(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174580
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体、その製造方法、磁場増幅用磁性材料、超高周波吸収用磁性材料
(51)【国際特許分類】
H01F 1/059 20060101AFI20231130BHJP
H01F 1/08 20060101ALI20231130BHJP
H01F 1/26 20060101ALI20231130BHJP
B22F 1/16 20220101ALI20231130BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20231130BHJP
B22F 1/14 20220101ALI20231130BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
H01F1/059
H01F1/08 130
H01F1/26
B22F1/16 100
B22F1/00 W
B22F1/14 650
C22C38/00 303D
C22C38/00 303Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023083993
(22)【出願日】2023-05-22
(31)【優先権主張番号】P 2022086454
(32)【優先日】2022-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】赤松 純
(72)【発明者】
【氏名】阿部 哲
(72)【発明者】
【氏名】今岡 伸嘉
(72)【発明者】
【氏名】阿部 将裕
【テーマコード(参考)】
4K018
5E040
5E041
【Fターム(参考)】
4K018BA18
4K018BB04
4K018BC28
4K018BC32
4K018BC33
4K018BD01
4K018BD02
4K018KA42
4K018KA43
4K018KA45
5E040AA03
5E040AA19
5E040BB03
5E040BC01
5E040BC08
5E040CA13
5E040HB09
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5E040HB17
5E040NN18
5E041AA11
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5E041BC01
5E041BC08
5E041CA13
5E041HB09
5E041HB14
5E041HB17
5E041NN18
(57)【要約】
【課題】高周波を作用させても鉄損が低く優れた効率を有する、高周波特性に優れた磁性粉体を提供する。
【解決手段】コア領域と、コア領域の外側に形成された第1被覆部と、第2被覆部とを有し、コア領域は、希土類R(RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、およびSmからなる群から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合はR成分全体に対してSmが50原子%未満である)、Fe、およびNを含んでおり、コア領域から順に、PとRを含み、Rの平均原子濃度がコア領域中のRの平均原子濃度より高く、かつ、Rの平均原子濃度が、コア領域中のRの平均原子濃度の2倍以下である第1被覆部と、PとRのそれぞれの平均原子濃度が第1被覆部のPとRのそれぞれの平均原子濃度より低く、かつFeを含む第2被覆部を有する、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体。
【選択図】
図3A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コア領域と、前記コア領域の外側に形成された第1被覆部と、第2被覆部とを有し、
前記コア領域は、希土類R(RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、およびSmからなる群から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合はR成分全体に対してSmが50原子%未満である)、Fe、およびNを含んでおり、
前記コア領域から順に、
PとRを含み、Rの平均原子濃度が前記コア領域中のRの平均原子濃度より高く、かつ、Rの平均原子濃度が、前記コア領域中のRの平均原子濃度の2倍以下である前記第1被覆部と、
PとRのそれぞれの平均原子濃度が前記第1被覆部のPとRのそれぞれの平均原子濃度より低く、かつFeを含む前記第2被覆部を有する、
被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体。
【請求項2】
Pの含有量が0.02質量%以上4質量%以下である、請求項1に記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体。
【請求項3】
前記第1被覆部内にFe高濃度領域を有する請求項1または2に記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体。
【請求項4】
100MHzでの位相角をθ1とし、13MHzでの位相角をθ2としたとき、θ1/θ2が0.8以上である、請求項1または2に記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体。
【請求項5】
13MHzでの位相角θが80°以上である、請求項1または2に記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体。
【請求項6】
請求項1に記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体を含む、磁場増幅用磁性材料。
【請求項7】
さらに樹脂を含む、請求項6に記載の磁場増幅用磁性材料。
【請求項8】
無線給電に用いられる請求項6または7に記載の磁場増幅用磁性材料。
【請求項9】
請求項1に記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体を含む、超高周波吸収用磁性材料。
【請求項10】
希土類R(RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、およびSmからなる群から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合はR成分全体に対してSmが50原子%未満である)、Fe、およびNを含む希土類-鉄-窒素系磁性粉体、水、およびリン含有物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、希土類-鉄-窒素系磁性粉体上にリン化合物被覆部を形成するリン処理工程、および
前記リン化合物被覆部を有する希土類-鉄-窒素系磁性粉体を、酸素含有雰囲気下で180℃以上350℃以下で熱処理する酸化工程
を含む磁性粉体の製造方法。
【請求項11】
前記リン処理工程において、前記無機酸を添加して、前記スラリーのpHを1以上4.5以下に調整する請求項10に記載の磁性粉体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体、その製造方法、磁場増幅用磁性材料、超高周波吸収用磁性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、機器の小型多機能化や演算処理速度の高速化に伴って、駆動周波数の高周波化が進展しており、高周波や超高周波を利用した機器の普及は拡大の一途を辿っている。特に、注目されるのは、1MHz以上1GHz未満までの高周波数領域で利用されるパワーデバイスの進展である。例えば、GaN電子デバイスは高周波・高出力の無線用やパワーエレクトロニクス用デバイスとして今後大きく市場が伸長すると予測されている。パワーエレクトロニクス用GaN回路の高周波化にはGaNデバイスのみならず、併せて受動部品の高周波化が必要になる。例えば、GaN非接触給電では扱う周波数が10MHzを超えてくるため、高周波に追従できる磁芯材料を用いたコイルが必要である。しかし、現状では高周波特性に優れた磁芯材料が無いために、空芯コイルを使用せざるを得ず、折角GaNを適用し高周波化してデバイスを小型化することができても、全体の回路サイズが増大するという問題がある。
【0003】
次に注目されるのは、1GHz~1THzまでの超高周波領域における情報インフラの進展である。5Gでは1GHz以上10GHz未満、5Gプラスでは10GHz以上100GHz未満、6Gでは100GHz以上1THz以下の領域の信号やその高調波などのスプリアスを吸収する材料の高周波特性に対する様々なニーズがあり、昨今その必要性が高まっている。特に1GHz以上さらに10GHz以上で広帯域の超高周波を吸収する材料が現状存在せず、1GHz以上1THz以下の領域で幅広く使用できる超広周波数帯域超高周波吸収材料の出現に大きな期待が寄せられている。これまでの高周波用磁性材料の一例としては、粉体表面にフェライト系磁性材料を被覆した希土類-鉄-窒素系磁性材料が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開2008/136391号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に開示されている材料は、上記の1MHz以上1THz以下までの領域での磁場増幅材料に適用するには効率が十分ではなく、また超高周波領域での超広周波数帯域吸収材ニーズに答えられる高周波特性を有していないという問題がある。
【0006】
本開示は、高周波を作用させても鉄損が低く優れた効率を有する高周波特性に優れた磁性粉体、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様にかかる被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、コア領域と、コア領域の外側に形成された第1被覆部と、第2被覆部とを有し、コア領域は、希土類R(RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、およびSmからなる群から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合はR成分全体に対してSmが50原子%未満である)、Fe、およびNを含んでおり、コア領域から順に、PとRを含み、Rの平均原子濃度がコア領域中のRの平均原子濃度より高く、かつ、Rの平均原子濃度が、コア領域中のRの平均原子濃度の2倍以下である第1被覆部と、PとRのそれぞれの平均原子濃度が第1被覆部のPとRのそれぞれの平均原子濃度より低く、かつFeを含む第2被覆部を有する。
【0008】
また、本開示の一態様にかかる磁性粉体の製造方法は、希土類R(RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、およびSmからなる群から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合はR成分全体に対してSmが50原子%未満である)、Fe、およびNを含む希土類-鉄-窒素系磁性粉体、水、およびリン含有物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、希土類-鉄-窒素系磁性粉体上にリン化合物被覆部を形成するリン処理工程、および前記リン化合物被覆部を有する希土類-鉄-窒素系磁性粉体を、酸素含有雰囲気下で180℃以上350℃以下で熱処理する酸化工程を含む。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、高周波を作用させても鉄損が低く優れた効率を有する高周波特性に優れた磁性粉体、およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1A】比較例1で作製した磁性粉体断面のSTEM像を示す。
【
図1B】比較例1で作製した磁性粉体表面のライン分析結果を示す。
【
図2A】参考例1で作製した磁性粉体断面のSTEM像を示す。
【
図2B】参考例1で作製した磁性粉体表面のライン分析結果を示す。
【
図3A】実施例1で作製した磁性粉体断面のSTEM像を示す。
【
図3B】実施例1で作製した磁性粉体表面のライン分析結果を示す。
【
図4A】実施例2で作製した磁性粉体断面のSTEM像を示す。
【
図4B】実施例2で作製した磁性粉体表面のライン分析結果を示す。
【
図4C】実施例2で作製した磁性粉体の
図4Aで示したSTEM像内の、白い矩形部の拡大画像を示す。
【
図4D】実施例2で作製した磁性粉体の
図4Aで示したSTEM像内の、白い矩形部のFe特性X線像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の実施形態について詳述する。ただし、以下に示す実施形態は、本開示の技術思想を具体化するための一例であり、本開示を以下のものに限定するものではない。なお、本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。また「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
【0012】
本明細書において、「高周波」とは、高い周波数を有する電磁波のことであり、本開示では特に断らない限り、1MHz以上1GHz未満の電磁波のことをいうものとする。また、「超高周波」とは「高周波」より高い1GHz以上1THz以下の周波数を有する電磁波のことをいうものとする。
【0013】
