(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023017751
(43)【公開日】2023-02-07
(54)【発明の名称】多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する細胞外小胞
(51)【国際特許分類】
C12N 5/09 20100101AFI20230131BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20230131BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20230131BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230131BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20230131BHJP
A61K 35/407 20150101ALI20230131BHJP
A61K 35/26 20150101ALI20230131BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20230131BHJP
【FI】
C12N5/09
A61P29/00
A61P31/04
A61P43/00 105
A61P11/00
A61K35/407
A61K35/26
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022118364
(22)【出願日】2022-07-26
(31)【優先権主張番号】P 2021121246
(32)【優先日】2021-07-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業(研究開発課題名:疾患脂質代謝に基づく生体組織の適応・修復機構の新基軸の創成と医療技術シーズの創出)、産業技術力強化法第17条の適用をうけるもの
(71)【出願人】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】吉田(幸谷) 愛
(72)【発明者】
【氏名】工藤 海
(72)【発明者】
【氏名】中山 駿矢
(72)【発明者】
【氏名】村上 誠
(72)【発明者】
【氏名】武富 芳隆
(72)【発明者】
【氏名】三木 寿美
【テーマコード(参考)】
4B065
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AC20
4B065CA44
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB43
4C087BB52
4C087BB63
4C087CA04
4C087NA14
4C087ZA59
4C087ZA75
4C087ZB21
4C087ZB35
(57)【要約】
【課題】優れた抗炎症作用を有する細胞外小胞を提供すること。
【解決手段】多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
【請求項2】
多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質が、細胞外小胞をホスホリパーゼA2で処理することにより生じたものである、請求項1に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
【請求項3】
ホスホリパーゼA2が、分泌型ホスホリパーゼA2である、請求項2に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
【請求項4】
ホスホリパーゼA2が、ホスホリパーゼA2GXである、請求項2に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
【請求項5】
請求項1から4の何れか一項に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞を含む、IL-10及び/又はTNFαの発現促進剤。
【請求項6】
請求項1から4の何れか一項に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞を含む、炎症抑制剤。
【請求項7】
請求項1から4の何れか一項に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞を含む、医薬組成物。
【請求項8】
前記医薬組成物が急性肝炎、敗血症、肺線維症、急性肺障害、上部気管感染症のためのものである請求項7記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する肝細胞由来の細胞外小胞あるいはリンパ腫細胞由来の細胞外小胞に関する。
【背景技術】
【0002】
急性肺障害(ARDS)、劇症肝炎及び急性心筋炎は、自己の免疫細胞が自己組織を傷害することによって起こる一連の疾患である。自己免疫疾患やアレルギーの治療薬としては、免疫抑制剤であるステロイド、FK504、メトトレキサート(MTX)、並びに免疫活動性サイトカインであるTNFαやIL-6を阻害する抗体が用いられている。近年、間葉系幹細胞(MSC)の炎症抑制効果や組織修復の促進効果が多く報告されている(非特許文献1~3)。さらに、間葉系幹細胞(MSC)の細胞外小胞は、MSCのもつ炎症制御効果や組織修復促進効果の多くを担うことが報告されている(非特許文献2)。これらの炎症抑制・制御効果、組織修復作用は、様々な場所で様々な疾患に対して適用が可能であり、期待されている。しかしながら、いずれの薬剤にも副作用の問題や、効果が一定でないという問題が存在する。
【0003】
また、MSCは特殊な幹細胞であることから増殖スピードが遅く、治療を目的とした細胞外小胞の採取には問題がある。間葉系幹細胞自体を投与する方法でも、細胞であることから末梢血管を通過することができないという問題や、微小血管における閉塞リスクなどの問題が存在する(非特許文献4、5)。
【0004】
一方、分泌性ホスホリパーゼA2(sPLA2)はグリセロリン脂質を加水分解し、遊離脂肪酸とリゾリン脂質を産生する酵素群の総称である。分泌性ホスホリパーゼA2は、アラキドン酸代謝を介して脂質メディエーター産生を促すとされていたが、近年、発現部位に応じて様々な生命活動に関与することが知られてきた(非特許文献6)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Sengupta, Vikram et al. “Exosomes Derived from Bone Marrow Mesenchymal Stem Cells as Treatment for Severe COVID-19.” Stem cells and development vol. 29, (2020): 747-754.
