(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023180810
(43)【公開日】2023-12-21
(54)【発明の名称】人工軟骨インプラントおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61L 27/16 20060101AFI20231214BHJP
A61L 27/12 20060101ALI20231214BHJP
A61L 27/46 20060101ALI20231214BHJP
A61L 27/52 20060101ALI20231214BHJP
A61F 2/28 20060101ALI20231214BHJP
【FI】
A61L27/16
A61L27/12
A61L27/46
A61L27/52
A61F2/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022094413
(22)【出願日】2022-06-10
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】黒川 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】グン 剣萍
(72)【発明者】
【氏名】野々山 貴行
(72)【発明者】
【氏名】安田 和則
(72)【発明者】
【氏名】岩田 昌也
(72)【発明者】
【氏名】村井 亮太
【テーマコード(参考)】
4C081
4C097
【Fターム(参考)】
4C081AB03
4C081BB08
4C081BC01
4C081CA101
4C081CC05
4C081CF032
4C081DA12
4C081EA02
4C081EA06
4C097AA01
4C097BB01
4C097DD07
4C097MM02
(57)【要約】
【課題】生体内で使用しても、その変化が少なく、長期間に亘って安定して使用可能な人工軟骨インプラントを提供すること。
【解決手段】上記人工軟骨インプラントは、高分子ゲル、および前記高分子ゲルの少なくとも表面近傍に分散されたハイドロキシアパタイト粒子を含む骨埋植部と、高分子ゲルを含む人工軟骨部と、を有し、前記人工軟骨部の高分子ゲルの断面を観察したとき、表面から深さ1000μmまでの領域にハイドロキシアパタイト粒子が分布していないか、または、当該領域に分布している場合は、表面から深さ1000μmにおけるハイドロキシアパタイト粒子の含有量が、0.1重量パーセント未満である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子ゲル、および前記高分子ゲルの少なくとも表面近傍に分散されたハイドロキシアパタイト粒子を含む骨埋植部と、
高分子ゲルを含む人工軟骨部と、
を有し、
前記人工軟骨部の高分子ゲルの断面を観察したとき、表面から深さ1000μmまでの領域にハイドロキシアパタイト粒子が分布していないか、または、当該領域に分布している場合は、表面から深さ1000μmにおけるハイドロキシアパタイト粒子の含有量が、0.1重量パーセント未満である、
人工軟骨インプラント。
【請求項2】
前記骨埋植部の高分子ゲルの断面を観察したとき、表面から深さ1000μmまでの領域にハイドロキシアパタイト粒子が分布しており、表面から深さ1000μmにおけるハイドロキシアパタイト粒子の含有量が、0.1重量パーセント~80重量パーセントである、
請求項1に記載の人工軟骨インプラント。
【請求項3】
前記骨埋植部の高分子ゲルおよび前記人工軟骨部の高分子ゲルは、一体である、
請求項1に記載の人工軟骨インプラント。
【請求項4】
前記骨埋植部の高分子ゲルおよび前記人工軟骨部の高分子ゲルはそれぞれ、
第1網目構造体と、
前記第1網目構造体と絡み合った、第2網目構造体と、
を含み、
破断エネルギーが100J/m2以上である
請求項1に記載の人工軟骨インプラント。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の人工軟骨インプラントの製造方法であり、
高分子ゲルを準備する工程と、
前記高分子ゲルの、前記人工軟骨部に対応する領域を保護しながら、前記骨埋植部に対応する領域に、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液を順に接触させて、前記高分子ゲルの前記骨埋植部に対応する領域の表面近傍に前記ハイドロキシアパタイト粒子を形成する工程と、
を含む、
人工軟骨インプラントの製造方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載の人工軟骨インプラントの製造方法であり、
高分子ゲルを準備する工程と、
前記高分子ゲルに、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液を順に接触させて、前記高分子ゲルの表面近傍に、前記ハイドロキシアパタイト粒子を形成する工程と、
前記ハイドロキシアパタイト粒子形成後の前記高分子ゲルの、前記骨埋植部に対応する領域を保護しながら、前記人工軟骨部に対応する領域に酸性溶液を接触させて、前記人工軟骨部に対応する領域の前記ハイドロキシアパタイト粒子を除去する工程と、
を含む、
人工軟骨インプラントの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工軟骨インプラントおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子ゲルは、樹脂が三次元状に架橋した構造を有しており、弾性が高いことや、良好な生体適合性を得やすいこと等から、近年、生体内での使用が検討されている。例えば、特許文献1や特許文献2には、高分子ゲルにハイドロキシアパタイト粒子を分散させた複合体を、生体に適用することが記載されている。また、特許文献3には、高分子ゲルの内部に分散させたカルシウムイオンを、生体内のリンと反応させて、高分子ゲル内部にハイドロキシアパタイトを形成することが記載されている。さらに、特許文献4には、ハイドロゲルを、ハイドロキシアパタイトで覆った複合体を、人工骨として用いることが記載されている。
