IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ キッコーマン株式会社の特許一覧

特開2023-175795フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼの製造方法、およびそれを用いたグルコース測定方法
<>
  • 特開-フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼの製造方法、およびそれを用いたグルコース測定方法 図1
  • 特開-フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼの製造方法、およびそれを用いたグルコース測定方法 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175795
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼの製造方法、およびそれを用いたグルコース測定方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/04 20060101AFI20231205BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20231205BHJP
【FI】
C12N9/04 D ZNA
C12N15/53
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023148385
(22)【出願日】2023-09-13
(62)【分割の表示】P 2021112669の分割
【原出願日】2012-06-06
(31)【優先権主張番号】P 2011126893
(32)【優先日】2011-06-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】田嶋 遼子
(72)【発明者】
【氏名】廣川 浩三
(72)【発明者】
【氏名】吉原 えりこ
(72)【発明者】
【氏名】田鍋 康子
(57)【要約】      (修正有)
【課題】臨床診断等に好適に利用可能な、基質特異性が高く熱安定性に優れたフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)の効率的な生産方法を提供する。
【解決手段】ムコール(Mucor)属に由来するフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを酵母又は糸状菌で発現させることを含む、熱安定性の向上したフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼの製造方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
本明細書に記載の発明。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基質特異性が高く、かつ、熱安定性に優れたフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼの製造方法、および、それを用いたグルコース測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血中グルコース濃度(血糖値)は、糖尿病の重要なマーカーである。糖尿病患者が自己の血糖値を管理するための装置としては、電気化学的バイオセンサを用いた自己血糖測定(Self Monitoring of Blood Glucose:SMBG)機器が広く利用されている。SMBG機器に用いられるバイオセンサには、従来、グルコースオキシダーゼ(GOD)等のグルコースを基質とする酵素が利用されている。しかしながら、GODは酸素を電子受容体とするという特性を備えているため、GODを用いたSMBG機器では、測定サンプル中の溶存酸素が測定値に影響を与え、正確な測定値が得られない場合が起こりうる。
【0003】
一方、グルコースを基質とするが、酸素を電子受容体としない別の酵素として、各種のグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)が知られている。具体的には、ニコチンアミドジヌクレオチド(NAD)やニコチンアミドジヌクレオチドリン酸(NADP)を補酵素とするタイプのGDH(NAD(P)-GDH)や、ピロロキノリンキノン(PQQ)を補酵素とするGDH(PQQ-GDH)が見出されており、SMBG機器のバイオセンサに使用されている。しかしながら、NAD(P)-GDHは、酵素の安定性が乏しく、かつ、補酵素の添加が必要という問題を有し、また、PQQ-GDHは基質特異性が低く、測定対象であるグルコース以外にも、マルトース、D-ガラクトースおよびD-キシロースなどの糖化合物に対して作用してしまうため、測定サンプル中のグルコース以外の糖化合物が測定値に影響し、正確な測定値が得られないという問題点が存在する。
【0004】
近年、PQQ-GDHをバイオセンサとして用いたSMBG機器を用いて、輸液投与を受けていた糖尿病患者の血糖値を測定する際に、PQQ-GDHが輸液中に含まれるマルトースにも作用して、実際の血糖値よりも高い測定値が得られ、この値に基づく処置が原因となって患者が低血糖等を発症した例が報告されている。また、同様の事象はガラクトース負荷試験およびキシロース吸収試験を実施中の患者にも起こり得ることも判明している(例えば、非特許文献1参照)。これを受け、厚生労働省医薬食品局は、グルコース溶液に各糖類を添加した場合における血糖測定値への影響を調査する目的で交差反応性試験を行ったところ、600mg/dLのマルトース、300mg/dLのD-ガラクトース、あるいは、200mg/dLのD-キシロース添加を行った場合には、PQQ-GDH法を用いた血糖測定キットの測定値は、実際のグルコース濃度より2.5~3倍ほど高い値を示した。すなわち、測定試料中に存在し得るマルトース、D-ガラクトース、D-キシロースにより測定値が不正確になることが判明し、このような測定誤差の原因となる糖化合物の影響を受けず、グルコースを特異的に測定可能な基質特異性の高いGDHの開発が切に望まれている。
【0005】
上記のような背景の下、上記以外の補酵素を利用するタイプのGDHが着目されるようになってきている。例えば、基質特異性に関する詳細な記載はないが、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来のGDHについての報告(例えば、非特許文献2~5参照)が知られている。また、アスペルギルス(Aspergillus)属及びペニシリウム(Penicillium)属由来のフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を補酵素とするグルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)が開示されており(例えば、特許文献1~3参照)、さらにD-キシロースに対する作用性を低減させたアスペルギルス属由来のFAD-GDHも開示されている(例えば、特許文献4参照)。
【0006】
しかし、上記の酵素は、D-グルコースではない1種または数種の糖化合物に対して反応性が低いという特性を示すものの、マルトース、D-ガラクトース、D-キシロースのいずれに対しても反応性が十分に低いという特性を有してはいない。これらに対して、出願人は、ケカビの一種であるムコール(Mucor)属から見出されたフラビン結合型GDHが、マルトース、D-ガラクトース、D-キシロースのいずれに対しても反応性が十分に低いという優れた特性を有することを見出した(例えば、特許文献5参照)。また、このGDHを用いれば、マルトース、D-ガラクトース、D-キシロースが存在する条件下においても、それらの糖化合物による影響を受けることなくグルコース濃度を正確に測定することが可能であることを確認した(例えば、特許文献5参照)。このような優れた基質特異性は、ケカビ由来FAD-GDHの実用上の優位性を示す大きな特徴である。さらに、出願人は、特許文献5において、ケカビ由来FAD-GDHの遺伝子配列、アミノ酸配列もあわせて開示し、ケカビ由来FAD-GDHの遺伝子配列を利用した大腸菌を宿主とする組換え発現についても開示している。
【0007】
一方、大腸菌等の微生物を宿主として有用な酵素を大量生産させる方法が広く知られており、本来の由来微生物中で十分な量の酵素を生産することが難しい場合に、この方法を用いることにより効率的な生産が可能となる例も多くある。出願人もこれを意図して、ケカビ由来FAD-GDHの遺伝子配列情報に基づき、大腸菌を用いた組換え生産を試みた。しかし、ケカビ由来FAD-GDHの遺伝子を大腸菌で発現させても、発現量が非常に少ないことに加えて、宿主の違いにより糖鎖の付加が起こらないためかと思われるが、本来の由来微生物により生産されるFAD-GDHと比較して、その熱安定性が大幅に低下してしまうことがわかった。そこで本発明者らは、ケカビ由来のFAD-GDHのアミノ酸配列のアミノ酸配列からそのN末端領域に存在するシグナルペプチド領域に相当するアミノ酸配列、具体的には、MKITAAIITVATAFASFASAに相当するアミノ酸配列を含むN末端領域を欠失させたFAD-GDHが、N末端領域を欠失させないケカビ由来FAD-GDH遺伝子の全長を用いた場合と比較して、大腸菌において効率よくFAD-GDHを生産することができることを見出した。しかし、熱安定性の点では、このN末端領域を欠失させたFAD-GDHでも依然として十分とは言い難かった。
なお、出願人は、特許文献6において、チゴサッカロマイセス属の酵母で発現させたケカビ由来FAD-GDHが優れた基質特異性及び耐熱性を有していることを別途見出している。すなわち、N末端領域を欠失させないケカビ由来FAD-GDH遺伝子を酵母で発現させた場合等においては、N末端領域を欠失させたケカビ由来FAD-GDH遺伝子を大腸菌で発現させた場合と比較すれば、発現されるケカビ由来FAD-GDHは耐熱性が優れていることがわかっている。しかしながら、センサーチップの作製時には加熱処理を施す場合が想定され、そのような用途を含む過酷な熱条件に供する可能性を想定すると、酵母で発現させたケカビ由来FAD-GDHに関しても、さらなる耐熱性を付与する試みが継続的に求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007-289148号公報
【特許文献2】特許第4494978号公報
【特許文献3】国際公開第07/139013号
【特許文献4】特開2008-237210号公報
【特許文献5】特許第4648993号公報
【特許文献6】特願2010-269056
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】医薬品・医療用具等安全性情報206号(Pharmaceuticals and Medical Devices Safety Information No.206)、2004年10月、厚生労働省医薬食品局
【非特許文献2】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. I. Induction of its synthesis by p-benzoquinone and hydroquinone, T. C. Bak, and R. Sato, Biochim. Biophys. Acta, 139, 265-276 (1967).
【非特許文献3】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. II. Purification and physical and chemical properties, T.C. Bak, Biochim. Biophys. Acta, 139, 277-293 (1967).
【非特許文献4】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. III. General enzymatic properties, T.C. Bak, Biochim. Biophys. Acta, 146, 317-327 (1967).