【非特許文献2】Tan, Cheau Yih et al. “Mesenchymal stem cell-derived exosomes promote hepatic regeneration in drug-induced liver injury models.” Stem Cell Research & Therapy vol. 5,(2014):76
【非特許文献3】Long, Qianfa et al. “Intranasal MSC-derived A1-exosomes ease inflammation, and prevent abnormal neurogenesis and memory dysfunction after status epilepticus.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America vol. 114,(2017): E3536-E3545.
【非特許文献4】Kurtz A. Mesenchymal stem cell delivery routes and fate. International journal of stem cells vol. 1: 1-7.
【非特許文献5】Chen, Qi-Hong et al. “Mesenchymal stem cells regulate the Th17/Treg cell balance partly through hepatocyte growth factor in vitro.” Stem Cell Research & Therapy vol. 11,(2020):91.
【非特許文献6】Murakami M et al. A new era of secreted phospholipase A2. Journal of Lipid Research, vol 56 (2015): 1248-1261
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
体内の至るところで発生する炎症は、生体防御反応の一部であるが、過剰な生体防御反応は本来守るべき体を傷つける場合がある。こうした自己への過剰な免疫反応は有害であるが、感染防御や創傷治癒において重要な反応である。従来においては、このような免疫の過剰反応に対してはステロイドなどの免疫抑制剤を用いた治療や、炎症性サイトカインに対する特異的な阻害薬を用いた治療が行われてきた。しかしながら、これらの薬剤にも副作用や、効果が認められない症例は存在する。そのため免疫の過剰反応に対して、さらに優れた効果を発揮する新たな手法が求められてきた。本発明は、優れた抗炎症作用を有する細胞外小胞を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、生物学的機能が高い細胞外小胞として肝細胞由来の細胞外小胞及びリンパ腫細胞由来の細胞外小胞に注目し、これらの細胞外小胞表面にあるリン脂質二重膜をsPLA2によって脂肪酸のsn-2アシル基を切断した。その結果、細胞外小胞表面にアラキドン酸やDHA、EPAなどの多価不飽和脂肪酸やリゾリン脂質産生させることができ、炎症抑制・制御効果、そして組織修復作用を持つ細胞外小胞を製造することに成功した。本発明は、上記の知見に基づいて完成したものである。
【0008】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
<1> 多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
<2> 多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質が、細胞外小胞をホスホリパーゼA2で処理することにより生じたものである、<1>に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
<3> ホスホリパーゼA2が、分泌型ホスホリパーゼA2である、<2>に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
<4> ホスホリパーゼA2が、ホスホリパーゼA2GXである、<2>又は<3>に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
<5> <1>から<4>の何れか一に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞を含む、IL-10及び/又はTNFαの発現促進剤。
