(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023178856
(43)【公開日】2023-12-18
(54)【発明の名称】空間分布評価方法、空間分布評価装置、空間分布評価システム及び空間分布評価プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 21/71 20060101AFI20231211BHJP
【FI】
G01N21/71
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022091806
(22)【出願日】2022-06-06
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 公開日 令和4年3月1日 令和4年電気学会全国大会 予稿集, 第46頁 開催日 令和4年3月21日(開催期間 令和4年3月21日~23日) 令和4年電気学会全国大会 オンライン開催
(71)【出願人】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三坂 英樹
(72)【発明者】
【氏名】江藤 修三
(72)【発明者】
【氏名】足立 和郎
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043AA03
2G043AA06
2G043CA06
2G043EA06
2G043EA10
2G043FA01
2G043HA05
2G043JA01
2G043KA01
(57)【要約】
【課題】フィラー粒子の分布を適切に評価す空間分布評価方法、空間分布評価装置、空間分布評価システム及び空間分布評価プログラムを提供する。
【解決手段】樹脂の中にフィラーを含む試料に含まれる各元素に関するスペクトルデータを生成し、前記スペクトルデータから前記フィラーに含まれる所定の特徴元素の強度を取得し、前記特徴元素の強度を基に前記試料における前記フィラーの分布を評価する。
【選択図】
図13
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂の中にフィラーを含む試料に含まれる各元素に関するスペクトルデータを生成し、
前記スペクトルデータから前記フィラーに含まれる所定の特徴元素の強度を取得し、
前記特徴元素の強度を基に前記試料における前記フィラーの分布を評価する
ことを特徴とする空間分布評価方法。
【請求項2】
前記試料にレーザーを照射し、
前記レーザーの照射により前記試料がプラズマ化した際のプラズマからの発光による前記スペクトルデータを生成し、
前記スペクトルデータから前記フィラーに含まれる前記特徴元素の発光強度を取得し、
前記特徴元素の強度を基に前記試料における前記フィラーの分布を評価する
ことを特徴とする請求項1に記載の空間分布評価方法。
【請求項3】
前記特徴元素の強度を基に前記フィラーの濃度を求めて前記フィラーの分布を評価することを特徴とする請求項1に記載の空間分布評価方法。
【請求項4】
前記スペクトルデータに現れる前記特徴元素のピークのうち、他の元素との重なりあいが少なく且つピーク強度が上位のピークを有する波長の強度を、前記特徴元素の強度とすることを特徴とする請求項1に記載の空間分布評価方法。
【請求項5】
前記特徴元素の基準強度を取得して、前記特徴元素の強度と前記基準強度とを比較して前記フィラーの分布を評価することを特徴とする請求項1に記載の空間分布評価方法。
【請求項6】
前記フィラーに含まれる元素以外の前記試料に含まれる比較元素の強度を前記スペクトルデータから取得し、
前記特徴元素の強度と前記比較元素の強度との比を算出して、算出した前記比を基に前記フィラーの分布を評価する
ことを特徴とする請求項1に記載の空間分布評価方法。
【請求項7】
樹脂の中にフィラーを含む試料に含まれる各元素に関するスペクトルデータを受信するスペクトルデータ受信部と、
前記スペクトルデータから前記フィラーに含まれる所定の特徴元素の強度を取得する濃度算出部と、
前記濃度算出部により取得された前記特徴元素の強度を基に前記試料における前記フィラーの分布を評価する分布評価部と
を備えたことを特徴とする空間分布評価装置。
【請求項8】
樹脂の中にフィラーを含む試料にレーザーを照射してプラズマ化させるレーザー光源と、
前記試料がプラズマ化した際のプラズマから発光された光を分光する分光器と、
前記分光器により分光された光を検出してスペクトルデータを生成する検出器と、
前記検出器により生成されたスペクトルデータを受信するスペクトルデータ受信部、前記スペクトルデータから前記フィラーに含まれる所定の特徴元素の発光強度を取得する濃度算出部及び前記特徴元素の発光強度を基に前記試料における前記フィラーの分布を評価する空間分布評価部を有する空間分布評価装置と
