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特開2023-177087ウイルス検出のための検出方法及び検出装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023177087
(43)【公開日】2023-12-13
(54)【発明の名称】ウイルス検出のための検出方法及び検出装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/569 20060101AFI20231206BHJP
   G01N 33/483 20060101ALI20231206BHJP
   G01N 27/00 20060101ALI20231206BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20231206BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20231206BHJP
   C12N 15/115 20100101ALN20231206BHJP
【FI】
G01N33/569 L
G01N33/483 E
G01N27/00 J
C12Q1/68
C12M1/34 B
C12N15/115 Z ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022089796
(22)【出願日】2022-06-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載アドレス:https://member.spsj.or.jp/convention/tohron2021/ 掲載内容:第70回高分子討論会 高分子学会予稿集(Polymer Preprints, Japan Vol. 70, No.2 (2021)) 2Pa079 ウェブサイトの掲載日:令和3年8月18日 〔刊行物等〕 集会名:第70回高分子討論会 開催日:令和3年9月6日~8日 発表日:令和3年9月7日 〔刊行物等〕 掲載アドレス:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.analchem.1c04466?ref=pdf 発行者名:ACS Publications 刊行物名等:Analytical Chemistry 2021, 93,49,16709-16717 ウェブサイトの掲載日:令和3年12月3日
(71)【出願人】
【識別番号】518427074
【氏名又は名称】LG Japan Lab株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】キム エジ
(72)【発明者】
【氏名】井上 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 聖
(72)【発明者】
【氏名】坂田 利弥
【テーマコード(参考)】
2G045
2G060
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA28
2G045CB21
2G045FA34
2G045FB03
2G060AA07
2G060AA16
2G060AD06
2G060AE20
2G060AF15
2G060DA16
2G060FA07
2G060JA07
2G060KA09
4B029AA07
4B029BB13
4B029FA03
4B029FA04
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ10
4B063QR32
4B063QS39
4B063QX05
(57)【要約】
【課題】ウイルス検出のための検出方法及び検出装置を提供する。
【解決手段】
ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化をバイオセンサー用いて測定する工程を含む、試料中のウイルスの検出方法、及びウイルスを捕捉するための固定部と、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を測定するための測定部とを含む、試料中のウイルスを検出するための検出装置によれば、上記課題を達成することができる。
【選択図】なし


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化をバイオセンサー用いて測定する工程を含む、試料中のウイルスの検出方法であって、
バイオセンサーが、
ウイルスを捕捉するための固定部であって、ポリマーブラシ構造により修飾された基板を含み、ポリマーブラシ構造が基板から遠位端に核酸リガンドを有する、固定部、及び
ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を測定するための測定部であって、イオン感知型電界効果トランジスタを含む測定部
を含む、検出方法。
【請求項2】
ポリマーブラシ構造が親水性ポリマーからなる、請求項1に記載の検出方法。
【請求項3】
ポリマーブラシ構造の厚さが、1~100nmである、請求項1または2に記載の検出方法。
【請求項4】
固定部が10~200mMのイオン強度を有する緩衝液中に浸漬されている、請求項1または2に記載の検出方法。
【請求項5】
ウイルスが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)である、請求項1または2に記載の検出方法。
【請求項6】
核酸リガンドが、配列番号1の塩基配列を含む、請求項1または2に記載の検出方法。
【請求項7】
ウイルスを捕捉するための固定部と、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を測定するための測定部とを含む、試料中のウイルスを検出するための検出装置であって、
固定部が、親水性ポリマーからなる厚さ1~100nmのポリマーブラシ構造により修飾された基板を含み、ポリマーブラシ構造が基板から遠位端に核酸リガンドを有し、
測定部がイオン感知型電界効果トランジスタを含む、検出装置。
【請求項8】
固定部が10~200mMのイオン強度を有する緩衝液中に浸漬されている、請求項7に記載の検出装置。
【請求項9】
ウイルスが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)である、請求項7または8に記載の検出装置。
【請求項10】
核酸リガンドが、配列番号1の塩基配列を含む、請求項7または8に記載の検出装置。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス検出のための検出方法及び検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
感染症は人間の健康に急性及び慢性の課題を提示する。一般的な感染症の一つとして、感染性呼吸器疾患が挙げられる。特にウイルス性及び細菌性起源の感染性呼吸器疾患は、幅広い年齢層において感染及び発症するが、より若年者及び高齢者において、しばしばより重篤な症状を呈する。
【0003】
感染症の診断及び治療には、被験体から得られた臨床サンプルにおける病原体の特定が必要である。感染症を適切に治療するため、診断のための検査は迅速であることが望まれる。
現在、感染症の診断のために、リアルタイムPCR法やイムノクロマト法等が検査手法として汎用されている。
しかしながら、リアルタイムPCR法は、採取した検体の煩雑な前処理工程が必要であり、PCR工程においても専用装置が必要であり、かつ検査手技も煩雑で熟練した技術を有する技師が必要であるため、検査可能な環境が限定される。また、検体採取から検査結果の判定までに数時間を要する。
