(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174125
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】Fc結合性タンパク質固定化吸着剤を用いた抗体の精製方法
(51)【国際特許分類】
C07K 1/22 20060101AFI20231130BHJP
B01J 20/281 20060101ALI20231130BHJP
C07K 14/735 20060101ALN20231130BHJP
【FI】
C07K1/22 ZNA
B01J20/281 R
B01J20/281 X
C07K14/735
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086804
(22)【出願日】2022-05-27
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】高山 真澄
(72)【発明者】
【氏名】寺尾 陽介
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA11
4H045AA30
4H045CA40
4H045DA50
4H045EA61
4H045FA74
4H045GA26
(57)【要約】
【課題】 不溶性担体と、当該担体に固定化したヒト新生児Fcレセプターとを含む抗体吸着剤を用いて、試料中に含まれる抗体を高効率に精製する方法を提供すること。
【解決手段】 前記吸着剤を充填したカラムの平衡化に用いる平衡化液、および前記試料のpHを4.5以上5.7以下にすることで前記課題を解決する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
不溶性担体と当該担体に固定化したFc結合性タンパク質とを含む抗体吸着剤を充填したカラムを平衡化液で平衡化する工程と、前記工程で平衡化したカラムに抗体を含む溶液を添加し当該抗体を前記吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着した抗体を溶出液で溶出させる工程とを含む、抗体の精製方法であって、
前記Fc結合性タンパク質がヒト新生児Fcレセプター(FcRn)であり、前記平衡化液および前記抗体を含む溶液のpHが4.5以上5.7以下である、前記精製方法。
【請求項2】
ヒトFcRnが以下の(i)から(iii)のいずれかから選択される、請求項1に記載の精製方法;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち24番目のアラニンから297番目のセリンまでのアミノ酸残基および配列番号2に記載のアミノ酸配列のうち21番目のイソロイシンから119番目のメチオニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち24番目のアラニンから297番目のセリンまでのアミノ酸残基および配列番号2に記載のアミノ酸配列のうち21番目のイソロイシンから119番目のメチオニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただしこれらアミノ酸残基において1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上生じ、かつ抗体結合活性を有するポリペプチド
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち24番目のアラニンから297番目のセリンまで、および配列番号2に記載のアミノ酸配列のうち21番目のイソロイシンから119番目のメチオニンまでのアミノ酸配列全体に対して70%以上の相同性を有し、かつ抗体結合活性を有するポリペプチド。
【請求項3】
ヒトFcRnが以下の(iv)から(vi)のいずれかから選択される、請求項2に記載の精製方法;
(iv)配列番号3に記載のアミノ酸配列のうち29番目のアラニンから426番目のメチオニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド
(v)配列番号3に記載のアミノ酸配列のうち29番目のアラニンから426番目のメチオニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基のうち29番目のアラニンから302番目のセリンまで、および/または328番目のイソロイシンから426番目のメチオニンまでのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上生じ、かつ抗体結合活性を有するポリペプチド
