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  • 特開-アンモニア臭の抑制剤の探索方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174085
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】アンモニア臭の抑制剤の探索方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20231130BHJP
   A61L 9/00 20060101ALI20231130BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20231130BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20231130BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20231130BHJP
   C12Q 1/66 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
C12Q1/02
A61L9/00 Z ZNA
C12N15/09 Z
C12N15/12
C12N15/63 Z
C12Q1/66
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086743
(22)【出願日】2022-05-27
(71)【出願人】
【識別番号】000102544
【氏名又は名称】エステー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【弁理士】
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100220836
【弁理士】
【氏名又は名称】堂前 里史
(72)【発明者】
【氏名】江口 諒
(72)【発明者】
【氏名】田澤 寿明
(72)【発明者】
【氏名】福谷 洋介
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 芽生
【テーマコード(参考)】
4B063
4C180
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ90
4B063QR48
4B063QR77
4B063QR80
4B063QS36
4B063QX02
4C180AA03
4C180AA16
4C180BB06
4C180BB11
4C180BB12
4C180BB13
4C180BB14
4C180BB15
4C180CB01
4C180EB12X
4C180GG07
(57)【要約】
【課題】アンモニア臭に対する消臭効果が得られやすい抑制剤を取得できる方法を提供する。
【解決手段】TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の微量アミン関連受容体と試験物質とを混合すること、および;前記微量アミン関連受容体と試験物質とを混合した後、前記微量アミン関連受容体とアンモニアとを接触させること;を含む、アンモニア臭の抑制剤の探索方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニア臭の抑制剤の探索方法であって、
TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の微量アミン関連受容体と試験物質とを混合すること、および、
前記微量アミン関連受容体と試験物質とを混合した後、前記微量アミン関連受容体とアンモニアとを接触させること、
を含む、アンモニア臭の抑制剤の探索方法。
【請求項2】
前記微量アミン関連受容体とアンモニアとを接触させた後、前記微量アミン関連受容体の応答を抑制した試験物質を、アンモニア臭の抑制剤として選択することをさらに含む、請求項1に記載の探索方法。
【請求項3】
気体のアンモニアと前記微量アミン関連受容体とを接触させる、請求項1または2に記載の探索方法。
【請求項4】
TAAR5と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列が、TAAR5のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示す、請求項1または2に記載の探索方法。
【請求項5】
前記抑制剤が、前記微量アミン関連受容体のアンタゴニストである、請求項1または2に記載の探索方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンモニア臭の抑制剤の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生活空間における臭気としては、ヒトまたは動物の排泄物臭、汗臭や加齢臭、生ごみ臭、タバコ臭等があり、これら臭気が混ざり合った複合的な臭気もある。アンモニアは、排泄物臭や生ゴミ臭の主要な原因物質の一つである。アンモニア臭の消臭に関し、吸着処理を利用した物理的消臭や中和反応を利用した化学的消臭が提案されている。例えば特許文献1では、炭素数6~12の脂肪族アルデヒド類等の香気成分を有効成分とする、アンモニアまたはトリメチルアミンに対する化学的消臭香料組成物が開示されている。
