(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023181025
(43)【公開日】2023-12-21
(54)【発明の名称】コンクリートの圧縮強度推定法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/71 20060101AFI20231214BHJP
G01N 33/38 20060101ALI20231214BHJP
【FI】
G01N21/71
G01N33/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022094764
(22)【出願日】2022-06-11
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100087468
【弁理士】
【氏名又は名称】村瀬 一美
(72)【発明者】
【氏名】江藤 修三
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043AA03
2G043AA04
2G043BA01
2G043BA02
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2G043LA03
2G043NA01
2G043NA02
2G043NA04
2G043NA06
(57)【要約】
【課題】自己吸収の影響を受け難い、レーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いたコンクリートの圧縮強度推定方法を提供する。
【解決手段】コンクリートのモルタル箇所にレーザパルスを照射してプラズマを誘起させ、当該プラズマの発光スペクトルの中の自己吸収の弱い同一元素のイオン線と原子線とを含むスペクトルを計測し、計測したスペクトルに対してスペクトル強度の平均値で差し引き、その後にスペクトル強度の標準偏差で除したものを説明変数、圧縮強度試験で求めた圧縮強度の平均値を目的変数とした部分的最小二乗回帰を行い、この部分的最小二乗回帰で求められた係数を計測したスペクトルに乗じてコンクリートの圧縮強度を推定するようにしている。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンクリートのモルタル箇所にレーザパルスを照射してプラズマを誘起させ、当該プラズマの発光スペクトルの中の自己吸収の弱い同一元素のイオン線と原子線とを含むスペクトルを計測し、計測した前記スペクトルに対してスペクトル強度の平均値で差し引き、その後にスペクトル強度の標準偏差で除したものを説明変数、圧縮強度試験で求めた圧縮強度の平均値を目的変数として部分的最小二乗回帰を行い、前記部分的最小二乗回帰で求められた係数を計測した前記スペクトルに乗じてコンクリートの圧縮強度を推定することを特徴とするコンクリートの圧縮強度推定法。
【請求項2】
前記元素はコンクリート中のモルタルに多く含まれていない元素の輝線を用いることを特徴とする請求項1記載のコンクリートの圧縮強度推定法。
【請求項3】
前記元素はマグネシウムまたは鉄を用いることを特徴とする請求項2記載のコンクリートの圧縮強度推定法。
【請求項4】
材料分類を行うのに適した特徴的な輝線を含むスペクトルを多変量解析を用いて材料分類を行い、モルタルに分類されたスペクトルデータを用いて前記部分的最小二乗回帰を行うことを特徴とする請求項1記載のコンクリートの圧縮強度推定法。
【請求項5】
モルタル、石灰石、山砂を分類する際の前記特徴的な輝線は、マグネシウム、ケイ素及びカルシウムであることを特徴とする請求項3記載のコンクリートの圧縮強度推定法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコンクリートの圧縮強度の推定方法に関する。さらに詳述すると、レーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いたコンクリートの圧縮強度の推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固化体の圧縮強度を非破壊で推定する方法の一つとして、レーザ誘起ブレイクダウン分光法(LIBS)による圧縮強度推定方法が提案されている(例えば、特許文献1)。この推定方法は、成分が既知の固化体にレーザパルスを照射してプラズマを誘起させ、当該プラズマの発光スペクトル中の特定成分元素(具体的にはカルシウム)の中性原子線とイオン線との発光強度比により固化体の強度を測定するものである。つまり、2つのカルシウムのスペクトル強度の比が圧縮強度に比例することに着目して、圧縮強度を推定するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】M. M. ElFaham, M. Okil, and N. M. Nagy, “Optical emission spectroscopy for concrete strength evaluation utilizing calcium lines,” Optics & Laser Technology, vol. 106, pp. 69-75, Oct. 2018, doi: 10.1016/J.OPTLASTEC.2018.03.018.