イムノクロマト法は迅速検査法として汎用されており、迅速かつ簡便に検査が可能であるが、検出感度が低い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2008-533489号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Aptamer-Based Field-Effect Transistor for Detection of Avian Influenza Virus in Chicken Serum, Jae Kwon et al., Anal. Chem. 92, 5524-5531 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ウイルス検出のための検出方法及び検出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討した結果、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化をバイオセンサー用いて測定することにより、試料中のウイルスを検出できること、また、ウイルスを捕捉するための固定部と、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を測定するための測定部とを含む検出装置を用いれば、試料中のウイルスを検出できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
この知見に基づき、以下の発明が提供される。
【0009】
[1]ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化をバイオセンサー用いて測定する工程を含む、試料中のウイルスの検出方法であって、
バイオセンサーが、
ウイルスを捕捉するための固定部であって、ポリマーブラシ構造により修飾された基板を含み、ポリマーブラシ構造が基板から遠位端に核酸リガンドを有する、固定部、及び
ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を測定するための測定部であって、イオン感知型電界効果トランジスタを含む測定部
を含む、検出方法。
[2]ポリマーブラシ構造が親水性ポリマーからなる、[1]に記載の検出方法。
[3]ポリマーブラシ構造の厚さが、1~100nmである、[1]または[2]に記載の検出方法。
[4]固定部が10~200mMのイオン強度を有する緩衝液中に浸漬されている、[1]~[3]のいずれか一に記載の検出方法。
[5]ウイルスが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)である、[1]~[4]のいずれか一に記載の検出方法。
[6]核酸リガンドが、配列番号1の塩基配列を含む、[1]~[5]のいずれか一に記載の検出方法。
[7]ウイルスを捕捉するための固定部と、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を測定するための測定部とを含む、試料中のウイルスを検出するための検出装置であって、
固定部が、親水性ポリマーからなる厚さ1~100nmのポリマーブラシ構造により修飾された基板を含み、ポリマーブラシ構造が基板から遠位端に核酸リガンドを有し、
測定部がイオン感知型電界効果トランジスタを含む、検出装置。
[8]固定部が10~200mMのイオン強度を有する緩衝液中に浸漬されている、[7]に記載の検出装置。
[9]ウイルスが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)である、[7]または[8]に記載の検出装置。
[10]核酸リガンドが、配列番号1の塩基配列を含む、[7]~[9]のいずれか一に記載の検出装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、生物学的試料中の、被験体に由来する夾雑物に起因する非特異的なシグナルを低減することができ、煩雑な前処理工程及び検査手技も不要で、かつ短時間で検査結果を得ることができる。
従って、本発明によれば、高感度、簡便、かつ迅速にウイルスの検出を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1等に記載のポリマーブラシ構造(PB)を備えた金スパッタ基板の構造を示す図である。DNA部分は核酸リガンドを示す。
図2】実施例1等に記載される、マレイミド基を有するポリマーブラシ構造を備えた基板(A)に対し、5’末端にチオール基を有する核酸リガンドが固定化された状態を示す。(B)はマレイミド基を有するポリマーブラシ、(C)はチオール基を有する核酸を示す。
図3】実施例1で作製されたポリマーブラシ構造を備える金スパッタ基板において、ポリマーブラシ調製におけるmOEGMA/EBIB比を10、50、及び100としてポリマーブラシを調製した場合にえられたポリマーブラシ構造の乾燥状態での膜厚がそれぞれ3nm、9nm、及び15nmであることを示すグラフである。分光エリプソメトリーにより測定した。
図4】実施例2で測定された、PmOEGMA-malポリマーブラシ構造を備えた基板に対する純粋の接触角を示す。
図5】実施例2で作製された核酸リガンドの核酸配列を示す。
図6】実施例3等に記載のPBSの塩濃度を示す。
図7】実施例3における、PBSに添加された核酸リガンド(CoV2-RBD-4C)濃度と、その濃度に対応する、ポリマーブラシ構造への核酸リガンドの固定化工程でのSPR信号値に基づく共鳴角変化量を示すグラフである。
図8】実施例5における、SPR信号が平衡に達した時点の信号値(Req)を、不活性化SARS-CoV-2濃度に対してプロットした結果を示すグラフである。
図9】実施例6における、ポリマーブラシ構造が3nm~15nmの厚さの場合の、共鳴角変化量を示すグラフである。
図10】実施例7における、イオン感知型電界効果トランジスタを有するバイオセンサーによるウイルス検出の方法及び装置を示す図である。
図11】実施例7におけるウイルス検出において、核酸リガンド及びウイルス試料を添加した後に測定された電圧を示すグラフである。
図12】実施例8において、金スパッタ基板のみ(ポリマーブラシ構造なし)(A)、及び膜厚3nmのポリマーブラシ構造を備えた金スパッタ基板(B)を用い、ウイルス試料を添加した後に測定された電圧を示すグラフである。
図13】実施例9において、測定用溶液としてPBS(A)または2倍希釈PBS(B)を使用した場合の、ウイルス試料を添加した後に測定された電圧を示すグラフである。
図14】実施例9において、測定用溶液として10倍希釈PBSを使用した場合の、ウイルス試料を添加した後に測定された電圧を示すグラフである。
図15図13A及びBのデータの棒グラフである。
図16】実施例9で言及した、PBSの希釈に対応するイオン強度及びデバイ長を示す表である。
図17】実施例10において、ヒト唾液試料を添加した後に測定された電圧を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の効果を阻害しない範囲で適宜変更を加えて実施することができる。
【0013】
==ウイルスの検出方法==
本実施形態に係るウイルスの検出方法は、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化をバイオセンサー用いて測定する工程を含む、試料中のウイルスの検出方法である。
【0014】
〔バイオセンサー〕
本実施形態に係るウイルスの検出方法におけるバイオセンサーは、ウイルスを捕捉するための固定部であって、ポリマーブラシ構造により修飾された基板を含み、ポリマーブラシ構造が基板から遠位端に核酸リガンドを有する、固定部、及びウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を測定するための測定部であって、イオン感知型電界効果トランジスタを含む測定部を含む。
【0015】
バイオセンサーは固定部を含み、固定部は、ポリマーブラシ構造により修飾された基板を含み、ポリマーブラシ構造は基板から遠位端に核酸リガンドを有する。
【0016】
(基板)
