(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175783
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】ナノファイバーを用いた細胞培養
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20231205BHJP
C12N 5/0775 20100101ALI20231205BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N5/0775
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023147808
(22)【出願日】2023-09-12
(62)【分割の表示】P 2019509429の分割
【原出願日】2018-03-30
(31)【優先権主張番号】P 2017068377
(32)【優先日】2017-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017174237
(32)【優先日】2017-09-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(72)【発明者】
【氏名】金木 達朗
(72)【発明者】
【氏名】木田 克彦
(72)【発明者】
【氏名】林 寿人
(72)【発明者】
【氏名】南 昌孝
(57)【要約】 (修正有)
【課題】非凍結条件下で、接着性の細胞を良好な状態を維持しつつ、大量に輸送する技術、また、撹拌時のマイクロキャリアの衝突による細胞死、継代時におけるタンパク質分解酵素処理による細胞のダメージ、マイクロキャリア上の細胞を移植に供する際に要する煩雑な細胞処理等の課題を解決し得るキャリアを提供する。
【解決手段】非水溶性多糖類からなるナノファイバー、好適にはキチン又はキトサンナノファイバーを含む、細胞のキャリアであって、接着性細胞のi)浮遊培養、ii)分化誘導、iii)非凍結条件下での輸送や保存、iv)移植、v)培養上清からの生理活性物質の回収等の種々の操作における共通のキャリアとなり得る、キャリア;当該キャリアを用いた、接着性細胞のi)浮遊培養、ii)分化誘導、iii)非凍結条件下での輸送や保存、iv)移植、v)培養上清からの生理活性物質の回収から選択される複数の操作の、連続的な実施を提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非水溶性多糖類からなるナノファイバーを含む、接着性細胞を、以下の(1)~(3)からなる群から選択される2以上の処理に連続的に供するためのキャリア:
(1)浮遊培養、
(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送、並びに
(3)移植。
【請求項2】
浮遊培養が、接着性細胞の維持又は増殖、接着性細胞の分化誘導、及び/又は接着性細胞による液性因子生産のためのものである、請求項1に記載のキャリア。
【請求項3】
接着性細胞を、(1)~(3)の処理に連続的に供するためのものである、請求項1又は2に記載のキャリア。
【請求項4】
接着性細胞が、幹細胞又は前駆細胞である、請求項1~3のいずれか1項に記載のキャリア。
【請求項5】
接着性細胞が、間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞である、請求項1~3のいずれか1項に記載のキャリア。
【請求項6】
非水溶性多糖類が、キチン又はキトサンである、請求項1~5のいずれか1項に記載のキャリア。
【請求項7】
接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、以下の(1)~(3)からなる群から選択される2以上の処理に連続的に供することを含む、接着性細胞の処理方法:
(1)浮遊培養、
(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送、並びに
(3)移植。
【請求項8】
浮遊培養が、接着性細胞の維持又は増殖、接着性細胞の分化誘導、及び/又は接着性細胞による液性因子生産のためのものである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
接着性細胞を、(1)~(3)の処理に連続的に供する、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
接着性細胞が、幹細胞又は前駆細胞である、請求項7~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
接着性細胞が、間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞である、請求項7~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
非水溶性多糖類が、キチン又はキトサンである、請求項7~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞を、該非水溶性多糖類の分解酵素で処理することにより該ナノファイバーを分解し、該接着性細胞を該ナノファイバーから剥離し、該接着性細胞を回収することを更に含む、請求項7~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞を、該非水溶性多糖類の分解酵素で処理することにより該ナノファイバーを分解し、該接着性細胞を該ナノファイバーから剥離することを含む、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞から該接着性細胞を回収する方法。
【請求項15】
非水溶性多糖類が、キチン又はキトサンである、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
分解酵素が、キチナーゼ、キトビアーゼ、キトサナーゼ又はβ-1,3-グルカナーゼである、請求項15に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の培養、保存、輸送又は移植における、非水溶性多糖類からなるナノファイバーのキャリアとしての使用に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療の分野では、iPS細胞やES細胞等の多能性幹細胞を培養して目的の臓器細胞様への分化を誘導し、得られた細胞を移植する研究が盛んである。しかしながらES細胞の樹立には倫理的な問題があり、iPS細胞においては癌化リスクが課題となっている。またiPS細胞からの目的臓器を構成する細胞への分化については、最終的な分化誘導度が低い場合があることや、高分化した細胞を得るために長期間の培養が必要な場合があることが報告されており、コスト面での課題が浮き彫りになっている。そのような課題を受けて、癌化リスクが低い間葉系幹細胞や神経幹細胞などの体性幹細胞や、分化誘導期間を短縮出来る前駆脂肪細胞や前駆心筋細胞などの前駆細胞が再び注目されている。特に、脂肪や軟骨などに分化しやすい性質を有する間葉系幹細胞や前駆脂肪細胞は、入手しやすい利点もあることから、様々な研究に用いられている。
【0003】
更に、体性幹細胞や前駆細胞の他に、組織から直接分取した初代培養細胞を用いるニーズは高い。例えばヒト肝臓から調製した初代肝細胞は、分取後に細胞用プレートに播種して輸送したり、凍結細胞としてストックしたりし、その細胞を用いて試験を実施することで、医薬品の薬物代謝研究に大きく寄与している。また癌患者から分離した癌組織を酵素処理で消化して調製した初代がん細胞も、癌研究のみならず、抗癌剤感受性試験等に用いられ、大きなニーズが存在する。
【0004】
間葉系幹細胞には、骨髄から単離される間葉系幹細胞の他に、歯髄由来の間葉系幹細胞、脂肪吸引時に脂肪細胞と一緒に単離される脂肪組織由来の間葉系幹細胞等が包含される。これらの間葉系幹細胞はシャーレ中で単層培養により容易に増やすことが出来、さらに脂肪や軟骨や骨に分化させることが出来る。また最近では、これらの間葉系幹細胞が、肝臓や膵臓などを構成している細胞に分化し得ることも明らかになっている。また、間葉系幹細胞から分化させた細胞の移植のみならず、間葉系幹細胞自体の移植も検討が開始されている。さらに最近では、この間葉系幹細胞自身が細胞外に分泌するサイトカインやエクソソームなどが着眼されており、間葉系幹細胞をマイクロキャリアに接着させて培養し、培養上清中に分泌された生理活性物質を単離し、医薬品や化粧品などに応用する試みも検討されている。
【0005】
前駆脂肪細胞は、脂肪吸引時に脂肪細胞に交じって単離される細胞であり、先述した脂肪組織由来間葉系幹細胞と同様に、容易に生体から大量に分取することができる。前駆脂肪細胞も、脂肪細胞だけでなく、軟骨細胞等に分化し得る性質があり、脂肪細胞移植だけでなく関節部の軟骨移植などへの応用も検討されている。また脂肪細胞の培養上清中には皮膚に対する保護効果を有する成分が含まれていることが報告されており、該培養上清から単離した生理活性物質の医薬品や化粧品等における使用なども検討されている。また脂肪細胞自体は低増殖能であるために癌化しにくく、かつ皮下などの移植が容易な部位に移植できる利点を有することから、正常な遺伝子を導入した脂肪細胞を遺伝子変異患者の皮下に移植することにより、該遺伝子変異に起因した疾患を治療し得る。
【0006】
このような状況の下、間葉系幹細胞や前駆脂肪細胞の研究や、該細胞の移植治療への応用、該細胞の培養上清からの生理活性物質の単離等を行う場合に、それぞれのステップで種々の課題が存在している。現時点では、通常、間葉系幹細胞や前駆脂肪細胞等は、1個体から大量に調製した上で凍結し、凍結保存した細胞を種々の用途に供している。しかしながら、将来的に期待されている、自家移植体制を運営し、多数の他家細胞ストックを管理及び保管する細胞バンクシステムにおいては、細胞の凍結を前提とする現在の輸送技術では、移植に適した状態の細胞を大量且つ安定的に供給することが困難である。即ち、移植に際しては、凍結保存した細胞を融解して、培養し、必要に応じて目的の細胞まで分化させた上で、良好な状態の細胞を大量に提供する必要があるが、細胞を凍結した状態で輸送しなければならない場合、移植実施施設は、細胞を保存・管理する細胞バンクから凍結細胞を取り寄せて、該施設にて自前で大量培養を行わざるを得ない。そのため、移植実施施設が、細胞の大量培養設備(例えば、セルプロセシングセンター(CPC))を備える必要があり、該設備を有していない施設では、移植医療を実施することが困難となってしまう。一方、細胞バンクは、通常、細胞を大量培養する技術や設備を有しているので、細胞バンク側で、移植に適した良好な状態の細胞を大量に調製した上で、得られた細胞を良好な状態を維持したまま移植実施施設に速やかに供給できれば、細胞の大量培養設備を有していない施設であっても、移植医療を実施することが可能となる。この課題を解決するには、凍結せずに大量の細胞を良好な状態を維持したまま輸送する技術が不可欠である。
【0007】
間葉系幹細胞等をマイクロキャリアに接着した状態で培養し、増殖させて、得られた細胞を移植したり、培養上清中に放出された生理活性物質を回収したりする技術が検討されている。しかしながら、現在一般的に入手可能なマイクロキャリアは、静置条件では培養液中で沈降してしまうことから、培養時に撹拌する必要がある。その撹拌時にキャリア同士の衝突などにより、細胞死が起こる課題が指摘されている。さらにマイクロキャリアから細胞を回収する際には、トリプシンなどのタンパク質分解酵素により、細胞同士や細胞と基材の接着をほぐす必要があるが、このタンパク質分解酵素による細胞のダメージや生存低下も課題である。また、一般的に入手可能なマイクロキャリアは生分解性ではないため、培養した細胞を移植に適用するには、マイクロキャリアから細胞を剥離して回収する必要があり、さらに必要に応じて細胞を別の生分解性のキャリアに保持させる必要がある。これらの細胞処理は煩雑であり、さらにコストが高い。
【0008】
本発明者らは、水への分散性を高めた多糖類等のナノファイバーを用いて、動植物細胞及び/又は組織を浮遊状態にて培養するための培地組成物を開発している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、非凍結条件下で、間葉系幹細胞や前駆脂肪細胞等の接着性の細胞を、良好な状態を維持しつつ、大量に輸送する技術を提供することを課題とする。また、撹拌時のマイクロキャリアの衝突による細胞死、継代時におけるタンパク質分解酵素処理による細胞のダメージ、マイクロキャリア上の細胞を移植に供する際に要する煩雑な細胞処理等の、従来のマイクロキャリアを用いた接着細胞の浮遊培養における、種々の課題を解決し得る、新たなキャリアを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意工夫を重ねた結果、培地に不溶性で、培地中で浮遊し、細胞を接着させる活性を有し、生分解性であり、且つタンパク質分解酵素を要することなく酵素消化が可能な、キチン等の多糖類からなるナノファイバーをキャリアとして使用することにより、上記の種々の課題を一回的に解決し得ることを見出した。多糖類からなるナノファイバーを液体培地中に混合し、間葉系幹細胞や前駆脂肪細胞等の接着性細胞を該ナノファイバーに接着した状態で培養することにより、該細胞を静置した状態で浮遊培養することができた。浮遊培養条件下において、ナノファイバーに接着した細胞は、長期間の生存性を示した。間葉系幹細胞や前駆脂肪細胞は、その形質を維持しながら、ナノファイバー上で良好に増殖した。分化誘導培地で培養すると、ナノファイバー上に接着している前駆脂肪細胞は脂肪細胞に分化したことから、ナノファイバー上での細胞の分化誘導が可能なことも見出した。ナノファイバーを構成する多糖類(例、キチン)の分解酵素で処理することにより、タンパク質分解酵素を使用することなく、細胞へのダメージを最小限に抑制しながら、ナノファイバー上に接着した細胞を回収することができた。多糖類からなるナノファイバーは生分解性なので、ナノファイバーに接着した細胞を、接着状態のまま、ナノファイバーとともに、移植しやすいシート状を形成できた。ナノファイバーに接着した細胞は、遠心操作等により容易に沈降するので、ナノファイバーに接着した細胞の培養物から、培養上清を容易に回収することができた。即ち、多糖類からなるナノファイバーは、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞、初代細胞等で求められている、非凍結条件下での細胞輸送、培養、分化誘導、移植、及び生理活性物質生産のためのキャリアとして有用であり、このキャリアを用いることにより、細胞培養、分化誘導、細胞輸送、移植及び生理活性物質生産からなる群から選択される複数の操作を連続的に実施できることを見出した。
本発明者らは、これらの知見に基づき、さらに検討を進め、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は下記のとおりである。
[1]非水溶性多糖類からなるナノファイバーを含む、接着性細胞を、以下の(1)~(3)からなる群から選択される2以上の処理に連続的に供するためのキャリア:
(1)浮遊培養、
(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送、並びに
(3)移植。
[2]浮遊培養が、接着性細胞の維持又は増殖、接着性細胞の分化誘導、及び/又は接着性細胞による液性因子生産のためのものである、[1]に記載のキャリア。
[3]接着性細胞を、(1)~(3)の処理に連続的に供するためのものである、[1]又は[2]に記載のキャリア。
[4]接着性細胞が、幹細胞又は前駆細胞である、[1]~[3]のいずれかに記載のキャリア。