【非特許文献5】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. IV. Histidyl residue as an active site, T.C. Bak, and R. Sato, Biochim. Biophys. Acta, 146, 328-335 (1967).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、基質特異性が高く、かつ十分な熱安定性を有するとともに、好ましくは大腸菌、酵母、カビ等を宿主細胞とした効率的な生産に適したFAD-GDHを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を重ね、基質特異性が高く、かつ十分な熱安定性を有するとともに、好ましくは大腸菌、酵母、カビ等を宿主細胞とした効率的な生産に適したFAD-GDHを探索した結果、公知のFAD-GDHに変異を導入することにより、基質特異性が高く、かつ十分な熱安定性を有するFAD-GDHが得られることを見出した。さらに、この変異を有し、N末端の特定部位を欠失したFAD-GDHが、大腸菌等を宿主細胞とした効率的な生産という観点においても優れた新規なFAD-GDHであることを見出した。さらに、カビや酵母を宿主として、シグナルペプチドを除去しない全長のFAD-GDHを生産させる場合にも、上記の変異点の効果が有効であることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]配列番号8で示されるアミノ酸配列、または該アミノ酸配列と90%以上同一なアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、以下:
配列番号8記載のアミノ酸配列における213位のバリン又はこれに相当するアミノ酸残基、
配列番号8記載のアミノ酸配列における368位のスレオニン又はこれに相当するアミノ酸残基、
配列番号8記載のアミノ酸配列における526位のイソロイシン又はこれに相当するアミノ酸残基、
よりなる群から選択される1つまたはそれ以上のアミノ酸置換を有することを特徴とする、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
[2]以下:
配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリン、
配列番号1記載のアミノ酸配列における387位のスレオニン、
配列番号1記載のアミノ酸配列における545位のイソロイシン、
よりなる群から選択される1つまたはそれ以上のアミノ酸置換を有することを特徴とする、[1]に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
[3]配列番号8で示されるアミノ酸配列、または該アミノ酸配列と90%以上同一なアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、以下:
配列番号8記載のアミノ酸配列における213位に相当する位置のアミノ酸残基が、アラニン、メチオニン、システイン、グルタミン又はグルタミン酸のいずれかであり、
配列番号8記載のアミノ酸配列における368位に相当する位置のアミノ酸残基がアラニン、バリン、グリシン、セリン又はシステインのいずれかであり、
配列番号8記載のアミノ酸配列における526位に相当する位置のアミノ酸残基が、バリン、スレオニン、セリン、プロリン、アラニン、チロシン、リジン、ヒスチジン、フェニルアラニン又はグルタミン酸のいずれかである
よりなる群から選択されるアミノ酸に対応する位置で1つまたはそれ以上のアミノ酸置換を有することを特徴とする、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
[4]以下:
配列番号1記載のアミノ酸配列における232位に相当する位置のアミノ酸残基が、アラニン、メチオニン、システイン、グルタミン又はグルタミン酸のいずれかであり、
配列番号1記載のアミノ酸配列における387位に相当する位置のアミノ酸残基がアラニン、バリン、グリシン、セリン又はシステインのいずれかであり、
配列番号1記載のアミノ酸配列における545位に相当する位置のアミノ酸残基が、バリン、スレオニン、セリン、プロリン、アラニン、チロシン、リジン、ヒスチジン、フェニルアラニン又はグルタミン酸のいずれかである
よりなる群から選択されるアミノ酸に対応する位置で1つまたはそれ以上のアミノ酸置換を有することを特徴とする、[3]に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
[5]ケカビ亜門、好ましくはケカビ綱、より好ましくはケカビ目、さらに好ましくはケカビ科、最も好ましくはムコール(Mucor)属由来に分類される微生物に由来する野生型フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列からそのN末端領域に存在するシグナルペプチド領域に相当するアミノ酸領域部分を欠失させたアミノ酸配列、または前記アミノ酸配列と90%以上同一なアミノ酸配列、または前記アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、大腸菌において組換え生産を行った際に以下:
作用:電子受容体存在下でグルコース脱水素酵素活性を示す、
分子量:タンパク質のポリペプチド鎖部分の分子量が約70kDaである、及び
基質特異性:D-グルコースに対する反応性に対して、マルトース、D-ガラクトース及びD-キシロースに対する反応性が低い、
を備えるフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼであって、大腸菌において組換え生産を行った際に、35℃、10分間の熱処理後に3%以上の残存活性を有する、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
[6][1]~[5]のいずれかに記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼをコードするフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子。
[7]以下:
配列番号8で示されるアミノ酸配列をコードするDNA;
配列番号9で示される塩基配列からなるDNA;
配列番号10で示されるアミノ酸配列をコードするDNA;又は
配列番号9で示される塩基配列と90%以上相同な塩基配列を有し、かつ、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ酵素活性をもつタンパク質をコードするDNA;
からなるフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子。
[8][6]又は[7]に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む、ベクター。
[9][8]記載のベクターを含む、宿主細胞。
[10]以下の工程:
[9]に記載の宿主細胞を培養する工程、
前記宿主細胞中に含まれるフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を発現させる工程、及び
前記培養物からフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを回収する工程
を含む、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを製造する方法。
[11][1]~[5]に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを用いることを特徴とする、グルコース測定方法。
[12][1]~[5]に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを含むことを特徴とする、グルコースアッセイキット。
[13][1]~[5]に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを含むことを特徴とする、グルコースセンサー。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、基質特異性が高く、かつ十分な熱安定性を有するとともに、好ましくは大腸菌、酵母、カビ等を宿主細胞とした効率的な生産に適したFAD-GDHを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明のFAD-GDHの由来となり得る酵素の例示であるMucor由来のFAD-GDHにおける、シグナルペプチド予想切断部位を示す図である。
図2】本発明のFAD-GDHの由来となり得る酵素の例示であるMucor由来のFAD-GDHとそのN末端欠失変異体の一例における、N末端部分のアミノ酸配列である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
(本発明のFAD-GDHの作用原理および活性測定法)
本発明のFAD-GDHは、公知の野生型または変異型FAD-GDH同様、電子受容体存在下でグルコースの水酸基を酸化してグルコノ-δ-ラクトンを生成する反応を触媒する。
本発明のFAD-GDHの活性は、この作用原理を利用し、例えば、電子受容体としてフェナジンメトサルフェート(PMS)および2,6-ジクロロインドフェノール(DCIP)を用いた以下の測定系を用いて測定することができる。
(反応1) D-グルコ-ス + PMS(酸化型)
→ D-グルコノ-δ-ラクトン + PMS(還元型)
(反応2) PMS(還元型) + DCIP(酸化型)
→ PMS(酸化型) + DCIP(還元型)
【0016】
具体的には、まず、(反応1)において、D-グルコースの酸化に伴い、PMS(還元型)が生成する。そして、続いて進行する(反応2)により、PMS(還元型)が酸化されるのに伴ってDCIPが還元される。この「DCIP(酸化型)」の消失度合を波長600nmにおける吸光度の変化量として検知し、この変化量に基づいて酵素活性を求めることができる。
具体的には、フラビン結合型GDHの活性は、以下の手順に従って測定することができる。50mM リン酸緩衝液(pH6.5) 2.05mL、1M D-グルコース溶液 0.6mLおよび2mM DCIP溶液 0.15mLを混合し、37℃で5分間保温する。次いで、15mM PMS溶液 0.1mLおよび酵素サンプル溶液0.1mLを添加し、反応を開始する。反応開始時、および、経時的な吸光度を測定し、酵素反応の進行に伴う600nmにおける吸光度の1分間あたりの減少量(ΔA600)を求め、次式に従いフラビン結合型GDH活性を算出する。この際、フラビン結合型GDH活性は、37℃において濃度200mMのD-グルコース存在下で1分間に1μmolのDCIPを還元する酵素量を1Uと定義する。
【0017】
【数1】
【0018】
なお、式中の3.0は反応試薬+酵素試薬の液量(mL)、16.3は本活性測定条件におけるミリモル分子吸光係数(cm/μmol)、0.1は酵素溶液の液量(mL)、1.0はセルの光路長(cm)、ΔA600blankは10mM 酢酸緩衝液(pH5.0)を酵素サンプル溶液の代わりに添加して反応開始した場合の600nmにおける吸光度の1分間あたりの減少量、dfは希釈倍数を表す。
【0019】
(本発明のFAD-GDHのアミノ酸配列)
本発明のFAD-GDHは、配列番号8で示されるアミノ酸配列、または該アミノ酸配列と同一性の高い、例えば、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上同一なアミノ酸配列、または該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、配列番号8記載のアミノ酸配列における213位に相当する位置、368位に相当する位置、および526位に相当する位置から選択されるアミノ酸に対応する位置で1つまたはそれ以上のアミノ酸置換を有することを特徴とする。
好ましくは、本発明のFAD-GDHにおける、上述の213位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、上述の213位に相当する位置でのアミノ酸がアラニン、メチオニン、システイン、グルタミン、グルタミン酸のいずれかに置換される置換であり、368位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、上述の368位に相当する位置でのアミノ酸がアラニン、バリン、グリシン、セリン、システインのいずれかに置換される置換であり、526位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、上述の526位に相当する位置でのアミノ酸がバリン、スレオニン、セリン、プロリン、アラニン、チロシン、リジン、ヒスチジン、フェニルアラニン、グルタミン酸のいずれかに置換されている置換である。なお、配列番号8においては、本発明の置換を有さない213位のアミノ酸はバリンであり、368位のアミノ酸はスレオニンであり、526位のアミノ酸はイソロイシンである。
【0020】