一実施形態において、基板の材質は、当該分野で周知の材料から選択することができる。例えば、白金、金、シリコン、五酸化タンタル、ガラス、クロム等が挙げられるが、これらに限定されない。ここで、基板は、基礎となる材料に加え、1または複数の膜構造を備えてもよく、例えば、ガラスを基礎としてその表面にクロム膜、金膜、タンタルオキサイド膜等の1または複数の蒸着膜を備えるものが挙げられる。基板は、電気化学的な検出素子を備えた電極であることが好ましい。
【0017】
ここで、本実施形態において、基板は下記に説明する「ポリマーブラシ構造」により修飾されているが、一実施形態において、電気信号の測定時に用いられる測定用溶液中に存在する非所望物質によるバックグラウンドノイズ及び/または非特異的吸着ノイズを低減し、電気信号の測定感度、及び検出感度を最適化するために、基板は当該分野での通常の方法によりさらに修飾されていてもよい。
【0018】
(ポリマーブラシ構造)
バイオセンサーにおける固定部は、ポリマーブラシ構造により修飾された基板を含む。
ここで、ポリマーブラシ構造により修飾された基板とは、鎖状構造のポリマー(鎖状ポリマー)が、基板表面に密集してブラシ状に配置された、すなわち基板表面にポリマーブラシ構造を備えた基板である。
【0019】
バイオセンサーにおいて、基板がポリマーブラシ構造により修飾されていることによって、生物学的試料中に含まれる非所望の夾雑物に起因する非特異的なシグナル(バックグラウンドノイズ)を低減し、バイオセンサーの測定部により測定される電気信号の測定感度を調整し、ウイルスの検出感度を最適化することができる。
【0020】
ポリマーブラシ構造は、非所望物質の種類(例えば、低分子化合物、核酸、及び/またはタンパク質等)に応じて当該分野で周知の適した構造を選択することができる。
【0021】
ポリマーブラシ構造は、単一種のポリマーがブラシ状に配置されることによって構成されていても、または複数種の異なるポリマーがブラシ状に配置されることによって構成されていてもよく、検出対象のウイルスの種類、及び/または生物学的試料に含まれる非所望の夾雑物の種類に応じて、適宜決定することができる。
また、ポリマーブラシ構造を構成するポリマーの各々が、単一種のモノマーの重合体であるホモポリマーであっても、または複数種のモノマーの重合体であるコポリマーであってもよく、検出対象のウイルスの種類、及び/または生物学的試料に含まれる非所望の夾雑物の種類に応じて、適宜決定することができる。
【0022】
例えば、ポリマーブラシ構造は、疎水性、親水性、または両親媒性ポリマーのいずれか1種のポリマーがブラシ状に配置されることによって構成されていても、または疎水性、親水性、及び/または両親媒性ポリマーの2種以上の組み合わせがブラシ状に配置されることによって構成されてもよい。
また、例えば、ポリマーブラシ構造を構成するポリマーの各々が、疎水性、親水性、または両親媒性のいずれか1種のモノマーの重合体であっても、または疎水性、親水性、及び/または両親媒性モノマーの2種以上の組み合わせの重合体であってもよい。
【0023】
ここで、疎水性、親水性、または両親媒性ポリマーは、これを構成する全てのモノマーが疎水性、親水性、または両親媒性であるポリマーだけでなく、ポリマー単位でそれぞれ疎水性、親水性、または両親媒性であるポリマーを包含する。
従って、疎水性ポリマーを構成するモノマーの一部として親水性モノマーまたは両親媒性モノマーが含まれていても、親水性ポリマーを構成するモノマーの一部として疎水性モノマーまたは両親媒性モノマーが含まれていても、または両親媒性ポリマーを構成するモノマーの一部として疎水性モノマーまたは親水性モノマーが含まれていてもよい。
【0024】
一実施形態において、検出対象のウイルスを含む生物学的試料中に、非所望の夾雑物としてタンパク質が多く含まれる場合、基板表面が親水性のポリマーブラシ構造で修飾されていることによって、夾雑物に起因するバックグラウンドノイズ低減の効果をより向上させることができる。
【0025】
一実施形態において、表面に親水性ポリマーブラシ構造を備えた基板は、そのポリマーブラシ構造を備えた表面に対する純水の接触角が約60°以下であることが好ましく、約50°以下であることがより好ましい。
親水性ポリマーブラシ構造を備えた基板は、このような接触角を有することにより、ウイルスを含む生物学的試料中の非所望の夾雑物に起因するバックグラウンドノイズの低減の効果をより向上させることができる。
ここで、上記接触角は、例えば実施例1に記載のように、協和界面科学(株)製の接触角測定器を使用する等して測定することができる。
【0026】
このような親水性ポリマーブラシ構造は、そのポリマーブラシを構成するポリマーの少なくとも一部として親水性ポリマーを含むことが好ましく、親水性ポリマーからなることがより好ましい。
【0027】
一実施形態において、さらに、ポリマーブラシ構造が、単一種のポリマーから構成され、かつポリマーブラシ構造を構成するポリマーの各々が単一種のモノマーの重合体である、ホモポリマーである場合に、ポリマーブラシ構造が、複数種のポリマーから構成され、かつポリマーブラシ構造を構成するポリマーの各々が複数種のモノマーの重合体である、コポリマーである場合と比較して、ポリマーブラシ構造による基板の修飾をより簡易に行うことができる。
よって、調製工程の簡易性を考慮すれば、ポリマーブラシ構造は、単一種の親水性ポリマーがブラシ状に配置されることによって構成されること、かつ/またはポリマーブラシ構造を構成するポリマーの各々が単一種の親水性モノマーからなるホモポリマーにより構成されることがさらに好ましい。
【0028】
親水性ポリマーは、基板表面にポリマーブラシ構造として配置された場合に、生物学的試料中の夾雑物に起因するバックグラウンドノイズを低減する効果を有する範囲で限定されず、親水性ポリマーを構成する親水性モノマーの例として、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、チオール基、またはアミド基等の親水性官能基、及び/またはポリ(オリゴ)エチレングリコール、またはポリ(オリゴ)プロピレングリコール等の親水性分子鎖を側鎖として有する親水性モノマーが挙げられる。
親水性ポリマーを構成する親水性モノマーの好適な例としては、アクリル酸、メタクリル酸、またはビニル骨格の各種モノマーが挙げられ、より好適な例としては、メタクリル酸(methacrylic acid)、(メタ)アクリル酸2-ヒドロキシエチル(2-hydroxyethyl (meth)acrylate)、メタクリル酸3-スルホプロプリル(3-sulfopropryl methacrylate)、ポリ(オリゴ)(エチレングリコール)(メチルエーテル)(メタ)アクリレート(poly(oligo)(ethylene glycol) (methyl ether) (meth)acrylate)、オリゴ(エチレングリコール)メチルエーテルメタクリラート(oligo(ethylene glycol) methyl ether methacrylate)、または2-(メタ)アクリロイルオキシエチルホスホリルコリンが挙げられる。
また、親水性ポリマーの例として、ポリアクリル酸系ポリマー、ポリメタクリル酸系ポリマー、ポリビニルピロリドン系ポリマー、ポリビニルアミン系ポリマー、ポリビニルアルコール系ポリマー、ポリビニルエーテル系ポリマー、ポリアルキレングリコール系ポリマー、ポリアクリルアミド系ポリマー、ポリアルキレンイミン系ポリマー、高分子電解質系ポリマー、及び親水性セルロース誘導体系ポリマーのポリマーが挙げられるが、親水性ポリマーは、ポリアクリル酸系ポリマー、またはポリメタクリル酸系ポリマーであることがより好ましい。
【0029】
ウイルス検出方法における電気信号の測定感度を最適化するため、ポリマーブラシ構造の長さ(膜厚)は、乾燥状態で約1nm~約100nmであることが好ましく、約1nm~約20nmであることがより好ましく、約1nm~約15nmであることがさらに好ましく、約3nm~約15nmであることがさらに好ましく、約3nm~約9nmであることがさらに好ましく、約3nmであることがさらに好ましい。
