(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023179371
(43)【公開日】2023-12-19
(54)【発明の名称】膜の分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/28 20060101AFI20231212BHJP
G01N 1/36 20060101ALI20231212BHJP
G01N 23/04 20180101ALI20231212BHJP
H01J 37/28 20060101ALI20231212BHJP
B82Y 30/00 20110101ALN20231212BHJP
【FI】
G01N1/28 N
G01N1/36
G01N1/28 F
G01N23/04 330
H01J37/28 C
B82Y30/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023085345
(22)【出願日】2023-05-24
(31)【優先権主張番号】P 2022091997
(32)【優先日】2022-06-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(72)【発明者】
【氏名】檜垣 秀美
【テーマコード(参考)】
2G001
2G052
5C101
【Fターム(参考)】
2G001AA03
2G001BA11
2G001BA14
2G001CA03
2G001DA09
2G001HA13
2G001KA05
2G001KA11
2G001NA03
2G001NA07
2G001NA10
2G001NA11
2G001NA15
2G001NA17
2G001RA01
2G001RA08
2G052AA13
2G052AB27
2G052AD32
2G052AD52
2G052EC14
2G052EC18
2G052FA01
2G052FD06
2G052GA18
2G052GA34
2G052JA08
5C101AA05
5C101AA14
5C101AA32
5C101FF12
5C101FF22
5C101FF25
5C101FF26
5C101FF50
5C101HH11
5C101HH16
5C101HH19
5C101HH38
(57)【要約】
【課題】基材の表面に存在している付着層である膜の膜厚を測定できる、膜の分析方法を提供する。
【解決手段】基材の表面に存在している付着層である二酸化けい素膜の分析方法であって、前記二酸化けい素膜における前記基材と反対側の面に蒸着層を設ける工程と、前記蒸着層が設けられた基材を樹脂で包埋して樹脂包埋試料を作製する工程と、前記樹脂包埋試料を用いて、前記基材と前記二酸化けい素膜との接合部、前記二酸化けい素膜と前記蒸着層との接合部、および前記包埋樹脂とを含む薄片試料を作製する工程と、前記薄片試料を走査透過電子顕微鏡に装填し、前記基材と前記二酸化けい素膜と前記蒸着層とのZコントラスト像を得る工程と、前記Zコントラスト像を用いて、前記二酸化けい素膜の膜厚を測定する工程とを有する膜の分析方法を提供する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に存在している付着層である二酸化けい素膜の分析方法であって、
前記二酸化けい素膜における前記基材と反対側の面に蒸着層を設ける工程と、
前記蒸着層が設けられた前記基材を樹脂で包埋して樹脂包埋試料を作製する工程と、
前記樹脂包埋試料を用いて、前記基材と前記二酸化けい素膜との接合部、前記二酸化けい素膜と前記蒸着層との接合部、および前記樹脂とを含む薄片試料を作製する工程と、
前記薄片試料を走査透過電子顕微鏡に装填し、前記基材と前記二酸化けい素膜と前記蒸着層とのZコントラスト像を得る工程と、
前記Zコントラスト像を用いて、前記二酸化けい素膜の膜厚を測定する工程とを有することを特徴とする膜の分析方法。
但し、前記基材を構成する物質および前記蒸着層を構成する物質は、前記二酸化けい素の平均原子番号より、大きな原子番号または大きな平均原子番号を有する物質である。
【請求項2】
前記蒸着層が金属オスミウム膜であることを特徴とする請求項1に記載の膜の分析方法。
【請求項3】
前記薄片試料を作製する工程において、集束イオンビームを用いて前記薄片試料を作製することを特徴とする請求項1または2に記載の膜の分析方法。
【請求項4】
