(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174174
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/6409 20220101AFI20231130BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20231130BHJP
A23L 33/115 20160101ALI20231130BHJP
A23L 33/135 20160101ALI20231130BHJP
A61K 8/36 20060101ALI20231130BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20231130BHJP
A01N 37/06 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
C12P7/6409
C12N1/20 A
C12N1/20 E
A23L33/115
A23L33/135
A61K8/36
A01P3/00
A01N37/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086879
(22)【出願日】2022-05-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度 国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「アトピー性皮膚環境を改善するプロバイオティクスおよび皮膚・腸管環境の創生」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100205914
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 総明
(74)【代理人】
【識別番号】100162189
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 真弓
(72)【発明者】
【氏名】菊川 寛史
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 徹
【テーマコード(参考)】
4B018
4B064
4B065
4C083
4H011
【Fターム(参考)】
4B018MD10
4B018MD87
4B018ME07
4B018MF01
4B064AD85
4B064CA02
4B064CD13
4B064CE08
4B064DA01
4B064DA08
4B064DA10
4B065AA21X
4B065BA21
4B065BB12
4B065BC03
4B065BC07
4B065CA13
4B065CA41
4B065CA44
4B065CA50
4C083AC251
4C083AC252
4C083EE13
4C083FF01
4H011AA01
4H011AA03
4H011BB06
(57)【要約】
【課題】化学合成以外の方法によって、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸類を生産する方法を提供する。
【解決手段】炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法は、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有している。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有することを特徴とする、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法。
【請求項2】
前記ビフィドバクテリウム属細菌が、Bifidobacterium adolescentis、Bifidobacterium boum、Bifidobacterium sp. JCM7042株又はこれらの変異株であることを特徴とする請求項1に記載の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法。
【請求項3】
前記変異株が、Bifidobacterium sp.AD2株(NITE BP-03576)であることを特徴とする請求項2に記載の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法。
【請求項4】
前記炭素数16のモノ不飽和脂肪酸が、7-cis-ヘキサデセン酸であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法。
【請求項5】
前記液体培地が、MRS培地に対し、さらに、L-システイン又はその塩が0.001~1g/L配合された液体培地であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法。
【請求項6】
前記培養は、前記液体培地に炭酸ガスを通気して行われることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法。
【請求項7】
前記培養は、32~35℃の温度条件下で行われることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法。
【請求項8】
炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有し、
前記炭素数16のモノ不飽和脂肪酸が、7-cis-ヘキサデセン酸であることを特徴とする黄色ブドウ球菌選択性抗菌剤の製造方法。
【請求項9】
炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有し、
前記炭素数16のモノ不飽和脂肪酸が、7-cis-ヘキサデセン酸であることを特徴とするアトピー性皮膚炎改善用飲食品の製造方法。
【請求項10】
炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有し、
前記炭素数16のモノ不飽和脂肪酸が、7-cis-ヘキサデセン酸であることを特徴とするアトピー性皮膚炎改善用化粧料の製造方法。
【請求項11】
Bifidobacterium sp. AD2株(NITE BP-03576)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビフィズス菌を用いて炭素数16のモノ不飽和脂肪酸を生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アトピー性皮膚炎は、増悪・寛解を繰り返す、痒みのある湿疹を主病変とする疾患である。アトピー性皮膚炎の多くは幼少期に発症し、一旦治癒した後に青年期に重篤な症状を伴って再発することが知られている。日本のアトピー性皮膚炎の患者数は2008年に約35万人、2017年には約51万人と年々増加しており(2017年、厚生労働省)、社会的課題の一つに発展しつつある。
【0003】
近年、アトピー性皮膚炎の要因の一つに、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)による炎症の惹起があることが明らかとなった。また、この黄色ブドウ球菌による炎症の惹起は、アトピー性皮膚炎以外にも、慢性的な皮膚炎や肌荒れの要因でもあるとされている。そのため、この種の皮膚炎を治療、改善又は予防するため、黄色ブドウ球菌の増殖や活動を抑制することが求められる。黄色ブドウ球菌のような微生物の抑制には通常、抗生物質が用いられるが、抗生物質は抗菌活性が強力であるために、皮膚常在細菌等の有益な微生物も抑制されてしまうという問題があった。
【0004】