本発明のFAD-GDHには、上記の同一性の範囲内で各種のバリエーションが想定されるが、各種FAD-GDHの酵素科学的性質が本明細書に記載する本発明のFAD―GDHと同様である限り、それらは全て本発明のFAG-GDHに含まれ得る。このようなアミノ酸配列を有するFAD-GDHは、基質特異性が高く、かつ十分な熱安定性を有するとともに、大腸菌、酵母、カビ等を宿主細胞とした効率的な生産に適したFAD-GDHであり、産業上有用である。
【0021】
また、本発明のFAD-GDHにおいては、上述の213位に相当する位置のアミノ酸がアラニン、メチオニン、システイン、グルタミン、グルタミン酸のいずれかであること、または、368位に相当する位置のアミノ酸がアラニン、バリン、グリシン、セリン、システインのいずれかであること、または、526位に相当する位置のアミノ酸がバリン、スレオニン、セリン、プロリン、アラニン、チロシン、リジン、ヒスチジンのいずれかであることが重要なのであって、それが人為的な置換操作によるものか否かは重要でない。例えば、配列番号8記載のタンパク質のように、上記の位置のアミノ酸が本発明で所望される残基とは元々異なっているタンパク質を出発物質として、そこに公知の技術を用いて所望の置換を導入していく場合であれば、これらの所望されるアミノ残基は置換により導入される。一方、公知のペプチド全合成により所望のタンパク質を入手する場合、または、所望のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするように遺伝子配列を全合成し、これに基づき所望のタンパク質を入手する場合、あるいは、天然型として見出されたものの中に元々そのような配列を有するものがあった場合等には、人為的な置換という工程を経ることなく、本発明のFAD-GDHを得ることができる。
【0022】
(本発明のFAD-GDHの由来となる天然型FAD-GDHの例)
本発明のFAD-GDHは、公知のタンパク質を出発物質として、それを改変することにより取得することもできる。特に、本発明のFAD-GDHに望まれる酵素科学的性質と類似点が多い出発物質を利用することは、所望のFAD-GDHを取得する上で有利である。
上述のような出発物質の例としては、公知のFAD-GDHを挙げることができる。公知のFAD-GDHの由来微生物の好適な例としては、ケカビ亜門、好ましくはケカビ綱、より好ましくはケカビ目、さらに好ましくはケカビ科に分類される微生物を挙げることができる。具体的には、ムコール(Mucor)属、アブシジア(Absidia)属、アクチノムコール(Actinomucor)属由来のFAD-GDHは、本発明のFAD-GDHを取得するための出発物質の一例として好適である。
Mucor属に分類される微生物であって、具体的な好ましい微生物の例としては、ムコール・プライニ(Mucor prainii)、ムコール・ジャバニカス(Mucor javanicus)、ムコール・ダイモルフォスポラス(Mucor dimorphosporus)もしくはムコール・シルシネロイデス・f・シルシネロイデス(Mucor circinelloides f. circinelloides)が挙げられる。より具体的には、Mucor prainii NISL0103、Mucor javanicus NISL0111もしくはMucor circinelloides f. circinelloides NISL0117が挙げられる。Absidia属に分類される微生物であって、具体的な好ましい微生物の例としては、アブシジア・シリンドロスポラ(Absidia cylindrospora)、アブシジア・ヒアロスポラ(Absidia hyalospora)を挙げることができる。より具体的には、Absidia cylindrospora NISL0211、Absidia hyalospora NISL0218を挙げることができる。Actinomucor属に分類される微生物であって、具体的な好ましい微生物の例としては、アクチノムコール・エレガンス(Actinomucor elegans)を挙げることができる。より具体的には、Actinomucor elegans NISL9082を挙げることができる。なお、上記の菌株はNISL(公益財団法人 野田産業科学研究所)の保管菌株であり、所定の手続きを経ることにより、分譲を受けることができる。
【0023】
(本発明のFAD-GDHの基質特異性)
本発明のFAD-GDHは、高い基質特異性を有することを特徴とする。具体的には、本発明のFAD-GDHは、本発明者らが先に見出した特許第4648993号公報に記載のケカビ由来FAD-GDHと同様に、マルトース、D-ガラクトース、D-キシロースに対する反応性が極めて低いことを特徴とする。具体的には、D-グルコースに対する反応性を100%とした場合に、マルトース、D-ガラクトースおよびD-キシロースに対する反応性がいずれも2%以下であることを特徴とする。本発明に用いるFAD-GDHは、このような高い基質特異性を有するため、マルトースを含む輸液の投与を受けている患者や、ガラクトース負荷試験およびキシロース吸収試験を実施中の患者の試料についても、測定試料に含まれるマルトース、D-ガラクトース、D-キシロース等の糖化合物の影響を受けることなく、正確にD-グルコース量を測定することが可能となる。
【0024】
また、本発明のFAD-GDHは、上述のようにD-グルコースの代わりにマルトース、D-ガラクトース、D-キシロース等の糖化合物を基質として測定を行った際の測定値が非常に低く、さらに、マルトース、D-ガラクトース、D-キシロース等の糖化合物が夾雑する条件下でも正確にグルコース測定値を測定できることを特徴とする。具体的には、それらの夾雑糖化合物が存在しない条件でのD-グルコースに対する反応性を100%とした場合に、夾雑糖化合物としてマルトース、D-ガラクトース、D-キシロースから選択される1以上が存在する場合の測定値が96%~103%であり、夾雑糖化合物としてマルトース、D-ガラクトースおよびD-キシロースの3種が同時に存在する場合でも、測定値が96%~104%であることを特徴とする。このような特性を有するFAD-GDHを用いた場合には、測定試料中にマルトースやD-ガラクトース、D-キシロースが存在している状況でも、グルコース量を正確に測定することが可能である。
各種の酵素化学的性質は、酵素の諸性質を特定するための公知の手法、例えば、以下の実施例に記載の方法を用いて調べることができる。酵素の諸性質は、本発明に用いるフラビン結合型GDHを生産する微生物の培養液や、精製工程の途中段階において、ある程度調べることもでき、より詳細には、精製酵素を用いて調べることができる。
【0025】
(ケカビ由来FAD-GDHの改変により本発明のFAD-GDHを得る際のN末端アミノ酸領域の削除)
上述のケカビ由来FAD-GDHを改変して、本発明のFAD-GDHを得る場合、特に、本発明のFAD-GDHを大腸菌等の宿主において生産させる際には、出発物質であるケカビ由来FAD-GDHのアミノ酸配列からそのN末端領域に存在する一定領域のアミノ酸領域、具体的には、シグナルペプチド領域に相当するアミノ酸領域部分を欠失させることにより、大腸菌において発現させた場合の発現量が向上するという効果が得られる。そして、このN末端の削除領域を検討するにあたり、シグナルペプチドの予測が有効な手段となり得る。シグナルペプチドの予測は、適当なツールを用いてある程度予測することが可能で、実際には、それらの情報を元に検証することにより、好適な削除領域を決定することができる。このようなシグナルペプチド予測用のツールとしては、例えば、WEB上のシグナルペプチド予想プログラム(SignalP、「www.cbs.dtu.dk/services/SignalP-2.0/」)等が知られている。
【0026】
ケカビ由来FAD-GDHの改変により本発明のFAD-GDHを得る際の、好ましいN末端アミノ酸削除領域の例としては、ケカビ由来FAD-GDHのN末端領域に存在するシグナルペプチドに相当する領域を含むN末端領域が挙げられる。具体的には、配列番号1に記載されたアミノ酸配列を有するケカビ由来FAD-GDHで例示すれば、そのN末端に存在し、配列番号19に示すMKITAAIITVATAFASFASAのアミノ酸配列を含むN末端領域をコードするDNA領域を削除することにより、大腸菌形質転換体によって生産される本発明のFAD-GDHの発現量および/または生産量を顕著に増加させることができる。この領域(N末端から20番目まで)は、図1に示される通り、シグナルペプチドである可能性が示唆されている。
【0027】
なお、上述の具体的なアミノ酸配列および削除されるアミノ酸の残基数は限定的なものではなく、本発明で規程される一定の幅を持ったバリエーションを包含し得る。すなわち、「そのN末端に存在するMKITAAIITVATAFASFASA(配列番号19)に相当するアミノ酸配列」とは、配列番号1に記載されたアミノ酸配列を有するFAD-GDHと一定の同一性(例えば、85%以上、好ましくは90%、より好ましくは95%以上の同一性)を有するFAD-GDHにおいて相当するアミノ酸配列をいう。これらの一定以上のアミノ酸配列同一性を有するFAD-GDH間における、「相当する位置・配列」の対応関係は、既製のアミノ酸の同一性解析用ソフト、例えば、GENETYX-Mac(Software Development社製)等を用いて、各種FAD-GDHのアミノ酸配列と配列番号1のFAD-GDHのアミノ酸配列とを比較することにより、容易に知ることができる。
【0028】
本発明者等が見出したケカビ由来のFAD-GDHと同一性が高いFAD-GDHは、現状では他に報告されてはいない。しかし、一般に、互いに同一性が高い酵素タンパク質においては、同一性の高い領域でのタンパク質構造が類似している可能性が高いことから、一定以上のアミノ酸配列同一性を有する複数の酵素の同一性解析によりそれらのアミノ酸配列の対応関係を解析し、一方における特定のアミノ酸の位置またはアミノ酸配列領域に相当する他方のアミノ酸の位置またはアミノ酸配列領域に同様の変異や削除等を導入することによって、酵素の性質に関して同様の効果を与えることができる例も多く知られている。従って、FAD-GDHに関しても、配列番号1で例示された本発明におけるFAD-GDHのN末端ペプチドの削除領域に関する本発明の知見を利用し、これらのFAD-GDHに関しても同様の効果を得るための方策として、その他のFAD-GDHにおいて相当する領域のアミノ酸配列を同様に削除する試みを容易に行うことができる。
【0029】
また、本発明におけるFAD-GDHのN末端ペプチドの削除領域が、必ずしもシグナルペプチド領域のみである必要はない。例えば、N末端シグナルペプチド領域のみを削除する以外にも、シグナルペプチド領域そのものに加え、シグナルペプチド領域に隣接し、酵素活性に悪影響を及ぼさない範囲の領域までを含む領域を削除することもできる。具体的には、例えば、図2に示すように、ケカビ由来の全長のFAD-GDHのN末端配列(図中、MpFull、配列番号1)から、N末端に存在するMKITAAIITVATAFASFASA(配列番号19)を削除してもよく(図中、MpNS1、配列番号8)、さらに1残基多く削除された形となるMKITAAIITVATAFASFASAQ(配列番号20)のアミノ酸配列を削除してもよい(図中、MpNS2、配列番号10)。得られる酵素の酵素科学的諸性質に悪影響を及ぼさない範囲であれば、さらに多くの残基までを削除してもよい。例えば、N末端に存在するMKITAAIITVATAFASFASAQQDTNSS(27番目のアミノ酸まで、図中に記載なし、配列番号21)を削除してもよいし、さらに1残基多く削除された形となるMKITAAIITVATAFASFASAQQDTNSSS(28番目のアミノ酸まで、図中に記載なし、配列番号22)のアミノ酸配列を削除してもよい。本発明において重要なのは、N末端シグナルペプチド領域が実質的に削除されていることであって、N末端シグナルペプチド領域に加えて若干の領域が併せて削除されているかどうかは本発明の必須要件ではなく、同様の効果を奏する限り、複数のN末端領域削除のバリエーションが本発明のFAD-GDHに包含される。また、FAD-GDHの由来や宿主によっては、N末端シグナルペプチド領域とされる領域からわずかに短いN末端領域、例えば、1残基ないし数残基短いN末端領域を削除する場合に関しても、この削除による効果とN末端シグナルペプチド領域とされる領域全体を削除した時の効果、または、N末端シグナルペプチド領域とされる領域全体を含み、さらに長いN末端領域を削除した時の効果との間に実質的な差異が認められない場合には、そのような削除もまた、本発明のバリエーションに包含され得る。
【0030】
N末端ペプチドの削除方法は限定されないが、公知の手段を用い、例えば、シグナルペプチド切断によりN末端となるアミノ酸を開始コドンであるメチオニンに変えて発現させる方法が挙げられる。または、シグナルペプチド切断によりN末端となるアミノ酸に開始コドンであるメチオニンを付加することで、シグナルペプチド欠失型のFAD-GDHを大腸菌で発現させることも可能である。あるいは、上述の通り、シグナルペプチドを含み若干の隣接領域を含むペプチドを削除することを想定し、想定される領域での切断を行った場合にN末端となるアミノ酸を開始コドンであるメチオニンに変えて発現させる方法や、切断によりN末端となるアミノ酸に開始コドンであるメチオニンを付加する方法も考えられる。
