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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023179291
(43)【公開日】2023-12-19
(54)【発明の名称】接着細胞用培養基材及び分析方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20231212BHJP
   C08F 20/58 20060101ALI20231212BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C08F20/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022092537
(22)【出願日】2022-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】慈道 裕美子
(72)【発明者】
【氏名】平床 聖也
(72)【発明者】
【氏名】今富 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博之
【テーマコード(参考)】
4B029
4J100
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029BB11
4B029CC02
4J100AL08Q
4J100AM21P
4J100BA03P
4J100BA05Q
4J100BC43P
4J100CA01
4J100CA04
4J100JA50
(57)【要約】
【課題】
接着細胞を効率よく培養可能な細胞培養基材とその分析方法を提供すること。
【解決手段】
基材表面の還元性水酸基の量が0.10nmol/cm~0.40nmol/cmである細胞培養基材は、接着細胞の培養において高い細胞接着性と増殖性を発現する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面の還元性水酸基の量が0.10nmol/cm~0.40nmol/cmであることを特徴とする細胞培養基材。
【請求項2】
還元性水酸基がフェノール性水酸基であることを特徴とする、請求項1に記載の細胞培養基材。
【請求項3】
フェノール性水酸基がカテコールであることを特徴とする、請求項1または2に記載の細胞培養基材。
【請求項4】
カテコールが、N-(3,4-ジヒドロキシフェネチル)メタクリルアミドを含むポリマー由来であることを特徴とする、請求項1または2に記載の細胞培養基材。
【請求項5】
カテコールが、N-(3,4-ジヒドロキシフェネチル)メタクリルアミドを含むポリマー由来であることを特徴とする、請求項3に記載の細胞培養基材。
【請求項6】
基材表面の還元性水酸基の量をBCA法を用いて検出することを特徴とする、細胞培養基材の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接着細胞を効率よく培養可能な細胞培養基材及びその分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞を原料とするバイオ医薬品は薬効の高さから普及が期待されており、原料細胞を効率よく培養する技術に注目が集まっている。用いられる原料細胞には浮遊細胞と接着細胞があり、接着細胞は基材に接着することで増殖するため、基材への接着性が培養効率に影響を及ぼす。そこで、コラーゲンなどの細胞外マトリックスの被覆や、細胞接着性を有するポリマーの被覆により基材への細胞接着性を向上させる試みがなされている。タンパク質から成る細胞外マトリックスと比較して品質が安定するため、細胞接着性のポリマーを被覆した基材の研究が進められている。非特許文献1には、還元性水酸基を有するポリマーを被覆した基材において良好な細胞接着性を発現した例が報告されている。しかし、このような基材であっても細胞接着性にバラつきが生じ、実際に細胞培養を行った際に十分な細胞接着性を発現しない場合がある点が課題である。したがって、接着細胞が効率よく培養可能な基材とその品質を分析する方法が求められた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】S. H. Ku et al, “General functionalization route for cell adhesion on non-wetting surfaces”, Biomaterials, 31, 2010, p.2535-p.2541
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、接着細胞を効率よく培養可能な細胞培養基材とその分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、以上の点を鑑み、鋭意研究を重ねた結果、基材表面に特定量の還元性水酸基を有する細胞培養基材は、接着細胞の培養において高い細胞接着性と増殖性を発現することを見出し、本発明を完成した。すなわち本発明は以下の態様を包含する。