他方、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸であるサピエン酸(6-cis-C16:1)は、黄色ブドウ球菌に対する抗菌性をもつことが知られている。このサピエン酸は黄色ブドウ球菌には強い抗菌性を示す一方で、その近縁種でありながら肌の保湿に寄与する有益菌である、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)に対しては抗菌性を示さないという、選択的抗菌活性を示すことが報告されている(非特許文献1)。また、非特許文献1では、同じく炭素数16のモノ不飽和脂肪酸である、パルミトレイン酸(9-cis-C16:1)及び7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)がサピエン酸同様の選択的抗菌活性を示すことが報告されている。それゆえ、皮膚の健全な微生物叢を維持しながらアトピー性皮膚炎等の皮膚炎を治療、改善又は予防するため、有害な黄色ブドウ球菌には抗菌性を示すが、有益な表皮ブドウ球菌には抗菌性を示さない、選択的抗菌活性を示す炭素数16のモノ不飽和脂肪酸類を用いることが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】永尾寿浩・宇山彩香・田中重光・杉野哲造、“皮膚細菌叢を制御する脂肪酸”、生物工学、公益社団法人日本生物工学会、2020年10月、第98巻、第10号、p.525-528
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
炭素数16のモノ不飽和脂肪酸類をアトピー性皮膚炎等の治療、改善又は予防に用いるにあたっては、この種の脂肪酸類を配合した乳液・クリーム等の皮膚外用剤による塗布又はこの種の脂肪酸類を配合した飲食品等による経口投与が考えられる。それゆえ、皮膚外用剤や飲食品へ利用し易い天然成分又は天然由来成分として炭素数16のモノ不飽和脂肪酸類を得ることが望まれるが、この炭素数16のモノ不飽和脂肪酸類は抽出源となる天然資源が限られており、天然成分又は天然由来成分として炭素数16のモノ不飽和脂肪酸類を得ることが難しい。そのため、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸類は化学合成によって生産された合成材料が一般的であり、皮膚外用剤や飲食品には利用し難いという問題があった。
【0007】
したがって、本発明は上述した点に鑑みてなされたもので、その目的は、化学合成以外の方法によって、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸類を生産する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、微生物による発酵生産に着想を得て、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸類を生産できる微生物の探索と特徴解析による効率的生産について鋭意検討を行った。その結果、ヨーグルト生産菌であり、プロバイオティクスとして一般に良く知られるビフィドバクテリウム属細菌、いわゆるビフィズス菌に炭素数16のモノ不飽和脂肪酸類の生産を見出した。この知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0009】
上記課題を解決するため、本発明の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法は、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有する。これにより、化学合成以外の方法によって炭素数16のモノ不飽和脂肪酸を生産することができる。具体的には、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養することにより、液体培地で効率的に増殖したビフィドバクテリウム属細菌の菌体内に目的の脂肪酸が蓄積される。
【0010】
また、本発明の生産方法におけるビフィドバクテリウム属細菌は、Bifidobacterium adolescentis、Bifidobacterium boum、Bifidobacterium sp. JCM7042株又はこれらの変異株であることも好ましい。これにより、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産性が高く、目的の脂肪酸生産に好適なビフィドバクテリウム属細菌が選択される。
【0011】
また、本発明の生産方法におけるビフィドバクテリウム属細菌の変異株は、Bifidobacterium sp.AD2株(NITE BP-03576)であることも好ましい。これにより、新規なビフィドバクテリウム属細菌であって、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産性が特に高く、目的の脂肪酸生産に好適なビフィドバクテリウム属細菌が選択される。
【0012】
また、本発明の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法は、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸が、7-cis-ヘキサデセン酸であることも好ましい。これにより、ビフィドバクテリウム属細菌で生産され、有害な黄色ブドウ球菌には抗菌性を示すが、有益な表皮ブドウ球菌には抗菌性を示さない、選択的抗菌活性を示す炭素数16のモノ不飽和脂肪酸が選択される。
【0013】
また、本発明の生産方法における液体培地は、MRS培地に対し、さらに、L-システイン又はその塩が0.001~1g/L配合された液体培地であることも好ましい。これにより、ビフィドバクテリウム属細菌による炭素数16のモノ不飽和脂肪酸、特に7-cis-ヘキサデセン酸の生産性を向上させることができる。
【0014】
また、本発明の生産方法における培養は、液体培地に炭酸ガスを通気して行われることも好ましい。これにより、ビフィドバクテリウム属細菌による炭素数16のモノ不飽和脂肪酸、特に7-cis-ヘキサデセン酸の生産性を向上させることができ、さらに、ラージスケール培養条件下でも炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の効率的な生産を行うことができる。
【0015】
また、本発明の生産方法における培養は、32~35℃の温度条件下で行われることも好ましい。これにより、ビフィドバクテリウム属細菌による炭素数16のモノ不飽和脂肪酸、特に7-cis-ヘキサデセン酸の生産性を向上させることができる。
【0016】
また、本発明の黄色ブドウ球菌選択性抗菌剤の製造方法は、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有し、この炭素数16のモノ不飽和脂肪酸が、7-cis-ヘキサデセン酸である。ビフィドバクテリウム属細菌が7-cis-ヘキサデセン酸を生産するため、有益な表皮ブドウ球菌には抗菌性を示さないが、有害な黄色ブドウ球菌には抗菌性を示す黄色ブドウ球菌選択性抗菌剤が得られる。この黄色ブドウ球菌選択性抗菌剤は、培養工程後のビフィドバクテリウム属細菌の菌体から得られた総脂肪酸の粗抽出物はもちろん、総脂肪酸の粗抽出物から7-cis-ヘキサデセン酸を分離・精製したものも含まれる。
【0017】
また、本発明のアトピー性皮膚炎改善用飲食品の製造方法は、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有し、この炭素数16のモノ不飽和脂肪酸が、7-cis-ヘキサデセン酸である。これにより、有益な表皮ブドウ球菌には抗菌性を示さないが、アトピー性皮膚炎の要因の一つである黄色ブドウ球菌には抗菌性を示す7-cis-ヘキサデセン酸が、ビフィドバクテリウム属細菌により生産されるため、飲食品に利用し易い7-cis-ヘキサデセン酸含有材料が得られる。この7-cis-ヘキサデセン酸含有材料を配合した飲食品は、アトピー性皮膚炎改善用飲食品として活用され得る。
【0018】
また、本発明のアトピー性皮膚炎改善用化粧料の製造方法は、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有し、この炭素数16のモノ不飽和脂肪酸が、7-cis-ヘキサデセン酸である。これにより、有益な表皮ブドウ球菌には抗菌性を示さないが、アトピー性皮膚炎の要因の一つである黄色ブドウ球菌には抗菌性を示す7-cis-ヘキサデセン酸が、ビフィドバクテリウム属細菌により生産されるため、化粧料に利用し易い7-cis-ヘキサデセン酸含有材料が得られる。この7-cis-ヘキサデセン酸含有材料を配合した化粧料は、アトピー性皮膚炎改善用化粧料として活用され得る。
