いて隙間なく接着されている。
【0014】
本実施形態の傍熱型陰極10は、陰極スリーブ1の中空部内面に黒色熱吸収層4を備えている。本実施形態の傍熱型陰極10に係る黒色熱吸収層4は、少なくともタングステンと、アルミニウム酸化物とを含む粒状物質が積層した構成となる。あるいはさらに黒色熱吸収層4は、マグネシウムまたはカルシウムの少なくともいずれかを含む粒状物質が積層した構成となる。このような黒色熱吸収層4は、後述する製造方法に従い、0.5~5μm程度の厚さで形成することができる。黒色熱吸収層4の組成等については、後述する。
【0015】
図1に示すように本実施形態の傍熱型陰極10は、陰極スリーブ1の中空部内面に黒色熱吸収層4を備える構成とすることで、ヒーター2から放出される熱が効率よく黒色熱吸収層4に吸収され、陰極スリーブ1、陰極基体3に熱が伝わり、電子放出物質を加熱する。黒色熱吸収層4は、均一の厚さの薄い膜で構成されているため、黒色熱吸収層4が所定の温度に達するまでの時間が短くなり、熱電子の放射が開始されるまでの時間を短くすることができる。
【0016】
同一構造の傍熱型陰極において、陰極基体3が所定の時間内(10分)で同一温度(1050℃)に達するまでに要するヒーター2に通電する電力を比較すると、黒色熱吸収層4を備えない場合、130W(10V、13A)必要であったのに対し、黒色熱吸収層4を備える場合には、114W(9.5V、12A)となった。これらの結果から、約10%の省電力が可能であることが確認された。
【0017】
なお電子放出物質を担持する陰極基体3は、
図1に示す構造の多孔質タングステンの焼結体に限定されない。例えば、陰極スリーブ1の外周表面にニッケルで構成されている円筒状の陰極基体3を配置し、この陰極基体3で電子放出物質を担持することもできる。この場合、円筒上の陰極基体3の表面に溝状、島状等の凹部を形成し、この凹部内に電子放出物質を埋め込む構成すれば電子放出物質を担持することができる。この際、電子放出物質として、例えばバリウム、ストロンチウム、カルシウム等のアルカリ土類金属の酸化物を用いると、酸化物陰極を構成することができる。酸化物陰極とする場合、本実施形態で説明している含浸型陰極と比較して動作温度が低くなるため、ニッケルで構成される陰極スリーブ1の中空部内面に黒色熱吸収層4を備える構成とすることができる。
【0018】
また、本実施形態の傍熱型陰極10のヒーター2は、
図1に示す構造に限定されず、後述する本発明の傍熱型陰極の製造方法で使用する(
図3、4に示す)第1タングステンヒーター7と第2タングステンヒーター8をそのまま使用することもできる。さらに(
図3、4に示す)アルミナセラミックス6も、第1タングステンヒーター7の変位を防止するための支持部材としてそのまま使用することができる。第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8を傍熱型陰極のヒーター2として使用する場合、黒色熱吸収層4を形成する際の第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8の温度より低い温度で使用すればよい。特にアルミナセラミックス6を配置した状態で使用する場合、例えば黒色熱吸収層4を形成する際の第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8の温度が1400~1500℃とすると、傍熱型陰極のヒーター2として使用する第1のタングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8の温度は、アルミナセラミックス6が蒸発しない1300℃以下とするのが望ましい。通常、含浸型陰極の動作温度は約1050℃、酸化物陰極の動作温度は約800℃であり、何ら問題はない。
【0019】
(実施形態2)
図2は、本発明の傍熱型陰極の別の実施形態(実施形態2)の説明図であり、一般的なクライストロン等に用いられる傍熱型陰極の説明図である。本実施形態の傍熱型陰極20は、
図2に示すようにモリブデンで構成されている中空構造の陰極スリーブ1の中空部にらせん状のヒーター2が配置され、陰極スリーブ1の一端に陰極基体3が配置されている。本実施形態では
