(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175473
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】粉末醤油及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A23L 27/50 20160101AFI20231205BHJP
【FI】
A23L27/50 111
A23L27/50 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022087924
(22)【出願日】2022-05-30
(71)【出願人】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 克美
(72)【発明者】
【氏名】岡部 弘美
(72)【発明者】
【氏名】高萩 康
【テーマコード(参考)】
4B039
【Fターム(参考)】
4B039LB08
4B039LC20
4B039LG16
4B039LR20
4B039LR21
4B039LR30
(57)【要約】
【課題】粉末醤油は、加熱固結性及び吸湿固結性を有するという問題がある。本発明は、十分な耐加熱固結性及び耐吸湿固結性を有する粉末醤油を提供することを課題とする。
【解決手段】醤油粕を含有するとともに、アスペクト比の平均値が0.85~1である、粉末醤油によって上記課題を解決した。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
醤油粕を含有するとともに、アスペクト比の平均値が0.85~1である、粉末醤油。
【請求項2】
前記粉末醤油に対し前記醤油粕を固形分で6.0~50質量%含有する、請求項1に記載の粉末醤油。
【請求項3】
醤油粕を添加した液体醤油を乾燥粉末化させて得られる、請求項1または2に記載の粉末醤油。
【請求項4】
液体醤油に醤油粕を添加した後、前記液体醤油を乾燥粉末化処理する工程を含む、粉末醤油の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粉末醤油及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
醤油は、従来、主に液体の形態で使用されていたが、近年、複数種類の粉末醤油が開発され、市販されている。粉末醤油の用途としては、従来はインスタントラーメンのスープのベース等に使用されていたが、現在では、粉末調味料、冷凍食品または加工肉等の分野に拡大している。市販の粉末醤油は主に、液体醤油をスプレードライなどの乾燥粉末化処理を行うことにより製造される。
【0003】
粉末醤油は、加熱により、粉末醤油に含まれる糖とアミノ酸によるメイラード反応が進行して水分が発生することで固結してしまう、いわゆる加熱固結性を有するという問題がある。また、粉末醤油には、食塩、糖、アミノ酸などの吸湿を起こしやすい成分が多く含まれているため、空気中の水分を吸湿することで固結してしまう、いわゆる吸湿固結性を有するという問題がある。
【0004】
粉末醤油における上記固結性(加熱固結性、吸湿固結性)を改善するために様々な技術が提案されている。例えば、マルトデキストリンのような分子量の大きい炭水化物を添加して粉末のガラス転移温度(Tg)を上昇させ、吸湿性を減少させる手段等が採用されている(非特許文献1~3参照)。また、醤油に低分子化アルギン酸カリウム、ゼラチン、デキストリン、あるいはコーンスターチなどの吸湿、固結防止剤を添加し粉末化する方法も知られている(例えば、特許文献1~5参照)。
【0005】
一方、食塩を含む調味食品やオニオンなどの吸水性が高い粉末状のスパイス組成物に小麦やコーンのファイバーを添加混合することで吸湿による固結を防止する方法が知られている(特許文献6参照)。
【0006】
また、乾燥粉砕した醸造醤油粕に醤油を吸着させ、これを乾燥、粉砕若しくは顆粒化して得られる粉末醤油が開示されている(特許文献7参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011-244711号公報
【特許文献2】特公昭46-28839号公報
【特許文献3】特許第2767679号公報
【特許文献4】特許第3441219号公報
【特許文献5】特開2001-037440号公報
【特許文献6】特開平5-84048号公報
【特許文献7】特開昭53-127898号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Sablani,S.S.,Shrestha,A.K,Bhandari,B.R.(2008).Journal of food Engineering,87,416-421.
【非特許文献2】Cai,Y.Z.,Corke,H.(2000).Journal of Food Science,65,1248-1252.