【0003】
また、非特許文献1には、高分子ゲル中に、微細なハイドロキシアパタイト粒子を分散させた複合体を、軟骨の代替物として使用すること等が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平1-305959号公報
【特許文献2】特開2004-262976号公報
【特許文献3】特開2004-321501号公報
【特許文献4】国際公開第1999/058447号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Takayuki Nonoyama, “Double-Network Hydrogels Strongly Bondable to Bones by Spontaneous Osteogenesis Penetration”, Advanced Materials, 2016, 28, 6740-6745
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のいずれの技術においても、ハイドロキシアパタイトが高分子ゲルの表面全体を覆っていたり、ハイドロキシアパタイト粒子が、高分子ゲル全体に分散されている。しかしながら、本発明者らが鋭意検討したところ、このような複合体を生体内の弾性が要求される部分(例えば軟骨等)に使用すると、経時で破断等が生じることが明らかとなった。その理由としては、生体内にある無機成分が、上記複合体のハイドロキシアパタイトに付着し、ハイドロキシアパタイトを含む部分の性状がセラミックスに近くなる。その結果、当該部分に荷重がかかると、歪みが生じ、破断が生じると考えられる。
【0007】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものである。具体的には、生体内で変化が少なく、長期間に亘って安定して使用可能な人工軟骨インプラント、およびその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、高分子ゲル、および前記高分子ゲルの少なくとも表面近傍に分散されたハイドロキシアパタイト粒子を含む骨埋植部と、高分子ゲルを含む人工軟骨部と、を有し、前記人工軟骨部の高分子ゲルの断面を観察したとき、表面から深さ1000μmまでの領域にハイドロキシアパタイト粒子が分布していないか、または、当該領域に分布している場合は、表面から深さ1000μmにおけるハイドロキシアパタイト粒子の含有量が、0.1重量パーセント未満である、人工軟骨インプラントを提供する。
【0009】
本発明は、上記人工軟骨インプラントの製造方法であり、高分子ゲルを準備する工程と、前記高分子ゲルの、前記人工軟骨部に対応する領域を保護しながら、前記骨埋植部に対応する領域に、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液を順に接触させて、前記高分子ゲルの前記骨埋植部に対応する領域の表面近傍に前記ハイドロキシアパタイト粒子を形成する工程と、を含む、人工軟骨インプラントの製造方法を提供する。
【0010】
本発明は、上記人工軟骨インプラントの製造方法であり、高分子ゲルを準備する工程と、前記高分子ゲルに、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液を順に接触させて、前記高分子ゲルの表面近傍に、前記ハイドロキシアパタイト粒子を形成する工程と、前記ハイドロキシアパタイト粒子形成後の前記高分子ゲルの、前記骨埋植部に対応する領域を保護しながら、前記人工軟骨部に対応する領域に酸性溶液を接触させて、前記人工軟骨部に対応する領域の前記ハイドロキシアパタイト粒子を除去する工程と、を含む、人工軟骨インプラントの製造方法も提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の人工軟骨インプラントによれば、生体内で使用しても、その変化が少なく、長期間に亘って安定して使用可能である。また、本発明の人工軟骨インプラントの製造方法によれば、上記人工軟骨インプラントを簡便な方法で製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】
図2Aは、実施例において、Push-Out試験を行う方法を説明するための概略図であり、
図2Bは、Push-Out試験の試験結果を示すグラフである。
【
図3】
図3は、実施例における破断応力試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。本明細書に段階的に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。
【0014】
1.人工軟骨インプラント
人工軟骨インプラントは、生体に埋植することで、軟骨の代替物として機能する部材である。以下、本発明について、一実施形態を例に説明する。ただし、本発明の人工軟骨インプラントは、当該実施形態に限定されない。
【0015】
人工軟骨インプラントの一実施形態に係る正面図を
図1Aに示す。本実施形態の人工軟骨インプラント10は、
図1Aに示すように、円柱の端面に、当該円柱より大きい直径を有する球冠が結合した構造を有する。ただし、人工軟骨インプラント10の形状は、当該形状に限定されず、例えば
図1Bや
図1Cに示すように、円柱の一方の端部の角をR面取りした構造であってもよい。また、例えば