[5]接着性細胞が、間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞である、[1]~[3]のいずれかに記載のキャリア。
[6]非水溶性多糖類が、キチン又はキトサンである、[1]~[5]のいずれかに記載のキャリア。
[7]接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、以下の(1)~(3)からなる群から選択される2以上の処理に連続的に供することを含む、接着性細胞の処理方法:
(1)浮遊培養、
(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送、並びに
(3)移植。
[8]浮遊培養が、接着性細胞の維持又は増殖、接着性細胞の分化誘導、及び/又は接着性細胞による液性因子生産のためのものである、[7]に記載の方法。
[9]接着性細胞を、(1)~(3)の処理に連続的に供する、[7]又は[8]に記載の方法。
[10]接着性細胞が、幹細胞又は前駆細胞である、[7]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11]接着性細胞が、間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞である、[7]~[9]のいずれかに記載の方法。
[12]非水溶性多糖類が、キチン又はキトサンである、[7]~[11]のいずれかに記載の方法。
[13]非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞を、該非水溶性多糖類の分解酵素で処理することにより該ナノファイバーを分解し、該接着性細胞を該ナノファイバーから剥離し、該接着性細胞を回収することを更に含む、[7]~[12]のいずれかに記載の方法。
[14]非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞を、該非水溶性多糖類の分解酵素で処理することにより該ナノファイバーを分解し、該接着性細胞を該ナノファイバーから剥離することを含む、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞から該接着性細胞を回収する方法。
[15]非水溶性多糖類が、キチン又はキトサンである、[14]に記載の方法。
[16]分解酵素が、キチナーゼ、キトビアーゼ、キトサナーゼ又はβ-1,3-グルカナーゼである、[15]に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞等の接着性細胞を非水溶性多糖類からなるナノファイバーに接着した状態で培養することにより、細胞の傷害や機能喪失を引き起こすリスクのある振とうや回転等の操作を要することなく、静置した状態で浮遊培養することができる。接着性細胞の浮遊培養(三次元(3D)培養)が可能となることから、単層培養(二次元(2D)培養)と比較して、少ない量の培地で、多くの数の細胞を培養することができる。
【0014】
本発明の培地組成物を用いた培養においては、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞等の接着性細胞の維持培養を行うこともできるし、その形質を維持したまま増殖させることもできる。或いは、特定の分化条件下で培養を行うことにより、間葉系幹細胞や前駆脂肪細胞等の未分化な細胞を、特定の細胞へ分化させることもできる。
【0015】
また、本発明の培地組成物を用いた培養においては、細胞が非水溶性多糖類からなるナノファイバーに接着した状態で、浮遊培養されるので、遠心操作等によりナノファイバーに接着した細胞を容易に除去し、培養上清を回収することが出来る。また、上述のように、単層培養と比較して、浮遊培養では、少ない量の培地で、多くの数の細胞を培養することができるので、培養上清中に細胞が放出した有用な生理活性物質を高濃度に蓄積させることができる。従って、本発明の培地組成物は、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞等の接着性細胞が培養液中に放出した有用な生理活性物質を回収、精製するのに有用である。
【0016】
また、本発明の培地組成物を用いた培養においては、ナノファイバーを構成する非水溶性多糖類(例、キチン)の分解酵素(例、キチナーゼ)で処理することにより、動物由来のタンパク質分解酵素を使用することなく、ナノファイバー上に接着した細胞を回収することができる。従って、本発明においては、タンパク質分解酵素による細胞へのダメージや動物成分の夾雑による感染リスク等を最小限に抑制しながら、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞等の接着性細胞の継代操作を行ったり、ナノファイバーに付着した細胞を、ナノファイバーから剥離し、回収することができる。
【0017】
間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞等の接着性細胞は、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに接着した状態で、長期間、良好な生存性を示す。従って、本発明の培地組成物は、上述の接着性細胞を、非凍結条件下で保存し、輸送するのに有用である。例えば、プレート上で細胞を接着培養し、これをそのまま輸送する場合、輸送中の振動により、細胞がプレートから剥離する等して、細胞が有する本来の機能が低下する場合があったが、本発明の培地組成物は、ナノファイバーに接着した細胞が、浮遊した状態で保持できるため、輸送中の振動によるプレートからの剥離等による細胞のダメージを回避し、細胞の本来の機能を維持した状態で、非凍結条件下、細胞を保存および輸送することができる。また、単層培養の状態で保存や輸送する場合と比較して、少ない量の培地及びスペースで、多くの数の細胞を保存し、輸送することが出来る。
【0018】
非水溶性多糖類からなるナノファイバーは生分解性なので、ナノファイバーに接着した細胞を、接着状態のまま、ナノファイバーとともに、生体内へ移植することができる。従って、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞等の接着性細胞を、本発明の培地組成物中で培養し、所望の分化段階まで分化させた後、得られた細胞をナノファイバーから剥離することなく、ナノファイバーとともに、生体内へ移植することができる。従って、細胞剥離操作による細胞のダメージや機能喪失のリスクを回避して、良好な状態の細胞を移植に供することができる。
【0019】
このように、非水溶性多糖類からなるナノファイバーは、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞等の接着性細胞のi)培養、ii)分化誘導、iii)非凍結条件下での輸送や保存、iv)移植、v)培養上清からの生理活性物質の回収等の種々の操作における共通のキャリアとして使用することができるので、該キャリアを用いることにより、上述のi)培養、ii)分化誘導、iii)非凍結条件下での輸送や保存、iv)移植、v)培養上清からの生理活性物質の回収から選択される複数の操作を、連続的に実施することができる(
図1)。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】非水溶性多糖類からなるナノファイバーを共通のキャリアとして用いて、接着性細胞をi)培養、ii)分化誘導、iii)非凍結条件下での輸送や保存、iv)移植、v)培養上清からの生理活性物質の回収等の複数の操作に連続的に付す一態様を示した模式図である。
【
図2】Yatalase処理により単細胞に分散されたヒト前駆脂肪細胞の写真である。
【
図3】キチンナノファイバー上で37℃又は25℃にて7日間維持したヒト前駆脂肪細胞の遊走能及び増殖能を示す。
【
図4】キチンナノファイバー上で37℃又は25℃にて7日間維持したヒト前駆脂肪細胞から分化した脂肪細胞を示す。
【
図5】キチンナノファイバー上で37℃又は25℃にて7日間維持したヒト脂肪由来間葉系幹細胞の遊走能及び増殖能を示す。
【
図6】キチンナノファイバー上で37℃又は25℃にて7日間維持したヒト脂肪由来間葉系幹細胞から分化した脂肪細胞を示す。
【
図7】キチンナノファイバーを用いた細胞輸送法の概念図を示す。
【
図8】キチンナノファイバー上で37℃にて10日間培養し作製したヒト前駆脂肪細胞シートの状態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、非水溶性多糖類からなるナノファイバーの、接着性細胞の多様な培養方法論におけるキャリアとしての使用を提供する。接着性細胞を非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、(1)浮遊培養、(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送、(3)移植等の様々な処理に供することができる。従って、本発明は、接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、(1)浮遊培養、(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送、(3)移植等の処理に供することを含む、接着性細胞の処理方法とも捉えることができる。
【0022】
[接着性細胞]
細胞とは、動物或いは植物を構成する最も基本的な単位であり、その要素として細胞膜の内部に細胞質と各種の細胞小器官をもつものである。この際、DNAを内包する核は、細胞内部に含まれても含まれなくてもよい。
【0023】
動物としては、限定されるものではないが、例えば魚類、両生類、爬虫類、鳥類、汎甲殻類、六脚類、哺乳類等が挙げられ、好適には哺乳類である。哺乳類の例としては、限定されるものではないが、ラット、マウス、ウサギ、モルモット、リス、ハムスター、ハタネズミ、カモノハシ、イルカ、クジラ、イヌ、ネコ、ヤギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ゾウ、コモンマーモセット、リスザル、アカゲザル、チンパンジー、ヒト等が挙げられる。植物としては、採取した細胞が液体培養可能なものであれば、特に限定はない。例えば、生薬類(例えば、サポニン、アルカロイド類、ベルベリン、スコポリン、植物ステロール等)を生産する植物(例えば、薬用人参、ニチニチソウ、ヒヨス、オウレン、ベラドンナ等)や、化粧品・食品原料となる色素や多糖体(例えば、アントシアニン、ベニバナ色素、アカネ色素、サフラン色素、フラボン類等)を生産する植物(例えば、ブルーベリー、紅花、セイヨウアカネ、サフラン等)、或いは医薬品原体を生産する植物などがあげられるが、それらに限定されない。本発明においては、好適には、哺乳類の細胞が用いられる。
【0024】
本発明の一実施態様においては、接着性細胞が使用される。接着性細胞とは、生存や増殖に容器壁等の足場を必要とする細胞である。本発明においては、接着性細胞が非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着することにより、該細胞の良好な浮遊培養、非凍結状態での保存及び/又は輸送、移植等の処理が達成される。
【0025】
本発明において使用する接着性細胞としては、特に限定されるものではないが、例えば、幹細胞、前駆細胞、体性非幹細胞、初代培養細胞、細胞株、癌細胞等を挙げることができる。幹細胞とは、自分自身を複製する能力と他の複数系統の細胞に分化する能力を兼ね備えた細胞である。接着性の幹細胞の例としては、以下に限定されるものではないが、例えば、間葉系幹細胞、神経幹細胞、造血幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞、腸幹細胞、癌幹細胞、毛包幹細胞等の体性幹細胞等を挙げることができる。間葉系幹細胞とは、骨細胞、軟骨細胞及び脂肪細胞の全て又はいくつかへの分化能を有する幹細胞である。間葉系幹細胞は骨髄、末梢血、臍帯血、脂肪組織等の組織中に低頻度で存在し、これらの組織から公知の方法で単離することが出来る。前駆細胞とは、前記幹細胞から特定の体細胞や生殖細胞に分化する途中の段階にある細胞である。接着性の前駆細胞の例としては、以下に限定されるものではないが、例えば、前駆脂肪細胞、前駆心筋細胞、前駆内皮細胞、神経前駆細胞、肝前駆細胞、膵臓前駆細胞、腎臓前駆細胞等を挙げることができる。接着性の体性非幹細胞の例としては、以下に限定されるものではないが、例えば、繊維芽細胞、骨細胞、骨周皮細胞、ケラチノサイト、脂肪細胞、間葉細胞、上皮細胞、表皮細胞、内皮細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞、軟骨細胞、卵丘細胞、神経系細胞、グリア細胞、ニューロン、オリゴデンドロサイト、マイクログリア、星状膠細胞、心臓細胞、食道細胞、筋肉細胞(たとえば、平滑筋細胞または骨格筋細胞)、膵臓ベータ細胞、メラニン細胞等が含まれる。初代培養細胞とは、生体から分離した細胞や組織を播種し、第1回目の継代を行うまでの培養の状態にある細胞をいう。初代培養細胞は、例えば皮膚、腎臓、脾臓、副腎、肝臓、肺、卵巣、膵臓、子宮、胃、結腸、小腸、大腸、脾臓、膀胱、前立腺、精巣、胸腺、筋肉、結合組織、骨、軟骨、血管組織、血液、心臓、眼、脳または神経組織などの任意の組織から採取された細胞であり得る。細胞株とは、生体外での人為的な操作により無限の増殖能を獲得した細胞をいう。本発明において使用する接着性細胞は、好ましくは幹細胞又は前駆細胞であり、より好ましくは、間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞である。
【0026】
[ナノファイバー]
本発明において使用するナノファイバーは、液体培地中に分散し、ナノファイバーに付着した細胞(好ましくは、接着性細胞)を、該液体培地中に浮遊させる効果を示すものである。
【0027】
本明細書において、ナノファイバーとは、平均繊維径(D)が、0.001乃至1.00μmの繊維をいう。本発明において使用するナノファイバーの平均繊維径は、好ましくは、0.005乃至0.50μm、より好ましくは0.01乃至0.05μm、更に好ましくは0.01乃至0.02μmである。
【0028】
本発明において使用するナノファイバーのアスペクト比(L/D)は、平均繊維長/平均繊維径より得られ、特に限定されないが、通常2~500であり、好ましくは5~300であり、より好ましくは10~250である。
【0029】
本明細書中、ナノファイバーの平均繊維径(D)は以下のようにして求める。まず応研商事(株)製コロジオン支持膜を日本電子(株)製イオンクリーナ(JIC-410)で3分間親水化処理を施し、評価対象のナノファイバー分散液(超純水にて希釈)を数滴滴下し、室温乾燥する。これを(株)日立製作所製透過型電子顕微鏡(TEM、H-8000)(10,000倍)にて加速電圧200kVで観察し、得られた画像を用いて、標本数:200~250本のナノファイバーについて一本一本の繊維径を計測し、その数平均値を平均繊維径(D)とする。
【0030】
また、平均繊維長(L)は、以下のようにして求める。評価対象ナノファイバー分散液を純水により100ppmとなるように希釈し、超音波洗浄機を用いてナノファイバーを均一に分散させる。このナノファイバー分散液を予め濃硫酸を用いて表面を親水化処理したシリコンウェハー上へキャストし、110℃にて1時間乾燥させて試料とする。得られた試料の日本電子(株)製走査型電子顕微鏡(SEM、JSM-7400F)(2,000倍)で観察した画像を用いて、標本数:150~250本のナノファイバーについて一本一本の繊維長を計測し、その数平均値を平均繊維長(L)とする。
