(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023177299
(43)【公開日】2023-12-13
(54)【発明の名称】電流スピン流変換素子
(51)【国際特許分類】
H01L 29/82 20060101AFI20231206BHJP
H10N 50/20 20230101ALI20231206BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
H10N50/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023087070
(22)【出願日】2023-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2022088721
(32)【優先日】2022-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】504174135
【氏名又は名称】国立大学法人九州工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120086
【弁理士】
【氏名又は名称】▲高▼津 一也
(74)【代理人】
【識別番号】100090697
【弁理士】
【氏名又は名称】中前 富士男
(74)【代理人】
【識別番号】100176142
【弁理士】
【氏名又は名称】清井 洋平
(72)【発明者】
【氏名】福間 康裕
(72)【発明者】
【氏名】シャシャンク ウトカッシュ
(72)【発明者】
【氏名】友田 好郁
【テーマコード(参考)】
5F092
【Fターム(参考)】
5F092AA20
5F092AB06
5F092AB10
5F092AC26
5F092BE06
5F092BE25
(57)【要約】
【課題】白金により形成された電流スピン流変換素子よりも電流からスピン流への変換効率が高い電流スピン流変換素子を提供する。
【解決手段】スピンホール効果を利用して電流Ieをスピン流Isに変換する電流スピン流変換素子10において、白金にリンが添加されたスピンホール材により形成されている。白金にリンが添加されたスピンホール材により形成された電流スピン流変換素子10は、白金により形成された電流スピン流変換素子に比べて、電流からスピン流への変換効率が高くなることを実験的検証によって確認した。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピンホール効果を利用して電流をスピン流に変換する電流スピン流変換素子において、
白金にリンが添加されたスピンホール材により形成されていることを特徴とする電流スピン流変換素子。
【請求項2】
請求項1記載の電流スピン流変換素子において、該電流スピン流変換素子は、アモルファスであることを特徴とする電流スピン流変換素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電流のスピン流への変換又はスピン流の電流への変換を行う電流スピン流変換素子に関する。
【背景技術】
【0002】
図5(A)に示すように、非磁性体の材料により形成された素子100に電流Ieを通電すると、電流Ieの向きに直交する方向に上向きのスピンを有する電子101及び下向きのスピンを有する電子102がそれぞれ分散して、電流Ieの向きに直交するスピン流Isを発生させる(特許文献1参照)。これをスピンホール効果と言う。
【0003】
これに対し、
図5(B)に示すように、素子100にスピン流Isを与えると、スピン流Isの向きに直交する方向に電流Ieが発生する。これを逆スピンホール効果と言う。
スピンホール効果及び逆スピンホール効果を利用すれば、電流のスピン流への変換及びスピン流の電流への変換が可能となる。以下、電流のスピン流への変換及びスピン流の電流への変換を合わせて電流-スピン流変換とも言う。
【0004】
スピンホール効果及び逆スピンホール効果において電流Ie及びスピン流Isには、以下の式1の関係が成り立つ。なお、Sはスピンの向き(磁化方向)である。
【0005】
Is∝S×Ie (式1)
【0006】
スピンホール効果及び逆スピンホール効果の性質を有する材料(以下、「スピンホール材」とも言う)により形成され、電流-スピン流変換を行う電流スピン流変換素子を用いれば、磁化の反転や自励発振現象等の制御が可能となることから、電流スピン流変換素子は磁気抵抗メモリやマイクロ波発振器等への応用が期待される(非特許文献1参照)。また、フェムト秒領域のスピン流をスピンホール材に入力すれば、テラヘルツ電磁波を生成することもできる(非特許文献2参照)。このような電流スピン流変換素子を利用する場合、電流-スピン流変換の変換効率(スピンホール角:θSHE)が高い電流スピン流変換素子の採用が望ましいことは言うまでもない。
【0007】
電流からスピン流への変換効率は電流スピン流変換素子を形成するスピンホール材のスピン軌道相互作用(電子のスピン角運動量と軌道運動量の相互作用)の強さや電子の散乱機構に応じた値となる。電流からスピン流への変換効率が高い電流スピン流変換素子のスピンホール材として、スピン軌道相互作用が強い白金(Pt)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Qiming Shao et al., "Roadmap of Spin-Orbit Torque", IEEE Transactions on Magnetics, 2021, 57, 800439
【非特許文献2】Piyush Agarwal et al., "Ultrafast Photo-Thermal Switching of Terahertz Spin Currents", Advanced Functional Materials, 2021, 31, 2010453