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1記載のLIBSによる圧縮強度推定方法について、本発明者等がコンクリートを用いた実験を行った結果、プラズマ内部で発生した元素固有の輝線が、プラズマ周辺部にある同元素の原子にて吸収され、スペクトル強度が見かけ低下する現象(自己吸収)が生じ、発光強度比を用いて適切に圧縮強度を推定することができないことが明らかになった。
【0006】
一般的に、レーザ光をコンクリートに照射する時に生じる衝撃波により、レーザアブレーション下に粒子が加熱され、プラズマが生じると言われている。衝撃波の形成は、試料表面で放出される粒子が十分な反力を得られるかどうかに依存する。つまり、表面の硬さに依存する。このことから、表面の硬さはプラズマの温度と相関がある。プラズマの温度は、同一元素のイオン線と原子線の比(発光強度比)と相関があるため、同一元素の中性原子線とイオン線との発光強度比を用いることで、その材料の強度と相関が得られると考えられた。
【0007】
しかしながら、圧縮強度の異なるコンクリート試験体を製作し、特許文献1記載の実施形態として挙げられているセメントの主要成分元素であるカルシウムの中性原子線とイオン線との発光強度比を求めた結果、カルシウムの輝線に自己吸収が生じることでコンリートの圧縮強度に対して一定となることが判明した。つまり、カルシウムの輝線に自己吸収が生じる場合には、圧縮強度推定に用いるカルシウムの原子線とイオン線の発光強度の比と圧縮強度の相関が弱いことが分かった。先行技術文献1では、自己吸収に関する補正係数を計算して、発光強度を補正することにより、発光強度の比と圧縮強度に相関が得られたことが報告されている。しかし、今回の実験にて同様の補正を実施した場合においても、発光強度の比と圧縮強度に相関が得らなかったことが、今回の実験により初めて明らかになった。
【0008】
本発明は、自己吸収の影響を受け難い、レーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いたコンクリートの圧縮強度推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる目的を達成するため、本発明のコンクリートの圧縮強度推定法は、コンクリートのモルタル箇所にレーザパルスを照射してプラズマを誘起させ、当該プラズマの発光スペクトルの中の自己吸収の弱い同一元素のイオン線と原子線とを含むスペクトルを計測し、計測したスペクトルに対してスペクトル強度の平均値で差し引き、その後にスペクトル強度の標準偏差で除したものを説明変数、圧縮強度試験で求めた圧縮強度の平均値を目的変数として部分的最小二乗回帰を行い、部分的最小二乗回帰で求められた係数を計測したスペクトルに乗じてコンクリートの圧縮強度を推定するようにしている。
【0010】
ここで、請求項1記載のコンクリートの圧縮強度推定法は、コンクリート中のモルタルに多く含まれていない元素の輝線を用いることが望ましい。具体的には、元素はマグネシウムまたは鉄を用いることが好ましい。
【0011】
また、マグネシウム、ケイ素及びカルシウムを含む紫外波長域のスペクトルデータを用いて多変量解析を用いて材料分類を行って得られたモルタルに分類されたスペクトルを用いて部分的最小二乗回帰を行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明のコンクリートの圧縮強度推定法によれば、レーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いてコンクリートの圧縮強度を推定することができる。
【0013】
また、材料分類を行って得られたモルタルに分類されたスペクトルを用いてPLS回帰を行う場合、より適切なコンクリートの圧縮強度の推定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】コンクリート試験体に対してLIBSを実施する実験装置の一例を示す概略図である。
【
図2】レーザ光照射して得られた393~425nmの波長領域における発光スペクトル図であり、(a)はモルタル、(b)は石灰石、(c)は山砂、(d)は第1の主成分係数、(e)は第2の主成分係数をそれぞれ示す。
【
図3】単純ベイズ分類器による分類領域と、材料ごとに計測した393~425nmの波長領域のスペクトルを用いて主成分分析を行った時に得られたスコアプロットである。四角、丸、三角のプロットは、モルタル、石灰石、山砂のスペクトルから求めた主成分、実線は分類の境界を示している。
【
図4】カルシウムのイオン線(396.8 nm)と原子線(422.7 nm)の発光強度比及び自己吸収の効果を補正した発光強度比の圧縮強度依存性を示す図であり、(a)はカルシウムイオン線と原子線の発光強度比、(b)は補正された発光強度比との相関を示す。