本明細書において、「優れた効率」とは、ある周波数fにおいて、磁性材料の複素比透磁率(μ)の実数項(μ’)に対する虚数項(μ”)の比、即ちtanδ(損失係数ともいう)が小さな値をとることである。δを位相差と言うが、本明細書の範囲において0~90°の範囲を取る。従って、tanδはδに関する単調増加関数であるから、「優れた効率」とは、δが小さな値をとることと言える。また、(90°-δ)の値を位相角θと言い、本明細書の範囲において90~0°の範囲を取る。従って、「優れた効率」とは、δとは逆にθが大きな値をとり90°に近い値になることと言える。tanδ及びδが小さい、又はθが大きく90°に近づいた特性を有する磁性材料により、周波数fの電磁波の損失を低減しつつ増幅することができるが、上記各高周波特性値tanδ、δ及びθが超高周波領域を除く領域で「優れた効率」となることを各高周波特性値が「向上する」という。逆に、超高周波領域を除く領域で、tanδ及びδが大きくなる、またθが小さくなって90°から離れることを、上記各高周波特性値が「悪化する」という。
【0014】
本明細書において、「磁場増幅」特性とは、磁性材料の複素比透磁率の実数項(μ’)が真空の比透磁率の実数項である1より大きく、磁性材料が置かれた空間の磁場を真空(または大気)の場合に比べ増大させる特性のことである。磁場増幅特性が良い、または、高いとは、μ’が高いことをいい、ある周波数fにおいてμ’が2を超える材料のことを(周波数fにおける)「磁場増幅用磁性材料」という。単に比透磁率という場合、複素比透磁率の実数項の絶対値並びに虚数項の絶対値のことを総称するものとする。高比透磁率という場合、特に断りがない限り、比透磁率の実数項が高いことをいうものとする。
【0015】
本明細書において、「超高周波吸収」特性とは、超高周波領域での高周波特性のことをいい、超高周波領域で磁性材料の複素比透磁率の虚数項(μ”)が0より大きく、磁性材料が置かれた空間に入射する高周波を減衰させる特性のことである。ある周波数で超高周波吸収特性が良い、または、高いとは、その周波数でμ”が高いことをいい、超高周波領域においてμ”が0を超える材料のことを「超高周波吸収用磁性材料」という。超高周波吸収用磁性材料に限って、μ”が高くなることを「μ”が向上する」、低くなることを「μ”が悪化する」ともいう。また、高周波領域での磁場増幅特性と、超高周波領域での高周波吸収特性を併せて「高周波特性」という。
【0016】
<<被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体>>
本実施形態の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、コア領域と、コア領域の外側に形成された第1被覆部と、第2被覆部とを有し、コア領域は、希土類R(RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、およびSmからなる群から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合はR成分全体に対してSmが50原子%未満である)、Fe、およびNを含んでおり、コア領域から順に、PとRを含み、Rの平均原子濃度がコア領域中のRの平均原子濃度より高く、かつ、Rの平均原子濃度がコア領域中のRの平均原子濃度の2倍以下である第1被覆部と、PとRのそれぞれの平均原子濃度が第1被覆部のPとRのそれぞれの平均原子濃度より低く、かつFeを含む第2被覆部を有することを特徴とする。
【0017】
<コア領域>
コア領域は、希土類-鉄-窒素系材料からなり、具体的には希土類R(RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、およびSmからなる群から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合はR成分全体に対してSmが50原子%未満である)、Fe、およびNを含む。コア領域は、Th2Zn17型の結晶構造をもち、一般式がRxFe100-x-yNyで表されるR(ただし、RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、Smの中から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合は、R成分全体に対して、Smが50原子%未満である)と鉄(Fe)と窒素(N)からなる窒化物であってよい。ここで、xは、3以上30以下、yは10以上30以下、残部が主としてFeとされることが好ましい。Smを含む場合は、R成分全体に対して、Smが50原子%未満であるが、20原子%未満が好ましい。
【0018】
コア領域の平均粒子径は0.1μm以上100μm以下が好ましく、0.1μm以上60μm以下がより好ましく、1μm以上30μm以下がさらに好ましい。
【0019】
コア領域中のRの平均原子濃度は3原子%以上30原子%以下が好ましく、5原子%以上15原子%以下がより好ましい。コア領域でのRの平均原子濃度(atm%)は、STEM-EDXライン分析における各領域中の原子濃度(atm%)を平均することにより求められる。また、本明細書における平均原子濃度は、その他の元素に関しても、特に記載がない限り、その領域中の原子濃度の平均値である。なお、コア領域のRの平均原子濃度は、コア領域中であり、かつ第1被覆部にかけてのRの濃度が大きく変化する前の領域の中で算出される。例えば、第1被覆部側のコア領域表面かつ、Rの平均原子濃度が、算出されるコア領域のRの平均原子濃度に対して1.3倍以上とならないような範囲内で、10~15nmほどの領域のRの平均原子濃度をもとに算出する。
【0020】
コア領域を構成する希土類-鉄-窒素系磁性粉体の製造方法は特に限定されず、以下に製造方法の例を詳述する。
【0021】
(固相法)
固相法による希土類-鉄-窒素系磁性粉体の製造方法は、
R酸化物粉体とFe原料とCa粉体を混合する工程(混合工程)、
得られた混合物を還元する工程(還元工程)、
還元工程で得られた合金粒子を窒化処理する工程(窒化工程)
を含む方法である。
【0022】
[混合工程]
混合工程において、Fe原料としては、金属Feだけでなく、Fe2O3及び/又はFe3O4を使用することもできる。Fe2O3及び/又はFe3O4を使用する場合の含有量(金属Fe、Fe2O3及び/又はFe3O4に含まれるFeの合計モル数に対する、Fe2O3及び/又はFe3O4に含まれるFeの合計モル数)は、30原子%以下が好ましい。これらの酸化鉄がCaにより還元されるときの反応熱により、全体として均一な反応が進行し、外部エネルギーの節約や収率の向上につながる。粒状のCaの混合量は、R酸化物と、選択的に混合する金属酸化物との酸化物を還元するために充分な量であることが必要である。粒状のCaの混合量としては、R酸化物と、選択的に混合するFe2O3及び/又はFe3O4中に含まれる酸素原子の当量に対し0.5倍以上3倍以下であってよく、1倍以上2倍以下が好ましい。
【0023】
[還元工程]
混合工程で得られた混合粉を、真空排気が可能な加熱容器中に配置する。加熱容器内を真空排気した後、アルゴンガスを通じながら、600℃以上1300℃以下、好ましくは700℃以上1200℃以下、より好ましくは800℃以上1100℃以下で加熱する。加熱温度が600℃未満では、酸化物の還元反応が進行せず、加熱温度が1300℃を超えると、希土類とFeが融解して塊状になることがある。また、加熱温度が700℃以上では、還元時間を短時間とでき生産性が向上する傾向があり、1200℃以下とすると、Caの飛散を低減でき、還元時のばらつきをより低減できる傾向がある。熱処理時間は、還元反応をより均一に行う観点から、4時間以下であってよく、120分未満が好ましく、90分未満がより好ましく、熱処理時間の下限は10分以上が好ましく、30分以上がより好ましい。ここで、金属Feのほか混合粉にFe2O3及び/又はFe3O4が適量含まれている場合、昇温途中で自己発熱し、効率的に均一な反応が進行する。一方で、上述の混合工程のようにFe元素換算で、金属Feに対して30原子%を超えるFe2O3及び/又はFe3O4が混合されていると、極めて大きな発熱により爆発あるいは飛散が生じることがある。また、還元温度を制御することにより、得られる希土類-鉄-窒素系磁性粉体の粒径を制御することができる。一般に還元温度が高くなるにつれ粉体粒径は大きくなる。
【0024】
[窒化工程]
アルゴンガス中で、好ましくは250℃以上800℃以下、より好ましくは300℃以上600℃以下の温度領域まで冷却する。後段の窒化工程で窒化反応物の分解を抑制して反応効率を上げるために、さらに好ましくは400℃以上550℃以下の温度領域まで冷却する。その後、加熱容器を再び真空排気した後、窒素ガスを導入する。導入するガスは窒素に限らず、窒素原子を含むガス、例えば、アンモニアでもよい。大気圧以上の圧力で窒素ガスを通じながら数時間、好適には5時間程度加熱した後、加熱を停止し放冷する。
【0025】
窒化工程後に得られる生成物には、希土類-鉄-窒素系磁性粉体に加えて、副生するCaO、未反応の金属カルシウム等が含まれ、これらが複合した焼結塊状態となっている場合がある。その場合は、水洗工程として、この生成物をイオン交換水中に投入して、酸化カルシウム(CaO)及びその他のカルシウムを含む成分を水酸化カルシウム(Ca(OH)2)懸濁物として磁性粒子から分離することができる。この水洗工程として、水中での撹拌、静置、上澄み液の除去を数回繰り返してもよい。さらに残留する水酸化カルシウムは、磁性粒子を酢酸等で洗浄して充分に除去してもよい。残存する未反応のCaが窒化カルシウム(Ca3N2)となり、除去がより容易となるため、窒素雰囲気での熱処理の後、水洗工程を行うことが好ましい。これにより得られた希土類-鉄-窒素系磁性粉体は粒度分布がよりシャープになる傾向がある。
【0026】
(沈殿法)
沈殿法による希土類-鉄-窒素系磁性粉体の製造方法は、
RとFeを含む溶液と沈殿剤を混合し、RとFeとを含む沈殿物を得る工程(沈殿工程)、
前記沈殿物を焼成してRとFeを含む酸化物を得る工程(酸化工程)、
前記酸化物を、還元性ガス含有雰囲気下で熱処理して部分酸化物を得る工程(前処理工程)、
前記部分酸化物を還元する工程(還元工程)、および
還元工程で得られた合金粒子を窒化処理する工程(窒化工程)
を含む方法である。
【0027】
[沈殿工程]
沈殿工程では、強酸性の溶液にR原料、Fe原料を溶解して、RとFeを含む溶液を調製する。R原料、Fe原料としては、強酸性の溶液に溶解できるものであれば限定されない。例えば、入手のしやすさの点で、R原料としてはR酸化物が、Fe原料としては硫酸鉄(FeSO4)が挙げられる。RとFeを含む溶液の濃度は、R原料とFe原料が実質的に酸性溶液に溶解する範囲で適宜調整することができる。酸性溶液としては溶解性の点で硫酸が挙げられる。
【0028】
RとFeを含む溶液と沈殿剤を反応させることにより、RとFeを含む不溶性の沈殿物を得る。ここで、RとFeを含む溶液は、沈殿剤との反応時にRとFeを含む溶液となっていればよく、たとえばRを含む原料とFeを含む原料を別々の溶液として調製し、各々の溶液を滴下して沈殿剤と反応させても良い。別々の溶液として調製する場合においても各原料が実質的に酸性溶液に溶解する範囲で適宜調整する。沈殿剤としては、アルカリ性の溶液でRとFeを含む溶液と反応して沈殿物が得られるものであれば限定されず、アンモニア水、苛性ソーダなどが挙げられ、苛性ソーダが好ましい。
【0029】
沈殿物を分離した後は、続く酸化工程の熱処理において残存する溶媒に沈殿物が再溶解して、溶媒が蒸発する際に沈殿物が凝集したり、粒度分布、粉体粒径等が変化したりすることを抑制するために、分離物を脱溶媒しておくことが好ましい。脱溶媒する方法として具体的には、例えば溶媒として水を使用する場合、70℃以上200℃以下のオーブン中で5時間以上12時間以下乾燥する方法が挙げられる。
【0030】
沈殿工程の後に、得られる沈殿物を分離洗浄する工程を含んでもよい。洗浄する工程は上澄み溶液の導電率が5mS/m以下となるまで適宜行う。沈殿物を分離する工程としては、例えば、得られた沈殿物に溶媒(好ましくは水)を加えて混合した後、濾過法、デカンテーション法等を用いることができる。
【0031】
[酸化工程]
酸化工程とは、沈殿工程で形成された沈殿物を焼成することにより、RとFeとを含む酸化物を得る工程である。例えば、熱処理により沈殿物を酸化物に変換することができる。沈殿物を熱処理する場合、酸素の存在下で行われる必要があり、例えば、大気雰囲気下で行うことができる。また、酸素存在下で行われる必要があるため、沈殿物中の非金属部分に酸素原子を含むことが好ましい。酸化工程における熱処理温度(以下、酸化温度)は特に限定されないが、700℃以上1300℃以下が好ましく、900℃以上1200℃以下がより好ましい。700℃未満では酸化が不十分となり、1300℃を超えると、目的とする希土類-鉄-窒素系磁性粉体の形状、平均粒径および粒度分布が得られない傾向にある。熱処理時間も特に限定されないが、0.5時間以上4時間以下であってよく、1時間以上3時間以下が好ましい。
【0032】
[前処理工程]
前処理工程とは、RとFeを含む酸化物を、還元性ガス含有雰囲気下で熱処理することにより、酸化物の一部が還元された部分酸化物を得る工程である。
【0033】
[還元工程]
還元工程とは、前記部分酸化物を、還元剤の存在下、600℃以上1300℃以下、好ましくは、700℃以上1200℃以下、より好ましくは800℃以上1100℃以下で加熱する工程である。加熱温度が600℃未満では、酸化物の還元反応が進行せず、加熱温度が1300℃を超えるとRとFeが融解して塊状になることがある。また、加熱温度が700℃以上である場合には、還元時間を短時間とでき生産性が向上する傾向があり、1200℃以下とすると、還元剤であるCaの飛散を低減でき、還元時のばらつきをより低減できる傾向がある。この還元温度を制御することにより、希土類-鉄-窒素系磁性粉体の粒径を制御することができ、一般に還元温度が高くなるにつれ粉体粒径は大きくなる。熱処理時間は、還元反応をより均一に行う観点から、120分未満が好ましく、90分未満がより好ましく、熱処理時間の下限は10分以上が好ましく、30分以上がより好ましい。