前記基材が、鉄、ニッケル、コバルトから選択される1種以上の元素を含む磁性粉体であることを特徴とする請求項1または2に記載の膜の分析方法。
【請求項5】
前記Zコントラスト像を用いて、前記基材と前記二酸化けい素膜とのコントラストの差、および、前記二酸化けい素膜と前記蒸着層とのコントラストの差から、前記二酸化けい素膜の膜厚を測定することを特徴とする請求項1または2に記載の膜の分析方法。
【請求項6】
前記基材の凝集を解いた後に、前記二酸化けい素膜における前記基材と反対側の面に前記蒸着層を設けることを特徴とする請求項1または2に記載の膜の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面に存在している付着層である膜の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、例えばエレクトロニクスの分野において、磁性部品に対し磁気特性向上に加えて高周波化への対応が求められている。このため、例えば圧粉コアの材料には、磁束密度が高いとともに損失の低減が求められている。ここで、渦電流損失を抑えるためには、磁性部品で用いる金属粉(本明細書において、合金粉も含む。)等の、磁性粉体の表面に薄い絶縁膜を施し、粒子間の渦電流を低減することが有効である。
【0003】
基材の表面に膜厚10nm程度のごく薄い絶縁膜(本明細書において、付着層と記載する場合がある。)を形成させる際、当該絶縁膜の膜厚が厚すぎると基材の導電性が低下する問題が生じる。一方、当該絶縁膜の膜厚が薄すぎると絶縁膜の破損のリスクが増大する問題が生じる。そして、例えば、絶縁膜が一部欠落してしまうようなコーティングの欠陥が生じると基材の耐候性低下等の問題が生じる。そのため、基材である磁性粉体の表面に存在している付着層の成膜状態を把握するため、その膜厚を測定する方法が求められている。
【0004】
一方、画像により付着層の膜厚を測定する方法もあり、光学顕微鏡(本明細書において、OMと記載する場合がある。)、走査型電子顕微鏡(本明細書において、SEMと記載する場合がある。)、透過型電子顕微鏡(本明細書において、TEMと記載する場合がある。)による撮像が挙げられる。
【0005】
特許文献1には、TEMで観察するための試料の作製方法に関し、元のサンプルの表面近くの変化が少ないTEM用の試料の作製方法を提供する技術が提案されている。
特許文献2には、XPS測定によりシリコン酸化物被膜層の平均膜厚を測定する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006-329743号公報
【特許文献2】特開2021-085065号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1には、粉体試料への適用について何らの記載もない。
また、特許文献2に記載のXPS測定では、付着層の平均的な膜厚が測定できるだけであって、付着層が一部欠損しているような箇所をピンポイントに検出することができないという課題があった。
一方、OMには分解能が約150nmであるという課題があった。
【0008】
SEMやTEMには、測定の際に発生する特性X線を検出することができるエネルギー分散型X線検出器(本明細書において、EDSと記載する場合がある。)が備え付けられることが多い。EDSでは特性X線のエネルギー値が元素により固有である特徴を生かして、所定元素の同定とマッピング分析により所定元素の分布を把握することができる。そこで、所定元素の同定とマッピング分析により基材上の付着層の膜厚を測定することができる。
【0009】
しかし、検出する特性X線は、その発生領域が空間的な広がりをもつため、高倍率にするほど実際の膜厚よりも大きな数値が得られてしまう場合があるという課題があった。また、遷移金属元素からは複数の特性X線が検出される場合が多いので、基材が遷移金属元素から構成されている場合、発生する特性X線のエネルギー値と、付着層を構成する元素から発生する特性X線のエネルギー値とがほとんど一致する場合がある。その場合は、それぞれのX線を区別できず、付着層の膜厚を測定することが困難となるという課題があった。
【0010】