【0003】
トリメチルアミンの臭気の知覚に関しては、嗅神経細胞に存在する微量アミン関連受容体(TAAR)の1種、TAAR5が応答することが知られている。TAAR5の活性化はトリメチルアミン等のアミンにより誘発される(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001-303090号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】PLOS ONE,2015, DOI:10.1371/journal.pone.0144704.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のような化学的消臭においては、匂いの原因となるアンモニア等を消臭剤、吸着剤によって別の化合物に変換することで匂いを消す。そのため、悪臭分子と消臭剤等との分子的な接触を必要とする。この点を考慮すると、例えば、密閉空間では経時的にアンモニア臭の消臭効果が発揮され得るが、解放空間、大空間では消臭効果が得られにくい。
本発明は、アンモニア臭に対する消臭効果が得られやすい抑制剤を取得できる方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は鋭意検討した結果、アミンに応答するTAAR5がアンモニアにも応答することを見出し、TAAR5の応答を抑制し得る物質をアンモニア臭の抑制剤として取得することに想到した。すなわち、本発明は、下記の態様を有する。
[1]アンモニア臭の抑制剤の探索方法であって;TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の微量アミン関連受容体と試験物質とを混合すること、および;前記微量アミン関連受容体と試験物質とを混合した後、前記微量アミン関連受容体とアンモニアとを接触させること;を含む、アンモニア臭の抑制剤の探索方法。
[2]前記微量アミン関連受容体とアンモニアとを接触させた後、前記微量アミン関連受容体の応答を抑制した試験物質を、アンモニア臭の抑制剤として選択することをさらに含む、[1]の探索方法。
[3]気体のアンモニアと前記微量アミン関連受容体とを接触させる、[1]または[2]の探索方法。
[4]TAAR5と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列が、TAAR5のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示す、[1]~[3]のいずれかの探索方法。
[5] 前記抑制剤が、前記微量アミン関連受容体のアンタゴニストである、[1]~[4]のいずれかの探索方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、アンモニア臭に対する消臭効果が得られやすい抑制剤を取得できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施例においてアンモニアに対する微量アミン関連受容体の応答強度(NORMALIZED LUMINESCECNSE)を測定した結果を示す図である。
図2】実施例においてアンモニアに対するTAAR5の応答強度の濃度依存性を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書における以下の用語の意味は、下記の通りである。
「微量アミン関連受容体と同等の機能を有するポリペプチド」とは、細胞膜上に発現可能なポリペプチドであって、匂い分子の結合により、細胞内のcAMPの産生を引き起こすポリペプチド、または細胞外から細胞内へのカルシウムイオンの流入を促進するポリペプチドをいう。
「アゴニスト」とは、微量アミン関連受容体に結合し、当該微量アミン関連受容体の応答を活性化する化合物である。
「アンタゴニスト」とは、微量アミン関連受容体に結合し、当該微量アミン関連受容体のアゴニストによる活性化を阻害する化合物である。
「パーシャルアゴニスト」とは、アゴニストであって、当該アゴニストが結合する微量アミン関連受容体に相対的に弱く作用し、当該微量アミン関連受容体の応答を活性化する化合物である。
「インバースアゴニスト」とは、微量アミン関連受容体に結合し、当該微量アミン関連受容体の応答を不活化させる化合物である。「インバースアゴニスト」は、不活性型受容体への親和性が高く、平衡を不活性型受容体優位の方向へずらし、細胞内シグナルの発生を抑制する。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含むことを意味する。
【0011】