【0034】
[窒化工程]
窒化工程とは、還元工程で得られた合金粒子を窒化処理することにより、異方性の磁性粒子を得る工程である。前述の沈殿工程で得られる粒子状の沈殿物を用いていることから、還元工程にて多孔質塊状の合金粒子が得られる。これにより、粉砕処理を行うことなく直ちに窒素雰囲気中で熱処理して窒化することができるため、窒化を均一に行うことができる。
【0035】
合金粒子の窒化処理における熱処理温度(以下、窒化温度)は、好ましくは250℃以上800℃以下、より好ましくは300℃以上600℃以下である。また、後段の窒化工程で窒化反応物の分解を抑制して反応効率を上げるために、特に好ましくは400℃以上550℃以下の温度とし、この温度範囲で雰囲気を窒素雰囲気に置換することにより行われる。熱処理時間は、合金粒子の窒化が充分に均一に行われる程度に設定されればよい。
【0036】
<第1被覆部>
被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、コア領域の外側に形成され、PとRを含み、Rの平均原子濃度がコア領域中のRの平均原子濃度より高く、かつ、Rの平均原子濃度が、コア領域中のRの平均原子濃度の2倍以下である第1被覆部を有する。
【0037】
第1被覆部の厚みは、高周波領域における磁性材料のtanδ、位相角θや超高周波領域でのμ”を向上させる観点から、1nm以上200nm以下が好ましく、2nm以上100nm以下がより好ましく、5nm以上80nm以下がさらに好ましく、10nm以上60nm以下が特に好ましい。なお、被覆部の厚みは、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体の断面にTEM(透過電子顕微鏡)、STEM又はFE-SEM観察像においてEDX(エネルギー分散型X線分析)によるライン分析或いは面分析、さらに十分な測定点数を実施した点分析によって組成分析を行うことにより測定できる。なお、ライン分析などで測定する際、例えば、リン(P)の原子濃度が1原子%以上として観測される範囲を第1被覆部とみなしてもよい。優れた高周波特性を有する本実施形態の理想的な粉体微構造の典型例として、第1被覆部が希土類-鉄-窒素系磁性粉体の表面を全面被覆(表面被覆率100%)している構造が挙げられる。この場合、隣り合う磁性粒子の電気的な絶縁状態を完全に保つことが判っている。すなわち、この構造であれば、粒間をまたぐ渦電流による鉄損を第1被覆部により低減する効果があって、高周波領域のtanδ、位相角θがより向上し、より高効率の磁場増幅用磁性材料が得られる。また、超高周波領域まで渦電流の影響を低減でき、より高い超高周波吸収特性が保たれた超高周波吸収用磁性材料とすることができる。なお、第1被覆部は完全にコア領域表面を被覆しなくてもよく、10%以上の表面被覆率であれば、ある程度の渦電流低減の効果が期待できる。好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上の表面被覆率が望まれる。10%以上80%未満の表面被覆率では、遊離したリン化合物が磁性粉体粒間に存在している方が好ましい。磁性粉体の第1被覆部による表面被覆率は、粉体の断面を、EDXが備えられたTEM、STEM又はFE-SEMで観測して見積もることができ、観察される希土類-鉄-窒素系磁性粉体表面部の全体周長に対するリンを含む被膜の接触部分の長さの比を「表面被覆率」と定義する。この際、上述の方法で観察される画像の中から20個から50個の磁性粉体の断面を測定し、平均した値を表面被覆率とすることが好ましい。
【0038】
第1被覆部はPとRを含み、第1被覆部のRの平均原子濃度がコア領域中のRの平均原子濃度より高く、第1被覆部のRの平均原子濃度が、コア領域中のRの平均原子濃度の2倍以下である。P(リン)の具体的形態としては、オルトリン酸、ピロリン酸、ポリリン酸などの無機リン酸、それらとNa、Ca、Pb、Zn、R、Mo、W、V、Cr(これらの金属元素を本開示ではM成分といい、単にMと表記する場合もある)、およびアンモニウムなどとのリン酸塩などのリン酸化合物並びにR、Fe、M及びNの中から選択される少なくとも1種とリン含有物を含む「リン含有アモルファス化合物」や「リン含有結晶化合物」などが挙げられる。上記リン含有結晶化合物は、リン酸希土類、或いは、リン酸鉄及びリン酸Mの中から少なくとも1種とリン酸希土類を含む共晶や混晶の状態にあってもよい。なかでも、コア領域から構成される粉体の表面被覆を緻密なものとするなどの点で、リン酸塩、「リン含有アモルファス化合物」や「リン含有結晶化合物」が好ましい。「リン含有結晶化合物」を含むとさらに熱安定性が良くなるので、リン処理後に高熱が加わる、混練工程、熱硬化工程を経ても、磁性粉体の高周波特性が劣化しにくい傾向があり、高い熱安定性に寄与する。さらに、被覆部に「リン含有結晶化合物」を含む場合、その磁性粉体を用いて磁性材料を構成する過程で、被覆部が欠損しづらくなるため、得られる磁性材料中の磁性粉体間での電気絶縁性が高くなり、効率が良くなる場合がある。また、「リン含有結晶化合物」がリン含有ナノ結晶化合物である場合、被覆部がより緻密になることで、上述の効果がより大きくなる場合がある。ここで、ナノ結晶とは、1nm以上1μm未満の微細結晶のことをいい、1nm未満の微細結晶を含むリン化合物はアモルファス化合物の範疇にあるとする。第1被覆部の結晶性、第1被覆部中の微細結晶の径については、TEM法による格子像観察、TEM装置に付随するED(電子線回折)装置による解析で確認することができる。
【0039】
第1被覆部でのPの平均原子濃度は、1原子%以上50原子%以下が好ましく、5原子%以上40原子%以下がより好ましい。第1被覆部でのPの平均原子濃度は、TEM―EDX法により測定できる。
【0040】
第1被覆部でのRの平均原子濃度は、1原子%以上50原子%以下が好ましく、5原子%以上50原子%以下がより好ましく、5原子%以上30原子%以下がさらに好ましい。
【0041】
希土類-鉄-窒素系磁性粉体の表面に存在する第1被覆部は、希土類(R)の平均原子濃度が、母材である希土類-鉄-窒素系磁性粉体(コア領域)中のRの平均原子濃度より高く、Rの平均原子濃度がコア領域のRの平均原子濃度の2倍以下である。第1被覆部中のRの平均原子濃度は、コア領域中のRの平均原子濃度より高く、コア領域中のRの平均原子濃度の1.05倍以上とすることが好ましく、1.1倍以上がより好ましく、1.15倍以上がさらに好ましく、1.2倍以上が特に好ましい。また、第1被覆部中のRの平均原子濃度はコア領域中のRの平均原子濃度の2倍以下であり、1.9倍以下が好ましく、1.8倍以下がより好ましい。ここで、第1被覆部は、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体のSTEM-EDX法においてRの平均原子濃度が、コア領域のRの平均原子濃度より高くなっており、かつ、P(リン)の最大ピークを示す層を包含する領域である。第1被覆部中のRの平均原子濃度がコア領域中のRの平均原子濃度に対して、上述の範囲にある場合、第1被覆部内の結晶性がより向上し、P及びR原子組成の均質性がより高くなる傾向がある。その結果、第1被覆部の熱安定性や、耐久性が向上し、上述の第1被覆部を有する磁性粉末を用いた磁性材料において、電気抵抗率が高くなり、tanδや位相角θを向上できる場合がある。第1被覆部中の各元素の原子濃度(原子%)は、STEM-EDX法によって求められる。希土類元素Rとしては例えばNdであってよい。
【0042】
第1被覆部中のRとFeの原子濃度比R/Feが、0.15以上であってよく、0.3以上が好ましく、0.5以上がより好ましい。第1被覆部中のR/Feの上限は、8以下であってよく、5以下であってもよく、2以下であってもよい。また、第1被覆部中のR/Feはコア領域中のR/Feより高い値を有していてもよい。第1被覆部中のR/Feはコア領域中のR/Feの1.28倍以上とすることができ、2.55倍以上が好ましく、4.25倍以上がより好ましく、5倍以上がさらに好ましい。第1被覆部中のR/Feが上述の範囲にあることで、コア領域近傍のFe原子濃度が低くなり、耐水性がより向上する傾向がある。
【0043】
また、第1被覆部は、その領域内において、O、Fe、Nd、P、およびR原子から選択される各原子の組成の変動が小さいことが好ましい。この場合、第1被覆部における結晶性が向上し、P及びR原子組成の均質性がより高くなる傾向がある。これは、例えば0.1~0.3nmステップで連続測定した第1被覆部を横断するEDXライン分析において確認することができる。第1被覆部が上述の構成を含む場合、第1被覆部の安定性が向上する傾向がある。
なお、第1被覆部内における組成の変動は、例えば以下のようにして求める。第1被覆部内において0.1~0.3nmステップでEDXライン分析する。ライン分析結果として得られた折れ線を1nmの区分ごとに区切った際、その区分ごとの両端の点どうしを新たな線分として結び、新たにできた線分で、それぞれの隣り合う線分どうしがつながることで組成の変動を求めるための折れ線を得る。組成の変動を求めるための折れ線上の極大点の値を極大値、極小点の値を極小値とし、隣り合う極大値と極小値の組が1組以下であると、組成の変動が小さいとみなされる。
【0044】
なお、第1被覆部内には、Fe高濃度領域を含んでいても良い。Fe高濃度領域は、STEMによる断面画像において孤立した島状の領域として観察されるものであってもよい。Fe高濃度領域は、STEMによる断面画像において観察される直径が1nm以上20以下であることが好ましく、2nm以上15nm以下であることがより好ましい。STEMによる断面画像において、第1被覆部の面積に占めるFe高濃度領域の面積の割合は、1%以上50%以下が好ましく、1%以上30%以下がより好ましい。Fe高濃度領域では、少なくとも、Feの原子濃度が第1被覆部中のFeの平均原子濃度よりも高い。これはリン処理後の酸化工程中に、第1被覆部がリン酸鉄及び/又はリン酸Mと、リン酸希土類の共晶、混晶からリン酸希土類単相に移行する際、鉄成分が分離して生じると考えられる。このFe高濃度領域がヘマタイトのような弱磁性又はフェライトのような強磁性を有する場合、粒子間をまたぐコア領域どうしの磁気的連結を促す領域として働き、反磁界を低減してμ’や位相角θを向上させる好ましい領域である。この領域は第1被覆部内で、島状の組織として点在する場合が多い。なお、Fe高濃度領域は、後述の第2被覆部と同様の組成を有するものであってもよい。
【0045】
第1被覆部において、O(酸素)の平均原子濃度がFeの平均原子濃度の0.5倍以上5倍以下が好ましく、1倍以上4倍以下がより好ましい。
【0046】
被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、さらにMo高濃度層を有していてもよい。Mo高濃度層では、リン処理時に添加したMoが、第1被覆部よりも高濃度で存在する。Mo高濃度層はコア領域の外側に存在することが好ましく、コア領域と第1被覆部の間、及び/又は第1被覆部と第2被覆部の間に存在することがより好ましい。Mo高濃度層を有することにより、さらに被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体の耐酸化性能を上昇させる効果がある。
【0047】
Mo高濃度層の厚みは、コア領域の平均粒子径の0%以上100%以下であることが好ましく、0.0001%以上10%以下であることがより好ましい。また、Mo高濃度層の厚みは1nm以上100nm以下であることが好ましく、2nm以上20nm以下であることがより好ましい。
【0048】
Mo高濃度層でのMoの原子濃度は、0.5原子%以上30原子%以下が好ましく、1原子%以上20原子%以下がより好ましい。Moの原子濃度は、STEM-EDXライン分析におけるMo高濃度領域中の原子濃度(atm%)を平均することにより求められる。
【0049】
<第2被覆部>
被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、Pと希土類Rのそれぞれの平均原子濃度が第1被覆部のそれぞれの平均原子濃度より低く、かつFeを含む第2被覆部を有する。第2被覆部は、第1被覆部の外側に存在する。そのため、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、コア領域の外側に、第1被覆部および第2被覆部をこの順に有する。
【0050】
第2被覆部では、Pの平均原子濃度が第1被覆部より低い。第2被覆部でのPの平均原子濃度は、第1被覆部のPの平均原子濃度の0.99倍以下が好ましく、0.9倍以下がより好ましく、0.8倍以下がさらに好ましい。第2被覆部でのPの平均原子濃度は、第1被覆部のPの平均原子濃度の0.01倍以上であってよく、0.1倍以上が好ましい。第2被覆部でのPの平均原子濃度と、第1被覆部のPの平均原子濃度の関係が上述の範囲にあることで、第1被覆部での電気絶縁効果をさらに安定して向上させる傾向がある。
【0051】
第2被覆部でのPの平均原子濃度は、49.5原子%以下が好ましく、39.6原子%以下がより好ましく、さらに25原子%以下がさらに好ましく、15原子%以下が特に好ましい。第2被覆部でのPの平均原子濃度は、0.99原子%以上であってよい。
【0052】
第2被覆部では、Rの平均原子濃度が第1被覆部より低い。第2被覆部でのRの平均原子濃度は、第1被覆部のRの平均原子濃度の0.99倍以下が好ましく、0.9倍以下がより好ましく、0.8倍以下がさらに好ましい。第2被覆部でのRの平均原子濃度は、第1被覆部のRの平均原子濃度の0.01倍以上であってよく、0.1倍以上が好ましい。第2被覆部でのRの平均原子濃度と、第1被覆部のRの平均原子濃度の関係が上述の範囲にあることで、酸化工程における第1被覆部の形成過程で、第2被覆部が生じ、この第2被覆部の存在により、さらに強力な電気絶縁効果があり、tanδや位相角θを向上させる。
【0053】