【0019】
さらに、本発明の新規ビフィドバクテリウム属細菌は、Bifidobacterium sp. AD2株(NITE BP-03576)である。この新規ビフィドバクテリウム属細菌のAD2株を培養することにより、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸、特に7-cis-ヘキサデセン酸を高効率に生産することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、以下のような優れた効果を有する炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法並びに黄色ブドウ球菌選択性抗菌剤及びアトピー性皮膚炎改善用飲食品又は化粧料の製造方法を提供することができる。
(1)ビフィズス菌の培養によって炭素数16のモノ不飽和脂肪酸、特に7-cis-ヘキサデセン酸を生産することができる。
(2)培地組成や培養温度、ガス通気等の培養条件について、好適な条件とすることにより、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産量を向上させることができる。
(3)発酵食品の生産やプロバイオティクス等に用いられているビフィズス菌による生産であるため、安全性が高く、生産物が飲食品や化粧品の分野において利用され易い。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】実施例2における、ビフィズス菌が生産する7-cis-ヘキサデセン酸の菌体内における局在を示すグラフである。縦軸は培養液1L中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の量を表す。
【
図2】実施例3における、ビフィズス菌から抽出された脂肪酸抽出物の黄色ブドウ球菌及び表皮ブドウ球菌に対する抗菌活性を示すグラフである。
【
図3】実施例4における、ビフィズス菌をMRS液体培地、CSL液体培地及びTOS液体培地で培養した際の各培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の量(mg/L)及び総脂肪酸中に占める7-cis-ヘキサデセン酸の割合(%)を示すグラフであって、
図3(a)はBifidobacterium sp. JCM7042株を培養した際のグラフ、
図3(b)は、Bifidobacterium boum JCM1211株を培養した際のグラフである。
【
図4】実施例6における、ビフィズス菌をMRS液体培地及びMRS+L-Cys液体培地で培養した際の各培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の量(mg/L)及び総脂肪酸中に占める7-cis-ヘキサデセン酸の割合(%)を示すグラフであって、
図4(a)はBifidobacterium sp. JCM7042株を培養した際のグラフ、
図4(b)は、Bifidobacterium boum JCM1211株を培養した際のグラフである。
【
図5】実施例7における、ビフィズス菌を炭酸ガス又は窒素ガスの通気培養により、TOS液体培地、MRS液体培地及びMRS+L-Cys液体培地でスケールアップ培養した際の各培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の量(mg/L)と培養時間(h)を示すグラフである。
【
図6】実施例8における、MRS液体培地中に添加するL-システイン量を変化させた液体培地でビフィズス菌を培養した際の各培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の量(mg/L)を示すグラフである。
【
図7】実施例9における、ビフィズス菌の培養温度を変化させた際の各培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の量(mg/L)を示すグラフである。
【
図8】実施例9における、ビフィズス菌の培養温度を34℃とし、炭酸ガスの通気培養によりスケールアップ培養した際の培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の量(mg/L)と培養時間(h)を示すグラフである。
【
図9】実施例10における、ビフィズス菌の野生株(JCM7042株)とその変異株(AD1株、AD2株)について、
図9(a)は各培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の量(mg/L)を示すグラフであり、
図9(b)は、乾燥菌体重量あたりの7-cis-ヘキサデセン酸の蓄積量(mg/gDCW)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態に係る炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法及びアトピー性皮膚炎改善用飲食品・化粧料の製造方法について詳細に説明する。本実施形態に係る炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産方法は、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有する。
【0023】
(ビフィドバクテリウム属細菌)
まず、本実施形態において用いられるビフィドバクテリウム属細菌について説明する。本実施形態に係るビフィドバクテリウム属細菌とは、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌である。具体的には、例えば、Bifidobacterium adolescentis、Bifidobacterium thermophilum、Bifidobacterium boum、Bifidobacterium ruminantium、Bifidobacterium gallinarum、Bifidobacterium dentium、Bifidobacterium breve及びBifidobacterium sp. JCM7042株、並びにこれらの変異株が好適に挙げられる。このうち、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産性に優れる観点から、Bifidobacterium adolescentis、Bifidobacterium boum及びBifidobacterium sp. JCM7042株並びにこれらの変異株がより好ましく用いられる。
【0024】
変異株としては、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するものであれば特に限定されないが、後述する実施例10で示すように、本発明では、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産性に優れる変異株として、Bifidobacterium sp. JCM7042株を親株とする変異株AD1株及びAD2株が得られている。これらは、親株であるJCM7042株よりも優れた炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産性を示す。このうち、特に優れた生産性を示すAD2株、すなわち、Bifidobacterium sp.AD2株は、以下のとおり特許微生物の寄託機関に国際寄託がなされている。
(1)受託番号:NITE BP-03576
(2)原寄託日:2021年12月22日
(3)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)
【0025】
(炭素数16のモノ不飽和脂肪酸)