を備えたことを特徴とする空間分布評価システム。
【請求項9】
樹脂の中にフィラーを含む試料に含まれる各元素に関するスペクトルデータを生成し、
前記スペクトルデータから前記フィラーに含まれる所定の特徴元素の強度を取得し、
前記特徴元素の強度を基に前記試料における前記フィラーの分布を評価する
処理をコンピュータに実行させることを特徴とする空間分布評価プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空間分布評価方法、空間分布評価装置、空間分布評価システム及び空間分布評価プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
ナノコンポジット絶縁材料は、エポキシ樹脂などの樹脂材料中へ、アルミナ、チタニア、シリカなどの無機粒子であるフィラーを混入することで、電気的特性や熱的特性など、各種材料特性を向上させることを目的に開発が進められてきた。フィラーは、フィラー粒子とも呼ばれる。特に、近年ではフィラーの粒子サイズを精密にコントロールして、ナノメートルオーダーのナノフィラーとマイクロメートルオーダーのマイクロフィラーとの両方を混在させることで、所望の材料特性を実現できるように、様々な樹脂とフィラーとの組み合わせが検討されている。
【0003】
さらに、近年では、遠心分離装置や可変注型技術を応用して、樹脂材料中のフィラーの分布を精密に傾斜分布させることで、1つのバルク試料中で特性を徐々に変化させた傾斜機能材料(FGM:Functionally Graded Materials)も開発されている。
【0004】
以上のいずれのナノコンポジット絶縁材料においても、所望の特性を得て機能性を向上させるためには、フィラーの分布を制御することが重要となり、その分布を適切に評価する方法が強く求められる。例えば、樹脂中でフィラーの凝集などが発生した場合、逆に特性低下するケースも起こり得る。
【0005】
従来、ナノコンポジット絶縁材料中のフィラーの分布を評価する際、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)が主に用いられてきた。SEMを用いた評価は、材料中の局所的なフィラーの分布と分散とを同時に把握することが可能である。
【0006】
また、コンポジット材料の評価方法として、コンポジット材料の表面に電子線を照射して、発生した二次電子の量を基に導通フィラーを特定し、その分布状態を評価する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、SEMによる観察を行うためには、試料の適当なサイズへの切断、必要に応じた樹脂中への包埋、観察断面の研磨、及び、真空蒸着装置などを用いた導電化処理などといった様々な処理が必要となる。そのため、実際の製品のように大型かつ複雑な形状を有するようなバルク試料に対しては、SEMによる観察では、フィラーの分布を評価することが困難である。
【0009】
また、コンポジット材料に電子線を照射してフィラーの分布状態を評価する技術では、導通フィラーを対象としており、導通フィラー以外のフィラーの分布を評価することは困難である。
【0010】
開示の技術は、上記に鑑みてなされたものであって、フィラーの分布を適切に評価する空間分布評価方法、空間分布評価装置、空間分布評価システム及び空間分布評価プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願の開示する空間分布評価方法、空間分布評価装置、空間分布評価システム及び空間分布評価プログラムの一つの態様において、樹脂の中にフィラーを含む試料に含まれる各元素に関するスペクトルデータを生成し、前記スペクトルデータから前記フィラーに含まれる所定の特徴元素の強度を取得し、前記特徴元素の強度を基に前記試料における前記フィラーの分布を評価する。
【発明の効果】
【0012】
1つの側面では、本発明は、フィラーの分布を適切に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、実施例に係る空間分布評価システムの構成例を示す図である。
【
図2】
図2は、試料片及び測定エリアを示す図である。
【
図3】
図3は、空間分布評価装置のブロック図である。
【
図4】
図4は、試料片の表面におけるライン上の照射痕の概要を示す平面図である。
【
図5】
図5は、試料片における照射痕断面の概要を示す断面図である。
【
図6】
図6は、スペクトルデータの一例を示す図である。
【
図7】
図7は、各元素とピーク波長との対応関係の一例を示す図である。
【
図8】
図8は、Alピークに関するレーザー照射回数と発光強度との相関を示す図である。
【
図9】
図9は、Alピーク及びTiピークの関係を示す図である。
【
図10】
