(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175787
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】多能性幹細胞由来細胞のシート化方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20231205BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20231205BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20231205BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N5/10
C12N15/09
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023148172
(22)【出願日】2023-09-13
(62)【分割の表示】P 2020549441の分割
【原出願日】2019-09-27
(31)【優先権主張番号】P 2018182440
(32)【優先日】2018-09-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)「iPS細胞を用いた心筋再生治療創成拠点」に係る委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003971
【氏名又は名称】弁理士法人葛和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】澤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
(72)【発明者】
【氏名】大橋 文哉
(72)【発明者】
【氏名】大山 賢二
(57)【要約】
【課題】 多能性幹細胞由来の分化誘導細胞から高品質な移植片を製造する方法、当該方法を用いて製造された移植片、当該移植片を用いた疾患の処置方法などを提供することを目的とする。
【解決手段】 (a)多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含む細胞集団において、未分化細胞除去操作を実施する工程および任意に細胞集団を凍結し、その後解凍する工程、ならびに(b)前記工程(a)で得られた細胞集団を培養基材に播種し、移植片形成培養する工程を含む、移植片の製造方法等により、上記課題が解決された。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート形成細胞を含む細胞集団を培養基材に播種してシート化することを含む、シート状細胞培養物の製造方法であって、前記細胞集団から死細胞を除去する工程を含む、前記方法。
【請求項2】
死細胞の除去が、フィルター処理により行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
フィルター処理が、500μm以下のポアサイズを有するフィルターにより行われる、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
シート化する前に、細胞集団を接着培養基材に播種して培養した後、該細胞集団を回収する工程をさらに含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
シート形成細胞が、多能性幹細胞由来の分化誘導細胞である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
多能性幹細胞が、ヒトiPS細胞である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
シート形成細胞が、筋芽細胞または心筋細胞である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
細胞集団が、コンフルエントに達する密度で培養基材に播種される、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
細胞集団が、凍結保存後に解凍されたものである、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
(a)多能性幹細胞由来の心筋細胞を含む細胞集団において、少なくとも1種の未分化細胞除去操作を実施する工程、
(b)(a)で得られた細胞集団を凍結保存する工程、
(c)(b)で凍結保存した細胞集団を解凍する工程、
(d)(c)で解凍した細胞集団をフィルター処理する工程、および
(e)(d)でフィルター処理した細胞集団を、コンフルエントに達する密度で培養基材に播種し、シート化培養する工程、
を含む、シート状細胞培養物の製造方法。
【請求項11】
(c)から(e)までの間、細胞を増殖させないことを特徴とする、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
(a)の後かつ(e)の前に、細胞集団を培養基材に播種して接着培養し、その後細胞集団を回収する工程をさらに含む、請求項10または11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、多能性幹細胞由来の分化誘導細胞から細胞を含有する移植片、例えばシート状細胞培養物を製造する方法、当該方法を用いて製造されたシート状細胞培養物などの移植片、当該シート状細胞培養物などの移植片を用いた疾患の処置方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
成体の心筋細胞は自己複製能に乏しく、心筋組織が損傷を受けた場合、その修復は極めて困難である。近年、損傷した心筋組織の修復のために、細胞工学的手法により作製した心筋細胞を含む移植片を患部に移植する試みが行われている(特許文献1、非特許文献1)。かかる移植片の作製に用いる心筋細胞の供給源として最近注目されているのが、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞から誘導した心筋細胞であり、このような多能性幹細胞由来の心筋細胞を含むシート状細胞培養物の作製や動物での治療実験が試みられている(非特許文献2~3)。しかしながら、多能性幹細胞由来の心筋細胞を含むシート状細胞培養物の開発は始まったばかりであり、その機能的特性や、それに影響する因子などについては依然不明な部分が多い。
【0003】
多能性幹細胞から生体移植の用途に供する細胞を分化誘導する場合、得られる細胞集団中に存在する未分化状態の幹細胞は造腫瘍性を有しているため、未分化細胞の残存は大きな問題となる。そこで、多能性幹細胞から目的細胞を分化誘導した後、未分化状態の幹細胞を除去するために様々な方法が研究されている(特許文献2~4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2007-528755号公報
【特許文献2】国際公開第2017/038562号
【特許文献3】国際公開第2016/072519号
【特許文献4】国際公開第2007/088874号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Shimizu et al., Circ Res. 2002 Feb 22;90(3):e40-e48
【非特許文献2】Matsuura et al., Biomaterials. 2011 Oct;32(30):7355-62
【非特許文献3】Kawamura et al., Circulation. 2012 Sep 11;126(11 Suppl 1):S29-37
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示は、多能性幹細胞由来の分化誘導細胞から高品質な移植片、例えばシート状細胞培養物を製造する方法、当該方法を用いて製造された移植片、当該移植片を用いた疾患の処置方法などを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
多能性幹細胞から分化誘導した細胞を臨床応用する場合、基礎研究の段階では求められない様々な条件が求められる。例えば、生体移植用の細胞集団を調製するにあたっては、材料から用いる試薬に至るまですべて移植の用途に用い得る、すなわちゼノフリーであることが求められ、また分化誘導され、生体移植用に調製された細胞集団は、未分化細胞の残存率が極力低いことや、凍結保存できることが求められる。
【0008】
本発明者らは、多能性幹細胞由来の心筋細胞を用いた生体移植用のシート状細胞培養物を研究する中で、臨床応用に耐え得るシート状細胞培養物を製造しようとすると、従来の方法では高品質なシート状細胞培養物を製造することが困難であるという新たな課題に直面した。そこでかかる課題を解決すべく研究を進める中で、臨床用に用いるために未分化細胞を除去したり、凍結保存したりする工程において、細胞のバイアビリティが低下するためにシート状細胞培養物の製造が困難となっているという新たな知見を見出した。
【0009】
かかる知見に基づいてさらに研究を進め、従来知られた移植片形成方法とは異なる条件での移植片形成培養を行うことにより、臨床応用に耐え得る高品質な移植片、例えばシート状細胞培養物を製造することが可能であることを見出し、さらに研究を進めた結果、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、下記に掲げるものに関する:
[1]シート形成細胞を含む細胞集団を培養基材に播種してシート化することを含む、シート状細胞培養物の製造方法であって、前記細胞集団から死細胞を除去する工程を含む、前記方法。
[2]死細胞の除去が、フィルター処理により行われる、[1]の方法。
[3]フィルター処理が、500μm以下のポアサイズを有するフィルターにより行われる、[2]の方法。
[4]シート化する前に、細胞集団を接着培養基材に播種して培養した後、該細胞集団を回収する工程をさらに含む、[1]~[3]に記載の方法。