(vi)配列番号3に記載のアミノ酸配列のうち29番目のアラニンから426番目のメチオニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基のうち29番目のアラニンから302番目のセリンまで、および328番目のイソロイシンから426番目のメチオニンまでのアミノ酸配列全体に対し70%の相同性を有し、かつ抗体結合活性を有するポリペプチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不溶性担体と、当該担体に固定化したFc結合性タンパク質とを含む吸着剤を用いた、試料中に含まれる抗体の精製方法に関する。特に本発明は、不溶性担体と、当該担体に固定化したヒト新生児Fcレセプターとを含む吸着剤を用いた、前記抗体の高効率な精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Fcレセプターは、免疫グロブリン(抗体)分子のFc領域に結合する受容体タンパク質であり、抗原と免疫グロブリンとの免疫複合体に結合して細胞内にシグナル伝達を行なう(非特許文献1)。Fcレセプターの例として、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する、Fcγレセプター、Fcαレセプター、Fcεレセプターや、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスI関連分子である、新生児(neonatal)Fcレセプター(FcRn)があげられる。
【0003】
前述したようにFcレセプターは、免疫グロブリン分子のFc領域に結合するタンパク質(以下、「Fc結合性タンパク質」とも表記)である。したがって、Fcレセプターを不溶性担体に固定化して得られる吸着剤は、試料中に含まれる免疫グロブリン(抗体)を高純度に精製できる。前記FcレセプターとしてヒトFcγレセプターを用いたときの抗体精製の例として特許文献1が、前記FcレセプターとしてヒトFcRnを用いたときの抗体精製の例として特許文献2が、それぞれ開示されている。
【0004】
特許文献2では、あらかじめリン酸緩衝液(pH5.8)で平衡化した、ヒトFcRnを固定化した吸着剤を充填したカラムに、抗体を含む溶液(pH5.8)を添加し、当該抗体を前記吸着剤に吸着させた後、リン酸緩衝液(pH8.0)を用いたpHグラジエント溶出により、前記吸着剤に吸着した抗体を溶出させている。しかしながら、特許文献2に記載の方法では抗体の収率が低く、より効率的な抗体精製方法が求められた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-072091号公報
【特許文献2】特開2018-183087号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Takai T.,Jpn.J.Clin.Immunol.,28,318-326,2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、不溶性担体と、当該担体に固定化したヒト新生児Fcレセプターとを含む吸着剤を用いて、試料中に含まれる抗体を高効率に精製する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意検討を行なった結果、ヒト新生児Fcレセプター(FcRn)を固定化した吸着剤を充填したカラムの平衡化液、および抗体を含む溶液のpHを最適化することで、高効率な抗体精製を実現し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の[1]から[3]に記載の態様を包含する。
【0010】
[1]不溶性担体と当該担体に固定化したFc結合性タンパク質とを含む抗体吸着剤を充填したカラムを平衡化液で平衡化する工程と、前記工程で平衡化したカラムに抗体を含む溶液を添加し当該抗体を前記吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着した抗体を溶出液で溶出させる工程とを含む、抗体の精製方法であって、前記Fc結合性タンパク質がヒト新生児Fcレセプター(FcRn)であり、前記平衡化液および前記抗体を含む溶液のpHが4.5以上5.7以下である、前記精製方法。
【0011】