図10は、レーザー照射回数とAl/Ti比との相関を示す図である。
【
図11】
図11は、各測定エリアでのAl/Ti比及び推定したAl
2O
3の含有率を示す図である。
【
図12】
図12は、XRF装置による分析結果を示す図である。
【
図13】
図13は、実施例に係る空間分布評価システムによるフィラーの分布の評価処理のフローチャートである。
【
図14】
図14は、空間分布評価装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本願の開示する空間分布評価方法、空間分布評価装置、空間分布評価システム及び空間分布評価プログラムの実施例を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の実施例により本願の開示する空間分布評価方法、空間分布評価装置、空間分布評価システム及び空間分布評価プログラムが限定されるものではない。
【実施例0015】
図1は、実施例に係る空間分布評価システムの構成例を示す図である。空間分布評価システム1は、レーザー誘起ブレークダウン分光法(LIBS:Laser Induced Breakdown Spectroscopy)を用いて試料に含まれるフィラー粒子の分布を評価する。LIBSは、試料の元素組成を調べるために用いられる分析技術である。
【0016】
本実施例に係る空間分布評価システム1は、空間分布評価装置10、レーザー光源11、ミラー12及び13、集光レンズ14、軸外放物面鏡15、換気装置付容器16、二軸ステージ17、光ファイバ18、分光器19、並びに、検出器20を有する。
【0017】
また、試料片200は、フィラー粒子の分布測定の対象として用いられるナノコンポジット絶縁材料である。
図2は、試料片及び測定エリアを示す図である。試料片200は、例えば、ベース材質がエポキシ樹脂であり、一次粒径が数十μmであるマイクロフィラーとしてSiO
2、SrTiO
3を含み、一次粒径が数十mmであるナノフィラーとしてAl
2O
3を含む。また、試料片200のサイズは、140mm×140mm×8mm厚である。本実施例では、ナノフィラーであるAl
2O
3を対象として空間分布評価を行う場合で説明する。
【0018】
試料片200は、測定エリア201~204で示される部分の表裏の8つの領域それぞれが測定領域とされる。以下では、測定エリア201~204で示される部分の表裏の領域をそれぞれ、単に測定エリア201~204と呼ぶ。また、試料片200における比較エリア211及び212は、試料片200を切断した断面の領域であり、測定箇所による影響を検証するための比較箇所となる。
【0019】
レーザー光源11は、空間分布評価装置10からの制御にしたがい、半導体レーザー励起固体レーザー光を照射する。半導体レーザー励起固体レーザー光は、例えば、波長が1064mmであり、周波数が20Hzであり、エネルギーが20mJである。以下では、半導体レーザー励起固体レーザー光を、単に「レーザー光」と呼ぶ。レーザー光源11は、例えば、
図2に示した試料片200における測定エリア201~204のそれぞれで500回ずつレーザー光を照射するように制御される。照射されたレーザー光は、ミラー12及び13のそれぞれで反射されて、集光レンズ14へ入射される。
【0020】
集光レンズ14は、例えば、焦点距離が350mmの平凸レンズを用いることができる。集光レンズ14は、ミラー13を介して入射されたレーザー光を集光して試料片200の表面に照射する。
【0021】
二軸ステージ17は、試料片200が設置される。二軸ステージ17は、試料片200が設置された状態で、換気装置付容器16の内部に配置される。そして、二軸ステージ17は、試料片200を一方向に2mm/secの速度で移動させる。これにより、二軸ステージ17は、一点に向けて照射されるレーザー光の試料片200に対する照射位置を、試料片200の表面上でライン状に移動させることができる。また、二軸ステージ17は、試料片200を移動させた一方向とは異なる方向に試料片200を移動させた後に、一方向に移動させることで、試料片200の表面上の他のラインに沿ってレーザー光の照射位置を移動させることができる。
【0022】
例えば、二軸ステージ17は、各測定エリア201~204でスペクトルデータを500個ずつ取得する場合、各測定エリア201~204についてそれぞれ100箇所のレーザー光の照射点を含む5つのラインが形成されるように試料片200を移動させる。
【0023】
試料片200は、レーザー光の照射により、表面が僅かに削られる。それにより、試料片200の表面では、電子励起状態になった試料片200に存在する原子が電離してプラズマが発生する。そして、発生したプラズマ中の原子やイオンが、基底状態に戻る時に、元素特有の光の波長を放出する。以下では、プラズマから基底状態に戻る際に各元素からの光の放出を、「プラズマからの発光」と呼ぶ。