図2に示すように、陰極スリーブ1の一端はモリブデン等で構成されている金属キャップ5で塞がれ、この金属キャップ5を介して多孔質タングステンの焼結体に電子放出物質が含浸されている円柱状の陰極基体3が配置されている。電子放出物質は、例えばアルミン酸バリウムカルシウム等を用いることができる。陰極スリーブ1と金属キャップ5、金属キャップ5と陰極基体3は、それぞれ例えば、ロウ材を用いて隙間なく接着されている。
【0020】
本実施形態の傍熱型陰極20は、陰極スリーブ1の中空部内面とこの陰極スリーブ1の一端を塞ぐ金属キャップ5の陰極スリーブ1の中空部内に露出する面とに黒色熱吸収層4を備えている。本実施形態の傍熱型陰極20に係る黒色熱吸収層4も、少なくともタングステンと、アルミニウム酸化物とを含む粒状物質が積層した構成となる。あるいはさらに黒色熱吸収層4は、マグネシウムまたはカルシウムの少なくともいずれかを含む粒状物質が積層した構成となる。このような黒色熱吸収層4は、後述する製造方法に従い、0.5~5μm程度の厚さで形成することができる。黒色熱吸収層4の組成等については、後述する。
【0021】
図2に示すように本実施形態の傍熱型陰極20は、陰極スリーブ1の中空部内面とこの陰極スリーブ1の一端を塞ぐ金属キャップ5の陰極スリーブ1の中空部内に露出する面とに黒色熱吸収層4を備える構成とすることで、ヒーター2から放出される熱が効率よく黒色熱吸収層4に吸収され、陰極スリーブ1、金属キャップ5、陰極基体3に熱が伝わり、電子放出物質を加熱する。黒色熱吸収層4は、均一の厚さの薄い膜で構成されているため、黒色熱吸収層4が所定の温度に達するまでの時間が短くなり、熱電子の放射が開始されるまでの時間を短くすることができる。
【0022】
なお電子放出物質を担持する陰極基体3は、
図2に示す構造の多孔質タングステンの焼結体に限定されない。例えば、陰極スリーブ1の一端を塞ぐ金属キャップ5上に、電子放出物質を担持するニッケルやモリブデン等の金属で構成されているカップ状の陰極基体を配置し、この陰極基体で電子放出物質を担持することができる。この場合、カップ状の陰極基体に電子放出物質を埋め込む構成とすれば電子放出物質を担持することできる。電子放出物質は、例えばバリウム、ストロンチウム、カルシウム等のアルカリ土類金属の酸化物を用いると、酸化物陰極を構成することができる。酸化物陰極とする場合、本実施形態で説明した含浸型陰極と比較して動作温度が低くなるため、ニッケルで構成される陰極スリーブ1の中空部内面に黒色熱吸収層4を備える構成とすることができる。
【0023】
なお本実施形態では、陰極スリーブ1の一端に陰極基体3を確実に接着させるために金属キャップ5を備える構造としているが、陰極スリーブ1と陰極基体3の接着構造は種々変更可能である。例えば、金属キャップ5を備える代わりに、陰極スリーブ1の陰極基体3に面する一端は開口せず陰極基体3が配置される構造(陰極スリーブ1の一部が底部を構成する構造)とすることができる。この場合、黒色熱吸収層4は、底部を含む陰極スリーブ1の中空部内面を被覆するように配置されることになる。
【0024】
(傍熱型陰極の製造方法)
次に、本発明の傍熱型陰極の製造方法の実施態様について説明する。
【0025】
図3、4は本発明の傍熱型陰極の製造方法の一実施態様の説明図であり、実施形態1で説明した構造の傍熱型陰極に黒色熱吸収層4を形成する場合の説明図である。黒色熱吸収層4は、例えば、a)陰極スリーブの中空部内に、棒状のアルミナセラミックスと、アルミナセラミックスの周囲に巻き回されている第1タングステンヒーターと、第1タングステンヒーターと陰極スリーブの中空部内面との間で第1タングステンヒーターの周囲に巻き回されている第2タングステンヒーターとを配置する工程、およびb)真空雰囲気中で、第1タングステンヒーターおよび第2タングステンヒーターによってアルミナセラミックスを加熱し、アルミナセラミックスの一部を蒸発させるとともに、第1タングステンヒーターまたは第2タングステンヒーターの少なくともいずれかの一部を蒸発させ、前記陰極スリーブの中空部内面に、第1タングステンヒーターまたは第2タングステンヒーターに由来するタングステンと、アルミナセラミックスに由来するアルミニウム酸化物とを少なくとも含む粒状物質を積層させる工程により形成される。具体的には、上記a)工程として、