一定のN末端領域を切断する際に、新たにできるN末端をメチオニンに置換するか、あるいは置換せずにメチオニンを付加するかによって、得られるFAD-GDHのアミノ酸配列は1残基違ってくるが、これはシグナルペプチドの削除によって新たにできるN末端がメチオニンでなくなった場合に開始コドンを付与して遺伝子からのタンパク質発現を正常に行わせるために行う操作であって、本発明の必須要件ではない。
【0031】
該目的酵素の発現量がシグナルペプチド配列の存在する状態と比べて高まったかどうかは、該配列への変異導入前後における培養液1mlあたりの総活性値を比較して確認することが出来る。なお、シグナルペプチドの欠失の確認には、エドマン分解を用いたN末端アミノ酸シーケンスにより確かめることも可能である。シグナルペプチドの予測プログラムとしては、PSORT、SignalPがよく利用されている。それぞれ、webにて「psort.nibb.ac.jp/」、あるいは「www.cbs.dtu.dk/services/SignalP-2.0/」のアドレスから利用することができる。
【0032】
上記のようなN末端の欠失を有し、さらに、大腸菌において発現される場合は糖鎖の付加が起こらないことから、本発明のFAD-GDHの分子量は、野生型ケカビ由来FAD-GDHよりも小さい。アミノ酸配列から計算して、あるいは、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動で測定した場合に、本発明のFAD-GDHタンパク質のポリペプチド鎖部分の分子量は約70kDaである。
【0033】
なお、本発明のFAD-GDHを酵母やカビ等の宿主において生産させる場合には、シグナルペプチド領域を削除することなく、発現を行わせることができる。このような場合、発現するFAD-GDHは、全長又はほぼ全長に近い配列を有し得る。このようなFAD-GDHにおいても、本発明で特定されるアミノ酸置換の位置に相当する位置のアミノ酸を置換することの効果は同様である。すなわち、本発明は、N末端シグナルペプチドを欠失していないFAD-GDHにおける同様の変異体をも包含する。
【0034】
(本発明のFAD-GDHにおける耐熱性の向上)
本発明の変異型FAD-GDHは、大腸菌において発現させたときに、本明細書中に記載の活性測定方法及び熱安定性測定方法に記載した反応条件下で、35℃、10分間熱処理後の残存活性が3%以上、好ましくは20%以上、より好ましくは30%以上、さらに好ましくは40%以上、さらに好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、最も好ましくは80%以上であることを特徴とする。このような高い耐熱性は、本発明のFAD-GDHで規定される所定の耐熱性向上に寄与する所定の位置における特定のアミノ酸残基を有さないFAD-GDH遺伝子を大腸菌において発現させて得られるFAD-GDH(本発明において、以降、「野生型FAD-GDH」)が有し得ないものであり、これにより、耐熱性が向上したFAD-GDHを大腸菌等の宿主において生産することが可能となる。このような本発明のFAD-GDHをコードする遺伝子を含むプラスミドの例として、pET-22b-MpNS1-M1、pET-22b-MpNS1-M2、pET-22b-MpNS1-M3、pET-22b-MpNS1-M4、pET-22b-MpNS1-M5、pET-22b-MpNS1-M6、pET-22b-MpNS1-M7、pET-22b-MpNS1-M8、pET-22b-MpNS1-M9、pET-22b-MpNS1-M10、pET-22b-MpNS1-M11、pET-22b-MpNS1-M12、pET-22b-MpNS1-M13、pET-22b-MpNS1-M14、pET-22b-MpNS1-M15、pET-22b-MpNS1-M16、pET-22b-MpNS1-M17、pET-22b-MpNS1-M18、pET-22b-MpNS1-M19、pET-22b-MpNS1-M20、pET-22b-MpNS1-M21、pET-22b-MpNS1-M22、pET-22b-MpNS1-M23等が挙げられる。また、このような本発明のFAD-GDHを生産する宿主微生物として、大腸菌BL21(DE3)/pET-22b-MpNS1株を挙げることができる。
【0035】
前述のとおり、本発明の基質特異性が高く、かつ熱安定性に優れたFAD-GDHは、例えば、まず任意の方法で、配列番号8のアミノ酸配列に近いアミノ酸配列をコードする遺伝子を入手し、配列番号8における所定の位置に相当する位置におけるいずれかの位置においてアミノ酸置換を導入することにより得ることもできる。
【0036】
ここでいう、例えば、「配列番号8のアミノ酸配列に相当する位置」とは、配列番号8のアミノ酸配列と、配列番号8と同一性(好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上)を有する他のFAD-GDHのアミノ酸配列とをアラインさせた場合に、アラインメントにおける同一の位置を意味する。なお、アミノ酸配列の同一性は、GENETYX-Mac(Software Development社製)のマキシマムマッチングやサーチホモロジー等のプログラム、又はDNASIS Pro(日立ソフト社製)のマキシマムマッチングやマルチプルアライメント等のプログラムにより計算することができる。
【0037】
また、「アラインメントにおける同一の位置」を特定する方法としては、例えばリップマン-パーソン法等の公知のアルゴリズムを用いてアミノ酸配列を比較し、FAD-GDHのアミノ酸配列中に存在する保存アミノ酸残基に最大の同一性を与えることにより行うことができる。各種FAD-GDHのアミノ酸配列をこのような方法で整列させることにより、アミノ酸配列中にある挿入、欠失にかかわらず、相同アミノ酸残基の各FAD-GDH配列における配列中の同一の位置を決めることが可能である。アラインメントにおける同一の位置は、三次元構造中で同位置に存在すると考えられ、対象となるFAD-GDHの熱安定性機能に関して類似した効果を有することが推定できる。
【0038】
本発明のFAD-GDHとしては、配列番号8のアミノ酸配列において、213位、368位、及び526位の少なくとも1つに相当する位置においてアミノ酸置換を有するFAD-GDHが例示され得る。さらに、配列番号8のアミノ酸配列において、アミノ酸置換がV213A、V213M、V213C、V213Q、V213E、T368A、T368V、T368G、T368S、T368C、I526V、I526T、I526S、I526P、I526A、I526Y、I526K、I526H、I526F、I526Eからなる群から選ばれる改変FAD-GDHである。
【0039】
ここで、例えば、「V213A」は、213位のV(Val)をA(Ala)に置換することを意味する。また、「T368A」は、368位のT(Thr)をA(Ala)に置換することを意味する。さらに、「I526V」は、526位のI(Ile)をV(Val)に置換することを意味する。
【0040】
なお、本発明において、「配列番号8記載のアミノ酸配列の213位のバリンに相当する位置」とは、確定したFAD-GDHのアミノ酸配列を、配列番号8に示されるケカビ由来のFAD-GDHのアミノ酸配列とアラインメント比較した場合に、配列番号8のFAD-GDHの213位のバリンと同一の位置のアミノ酸を意味するものである。これにより、上記の「アラインメントにおける同一の位置」を特定する方法でアミノ酸配列を整列させて特定することができる。
また、「配列番号8記載のアミノ酸配列の368位のスレオニンに相当する位置」とは、確定したFAD-GDHのアミノ酸配列を、配列番号8に示されるケカビ由来のFAD-GDHのアミノ酸配列と比較した場合に、配列番号8のFAD-GDHの368位のスレオニンと同一の位置のアミノ酸を意味するものである。これも上記の方法でアミノ酸配列を整列させて特定することができる。
さらに、「配列番号8記載のアミノ酸配列の526位のイソロイシンに相当する位置」とは、確定したFAD-GDHのアミノ酸配列を、配列番号8に示されるケカビ由来のFAD-GDHのアミノ酸配列と比較した場合に、配列番号8のFAD-GDHの526位のイソロイシンと同一の位置のアミノ酸を意味するものである。これも上記の方法でアミノ酸配列を整列させて特定することができる。
例えば、ケカビ由来FAD-GDHの全長のアミノ酸配列の例示である配列番号1において、「配列番号8記載のアミノ酸配列の213位のバリンに相当する位置」とは、配列番号1記載のアミノ酸配列の232位のバリンである。また、配列番号1において、「配列番号8記載のアミノ酸配列の368位のスレオニンに相当する位置」とは、配列番号1記載のアミノ酸配列の387位のスレオニンである。さらに、配列番号1において、「配列番号8記載のアミノ酸配列の526位のイソロイシンに相当する位置」とは、配列番号1記載のアミノ酸配列の545位のイソロイシンである。このように、配列番号8記載のアミノ酸配列を基準とし、「アラインメントにおける同一の位置」を特定する方法でアミノ酸配列を整列させて、配列番号8とは異なるアミノ酸配列における「相当する位置」を特定することができるので、配列番号8とは異なるアミノ酸配列における「相当する位置」が、実際には、当該異なるアミノ酸配列における何番目のアミノ酸に該当するかは容易に確認できる。このような、配列番号8もしくは配列番号9との同一性を有する配列において、相当する位置の変異を有する変異体についても、本発明の範囲に含まれる。
【0041】
(本発明のFAD-GDHをコードする遺伝子の取得)
本発明のFAD-GDHを効率よく取得するためには、遺伝子工学的手法を利用するのが好ましい。本発明のFAD-GDHをコードする遺伝子(以下、FAD-GDH遺伝子)を取得するには、通常一般的に用いられている遺伝子のクローニング方法を用いればよい。例えば、公知のFAD-GDHを出発物質とし、それを改変することにより本発明のFAD-GDHを取得するには、FAD-GDH生産能を有する公知の微生物菌体や種々の細胞から、常法、例えば、Current Protocols in Molecular Biology (WILEY Interscience,1989)記載の方法により、染色体DNA又はmRNAを抽出することができる。さらにmRNAを鋳型としてcDNAを合成することができる。このようにして得られた染色体DNA又はcDNAを用いて、染色体DNA又はcDNAのライブラリーを作製することができる。
【0042】
ついで、公知のFAD-GDHのアミノ酸配列情報に基づき、適当なプローブDNAを合成して、これを用いて染色体DNA又はcDNAのライブラリーから基質特異性の高いFAD-GDH遺伝子を選抜する方法、あるいは、上記アミノ酸配列に基づき、適当なプライマーDNAを作製して、5’RACE法や3’RACE法などの適当なポリメラーゼ連鎖反応(PCR法)により、基質特異性の高いFAD-GDHをコードする目的の遺伝子断片を含むDNAを増幅させ、これらのDNA断片を連結させて、目的のFAD-GDH遺伝子の全長を含むDNAを得ることができる。
【0043】
これらの基質特異性の高いFAD-GDH遺伝子は、取扱い上、各種ベクターに連結(挿入)されていることが、好ましい。例えば、本明細書中に記載の、ケカビ由来のFAD-GDH遺伝子をコードするDNAを含む組換え体プラスミドpET-22b-MpFull、pET-22b-MpNS1、pET-22b-MpNS2等から、QIAGEN(キアゲン社製)等の試薬を用いることにより、FAD-GDH遺伝子をコードするDNAを、取得できる。
【0044】
本発明のベクターは、上記プラスミドに限定されることなく、それ以外の、例えば、バクテリオファージ、コスミド等の当業者に公知の任意のベクターを用いることができる。具体的には、例えば、pET-22b(+)、pET-16b(Novagen社製)、pUC-18、pBluescriptII SK+(STRATAGENE社製)等も好ましい。
【0045】
公知のFAD-GDHを出発物質として、本発明の基質特異性が高く熱安定性に優れたFAD-GDHを取得する方法として、出発物質であるFAD-GDHをコードする遺伝子に変異を導入し、各種の変異遺伝子から発現されるFAD-GDHの酵素科学的性質を指標に選択を行う方法を採用し得る。
出発物質であるFAD-GDH遺伝子の変異処理は、企図する変異形態に応じた、公知の任意の方法で行うことができる。すなわち、FAD-GDH遺伝子あるいは当該遺伝子の組み込まれた組換え体DNAと変異原となる薬剤とを接触・作用させる方法;紫外線照射法;遺伝子工学的手法;又は蛋白質工学的手法を駆使する方法等を広く用いることができる。
上記変異処理に用いられる変異原となる薬剤としては、例えば、ヒドロキシルアミン、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン、亜硝酸、亜硫酸、ヒドラジン、蟻酸、若しくは5-ブロモウラシル等を挙げることができる。
この接触・作用の諸条件は、用いる薬剤の種類等に応じた条件を採ることが可能であり、現実に所望の変異をケカビ由来FAD-GDH遺伝子において惹起することができる限り特に限定されない。通常、好ましくは0.5~12Mの上記薬剤濃度において、20~80℃の反応温度下で10分間以上、好ましくは10~180分間接触・作用させることで、所望の変異を惹起可能である。紫外線照射を行う場合においても、上記の通り常法に従い行うことができる(現代化学、p24~30、1989年6月号)。