[5]シート形成細胞が、多能性幹細胞由来の分化誘導細胞である、[1]~[4]に記載の方法。
[6]多能性幹細胞が、ヒトiPS細胞である、[5]の方法。
[7]シート形成細胞が、筋芽細胞または心筋細胞である、[1]~[6]の方法。
[8]細胞集団が、コンフルエントに達する密度で培養基材に播種される、[1]~[7]の方法。
[9]細胞集団が、凍結保存後に解凍されたものである、[1]~[8]の方法。
[10](a)多能性幹細胞由来の心筋細胞を含む細胞集団において、少なくとも1種の未分化細胞除去操作を実施する工程、
(b)(a)で得られた細胞集団を凍結保存する工程、
(c)(b)で凍結保存した細胞集団を解凍する工程、
(d)(c)で解凍した細胞集団をフィルター処理する工程、および
(e)(d)でフィルター処理した細胞集団を、コンフルエントに達する密度で培養基材に播種し、シート化培養する工程、
を含む、シート状細胞培養物の製造方法。
[11](c)から(e)までの間、細胞を増殖させないことを特徴とする、[10]の方法。
[12](a)の後かつ(e)の前に、細胞集団を培養基材に播種して接着培養し、その後細胞集団を回収する工程をさらに含む、[10]または[11]の方法。
[12](A)多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含む細胞集団において、少なくとも1種の未分化細胞除去操作を実施する工程、
(B)(A)で得られた細胞集団を凍結保存する工程、および
(C)(B)の凍結保存細胞を解凍して得られる細胞集団を、コンフルエントに達する密度で培養基材に播種し、シート化培養する工程、
を含む、シート状細胞培養物の製造方法。
[13]多能性幹細胞が、iPS細胞である、[12]の方法。
[14]分化誘導細胞が、心筋細胞である、[12]または[13]の方法。
[15](A)の後かつ(C)の前に、細胞集団を接着培養基材に播種して培養した後、該細胞集団を回収する工程をさらに含む、[12]~[14]の方法。
[16](A)において、2種以上の異なる未分化細胞除去操作が実施される、[12]~[15]の方法。
[17]コンフルエントに達する密度が、0.40~2.33×106個/cm2である、[12]~[16]の方法。
[18]シート化培養が、2~3日間行われる、[12]~[17]の方法。
[19]シート化培養において、1日目の培養に用いるシート化媒体にRhoキナーゼ阻害剤が含まれる、[12]~[18]の方法。
[20](a)多能性幹細胞由来の心筋細胞を含む細胞集団において、少なくとも1種の未分化細胞除去操作を実施する工程、
(b)(a)で得られた細胞集団を凍結保存する工程、
(c)(b)で凍結保存した細胞集団を解凍する工程、
(d)(c)で解凍した細胞集団をフィルター処理する工程、および
(e)(d)でフィルター処理した細胞集団を、コンフルエントに達する密度で培養基材に播種し、シート化培養する工程、
を含む、[12]~[19]の方法。
[21](c)から(e)までの間、細胞を増殖させないことを特徴とする、[20]に記載の方法。
[22](a)の後かつ(e)の前に、細胞集団を培養基材に播種して接着培養し、その後細胞集団を回収する工程をさらに含む、[20]または[21]の方法。
[23](A)多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含む細胞集団において、少なくとも2種の異なる未分化細胞除去操作を実施する工程、および
(B)(A)で得られた細胞集団を、培養基材に播種し、移植片形成培養する工程、
を含む、シート状細胞培養物の製造方法。
[24]多能性幹細胞が、iPS細胞である、[23]の方法。
[25]分化誘導細胞が、心筋細胞である、[23]または[24]の方法。
[26](A)の後、細胞集団を接着培養基材に播種して培養した後、該細胞集団を回収する工程をさらに含む、[23]~[25]の方法。
[27](A)の後、細胞集団が凍結保存される、[23]~[26]の方法。
[28]移植片が、シート状細胞培養物であり、(B)において、細胞集団が、コンフルエントに達する密度で播種される、[23]~[27]の方法。
[29]コンフルエントに達する密度が、0.40~2.33×106個/cm2である、[28]に記載の方法。
[30]移植片形成培養が、2~3日間行われる、[28]または[29]の方法。
[31]シート化培養において、1日目のシート化培養に用いるシート化媒体にRhoキナーゼ阻害剤が含まれる、[28]~[30]の方法。
[32]未分化細胞除去操作が、熱処理法、無糖培養法および特異抗体を用いる方法からなる群から選択される少なくとも2種である、[23]~[31]の方法。
[33](a)多能性幹細胞由来の心筋細胞を含む細胞集団において、少なくとも2種の未分化細胞除去操作を実施する工程、
(b)(a)で得られた細胞集団を凍結保存する工程、
(c)(b)で凍結保存した細胞集団を解凍する工程、
(d)(c)で解凍した細胞集団をフィルター処理する工程、および
(e)(d)でフィルター処理した細胞集団を、コンフルエントに達する密度で培養基材に播種し、シート化培養する工程、
を含む、[23]~[32]に記載の方法。
[34](c)から(e)までの間、細胞を増殖させないことを特徴とする、[33]の方法。
[35](a)の後かつ(e)の前に、細胞集団を培養基材に播種して接着培養し、その後細胞集団を回収する工程をさらに含む、[33]または[34]の方法。
[36](i)胚様体を分散して細胞集団を得る工程、
(ii)(i)で得られた細胞集団を、培養基材に播種して接着培養した後、該細胞集団を回収する工程、および
(iii)(ii)で得られた細胞集団を、培養基材に播種し、移植片形成培養する工程、
を含む、移植片の製造方法。
[37](ii)の後、得られた細胞集団を凍結保存することをさらに含む、[36]に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、多能性幹細胞から分化誘導した臨床用の細胞集団から、従来よりも高品質な移植片、例えばシート状細胞培養物を高効率に製造することができる。特に未分化細胞の残存率を極力低減させることができ、細胞集団を凍結保存した場合であっても、品質を低減することなく移植片、例えばシート状細胞培養物を製造することが可能となるため、生体移植用に非常に好適な移植片を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、製造例2の製造方法において、シート化媒体のFBS濃度を変化させた場合のシート状細胞培養物の様子を比較した表である。製造例2の条件であっても、FBS濃度20%、3日間のシート化培養により、シートが形成されることが確認された。
【
図2】
図2は、フィルター処理による細胞集団の変化を確認した結果である。上のグラフはフィルター処理をした細胞集団としていない細胞集団での回収細胞数の違いを表すグラフである。フィルター処理しても回収細胞数にはほぼ変化が見られないことがわかる。下の表は各ロットの細胞集団で、フィルター処理をしたものとしていないものにおけるバイアビリティおよびLin28値を表した表である。フィルター処理をした場合は、していない場合と比較してバイアビリティが上昇するが、Lin28の値にはほぼ変化がないことがわかる。
【
図3】
図3は、フィルター処理工程によるシート状細胞培養物の品質への影響を示す写真図である。フィルター処理した場合は、フィルター処理をしなかった場合と比較して、顕著に穴あきや破損が軽減された。図中、□で囲われた部分は穴あきまたは破損が確認された箇所である。○が付してある写真は穴あきや破損がないシート状細胞培養物が形成されたものであり、×が付してある写真は、シート化されなかったものである。
【
図4】
図4は、フィルター処理をした細胞集団としていない細胞集団を培養基材に播種した際の、10倍視野中の凝集体を観察した写真図である。図中、○で囲まれた部分が、凝集体が確認された箇所である。フィルターなしの場合には19箇所で凝集体が確認されたのに対し、フィルター処理をした場合には、凝集体が確認されたのはわずか4箇所であった。
【
図5】
図5は、異なる処理を施した異なるロットの心筋細胞を、所定の密度で培養基材に播種してシート化培養した場合の、培養3日目の様子を表す写真図である。2.0×10
5個/cm
2の播種密度では、培養3日目でもほとんどシート化されていなかったのに対し、6.0×10
5個/cm
2以上の播種密度では、いずれのロットでもシート状細胞培養物が得られた。また4.0×10
5個/cm
2の場合は、平面培養を行っていないロットEはシート化があまり十分でなく、他と比較して脆弱なシート状細胞培養物が形成されていた。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本明細書において別様に定義されない限り、本明細書で用いる全ての技術用語および科学用語は、当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書中で参照する全ての特許、出願および他の出版物や情報は、その全体を参照により本明細書に援用する。また本明細書において参照された出版物と本明細書の記載に矛盾が生じた場合は、本明細書の記載が優先されるものとする。
【0014】
本開示において、「多能性幹細胞」は、当該技術分野で周知の用語であり、三胚葉、すなわち内胚葉、中胚葉および外胚葉に属する全ての系列の細胞に分化することができる能力を有する細胞を意味する。多能性幹細胞の非限定例としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植胚性幹細胞(ntES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などが挙げられる。通常多能性幹細胞を特定の細胞に分化誘導する際には、まず多能性幹細胞を浮遊培養して、上記三胚葉のいずれかの細胞の凝集体(以下、「胚様体」という場合がある)を形成し、その後凝集体を形成する細胞を目的とする特定の細胞に分化誘導させる。
【0015】