【0024】
軸外放物面鏡15は、貫通穴を有する。軸外放物面鏡15は、例えば、焦点距離が152.4mmである。軸外放物面鏡15は、試料片200におけるプラズマからの発光による光が入射される。そして、軸外放物面鏡15は、入射された光を光ファイバ18の端面に結像させる。
【0025】
光ファイバ18は、例えば、バンドルファイバを用いることができる。光ファイバ18は、分光器19に接続される。光ファイバ18は、プラズマの発光が結像された光の入力を端面に受ける。そして、光ファイバ18は、入力された光を分光器19へ転送する。
【0026】
分光器19は、ツェルニターナ型分光器である。分光器19は、例えば、ゲート幅が10μsであり、遅延時間が0.1μsであり、グレーティング刻線数が2400本である。分光器19は、プラズマからの発光による光の入力を光ファイバ18から受ける。そして、分光器19は、入力された光を波長毎に分光して検出器20へ出力する。
【0027】
検出器20は、分光器19により分光された光の入力を受ける。そして、検出器20は、波長毎に光を検出して、スペクトルデータを生成する。その後、検出器20は、生成したスペクトルデータを空間分布評価装置10へ出力する。
【0028】
空間分布評価装置10は、スペクトルデータからフィラーに含まれる特徴元素のピークにおける光強度及びフィラーに含まれる元素以外の比較元素のピークにおける光強度の比を求める。そして、空間分布評価装置10は、求めた比を用いて測定エリア201~204毎の特徴元素の含有率、すなわちフィラーの濃度を算出して、各測定エリア201~204におけるフィラー粒子の分布を評価する。以下に、空間分布評価装置10の詳細について説明する。
【0029】
図3は、空間分布評価装置のブロック図である。空間分布評価装置10は、
図3に示すように、照射制御部101、スペクトルデータ受信部102、濃度算出部103及び空間分布評価部104を有する。また、空間分布評価装置10は、キーボードやマウスなどの入力装置111及びモニタなどの表示装置112が接続される。
【0030】
照射制御部101は、レーザー光源11を制御して、レーザー光が試料片200に照射されるタイミングを制御する。例えば、二軸ステージ17による試料片200の移動により、測定エリア201にレーザー光が照射される位置に試料片200が移動されると、照射制御部101は、レーザー光源11からのレーザー光の照射を開始させる。そして、照射制御部101は、二軸ステージ17による試料片200の移動に合わせて、1つのラインで100回照射されて5つのラインが形成されるようにレーザー光源11にレーザー光を照射させる。照射制御部101は、測定エリア202~205についても同様にレーザー光をレーザー光源11に照射させる。
【0031】
ここで、試料片200へのレーザー光の照射について詳細に説明する。
図4は、試料片の表面におけるライン上の照射痕の概要を示す平面図である。また、
図5は、試料片における照射痕断面の概要を示す断面図である。
【0032】
例えば、
図4において、試料片200は、矢印Pの方向に二軸ステージ17により移動される。この移動により、試料片200の表面には、レーザー光の照射によるラインが形成される。
【0033】
レーザー光の照射により試料片200の表面が削られる。本実施例では、試料片200における照射面形状を揃えるため、1つのラインについて測定前に2回のレーザー光の走査を行った後に、3回目のレーザー光の走査で得られたスペクトルを分析に用いた。
図5における、領域231が、1回目のレーザー光の走査により削られた部分である。また、領域232が、2回目のレーザー光の走査により削られた部分である。そして、領域233が、3回目の走査により削られた領域であり、分析及び評価の対象となる領域である。3回目の走査におけるレーザー光のスポット径220は、250μmである。すなわち、この領域233の幅Wは約250μmである。また、試料片200の削られる前の表面から領域233の底面までの深さは約20μmである。
【0034】
図4における、領域233におけるレーザー光のスポット径220は、領域233の幅Wに相当し、約250μmである。また、試料片200の移動速度が2mm/Sであり、レーザー光の照射の繰り返し周波数が20Hzであることから、1地点当たりレーザー光が2回程度照射される。
図4において、領域221が1照射分の減耗箇所であり、領域222が2照射分の減耗箇所である。
【0035】
スペクトルデータ受信部102は、試料片200の表面へのレーザー光の照射により発生したプラズマからの発光による光のスペクトルデータの入力を検出器20から受ける。スペクトルデータ受信部102は、測定エリア201~204毎に、500個のスペクトルデータを取得する。そして、スペクトルデータ受信部102は、測定エリア201~204毎の500個のスペクトルデータを濃度算出部103へ出力する。