【非特許文献3】Ersus,S.,Yurdagel,U.(2007).Journal of Food Engineering,80,805-812.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、非特許文献1~3に記載のマルトデキストリンは、その非結晶の性質により、高い相対湿度の環境にさらされると吸湿性及び粘着性が高まるという問題があり、粉末醤油の耐固結性を向上させるのに十分ではなかった。
【0010】
また、醤油に低分子化アルギン酸カリウム、ゼラチン、デキストリン、あるいはコーンスターチなどを添加して製造した特許文献1~5に記載の粉末醤油に関しても、耐固結性を十分に向上させることはできなかった。
【0011】
一方、吸湿性が高い粉末状の食塩含有組成物に穀物のファイバーを添加することで固結を防止する特許文献6に記載の方法においては、粉末醤油に関する記載はなく、粉末状のスパイス組成物の固結防止に関する技術である。
【0012】
また、乾燥粉砕した醸造醤油粕に醤油を吸着させる工程を経て製造された特許文献7に記載の粉末醤油は、乾燥前に材料がダマとなってしまい、均一に混合するためには、少量ずつ撹拌処理することが必要であり、製造に手間と時間が必要であるため、事業規模で実施することは不適切であることが分かった。さらに、乾燥粉末化処理をして、粉末醤油とする場合、粒子が不定形であるため下記で説明する本発明の粉末醤油のアスペクト比を示すことができず、加熱固結性を改善するには至っていない。
【0013】
そこで、本発明は、十分な耐加熱固結性および耐吸湿固結性を有する粉末醤油及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、醤油粕を含有するとともに、特定範囲の平均アスペクト比を有する粉末醤油によれば、上記課題を解決できることを見出し、かかる知見に基づいて本発明を完成させた。
【0015】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]醤油粕を含有するとともに、アスペクト比の平均値が0.85~1である、粉末醤油。
[2]前記粉末醤油に対し前記醤油粕を固形分で6.0~50質量%含有する、前記[1]に記載の粉末醤油。
[3]醤油粕を添加した液体醤油を乾燥粉末化させて得られる、前記[1]または[2]に記載の粉末醤油。
[4]液体醤油に醤油粕を添加した後、前記液体醤油を乾燥粉末化処理する工程を含む、粉末醤油の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、十分な耐加熱固結性および耐吸湿固結性を有する粉末醤油及びその製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、実験例1にて評価した粉末醤油の加熱固化試験における固結強度を示すグラフである。
【
図2】
図2は、実験例1にて評価した粉末醤油の吸湿固化試験における固結強度を示すグラフである。
【
図3】
図3は、実験例1等において、液体醤油に粉末醤油粕を添加後スプレードライにより製造した粉末醤油(試験例4)の顕微鏡写真(100倍)である。
【
図4】
図4は、実験例3において、粉末醤油粕に粉末醤油を添加した粉末醤油(試験例13)の顕微鏡写真(100倍)である。
【
図5】
図5は、実験例3において、粉末醤油粕に液体醤油を添加して製造した粉末醤油(試験例14)の顕微鏡写真(100倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、この発明の構成及び好ましい形態について更に詳しく説明する。なお、本明細書において、範囲を示す「A~B」は、「A以上B以下」を意味する。また、本明細書において、「重量」と「質量」、及び「重量%」と「質量%」は、それぞれ同義語として扱う。
【0019】
<粉末醤油>
本発明の一実施形態の粉末醤油は、醤油粕を含有するとともに、アスペクト比の平均値が0.85~1である。本実施形態の粉末醤油は、醤油粕を含有することによって、顕著に良好な耐加熱固結性および耐吸湿固結性(以下、まとめて耐固結性ともいう)が得られることを見出したことに基づくものである。