ここで、ポリマーブラシ構造の長さは、固定部の基板及び核酸リガンド部分を含まないポリマー部分のみの長さを指し、例えば分光エリプソメトリーにより測定することができる。
【0030】
また、ポリマーブラシ構造の密度は、ウイルス検出方法における電気信号の測定感度を最適化するため、ポリマーブラシ構造による基板の修飾の操作工程を考慮の上当該分野での通常の方法により選択することができるが、約0.01分子/nm~約1分子/nmであることが好ましく、約0.1分子/nm~約0.5分子/nmであることがより好ましく、約0.1分子/nm~約0.2分子/nmであることがさらに好ましく、約0.15分子/nm~約0.2分子/nmであることがさらに好ましい。
【0031】
ポリマーブラシ構造の基板への結合方法は、安定的に結合される範囲で限定されないが、剥離防止の観点から、ポリマーブラシ構造分子が、基板に固定化された重合開始基を介して基板に結合されていることが好ましく、ポリマーブラシ構造分子が基板表面に直接的または間接的に共有結合により結合されていることがより好ましい。
【0032】
基板表面に配置されたポリマーブラシ構造は、その基板から遠位端に下記に説明する「核酸リガンド」を有する。
核酸リガンドは、ポリマーブラシ構造を構成するポリマーの基板から遠位端に固定化されるため、ポリマーはその基板から遠位端またはその付近に核酸リガンドを固定化するための官能基を有することが好ましい。
一実施形態において、官能基は、核酸リガンドを直接、または核酸リガンドに付加された修飾を介してポリマーに固定化することのできる範囲で限定されないが、例えば、マレイミド基、カルボキシ基若しくはその活性エステル、エポキシ基、トシル基、アミノ基、チオール基、及び/またはブロモアセトアミド基等が挙げられ、核酸リガンドに付加された修飾の種類に応じて適宜選択することができる。
一実施形態において、例えば、核酸リガンドの5’端にチオール基が付加されている場合、ポリマーはその基板から遠位端にマレイミド基を有することが好ましい。
【0033】
(核酸リガンド)
バイオセンサーにおける固定部のポリマーブラシ構造は、基板から遠位端に核酸リガンドを有する。
【0034】
核酸リガンドは、本実施形態のウイルスの検出方法において、ウイルスを含む生体試料が測定用溶液に導入された後、核酸リガンドは、測定用溶液中でウイルスを捕捉する。従って、核酸リガンドは、検出対象のウイルスに特異的に結合する核酸配列を有することが好ましい。
【0035】
一実施形態において、核酸リガンドは、2種以上の異なるウイルスに結合する核酸リガンド、または、2種以上の異なるウイルスにそれぞれ結合する2種以上の核酸リガンドを包含する。
【0036】
核酸リガンドは、例えば、検出対象のウイルスがエンベロープを有さない非エンベロープウイルスである場合、カプシドにおける当該ウイルスに特異的なタンパク質の少なくとも一部に特異的に結合するように選択または設計された核酸リガンドであってもよい。また、核酸リガンドは、例えば、ウイルスがエンベロープを有するエンベロープウイルスである場合、エンベロープにおける当該ウイルスに特異的なスパイクタンパク質の少なくとも一部に特異的に結合するように選択または設計された核酸リガンドであってもよい。
【0037】
ここで、検出対象のウイルスが、「SARS-CoV-2」である場合、核酸リガンドの核酸配列は、以下のいずれかであることが好ましいが、SARS-CoV-2に特異的に結合可能な範囲で、配列番号1または2の核酸配列に対し、70%、80%、90%、95%、98%、または99%の配列同一性を有する核酸配列を有していてもよい。

・CoV2-RBD-4C:
Thiol-ATCCAGAGTGACGCAGCATTTCATCGGGTCCAAAAGGGGCTGCTCGGGATTGCGGATATGGACACGT(配列番号1)
・RBD-4C-del:
GGGGCTGCTCGGGATTGCGGATATGG(配列番号2)

CoV2-RBD-4Cは、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質中に存在する受容体結合ドメイン(RBD)に特異的に結合し、RBD-4C-delは同様の結合特異性を有するCoV2-RBD-4Cの部分配列である。
【0038】
核酸リガンドは、上記「ポリマーブラシ構造」を構成するポリマーの基板から遠位端に固定化されるため、核酸リガンドは、ポリマーへの固定化のための修飾が付加されていることが好ましい。
当該修飾は、核酸リガンドをポリマーに固定化することのできる範囲で限定されず、ポリマーが核酸リガンドの固定化のために有する官能基の種類に応じて適宜選択することができる。
一実施形態において、例えば、ポリマーブラシ構造を構成するポリマーがマレイミド基を有する場合、核酸リガンドにチオール基が付加されていることが好ましい。核酸リガンドへのチオール基の付加は、当該分野での通常の方法によって行うことができ、例えば市販のキットを用いてもよい。
【0039】
一実施形態において、核酸リガンドの固定化は、ポリマーブラシ構造を備えた基板が浸漬された溶液中に、必要に応じ修飾が付された核酸リガンドを導入し、ポリマーブラシ構造と核酸リガンドとを接触させることにより行うことができる。
【0040】
(測定部)
バイオセンサーにおける測定部は、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を測定するための測定部であって、イオン感知型電界効果トランジスタ(ISFET、Ion Sensitive Field Effect Transistor)を含む。
【0041】
一実施形態において、イオン感知型電界効果トランジスタは、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を検出するため、固定部における基板と連結されている。
【0042】
イオン感知型電界効果トランジスタは、一般に、金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ(MOSFET、metal-oxide-semiconductor field-effect transistor)と類似の構造を有し、ゲート電極またはゲート絶縁膜の上に、液体中イオンを検出して電圧を発生する感応膜を備えた電界効果トランジスタである。
【0043】
バイオセンサーは電気信号の検出に必要な参照電極等の部品を備えていてもよい。参照電極はAg/AgCl参照電極であることが好ましい。
【0044】
(測定用溶液)
バイオセンサーの固定部、及び参照電極は、電気信号の変化の測定のための測定用溶液に浸漬されている。
【0045】
電気信号の変化は、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく。
【0046】
測定用溶液は、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号を測定可能であり、その測定値に基づきウイルスの検出が可能範囲で限定されないが、イオンを含む緩衝液であることが好ましい。緩衝液は、当該分野で周知の生理学的緩衝液、すなわち、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、MOPS緩衝液、及びMES緩衝液等から、当業者が適宜選択し、かつ/または改変することができる。
【0047】
一実施形態において、測定用溶液は約10mM~約200mMのイオン強度を有する緩衝液であることが好ましく、約17mM~約200mMのイオン強度を有する緩衝液であることがより好ましく、約17mM~約170mMのイオン強度を有する緩衝液であることがさらに好ましく、約30mM~約170mMのイオン強度を有する緩衝液であることがさらに好ましく、約50mM~約170mMのイオン強度を有する緩衝液であることがさらに好ましく、約80mM~約170mMのイオン強度を有する緩衝液であることがさらに好ましく、約80mM~約150mMのイオン強度を有する緩衝液であることがさらに好ましく、約80mM~約100mMのイオン強度を有する緩衝液であることがさらに好ましく、約80mMのイオン強度を有する緩衝液であることがさらに好ましい。