本開示において、「多能性幹細胞由来の分化誘導細胞」は、多能性幹細胞から特定の種類の細胞に分化するように分化誘導処理された任意の細胞を意味する。分化誘導細胞の非限定例は、心筋細胞、骨格筋芽細胞などの筋肉系の細胞、ニューロン細胞、オリゴデンドロサイト、ドーパミン産生細胞などの神経系の細胞、網膜色素上皮細胞などの網膜細胞、血球細胞、骨髄細胞などの造血系の細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞、樹状細胞、B細胞などの免疫関連の細胞、肝細胞、膵β細胞、腎細胞などの臓器を構成する細胞、軟骨細胞、生殖細胞などの他、これらの細胞に分化する前駆細胞や体性幹細胞などを含む。かかる前駆細胞や体性幹細胞の典型例としては、例えば心筋細胞における間葉系幹細胞、多分化性心臓前駆細胞、単能性心臓前駆細胞、神経系の細胞における神経幹細胞、造血系の細胞や免疫関連の細胞における造血幹細胞およびリンパ系幹細胞などが挙げられる。多能性幹細胞の分化誘導は、既知の任意の手法を用いて行うことができる。例えば、多能性幹細胞から心筋細胞への分化誘導は、Miki et al., Cell Stem Cell 16, 699-711, June 4, 2015やWO2014/185358に記載の手法に基づいて行うことができる。
【0016】
例えばヒトiPS細胞から心筋細胞を得る方法としては、以下のステップ:
(1)樹立されたヒトiPS細胞を、フィーダー細胞を含まない培養液で維持培養するステップ(フィーダーフリー法)、
(2)得られたiPS細胞から胚様体(中胚葉細胞を含む胚様体)を形成するステップ、
(3)得られた胚様体をアクチビンA、骨形成タンパク質(BMP)4および塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含有する培養液中で培養するステップ、
(4)得られた胚様体をWnt阻害剤、BMP4阻害剤およびTGFβ阻害剤を含む培養液中で培養するステップ、および
(5)得られた胚様体をVEGFおよびbFGFを含む培養液中で培養するステップ
を含む方法が例示される。
【0017】
(1)のステップにおいて、例えばWO2017038562に記載のように、StemFit AK03(味の素)を培地として用い、iMatrix511(ニッピ)上でiPS細胞を培養して適応させ、維持培養を行うことができる。また、例えばNakagawa M.,et al.A novel efficient feeder-free culture system for the derivation of human induced pluripotent stem cells.Sci Rep.2014;4:3594に記載のように、iPS細胞を、7~8日毎に、TrypLE(登録商標)Select(Thermo Fisher Scientific)を使用してシングルセルとして継代を行うことができる。上記(1)~(5)のステップのあとに、任意で、(6)得られた心筋細胞を精製するステップを選択的に行ってもよい。心筋細胞の精製としては、以下に詳述するとおり、グルコースフリー培地を用いて心筋細胞以外を減少させる方法やWO2017/038562に記載のように熱処理を用いて未分化細胞を減少させる方法などが挙げられる。
【0018】
また分化誘導細胞は、リプログラミングのための遺伝子以外の任意の有用な遺伝子が導入されたiPS細胞から誘導された細胞であってもよい。かかる細胞の非限定例としては、例えば、Themeli M. et al. Nature Biotechnology, vol. 31, no. 10, pp. 928-933, 2013に記載のキメラ抗原受容体の遺伝子が導入されたiPS細胞から誘導されるT細胞などが挙げられる。また、多能性幹細胞から分化誘導された後、任意の有用な遺伝子が導入された細胞もまた、本発明の分化誘導細胞に包含される。
【0019】
本開示において、「移植片」とは、生体内へ移植するための構造物を意味し、特に細胞を構成成分として含む移植用構造物を意味する。移植片において細胞同士は接着して全体としてある形状を形成している状態を少なくとも一つ含み、一つ一つの細胞が全てバラバラに遊離して存在している、いわゆる懸濁状態は、本開示の「移植片」には含まれない。好ましい一態様においては、移植片は、細胞および細胞由来の物質以外の構造物(例えばスキャフォールドなど)を含まない移植用構造物である。本開示における移植片としては、これに限定するものではないが、例えばシート状細胞培養物、スフェロイド、細胞凝集塊などが挙げられ、好ましくはシート状細胞培養物またはスフェロイド、より好ましくはシート状細胞培養物である。
【0020】
本開示において、「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。本開示において、「スフェロイド」は細胞が互いに連結して略球状になったものをいう。細胞同士は、直接(接着分子などの細胞要素を介するものを含む)および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、シート状細胞培養物やスフェロイドを構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。シート状細胞培養物は、1の細胞層から構成されるもの(単層)であっても、2以上の細胞層から構成されるもの(積層体(多層)、例えば、2層、3層、4層、5層、6層など)であってもよい。また、シート状細胞培養物は、細胞が明確な層構造を示すことなく、細胞1個分の厚みを超える厚みを有する3次元構造を有してもよい。例えば、シート状細胞培養物の垂直断面において、細胞が水平方向に均一に整列することなく、不均一に(例えば、モザイク状に)垂直方向に複数の細胞が配置された状態で存在していてもよい。
【0021】
本開示のシート状細胞培養物は、好ましくはスキャフォールド(支持体)を含まない。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、シート状細胞培養物の物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)製の膜等が知られているが、本開示のシート状細胞培養物は、かかるスキャフォールドがなくともその物理的一体性を維持することができる。また、本開示のシート状細胞培養物は、好ましくは、シート状細胞培養物を構成する細胞由来の物質(細胞外マトリックスなど)のみからなり、それら以外の物質を含まない。
【0022】
細胞は異種由来細胞であっても同種由来細胞であってもよい。ここで「異種由来細胞」は、シート状細胞培養物が移植に用いられる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する細胞を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、サルやブタに由来する細胞などが異種由来細胞に該当する。また、「同種由来細胞」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する細胞を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト細胞が同種由来細胞に該当する。同種由来細胞は、自己由来細胞(自己細胞または自家細胞ともいう)、すなわち、レシピエントに由来する細胞と、同種非自己由来細胞(他家細胞ともいう)を含む。自己由来細胞は、移植しても拒絶反応が生じないため、本開示においては好ましい。しかしながら、異種由来細胞や同種非自己由来細胞を利用することも可能である。異種由来細胞や同種非自己由来細胞を利用する場合は、拒絶反応を抑制するため、免疫抑制処置が必要となることがある。なお、本明細書中で、自己由来細胞以外の細胞、すなわち、異種由来細胞と同種非自己由来細胞を非自己由来細胞と総称することもある。本開示の一態様において、細胞は自家細胞(autologous cells)または他家細胞(allogeneic cells)である。本開示の一態様において、細胞は自家細胞(自家iPS細胞に由来する自家細胞、自家iPS細胞を分化誘導して得られた自家分化誘導細胞を含む)である。本開示の別の態様において、細胞は他家細胞(他家iPS細胞に由来する他家細胞、他家iPS細胞を分化誘導して得られた他家分化誘導細胞を含む)である。
【0023】
本開示は一側面において、臨床グレードの移植片、例えばシート状細胞培養物を製造する方法に関する。本発明者らは、多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を臨床応用するにあたって十分高品質な移植片、例えばシート状細胞培養物の製造においては、移植片の材料となる多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含む細胞集団から未分化細胞を除去する工程や、該細胞集団を凍結保存する工程は、必要であると同時に細胞集団に含まれる細胞にダメージを与える原因ともなっていることを見出した。そしてこれらの工程を2工程以上実施した場合、従来知られた方法では十分な品質の移植片を製造することができないことを見出し、上記工程を2工程以上実施した場合であっても高品質な移植片を得るための移植片の製造条件を検討した結果、多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含む細胞集団をコンフルエントに達する密度で播種してシート化することにより、高品質なシート状細胞培養物を得ることができることを見出した。
【0024】
したがって本開示の方法の一側面において、多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含む細胞集団から未分化細胞を除去する少なくとも1種の工程および任意に細胞集団を凍結保存する工程を含む、移植片の製造方法に関する。
本開示の方法は、以下の工程を含む:
(a)多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含む細胞集団において、未分化細胞除去操作を実施する工程および任意に細胞集団を凍結し、その後解凍する工程、ならびに
(b)前記工程(a)で得られた細胞集団を培養基材に播種し、移植片形成培養する工程。
【0025】