【0036】
図6は、スペクトルデータの一例を示す図である。
図6は、横軸で光の波長を表し、縦軸で発光強度を表す。
図6は、ベース材質がエポキシ樹脂であり、マイクロフィラーとしてSiO
2、SrTiO
3を50vol%含み、ナノフィラーとしてAl
2O
3を1vol%含む試料片200のスペクトルデータである。スペクトルデータ受信部102は、
図6に示されるようなスペクトルデータを500個、濃度算出部103へ出力する。
【0037】
濃度算出部103は、測定エリア201~204毎の500個のスペクトルデータの入力をスペクトルデータ受信部102から受ける。次に、濃度算出部103は、定量評価に用いるLIBSピークを選定する。ここで、濃度算出部103は、各元素と発光ピーク波長との対応関係を示すピーク波長情報を保持する。
図7は、各元素と発光ピーク波長との対応関係の一例を示す図である。例えば、濃度算出部103は、Ti(チタン)であれば、波長が261.1、264.7、334.2、398.2、453.4、484.1及び521.0(nm)などでピークを有し、Al(アルミニウム)であれば、波長が309.7、394.4及び396.1(nm)でピークを有するといった情報を含むピーク波長情報を保持する。以下では、AlのピークをAlピークと呼び、TiのピークをTiピークと呼ぶ。
【0038】
本実施例では、ナノフィラーはAl2O3であり、Alは試料片200を構成する他の材料には含まれない。そのため、試料片200におけるAlの分布を推定することで、ナノフィラー粒子の分布を推定することができる。このように評価対象のナノフィラー粒子の分布を推定するための、ナノフィラーに含まれる実際の検出対象の元素を、ここでは「特徴元素」と呼ぶ。また、以下では、ナノフィラーの分布を、ナノフィラー分布と呼ぶ場合がある。
【0039】
濃度算出部103は、取得したスペクトルデータにおけるナノフィラーに含まれる特徴元素であるAlに由来するピークの発光強度を検出する。ここでは、濃度算出部103は、Al以外の他の元素に由来するピークとの重なりが少なく、且つ、ピーク強度の比較的大きなピークとして、396.2nmの波長の発光強度をAlピークの発光強度として検出した。
【0040】
ここで、本実施例では、濃度算出部103は、396.2nmの波長でのピークをAlピークとして用いることの指定を予め受ける。ただし、特徴元素の分布の推定に用いるピークの選定は、濃度算出部103が自動で行うことも可能である。例えば、濃度算出部103は、保持する各元素のピーク波長情報を用いて、試料片200を構成する材料において、特徴元素以外の他の元素に由来するピークとの重なりが少なく、且つ、ピーク強度の比較的大きなピークを選定すればよい。また、特徴元素の選定も自動で行うことも可能であり、例えば、濃度算出部103は、ナノフィラーに含まれる元素のうち、他の元素に由来するピークとの重なりが少なく、且つ、ピークにおける発光強度の比較的大きなピークを有する元素を特徴元素として選定すればよい。
【0041】
ただし、測定により得られたスペクトルデータでは、レーザー照射1回毎のAlピークの強度変化に大きなばらつきが発生する。
図8は、Alピークに関するレーザー照射回数と発光強度との相関を示す図である。
図8は、横軸でレーザー照射回数を表し、縦軸で発光強度を表す。
図8に示すように、レーザー照射回数毎のAlピークの発光強度は、18000~24000カウントの範囲で大きくばらつくことがある。そのうえで、測定エリア201~204におけるAlピークの強度変化のばらつきと、比較エリア211~212におけるAlピークの強度変化のばらつきとの間に明確な違いは見られないことから、このばらつきは測定箇所による影響ではないといえる。そこで、レーザー照射回数毎でのばらつきによる影響を抑制するため、濃度算出部103は、試料片200に含まれる他の元素由来のピークとの発光強度の比を用いて濃度を計算する。以下では、特徴元素との比を求める他の元素を、「比較元素」と呼ぶ。
【0042】
ここで、発光強度の比を計算する際、特徴元素及び比較元素のピークの励起に関する上順位のエネルギーはできるだけ近いことが望ましい。これは、発光強度が上順位のエネルギーと強い相関があり、プラズマの温度がばらついた場合に、上順位のエネルギーが近い元素のピークの発光強度に同程度のばらつきが生じるためである。
【0043】
この点、Alピークに近接したピークとしては、Ti由来のピークが多く存在する。
図9は、Alピーク及びTiピークの関係を示す図である。
図9に示すように、Tiピークの中で波長が398.2nmのTiピークが、他のピークとの重なりあいが少なく、且つ、Alピークの励起に関する上順位のエネルギーが近いピークである。そこで、本実施例では、Tiを比較元素として、比較元素の検出に用いるピークの波長を398.2nmとする。