本実施形態において、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸とは、有害な黄色ブドウ球菌には抗菌性を示すが、有益な表皮ブドウ球菌には抗菌性を示さない、選択的抗菌活性を示す炭素数16のモノ不飽和脂肪酸である。具体的には、サピエン酸(6-cis-C16:1)、パルミトレイン酸(9-cis-C16:1)及び7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)からなる群から選択される少なくとも1種の脂肪酸が挙げられる。このうち、後述する実施例において、ビフィズス菌による生産及びその生産性向上が見出された7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)であることが特に好ましい。7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)は、上述した選択的抗菌活性を有する脂肪酸であるため、皮膚の健全な微生物叢を維持しながらアトピー性皮膚炎等の皮膚炎の治療、改善又は予防のために使用され得る。
【0026】
(液体培地)
本実施形態において、ビフィドバクテリウム属細菌を培養する際に用いられる液体培地としては、いわゆるビフィズス菌を培養し、増殖させることができる液体培地であれば、どのような液体培地も用いることができる。具体的には、特に限定されないが、一例として、MRS培地、TOS培地、TOSプロピオン酸培地、CSL培地、BL培地及びGAMブイヨン等が挙げられる。MRS液体培地の組成としては、液体培地1Lあたり、プロテオースペプトン10g、牛肉エキス10g、酵母エキス5g、グルコース20g、ポリソルベート80 1g、クエン酸水素二アンモニウム2g、酢酸ナトリウム5g、硫酸マグネシウム(7水和物)0.1g、硫酸マンガン0.05g及びリン酸一水素二カリウム2gが挙げられるが、各成分の配合量が±20%程度異なっていてもよいし、いくつかの成分が同様の機能を有する成分と代替されていてもよく、さらに他の成分が追加されていてもよい。また、TOS液体培地の組成としては、液体培地1Lあたり、トリプトン10g、酵母エキス1g、リン酸二水素カリウム3g、リン酸一水素二カリウム4.8g、硫酸アンモニウム3g、硫酸マグネシウム(7水和物)0.2g、L-システイン塩酸塩(1水和物)0.5g、ガラクトオリゴ糖10gが挙げられるが、各成分の配合量が±20%程度異なっていてもよいし、いくつかの成分が同様の機能を有する成分と代替されていてもよく、さらに他の成分が追加されていてもよい。また、TOSプロピオン酸液体培地の組成としては、液体培地1Lあたり、ペプトン10g、酵母エキス1g、リン酸二水素カリウム3g、リン酸一水素二カリウム4.8g、硫酸アンモニウム3g、硫酸マグネシウム(7水和物)0.2g、L-システイン塩酸塩(1水和物)0.5g、プロピオン酸ナトリウム15g、ガラクトオリゴ糖10gが挙げられるが、各成分の配合量が±20%程度異なっていてもよいし、いくつかの成分が同様の機能を有する成分と代替されていてもよく、さらに他の成分が追加されていてもよい。また、CSL液体培地の組成としては、液体培地1Lあたり、コーンスティープリカー55g、グルコース10g、ポリソルベート80 1mL、リン酸一水素二カリウム1g、リン酸二水素カリウム1gが挙げられるが、各成分の配合量が±20%程度異なっていてもよいし、いくつかの成分が同様の機能を有する成分と代替されていてもよく、さらに他の成分が追加されていてもよい。また、BL液体培地の組成としては、液体培地1Lあたり、肉エキス2.4g、プロテオーゼペプトン10g、ペプトン5g、ダイズペプトン3g、酵母エキス5g、肝臓エキス3.2g、ブドウ糖10g、溶性デンプン0.5g、リン酸一水素二カリウム1g、リン酸二水素カリウム1g、硫酸マグネシウム(7水和物)0.2g、硫酸第一鉄(7水和物)、0.01g、塩化ナトリウム0.01g、硫酸マンガン0.007g、消泡剤(シリコン)0.2g、ポリソルベート80 1g、L-システイン塩酸塩(1水和物)0.5gが挙げられるが、各成分の配合量が±20%程度異なっていてもよいし、いくつかの成分が同様の機能を有する成分と代替されていてもよく、さらに他の成分が追加されていてもよい。さらに、GAMブイヨンの組成としては、液体培地1Lあたり、ペプトン10g、ダイズペプトン3g、プロテオーゼペプトン10g、消化血清末13.5g、酵母エキス5g、肉エキス2.2g、肝臓エキス1.2g、ブドウ糖3g、リン酸二水素カリウム2.5g、塩化ナトリウム3g、溶性デンプン5g、L-システイン塩酸塩(1水和物)0.3g、チオグリコール酸ナトリウム0.3gが挙げられるが、各成分の配合量が±20%程度異なっていてもよいし、いくつかの成分が同様の機能を有する成分と代替されていてもよく、さらに他の成分が追加されていてもよい。
【0027】
上述した液体培地のうち、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産性、特に7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の生産性を向上させる観点から、培養に用いられる液体培地は、MRS液体培地であることが好ましい。MRS液体培地で培養することにより、CSL液体培地やTOS液体培地と比べて、培養液中における7-cis-ヘキサデセン酸の濃度を2~5倍に増量させることができる。また、7-cis-ヘキサデセン酸の生産性をより向上できる観点から、MRS液体培地に対し、L-システイン又はその塩を追加配合した培地とすることが特に好ましい。L-システイン類を追加配合したMRS液体培地で培養することにより、L-システイン類を配合していないMRS液体培地で培養したものと比べて、培養液中における7-cis-ヘキサデセン酸の濃度を2倍に増量させることができる。MRS液体培地に追加配合する、L-システイン又はその塩の配合量としては、培養液中における7-cis-ヘキサデセン酸の生産性の観点から、液体培地1Lあたり、0.001~1.0g/Lの範囲が好ましく、0.01~0.7g/Lの範囲がより好ましく、0.1~0.6g/Lの範囲が特に好ましい。
【0028】
(培養条件)
本実施形態において、ビフィズス菌の培養にあたっては、ビフィズス菌が増殖し易い微好気条件下又は嫌気的条件下で培養することが好ましく、具体的には、液体静置培養又は通気培養を行うことが好ましい。ここで、通気培養にあたっては、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸、特に7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の生産性を向上させる観点から、炭酸ガスを通気して培養することが特に好ましい。炭酸ガスを培養液に通気して培養することにより、7-cis-ヘキサデセン酸の生産速度及び生産量を顕著に向上させることができる。このうち、炭酸ガスを通気して培養する液体培地として、MRS液体培地にL-システイン類を追加配合した培地を用いることにより、7-cis-ヘキサデセン酸の生産性がさらに向上するため、スケールアップ培養において、効率的に7-cis-ヘキサデセン酸の生産を行うことができる。
【0029】
本実施形態におけるビフィズス菌の培養温度としては、ビフィズス菌の増殖に好適な温度条件とすることが好ましいが、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産性、特に7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の生産性を向上させる観点から、後述する実施例に示されるように、培養温度は30℃~37℃の範囲とすることが好ましく、32℃~35℃の範囲とすることがより好ましく、34℃とすることがさらに好ましい。
【0030】
また、本実施形態におけるビフィズス菌の培養時間は適宜設定でき、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸が所望の濃度となるまで培養することができる。一例として、一例として、12時間~5日間程度とすることが好ましく、24時間~72時間程度とすることがより好ましい。
【0031】
(培養液の利用)