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたもので、白金により形成された電流スピン流変換素子よりも電流からスピン流への変換効率が高い電流スピン流変換素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的に沿う本発明に係る電流スピン流変換素子は、スピンホール効果を利用して電流をスピン流に変換する電流スピン流変換素子において、白金にリンが添加されたスピンホール材により形成されている。
【発明の効果】
【0012】
白金にリンが添加されたスピンホール材により形成された電流スピン流変換素子が、白金によって形成された電流スピン流変換素子に比べて電流からスピン流への変換効率が高いことを実験により確認した。そのため、白金にリンが添加されたスピンホール材により形成された本発明に係る電流スピン流変換素子は、白金によって形成された電流スピン流変換素子よりも電流からスピン流への変換効率が高い。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】(A)、(B)はそれぞれ、本発明の一実施の形態に係る電流スピン流変換素子の説明図である。
【
図2】スピンホール効果の大きさを計測した実験結果を示す説明図である。
【
図3】スピンホール効果の大きさを計測した実験結果を示す説明図である。
【
図4】X線回析を計測した実験結果を示す説明図である。
【
図5】(A)、(B)はそれぞれ、スピンホール効果及び逆スピンホール効果の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
図1(A)に示すように、本発明の一実施の形態に係る電流スピン流変換素子10は、スピンホール効果を利用して電流Ieをスピン流Isに変換する素子であって、白金(Pt)にリン(P)が添加されたスピンホール材により形成されている。
【0015】
本実施の形態において、電流スピン流変換素子10は、例えば、白金の板状物にイオン注入装置によりリンイオンを注入することによって製造可能である。なお、リンイオンを注入する対象は白金部分を有していればよく、例えば、マグネシウム層、白金層及びシリコン層が順に配されたものであってもよい(但し、この場合、加速電圧等を調整して、白金層にリンイオンが注入されるようにする必要がある)。
また、白金の板状物は結晶質であるところ、当該板状物へのリンイオンの注入量を増大すること、即ち、製造された電流スピン流変換素子10のリン濃度を高くすることによって、電流スピン流変換素子10がアモルファスとなることを実験的検証により確認した。
【0016】
図1(A)に示すように、電流スピン流変換素子10に接続された電源11から電流スピン流変換素子10に電流Ieが与えられることにより、電流スピン流変換素子10には電流Ieの向きに直交する向きのスピン流Isが発生する。このとき、電流スピン流変換素子10はスピンホール効果により電流Ieをスピン流Isに変換することとなる。
【0017】
また、
図1(B)に示すように、一側に強磁性体12が当接した長尺の非磁性体13の他側に、電流スピン流変換素子10を接触させた装置では、電源14による電圧印加により非磁性体13から強磁性体12に向かう電流Ieを生じさせることによって、強磁性体12内のスピン偏極電子が非磁性体13に流入する。これにより、非磁性体13内でスピン流Isが伝搬し、当該スピン流Isが電流スピン流変換素子10に注入され、電流スピン流変換素子10に電流Ieが生じる。このとき、電流スピン流変換素子10は逆スピンホール効果によりスピン流Isを電流Ieに変換することとなる。
【実施例0018】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った第1、第2の実験について説明する。
第1、第2の実験では、いずれも二酸化ケイ素の基板上に形成した白金の薄膜(白金層)にイオン注入装置でリンイオンを注入して生成した電流スピン流変換素子を実施例として用意した。
第1の実験において、それぞれ白金の薄膜に注入したリンイオン量が異なる7個の実施例を用いた。7個の実施例それぞれの白金の薄膜1cm2当たりのリンイオン注入量は、1.0×1016ions/cm2、2.5×1016ions/cm2、5.0×1016ions/cm2、7.5×1016ions/cm2、9.0×1016ions/cm2、12.5×1016ions/cm2、15.0×1016ions/cm2であった。
【0019】
第1の実験では、実施例のスピンホール効果の大きさ(θSHE)をスピントルク強磁性共鳴測定によって計測し、当該スピンホール効果の大きさと他の白金系材料からなる電流スピン流変換素子(比較例)のスピンホール効果の大きさとを比較した。なお、θSHEの大きさ0.1は、電流からスピン流への変換効率10%に相当する。
【0020】
縦軸をスピンホール効果の大きさとし横軸を電気抵抗率(σxx)とした実験結果を
図2、
図3に示す。
図2、
図3において、「P-implanted Pt」は実施例を示し、その他は比較例を示す。
図2、
図3中の各実施例のスピンホール効果の値を示す丸印の近傍に記載された数値はリンイオンの注入量であり、例えば、「1.0」は1.0×10
16ions/cm
2を意味する。
【0021】
図2には、7個の実施例のスピンホール効果の大きさと、以下に記載する14個の文献(以下、参照)に掲載されていた比較例のスピンホール効果の大きさとが入力されている。
【0022】
[1]Minh-Hai Nguyen et al., "Spin Torque Study of the Spin Hall Conductivity and Spin Diffusion Length in Platinum Thin Films with Varying Resistivity", PHYSICAL REVIEW LETTERS, 2016, 116, 126601
[2]Weifeng Zhang et al., "Role of transparency of platinum-ferromagnet interfaces in determining the intrinsic magnitude of the spin Hall effect", Nature physics, 2015, 11, pp.496-502.