【0044】
ここで、本実施例では、濃度算出部103は、398.2nmの波長でのピークをTiピークとして用いることの通知を予め受ける。ただし、比較元素及び比較元素の分布の推定に用いるピークの選定についても、濃度算出部103が自動で行うことも可能である。例えば、濃度算出部103は、特徴元素のピークに近接したピークを多く有する元素を比較元素として決定し、その比較元素のピークの中で他のピークとの重なりあいが少なく、且つ、特徴元素のピークの励起に関する上順位のエネルギーが近いピークを選定すればよい。
【0045】
濃度算出部103は、波長が398.2nmのTiピークを用いて396.3nmのAlピークとの発光強度の比であるAl/Ti比を算出する。
図10は、レーザー照射回数とAl/Ti比との相関を示す図である。
図10に示すように、Al/Ti比を用いることで、レーザー照射回数による値のばらつきは小さくなる。
【0046】
また、測定エリア201~204及び比較エリア211~212のそれぞれのスペクトルデータから算出したAl/Ti比からヒストグラムを作成したところ、いずれもガウス分布に概ねしたがう形状が得られる。そして、各エリアのAl/Ti比のヒストグラムがガウス分布にしたがうことから、Al/Ti比の平均をAl/Ti比の代表値として取り扱うことが可能であるといえる。そこで、Al/Ti比の平均を求めてそれぞれを比較したところ、測定エリア201~204及び比較エリア211~212のいずれかのAl/Ti比が大きくなるなどの傾向は確認されなかった。そのため、平均値のばらつきは測定エリア201~204でのナノフィラーであるAl2O3の分布状態の違いを表すと考えられる。
【0047】
濃度算出部103は、各スペクトルデータの全てについてAl/Ti比を算出する。次に、濃度算出部103は、測定エリア201~204毎にAl/Ti比の平均を算出する。ここで、プラズマからの発光では多く含まれる元素ほど発光強度が大きくなる。すなわち、この場合の発光強度は、その元素の所定領域当たりの分布、すなわち含有率と考えることができる。さらに、含有率は濃度であるので、濃度算出部103は、特徴元素の発光強度から濃度を算出することができる。
【0048】
そこで、濃度算出部103は、測定エリア201~204毎のAl/Ti比から得られるAlの分布を、各測定エリア201~204におけるナノフィラーであるAl
2O
3の分布、すなわち含有率として求める。
図11は、各測定エリアでのAl/Ti比及び推定したAl
2O
3の含有率を示す図である。濃度算出部103は、例えば、測定エリア201~204の8つそれぞれについて、
図11に示すAl/Ti比を算出する。
【0049】
次に、濃度算出部103は、全てのスペクトルデータから得られたAl/Ti比の全平均を算出して、Al2O3のナノフィラーを1vol%充填時のAl/Ti比の基準値とする。ここで、本実施例では、濃度算出部103は、試料片200の測定エリア201~204におけるAl/Ti比の全平均をAl/Ti比の基準値としたが、基準値はこれに限らない。例えば、標準試料があれば、濃度算出部103は、その標準試料を用いた検量線を基に決定されるAl/Ti比の基準値を用いてもよい。また、過去の統計情報があれば、濃度算出部103は、統計情報を用いてAl/Ti比の基準値を算出してもよい。
【0050】
次に、濃度算出部103は、各測定エリア201~204において取得したAl/Ti比の平均値とAl/Ti比の基準値との偏差を算出する。例えば、濃度算出部103は、
図11における推定Al
2O
3含有率として表される値を測定エリア201~204それぞれの偏差として算出する。そして、濃度算出部103は、算出した偏差を用いて各測定エリア201~204におけるAl
2O
3のナノフィラー分布を評価する。例えば、各測定エリア201~204で偏差にほぼ偏りが無ければ、濃度算出部103は、各測定エリア201~204にナノフィラーが均等に分布しておりばらつきが小さいと判定する。また、各測定エリア201~204のうち偏差が他のエリアと大きく異なるエリアがある場合、濃度算出部103は、そのエリアの分布が他のエリアの分布と異なっておりばらつきが大きいと判定する。その後、濃度算出部103は、評価結果を表示装置112へ送信して表示させることで、利用者に評価結果を通知する。
【0051】
本実施例では、濃度算出部103は、
図11に示すように測定エリア201~204それぞれの推定Al
2O
3含有率を、0.96~1.04vol%として算出した。この結果により、濃度算出部103は、試料片200におけるAl
2O
3のナノフィラー粒子は、分布のばらつきが小さく且つ空間分布が試料片200のスケールで均一であると推定する。本実施例では、試料片200のスケールは、測定に用いたラインの間隔であるmmスケールから試料片200の全体のcmスケールの範囲である。