【0046】
蛋白質工学的手法を駆使する方法としては、一般的に、Site-Specific Mutagenesisとして知られる手法を用いることができる。例えば、Kramer法 (Nucleic Acids Res.,12,9441(1984):Methods Enzymol.,154,350(1987):Gene,37,73(1985))、Eckstein法(Nucleic Acids Res.,13,8749(1985):Nucleic Acids Res.,13,8765(1985):Nucleic Acids Res,14,9679(1986))、Kunkel法(Proc. Natl. Acid. Sci. U.S.A.,82,488(1985):Methods Enzymol.,154,367(1987))等が挙げられる。DNA中の塩基配列を変換する具体的な方法としては、例えば市販のキット(Transformer Mutagenesis Kit;Clonetech社, EXOIII/Mung Bean Deletion Kit;Stratagene製, Quick Change Site Directed Mutagenesis Kit;Stratagene製など)の利用が挙げられる。
【0047】
また、一般的なポリメラーゼチェインリアクション(Polymerase Chain Reaction)として知られる手法を用いることもできる(Technique,1,11(1989))。
なお、上記遺伝子改変法の他に、有機合成法又は酵素合成法により、直接所望の熱安定性に優れ、且つ基質特異性の高い改変FAD-GDH遺伝子を合成することもできる。
【0048】
上記のような任意の方法により選択された本発明のFAD-GDH遺伝子のDNA塩基配列の決定または確認を行う場合には、例えば、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)等を用いれば良い。
【0049】
(本発明のFAD-GDH遺伝子が挿入されたベクターおよび宿主細胞)
上述のように得られた本発明のFAD-GDH遺伝子を、常法により、バクテリオファージ、コスミド、又は原核細胞若しくは真核細胞の形質転換に用いられるプラスミド等のベクターに組み込み、各々のベクターに対応する宿主細胞を常法により、形質転換又は形質導入をすることができる。
原核宿主細胞の一例としては、エッシェリシア属に属する微生物、例えば大腸菌K-12株、エシェリヒア・コリーBL21(DE3)、エシェリヒア・コリーJM109、エシェリヒア・コリーDH5α、エシェリヒア・コリーW3110、エシェリヒア・コリーC600等(いずれもタカラバイオ社製)が利用でき、それらを形質転換し、または、それらに形質導入して、DNAが導入された宿主細胞(形質転換体)を得る。宿主細胞に組み換えベクターを移入する方法としては、例えば宿主細胞がエシェリヒア・コリーに属する微生物の場合には、カルシウムイオンの存在下で組み換えDNAの移入を行う方法などを採用することができる、更にエレクトロポレーション法を用いても良い。更には市販のコンピテントセル(例えばECOS Competent エシェリヒア・コリーBL21(DE3);ニッポンジーン製)を用いても良い。
また、例えば、真核宿主細胞の一例としては、酵母が挙げられる。酵母に分類される微生物としては、例えば、チゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、ピキア(Pichia)属、カンジダ(Candida)属などに属する酵母が挙げられる。挿入遺伝子には、形質転換された細胞を選択することを可能にするためのマーカー遺伝子が含まれていてもよい。マーカー遺伝子としては、例えば、URA3、TRP1のような、宿主の栄養要求性を相補する遺伝子等が挙げられる。また、挿入遺伝子は、宿主細胞中で本発明の遺伝子を発現することのできるプロモーター又はその他の制御配列(例えば、分泌シグナル配列、エンハンサー配列、ターミネーター配列、ポリアデニル化配列等)を含むことが望ましい。プロモーターとしては、具体的には、例えば、GAL1プロモーター、ADH1プロモーター等が挙げられる。酵母への形質転換方法としては、公知の方法、例えば、酢酸リチウムを用いる方法(MethodsMol. Cell. Biol., 5, 255-269(1995))やエレクトロポレーション(J Microbiol Methods 55 (2003)481-484)等を好適に用いることができるが、これに限定されず、スフェロプラスト法やガラスビーズ法等を含む各種任意の手法を用いて形質転換を行えば良い。
また、例えば、真核宿主細胞の他の例としては、アスペルギルス(Aspergillus)属やトリコデルマ(Tricoderma)属のようなカビ細胞が挙げられる。挿入遺伝子は、宿主細胞中で本発明の遺伝子を発現することのできるプロモーター(例えばtef1プロモーター)及びその他の制御配列(例えば、分泌シグナル配列、エンハンサー配列、ターミネーター配列、ポリアデニル化配列等)を含むことが望ましい。また、挿入遺伝子には、形質転換された細胞を選択することを可能にするためのマーカー遺伝子、例えばniaD、pyrGが含まれていても良い。さらに、挿入遺伝子には、任意の染色体部位へ挿入するための相同組換え領域が含まれていても良い。糸状菌への形質転換方法としては、公知の方法、例えば、プロトプラスト化した後ポリエチレングリコール及び塩化カルシウムを用いる方法(Mol. Gen. Genet., 218, 99-104(1989))を好適に用いることができる。
【0050】
(本発明のFAD-GDHを生産する宿主細胞の選抜)
本発明のFAD-GDHの生産株を効率よく選抜するためには、例えば、次のような方法を用いてもよい。まず、得られた宿主細胞(形質転換体)がコロニーを形成したLB寒天培地から、滅菌したビロード生地等で新しい寒天培地にレプリカを数枚とり、培養する。レプリカをとった寒天培地のコロニーが十分な大きさになったら、リゾチーム等の溶菌剤に浸した膜を培地に重ねて、室温で1時間ほど静置し、溶菌させる。このとき、溶菌した粗酵素液が膜に吸着する。
【0051】
次いで、粗酵素液を吸着させた前記の膜を、35℃、1分~1時間静置した後、FAD-GDHが作用すれば発色する組成とした反応液(グルコース、PMS、DCIPを含む10mM 酢酸緩衝液(pH5.0))に浸した膜と重ね合わせ、紫色の発色の度合を観察する。耐熱性を有さない野生型FAD-GDHの場合は、コロニーが発色する度合が少ないが、耐熱性を獲得した本発明のFAD-GDHの場合は、コロニーが発色する度合が多くなる。これを利用し、野生型FAD-GDH生産株のコロニーの発色度合との比較により、耐熱性が向上したFAD-GDHを生産する形質転換体を選抜できる。
【0052】
あるいは、本発明のFAD-GDHの生産株を効率良く選抜するためには、次の方法によっても良い。まず、変異処理をおこなったプラスミドをもつ宿主細胞(形質転換体)を100μg/mLのアンピシリンおよび1mMのIPTGを含む10mMのTY培地(1%バクトトリプトン、0.5%バクトイースト・エクストラクト、0.5%NaCl、(pH7.0))に植菌し、25℃で一晩振とう培養を行う。培養終了後、9,000rpm、5分間の遠心分離によって集めた菌体を、10mM酢酸緩衝液(pH5.0)に懸濁し、超音波処理によって改変体FAD-GDHを含む菌体抽出液を得る。次いで、得られた菌体抽出液を酵素希釈液(10mM酢酸緩衝液(pH5.0))にて希釈し、約0.5U/mlの酵素液(0.2ml、2本)を調製する。この2本のうち、1本は4℃で保存し、もう1本は、35℃、10分間の加温処理に供し、処理後、各サンプルのFAD-GDH活性を測定する。それぞれ、4℃で保存したものの酵素活性を100として、35℃、10分間処理後の活性値を比較して残存活性(%)として算出し、変異処理を施していない野生型FAD-GDH生産株と比べて残存活性(%)が向上している株を選抜することによって、耐熱性が向上したFAD-GDHを生産する形質転換体を得ることができる。残存活性(%)を算出するための熱処理温度は、変異体選択の必要に応じ、より過酷な条件を設定してもよい。
【0053】
必要に応じ、このように見出した熱安定性に優れたFAD-GDH遺伝子に対して、さらに変異導入を繰り返し行うことにより、熱安定性に一層優れた改変FAD-GDH及びその生産能を有する形質転換体を得ることもできる。
【0054】
(本発明のFAD-GDHの製造)
本発明のFAD-GDHは、上述のように取得した本発明のFAD-GDHを生産する宿主細胞を培養し、前記宿主細胞中に含まれるフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を発現させ、次いで、前記培養物からフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを単離することにより、製造すればよい。
上記宿主細胞を培養する培地としては、例えば、酵母エキス、トリプトン、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカーあるいは大豆若しくは小麦ふすまの浸出液等の1種以上の窒素源に、塩化ナトリウム、リン酸第1カリウム、リン酸第2カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化第2鉄、硫酸第2鉄あるいは硫酸マンガン等の無機塩類の1種以上を添加し、さらに必要により糖質原料、ビタミン等を適宜添加したものが用いられる。
培地の初発pHは、限定されないが、例えば、pH6~9に調整することができる。
培養は、10~42℃の培養温度、好ましくは25℃前後の培養温度で4~24時間、さらに好ましくは25℃前後の培養温度で4~8時間、通気攪拌深部培養、振盪培養、静置培養等により実施すればよい。
【0055】
培養終了後、該培養物より本発明のFAD-GDHを採取する。これには、通常の公知の酵素採取手段を用いればよい。例えば、常法により菌体を、超音波破壊処理、磨砕処理等するか、又はリゾチーム等の溶菌酵素を用いて本酵素を抽出するか、又はトルエン等の存在下で振盪若しくは放置して溶菌を行わせ、本酵素を菌体外に排出させることができる。そして、この溶液を濾過、遠心分離等して固形部分を除去し、必要によりストレプトマイシン硫酸塩、プロタミン硫酸塩、若しくは硫酸マンガン等により核酸を除去したのち、これに硫安、アルコール、アセトン等を添加して分画し、沈澱物を採取し、本発明のFAD-GDHの粗酵素を得る。
【0056】
本発明のFAD-GDHの粗酵素を、公知の任意の手段を用いてさらに精製することもできる。精製された酵素標品を得るには、例えば、セファデックス、ウルトロゲル若しくはバイオゲル等を用いるゲル濾過法;イオン交換体を用いる吸着溶出法;ポリアクリルアミドゲル等を用いる電気泳動法;ヒドロキシアパタイトを用いる吸着溶出法;蔗糖密度勾配遠心法等の沈降法;アフィニティクロマトグラフィー法;分子ふるい膜若しくは中空糸膜等を用いる分画法等を適宜選択し、又はこれらを組み合わせて実施することにより、精製された本発明のFAD-GDH酵素標品を得ることができる。
【0057】
(本発明のFAD-GDHを用いたグルコース測定方法)
本発明はまた、本発明のFAD-GDHを含むグルコースアッセイキットを開示し、例えば、このようなグルコースアッセイキットを用いることにより、本発明のFAD-GDHを用いて血中のグルコース(血糖値)を測定することができる。
本発明のグルコースアッセイキットは、本発明に従う改変型FAD-GDHを少なくとも1回のアッセイに十分な量で含む。典型的には、本発明のグルコースアッセイキットは、本発明の改変型FAD-GDHに加えて、アッセイに必要な緩衝液、メディエーター、キャリブレーションカーブ作製のためのグルコース標準溶液、ならびに使用の指針を含む。本発明に従う改変型FAD-GDHは種々の形態で、例えば、凍結乾燥された試薬として、または適切な保存溶液中の溶液として提供することができる。
【0058】
グルコース濃度の測定は、比色式グルコースアッセイキットの場合は、例えば、以下のよう行うことができる。グルコースアッセイキットの反応層にはFAD-GDH、電子受容体、そして反応促進剤としてN-(2-アセトアミド)イミド2酢酸(ADA)、ビス(2-ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン(Bis-Tris)、炭酸ナトリウムおよびイミダゾールからなる群より選ばれる1以上の物質を含む液状もしくは固体状の組成物を保持させておく。ここで、必要に応じてpH緩衝剤、発色試薬を添加する。ここにグルコースを含む試料を加え、一定時間反応させる。この間、還元により退色する電子受容体もしくは電子受容体より電子を受け取ることによって重合し生成する色素の最大吸収波長に相当する吸光度をモニタリングする。レート法であれば、吸光度の時間あたりの変化率から、エンドポイント法であれば、試料中のグルコースがすべて酸化された時点までの吸光度変化から、予め標準濃度のグルコース溶液を用いて作製したキャリブレーションカーブを元にして、試料中のグルコース濃度を算出することができる。
【0059】