ビフィズス菌によって生産された、7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)等の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸は、ビフィズス菌の菌体内に極性脂質として蓄積されている。そのため、培養工程によって得られた培養液を利用する際には、目的に応じて、培養液そのものを利用することもできるが、培養液から遠心分離処理等で菌体を回収し、菌体の状態で利用することも可能である。また、本発明の効果を失わない範囲において、回収菌体及び培養液に対し、洗浄処理、凍結乾燥やL-乾燥、スプレードライ等の乾燥処理又は加熱処理等の種々の追加処理を施すことも可能である。なお、回収菌体については、生菌として用いることも、死菌としても用いることも可能であり、生菌と死菌とが混合されたものを用いてもよい。さらに、回収菌体から、菌体内に蓄積された7-cis-ヘキサデセン酸等の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸を含む総脂肪酸を抽出して用いたり、抽出された総脂肪酸から7-cis-ヘキサデセン酸等の炭素数16のモノ不飽和脂肪酸をさらに分離・精製して用いることも当然に行うことができる。
【0032】
(黄色ブドウ球菌選択性抗菌剤の製造方法)
本実施形態に係る黄色ブドウ球菌選択性抗菌剤の製造方法は、7-cis-ヘキサデセン酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有している。7-cis-ヘキサデセン酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌、培養に用いる液体培地及び培養条件並びに培養液の利用態様については、上述した説明と同様であり、その作用効果も同様である。この黄色ブドウ球菌選択性抗菌剤は、培養工程後のビフィドバクテリウム属細菌の菌体から得られた総脂肪酸の粗抽出物はもちろん、総脂肪酸の粗抽出物から7-cis-ヘキサデセン酸を分離・精製したものも含まれる。さらに、黄色ブドウ球菌選択性抗菌剤の具体的な製造方法としては、培養工程後のビフィドバクテリウム属細菌の菌体を回収する工程及び回収工程後の菌体から総脂肪酸の粗抽出物を得る抽出工程が挙げられるが、黄色ブドウ球菌選択性の抗菌活性を有するものを得られればよく、特に限定されない。なお、総脂肪酸は、菌体の総脂質から遊離型の脂肪酸として抽出されることが好ましい。また、抽出工程後に総脂肪酸の粗抽出物から7-cis-ヘキサデセン酸を分離・精製する精製工程を設けることも可能である。これにより、有益な表皮ブドウ球菌には抗菌性を示さないが、黄色ブドウ球菌には抗菌性を示す黄色ブドウ球菌選択性抗菌剤がビフィズス菌由来材料として得られる。
【0033】
(アトピー性皮膚炎改善用飲食品・化粧料の製造方法)
本実施形態に係るアトピー性皮膚炎改善用飲食品又はアトピー性皮膚炎改善用化粧料の製造方法は、7-cis-ヘキサデセン酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌を液体培地で培養する工程を有している。7-cis-ヘキサデセン酸生産能を有するビフィドバクテリウム属細菌、培養に用いる液体培地及び培養条件並びに培養液の利用態様については、上述した説明と同様であり、その作用効果も同様である。このようにしてビフィズス菌によって生産された7-cis-ヘキサデセン酸は化学合成物ではなく、ビフィズス菌による発酵生産物である。さらに、ビフィズス菌はかねてからヨーグルト等の発酵食品やプロバイオティクスとしてヒトの健康維持のために利用されている細菌であり、安全性も高いため、サプリメントや飲料等の飲食品や乳液・クリーム等の化粧料へ利用し易い材料として7-cis-ヘキサデセン酸が生産され得る。
【0034】
ビフィズス菌によって生産された培養物を含む培養液・回収された菌体又はこれらの加工物や、回収菌体から抽出された7-cis-ヘキサデセン酸は、錠剤やカプセル剤、粉末剤、顆粒剤、ゲル状剤などのサプリメント形態、発酵乳や乳酸菌飲料、清涼飲料水、スポーツ飲料などの飲料、ヨーグルトやアイスクリーム等の乳製品、アメやガム、チョコレート等の菓子、パン、粥、シリアル、麺類、ゼリー、スープ、調味料等のあらゆる態様の飲食品に利用することができ、アトピー性皮膚炎の改善、治療又は予防のために用いることができる。また、この飲食品には、他の機能性成分、他の微生物、糖類、ビタミン、ミネラル、アミノ酸若しくはタンパク質等の栄養素等を種々組み合わせることも可能である。
【0035】
また、ビフィズス菌によって生産された培養物を含む培養液・回収された菌体又はこれらの加工物や、回収菌体から抽出された7-cis-ヘキサデセン酸は、通常皮膚に適用される剤形として、従来慣用されている方法により種々の化粧料の剤型に適用されることができ、例えば、ローション等の液剤、乳液剤、ゲル剤、粉末剤又はクリーム剤、貼付剤、パック剤、クレンジング剤、石鹸又はヘアケア剤やメイクアップ製品に利用することができ、アトピー性皮膚炎の改善、治療又は予防のために用いることができる。また、この本発明の作用効果を損なわない範囲で、通常化粧料に配合される種々の成分を配合することができ、例えば、保湿剤、エモリエント剤、植物エキス、植物油脂、pH調整剤、界面活性剤、増粘剤、ビタミン類、アミノ酸類、防腐剤、香料及び色素などが挙げられる。なお、本明細書における化粧料には、化粧品だけでなく医薬部外品も含まれる。
【0036】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例0037】
[実施例1]
1.炭素数16のモノ不飽和脂肪酸生産能を有するビフィズス菌の検討
本実施例では、炭素数16のモノ不飽和脂肪酸を生産する微生物の探索を行った。特に、飲食品や皮膚外用剤等の原材料として利用できるよう、食経験が豊富で安全性の高い発酵食品に利用される微生物を選択し、試験を行った。
【0038】
具体的には、試験は次のようにして行った。以下表1に示す組成からなるMRS液体培地を12mLネジ付き試験管に分注して各種保存菌株を接種し、ネジ付試験管を密封した状態で静置することにより液体静置培養を行った。培養温度は37℃とし、OD660=1の濁度となるまで培養して前培養液を得た。引き続いて、本培養として、ネジ付き試験管にMRS液体培地を12mL分注した後、前培養液を120μL添加し、ネジ付試験管を密封した状態で静置して液体静置培養を行った。培養温度は37℃、本培養の培養期間は2日間とした。
【0039】
【0040】
本培養の培養液を3260×gで10分間遠心分離して菌体を回収し、95℃のオーブンで2時間乾燥させた。乾燥菌体重量は、菌体乾燥後の試験管重量から風袋量を差し引くことで算出した。内部標準にはトリコサン酸(C23:0)を用い、濃度が0.2mg/mLになるようにジクロロメタンに溶解した。乾燥菌体に、内部標準入りジクロロメタン1mLと10%塩酸-メタノール2mLを加え、試験管を密閉して、55℃で2時間インキュベートした。これにより、菌体からの脂肪酸抽出と、抽出された脂肪酸のメチルエステル化を同時に行った。純水1mLとn-ヘキサン3mLを加えて激しく混合した後、3260×gで10分間遠心分離し、上層のヘキサン層を新しい試験管に移した。遠心エバポレーターによりヘキサンを除去した後、得られた脂肪酸メチルエステル画分をクロロホルム100μLに溶解させ、以下条件でガスクロマトグラフィー(GC)分析に供した。なお、各脂肪酸成分は、内部標準の含有量と各脂肪酸ピークの面積値から相対的に定量した。
・カラム:脂肪酸分離用GCキャピラリーカラム(型番:TC-70、ジーエルサイエンス株式会社製品)
・カラムサイズ:内径0.25mm×長さ60m、膜厚0.25μm
・カラム温度:160℃
・昇温レート:2℃/min to 230℃
・ホールド時間:230℃で10分間
・気化室温度:250℃
・検出器温度:250℃
・注入量:1μL
【0041】