本開示の方法に用い得る多能性幹細胞の非限定例としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植胚性幹細胞(ntES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などが挙げられる。分化誘導細胞の非限定例は、心筋細胞、骨格筋芽細胞などの筋肉系の細胞、ニューロン細胞、オリゴデンドロサイト、ドーパミン産生細胞などの神経系の細胞、網膜色素上皮細胞などの網膜細胞、血球細胞、骨髄細胞などの造血系の細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞、樹状細胞、B細胞などの免疫関連の細胞、肝細胞、膵β細胞、腎細胞などの臓器を構成する細胞、軟骨細胞、生殖細胞などの他、これらの細胞に分化する前駆細胞や体性幹細胞、分化誘導前または後に他の有用な遺伝子を導入された細胞などを含む。
本開示の方法において、多能性幹細胞は、任意の生物に由来し得る。かかる生物には、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、げっ歯目動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、ウサギなどが含まれる。好ましくは、多能性幹細胞は、ヒト細胞である。好ましい一態様において、多能性幹細胞はヒトiPS細胞である。
【0026】
本開示において、「未分化細胞除去操作」は、多能性幹細胞を分化誘導して得られた分化誘導細胞を含む細胞集団から、腫瘍形成能を有する未分化細胞を除去する操作を意味し、既知の任意の手法を用いて行うことができる。かかる手法の非限定例としては、未分化細胞に特異的なマーカー(例えば、細胞表面マーカーなど)を用いた種々の分離法、例えば、磁気細胞分離法(MACS)、フローサイトメトリー法、アフィニティ分離法や、特異的プロモーターにより選択マーカー(例えば、抗生物質耐性遺伝子など)を発現させる方法、未分化細胞の生存に必要な因子(メチオニン等の栄養源やbFGF等の未分化状態の維持因子など)を除いた培地で培養して未分化細胞を駆逐する方法、分化を促進する因子(SB431542、ドルソモルフィン、CHIR99021など)の存在下で培養し、未細胞の分化を促進させる方法、未分化細胞の表面抗原をターゲットにした薬剤で処理する方法などが挙げられる。また、WO2014/126146、WO2012/056997に記載の方法、WO2012/147992に記載の方法、WO2012/133674に記載の方法、WO2012/012803(特表2013-535194)に記載の方法、WO2012/078153(特表2014-501518)に記載の方法、特開2013-143968およびTohyama S. et al., Cell Stem Cell Vol.12 January 2013, Page 127-137に記載の方法、Lee MO et al., PNAS 2013 Aug 27;110(35):E3281-90に記載の方法、WO2016/072519に記載の方法、WO2013/100080に記載の方法、特開2016-093178に記載の方法、WO2017/038526に記載の熱処理を用いる方法なども挙げられる。好ましくは、未分化細胞の除去操作は、WO2007/088874に記載されるような無糖培地で培養する方法、WO2016/072519に記載されるような特異抗体を用いる方法およびWO2017/038526に記載されるような熱処理を用いる方法などが挙げられる。
【0027】
特異抗体を用いる方法とは、例えば未分化細胞特異的なマーカーを認識する抗体を用いて、該未分化細胞マーカーを発現する細胞を除去する方法などが挙げられる。未分化細胞特異的なマーカーとして例えば、CD30、Lin28などが挙げられる。
かかる方法の具体例としては、例えばブレンツキシマブ・ベドチンを用いた方法が挙げられる。ブレンツキシマブ・ベドチンは、CD30抗原を標的とする抗体と微小管阻害作用有する低分子薬剤(モノメチルアウリスタチンE:MMAE)とを結合させた抗体薬物複合体であり、再発・難治性のCD30陽性のホジキンリンパ腫等に対する治療薬であり、アドセトリスの商標名で販売されている。ブレンツキシマブ・ベドチンは、CD30抗原を発現する細胞に選択的に作用することができ、CD30抗原は上述のとおり未分化細胞において高度に発現しているため、ブレンツキシマブ・ベドチンにより未分化細胞を除去することができる。具体的な操作としては、ブレンツキシマブ・ベドチンを培養培地に添加してインキュベートすることにより行われる。
【0028】
未分化細胞除去操作は、単一の除去操作のみを行ってもよいし、複数の異なる除去操作を組み合わせて行ってもよい。ある態様において、未分化細胞除去操作は単一の除去操作のみ行われる。かかる除去操作としては、例えば無糖培地で培養する方法、特異抗体を用いる方法、熱処理を用いる方法などが挙げられる。別の態様において、未分化細胞除去操作は、2種の異なる除去操作を組み合わせて行われる。さらに別の態様において、未分化細胞除去操作は、3種またはそれ以上の異なる除去操作を組み合わせて行われる。かかる組み合わせとしては、例えば無糖培地で培養する方法と特異抗体を用いる方法との組み合わせ、無糖培地で培養する方法と熱処理を用いる方法との組み合わせ、特異抗体を用いる方法と熱処理を用いる方法との組み合わせ、ならびに無糖培地で培養する方法、特異抗体を用いる方法および熱処理を用いる方法の組み合わせなどが挙げられる。これらの未分化細胞除去操作を複数組み合わせることにより、相乗的な未分化細胞除去効果を得ることができる。未分化細胞除去操作の組み合わせの具体例としては、まずiPS細胞由来の分化誘導細胞を、WO2017/038562に記載されている方法などにより熱処理し、その後WO2007/088874に記載されている方法などにより無糖培地で培養し、その後WO2016/072519に記載されている抗CD30抗体結合薬剤処理法などの特異的抗体処理を行うことなどが挙げられる。
好ましい一態様において、未分化細胞除去操作として、熱処理法、無糖培地での培養法および特異抗体を用いる方法からなる群から選択される、少なくとも2種の方法を用いて行われる。
【0029】
多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含む細胞集団は、未分化細胞除去操作を行った後、任意に、培養基材上(好ましくは平面状の培養基材上)に播種して接着培養を行い、その後培養細胞を回収するステップを実施してよい。かかる接着培養ステップは、後述する凍結保存ステップの前に実施されても、凍結保存および解凍後に実施されてもよい。接着培養ステップを実施することにより、死細胞を効率的に取り除くことができ、その後の移植片の形成において、高品質な移植片の形成を、高確率で達成することが可能となる。
【0030】
かかる接着培養ステップにおいて、培養条件などは、通常の接着培養を行う場合の条件に準じてよい。例えば、市販の接着培養用培養容器を用いて、37℃、5%CO2条件下での培養などであってよい。細胞の播種密度は、細胞同士の接着および/または細胞と培養基材との接着の形成を妨げない密度であればいかなる密度であってもよく、例えばサブコンフルエントな密度であってもよいし、コンフルエントに達する密度またはそれ以上であってもよい。培養時間は、細胞同士の接着および/または細胞と培養基材との接着が形成される程度の時間であればよく、具体的には例えば2~168時間、2~144時間、2~120時間、2~96時間、2~72時間、2~48時間、2~24時間、2~12時間、2~6時間、2~4時間程度であればよい。
また、上記未分化細胞除去操作を接着培養ステップにおいて行っても良い。例えば、接着培養ステップでの接着培養中に熱や特異抗体で処理したり、接着培養の一部を無糖培地で行ったりしてもよい。
【0031】
接着培養した細胞の回収は、当該技術分野において公知の方法を用いてよい。具体例としては、例えば接着培養した細胞を、トリプシン、TrypLETM Selectなどのプロテアーゼで処理し、解離した細胞を回収する、などが挙げられる。さらに任意に、回収した細胞を洗浄してもよい。
接着培養ステップは、複数の未分化細胞除去操作と組み合わせて行われ得る。複数の未分化細胞除去操作と組み合わせて行われる場合、接着培養ステップは、未分化細胞除去操作の前、未分化細胞除去操作の後または各未分化細胞除去操作の間に行われてよい。すなわち、複数の未分化細胞除去操作と、接着培養ステップとは、任意の組み合わせで行われてよい。これに限定するものではないが、具体例としては、例えば複数の未分化細胞除去操作を操作A、操作B、操作Cとし、接着培養ステップをXとする場合、各操作の順番は、A→B→X、A→C→X、B→C→X、A→B→C→X、A→C→B→X、B→A→C→X、B→C→A→X、C→B→A→X、C→A→B→X、X→A→B、X→A→C、X→B→C、X→A→B→C、X→A→C→B、X→B→A→C、X→B→C→A、X→C→B→A、X→C→A→B、A→X→B、A→X→C、B→X→C、A→X→B→C、A→X→C→B、B→X→A→C、B→X→C→A、C→X→A→B、C→X→B→A、A→B→X→C、A→C→X→B、B→A→X→C、B→C→X→A、C→A→X→BまたはC→B→X→Aなどであってよい。
【0032】
多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含む細胞集団は、未分化細胞除去操作を行った後、任意に凍結保存されてよい。かかる凍結保存は、細胞(細胞集団)を凍結するステップと凍結細胞を解凍するステップとを含んでもよい。細胞の凍結は、既知の任意の手法により行うことができる。かかる手法としては、限定されずに、例えば、容器内の細胞を、凍結手段、例えば、フリーザー、ディープフリーザー、低温の媒体(例えば、液体窒素等)に供することなどが挙げられる。凍結手段の温度は、容器内の細胞集団の一部、好ましくは全体を凍結させ得る温度であれば特に限定されないが、典型的には約0℃以下、好ましくは約-20℃以下、より好ましくは約-40℃以下、さらに好ましくは約-80℃以下である。また、凍結操作における冷却速度は、凍結解凍後の細胞の生存率や機能を大きく損なうものでなければ特に限定されないが、典型的には4℃から冷却を始めて約-80℃に達するまで約1時間~約5時間、好ましくは約2時間~約4時間、特に約3時間かける程度の冷却速度である。具体的には、例えば、約0.46℃/分の速度で冷却することができる。かかる冷却速度は、所望の温度に設定した凍結手段に、細胞を含む容器を直接、または、凍結処理容器に収容して供することにより達成することができる。凍結処理容器は、容器内の温度の下降速度を所定の速度に制御する機能を有していてもよい。かかる凍結処理容器としては、既知の任意のもの、例えば、BICELL(R)(日本フリーザー)、プログラムフリーザーなどを用いることができる。