[2]ヒトFcRnが以下の(i)から(iii)のいずれかから選択される、[1]に記載の精製方法;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち24番目のアラニンから297番目のセリンまでのアミノ酸残基および配列番号2に記載のアミノ酸配列のうち21番目のイソロイシンから119番目のメチオニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち24番目のアラニンから297番目のセリンまでのアミノ酸残基および配列番号2に記載のアミノ酸配列のうち21番目のイソロイシンから119番目のメチオニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただしこれらアミノ酸残基において1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上生じ、かつ抗体結合活性を有するポリペプチド
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち24番目のアラニンから297番目のセリンまで、および配列番号2に記載のアミノ酸配列のうち21番目のイソロイシンから119番目のメチオニンまでのアミノ酸配列全体に対して70%以上の相同性を有し、かつ抗体結合活性を有するポリペプチド。
【0012】
[3]ヒトFcRnが以下の(iv)から(vi)のいずれかから選択される、[2]に記載の精製方法;
(iv)配列番号3に記載のアミノ酸配列のうち29番目のアラニンから426番目のメチオニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド
(v)配列番号3に記載のアミノ酸配列のうち29番目のアラニンから426番目のメチオニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基のうち29番目のアラニンから302番目のセリンまで、および/または328番目のイソロイシンから426番目のメチオニンまでのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上生じ、かつ抗体結合活性を有するポリペプチド
(vi)配列番号3に記載のアミノ酸配列のうち29番目のアラニンから426番目のメチオニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基のうち29番目のアラニンから302番目のセリンまで、および328番目のイソロイシンから426番目のメチオニンまでのアミノ酸配列全体に対し70%の相同性を有し、かつ抗体結合活性を有するポリペプチド。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、不溶性担体と当該担体に固定化したヒトFcRnとを含む抗体吸着剤を充填したカラムを平衡化液で平衡化する工程と、前記工程で平衡化したカラムに抗体を含む溶液を添加し当該抗体を前記吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着した抗体を溶出液で溶出させる工程とを含む抗体の精製方法において、前記平衡化液および前記抗体を含む溶液のpHを4.5以上5.7以下とすることを特徴としている。本発明は試料中に含まれる抗体を効率的に精製できることから、抗体の工業的生産に適した方法といえる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】Fc結合性タンパク質FcRn-m10ΔW87(配列番号4)固定化吸着剤を充填したカラムを用いて、モノクローナル抗体を分離したクロマトグラムである。なお前記カラムの平衡化液およびモノクローナル抗体を含む溶液のpHは、4.7(細実線)、5.0(一点鎖線)、5.3(点線)および5.5(太実線)のいずれかである。
【
図2】Fc結合性タンパク質FcRn-m10ΔW87(配列番号4)固定化吸着剤を充填したカラムを用いて、モノクローナル抗体を分離したクロマトグラムである。なお前記カラムの平衡化液およびモノクローナル抗体を含む溶液のpHは、5.5(太実線)、5.8(二点鎖線)および6.0(破線)のいずれかである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
本発明におけるFc結合性タンパク質は、
(I)抗体のFc領域に結合性を有するヒトFcRn、
(II)前記ヒトFcRnのアミノ酸残基において1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上生じ、かつ前記結合性(以下、単に「抗体結合活性」とも表記)を有するポリペプチド、および
(III)前記ヒトFcRnのアミノ酸配列全体に対して70%以上の相同性を有し、かつ抗体結合活性を有するポリペプチド、
のいずれかである。
【0017】
本発明におけるFc結合性タンパク質の一態様として、
(A)配列番号1(UniProt No.P55899)に記載のアミノ酸配列からなるヒトFcRnα鎖のうち細胞外領域に相当する、24番目のアラニン(Ala)から297番目のセリン(Ser)までのアミノ酸残基と、