【0048】
一実施形態において、測定用溶液がリン酸緩衝液(PBS、pH7.4)ある場合、緩衝液は、約0.1×PBS(10倍希釈PBS)よりイオン濃度が高く、無希釈のPBS(約1×PBS)のイオン濃度以下のイオン濃度を有することが好ましく、約0.5×PBS(2倍希釈PBS)~約1×PBSであることがより好ましく、約0.5×PBS(2倍希釈PBS)であることがさらに好ましい。
【0049】
測定用溶液中のイオン濃度を最適化することによって、無希釈の緩衝液を用いる場合と比較して、バイオセンサーへの非特異的吸着により生じるバックグラウンドノイズをより低減することができ、ウイルスの検出をさらに高感度で行うことができる。
【0050】
〔検出方法〕
本実施形態に係るウイルスの検出方法は、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化をバイオセンサー用いて測定する工程を含む、試料中のウイルスの検出方法である。
従って、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化をバイオセンサーを用いて測定し、その測定値に基づいて、生物学的試料中のウイルスの有無、含有量、及び/または含有濃度の検出を行う。
【0051】
(ウイルス)
一実施形態において、ウイルスの検出方法における、ウイルスと核酸リガンドとの結合は、ウイルスの表面のタンパク質またはその一部と、それに特異的に結合する核酸リガンドとの結合である。従って、ウイルスの表面に当該ウイルスに特異的なタンパク質を有する範囲で、検出対象となるウイルスは限定されない。
具体的には、検出対象となるウイルスは、本明細書の「バイオセンサー」の項で説明するバイオセンサーを用いてその検出が可能である限り、例えば、その遺伝的分類(株、亜型等)、核酸の種類(DNAウイルスであるかRNAウイルスであるか)、一本鎖核酸ウイルスであるか二本鎖核酸ウイルスであるか、引き起こす病態の種類、宿主となる生物種または細胞種等(植物ウイルス、動物ウイルス、または細菌ウイルス(ファージ))について限定されない。
【0052】
例えば、ウイルスの表面のタンパク質は、ウイルスが非エンベロープウイルスである場合、そのカプシドにおける当該ウイルスに特異的なタンパク質であってもよく、またはウイルスがカプシドの外側にエンベロープを有する場合、エンベロープにおける当該ウイルスに特異的なスパイクタンパク質であってもよい。
【0053】
本実施形態におけるウイルスの検出方法により検出が可能なウイルスの例として、ヘルペスウイルス、アデノウイルス、パルボウイルス、B型肝炎ウイルス(HBV)、ヒトパピローマウイルス(HPV)等のDNAウイルス、コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルス、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、ヒトC型肝炎ウイルス(HCV)等のRNAウイルスが挙げられるが、これらに限定されない。また、これらのウイルスを含む各種ウイルスの亜種及び変異株も、核酸リガンドを適切に選択または設計することにより、本実施形態におけるウイルスの検出方法により検出が可能である。
【0054】
従って、本実施形態におけるウイルスの検出方法の対象となる被験体は、上記ウイルスの宿主であればよく、すなわち動物であっても植物であってもよく、動物はヒト、家畜動物、または愛玩動物等であってもよい。
【0055】
ここで、例えば、コロナウイルスは、コロナウイルス科に分類されるウイルスの総称であるが、2020年に世界的に流行拡大した、いわゆる「新型コロナウイルス(Covid-19)」はベータコロナウイルス属に属する「SARS-CoV-2」であり、本実施形態に係るウイルスの検出方法により検出可能なウイルスである。
検出対象のウイルスが「SARS-CoV-2」である場合、被験体は哺乳動物であることが好ましく、ヒトであることがより好ましい。
【0056】
「核酸リガンド」として、配列番号1の核酸を使用する場合、検出対象のウイルスは、SARS-CoV-2であることが好ましい。
【0057】
検出対象のウイルスは、ウイルスの検出方法においてリガンドとの結合に供される時に、未処理の生物学的試料に含まれる状態であっても、遠心分離等により前処理され、測定用溶液等に懸濁された状態であっても、人工的または自然に乾燥状態となったものであっても制限されない。
【0058】
ここで、「生物学的試料」は被験体から採取された試料である。ウイルスが含まれる生物学的試料は、例えば、ウイルス種に応じ、宿主生物内で当該ウイルスが存在する体液試料である。ここで、体液には広義の体液も含まれ、例えば、血液(血漿、血清、全血)、胃液、胆汁、膵液、腸液などの消化液、組織間液、細胞間液、または間質液組等の組織液、体腔液、漿膜腔液、胸水、腹水、心嚢液、脳脊髄液(髄液)、関節液(滑液)、眼房水(房水)、リンパ液、羊水、唾液、喀痰、尿、精液、汗、涙、鼻水、膣液、乳汁等が含まれる。また、生物学的試料は、体液試料が付着したまたは体液試料を含む生物学的試料であってもよく、例えば、嘔吐物または糞便であってもよい。
【0059】
(電気信号の変化の測定)
本実施形態に係るウイルスの検出方法は、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化をバイオセンサー用いて測定する工程を含む。
ここで、バイオセンサーは、本明細書の「バイオセンサー」の項で説明するとおりである。
【0060】
「電気信号の変化」とは、例えば、電荷の変化、電位変化(電位差の変化、電圧変化)、電流の変化、及び/または電気抵抗の変化等に基づく信号であり、ウイルスと核酸リガンドとの結合を反映し、測定できる範囲で限定されないが、電位変化であることが好ましい。
【0061】
ここで、「測定」は、1または複数の時点の電気信号の測定、及び/または電気信号の値の経時的変化の測定を包含する。
当該電気信号の測定は、イオン感知型電解トランジスタを用いて行うことができる。
【0062】
一実施形態において、ウイルスの検出方法において、バイオセンサーの固定部を含む一部または全体が、測定用溶液中に浸漬されている。
【0063】
検出対象のウイルスを含む、または検出対象のウイルスを含むことが疑われる、生物学的試料を測定用溶液中に滴下する等して導入し、ウイルスをバイオセンサーの固定部の核酸リガンドに接触させる。
核酸リガンドは、検出対象のウイルスに特異的に結合するから、ウイルスをバイオセンサーの固定部の核酸リガンドに接触させることによって、ウイルスと核酸リガンドとを結合させることができる。
【0064】
ここで、導入される生物学的試料は、遠心分離等により前処理され、測定用溶液等に再懸濁または希釈された状態であっても、人工的に乾燥状態となったものであってもよい。
本実施形態に係るウイルスの検出方法によれば、被験体から採取した後未処理の生物学的試料であっても、または測定用溶液等で希釈する等の簡易な処理のみを行った生物学的試料であっても、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を測定することが可能である。従って、導入される生物学的試料として、例えば、ウイルスを含むまたはウイルスを含むことが疑われる、被験体から採取した各種体液、嘔吐物、または糞便を、未処理でまたは測定用溶液で希釈する等の簡易な処理のみを行った試料を使用することができる。
【0065】
ここで、測定用溶液に導入するウイルスの量または濃度は、固定部の核酸リガンドに対し適切な量であり、ウイルスの検出が可能な範囲で当業者が適宜選択できるが、例えば、測定用溶液1μlあたり、約100個(約100 PFU/μl)以上のウイルス粒子を含むことが好ましく、約150個(約150 PFU/μl)以上のウイルス粒子を含むことがより好ましく、約200個(約200 PFU/μl)以上のウイルス粒子を含むことがさらに好ましい。