【0020】
本実施形態の粉末醤油が、醤油粕を含有することによって、耐固結性が良好となる理由は明らかではないが、以下のように推測される。すなわち、粉末醤油に含まれる醤油粕が醤油成分と一体となって、粉末醤油としての粒子を形成し、醤油粕中の不溶性の繊維、タンパク質が、優先的に吸湿する、及び、加熱の影響を減少させることで、粉末醤油の耐固結性を向上させるものと推測される。より詳しくは、醤油粕が醤油成分と一体となって粉末醤油としての粒子が形成されるが、アスペクト比の高い球状粒子の場合、その中心には、特に醤油粕が多く存在することになる。そして、空気中の水分量や、加熱によりメイラード反応等が早く進むことで発生する水分量が多くなると、粒子の中心に多く存在する醤油粕に水分が先に吸収されることで、粒子表面の醤油成分への水分子の影響を遅くすることができる。一方、醤油粕を含有しない場合は、すぐ醤油成分に水分子が吸着し、溶解させてしまうため、粉末醤油の固結が始まるものと考えられる。なお、本発明は上記作用機序を有するものに限定されるものではない。
【0021】
(醤油粕)
醤油粕は、よく知られているように、濃口醤油、低食塩醤油、薄口醤油、たまり醤油、再仕込醤油、白醤油等の醤油製造工程において主原料である大豆等を麹菌などで発酵した後に醤油を搾り取った後の残り粕である。
本発明において、醤油粕は粉末醤油粕の形態で用いるのが好ましい。以下、本発明で使用する醤油粕を粉末醤油粕の形態として説明するが、本発明は下記の粉末醤油粕の形態に制限されるものではない。
粉末醤油粕は、例えば次の工程(1)~(4)を順次行うことにより得ることができる。
(1)一般的な醤油の製造法に基づき、蒸煮した脱脂大豆と割砕した入り小麦の混合物に醤油麹を添加し醤油麹を作製する。
(2)次いで、常法により醤油麹と食塩水を混合して発酵・熟成させることにより醤油諸味を製造する。
(3)この醤油諸味をろ布に充填し、ろ布を圧搾して得られた液体が醤油であるが、このとき、ろ布に残存した固形物が醤油粕である。
(4)この醤油粕を水分14質量%以下、好ましくは3~8質量%となるまで乾燥した後、粉砕することにより粉末醤油粕が得られる。醤油粕の乾燥や粉砕の方法は特に制限されず、従来公知の方法を任意に採用できる。例えば、醤油粕の乾燥は一般的な市販の乾燥機で乾燥することができ、また醤油粕の粉砕も市販の業務用大型粉砕機等を用いて行うことができる。業務用大型粉砕機としては、例えば、高速粉砕機(仲田農機社製 高速粉砕機HS-30)等を用いることができる。
【0022】
粉末醤油粕は、醤油粕由来の食物繊維を含むことが好ましい。醤油粕由来の食物繊維としては、セルロース、リグニン等が挙げられる。
【0023】
粉末醤油粕は1質量%以上の食物繊維を含むことが好ましく、5質量%以上の食物繊維を含むことがより好ましく、15質量%以上の食物繊維を含むことがさらに好ましく、25質量%以上の食物繊維を含むことが特に好ましい。食物繊維の含有量が上記範囲であることにより、より良好な耐固結効果が得られる。食物繊維の含有量の上限は特に制限されないが、例えば45質量%以下である。
【0024】
粉末醤油粕は食物繊維の他に、水分、灰分、タンパク質、脂質、炭水化物、塩分、その他の成分を含んでもよい。
【0025】
粉末醤油粕における灰分は、例えば3~20質量%である。灰分とは食品を高温で灰化し、有機物及び水分を除いた残留物の量を意味し、例えば、カリウム、ナトリウム、及び鉄などのミネラル等が挙げられる。
【0026】
粉末醤油粕におけるタンパク質は、例えば20~60質量%であり、20~45質量%であってよい。
【0027】
粉末醤油粕における脂質は、例えば2~22質量%であり、2~15質量%であってよい。
【0028】
粉末醤油粕における炭水化物(食物繊維を含む)は、例えば10~40質量%である。炭水化物(食物繊維を含む)としては、例えば、セルロース、リグニン等が挙げられる。
【0029】