(B)配列番号2(UniProt No.P61769)に記載のアミノ酸配列からなるヒトFcRnβ鎖のうちβ2ミクログロブリン領域に相当する、21番目のイソロイシン(Ile)から119番目のメチオニン(Met)までのアミノ酸残基とを少なくとも含む、ポリペプチドがあげられる。
【0018】
なお前記一態様では、前記(A)および前記(B)のアミノ酸残基を少なくとも含んでいればよく、前記(A)および前記(B)のN末端側にあるシグナルペプチド領域の全てまたは一部を含んでもよいし、前記(A)のC末端側にある細胞膜貫通領域および細胞外領域の全てまたは一部を含んでもよい。また前記一態様において、前記(A)と前記(B)の順番は問わない。すなわち前記(B)が、前記(A)のN末端側にあってもよく、C末端側にあってもよい。また前記(A)と前記(B)とが直結した態様であってもよく、GSリンカー(グリシン4残基とセリン1残基の繰り返しからなるリンカー)など公知のリンカーを介して前記(A)と前記(B)とが結合した態様であってもよい。前記(A)と前記(B)とがリンカーを介して結合したヒトFcRnの具体例として、配列番号3に記載のアミノ酸配列のうち29番目のアラニン(Ala)から426番目のメチオニン(Met)までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチドがあげられる。なお前記ポリペプチドのうち、29番目のアラニン(Ala)から302番目のセリン(Ser)までのアミノ酸残基が配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち24番目のアラニンから297番目のセリンまでのアミノ酸残基に、303番目のグリシン(Gly)から327番目のセリン(Ser)までのアミノ酸残基がGSリンカーに、328番目のイソロイシン(Ile)から426番目のメチオニン(Met)までが配列番号2に記載のアミノ酸配列のうち21番目のイソロイシンから119番目のメチオニンまでのアミノ酸残基に、それぞれ相当する。
【0019】
前記(II)における、「1もしくは数個」とは、ヒトFcRnの立体構造におけるアミノ酸置換の位置やアミノ酸残基の種類によっても異なるが、一例として、1個以上50個以下、1個以上30個以下、1個以上20個以下、1個以上10個以下、1個以上9個以下、1個以上8個以下、1個以上7個以下、1個以上6個以下、1個以上5個以下、1個以上4個以下、1個以上3個以下、1個以上2個以下、1個のいずれかを意味する。「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加」の例として、特開2018-183087号公報、特開2020-028285号公報、特開2021-073877号公報、特開2021-136967号公報および特開2022-076998で開示のアミノ酸残基の置換や欠失があげられる。また抗体結合活性を有する限り、前記アミノ酸残基の置換や欠失以外の位置に、アミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加が生じてよい。
【0020】
なお前記(II)における「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換」には、前述した特定位置におけるアミノ酸置換の他に、物理的性質および/または化学的性質が類似したアミノ酸間で置換が生じる保守的置換が生じてもよい。保守的置換は、一般に、置換が生じているものと置換が生じていないものとの間でタンパク質の機能が維持されることが当業者において知られている。保守的置換の一例としては、グリシンとアラニン間、セリンとプロリン間、またはグルタミン酸とアラニン間での置換があげられる(タンパク質の構造と機能,メディカル・サイエンス・インターナショナル社、9、2005)。また前記(2)における「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上」には、天然にも存在する変異(mutantまたはvariant)も含まれる。
【0021】
前記(III)におけるアミノ酸配列の相同性は70%以上あればよく、それ以上の相同性(例えば、80%以上、85%以上、90%以上または95%以上)を有してもよい。なお本明細書において「相同性」とは、類似性(similarity)または同一性(identity)を意味してよく、特に同一性を意味してもよい。「アミノ酸配列の相同性」とは、アミノ酸配列全体に対する相同性を意味する。アミノ酸配列間の「同一性」とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率を意味する(実験医学、31(3)、羊土社)。アミノ酸配列間の「類似性」とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率と側鎖の性質が類似したアミノ酸残基の比率の合計を意味する(実験医学、31(3)、羊土社)。アミノ酸配列の相同性は、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)やFASTA等のアラインメントプログラム(alignment program)を利用して決定できる。