図3に示すように中空構造の陰極スリーブ1の中空部内に、棒状のアルミナセラミックス6と、このアルミナセラミックス6を加熱するようにアルミナセラミックス6の周囲に巻き回した第1タングステンヒーター7を配置し、この第1タングステンヒーター7と陰極スリーブ1の中空部内面との間の空間に、第2タングステンヒーター8を第1のタングステンヒーター7の周囲に巻き回して配置する。
【0026】
アルミナセラミックス6は、アルミナを99%含み、焼結助剤として酸化マグネシウム、酸化カルシウムを含むものを使用する。一例として京セラ(株)製、(商品名:A479)を使用する。第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8は、例えば線径φが0.46mm、純タングステン線(純度99.95%以上)を使用する。また純タングステン線の代わりレニウムタングステン合金線(例えばレニウムを3%含有)も使用することができる。
【0027】
次に、
図3に示すように陰極スリーブ1の中空部内に、アルミナセラミックス6、第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8を配置した状態で、密閉可能で排気装置を備えた容器内に配置する。その後、上記b)工程として、容器内を真空度1.3×10
-5~1.8×10
-6Pa程度、一例として2.7×10
-5Pa程度まで排気し、第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8に流れる電流を制御し、第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8の表面温度をおよそ1400~1500℃とする。アルミナセラミックス6は、第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8により加熱されるため、陰極スリーブ1内で最も温度の高い部分に配置されることになる。また陰極スリーブ1の中空部内面は、陰極スリーブ1内で最も温度の低い部分となる。
【0028】
アルミナセラミックス6の表面温度が1400~1500℃に達すると、アルミナセラミックス6を構成するアルミニウムを含む物質が蒸発し陰極スリーブ1の中空部内に拡散する。一方第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8の表面温度もおよそ1400~1500℃に達しており、アルミナセラミックス6から蒸発したアルミニウムを含む物質の蒸気と接することとなる。その結果、第1タングステンヒーター7および/または第2タングステンヒーター8の表面からタングステンを含む物質の蒸発が促される。このように蒸発した物質は、陰極スリーブ1内で最も温度の低い中空部内面に付着する。この状態で100時間保持することで、陰極スリーブ1の中空部内面に約5μm程度の物質が積層し、黒色熱吸収層4が形成される。積層される物質の厚さは、上記保持時間を適宜変更することで、保持時間に応じた厚さに制御することができる。
【0029】
その後、例えば多孔質タングステンで構成され電子放出物質が含浸された陰極基体3を、陰極スリーブ1の外周表面にロウ材等を用いて隙間なく接着する。陰極基体3は、
図4に示すように黒色熱吸収層4が形成されている陰極スリーブ1の外周表面に接着される。
【0030】
本実施態様によれば、陰極スリーブ1の中空部内面に対向するように棒状のアルミナセラミックス6、その周囲に巻き回されている第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8が配置され、少なくとも陰極基体3が形成される領域に対応する陰極スリーブ1の中空部内面の領域、つまり黒色熱吸収層4が形成される領域は、ほぼ均一な温度で加熱される。その結果、この領域内でアルミナセラミックス6等から蒸発が生じ、中空部内面に付着する黒色熱吸収層4の厚さのばらつきが少なくなる。
【0031】
また黒色熱吸収層4は目視で黒色であり、その後、マグネトロン等を動作させるため温度(例えば1050℃)が加わっても黒色のままであることが確認されている。そのため本明細書においては、「黒色熱吸収層」と称している。
