(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174084
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】微量アミン関連受容体の抑制剤、アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭剤、アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭方法
(51)【国際特許分類】
C11B 9/00 20060101AFI20231130BHJP
A61L 9/01 20060101ALI20231130BHJP
A61Q 15/00 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
C11B9/00 N
A61L9/01 H
A61Q15/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086742
(22)【出願日】2022-05-27
(71)【出願人】
【識別番号】000102544
【氏名又は名称】エステー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【弁理士】
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100220836
【弁理士】
【氏名又は名称】堂前 里史
(72)【発明者】
【氏名】江口 諒
(72)【発明者】
【氏名】田澤 寿明
(72)【発明者】
【氏名】福谷 洋介
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 芽生
【テーマコード(参考)】
4C083
4C180
4H059
【Fターム(参考)】
4C083AC21
4C083CC17
4C083EE18
4C180AA03
4C180BB06
4C180BB07
4C180BB12
4C180BB14
4C180EB12X
4C180MM01
4H059BA23
4H059BB14
4H059BB45
4H059BC10
4H059EA33
(57)【要約】
【課題】アンモニア臭および/またはアミン臭に対して特異的に応答する微量アミン関連受容体の応答を抑制する微量アミン関連受容体の抑制剤;アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭効果が充分に発揮されやすいアンモニア臭および/またはアミン臭の消臭剤;ならびにアンモニア臭および/またはアミン臭の消臭方法を提供する。
【解決手段】TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の微量アミン関連受容体の応答を抑制する抑制剤であり、α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、微量アミン関連受容体の抑制剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の微量アミン関連受容体の応答を抑制する抑制剤であり、
α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、微量アミン関連受容体の抑制剤。
【請求項2】
請求項1に記載の抑制剤を含む、アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭剤。
【請求項3】
請求項1に記載の抑制剤を用いる、アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量アミン関連受容体の抑制剤、アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭剤、アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生活空間における臭気としては、ヒトまたは動物の排泄物臭、汗臭や加齢臭、生ごみ臭、タバコ臭等があり、これら臭気が混ざり合った複合的な臭気もある。アンモニアおよびトリメチルアミンに代表されるアミン類は、排泄物臭や生ゴミ臭の主要な原因物質である。これらの臭気の消臭に関し、吸着処理を利用した物理的消臭や中和反応を利用した化学的消臭が提案されている。例えば特許文献1では、炭素数6~12の脂肪族アルデヒド類等の香気成分を有効成分とする、アンモニアまたはトリメチルアミンに対する化学的消臭香料組成物が開示されている。
【0003】