<1>基材表面の還元性水酸基の量が0.10nmol/cm~0.40nmol/cmであることを特徴とする細胞培養基材。
<2>還元性水酸基がフェノール性水酸基であることを特徴とする、<1>に記載の細胞培養基材。
<3>フェノール性水酸基がカテコールであることを特徴とする、<1>または<2>に記載の細胞培養基材。
<4>カテコールが、N-(3,4-ジヒドロキシフェネチル)メタクリルアミドを含むポリマー由来であることを特徴とする、<1>または<2>に記載の細胞培養基材。
<5>カテコールが、N-(3,4-ジヒドロキシフェネチル)メタクリルアミドを含むポリマー由来であることを特徴とする、<3>に記載の細胞培養基材。
<6>
基材表面の還元性水酸基の量をBCA法を用いて検出することを特徴とする、細胞培養基材の分析方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の細胞培養基材は、接着細胞の培養において高い細胞接着性を発現する。また、本発明の方法によって細胞培養基材表面の還元性水酸基量を評価することで、効率よく接着細胞を培養可能な基材を得られる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施の形態」という)について詳細に説明する。以下の本実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。本発明は、その趣旨の範囲内で適宜に変形して実施できる。
【0008】
本発明において、還元性水酸基とは還元性を示す水酸基(ヒドロキシ基)である。本発明の細胞培養基材は、基材表面の還元性水酸基の量が0.10nmol/cm~0.40nmol/cmである。良好な細胞接着性と増殖性を発現し、接着細胞を効率よく培養できる基材表面の還元性水酸基の量は、好ましくは0.15nmol/cm~0.40nmol/cmであり、さらに好ましくは0.20nmol/cm~0.40nmol/cmである。基材表面の還元性水酸基の量が0.10nmol/cmよりも少ないと、基材の細胞接着性が不十分であるため細胞が増殖せず、接着細胞を培養することができない。
【0009】
還元性水酸基の例として、フェノール性水酸基、アルコール性水酸基、還元糖の水酸基等が挙げられる。基材表面への付与が容易であることから、フェノール性水酸基が好ましい。
【0010】
フェノール性水酸基は、結合する水酸基の数によって1価フェノール、2価フェノール、3価フェノール等に分類される。本発明において特に限定はないが、2価フェノールの一つであるカテコールが還元性水酸基として好ましい。カテコールはベンゼン環のオルト位に二つの水酸基が結合した構造であり、水素結合や疎水性相互作用等の多様な相互作用を示すためである。
【0011】
本発明において、基材表面にカテコールを付与する方法として特に限定はなく、カテコールを有する化合物を化学的に結合させてもよく、カテコールを有する化合物を含む表面処理剤を用いて被覆させてもよい。カテコールを有する化合物の例として、2-(3,4―ジヒドロキシフェニル)エチルアミン、(3,4-ジヒドロキシフェニル)メチル(メタ)アクリレート、3,4-ジヒドロキシフェネチル(メタ)アクリレート、3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)プロピル(メタ)アクリレート、4-(3,4-ジヒドロキシフェニル)ブチル(メタ)アクリレート、N-(3,4-ジヒドロキシフェニル)メチル(メタ)アクリルアミド、N-(3,4-ジヒドロキシフェネチル)(メタ)アクリルアミド(以下、N-(3,4-ジヒドロキシフェネチル)メタクリルアミドを「DMA」と表記する)、N-[3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)プロピル](メタ)アクリルアミド、N-[4-(3,4-ジヒドロキシフェニル)ブチル](メタ)アクリルアミド等が挙げられる。
【0012】
カテコールを有する化合物を含む表面処理剤を被覆させる場合には上記のカテコールを有する化合物を重合したポリマーを有機溶媒に溶解し表面処理剤として用いることができる。また、基材への被覆性や有機溶媒への溶解性を向上させるためにカテコールを含まないモノマーを共重合したポリマーを用いてもよい。本発明においてカテコールを含むポリマーに特に限定はないが、他のモノマーとの共重合が比較的容易であることから、N-(3,4-ジヒドロキシフェネチル)メタクリルアミド(DMA)を用いたポリマーであることが好ましい。
【0013】
本発明において基材の材質に特に限定はなく、例として、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリオレフィン、アクリル系ポリマー、メタクリル酸系ポリマー、シリコーンゴム、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、金属、セラミックス、ガラス等が挙げられる。また、基材の形状は特に限定はなく、例として、板状、シャーレ状、フィルム状、ビーズ状、繊維状の形状のほか、板状の基材に設けられた穴や溝や突起なども挙げられる。