アミノ酸配列の配列同一性(相同性)は、基準アミノ酸配列に対する対象アミノ酸配列の配列同一性として、次のようにして求めることができる。まず、基準アミノ酸配列および対象アミノ酸配列をアラインメントする。ここで、各アミノ酸配列には、配列同一性が最大となるようにギャップを含めてもよい。次いで、基準アミノ酸配列および対象アミノ酸配列において、一致したアミノ酸のアミノ酸残基数を算出し、下記式(1)にしたがって、配列同一性を求めることができる。
配列同一性(%)=(一致したアミノ酸残基数/対象アミノ酸配列の総アミノ酸残基数)×100 ・・・式(1)
【0012】
(試験物質と微量アミン関連受容体の混合)
一実施形態に係るアンモニア臭の抑制剤の探索方法では、TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の微量アミン関連受容体と試験物質とを混合する。
以下、本明細書において、TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の微量アミン関連受容体を「特定の微量アミン関連受容体」と記すことがある。
【0013】
TAAR5は、ヒト嗅覚受容神経での発現が確認されている微量アミン関連受容体であり、Gene ID:9038としてGenBank(NCBI)に登録されている。TAAR5は、配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0014】
本発明者は鋭意検討した結果、TAAR5等の特定の微量アミン関連受容体がアンモニア分子に対して特異的に応答する受容体であることを見出した。TAAR5等の応答を抑制することで、アンモニア臭の知覚を効果的に抑制できると考えられる。
【0015】
一実施形態に係る探索方法では、特定の微量アミン関連受容体と試験物質とを混合する。これら特定の微量アミン関連受容体は、アンモニアに対して特異的に応答する。そのため、特定の微量アミン関連受容体と試験物質とを混合した結果、試験物質が特定の微量アミン関連受容体の応答を抑制すれば、当該試験物質はアンモニア臭に対する消臭効果を充分に発揮しやすいと考えられる。
したがって、一実施形態に係る探索方法によれば、アンモニア臭に対する消臭効果が得られやすい抑制剤を取得できる。
【0016】
試験物質は、アンモニア臭の抑制剤としての使用を所望する物質である。そのため、試験物質は特に制限されない。また、試験物質は天然由来の物質でもよく、合成した物質でもよい。
【0017】
試験物質としては、アンモニア臭の抑制剤を消臭剤として商品化する点を考慮すると、アンモニア臭とは別の匂いを知覚させる物質が好ましく、揮発性物質がより好ましい。また、無臭の試験物質、匂い強度が低い試験物質の使用も好ましい。
【0018】
試験物質は単一の物質でもよく、二以上の物質を含む混合物でもよい。例えば、単一物質の香料を用いてもよく、複数種の物質を調合した香料を用いてもよい。
【0019】
試験物質の混合方法は、特に限定されない。微量アミン関連受容体を発現させる細胞の培養培地に試験物質を混ぜてもよく、微量アミン関連受容体が発現した細胞、組織に試験物質を滴下、散布、噴霧してもよい。
【0020】
微量アミン関連受容体と試験物質を混合する際には、金属イオンの存在下で混合してもよい。
金属イオンの使用態様、存在態様は特に限定されない。例えば、金属イオン含有液中で微量アミン関連受容体と試験物質とを混合する方法;微量アミン関連受容体を担持した膜または微量アミン関連受容体が発現した細胞もしくは組織を、金属イオン含有液に浸漬した状態で試験物質と混合する方法;微量アミン関連受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に金属イオンを添加し、次いで試験物質を添加する方法;微量アミン関連受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に、試験物質とともに金属イオン含有液を混合する方法が挙げられる。
【0021】
(アンモニアとの接触)
一実施形態に係る探索方法では、特定の微量アミン関連受容体と試験物質とを混合した後、微量アミン関連受容体とアンモニアとを接触させる。試験物質と混合した後の特定の微量アミン関連受容体において、アンモニア臭に対する応答が試験物質の非存在下と比較して相対的に抑制されていれば、当該試験物質はアンモニア臭の抑制剤として有用であると考えられる。
【0022】
試験物質と混合した後の微量アミン関連受容体において、以下の2点を満足すれば、当該試験物質は、試験物質はアンタゴニストとして機能していると考えることができる。
・試験物質と混合した後の微量アミン関連受容体において、微量アミン関連受容体がアンモニアと接触したとき、試験物質を混合していないとき(すなわち、試験物質の非存在下)に比べてアンモニアに対して応答しにくくなること。
・試験物質と混合した後の微量アミン関連受容体が当該試験物質に対しては応答しないこと。
【0023】
試験物質がアンタゴニストとして機能しているとき、当該試験物質はアンモニア臭の抑制剤として有用であると期待できる。