第2被覆部でのRの平均原子濃度は、49.5原子%以下が好ましく、45原子%以下がより好ましく、40原子%以下がさらに好ましい。第2被覆部でのRの平均原子濃度は、0.01原子%以上であってよく、0.1原子%以上が好ましい。
【0054】
第2被覆部は、Feを含む。Feの形態は特に限定されないが、酸化鉄であることが好ましく、Fe2O3を主成分とする酸化鉄であることが好ましい。また、例えば少なくとも一部がアモルファスとして存在してもよい。第2被覆部でのFeの平均原子濃度は、1原子%以上が好ましく、15原子%以上がより好ましい。また、第2被覆部でのFeの原子濃度は、99原子%以下が好ましく、70原子%以下がより好ましく、60原子%以下がさらに好ましく、40原子%以下が特に好ましい。第2被覆部がFeを含むことで、被覆希土類-鉄-窒素系粉体の第1被覆部の化学的安定性が増し、電気絶縁効果が増大する。結晶性、および微細結晶の径は、TEM法による格子像観察、TEM装置に付随するED装置による解析により確認でき、1nm未満の微細結晶を含むリン化合物はアモルファスであると判断できる。
【0055】
第2被覆部の厚みは、コア領域の平均粒子径の0.001%以上100%以下であることが好ましく、0.01%以上10%以下であることがより好ましい。また、第2被覆部の厚みは1nm以上100nm以下であることが好ましく、2nm以上50nm以下であることがより好ましい。
【0056】
第2被覆部において、Oの平均原子濃度がFeの平均原子濃度の0.5倍以上5倍以下が好ましく、1倍以上4倍以下がより好ましい。原子濃度(atm%)は、STEM-EDXライン分析における第2被覆部中の原子濃度(atm%)を平均することにより求められる。
【0057】
第2被覆部は、その領域内において、O、Fe、Nd、P、およびR原子から選択される各原子の組成の変動が小さいことが好ましい。この場合、第2被覆部における結晶性が向上し、P、R及びFe原子組成の均質性がより高くなる傾向がある。これは、上述の第1被覆部と同様に、例えば0.1~0.3nmステップで連続測定した第2被覆部を横断するEDXライン分析において確認することができる。第2被覆部が上述の構成を含む場合、安定性が向上する傾向がある。
【0058】
なお、第1被覆部が、リン処理後の酸化工程中に、リン酸鉄及び/又はリン酸Mと、リン酸希土類の共晶、混晶から、リン酸希土類単相に移行する場合、第1被覆部から鉄成分が分離し、第2被覆部、又は第2被覆部及び上記のFe高濃度領域が生じると考えられる。また、その第2被覆部のさらに外側に、希土類やPを含む第3被覆部が存在していてもよい。
【0059】
第3被覆部が形成されるメカニズムとして、酸化工程中に、第2被覆部が第1被覆部のクラックなどに沿って第1被覆部中に形成されることや、第1被覆部の一部がリン処理中に粉体表面から遊離したり、液中で生じたりしたリン酸塩が第2被覆部外側に付着或いは結合することが考えられる。第3被覆部を含む場合、被覆希土類-鉄-窒素系粉体間の電気絶縁の効果を増し、tanδや位相角θがより向上し、同時にμ’が低下する場合があるため、効率をより必要とする用途に使用する場合により好適である。
【0060】
第3被覆部でのRの平均原子濃度は、1原子%以上50原子%以下が好ましく、5原子%以上50原子%以下がより好ましい。第3被覆部でのPの平均原子濃度は、1原子%以上50原子%以下が好ましく、5原子%以上40原子%以下がより好ましい。第3被覆部でのMoの平均原子濃度は、0原子%以上20原子%以下が好ましく、0.01原子%以上10原子%以下がより好ましい。
【0061】
第3被覆部の厚みは、コア領域の平均粒子径の0%以上100%以下であることが好ましく、0.0001%以上20%以下であることがより好ましい。また、第3被覆部の厚みは0nm以上1000nm以下であることが好ましく、0.1nm以上100nm以下であることがより好ましい。
【0062】
第3被覆部でのMoの平均原子濃度は、0.5原子%以上30原子%以下が好ましく、1原子%以上20原子%以下がより好ましく、1.2原子%以上15原子%以下がさらに好ましい。第3被覆部におけるMo平均原子濃度が上述の範囲にある場合、磁性粉体の酸化安定性がさらに向上する傾向がある。Moの平均原子濃度は、STEM-EDXライン分析における第3被覆部中の原子濃度(atm%)を平均することにより求められる。
【0063】
<磁性粉体の平均粒子径>
被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体の平均粒径は、0.1μm以上100μm以下が好ましい。磁場増幅用磁性材料としては、1μm以上100μm以下が好ましい。超高周波吸収用磁性材料としては、0.1μm以上10μm以下が好ましい。より好ましい粒径の範囲は、後述する磁場増幅用磁性材料としては、3μm以上100μm以下であり、超高周波吸収用磁性材料としては、0.1μm以上3μm以下である。1μm未満では、成形体中の磁性粉体の充填量が小さくなるため高周波領域における比透磁率の実数項や超高周波領域での比透磁率の虚数項が低下する。0.1μm以下になるとさらに比表面積が大きくなるために、高周波領域における比透磁率の実数項や超高周波領域での比透磁率の虚数項の高い磁性体部分の体積分率が小さくなる。この結果として磁性材料としての特性が極端に低くなる傾向がある。10μmを超えると、成形体のμ”が低下する傾向があり、さらに100μmを超えるとその傾向は顕著となる。ここで、平均粒径は、レーザー回折式粒径分布測定装置を用いて乾式条件で測定したメジアン径のことである。すなわち、本開示の磁性粉体の平均粒径はD50で表し、D50とは、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体の体積基準による粒度分布の積算値が50%に相当する粒径である。
【0064】
希土類-鉄-窒素系磁性粉体の粒径が大きくなると、表皮効果により低い周波数から渦電流が粒内に生じ始めるので、粒径が大きいほど低周波領域からtanδや位相角θの悪化が始まる。従って、磁性粉体の粒径を小さくすることによって、磁場増幅特性や超高周波吸収特性が高周波まで高く保たれる傾向がある。例えば、Nd2Fe17N3においては、磁性粉体の粒径r(μm)と比透磁率の実数項が低下し始める周波数f0(Hz)との関係は、rが0.1μmであればf0=1THz、3μmであればf0=1GHz、100μmであればf0=1MHzと推測される。従って、粒径の上限値がこの付近となる希土類-鉄-窒素系磁性粉体とすれば、本開示の磁場増幅材料として好ましい。一方、粒径が小さくなるに従い、成形体の充填率が稼げなくなる上、表面積が大きくなることから、例えば厚みが10nmの第1被覆部を有する場合に、粉体の粒径が0.1μmなら、比透磁率が50%程度低下するに過ぎなくても、粒径が0.05μmとなれば、比透磁率は約6%となってしまうので、本開示の磁性粉体の粉体粒径の下限値は周波数に関係なく、0.1μm辺りになる。以上のトレードオフがあるために、磁性材料の目的の周波数帯域により適した粒径範囲とすることが好ましい。
【0065】
<リン濃度>
被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体中のリン化合物の含有量は、0.5質量%以上4.5質量%以下が好ましく、0.55質量%以上2.5質量%以下がより好ましく、0.75質量%以上2質量%以下がさらに好ましい。4.5質量%を超えると、希土類-鉄-窒素系磁性粉体が凝集することにより、比透磁率が低下すると同時に、高周波領域でのtanδや位相角θが悪化する傾向がある。0.5質量%未満では、第1被覆部の電気絶縁効果が低下することで、同様に比透磁率が低下し、高周波領域でのtanδが悪化する傾向がある。
【0066】
また、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体中におけるリンの含有量は0.02質量%以上が好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、0.15質量%以上がさらに好ましい。被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体中のリンの含有量は4質量%以下が好ましく、2質量%以下がより好ましく、1質量%以下がさらに好ましい。
【0067】
前記リン化合物は、高周波領域において、渦電流による効率の低下、すなわちtanδの増大や位相角θの悪化をもたらさないという点で、コア領域から構成される粉体の少なくとも一部の表面を第1及び第2被覆部で被覆していることが好ましい。磁性粉体において、10%以上の表面被覆率であれば、ある程度の渦電流低減の効果があるが、好ましくは50%以上、さらに好ましくは80%以上の表面被覆率が望まれる。10%より小さい表面被覆率であると、十分に粒間に生ずる渦電流を阻止できず、tanδや位相角θが悪化して好ましくない。第1被覆部により、100%の被覆率を有する希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、tanδや位相角θが際立って向上し、磁性粉体の組成、結晶構造及び粉体粒径などによるが、1MHzで0.01以下のtanδ、89.4°以上のθを実現できる。
【0068】
リン化合物は、超高周波領域で渦電流による比透磁率の低下、特にμ”の低下、すなわち超高周波吸収特性の悪化をもたらさないという点で、コア領域から構成される粉体の少なくとも一部の表面を被覆していることが好ましい。10%以上の表面被覆率であれば、ある程度の渦電流低減の効果があるが、好ましくは50%以上、さらに好ましくは80%以上の表面被覆率が望まれる。10%より小さい表面被覆率であると、十分に粒間に生ずる渦電流を阻止できず、表皮効果によりμ”が低下して好ましくない。リン化合物により、100%の被覆率を有する希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、渦電流による比透磁率の低下が極めて小さくなり、磁性粉体の組成、結晶構造及び粉体粒径などによるが、1GHzで1以上のμ”を実現できる。
【0069】
<高周波特性>
被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、100MHzでの位相角をθ1とし、13MHzでの位相角をθ2としたとき、θ1/θ2が0.8以上であることが好ましく、0.85以上であることがより好ましい。θ1/θ2が0.8以上であるときには、高周波でもエネルギー効率の低下を低減できる。なお、位相角θはμ’(複素比透磁率の実数項)とμ”(複素比透磁率の虚数項)を複素平面上に表したときの位相角である。被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体の位相角θは実施例に記載の方法で測定できる。
【0070】
被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、13MHzでの位相角θが80°以上であることが好ましく、85°以上であることがより好ましい。被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、13MHzでの位相角θは、90°以下であってよい。13MHzでの位相角θが80°以上であることにより、極めて高い損失低減効果があり、無線給電やRFID(Radio Frequency Identification)等の受送信用途に好適に用いられる。また、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、30MHzでの位相角θが60°以上であることが好ましく、70°以上であることがより好ましい。被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、30MHzでの位相角θが90°以下であってよい。30MHzでの位相角θが60°以上であることにより、極めて高い損失低減効果があり、インダクタ等の受送信用途に好適に用いられる。
【0071】
なお、本実施形態の希土類-鉄-窒素系磁性粉体の磁気異方性は、磁気モーメントがc軸方向より、c面方向を向きやすい性質を有する面内結晶磁気異方性を示す。本実施形態の磁性粉体がこの特性を有することが、高周波領域で高い比透磁率の実数項μ’を維持し、さらに超高周波領域で高い比透磁率の虚数項μ”を発現するために極めて重要である。本実施形態の磁性粉体における、負の結晶磁気異方性エネルギーの絶対値は非常に大きく、さらにこの面内結晶磁気異方性を有した磁性粉体が無配向で含有されるので、その自然共鳴周波数は1GHz以上1THz以下の超高周波の範囲内で広く分布する。従って、1GHz未満では自然共鳴によるμ”の増加とμ’の低下が生じることなく、1GHz以上1THz以下の領域では広帯域で自然共鳴による高いμ”が発現する。特に本実施形態の磁性粉体では、磁性粉体に含まれるリン化合物により強磁性粉体表面が被覆されていたり、磁性粉体間にリン化合物が存在したりすることにより、粒間の渦電流の発生を抑止できる。さらに磁性粉体を特定の平均粒径とした際には、粒内の渦電流の発生も抑制されるので、磁性粉体本来の高周波特性が、渦電流による劣化が小さくなり、1MHz~1THzの領域でより向上する傾向がある。このような広い周波数帯域を考慮した材料設計思想により作り上げられた、「磁場増幅材料」は知られていない。また、同設計思想で、“超広周波数帯域”でシームレスに機能する「超高周波吸収材料」も知られていない。
【0072】
<<磁場増幅用磁性材料>>
本実施形態の磁場増幅用磁性材料は、前記被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体を含むことを特徴とする。前記被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体を含むことにより、磁場増幅用として1MHz以上1GHz未満の領域でμ’が2以上の高比透磁率を有するとともに、1MHz以上1GHz未満の領域でtanδが0.2以下、位相角θが78.7°以上である領域が存在しており、優れた効率を併せ持っていてもよい。