【0014】
本発明は細胞培養基材であり、適用可能な細胞は特に限定はないが、例として、間葉系幹細胞、チャイニーズハムスター卵巣由来CHO細胞、マウス結合組織L929細胞、ヒト胎児腎臓由来細胞HEK293細胞、ヒト子宮頸癌由来HeLa細胞、更に生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン細胞、グリア細胞、繊維芽細胞、生体の代謝に関与する肝実質細胞、肝非実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々の組織に存在する幹細胞、さらにはそれらから分化誘導した細胞等を用いることができる。これら以外でも、血液、リンパ液、髄液、喀痰、尿又は便に含まれる細胞や、体内あるいは環境中に存在する微生物、ウイルス、原虫等が挙げられる。
【0015】
また、本発明は基材表面の還元性水酸基の量をBCA法を用いて検出する、細胞培養基材の分析方法である。一般的に、BCA法はタンパク質の定量に用いられる。アルカリ条件下においてタンパク質のペプチド結合により2価の銅イオンを1価の銅イオンに還元し、得られた1価の銅イオンとBCA(ビシンコニン酸)が反応すると青紫色の複合体を形成する。このときの吸光度を測定し、標準タンパク質で作成した検量線を用いてタンパク質を定量する。
本発明では、基材表面に存在する還元性水酸基により2価の銅イオンを1価の銅イオンに還元してBCAとの複合体を形成したときの吸光度を測定し、還元性水酸基量が既知の標準サンプルで作成した検量線を用いることで基材表面の還元性水酸基を定量できる。細胞接着に必要な還元性水酸基が光や酸素により劣化した場合には2価の銅イオンの還元反応に関与せず吸光度が低下するため、BCA法の測定結果と細胞培養性能には相関があり、本発明の方法により細胞培養基材の品質を分析することができる。
【0016】
本発明において、BCA法に用いる2価の銅イオン濃度は0.1μmol/mL~5.0μmol/mLであることが好ましい。より好ましくは0.1μmol/mL~2.5μmol/mLであり、さらに好ましくは0.2μmol/mL~1.0μmol/mLである。0.1μmol/mLより低いと1価の銅イオンとBCAの複合体が形成されにくく、吸光度が著しく低くなるため好ましくない。また、5.0μmol/mLより高いと1価の銅イオンとBCAの複合体が過剰に形成され、吸光度が著しく高くなるため好ましくない。吸光度が0.05未満の著しく小さい場合と1.0以上の著しく大きい場合は基材表面の還元性水酸基量と吸光度の比例関係が成立しなくなり、定量が困難なためである。
【0017】
本発明において、BCA法は任意の温度で行うことができ、例として20℃の室温で行ってもよく、タンパク質の定量を行う場合と同様に37℃で行ってもよい。また、測定対象のサンプルにBCA溶液を加えてから吸光度を測定するまでの時間は任意に設定することができ、2価の銅イオンが1価の銅イオンに還元されBCAとの複合体を形成すればよいため、例として5分~30分間で行うことができる。
【実施例0018】
<検量線の作成>
PierceTM Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific(株)製)のReagent AとReagent Bを1000:1の割合で混合し、2価の銅イオン濃度が0.25μmol/mLのBCA溶液を調製した。DMAモノマーを任意の濃度でメタノールに溶解し、還元性水酸基量が既知の標準サンプルとした。標準サンプル25μLとBCA溶液200μLを混合して96ウェルプレートに加え、20℃の室温で10分間静置した後にプレートリーダー(コロナ電気(株)製、SH-1300Lab)を用いて562nmにおける吸光度を測定し、検量線を作成した。
【0019】
<細胞数の計測>
細胞懸濁液中から10μLを細胞数測定用スライド(Thermo Fisher Sc
ientific(株)製、商品名Countess Cell Counting Ch
amber Slid)に添加し自動セルカウンター(Thermo Fisher Sc
ientific(株)製、商品名Countess(R) II)を用いて、細胞数を測
定した。
【0020】
(実施例1)
カテコールを含むポリマーとしてpDMA(DMA=100mol%、数平均分子量44,000)を用い、pDMAの0.5wt%2-メトキシエタノール溶液を浮遊細胞用無処理ディッシュ(AGCテクノグラス(株)製、1010-060)に100μL滴下し、3000rpmで60秒間スピンコートすることで細胞培養基材1を作製した。 PierceTM Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific(株)製)のReagent AとReagent Bを1000:1の割合で混合し、2価の銅イオン濃度が0.25μmol/mLのBCA溶液を細胞培養基材1に1mL加え、20℃の室温で10分間静置した後にプレートリーダー(コロナ電気(株)製、SH-1300Lab)を用いて562nmにおける吸光度を測定した。検量線から細胞培養基材1の表面の還元性水酸基量を算出したところ、0.34nmol/cmであった。