生物学的試料中に含まれるウイルスの量または濃度が不明の場合、例えば、段階的に希釈した生物学的試料を用いて検出方法を実施してもよい。
【0066】
測定用溶液にウイルスを含む生物学的試料が導入され、ウイルスと核酸リガンドとが結合すると、この結合に基づき基板上の測定範囲における電荷量に局所変動が生じる。この電荷量の変化は、イオン感知型電界効果トランジスタによって該電界効果により検出される。
より具体的には、イオン感知型電界効果トランジスタを用いることで、検出対象のウイルスと核酸リガンドの結合により生じる、測定用溶液に浸漬されたゲート電極の表面電位の変化(イオン感知型電界効果トランジスタの応答電位)を検出できる。
【0067】
ここで、ウイルスの検出は、生物試料中にウイルスが存在するか否かの検出、及び生物試料中のウイルスの絶対的または相対的量の検出を包含する。
【0068】
一実施形態において、ウイルスの検出方法は、生物学的試料中の検出対象のウイルスについて検出方法を実施する前に、検出対象のウイルスと同一種のウイルスを含む試料(参照試料)を用いて検出を行い、参照値(1または複数の時点の電気信号の値)及び/または参照カーブ(電気信号の値の経時的変化)を取得することを含む、検出方法であってもよい。
この方法によれば、ウイルスの量または濃度が判明している参照試料を用いて、あらかじめウイルス濃度と電気信号との対応を特定することができ、含まれるウイルスの有無、またはウイルスの量若しくは濃度が不明の生物学的試料中のウイルスの絶対量または絶対濃度を定量的に決定することができる。
【0069】
一実施形態において、参照値及び/または参照カーブは、1または複数の参照試料を用いて複数回解析を行って得られた値に基づき取得してもよい。
【0070】
ここで、緩衝液の温度等の各種測定条件は、当業者が適宜決定することができる。
【0071】
〔診断方法〕
本実施形態に係るウイルスの検出方法は、一実施形態において、被験体のウイルスへの感染及び/または罹患を診断する診断方法として実施することができる。
【0072】
診断方法における、「固定部」、「測定部」、及び「測定用溶液」構成とその好適例は本明細書の「ウイルスの検出方法」の項で説明したとおりである。
【0073】
当該診断方法によれば、ウイルスの感染が疑われる被験体について、採取した生物学的試料を未処理でまたは簡易な処置のみを行った上で、高感度、簡便、かつ迅速にウイルスの検出を行い、感染有無の診断を行うことができる。
【0074】
==ウイルスを検出するための検出装置==
本実施形態に係る検出装置は、ウイルスを捕捉するための固定部と、ウイルスと核酸リガンドとの結合に基づく電気信号の変化を測定するための測定部とを含む、試料中のウイルスを検出するための検出装置である。
検出装置において、固定部が、親水性ポリマーからなる厚さ約1nm~約100nmのポリマーブラシ構造により修飾された基板を含み、ポリマーブラシ構造が基板から遠位端に核酸リガンドを有し、測定部がイオン感知型電界効果トランジスタを含む。
【0075】
本明細書の「ウイルスの検出方法」の項で説明したとおり、固定部における核酸リガンドと、測定用溶液中のウイルスとの結合に基づく電気信号を、検出装置が備えるバイオセンサーを用いて測定することにより、生物学的試料中のウイルスを検出することができる。
【0076】
ここで、検出装置における「固定部」、「測定部」、及び「測定用溶液」構成とその好適例は本明細書の「ウイルスの検出方法」の項で説明したとおりである。また、ウイルス」の構成とその好適例、及び検出装置の使用方法は、本明細書の「ウイルスの検出方法」の項で説明したとおりである。
【0077】
従って、本実施形態に係る検出装置を用いることで、本明細書の「ウイルスの検出方法」の項に記載の手順に従って生物学的試料中のウイルスを検出することができる。
【0078】
本実施形態に係る検出装置は、固定部と測定部とを含むバイオセンサーに加え、生物学的試料を固定部に導入するための試料導入部を備えていてもよく、測定部で測定された電気信号を増幅するための増幅部、電気信号を処理するためのCPU、メモリー、データ入力部、データ出力部、及び/または解析ソフトウェア等を備えるコンピュータシステムを備えていてもよい。
【0079】
〔診断装置〕
本実施形態に係るウイルスを検出するための検出装置は、一実施形態において、被験体のウイルスへの感染及び/または罹患を診断するための診断装置として使用することができる。
【0080】
診断装置における、「固定部」、「測定部」、及び「測定用溶液」構成とその好適例は本明細書の「ウイルスの検出方法」の項で説明したとおりである。
【0081】
当該診断装置によれば、ウイルスの感染が疑われる被験体について、採取した生物学的試料を未処理でまたは簡易な処置のみを行った上で、高感度、簡便、かつ迅速にウイルスの検出を行い、感染有無の診断を行うことができる。
【0082】
==ウイルスを検出するための検出キット==
本実施形態に係る検出キットは、本明細書の「ウイルスの検出方法」の項に記載の検出方法を実施するためのキットである。
【0083】
一実施形態において、検出キットは、検出対象のウイルスを含む陽性対照試料、測定用溶液、及び/またはキットの使用方法の説明書を含む。
【0084】
一実施形態において、検出キットは、本明細書の「ウイルスを検出するための検出装置」に記載の検出装置を含むもの、または当該検出装置と共に提供されるものであってもよい。
【実施例0085】
以下に実施例を示して本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例により本発明の解釈が限定されるものではない。
【0086】
〔実施例1〕ポリマーブラシ構造を備えた基板の調製
以下に示す方法を用いて、金スパッタ基板(図1、Cr:10nm、Au:200nm)に原子移動ラジカル重合(ATRP)の重合開始基を固定した。
【0087】
使用前、金スパッタ基板に3分間の酸素プラズマ処理を行い、表面を清浄にした。処理直後、金スパッタ基板を3.0mmol/lの濃度に調整したα-ブロモブチラート-11-ウンデカンチオール(α-bromobutyrate-11-undecanethiol)のエタノール溶液に浸漬した。一晩室温で静置して、基板を溶液から取り出し、それぞれ良溶媒(トルエン及びエタノール)で洗浄した後、窒素ブローで乾燥させて回収した。
【0088】
次に、表面開始型ATRP(SI-ATRP)法を用いて、図1及び図2に示すpoly(oligo(ethylene glycol) methyl ether methacrylate(mOEGMA))(PmOEGMA)ブラシ構造を各基板表面に構築した。
重合管に、mOEGMA(平均分子量:475、Sigma-Aldrich社、製品番号447943 (100ml))、塩化銅(I)(CuCl)及びビピリジル(bipyridyl(Bpy))を、mOEGMA/CuCl/Bpy=50、100及び200/1.5/3.0(by molar fraction)の割合で秤取り、モノマー濃度が1.5mol/lとなるようにメタノールを添加した。
アルゴンバブリングしながら試薬を完全に溶解させた後、作製した開始基固定化基板を浸漬し、同時にα-ブロモイソ酪酸エチル(EBIB)を、mOEGMA/EBIB=10、50、及び100(by molar fraction)となるように添加し、密栓した。40℃で一晩撹拌することで重合を進行させた。
得られた重合溶液内に、300mmol/lのアジ化ナトリウムのメタノール溶液を、終濃度が50mmol/lとなるようにアルゴン雰囲気下で添加し、一晩、40℃で撹拌した。溶液から取り出した基板をメタノールで洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。
【0089】
回収した基板に、1.0mmol/lの濃度の硫酸銅・五水和物(CuSO・5HO)、10mmol/lの濃度のアスコルビン酸ナトリウム、及び100mmol/lの濃度のN-プロパルギルマレイミド(N-propargylmaleimide(Prop-mal))を含むDMSOと純水の混合溶液(0.8/0.2 by volume)を40℃で6時間接触させた。