【0031】
好ましい態様において、本発明において使用するナノファイバーは、液体培地と混合した際、一次繊維径を保ちながら当該ナノファイバーが当該液体中で均一に分散し、当該液体の粘度を実質的に高めること無く、ナノファイバーに付着した細胞を実質的に保持し、その沈降を防ぐ効果を有する。液体の粘度を実質的に高めないとは、液体の粘度が8mPa・sを上回らないことを意味する。この際の当該液体の粘度(すなわち、下記の本発明の培地組成物の粘度)は、8mPa・s以下であり、好ましくは4mPa・s以下であり、より好ましくは2mPa・s以下である。ナノファイバーを含む液体の粘度は、例えば、25℃条件下で音叉振動式粘度測定(SV-1A、A&D Company Ltd.)を用いて評価することができる。
【0032】
本発明において使用するナノファイバーは、非水溶性多糖類から構成されるものである。糖類とは、単糖類(例えば、トリオース、テトロース、ペントース、ヘキソース、ヘプトース等)が10個以上重合した糖重合体を意味する。
【0033】
非水溶性多糖類としては、セルロース、ヘミセルロース等のセルロース類;キチン、キトサン等のキチン質等が挙げられるが、これらに限定されない。非水溶性多糖類は、好ましくは、キチン又はキトサンであり、より好ましくはキチンである。
【0034】
セルロースとは、ブドウ糖の6員環であるD-グルコピラノースがβ-1、4グルコシド結合した天然高分子化合物である。原料としては、例えば、木材、竹、麻、ジュート、ケナフ、コットン、農作物・食物残渣など植物由来のセルロース、又はバクテリアセルロース、シオグサ(クラドフォラ)、灰色植物(グラウコキスチス)、バロニア、ホヤセルロースなど、微生物産生若しくは動物産生のセルロースを使用することができる。植物由来のセルロースはミクロフィブリルと呼ばれる非常に細い繊維がさらに束になりフィブリル、ラメラ、繊維細胞と段階的に高次構造を形成している。また、バクテリアセルロースは菌細胞から分泌されたセルロースのミクロフィブリルが、そのままの太さで微細な網目構造を形成している。
【0035】
本発明において、コットンやバクテリアセルロースなど高純度のセルロース原料は原料のまま用いる事ができるが、これ以外の植物由来のセルロースなどは、単離・精製したものを用いる事が好ましい。本発明において好適に用いられるセルロースは、コットンセルロース、バクテリアセルロース、クラフトパルプセルロース、微結晶セルロース等である。
【0036】
キチン質とは、キチン及びキトサンからなる群より選ばれる1以上の糖質をいう。キチン及びキトサンを構成する主要な糖単位は、それぞれ、N-アセチルグルコサミン及びグルコサミンであり、一般的に、N-アセチルグルコサミンの含有量が多く酸性水溶液に対し難溶性であるものがキチン、グルコサミンの含有量が多く酸性水溶液に対し可溶性であるものがキトサンとされる。本明細書においては、便宜上、構成糖に占めるN-アセチルグルコサミンの割合が50%以上のものをキチン、50%未満のものをキトサンと呼ぶ。高い浮遊作用を達成する観点から、キチンを構成する糖単位に占めるN-アセチルグルコサミンの割合が高いほど好ましい。キチンを構成する糖単位に占めるN-アセチルグルコサミンの割合は、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは98%以上、最も好ましくは100%である。
【0037】
キチンの原料としては、例えば、エビ、カニ、昆虫、貝、キノコなど、多くの生物資源を用いることができる。本発明に用いるキチンは、カニ殻やエビ殻由来のキチンなどのα型の結晶構造を有するキチンであってもよく、イカの甲由来のキチンなどのβ型の結晶構造を有するキチンであってもよい。カニやエビの外殻は産業廃棄物として扱われることが多く、入手容易でしかも有効利用の観点から原料として好ましいが、不純物として含まれるタンパク質や灰分等の除去のために脱タンパク工程および脱灰工程が必要となる。そこで、本発明においては、既に脱マトリクス処理が施された精製キチンを用いることが好ましい。精製キチンは、市販されている。
【0038】
上述の非水溶性多糖類を含有する原料を粉砕することにより、該非水溶性多糖類から構成されるナノファイバーを得ることができる。粉砕方法は限定されないが、本発明の目的に合う後述する繊維径・繊維長にまで微細化するには、高圧ホモジナイザー、グラインダー(石臼)、あるいはビーズミルなどの媒体撹拌ミルといった、強いせん断力が得られる方法が好ましい。
【0039】
これらの中でも高圧ホモジナイザーを用いて微細化することが好ましく、例えば特開2005-270891号公報や特許第5232976号に開示されるような湿式粉砕法を用いて微細化(粉砕化)することが望ましい。具体的には、原料を分散させた分散液を、一対のノズルから高圧でそれぞれ噴射して衝突させることにより、原料を粉砕するものであって、例えばスターバーストシステム((株)スギノマシン製の高圧粉砕装置)やナノヴェイタ(吉田機械興業(株)の高圧粉砕装置)を用いることにより実施できる。
【0040】
前述の高圧ホモジナイザーを用いて原料を微細化(粉砕化)する際、微細化や均質化の程度は、高圧ホモジナイザーの超高圧チャンバーへ圧送する圧力と、超高圧チャンバーに通過させる回数(処理回数)、及び水分散液中の原料の濃度に依存することとなる。圧送圧力(処理圧力)は、特に限定されないが、通常50~250MPaであり、好ましくは150~245MPaである。
【0041】
また、微細化処理時の水分散液中の原料の濃度は、特に限定されないが、通常0.1質量%~30質量%、好ましくは1質量%~10質量%である。微細化(粉砕化)の処理回数は、特に限定されず、前記水分散液中の原料の濃度にもよるが、原料の濃度が0.1~1質量%の場合には処理回数は10~100回程度で充分に微細化されるが、1~10質量%では10~1000回程度必要となる場合がある。
【0042】
前記微細化処理時の水分散液の粘度は特に制限されないが、例えば、非水溶性多糖類がαキチンの場合、該水分散液の粘度の範囲は、1~100 mPa・S、好ましくは1~85 mPa・S(25℃条件下での音叉振動式粘度測定(SV-1A、A&D Company Ltd.)による)である。また、微細化処理時の水分散液中の非水溶性多糖類の粒子径も特に制限されないが、例えば、非水溶性多糖類がαキチンの場合、該水分散液中のαキチンの平均粒子径の範囲は、0.5~200μm、好ましくは30~150μm(レーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置LA-960(堀場製作所)による)である。
【0043】
ナノファイバーの調製方法については、WO 2015/111686 A1等に記載されている。
【0044】
[ナノファイバーを含む培地組成物]
本発明において、接着性細胞を非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、該細胞を浮遊培養、或いは非凍結状態での保存及び/又は輸送に供する場合、該ナノファイバーを含む液状の培地組成物(本明細書において、本発明の培地組成物ともいう。)が使用される。
【0045】
好ましい態様において、本発明の培地組成物において、非水溶性多糖類からなるナノファイバーは、均一に分散し、ナノファイバーに付着した接着性細胞を、該液体培地中に浮遊させる。
【0046】
本発明において、細胞の浮遊とは、培養容器に対して細胞が接着しない状態(非接着)であることをいう。さらに、本発明において、細胞を培養、保存、又は輸送する際、液体培地組成物に対する外部からの圧力や振動或いは当該組成物中での振とう、回転操作等を伴わずに細胞が当該液体培地組成物中で均一に分散し尚且つ浮遊状態にある状態を「浮遊静置」といい、当該状態で細胞及び/又は組織を培養することを「浮遊静置培養」という。「浮遊静置」において浮遊させることのできる期間としては、少なくとも5分以上、好ましくは、1時間以上、24時間以上、48時間以上、6日以上、21日以上であるが、浮遊状態を保つ限りこれらの期間に限定されない。
【0047】
好ましい態様において、本発明の培地組成物は、細胞の培養、保存又は輸送が可能な温度範囲(例えば、0~40℃)の少なくとも1点において、細胞の浮遊静置が可能である。本発明の培地組成物は、好ましくは25~37℃の温度範囲の少なくとも1点において、最も好ましくは37℃において、細胞の浮遊静置が可能である。
【0048】
浮遊静置が可能か否かは、例えば、ポリスチレンビーズ(Size 500-600μm、Polysciences Inc.製)を、評価対象の培地組成物中に均一に分散させ、25℃にて静置し、少なくとも5分以上(好ましくは、24時間以上、48時間以上)、当該細胞の浮遊状態が維持されるか否かを観察することにより、評価することができる。
【0049】
本発明の培地組成物中における非水溶性多糖類からなるナノファイバーの濃度は、該培地組成物を用いて接着性細胞を浮遊培養、非凍結状態での保存又は輸送に供した場合に、該接着性細胞の生存性を向上させることができるように、或いは、該接着性細胞を浮遊させる(好ましくは浮遊静置させる)ことのできるように、適宜設定することができる。例えば、キチンナノファイバーの場合、培地組成物中のキチンナノファイバー濃度は、例えば0.0001%(重量/容量)以上、好ましくは0.001%(重量/容量)以上である。培地組成物中のキチンナノファイバー濃度の上限値は、例えば1.0%(重量/容量)以下、好ましくは0.1%(重量/容量)以下である。
【0050】
本発明の培地組成物中に含まれる培地は、使用する接着性細胞の種類等により適宜選択することが可能であり、例えば、哺乳類の接着性細胞の培養、保存又は輸送を目的とする場合、哺乳類細胞の培養に一般的に使用される培地を、本発明の培地組成物に含まれる培地として使用することができる。哺乳類細胞用の培地としては、例えば、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagles’s Medium;DMEM)、ハムF12培地(Ham’s Nutrient Mixture F12)、DMEM/F12培地、マッコイ5A培地(McCoy’s 5A medium)、イーグルMEM培地(Eagles’s Minimum Essential Medium;EMEM)、αMEM培地(alpha Modified Eagles’s Minimum Essential Medium;αMEM)、MEM培地(Minimum Essential Medium)、RPMI1640培地、イスコフ改変ダルベッコ培地(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium;IMDM)、MCDB131培地、ウィリアム培地E、IPL41培地、Fischer’s培地、StemPro34(インビトロジェン社製)、X-VIVO 10(ケンブレックス社製)、X-VIVO 15(ケンブレックス社製)、HPGM(ケンブレックス社製)、StemSpan H3000(ステムセルテクノロジー社製)、StemSpanSFEM(ステムセルテクノロジー社製)、StemlineII(シグマアルドリッチ社製)、QBSF-60(クオリティバイオロジカル社製)、StemProhESCSFM(インビトロジェン社製)、mTeSR1或いは2培地(ステムセルテクノロジー社製)、Sf-900II(インビトロジェン社製)、Opti-Pro(インビトロジェン社製)、などが挙げられる。
【0051】
上記の培地には、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、塩素、各種アミノ酸、各種ビタミン、抗生物質、血清、脂肪酸、糖などを当業者は目的に応じて自由に添加してもよい。哺乳類細胞の培養、保存又は輸送の際には、当業者は目的に応じてその他の化学成分あるいは生体成分を一種類以上組み合わせて添加することもできる。哺乳類細胞用の培地に添加され得る成分としては、ウシ胎児血清、ヒト血清、ウマ血清、インシュリン、トランスフェリン、ラクトフェリン、コレステロール、エタノールアミン、亜セレン酸ナトリウム、モノチオグリセロール、2-メルカプトエタノール、ウシ血清アルブミン、ピルビン酸ナトリウム、ポリエチレングリコール、各種ビタミン、各種アミノ酸、寒天、アガロース、コラーゲン、メチルセルロース、各種サイトカイン、各種ホルモン、各種増殖因子、各種細胞外マトリックスや各種細胞接着分子などが挙げられる。培地に添加され得るサイトカインとしては、例えばインターロイキン-1(IL-1)、インターロイキン-2(IL-2)、インターロイキン-3(IL-3)、インターロイキン-4(IL-4)、インターロイキン-5(IL-5)、インターロイキン-6(IL-6)、インターロイキン-7(IL-7)、インターロイキン-8(IL-8)、インターロイキン-9(IL-9)、インターロイキン-10(IL-10)、インターロイキン-11(IL-11)、インターロイキン-12(IL-12)、インターロイキン-13(IL-13)、インターロイキン-14(IL-14)、インターロイキン-15(IL-15)、インターロイキン-18(IL-18)、インターロイキン-21(IL-21)、インターフェロン-α(IFN-α)、インターフェロン-β(IFN-β)、インターフェロン-γ(IFN-γ)、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、単球コロニー刺激因子(M-CSF)、顆粒球-マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)、幹細胞因子(SCF)、flk2/flt3リガンド(FL)、白血病細胞阻害因子(LIF)、オンコスタチンM(OM)、エリスロポエチン(EPO)、トロンボポエチン(TPO)などが挙げられるが、これらに限られるわけではない。
【0052】
培地に添加され得るホルモンとしては、メラトニン、セロトニン、チロキシン、トリヨードチロニン、エピネフリン、ノルエピネフリン、ドーパミン、抗ミュラー管ホルモン、アディポネクチン、副腎皮質刺激ホルモン、アンギオテンシノゲン及びアンギオテンシン、抗利尿ホルモン、心房ナトリウム利尿性ペプチド、カルシトニン、コレシストキニン、コルチコトロピン放出ホルモン、エリスロポエチン、卵胞刺激ホルモン、ガストリン、グレリン、グルカゴン、ゴナドトロピン放出ホルモン、成長ホルモン放出ホルモン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン、ヒト胎盤性ラクトーゲン、成長ホルモン、インヒビン、インスリン、インスリン様成長因子、レプチン、黄体形成ホルモン、メラニン細胞刺激ホルモン、オキシトシン、副甲状腺ホルモン、プロラクチン、セクレチン、ソマトスタチン、トロンボポイエチン、甲状腺刺激ホルモン、チロトロピン放出ホルモン、コルチゾール、アルドステロン、テストステロン、デヒドロエピアンドロステロン、アンドロステンジオン、ジヒドロテストステロン、エストラジオール、エストロン、エストリオール、プロゲステロン、カルシトリオール、カルシジオール、プロスタグランジン、ロイコトリエン、プロスタサイクリン、トロンボキサン、プロラクチン放出ホルモン、リポトロピン、脳ナトリウム利尿ペプチド、神経ペプチドY、ヒスタミン、エンドセリン、膵臓ポリペプチド、レニン、及びエンケファリンが挙げられるが、これらに限られるわけではない。
【0053】