【0022】
本発明においてFc結合性タンパク質(ヒトFcRn)は、そのN末端側またはC末端側に、夾雑物質存在下の溶液から分離する際に有用なオリゴペプチド(タグペプチド)をさらに付加してもよい。前記オリゴペプチドとしては、ポリヒスチジン、ポリリジン、ポリアルギニン、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸等があげられる。さらにFc結合性タンパク質(ヒトFcRn)をクロマトグラフィー用の支持体等の不溶性担体に固定化する際に有用な、システインを含むオリゴペプチドを、当該Fc結合性タンパク質のN末端側またはC末端側にさらに付加してもよい。Fc結合性タンパク質のN末端側またはC末端側に付加するオリゴペプチドの長さは、当該Fc結合性タンパク質の抗体結合活性や安定性を損なわない限り特に制限はない。さらにFc結合性タンパク質のN末端側には、宿主での効率的な発現を促すためのシグナルペプチドを付加してもよい。宿主が大腸菌の場合における前記シグナルペプチドの例としては、PelB、DsbA、MalE(UniProt No.P0AEX9に記載のアミノ酸配列のうち1番目から26番目までの領域)、TorTなどといったペリプラズムにタンパク質を分泌させるシグナルペプチドを例示できる(特開2011-097898号公報)。N末端側にシグナルペプチドを、C末端側にタグペプチドを、それぞれ付加した、ヒトFcRnの具体例として、配列番号3に記載の配列からなるポリペプチドがあげられる。なお前記ポリペプチドのうち、1番目のメチオニン(Met)から26番目のアラニン(Ala)までのアミノ酸残基がMalEシグナルペプチド(UniProt No.P0AEX9に記載のアミノ酸配列のうち1番目から26番目までの領域)であり、27番目のメチオニン(Met)および28番目のグリシン(Gly)がリンカーであり、29番目のアラニン(Ala)から426番目のメチオニン(Met)までのアミノ酸残基が前述したGSリンカーを介して結合したヒトFcRnであり、427番目および428番目のグリシン(Gly)がリンカーであり、429番目から434番目までのヒスチジン(His)がポリヒスチジンタグである。
【0023】
本発明の精製方法で使用する抗体吸着剤は、例えば、前述したFc結合性タンパク質を不溶性担体に結合(固定化)させて製造すればよい。前記不溶性担体には特に限定はなく、アガロース、アルギネート(アルギン酸塩)、カラゲナン、キチン、セルロース、デキストリン、デキストラン、デンプンといった多糖質を原料とした担体や、ポリビニルアルコール、ポリメタクレート、ポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリウレタンといった合成高分子を原料とした担体や、シリカなどのセラミックスを原料とした担体が例示できる。中でも、多糖質を原料とした担体や合成高分子を原料とした担体が不溶性担体として好ましい。前記好ましい担体の一例として、トヨパール(東ソー社製)等のヒドロキシ基を導入したポリメタクリレートゲル、Sepharose(Cytiva社製)等のアガロースゲル、セルファイン(JNC社製)等のセルロースゲルがあげられる。不溶性担体の形状については特に限定はなく、粒状物または非粒状物、多孔性または非多孔性、いずれであってもよい。
【0024】
Fc結合性タンパク質を不溶性担体に固定化するには、不溶性担体にN-ヒドロキシコハク酸イミド(NHS)活性化エステル基、エポキシ基、カルボキシ基、マレイミド基、ハロアセチル基、トレシル基、ホルミル基、ハロアセトアミド(ヨードアセトアミド、ブロモアセトアミド等)等の活性基を付与し、当該活性基を介してFc結合性タンパク質と不溶性担体とを共有結合させることで固定化すればよい。活性基を付与した担体は市販の担体をそのまま用いてもよいし、適切な反応条件で担体表面に活性基を導入して調製してもよい。活性基を付与した市販の担体としてはTOYOPEARL AF-Epoxy-650M、TOYOPEARL AF-Tresyl-650M(いずれも東ソー社製)、HiTrap NHS-activated HP Columns、NHS-activated Sepharose 4 Fast Flow、Epoxy-activated Sepharose 6B(いずれもCytiva社製)、SulfoLink Coupling Resin(Thermo Fisher Scientific社製)が例示できる。