図1Dに示すように、一部(
図1Dでは骨埋植部11)にねじ溝を形成した構造等であってもよい。さらに、人工軟骨インプラント10の形状は、柱状に限定されず、人工軟骨インプラント10を使用する生体の箇所の形状に合わせて、様々な形状であってもよい。
【0016】
図1A~
図1Dに示すように、いずれの形状の人工軟骨インプラント10も、骨埋植部11および人工軟骨部12を有する。人工軟骨インプラント10における、骨埋植部11の高さと人工軟骨部12の高さとの比は、人工軟骨インプラント10を埋植する骨の形状や、人工軟骨部12が代替する軟骨の形状に応じて適宜選択される。
【0017】
骨埋植部11は、骨に埋植するための部分であり、本実施形態では
図1Aに示すように、円柱状の部分である。当該骨埋植部11は、高分子ゲルと、当該高分子ゲルの少なくとも表面近傍に分散されたハイドロキシアパタイト粒子とを含む。本実施形態では、
図1Eの断面図(
図1Aに示す人工軟骨インプラントの断面図)に示すように、ハイドロキシアパタイト粒子101が、骨埋植部11の円柱状の高分子ゲル100の外周面および一方の底面近傍に分散されている。ただし、当該骨埋植部11では、高分子ゲル全体にハイドロキシアパタイト粒子が分散されていてもよい。
【0018】
骨埋植部11の高分子ゲル中のハイドロキシアパタイト粒子の量は、骨埋植部11を骨に埋植した際、体内の無機成分と緻密な構造を形成し、骨との接合強度を高めることが可能であれば、特に制限されない。ただし、当該骨埋植部11の高分子ゲルの断面を観察したとき、表面から深さ1000μmまでの領域にハイドロキシアパタイト粒子が分布しており、表面から深さ1000μmにおけるハイドロキシアパタイト粒子の含有量が、0.1重量パーセント以上80重量パーセント以下であることが好ましく、下限値は0.5重量パーセントであることがより好ましい。なお、表面から深さ1000μmまでの領域全てにハイドロキシアパタイト粒子が分布していてもよいが、例えば表面側にハイドロキシアパタイト粒子が多く分布しており、深さが深い側では、ハイドロキシアパタイト粒子の量が少ない、もしくは殆ど分布していなくてもよい。すなわち、骨埋植部11では、表面から深さ1000μmまでに含まれるハイドロキシアパタイト粒子の総量が、表面から深さ1000μmまでの骨埋植部11の総量に対して1重量%以上であればよい。骨埋植部11の高分子ゲルの表面近傍におけるハイドロキシアパタイト粒子の量が当該範囲であると、人工軟骨インプラント10を骨に埋植した際に、骨埋植部11と骨との接合強度が高くなりやすい。なお、本明細書において、「骨埋植部11の高分子ゲルの断面」とは、骨埋植部11の上面(人工軟骨部12側の面)に対して略垂直に、かつ骨埋植部11の中心を通るように高分子ゲルを切断したときの断面をいう。本実施形態では、円柱状の高分子ゲルを、その中心軸を通るように切断したときの断面である。また、本明細書における、「表面からの深さ」とは、表面から中心軸方向への距離をいう。
【0019】
骨埋植部11における上記表面から深さ1000μmまでの領域のハイドロキシアパタイト粒子の含有量は、熱重量分析装置を用いて以下のように算出される。ハイドロキシアパタイト粒子と水とを含む、骨埋植部11の高分子ゲルを分取し、30~600℃の範囲において毎分10℃の昇温速度で加熱する。なお、水分率は、30℃から示差熱分析値が0を示す温度(約150~200℃)までの総重量変化によって決定する。ハイドロキシアパタイト粒子画分は600℃での最終残留物から決定され、高分子ゲル画分は総重量と水とハイドロキシアパタイト粒子との重量の合計との差によって決定される。高分子ゲルの表面から深さ方向の厚みは、断面を電界放射型透過電子顕微鏡(FE-TEM)等による観察によって定量できる。深さ1000μmまでに含まれるハイドロキシアパタイト粒子の含有量(C)重量パーセントは、高分子ゲルの表面から1000μmまでの深さの体積分率(A)を計算で求め、熱重量分析で求めたハイドロキシアパタイト粒子全量(B)と高分子ゲル成分の含有量(D)から、(C)=(B)÷{(A)×(D)+(B)}の計算式によって算出される。例えば、高分子ゲルが円柱状の場合、円柱の半径をR1(μm)、高さをL1(μm)とすると、表面から1000μmまで深さの体積分率は、(A)={(π×(R1)2×L1)-(π×(R1-1000)2×L1)}÷(π×(R1)2×L1)で算出される。なお、R1が1000μmより小さい場合は、(A)=1としてハイドロキシアパタイト粒子の含有量が算出される。また、ハイドロキシアパタイト粒子が表面から1000μmより深い範囲に存在する場合は、ハイドロキシアパタイト粒子についても表面から1000μmの体積分率(E)を計算で求め、(C)={(B)×(E)}÷{(A)×(D)+(B)×(E)}の計算式によって算出される。
【0020】
一方、人工軟骨部12は、軟骨の代替物として使用するための部分であり、本実施形態では、
図1Aに示すように、円柱状の部分と、当該円柱の端面に結合した球冠状の部分とから構成されている。当該人工軟骨部12は、主に高分子ゲルで構成され、当該人工軟骨部12の高分子ゲルは、上記骨埋植部11の高分子ゲルと一体に形成されている。
【0021】