[3]Luqiao Liu et al., "Spin-Torque Ferromagnetic Resonance Induced by the Spin Hall Effect", PHYSICAL REVIEW LETTERS, 2011, 106, 036601
[4]Yi Wang et al. "Determination of intrinsic spin Hall angle in Pt", PHYSICAL REVIEW LETTERS, 2014, 105, 152412
[5]Caiyun Hong et al., "Giant Inverse Spin Hall Effect in Bi Doped PtBi Alloy", ADVANCED ELECTRONIC MATERIALS, 2018, 4, 1700632
[6]Li Ma et al., "Spin Orbit Coupling Controlled Spin Pumping and Spin Hall Magnetoresistance Effects", ADVANCED ELECTRONIC MATERIALS, 2016, 2, 1600112
[7]Minh-Hai Nguyen et al. "Enhanced spin Hall torque efficiency in Pt100-xAlx and Pt100-xHfx alloys arising from the intrinsic spin Hall effect", Applied Physics Letters, 2016, 108, 242407
[8]Rajagopalan Ramaswamy et al., "Extrinsic Spin Hall Effect in Cu1-xPtx", PHYSICAL REVIEW APPLIED, 2017, 8, 024034
[9]Lijun Zhu et al., "Highly Efficient Spin-Current Generation by the Spin Hall Effect in Au1-xPtx", PHYSICAL REVIEW APPLIED, 2018, 10, 031001
[10]Lijun Zhu et al., "Strong Damping-Like Spin-Orbit Torque and Tunable Dzyaloshinskii-Moriya Interaction Generated by Low-Resistivity Pd1-xPtx Alloys", ADVANCED FUNCTIONAL MATERIALS, 2019, 29, 1805822
[11]M. Obstbaum et al., "Tuning Spin Hall Angles by Alloying", PHYSICAL REVIEW LETTERS, 2016, 117, 167204
[12]X. Zhou et al., "Disentanglement of bulk and interfacial spin Hall effect in ferromagnet/normal metal interface", PHYSICAL REVIEW B, 2016, 94, 144427
[13] Lijun Zhu et al., "Variation of the giant intrinsic spin Hall conductivity of Pt with carrier lifetime", SCIENCE ADVANCES, 2019, 5, eaav8025
[14]Hongjun Xu et al., "High Spin Hall Conductivity in Large-Area Type-II Dirac Semimetal PtTe2", ADVANCED MATERIALS, 2020, 32, 2000513
【0023】
図3には、7個の実施例のスピンホール効果の大きさと、発明者らがスピントルク強磁性共鳴測定によって計測した比較例のスピンホール効果の大きさとが入力されている。なお、
図3に示された比較例は、他の物質を注入していない白金の薄膜「Pt」及びイオン注入装置で所定のイオン(例えば、硫黄イオン)を白金の薄膜に注入して生成したものであった。なお、
図3に示す全ての比較例及び7個の実施例は、スピンホール効果の大きさの測定条件が実質的に同じであった
図2、
図3に示す実験結果より、7個の実施例のスピンホール効果は
図3に示す「Pt」のスピンホール効果より大きいこと、全体として、7個の実施例のスピンホール効果は
図2、
図3に示す比較例のスピンホール効果以上であることが確認できた。
【0024】
第2の実験では、白金の薄膜1cm
2当たりのリンイオン注入量がそれぞれ、2.5×10
16ions/cm
2、4.0×10
16ions/cm
2、7.5×10
16ions/cm
2、9.0×10
16ions/cm
2及び15.0×10
16ions/cm
2の5つの実施例並びに白金の薄膜へのイオン注入(リンイオン注入を含む)を行わなかった比較例について、X線回析を行った。
実験結果を
図4に示す。なお、
図4において左右方向中央付近に現れた大きなピークは、二酸化ケイ素の基板に対応したものである。
【0025】
図4に示す実験結果より、白金へのリンイオン注入量の増大に応じて、アモルファスの傾向が高くなった(アモルファス化が進んだ)。具体的には、白金の薄膜1cm
2当たりのリンイオン注入量が2.5×10
16ions/cm
2の実施例では、Pt(111)面及びPt(220)面にピークが現れたのに対し、同注入量が4.0×10
16ions/cm
2以上の実施例ではPt(111)面のピークは若干あるものの、Pt(220)面のピークは現れなかった。更に、同注入量が7.5×10
16ions/cm
2以上の実施例では、いずれのピークもほとんど現れず、これらの実施例はアモルファスであったことが確認できた。
【0026】
また、第1、第2の実験結果より、アモルファスの傾向とスピンホール効果との間には相関関係があり、アモルファスの傾向が高まればスピンホール効果が大きくなることが確認された。
【0027】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明は、上記した形態に限定されるものでなく、要旨を逸脱しない条件の変更等は全て本発明の適用範囲である。
例えば、白金に対するリンの添加方法はイオン注入法に限定されないのは言うまでもない。