一方、ヒトがトリメチルアミンの臭気を認識する際には、嗅神経細胞に存在する微量アミン関連受容体(TAAR)の1種、TAAR5が応答する。また、トリメチルアミンにより誘発されるTAAR5の活性化を阻害する香料成分として、Timberol(登録商標、化学名:2,2,6-トリメチル-α-プロピルシクロヘキサン-1-プロパノール)が知られている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】PLOS ONE,2015, DOI:10.1371/journal.pone.0144704.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のような化学的消臭においては、匂いの原因となるアンモニアまたはトリメチルアミンを消臭剤、吸着剤によって別の化合物に変換することで匂いを消す。そのため、悪臭分子と消臭剤等との分子的な接触が必要である。この点を考慮すると、例えば、密閉空間では経時的にアンモニアまたはトリメチルアミン臭の消臭効果が発揮され得るが、解放空間、大空間では消臭効果が得られにくい。また、非特許文献1のようなTAAR5の応答を抑制する物質についての報告は少ない。
かかる背景の下、本発明者は、使用環境にかかわらず、種々の使用条件下でもアンモニア臭および/またはアミン臭の消臭効果を得るために、アンモニア臭および/またはアミン臭に感応する微量アミン関連受容体の応答を抑制する新たな抑制剤を種々の物質を試験することで発見した。
【0007】
本発明は、アンモニア臭および/またはアミン臭に対して特異的に応答する微量アミン関連受容体の応答を抑制する微量アミン関連受容体の抑制剤;アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭効果が充分に発揮されやすいアンモニア臭および/またはアミン臭の消臭剤;ならびにアンモニア臭および/またはアミン臭の消臭方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、下記の態様を有する。
[1]TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の微量アミン関連受容体の応答を抑制する抑制剤であり;α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、微量アミン関連受容体の抑制剤。
[2][1]の抑制剤を含む、アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭剤。
[3][1]の抑制剤を用いる、アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の微量アミン関連受容体の抑制剤によれば、アンモニア臭および/またはアミン臭に対して特異的に応答する微量アミン関連受容体の応答を抑制できる。
本発明のアンモニア臭および/またはアミン臭の消臭剤ならびにアンモニア臭および/またはアミン臭の消臭方法によれば、当該臭気の消臭効果が充分に発揮されやすい。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例においてアンモニアおよびアミン類に対する微量アミン関連受容体の応答強度(NORMALIZED LUMINESCENCE)を測定した結果を示す図である。
【
図2】実施例においてアンモニアに対するTAAR5の応答強度の濃度依存性を測定した結果を示す図である。
【
図3】実施例においてトリメチルアミンに対するTAAR5の応答強度の濃度依存性を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書における以下の用語の意味は、下記の通りである。
「微量アミン関連受容体と同等の機能を有するポリペプチド」とは、細胞膜上に発現可能なポリペプチドであって、匂い分子の結合により、細胞内のcAMPの産生を引き起こすポリペプチド、または細胞外から細胞内へのカルシウムイオンの流入を促進するポリペプチドをいう。
「アゴニスト」とは、微量アミン関連受容体に結合し、当該微量アミン関連受容体の応答を活性化する化合物である。
「アンタゴニスト」とは、微量アミン関連受容体に結合し、当該微量アミン関連受容体のアゴニストによる活性化を阻害する化合物である。
「パーシャルアゴニスト」とは、アゴニストであって、当該アゴニストが結合する微量アミン関連受容体に相対的に弱く作用し、当該微量アミン関連受容体の応答を活性化する化合物である。
「インバースアゴニスト」とは、微量アミン関連受容体に結合し、当該微量アミン関連受容体の応答を不活化させる化合物である。「インバースアゴニスト」は、不活性型受容体への親和性が高く、平衡を不活性型受容体優位の方向へずらし、細胞内シグナルの発生を抑制する。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含むことを意味する。
【0012】
アミノ酸配列の配列同一性(相同性)は、基準アミノ酸配列に対する対象アミノ酸配列の配列同一性として、次のようにして求めることができる。まず、基準アミノ酸配列および対象アミノ酸配列をアラインメントする。ここで、各アミノ酸配列には、配列同一性が最大となるようにギャップを含めてもよい。次いで、基準アミノ酸配列および対象アミノ酸配列において、一致したアミノ酸のアミノ酸残基数を算出し、下記式(1)にしたがって、配列同一性を求めることができる。
配列同一性(%)=(一致したアミノ酸残基数/対象アミノ酸配列の総アミノ酸残基数)×100 ・・・式(1)
【0013】
<微量アミン関連受容体の抑制剤>