当該人工軟骨部12では、高分子ゲルの表面近傍のハイドロキシアパタイトの量が一定値より少ない。具体的には、当該人工軟骨部12の高分子ゲルの断面を観察したとき、表面から深さ1000μmまでの領域にハイドロキシアパタイト粒子が分布していないか、または、当該領域に分布している場合は、表面から深さ1000μmにおけるハイドロキシアパタイト粒子の含有量が、0.1重量パーセント未満である。当該人工軟骨部12の高分子ゲル中のハイドロキシアパタイト粒子の含有量は、0.05重量パーセント以下であることが好ましい。人工軟骨部12の高分子ゲルの表面近傍におけるハイドロキシアパタイト粒子の量が当該範囲であると、人工軟骨インプラント10を骨に埋植した際、人工軟骨部12の強度や弾性が経時で変化し難い。なお、本明細書において、「人工軟骨部12の高分子ゲルの断面」とは、人工軟骨部12の底面(骨埋植部11側の面)に対して略垂直に、かつ人工軟骨部12の中心を通るように高分子ゲルを切断したときの断面をいう。本実施形態では、上記形状の高分子ゲルを、その中心軸を通るように切断したときの断面である。また、上記人工軟骨部12の高分子ゲル中のハイドロキシアパタイト粒子の含有量は、人工軟骨部12の高分子ゲルを分取し、上記骨埋植部11の高分子ゲル中のハイドロキシアパタイト粒子の含有量の算出方法と同様の方法によって、算出できる。
【0022】
ここで、上記人工軟骨インプラント10(骨埋植部11および人工軟骨部12)が含む高分子ゲルは、ハイドロキシアパタイト粒子を分散可能であり、かつ生体適合性を有する高分子状のゲルであればよい。高分子ゲルの例には、ヒドロキシ基やアミド基、エステル基等を有する高分子ゲルが含まれる。高分子ゲルの材料の具体例には、ポリビニルアルコール;ポリ(N-メチルアクリルアミド)、ポリ(N-エチルアクリルアミド)、ポリ(アクリルアミド)等のアミド基を有する材料;ポリ(メトキシエチルアクリレート)、ポリ(エトキシエチルアクリレート)、ポリ(メトキシエチルメタクリレート)、ポリ(エトキシエチルメタクリレート)等のエステル基を有する材料;等が含まれる。
【0023】
一方で、後述の人工軟骨インプラント10の製造方法で説明するように、高分子ゲル中にハイドロキシアパタイト粒子を分散させる際(形成する際)には、酸性溶液を使用する。そこで、高分子ゲルは、酸性溶液に接触しても、弾性率や強度が低下し難く、さらに膨潤したり収縮したりし難いことが好ましい。したがって、高分子ゲルは、第1網目構造体と、当該第1網目構造体と絡み合った、第2網目構造体と、を含む、二重の網目構造を有する高分子ゲル(以下、「ダブルネットワークゲル」とも称する)が特に好ましい。このようなダブルネットワークゲルは、酸性溶液に浸漬しても、弾性率や強度の変化が少なく、膨潤や収縮等も生じ難い。
【0024】
ダブルネットワークゲルは、以下のように作製できる。ただし、ダブルネットワークゲルの作製方法は当該方法に限定されない。まず、第1モノマー、重合開始剤、および架橋剤を含む第1重合溶液を調製する。そして、第1モノマーの重合および架橋を行い、第1網目構造体を形成する。その後、第2モノマー、重合開始剤、および第2架橋剤を含む第2重合溶液を調製し、当該第2重合溶液に第1網目構造体を浸漬して、第1網目構造体内に第2重合溶液を拡散浸透させる。そして、第1網目構造体を取り出し、第2モノマーの重合および架橋を行う。これにより、第1網目構造体と第2網目構造体とが絡み合ったダブルネットワークゲルが得られる。なお、第1モノマーおよび第2モノマーの重合・架橋方法は特に制限されず、例えば加熱や光照射等によって行うことができる。
【0025】
上記第1モノマーおよび第2モノマーの例には、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、アクリル酸、メタクリル酸等の電荷を有するモノマー;アクリルアミド、N’,N-ジメチルアクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、ビニルピリジン、スチレン、メチルメタクリレート、フッ素含有不飽和モノマー(例えばトリフルオロエチルアクリレート等)、ヒドロキシエチルアクリレート、酢酸ビニル等の電気的に中性のモノマーが含まれる。第1モノマーおよび第2モノマーとして、これらを1種のみ使用してもよく、2種以上使用してもよい。第1モノマーおよび第2モノマーは、モノマー種類や組成が同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0026】
また、第1架橋剤および第2架橋剤の例には、ジビニルベンゼン、ジビニルピリジン、ジビニルビフェニル、ジビニルスルホン等の分解性結合を含まない架橋剤;およびN,N’-メチレンビスアクリルアミド、エチレングリコールジメタクリレート等の分解性結合を含む架橋剤;が含まれる。本明細書において、「分解性結合」とは、酸性条件下において加水分解し易い結合を意味し、その例には、エステル結合、アミド結合、チオエステル結合等が含まれる。第1架橋剤および第2架橋剤として、それぞれ上記架橋剤を1種のみ使用してもよく2種以上使用してもよい。ただし、第1架橋剤のうち、50モル%以上が、分解性結合を含まない架橋剤であることが好ましい。同様に、第2架橋剤のうち、50モル%以上が、分解性結合を含まない架橋剤であることが好ましい。分解性結合を含まない架橋剤の割合は、それぞれ60モル%以上がより好ましく、75モル%以上がさらに好ましい。第1架橋剤および第2架橋剤として、それぞれ分解性結合を含まない架橋剤を多く使用することで、ハイドロキシアパタイト粒子を形成する際に、高分子ゲルが分解し難くなる。第1架橋剤および第2架橋剤は、種類や組成が互いに同一であってもよい。なお、第1架橋剤の使用量(モル)は、上記第1モノマーの使用量(モル)に対して0.1~50mol%であることが好ましい。一方、第2架橋剤の使用量(モル)は、上記第2モノマーの使用量(モル)に対して0.001~20mol%であることが好ましい。これにより、第1架橋構造体の硬度が高く、第2架橋構造体の弾性が高いダブルネットワークゲルが得られる。
【0027】
また、上記第1重合溶液または第2重合溶液に使用する重合開始剤は、モノマーの種類や重合方法に応じて適宜選択される。その例には、過硫酸カリウム等の水溶性熱触媒、過硫酸カリウム-チオ硫酸ナトリウム等のレドックス開始剤、アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、過酸化ベンゾイル(BPO)等の熱重合開始剤;2-オキソグルタル酸、ベンゾフェノン、過酸化水素水等の光重合開始剤が含まれる。