【0032】
なお、第1タングステンヒーター7および/または第2タングステンヒーター8をアルミナセラミックス6の無い状態で1400~1500℃に加熱しても、黒色熱吸収層4は形成されない。またその場合、第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8の表面状態に変化はなく、その表面からタングステンを含む物質が蒸発することは確認できなかった。これに対し、本実施態様のように第1タングステンヒーター7および第2タングステンヒーター8が、アルミナセラミックス6(純度99%)がある状態で、アルミナが蒸発可能な温度である1400~1500℃に加熱されると、黒色熱吸収層4が形成される。このとき、特に第2タングステンヒーター8の表面状態が大きく変化し(梨地状に表面が粗れ)、その表面からタングステンを含む物質が蒸発していることが確認されている。これらの結果から、アルミナセラミックス6から蒸発した物質の蒸気と接することで、第1タングステンヒーター7および/または第2タングステンヒーター8の表面からタングステンを含む物質の蒸発が促されているものと考えられる。
【0033】
次に陰極スリーブ1の中空部内面に付着し、黒色熱吸収層4を構成する物質について説明する。
図5に黒色熱吸収層4の表面状態を観察したSEM像を示す。
図5に示すように、黒色熱吸収層4は0.1μm以下程度の粒状物質が積層した層である。この黒色熱吸収層4は、積層させるための時間を適宜選択することで、0.5~5μm程度の範囲で所望の厚さで形成することができる。例えば含浸型陰極を備えるマグネトロン等の電子管の動作条件を想定して、温度1050℃、保持時間100時間以上の条件で加熱された場合でも、この粒状物質の形状は変化することなく黒色を維持している。
【0034】
図5に示すように黒色熱吸収層4を構成する粒状物質の大きさは非常に小さいことから緻密な膜が形成される。また積層速度が遅く、高温で形成され、さらに粒状物質が複数の物質で構成されるため、粒状物質と陰極スリーブ1との結合や粒状物質同士の結合が強く、熱抵抗が低い黒色熱吸収層4を得ることができる。この黒色熱吸収層4は、一般的な焼結体からなる熱吸収性膜と比較して、陰極スリーブ1に固着し、容易に剥がれ落ちない膜であることが確認された。
【0035】
この黒色熱吸収層4の組成について説明する。
図6は、黒色熱吸収層4のエネルギー分散型X線分光法(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)による元素分析結果である。
図6に示すように、タングステン、アルミニウム、酸素、マグネシウムが含まれていることが確認される。また
図7は、同時に形成された黒色熱吸収層4の別の部分のEDSによる元素分析結果を示す。
図7に示すように、タングステン、アルミニウム、酸素、マグネシウム、カルシウムが含まれていることが確認される。
【0036】
図6、7に示すように黒色熱吸収層4に主に含まれる元素はアルミナセラミックス6、第1タングステンヒーター7、第2タングステンヒーター8に由来するものと考えられる。黒色熱吸収層4には、タングステンが最も多く含まれている。タングステンヒーターは、通常、アルミナセラミックスが共存していない場合、真空雰囲気、温度1400~1500℃程度では蒸発しない。しかし、本実施態様においては、このような条件で、かつアルミナセラミックス6の存在下で蒸発していることから、タングステンはアルミナセラミックス6から蒸発した物質の蒸気と反応して蒸発するものと考えられる。蒸発した物質は、陰極スリーブ1の中空部内面では、タングステンとして存在するものと考えられる。また一部のタングステンは、酸素を含む化合物として存在するものと考えられる。これらの物質は、電子管が動作する高温において安定して存在可能だからである。
【0037】
図6および