一実施形態において、微量アミン関連受容体とアンモニアとを接触させたとき、微量アミン関連受容体のアンモニアに対する応答を抑制した試験物質をアンモニア臭の抑制剤として選択できる。そのため、一実施形態においてアンモニア臭の抑制剤は、微量アミン関連受容体のアンタゴニストであるとも言える。
【0024】
アミン類はアミン基を有する化合物である。直鎖からなる化合物であってもよく、分岐鎖を有する化合物であってもよい。また、環状構造を有する化合物であってもよい。
アミン類は一種単独で用いてもよく、二種以上を併用してもよい。
なかでも、TAAR5等の特定の微量アミン関連受容体は、アンモニアに対する特異的な応答強度を示す。
【0025】
試験物質と混合された微量アミン関連受容体とアンモニアとの接触の態様は、特に限定されない。例えば、アンモニアを封入した密閉容器内に、微量アミン関連受容体を担持した膜または微量アミン関連受容体が発現した細胞もしくは組織を静置する方法;微量アミン関連受容体を担持した膜または微量アミン関連受容体が発現した細胞もしくは組織を、密閉容器内に置き、次いで、密閉容器内にアンモニアを供給する方法が挙げられる。また、液体のアンモニアを密閉容器内等で気化させてもよい。
微量アミン関連受容体とアンモニアとの接触に際しては、培養プレート、シャーレを用いてもよく、循環機(サーキュレーター)を用いてもよい。
【0026】
アンモニアを微量アミン関連受容体と接触させる際、アンモニアは気体状態でもよく、液体状態でもよく、固体状態でもよい。実際の嗅覚の知覚の挙動を再現する点では、気体のアンモニアの使用が好ましいが、必ずしも気体に限定されない。
アンモニア以外の悪臭物質と組み合わせた複合臭や、アンモニアを含む任意の空間から採取された臭気を用いてもよい。
【0027】
一実施形態に係る探索方法によれば、気体のアンモニアを使用できるため、実際の鼻における微量アミン関連受容体の反応を再現してアンモニア臭に応答する微量アミン関連受容体の抑制剤やアンタゴニストを探索できる。また、悪臭の原因となるアンモニアは気体として供給する場合、当該気体は単一の化合物である必要もなく、例えば、悪臭空間から採取した空気等のように複合的な臭気を気体のアンモニア臭として使用できることも利点である。
【0028】
一実施形態に係る探索方法においては、金属イオンの存在下で試験物質と混合した微量アミン関連受容体を気体のアンモニアと接触させることが好ましい。実際に嗅上皮の微量アミン関連受容体が空気中に漂う気体のアンモニアに対して応答する様子を再現できるためである。この場合、アンモニア臭の知覚メカニズムを実際の鼻における微量アミン関連受容体の反応と近づけたうえで、アンモニア臭の抑制剤やアンタゴニストを探索できる。このようにして同定されたアンモニア臭の抑制剤は、実際に消臭剤等の製品に用いた際も消臭効果を発揮する可能性が高いと考えられる。
【0029】
一実施形態において、微量アミン関連受容体と試験物質とを混合した後、アンモニアと接触させる前に微量アミン関連受容体の応答を測定してもよい。例えば、微量アミン関連受容体と試験物質とを混合した直後の微量アミン関連受容体の応答を測定したデータを基準データとして利用し、後述の試験データと比較してもよい。
【0030】
一実施形態において、試験物質と混合した微量アミン関連受容体と、アンモニアとを接触させた後に、微量アミン関連受容体の応答を測定してもよい。アンモニアと接触した後の微量アミン関連受容体の応答を測定したデータは試験データとして利用できる。
【0031】
一実施形態において、試験群、すなわち、試験物質を混合した複数の微量アミン関連受容体の応答と対照群の微量アミン関連受容体の応答を測定し、それぞれの測定結果を比較してもよい。試験群の応答と対照群における応答との比較によって、例えば、微量アミン関連受容体に対する試験物質のアンモニア臭の抑制効果を評価できる。
【0032】
対照群の例として、例えば、試験物質を混合していない微量アミン関連受容体;試験物質を混合したがアンモニアと接触させていない微量アミン関連受容体;相対的に低濃度の試験物質を混合した微量アミン関連受容体;試験物質を添加する前の微量アミン関連受容体;微量アミン関連受容体が発現していない細胞が挙げられる。
【0033】
一実施形態において、例えば、試験物質およびアンモニアを用いた試験群における応答が対照群と比べて抑制されていた場合、その試験物質はアンモニア臭の抑制剤として選択できる。例えば、試験群における微量アミン関連受容体の応答指標が、対照群と比較して統計学的に有意に低減されていれば、その試験物質は、アンモニア臭の抑制剤として選択できる。
【0034】
例えば、試験物質の使用量の増加に伴い、基準データにおいてその微量アミン関連受容体の試験物質に対する応答が変化せず、かつ、試験データにおいて、アンモニアとの接触後にその微量アミン関連受容体のアンモニアに対する応答が低下していれば、特定の微量アミン関連受容体と混合した試験物質がアンタゴニストとして機能している。この場合、当該試験物質は、アンモニア臭の抑制剤として有用であると考えられる。
このように、微量アミン関連受容体と試験物質を混合した後、アンモニアに対する微量アミン関連受容体の接触応答を抑制した試験物質をアンモニア臭の抑制剤として選択できる。