<6> <1>から<4>の何れか一に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞を含む、炎症抑制剤。
<7> <1>から<4>の何れか一に記載の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞を含む、医薬組成物。
<8> 前記医薬組成物が急性肝炎、敗血症、肺線維症、急性肺障害、上部気管感染症のためのものである<7>記載の医薬組成物。
【0009】
<A1> 多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞を、IL-10及び/又はTNFαの発現の促進を必要とする対象に投与することを含む、IL-10及び/又はTNFαの発現を促進する方法。
<A2> 多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞を、炎症の抑制を必要とする対象に投与することを含む、炎症を抑制する方法。
<B1> IL-10及び/又はTNFαの発現を促進する治療において使用するための、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
<B2> 炎症を抑制する治療において使用するための、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞。
<C1> IL-10及び/又はTNFαの発現促進剤の製造のための、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞の使用。
<C2> 炎症抑制剤の製造のための、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞の使用。
【発明の効果】
【0010】
肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞を分泌性ホスホリパーゼA2(sPLA2)により処理することにより得られる、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する細胞外小胞(SPREDsとも言う)は、優れた炎症抑制効果や組織保護効果を有し、LPSを用いて引き起こされた急性肺障害やCCL4による肝障害を強く抑制することができる。本発明によれば、自己の免疫暴走による様々な疾患(サイトカインストームや自己免疫性疾患など)に対する新たな治療薬として、従来とは異なるメカニズムを有する新規な治療薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、多価不飽和脂肪酸やリゾリン脂質がホスホリパーゼA2によって加水分解生成された細胞外小胞のリピドミクス解析の結果を示す。
【
図2】
図2は、肝がん由来HepG2細胞由来SPREDsによるマウス急性肺障害(ARDS)モデルでの組織保護効果を調べた結果を示す。
【
図3】
図3は、肝がん由来HepG2細胞由来SPREDsを用いたマウス肝障害モデルでの組織保護効果を調べた結果を示す。
【
図4】
図4は、EBV感染リンパ腫細胞由来SPREDsを用いたマウスLPS刺激モデルでの炎症抑制効果を調べた結果を示す。
【
図5】
図5は、HepG2細胞由来SPREDsを用いた急性肝障害モデルでの抗炎効果を調べた結果を示す。
【
図6】
図6は、HepG2細胞由来SPREDsを用いて急性敗血症モデルでの生存率を調べた結果を示す。
【
図7】
図7は、HepG2細胞由来SPREDsを用いて急性敗血症モデルでの抗炎効果を調べた結果を示す。
【
図8】
図8は、HepG2細胞由来SPREDsを用いて肺線維症モデルでの抗線維化効果を調べた結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞に関する。
【0013】
肝細胞としては、生体の肝実質細胞などの生体の肝臓中の細胞であればいかなる肝細胞でも使用することができる。肝組織を採取する方法としては、手術の際の切除、又は生検(バイオプシー)が挙げられる。初代肝細胞を使用する場合には、採取された肝臓又は肝組織から、肝細胞を遠心分離等により分画することにより単離することができる。肝細胞としては、株化された肝細胞を使用することができる。株化された肝細胞としては、例えば、HepG2、SSP-25、RBE、TGBC50TKB、HuH-6、HuH-7、ETK-1、Het-1A、PLC/PRF/5、Hep3B、SK-HEP-1、C3A、THLE-2、THLE-3、HepG2/2.2.1、SNU-398、SNU-449、SNU-182、SNU-475、SNU-387、SNU-423、FL62891、DMS153等が挙げられるが、特に限定されない。細胞はアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)などから入手することができる。株化された肝細胞としては、特に好ましくは、HepG2を使用することができる。