粉末醤油粕における塩分は、例えば2~25質量%であり、5~25質量%であってよい。
【0030】
粉末醤油粕は、耐固結性を向上させる効果の他に、賦形剤としての作用も有する。したがって、粉末醤油粕は、本発明の粉末醤油に含まれる賦形剤中、25~100質量%を占めることが好ましく、75~100質量%を占めることがさらに好ましい。なお、粉末醤油粕は、本発明の粉末醤油に含まれる賦形剤中、100質量%を占めることができる。
粉末醤油粕以外の賦形剤としては、例えば、一般的にスプレードライを行う際に使用される各種澱粉、酸化澱粉のような化工澱粉、デキストリン等を使用することができる。
【0031】
また、粉末醤油粕は、本実施形態の粉末醤油に対し、固形分で、6.0質量%以上含有するのが好ましく、10質量%以上含有するのがより好ましく、15質量%以上含有するのがさらに好ましく、20質量%以上含有するのが特に好ましい。実施形態の粉末醤油が粉末醤油粕を上記のように含有することにより、より良好な耐固結効果が得られる。
【0032】
また、粉末醤油粕は、本実施形態の粉末醤油に対し、固形分で、50質量%以下含有するのが好ましく、35質量%以下含有するのがより好ましく、25質量%以下含有するのがさらに好ましい。本実施形態の粉末醤油が粉末醤油粕を上記のように含有することにより、醤油の風味を損なうことなく、良好な耐固結効果が得られる。なお、粉末醤油に含まれる賦形剤の量が50質量%を超えると耐固結性は非常に優れているが、醤油の風味が徐々に弱くなり、58質量%を超えると醤油の風味がさらに弱くなる。
【0033】
また、粉末醤油粕は、本実施形態の粉末醤油に対し、固形分で、6.0~50質量%含有するのが好ましく、10~35質量%含有するのがより好ましく、15~25質量%含有するのが特に好ましい。
【0034】
粉末醤油粕は、特に制限されないが、例えば、粉末粒子の80質量%は15~112μmに分布し、メディアン径が40~120μmであるものを用いることができる。メディアン径は、レーザー回折・散乱法によって求めた粒度分布における積算値50%での粒径(D50)を意味し、例えば、日機装株式会社製のレーザー回折・散乱式粒度分析計MT-3000を用いて測定できる。
【0035】
また、本実施形態の粉末醤油は、粉末醤油に含まれる粉末醤油粕が醤油成分と一体となって、粉末醤油としての粒子を形成し、醤油粕中の不溶性の繊維、タンパク質が、優先的に吸湿する、及び/または、加熱の影響を減少させると考えられ、粉末醤油の吸湿が抑制され、粉末醤油の耐固結性が顕著に向上すると推測される。そのため、本実施形態の粉末醤油の粒子のアスペクト比は、特定の範囲である必要があり、当該アスペクト比の平均値としては、0.85~1であり、好ましくは0.90~1であり、より好ましくは0.95~1であり、さらに好ましくは0.97~1である。粉末醤油の粒子のアスペクト比は、当該粒子の短軸径(幅)/長軸径(長さ)を意味し、平均アスペクト比は次の方法により測定される。
粉末醤油を、顕微鏡を用いて任意の領域を観察、撮影した写真から50個の粒子を任意に選び出す。選び出した50個の粒子について、ノギス等で当該粒子の短軸径(幅)、長軸径(長さ)を測定し、粉末醤油の粒子のアスペクト比を算出する。そして、それら50個の粒子のアスペクト比の平均を求め、これを当該粉末醤油の粒子のアスペクト比の平均値とする。
【0036】
<粉末醤油の製造方法>
本発明の一実施形態の粉末醤油の製造方法は、液体醤油に醤油粕、例えば粉末醤油粕を添加した後、前記液体醤油を乾燥粉末化処理する工程を含む。
【0037】
本実施形態の粉末醤油の製造方法は、液体醤油に粉末醤油粕を添加した後に乾燥粉末化処理することにより、乾燥粉末化処理後に上記粉末醤油粕を添加する場合と比較して、粉末醤油の耐固結性が顕著に向上することを見出したことに基づくものである。
【0038】