【0035】
微量アミン関連受容体の応答の測定の具体的手法は、微量アミン関連受容体の応答を評価できれば特に限定されない。例えば、細胞内cAMP量の測定が挙げられる。細胞内cAMP量を微量アミン関連受容体の応答の指標とすることで、微量アミン関連受容体の応答を評価できる。細胞内のcAMP量を測定する方法としては、例えば、ELISA法、レポータージーンアッセイ等が挙げられる。
他にも、カルシウムイメージング法、電気生理学的手法による測定が挙げられる。電気生理学的測定では、例えば、微量アミン関連受容体を他のイオンチャネルとともに共発現させた試験細胞(例えば、アフリカツメガエル卵母細胞等)を調製し、当該試験細胞上のイオンチャネルの活動電位をパッチクランプ法、二電極膜電位固定法等で測定してもよい。
【0036】
一実施形態において、TAAR5はTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドと代替可能である。TAAR5と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列は、TAAR5のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すことが好ましく、85%以上の相同性を示すことがより好ましく、90%以上の相同性を示すことがさらに好ましく、95%以上の相同性を示すことがさらにいっそう好ましく、98%以上の相同性を示すことが特に好ましく、99%以上の相同性を示すことが最も好ましい。
【0037】
TAAR5の他にも、これらと同等の機能を有するポリペプチドであれば、微量アミン関連受容体として使用され得る。例えば、ヒトおよびマウス以外の他の動物由来の相同な微量アミン関連受容体が挙げられる。ヒトおよびマウス以外の他の動物として、例えばラット、その他の実験モデル生物が挙げられる。
【0038】
微量アミン関連受容体は、アンモニアに対する応答性を失わない範囲内であれば、任意の態様で使用され得る。例えば、微量アミン関連受容体は、微量アミン関連受容体を天然に発現する細胞または組織およびこれらの培養物;微量アミン関連受容体を担持した嗅覚受容細胞の膜;微量アミン関連受容体を発現する遺伝子組換え細胞およびその培養物;微量アミン関連受容体が発現した遺伝子組換え細胞の膜;微量アミン関連受容体が発現した脂質二重膜等の態様での使用が想定され得る。また、微量アミン関連受容体として嗅粘液を有する組織(嗅上皮、嗅粘膜等)を用いてもよい。
【0039】
一実施形態において微量アミン関連受容体としては、微量アミン関連受容体を天然に発現する細胞、微量アミン関連受容体を発現する遺伝子組換え細胞およびこれらの培養物の使用が好ましい。
特に、微量アミン関連受容体を発現するヒト由来の遺伝子組換え細胞の使用が好ましい。ヒト由来の遺伝子組換え細胞は、例えば、微量アミン関連受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いてヒト培養細胞を形質転換することで調製できる。
【0040】
一実施形態においては、複数のウェルが形成された細胞培養プレートを使用してもよい。例えば、細胞培養プレートの複数のウェルのそれぞれに微量アミン関連受容体が発現した細胞、組織と試験物質とを分注して混合し、当該細胞培養プレートの周囲にアンモニアを供給し、アンモニアと微量アミン関連受容体を接触させる。
このようにあらかじめ試験物質を微量アミン関連受容体と混合しておけば、次いで、アンモニアを接触させることで、各ウェル内の微量アミン関連受容体の悪臭に対する応答開始時を揃えることができる。そのため、事前に悪臭物質を各ウェル内の微量アミン関連受容体に一つずつ添加した後に微量アミン関連受容体の応答を測定する場合に生じるような、応答開始時の各ウェル間でのタイムラグが発生しにくい。
したがって、一実施形態によれば、より測定誤差の少ない微量アミン関連受容体の応答データを測定できる。複数のウェルが形成された細胞培養プレートを用いる場合、各ウェル内の微量アミン関連受容体は互いに同一でもよく、異なっていてもよい。
【0041】
一実施形態において、官能試験をさらに実施してもよい。例えば、アンモニア臭の抑制剤としての有用性が期待された試験物質を、アンモニア臭の消臭剤の候補物質とし、候補物質のアンモニア臭の抑制効果を官能試験により評価できる。官能試験でアンモニア臭の抑制効果が認められた候補物質をアンモニア臭の消臭剤として選択してもよい。
【0042】
官能試験は、消臭剤の通常の評価手順に準じて行われ得る。例えば、評価者は、候補物質の匂いと同時にアンモニア臭を嗅ぎ、アンモニア臭の強度を評価してもよく、候補物質の匂いと別々にアンモニア臭を嗅ぎ、アンモニア臭の強度を評価してもよい。
得られた評価結果は、アンモニア臭の単独強度と比較される。官能試験の結果、アンモニア臭の強度を低下させたと評価された候補物質は、アンモニア臭の抑制剤としての有用性が期待できる。
【0043】
(用途)
一実施形態に係る探索方法によれば、アンモニア臭の抑制剤を取得できる。取得したアンモニア臭の抑制剤は、アンモニア臭の消臭剤の有効成分として使用され得る。