【0073】
前記被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は1μm以上100μm以下の粒径が好ましい。その理由は上述したとおりであり、100μmより大きい粉体を1MHz以上の磁場増幅用磁性材料として使用すると、表皮効果により、比透磁率が低下する傾向にあるからである。さらに、7μm以上の粉体を磁場増幅用磁性材料として活用する際には、体積分率を大きくするために大抵0.5GPa以上の大きな圧力をかけるので、粉体同士が接して大きな渦電流損失が生じ、比透磁率の実数項が大きく低下する。従って、フェライトや遷移金属の酸化物のように固くなく、樹脂のように柔らかすぎないリン化合物のような微細で適度に柔らかい物質が希土類-鉄-窒素系磁性粉体を覆うことや、粒間に介在することが好ましく、それにより磁性粉体の本来有する比透磁率などの特性の悪化を抑制できる。
【0074】
磁場増幅用磁性材料は、1MHz以上1GHz未満の周波数で好適に使用されるが、1GHz以上では、超高周波吸収用磁性材料としても使用される。そのため、希土類-鉄-窒素系磁性粉体の組成や粒度分布などによっては、0.5GHz以上1GHz未満の周波数領域で比透磁率の虚数項が大きくなり始める場合がある。本実施形態の磁場増幅用磁性材料は、1MHz以上0.5GHz未満の領域で使用してもよく、1MHz以上0.1GHz未満で使用することが好ましい。上述の範囲で磁場増幅用材料として使用すると、ジェットミルなどの微粉砕装置を採用せず3μm以上100μm以下の粉体を使用し、スループットが落ちる磁場配向なども行う必要がなくなるため、コストと特性のバランスの観点で好ましい。
【0075】
磁場増幅用磁性材料のより具体的な用途としては、無線給電のコイル、RFID(Radio Frequency Identification)タグ用磁場増幅材、20MHzを超える高周波用回路のトランス、インダクタ及びリアクトルなどが挙げられる。たとえば、薄いシート状として、アンテナや受発信機の裏面に張り付け、磁場増幅特性によりシート内に磁束を集中させたり、円柱状や直方体状のコイルの内部に挿入したりする、或いはドーナツ状やヨーク付きの磁芯に導線を巻き付けてコイルの比透磁率の実数項を向上させ、磁場増幅用磁性材料として使用する。
【0076】
本実施形態の磁場増幅用磁性材料は、高周波領域においても比透磁率の実数項が高いという特徴を有する。例えば周波数1MHz以上20MHz以下での比透磁率の実数項は、3以上が好ましく、4以上がより好ましい。又、20MHzより大きく1GHz未満での比透磁率の実数項は2以上が好ましく、3以上がさらに好ましい。また、本実施形態の磁場増幅用磁性材料は、例えば周波数20MHzにおける比透磁率の実数項μ’が3.2以上とすることができ、3.5以上が好ましく、4以上がより好ましく、4.5以上がさらに好ましい。本実施形態の磁場増幅用磁性材料は、周波数20MHzにおける比透磁率の実数項μ’は、例えば200以下とすることができ、100以下であってもよい。
【0077】
本実施形態の磁場増幅用磁性材料は、20MHzにおけるtanδ(μ”/μ ’)及び位相角θは、それぞれ0.33以下及び71.7°以上が好ましく、0.29以下73.8°以上がより好ましく、0.25以下及び80.0°以上がさらに好ましい。また、20MHzにおけるtanδ及び位相角θは0.0001以下及び89.994°以上であってもよい。20MHzにおけるtanδ、位相角θが上記範囲内にあると、特にこの周辺の周波数(例えば10MHz以上30MHz以下)で利用することは、効率が優れた低コストの磁場増幅材料となるので好ましい。tanδ(μ”/μ’)及び位相角θは0.33以下及び71.7°以上であると、素子やシステムに組み込んだ時の発熱を小さくでき、部品等の温度を低くできることで安定性を向上できる傾向がある。tanδ及び位相角θは0.0001以下及び89.994°以上であると、材料の均質性を高めるためのコストを低減することができる。ここで、複素比透磁率、tanδ及び位相角θは、インピーダンスアナライザ、(ベクトル)ネットワークアナライザ、BHアナライザにより、トロイダル試料のインピーダンスを測定して結果を複素比透磁率、tanδ及び位相角θに換算する方法、周波数領域によっては(例えば500MHz以上でネットワークアナライザを使用して測定する場合など)Sパラメーター法などを用いて測定することができる。
【0078】
また、本実施形態の磁場増幅用磁性材料は、比透磁率の周波数依存性が小さいという特徴も有する。たとえば無線給電という用途では13.56MHzの周波数で給電されるため、その周波数を含む2MHz以上20MHz以下の範囲での比透磁率の実数項μ’の変化が小さい磁性材料が優れた効率を有するので好ましく使用できる。また、5MHz以下においてさえ比透磁率が大きく変化する材料も多く、この周波数領域での用途などでも、2MHz以上20MHz以下の領域で比透磁率の実数項が安定した材料は好ましく使用できる。これらの用途において、上記周波数範囲でμ’の変化が大きい材料は、それに伴いμ”も0からの乖離が大きくなるので、tanδ、位相角θも悪化する傾向がある。2MHzでの比透磁率の実数項に対する20MHzでの比透磁率の実数項の比は、0.8以上が好ましく、0.9以上がより好ましい。また、2MHzでの比透磁率の実数項に対する20MHzでの比透磁率の実数項の比は、1.1以下であってよい。この比透磁率の実数項の比が0.8以上であると、エネルギー効率の低下を低減し、磁性材料を組み込んだデバイスの発熱を小さくできる傾向がある。また、比透磁率の実数項の比が1.1以下であると、同デバイスに対する入出力の制御がしやすくなる傾向がある。
【0079】
本実施形態の磁場増幅用磁性材料は、樹脂を含んでいてもよい。磁性材料と樹脂の複合材料をボンド磁性材料と呼び、そのボンド磁性材料に含まれる樹脂は、熱硬化性樹脂であっても、熱可塑性樹脂であってもよい。熱可塑性樹脂としては、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、液晶ポリマー(LCP)、ポリアミド(PA)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、熱可塑性エラストマー等が挙げられる。熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、グアナミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコーン樹脂、ポリイミド樹脂、アルキド樹脂、フラン樹脂、ジシクロペンタジエン樹脂、アクリル樹脂、アリルカーボネート樹脂、一般にゴムと言われる熱硬化性エラストマーなどが挙げられる。
【0080】
ボンド磁性材料中に含まれる樹脂の含有量は、0.1質量%以上95質量%以下が好ましい。樹脂成分の含有量が0.1質量%以上であることで耐衝撃性がより向上し、95質量%以下であることで比透磁率や磁化の極端な低下を抑制することができる。さらに、本実施形態のボンド磁性材料において、高比透磁率に耐衝撃性が併せて要求される用途においては、上記と同様な理由で、0.5質量%以上50質量%以下の範囲がさらに好ましく、特に優れた効率を有する高周波回路用トランスとして用いる場合などは、1質量%以上15質量%以下の範囲とするのが最も好ましい。また、本実施形態の磁場増幅用磁性材料として比透磁率の実数項が特に高く、超高周波吸収材料として吸収特性を特によくするためには、用途により多少異なるが、同様に15質量%以下にすることが好ましい。焼結硬化をせず、樹脂を含まない成形体、例えば揮発性有機溶媒などの助剤を使用した圧粉体などは、非常に脆く、負荷が掛かる無線給電コイルやインダクタの磁芯等の磁場増幅材料、或いは頻繁に持ち運ばれ、衝撃が多く加わる5G+や6Gモバイル機器に搭載する超高周波吸収材料などに応用することは極めて困難である。又、1.5GPa以下の圧力で加圧成形された圧粉体のような貫通した空気層を多く含む成形体は、50℃以上の温度に長時間晒されると、酸化劣化したり、極端に脆化して耐衝撃性が劣化したりするので、高温での用途には不向きな傾向がある。従って、上記のような用途における成形体において、樹脂の含有量は0.1質量%以上95質量%以下が好ましく、0.5質量%以上50質量%以下がより好ましく、1質量%以上15質量%以下がさらに好ましい。
【0081】
前記ボンド磁性材料用の樹脂コンパウンドは、例えば、混練機を用いて、180℃以上300℃以下で被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体と樹脂とを混合及び/又は混練することにより得ることができる。例えば、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体および樹脂をミキサーで混合し、次いで二軸押出機で混練し押し出したストランドを空冷した後、ペレタイザーで数mmサイズに切断することでペレット形状の本実施形態のボンド磁性材料用樹脂コンパウンドを得ることができる。
【0082】
前記樹脂コンパウンドを、適切な成形機を用いて成形することにより、本実施形態のボンド磁性材料を製造することができる。具体的には例えば、成形機バレル内で溶融した樹脂コンパウンドを、磁場を印可した金型内に射出成形し、磁化容易軸を揃える(配向工程)ことにより、磁場配向成形ボンド磁性材料を得ることができる。また、前記ペレット状の樹脂コンパウンドをカレンダー加工やホットプレス成形することにより、シート状の磁場増幅用ボンド磁性材料シートや超高周波吸収用ボンド磁性材料シートを作製することができる。これを20μm以上200μm以下の薄さまで圧延することにより、比透磁率の実数項が高い磁場増幅用磁性材料とすることができ、例えばRFIDタグ用の磁場増幅用磁性材料成形体シートとして好適に利用され、モバイル機器用途の超高周波吸収用磁性材料成形体シートとして利用される。
【0083】
<<超高周波吸収用磁性材料>>
本実施形態の超高周波吸収用磁性材料は、前記被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体を含むことを特徴とする。前記被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体を含むことにより、1GHz以上0.11THz以下の領域でμ”が0.1以上の高い比透磁率の虚数項を有することが好ましく、1GHz以上0.04THz以下においては、0.23以上のμ”を有することが好ましい。
【0084】
前記被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体の平均粒径は0.1μm以上10μm以下が好ましい。その理由は上述したとおりであるが、1GHz以上の超高周波領域になると、3μm以上の粉体は表皮効果により、比透磁率が低下する傾向にあるので、できるだけ粉体粒径は0.1μm以上であって、また磁性粒子同士の直接の接触はできるだけ避けなければならない。例えば30μmの希土類-鉄-窒素系磁性粉体を超高周波用磁性材料に適用しようとして、5μm以下に粉砕したとしても、成形した際、磁性粉体同士が接触して導通してしまい、その導通し合う凝集体の平均的な大きさが30μmとなる場合がある。その場合、粉砕前の粉体を使用した場合と比べて高周波特性に対する粒径の効果は同等となってしまい、粉砕した目的を失ってしまう。特に磁性シートを作製する場合、しばしばホットプレスやカレンダー加工のように熱と圧力が同時に掛かる成形法を適用するが、この際、リン化合物のような絶縁膜が磁性粒子表面にしっかりと密着し、成形体マトリックスの中で磁性粒子が凝集しても磁性粒子間は電気的に絶縁されていることが好ましい。凝集しやすい磁性粉体の表面を、フェライトや遷移金属の酸化物のように固くなく、微細で適度に柔らかいリン化合物で被覆することで、熱と圧力を同時に印加して高密度かつ高比透磁率とした高周波用磁性材料とすることができる。
【0085】
本実施形態の超高周波吸収用磁性材料は、超高周波においても比透磁率の虚数項μ”が高いという特徴を有する。例えば周波数1GHz以上20GHz未満での比透磁率の虚数項μ”は、0.5以上が好ましく、0.8以上がより好ましい。又、20GHz以上1THz以下での比透磁率の虚数項μ”は0.1以上が好ましく、0.2以上がさらに好ましい。また、本実施形態の超高周波吸収用磁性材料は、例えば周波数10GHzにおける比透磁率の虚数項μ”が、0.4以上とすることができ、0.5以上が好ましく、0.7以上がより好ましく、0.85以上がさらに好ましい。また、本実施形態の超高周波吸収用磁性材料は、例えば周波数0.04THzにおける比透磁率の虚数項μ”は0.02以上とすることができ、0.05以上が好ましく、0.1以上がより好ましく、0.23以上がさらに好ましい。
【0086】
本実施形態の超高周波吸収用磁性材料は、前記被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体を含むことにより、1GHz~1THzまで、超広周波数帯域超高周波吸収が可能で、例えば、このような超高周波で使用が期待される六方晶フェライト、ホウ化物、イプシロン酸化鉄などの一軸結晶磁気異方性材料のように、帯域幅10GHz程度での狭帯域で低比透磁率である磁性材料とは一線を画する。酸化物材料より電気抵抗率は小さいが、金属系材料より高抵抗であり、1THzまで高周波特性が保たれる面内結晶磁気異方性材料にとって、磁性粉体に高電気抵抗率のリン化合物が含有されていることが大きな特徴である。
【0087】