本発明は、上述の状況の下でなされたものであり、その解決しようとする課題は、基材の表面に存在している付着層である二酸化けい素膜の膜厚を測定する、膜の分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは研究の結果、走査透過電子顕微鏡(本明細書において、STEMと記載する場合がある。)を用いて、高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法(High-Angle Annular Dark Field Scanning Transmission Electron Microscopy:本明細書において、HAADF-STEM法と記載する場合がある)を採用することにより、付着層である膜の膜厚測定を行う構成に想到した。HAADF-STEM法では、原子番号(Z)の二乗に比例したコントラストが得られることから、Zコントラスト像(本明細書において、ZC像と記載する場合がある。)と呼ばれる散乱電子像が撮像できる。そしてZC像においてコントラストが高い、即ち、明るく撮像される部分ほど原子番号が大きいものであることがわかる。つまり、ZC像における部分間のコントラストの差から、当該部分間の原子番号の大小を判断することができる。複数の元素を含む化合物の場合は、当該化合物に含まれるそれぞれの元素の質量濃度に応じて、原子番号を按分した値を平均原子番号として算出する。例えば、水の平均原子番号は、水素の原子番号が1で酸素の原子番号が8なので、(1×2)×2/3+8×1/3≒3となる。複数の元素を含む化合物においては、当該平均原子番号の二乗に比例したコントラストが得られる。
【0012】
本発明者は、付着層が二酸化けい素膜の場合、二酸化けい素の平均原子番号より基材を構成する物質の平均原子番号の方が大きくなることから、ZC像を観測した場合にコントラスト差が得られることに想到した。
ここで、本発明者らはさらに研究を継続し、付着層における基材と反対側の面へ、当該付着層を構成する膜物質の平均原子番号より、相対的に大きな原子番号または大きな平均原子番号を有する膜物質で構成される蒸着層を設ける構成に想到した。
【0013】
上述した構成により、付着層は、基材と蒸着層との間に挟まれることとなり、基材-付着層、付着層-蒸着層を視野に含むZC像において、基材-付着層間のコントラスト差も、付着層-蒸着層間のコントラスト差も明確となる。この結果、ZC像を用いて基材と蒸着層とに挟まれた付着層の膜厚測定することが可能となり、上述の課題を解決することができた。
【0014】
即ち、上述の課題を解決する第1の発明は、
基材の表面に存在している付着層である二酸化けい素膜の分析方法であって、
前記二酸化けい素膜における前記基材と反対側の面に蒸着層を設ける工程と、
前記蒸着層が設けられた前記基材を樹脂で包埋して樹脂包埋試料を作製する工程と、
前記樹脂包埋試料を用いて、前記基材と前記二酸化けい素膜との接合部、前記二酸化けい素膜と前記蒸着層との接合部、および前記包埋樹脂とを含む薄片試料を作製する工程と、
前記薄片試料を走査透過電子顕微鏡に装填し、前記基材と前記二酸化けい素膜と前記蒸着層とのZコントラスト像を得る工程と、
前記Zコントラスト像を用いて、前記二酸化けい素膜の膜厚を測定する工程とを有することを特徴とする膜の分析方法である。
但し、前記基材を構成する物質および前記蒸着層を構成する物質は、前記二酸化けい素の平均原子番号より、大きな原子番号または大きな平均原子番号を有する物質である。
第2の発明は、
前記蒸着層が金属オスミウム膜であることを特徴とする第1の発明に記載の膜の分析方法である。
第3の発明は、
前記薄片試料を作製する工程において、集束イオンビームを用いて前記薄片試料を作製することを特徴とする第1または第2の発明に記載の膜の分析方法である。
第4の発明は、
前記基材が、鉄、ニッケル、コバルトから選択される1種以上の元素を含む磁性粉体であることを特徴とする第1または第2の発明に記載の膜の分析方法である。
第5の発明は、
前記Zコントラスト像を用いて、前記基材と前記二酸化けい素膜とのコントラストの差、および、前記二酸化けい素膜と前記蒸着層とのコントラストの差から、前記二酸化けい素膜の膜厚を測定することを特徴とする第1または第2の発明に記載の膜の分析方法である。
第6の発明は、