一実施形態に係る微量アミン関連受容体の抑制剤は、TAAR5、およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の微量アミン関連受容体の応答を抑制する。
以下、本明細書において、TAAR5、およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の微量アミン関連受容体を「特定の微量アミン関連受容体」と記すことがある。
【0014】
TAAR5は、ヒト嗅覚受容神経での発現が確認されている微量アミン関連受容体である。TAAR5は、Gene ID:9038としてGenBank(NCBI)に登録されている。TAAR5は、配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0015】
本発明者は種々の物質を試験して検討した結果、α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンの各物質が、TAAR5等の特定の微量アミン関連受容体のアンモニア臭および/またはアミン臭に対する応答を抑制することを見出した。
【0016】
一実施形態に係る微量アミン関連受容体の抑制剤は、以下の2点を満足するため、特定の微量アミン関連受容体のアンタゴニストとして機能していると考えられる。
・抑制剤と混合した後の微量アミン関連受容体において、微量アミン関連受容体がアンモニアおよび/またはアミン類と接触したとき、抑制剤を混合していないときに比べてアンモニアおよび/またはアミン類に対して応答しにくくなること。
・抑制剤と混合した後の微量アミン関連受容体が当該抑制剤に対しては応答しないこと。
【0017】
一実施形態に係る微量アミン関連受容体の抑制剤においては、アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭剤としての用途への適用を考慮すると、官能試験において消臭効果が確認されているものの使用が好ましい。
【0018】
アミン類はアミノ基を有する化合物である。直鎖からなる化合物であってもよく、分岐鎖を有する化合物であってもよい。アミン類は、環状構造を有する化合物であってもよい。
アミン類は一種単独で用いてもよく、二種以上を併用してもよい。
【0019】
なかでも、TAAR5等の特定の微量アミン関連受容体は、アンモニア、トリメチルアミンに対する特異的な応答強度を示しやすい。
【0020】
一実施形態において、TAAR5はTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドと代替可能である。TAAR5と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列は、TAAR5のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すことが好ましく、85%以上の相同性を示すことがより好ましく、90%以上の相同性を示すことがさらに好ましく、95%以上の相同性を示すことがさらにいっそう好ましく、98%以上の相同性を示すことが特に好ましく、99%以上の相同性を示すことが最も好ましい。
【0021】
TAAR5の他にも、これらと同等の機能を有するポリペプチドであれば、微量アミン関連受容体として使用され得る。例えば、ヒトおよびマウス以外の他の動物由来の相同な微量アミン関連受容体が挙げられる。ヒトおよびマウス以外の他の動物として、例えばラット、その他の実験モデル生物が挙げられる。
【0022】
抑制剤による抑制効果を検証するに際して、微量アミン関連受容体を実験的に用いることができる。微量アミン関連受容体は、アンモニアおよび/またはアミン類に対する応答性を失わない範囲内であれば、任意の態様で使用され得る。例えば、微量アミン関連受容体は、微量アミン関連受容体を天然に発現する細胞または組織およびこれらの培養物;微量アミン関連受容体を担持した嗅覚受容細胞の膜;微量アミン関連受容体を発現する遺伝子組換え細胞およびその培養物;微量アミン関連受容体が発現した遺伝子組換え細胞の膜;微量アミン関連受容体が発現した脂質二重膜等の態様での使用が想定され得る。また、微量アミン関連受容体として嗅粘液を有する組織(嗅上皮、嗅粘膜等)を用いてもよい。
【0023】
一実施形態において微量アミン関連受容体としては、微量アミン関連受容体を天然に発現する細胞、微量アミン関連受容体を発現する遺伝子組換え細胞およびこれらの培養物の使用が好ましい。
特に、微量アミン関連受容体を発現するヒト由来の遺伝子組換え細胞の使用が好ましい。ヒト由来の遺伝子組換え細胞は、例えば、微量アミン関連受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いてヒト培養細胞を形質転換することで調製できる。
【0024】
微量アミン関連受容体を実験的に用いる際には、金属イオンを用いてもよい。