【0033】
凍結操作は、細胞を培養液や生理緩衝液などに浸漬させたまま行ってもよいが、細胞を凍結・解凍操作から保護するための凍結保護剤を培養液に加えたり、培養液を、凍結保護剤を含む凍結保存液と置換するなどの処理を施したうえで行ってもよい。したがって、凍結ステップを含む本開示の製造方法は、培養液に凍結保護剤を添加するステップ、または、培養液を凍結保存液に置換するステップをさらに含んでもよい。培養液を凍結保存液に置換する場合、凍結時に細胞が浸漬している液に有効濃度の凍結保護剤が含まれていれば、培養液を実質的に全て除去してから凍結保存液を添加しても、培養液を一部残したまま凍結保存液を添加してもよい。ここで、「有効濃度」とは、凍結保護剤が、毒性を示すことなく、凍結保護効果、例えば、凍結保護剤を用いない場合と比べた、凍結解凍後の細胞の生存率、活力、機能などの低下抑制効果を示す濃度を意味する。かかる濃度は当業者に知られているか、ルーチンの実験などにより適宜決定することができる。
【0034】
凍結保護剤は、細胞に対して凍結保護作用を示すものであれば特に限定されずに、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、グリセロール、エチレングリコール、プロピレングリコール、セリシン、プロパンジオール、デキストラン、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ヒドロキシエチルデンプン、コンドロイチン硫酸、ポリエチレングリコール、ホルムアミド、アセトアミド、アドニトール、ペルセイトール、ラフィノース、ラクトース、トレハロース、スクロース、マンニトールなどを含む。凍結保護剤は、単独で用いても、2種または3種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0035】
培養液への凍結保護剤の添加濃度、または、凍結保存液中の凍結保護剤の濃度は、上記で定義した有効濃度であれば特に限定されず、典型的には、例えば、培養液または凍結保存液全体に対して約2%~約20%(v/v)である。しかしながら、この濃度範囲からは外れるが、それぞれの凍結保護剤について知られているか、実験的に決定した代替的な使用濃度を採用することもでき、かかる濃度も本開示の範囲内である。
【0036】
凍結した細胞を解凍するステップは、既知の任意の細胞解凍手法により行うことができ、典型的には、例えば、凍結した細胞を、解凍手段、例えば、凍結温度より高い温度の固形、液状もしくはガス状の媒体(例えば、水)、ウォーターバス、インキュベーター、恒温器などに供したり、または、凍結した細胞を、凍結温度より高い温度の媒体(例えば、培養液)で浸漬することにより達成されるが、これに限定されない。解凍手段または浸漬媒体の温度は、細胞を所望の時間内に解凍できる温度であれば特に限定されないが、典型的には約4℃~約50℃、好ましくは約30℃~約40℃、より好ましくは約36℃~約38℃である。また、解凍時間は、解凍後の細胞の生存率や機能を大きく損なうものでなければ特に限定されないが、典型的には約2分以内であり、特に約20秒以内とすることで生存率の低下を大幅に抑制することができる。解凍時間は、例えば、解凍手段または浸漬媒体の温度、凍結時の培養液または凍結保存液の容量もしくは組成などを変化させて調節することができる。凍結した細胞は、任意の手法により凍結させた細胞を含み、その非限定例としては、例えば、上記の細胞を凍結するステップにより凍結された細胞などが挙げられる。一態様において、凍結した細胞は、凍結保護剤の存在下で凍結された細胞である。一態様において、凍結した細胞は、本開示の製造方法に用いるためのものである。
【0037】
本開示の方法は、凍結した細胞を解凍するステップの後、かつ、移植片を形成するステップの前に、細胞を洗浄するステップを含んでいてもよい。細胞の洗浄は、既知の任意の手法により行うことができ、典型的には、例えば、細胞を洗浄液(例えば、血清や血清成分(血清アルブミンなど)を含むもしくは含まない、培養液(例えば、培地等)または生理緩衝液(例えば、PBS、HBSS等)など)に懸濁し、遠心分離し、上清を廃棄し、沈殿した細胞を回収することにより達成されるが、これに限定されない。細胞を洗浄するステップにおいては、かかる懸濁、遠心分離、回収のサイクルを1回または複数回(例えば、2、3、4、5回など)行ってもよい。本開示の一態様において、細胞を洗浄するステップは、凍結した細胞を解凍するステップの直後に行われる。
【0038】
本開示の方法は、凍結した細胞集団を解凍した後、当該細胞集団を培養基材に播種し、移植片を形成するステップを含む。移植片の形状により、播種する培養基材や細胞の密度などは異なり得る。例えば移植片がシート状である場合、平面の細胞接着性培養基材に細胞を播種し、移植片がスフェアである場合は、細胞非接着性の培養基材に細胞を播種する、などが挙げられ、当業者であれば適宜最適な条件を選択し得る。以下に移植片がシート状細胞培養物である場合を例として、本発明を詳述する。移植片がシート状細胞培養物である場合、本開示の方法は、前記細胞集団をコンフルエントに達する密度で培養基材に播種し、シート化するステップを含む。細胞のシート化は、既知の任意の手法および条件で行うことができる。シート化は、細胞同士が接着分子や、細胞外マトリックスなどの細胞間接着機構を介して互いに接着することにより達成されると考えられている。したがって、播種した細胞をシート化するステップは、例えば、細胞を、細胞間接着を形成する条件下で培養することにより達成することができる。かかる条件は、細胞間接着を形成することができればいかなるものであってもよいが、通常は一般的な細胞培養条件と同様の条件であれば細胞間接着を形成することができる。かかる条件としては、例えば、37℃、5%CO2での培養が挙げられる。また、培養は通常の気圧(大気圧)下で行うことができる。当業者であれば、播種する細胞の種類に応じて最適な条件を選択することができる。本明細書において、播種した細胞を培養して移植片を形成することを「移植片形成培養」と称し、移植片がシート状細胞培養物である場合の移植片形成培養を特に、「シート化培養」と呼ぶ場合もある。シート化培養の非限定例は、例えば、特許文献1、特開2010-081829、特開2010-226991、特開2011-110368、特開2011-172925、WO2014/185517などに記載されている。
【0039】
培養基材は、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面が被覆されていてもよい。かかる材料としては、限定されずに、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N-エチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等)、N,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド等)、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-プロペニル)-モルホリン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-モルホリン等)、またはビニルエーテル誘導体(例えば、メチルビニルエーテル)のホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性材料、アゾベンゼン基を有する光吸収性高分子、トリフェニルメタンロイコハイドロオキシドのビニル誘導体とアクリルアミド系単量体との共重合体、および、スピロベンゾピランを含むN-イソプロピルアクリルアミドゲル等の光応答性材料などの公知のものを用いることができる(例えば、特開平2-211865、特開2003-33177参照)。これらの材料に所定の刺激を与えることによりその物性、例えば、親水性や疎水性を変化させ、同材料上に付着した細胞培養物の剥離を促進することができる。温度応答性材料で被覆された培養皿は市販されており(例えば、CellSeed Inc.のUpCell(R))、これらを本開示の製造方法に使用することができる。
【0040】
上記培養基材は、種々の形状であってもよいが、平坦であることが好ましい。また、その面積は特に限定されないが、例えば、約1cm2~約200cm2、約2cm2~約100cm2、約3cm2~約50cm2などであってよい。
【0041】