前記基材の凝集を解して後に、前記二酸化けい素膜における前記基材と反対側の面に前記蒸着層を設けることを特徴とする第1または第2の発明に記載の膜の分析方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、基材である磁性粉体の表面に存在している二酸化けい素膜の膜厚測定をすることができた。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例1の被測定試料である1粒子全体のZC像(10万倍)である。
【
図2】
図1に示した1粒子のZC像(50万倍)である。
【
図3】比較例1の被測定試料である1粒子のZC像(50万倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
STEMはSEMやTEMと異なり、HAADF-STEM法を採用することにより、被測定対象である試料を構成する物質の、原子番号または平均原子番号の二乗に比例したコントラスト情報が得られるZC像を撮像できる。ZC像においては、試料を構成する物質の原子番号または平均原子番号が大きいほど高コントラスト、即ち明るく観察される。
さらにZC像は、特性X線に比べてその発生領域の空間的な広がりが小さい散乱電子を検出する方法であるため、膜厚が10nm程度の薄膜であっても正確な膜厚が測定できる。
【0018】
本発明では、基材の表面に存在している付着層である膜の膜厚測定において、付着層における基材と反対側の面へ、当該付着層を構成する膜物質の平均原子番号より、相対的に大きな原子番号または平均原子番号を有する物質で構成される蒸着層の膜を形成している。当該蒸着層の膜を形成するには、蒸着法等の便宜な方法を用いることができる。この結果、付着層は、基材と蒸着層との間に挟まれることとなる。
一方、上述したように、基材を構成する物質の平均原子番号は、付着層を構成する二酸化けい素膜の平均原子番号より相対的に大きい。
【0019】
そこで、前記付着層との接合部、および、前記付着層と前記蒸着層との接合部を含む薄片試料を作製し、STEMでHAADF-STEM法によりZC像を撮像すれば、基材-付着層間のコントラスト差も、付着層-蒸着層間のコントラスト差も明確となる。この結果、ZC像より基材と蒸着層との間隔を測定することで、付着層である膜の膜厚が精密に測定でき、さらに、基材-付着層間の境界における膜の凹凸や欠陥の有無等の状況を測定することができ、付着層-蒸着層間の境界の状況から付着層の表面における膜の凹凸や欠陥の有無等の成膜状態を測定することができる。
【0020】
そして、基材-付着層間のコントラスト差や、付着層-蒸着層間のコントラスト差を明確なものとするためには、基材を構成する物質と付着層を構成する物質とにおける平均原子番号の二乗の差が大きく、且つ、付着層を構成する物質の平均原子番号の二乗と、蒸着層を構成する物質の原子番号または平均原子番号の二乗との差が大きいことが好ましい。
【0021】
さらに、基材や付着層の材質や形状によっては、付着層を有する基材を適宜な樹脂で包埋して樹脂包埋試料とすることが便宜あるいは必要な場合がある。例えば、基材や付着層が脆性の高いものである場合、基材が粉体である場合、等である。即ち、基材が粉体である場合、本発明を好ましく適用することができる。
【0022】
ここで、付着層を有する基材を適宜な樹脂で包埋して樹脂包埋試料とする場合、付着層である膜物質の平均原子番号と包埋樹脂の平均原子番号との差が小さいと、ZC像において付着層と包埋樹脂とのコントラスト差が小さくなり、付着層の膜厚測定が困難になる。そこで、付着層における基材と反対側の面へ、当該付着層を構成する物質の平均原子番号より、相対的に大きな平均原子番号を有する物質で構成される蒸着層を設ける構成は、付着層を構成する膜物質の平均原子番号に拘わりなく、適宜な樹脂を用いて樹脂包埋試料を作製できるという効果を発揮する。
【0023】
特に、基材が磁性粉体であり、STEMは電磁石を組み合わせて構成された磁界レンズを使用しているため、誤って基材を磁界レンズに付着させないように基材を固定させなければならない。基材の固定方法としては、樹脂包埋試料を作製することが一般的である。そして、樹脂包埋試料を薄片化して、前記付着層との接合部、前記付着層と前記蒸着層との接合部、および、前記蒸着層と前記包埋樹脂との接合部を含む薄片試料とし、STEMへ装填しHAADF-STEM法でZC像を撮像する。
【0024】
以下、基材として磁性粉体を用い、付着層として二酸化けい素膜を用い、蒸着層として金属オスミウム膜を用い、包埋樹脂としてエポキシ樹脂を用いた場合を例示しながら、本発明の一実施形態に係る付着層の膜厚の測定方法について、1.試料準備工程、2.蒸着層形成工程、3.樹脂包埋工程、4.試料加工工程、5.試料測定工程、の順で説明する。