【0028】
上記ダブルネットワークゲルは、以下の式(1)で定義される初期弾性率比Xが50%以上であることが好ましい。当該初期弾性率比が50%以上であると、人工軟骨インプラント10を骨に埋植後、人工軟骨部12が、適度な弾性を有し、軟骨の代替物として機能しやすくなる。
X=(E2/E1)×100 式(1)
上記式(1)において、E2は、塩酸濃度が0.05mol/Lかつ60℃の塩酸水溶液に72時間浸漬処理後の高分子ゲルの弾性率を表し、E1は、上記浸漬処理前の高分子ゲルの弾性率を表す。
【0029】
また、上記ダブルネットワークゲル中の第1モノマー由来の構造量をM1(モル%)とし、第2モノマー由来の構造量をM2(モル%)とすると、M1:M2が1:2~1:100であることが好ましく、1:3~1:50の範囲であることがより好ましく、1:3~1:30の範囲であることがさらに好ましい。これにより、ダブルネットワークゲルの機械的強度がさらに高まりやすい。
【0030】
さらに、上記ダブルネットワークゲルの含水率は、10~99.9%であることが好ましい。さらに、当該ダブルネットワークゲルの圧縮破断応力は、1~100MPaが好ましい。圧縮破断応力は、また、2枚の平らなプレートの間に、ダブルネットワークゲルを挟み、所定の速度(1分間でサンプルの厚みの10%を圧縮する速度)で圧縮したときに破断が生じるときの応力である。一方、引張破断力は、0.1~100MPaが好ましい。さらに、破断エネルギーは、100J/m2以上が好ましい。引張応力および破断エネルギーは、ダンベル型ヒドロゲル(ISO-37-4標準サイズ;長さ11mm、幅2.0mm、厚さ3.0mm)を準備し、引張試験機(テンシロンRTC-1310A、オリエンテック社製)を使用して、100mm/分の試験速度によって測定される。
【0031】
一方、ハイドロキシアパタイト粒子とは、Ca10(PO4)6(OH)2で表されるリン酸カルシウム化合物の粒子をいう。当該ハイドロキシアパタイト粒子の形状は、通常、突起を有する球状である。ハイドロキシアパタイト粒子は、高分子ゲル(主に骨埋植部11)中に一次粒子として含まれていてもよく、凝集体として含まれていてもよい。上記高分子ゲル中でのハイドロキシアパタイト粒子の平均粒径は、1~100000nm程度が好ましく、10~10000nmがより好ましい。当該ハイドロキシアパタイト粒子の平均粒径が当該範囲であると、生体内の無機物と反応して、緻密な構造を形成しやすい。上記ハイドロキシアパタイト粒子の平均粒径は、人工軟骨インプラント10の断面を電界放射型透過電子顕微鏡(FE-TEM)等によって100個のハイドロキシアパタイト粒子の粒径を測定し、その平均値として算出される値である。
【0032】
本実施形態の人工軟骨インプラント10は、発明の効果および目的を損なわない範囲で、上記高分子ゲルおよびハイドロキシアパタイト粒子以外の成分をさらに含んでいてもよい。また、発明の効果および目的を損なわない範囲で、上記骨埋植部11および人工軟骨部12以外の領域を有していてもよい。
【0033】
(効果)
本発明の人工軟骨インプラントは、骨埋植部および人工軟骨部を有する。そして、骨埋植部の高分子ゲルの表面近傍にハイドロキシアパタイト粒子を含むため、骨に人工軟骨インプラントを埋植した際に、骨埋植部と骨との接合強度が良好になりやすい。より具体的には、骨埋植部の高分子ゲル表面やその内部のハイドロキシアパタイト粒子が、生体内の無機成分と反応し、緻密な構造を形成する。そして、当該構造が骨と一体化することで、人工軟骨インプラントと骨との接合強度が非常に高くなる。一方で、本発明の人工軟骨インプラントの人工軟骨部は、その表面近傍に存在するハイドロキシアパタイト粒子の量が非常に少ない。そのため、人工軟骨部が、体内の無機成分の沈着によってセラミックス状となり難い。その結果、経時で、強度や弾性が変化し難い。したがって、長期間に亘って、低い弾性率を維持でき、軟骨の代替物として機能しやすい。
【0034】
2.人工軟骨インプラントの製造方法
上述の骨埋植部および人工軟骨部を有する人工軟骨インプラントは、例えば、以下の2通りの方法で製造できる。ただし、上述の人工軟骨インプラントの製造方法は、これらの方法に限定されない。
【0035】
第1の製造方法は、高分子ゲルを準備する工程(高分子ゲル準備工程)と、当該高分子ゲルのうち、上述の人工軟骨部に対応する領域を保護しながら、上述の骨埋植部に対応する領域に、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液を順に接触させて、高分子ゲルの骨埋植部に対応する領域の表面近傍に前記ハイドロキシアパタイト粒子を形成する工程(ハイドロキシアパタイト粒子形成工程)と、を含む方法である。
【0036】
当該第1の製造方法における、高分子ゲル準備工程では、所望の形状の高分子ゲルを準備すればよい。例えば、市販の高分子ゲルをそのまま使用してもよい。また、市販の高分子ゲルを、所望の形状に加工したり成形したりしてもよい。さらに、上述のダブルネットワークゲルの作製方法に基づき、所望の形状のダブルネットワークゲルを準備してもよい。なお、ダブルネットワークゲルを作製する場合には、第1モノマーを重合させる際、および第2モノマーを重合させる際に、型を使用することで、高分子ゲルを所望の形状に成形できる。
【0037】