【0052】
なお、本実施例に係る空間分布評価装置10によるLIBSを用いたナノフィラー分布の評価では、数十nmの一次粒子の集まりであるナノフィラーの凝集の有無、すなわちナノフィラーの分散性については、空間分解能の面から評価することが困難である。ナノフィラーの分散性の評価については、既存のSEM観察などにより実施されることが好ましい。
【0053】
ここで、本実施例に係る空間分布評価装置10によるナノコンポジット絶縁材料中のナノフィラー分布の評価の妥当性を検証するため、XRF(X-Ray Fluorescence)装置を用いて、同じ試料片200の分析を行った。XRFで得られる情報は、検出された各元素のwt%である。そこで、この場合にもAl/Ti質量比を算出して、それらの平均値に対する偏差によりAl2O3含有率を算出した。
【0054】
図12は、XRF装置による分析結果を示す図である。XRF装置を用いた測定では、
図12に示すように、Al/Ti質量比は0.198~0.230と見積もられ、全8箇所の結果により算出した平均値に対する偏差は±10%以内となった。X線は測定対象物の密度によって透過性が異なる特性を持つことから、XRFはフィラー粒子量の多寡により検出深さが変化するため、ナノフィラー分布の定量的な評価に用いることは困難である。ただし、測定箇所毎に検出深さに関するばらつきがあったことを仮定しても、Al/Ti質量比のばらつきの範囲は大きいが、概ね本実施例に係る空間分布評価装置10によるナノフィラー分布の評価結果と対応する結果が得られた。このことから、本実施例に係る空間分布評価装置10の評価結果は妥当と考えられる。
【0055】
図13は、実施例に係る空間分布評価システムによるフィラー分布の評価処理のフローチャートである。次に、
図13を参照して、空間分布評価システム1によるフィラー分布の評価処理の流れについて説明する。
【0056】
レーザー光源11は、空間分布評価装置10の照射制御部101からの制御を受けて、レーザー光を照射する(ステップS1)。
【0057】
レーザー光源11から照射されたレーザーは、ミラー12及び13を経由して集光レンズ14に入射し、集光されて試料片200の表面に照射される。試料片200は、レーザーの照射を表面に受けて、試料片200に存在する原子が電離してプラズマが発生する。そして、発生したプラズマの原子やイオンが基底状態に戻るときに元素特有の光の波長を放出することで、プラズマからの発光が発生する(ステップS2)。
【0058】
プラズマからの発光により発生した光は、軸外放物面鏡15を経由して光ファイバ18の端面に結像する。光ファイバ18は、軸外放物面鏡15から入力された光を分光器19へ転送する。分光器19は、分光器19は、光ファイバ18から入力された光を波長毎に分光して検出器20へ出力する(ステップS3)。
【0059】
検出器20は、分光器19により分光された光の入力を受ける。そして、検出器20は、波長毎に光を検出して、スペクトルデータを生成する(ステップS4)。その後、検出器20は、生成したスペクトルデータを空間分布評価装置10へ出力する。
【0060】
空間分布評価装置10の照射制御部101は、全ての測定エリア201~204における全ラインの走査が終了したか否かを判定する(ステップS5)。実行する走査が残っている場合(ステップS5:否定)、照射制御部101は、次の走査を行わせるようにレーザー光源11を制御する。そして、評価処理はステップS1へ戻る。
【0061】
これに対して、全ての走査が終了した場合(ステップS5:肯定)、空間分布評価装置10のスペクトルデータ受信部102は、スペクトルデータを検出器20から受信して、濃度算出部103へ出力する。濃度算出部103は、取得したスペクトルデータから評価対象のフィラーに含まれる特徴元素の所定の波長を有するピークの発光強度を取得する(ステップS6)。
【0062】
次に、濃度算出部103は、取得したスペクトルデータから評価対象のフィラーに含まれる元素以外の所定の比較元素の特定の波長を有するピークの発光強度を取得する(ステップS7)。
【0063】
次に、濃度算出部103は、特徴元素のピークの発光強度と比較元素のピークの発光強度との比を算出する(ステップS8)。
【0064】
次に、濃度算出部103は、算出した全ての比の平均を算出して比の基準値を算出する(ステップS9)。
【0065】
次に、濃度算出部103は、測定エリア201~204毎の比の平均を算出する(ステップS10)。
【0066】
次に、濃度算出部103は、比の基準値と測定エリア201~204毎の比の平均との偏差から、測定エリア201~204毎のフィラーの推定含有率を算出する(ステップS11)。その後、濃度算出部103は、算出した測定エリア201~204毎のフィラーの推定含有率の情報を空間分布評価部104へ出力する。