この方法において使用できるメディエーター及び発色試薬としては、たとえば2,6-ジクロロインドフェノール(DCIP)を電子受容体として添加し、600nmにおける吸光度の減少をモニタリングすることでグルコースの定量が可能である。また、電子受容体としてフェナジンメトサルフェート(PMS)を、さらに発色試薬としてニトロテトラゾリウムブルー(NTB)を加え、570nm吸光度を測定することにより生成するジホルマザンの量を決定し、グルコース濃度を算出することが可能である。なお、いうまでもなく、使用する電子受容体および発色試薬はこれらに限定されない。
【0060】
(本発明のFAD-GDHを含むグルコースセンサー)
本発明はまた、本発明のFAD-GDHを用いるグルコースセンサーを開示する。電極としては、カーボン電極、金電極、白金電極などを用い、この電極上に本発明の酵素を固定化する。固定化方法としては、架橋試薬を用いる方法、高分子マトリックス中に封入する方法、透析膜で被覆する方法、光架橋性ポリマー、導電性ポリマー、酸化還元ポリマーなどがあり、あるいはフェロセンあるいはその誘導体に代表される電子メディエーターとともにポリマー中に固定あるいは電極上に吸着固定してもよく、またこれらを組み合わせて用いてもよい。典型的には、グルタルアルデヒドを用いて本発明の改変型FAD-GDHをカーボン電極上に固定化した後、アミン基を有する試薬で処理してグルタルアルデヒドをブロッキングする。
【0061】
グルコース濃度の測定は、以下のようにして行うことができる。恒温セルに緩衝液を入れ、一定温度に維持する。メディエーターとしては、フェリシアン化カリウム、フェナジンメトサルフェートなどを用いることができる。作用電極として本発明の改変型FAD-GDHを固定化した電極を用い、対極(例えば白金電極)および参照電極(例えばAg/AgCl電極)を用いる。カーボン電極に一定の電圧を印加して、電流が定常になった後、グルコースを含む試料を加えて電流の増加を測定する。標準濃度のグルコース溶液により作製したキャリブレーションカーブに従い、試料中のグルコース濃度を計算することができる。
【0062】
具体的な一例としては、グラッシーカーボン(GC)電極に本発明の1.5UのFAD-GDHを固定化し、グルコース濃度に対する応答電流値を測定する。電解セル中に、50mM リン酸カリウム緩衝液(pH6.0)1.8ml、及び、1M ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム(フェリシアン化カリウム)水溶液0.2mlを添加する。GC電極をポテンショスタットBAS100B/W(BAS製)に接続し、37℃で溶液を撹拌し、銀塩化銀参照電極に対して+500mVを印加する。これらの系に1M D-グルコース溶液を終濃度が5、10、20、30、40、50mMになるよう添加し、添加ごとに定常状態の電流値を測定する。この電流値を既知のグルコース濃度(5、10、20、30、40、50mM)に対してプロットし、検量線が作成する。これより本発明のFAD結合型グルコース脱水素酵素を使用した酵素固定化電極でグルコースの定量が可能となる。
【0063】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例0064】
1.ケカビ由来FAD-GDH遺伝子の大腸菌への導入とGDH活性の確認
ケカビ由来FAD-GDHを出発物質とし、これを改変して本発明のFAD-GDHを取得することを目的とし、大腸菌による組換え発現に適したFAD-GDH遺伝子を設計した。具体的には、配列番号1のケカビ由来FAD-GDHの遺伝子配列を元に、そのコドン使用頻度を大腸菌に適合させた遺伝子配列を設計し、該遺伝子を全合成した。この全合成したDNAの配列を配列番号2に示す。
次いで、この合成DNAを鋳型とし、N末領域のプライマー(配列番号3)およびC末領域のプライマー(配列番号4)を作製し、In-Fusion法(Clontech社製)により、pET-22b(+)ベクター(Novagen社製)のNdeI-BamHIサイトに挿入し、組換えプラスミド(pET-22b-MpFull)を構築した。
そして、このpET-22b-MpFullを、公知のヒートショック法により大腸菌BL21(DE3)コンピテントセル(ニッポンジーン社製)に導入した。常法に従い、プラスミドを抽出し、挿入されたMucor属由来GDH遺伝子の塩基配列の確認を行った結果、配列番号2と一致し、cDNA配列から推定されるアミノ酸残基は641アミノ酸(配列番号1)であった。
【0065】
さらに、WEB上のシグナルペプチド予想プログラム(SignalP、「www.cbs.dtu.dk/services/SignalP-2.0/」)を用いて、上記のケカビ由来FAD-GDHの配列全長を解析した。その結果、このFAD-GDHにおいては、N末端から20番目のAlaと21番目のGlnの間でシグナルペプチドの切断が起こる可能性が予想された(図1)。この知見に基づき、20番目のAlaまでのN末端配列、すなわち、シグナルペプチド領域と推定される領域を欠失させてみることにより、大腸菌での酵素生産量が向上する可能性があることが推測された。そこで、20番目のAlaまで欠失させ、21番目のGlnにMetを付加したFAD-GDH(NS1と称する)をコードする遺伝子を下記の要領で取得した。さらに、20番目のAlaまで欠失させ、21番目のGlnをMetに置換したFAD-GDH(NS2と称する)をコードする遺伝子も、同様に取得した(図1)。
【0066】
まず、NS1に関し、配列番号5のオリゴヌクレオチドをN末端側プライマーとし、配列番号4のプライマーとの組み合わせによるIn-Fusion法(Clontech社製)を行った。次いで、前述のpET-22b-MpFullを作製したのと同様の手順にて、NS1をコードするDNA配列をもつ組換えプラスミド(pET-22b-MpNS1)を構築し、これをヒートショック法により大腸菌BL21(DE3)コンピテントセル(ニッポンジーン社製)に導入し、本発明の大腸菌形質転換体を取得した。
また、同様に、NS2に関し、配列番号6のオリゴヌクレオチドをN末端側プライマーとして、配列番号4のプライマーとの組み合わせによるIn-Fusion法(Clontech社製)を行い、NS2をコードするDNA配列をもつ組換えプラスミド(pET-22b-MpNS2)を構築し、大腸菌形質転換体を取得した。
なお、それぞれの改変FAD-GDHのDNA配列を持つプラスミドは、DNAシーケンシングにて配列に誤りがないことを確認した。配列番号7は、上記で決定したシグナルペプチド欠失変異体NS1をコードするDNA配列を示す。配列番号8はその対応するアミノ酸配列を示す。配列番号9は、上記で決定したシグナルペプチド欠失変異体NS2をコードするDNA配列を示す。配列番号10はその対応するアミノ酸配列を示す。
【0067】
上記の通り取得した各種組換えプラスミドpET-22b-MpFull、pET-22b-MpNS1、pET-22b-MpNS2をそれぞれ用いて形質転換した大腸菌BL21(DE3)/pET-22b-MpFull、BL21(DE3)/pET-22b-MpNS1、BL21(DE3)/pET-22b-MpNS2菌体を、100μg/mLのアンピシリンおよび1mMのIPTGを含む10mLのTY培地(1% バクトトリプトン、0.5% バクトイースト・エクストラクト、0.5% NaCl、pH7.0)に植菌し、37℃、4時間振とう培養後、さらに20℃で一晩、振とう培養を行った。
【0068】
この培養液を、氷冷下にて、超音波破砕器(Ultrasonicgenerator、Nissei社製)を用いて10秒間、1回処理して破砕した。破砕液をエッペンドルフチューブに入れ、微量遠心機を用い、12,000rpmで10分間遠心分離後、上清画分を別のエッペンドルフチューブに移しかえて粗酵素液とした。前述の酵素活性測定法により、得られた粗酵素液中のGDH活性を測定し、1ml培養液あたりのGDH活性量を比較した結果、野生型の全長GDH遺伝子を導入した大腸菌形質転換体BL21(DE3)/pET-22b-MpFullでは、0.0815U/mlに留まっていた。一方、N末端のMKITAAIITVATAFASFASAを欠失させMを付加した改変型GDHの遺伝子を導入した大腸菌形質転換体BL21(DE3)/pET-22b-MpNS1では4.10U/ml、N末端のMKITAAIITVATAFASFASAを欠失させ21番目のQをMに置換した改変型GDHの遺伝子を導入した大腸菌形質転換体BL21(DE3)/pET-22b-MpNS2では3.43U/mlの活性が見られた。すなわち、N末端を特定の長さで欠失した本発明の大腸菌形質転換体(BL21(DE3)/pET-22b-MpNS1およびBL21(DE3)/pET-22b-MpNS2)では、シグナルペプチドと予想されるアミノ酸配列を欠失させることにより、そのGDH生産性が約42~50倍増大することがわかった。
上記の通り、ケカビ由来FAD-GDHの配列情報に基づき、大腸菌において生産を行うのに好適な複数のFAD-GDHを取得することができた。これを本発明のFAD-GDHを得るための出発物質として利用した。
【0069】
2.FAD-GDHの活性測定
FAD-GDHの活性は、以下の手順に従って測定した。
具体的には、まず、(反応1)において、D-グルコースの酸化に伴い、PMS(還元型)が生成する。そして、続いて進行する(反応2)により、PMS(還元型)が酸化されるのに伴ってDCIPが還元される。この「DCIP(酸化型)」の消失度合を波長600nmにおける吸光度の変化量として検知し、この変化量に基づいて酵素活性を求めることができる。
具体的には、フラビン結合型GDHの活性は、以下の手順に従って測定することができる。50mM リン酸緩衝液(pH6.5) 2.05mL、1M D-グルコース溶液 0.6mLおよび2mM DCIP溶液 0.15mLを混合し、37℃で5分間保温する。次いで、15mM PMS溶液 0.1mLおよび酵素サンプル溶液0.1mLを添加し、反応を開始する。反応開始時、および、経時的な吸光度を測定し、酵素反応の進行に伴う600nmにおける吸光度の1分間あたりの減少量(ΔA600)を求め、次式に従いフラビン結合型GDH活性を算出する。この際、フラビン結合型GDH活性は、37℃において濃度200mMのD-グルコース存在下で1分間に1μmolのDCIPを還元する酵素量を1Uと定義する。
【0070】
【数2】
【0071】
なお、式中の3.0は反応試薬+酵素試薬の液量(mL)、16.3は本活性測定条件におけるミリモル分子吸光係数(cm/μmol)、0.1は酵素溶液の液量(mL)、1.0はセルの光路長(cm)、ΔA600blankは10mM 酢酸緩衝液(pH5.0)を酵素サンプル溶液の代わりに添加して反応開始した場合の600nmにおける吸光度の1分間あたりの減少量、dfは希釈倍数を表す。
【0072】
3.FAD-GDHの熱安定性評価
FAD-GDHの熱安定性評価は、上述のFAD-GDHの活性測定方法に供する前に、所定の条件下で熱処理を行った後の残存活性を元に行った。具体的には、まず、評価対象のFAD-GDHを約0.5U/mlになるように酵素希釈液(10mM 酢酸緩衝液(pH5.0))にて希釈した。この酵素溶液(0.2ml)を2本用意し、そのうち1本は4℃で保存し、もう1本には、35℃、10分間の加温処理を施した。
加温処理後、各サンプルのFAD-GDH活性を測定し、4℃で保存したものの酵素活性を100としたときの、35℃、10分間処理後の活性値を「残存活性(%)」として算出した。この残存活性を、各種FAD-GDHの耐熱性評価の指標とした。
【0073】
4.組換え体プラスミドpET-22b-MpNS1 DNAの調製および改変
ケカビ由来FAD-GDH(配列番号7)遺伝子の組換え体プラスミドを有する大腸菌BL21(DE3)/pET-22b-MpNS1株を、LB-amp培地[1%(W/V) バクトトリプトン、0.5%(W/V) ペプトン、0.5%(W/V) NaCl、50μg/ml Ampicilin]100mlに接種して、37℃で20時間振とう培養し、培養物を得た。
この培養物を9,000rpmで、5分間遠心分離することにより集菌して菌体を得た。この菌体よりQIAGEN tip-100(キアゲン社製)を用いて組換え体プラスミドpET-22b-MpNS1を抽出して精製し、100μgの組換え体プラスミドpET-22b-MpNS1 DNAを得た。
【0074】
得られた上記組換え体プラスミドpET-22b-MpNS1 DNA100μgのうち20μgを用いて、XL1-RED(STRATAGENE社製)(増殖の際、プラスミドの複製にエラーを起こしやすく、改変を生じやすい)をD.M.Morrisonの方法(Method in Enzymology,68,326~331,1979)に従って形質転換し、約5,000株の形質転換株を得た。
全コロニーからプラスミドDNAを回収するためにQIAGEN sol I(キアゲン社製)を寒天培地上に加え、スプレッダーでQIAGEN sol Iとともにコロニーを掻き集め、ピペットマンで溶液を回収し、以降は通常のプラスミド回収の方法で、改変操作を加えた組換え体プラスミドpET-22b-MpNS1 DNAを100μg得た。前記の被改変組換え体プラスミドpET-22b-MpNS1 DNA20μgを用いてD.M.Morrisonの方法(Method in Enzymology,68,326~331,1979)に従って大腸菌BL21(DE3)コンピテントセル(ニッポンジーン社製)を形質転換し、約1,000株の改変を受けたプラスミドを保有する形質転換体を得た。