【0021】
また、細胞培養基材1にヒト骨髄由来間葉系幹細胞(ロンザジャパン(株)製、Product Code:PT-2501)を1.0×10cells播種し、37℃、CO濃度5%で培養した。培養液にはCiMSTM-sAFを添加したCiMSTM-BM((株)細胞科学研究所製)を用いた。3日間培養後、トリプシンを用いて細胞を回収し細胞数を計測したところ、4.5×10cellsであった。
【0022】
(実施例2)
カテコールを含むポリマーとしてDMAと2―メトキシエチルアクリレート(MEA)のランダム共重合体p(DMA-ran-MEA)(DMA/MEA=40/60mol%、数平均分子量45,000)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で細胞培養基材2を作製し、細胞培養基材2の表面の還元性水酸基量を測定したところ、0.31nmol/cmであった。
【0023】
また、細胞培養基材2を用いて実施例1と同様の方法で細胞の培養と回収を行ったところ、細胞数は3.3×10cellsであった。
【0024】
(実施例3)
カテコールを含むポリマーとしてDMAとn-ブチルアクリレート(BA)のブロック共重合体p(DMA-b-BA)-1(DMA/BA=72/28mol%、数平均分子量106,000)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で細胞培養基材3を作製し、細胞培養基材3の表面の還元性水酸基量を測定したところ、0.18nmol/cmであった。
【0025】
また、細胞培養基材3を用いて実施例1と同様の方法で細胞の培養と回収を行ったところ、細胞数は2.9×10cellsであった。
【0026】
(実施例4)
カテコールを含むポリマーとしてDMAとBAのランダム共重合体p(DMA-ran-BA)(DMA/BA=70/30mol%、数平均分子量47,000)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で細胞培養基材4を作製し、細胞培養基材4の表面の還元性水酸基量を測定したところ、0.16nmol/cmであった。
【0027】
また、細胞培養基材4を用いて実施例1と同様の方法で細胞の培養と回収を行ったところ、細胞数は2.3×10cellsであった。
【0028】
(比較例1)
カテコールを含むポリマーとしてDMAとBAのブロック共重合体p(DMA-b-BA)-2(DMA/BA=52/48mol%、数平均分子量89,000)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で細胞培養基材5を作製し、細胞培養基材5の表面の還元性水酸基量を測定したところ、0.06nmol/cmであった。
【0029】
また、細胞培養基材5を用いて実施例1と同様の方法で細胞の培養と回収を行ったところ、細胞数は0.8×10cellsであり細胞が増殖しなかった。
【0030】
(比較例2)
カテコールを含むポリマーとしてpDMAを用いて、実施例1と同様の方法で作製した細胞培養基材を自然光に1か月間曝すことで細胞培養基材6を作製した。細胞培養基材6の表面の還元性水酸基量を測定したところ、0.08nmol/cmであった。
【0031】
また、細胞培養基材6を用いて実施例1と同様の方法で細胞の培養と回収を行ったところ、細胞数は1.6×10cellsであり細胞がほとんど増殖しなかった。
【0032】
(比較例3)
PierceTM Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific(株)製)のReagent AとReagent Bを5000:1の割合で混合し、2価の銅イオン濃度が0.05μmol/mLのBCA溶液を調製した。実施例1と同様の方法で作製した細胞培養基材1にBCA溶液を1mL加え、20℃の室温で10分間静置した後にプレートリーダー(コロナ電気(株)製、SH-1300Lab)を用いて562nmにおける吸光度を測定したところ、0.04であり、検出下限未満であるため還元性水酸基の定量が不可であった。
【0033】
(比較例4)
PierceTM Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific(株)製)のReagent AとReagent Bを48:1の割合で混合し、2価の銅イオン濃度が5.15μmol/mLのBCA溶液を調製した。実施例1と同様の方法で作製した細胞培養基材1にBCA溶液を1mL加え、20℃の室温で10分間静置した後にプレートリーダー(コロナ電気(株)製、SH-1300Lab)を用いて562nmにおける吸光度を測定したところ1.60であり、検出上限を超えているため還元性水酸基の定量が不可であった。
【0034】
【表1】