【0025】
一方、担体表面に活性基を導入する方法としては、担体表面に存在するヒドロキシ基やエポキシ基、カルボキシ基、アミノ基等に対して2個以上の活性部位を有する化合物の一方を反応させる方法が例示できる。当該化合物の一例のうち、担体表面のヒドロキシ基やアミノ基にエポキシ基を導入する化合物としては、エピクロロヒドリン、エタンジオールジグリシジルエーテル、ブタンジオールジグリシジルエーテル、ヘキサンジオールジグリシジルエーテルが例示できる。前記化合物により担体表面にエポキシ基を導入した後、担体表面にカルボキシ基を導入する化合物としては、2-メルカプト酢酸、3-メルカプトプロピオン酸、4-メルカプト酪酸、6-メルカプト酪酸、グリシン、3-アミノプロピオン酸、4-アミノ酪酸、6-アミノヘキサン酸を例示できる。
【0026】
担体表面に存在するヒドロキシ基やエポキシ基、カルボキシ基、アミノ基にマレイミド基を導入する化合物としては、N-(ε-マレイミドカプロン酸)ヒドラジド、N-(ε-マレイミドプロピオン酸)ヒドラジド、4-(4-N-マレイミドフェニル)酢酸ヒドラジド、2-アミノマレイミド、3-アミノマレイミド、4-アミノマレイミド、6-アミノマレイミド、1-(4-アミノフェニル)マレイミド、1-(3-アミノフェニル)マレイミド、4-(マレイミド)フェニルイソシアナート、2-マレイミド酢酸、3-マレイミドプロピオン酸、4-マレイミド酪酸、6-マレイミドヘキサン酸、N-(α―マレイミドアセトキシ)スクシンイミドエステル、(m-マレイミドベンゾイル)N-ヒドロキシスクシンイミドエステル、スクシンイミジル-4-(マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボニル-6-アミノヘキサン酸、スクシンイミジル-4-(マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボン酸、(p-マレイミドベンゾイル)N-ヒドロキシスクシンイミドエステル、(m-マレイミドベンゾイル)N-ヒドロキシスクシンイミドエステルを例示できる。
【0027】
担体表面に存在するヒドロキシ基やアミノ基にハロアセチル基を導入する化合物としては、クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸、クロロ酢酸クロリド、ブロモ酢酸クロリド、ブロモ酢酸ブロミド、クロロ酢酸無水物、ブロモ酢酸無水物、ヨード酢酸無水物、2-(ヨードアセトアミド)酢酸-N-ヒドロキシスクシンイミドエステル、3-(ブロモアセトアミド)プロピオン酸-N-ヒドロキシスクシンイミドエステル、4-(ヨードアセチル)アミノ安息香酸-N-ヒドロキシスクシンイミドエステルを例示できる。なお担体表面に存在するヒドロキシ基やアミノ基にω-アルケニルアルカングリシジルエーテルを反応させた後、ハロゲン化剤でω-アルケニル部位をハロゲン化し活性化する方法も例示できる。ω-アルケニルアルカングリシジルエーテルとしては、アリルグリシジルエーテル、3-ブテニルグリシジルエーテル、4-ペンテニルグリシジルエーテルを例示でき、ハロゲン化剤としてはN-クロロスクシンイミド、N-ブロモスクシンイミド、N-ヨードスクシンイミドを例示できる。
【0028】
担体表面に活性基を導入する方法の別の例として、担体表面に存在するカルボキシ基に対して縮合剤と添加剤を用いて活性化基を導入する方法がある。縮合剤としては1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)、ジシクロヘキシルカルボジアミド、カルボニルジイミダゾールを例示できる。また添加剤としてはN-ヒドロキシコハク酸イミド(NHS)、4-ニトロフェノール、1-ヒドロキシベンズトリアゾールを例示できる。
【0029】
Fc結合性タンパク質を不溶性担体に固定化する際用いる緩衝液としては、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、MES(2-Morpholinoethanesulfonic acid)緩衝液、HEPES(2-[4-(2-Hydroxyethyl)-1-piperazinyl]ethanesulfonic acid)緩衝液、Tris緩衝液、ホウ酸緩衝液を例示できる。固定化させるときの反応温度は、5℃から50℃までの温度範囲の中から活性基の反応性やFc結合性タンパク質の安定性を考慮の上、適宜設定すればよく、好ましくは10℃から35℃の範囲である。
【0030】
本発明の精製方法は、