培地に添加され得る増殖因子としては、トランスフォーミング成長因子-α(TGF-α)、トランスフォーミング成長因子-β(TGF-β)、マクロファージ炎症蛋白質-1α(MIP-1α)、上皮細胞増殖因子(EGF)、繊維芽細胞増殖因子-1、2、3、4、5、6、7、8、又は9(FGF-1、2、3、4、5、6、7、8、9)、神経細胞増殖因子(NGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、白血病阻止因子(LIF)、プロテアーゼネキシンI、プロテアーゼネキシンII、血小板由来成長因子(PDGF)、コリン作動性分化因子(CDF)、ケモカイン、Notchリガンド(Delta1など)、Wnt蛋白質、アンジオポエチン様蛋白質2、3、5または7(Angpt2、3、5、7)、インスリン様成長因子(IGF)、インスリン様成長因子結合蛋白質(IGFBP)、プレイオトロフィン(Pleiotrophin)などが挙げられるが、これらに限られるわけではない。
【0054】
また、遺伝子組替え技術によりこれらのサイトカインや増殖因子のアミノ酸配列を人為的に改変させたものも添加させることもできる。その例としては、IL-6/可溶性IL-6受容体複合体あるいはHyper IL-6(IL-6と可溶性IL-6受容体との融合タンパク質)などが挙げられる。
【0055】
各種細胞外マトリックスや各種細胞接着分子の例としては、コラーゲンI乃至XIX、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン-1乃至12、ニトジェン、テネイシン、トロンボスポンジン、フォンビルブランド(von Willebrand)因子、オステオポンチン、フィブリノーゲン、各種エラスチン、各種プロテオグリカン、各種カドヘリン、デスモコリン、デスモグレイン、各種インテグリン、E-セレクチン、P-セレクチン、L-セレクチン、免疫グロブリンスーパーファミリー、マトリゲル、ポリ-D-リジン、ポリ-L-リジン、キチン、キトサン、セファロース、ヒアルロン酸、アルギン酸ゲル、各種ハイドロゲル、さらにこれらの切断断片などが挙げられる。
【0056】
培地に添加され得る抗生物質の例としては、サルファ製剤、ペニシリン、フェネチシリン、メチシリン、オキサシリン、クロキサシリン、ジクロキサシリン、フルクロキサシリン、ナフシリン、アンピシリン、ペニシリン、アモキシシリン、シクラシリン、カルベニシリン、チカルシリン、ピペラシリン、アズロシリン、メクズロシリン、メシリナム、アンジノシリン、セファロスポリン及びその誘導体、オキソリン酸、アミフロキサシン、テマフロキサシン、ナリジクス酸、ピロミド酸、シプロフロキサン、シノキサシン、ノルフロキサシン、パーフロキサシン、ロザキサシン、オフロキサシン、エノキサシン、ピペミド酸、スルバクタム、クラブリン酸、β-ブロモペニシラン酸、β-クロロペニシラン酸、6-アセチルメチレン-ペニシラン酸、セフォキサゾール、スルタンピシリン、アディノシリン及びスルバクタムのホルムアルデヒド・フードラートエステル、タゾバクタム、アズトレオナム、スルファゼチン、イソスルファゼチン、ノルカディシン、m-カルボキシフェニル、フェニルアセトアミドホスホン酸メチル、クロルテトラサイクリン、オキシテトラサイクリン、テトラサイクリン、デメクロサイクリン、ドキシサイクリン、メタサイクリン、並びにミノサイクリンが挙げられる。
【0057】
上記非水溶性多糖類からなるナノファイバーを、該培地組成物を用いて接着性細胞を浮遊培養、非凍結状態での保存又は輸送に供した場合に、該接着性細胞の生存性を向上させることができるように、或いは、該接着性細胞を浮遊させる(好ましくは浮遊静置させる)ことのできる濃度となるように、適切な液体培地と混合することにより、上記本発明の培地組成物を製造することができる。
【0058】
好ましい態様において、上記非水溶性多糖類からなるナノファイバーの生理的な水性溶媒中の分散液と、液体培地とを混合することにより、本発明の培地組成物を調製する。該分散液は、滅菌(オートクレーブ、ガンマ線滅菌等)されていてもよい。あるいは、該分散液と、粉末培地を水に溶かして調製した液体培地(培地の水溶液)とを混合した後に、滅菌して使用してもよい。該分散液と液体培地の滅菌は、混合する前に、別々に行ってもよい。水性溶媒の例としては、水、ジメチルスルホキシド(DMSO)などが挙げられるが、これらに限られるわけではない。水性溶媒としては、水が好ましい。水性溶媒中には、適切な緩衝剤や塩が含まれていてもよい。上記ナノファイバーの分散液は、本発明の培地組成物を調製するための培地添加剤として有用である。
【0059】
混合比率は、特に限定されることはないが、ナノファイバーの分散液:液体培地(培地の水溶液)(体積比)が、通常1:99~99:1、好ましくは10:90~90:10、より好ましくは、20:80~80:20である。
【0060】
[非水溶性多糖類からなるナノファイバーを用いた接着性細胞の処理]
本発明は、非水溶性多糖類からなるナノファイバーの、接着性細胞の多様な培養方法論におけるキャリアとしての使用を提供する。接着性細胞を非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、(1)浮遊培養、(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送、(3)移植等の様々な処理に供することができる。従って、本発明は、接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、(1)浮遊培養、(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送、(3)移植等の処理に供することを含む、接着性細胞の処理方法とも捉えることができる。
【0061】
(1)浮遊培養
接着性細胞を非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で培養することにより、接着性細胞を浮遊培養することができる。該浮遊培養は、上記本発明の培地組成物中で、接着性細胞を培養することにより実施することができる。非水溶性多糖類からなるナノファイバーは、該ナノファイバーに付着した細胞を培地中で浮遊させる効果(好ましくは浮遊静置させる効果)を示す。本発明の培地組成物において、非水溶性多糖類からなるナノファイバーは、均一に分散するので、該培地組成物中で接着性細胞を培養すると、接着性細胞は該ナノファイバーに付着し、該培地組成物中に浮遊する。当該浮遊効果により、単層培養に比べて、一定体積あたりの細胞数を増やして培養することが可能である。また、従来の回転や振とう操作を伴う浮遊培養においては、細胞に対するせん断力が働くため、細胞の増殖率や回収率が低い、或いは細胞の機能が損なわれてしまう場合があるが、本発明の培地組成物を用いることにより振とう等の操作を要することなく細胞を分散した状態で培養し得るので、目的とする接着性細胞を細胞機能の損失無く容易かつ大量に浮遊培養することが期待できる。また、従来のゲル基材を含む培地において細胞を浮遊培養する際、細胞の観察や回収が困難であったり、回収の際にその機能を損なったりする場合があるが、本発明の培地組成物を用いることにより、浮遊培養した細胞を、その機能を損なうこと無く観察し、回収することが期待できる。また、従来のゲル基材を含む培地は、粘度が高く培地の交換が困難である場合があるが、本発明の培地組成物は、低粘度であるためピペットやポンプ等を用いて容易に培地を交換することが期待できる。
【0062】
非水溶性多糖類からなるナノファイバーを用いて接着性細胞を浮遊培養する場合、本発明の培地組成物に対して別途調製した接着性細胞を添加し、均一に分散される様に混合すればよい。その際の混合方法は特に制限はなく、例えばピペッティング等の手動での混合、スターラー、ヴォルテックスミキサー、マイクロプレートミキサー、振とう機等の機器を用いた混合が挙げられる。混合後は、得られた細胞懸濁液を静置状態にて培養してもよいし、必要に応じて回転、振とう或いは撹拌しながら培養してもよい。その回転数と頻度は、当業者の目的に合わせて適宜設定すればよい。例えば、接着性細胞を継代培養から回収し、適切な細胞解離液を用いて単一細胞、又はこれに近い状態にまで分散し、分散された接着性細胞を、本発明の培地組成物中に懸濁し、これを浮遊培養(好ましくは、浮遊静置培養)に付す。
【0063】
細胞を培養する際の温度は、動物細胞であれば通常25乃至39℃、好ましくは33乃至39℃(例、37℃)である。CO2濃度は、通常、培養の雰囲気中、4乃至10体積%であり、4乃至6体積%が好ましい。培養期間は、培養の目的に合わせて適宜設定すればよい。
【0064】
本発明の培地組成物中での接着性細胞の培養は、細胞の培養に一般的に用いられるシャーレ、フラスコ、プラスチックバック、テフロン(登録商標)バック、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトル等の培養容器を用いて実施することができる。ナノファイバーに付着した接着性細胞が、培養容器へ接着しないよう、これらの培養容器は細胞低接着性であることが望ましい。細胞低接着性の培養容器としては、培養容器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリクス等によるコーティング処理)されていないもの、あるいは培養容器の表面が、細胞との接着性を低減させる目的で人工的に処理されているものを使用できる。
【0065】
培地交換が必要となった際には、遠心やろ過処理を行うことにより細胞を分離した後、新鮮な培地もしくは本発明の培地組成物を該細胞に添加すればよい。或いは、遠心やろ過処理を行うことにより細胞を適宜濃縮した後、新鮮な培地もしくは本発明の培地組成物をこの濃縮液に添加すればよい。例えば、遠心する際の重力加速度(G)は100乃至400Gであり、ろ過処理をする際に用いるフィルターの細孔の大きさは10μm乃至100μmであるが、これらに制限されることは無い。
【0066】
接着性細胞の培養は、機械的な制御下のもと閉鎖環境下で細胞播種、培地交換、細胞画像取得、培養細胞回収を自動で実行し、pH、温度、酸素濃度などを制御しながら、高密度での培養が可能なバイオリアクターや自動培養装置によって行うこともできる。
【0067】
(1-1)接着性細胞の維持又は増殖
接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養すると、接着性細胞が効率よく増殖するため、該浮遊培養は、接着性細胞の維持又は増殖方法として優れている。接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養すると、接着性細胞は、培養容器の底面のみに偏在せずに、三次元的な広がりをもって分散し、増殖が促進される。特に、ナノファイバーとしてキチンナノファイバーを用いると、接着性細胞がキチンナノファイバーに付着し、そこを足場として強力に増殖し、その結果、増殖した細胞が、ぶどうの房状にナノファイバー上に連なる状態となる。この増殖促進効果には、接着性細胞を浮遊させる(即ち、接着性細胞の培養容器への接着を回避する)のに十分な濃度のナノファイバーが培地組成物中に含まれていればよく、浮遊静置(即ち、外部からの圧力、振動、振とう、回転操作等を伴わずに細胞が液体培地組成物中で均一に分散し尚且つ浮遊状態にあること)が可能であることは必須ではない。例えば、キチンナノファイバーの場合、浮遊作用発現に十分な0.0001%(重量/容量)以上の濃度であれば、安定した浮遊静置培養を可能にする0.03%(重量/容量)を下回る濃度(例、0.025%(重量/容量)以下、0.02%(重量/容量)以下)であっても、増殖促進効果が奏される。また、接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養すると、該細胞を培養容器の底面へ接着させて単層培養した場合よりも、高い密度で維持し増殖させることができる。
【0068】
接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養し、該細胞を維持又は増殖する場合、該浮遊培養に用いる本発明の培地組成物中に含まれる培地として、該接着性細胞の形質を維持しながら、該細胞を維持又は増殖することができる培地が用いられる。該培地は、接着性細胞の種類に応じて、当業者であれば適宜選択することができる。
【0069】
一態様において、哺乳動物の幹細胞(例、間葉系幹細胞)又は前駆細胞(例、前駆脂肪細胞)をキチンナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養することにより、該細胞を維持又は増殖させる。該浮遊培養により、哺乳動物の幹細胞(例、間葉系幹細胞)又は前駆細胞(例、前駆脂肪細胞)を、その形質(例、分化能)を維持しながら、維持又は増殖させることができる。
【0070】
接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養する場合、培養容器からの細胞の剥離操作を要することなく、新鮮な培地もしくは本発明の培地組成物を当該浮遊培養物に単に添加するか、新鮮な培地もしくは本発明の培地組成物へ、当該浮遊培養物の全部又は一部を添加することのみで接着性細胞を継代することが可能である。この継代培養方法を用いることにより、接着性細胞を、培養容器からの細胞の剥離操作を行うことなく、継代培養することができる。また、この継代培養方法を用いることにより、培養容器からの細胞の剥離操作を行うことなく、接着性細胞の培養スケールを拡大することができる。培養容器からの細胞の剥離操作としては、キレート剤(例、EDTA)及び/又はタンパク質分解酵素(例、トリプシン、コラゲナーゼ)による処理が挙げられる。上記継代培養方法は、培養容器からの細胞の剥離操作に感受性が高い接着性細胞(例えば、剥離操作により生存性が低下する接着性細胞、剥離操作により形質が変わりやすい接着性細胞)の継代培養に有利である。培養容器からの細胞の剥離操作に感受性が高い接着性細胞としては、幹細胞(例、間葉系幹細胞)、前駆細胞(例、前駆脂肪細胞)、初代培養細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0071】
(1-2)接着性細胞の分化誘導
接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養する際に、該浮遊培養を適切な分化誘導条件下で行うことにより、該接着性細胞の所望の細胞への分化を誘導することができる。上述の通り、接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養すると、その増殖が促進されるので、該浮遊培養を適切な分化誘導条件下で行うことにより、該接着細胞の所望の細胞への良好な分化誘導が期待できる。
【0072】
分化誘導条件は、接着性細胞や、所望の分化細胞の種類に応じて、適宜設定することができる。当業者であれば、種々の公知の分化誘導条件を、上記浮遊培養に適用することにより、特定の接着性細胞を、所望の細胞へと分化させることができる。例えば、特定の分化誘導因子を、上記本発明の培地組成物中に添加し、接着性細胞の浮遊培養を、当該分化誘導因子の存在下で行うことにより、所望の細胞への分化を誘導することができる。
【0073】
本発明に適用することができる分化誘導条件としては、特に限定されないが、例えば以下を挙げることができる。
・間葉系幹細胞の脂肪細胞への分化:イソブチルメチルキサンチン(IBMX)、デキサメタゾン、インスリン及びインドメタシンを、脂肪細胞分化誘導因子として使用し、これらの因子の存在下で間葉系幹細胞を培養する。
・間葉系幹細胞の骨細胞への分化:デキサメタゾン、アスコルビン酸及びβグリセロリン酸を、骨細胞分化誘導因子として使用し、これらの因子の存在下で間葉系幹細胞を培養する。
・間葉系幹細胞の軟骨細胞への分化:インスリン、TGF-β3及びアスコルビン酸を、軟骨細胞分化誘導因子として使用し、これらの因子の存在下で間葉系幹細胞を培養する。
間葉系幹細胞の脂肪細胞分化、骨細胞分化又は軟骨細胞分化の条件については、例えば、以下の論文に記載されている。
[1] da Silva Meirelles L, Caplan AI, NardiNB., Stem Cells 2008; 26(9):2287-99.