金属イオンの使用態様、存在態様は特に限定されない。例えば、金属イオン含有液中で微量アミン関連受容体と試験物質とを混合する方法;微量アミン関連受容体を担持した膜または微量アミン関連受容体が発現した細胞もしくは組織を、金属イオン含有液に浸漬した状態で試験物質と混合する方法;微量アミン関連受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に金属イオンを添加し、次いで試験物質を添加する方法;微量アミン関連受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に、試験物質とともに金属イオン含有液を混合する方法が挙げられる。
金属イオンとしては、例えば、銅イオン、銀イオン等が挙げられる。
【0025】
(作用効果)
以上説明した一実施形態に係る微量アミン関連受容体の抑制剤は、アンモニア臭および/またはアミン臭に特異的に応答する特定の微量アミン関連受容体のアンタゴニストとして機能する。そのため、一実施形態に係る微量アミン関連受容体の抑制剤はこれら特定の微量アミン関連受容体の応答を抑制できる。
【0026】
微量アミン関連受容体の抑制剤は特定の微量アミン関連受容体のアンモニア臭および/またはアミン臭に対する応答を抑制できる。そのため、使用対象の空間において同程度の消臭効果を得るために必要な濃度は、従来の物理的消臭や化学的消臭の場合と比較して低く設定できる可能性が高い。そのため、アンモニアおよび/またはアミンよりも高濃度で対象空間にアンタゴニストを存在させる必要もない。よって、アンモニア臭および/またはアミン臭の抑制剤は、アンモニア臭および/またはアミン臭の消臭剤の有効成分として有用である。
【0027】
一実施形態に係る探索方法によれば、アンモニア臭および/またはアミン臭の抑制剤、すなわち、微量アミン関連受容体のアンタゴニストを消臭剤の有効成分として使用できる。アンタゴニストはアンモニア臭および/またはアミン臭と拮抗して微量アミン関連受容体の応答および悪臭の知覚を阻害することから、従来の物理的消臭や化学的消臭のように事前に拡散した状態を維持する必要もなくなる。そのため、アンタゴニストのアンモニア臭および/またはアミン臭の抑制剤は、スプレー剤等の瞬間的な消臭用途にも好適である。
【0028】
<消臭剤、消臭方法>
一実施形態によれば、上述の一実施形態に係る微量アミン関連受容体の阻害剤を含む消臭剤が提供される。一実施形態に係る消臭剤によれば、微量アミン関連受容体の阻害剤が微量アミン関連受容体に結合し、当該微量アミン関連受容体のアンモニア臭および/またはアミン臭に対する応答を抑制できる。その結果、アンモニア臭および/またはアミン臭の知覚が阻害され、消臭効果が発揮される。
【0029】
一実施形態によれば、上述の一実施形態に係る微量アミン関連受容体の阻害剤を用いる消臭方法が提供される。一実施形態に係る消臭方法によれば、微量アミン関連受容体の阻害剤が微量アミン関連受容体に結合し、当該微量アミン関連受容体のアンモニア臭および/またはアミン臭に対する応答を抑制できる。その結果、アンモニア臭および/またはアミン臭の知覚が阻害され、消臭効果が発揮される。
【0030】
一実施形態において、消臭剤は、微量アミン関連受容体のアンタゴニストからなる態様でもよく、組成物の態様でもよい。組成物の場合、微量アミン関連受容体のアンタゴニストはアンモニア臭および/またはアミン臭を抑制するための有効成分として組成物に含有される。組成物は、微量アミン関連受容体のアンタゴニストによるアンモニア臭および/またはアミン臭抑制作用が損なわれない範囲内であれば、微量アミン関連受容体のアンタゴニスト以外の他の成分をさらに含んでもよい。他の成分としては、例えば、消臭成分、防臭成分、芳香成分、添加剤が挙げられる。
【0031】
一実施形態によれば、微量アミン関連受容体のアンタゴニストを用いたアンモニア臭および/またはアミン臭の抑制方法が提供される。アンモニア臭および/またはアミン臭の抑制方法では、トリメチルアミン臭の知覚の抑制対象(個体)に微量アミン関連受容体のアンタゴニストを適用する。微量アミン関連受容体のアンタゴニストの適用に際しては、組成物は、微量アミン関連受容体のアンタゴニストによるアンモニア臭および/またはアミン臭抑制作用が損なわれない範囲内であれば、抑制対象がアンモニアおよび/またはアミンにさらされる前でもよく、抑制対象がアンモニアおよび/またはアミンにさらされた後でもよく、抑制対象がアンモニアおよび/またはアミンにさらされるのと同時でもよい。
【0032】
一実施形態においては、アンモニア臭および/またはアミン臭の抑制対象がアンモニアおよび/またはアミンにさらされる前に、消臭剤が微量アミン関連受容体のアンタゴニストとして適用される。適用された微量アミン関連受容体のアンタゴニストは、抑制対象の微量アミン関連受容体の応答を阻害する。その結果、抑制対象がアンモニアおよび/またはアミン類にさらされても、アンモニアおよび/またはアミン類に対する微量アミン関連受容体の応答が抑制され、アンモニア臭および/またはアミン臭の知覚が抑制される。
消臭剤は、アンモニア臭および/またはアミン臭の抑制対象に携行されてもよく、アンモニア臭および/またはアミン臭が発生し得る空間に静置されてもよく、アンモニア臭および/またはアミン臭が発生し得る物質と混合されてもよい。
【0033】