【0014】
リンパ腫細胞としては、生体由来のリンパ腫細胞でもよいし、株化されたリンパ腫細胞でもよい。好ましくは、リンパ腫細胞は、Epstein Bar virus(EBV)感染リンパ腫細胞である。EBV感染リンパ腫モデルマウスはヒトびまん性大細胞型B細胞リンパ腫を極めて良好に再現するものであるため、EBV感染リンパ腫細胞を解析し、本知見を得た。
【0015】
肝細胞及びリンパ腫細胞が由来する動物は、特に限定されないが、例えば、ヒト、ウマ、ウシ、ヒツジ、ブタ、イヌ、ネコ、ラビット、マウス、ハムスター、ラットなどが挙げられる。
【0016】
細胞外小胞とは、培地中で培養している細胞が、培地中に放出する小胞を意味する。細胞外小胞としては、脂質二重膜で覆われた微粒子が挙げられ、一部はエクソソームとも称される場合がある。また、細胞外小胞には、脂質、タンパク質、RNA(mRNA、miRNA)、及びDNAなどが含まれることが知られている。エクソソームとも称される細胞外小胞の直径は、一般的には20~120nm、あるいは30~100nmである。細胞外小胞は、インタクトなものでもよいし、膜小胞構造が一部又は全部が破壊されたものでもよい。
【0017】
細胞から細胞外小胞を調製する方法は特に制限されないが、例えば、以下の方法により細胞外小胞を調製することができる。肝細胞又はリンパ腫細胞を、適当な培地を用いて培養する、培地の組成は、細胞の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、イーグル培地のような最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、最小必須培地α(MEM-α)、Ham’s F-12及びF-10培地、DMEM/F12培地、RPMI-1640培地、MCDB培地、199培地、Fisher培地、Iscove改変ダルベッコ培地(IMDM)などが挙げられる。培地には、血清(例えば、ヒト血清、ウシ胎児血清(FBS)、ウシ血清、仔ウシ血清、ヤギ血清、ウマ血清、ブタ血清、ヒツジ血清、ウサギ血清、ラット血清等)を添加してもよい。血清を用いる場合の添加量としては、培地に対して0.5%~15%、好ましくは、5%~12%である。培地にはさらに抗生物質(例えば、ペニシリン、ストレプトマイシンなど)を添加してもよい。
【0018】
培養の一例としては。培地に3日後に80~90%コンフルエントになるような細胞数(3x106)を10cmディッシュに播種し、通常は30℃~37℃で、2%~7%CO2で培養することができる。
【0019】
次に、培養上清から細胞外小胞を単離することができる。細胞外小胞の単離方法としては、超遠心法、精密濾過法、抗体による捕捉、マイクロ流体システムなどが挙げられる。細胞外小胞の単離の一例としては、以下の手順である。培養した上清をすべて回収し、1500rpm/15分/4℃で遠心した後、22μmのフィルターで限外濾過し、40000rpm/1時間10分/4℃で超遠心を行う。上清を破棄し、ペレットをPBSにて再浮遊させ、再度同条件にて超遠心を行うことにより、細胞外小胞を単離することができる。
【0020】
本発明の細胞外小胞は、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する。多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質は、細胞外小胞をホスホリパーゼA2で処理することにより生じさせることができる。
【0021】
ホスホリパーゼA2は、リン脂質のグリセロール骨格2位のエステル結合を加水分解して脂肪酸とリゾリン脂質に生成する酵素である。ホスホリパーゼA2としては、分泌型ホスホリパーゼA2、細胞質型ホスホリパーゼA2、カルシウムイオン非依存型ホスホリパーゼA2、血小板活性化因子アセチルヒドラーゼ、リソソーム型ホスホリパーゼA2、及びアディポサイト型ホスホリパーゼA2が挙げられる。上記の中でも、ホスホリパーゼA2としては、分泌型ホスホリパーゼA2が好ましく、X型ホスホリパーゼA2(PLA2GX)がさらに好ましい。
【0022】
ホスホリパーゼによる処理とは、細胞外小胞をホスホリパーゼに接触させて細胞外小胞の表面に脂肪酸とリゾリン脂質に生成する処理である。処理条件は特に限定されないが、一例としては、ホスホリパーゼA2(sPLA2-X等)100ng/ml(75μl)、20mM CaCl2(50μl)、1mM Tris-HCl(pH7.4)(25μl)、細胞外小胞(30μg)を混合し、37℃で30分反応させることが好ましい。