【0075】
5.熱安定性に優れた改変型FAD-GDHの探索
上述のようにして得られた各種の形質転換体を、1mM IPTGを含むLB-amp培地[1%(W/V) バクトトリプトン、0.5%(W/V) ペプトン、0.5%(W/V) NaCl、50μg/ml Ampicilin]に接種し、20℃で一晩振とう培養した。その培養液の一部を遠心分離(9,000rpmで、5分間)して得られた菌体を10mM 酢酸緩衝液(pH5.0)中に回収し、定法により超音波破砕後、15,000rpmで10分間遠心分離し、上清(粗酵素液)を調製した。この粗酵素液を用いて、上記の熱安定性評価方法に従い、残存活性(%)(処理後の活性/未処理の活性)を算出した。
その結果、変異処理に供さない、pET-22b-MpNS1を含む形質転換体由来のFAD-GDH(以下、野生型)と比較して、残存活性が向上した本発明のFAD-GDHを3種取得した。これら3種のFAD-GDHをコードするプラスミドをpET-22b-MpNS1-M1、pET-22b-MpNS1-M2、pET-22b-MpNS1-M3と命名し、各プラスミド中のFAD-FADをコードするDNAの塩基配列を、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)を用いて決定した。その結果、pET-22b-MpNS1-M1中には、配列番号8記載のアミノ酸配列の213番目のバリンがアラニンに、pET-22b-MpNS1-M2には、配列番号8記載のアミノ酸配列の368番目のスレオニンがアラニンに、pET-22b-MpNS1-M3には、配列番号8記載のアミノ酸配列の526番目のイソロイシンンがバリンにそれぞれ置換する変異が導入されていることが明らかとなった。結果を表1に示す。
【0076】
【表1】
【0077】
6.部位特異的変異導入による本発明のFAD-GDHのさらなる取得
次に、前述の知見に基づいて、上記3箇所におけるアミノ酸残基の置換を、それぞれ別のアミノ酸に置き換える試みを行った。具体的には、pET-22b-MpNS1のプラスミドを鋳型として、213番目のバリンを複数種のアミノ酸に置換するよう設計した配列番号11、12の合成オリゴヌクレオチド、368番目のスレオニンを複数種のアミノ酸に置換するよう設計した配列番号13、14の合成オリゴヌクレオチド、526番目のイソロイシンを複数種のアミノ酸に置換するよう設計した配列番号15、16の合成オリゴヌクレオチドを基に、QuickChange Site-Directed Mutagenesis Kit(STRATAGENE製)を用いて、そのプロトコールに従って、変異操作を行い、各種の改変型FAD-GDH変異プラスミドを作製し、上述の方法に準じてプラスミドを調整した。得られたプラスミドで市販の大腸菌BL21(DE3)コンピテントセル(ニッポンジーン社製)を形質転換した後、上述の方法に準じて粗酵素液を調製し、熱安定性を評価した。
【0078】
その結果、さらに17種の熱安定性の向上した変異体が得られた。これら17種の変異体をコードするプラスミドを、pET-22b-MpNS1-M4、pET-22b-MpNS1-M5、pET-22b-MpNS1-M6、pET-22b-MpNS1-M7、pET-22b-MpNS1-M8、pET-22b-MpNS1-M9、pET-22b-MpNS1-M10、pET-22b-MpNS1-M11、pET-22b-MpNS1-M12、pET-22b-MpNS1-M13、pET-22b-MpNS1-M14、pET-22b-MpNS1-M15、pET-22b-MpNS1-M16、pET-22b-MpNS1-M17、pET-22b-MpNS1-M18、pET-22b-MpNS1-M19、pET-22b-MpNS1-M20と命名した。これらの各変異体における変異箇所を同定するために、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)を用いてグルコースデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の塩基配列を決定した結果、pET-22b-MpNS1-M4で配列番号8記載の368番目のスレオニンがバリン、pET-22b-MpNS1-M5で配列番号8記載の368番目のスレオニンがグリシン、pET-22b-MpNS1-M6では368番目のスレオニンがセリン、pET-22b-MpNS1-M7では368番目のスレオニンがシステイン、pET-22b-MpNS1-M8では526番目のイソロイシンがスレオニン、pET-22b-MpNS1-M9では526番目のイソロイシンがセリン、pET-22b-MpNS1-M10では526番目のイソロイシンがプロリン、pET-22b-MpNS1-M11では526番目のイソロイシンがアラニン、pET-22b-MpNS1-M12では526番目のイソロイシンがチロシン、pET-22b-MpNS1-M13では526番目のイソロイシンがリジン、pET-22b-MpNS1-M14では526番目のイソロイシンがヒスチジン、pET-22b-MpNS1-M15では526番目のイソロイシンがフェニルアラニン、pET-22b-MpNS1-M16では526番目のイソロイシンがグルタミン酸、pET-22b-MpNS1-M17では213番目のバリンがメチオニン、pET-22b-MpNS1-M18では213番目のバリンがシステイン、pET-22b-MpNS1-M19では213番目のバリンがグルタミン、pET-22b-MpNS1-M20では213番目のバリンがグルタミン酸に置換されていることが確認された。
追加で見出された変異体を含めた20種類の変異体のアミノ酸置換部位と熱安定性に関するデータを表2に示す。
【0079】
【表2】

表2に示すとおり、配列番号1の213位のバリンをアラニンに、213位のバリンをメチオニンに、213位のバリンをシステインに、213位のバリンをグルタミンに、213位のバリンをグルタミン酸に、368位のスレオニンをアラニンに、368位のスレオニンをバリンに、368位のスレオニンをグリシンに、368位のスレオニンをセリンに、368位のスレオニンをシステインに、526位のイソロイシンをバリンに、526位のイソロイシンをスレオニンに、526位のイソロイシンをセリンに、526位のイソロイシンをプロリンに、526位のイソロイシンをアラニンに、526位のイソロイシンをチロシンに、526位のイソロイシンをリジンに、526位のイソロイシンをヒスチジンに、526位のイソロイシンをフェニルアラニンに、526位のイソロイシンをグルタミン酸に置換することにより、熱安定性が向上することがわかった。
【0080】
7. 部位特異的変異の蓄積による熱安定性のさらなる向上
I526Tの変異が導入されたpET-22b-MpNS1-M8のプラスミドを鋳型として、368番目のスレオニンをアラニンに置換するよう設計した配列番号17、18の合成オリゴヌクレオチドを基に、以下の条件でKOD-Plus-(東洋紡績社製)を用いてPCR反応を行った。
すなわち、10×KOD-Plus-緩衝液を5μl、dNTPが各2mMになるよう調製されたdNTPs混合溶液を5μl、25mMのMgSO4溶液を2μl、鋳型となるpET-22b-MpNS1-M8 DNAを50ng、上記合成オリゴヌクレオチドをそれぞれ15pmol、KOD-Plus-を1Unit加えて、滅菌水を加えて全量を50μlとし、「反応液」を調製した。この「反応液」をサーマルサイクラー(エッペンドルフ社製)を用いて、94℃で2分間インキュベートし、続いて、「94℃、15秒」-「50℃、30秒」-「68℃、7分30秒」のサイクルを30回繰り返した。
【0081】
反応液の一部を、1.0%アガロースゲルを用いて電気泳動し、目的の長さのDNAが特異的に増幅されていることを確認した。こうして得られたDNAを制限酵素DpnI(New England Biolabs社製)を用いて処理し、残存する鋳型DNAを切断した後、大腸菌BL21(DE3)株に形質転換し、LB-amp寒天培地に展開した。生育したコロニーをLB-amp培地に接種して振とう培養し、上記と同様の方法でプラスミドDNAを単離した。該プラスミド中のGDHをコードするDNAの塩基配列を、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)を用いて決定し、配列番号8記載のアミノ酸配列の368番目のスレオニンがアラニンに、526番目のイソロイシンがスレオニンに置換された改変型GDHをコードする組換え体プラスミド(pET-22b-MpNS1-M21)を取得した。
【0082】
続いて、V213Eの変異が導入されたpET-22b-MpNS1-M20のプラスミドを鋳型として、368番目のスレオニンをアラニンに置換するよう設計した配列番号17、18の合成オリゴヌクレオチドを用いて上記と同様の操作を行い、配列番号8記載のアミノ酸配列の213番目のバリンがグルタミン酸に、368番目のスレオニンがアラニンに置換された改変型GDHをコードする組換え体プラスミド(pET-22b-MpNS1-M22)を取得した。
【0083】
続いて、V213E、T368Aの変異が導入されたpET-22b-MpNS1-M22のプラスミドを鋳型として、526番目のイソロイシンをスレオニンに置換するよう設計した配列番号48、49の合成オリゴヌクレオチドを用いて上記と同様の操作を行い、配列番号8記載のアミノ酸配列の213番目のバリンがグルタミン酸に、368番目のスレオニンがアラニンに、526番目のイソロイシンがスレオニンに置換された改変型GDHをコードする組換え体プラスミド(pET-22b-MpNS1-M23)を取得した。
【0084】
続いて、上記の手順により得られたpET-22b-MpNS1-M2、pET-22b-MpNS1-M8、pET-22b-MpNS1-M20、pET-22b-MpNS1-M21、pET-22b-MpNS1-M22、及びpET-22b-MpNS1-M23を各々保持する大腸菌BL21(DE3)株について、上記5.に準じて粗酵素液を調製し、上述した熱安定活性測定法の熱処理工程を用いて、40℃で15分間、45℃で15分間の加熱処理後の残存活性(%)を算出した。結果を表3に示す。
【0085】
【表3】
【0086】
表3に示すとおり、複数の変異個所を組み合わせ、部位特異的変異を蓄積することにより、熱安定性のさらなる向上が確認された。
【0087】
8. 酵母発現系におけるケカビ由来FAD-GDHの熱安定性評価
(1)ケカビ由来FAD-GDHを発現する酵母形質転換体Sc-Mp株の作製
特許文献5に記載の方法に準じ、配列番号1記載のアミノ酸配列をコードする配列番号23のFAD-GDH遺伝子(特許文献5ではMpGDH遺伝子と記載)を含む組換え体プラスミド(puc-MGD)を取得した。これを鋳型として、配列番号24、25の合成ヌクレオチド、Prime STAR Max DNAポリメラーゼ(TaKaRa社製)を用い、添付のプロトコールに従ってPCR反応を行った。PCR反応液を1.0%アガロースゲルで電気泳動し、RECOCHIP(TakaRa社製)を用いて、約2kbの「インサート用DNA断片」を精製した。
また、Saccharomyces cerevisiaeの発現用プラスミドpYES2/CT(Invitrogen社製)を制限酵素KpnI(New England Biolabs社製)で処理し、制限酵素処理後の反応液を1.0%アガロースゲルで電気泳動し、RECOCHIP(TakaRa社製)を用いて、約6kbの「ベクター用DNA断片」を精製した。
【0088】
続いて、In-Fusion HD Cloning Kit(Clontech社製)を用いて添付のプロトコールに従って、精製した「インサート用DNA断片」および「ベクター用DNA断片」を連結し、GAL1プロモーター下でMpGDHを発現するための組換え体プラスミドpYE2C-Mpを作製した。なお、GAL1プロモーターはD-ガラクトース誘導性のプロモーターであり、D-ガラクトースを含み、かつ、D-グルコースを含まない培地で培養することにより、プロモーター下流の遺伝子発現が誘導される。そして、このpYES2C-Mpが配列番号2の遺伝子配列をコードしていることをマルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)により確認した。その後、S.cerevisiae用形質転換キット(Invitrogen社製)を用いて、pYE2C-MpをInv-Sc株(Invitrogen社製)に形質転換することにより、配列番号1のケカビ由来FAD-GDHを発現する酵母形質転換株Sc-Mp株を取得した。
【0089】
(2)Sc-Mp株におけるGDH活性の確認と熱安定性評価
酵母形質転換株Sc-Mp株を、5mLの前培養用液体培地[0.67%(w/v)アミノ酸不含有イーストニトロゲンベース(BD)、0.192%(w/v)ウラシル不含有酵母合成ドロップアウト培地用添加物(sigma社製)、2.0%(w/v)ラフィノース]中で、30℃にて24時間培養した。その後、前培養液1mLを4mLの本培養用液体培地[0.67%(w/v)アミノ酸不含有イーストニトロゲンベース、0.192%(w/v)ウラシル不含有酵母合成ドロップアウト培地用添加物、2.5%(w/v)D-ガラクトース、0.75%(w/v)ラフィノース]に加えて、30℃で16時間培養した。この培養液を遠心分離(10,000×g、4℃、3分間)により菌体と培養上清に分離し、前述の酵素活性測定法により、GDH活性を測定したところ、培養上清中にGDH活性が確認された。