培養基材は血清および/または細胞接着性成分などの他のコーティング剤(合わせて「コーティング成分」と記載する場合がある)でコート(被覆またはコーティング)されていてもよい。コーティング成分でコートされた培養基材を用いることにより、より高密度のシート状細胞培養物を形成することができる。「コーティング成分でコートされている」とは、培養基材の表面にコーティング成分が付着している状態を意味する。かかる状態は、限定されずに、例えば、培養基材をコーティング成分で処理することにより得ることができる。コーティング成分による処理は、コーティング成分を培養基材に接触させること、および、必要に応じて所定期間インキュベートすることを含む。また、インキュベートする温度は特に限定されないが、例えば、4℃~37℃などであってもよい。血清としては、異種血清および同種血清を用いることができる。異種血清は、細胞培養物を移植に用いる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎仔血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清に該当する。また、「同種血清」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清に該当する。同種血清は、自己血清(自家血清ともいう)、すなわち、レシピエントに由来する血清、およびレシピエント以外の同種個体に由来する同種他家血清を含む。なお、本明細書中で、自己血清以外の血清、すなわち、異種血清と同種他家血清を非自己血清と総称することもある。他のコーティング剤としては、細胞外マトリクスや細胞接着因子などの細胞接着性成分などが挙げられる。細胞接着性成分としては、これに限定するものではないが、例えばコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンなどの細胞外マトリックス、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、インテグリンファミリーなどの細胞接着因子などが挙げられる。また、これらの改変物(例えば機能的ドメインを含むポリペプチドなど)も、本開示の細胞接着性成分に包含される。これらの改変物としては、例えばラミニン511およびラミニン211(ラミニンの改変物)、VTN-N(ビトロネクチンの改変物)、レトロネクチン(R)(フィブロネクチンの改変物)などが挙げられる。
【0042】
培養基材をコートするためのコーティング成分は、市販されているか、または、所望の生物から採取した生体試料から定法により調製することができる。具体的には、例えば血清を調製する方法として、採取した血液を室温で約20分~約60分程度放置して凝固させ、これを約1000×g~約1200×g程度で遠心分離し、上清を採取する方法などが挙げられる。
【0043】
培養基材上でインキュベートする場合、コーティング成分は原液で用いても、希釈して用いてもよい。希釈は、任意の媒体、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7、DMEM/F12など)等で行うことができる。希釈濃度は、コーティング成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約0.5%~約100%(v/v)、好ましくは約1%~約60%(v/v)、より好ましくは約5%~約40%(v/v)である。
【0044】
本開示において、「コンフルエントに達する密度」は、播種した際に細胞が培養容器の接着表面一面を覆うことが想定される程度の密度、例えば、播種した際に、細胞が互いに接触することが想定される程度の密度、接触阻害が発生する密度、または接触阻害により細胞の増殖を実質的に停止する密度であり、当業者であれば、目的細胞の大きさと培養容器の接着表面の面積から計算可能である。したがって当業者であれば、最適な播種密度もまた適宜決定することができる。播種密度の上限は、特に制限されないが、密度が過度に高い場合には、死滅する細胞が多くなり、非効率となる。本発明の一態様において、播種密度は、例えば約0.4×106個/cm2~約1.0×107個/cm2、約0.4×106個/cm2~約5.0×106個/cm2、約0.4×106個/cm2~約3.0×106個/cm2、約0.5×106個/cm2~約1.0×107個/cm2、約0.5×106個/cm2~約5.0×106個/cm2、約0.5×106個/cm2~約3.0×106個/cm2、約1.0×106個/cm2~約1.0×107個/cm2、約1.0×106個/cm2~約5.0×106個/cm2、約1.0×106個/cm2~約3.0×106個/cm2、約1.5×106個/cm2~約1.0×107個/cm2、約1.5×106個/cm2~約5.0×106個/cm2、約1.5×106個/cm2~約3.0×106個/cm2、約2.0×106個/cm2~約1.0×107個/cm2、約2.0×106個/cm2~約5.0×106個/cm2、約2.0×106個/cm2~約3.0×106個/cm2などであり得る。好ましい一態様において、播種密度は、約0.40~2.33×106個/cm2であり、より好ましくは約1.05×106個/cm2~約2.33×106個/cm2であり、さらに好ましくは約1.76×106個/cm2~約2.33×106個/cm2である。
【0045】
シート化培養の時間は、播種する細胞の種類や細胞密度により異なり得る。例えばiPS細胞から心筋細胞を調製してシート化する場合、例えば約2.1×105個/cm2などの密度で播種し、4日以上培養することによりシート化を行っていた。これに対し、本開示の方法では、播種密度をコンフルエントに達する密度、すなわち従来よりも高密度で播種することにより、シート化培養の期間を短縮することが可能である。また、高密度で播種してシート化培養する場合、シート形成後に形成されたシート状細胞培養物が培養基材から剥離しやすくなるため、長期間のシート化培養を行うことは好ましくない。したがって本開示の一態様において、シート化培養は、2~4日、より好ましくは2~3日行われる。
【0046】
シート化に用いる媒体(シート化媒体と称する場合もある)としては、細胞のシート化を可能にするものであれば特に限定されず、例えば、生理食塩水、種々の生理緩衝液(例えば、PBS、HBSS等)、種々の細胞培養用の基礎培地をベースにしたものなどを使用してもよい。かかる基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7、DMEM/F12などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。基礎培地は、標準的な組成のまま(例えば、市販されたままの状態で)用いてもよいし、細胞種や細胞条件に応じてその組成を適宜変更してもよい。したがって、本発明に用いる基礎培地は、公知の組成のものに限定されず、1または2以上の成分が追加、除去、増量もしくは減量されたものを含む。シート化媒体は、血清(例えば、ウシ胎仔血清などのウシ血清、ウマ血清、ヒト血清等)、種々の成長因子(例えば、FGF、EGF、VEGF、HGF等)などの添加物を含んでもよい。FBSを用いる場合、FBS20%(10%以上25%未満、より好ましくは15%以上25%未満)が好ましい。
【0047】
シート化媒体は、シート化培養中に適宜入れ替えてよい。また、シート化の進行に合わせて媒体の組成を変化させてもよい。本発明者らは、Rhoキナーゼ(ROCK)阻害剤を添加したシート化媒体を、シート化培養1日目の媒体として用いることにより、効果的にシート状細胞培養物が形成されることを新たに見出した。したがって本開示の好適な一態様において、1日目のシート化培養に用いるシート化媒体は、Rhoキナーゼ阻害剤を含む。かかる態様においては、2日目以降のシート化媒体にはRhoキナーゼ阻害剤を含んでも含まなくてもよいが、好ましくはRhoキナーゼ阻害剤を含まない。
また、上記未分化細胞除去操作をシート化培養中に行っても良い 。例えば、シート化培養中に熱や特異抗体で処理したり、シート化培養の一部を無糖培地で行ったりしてもよい。
【0048】
本発明者らはまた、培養基材に播種される細胞集団において、死細胞が存在すると、死細胞同士がくっついて凝集体を形成しやすいという知見に着目した。そしてかかる死細胞の凝集体が、シート化においてシート状細胞培養物の破損や穴あきに影響していることを見出し、これらを播種前に除去することでシート状細胞培養物が破損するリスクを低減できることを新たに見出した。したがって本開示は別の一側面において、シート形成細胞(例えば多能性幹細胞由来の分化誘導細胞など)を含む細胞集団を培養基材に播種する前に、死細胞除去のための処理を行うステップを含む、シート状細胞培養物の製造方法に関する。
【0049】
本開示において、死細胞の除去には、既知の任意の死細胞除去手段を用いることができる。かかる死細胞除去手段としては、これに限定するものではないが、例えばセルストレーナーなどのフィルターを用いてフィルター処理する方法、セルソーターにより分離する方法、磁気ビーズにより分離する方法、密度勾配遠心分離を用いる方法、DNaseなどの酵素で生細胞と死細胞の凝集を乖離する方法などが挙げられる。簡便性などの観点から、フィルター処理する方法が好ましい。
【0050】
死細胞やそれらが凝集した凝集体などが播種される細胞集団に混在している場合、形成されたシート状細胞培養物中の厚みが不均一になったり、シートの一部が形成されなくなったりすることにより、シート状細胞培養物に破損や穴あきが生じるリスクが高まる。そこでこれらの細胞を除去することにより、培養基材上に均一に生細胞が分布し、形成されるシート状細胞培養物の厚みが均一となるため、シート状細胞培養物の破損のリスクを低減することができる。
【0051】
本開示において「フィルター処理」とは、所定のポアサイズを有するフィルターで細胞集団をろ過して、ポアサイズ以上の粒径を有する物質を分離除去することを意味する。例えば市販のセルストレーナーなど、所定のポアサイズ、例えば500μm、200μm、100μmなど、を有するフィルターを用いて細胞集団をろ過すると、死細胞により凝集した凝集体が除去されるため、フィルターを通った細胞集団から死細胞を除去することができる。
フィルターのポアサイズは、細胞凝集体を生細胞と分離できるポアサイズであればよく、したがってポアサイズの上限値は、例えば500μm以下、200μm以下、150μm以下、100μm以下、85μm以下、70μm以下、40μm以下など、死細胞の凝集体よりも小さいサイズであればよい。またポアサイズの下限値は、例えば10μm以上、15μm以上、20μm以上、40μm以上など、生細胞が通れるサイズよりも大きければよい。また、異なる2種類のポアサイズのフィルターを組み合わせて通しても良い。
【0052】
細胞集団中の死細胞は、その細胞膜が破壊されて細胞内の核酸(DNAなど)が溶出すると、そこに生細胞をトラップして凝集体(凝集塊)を形成する傾向にあることが知られている。かかる凝集体は、移植片(特にシート状細胞培養物など)の形成において均一性を損なわせるなどの悪影響を及ぼし得、穴あきなどの原因となり得る。上述のようなポアサイズのフィルターを通すことにより、かかる凝集体が細胞集団から分離され、フィルター処理前では一視野あたり(例えば10倍拡大下で視野面積は約3cm2)の死細胞による凝集体(凝集塊)が、例えば6個以上存在したのにもかかわらず、フィルター処理後では同条件下で死細胞による凝集体(凝集塊)が、例えば5個以下からゼロ、4個以下からゼロ、3個以下からゼロ、2個以下からゼロ、または1個以下からゼロ、へ減少する。かかる凝集体は、その数がすくないほど好ましい移植片を得ることができる。凝集塊の除去との観点では、フィルターのポアサイズは上述のとおり、40μm~100μmが好ましい。