超高周波吸収用磁性材料のより具体的な用途としては、5G(第5世代移動通信システム:5th Genertion Mobile Communication System)、 5G+(第5世代プラス移動通信システム:5th Genertion Plus Mobile Communication System)及び6G(第6世代移動通信システム:6th Genertion Mobile Communication System)に適用するモバイル通信機、携帯電話小型基地局及びクラウド基地局、それらの機器、デバイス、アンテナなどのインフラ機材に適用する超高周波信号やスプリアス吸収用の部材、ITS(高度道路交通システム:Interigent Transport Systems)、ワイヤレスHDMI(登録商標)(ワイヤレス高精細度マルチメディアインターフェース:High-Definition Multimedia Interface)、無線LAN(ワイヤレスローカルエリアネットワーク:Local Area Network)、衛星放送(Ka-バンド)などに用いられる機器・デバイス用超高周波信号やスプリアス吸収用の部材、パーソナルコンピュータの主に第2~第7高調波を除去する電磁ノイズ吸収部材などが挙げられる。
【0088】
本実施形態の超高周波吸収用磁性材料は、樹脂を含んでいてもよい。磁性材料と樹脂の複合材料をボンド磁性材料と呼び、そのボンド磁性材料に含まれる樹脂は、熱硬化性樹脂であっても、熱可塑性樹脂であってもよい。熱可塑性樹脂としては、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、液晶ポリマー(LCP)、ポリアミド(PA)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、熱可塑性エラストマー等が挙げられる。熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、グアナミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコーン樹脂、ポリイミド樹脂、アルキド樹脂、フラン樹脂、ジシクロペンタジエン樹脂、アクリル樹脂、アリルカーボネート樹脂、一般にゴムと言われる熱硬化性エラストマーなどが挙げられる。
【0089】
ボンド磁性材料中に含まれる樹脂の含有量は、0.1質量%以上95質量%以下が好ましい。樹脂成分の含有量が0.1質量%以上であることで耐衝撃性がより向上し、95質量%以下であることで比透磁率や磁化の極端な低下を抑制することができる。さらに、本実施形態のボンド磁性材料において、高比透磁率に耐衝撃性が併せて要求される用途においては、上記と同様な理由で、0.5質量%以上50質量%以下の範囲がより好ましく、特に優れた効率を有する高周波回路用トランスとして用いる場合などは、1質量%以上15質量%以下の範囲とするのがさらに好ましい。また、本実施形態の磁場増幅用磁性材料としてtanδや位相角θが特に高く、超高周波吸収材料として吸収特性を特によくするためには、用途により多少異なるが、同様に15質量%以下にすることが好ましい。焼結硬化をせず、樹脂を含まない成形体、例えば揮発性有機溶媒などの助剤を使用した圧粉体などは、非常に脆く、負荷が掛かる無線給電コイルやインダクタの磁芯等の磁場増幅材料、或いは頻繁に持ち運ばれ、衝撃が多く加わる5G+や6Gモバイル機器に搭載する超高周波吸収材料などに応用することは極めて困難である。又、1.5GPa以下の圧力で加圧成形された圧粉体のような貫通した空気層を多く含む成形体は、50℃以上の温度に長時間晒されると、酸化劣化したり、極端に脆化して耐衝撃性が劣化したりするので、高温での用途には不向きな傾向がある。従って、上記のような用途における成形体において、樹脂の含有量は0.1質量%以上95質量%以下が好ましく、0.5質量%以上50質量%以下がより好ましく、1質量%以上15質量%以下がさらに好ましい。
【0090】
前記ボンド磁性材料用の樹脂コンパウンドは、例えば、混練機を用いて、180℃以上300℃以下でリン化合物と、希土類-鉄-窒素系磁性粉体および樹脂とを混合及び/又は混練する、または、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体および樹脂を混合及び/又は混練することにより得ることができる。例えば、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体および樹脂をミキサーで混合し、次いで二軸押出機で混練し押し出したストランドを空冷した後、ペレタイザーで数mmサイズに切断することでペレット形状の本実施形態のボンド磁性材料用樹脂コンパウンドを得ることができる。
【0091】
前記樹脂コンパウンドを、適切な成形機を用いて成形することにより、本実施形態のボンド磁性材料を製造することができる。具体的には例えば、成形機バレル内で溶融した樹脂コンパウンドを、磁場を印可した金型内に射出成形し、磁化容易軸を揃える(配向工程)ことにより、磁場配向成形ボンド磁性材料を得ることができる。また、前記ペレット状の樹脂コンパウンドをカレンダー加工やホットプレス成形することにより、シート状の磁場増幅用ボンド磁性材料シートや超高周波吸収用ボンド磁性材料シートを作製することができる。これを20μm以上200μm以下の薄さまで圧延することにより、比透磁率の実数項が高い磁場増幅用磁性材料とすることができ、例えばRFIDタグ用の磁場増幅用磁性材料成形体シートとして好適に利用され、モバイル機器用途の超高周波吸収用磁性材料成形体シートとして利用される。
【0092】
<<被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体の製造方法>>
本実施形態の磁性粉体の製造方法は、希土類R(RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、およびSmからなる群から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合はR成分全体に対してSmが50原子%未満である)、Fe、およびNを含む希土類-鉄-窒素系磁性粉体、水、およびリン含有物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、希土類-鉄-窒素系磁性粉体上にリン化合物被覆部を形成するリン処理工程、および前記リン化合物被覆部を有する希土類-鉄-窒素系磁性粉体を、酸素含有雰囲気下で180℃以上350℃以下で熱処理する酸化工程を含むことを特徴とする。
【0093】
本実施形態の製造方法で使用する希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、R(ただし、RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、Smの中から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合は、R成分全体に対して、Smが50原子%未満である)とFe及びNを含む。Rは、Y、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、Smの中から選択される少なくとも1種であるが、Nd、Y、Ce、Pr、Gd、Dyが原料供給の安定性と高い比透磁率の実現の観点から好ましく、さらにNd、Y、Ce、Prがコスト面より好ましい。ここで、Smを含む場合、R成分全体に対するSmの含有量は50原子%未満であるが、20原子%未満がより好ましい。特に、Nd又はPrの含有量がR成分全体の50原子%以上であると、より高い比透磁率を有する磁性材料やtanδがより低い磁性材料が得られる。さらに、耐酸化性能やコストのバランスから、Nd又はPrの含有量が70原子%以上であることが好ましく、資源量が豊富で結晶磁気異方性磁場の絶対値(磁気異方性の大きさを示す指標)が大きく、より超高周波での吸収性能が高いことから、Ndの含有量が100原子%であるNdFeNからなる希土類-鉄-窒素系磁性粉体が特に好ましい。
【0094】
希土類-鉄-窒素系磁性粉体中のFeの含有量は、40原子%以上87原子%以下が好ましく、50原子%以上85原子%以下がより好ましい。
【0095】
[リン処理工程]
リン処理工程では、RとFeとNを含む希土類-鉄-窒素系磁性粉体、水、およびリン含有物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、希土類-鉄-窒素系磁性粉体上にリン化合物被覆部を形成する。リン化合物被覆部は、希土類-鉄-窒素系磁性粉体に含まれる金属成分(例えば鉄やネオジム等)とリン含有物に含まれるリン成分(例えばリン酸)が反応することによりリン化合物(例えばリン酸鉄、リン酸ネオジム等)が析出することによって形成される。また、リン化合物被覆部は、希土類-鉄-窒素系磁性粉体の表面でリン化合物が析出することにより希土類-鉄-窒素系磁性粉体の少なくとも一部の表面を被覆(このような被覆を「リン化合物被覆」という。このような被覆により形成された部分を「リン化合物被覆部」という)することにより形成することが好ましい。なお、本実施形態において、無機酸を添加してスラリーのpHを調整した場合、無機酸を添加しない場合と比較して、リン化合物の析出量を多くすることができる。そのため、被覆部の厚み(膜厚ともいう)が厚いリン化合物被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体が得られ、tanδが低下し、磁場増幅特性が向上する。また、本実施形態によると、溶媒を水とすることによって、有機溶媒を使用する場合と比較して、粒径が小さいリン酸塩などのリン化合物が析出するので、緻密なリン化合物被覆部を有する希土類-鉄-窒素系磁性粉体が得られ、高周波領域での優れた効率や超高周波領域での優れた吸収特性が得られやすい傾向がある。
【0096】
RとFeとNを含む希土類-鉄-窒素系磁性粉体、水、およびリン含有物を含むスラリーを作製する方法は、特に限定されないが、例えば、希土類-鉄-窒素系磁性粉体と、水を溶媒としてリン含有物を含むリン含有物溶液とを混合することによって得られる。スラリー中の希土類-鉄-窒素系磁性粉体の含有量は、1質量%以上50質量%以下が好ましく、生産性の点から5質量%以上20質量%以下がより好ましい。スラリー中のリン含有物の含有量は特に限定されないが、リン含有物がリン酸であり、水素とリン酸成分(PO4)のみで構成されている場合の含有量は、PO4換算量で、例えば0.01質量%以上10質量%以下であり、金属成分とリン酸成分との反応性や生産性の点から0.05質量%以上5質量%以下が好ましい。
【0097】
リン含有物としては、リン単体及びその組成物、オルトリン酸などのリン酸化合物、リンタングステン酸、リンモリブデン酸等のヘテロポリ酸化合物、リン酸化合物やヘテロポリ酸化合物などのリン含有酸化合物と金属イオンまたはアンモニウムイオンとの塩、リン酸エステル、亜リン酸エステル、ホスフィンオキシド等の有機リン化合物、リン化鉄、リン青銅、Fe-B-P-CuやFe-Nb-B-P系合金などのリン含有金属等が挙げられる。
【0098】
リン含有物がリン酸化合物の場合、リン酸水溶液はリン酸化合物と水を混合することによって得られる。リン酸化合物としては、例えば、オルトリン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸一水素アンモニウム、リン酸亜鉛、リン酸カルシウムなどのリン酸塩系、次亜リン酸系、次亜リン酸塩系、ピロリン酸系、ポリリン酸系などの無機リン酸等、有機リン酸、およびそれらの塩が挙げられる。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。また、被覆部の耐水性、耐食性や磁性粉体の高周波特性を向上する目的で、モリブデン酸塩、タングステン酸塩、バナジン酸塩、クロム酸塩などのオキソ酸塩等、硝酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウムなどの酸化剤等、EDTAなどのキレート剤等を添加剤として用いることができる。リン含有物のなかでも、反応の制御、被覆量の制御の観点で、オルトリン酸、ピロリン酸、ポリリン酸などの無機リン酸、および、それらとNa、Ca、Pb、Zn、Fe、Y、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、Sm、アンモニウムなどとのリン酸塩などのリン酸化合物が好ましい。
【0099】
リン酸水溶液におけるリン酸の濃度(PO4換算量)は、5質量%以上50質量%以下が好ましく、リン酸化合物の溶解度、保存安定性や化成処理のし易さの点から10質量%以上30質量%以下がより好ましい。リン酸水溶液のpHは、1以上4.5以下が好ましく、リン酸塩の析出速度を制御しやすい点から1.5以上4以下であることがより好ましい。pHは希塩酸、希硫酸などにより調整できる。
【0100】
リン処理工程においては、無機酸を添加することによりスラリーを酸性にするが、pHを1以上4.5以下に調整することが好ましく、1.6以上3.9以下に調整することがより好ましく、2以上3以下に調整することがさらに好ましい。pHが1未満では、局部的に多量に析出したリン化合物を起点として希土類-鉄-窒素系磁性粉体同士が凝集することにより、高周波領域でtanδが悪化し、超高周波領域でμ”が低下する傾向がある。pHが4.5を超えると、リン酸塩などのリン化合物の析出量が減少することにより、高周波領域でtanδが悪化し、超高周波領域ではμ”が低下する傾向がある。添加する無機酸としては、塩酸、硝酸、硫酸、ほう酸、フッ化水素酸が挙げられる。リン処理工程中は、上記pHの範囲となるように、無機酸を随時添加することが好ましい。廃液処理の観点から無機酸を使用するが、目的に応じて有機酸を併用することができる。有機酸としては酢酸、蟻酸、酒石酸等が挙げられる。
【0101】