その後、純水で洗浄して、エタノールで置換し、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)中で5分間超音波照射した後、窒素ブローすることで、PmOEGMA-malブラシ基板(図2A)を回収した。
以下、必要な時には、PmOEGMA50-malのように略称の後ろに仕込み時のモノマーと開始剤(mOEGMA/EBIB)の比を記載した。
【0090】
重合溶液中のmOEGMAの転化率は、核磁気共鳴分光法(Nuclear magnetic resonance(NMR))による測定により、100%であった。
乾燥状態のポリマーブラシ構造の膜厚を分光エリプソメトリーにより測定した結果、PmOEGMA10-malブラシ基板で3nm、PmOEGMA50-malブラシ基板で9nm、PmOEGMA100-malブラシ基板で15nmとなった(図3)。
これらの結果から、グラフト密度は0.18分子/nmと算出された。
協和界面科学(株)製の接触角測定器CA-Wを用い、22Gのステンレスニードルを用いて3.0μlの純水の液滴を作製し、作製した基板の被処理面に液滴を接触させてから1秒後の接触角を測定することで、作製した基板に対する純水の接触角を測定した。その結果、開始基固定化基板は90°弱であったのに対して、PmOEGMA-malブラシ基板は、膜厚によらず40°強であった(図4)。これにより、基板上への親水性のポリマーブラシ構造の形成を確認できた。
【0091】
〔実施例2〕核酸リガンドの調製
核酸リガンドとして、5’末端にチオール基を付加した、以下の塩基配列を有する2種の核酸を合成した(図5)。

・CoV2-RBD-4C:
Thiol-ATCCAGAGTGACGCAGCATTTCATCGGGTCCAAAAGGGGCTGCTCGGGATTGCGGATATGGACACGT(配列番号1)
・RBD-4C-del:
GGGGCTGCTCGGGATTGCGGATATGG(配列番号2)

ここで、CoV2-RBD-4CはSARS-CoV-2のスパイクタンパク質中に存在する受容体結合ドメイン(RBD)に結合することが報告されている(Anal.Chem.92,9895-9900(2020))。また、RBD-4C-delはCoV2-RBD-4Cの部分配列である。
上記の核酸は、リン酸緩衝液(PBS、pH7.4、図6)に100μMの濃度で溶解した核酸リガンド溶液として、ウイルス検出方法の実施まで冷凍保存した。
【0092】
〔実施例3〕基板上のポリマーブラシ構造への核酸リガンドの固定化の検討
実施例1に記載の3nm(乾燥状態)のポリマーブラシ構造を備えた金スパッタ基板の、基板から遠位端に、実施例2で調製した核酸リガンドを固定化した。
金スパッタ基板を200μlのPBS(pH7.4)に浸漬し、最終濃度が1μM、3μM、または10μMの各濃度になるように核酸リガンド(CoV2-RBD-4C及びRBD-4C-del)溶液を、このPBS中に添加した。室温にて静置することで、ポリマーブラシ構造上に核酸リガンドを固定した。その後、PBSにより4回洗浄し余剰の核酸リガンドを除去した。
【0093】
表面プラズモン共鳴(SPR)法により、ポリマーブラシ構造への核酸リガンドの固定化及び固定化量を確認した。
ランニングバッファーとしてPBSを用い、核酸リガンド固定化工程におけるSPR応答を観察した。PBS洗浄後のSPR信号値から、核酸リガンド添加前のSPR信号値を差し引いた値(共鳴角変化量(Angle shift value))を、添加した核酸リガンド濃度に対しプロットした結果を図7に示す。
【0094】
核酸リガンド添加前に比べ、添加後のSPR信号値が増大したことから、基板上に備えられたポリマーブラシ構造に核酸リガンドが固定されていることが確認された。
また、核酸リガンドの固定化量は、核酸リガンド濃度が1μMの場合、47分子/(100nm)と算出された。
RBD-4C-delを用いた場合も、同様の固定化量が認められた。
【0095】
〔実施例4〕検出対象ウイルスを含む生物学的試料の調製
SARS-CoV-2は、東京大学医科学研究所河岡義裕教授研究室より2021年5月に入手した。
SARS-CoV-2は、使用まで培地(VP-SFM AGTTM(Thermo Fisher Scientific社、製品番号12559027))に保存した後、0.2% βプロピオラクトンにより不活化処理し、測定に用いた。
【0096】
〔実施例5〕核酸リガンドとSARS-CoV-2の結合確認
表面プラズモン共鳴(SPR)法により核酸リガンドと不活化SARS-CoV-2との結合を評価した。
【0097】
SPR基板を11-メルカプトウンデカン酸(11-Mercaptoundecanoic acid)のエタノール溶液(1.0mM)に浸漬、室温にて一晩静置した。
エタノールで洗浄後、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド/N-ヒドロキシスクシンイミド(1-Ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide / N-Hydroxysuccinimide)水溶液(各最終濃度10mM)に基板を浸漬し、室温にて30分静置、純水で洗浄後、ストレプトアビジン(streptavidin)のPBS溶液(0.1mg/ml)に浸漬し、室温にて30分静置した。
PBSで洗浄後、5’末端がビオチン修飾された核酸リガンドのPBS溶液を最終濃度1.0μMとなるよう基板上に滴下し、室温で30分以上静置後、PBSで洗浄し、核酸リガンド固定化SPR基板を得た。
SPR測定は、ランニングバッファーとして0.55mM MgClを含むリン酸緩衝液(PBS+)を用いた。前記の核酸リガンド固定化SPR基板に対し、PBS+で図8に示す任意の濃度に希釈した不活化SARS-CoV-2を添加し、SPR応答曲線を取得した。
【0098】
SPR信号が平衡に達した時点の信号値(Req)を、不活性化SARS-CoV-2濃度に対してプロットした結果を図8に示す。
CoV2-RBD-4C(図8中「RED-4C」)及びRBD-4C-delのどちらを固定した基板上でも、不活性化SARS-CoV-2濃度依存的なSPR信号値の上昇が確認され、よって、これらが不活化SARS-CoV-2に結合することが確認された。
【0099】
SPR信号値のスキャッチャードプロット解析から算出された解離定数(K値)は、CoV2-RBD-4Cで2.0×10PFU/ml、RBD-4C-delは7.8×10PFU/mlであった。
【0100】
〔実施例6〕ウイルス捕捉のポリマーブラシ構造膜厚依存性の検討
実施例1に記載の方法で、3nm、9nm、または15nmの異なる膜厚(乾燥状態)のポリマーブラシ構造を表面に備えた金スパッタ基板を作製し、200μlのPBS(pH7.4)に浸漬した。
実施例3の記載に従って、上記金スパッタ基板の浸漬されたPBS(pH7.4)に、最終濃度1μMとなるよう核酸リガンドCoV2-RBD-4Cを添加し、基板表面のポリマーブラシ構造の基板から遠位端に固定化した。この核酸リガンドとウイルスの結合(核酸リガンドによるウイルスの捕捉)を表面プラズモン共鳴(SPR)法により確認した。
【0101】
SPR測定は、ランニングバッファーとして0.55mM MgClを含むPBS(PBS(+))を用いた。核酸リガンドを有するポリマーブラシ構造を備えた基板に対し、培地で4.2×10PFU/mlに調製した不活化SARS-CoV-2を添加し、SPR応答を観察した。
【0102】
不活化SARS-CoV-2を添加し、ランニングバッファーにより洗浄した後のSPR信号値から、不活化SARS-CoV-2添加前の信号値を差し引いた値(共鳴角変化量(Angle shift value))を図9に示す。ポリマーブラシ構造の膜厚の増加に対してSPRの信号値は減少するものの、3~15nmの膜厚範囲で正のSPR信号値が検出された。