【0025】
1.試料準備工程
本工程では、試料台へ付着層が形成された基材を固定した。なお、試料台を使用するのは、後述の樹脂包埋試料の表面を平坦とし、集束イオンビーム(本明細書において、FIBと記載する場合がある。)装置での薄片加工を容易にするためである。当該観点から、試料台としてはSEM用の試料台が好適である。
【0026】
なお、本工程においては、基材として、磁性粉体である鉄-ニッケル系合金(鉄50モル%およびニッケル50モル%を含む。)の球状粉体を用いた場合を例として説明する。
付着層には、絶縁性を有し安価である二酸化けい素を用いている。二酸化けい素膜の原料は、シリコンアルコキシド(アルキルシリケートと呼ばれることがある)を原料にすることが好ましい。さらにテトラエトキシシランは、シリコンアルコキシドの中でも有害性が低く入手が容易で安価なため好適である。
基材をテトラエトキシシランで処理することにより、二酸化けい素を主成分とした付着層を有する基材が得られる。
【0027】
このとき、得られた基材が凝集している場合があるが、基材が凝集していると、後工程において、付着層における基材と反対側の面に蒸着層を設ける工程で、凝集している基材の付着層へ蒸着層を形成するのが困難になる。そこで、基材が凝集している場合は、乾式処理または湿式処理によって当該凝集を解すること肝要である。
【0028】
乾式処理にて基材の凝集を解する場合は、例えば、株式会社堀場製作所製「粒子分散ユニット Particle Disperser」を用いる方法、乾式粒度分布測定装置に備え付けられているオプションユニット(例えば、ジャスコインタナショナル株式会社製 VD-400nanoのオプションの分散器)を用いる方法がある。これらの装置を用いて、凝集している基材の凝集を解くことができる。
乾式処理は、基材の凝集を解することが十分に進むこと、基材の材質を選ばない観点から優れた方法である。
【0029】
湿式処理にて基材の凝集を解する場合は、針や爪楊枝等の尖端部に凝集した基材を付着させる。その後、針や爪楊枝の尖端部に付着している凝集した基材へアルコールを1滴垂らし、当該尖端部を平面板上へ軽い力で擦り付けて広げて、凝集が解された基材を得る(本発明において「アルコール分散」と記載する場合がある)。
湿式処理は、基材の試料量が少ない場合に適した方法である。
尚、後述する「2.蒸着層形成工程」の実施後に、粒子同士が接触している箇所が見出された場合、当該凝集部はオスミウム蒸着層が粒子全体に形成されていないので、再度、その箇所についてアルコール分散を行う。必要に応じて、アルコール分散操作を複数回行う場合もある。
【0030】
次に、試料台にカーボンペーストを塗布し、当該カーボンペーストの上に導電性シリコンウエハを固定し、当該シリコンウエハの上面に、両面に粘着剤があるカーボンテープを貼り付ける。カーボンテープは不純物が少ないSEM用のカーボンテープが好ましい。
なお、ここで導電性シリコンウエハを使用するのは、後工程にてFIB装置を用いて薄片加工する場合、チャージアップが生じないように、後述の樹脂包埋試料に導電性をもたせるためである。
【0031】
ここで、上述した基材、或いは、さらに凝集を解した基材をカーボンテープの上面に載せて固定する。基材をカーボンテープの上面に固定するには、基材をカーボンテープの上面に散布した後に、上からスパチュラ等で押し付けて固定すればよい。
【0032】
2.蒸着層形成工程
本工程は、試料準備工程で得たカーボンテープに固定された基材へ、蒸着層を形成する工程である。
例えば、基材である磁性粉体へ付着層として二酸化けい素膜を付着させた付着層を有する基材を、後工程である樹脂包埋工程において、エポキシ樹脂で樹脂包埋して樹脂包埋試料を作製した場合、基材や各層の平均原子番号は次のようになる。
基材は、鉄とニッケルのモル%が1:1であるため、鉄の原子番号26、ニッケルの原子番号28より、平均原子番号は27となり、その二乗は729となる。
付着層である二酸化けい素膜の平均原子番号は10となり、その二乗は100となる。