上記理由は明らかではないが、粉末醤油に含まれる粉末醤油粕が醤油成分と一体となって粉末醤油としての粒子を形成することに起因すると考えられる。すなわち、粉末醤油粕が含有する、醤油粕が醤油成分と一体となって粉末醤油としての粒子を形成することにより、粉末醤油の吸湿が抑制されるためであると推測される。より詳しくは、液体醤油に粉末醤油粕を添加した後に乾燥粉末化処理すると、醤油粕が醤油成分と一体となって粉末醤油としての粒子が形成されるが、アスペクト比の高い球状粒子の場合、その中心に醤油粕が多く存在することになる。そして、空気中の水分量や、加熱によりメイラード反応等が早く進むことで発生する水分量が多くなると、粒子の中心に多く存在する醤油粕に水分が先に吸収されることで、粒子表面の醤油成分への水分子の影響を遅くすることができるため、粉末醤油の耐固結性が向上すると推測される。なお、本発明は上記作用機序を有するものに限定されるものではない。
【0039】
液体醤油としては、特に制限されず、例えば、濃口醤油、低食塩醤油、薄口醤油、たまり醤油、再仕込醤油及び白醤油等が挙げられる。また、例えば、製造途中の醤油、生醤油及び生揚げ醤油等が挙げられる。
【0040】
液体醤油は、よく知られているように、蛋白質含有原料として蒸煮大豆と炒熬割砕小麦を混和し、これに醤油用種麹菌を接種、培養して醤油麹を調製し、これに適当量の食塩水を加えて諸味 を調製し、一定期間発酵、熟成させて熟成諸味を調製し、最後に圧搾、濾過、火入れ(殺菌)、清澄して製造される。
【0041】
また、低食塩醤油の製造法としては、例えば、腐敗を避けることのできる限界の低濃度の食塩水を用いる方法、仕込み水にアルコールを併用して腐敗の防止を計り、より低濃度の食塩水を用いる方法、通常の方法で得られた食塩濃度15~18質量%の醤油を電気透析または膜処理等により脱塩し、低食塩醤油を製造する方法、醤油中の食塩の一部を塩化カリウム(KCl)で置換する方法(特公昭38-6582号公報、特開昭56-68372号公報、特開2006-87328号公報)、並びに醤油中の香気成分及び呈味成分の含有量を特定範囲とする製造方法(国際公開第2011/034049号)が挙げられる。
【0042】
乾燥粉末化処理は、例えば、スプレードライ法、ドラムドライ法、フリーズドライ法など、当分野において通常用いられている方法により行うことができる。なかでもスプレードライ法が好ましい。
スプレードライ法を用いる場合、水不溶性の醤油粕粉末に液体醤油が吸収されるとともに、液体醤油が醤油粕粉末の表面に纏わりつき、表面張力により円形粒状になり、そのまま乾燥される。そのため、得られる粉末醤油の粒子がより球状に近くなり、上記アスペクト比が実現される。
【0043】
スプレードライに用いる装置としては、例えば、加圧ノズル式スプレードライヤー、二流体ノズル式スプレードライヤー、回転円盤(ディスクアトマイザー)式スプレードライヤー、噴霧乾燥・造粒兼用乾燥機等が挙げられる。スプレードライの条件は、通常の液体醤油のスプレードライ条件と変わるところはなく、適宜決定する。具体的には、例えば、ノズル方式の実機では、吸気(入口)温度150~230℃、出口温度85~130℃、フィード量500~2000リットル/時間の条件で粉末化することが好ましい。
【0044】
本実施形態の粉末醤油の製造方法において、乾燥粉末化処理する工程を行う以外は、一般の醤油の製造方法における各工程(例えば、醤油麹の調製(製麹)工程、醤油諸味の調製(醤油麹と食塩水の混和)工程、醤油諸味の発酵・熟成工程、圧搾工程等)及び条件に従って行えばよい。
【0045】
本実施形態の粉末醤油の耐加熱固結性は、加熱後のサンプルの固結強度により評価できる。また、本実施形態の粉末醤油の耐吸湿固結性は、高湿度環境下で保存したサンプルの固結強度により評価できる。ここで固結強度とは、粉末醤油の固結しにくさの指標となる粉体の強度をいい、所定の処理を行った後、レオメーター(クリープメーター)を用いて特定条件下で測定した破断荷重(破断強度)で表すことができる。固結強度は数値が低いほど粉体が保存中に固結しにくい、すなわち耐固結性に優れることを意味する。
【0046】