前述した方法で製造した抗体吸着剤を充填したカラムを平衡化液で平衡化する工程と、前記工程で平衡化したカラムに抗体を含む溶液を添加し当該抗体を前記吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着した抗体を溶出液で溶出させる工程とを含み、かつ前記平衡化液および前記抗体を含む溶液のpHを4.5以上5.7以下にすることを特徴としている。なお前記pHを4.8以上5.6以下にすると、より効率的に抗体を精製できる点で好ましく、5.4以上5.6以下にすると、さらにより効率的に抗体を精製できる点でより好ましい。また平衡化液および抗体を含む溶液は緩衝液であると好ましく、一例として前記pH領域で緩衝能を有する、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、MES緩衝液があげられる。なお本発明の精製方法において、平衡化液および抗体を含む溶液のpHは同等にするとよい。本明細書において同等なpHとは、例えば、平衡化液のpHと抗体を含む溶液のpHとの差が0.2以下、0.1以下、または0.05以下である。
【0031】
本発明の方法で精製可能な抗体は、Fc結合性タンパク質と親和性を有する、抗体のFc領域を少なくとも含んだ抗体であればよい。一例として、抗体医薬に用いる抗体として一般的に用いられているキメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体やそれらのアミノ酸置換体があげられる。また二重特異性抗体(バイスペシフィック抗体)、抗体のFc領域と他のタンパク質との融合抗体、抗体のFc領域と薬物との複合体(ADC)などの人工的に構造改変した抗体であっても、本発明の方法で効率的に精製できる。
【0032】
抗体吸着剤に吸着した抗体を溶出させるには、抗体とリガンド(Fc結合性タンパク質)との相互作用を弱められる溶出液を添加すればよい。具体的には、緩衝液によるpH変化、カウンターペプチド、温度変化、塩濃度変化などを利用し、前記相互作用を弱めればよい。pH変化を利用して抗体吸着剤に吸着した抗体を溶出させる場合、溶出液として前記平衡化液や前記抗体を含む溶液よりもpHの高い(塩基性側の)緩衝液を用い、抗体を溶出させればよい。溶出液のpHは例えば6.0以上9.0以下、好ましくは6.5以上8.5以下、より好ましくは7.0以上8.2以下である。溶出液も平衡化液や抗体を含む溶液と同様、緩衝液とすると好ましく、一例として前記pH領域で緩衝能を有する、リン酸緩衝液、Tris緩衝液、HEPES緩衝液、Tricine緩衝液、Bicine緩衝液があげられる。前記pH変化は、前述した溶出液のみを送液するイソクラティック(isocratic)で行なってもよいが、平衡化液と溶出液との割合を連続的に変化させるグラジエント(gradient)で行なうと好ましい。pHグラジエントによる溶出は、平衡化液と溶出液との割合変化を段階的に行なうステップグラジエント(step gradient)で行なってもよいし、前記割合変化を直線的に行なうリニアグラジエント(linear gradient)で行なってもよい。
【実施例0033】
以下、本発明をさらに詳細に説明するために実施例を示すが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0034】
実施例1 Fc結合性タンパク質の調製
(1)Fc結合性タンパク質FcRn-m10ΔW87(配列番号4)を発現する形質転換体を、50μg/mLのカナマイシンを含む2YT液体培地(ペプトン16g/L、酵母エキス10g/L、塩化ナトリウム5g/L)30mLに接種し、37℃で一晩振とう培養した。なおFcRn-m10ΔW87は、配列番号3に記載のFc結合性タンパク質(ヒトFcRn)に対して、以下の<I>から<XI>に示すアミノ酸置換または欠失が生じたポリペプチドである。
<I>配列番号3の76番目(配列番号1では71番目)のシステインがアルギニンに置換
<II>配列番号3の83番目(配列番号1では78番目)のアスパラギンがアスパラギン酸に置換
<III>配列番号3の87番目(配列番号1では82番目)のトリプトファンを欠失
<IV>配列番号3の156番目(配列番号1では151番目)のグリシンがアスパラギン酸に置換
<V>配列番号3の172番目(配列番号1では167番目)のグルタミンがグルタミン酸に置換
<VI>配列番号3の197番目(配列番号1では192番目)のアルギニンがロイシンに置換
<VII>配列番号3の201番目(配列番号1では196番目)のアスパラギンがアスパラギン酸に置換
<VIII>配列番号3の237番目(配列番号1では232番目)のグルタミンがロイシンに置換
<IX>配列番号3の300番目(配列番号1では295番目)のリジンがグルタミン酸に置換
<X>配列番号3の333番目(配列番号2では26番目)のリジンがイソロイシンに置換