包埋樹脂である一般的なビスフェノールA型エポキシ樹脂の主骨格は-C18H20O3-]n(nは繰り返し数であり2以上の整数である。)と表すことができるので、エポキシ樹脂の平均原子番号は4程度と見積もられ、その二乗は16程度となる。なお、エポキシ樹脂は硬化剤により三次元構造を形成して硬化するが、一般的にエポキシ樹脂の主骨格の分子量に対して硬化剤の分子量は小さいため、上述の計算式によりエポキシ樹脂の平均原子番号を見積もった。
【0033】
図3は、後述する比較例1において、被測定試料である1粒子のZC像(50万倍)である。具体的には、蒸着層を設けずに二酸化けい素膜を付着層とした基材をエポキシ樹脂で包埋して薄片加工したものを、HAADF-STEM法でZC像を撮像したものであるが、付着層を観察することができなかった。これは、付着層の二酸化けい素膜の平均原子番号の二乗と、包埋樹脂であるエポキシ樹脂の平均原子番号の二乗との差が小さく、コントラスト差がほとんど生じず判別ができなかったためであると考えらえる。
一方、基材である遷移金属の合金粉は明るく撮像された。包埋樹脂であるエポキシ樹脂または付着層である二酸化けい素膜の平均原子番号の二乗と、基材である遷移金属の平均原子番号の二乗との差が600以上と大きく、コントラスト差が生じたためであると考えられる。
【0034】
そこで、付着層の膜厚測定を実施するために、本発明では付着層における基材と反対側の面に、付着層の平均原子番号より大きな原子番号または平均原子番号を持つ蒸着層を設ける。蒸着層である膜の膜厚は、10nm以上30nm以下程度となるように成膜するのが好ましい。
【0035】
蒸着層に用いる膜物質としては、白金、金、オスミウム等が考えられるが、形成方法を考慮するとオスミウムが好ましい。これは、白金や金の場合はイオンスパッタによる成膜になるため、スパッタリングターゲットに正対した部分にのみ成膜がなされることによる。これに対し、オスミウムの場合は、四酸化オスミウムを真空下でガス状にしてプラズマ放電を行い、基材を負極電極上に絶縁して設置し、金属オスミウム膜として基材表面に成膜する。即ち、オスミウムを用いた場合は、ガス状の四酸化オスミウムにより製膜されるので回り込み性能が高く、基材が粉体であったとしても基材全体に金属オスミウム膜が成膜されることによる。この結果、後述する樹脂包埋工程において付着層と包埋樹脂との接触が無くなる。そして、基材が粉体の場合には、基材に付着した付着層の全体に金属オスミウム膜が成膜され、基材を構成する粉体粒子の全体において、付着層である膜の膜厚や成膜状態を測定することができる。
【0036】
さらに、オスミウムの原子番号は76と、白金の原子番号78、金の原子番号79と並んで高く、金属オスミウムの原子番号の二乗は、付着層を構成する二酸化けい素の平均原子番号の二乗に対して差を充分に確保できると考えられ、HAADF-STEMのZC像においてはコントラストの差が大きく観察される。
【0037】
尤も、蒸着層の形成の際、毒性が高く、かつ強酸化剤の四酸化オスミウムを使用する際の取り扱いには注意が必要である。そのため、TEM、STEMまたはSEMで導電性の低い試料を観察する場合に、導電性をもたせるために金属オスミウムをコーティングするときに用いるオスミウムコーターを使用して、安全に蒸着層の形成を行うことが好ましい。
【0038】
3.樹脂包埋工程
本工程は、基材を樹脂に包埋して固定する工程である。
上述したように、STEMは、電磁石を組み合わせて構成された磁界レンズを使用して試料を測定しているので、基材が磁性粉体である場合は、当該基材を誤って磁界レンズに付着させないように基材を固定するため樹脂包埋試料を作製する。
【0039】
樹脂包埋工程では、蒸着層形成工程にて蒸着層を形成した基材の上へ、硬化前の樹脂を滴下する等して、樹脂包埋試料を作製する。包埋樹脂としては、後述する試料加工工程の際に発生する熱によって分解しないものなら良く、エポキシ樹脂(平均原子番号4)が好適である。耐熱型の2-シアノアクリレート系樹脂(平均原子番号4)も好ましい。
【0040】
後述する試料加工工程においては、包埋樹脂量が少ない方が好ましいとの観点から、実体顕微鏡を用いて観察しながら樹脂包埋操作をおこない、硬化前の余剰の樹脂を紙縒り等で吸い取り、硬化前の樹脂で基材が覆われる範囲をできるだけ薄くすることが好ましい。包埋樹脂が室温硬化型の樹脂の場合はそのまま放置して硬化させ、熱硬化型の樹脂の場合は適切な温度および時間で硬化させて樹脂包埋試料を作製する。
【0041】
4.試料加工工程
本工程は、基材をSTEMに装填するため、FIBを用いて観察用試料を作製する工程である。