【0023】
<IL-10及び/又はTNFαの発現促進剤、炎症抑制剤、および医薬組成物>
本発明によれば、上記した本発明の細胞外小胞(即ち、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞)を含む、IL-10及び/又はTNFαの発現促進剤及び炎症抑制剤が提供される。本発明によればさらに、上記した本発明の細胞外小胞を含む、医薬組成物が提供される。
【0024】
本発明の肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞は、現在特異的な治療法の存在しない急性肺障害(ARDS・ALI)や急性肝障害などの自己の免疫過剰応答が関与する疾患に対する新たな治療法を与えるものである。
【0025】
本発明によるIL-10及び/又はTNFαの発現促進剤、炎症抑制剤、及び医薬組成物の投与の対象とする疾患としては、急性肝炎、敗血症、肺線維症、急性肺障害(ARDS・ALI)、上部気管感染症、急性肝障害、自己免疫性肝炎、自己免疫性心筋炎、関節炎、自己免疫性糸球体腎炎、自己免疫性膵島炎、自己免疫性精巣炎、自己免疫性卵巣炎、潰瘍性大腸炎、シェーグレン症候群、クローン病、ベーチェット病、Wegener肉芽腫症、過敏性血管炎、結節性動脈周囲炎、橋本病、粘液水腫、バセドウ病、アジソン病、自己免疫性溶血性貧血、突発性血小板減少症、悪性貧血、重症筋無力症、脱髄疾患、大動脈炎症群、乾癬、天疱瘡、類天疱瘡、膠原病、ギラン・バレー症候群、多腺性自己免疫症候群II型、原発性胆汁性肝硬変、尋常性白斑、I型糖尿病、全身性エリテマトーデス、動脈血栓症、静脈血栓症、習慣性流産、血小板減少症および抗リン脂質抗体症候群、腎移植、肝移植、心移植および/または肺移植後の拒絶反応、骨髄移植における拒絶反応、または移植片対宿主病、接触性皮膚炎、潰瘍性大腸炎、高安動脈炎、巨細胞動脈炎、結節性多発動脈炎、ウェゲナー肉芽腫症、チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性皮膚血管炎、ヘノッホ・シェーンライン紫斑病、過敏性血管炎、血管炎症候群、閉塞性血栓性血管炎、結節性血管炎、リウマチ関節炎、慢性関節リウマチ、変形性関節炎、結核性関節炎、化膿性関節炎、乾癬性関節炎、膝内症、特発性骨壊死症、骨関節炎、ウイルス性肝炎、急性糸球体腎炎、慢性腎炎、急速進行性腎炎症候群、溶連菌感染後急性糸球体腎炎、膜性増殖性糸球体腎炎、Goodpasture症候群、メサンギウム増殖性糸球体腎炎、間質性腎炎、急性感染性胃炎、アレルギー性胃炎、慢性胃炎、膵炎、腸炎、喉頭炎および神経炎などが挙げられる。
【0026】
例えば、後記する実施例に記載するような急性肺障害を起こした、また起こす可能性のある患者に対し、前もって、また発症後に、本発明の細胞外小胞(即ち、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞)を含む、IL-10及び/又はTNFαの発現促進剤、炎症抑制剤、又は医薬組成物を投与することにより症状の軽減もしくは治癒を期待することができる。他の疾患でも同様であり、免疫の過剰反応を引き起こす種々の疾患においてこれらを投与することで症状が軽減もしくは治癒することが期待できる。
【0027】
本発明においては、多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞を有効成分として製剤化することによって、IL-10及び/又はTNFαの発現促進剤、炎症抑制剤、および医薬組成物(以下、本発明の製剤と称する)を提供することができる。
【0028】
本発明の製剤は、薬学的に許容できる添加剤(賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、注射剤用溶剤等)を使用して製造することができる。製剤の具体的な形態としては、錠剤、散剤、カプセル剤、顆粒剤、丸剤、トローチ剤、封入リポソーム剤、液剤、又はこれらの徐放製剤等を挙げることができるが、特に限定されない。
【0029】
賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、白糖、マンニトール、でん粉、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、硫酸カルシウム、結晶セルロース等を使用することができる。結合剤としてはでん粉、ゼラチン、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース、エチルセルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース等を使用することができる。崩壊剤としては、でん粉、寒天、ゼラチン末、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、及びアルギン酸ナトリウム等を使用することができる。滑沢剤としては、ステアリン酸マグネシウム、水素添加植物油、及びマクロゴール等を使用することができる。希釈剤及び注射剤用溶剤等としては、生理食塩液、日局生理食塩液、5%ブドウ糖液、ブドウ糖注射液等、または、DMEM等の細胞培養培地を使用することができる。
【0030】
本発明の製剤の投与方法は、経口投与又は非経口投与のいずれでもよい。非経口投与としては、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与、動脈内投与、髄腔内投与、腹腔内投与、舌下投与、経直腸投与、経腟投与、眼内投与、経鼻投与、吸入、経皮投与などがあげられる。
【0031】
多価不飽和脂肪酸及び/又はリゾリン脂質を表面に有する、肝細胞又はリンパ腫細胞由来の細胞外小胞は、有効成分として飲食品中に含有させ、IL-10及び/又はTNFαの発現促進作用、又は炎症抑制作用を有する機能性食品(特定保健用食品、栄養機能食品)として提供してもよい。
【0032】
本発明の製剤(医薬品、飲食品など)において、細胞外小胞の配合量は、最終組成物に対して、0.01質量%以上であることが好ましく、0.1質量%以上であることが特に好ましい。
【0033】
本発明の製剤の投与量は、年齢、症状等により異なるが、細胞外小胞をタンパク質量に換算して、一般的には1mg~10g/日であり、好ましくは100mg~1g/日であり、1日1回から複数回に分けて投与してもよい。
【0034】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例0035】
<実施例1>肝がん由来HepG2細胞由来SPREDs(sPLA2-reacted EV derivative products;SPREDs)を用いたマウス急性肺障害(ARDS)モデル
【0036】
ヒト肝がん由来HepG2細胞をDMEM-High glucoseに10%牛胎児血清および100U/mlペニシリンおよび100μg/mlストレプトマイシンを加え培養を行う。牛胎児血清も自身の細胞外小胞を持つため、培養に際しては予め40000rpm/18h/4℃で超遠心を行いその上清を培地に添加し使用した。培地には3日後に80-90%コンフルエントになるような細胞数(3x106)を10cmディッシュに播種し、37℃・5%CO2で培養した。
【0037】
培養した上清をすべて回収し、1500rpm/15分/4℃で遠心した後、22μmのフィルターで限外濾過し、40000rpm/1時間10分/4℃で超遠心を行った。上清を破棄し、ペレットをPBSにて再浮遊させ、再度同条件にて超遠心を行うことで精製を行った。
【0038】
この細胞外小胞30μgに対し、75μLのsPLA2およびバッファー75μLを加え、30分間37℃にてインキュベートを行った。精製後には吸光度を用いて濃度を測定し、30μg/mouseとなるように調整し、本発明に用いられるホスホリパーゼ処理したHepG2細胞由来の細胞外小胞(SPREDs)を得た。
【0039】
上記で得た細胞外小胞(SPREDs)について、リピドミクス解析を行った結果を
図1に示す。細胞外小胞自体がもつリン脂質二重膜がsPLA2によって脂肪酸のsn-2アシル基を切断し、アラキドン酸やDHA、EPAなどの多価不飽和脂肪酸やリゾリン脂質が産生される。その産生量はホスホリパーゼのサブクラスによって、未処理に比較し、5倍から100倍に増加した。
【0040】
マウスはLPS(SIGMA-ALDRICH;リポポリサッカリド from Escherichia coli O111:B4)を3mg/kgとなるよう40μLのPBSに溶解し、イソフルラン吸入麻酔下にて誤嚥法による気管内投与を行った。LPSによる刺激により急性肺障害が発生した投与2時間後に精製された細胞外小胞および対照を投与した。
【0041】
LPSによる急性肺障害刺激後から24時間後、ペントバルビタールナトリウム深麻酔下における放血殺を行い、頸部を切開、気管咽頭部を切開し、18Gのサーフロー留置針(テルモ)を気管内に5-8mmほど留置し、4-0シルクにて固定した後、冷2%FBS/PBS 0.8mLを用いて3度洗浄後、さらに0.8mLの2%FBS/PBSを用いて合計6度洗浄することで肺胞洗浄液を採取した。
【0042】