<XI>配列番号3の387番目(配列番号2では80番目)のトリプトファンがセリンに置換
(2)培養後、30mLの培養液を1Lの2YT液体培地に植え継ぎ、37℃で2時間振とう培養した。その後0.05mMのIPTG(isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside)でタンパク質の発現を誘導し、さらに20℃で一晩振とう培養した。
【0035】
(3)培養後、遠心操作によって培地を除き、大腸菌を集菌した。
【0036】
(4)得られた大腸菌に、菌体量の5倍量の破砕液(8M 尿素を含む100mM Tris-HCl(pH8.0))を加え、超音波破砕機(トミー精工社製)により大腸菌を破砕した。遠心操作によって上清のみを分取し、可溶性画分のタンパク質抽出液を調製した。
【0037】
(5)(4)のタンパク質抽出液をNi Sepharose(Cytiva社製)カラムにアプライし、洗浄バッファー(500mM NaClおよび8M 尿素を含む100mM Tris-HCl(pH8.0))で洗浄後、リフォールディングバッファー(10mM Tris-HCl(pH8.0))でリフォールディングを行い、溶出バッファー(150mM NaClおよび250mM イミダゾールを含む20mM Tris-HCl(pH8.0))で溶出した。
【0038】
(6)Fc結合性タンパク質が溶出画分に存在することをSDS-PAGE(ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミド電気泳動)で確認後、当該画分の濃縮と緩衝液(150mM NaClを含む20mM Tris-HCl(pH8.0))での希釈とを繰り返すことでイミダゾールを取り除いた。Bradford法により検量した結果、得られた粗精製タンパク質は24mgであった。
【0039】
実施例2 Fc結合性タンパク質の不溶性担体への固定化
吸着材用多孔質親水性ポリマー(東ソー社製、G5000PW)をサクションドライゲルとして2g採取し、当該ゲル表面に有するヒドロキシ基をヨードアセチル基で活性化後、
実施例1で取得したFcRn-m10ΔW87粗精製タンパク質を全量(24mg)反応させることにより、FcRn-m10ΔW87固定化ゲルを得た。
【0040】
実施例3 抗体吸着剤充填カラムを用いた抗体精製
(1)実施例2で得たFcRn-m10ΔW87固定化ゲル(以下、単に「抗体吸着剤」とも表記)1.25mLをφ4.6mm×75mmのステンレスカラム(東ソー社製)に充填することで、抗体吸着剤カラムを作製した。
【0041】
(2)(1)で作成した抗体吸着剤カラムをNexeraシステム(島津製作所社製)に接続後、前記カラムに50mMリン酸緩衝液(以下、「平衡化液」とも表記)を流速0.5mL/minで5カラムボリューム(以下CVと表記;1CV=1.25mL)送液することで、カラムを平衡化した。なお平衡化液のpHは4.7、5.0、5.3、5.5、5.8、6.0のいずれかである。
【0042】
(3)モノクローナル抗体(全薬工業社製リツキサン)を(2)で用いた各平衡化液と同じpHの50mMリン酸緩衝液でそれぞれ1.0mg/mLに希釈後、当該希釈液を抗体吸着剤カラムに流速0.5mL/minで5μL送液(抗体として5μg負荷)することで、抗体吸着剤に抗体を吸着させた。
【0043】
(4)引き続き平衡化液を流速0.5mL/minで5分間、抗体吸着剤カラムに送液後、溶出液(50mMリン酸緩衝液(pH8.0))を当該溶出液が20分間で100%となるリニアグラジエントで抗体吸着剤カラムに送液し、抗体吸着剤に吸着した抗体を溶出させた。抗体溶出後は(2)の平衡化で用いた緩衝液を抗体吸着剤カラムに10分間流し平衡化させた。
【0044】
モノクローナル抗体を分離したクロマトグラムを
図1および
図2に示す。
図1は平衡化液および抗体希釈液のpHを4.7、5.0、5.3および5.5のいずれかとしたときの結果であり、
図2は、前記pHを5.5、5.8および6.0のいずれかとしたときの結果である。
【0045】
ヒトFcRn固定化吸着剤を用いた従来の精製方法(特開2018-183087号公報)では平衡化液および抗体を含む溶液のpHは5.8であったが、当該pHを酸性側、具体的にはpH4.5以上5.7以下にすることでモノクローナル抗体に相当するピーク高さが著しく向上し、効率的に抗体を精製できる。なお
図1および
図2の結果より、モノクローナル抗体に相当するピーク高さが相対的に高い、平衡化液および抗体希釈液のpHを4.8以上5.6以下にすると、より効率的に抗体を精製でき、モノクローナル抗体に相当するピーク高さが最も高いpH5.5前後、具体的にはpH5.4以上5.6以下にすると、さらにより効率的に抗体を精製できる。