【0067】
空間分布評価部104は、測定エリア201~204毎のフィラーの推定含有率の情報の入力を濃度算出部103から受ける。そして、空間分布評価部104は、測定エリア201~204毎のフィラーの推定含有率を比べて、測定エリア201~204毎のフィラー粒子の分布を評価する(ステップS12)。
【0068】
その後、空間分布評価部104は、評価結果を表示装置112へ送信して表示させることで、利用者に評価結果を通知する(ステップS13)。
【0069】
以上に説明したように、本実施例に係る空間分布評価システムは、LIBSを用いて各測定エリアにおけるスペクトルデータを取得する。そして、空間分布評価システムは、スペクトルデータからフィラーに含まれる特徴元素のピークにおける光強度及びフィラーに含まれる元素以外の比較元素のピークにおける光強度の比を求め、求めた比を用いて測定エリア毎の特徴元素の含有率、すなわちフィラーの濃度を算出して、各測定エリアにおけるフィラー粒子の分布を評価する。
【0070】
これにより、一定体積中に含まれるナノフィラー粒子の総量を濃度として捉え、空間分布評価を行うことが可能となる。また、試料の適当なサイズへの切断、必要に応じた樹脂中への包埋、観察断面の研磨、及び、真空蒸着装置などを用いた導電化処理などといった様々な処理を行わなくても良くなり、フィラー粒子の空間分布評価を容易に行うことができる。また、大型な形状や複雑な形状の試料であっても容易に分布の評価を行うことができる。さらに、2つの元素の比を用いることで、測定毎の光強度の変動を軽減することができ、より正確な空間分布評価を行うことが可能となる。さらに、測定したスペクトルデータから得られる光強度の平均値を分布の基準値として、基準値との偏差を用いて分布の評価を行うことで、含有率が未知のフィラーであっても分布を評価することが可能となる。
【0071】
ここで、本実施例では、特徴元素と比較元素とのピークの高さにあたる発光強度の比を用いて分散を評価したが、他にも、濃度分析装置は、特徴元素に由来するピークの高さ、あるいはピークにおける発光強度の積算値であるピークの面積、及び参照ピークとの面積比を用いて分散を評価してもよい。また、本実施例ではナノフィラー分布の評価を行う場合について説明したが、本実施例に係る空間分布評価システムは、同様の方法によりマイクロフィラーやその他の複合材料中の分散剤(例えば、ガラス繊維強化プラスチック中のガラス)のように、母材と元素組成が異なる内包物の分布の評価を行うことも可能である。
【0072】
さらに、本実施例では、LIBSを用いて空間分布評価を行ったが、他の方法を用いて各元素のスペクトルを取得して同様に空間分布評価を行うことも可能である。例えば、蛍光X線分析法(XRF)を用いてもよい。その場合、XRF顕微鏡や可搬型XRFにてある程度局所の元素スペクトルを取得可能であり、その取得した元素スペクトルから上述した方法で空間分布評価を行うことも可能である。また、ラマン分光法を用いてもよい。その場合、化学結合のスペクトルを取得することができ、フィラーに由来する化学結合ピークの高さを特徴元素に由来するピーク高さとして取り扱うことにより、上述した方法で空間分布評価を行うことも可能である。この場合も、大規模サンプルを前処理無く迅速に測定可能である。
【0073】
(ハードウェア構成)
図14は、空間分布評価装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
図14に示すように、空間分布評価装置10は、例えば、CPU(Central Processing Unit)91、メモリ92、ハードディスク93及びネットワークインタフェース94を有する。CPU91は、バスを介して、メモリ92、ハードディスク93及びネットワークインタフェース94と接続される。
【0074】
ネットワークインタフェース94は、空間分布評価装置10と外部装置との通信のインタフェースである。ネットワークインタフェース94は、例えば、CPU91と検出器20との間の通信を中継する。
【0075】
ハードディスク93は、補助記憶装置である。ハードディスク93は、例えば、スペクトルデータを格納する。また、ハードディスク93は、照射制御部101、スペクトルデータ受信部102、濃度算出部103及び空間分布評価部104の機能を実現するためのプログラムを含む各種プログラムを格納する。
【0076】
メモリ92は、主記憶装置である。メモリ92は、例えば、DRAM(Dynamic Random Access Memory)を用いることができる。
【0077】
CPU91は、ハードディスク93に格納された各種プログラムを読みだして、メモリ92に展開して実行する。これにより、CPU91は、スペクトルデータ受信部102、濃度算出部103及び空間分布評価部104の機能を実現する。