具体的には、本実施形態の粉末醤油は、加熱固化処理(温度80℃、相対湿度30%に調整した雰囲気下で3時間保存)後、または吸湿固化処理(温度30℃、相対湿度80%に調整した雰囲気下で3時間保存)後、直径1mmの円筒形プランジャーを用い、測定速度1mm/秒、歪率50%の条件で、レオメーターで測定された破断強度(最大荷重)が、200g/mm2以下が好ましく、120g/mm2以下がより好ましく、50g/mm2以下がとくに好ましい。
【実施例0047】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、以下において、各成分の含有比率を表す「%」とは、特段の記載の無い限り質量基準である。
【0048】
実験例1
<粉末醤油粕の製造>
濃口醤油製造時に得られる醤油粕を用いて、粉末醤油粕を製造した。
具体的には、一般的な濃口醤油の製造法に基づき、蒸煮した脱脂大豆と割砕した入り小麦の混合物に醤油麹を添加し醤油麹を作製した。
次いで、常法により醤油麹と食塩水を混合して発酵・熟成させることにより醤油諸味を製造した。
醤油諸味から醤油を製造する場合、醤油諸味をろ布に充填しろ布を圧搾して得られた液体が醤油であるが、このときろ布に残存した固形物が醤油粕である。
この醤油粕を水分4.0%以下となるまで乾燥した後、高速粉砕機(日本精機製作所 Retsch ZM1)で粉砕し、粉末醤油粕を製造した。
【0049】
<粉末醤油の製造>
別途前記粉末醤油粕の製造法と同様の製造法により得られた液体状の濃口醤油に賦形剤を添加して、試験例1~6及び比較例の粉末醤油を製造した。
具体的には、液体醤油(濃口醤油、食塩濃度16%(w/v))100mlに、酸化澱粉及び/又は粉末醤油粕を含む賦形剤を10g~40g(w/v)となるように添加し、85℃に加温して撹拌しながら溶解・懸濁させた。賦形剤である酸化澱粉と粉末醤油粕の配合割合は、前者:後者の質量比として、(1)10:0、(2)2.5:7.5、(3)5:5、(4)7.5:2.5、(5)0:10のいずれかとした。
次に、各溶液をモービルマイナー型スプレードライヤー(TM-2000Model-A;NIRO JAPAN社製)にて入口温度150~160℃、出口温度90~95℃の条件で噴霧乾燥(スプレードライ)し、試験例1~6及び比較例の粉末醤油を得た。
なお、比較例の醤油粕を配合しない粉末醤油は、液体醤油に酸化澱粉を10%(w/v)添加した混合液を、スプレードライ法にて直接噴霧乾燥して製造した。
【0050】
<試験サンプルの調製>
上記で得られた各粉末醤油(比較例、試験例)をシャーレ(直径35mm,深さ10mm)に塗布し、ヘラですり切り表面を平らにして、評価用の試験サンプルを作製した。
【0051】
<試験方法>
・加熱固化試験:前記試験サンプルを、温度80℃、相対湿度30%に調整した雰囲気下で3時間保存することにより、加熱固化試験を行った。
・吸湿固化試験:前記試験サンプルを、温度30℃、相対湿度80%に調整した雰囲気下で3時間保存することにより、吸湿固化試験を行った。
【0052】
(固結強度)
耐固結性の評価方法の一つとして、粉末醤油の加熱固化試験後及び吸湿固化試験後の固結強度(破断強度)を測定した。
具体的には、固結強度は上記各保存条件を経た試験サンプルについて、レオメーター(RHEONER II CREEP METER RE2-33005;山電社製)を用い、ロードセル:2kgf用、プランジャー:接触面直径1mmの円筒形、測定速度:1mm/sec、測定歪率:50%の条件で、破断強度(最大破断荷重:g/mm2)を測定し、15検体の平均値(5か所/1枚のシャーレ×3枚)を求めた。
また、固結強度の評価は以下の指標で行った。
◎:50g/mm2以下
〇:50g/mm2超120g/mm2以下
△:120g/mm2超200g/mm2以下
×:200g/mm2超
△評価以上が合格である。
【0053】
(アスペクト比の平均値)
得られた粉末醤油のアスペクト比の平均値を次のようにして求めた。
各粉末醤油を、顕微鏡を用いて任意の領域を観察、撮影した写真から50個の粒子を任意に選び出し、選び出した50個の粒子について、ノギスで当該粒子の短軸径(幅)、長軸径(長さ)を測定し、粉末醤油の粒子のアスペクト比を算出した。そして、それら50個の粒子のアスペクト比の平均を求め、これを当該粉末醤油の粒子のアスペクト比の平均値とした。