肺は20%中性緩衝ホルマリンに浸漬し、翌日パラフィン浸漬処理を実施、パラフィン包埋を行いブロックとした。これを5umで薄切し、HE染色により組織損傷度を評価した。結果を
図2に示す。肺障害がSPREDsによってLumen areaが顕著に改善され、組織保護効果が認められた。
【0043】
同様の急性肺障害モデルマウスにおいて従来法である間葉系幹細胞(MSC)由来細胞外小胞(MSC-EXO)において効果を比較した(
図2)。Lumen areaはHepG2-EXOのSPREDsに比べると低い値を示した。
【0044】
<実施例2>肝がん由来HepG2細胞由来SPREDsを用いたマウス肝障害モデル
実施例1と同様の手法で得た細胞外小胞を四塩化炭素誘導性急性肝障害モデルに対しても実施した。急性肝障害に対しては四塩化炭素導入の4時間前に尾静脈より30μg/mouseのHepG2-SPREDsを投与した。その後、皮下投与により四塩化炭素を投与し急性肝障害モデルを作成した。
【0045】
結果を
図3に示す。HepG2-SPREDs導入群では肝細胞の損傷を示すGOT/GPTの値がPBSの75%に減少し組織保護効果が認められた。
【0046】
<実施例3>EBV感染リンパ腫細胞由来SPREDsを用いたマウスLPS刺激モデル
C57BL/6Jマウス(6週齢、雌、CLEA,東京)に、PBS、ホスホリパーゼ処理したEBV感染リンパ腫細胞(ヒトEBV感染リンパ腫細胞であるAkata細胞株をIgGによって刺激してEBVを産生させ、ヒト初代B細胞に感染させ作出)の細胞外小胞(細胞外小胞の採取の方法は、実施例1に記載した肝がん由来HepG2細胞の細胞外小胞の場合と同様である)10μg(sPLA2-X処理)を48時間おきに尾静脈内注射し、4回目の投与から30分後に頬を穿刺し血液を採取した。
【0047】
その1.5時間後にLPS(100μg)を腹腔内に投与し20時間後に頸椎脱臼により安楽死させ、心採血により血液サンプルを採取した。血液サンプルを遠心し(800xg,25分)血清を回収し、これをPBSで20倍まで希釈した。この血清サンプルにおけるIL-10およびTNFα量をMouse ELISA MAX Standardキット(BioLegend, San Diego, CA, USA)にて定量した。結果を
図4に示す。SPREDs投与により血清中のサイトカインIL-10が著明に上昇し、免疫抑制効果が認められた。
【0048】
<実施例4>急性肝炎に対する炎症抑制効果
C57BL/6N マウス メス6週齢に2ml/kgの四塩化炭素(CCL4/ 富士フィルムWAKO)を皮下投与し、その4時間後にsPLA2処理したHepG2-SPREDs 30μg若くはPBSにて同量を尾静脈より投与した。
四塩化炭素投与より48時間後に採血を行ない、血清を採取、SPOTCHEM(Arkray)を用いてGOT(ALT)およびGPT(AST)を測定した。
結果を
図5に示す。CCL4は、四塩化炭素誘導肝炎(急性肝障害モデル)を示す。四塩化炭素(CCL4)による急性肝炎モデルにおいて肝臓由来SPREDsは、有意に肝臓の炎症マーカーであるASTおよびALTを抑制した。
【0049】
<実施例5>敗血症に対する炎症抑制効果
C57BL/6Nマウス オス7週齢に対し、盲腸の先端1/4を結紮、一部を21Gの針を用いて穿刺し敗血症を誘導した。穿刺後sPLA2処理したHepG2-SPREDs 30μg若くはPBSにて同量を尾静脈より投与した。
その後10日間の観察を行い、術後の生存を検討した。また終了時に肝臓を採取、肝臓内のRNAを抽出しqRTPCRにて解析を行った。
生存率の結果を
図6に示し、qRTPCRの結果を
図7に示す。CLPは 盲腸穿刺結紮法(急性敗血症モデル)を示す。盲腸穿刺結紮による敗血症モデルにおいて肝臓由来SPREDsは有意に生存期間を延長させた(
図6、全頭生存)。また、肝臓由来SPREDsは、炎症性サイトカインであるCXCL2およびIL6の発現を有意に抑制した(
図7)。
【0050】
<実施例6>肺線維症に対する線維化抑制効果
C57BL/6Nマウス オス7週齢に対し、ブレオマイシン塩酸塩20mg/kgを経気道にて投与した。その24時間後にsPLA2処理したHepG2-SPREDs 30μg若くはPBSにて同量を尾静脈より投与した。
さらに24時間後に肺組織の回収を行い、RNAを抽出、qRTPCRにて解析を行った。
結果を
図8に示す。BLMは、ブレオマイシン誘導肺線維症(肺線維症モデル)を示す。
肺線維症モデルであるブレオマイシン投与モデルにおいて、肝臓由来SPREDsは、投与後48時間の急性期におけるFiblonectinおよびCollagen I などの線維化マーカーを有意に抑制した。