従って、核酸リガンドを有するポリマーブラシ構造を備えた基板上にて、不活性SARS-CoV-2を捕捉できることが確認された。
【0103】
〔実施例7〕イオン感知型電界効果トランジスタを有するバイオセンサーによるウイルス検出
実施例1に記載の方法で作製した、3nmのポリマーブラシ構造を備えた金スパッタ基板を200μlのPBS(pH7.4)に浸漬し、核酸リガンドの固定化及びウイルス添加後の基板上の測定範囲の電荷量の局所変動を、図10に示すようにイオン感知型電界効果トランジスタを用い、電圧変化(電位差の変化)として経時的に測定した。参照電極としてAg/AgClを用いた。
【0104】
実施例3の記載に従って、上記金スパッタ基板の浸漬されたPBSに、最終濃度1μMとなるよう核酸リガンドCoV2-RBD-4Cを添加した。その後、培地で8.4×10 PFU/mlに調製した不活化SARS-CoV-2を1μlずつ段階的に添加した。
【0105】
図11は、核酸リガンド、及び不活化SARS-CoV-2を添加した後に測定された電圧を示す。不活化SARS-CoV-2添加直後に電圧の下降が始まり、5分以内に安定化した。この結果から、本検出方法により、ウイルスを含む試料を添加後、5分以内でウイルスを検出できることを確認できた。
さらに、8.4×10PFU/200μl(420 PFU/μl)の濃度のウイルスが検出でき、本検出方法によって高感度にウイルスを検出できることが確認できた。
【0106】
〔実施例8〕ポリマーブラシを備えたバイオセンサーの非特異的吸着抑制能の検討
実施例1に記載の金スパッタ基板(Cr:10nm、Au:200nm)のみ、及び実施例1に記載の方法で作製した3nmのポリマーブラシ構造を備えた金スパッタ基板を、それぞれ200μlのPBS(pH7.4)の溶液に浸漬した。図10に示すのと同様にイオン感知型電界効果トランジスタを使用し、金スパッタ基板が浸漬されたPBSに、培地で8.4×10 PFU/mlに調製した不活化SARS-CoV-2を1μl添加した後の電圧変化を経時的に測定した。参照電極としてAg/AgClを用いた。
本測定ではポリマーブラシ構造がウイルスと結合する核酸リガンドを有さないことから、ウイルス及び培地等に由来する非特異的シグナルはいずれも検出されないことが望ましい。
【0107】
図12Aは金スパッタ基板のみ、図12Bは膜厚3nmのポリマーブラシ構造を備えた金スパッタ基板を用いた測定結果を示す。
図12Aに示されるように、不活化SARS-CoV-2添加直後に電圧が下降した。これは、金スパッタ基板のみを使用した場合にウイルスや培地などの非特異的吸着に由来する電圧の変化が認められたことを示す。一方、ポリマーブラシ構造を備えた金スパッタ基板を使用した場合、不活化SARS-CoV-2添加直後にも電圧降下は認められず、ウイルスや培地の非特異的吸着が高いレベルで抑制されていることが確認できた。
【0108】
〔実施例9〕測定用溶液のイオン濃度のウイルス検出感度への影響
実施例1に記載の方法で、3nmのポリマーブラシ構造を表面に備えた金スパッタ基板を作製し、200μlのPBS(pH7.4)に浸漬した。
実施例3の記載に従って、上記金スパッタ基板の浸漬されたPBSに、最終濃度1μMとなるよう核酸リガンドCoV2-RBD-4Cを添加し、核酸リガンドを有する3nmのポリマーブラシ構造を備えた金スパッタ基板を作製した。
【0109】
この金スパッタ基板とイオン感知型電界効果トランジスタとを有するバイオセンサーを用い、不活化SARS-CoV-2を検出する際に、緩衝液のイオン濃度がウイルス検出感度に及ぼす影響について検討した。
【0110】
上記核酸リガンドを有するポリマーブラシ構造を備えた金スパッタ基板を、PBS(pH7.4)、またはPBSと超純水を1:1に混合した緩衝液(2倍希釈PBS)、及びPBSと超純水を1:9に混合した緩衝液(10倍希釈PBS)それぞれ200μlに浸漬した。PBS、及び2倍希釈PBS中に、培地で8.4×10PFU/mlに調製した不活化SARS-CoV-2を図13A~Bに示すとおり、0.5μl、1μl、2μl、及び5μlを順に添加した後の電圧変化を経時的に測定した。また、10倍希釈PBS中に、培地で8.4×10PFU/mlに調製した不活化SARS-CoV-2を図14に示すとおり、1μlずつ順に添加した後の電圧変化を経時的に測定した。参照電極としてAg/AgClを用いた。
【0111】
図13AはPBS、図13Bは2倍希釈PBS下、図14は10倍希釈PBS下での不活化SARS-CoV-2添加に伴う電圧の変化を示す。
【0112】
緩衝液中のイオン濃度の違いにより、不活化SARS-CoV-2添加後の電圧の変化に顕著な違いを生じることが確認された。
2倍希釈及び10倍希釈PBS中ではPBS(希釈なし)中と比較して、不活化SARS-CoV-2添加後により大きな電圧変化が測定できた。具体的には、2倍希釈PBS中では、PBS(希釈なし)中と比較してより大きな電圧変化が測定され、電圧変化は添加されたウイルスの量を反映していた。一方、10倍希釈PBS中では、不活化SARS-CoV-2添加後に電圧の安定化が認められず、試料中のウイルス濃度を反映する測定が困難であった。
【0113】
図15は、図13A~Bのデータを、棒グラフとして示すものである。図15によれば、2倍希釈PBS中では、不活化SARS-CoV-2試料を0.5μl添加した場合(ウイルスの最終濃度210 PFU/μl)にも検出可能なことが確認できた。
【0114】
以上の結果からイオン感知型電界効果トランジスタを有するバイオセンサーを用いたウイルスの検出において、緩衝液のイオン濃度を最適化することで、より高感度でウイルスを検出できることが示された。
図16に、PBSの希釈と、各希釈において算出したイオン強度及びデバイ長を示す。
【0115】
〔実施例10〕唾液試料中のウイルス検出
実施例1に記載の方法で作製した、3nmのポリマーブラシ構造を備えた金スパッタ基板を100μlのPBS(pH7.4)に浸漬し、核酸リガンドの固定化及びウイルスを含む試料添加後の電圧変化を、イオン感知型電界効果トランジスタを有するバイオセンサーを用い、経時的に測定した。参照電極としてAg/AgClを用いた。
【0116】
実施例3の記載に従って、上記金スパッタ基板の浸漬されたPBSに、最終濃度1μMとなるよう核酸リガンドCoV2-RBD-4Cを添加した。
その後、健常ヒトから採取した唾液試料2μl、5μl、及び10μlを、図17A~Bに示すとおり順に添加し、その後、PBS中に培地で8.4×10PFU/mlに調製した不活化SARS-CoV-2を1μlさらに添加した(図17A~B中「Virus」)。
【0117】
図17A及びBは、測定された電圧の変化を示す。
図17B図17Aの1200秒~2400秒の部分を拡大した図である。17Bで示されているように、唾液試料添加直後には電圧の変化はほとんど認められず、唾液を全体の15%以上まで増やしたとき(計17μl/100μlの唾液が添加されたとき)はじめて若干の電圧の変化が確認できた。その後、不活化SARS-CoV-2を含む唾液試料を添加したところ、電圧の下降が確認された。
以上の結果から、ポリマーブラシ構造を備えた金スパッタ基板を用いることで、唾液に含まれている様々な生体分子のバイオセンサーへの非特異的吸着を抑制することができ、唾液試料を用いて高感度にウイルス検出が可能であることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明に係るウイルス検出のための検出方法及び検出装置によれば、生物学的試料中の夾雑物に起因する非特異的なシグナルを低減することができ、煩雑な前処理工程及び検査手技も不要で、かつ短時間で検査結果を得ることができる。
従って、本発明によれば、高感度、簡便、かつ迅速にウイルスの検出を行うことができる。
以上のことから、本発明は産業上極めて有用である。


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
【配列表】
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