[2] Crisan M, Yap S, CasteillaL, et al., Cell Stem Cell 2008; (3):301-13.
[3] Dominici M, Le Blanc K, Mueller I, Slaper-Cortenbach I, et al., Cytother2006; 8(4):315-7.
[4] Caplan AI., Cell Stem Cell 2008; 3(3):229-30.
【0074】
・前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化:イソブチルメチルキサンチン(IBMX)、デキサメタゾン、インスリン及びインドメタシンを、脂肪細胞分化誘導因子として使用し、これらの因子の存在下で前駆脂肪細胞を培養する。
前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化の条件については、例えば、以下の論文に記載されている。
[5]Hutley LJ, Newell FM, et al., Eur J ClinInvest. 2003; 33(7): 574-81.
[6]Yin Y, Yuan H, et al.,Mol Endocrinol.2006 ;20(2):268-78.
[7]Rival Y, StennevinA, et al., J Pharmacol Exp Ther. 2004 ;311(2): 467-75.
【0075】
その他、以下の分化誘導条件が公知であり、本発明に適用可能である。
・前駆脂肪細胞から骨細胞への分化:
[8]Shirakawa K, Maeda S, et al.,Mol Cell Biol. 2006;26(16):6105-16.
【0076】
分化誘導条件下での接着性細胞の浮遊培養は、所望の分化細胞が出現するまで行われる。所望の分化細胞の出現は、当該細胞の分化マーカーの発現等を調べることにより確認することができる。当該浮遊培養の結果、所望の分化細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で得ることが出来る。
【0077】
一態様において、哺乳動物の間葉系幹細胞を、キトサンナノファイバーに付着した状態で、脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞への分化誘導条件下、浮遊培養に付す。脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞が出現するまで浮遊培養を行うことにより、脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞を得る。脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞は、キトサンナノファイバーに付着した状態で得られ得る。
【0078】
一態様において、哺乳動物の前駆脂肪細胞を、キトサンナノファイバーに付着した状態で、脂肪細胞への分化誘導条件下、浮遊培養に付す。脂肪細胞が出現するまで浮遊培養を行うことにより、脂肪細胞を得る。脂肪細胞は、キトサンナノファイバーに付着した状態で得られ得る。
【0079】
(1-3)接着性細胞による液性因子生産
接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養すると、高い密度で接着性細胞を培養することができ、また接着性細胞を効率よく増殖することが可能なので、当該浮遊培養は、インビトロ細胞培養による液性因子の生産に有用である。所望の液性因子を産生する接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養に付し、培養物(例、培養上清)から、目的とする液性因子を単離することにより、当該液性因子を得ることが出来る。液性因子としては、抗体、酵素(ウロキナーゼ等)、ホルモン(インシュリン等)、サイトカイン(インターフェロン、インターロイキン、腫瘍壊死因子、コロニー刺激因子、成長因子等)、ワクチンの抗原、その他の生理活性物質(タンパク質、ペプチド等)を挙げることができるが、これらに限定されない。液性因子を産生する細胞には、皮膚細胞、軟骨細胞、肝細胞、膵臓細胞、腎細胞、間葉系幹細胞、脂肪細胞等の非形質転換細胞や、当該液性因子をコードする遺伝子や有用物質の生合成に関与する遺伝子を導入した形質転換細胞が含まれる。所望の液性因子を産生する細胞は、好適には、当該液性因子を細胞外へ分泌する細胞である。液性因子を産生する細胞としては、具体的には、当該液性因子をコードする遺伝子や当該液性因子の生合成に関与する遺伝子を導入した、HEK293,CHO-K1、BHK-21、MDCK、Vero、HepG2、MCF-7等を挙げることができるが、これらに限定されない。組み換えタンパク質等の液性因子の生産に使用される細胞は当業者に周知であり、これらの細胞を本発明の方法において用いることが出来る。培養スケールの拡大は、上記(1-1)に記載した接着性細胞の維持又は蔵書億方法を用いて行ってもよい。液性因子を培養物から単離するにあたり、培養物から細胞を除く必要があるが、上記浮遊培養を用いると、また接着性細胞が非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で培地組成物中に浮遊しているので、遠心分離やろ過処理等の簡便な方法で細胞を除去することができる。また、培地組成物中のナノファイバーも、遠心分離やろ過処理等の簡便な方法で除去することができる。液性因子を培養物から単離する方法は、当業者に周知であり、例えばクロマトグラフィー(例、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー等のクロマトグラフィー)等の、生理活性物質の生化学的な分離精製方法を適用可能である。
【0080】
一態様において、哺乳動物の間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞、又は脂肪細胞を、キトサンナノファイバーに付着した状態で、浮遊培養に付し、得られた培養上清から、これらの細胞が細胞外に分泌したサイトカイン又はエクソソーム等の有用物質を単離する。脂肪細胞は、上記(1-2)の方法により、哺乳動物の間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞から誘導したものであり得る。
【0081】
(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送
接着性細胞は、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、高い生存性を示す。また、接着性細胞を足場から切り離すことなく、高い密度で濃縮することが出来る。従って、非水溶性多糖類からなるナノファイバーは、接着性細胞を非凍結状態で保存及び/又は輸送するためのキャリアとして使用することができる。該ナノファイバーを使用した接着性細胞の非凍結状態での保存及び/又は輸送は、上記本発明の培地組成物を使用し、接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、該培地組成物中に浮遊した状態で(好ましくは、浮遊静置状態で)、保存及び/又は輸送することにより、実施することができる。
【0082】
保存及び/又は輸送に用いる本発明の培地組成物には、上述の組成に加えて、細胞や組織の非凍結状態での保存の際に、細胞延命効果がある各種成分が含まれていてもよい。該成分としては、糖類(但し、多糖類を除く)(例、単糖類、二糖類)、抗酸化剤(例、SOD、ビタミンEまたはグルタチオン)、親水性ポリマー(例、ポリビニルピロリドン)、キレート剤(例、EDTA)、糖アルコール(例、マンニトール、ソルビトール)、グリセロール等を挙げることが出来る。
【0083】
保存及び/又は輸送にあたっては、例えば、所望の接着性細胞を、本発明の培地組成物中に分散し、接着性細胞を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着させ、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞の懸濁液を得る。上記(1)の浮遊培養の結果得られる、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞を含む培養物を、そのまま保存及び/又は輸送に付してもよい。また、上記(1)の浮遊培養の結果得られる培養物を遠心分離等に付すことにより、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞を回収し、これを適切な液体培地に懸濁することにより非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞の懸濁液を得てもよい。懸濁液中の接着性細胞の濃度は、特に限定されないが、通常、1×102~5×106個/mL、好ましくは1×104~1×106個/mLである。
【0084】
保存及び/又は輸送にあたっては、上記接着性細胞の懸濁液を、密封可能な容器中に入れる。該容器としては、フラスコ、プラスチックバック、テフロン(登録商標)バック、チューブ、培養バック等を挙げることが出来るが、これらに限定されない。保存又は輸送中に、内容物の漏れや外界からの細菌等のコンタミネーションを回避するため、接着性細胞の懸濁液を入れた容器は、好適には密封される。
【0085】
保存及び/又は輸送中の温度は、接着性細胞の生存が維持される限り特に限定されないが、通常は、37℃以下である。温度が低い方が、保存及び/又は輸送中の細胞の生存性の低下を回避することができるが、細胞が凍結してしまわないよう、通常、本発明の培地組成物の融点を上回る温度で保存及び/又は輸送する。従って、保存及び/又は輸送中の温度は、通常-5~42℃、好ましくは1~37℃、より好ましくは4~32℃、更に好ましくは18~30℃で維持される。
【0086】
保存及び/又は輸送の期間は、対象の接着性細胞を生存状態のまま維持できる範囲内で特に限定されないが、通常1時間以上、10日以内、好ましくは1~8日、より好ましくは1~3日である。保存及び/又は輸送期間中、接着性細胞は、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、本発明の培地組成物中で浮遊静置状態が維持されることが好ましい。
【0087】
本発明の保存又は輸送方法を用いると、接着性細胞を、足場から切り離すことなく、非凍結状態で、浮遊状態を維持したまま、保存及び/又は輸送することができる。したがって、細胞の凍結、接着性細胞の足場からの剥離、沈降により接触した細胞同士の凝集等によるダメージを最小限に抑制し、本来の機能を維持した状態で接着性細胞を保存及び/又は輸送することができる。
【0088】
一態様において、哺乳動物の間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞、脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞を、キトサンナノファイバーに付着した状態で、非凍結状態で、保存及び/又は輸送に付す。脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞は、上記(1-2)の方法により、哺乳動物の間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞から誘導したものであり得る。
【0089】
保存及び/又は輸送した接着性細胞を回収する際には、接着性細胞をキレート剤(例、EDTA)及び/又はタンパク質分解酵素(例、トリプシン、コラゲナーゼ)で処理して、接着性細胞をナノファイバーから剥離してもよいし、また、後述する本発明の回収方法により、ナノファイバーを適切な分解酵素で分解し、接着性細胞をナノファイバーから剥離してもよい。ナノファイバーに付着した状態で保存及び/又は輸送した接着性細胞を、上記(1-1)に記載した方法で浮遊培養した後で、回収操作を行ってもよい。或いは、ナノファイバーに付着した接着性細胞を、細胞接着性の培養器に移し、引き続き、培養する。細胞接着性の培養器は、培養器の表面の細胞との接着性を向上させる目的で、細胞外マトリックス(ECM)等の任意の細胞支持用基質でコーティングされたものであり得る。細胞支持用基質としては、コラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、及びフィブロネクチン並びにそれらの混合物、例えばマトリゲル等を挙げることができるが、これらに限定されない。細胞接着性の培養器中でナノファイバーに付着した接着性細胞を培養すると、接着性細胞がナノファイバーから細胞接着性培養器の表面へ移動し、該培養器の表面に接着した状態で増殖する。この培養器の表面に接着した細胞をキレート剤(例、EDTA)及び/又はタンパク質分解酵素(例、トリプシン、コラゲナーゼ)で処理して、表面から剥離し、回収してもよい。
【0090】
(3)移植
上述のように、接着性細胞は、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、高い生存性を示す。また、接着性細胞を足場から切り離すことなく、良好な機能を維持したまま、高い密度で濃縮することが出来る。更に、キチン等の非水溶性多糖類は生分解性なので、体内に移植すると、分解されて消失する。従って、非水溶性多糖類からなるナノファイバーは、接着性細胞を生体内に移植するためのキャリアとして使用することができる。接着性細胞の有効量を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、該接着性細胞による治療を必要としている患者に対して移植することにより、該患者における疾患や障害を治療することができる。該疾患又は障害は、当該接着性細胞の欠失、不足、又は機能不全に起因するものであり得る。例えば、ヒト接着性細胞の有効量を、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した状態で、該接着性細胞による治療を必要としているヒト患者に対して移植することにより、該ヒト患者における疾患や障害を治療することができる。移植をする接着性細胞は、上記(1)の浮遊培養、又は上記(2)の非凍結状態での保存及び/又は輸送により獲得されたものであり得る。
【0091】
一態様において、哺乳動物の間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞、脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞を、キトサンナノファイバーに付着した状態で、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞、脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞による治療を必要としている哺乳動物患者に対して移植することにより、該患者における疾患や障害を治療することができる。該疾患又は障害は、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞、脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞の欠失、不足、又は機能不全に起因するものであり得る。哺乳動物は、好ましくはヒトである。移植をする間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞は、上記(1-1)の方法により、維持又は増殖されたものであり得る。脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞は、上記(1-2)の方法により、哺乳動物の間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞から誘導したものであり得る。
【0092】
[連続的処理]
上述のように、非水溶性多糖類からなるナノファイバーは、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞等の接着性細胞の(1)浮遊培養(維持又は増殖、分化誘導、又は液性因子生産)、(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送、並びに(3)移植等の種々の操作における共通のキャリアとして使用することができるので、非水溶性多糖類からなるナノファイバーを用いることにより、(1)浮遊培養((1-1)維持又は増殖、(1-2)分化誘導、又は(1-3)液性因子生産)、(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送、並びに(3)移植から選択される複数の処理を、連続的に実施することができる。「連続的」とは、特定の操作により得られた非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞を、その付着状態を維持したまま、次の操作に供することを意味する。接着性細胞を足場から剥離することなく、複数の操作を連続的に行うことにより、接着性細胞の生存性及び機能を良好な状態で維持することができる。