図7に見られるマグネシウムとカルシウムは、アルミナセラミックス6に焼結助剤として添加されている酸化マグネシウムと酸化カルシウムに由来するものと考えられる。このマグネシウムやカルシウムは、タングステンと酸素を含む化合物であるタングステン酸とマグネシウムあるいはカルシウムとから構成される化合物、またはアルミニウム酸化物であるアルミン酸とマグネシウムあるいはカルシウムとから構成される化合物などとして存在するものと考えらえる。これらの物質は、電子管が動作する高温においても安定して存在可能だからである。また黒色熱吸収層4にはマグネシウム、カルシウムが含まれていることから、黒色熱吸収層4には、アルミナセラミックス6から蒸発した(アルミナセラミックスに由来する)物質も積層していることがわかる。
【0038】
本発明の傍熱型陰極の製造方法によれば、実施形態2で説明した構造の傍熱型陰極に黒色熱吸収層4を形成することもできる。
【0039】
以上本発明の傍熱型陰極の製造方法の一実施態様について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、アルミナセラミックスの純度や含まれる焼結助剤の種類、加熱温度や加熱時間等は、適宜選択、設定すればよい。なお、本発明により形成される傍熱型陰極は真空雰囲気で使用されるため、真空度を低下させるおそれのある物質の混入を防ぐ必要があり、アルミナセラミックスの純度は99%程度が好ましい。また、第1タングステンヒーター7を右巻き、第2タングステンヒーター8を左巻きとすることもできる。
【0040】
(まとめ)
(1)本発明の傍熱型陰極の一実施形態は、陰極スリーブと、前記陰極スリーブの中空部に配置されているヒーターと、前記陰極スリーブの中空部内面を被覆している黒色熱吸収層と、前記陰極スリーブに配置され電子放出物質を担持している陰極基体とを備えている傍熱型陰極であって、前記黒色熱吸収層は、少なくともタングステンと、アルミニウム酸化物とを含む粒状物質で構成することができる。
【0041】
本発明の傍熱型陰極によれば、タングステンと、アルミニウム酸化物とを含む粒状物質の薄膜で構成される黒色熱吸収層が所定の温度に達するまでの時間が短くなり、さらに陰極基体3に担持された電子放出物質が所定の温度に達するまでの時間短くなり、熱電子の放射が開始されるまでの時間を短くすることが可能となる。
【0042】
(2)前記黒色熱吸収層は、マグネシウムまたはカルシウムの少なくともいずれかを含む粒状物質をさらに含む構成とすることもできる。
【0043】
(3)本発明の傍熱型陰極の製造方法の一実施態様は、陰極スリーブと、前記陰極スリーブの中空部に配置されているヒーターと、前記陰極スリーブの中空部内面を被覆している黒色熱吸収層と、前記陰極スリーブに配置され電子放出物質を担持している陰極基体とを備えている傍熱型陰極の製造方法であって、前記黒色熱吸収層を、a)前記陰極スリーブの中空部内に、棒状のアルミナセラミックスと、前記アルミナセラミックスの周囲に巻き回されている第1タングステンヒーターと、前記第1タングステンヒーターと前記陰極スリーブの中空部内面との間で前記第1タングステンヒーターの周囲に巻き回されている第2タングステンヒーターとを配置する工程、およびb)真空雰囲気中で、前記第1タングステンヒーターおよび前記第2タングステンヒーターによって前記アルミナセラミックスを加熱し、前記アルミナセラミックスの一部を蒸発させるとともに、前記第1タングステンヒーターまたは前記第2タングステンヒーターの少なくともいずれかの一部を蒸発させ、前記陰極スリーブの中空部内面に、前記第1タングステンヒーターまたは前記第2タングステンヒーターに由来するタングステンと、前記アルミナセラミックスに由来するアルミニウム酸化物とを少なくとも含む粒状物質を積層させる工程により形成することができる。
【0044】
(4)前記アルミナセラミックスは、アルミナと、焼結助剤としてマグネシウムの酸化物および/またはカルシウムの酸化物を含み、前記工程b)は、真空雰囲気中で、前記第1タングステンヒーターおよび第2タングステンヒーターによって前記アルミナセラミックスを1400~1500℃に加熱することを含み、それにより、マグネシウムまたはカルシウムの少なくともいずれかを含む粒状物質をさらに積層させる工程とすることができる。
【符号の説明】
【0045】
10、20、30 傍熱型陰極
1、31 陰極スリーブ
2、32 ヒーター
3、33 陰極基体
4 黒色熱吸収層
5 金属キャップ
6 アルミナセラミックス
7 第1タングステンヒーター
8 第2タングステンヒーター