適用例として例えば、人間、動物用のトイレまたは排泄物処理;医療施設、介護施設の排泄物処理;廃棄物処理;紙おむつ、生理用品;漁業施設、水産加工施設、医療施設、介護施設の臭気処理;ごみ箱、キッチン空間、バスルーム、介護空間の臭気処理、特に生ごみを対象とした臭気処理;肌着、下着、マスク、フェイスシールド、リネン類等の服飾類、布製品、織物;洗濯用洗剤、柔軟剤;パーマネント剤、香粧品、洗浄剤、デオドラント等の外用剤、医薬品;食品等;アンモニア臭および/またはアミン臭が発生する製品の製造設備等が挙げられる。ただし、アンモニア臭および/またはアミン臭の抑制剤の適用はこれら例示には何ら限定されない。
【実施例0034】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明する。ただし、本発明は以下の実施例の記載に限定されない。
【0035】
<微量アミン関連受容体発現細胞の調製>
(pCI-微量アミン関連受容体ベクター、pCI-RTP1Sベクター)
GenBankに登録されている配列情報を基に、表1に記載のヒトおよびマウス微量アミン関連受容体をコードする遺伝子をクローニングした。各遺伝子は、human genomic DNA Human mixed(G3041:Promega)およびマウス尾部から抽出したゲノムDNAを鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をpCIベクター(Promega)に製品プロトコルにしたがって組み込んだ。具体的には、pCIベクター上に存在するNheI制限酵素サイト、BamHI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列が組み込み、その下流のMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列の下流に微量アミン関連受容体遺伝子を組み込んだ。次いで、ヒトまたはマウスRTP1Sをコードする遺伝子をpCIベクターのMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトへ組み込んだ。
【0036】
【0037】
Hana3A細胞を50%コンフルエントになるように96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)で培養した。表2に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)の各ウェルに50μLずつ添加した。37℃、5%CO2雰囲気保持したインキュベータ内で24時間培養し、表1に示したヒトおよびマウス微量アミン関連受容体18種のそれぞれを発現させたHana3A細胞を調製した。TAAR遺伝子量は各遺伝子の発現容易性に応じて、添加する遺伝子量を1~50μgの範囲で調整した。
【0038】
【0039】
<アンモニアおよびアミン類>
以下の匂い物質を使用した。
・アンモニア(NH3)
・モノメチルアミン(MMA)
・ジメチルアミン(DMA)
・トリメチルアミン(TMA)
【0040】
<Glo Sensorアッセイ>
微量アミン関連受容体の応答の測定には、Glo Sensorアッセイを行った。Hana3A細胞に発現した微量アミン関連受容体は、細胞内在性のGαsおよびGαоlfと共役し、アデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子由来の発光値として測定し、微量アミン関連受容体の応答強度を測定した。
ルシフェラーゼの活性測定には、Glo Sensor cAMP Reagent(Promega)を用い、製品プロトコルにしたがって測定を行った。各種刺激条件について、臭気刺激前のルシフェラーゼ由来の発光値を、臭気刺激後のルシフェラーゼ由来の発光値で除した値、すなわち、(刺激後の発光値)/(刺激前の発光値)を算出した。匂い物質の刺激により誘導された(刺激後の発光値)/(刺激前の発光値)を応答強度の測定値とした。
【0041】
<アンモニアおよび/またはアミン類に応答する微量アミン関連受容体の探索>
(TAAR5の同定)
微量アミン関連受容体発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGlo Sensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を遮光環境で2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。最後に、5Lのフレックサンプラーバッグ内に96ウェルプレートと空気循環用のファンを入れ純空気で満たした。最後に悪臭分子としてアンモニア、モノメチルアミン、ジメチルアミンまたはトリメチルアミンを気相終濃度が所定の値になるほうにシリンジで注入した。10分間、微量アミン関連受容体発現細胞と悪臭分子を接触させ、その後、Glo Sensorアッセイを行い、悪臭分子に対する微量アミン関連受容体の応答強度(NORMALIZED LUMINESCENCE)を測定した。結果を
図1に示す。
【0042】