【0093】
処理の組み合わせ、及びその順序は、特に限定されず、目的に応じて適宜設定することができる。また、同一の処理を連続的に、又は非連続的に複数回おこなってもよい。以下に処理の組み合わせ、及びその順序の例を示すが、これらに限定されるものではない。
【0094】
(a) (1-1)→(2)
(b) (1-1)→(2)→(1-1)
(c) (1-1)→(2)→(1-2)
(d) (1-1)→(2)→(1-1)→(1-2)
(e) (1-1)→(2)→(1-2)→(1-1)
(f) (1-1)→(2)→(1-1)→(1-2)→(1-1)
(g) (1-1)→(1-2)→(2)
(h) (1-1)→(1-2)→(1-1)→(2)
(i) (1-1)→(1-2)→(2)→(1-1)
(j) (1-1)→(1-2)→(1-1)→(2)→(1-1)
(k) (1-1)→(1-2)
(l) (1-1)→(1-2)→(1-1)
(m) 前記(a)~(l)のいずれかの操作(例えば、(a)、(b)、(c)又は(k))の後に、連続的に(3)
(n) 前記(a)~(l)のいずれかの操作(例えば、(a)、(b)、(c)又は(k))の後に、連続的に(1-3)
【0095】
上記組み合わせにおいて、非水溶性多糖類からなるナノファイバーは、好ましくは、キチンナノファイバーである。上記(a)及び(b)における操作(1-1)において、維持又は増殖する接着性細胞は、好ましくは、哺乳動物の間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞、脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞である。上記(c)、(d)、(e)、(f)、(g)、(h)、(i)、(j)、(k)及び(l)において、操作(1-2)よりも前に行う操作(1-1)において、維持又は増殖する接着性細胞は、好ましくは、哺乳動物の間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞である。上記(e)、(f)、(h)、(i)、(j)及び(l)において、操作(1-2)よりも後に行う操作(1-1)において、維持又は増殖する接着性細胞は、脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞である。上記組み合わせにおいて、操作(1-2)は、好ましくは、哺乳動物の間葉系幹細胞又は前駆脂肪細胞からの、脂肪細胞、骨細胞又は軟骨細胞への分化誘導である。
【0096】
[ナノファイバーに付着した接着性細胞の回収]
本発明は、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞を、該非水溶性多糖類の分解酵素で処理することにより該ナノファイバーを分解し、該接着性細胞を該ナノファイバーから剥離することを含む、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞から該接着性細胞を回収する方法を提供するものである。
【0097】
一般的に、培養容器等に付着した接着性細胞を剥離して回収する場合、キレート剤(例、EDTA)及び/又はタンパク質分解酵素(例、トリプシン、コラゲナーゼ)による処理を行うが、この処理を行うと接着性細胞の細胞外マトリクスの構造が破壊され、またキレート剤やタンパク質分解酵素の接着性細胞への直接的な作用により、接着性細胞がダメージを受け、その生存性や機能が損なわれる場合があった。また、キレート剤やタンパク質分解酵素を用いて細胞を回収する場合、培地中に含まれる二価イオンやタンパク質等を除去するために、培地を除去し、細胞をPBS等で洗浄する必要があり、この洗浄操作が細胞に対してダメージを与える場合があった。特に、幹細胞(例、間葉系幹細胞)、前駆細胞(例、前駆脂肪細胞)、初代培養細胞等は、上述のようなキレート剤やタンパク質分解酵素を使用した剥離操作に対する感受性が高い。これに対して、本発明の回収方法においては、接着性細胞が付着したナノファイバーを構成する非水溶性多糖類を分解する。そのため、接着性細胞の細胞外マトリクスの構造の破壊が最小限にとどめられる。また、哺乳動物等の細胞は、通常、その構成成分として非水溶性多糖類を含まないので、非水溶性多糖類の分解酵素で当該細胞を処理しても、その細胞への直接的な影響が最小限にとどめられる。更に、哺乳動物等の培地は、通常、非水溶性多糖類は含まないので、PBS等による洗浄操作が不要である。従って、本発明の回収方法によれば、接着性細胞へのダメージを最小限に抑制しながら、接着性細胞をナノファイバーから剥離し、回収することができる。
【0098】
本発明の回収方法においては、非水溶性多糖類の種類に応じて、その分解酵素が適宜選択される。例えば、非水溶性多糖類としてキチン又はキトサンを用いる場合、その分解酵素として、キチナーゼ、キトビアーゼ、キトサナーゼ、β-1,3-グルカナーゼ等を使用することができる。非水溶性多糖類としてセルロースを用いる場合、その分解酵素として、セルラーゼ(エンドグルカナーゼ(EC 3.2.1.4)(“EG”)、エキソグルカナーゼまたはセロビオヒドロラーゼ(EC 3.2.1.91)(“CBH”)、β-グルコシダーゼ([β]-D-グルコシドグルコヒドロラーゼ;EC 3.2.1.21)(“BG”))を使用することができる。セルロース原料中にヘミセルロースが多く含まれる場合、セルラーゼ以外にヘミセルロースを分解するための酵素として、キシラナーゼやマンナナーゼを添加することが好ましい。複数の分解酵素を組み合わせて使用してもよい。例えば、非水溶性多糖類としてキチン又はキトサンを用いる場合、その分解酵素として、キチナーゼ、キトビアーゼ、キトサナーゼ、及びβ-1,3-グルカナーゼからなる群から選択される2、3又は4の酵素の混合物を用いてもよい。Yatalase(タカラバイオ)は、キチナーゼ、キトビアーゼ、キトサナーゼ、及びβ-1,3-グルカナーゼを含む混合物であり、キチン又はキトサンの分解酵素として、本発明の回収方法に好適に用いることができる。
【0099】
例えば、非水溶性多糖類からなるナノファイバーに付着した接着性細胞の懸濁液に対して、該非水溶性多糖類の分解酵素を添加し、混合物を、接着性細胞の剥離に十分な時間、インキュベートする。上述の通り、当該剥離には、キレート剤(EDTA)やタンパク質分解酵素(トリプシン、コラゲナーゼ)は不要なので、一態様において、懸濁液に対して、キレート剤(EDTA)及び/又はタンパク質分解酵素(例、トリプシン、コラゲナーゼ)を添加せずに、非水溶性多糖類の分解酵素を添加する。また、PBS等による洗浄操作が不要なので、一態様において、接着性細胞を懸濁する媒体中の二価イオン及び/又はタンパク質を除去する(例えば、濃度を1/10以下とする)ための洗浄操作を行わずに、該媒体中へ非水溶性多糖類の分解酵素を添加する。非水溶性多糖類の分解酵素によるインキュベーション温度は、通常、20℃~37℃である。インキュベーション時間は、酵素の種類等にもよるが、通常、5~60分である。
【0100】
ナノファイバーが分解し、接着性細胞がナノファイバーから剥離したら、懸濁液を遠心分離に付すことにより、剥離した接着性細胞を回収することができる。
【0101】
このようにして回収した接着性細胞は、ダメージが最小限に抑制されているので、機能解析や、移植等に好適に使用することができる。
【0102】
例えば、上述の非水溶性多糖類からなるナノファイバーを用いた接着性細胞の処理において、(1)浮遊培養((1-1)維持又は増殖、(1-2)分化誘導)や(2)非凍結状態での保存及び/又は輸送の操作を行った後、本発明の回収方法により、ナノファイバーから接着性細胞を剥離し、回収してもよい。上記連続操作(例えば、(a)~(l))を行った後、本発明の回収方法により、ナノファイバーから接着性細胞を剥離し、回収してもよい。
【0103】
以下に本発明の培地組成物の実施例を具体的に述べることで、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【実施例0104】
(試験例1:キチンナノファイバーを用いた3D培養におけるヒト前駆脂肪細胞の増殖)
キチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン、Lot.GG30-G30)および脱アシル化ジェランガム(DAG)(KELCOGEL CG-LA、三晶株式会社製)を1%(w/v)となるように、それぞれ、超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。ヒト前駆脂肪細胞増殖培地(#CAS11K500、東洋紡社製)にキチンナノファイバーを添加した培地組成物(終濃度:0.003%(w/v)、0.01%(w/v)、0.03%(w/v))、脱アシル化ジェランガムを添加した培地組成物(終濃度:0.015%(w/v)、0.03%(w/v))、そして上記基材を含まない未添加培地組成物を調製した。引き続き、培養したヒト前駆脂肪細胞(皮下由来、#CAS02s05a、東洋紡社製)を、33333細胞/mLとなるように上記の各培地組成物に懸濁した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)に150μL/ウェルで播種した。細胞をCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で10日間培養した。3、7、10日目の培養液に対してATP試薬150μL(CellTiter-GloTM Luminescent Cell Viability Assay, Promega社製)を添加し懸濁させ、約10分間室温で静置した後、FlexStation3(Molecular Devices社製)にて発光強度(RLU値)を測定し、培地のみの発光値を差し引き、生細胞の数(4点の平均値)を算出した。
【0105】
その結果、キチンナノファイバーを添加した培地組成物を用いてヒト前駆脂肪細胞を培養すると、0.003%(w/v)以上の濃度で細胞増殖作用を認めた。各培養でのRLU値(ATP測定、発光強度)を表1に示す。
【0106】
【0107】
(試験例2:キチンナノファイバーを用いた3D培養におけるヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞の増殖)
キチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン、Lot.GG30-G30)を1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。低血清培地である間葉系幹細胞増殖培地(C-28009、タカラバイオ社製)にキチンナノファイバーを添加した培地組成物(終濃度:0.001%(w/v)、0.003%(w/v)、0.01%(w/v)、0.03%(w/v))、そして上記基材を含まない未添加培地組成物を調製した。引き続き、培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞(C-12977、タカラバイオ社製)を、13333細胞/mLとなるように上記の各培地組成物に懸濁した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)に150μL/ウェルで播種した。細胞をCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で10日間培養した。3、7、10日目の培養液に対してATP試薬150μL(CellTiter-GloTM Luminescent Cell Viability Assay, Promega社製)を添加し懸濁させ、約10分間室温で静置した後、FlexStation3(Molecular Devices社製)にて発光強度(RLU値)を測定し、培地のみの発光値を差し引き、生細胞の数(4点の平均値)を算出した。
【0108】
その結果、キチンナノファイバーを添加した培地組成物を用いてヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を培養すると、0.001%(w/v)以上の濃度で細胞の増殖促進作用を認めた。各培養でのRLU値(ATP測定、発光強度)を表2に示す。
【0109】
【0110】
(試験例3:キチンナノファイバーに接着したヒト前駆脂肪細胞の回収)
キチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン、Lot.GG30-G30)を1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。ヒト前駆脂肪細胞増殖培地(#CAS11K500、東洋紡社製)にキチンナノファイバーを添加した培地組成物(終濃度:0.03%(w/v))を調製した。引き続き、培養したヒト前駆脂肪細胞(皮下由来、#CAS02s05a、東洋紡社製)を、33333細胞/mLとなるように上記の培地組成物に懸濁した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)に150μL/ウェルで播種した。細胞をCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で3日間培養し、細胞をキチンナノファイバーに接着させた。
【0111】
培養3日後に、キチン分解酵素を含むYatalase(タカラバイオ製、T017)を最終濃度が0.1%(w/v)又は0.25%(w/v)になるように各ウェルに添加し、37℃で約1時間静置した。その後、キチンナノファイバー分解物やヒト前駆脂肪細胞を含んだ4ウェル分の細胞懸濁液を15mLチューブに回収し、1500rpmで遠心した。遠心後、上清の培地成分を除去し、沈降したヒト前駆脂肪細胞を600μLのヒト前駆脂肪細胞増殖培地(#CAS11K500、東洋紡社製)に懸濁し、96ウェル平底マイクロプレート(コーニング社製、#3585)に150μL/ウェルで再播種し、写真撮影を実施した。
【0112】
その結果、キチンナノファイバーを添加した培地組成物中でヒト前駆脂肪細胞を培養すると、キチンナノファイバーにヒト前駆脂肪細胞が接着し、Yatalaseを用いてキチンナノファイバーを消化すると、キチンナノファイバーに接着していたヒト前駆脂肪細胞が単細胞様で単離出来ることが分かった。Yatalase処理後の細胞の写真を
図2に示す。
【0113】
(試験例4:キチンナノファイバーに接着したヒト前駆脂肪細胞の回収と再播種)
キチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン、Lot.GG30-G30)を1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。ヒト前駆脂肪細胞増殖培地(#CAS11K500、東洋紡社製)にキチンナノファイバーを添加した培地組成物(終濃度:0.03%(w/v))を調製した。引き続き、培養したヒト前駆脂肪細胞(皮下由来、#CAS02s05a、東洋紡社製)を、33333細胞/mLとなるように上記の培地組成物に懸濁し、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)に150μL/ウェルで播種した。細胞をCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で3日間培養し、細胞をキチンナノファイバーに接着させた。
【0114】
培養3日後に、キチン分解酵素を含むYatalase(タカラバイオ製、T017)を最終濃度が0.1%(w/v)又は0.25%(w/v)になるように各ウェルに添加し、37℃で約1時間静置した。その後、キチンナノファイバー分解物やヒト前駆脂肪細胞を含んだ4ウェル分の細胞懸濁液を15mLチューブに回収し、1500rpmで遠心した。遠心後、上清の培地成分を除去し、沈降したヒト前駆脂肪細胞を600μLのヒト前駆脂肪細胞増殖培地(#CAS11K500、東洋紡社製)に懸濁し、96ウェル平底マイクロプレート(コーニング社製、#3585)に150μL/ウェルで再播種し、細胞増殖と脂肪細胞への分化誘導の程度を評価した。
【0115】