【0090】
次にこの培養上清画分を用いて、上記の3.熱安定性評価法に基づき、50℃、15分間の加熱処理後の活性を測定したところ、残存活性は4.3%であった。
【0091】
9. 酵母発現系における耐熱性向上効果の検証
上述のようにして見出した耐熱性向上型変異を、配列番号1の相当する部位に導入し、酵母発現系における耐熱性向上効果を検証することにした。なお、上述の耐熱性向上型変異部位V213、T368、I526の配列番号1に相当する部分は、それぞれV232、T387、I545である。
組換え体プラスミドpYE2C-Mpを鋳型として、配列番号26、27の合成ヌクレオチド、KOD-Plus-(東洋紡績社製)を用い、以下の条件でPCR反応を行った。
すなわち、10×KOD-Plus-緩衝液を5μl、dNTPが各2mMになるよう調製されたdNTPs混合溶液を5μl、25mMのMgSO溶液を2μl、鋳型となるpYE2C-Mpを50ng、上記合成オリゴヌクレオチドをそれぞれ15pmol、KOD-Plus-を1Unit加えて、滅菌水により全量を50μlとした。調製した反応液をサーマルサイクラー(エッペンドルフ社製)を用いて、94℃で2分間インキュベートし、続いて、「94℃、15秒」-「55℃、30秒」-「68℃、8分」のサイクルを30回繰り返した。
【0092】
反応液の一部を1.0%アガロースゲルで電気泳動し、約8kbpのDNAが特異的に増幅されていることを確認した。こうして得られたDNAを制限酵素DpnI(New England Biolabs社製)で処理後、添付のプロトコールに従って、大腸菌JM109株(ニッポンジーン社製)のコンピテントセルに混合することで形質転換を行い、LB-amp寒天培地に塗布した。生育したコロニーをLB-amp液体培地に接種して振とう培養し、GenElute Plasmid Miniprep Kit(sigma社製)を用いて添付のプロトコールに従ってプラスミドDNAを単離した。該プラスミド中のFAD-GDHをコードするDNAの塩基配列を、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)を用いて決定し、配列番号1記載のアミノ酸配列の232位のバリンがアラニンに置換された改変型ケカビ由来FAD-GDHをコードする組換え体プラスミド(pYE2C-Mp-V232A)を得た。
【0093】
同様にして、表4に示した鋳型プラスミド、配列番号の合成ヌクレオチドの組み合わせでPCR反応を行い、増幅されたDNAを含むベクターを用いて大腸菌JM109株を形質転換し、生育したコロニーが保持するプラスミドDNA中のケカビ由来FAD-GDHをコードするDNAの塩基配列決定を行うことにより、配列番号1に記載のアミノ酸配列の232位のバリンがシステインに、232位のバリンがメチオニンに、232位のバリンがグルタミンに、232位のバリンがグルタミン酸に、387位のスレオニンがアラニンに、387位のスレオニンがシステインに、387位のスレオニンがセリンに、387位のスレオニンがグリシンに、545位のイソロイシンがスレオニンに、545位のイソロイシンがセリンに、545位のイソロイシンがプロリンに、387位のスレオニンがアラニン及び545位のイソロイシンがスレオニンに、232位のバリンがグルタミン酸及び387位のスレオニンがアラニン及び545位のイソロイシンがスレオニンに置換された組換え体プラスミドであるpYE2C-Mp-V232C、pYE2C-Mp-V232M、pYE2C-Mp-V232Q、pYE2C-Mp-V232E、pYE2C-Mp-T387A、pYE2C-Mp-T387C、pYE2C-Mp-T387S、pYE2C-Mp-T387G、pYE2C-Mp-I545T、pYE2C-Mp-I545S、pYE2C-Mp-T387A/I545T、pYE2C-Mp-V232E/T387A/I545Tをそれぞれ取得した。
【0094】
部位特異的変異を導入した上述の改変型ケカビ由来FAD-GDHをコードする組換え体プラスミドpYE2C-Mp-V232A、pYE2C-Mp-V232C、pYE2C-Mp-V232M、pYE2C-Mp-V232Q、pYE2C-Mp-V232E、pYE2C-Mp-T387A、pYE2C-Mp-T387C、pYE2C-Mp-T387S、pYE2C-Mp-T387G、pYE2C-Mp-I545T、pYE2C-Mp-I545S、pYE2C-Mp-T387A/I545T、pYE2C-Mp-V232E/T387A/I545Tを用いて、上述と同様にしてInv-Sc株の形質転換及び形質転換株の培養を行って、培養上清中のFAD-GDH活性を測定した。
【0095】
続いて、GDH活性が確認された上述の各種変異体の培養上清を用いて、上記の3.熱安定性評価法に基づき、50℃、15分間、及び55℃、15分間の加熱処理後の残存活性を測定した。結果を表4に示す。なお、表中「-」は、データ未取得であることを示す。
【0096】
【表4】

このことから、V232位、T387位、I545位に相当する部位における置換導入は、シグナル配列の有無に関わらず、熱安定性向上効果を奏することがわかった。
【0097】
表4に示すとおり、配列番号1のFAD-GDHに対するV232位、T387位、I545位への部位特異的変異導入により、酵母発現系においても耐熱性が向上することが確認された。また、変異を蓄積したV232E/T387A/I545Tではさらに耐熱性が向上していることが確認された。
【0098】
10. 耐熱性向上型変異体への基質特異性向上型変異の蓄積
(1)基質特異性評価方法
まず、それぞれのケカビ由来FAD-GDH発現酵母株における培養上清画分を前述の8.の項目と同様にして取得し、GDH活性を測定する。次に、3.の活性測定法の基質をD-グルコースに代えて同モル濃度のD-キシロースとした系において活性を測定する。これらの測定値を基に、「D-グルコースへの反応性に対するD-キシロースへの反応性の割合(Xyl/Glc(%))」を計算し、基質特異性の評価に用いる。このとき、Xyl/Glc(%)が低いほど基質特異性が良いと判断できる。
【0099】
(2)耐熱性向上型変異及び基質特異性向上型変異を導入したFAD-GDH発現酵母株の取得
これまでに発明者らが見出した基質特異性向上型変異をpYE2C-Mp-V232E/T387A/I545Tへ導入した。すなわち、配列番号1においてV232E/T387A/I545Tの変異が導入されたpYE2C-Mp-V232E/T387A/I545Tに対して、基質特異性向上型変異であるL121M、W569Y、S612C、S612Tを導入した。
組換え体プラスミドpYE2C-Mp-V232E/T387A/I545Tを鋳型として、配列番号41、42の合成ヌクレオチド、KOD-Plus-(東洋紡績社製)を用い、以下の条件でPCR反応を行った。
すなわち、10×KOD-Plus-緩衝液を5μl、dNTPが各2mMになるよう調製されたdNTPs混合溶液を5μl、25mMのMgSO溶液を2μl、鋳型となるpYE2C-Mp-V232E/T387A/I545Tを50ng、上記合成オリゴヌクレオチドをそれぞれ15pmol、KOD-Plus-を1Unit加えて、滅菌水により全量を50μlとした。調製した反応液をサーマルサイクラー(エッペンドルフ社製)を用いて、94℃で2分間インキュベートし、続いて、「94℃、15秒」-「55℃、30秒」-「68℃、8分」のサイクルを30回繰り返した。
【0100】
反応液の一部を1.0%アガロースゲルで電気泳動し、約8kbpのDNAが特異的に増幅されていることを確認した。こうして得られたDNAを制限酵素DpnI(New England Biolabs社製)で処理後、添付のプロトコールに従って、大腸菌JM109株(ニッポンジーン社製)のコンピテントセルに混合することで形質転換を行い、LB-amp寒天培地に塗布した。生育したコロニーをLB-amp液体培地に接種して振とう培養し、GenElute Plasmid Miniprep Kit(sigma社製)を用いて添付のプロトコールに従ってプラスミドDNAを単離した。該プラスミド中のFAD-GDHをコードするDNAの塩基配列を、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)を用いて決定し、配列番号1記載のアミノ酸配列の121位のロイシンがメチオニンに、232位のバリンがグルタミン酸及び387位のスレオニンがアラニン及び545位のイソロイシンがスレオニンに置換された改変型ケカビ由来FAD-GDHをコードする組換え体プラスミド(pYE2C-Mp-3T-L121M)を得た。
【0101】
同様に、pYE2C-Mp-V232E/T387A/I545Tを鋳型として、表5に示した配列番号の合成ヌクレオチドの組み合わせでPCR反応を行い、増幅されたDNAを含むベクターを用いて大腸菌JM109株を形質転換し、生育したコロニーが保持するプラスミドDNA中のケカビ由来FAD-GDHをコードするDNAの塩基配列決定を行うことにより、配列番号1に記載のアミノ酸配列の232位のバリンがグルタミン酸及び387位のスレオニンがアラニン及び545位のイソロイシンがスレオニンに置換され、且つ569位のトリプトファンがチロシン、もしくは、且つ612位のセリンがシステイン、もしくは、且つ612位のセリンがスレオニンに置換された組換え体プラスミドであるpYE2C-Mp-3T-W569Y、pYE2C-Mp-3T-S612C、pYE2C-Mp-3T-S612Tをそれぞれ取得した。
【0102】
部位特異的変異を導入した上述の改変型ケカビ由来FAD-GDHをコードする組換え体プラスミドpYE2C-Mp-3T-L121M、pYE2C-Mp-3T-W569Y、pYE2C-Mp-3T-S612C、pYE2C-Mp-3T-S612Tを用いて、上述と同様にしてInv-Sc株の形質転換及び形質転換株の培養を行って、培養上清中にGDH活性があることを確認した。
【0103】
(3)耐熱性向上型変異及び基質特異性向上型変異を導入したFAD-GDHの評価
続いて、GDH活性が確認された各種変異体の培養上清を用いて、上記の熱安定性評価法に基づき、55℃、15分間及び60℃15分間の加熱処理後の残存活性を測定した。さらに、(1)基質特異性評価方法に基づいて、Xyl/Glc(%)を測定した。結果を表5に示す。
【0104】
【表5】
【0105】
表5に示すとおり、V232E/T387A/I545TにW569Y、S612C、S612Tを導入した改変型ケカビ由来FAD-GDHではV232E/T387A/I545Tに比べて基質特異性が向上した。また、V232E/T387A/I545TにW569Yを導入した改変型ケカビ由来FAD-GDHではV232E/T387A/I545Tに比べて耐熱性も向上した。
【0106】
11. 改変型FAD-GDH麹菌発現株の作製及び評価
特許文献5の記載のようにして、配列番号1のアミノ酸配列にV232E/T387A/I545T/W569Yの変異を導入したFAD-GDHを発現するAspergillus sojae株を取得、培養し、粗酵素液のGDH活性を確認した。この粗酵素液を用いて、上記の熱安定性評価法に基づき、55℃15分間の加熱処理後の活性を測定したところ、変異導入前のFAD-GDHの残存活性は0%であったのに対し、V232E/T387A/I545T/W569Yの変異を導入したFAD-GDHの残存活性は87.2%であり、熱安定性が向上していた。また、同粗酵素液を用いて、10.の項目記載の方法に基づきXyl/Glc(%)を測定したところ、変異導入前のFAD-GDHでは1.41%であったのに対し、V232E/T387A/I545T/W569Yの変異を導入したFAD-GDHでは0.64%であり、基質特異性も向上していた。
【0107】
本発明の変異体は十分な熱安定性を有し、酵素の熱失活度合が少ないことにより、酵素の使用量低減や保存期間の延長を可能にし、公知のグルコース測定用酵素を用いた測定方法や測定試薬と比較して、より実用性の高い測定方法や測定試薬、測定キットやセンサの提供が可能となることが期待される。特に、加熱乾燥処理を施す場合が想定される血糖センサ用チップの作製工程等においては、熱安定性に優れた本発明のFAD-GDHは非常に有用と考えられる。また、本発明の各種の熱安定性の向上した変異体は、変異を導入する前の野生型の由来となり、本発明者らが先に見出した特許第4648993号公報に記載のケカビ由来FAD-GDHと同様に、グルコースへの高い基質特異性を有しており、マルトース、D-ガラクトース、D-キシロース等の糖化合物が夾雑する条件下でも正確にグルコース測定値を測定できるものであった。
図1
図2
【配列表】
2023175795000001.app
【手続補正書】
【提出日】2023-09-13
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ムコール(Mucor)属に由来するフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを酵母又は糸状菌で発現させることを含む、熱安定性の向上したフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼの製造方法。