この結果、ヨーグルトの生産菌で、プロバイオティクスとして良く知られるビフィドバクテリウム属細菌(ビフィズス菌)に炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の生産を見出した。結果を以下表2に示す。総脂肪酸(mg/L)は培養液中に含まれる総脂肪酸量を示し、7-cis-C16:1(%)は、総脂肪酸中に占める7-cis-ヘキサデセン酸の割合を示している。これらビフィズス菌が生産する炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の構造を決定した結果、7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)であることが明らかになった。ビフィズス菌のうち、特に、Bifidobacterium sp. JCM7042株、Bifidobacterium adolescentis、及びBifidobacterium boumには、総脂肪酸のうち、2%近くもの7-cis-C16:1が蓄積されていることがわかった。
【0042】
【0043】
[実施例2]
2.ビフィズス菌が生産する炭素数16のモノ不飽和脂肪酸の局在性の検討
本実施例では、7-cis-ヘキサデセン酸を生産するビフィズス菌において、どのような脂質形態で7-cis-ヘキサデセン酸が菌体内に蓄積されているか、Bifidobacterium sp. JCM7042株を用いて分析を行った。
【0044】
具体的には、試験は次のようにして行った。以下表3に示す組成からなるTOS液体培地をネジ付き試験管に12mL分注し、Bifidobacterium sp. JCM7042株(以下、「JCM7042株」という)を接種し、ネジ付試験管を密封した状態で静置することにより液体静置培養を行った。培養温度は37℃とし、OD660=1の濁度となるまで培養して前培養液を得た。次に、本培養として、1LのTOS液体培地に前培養液を10mL添加し、密栓した状態で液体静置培養を行った。培養温度は37℃、本培養の培養期間は3日間とした。
【0045】
【0046】
本培養の培養液1Lを遠心分離して大量に菌体を回収した。湿菌体からの総脂質の抽出はBligh-Dyer法により行い、水/クロロホルム/メタノール(最終比率2/2.5/2.5、v/v/v)を使用して抽出した。抽出した総脂質は、薄層クロマトグラフィー上で、ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸=80:20:1の展開溶媒にて展開した後、0.01%(w/v)プリムリンを含む80%アセトン溶液を噴霧し、365nmの紫外光で脂質スポットを検出した。このようにして、菌体内の脂質を抽出及び分画し、脂質種ごとの脂肪酸組成と構成量を解析した。多数の脂肪酸は極性脂質(主にリン脂質)の構成脂肪酸として存在しており、
図1のグラフに示すように、7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)も同様に極性脂質に含まれていることが確認された。なお、
図1のグラフ中のUK1及びUK2は未知物質を示す。
【0047】
[実施例3]
3.ビフィズス菌が生産する脂肪酸の抗菌活性の検討
本実施例では、実施例1、2において、7-cis-ヘキサデセン酸の有効な生産が確認されたビフィズス菌(Bifidobacterium sp. JCM7042株)の培養菌体から総脂肪酸を抽出し、その粗抽出物の抗菌活性について調べた。
【0048】
具体的には、試験は次のようにして行った。ビフィズス菌にはBifidobacterium sp. JCM7042株(JCM7042株)を用いた。実施例2と同様に、表3に示すTOS液体培地を用いて前培養を行った。培養温度は37℃とし、OD660=1.0の濁度となるまで培養して前培養液を得た。引き続いて、本培養として、14mLのTOS液体培地に前培養液を0.14mL添加し、密栓した状態で37℃条件下にて液体静置培養を行った。OD660=1.0の濁度となるまで培養した後、15mLチューブに全量を移した。4℃条件下にて4000×gで15分間遠心分離し、菌体を回収した。菌体をPBSで1回洗浄した後、100μLのPBSに懸濁した。ここに50μLの5NのHCLと、400μLのアセトニトリルを加え、1分間ボルテックスした後、100℃条件下で1時間インキュベートし、室温まで冷却した。引き続いて、メタノール100μL、t-ブチルメチルエーテル800μL及び超純水400μLを加え、1分間ボルテックスした。300×gで5分間遠心分離し、上層を新しい15mLチューブに回収した。回収した上層に超純水800μLを加え、1分間ボルテックスした後、300×gで5分間遠心分離し、上層を新しい15mLチューブに回収した。上層を乾燥させた1.5mLチューブに回収し、遠心エバポレーターで乾固した。この際、1.5mLチューブの重量を量り、脂肪酸抽出物の回収量を計量した。このようにして、ビフィズス菌の菌体由来の総脂肪酸を、全脂質から切り離された遊離型脂肪酸の粗抽出物として得た。
【0049】
抗菌活性を測定する対象には、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)と表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)を用いた。S.aureusには、S.aureus JCM20624株(基準株)とS.aureus 15R2株を用い、S.epidermidisにはS.epidermidis 15R5株を用いた。S.aureus 15R2株とS.epidermidis 15R5株は、アトピー性皮膚炎の重症患者である同一人から単離された菌株である(岐阜大学環境微生物工学研究室保有菌株)。
【0050】
96well丸底プレートを2枚使用し、1枚目をビフィズス菌の脂肪酸抽出物の希釈に、2枚目を培養に用いた。まず、1枚目のプレートで脂肪酸抽出物を段階希釈した。3~10列及び12列目に11μLのDMSOと99μLのNB培地を入れた。2列目にDMSOに溶解した20000ppmの脂肪酸抽出物22μLとNB培地198μLを入れた。2列目をピペッティングで混合し、ここから110μLを3列目に加えた。3列目をピペッティングで混合し、4列目に110μL加えた。この動作を繰り返し、10列目の110μLは11列目に入れた。12列目は触らなかった。次に、2枚目のプレートで菌液の準備をした。OD=1.0まで培養した上記菌株の前培養液を1000倍希釈し、1.0×105CFU/mLとなるように菌液の濃度を調整した。2~10列目、12列目のウェルにこの菌液を100μLずつ入れた。11列目は陰性対照とし、NB培地のみを100μL入れた。1枚目の96wellプレートで調製した脂肪酸抽出物の希釈物100μLを2枚目の96wellプレートの対応するウェルに夫々添加し、ピペッティングで混合した。このようにして、培地中の脂肪酸抽出物を1000ppm、500ppm、250ppm、125ppm、63ppm、31ppm、16ppm、8ppm、4ppm、0ppmの10段階の濃度にした。2枚目のプレートに、ガス交換可能なプレートシール(ブリーズイージー、Diversified Biotech社製品)で蓋をし、37℃で静置培養した。培養後、各ウェルのOD660での濁度を測定し、脂肪酸抽出物濃度0ppmの濁度を100%としたときの、各ウェルの濁度の割合を生育度(%)として求めた。
【0051】
図2に、Bifidobacterium sp. JCM7042株の培養菌体から得られた脂肪酸抽出物の抗菌活性を示す。この結果によれば、この脂肪酸抽出物が60ppm以上存在すると、黄色ブドウ球菌(S.aureus)の生育度が50%以下となるが、表皮ブドウ球菌(S.epidermidis)は、脂肪酸抽出物の濃度が0~1000ppmに亘り、60%以上の生育度を保持した。このことから、この7-cis-ヘキサデセン酸を含む脂肪酸抽出物は、このようにクルードな状態であっても、皮膚炎症の原因菌である黄色ブドウ球菌(S.aureus)に対する選択的抗菌活性を示すことが示された。また、本実施例で得られた脂肪酸の粗抽出物に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸の割合は2~4%程度であることから、本実施例の脂肪酸抽出物による生育度の低下がみられた濃度(60ppm程度)における7-cis-ヘキサデセン酸の濃度は1.2~2.4μg/mL程度と算出された。なお、7-cis-ヘキサデセン酸そのものの黄色ブドウ球菌に対するMICは3μg/mL程度である。