細胞増殖の評価はATP値の測定法を用いて行った。再播種後、細胞をCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で最大7日間まで培養した。再播種後0、3、7日目の培養液に対してATP試薬150μL(CellTiter-GloTM Luminescent Cell Viability Assay, Promega社製)を添加し、約10分間室温で静置した後、FlexStation3(Molecular Devices社製)にて発光強度(RLU値)を測定し、培地のみの発光値を差し引き、生細胞の数(4点の平均値)を算出した。
【0116】
脂肪細胞への分化は、脂肪細胞マーカーのmRNA発現値を用いて評価した。細胞を再播種し、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で3日間培養した。細胞の96ウェル平底マイクロプレートへの接着を確認し、培地を除去し、ヒト脂肪細胞分化培地(#CAS11D250、東洋紡社製)150μL/ウェルに交換し、さらに細胞をCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で10日間培養した。
【0117】
分化培地への交換時(0日目)と10日目において、接着した細胞からRNeasy Mini kit(QIAGEN社製)を用いて総RNAを抽出した。PrimeScriptTM RT Master Mix(タカラバイオ社製)を使用し、GeneAmp PCR System 9700(Applied Biosystems社製)上で逆転写反応を行い、総RNAからcDNAを合成した。得られた各cDNAサンプルを滅菌水で1/10に希釈したものをPCRのテンプレートとして用いた。また、分注し混合させたcDNAを検量線作成用のサンプルとして使用した。検量線は、3倍公比で1/3から1/243の希釈までの定量範囲で設定した。PCRは、各cDNAサンプル、検量サンプル、Premix Ex TaqTM(タカラバイオ社製)及び各種Taqmanプローブ(Applied Biosystems社製)を使用し、7500 Real Time PCR System(Applied Biosystems社製)により実施した。PPIA(cyclophilin B)のmRNAを内在性コントロールとし、PPAR gamma mRNAあるいはリポプロテインリパーゼ(LPL) mRNAの発現はPPIAの値で補正した。用いたプローブ(Applied Biosystems社製)を以下に示す。
PPIA:HS99999904
PPAR gamma: HS011155134
LPL: HS00173425
【0118】
その結果、キチンナノファイバーを添加した培地組成物中でヒト前駆脂肪細胞を培養すると、キチンナノファイバーにヒト前駆脂肪細胞が接着し、Yatalaseを用いてキチンナノファイバーを消化すると、キチンナノファイバーに接着していたヒト前駆脂肪細胞が単細胞様で単離出来ることが分かった。また単離された細胞は、96ウェル平底マイクロプレート上での増殖能と脂肪細胞への分化能を保持していた。細胞増殖評価に関するRLU値(ATP測定、発光強度)を表3に、脂肪細胞分化評価に関するPPAR gammaとLPLのmRNA発現値を表4及び表5にそれぞれ示す。
【0119】
【0120】
【0121】
【0122】
(試験例5:キチンナノファイバーに接着したヒト前駆脂肪細胞の分化誘導)
キチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン、Lot.GG30-G30)を1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。本溶液を用いてヒト脂肪細胞分化培地(#CAS11D250、東洋紡社製)にキチンナノファイバーを添加した培地組成物(終濃度:0.03%(w/v))を調製した。引き続き、培養したヒト前駆脂肪細胞(皮下由来、#CAS02s05a、東洋紡社製)を、33333細胞/mLとなるように上記の培地組成物に懸濁し、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)に150μL/ウェルで播種した。細胞をCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で、最大14日間培養した。
【0123】
細胞生存性の評価はATP値の測定法を用いて行った。0、4、8、14日目の培養液に対してATP試薬150μL(CellTiter-GloTM Luminescent Cell Viability Assay, Promega社製)を添加し、約10分間室温で静置した後、FlexStation3(Molecular Devices社製)にて発光強度(RLU値)を測定し、培地のみの発光値を差し引き、生細胞の数(4点の平均値)を算出した。
【0124】
脂肪細胞への分化は、脂肪細胞マーカーのmRNA発現値を用いて評価した。上記培地組成物へのヒト前駆脂肪細胞の播種時(0日目)と4、8及び14日目において、細胞懸濁液からRNeasy Mini kit(QIAGEN社製)を用いて総RNAを抽出した。PrimeScriptTM RT Master Mix(タカラバイオ社製)を使用し、GeneAmp PCR System 9700(Applied Biosystems社製)上で逆転写反応を行い、総RNAからcDNAを合成した。得られた各cDNAサンプルを滅菌水で1/10に希釈したものをPCRのテンプレートとして用いた。また、分注し混合させたcDNAを検量線作成用のサンプルとして使用した。検量線は、3倍公比で1/3から1/243の希釈までの定量範囲で設定した。PCRは、各cDNAサンプル、検量サンプル、Premix Ex TaqTM(タカラバイオ社製)及び各種Taqmanプローブ(Applied Biosystems社製)を使用し、7500 Real Time PCR System(Applied Biosystems社製)により実施した。用いたプローブ(Applied Biosystems社製)を以下に示す。
PPIA:HS99999904
PPAR gamma:HS011155134
LPL:HS00173425
FABP4:HS01086177
【0125】
その結果、培地組成物にキチンナノファイバーを添加した条件で脂肪細胞への分化誘導を行うと、細胞の生存性を保持しつつ、ヒト脂肪前駆細胞から脂肪細胞様に分化誘導できることが明らかとなった。細胞生存性についてのRLU値(ATP測定、発光強度)を表6に示す。0日目の値を100%としたときの相対値として示す。脂肪細胞分化評価に関するPPAR gamma、LPL、及びFABP4のmRNA発現を表7、表8及び表9に示す。
【0126】
【0127】
【0128】
【0129】
【0130】
(試験例6:キチンナノファイバーに接着したヒト前駆脂肪細胞の輸送試験)
キチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン、Lot.GG30-G30)を1%(w/v)となるように、それぞれ、超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液(又は懸濁液)を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。ヒト前駆脂肪細胞増殖培地(#CAS11K500、東洋紡社製)あるいは10%FBS(#35
-015-CV、コーニング製)を含有したDMEM培地(#044-29765、和光純薬製)にキチンナノファイバーを添加した培地組成物(終濃度:0.01%(w/v))、及びキチンナノファイバーを含まない未添加培地組成物を調製した。引き続き、培養したヒト前駆脂肪細胞(皮下由来、#CAS02s05a、東洋紡社製)を、90000細胞/mLとなるように上記の各培地組成物に懸濁した後、6ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(#3471、コーニング社製)に5mL/ウェルで播種した。細胞をCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で3日間培養した。培養後、ヒト前駆脂肪細胞が接着したキチンナノファイバーを50mLチューブに回収し、遠心後、ペレットとなったヒト前駆脂肪細胞が接着したキチンナノファイバーに新しいヒト前駆脂肪細胞増殖培地(#CAS11K500、東洋紡社製)あるいは10%FBS(#35-015-CV、コーニング製)含有したDMEM培地(#044-29765、和光純薬製)を添加・懸濁し、6ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3471)あるいは15mLチューブに移した。6ウェル平底超低接着表面マイクロプレートはCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で7日間培養し、15mLチューブは25℃インキュベーター内にて7日間静置した。
【0131】
CO
2インキュベーター(37℃、5%CO
2)内あるいは25℃インキュベーター内で7日間維持したキチンナノファイバーに接着したヒト前駆脂肪細胞を、培地ごと100mm 培養ディッシュ(#430167、コーニング製)に再播種し、CO
2インキュベーター(37℃、5%CO
2)内にて静置状態でさらに7日間培養し、顕微鏡にてキチンナノファイバーから遊走・増殖してくるヒト前駆脂肪細胞を観察した(
図3)。
【0132】
顕微鏡で確認した後、培地を除去し、ディッシュに接着したヒト前駆脂肪細胞とキチンナノファイバーをPBS(-)(#045-29795、和光純薬製)で洗った後、トリプシン(#CA090K、東洋紡製)を添加することで、ヒト前駆脂肪細胞のみを回収した。回収したヒト前駆脂肪細胞を、ヒト前駆脂肪細胞増殖培地(#CAS11K500、東洋紡社製)あるいは10%FBS(#35-015-CV、コーニング製)を含有したDMEM培地(#044-29765、和光純薬製)で懸濁し、6ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3471)に5mL/ウェルで播種し、5日間培養した。5日間培養後、脂肪細胞分化培地(#CA811D250、東洋紡製)に培地交換し、さらに培養を17日間継続し、顕微鏡にて脂肪細胞への分化誘導を観察した(
図4)。
【0133】
その結果、キチンナノファイバーに接着したヒト前駆脂肪細胞は、CO
2インキュベーター(37℃、5%CO
2)内又は25℃インキュベーター内のいずれの条件でも、7日間静置後にキチンナノファイバーからの遊走能および増殖能を有し(
図3)、脂肪細胞への分化能(
図4)を保持していた。ヒト前駆脂肪細胞増殖培地(#CAS11K500、東洋紡社製)及び10%FBS(#35-015-CV、コーニング製)を含有したDMEM培地(#044-29765、和光純薬製)のいずれの培地を用いた場合も、同様の結果が得られた。
【0134】
(試験例7:キチンナノファイバーに接着したヒト脂肪由来間葉系幹細胞の輸送試験)
キチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン、Lot.GG30-G30)を1%(w/v)となるように、それぞれ、超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液(又は懸濁液)を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。ADSC培地(#C-28009、タカラ社製)あるいは10%FBS(#35-015-CV、コーニング製)を含有したDMEM培地(#044-29765、和光純薬製)にキチンナノファイバーを添加した培地組成物(終濃度:0.01%(w/v))、及びキチンナノファイバーを含まない未添加培地組成物を調製した。引き続き、培養したヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(#C-12977、タカラ社製)を、90000細胞/mLとなるように上記の各培地組成物に懸濁した後、6ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3471)に5mL/ウェルで播種した。細胞をCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で3日間培養した。培養後、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞が接着したキチンナノファイバーを50mLチューブに回収し、遠心後、ペレットとなったヒト脂肪由来間葉系幹細胞が接着したキチンナノファイバーに新しいADSC培地(#C-28009、タカラ社製)又は10%FBS(#35-015-CV、コーニング製)を含有したDMEM培地(#044-29765、和光純薬製)を添加・懸濁し、6ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3471)又は15mLチューブに移した。6ウェル平底超低接着表面マイクロプレートはCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で7日間インキュベートし、15mLチューブは25℃インキュベーター内にて7日間静置した。
【0135】
CO
2インキュベーター(37℃、5%CO
2)内あるいは25℃インキュベーター内で7日間維持したキチンナノファイバーに接着したヒト脂肪由来間葉系幹細胞を、培地ごと100mm 培養ディッシュ(#430167、コーニング製)に再播種し、CO
2インキュベーター(37℃、5%CO
2)内にて静置状態でさらに7日間培養し、顕微鏡にてキチンナノファイバーから遊走・増殖してくるヒト脂肪由来間葉系幹細胞を観察した(
図5)。
【0136】
顕微鏡で確認した後、培地を除去し、ディッシュに接着したヒト脂肪由来間葉系幹細胞とキチンナノファイバーをPBS(-)(#045-29795、和光純薬製)で洗った後、トリプシン(#C-41210、タカラ社製)を添加することで、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞のみを回収した。回収したヒト脂肪由来間葉系幹細胞を、ADSC培地(#C-28009、タカラ社製)又は10%FBS(#35-015-CV、コーニング製)を含有したDMEM培地(#044-29765、和光純薬製)で懸濁し、6ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3471)に5mL/ウェルで播種し、2日間培養した。2日間培養後、脂肪細胞分化培地(#C-28016、タカラ社製)に培地交換し、さらに培養を8日間継続し、顕微鏡にて脂肪細胞への分化誘導を観察した(
図6)。
【0137】
その結果、キチンナノファイバーに接着したヒト脂肪由来間葉系幹細胞は、CO
2インキュベーター(37℃、5%CO
2)内又は25℃インキュベーター内のいずれの条件でも、7日間静置後にキチンナノファイバーからの遊走能および増殖能を有し(
図5)、脂肪細胞への分化能(
図6)を保持していた。ADSC培地(#C-28009、タカラ社製)及び10%FBS(#35-015-CV、コーニング製)を含有したDMEM培地(#044-29765、和光純薬製)のいずれの培地を用いた場合も、同様の結果が得られた。
【0138】
以上の結果から、キチンナノファイバーに接着した状態で細胞を輸送し、そのまま細胞をディッシュに再播種し、細胞をディッシュ上に遊走・増殖させ、トリプシン等で回収する、非凍結条件での新しい細胞輸送法を確立した。モデルを
図7に示す。
【0139】
(試験例8:αキチンナノファイバー、βキチンナノファイバー、キトサンナノファイバーを用いた3D培養におけるMDCK細胞増殖効果)
WO 2015/111686 A1に準じて調製したαキチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン)を1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。さらにキトサンナノファイバーおよびβキチンナノファイバーを1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により溶解し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。用いたナノファイバーは、200MPa, pass 10回の解繊度条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル1)、200MPa, pass 1回の解繊度条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル2)、200MPa, pass 10回の解繊度条件でナノファイバー化したキトサンナノファイバー(サンプル3)、200MPa, pass 10回の解繊度条件でナノファイバー化したβキチンナノファイバー(サンプル4)である。