【0054】
結果を表1、2、及び
図1、2に示す。なお
図1は、表1に示された固結強度(加熱固化試験)のグラフであり、
図2は、表2に示された固結強度(吸湿固化試験)のグラフである。なお、表1、2において粉末醤油のアスペクト比が「0.85~1」であるとは、粉末醤油のアスペクト比の平均値が、0.85~1の範囲内にあることを意味する。
【0055】
(表面状態及び内部状態の観察)
別の耐固結性の評価方法として、粉末醤油の製造開発に従事し、専門知識を有する担当者にて、固結強度は上記各保存条件を経た試験サンプルについて、その表面状態及び内部状態を目視にて観察することにより行った。なお、上記評価は、評価する前にそれぞれの評価についてのすり合わせを行い、評価の平準化を図った。
上記評価は以下の指標で行った。
[粉の状態]
◎:表面から内部まで粉状でさらさらしている(上記保存を行う前とほぼ同等)
〇:表面は粉状でややしっとりしている、内部は粉状だが流動性が若干悪い
△:表面はやや硬いが、内部はしっとりしているが流動性が悪い
×:表面は固く、内部はやや硬いか粉状ではなく、しっとりしている
〇評価以上が合格である。
【0056】
(参考:醤油の風味)
参考試験として、各粉末醤油の醤油風味を評価した。具体的には、粉末醤油においても醤油の風味を十分感じることが必要であることから、醤油風味の強さに関して、粉末醤油の製造開発に従事し、専門知識を有する担当者にて、上記各保存条件を経た試験サンプルを試食し、醤油風味の有無について、以下の指標で評価した。
◎:強い醤油風味がある。
〇:醤油風味がある。
△:醤油風味がやや弱い。
×:醤油風味が弱い。
結果を表1、2に示す。
【0057】
【0058】
【0059】
加熱固化試験の結果から、粉末醤油中の醤油粕含有量として、5%以上配合した場合に良好な耐固結性が得られ、11%以上配合した場合により良好な耐固結性が得られた。また、液体醤油中に粉末醤油粕を25%以上混合することで良好な耐固結性が得られ、50%以上混合することでより良好な耐固結性が得られた。
また、吸湿固化試験の結果から、粉末醤油中の醤油粕含有量として、5%以上配合した場合、良好な耐固結性が得られた。また、液体醤油中に粉末醤油粕を25%以上混合することで良好な耐固結性が得られた。
【0060】
実験例2
醤油粕のみを賦形剤とした場合について試験を実施した。
(粉末醤油の製造)
実験例1で得た液体醤油に、実験例1で得た粉末醤油粕を表3、4に記載のように、液体醤油における賦形剤含量として1%~60%となるように、粉末醤油中では3%~62%となるように添加して、実験例1で示したスプレードライ法により粉末醤油を得た。
試験サンプルの調製及び試験方法並びに評価は実験例1と同様に実施した。
結果を表3、4に示す。なお、試験例4、5は、それぞれ実験例1の試験例4、5と同一である。また、表3、4において粉末醤油のアスペクト比が「0.85~1」であるとは、粉末醤油のアスペクト比の平均値が、0.85~1の範囲内にあることを意味する。
【0061】
【0062】
【0063】
加熱固化試験及び吸湿固化試験について、液体醤油中に粉末醤油粕を1%(粉末醤油中では3%)以上含まれるように配合して、スプレードライにより製造した粉末醤油の固結強度は良好であった。
なお、液体醤油に40%以上(粉末醤油中では52%以上)となるように配合すると、醤油風味が弱くなり、60%以上(粉末醤油中では62%以上)配合するとさらに弱くなった。
【0064】
実験例3
粉末醤油粕の添加時期による耐固結性について調べた。
【0065】
[液体醤油に醤油粕粉末を添加後スプレードライにより製造した粉末醤油]
実験例1の試験例4の粉末醤油を用いた。
【0066】
[粉末醤油粕に粉末醤油を添加して製造した粉末醤油]
賦形剤無添加の濃口醤油をスプレードライ法で粉化し得られた粉末醤油に、実験例1で得た粉末醤油粕を21.5%添加した粉末醤油を用いた(試験例13)。
【0067】