リン処理工程は、得られる磁性粉体におけるリンの含有量が0.02質量%以上となるように行うこともできる。リン処理工程において得られる磁性粉体におけるリンの含有量は、0.05質量%以上が好ましく、0.15質量%以上がより好ましい。リン処理工程において得られる磁性粉体におけるリンの含有量は4質量%以下が好ましく、2質量%以下がより好ましく、1質量%以下がさらに好ましい。リンの含有量が0.02質量%以上であると、リン化合物による被覆の効果がより大きくなる傾向があり、4質量%以下であると、リン化合物を起点として希土類-鉄-窒素系磁性粉体同士が凝集して高周波領域でtanδが上昇したり、超高周波領域でμ”が低下したりすることを抑制できる傾向がある。特に優れた効率を有する磁場増幅用磁性材料や、優れた吸収特性を有する超高周波吸収用磁性材料を作製する場合は、リン含有量は0.15質量%以上1質量%以下が好ましい。なお、磁性粉体全体のバルクのリン含有量は、ICP-AES(ICP発光分光分析法)を用いて測定できる。また、リン化合物被覆粉体における磁性粉体相やリン化合物被覆部の局所的なリン含有量はSTEM-EDX(エネルギー分散型X線分析)法を用いて測定することができる。また、リン化合物被覆部中のリン(P)原子濃度は、好ましくは1原子%以上、より好ましくは5原子%以上である。また、リン化合物被覆部中のP原子濃度は、25原子%以下であってよく、好ましくは15原子%以下である。リン化合物被覆部中のリン含有量が、1原子%未満であると、リン化合物の電気絶縁性が機能しづらい傾向があり、25原子%を超えると、高周波領域における比透磁率の実数項及び超高周波領域における比透磁率の虚数項が低下するだけでなく、耐食性に対する性能も低下する傾向がある。
【0102】
希土類-鉄-窒素系磁性粉体、水、およびリン含有物を含むスラリーのpHを1以上4.5以下の範囲にする調整は、10分間以上行うことが好ましく、被覆部の厚さが薄い部分を減らす観点から、30分間以上行うことがより好ましい。pH維持の初期はpHの上昇が早いためにpH制御用の無機酸の投入間隔が短いが、被覆が進むとともに次第にpH変動が緩やかになり、無機酸の投入間隔が長くなることから反応終点が判断できる。
【0103】
[リン処理後の酸化工程]
リン処理工程で得られたリン化合物被覆部を有する希土類-鉄-窒素系磁性粉体を、酸素含有雰囲気下で180℃以上350℃以下で熱処理することにより酸化する。リン処理後の酸化工程では、第1被覆部の希土類(R)の平均原子濃度が、母材である希土類(R)-鉄-窒素系磁性粉体中のRの平均原子濃度より高く、第1被覆部のRの平均原子濃度が、母材である希土類-鉄-窒素系磁性粉体中のRの平均原子濃度の2倍以下となるように行われる。第1被覆部中のRの平均原子濃度が、希土類-鉄-窒素系磁性粉体中のRの平均原子濃度より高くなるように行われ、第1被覆部中のRの平均原子濃度は母材である希土類-鉄-窒素系磁性粉体中のRの平均原子濃度の1.05倍以上とすることが好ましく、1.1倍以上がより好ましく、1.2倍以上がさらに好ましく、1.5倍以上が特に好ましい。また、第1被覆部中のRの平均原子濃度は、希土類-鉄-窒素系磁性粉体中のRの平均原子濃度の2倍以下とするように行われ、1.9倍以下が好ましく、1.8倍以下となるようにすることがより好ましい。ここで、第1被覆部は、磁性粉体のSTEM-EDXライン分析において、P(リン)のピークを示す層を包含する領域である。第1被覆部の厚みは例えば1nm以上200nm以下が好ましく、2nm以上100nm以下がより好ましく、5nm以上80nm以下がさらに好ましく、10nm以上60nm以下が特に好ましい。第1被覆部中の各元素の平均原子濃度(原子%)は、STEM-EDXライン分析における第1被覆部中の原子濃度を平均することにより求められる。希土類元素(R)としては例えばNdであってよい。
【0104】
酸化処理により、希土類-鉄-窒素系磁性粉体の表面が酸化されて酸化鉄層が形成され、磁性粉体の耐酸化性が向上する。また、リン処理後の酸化により、アモルファスの結晶化が進行し、加熱により被覆部の結晶性が向上することで、第1被覆部内におけるそれぞれの元素組成の変動が抑制される傾向がある。その結果、第1被覆部もしくは第2被覆部における、P及びNd組成の均質性はより高くなることがある。これは、例えば0.1~0.3nmステップで連続測定した第1被覆部及び第2被覆部を横断するEDXライン分析において、「リン処理後の酸化工程」前のリン化合物被覆部内では、組成の変動が大きかったものが、「リン処理後の酸化工程」後においては、組成の変動が小さくなる場合がある。なお、組成の変動の小さいことは、上述の第1被覆部と同様にして確認することができる。また、酸化することにより、磁性粉体が高温に曝された際に、希土類-鉄-窒素系磁性粉体粒子表面での好ましくない酸化還元反応、分解反応や変質が生じることを抑制することができる。その結果、高周波領域でのtanδが低い磁場増幅特性及び超高周波領域でのμ”が高い吸収特性を有する磁性材料を得ることができる。
【0105】
酸化処理は、リン処理後の磁性粉体を、酸素含有雰囲気下で熱処理することにより行う。反応雰囲気は窒素、アルゴンなどの不活性ガス中に酸素を含むことが好ましい。酸素濃度は3%以上21%以下が好ましく、3.5%以上10%以下がより好ましい。酸化反応中は磁性粉体1kgに対して2L/分以上10L/分以下の流速でガスを交換することが好ましい。
【0106】
酸化処理時の温度は180℃以上350℃以下であるが、200℃以上330℃以下が好ましく、220℃以上310℃以下がより好ましく、250℃以上280℃以下がさらに好ましい。180℃未満ではより長時間の酸化処理が必要となり、生産性が低下する傾向がある。350℃を超えると被覆希土類-鉄-窒素系磁性材料が分解する傾向がある。反応時間は3時間以上10時間以下が好ましい。
【0107】
[シリカ処理工程]
リン処理工程および酸化工程を経た磁性粉体は、必要に応じてシリカ処理を行ってもよい。磁性粉体にシリカ薄膜を形成することにより、耐酸化性を向上できる。シリカ薄膜は、例えば、アルキルシリケート、磁性粉体、およびアルカリ溶液を混合することにより形成できる。
【0108】
[シランカップリング処理工程]
シリカ処理後の磁性粉体を、さらにシランカップリング剤で処理してもよい。シリカ薄膜が形成された磁性粉体をシランカップリング処理することで、シリカ薄膜上にシランカップリング剤膜が形成され、磁性粉体の磁気特性が向上するとともに、樹脂との濡れ性、成形体の強度を改善することができる。シランカップリング剤は、樹脂の種類に合わせて選定すればよく特に限定されないが、例えば、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、N-β-(N-ビニルベンジルアミノエチル)-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン・塩酸塩、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ビニルトリアセトキシシラン、γ-クロロプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチレンジシラザン、γ-アニリノプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、オクタデシル[3-(トリメトキシシリル)プロピル]アンモニウムクロライド、γ-クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリス(βメトキシエトキシ)シラン、ビニルトリエトキシシラン、β-(3,4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、N-β(アミノエチル)γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-β(アミノエチル)γ-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、N-フェニル-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、オレイドプロピルトリエトキシシラン、γ-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、ポリエトキシジメチルシロキサン、ポリエトキシメチルシロキサン、ビス(トリメトキシシリルプロピル)アミン、ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルファン、γ-イソシアネートプロピルトリメトキシシラン、ビニルメチルジメトキシシラン、1,3,5-N-トリス(3-トリメトキシシリルプロピル)イソシアヌレート、t-ブチルカルバメートトリアルコキシシラン、N-(1,3-ジメチルブチリデン)-3-(トリエトキシシリル)-1-プロパンアミン等のシランカップリング剤が挙げられる。これらのシランカップリング剤は1種のみを使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。シランカップリング剤の添加量は、磁性粉体100質量部に対して、0.2質量部以上0.8質量部以下が好ましく、0.25質量部以上0.6質量部以下がより好ましい。0.2質量部未満ではシランカップリング剤の効果が小さく、0.8質量部を超えると、磁性粉体の凝集により、磁性粉体や成形体の磁気特性を低下させる傾向がある。
【0109】
なお、シリカ処理工程、及び/若しくは、シランカップリング処理工程を行わず、又はこれらの処理工程の後に、イソプロピルトリイソステアロイルチタネート、イソプロピルトリ(N-アミノエチル-アミノエチル)チタネート、イソプロピルトリス(ジオクチルパイロホスフェート)チタネート、テトライソプロピルビス(ジオクチルホスファイト)チタネート、テトライソプロピルチタネート、テトラブチルチタネート、テトラオクチルビス(ジトリデシルホスファイト)チタネート、イソプロピルトリオクタノイルチタネート、イソプロピルトリドデシルベンゼンスルホニルチタネート、イソプロピルトリ(ジオクチルホスフェート)チタネート、ビス(ジオクチルパイロホスフェート)エチレンチタネート、イソプロピルジメタクリルイソステアロイルチタネート、テトラ(2,2-ジアリルオキシメチル-1-ブチル)ビス(ジトリデシルホスファイト)チタネート、イソプロピルトリクミルフェニルチタネート等のチタン系カップリング剤、アセトアルコキシアルミニウムジイソプロピレートのようなアルミニウム系、ジルコニウム系、クロム系、鉄系、スズ系などのカップリング剤を用いて、磁性粉体の表面処理を行うことができる。この処理を経た粉体をボンド磁性材料とするときは、添加する樹脂との親和性が向上し、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体の孤立分散がより顕著となり、粉体間の電気絶縁がなされて、高周波領域での優れた効率や超高周波領域での優れた吸収特性が発現する場合がある。
【0110】
リン処理工程後、酸化工程後、シリカ処理工程後、またはシランカップリング処理工程後の磁性粉体は、常法により、ろ過、脱水、乾燥を行うことができる。
【実施例0111】
以下の実施例などにより、本開示を更に具体的に説明するが、本開示はこれらの実施例などにより何ら限定されるものではない。
【0112】
実施例で行った評価方法は以下のとおりである。
【0113】
(原子濃度)
被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体のコア領域と被覆部のそれぞれの厚みと原子濃度は、以下のようにして測定した。まず、得られた磁粉粉体を、カーボンコーティングしたカーボンテープ上に分散させ、カーボンコーティングした後、FIB(集束イオンビーム)にて断面出しを行って測定用断面サンプルを得た。得られたサンプルについて、STEM(日本電子社製、型番JEM-F200;加速電圧200kV)とSTEMに付随したSTEM-EDX(システム:日本電子社製、型番SD100HR、検出器:日本電子製ドライSD検出器)によって、それぞれの値を見積もった。リン化合物被覆部中の原子濃度は、リン化合物被覆磁性粉体の外部から内部に向かって0.159nmまたは0.239nmのステップでライン分析し、連続的な各構成元素の原子濃度変化を観測して、リン(P)原子濃度が1原子%以上となる範囲を測定することで求めた。この際、測定箇所によっては、断面サンプルの作製に利用した樹脂中の炭素(C)が、多く検出される箇所が発生するおそれがあるため、Cを除いた元素の合計で原子濃度を算出した。また、各領域での平均原子濃度は、上述のようにして求めたそれぞれの箇所での原子濃度の和を測定時に得た点数で除すことで算出した。
【0114】
(13~100MHzの複素比透磁率、位相角θの測定)
磁性粉体を熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂と混合した後、混練して、樹脂コンパウンドを作製した。この樹脂コンパウンドを内径3.1mm、外径8mmの金型に仕込んで、加圧力0.8GPaで成形したのち、真空中で150℃、2時間熱硬化処理してトロイダル成形体を作製した。この試料を用い、インピーダンスアナライザ(HP4291B、ヒューレットパッカード社製)により、13MHz~100MHzの周波数範囲の複素比透磁率を、1巻きインダクタ形のテストフィクスチャーより求めたインダクタンス値から評価した。
【0115】
(10GHz~0.04THzにおける複素比透磁率の測定)
磁性粉体を熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂と混合した後、混練して、樹脂コンパウンドを作製した。この樹脂コンパウンドを(1)内径3.04mm、外径7mmのトロイダル状、(2)10.67mm×4.32mmの矩形状、(3)7.11mm×3.56mmの矩形状の金型に仕込んで、加圧力0.8GPaでそれぞれ約1mmの厚さに成形した。(1)の試料を用いて、ネットワークアナライザ(N5290A、キーサイトテクノロジー社製)により、1~18GHzの周波数範囲の複素比透磁率を、同軸法により求めたSパラメーター値から評価した。さらに(2)及び(3)の試料を用い、ネットワークアナライザにより、18~26.5GHz及び26.5~40GHz(=0.04THz)の周波数範囲の複素比透磁率を、導波管法により求めたSパラメーター値から評価した。