また、第1の製造方法におけるハイドロキシアパタイト粒子形成工程では、高分子ゲルのうち、上述の人工軟骨部に対応する領域を保護しながら、骨埋植部に対応する領域に、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液を順に接触させる。人工軟骨部に対応する領域を保護する方法は特に制限されず、人工軟骨部に対応する領域が、実質的にリン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液に接触しないような方法であればよい。例えば、人工軟骨部に対応する領域の高分子ゲルが、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液に接触しないように、骨埋植部に対応する領域の高分子ゲルのみにリン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液を接触させて、人工軟骨部に対応する領域を保護してもよい。また、高分子ゲルの人工軟骨部に対応する領域を、マスキングテープ等の部材によって一時的に被覆し、保護してもよい。
【0038】
具体的には、骨埋植部に対応する領域のみを、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液に順に浸漬させて、骨埋植部に対応する領域にハイドロキシアパタイト粒子を形成してもよく、骨埋植部に対応する領域のみに、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液を順に塗布し、骨埋植部に対応する領域にハイドロキシアパタイト粒子を形成してもよい。さらに、人工軟骨部に対応する領域を、マスキングテープ等で保護し、高分子ゲル全体をリン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液に順に浸漬させてもよい。
【0039】
本工程に用いるリン酸アルカリ金属塩水溶液は、リン酸アルカリ金属塩の水溶液であればよく、リン酸アルカリ金属塩の例には、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム等が含まれる。一方、カルシウム塩水溶液は、カルシウム塩の水溶液であればよく、カルシウム塩の例には、塩化カルシウムや炭酸カルシウム等が含まれる。
【0040】
高分子ゲル(骨埋植部に対応する領域)を、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液に接触させる順序は特に制限されず、どちらが先であってもよい。また、これらの溶液に接触させる回数は特に制限されず、例えば1回ずつであってもよく、2回ずつ以上であってもよい。接触回数を増やすことで、骨埋植部の高分子ゲルの表面近傍が含むハイドロキシアパタイト粒子の量を増やすことができる。また、高分子ゲルと各溶液との接触時間は、各溶液の濃度や、高分子ゲルの大きさ、所望のハイドロキシアパタイト粒子の量に応じて適宜選択される。なお、高分子ゲルと各溶液との接触後、必要に応じて高分子ゲルを純水等で洗浄してもよい。
【0041】
一方、第2の製造方法は、高分子ゲルを準備する工程(高分子ゲル準備工程)と、当該高分子ゲルに、リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液を順に接触させて、高分子ゲルの表面近傍に、ハイドロキシアパタイト粒子を形成する工程(ハイドロキシアパタイト粒子形成工程)と、ハイドロキシアパタイト粒子形成後の高分子ゲルの、骨埋植部に対応する領域を保護しながら、人工軟骨部に対応する領域に酸性溶液を接触させて、人工軟骨部に対応する領域のハイドロキシアパタイト粒子を除去する工程(ハイドロキシアパタイト粒子除去工程)と、を含む方法である。高分子ゲル準備工程については、上述の第1の製造方法の高分子ゲル準備工程と同様であるため、ここでの詳しい説明は省略する。
【0042】
一方、第2の製造方法における、ハイドロキシアパタイト粒子形成工程では、高分子ゲルをリン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液に順に接触させる。このとき、骨埋植部および人工軟骨部を区別することなく、高分子ゲル全体を、リン酸アルカリ金属塩水溶液、およびカルシウム塩水溶液に接触させてもよい。ただし、第1の製造方法のように、人工軟骨部に対応する領域を保護しながら、骨埋植部に対応する領域のみにリン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液を接触させてもよい。リン酸アルカリ金属塩水溶液およびカルシウム塩水溶液の種類や、高分子ゲルと各溶液との接触方法、接触時間等は、第1の製造方法と同様である。
【0043】
また、第2の製造方法における、ハイドロキシアパタイト粒子除去工程では、上記ハイドロキシアパタイト粒子形成工程後の高分子ゲルの、骨埋植部に対応する領域を保護しながら、人工軟骨部に対応する領域に酸性溶液を接触させて、人工軟骨部に対応する領域のハイドロキシアパタイト粒子を除去する。骨埋植部を保護する方法は、第1の製造方法のハイドロキシアパタイト粒子形成工程で、人工軟骨部を保護する方法と同様である。例えば、骨埋植部に対応する領域に、酸性溶液が接触しないように、人工軟骨部に対応する領域の高分子ゲルのみを酸性溶液に浸漬する方法であってもよく、人工軟骨部に対応する領域の高分子ゲルのみに酸性溶液を塗布する方法であってもよい。また、骨埋植部に対応する領域をマスキングテープ等の保護材で覆って、高分子ゲル全体を酸性溶液と接触させてもよい。
【0044】
本工程で使用する酸性溶液の種類は特に制限されず、その例には、塩酸水溶液、リン酸水溶液、硫酸水溶液、硝酸水溶液等が含まれる。人工軟骨部に対応する領域を、酸性溶液で処理する時間は特に制限されず、ハイドロキシアパタイト粒子形成工程で形成したハイドロキシアパタイト粒子の量に応じて適宜選択される。なお、高分子ゲルと酸性溶液との接触後、必要に応じて高分子ゲルを純水等で洗浄してもよい。
【0045】
(効果)