【0052】
[実施例4]
4.ビフィズス菌による7-cis-ヘキサデセン酸の生産性向上(1)
7-cis-ヘキサデセン酸を生産するビフィズス菌について、異なる種類の培地を用いて培養を行い、7-cis-ヘキサデセン酸の生産性との関係について検討を行った。
【0053】
ビフィズス菌としてBifidobacterium sp. JCM7042株(JCM7042株)及びBifidobacterium boum JCM1211株(boum1211株)を用い、実施例1におけるMRS液体培地を、表3に示すTOS液体培地又は以下表4に示す組成から成るCSL液体培地に替えた以外は、実施例1と同様にして培養を行った。実施例1と同様の方法及び条件により、各培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸をガスクロマトグラフィー(GC)分析により定量した。
【0054】
【0055】
図3(a)にJCM7042株の結果を、
図3(b)にboum1211株の結果を示す。7-cis-C16:1(mg/L)は培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸の量を示し、7-cis-C16:1(%)は、総脂肪酸中に占める7-cis-ヘキサデセン酸の割合を示している。なお、MRS液体培地については実施例1で得たデータと同様である。
【0056】
この結果によれば、培地としてMRS液体培地を用いることにより、ビフィズス菌による7-cis-ヘキサデセン酸の生産が促進され、培養液中における7-cis-ヘキサデセン酸の濃度が2mg/L以上となることが示された。他方、TOS液体培地を用いた場合には、培養液中における7-cis-ヘキサデセン酸の濃度はMRS液体培地より低いものの、総脂肪酸中に占める7-cis-ヘキサデセン酸の割合が向上することが分かった。
【0057】
[実施例5]
5.ビフィズス菌による7-cis-ヘキサデセン酸の生産性向上(2)
表3に示す組成のTOS液体培地に対し、MRS培地に含まれる成分や脂肪酸生産に関与すると考えられる成分を追加添加又は置換添加することにより、ビフィズス菌の増殖と7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の生産に与える影響を調べた。
【0058】
具体的には、試験は次のようにして行った。表3に示す組成からなるTOS液体培地に対し、以下表5に示す添加成分を各々添加し、液体培地を調製した。このうち、添加成分が「グルコース」の液体培地については、TOS液体培地の組成のうちのガラクトオリゴ糖と置換する目的のため、ガラクトオリゴ糖を省いてグルコースを添加した。また、添加成分が「ペプトン」及び「カザミノ酸」の液体培地については、TOS液体培地の組成のうちのトリプトンと置換する目的のため、トリプトンを省いて、ペプトン又はカザミノ酸を添加した。さらに、表5中に*印で示す、添加成分が「トリプトン」の液体培地については、TOS液体培地に元々「トリプトン」が含まれているので、比較のために、TOS液体培地の組成からトリプトンを省いた組成の液体培地を調製して対照試験を行った。同様に、表5中*印で示す、添加成分が「L-システイン塩酸塩」の液体培地については、TOS液体培地に元々「L-システイン塩酸塩」が含まれているので、比較のために、TOS液体培地の組成からL-システイン塩酸塩を省いた組成の液体培地を調製して対照試験を行った。
【0059】
ビフィズス菌としてBifidobacterium sp. JCM7042株(JCM7042株)を用い、実施例1におけるMRS液体培地を、上述のようにして調製した各種液体培地に替えた以外は、実施例1と同様にして培養を行った。実施例1と同様の方法及び条件により、各種培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)をガスクロマトグラフィー(GC)分析により定量した。ビフィズス菌の増殖については、添加成分なし(対照)と比較して、菌体重量が増加していた場合を「◎」、菌体重量が維持されていた場合を「○」、菌体重量が減少していた場合を「△」、菌体重量が大幅に減少していた場合を「×」と評価した。また、7-cis-ヘキサデセン酸(7-cis-C16:1)の生産については、7-cis-ヘキサデセン酸の生産量が増加していた場合を「◎」、生産量が維持されていた場合を「○」、生産量が減少していた場合を「△」、生産量が大幅に減少していた場合を「×」と評価した。なお、添加成分が「トリプトン」又は「L-システイン塩酸塩」については、これらの成分を省いた液体培地での対照試験結果と比較して評価を行った。結果を以下表5に示す。
【0060】
【0061】
この結果によれば、L-システインはビフィズス菌の培養における必須アミノ酸であり、ビフィズス菌の増殖を向上させる効果を有しているが、それと併せて、7-cis-ヘキサデセン酸の生産性をも向上させる効果があることが明らかとなった。なお、炭酸カルシウムやオレイン酸メチルエステルを添加した液体培地では、ビフィズス菌の増殖は向上するものの、7-cis-ヘキサデセン酸の生産量には影響しないか、生産量が低下することが示された。
【0062】
[実施例6]
6.ビフィズス菌による7-cis-ヘキサデセン酸の生産性向上(3)
実施例4及び実施例5にて7-cis-ヘキサデセン酸の高生産性が示された液体培地及び添加成分を組み合わせることにより、さらなる7-cis-ヘキサデセン酸の生産性向上が可能であるか検討を行った。
【0063】
具体的には、試験は次のようにして行った。ビフィズス菌にはBifidobacterium sp. JCM7042株(JCM7042株)及びBifidobacterium boum JCM1211株(boum1211株)を用いた。表1に示すMRS液体培地と、表1に示すMRS液体培地にL-システイン塩酸塩1水和物を0.5g/Lとなるように添加したMRS+L-Cys液体培地を調製し、実施例1と同様にして、これら2種の液体培地で前培養及び本培養を行った。実施例1と同様の方法及び条件により、各本培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸をガスクロマトグラフィー(GC)分析により定量した。
【0064】
図4(a)にJCM7042株の結果を、
図4(b)にboum1211株の結果を示す。7-cis-C16:1(mg/L)は培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸の量を示し、7-cis-C16:1(%)は、総脂肪酸中に占める7-cis-ヘキサデセン酸の割合を示している。なお、MRS液体培地については実施例1で得たデータと同様である。
【0065】
この結果によれば、培地としてMRS液体培地にL-システインをさらに添加した液体培地を用いることにより、ビフィズス菌による7-cis-ヘキサデセン酸の生産が促進され、培養液中における7-cis-ヘキサデセン酸の濃度が4mg/L超となることが示された。また、総脂肪酸中に占める7-cis-ヘキサデセン酸の割合も向上することが分かった。
【0066】
[実施例7]
7.ビフィズス菌による7-cis-ヘキサデセン酸の生産性向上(4)
ビフィズス菌のスケールアップ培養を行うにあたり、7-cis-ヘキサデセン酸の生産性を高める培養条件について検討を行った。
【0067】
具体的には、試験は次のようにして行った。ビフィズス菌にはBifidobacterium sp. JCM7042株(JCM7042株)を用いた。表1に示すMRS液体培地、表1に示すMRS液体培地にL-システイン塩酸塩1水和物を0.5g/Lとなるように添加したMRS+L-Cys液体培地及び表3に示すTOS液体培地をそれぞれ調製し、各液体培地を用いて前培養を行った。培養温度は37℃とし、OD=1の濁度となるまで培養して前培養液を得た。引き続いて、本培養として、前培養液と同じ液体培地を3L入れた3.5L容量のメジウム瓶に、前培養液を30mL添加した。メジウム瓶内に純炭酸ガス又は純窒素ガスを通気し、スターラーで700rpmで撹拌しながら、37℃で培養を行った。所定のサンプリング時間に各培養液をシリンジで採取し、培養液5mL分を遠心分離して菌体を回収した。実施例1と同様の方法及び条件により、各培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸をガスクロマトグラフィー(GC)分析により定量した。