【0116】
比較例1
硫酸鉄と硫酸ネオジムを原料とした沈殿法により、以下のようにしてリン処理されていない平均粒径約10μmのNd2Fe17N3磁性粉体を作製した。
【0117】
[Nd-Fe硫酸溶液の調製]
純水2.0kgにFeSO4・7H2O 5.0kgを混合溶解した。さらにNd2O3 0.45kgと70%硫酸0.70kgとを加えてよく攪拌し、完全に溶解させた。次に、得られた溶液に純水を加え、最終的にFe濃度が0.726mol/L、Nd濃度が0.106mol/Lとなるように調整し、Nd-Fe硫酸溶液とした。
【0118】
[沈殿工程]
温度が40℃に保たれた純水20kg中に、調製したNd-Fe硫酸溶液全量を反応開始から70分間で攪拌しながら滴下し、同時に15%アンモニア水を滴下させ、pHを7~8に調整した。これにより、Nd-Fe水酸化物を含むスラリーを得た。得られたスラリーをデカンテーションにより純水で洗浄した後、水酸化物を固液分離した。分離した水酸化物を100℃のオーブン中で10時間乾燥した。
【0119】
[酸化工程]
沈殿工程で得られた水酸化物を大気中1030℃で1時間、焼成処理した。冷却後、原料粉体として赤色のNd-Fe酸化物を得た。
【0120】
[前処理工程]
Nd-Fe酸化物100gを、嵩厚10mmとなるように鋼製容器に入れた。容器を炉内に入れ、100Paまで減圧した後、水素ガスを導入しながら、前処理温度の850℃まで昇温し、そのまま15時間保持することにより、黒色粉体の部分酸化物を得た。
【0121】
[還元工程]
前処理工程で得られた部分酸化物60gと平均粒径約6mmの金属カルシウム19.2gとを混合して炉内に入れた。炉内を真空排気した後、アルゴンガス(Arガス)を導入した。1045℃まで上昇させて、45分間保持することにより、Fe-Nd合金粒子を得た。
【0122】
[窒化工程]
引き続き、炉内温度を100℃まで冷却した後、真空排気を行い、窒素ガスを導入しながら、温度を450℃まで上昇させて、そのまま23時間保持して、磁性粒子を含む塊状生成物を得た。
【0123】
[水洗工程]
窒化工程で得られた塊状の生成物を純水3kgに投入し、30分間攪拌した。静置した後、デカンテーションにより上澄みを排水した。純水への投入、攪拌及びデカンテーションを10回繰り返した。次いで99.9%酢酸2.5gを投入して15分間攪拌した。静置した後、デカンテーションにより上澄みを排水した。純水への投入、攪拌及びデカンテーションを2回繰り返し行い、続いて脱水と乾燥後、機械的解砕処理を行うことでNd2Fe17N3磁性粉体(平均粒径約10μm)を得た。
【0124】
参考例1
比較例1で作製したNd2Fe17N3磁性粉体を用いて、以下のようにリン処理した。リン酸処理液として、85%オルトリン酸:リン酸二水素ナトリウム:モリブデン酸ナトリウム2水和物=1:6:1の質量比で混合し、純水と希塩酸でpHを2、PO4濃度を20質量%に調整したものを準備した。水洗工程で得られたNd-Fe-N系磁性粉体を、水1000g:塩化水素70gの希塩酸中で1分間攪拌して表面酸化膜や汚れ成分を除去した後、上澄み液の導電率が100μS/cm以下になるまで排水と注水を繰り返し、Nd-Fe-N系異方性磁性粉体を10質量%含むスラリーを得た。得られたスラリーを撹拌しながら、準備したリン酸処理液100gを処理槽中に全量投入した後、6質量%の塩酸を随時投入することでリン酸処理反応スラリーのpHを2.0±0.1の範囲にて制御し40分間維持した。続いて吸引濾過、脱水し、真空乾燥することでリン化合物被覆部を有するNd-Fe-N系異方性磁性粉体を得た。作製した磁性粉体全体のP含有量は0.15質量%であった。なお、比較例1、参考例1の磁性粉体については測定装置として、STEM(FEI社製、型番Talos F200X;加速電圧200kV)とSTEMに付随したSTEM-EDX(システム:FEI社製、型番SuperX、検出器:Bruker製SDD検出器)を用いて、間隔を0.184nmのステップとしたこと以外は同様の方法で、ライン分析を行った。
【0125】
実施例1~2
参考例1のリン化合物被覆部を有するNd-Fe-N系異方性磁性粉体1000gを、窒素とエアーの混合ガス(酸素濃度4%、5L/min)雰囲気下で室温から徐々に昇温し、表2に記載の最高温で8時間の熱処理を実施し、酸化処理されたNd-Fe-N系磁性粉体を得た。
【0126】
比較例1、参考例1、実施例1、2の磁性粉体表面付近を、STEM-EDXで観測した。得られたSTEM像を、それぞれ
図1A、
図2A、
図3A、
図4Aに示す。金属元素、PおよびOに関するライン分析結果を、それぞれ
図1B、
図2B、
図3B、
図4Bに示す。また、実施例1、2におけるコア領域のNdの原子濃度(atm%)ならびに第1被覆部および第2被覆部のP、Fe、Ndの原子濃度(atm%)を表1に示した。
【0127】
【0128】
図1Aにおいて、比較例1のSTEM像における灰色部はライン分析に示すようにPを含まない酸素高濃度膜であり、白色部分がコア領域である希土類-鉄-窒素系磁性粉体であり、黒色部分は磁性粉体外の部分である。
【0129】
図2A、
図3A、
図4Aにおいて、参考例1、実施例1、2のSTEM像における灰色部はライン分析に示すようにリン化合物被覆部であり、白色部分がコア領域である希土類-鉄-窒素系磁性粉体であり、黒色部分は磁性粉体外の部分である。参考例1のリン化合物被覆部の膜厚は約60nmであった。またこの被覆部においては、約40nmに亘ってコア領域よりもNdを多く含む領域が見られたが、そのNd原子濃度が36.6原子%ほどであり、コア領域のNd原子濃度の2倍を超えていた。実施例1及び2の第1被覆部の厚みは約20nmであった。この被覆部は15nmに亘ってコア領域よりもNdを多く含む第1被覆部、および第1被覆部よりFeを多く含む第2被覆部からなる。第1被覆部とコア領域との界面にはMoを1.5原子%以上含む層が存在した。実施例1及び2の第2被覆部中のNd、P濃度はいずれも9原子%未満であり、いずれも9原子%以上である第1被覆部中や、参考例1のリン化合物被覆部における濃度よりも低い。また、
図3Aのコア領域の表面から15~70nm付近および
図4Aのコア領域の表面から25~100nm付近で観察されるように、実施例1及び2では第2被覆部の外側に、P、Mo、Ndを含む第3被覆部が部分的に存在することが確認された。
【0130】
なお、
図4Cは、
図4AのSTEM写真内の白い矩形領域を拡大した画像である。
図4Dは
図4AのSTEM写真内の白い矩形領域のFe特性X線像である。
図4DのFe特性X線図により、実施例2の第1被覆部中には、第2被覆部とFeの原子濃度が同等と思われる島状のFe高濃度領域が観測された。実施例1では、このような領域は見られなかった。
【0131】
比較例1、参考例1、実施例1、2の磁性粉体を用い、前述した方法で1MHz~1GHzにおける複素比透磁率測定用試料をそれぞれ作製した(密度5.42g/cm3(参考例1)、5.55g/cm3(比較例1)、5.84g/cm3(実施例1)、5.36g/cm3(実施例2)のトロイダル成形体(樹脂添加量6質量%))。1MHz~1GHzの高周波特性の評価結果を表2に示す。100MHzでの位相角をθ1とし、13MHzでの位相角をθ2としたとき、実施例1、2のθ1/θ2が0.8以上であり、高周波において優れた効率を示している。また、実施例1、2においては1MHzでのμ’がそれぞれ5.4および4.4であり、また1GHzでのμ’が2.5および2.8であり、1MHzから1GHzの間にわたって2.5以上の透磁率を有していた。本開示の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、第1被覆部及び第2被覆部による粉体間の電気絶縁効果により、参考例1、比較例1を上回る効率を示した。
【0132】
【0133】
実施例3及び比較例2
参考例1と同様の方法でリン処理された平均粒径約4μmのNd2Fe17N3磁性粉体(比較例2)を作製した。続いて、このリン被覆磁性粉体を用い、実施例2と同様の方法で熱処理を施して酸化処理されたNd-Fe-N系磁性粉体(実施例3)を作製した。比較例2と実施例3の磁性粉体の複素比透磁率の虚数項を、前述した方法で測定した。結果を表3に示す。
なお、各試料の密度は、実施例3は5.12~5.19g/cm3(試料(1)5.14g/cm3、試料(2)5.12g/cm3、試料(3)5.19g/cm3)、比較例2は5.20~5.27g/cm3(試料(1)5.20g/cm3、試料(2)5.26g/cm3、試料(3)5.27g/cm3)であった。
【0134】
表3より、実施例3では、10GHz以上0.04THz以下の超広帯域の超高周波領域で、複素比透磁率の虚数項μ”が0.2以上という優れた超高周波吸収特性が得られた。本開示の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体は、一軸結晶磁気異方性材料とは異なる面内結晶磁気異方性材料の特徴が、第1及び第2被覆部の粉体間の電気絶縁効果によりさらに向上した。
【0135】
【0136】
本開示(1)はコア領域と、前記コア領域の外側に形成された第1被覆部と、第2被覆部とを有し、前記コア領域は、希土類R(RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、およびSmからなる群から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合はR成分全体に対してSmが50原子%未満である)、Fe、およびNを含んでおり、前記コア領域から順に、PとRを含み、Rの平均原子濃度が前記コア領域中のRの平均原子濃度より高く、かつ、Rの平均原子濃度が、前記コア領域中のRの平均原子濃度の2倍以下である前記第1被覆部と、PとRのそれぞれの平均原子濃度が前記第1被覆部のPとRのそれぞれの平均原子濃度より低く、かつFeを含む前記第2被覆部を有する、被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体である。
【0137】
本開示(2)はPの含有量が0.02質量%以上4質量%以下である、本開示(1)に記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体である。
【0138】
本開示(3)は前記第1被覆部内にFe高濃度領域を有する、本開示(1)または(2)に記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体である。
【0139】
本開示(4)は100MHzでの位相角をθ1とし、13MHzでの位相角をθ2としたとき、θ1/θ2が0.8以上である、本開示(1)または(2)に記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体である。
【0140】
本開示(5)は13MHzでの位相角θが80°以上である、本開示(1)~(4)のいずれかに記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体である。
【0141】
本開示(6)は本開示(1)~(5)のいずれかに記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体を含む、磁場増幅用磁性材料である。
【0142】
本開示(7)はさらに樹脂を含む、本開示(6)に記載の磁場増幅用磁性材料である。
【0143】
本開示(8)は無線給電に用いられる本開示(6)または(7)に記載の磁場増幅用磁性材料である。
【0144】
本開示(9)は本開示(1)~(5)のいずれかに記載の被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体を含む、超高周波吸収用磁性材料である。
【0145】
本開示(10)は希土類R(RはY、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Lu、およびSmからなる群から選択される少なくとも1種であって、Smを含む場合はR成分全体に対してSmが50原子%未満である)、Fe、およびNを含む希土類-鉄-窒素系磁性粉体、水、およびリン含有物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、希土類-鉄-窒素系磁性粉体上にリン化合物被覆部を形成するリン処理工程、および前記リン化合物被覆部を有する希土類-鉄-窒素系磁性粉体を、酸素含有雰囲気下で180℃以上350℃以下で熱処理する酸化工程を含む磁性粉体の製造方法である。
【0146】
本開示(11)は前記リン処理工程において、前記無機酸を添加して、前記スラリーのpHを1以上4.5以下に調整する本開示(10)に記載の磁性粉体の製造方法である。
本開示によれば、優れた磁場増幅特性及び超高周波吸収特性を有する被覆希土類-鉄-窒素系磁性粉体が得られる。この磁性粉体は、磁場増幅用磁性材料及び超高周波吸収用磁性材料として好適に使用することができる。この磁場増幅用磁性材料及び超高周波吸収用磁性材料は、主として動力機器や情報通信関連機器に用いられる、高周波または超高周波領域で使用されるトランス、ヘッド、インダクタ、リアクトル、コア(磁芯)、ヨーク、RFIDタグや無線給電などの高周波や超高周波を送受信する素子やアンテナに用いられる材料に使用することができる。この磁場増幅用磁性材料及び超高周波吸収用磁性材料は、また、ホール素子、磁気センサ、電流センサ、回転センサ、電子コンパスなどの磁場を介したセンサ類に用いられるマイクロ波素子、磁歪素子、磁気音響素子及び磁気記録素子などの磁性材料に使用することができる。この磁場増幅用磁性材料及び超高周波吸収用磁性材料は、さらに、電磁ノイズ吸収材料、電磁波吸収材料や磁気シールド用材料などの不要な電磁波干渉による障害を抑制する磁性材料、ノイズ除去用インダクタなどのインダクタ素子用材料、又はノイズフィルタ用材料などの高周波または超高周波領域で信号からノイズを除去する磁性材料などに使用することができる。