【0053】
本側面の方法は、特に多能性幹細胞から分化誘導された細胞を用いてシートを形成する場合など、限られたリソースを用いてシート状細胞培養物を形成する場合に特に効果を発揮する。したがって好ましい一態様において、シート形成細胞は、多能性幹細胞(例えばヒトiPS細胞など)から分化誘導された細胞(例えば筋芽細胞または心筋細胞など)である。
【0054】
本側面の方法において、シート化培養は、既知の任意の方法を用いてよいが、特に細胞増殖が起こらないシート化培養によりシート形成する際に顕著に効果を発揮する。細胞増殖が起こらないシート化培養の例としては、例えば心筋細胞などの増殖性の低い細胞のシート化培養や、コンフルエントに達する密度で細胞集団を播種した場合のシート化培養などが挙げられる。一態様において、細胞増殖が起こらないシート化培養は、凍結された細胞を解凍する工程から死細胞除去の行程を介してシート化培養の行程まで細胞増殖がおこらない条件で行う。
【0055】
上述のとおり、シート状細胞培養物の臨床応用においては、シート形成細胞を凍結保存できることが好ましい。しかしながら、例えば多能性幹細胞由来の分化誘導細胞などを凍結保存し、その後解凍をすると、ある程度の量の細胞が死細胞となってしまう。したがって本側面の方法は、特にシート形成細胞を含む細胞集団をいったん凍結保存し、その後解凍して回収する場合に好適に用いることができる。
【0056】
本開示のシート状細胞培養物の製造方法の特に好ましい一態様は、以下のステップを含む:
(a)多能性幹細胞由来の心筋細胞を含む細胞集団において、少なくとも1種の未分化細胞除去操作を実施する工程、
(b)(a)で得られた細胞集団を凍結保存する工程、
(c)(b)で凍結保存した細胞集団を解凍する工程、
(d)(c)で解凍した細胞集団をフィルター処理する工程、および
(e)(d)でフィルター処理した細胞集団を、コンフルエントに達する密度で培養基材に播種し、シート化培養する工程。
かかる態様において、(a)~(e)の各工程は、上記において詳述したとおりである。さらに他の工程、例えば;
(f)(e)で形成されたシート状細胞培養物を培養基材から剥離する工程、
(g)細胞集団を接着培養基材に播種して接着培養を行い、その後該細胞集団を回収する工程、
等を含んでもよい。
【0057】
本開示の別の側面は、接着培養ステップを含む移植片の製造方法に関する。本側面の移植片の製造方法は、以下の工程を含む:
(a)胚様体を分散して細胞集団を得る工程;
(b)(a)で得られた細胞集団を、培養基材に播種して接着培養した後、該細胞集団を回収する工程;
(c)(b)で得られた細胞集団を、培養基材に播種し、移植片形成培養する工程。
【0058】
工程(a)において、iPS細胞などの多能性幹細胞から分化誘導して得られた胚様体を、トリプシンやTrypLETM Selectなどのプロテアーゼで処理して分散させ、細胞集団を得る。かかる胚様体の分散は、当該技術分野において公知であり、例えばMiki et al., Cell Stem Cell 16, 699-711, June 4, 2015やWO2014/185358などに記載の手法に基づいて行うことができる。
【0059】
工程(b)において、胚様体を分散して得られた細胞集団を、接着培養に供し、その後培養細胞を回収する。かかる接着培養ステップおよび回収ステップについては、上記において詳述したとおりである。上述したとおり、かかる接着培養により、死細胞を効率的に取り除くことができ、回収して得られた細胞集団は高いバイアビリティを示す。
工程(b)で得られた細胞集団は、そのまま移植片形成培養に供されてもよいが、(b)の後任意に凍結保存ステップおよび解凍ステップを含んでもよい。凍結保存ステップおよび解凍ステップについては、上記において詳述したとおりである。
【0060】
工程(c)において、細胞集団を培養基材に播種して移植片を形成する。かかる移植片を形成するステップについてもまた、上記において詳述したとおりである。
【0061】
本開示の別の側面は、上記製造方法により製造された移植片に関する。上述のとおり本開示の方法により得られる移植片は、特に臨床目的、すなわち疾患の処置に好適に用いることができる。したがって本開示の移植片は、それを必要とする対象の臓器・器官に適用することが想定される任意の移植片形成細胞(例えば多能性幹細胞由来の分化誘導細胞)を含む。かかる移植片形成細胞の非限定的な例としては、例えば、心臓、血液、血管、肺、肝臓、膵臓、腎臓、大腸、小腸、脊髄、中枢神経系、骨、眼、または皮膚などに適用される細胞などが挙げられる。また、本開示の移植片は疾患を処置するために対象に適用されるものである。したがって、本開示の一側面として、本開示の方法により調製された移植片を有効成分として含む、疾患を処置するための細胞培養物や組成物に関する。疾患としては、限定されずに、例えば、心疾患、血液疾患、血管疾患、肺疾患、肝疾患、膵臓疾患、腎臓疾患、大腸疾患、小腸疾患、脊髄疾患、中枢神経系疾患、骨疾患、眼疾患、または皮膚疾患などが挙げられる。移植片形成細胞が心筋細胞である場合には、心筋梗塞(心筋梗塞に伴う慢性心不全を含む)、拡張型心筋症、虚血性心筋症、収縮機能障害(例えば、左室収縮機能障害)を伴う心疾患(例えば、心不全、特に慢性心不全)などが挙げられる。疾患は、本開示の移植片が、その処置に有用なものであってもよい。
【0062】
本開示の別の側面は、本開示の方法により製造された移植片の有効量を、それを必要とする対象に適用することを含む、前記対象における疾患を処置する方法に関する。処置の対象となる疾患は、上記したとおりである。
【0063】
本開示において、用語「処置」は、疾患の治癒、一時的寛解または予防などを目的とする医学的に許容される全ての種類の予防的および/または治療的介入を包含するものとする。例えば、「処置」の用語は、組織の異常に関連する疾患の進行の遅延または停止、病変の退縮または消失、当該疾患発症の予防または再発の防止などを含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0064】
本開示の処置方法においては、移植片の生存性、生着性および/または機能などを高める成分や、対象疾患の処置に有用な他の有効成分などを、本開示の移植片等と併用することができる。
【0065】
本開示の処置方法は、本開示の製造方法に従って、本開示の移植片を製造するステップをさらに含んでもよい。本開示の処置方法は、移植片を製造するステップの前に、対象から移植片を製造するための細胞(iPS細胞を用いる場合は、例えば、皮膚細胞、血球等)または細胞の供給源となる組織(iPS細胞を用いる場合は、例えば、皮膚組織、血液等)を採取するステップをさらに含んでもよい。一態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、または移植片等の投与を受ける対象と同一の個体である。別の態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、または移植片等の投与を受ける対象とは同種の別個体である。別の態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、移植片等の投与を受ける対象とは異種の個体である。
【0066】
本開示において、有効量とは、例えば、疾患の発症や再発を抑制し、症状を軽減し、または進行を遅延もしくは停止し得る量(例えば、シート状細胞培養物のサイズ、重量、枚数等)であり、好ましくは、当該疾患の発症および再発を予防し、または当該疾患を治癒する量である。また、投与による利益を超える悪影響が生じない量が好ましい。かかる量は、例えば、マウス、ラット、イヌまたはブタなどの実験動物や疾患モデル動物における試験などにより適宜決定することができ、このような試験法は当業者によく知られている。また、処置の対象となる組織病変の大きさは、有効量決定のための重要な指標となり得る。
【0067】
投与方法としては、例えば、静脈投与、筋肉内投与、骨内投与、髄腔内投与、組織への直接的な適用などが挙げられる。投与頻度は、典型的には1回の処置につき1回であるが、所望の効果が得られない場合には、複数回投与することも可能である。組織に適用する際、本発明の細胞培養物、組成物、または移植片等を対象の組織に縫合糸やステープルなどの係止手段により固定してもよい。
【実施例0068】
本発明を以下の例を参照してより詳細に説明するが、これらは本発明の特定の具体例を示すものであり、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0069】
以下の実施例において、多能性幹細胞には、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)で樹立された臨床用ヒトiPS細胞を用い、M. Nakagawa et al., Scientific Reports, 4:3594 (2014)を参考に、フィーダーフリー法で維持した。また胚様体は、Miki et al., Cell Stem Cell 16, 699-711, June 4, 2015やWO2014/185358およびWO2017/038562の記載を参考にして、心筋細胞へと分化誘導して得た。具体的には、フィーダー細胞を含まない培養液で維持培養したヒトiPS細胞を、EZ Sphere(旭硝子)上で10μMのY27632(和光純薬)を含有するStemFit AK03培地(味の素)中で1日培養し、得られた胚様体をアクチビンA、骨形成タンパク質(BMP)4および塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含有する培養液中で培養し、さらにWnt阻害剤(IWP3)およびBMP4阻害剤(Dorsomorphin)およびTGFβ阻害剤(SB431542)を含む培養液中で培養し、その後VEGFおよびbFGFを含む培養液中で培養を行った。得られた細胞集団における心筋細胞の割合は50%~90%であった。