FIBを用いて薄片加工を行う場合は、蒸着層を形成した基材あるいは樹脂包埋工程で作製した樹脂包埋試料へ白金蒸着を施す。その後、白金蒸着を施した箇所から、前記付着層との接合部、前記付着層と前記蒸着層との接合部、および、樹脂包埋試料の場合はさらに前記蒸着層と前記包埋樹脂との接合部を含む部分をFIB装置で切り出して試料片とし、当該試料片を銅製のメッシュに固定する。続いて、メッシュに固定した試料片に対してFIB装置によりガリウムイオンを照射し、厚さ100nm以下となるまで薄片加工を施し、観察用試料を作製する。
【0042】
5.試料測定工程
本工程は、STEMを用いてHAADF-STEM法で観察用試料からZC像を撮像し、得られたZC像から基材の付着層の膜厚を測定する工程である。
観察用試料をSTEMに装填し、観察用試料に存在する基材全体に付着層が形成できていることを確認できる倍率に設定してZC像を撮像する。当該ZC像より、基材全体に付着層が形成されていることを確認した。
【0043】
ZC像より、基材全体に付着層が形成されていることが確認した後、必要に応じて、STEMの倍率を着層の膜厚が測定できる倍率に再設定して、再度、ZC像を撮像することも好ましい。
例えば、観察用試料に存在する基材全体に付着層が形成できていることを確認する際のSTEMの倍率は10万倍とし、付着層の膜厚を測定する際の倍率は50万倍とすればよい。
【0044】
基材の平均原子番号の二乗と付着層である膜の平均原子番号の二乗との差、および、付着層の平均原子番号の二乗の値と蒸着層である膜の平均原子番号の二乗との差により、基材-付着層の間、付着層-蒸着層の間にはコントラスト差がある。そこで、基材と蒸着層との間隔として付着層である付着層の膜厚を測定することができる。当該方法によって、膜厚10nm程度の付着層の膜厚測定が可能となる。
【0045】
このとき、基材である磁性粉体の平均原子番号の二乗が、付着層である二酸化けい素膜の平均原子番号の二乗を大きく上回ること、付着層の平均原子番号の二乗より蒸着層である金属オスミウムの原子番号の二乗が大きく上回ることから、基材-付着層の間、付着層-蒸着層の間のコントラスト差は明確であり好ましい。
【0046】
基材-付着層-蒸着層間のコントラスト差が明確になることにより、基材と蒸着層との間隔として付着層の膜厚が測定できる。さらに、例えば、付着層の凹凸、一部欠落のようなコーティング欠陥の有無を調べるといった成膜状態の測定ができる。
【実施例0047】
以下、実施例を参照しながら本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0048】
(実施例1)
平均粒径が0.3μm(300nm)から0.5μm(500nm)である球状の鉄-ニッケル系合金粉(鉄50モル%およびニッケル50モル%を含む)へ、テトラエトキシシラン(富士フイルム和光純薬株式会社製)を反応させて、付着層である二酸化けい素膜が表面に形成された基材である磁性粉体を準備した。
【0049】
基材である磁性粉体は凝集していた。そこで、針の尖端部に付着させた磁性粉体へ、アルコールとしてエタノール(富士フイルム和光純薬株式会社製 エタノール(99.5)和光一級)を1滴垂らし、当該尖端部をガラスの平板上へ軽い力で擦り付けて、湿式処理(アルコール分散法)により磁性粉体の凝集を解いた。
【0050】
次に、SEM用の試料台(日本電子株式会社製 カーボン試料台 直径10mm、高さ9mm)の上にカーボンペースト(日新EM株式会社製 カーホ゛ンヘ゜ースト)を薄く塗布し、当該カーボンペーストの上に縦2.5mm、横2.5mm、厚さ0.5mmのシリコンウエハ(イーエムジャパン株式会社製 スーハ゜ースムースシリコンマウント No.G3390)を固定した。
【0051】
そして、当該シリコンウエハの上に、両面に粘着面があるSEM用のカーボンテープ(日新EM株式会社製 Cat.No.7321 幅8mm 長さ20m)を縦2mm、横2mmに切り取って貼り付けた。次に、当該カーボンテープの、シリコンウエハに貼り付けた側とは反対側の粘着面へ、凝集を解いた基材をスパチュラで押さえつけながら載せて固定した。その後、カーボンテープに固定できなかった基材は、ブロアを用いて吹き飛ばして除去し、SEM用の試料台に固定した基材を得た。
【0052】