無血清培地KBM220培地(コージンバイオ社製)に終濃度0.03%(w/v)の各ナノファイバーサンプル(1~4)を添加した培地組成物を調製した。引き続き、培養したイヌ腎臓尿細管上皮細胞株MDCK(DSファーマバイオメディカル社製)を、66666細胞/mLとなるように上記の各ナノファイバーサンプル(1~4)を添加した培地組成物に播種した後、125mL フラスコ(Thermo Scientific, 4115-0125)に30mLになるように分注した。各フラスコはCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて振盪状態(cfg50rpm)で培養し、6日間継続した。また6日目において、各ナノファイバーサンプル(1~4)およびナノファイバーに接着しているMDCK細胞を50mLチューブに回収し、遠心後(cfg1000rpm、3分間)培地のみを除外した。残存している各ナノファイバーサンプルおよびMDCK細胞に新しいKBM220培地を添加し懸濁した後、懸濁液をすべて元の125mLフラスコに戻し、振盪状態(cfg50rpm)で培養を継続した。以上の培地交換の操作は、9日目と13日目にも実施した。
0、6、13、17日目の培養液をピペッティングで懸濁し、その細胞懸濁液100μLに対してATP試薬100μL(CellTiter-GloTM Luminescent Cell Viability Assay、Promega社製)を添加し反応させ、約10分間室温で静置した後、FlexStation3(Molecular Devices社製)にて発光強度(RLU値)を測定し、培地のみの発光値を差し引き4点の平均値として生細胞の数を測定した。
【0140】
その結果、各ナノファイバーサンプル(1~4)を含む培地組成物を用いてMDCK細胞を125mLフラスコ中で培養すると、サンプル2のαキチンナノファイバー添加による細胞増殖促進作用が最も強く認められた。またサンプル1のαキチンナノファイバーとサンプル3のキトサンナノファイバーにも細胞増殖促進効果が認められた。一方、サンプル4のβキチンナノファイバーの細胞増殖促進作用は弱かった。各培養でのRLU値(ATP測定、発光強度)を表10に示す。
【0141】
【0142】
(試験例9:各解繊度条件でのαキチンナノファイバーを用いた3D培養におけるMDCK細胞増殖効果)
WO 2015/111686 A1に準じて調製したαキチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン)を1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。用いたαキチンナノファイバーは、200MPa, pass 10回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル1)、200MPa, pass 1回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル2)、100MPa, pass 1回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル5)、200MPa, pass 3回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル6)、100MPa, pass 5回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル7)、αキチン原料(サンプル8)、である。
無血清培地KBM220培地(コージンバイオ社製)に終濃度0.03%(w/v)の各ナノファイバーサンプル(1, 2、5~8)を添加した培地組成物、そして上記基材を含まない未添加培地組成物(サンプル9)を調製した。引き続き、培養したイヌ腎臓尿細管上皮細胞株MDCK(DSファーマバイオメディカル社製)を、66666細胞/mLとなるように上記の各ナノファイバーサンプル(1, 2、5~8)を添加した培地組成物に播種した後、125mL フラスコ(Thermo Scientific, 4115-0125)に30mLになるように分注した。各フラスコはCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて振盪状態(cfg50rpm)で培養し、7日間継続した。
0、3、7日目の培養液をピペッティングで懸濁し、その細胞懸濁液100μLに対してATP試薬100μL(CellTiter-GloTM Luminescent Cell Viability Assay、Promega社製)を添加し反応させ、約10分間室温で静置した後、FlexStation3(Molecular Devices社製)にて発光強度(RLU値)を測定し、培地のみの発光値を差し引き4点の平均値として生細胞の数を測定した。
【0143】
その結果、各ナノファイバーサンプル(1, 2、5~8)を含む培地組成物を用いてMDCK細胞を125mLフラスコ中で培養すると、サンプル5およびサンプル6の低解繊度であるαキチンナノファイバー添加による細胞増殖促進作用が最も強く認められた。一方、サンプル8のαキチン原料の細胞増殖促進作用は認めなかった。各培養でのRLU値(ATP測定、発光強度)を表11に示す。
【0144】
【0145】
(試験例10:各解繊度条件でのαキチンナノファイバーを用いた3D培養におけるヒト脂肪由来間葉系幹細胞の増殖作用)
WO 2015/111686 A1に準じて調製したαキチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン)を1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。用いたαキチンナノファイバーは、200MPa, pass 10回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル1)、200MPa, pass 1回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル2)、200MPa, pass 5回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル10)である。
間葉系幹細胞増殖培地2培地(タカラバイオ社製)に終濃度0.001%(w/v)、0.003%、0.01%の各ナノファイバーサンプル(1, 2、10)を添加した培地組成物、そして上記基材を含まない未添加培地組成物(サンプル9)を調製した。引き続き、培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞(C-12974、タカラバイオ社製)を、20000細胞/mLとなるように上記のキチンナノファイバー添加した培地組成物あるいは未添加培地組成物に播種した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに1ウェル当たり150μLになるように分注した。各プレートはCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で培養し、10日間継続した。3,7,10日目の培養液に対してATP試薬150μL(CellTiter-GloTM Luminescent Cell Viability Assay, Promega社製)を添加し縣濁させ、約10分間室温で静置した後、FlexStation3(Molecular Devices社製)にて発光強度(RLU値)を測定し、培地のみの発光値を差し引き4点の平均値として生細胞の数を測定した。
【0146】
その結果、各ナノファイバーサンプル(1, 2、10)を含む培地組成物を用いてヒト骨髄間葉系細胞を96ウェル平底超低接着表面マイクロプレートで培養すると、サンプル1と比較して、サンプル2およびサンプル10の低解繊度であるαキチンナノファイバー添加による細胞増殖促進作用が最も強く認められた。各培養でのRLU値(ATP測定、発光強度)を表12に示す。
【0147】
【0148】
(試験例11:高解繊度条件でのαキチンナノファイバーを用いた3D培養におけるMDCK細胞の増殖作用)
WO 2015/111686 A1に準じて調製したαキチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン)を1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。用いたαキチンナノファイバーは、200MPa, pass 1回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル2)、200MPa, pass 20回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル11)、200MPa, pass 50回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル12)、200MPa, pass 100回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル13)、200MPa, pass 200回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル14)である。
無血清培地KBM220培地(コージンバイオ社製)に終濃度0.006%(w/v)、0.02%、0.06%の各ナノファイバーサンプル(2、11-14)を添加した培地組成物、、そして上記基材を含まない未添加培地組成物(サンプル9)を調製した。引き続き、イヌ腎臓尿細管上皮細胞株MDCK(DSファーマバイオメディカル社製)を、33333細胞/mLとなるように上記のキチンナノファイバー添加した培地組成物あるいは未添加培地組成物に播種した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに1ウェル当たり150μLになるように分注した。各プレートはCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で培養し、6日間継続した。3,6日目の培養液に対してATP試薬150μL(CellTiter-GloTM Luminescent Cell Viability Assay, Promega社製)を添加し縣濁させ、約10分間室温で静置した後、FlexStation3(Molecular Devices社製)にて発光強度(RLU値)を測定し、培地のみの発光値を差し引き4点の平均値として生細胞の数を測定した。
【0149】
その結果、各ナノファイバーサンプル(2、11-14)を含む培地組成物を用いてMDCK細胞を96ウェル平底超低接着表面マイクロプレートで培養すると、サンプル2と比較して、サンプル11である高解繊度であるαキチンナノファイバー添加による細胞増殖促進作用は弱かった。さらに解繊度を上げたサンプル(12-14)は、さらに弱い促進作用しか示さなかった。各培養でのRLU値(ATP測定、発光強度)を表13に示す。
【0150】
【0151】
(試験例12:キチンナノファイバーに接着させたヒト前駆脂肪細胞シートの作製)
製造例1で調製したキチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン、Lot. GG30-G30)を1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。ヒト前駆脂肪細胞増殖培地(#CAS11K500、東洋紡社製)に終濃度0.01%(w/v)のキチンナノファイバーを添加した培地組成物、そして上記基材を含まない未添加培地組成物を調製した。引き続き、培養したヒト前駆脂肪細胞(皮下由来、#CAS02s05a、東洋紡社製)を、33333細胞/mLとなるように上記のキチンナノファイバーを添加した培地組成物あるいは未添加培地組成物に播種した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)のウェルに1ウェル当たり150μLになるように分注した。各プレートはCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で培養し、10日間継続した。10日目にヒト前駆脂肪細胞を観察し、写真撮影を実施した。
【0152】
その結果、本発明の培地組成物であるキチンナノファイバーを用いてヒト前駆脂肪細胞を96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート上で10日間培養すると、
図8で示したように、キチンナノファイバーとヒト前駆脂肪細胞が融合した細胞シート状になることが明らかとなった。
【0153】
(試験例13:キチンナノファイバーを用いた3D培養におけるヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞の増殖)
WO 2015/111686 A1に準じて調製したαキチンナノファイバー(バイオマスナノファイバー BiNFi-S(ビンフィス) 2質量%、株式会社スギノマシン)を1%(w/v)となるように超純水(Milli-Q水)に懸濁した後、90℃にて加熱しながらの撹拌により分散し、本水溶液を121℃で20分オートクレーブ滅菌した。用いたαキチンナノファイバーは、200MPa, pass 5回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル15)、200MPa, pass 20回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル11)、200MPa, pass 50回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル12)、200MPa, pass 100回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル13)、200MPa, pass 200回条件でナノファイバー化したαキチンナノファイバー(サンプル14)である。低血清培地である間葉系幹細胞増殖培地(C-28009、タカラバイオ社製)に各キチンナノファイバーを添加した培地組成物(終濃度:0.002%(w/v)、0.006%(w/v)、0.02%(w/v))、そして上記基材を含まない未添加培地組成物(サンプル9)を調製した。引き続き、培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞(C-12977、タカラバイオ社製)を、13333細胞/mLとなるように上記の各培地組成物に懸濁した後、96ウェル平底超低接着表面マイクロプレート(コーニング社製、#3474)に150μL/ウェルで播種した。細胞をCO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内にて静置状態で10日間培養した。4、8、11日目の培養液に対してATP試薬150μL(CellTiter-GloTM Luminescent Cell Viability Assay, Promega社製)を添加し縣濁させ、約10分間室温で静置した後、FlexStation3(Molecular Devices社製)にて発光強度(RLU値)を測定し、培地のみの発光値を差し引き、生細胞の数(4点の平均値)を算出した。
【0154】
その結果、各ナノファイバーサンプル(15、11-14)を含む培地組成物を用いてヒト脂肪由来間葉系幹細胞を96ウェル平底超低接着表面マイクロプレートで培養すると、サンプル15と比較して、高解繊度であるαキチンナノファイバー添加(サンプル11)による細胞増殖促進作用は弱かった。さらに解繊度を上げたサンプル(12-14)は、明らかな増殖促進作用を示さなかった。各培養でのRLU値(ATP測定、発光強度)を表14および表15に示す。
【0155】
【0156】
尚、試験例8~13で使用した各種解繊条件(圧力・解砕回数)で調製されるαキチン分散液の物性値(αキチンの実測濃度、粘度、メジアン粒子径、平均粒子径)を表16に示す。
【0157】
【0158】
非水溶性多糖類からなるナノファイバーは、間葉系幹細胞、前駆脂肪細胞等の接着性細胞のi)培養、ii)分化誘導、iii)非凍結条件下での輸送や保存、iv)移植、v)培養上清からの生理活性物質の回収等の種々の操作における共通のキャリアとして使用することができるので、本発明のキャリアを用いることにより、上述のi)培養、ii)分化誘導、iii)非凍結条件下での輸送や保存、iv)移植、v)培養上清からの生理活性物質の回収から選択される複数の操作を、連続的に実施することができる。
ここで述べられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。