消臭剤の具体的使用態様は特に限定されない。例えば、アンモニア臭の抑制剤は、アンモニア臭の抑制用の組成物、物品の有効成分として使用してもよく、アンモニア臭の抑制用の組成物、物品の製造に使用できる。
一実施形態に係る探索方法は消臭剤の製造方法の用途にも好適に適用できる。
【0044】
消臭剤の適用例として例えば、人間、動物用のトイレまたは排泄物処理;医療施設、介護施設の排泄物処理;廃棄物処理;紙おむつ、生理用品;漁業施設、水産加工施設、医療施設、介護施設の臭気処理;ごみ箱、キッチン空間、バスルーム、介護空間の臭気処理、特に生ごみを対象とした臭気処理;肌着、下着、マスク、フェイスシールド、リネン類等の服飾類、布製品、織物;洗濯用洗剤、柔軟剤;パーマネント剤、香粧品、洗浄剤、デオドラント等の外用剤、医薬品;食品等;アンモニア臭が発生する製品の製造設備等が挙げられる。ただし、アンモニア臭の抑制剤の適用はこれら例示には何ら限定されない。
【0045】
(作用効果)
以上説明した一実施形態に係る探索方法では、特定の微量アミン関連受容体と試験物質とを混合する。特定の微量アミン関連受容体はアンモニア臭に特異的に応答するため、試験物質がアンモニア臭の抑制剤として機能するか生化学的に試験できる。したがって、アンモニア臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤を取得できる。
【0046】
また、アンモニア臭の抑制剤は、特定の微量アミン関連受容体のアンモニア臭に対する応答を抑制する。そのため、対象の空間において同程度の消臭効果を得るために必要な濃度は、従来の物理的消臭や化学的消臭の場合と比較して低く設定できる可能性が高い。そのためアンモニア臭の抑制剤は、アンモニア臭の消臭剤の有効成分として実用的である。
【0047】
一実施形態に係る探索方法によれば、アンモニア臭の抑制剤、すなわち、微量アミン関連受容体のアンタゴニストを消臭剤の有効成分として使用できる。アンタゴニストはアンモニア臭と拮抗して微量アミン関連受容体の応答および悪臭の知覚を阻害することから、従来の物理的消臭や化学的消臭のように事前に拡散した状態を維持する必要もなくなる。そのため、アンタゴニストのアンモニア臭の抑制剤は、スプレー剤等の瞬間的な消臭用途にも好適である。
【実施例0048】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明する。ただし、本発明は以下の実施例の記載に限定されない。
【0049】
<微量アミン関連受容体発現細胞の調製>
(pCI-微量アミン関連受容体ベクター、pCI-RTP1Sベクター)
GenBankに登録されている配列情報を基に、表1に記載のヒトおよびマウス微量アミン関連受容体をコードする遺伝子をクローニングした。各遺伝子は、human genomic DNA Human mixed(G3041:Promega)およびマウス尾部から抽出したゲノムDNAを鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をpCIベクター(Promega)に製品プロトコルにしたがって組み込んだ。具体的には、pCIベクター上に存在するNheI制限酵素サイト、BamHI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列が組み込み、その下流のMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列の下流に微量アミン関連受容体遺伝子を組み込んだ。次いで、ヒトまたはマウスRTP1Sをコードする遺伝子をpCIベクターのMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトへ組み込んだ。
【0050】
【表1】
【0051】
Hana3A細胞を50%コンフルエントになるように96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)で培養した。表2に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)の各ウェルに50μLずつ添加した。37℃、5%CO雰囲気保持したインキュベータ内で24時間培養し、表1に示したヒトおよびマウス微量アミン関連受容体18種のそれぞれを発現させたHana3A細胞を調製した。なお、TAAR遺伝子量は各遺伝子の発現容易性に応じて、添加する遺伝子量を1~50μgの範囲で調整した。
【0052】
【表2】
【0053】
<Glo Sensorアッセイ>
微量アミン関連受容体の応答の測定には、Glo Sensorアッセイを行った。Hana3A細胞に発現した微量アミン関連受容体は、細胞内在性のGαsおよびGαоlfと共役し、アデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子由来の発光値として測定し、微量アミン関連受容体の応答強度を測定した。