次に、SEM用の試料台に固定した基材を、オスミウムコーター(日本レーザー電子株式会社製 NL-OPC80N)に入れ、10秒間ずつ計5回、金属オスミウムのコーティングを実施し、二酸化けい素膜が表面に形成された基材上へ、金属オスミウム膜の蒸着層を形成した。このときの基材における蒸着層である金属オスミウム膜の膜厚は30nm程度とした。
【0053】
ここで、基材である鉄50モル%およびニッケル50モル%粒子の平均原子番号は27で平均原子番号の二乗が729、付着層である二酸化けい素膜の平均原子番号は10で平均原子番号の二乗が100、蒸着層である金属オスミウムの原子番号は76で原子番号の二乗が5776ある。従って、ZC像において、基材-付着層、付着層-蒸着層間で十分なコントラスト差が得られることが判明した。
【0054】
次に、蒸着層が形成された基材の上から、エポキシ樹脂(GATAN社製 エポキシ(G2))(平均原子番号は4)をスポイトで1滴垂らした後、基材を包埋していない過剰分のエポキシ樹脂を、紙縒りを用いて除去した。そして、SEM用の試料台に固定した基材を、ホットプレートで120℃、15分間加熱しエポキシ樹脂を硬化させた。これにより、蒸着層が形成された基材をエポキシ樹脂で包埋した実施例1に係る樹脂包埋試料を得た。
【0055】
次に、樹脂包埋試料に白金蒸着を施し、その上部をFIB装置(日立ハイテクノロジーズ株式会社製FB-2100)により縦15μm、横20μm、厚さ5μmの大きさに切り出し、試料片を得た。次に、この試料片を銅製のメッシュに固定した。続いて、銅製のメッシュに固定した試料片に対して、FIB装置によりガリウムイオンを照射して、厚さ100nmまで薄片加工を施して実施例1に係る観察用試料を得た。
【0056】
次に、得られた観察用試料をSTEM(日立ハイテクノロジーズ株式会社製HD-2300A)に装填し、加速電圧200kVの電子線を照射し、倍率10万倍でHAADF-STEM法によりZC像を撮像した。撮像された実施例1の被測定試料である1粒子全体のZC像(10万倍)を
図1に示す。
【0057】
図1に示されたように、平均原子番号が相対的に大きい蒸着層(金属オスミウム膜)と基材(鉄-ニッケル系合金粉)とは、明るいコントラストで示され、基材よりも原子番号の二乗が大きい金属オスミウム膜の方がより明るいコントラストで示された。そして、被測定対象である1粒の基材全体に金属オスミウム膜が形成されていることも確認できた。また、蒸着層と基材との間の暗いコントラストの部分が、平均原子番号が相対的に小さい付着層(二酸化けい素膜)であることも確認できた。
なお、観察用試料を包埋している包埋樹脂であるエポキシ樹脂の平均原子番号は4程度で、平均原子番号が相対的に小さいことから、当該包埋樹脂は暗いコントラストとして蒸着層の外側に観察された。
【0058】
しかし、
図1では付着層の膜厚測定が困難であったので、電子線の加速電圧は200kVのまま、倍率50万倍でHAADF-STEM法によりZC像を撮像した。撮像された
図1に示した1粒子のZC像(50万倍)を
図2に示す。
【0059】
図2に示すZC像の観察および測定により、付着層である二酸化けい素膜の膜厚は6nmから12nmであること、付着層の凹凸の状態、および、当該付着層に欠陥がないことも判明した。
当該被測定対象である1粒の基材の他の部分についても、同様に観察および測定したところ、付着層である二酸化けい素膜の膜厚は6nmから12nmであること、付着層の凹凸の状態、および、当該付着層に欠陥がないことも判明した。
この結果、当該被測定対象である1粒の基材全体について、付着層である二酸化けい素膜の膜厚は2nmから20nmであること、付着層の凹凸の状態、および、当該付着層に欠陥がないことが確認できた。
【0060】
(比較例1)
金属オスミウム膜の蒸着層を形成する工程を実施しなかった以外は、実施例1と同様の操作を行って、比較例1に係る観察用試料を得た。
次に、得られた観察用試料をSTEM(日立ハイテクノロジーズ株式会社製HD-2300A)に装填し、実施例1と同様にしてHAADF-STEM法により、倍率50万倍のZC像を撮像した。撮像された比較例1の被測定試料である1粒子のZC像(50万倍)を
図3に示す。
【0061】
比較例1に係るZC像の撮像の際には、実施例1と比較して、基材(鉄-ニッケル系合金粉)部分のコントラストを明るくして、付着層-包埋樹脂の境界の明確化を試みた。しかし、
図3から明らかなように、付着層-包埋樹脂の境界を判別することはできず、付着層である二酸化けい素膜の膜厚を測定できなかった。