【0070】
例1.シート化培養条件の検討
上記で得られた、ヒトiPS細胞から分化誘導した心筋細胞を含む細胞集団を用いて臨床用のシート状細胞培養物を形成する場合、未分化細胞の除去、細胞集団の凍結および解凍などの細胞のバイアビリティが低下する工程が追加されればされるほど、シート状細胞培養物の形成が困難になる傾向にあった。そこで、培養日数、シート化媒体等を変えた様々な条件下でシート化培養を行い、細胞バイアビリティが低下したと考えられる細胞集団においても好適にシート状細胞培養物を形成できるシート化培養条件を検討した。
【0071】
比較例として、WO2017/038562の実施例2に記載の方法を用い、製造例1および2と比較した。各例におけるシート化手順の概要は以下のとおりである。
比較例:上記方法によりヒトiPS細胞から心筋細胞を分化誘導し、その後42℃で熱処理により未分化細胞を除去し、シート化培養した。
製造例1:上記方法によりヒトiPS細胞から心筋細胞を分化誘導し、その後WO2016/072519に記載の抗CD30抗体結合薬剤処理を用いて未分化細胞を除去し、その後かかる細胞集団を、プログラムフリーザーを用いて-1℃/分の速度で-80℃まで低下させたのちに液体窒素中で凍結保存した後解凍し、シート化培養した。培養基材は、細胞播種の前日にFBS含有DMEMを温度応答性培養皿に添加し、37℃でコーティングを行ったものを用いた。シート化培養においては細胞を播種したのち、37℃、5%CO2条件下で培養を行い、一日ごとに培地交換を実施した。培養後は温度を低下させることで、細胞をシート状に剥離した。また、シート化培養の1日目のみ、シート化媒体にRhoキナーゼ阻害剤Y27632を加えた。シート化培養の2日目以降からシート化媒体からRhoキナーゼ阻害剤Y27632を除いた(「シート化培養の1日目のみ、シート化媒体にRhoキナーゼ阻害剤Y27632を加えた」とはシート化培養の2日目以降からシート化媒体はRhoキナーゼ阻害剤Y27632を含まないことを意味する、以下同様)。
【0072】
製造例2:上記方法によりヒトiPS細胞から心筋細胞を分化誘導し、その後WO2017/038562に記載の熱処理、WO2007/088874に記載の無糖培地培養法、WO2016/072519に記載の抗CD30抗体結合薬剤処理を順に用いて未分化細胞を除去し、その後かかる細胞集団を、プログラムフリーザーを用いて-1℃/分の速度で-80℃まで低下させたのちに液体窒素中で凍結保存した後解凍し、シート化培養した。培養基材は、細胞播種の前日にFBS含有DMEMを温度応答性培養皿に添加し、37℃でコーティングを行ったものを用いた。シート化培養においては細胞を播種したのち、37℃、5%CO
2条件下で培養を行い、一日ごとに培地交換を実施した。培養後は温度を低下させることで、細胞をシート状に剥離した。また、シート化培養の1日目のみ、シート化媒体にRhoキナーゼ阻害剤Y27632を加えた。以下に、シート化培養の行程を示す。
【表1】
【0073】
上記各培養条件を下表に示す。
【表2】
播種密度を高めた製造例1および2では、細胞バイアビリティに影響する未分化除去工程および凍結工程を合わせて複数回実施しても、比較例より短い時間でシート化が可能であった。
【0074】
比較例と製造例1とを比較すると、熱処理による未分化細胞除去だけを行い、低い播種密度でシート化培養した場合(比較例)はシート形成に4日かかったのに対して、アドセトリス処理による未分化細胞除去および凍結保存後解凍したものを高密度播種してシート化培養し、さらにシート化培養時にRhoキナーゼ阻害剤処理(day1のみ)する(製造例1)と、より短い時間でシート形成することができた。また比較例と製造例2とを比較すると、熱処理、無糖培養およびアドセトリス処理により未分化細胞除去を行い、さらに凍結保存後解凍したものを高密度播種してシート化培養し、シート化培養時にRhoキナーゼ阻害剤処理(day1のみ)した場合であっても、より短い時間でシート形成することができた。
【0075】
例2.培養日数の検討
次にシート化媒体中の血清濃度の影響を比較するため、製造例2と同様に、FBS濃度のみ20%または30%としてシート化培養した。
結果を
図1に示す。20%のFBSで3日間培養することにより、シート化することが可能であった。したがって、製造例2の条件において、FBS濃度は30%ではなく20%が好ましいことが明らかになった。
【0076】
さらに20%FBSを添加したシート化媒体を用いた場合の、培養日数を変化させた場合のシート状細胞培養物の品質への影響を検討した。培養日数を2日にした場合、9例中7例でシート化が確認されたのに対し、培養日数を3日にした場合は9例全てにおいてシート化が確認された。また、未分化細胞マーカーであるLin28の発現率を確認したところ、培養開始時は0.022%であったのに対し、培養2日目では若干増加して0.033%であった。しかし培養3日目では0.014%に低下していた。これらのことに鑑みると、製造例2の条件において、FBS濃度を20%にした場合、シート化培養日数は3日(72時間)が好ましいことが明らかになった。すなわち、高密度播種でシート化することにより、従来よりも短い時間でシート化することが可能となるが、未分化細胞除去工程や凍結保存工程などの細胞のバイアビリティを低下させると考えらえる工程が繰り返された場合、その中でもシート化培養期間を長めに設定する(シート化培養日数を少なくとも3日(72時間))ことにより、シート形成の成功率が向上し、未分化細胞の残存率が低減するという効果が期待できることがわかった。
【0077】
例3.フィルター処理工程のシート化への影響
凍結保存細胞を解凍した後フィルター処理を行うことによるシート化への影響を比較した。上記製造例2において、凍結保存細胞を解凍後、すぐに播種した場合(フィルターなし群)およびFalcon
(R)100μmセルストレーナーでフィルター処理した後に播種した場合(フィルター群)で、シート状細胞培養物の品質に差ができるか否かを、心筋細胞3ロットを用いて検討した。
結果を
図2および3に示す。フィルターなし群(N群)とフィルター群(F群)と比べると回収生細胞数に変化がないことが分かる。一方、バイアビリティはフィルター処理をすることで上昇することがわかった。また、フィルター処理群ではシート播種後に凝集している細胞が減少していることが観察された。フィルター処理前後でトロポニン陽性率を測定したところ、処理前が86%に対して、処理後も86%で変化がないことを確認した。また、未分化細胞率Lin28値には大きな差は見られなかった。
【0078】
フィルターなし群ではいくつかのシート状細胞培養物に穴あきや破損が観察された(
図3中□で囲まれた部分)確率が78%だったのに対して、フィルター群では穴あきや破損はの発生確率が30%に低下した。すなわち、細胞を解凍後播種前にフィルター処理によって細胞集団から死細胞を除去することにより、穴あきや破損がない臨床適用可能なシート状細胞培養物を高確率で得ることができた。すなわち、細胞を解凍後播種前にフィルター処理することにより、シート化培養中の細胞死を減らすことができると考えられた。
【0079】
例4.フィルター処理工程の凝集体形成への影響
例3で得られたフィルター群とフィルターなし群において、顕微鏡下でシート化前の播種細胞を観察した。一視野あたり(10倍拡大下で視野面積約3cm
2)の死細胞による凝集体(凝集塊)形成により生じる隙間の数が減少していることが明らかになった。死細胞による凝集体(凝集塊)一つあたり一つの隙間としてカウントした。フィルタなし群では一視野あたり(10倍拡大下で視野面積約3cm
2)19個の凝集体(凝集塊)が観察されたのに対し、フィルター群では5個以下であった(
図4)。凝集体(凝集塊)が少ないほど穴あきや破損がない臨床適用可能なシート状細胞培養物を得ることができた。
【0080】
例5.播種密度と培養日数のシート化への影響
製造例3:ヒトiPS細胞から心筋細胞を分化誘導し、その後WO2016/072519に記載の抗CD30抗体結合薬剤処理を用いて未分化細胞を除去し、その後かかる細胞集団を、プログラムフリーザーを用いて-1℃/分の速度で-80℃まで低下させたのちに液体窒素中で凍結保存した。その後細胞集団を解凍し、Falcon(R)100μmセルストレーナーでフィルター処理した後に、シート化培養に供した。培養基材は、細胞播種の前日に20%FBS含有DMEMを温度応答性培養皿に添加し、37℃で一晩インキュベートしてコーティングを行ったものを用いた。シート化培養においては細胞を播種したのち、37℃、5%CO2条件下で培養を行い、一日ごとに培地交換を実施した。培養後は温度を低下させることで、細胞をシート状に剥離した。また、シート化培養の1日目のみ、シート化媒体にRhoキナーゼ阻害剤Y27632を加えた。播種密度を2×105個/cm2~1.2×106個/cm2で、シート化培養日数は2日または3日とした。同一の条件を5ロットの心筋細胞でn=1~2で実施した。
【0081】
各ロットの処理条件は下表にまとめたとおりである。
【表3】
【0082】
【0083】
WO2017/038562の実施例2にあるような低播種密度(2×105個/cm2)で凍結・解凍ステップを含む場合は、シート化培養が2~3日においてほとんどの心筋細胞ロットでシート形成できないことが分かる。また、シート化培養日数2日においては高播種密度(1.2×106個/cm2)にしてもシート形成できない心筋細胞があることが分かる。一方、シート化培養日数3日においては6×105個/cm2~1.2×106個/cm2の範囲においてすべての心筋細胞ロットでシート形成が問題なくできることが分かった。
また平面培養を含まない心筋細胞ロットEでは他の細胞ロットと比べてシート形成がしにくいことが分かる。
本発明により、多能性幹細胞から分化誘導した細胞等を用いてシート状細胞培養物などの移植片を形成する際に、高品質な移植片を高確率で得ることができる。特に臨床用に用いる移植片に要求される様々な条件のため、バイアビリティが低下した分化誘導細胞を用いる場合であっても、高品質な移植片を簡便に形成することが可能となる。