上述の人工軟骨インプラントの製造方法によれば、簡便な方法で、生体内で使用しても、その変化が少なく、長期間に亘って安定して使用可能な人工軟骨インプラントを製造できる。
【実施例0046】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。ただし、本発明の範囲はこれらの実施例によって何ら制限を受けるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で実施形態の変更が可能である。
【0047】
1.人工軟骨インプラントの作製
(1)サンプル1
(高分子ゲル準備工程)
1mol/Lの第1モノマー(2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸(AMPS))、0.04mol/Lの架橋剤(ジビニルベンゼン(DVB))、および0.01mol/Lの開始剤(2-オキソグルタル酸)を、純水とジメチルスルホキシド(DMSO)との混合溶媒に加え、第1重合溶液を得た。得られた第1重合溶液を、窒素ガスにて脱酸素し、ガラス製の型(半径3mm、高さ4mmの円柱の一つの端面に半径4mm、高さ2mmの半球の底面が接続された形状の型)に流し込んだ。その後、波長365nmのUVランプ(22W、0.34A)から、紫外光を常温で8時間照射し、第1モノマーを重合および架橋させて、AMPSゲル(第1網目構造体)を作製した。
【0048】
続いて、2mol/Lの第2モノマー(N’,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm))、0.3mol/Lの架橋剤(ジビニルベンゼン)、および0.005mol/Lの開始剤(2-オキソグルタル酸)を、水とDMSOの混合溶媒に溶解させて、第2重合溶液を得た。次いで、当該第2重合溶液に、上述のAMPSゲル(第1網目構造体)を24時間浸漬し、第2重合溶液をAMPSゲル内に拡散・浸透させた。その後、第2重合溶液からAMPSゲルを取出し、このゲルを上記と同一のガラス製の型に設置した。そして、波長365nmのUVランプ(22W、0.34A)から、紫外光を常温で8時間照射した。これにより、AMPSゲル内に拡散したDMAAmモノマーが重合、架橋して、特性の異なる第1網目構造体と第2網目構造体とが絡み合ったダブルネットワークゲル(DNゲル)を得た。
【0049】
(ハイドロキシアパタイト粒子形成工程)
上記で作製したDNゲルの人工軟骨部に対応する領域を、マスキングテープでマスクした。そして、当該DNゲルを、pH9.0に調整したトリスヒドロキシメチルアミノメタン水溶液(1.0mol/L)に一晩浸漬した。その後、余分なトリスヒドロキシメチルアミノメタン水溶液を取り除くため、純水に10秒間浸漬した。そして、ウェス等で余分な水分をふき取った。続いて、DNゲルを塩化カルシウム水溶液(0.5mol/L)に2分間浸漬させた後、再度純水に10秒間浸漬し、余分な水分をふき取った。その後、リン酸水素二カリウム水溶液(0.3mol/L)に2分間浸漬させた。塩化カルシウム水溶液への浸漬から、リン酸水素二カリウム水溶液への浸漬までを1サイクルとし、5サイクル行った。当該浸漬処理を行ったDNゲルをpH11に調整した塩化カルシウム水溶液に37℃で1晩浸漬し、マスキングテープを除去した。これにより、骨埋植部の高分子ゲル(DNゲル)の表面近傍に選択的にハイドロキシアパタイト粒子が分散された、人工軟骨インプラントを得た。
【0050】
(ハイドロキシアパタイト粒子の確認)
上記方法で作製した、人工軟骨インプラントを中心軸に沿って切断し、切断面を電界放射型透過電子顕微鏡(FE-TEM)によって観察した。当該断面観察において、ハイドロキシアパタイト粒子が、人工軟骨部(半径4mm、高さ2mmの半球の底面が接続された形状部分)の高分子ゲルの円弧表面から1000μm内側までの領域に分布していなかった。一方、骨埋植部(半径3mm、高さ4mmの円柱部分)の高分子ゲルの円弧表面から500μm内側までの領域にハイドロキシアパタイト粒子が主に分布しており、骨埋植部中のハイドロキシアパタイト粒子の含有量は、33重量パーセントであった。したがって、骨埋植部の高分子ゲルの表面から1000μmまでの領域のハイドロキシアパタイト粒子の含有量は、表面から1000μmまでの領域の体積分率(A)=0.89なので、36重量パーセント以上であるといえる。つまり、当該人工軟骨インプラントでは、人工軟骨部におけるハイドロキシアパタイト粒子量が非常に少なく、一方で、骨埋植部におけるハイドロキシアパタイト粒子量は十分に多かった。
【0051】
(2)サンプル2
(高分子ゲル準備工程)
サンプル1と同様に、ダブルネットワークゲル(DNゲル)を準備した。
【0052】
(ハイドロキシアパタイト粒子形成工程)
マスキングテープで人工軟骨部に対応する領域をマスクしなかった以外は、サンプル1と同様に、塩化カルシウム水溶液への浸漬、およびリン酸水素二カリウム水溶液への浸漬を5サイクル行い、DNゲル全体の表面近傍にハイドロキシアパタイト粒子を形成した。
【0053】
(ハイドロキシアパタイト粒子除去工程)
上記DNゲルの人工軟骨部に対応する領域のみを、10質量%の塩酸水溶液に浸漬させて、人工軟骨部に対応する領域のハイドロキシアパタイト粒子を除去した。これにより、骨埋植部の高分子ゲル(DNゲル)の表面近傍に選択的にハイドロキシアパタイト粒子が分散された、人工軟骨インプラントを得た。
【0054】
(ハイドロキシアパタイト粒子の確認)