ルシフェラーゼの活性測定には、Glo Sensor cAMP Reagent(Promega)を用い、製品プロトコルにしたがって測定を行った。各種刺激条件について、臭気刺激前のルシフェラーゼ由来の発光値を、臭気刺激後のルシフェラーゼ由来の発光値で除した値、すなわち、(刺激後の発光値)/(刺激前の発光値)を算出した。匂い物質の刺激により誘導された(刺激後の発光値)/(刺激前の発光値)を応答強度の測定値とした。
【0054】
<アンモニアに応答する微量アミン関連受容体の探索>
(TAAR5の同定)
微量アミン関連受容体発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGlo Sensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を遮光環境で2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。最後に、5Lのフレックサンプラーバッグ内に96ウェルプレートと空気循環用のファンを入れ純空気で満たした。最後に悪臭分子としてアンモニアを気相終濃度が所定の値になるほうにシリンジで注入した。10分間、微量アミン関連受容体発現細胞と悪臭分子を接触させ、その後、Glo Sensorアッセイを行い、悪臭分子に対する微量アミン関連受容体の応答強度(NORMALIZED LUMINESCENCE)を測定した。結果を図1に示す。
【0055】
図1の縦軸は、各受容体発現細胞の各匂い物質に対する相対応答強度を示す(図1)。相対応答強度は各匂い物質の非存在下での応答強度を1として算出した。同濃度の各匂い物質および同時間の接触条件下での応答強度を1としている。
18種類の微量アミン関連受容体を発現させた各細胞について、アンモニアに対する応答を測定した。
【0056】
結果、アンモニアに対して最も高い応答性を示したヒト微量アミン関連受容体としてTAAR5が同定された。また、ヒトTAAR5のマウスホモログであるマウスTAAR5もアンモニアに対して強く応答することが分かった(図1)。
【0057】
(TAAR5の応答のアンモニアに対する濃度依存性)
異なる濃度のアンモニアに対するヒトおよびマウスTAAR5の応答を測定した。結果を図2に示す。結果、TAAR5はアンモニアに濃度依存的な応答を示し、これらの受容体であることが確認された。
【0058】
<試験物質>
試験物質(Compounds)として下記3種の化合物を10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈し、終濃度が100μMになるよう調製した。
・α-ダマスコン
・β-ダマスコン
・β-イオノン
【0059】
<TAAR5のアンタゴニストの探索>
ヒトTAAR5発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGloSensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を遮光環境で2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。その後、GloSensorアッセイを行い、試験物質を添加する前のヒトTAAR5の応答強度を測定した。
次いで、96ウェルプレートの各ウェルに試験物質を終濃度が表3に示す各濃度となるように添加し、10分後にGloSensorアッセイを行い、試験物質に対するヒトTAAR5の応答強度(fold increase)を測定し、基準データを得た。
その後、5Lのフレックサンプラーバッグ内に96ウェルプレートと空気循環用のファンを入れ純空気で満たした。最後に悪臭分子としてアンモニアガスを気相終濃度が所定の値になるほうにシリンジで注入した。10分間、ヒトTAAR5と悪臭分子を接触させ、その後、GloSensorアッセイを行い、悪臭分子に対するヒトTAAR5の応答強度(fold increase)を測定し、試験データを得た。
応答強度の測定結果を表3に示す。
【0060】
【表3】
【0061】
表3に示すように、応答強度の測定の結果、α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンはTAAR5のアンモニアに対する応答を抑制したことから、TAAR5のアンタゴニストとして機能していると考えられる。また、α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンはアンモニア臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤であると考えられる。
一方、β-イオノンについては、TAAR5のアンモニアに対する応答抑制効果が確認されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、アンモニア臭に対して特異的に応答する微量アミン関連受容体の応答を抑制し、実用的な消臭剤に適した抑制剤を探索できる。
図1
図2
【配列表】
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