[粉末醤油粕に液体醤油を添加して製造した粉末醤油]
60℃保温した1Lのステンレス容器内の粉末醤油粕0.2kg(実験例1で製造した粉末醤油粕)に、液体醤油500mLを撹拌しながら徐々に添加することで、粉末醤油粕と液体醤油の混合物を得た。この混合物を80℃で1時間乾燥してから、高速粉砕機(日本精機製作所 Retsch ZM1)で粉砕し、粉末醤油粕に液体醤油を添加した粉末醤油を得た(試験例14)。得られた粉末醤油の水分含有量は8%であった。
【0068】
試験サンプルの調製及び試験方法並びに評価は実験例1と同様に実施した。
結果を表5、6に示す。なお、
図3に試験例4の粉末醤油、
図4に試験例13の粉末醤油、
図5に試験例14の粉末醤油の顕微鏡写真をそれぞれ示す。
【0069】
【0070】
【0071】
試験例13、14では、加熱固化試験では粉表面の流動性が悪く、また、吸湿固化試験では、試験サンプルがクリーム状となりレオメーターによる固結強度は測定できず、両試験において良好な耐固結性が得られなかった。
耐固結性を向上するためには、粉化前の液体醤油中に醤油粕を添加し、その後に粉化する必要が示された。
なお、
図3~5に示した写真のように、試験例4(
図3)の粉末醤油は、円形粒状の粒子となり、長軸径と短軸径の長さを正確に測定することができるが、試験例13(
図4)と試験例14(
図5)の粉末醤油は、不定形の粒子が存在し、アスペクト比を測定することはできなかった。すなわち、醤油粕が醤油成分と一体となって円形粒状になることが固結安定性に寄与していると考えられる。
【0072】
実験例4
醤油粕の種類の違いによる耐固結性の効果を確認した。
【0073】
(醤油粕の製造法)
各種醤油粕は、一般的な醤油の製造法に従って製造した醤油諸味をろ布にてろ過後、ろ布に残存した醤油粕を、80℃、1時間乾燥させて製造した。
【0074】
[脱脂大豆を原料とした醤油の濃口醤油の醤油粕]
蒸煮した市販の脱脂大豆1.8kgと割砕炒り小麦1.8kgの混合物に、醤油麹菌を加えて、醤油麹を作製した後、食塩水1.6kg、水8Lと混合し、6か月間発酵・熟成させた諸味をろ布にてろ過後、ろ布に残存した醤油粕を乾燥して製造した(試験例4)。
【0075】
[薄口醤油製造時の醤油粕]
蒸煮した市販の丸大豆1.8kgと割砕炒り小麦1.8kgの混合物に、醤油麹を加えて、醤油麹を作製した後、食塩水1.6kg、水8Lと混合し、6か月間発酵・熟成させた醤油諸味に甘酒を適量加えてからろ布にてろ過後、ろ布に残存した醤油粕を乾燥して製造した(試験例15)。
【0076】
[丸大豆を用いた濃口醤油の醤油粕]
蒸煮した市販の丸大豆1.8kgと割砕炒り小麦1.8kgの混合物に、醤油麹菌を加えて、醤油麹を作製した後、食塩水1.6kg、水8Lと混合し、6か月間発酵・熟成させた醤油諸味をろ布にてろ過後、ろ布に残存した醤油粕を乾燥して製造した(試験例16)。
(粉末醤油の製造法)
各種醤油諸味をろ布にてろ過した後の醤油粕を、80℃で1時間、水分4.0%以下となるまで乾燥後、高速粉砕機(機種名:日本精機製作所 Retsch ZM1)で粉砕して、各種醤油粕由来の粉末醤油粕を製造した。
液体濃口醤油に各種の醤油粕を10%(w/w)を加えスプレードライ法により、各種醤油粕由来の粉末醤油を製造した。
試験サンプルの調製及び試験方法並びに評価は実験例1と同様に実施した。
結果を表7、8に示す。なお、比較例及び試験例4は、それぞれ実験例1の比較例及び試験例4と同一である。
【0077】
【0078】
【0079】
試験例4、15、16は、吸湿固化試験、加熱固化試験、粉の状態、醤油の風味の試験結果がすべて良好であった。したがって、醤油粕の種類に関わらず十分な耐固結効果が確認された。
【0080】
以上、図面を参照しながら各種の実施の形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。また、発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上記実施の形態における各構成要素を任意に組み合わせてもよい。