図1の縦軸は、各受容体発現細胞の各匂い物質に対する相対応答強度を示す(
図1)。相対応答強度は各匂い物質の非存在下での応答強度を1として算出した。同濃度の各匂い物質および同時間の接触条件下での応答強度を1としている。
18種類の微量アミン関連受容体を発現させた各細胞について、各匂い物質に対する応答を測定した。
【0043】
結果、いずれの匂い物質に対しても最も高い応答性を示したヒト微量アミン関連受容体としてTAAR5が同定された。また、ヒトTAAR5のマウスホモログであるマウスTAAR5もいずれの匂い物質に対しても強く応答することが分かった(
図1)。
【0044】
(TAAR5の応答のアンモニアおよびトリメチルアミンに対する濃度依存性)
異なる濃度のアンモニアおよびトリメチルアミンに対するヒトおよびマウスTAAR5の応答を測定した。結果を
図2、
図3に示す。結果、TAAR5はアンモニアおよびトリメチルアミンに濃度依存的な応答を示し、これらの受容体であることが確認された。
【0045】
<試験物質>
試験物質(Compounds)として下記3種の化合物を10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈し、終濃度が100μMになるよう調製した。
・α-ダマスコン
・β-ダマスコン
・β-イオノン
【0046】
<TAAR5のアンタゴニストの探索>
ヒトTAAR5発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGloSensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を遮光環境で2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。その後、GloSensorアッセイを行い、試験物質を添加する前のヒトTAAR5の応答強度を測定した。
次いで、96ウェルプレートの各ウェルに試験物質を終濃度が表3に示す各濃度となるように添加し、10分後にGloSensorアッセイを行い、試験物質に対するヒトTAAR5の応答強度(fold increase)を測定し、基準データを得た。
その後、5Lのフレックサンプラーバッグ内に96ウェルプレートと空気循環用のファンを入れ純空気で満たした。最後に悪臭分子としてトリメチルアミンガスを気相終濃度が所定の値になるほうにシリンジで注入した。10分間、ヒトTAAR5と悪臭分子を接触させ、その後、GloSensorアッセイを行い、悪臭分子に対するヒトTAAR5の応答強度(fold increase)を測定し、試験データを得た。
応答強度の測定結果を表3に示す。
【0047】
【0048】
表3に示すように、応答強度の測定の結果、α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンはTAAR5のトリメチルアミンに対する応答を抑制したことから、TAAR5のアンタゴニストとして機能していると考えられる。また、α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンはアミン臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤であると考えられる。
対して、β-イオノンについては、TAAR5のトリメチルアミンに対する応答抑制効果が確認されなかった。
【0049】
<官能試験>
(試験サンプル)
以下の試験サンプルを使用し、トリメチルアミン臭の消臭効果を試験した。
・α-ダマスコン
・β-ダマスコン
【0050】
(試験内容)
1.評価者
官能試験は10名の評価者で行った。10名の評価者は、別途実施した嗅覚テストに合格した20代または30代の男性および女性で構成した。
【0051】
2.香り空気の準備
3cmに切断した試香紙を用意し、各試験サンプルの10%水溶液を1滴(約0.05g)染み込ませた後、3Lのバッグに封入し、内部を無臭空気で満たした。その後室温で半日静置し、各サンプルの香り空気を得た。
【0052】
3.試験サンプルの準備
容積3Lのバッグ3つに所定量のトリメチルアミン気体と無臭空気を注入し、バッグ内のトリメチルアミン濃度を14ppmに調整した。さらにそのうちのバッグ2つに、各サンプルの香り空気200mLをバッグに追加して注入し、試験サンプルを得た。
【0053】
4.評価の実施
各サンプルを評価者に提示し、各評価者は、下記の基準にしたがって「悪臭強度」を採点した。10名分の採点結果の平均値を表4に示す。
【0054】
「悪臭強度」
次の評価基準で+5点から0点まで1点刻みの6段階で評価した。
+5:強烈
+4:強い
+3:らくに感知できる
+2:弱い
+1:やっと感知できる
0:無臭
【0055】
【0056】
本実施例では、芳香消臭脱臭剤協議会の定める感覚的消臭試験の基準を採用した。芳香消臭脱臭剤協議会では悪臭強度が1段階以上軽減した場合を「消臭効果あり」としている。
官能試験の結果から、α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンともに、トリメチルアミンに対する官能的な消臭効果が確認された。