上記方法で作製した、人工軟骨インプラントを中心軸に沿って切断し、切断面を電界放射型透過電子顕微鏡(FE-TEM)によって観察した。当該断面観察において、人工軟骨部の高分子ゲルの表面から1000μm内側までの領域にはハイドロキシアパタイト粒子が分布していなかった。一方、骨埋植部の高分子ゲルの表面から500μm内側までの領域にハイドロキシアパタイト粒子が主に分布しており、骨埋植部中のハイドロキシアパタイト粒子の含有量は、33重量パーセント以上であった。したがって、骨埋植部の高分子ゲルの表面から1000μmまでの領域のハイドロキシアパタイト粒子の含有量は、36重量パーセント以上であるといえる。つまり、当該人工軟骨インプラントでは、人工軟骨部におけるハイドロキシアパタイト粒子量が非常に少なく、一方で、骨埋植部におけるハイドロキシアパタイト粒子量は十分に多かった。
【0055】
(3)サンプル3
(人工軟骨インプラントの作製)
ハイドロキシアパタイト粒子除去工程を行わなかった以外は、サンプル2と同様に人工軟骨インプラントを作製した。
【0056】
(ハイドロキシアパタイト粒子の確認)
上記方法で作製した、人工軟骨インプラントを中心軸に沿って切断し、切断面を電界放射型透過電子顕微鏡(FE-TEM)によって観察した。当該断面観察において、人工軟骨部および骨埋植部の高分子ゲルの表面から500μm内側までの領域にハイドロキシアパタイト粒子が主に分布しており、人工軟骨部および骨埋植部中、すなわち人工軟骨インプラント中のハイドロキシアパタイト粒子の含有量は、33重量パーセントであった。したがって、人工軟骨部および骨埋植部の高分子ゲルの表面から1000μmまでの領域のハイドロキシアパタイト粒子の含有量は、36重量パーセント以上であるといえる。つまり、当該人工軟骨インプラントでは、人工軟骨部および骨埋植部の表面近傍に、多量のハイドロキシアパタイト粒子量が分散されていた。
【0057】
2.膝可動性スコアの評価
ウサギ大腿骨滑車部(膝蓋骨対向面)に軟骨欠損を作成し、上記サンプル1およびサンプル2で作製した人工軟骨インプラントの骨埋植部を埋植した。そして、12か月間に亘って、膝の可動性を確認したところ、いずれも問題なかった。
【0058】
3.Push-Out試験(骨埋植部の生体との結合性の評価)
上記サンプル1と同様の方法によって、骨埋植部の高分子ゲルの表面近傍(表面から約150μm)にハイドロキシアパタイト粒子を含む人工軟骨インプラント(サンプル4)を作製した。また、塩化カルシウム水溶液への浸漬およびリン酸水素二カリウム水溶液への浸漬の回数を変更し、骨埋植部の高分子ゲルの表面近傍(表面から約300μm)にハイドロキシアパタイト粒子を含む人工軟骨インプラント(サンプル5)を作製した。また塩化カルシウム水溶液への浸漬およびリン酸水素二カリウム水溶液への浸漬を行わずに、高分子ゲルのみからなる人工軟骨インプラント(サンプル6)も作製した。
【0059】
これらの人工軟骨インプラント(サンプル4~6)をそれぞれ、膝可動性スコア測定と同様に、ウサギ大腿骨滑車部(膝蓋骨対向面)に埋植した。人工軟骨インプラントの埋植から8週後の大腿骨(軟骨21および骨22)を
図2Aに示すように、金属からなる下治具120に固定し、圧子110で人工軟骨インプラント10を骨22側から軟骨21側(
図2Aの矢印で示す方向)に押し出した。人工軟骨インプラント10を押し出す際に必要な力の最大値を破断力(N)とした。
図2Bに結果を示す。
【0060】
図2Bに示すように、骨埋植部がハイドロキシアパタイト粒子を含まない場合(0μm(サンプル6))の破断力と比較して、骨埋植部がハイドロキシアパタイト粒子を含む場合(150μm(サンプル4)および300μm(サンプル5))のほうが、破断力が非常に大きくなり、骨と骨埋植部とが強固に結合していたことが明らかである。
【0061】
4.破断応力試験(人工軟骨部の生体内での破断応力の経時変化の評価)
上記サンプル2と同様の方法(ただし、ハイドロキシアパタイト粒子除去工程は未実施)によって、高分子ゲル全体の表面近傍にハイドロキシアパタイト粒子を含む人工軟骨インプラント(サンプル7)を作製した。ハイドロキシパタイト粒子形成工程では、塩化カルシウム水溶液への浸漬およびリン酸水素二カリウム水溶液への浸漬は、10回ずつ行った。
【0062】
同様に、塩化カルシ高分子ゲル全体の表面近傍にハイドロキシアパタイト粒子を含む人工軟骨インプラント(サンプル8)を作製した。ハイドロキシアパタイト粒子形成工程では、塩化カルシウム水溶液への浸漬およびリン酸水素二カリウム水溶液への浸漬は、15回ずつ行った。
【0063】
さらに、塩化カルシウム水溶液への浸漬およびリン酸水素二カリウム水溶液への浸漬を行わずに、高分子ゲルのみからなる人工軟骨インプラント(上述のサンプル3)も作製した。
【0064】
これらの人工軟骨インプラント(サンプル3、7、および8)を疑似体液に浸漬させた。そして、浸漬前と浸漬後8週間経過後の高分子ゲルの破断応力を、テンシロン万能試験機RTC-1310A(オリエンテック社製)によって測定した。このときの結果を
図3に示す。
図3に示すように、人工軟骨インプラントがハイドロキシアパタイト粒子を含まない場合には、破断応力が低下しなかった。一方で、ハイドロキシアパタイト粒子を含む場合には、破断応力が大きく低下した。
【0065】
5.まとめ
上記Push-Out試験の結果から、人工軟骨インプラントの骨埋植部においては、高分子ゲルの表面近傍がハイドロキシアパタイト粒子を含むほうが、人工軟骨インプラントを生体に埋植したときに、接合強度が非常に高まり、優れた効果が得られるといえる。一方で、上記破断応力試験の結果から、人工軟骨部においては、高分子ゲルの表面近傍がハイドロキシアパタイト粒子を含まないほうが、破断応力が低下せず、長期間に亘って安定して使用できるといえる。つまり、本発明のように、骨埋植部が、ハイドロキシアパタイト粒子を多く含み、人工軟骨部は、ハイドロキシアパタイト粒子の量が少ない人工軟骨インプラントとすることで、骨に定着させることができるとともに、長期に亘って、安定して使用が可能となる。
本発明の人工軟骨インプラントは、生体内で使用しても、その変化が少なく、長期間に亘って安定して使用可能である。したがって、医療分野において、非常に有用である。