【0068】
結果を
図5に示す。
図5のグラフ中、実線及び黒丸のマーカーはMRS+L-Cys液体培地に炭酸ガスを通気させて培養したもの、実線及び星印のマーカーはMRS液体培地に炭酸ガスを通気させて培養したもの、破線及び三角のマーカーはMRS液体培地に窒素ガスを通気させて培養したもの、実線及び四角のマーカーはTOS液体培地に炭酸ガスを通気させて培養したもの、破線及び菱形のマーカーはTOS液体培地に窒素ガスを通気させて培養したものの結果を示している。縦軸は培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸の量を示し、横軸は本培養を行った時間(h)を示している。
【0069】
このスケールアップ培養試験の結果によれば、窒素ガスを通気した試験区と比較すると、炭酸ガスを通気することにより、7-cis-ヘキサデセン酸の最大蓄積量が約2倍となり、7-cis-ヘキサデセン酸の生産量が大きく向上することが明らかとなった。さらに、MRS液体培地へのL-システインの添加により、7-cis-ヘキサデセン酸の生産速度が大きくなり、L-システインを添加していないMRS培地と比較して、最大蓄積量に達する時間が約半減することが分かった。
【0070】
[実施例8]
8.液体培地中のL-システイン濃度の検討
L-システインの添加量を種々変更したMRS培地を調製し、ビフィズス菌による7-cis-ヘキサデセン酸の生産に与える影響を調べた。具体的には、試験は次のようにして行った。ビフィズス菌にはBifidobacterium sp. JCM7042株(JCM7042株)を用いた。表1に示す組成のMRS液体培地に対し、L-システイン塩酸塩1水和物を0.001g/L、0.01g/L、0.1g/L、0.5g/L、1.0g/L及び5.0g/Lとなるように添加し、L-システイン配合のMRS液体培地を調製した。これらのL-システイン入りMRS液体培地及び対照のMRS液体培地(L-システイン添加無し)について、実施例1と同様にして培養を行った。実施例1と同様の方法及び条件により、各培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸をガスクロマトグラフィー(GC)分析により定量した。
【0071】
結果を
図6に示す。この結果によれば、液体培地中のL-システイン塩酸塩の濃度が5.0g/Lと高濃度であると7-cis-ヘキサデセン酸の生産が大きく阻害されることがわかった。そのため、液体培地中におけるL-システイン塩酸塩の濃度は、0.001~1.0g/Lの範囲が好ましく、0.01~0.7g/Lの範囲がより好ましいと推測された。
【0072】
[実施例9]
9.培養温度の検討
培養温度を変化させて本培養を行い、ビフィズス菌による7-cis-ヘキサデセン酸の生産に与える影響を調べた。具体的には、試験は次のようにして行った。ビフィズス菌にはBifidobacterium sp. JCM7042株(JCM7042株)を用いた。表1に示す組成のMRS液体培地を用い、実施例1と同様にして37℃で前培養を行った。引き続いて、本培養を行うにあたって培養温度を28℃~37℃の範囲で設定し、それぞれの培養温度で培養を行った以外は、実施例1と同様にして本培養を行った。実施例1と同様の方法及び条件により、各培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸をガスクロマトグラフィー(GC)分析により定量した。
【0073】
結果を
図7に示す。この結果によれば、7-cis-ヘキサデセン酸の生産性向上に好ましい培養温度は30℃~37℃であることがわかった。このうち、特に32℃~35℃の範囲において、7-cis-ヘキサデセン酸の生産性に優れ、培養液中の7-cis-ヘキサデセン酸濃度が2.5mg/L超に達することが示された。
【0074】
そこで、上述した実施例7で行ったスケールアップ培養において、本培養の培養温度を34度に変更した以外は、実施例7と同様の手順及び方法にて、炭酸ガスを通気したスケールアップ培養を行い、7-cis-ヘキサデセン酸の生産性がさらに向上するかどうか、確認する試験を行った。ビフィズス菌にはBifidobacterium sp. JCM7042株(JCM7042株)を用い、液体培地は表1に示すMRS液体培地にL-システイン塩酸塩1水和物を0.5g/Lとなるように添加したMRS+L-Cys液体培地を用いた。
【0075】
結果を
図8に示す。縦軸は培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸の量を示し、横軸は本培養を行った時間(h)を示している。この結果によれば、34℃で培養することによって、7-cis-ヘキサデセン酸の生産性がさらに向上し、培養液中の7-cis-ヘキサデセン酸が4mg/Lにまで達することが示された。
【0076】
[実施例10]
10.突然変異導入による7-cis-ヘキサデセン酸生産増強株の創出
本実施例では、突然変異導入法による7-cis-ヘキサデセン酸の生産増強株の取得を試みた。具体的には、試験は次のようにして行った。ビフィズス菌の親株にはBifidobacterium sp. JCM7042株を用いた。表3に示す組成からなるTOS液体培地をネジ付き試験管に12mL分注し、JCM7042株を接種し、ネジ付試験管を密封した状態で静置することにより液体静置培養を行った。培養温度は37℃とし、OD=1の濁度となるまで培養した。この培養液1mLに、メタンスルホン酸エチルを10μL添加(終濃度1%(v/v))し、混和した後に37℃で1時間インキュベートして突然変異導入処理を行った。
【0077】
本試験における指示試薬には、ナイルレッドを選択した。ナイルレッドは菌体の脂質画分に取り込まれることにより、赤色に呈色する。そのため、寒天培地上でより赤く、より早く赤色を呈したコロニーをピックアップすることで、脂肪酸の生産能が向上した変異株を取得することができる。このナイルレッドを表面塗布したTOS寒天培地に、突然変異導入処理後の菌液100μLを塗布し、脱酸素・炭酸ガス発生剤(三菱ガス化学株式会社製品、アネロパック(登録商標)・ケンキ)を用いて37℃で嫌気培養を行った。本試験においては、生育したコロニーの赤色が強いものを優先してピックアップした。釣菌した各株について、TOS液体培地で培養した以外は、実施例1と同様にして液体培養を行った。実施例1と同様の方法及び条件により、各培養液中に含まれる各脂肪酸の成分をガスクロマトグラフィー(GC)分析により定量した。
【0078】
この結果、一次スクリーニング、二次スクリーニングを経て、野生株であるJCM7042株よりも高い7-cis-ヘキサデセン酸生産性を示す変異株を2株取得することができた。
図9(a)に、TOS液体培地で培養した、野生株(JCM7042株)と、変異株であるAD1株及びAD2株の培養液中に含まれる7-cis-ヘキサデセン酸の量(mg/L)を示す。また、
図9(b)に、乾燥菌体重量あたりの7-cis-ヘキサデセン酸の蓄積量(mg/gDCW)を示す。このうち、最も7-cis-ヘキサデセン酸の生産量が高かったAD2株は、特許微生物寄託センターにNITE BP-03576として寄託された。
【0079】
本発明は、上記の実施形態又は実施例に限定されるものでなく、特許請求の範囲に記載された発明の要旨を逸脱しない範囲内での種々、設計変更した形態も技術的範囲に含むものである。
本発明は、有害な黄色ブドウ球菌には抗菌性を示すが、有益な表皮ブドウ球菌には抗菌性を示さない、選択的抗菌活性を示す炭素数16のモノ不飽和脂肪酸及びそれを含有する食品や化粧料を提供するため、食品・化粧品分野や医薬部外品、医薬品等の分野の産業において幅広く役立つものである。
受託番号:NITE BP-03576、Bifidobacterium sp.AD2株、原寄託日:2021年12月22日、寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)