【
図5】レーザ1台を用いたレーザ光照射によりコンクリートのモルタル箇所を計測して微量元素のイオン線と原子線が観測される245~315nmの波長領域のスペクトル図であり、(a)はモルタル、(b)は石灰石、(c)は山砂、(d)は第1の主成分係数、(e)は第2の主成分係数をそれぞれ示す。
【
図6】245~315nmの波長領域のスペクトルを使用した主成分分析によって得られた主成分を単純ベイズ分類器によって分類した結果を示すスコアプロットであり、(a)は1~50回目のレーザ照射時、(b)は51~200回目のレーザ照射時をそれぞれ示す。四角、丸、三角のプロットは、モルタル、石灰石、山砂のスペクトルから求めた主成分、実線は分類の境界を示している。
【
図7】マグネシウムのイオン線と原子線の発光強度比の圧縮強度依存性を示すグラフであり、(a)はシングルパルス照射、(b)はダブルパルス照射を示す。
【
図8】部分的最小二乗回帰に用いる最適な成分数を決めるための10回の公差検証により求めた推定平均二乗誤差と成分数との関係を示す図であり、(a)はシングルパルス照射、(b)はダブルパルス照射の場合を示す。
【
図9】6つの部分最小二乗成分を使用した場合の圧縮強度の推定結果と実測結果との相関を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の構成を実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0016】
本発明にかかるコンクリートの圧縮強度推定法は、コンクリートのモルタル箇所にレーザパルスを照射してプラズマを誘起させ、当該プラズマの発光スペクトルの中の自己吸収の弱い同一元素のイオン線と原子線とを含むスペクトルを計測し、計測したスペクトルに対してスペクトル強度の平均値で差し引き、その後にスペクトル強度の標準偏差で除したものを説明変数、圧縮強度試験で求めた圧縮強度の平均値を目的変数として部分的最小二乗回帰を行い、部分的最小二乗回帰で求められた係数を計測したスペクトルに乗じてコンクリートの圧縮強度を推定するようにしている。
【0017】
コンクリートは、モルタルと粗骨材から構成されている。また、モルタルは水とセメントが反応したセメントペーストと細骨材から構成されている。一般的に、コンクリートの圧縮強度は、コンクリートを構成する材料の中で最も硬さの低いセメントペーストの硬さで決まる。そのため、粗骨材の分布の影響を受けずに圧縮強度を推定するためには、セメントペースト部を計測したスペクトルを用いて硬さを推定する方法が有効であると考えられる。しかし、コンクリートに使用される細骨材は、マイクロメートル程度の粒径の物も含まれるため、レーザをどれだけ小さく集光しても、セメントペースト部だけを照射することはできず、細骨材とセメントペーストで構成されるモルタルがアブレーションされることとなる。
【0018】
そこで、レーザ光をモルタル箇所に照射してプラズマを誘起させるようにする。レーザ光の照射は、例えば目視で、モルタル箇所(大きな骨材が存在しない箇所)に向けて行われる。パルスレーザ光が対象物表面に集光されると、アブレーションにより対象物質粒子が物質表面から放出される。放出された粒子はアブレーションにより生じた衝撃波と相互作用することで断熱圧縮が生じ、粒子の一部が電離する。この時生じる衝撃波の強さは、対象物表面から得られる反力に依存しており、対象物が硬いほど衝撃波が強く形成される。そのため、対象物が硬いほど、対象物質粒子の断熱圧縮が生じ、プラズマの温度や電子密度が増加する。その結果として、プラズマで観測されるスペクトルの発光強度が変化する。つまり、同一元素のイオン線と原子線の発光強度比はプラズマの励起温度に比例し、硬さと相関のあるコンクリートの圧縮強度がプラズマの発光強度から推定されるものと考えられる。
【0019】
一方、本発明者等は、圧縮強度の異なるコンクリート試験体を製作し、特許文献1に実施例として具体的に挙げられているコンクリートの主成分たるカルシウムのイオン線と原子線の発光強度比を用いてコンリートの圧縮強度を推定する時のスペクトルの特性について調べた結果、コンリートの圧縮強度に対してカルシウムのイオン線と原子線の発光強度比が一定となる(カルシウムの発光強度比が飽和し、推定される圧縮強度と実際の圧縮強度との間に乖離が生じる)ことを明らかにした。また、この時、カルシウムのスペクトル幅は増加しており、カルシウムの発光が自己吸収していることが判明した。つまり、プラズマ内部で発生した元素固有の輝線が、プラズマ周辺部にある同元素の原子にて吸収され、スペクトル強度が見かけ低下する現象(自己吸収)が生じると、特定元素のイオン線と原子線の発光強度比と圧縮強度との間に相関が見られなくなり、発光強度比を用いて適切圧縮強度を適切に推定することができないことがコンクリートを用いた実験で明らかにされた。さらに、自己吸収は計測対象の元素の濃度が高いほど、若しくはプラズマの温度が高いほど顕著に観測された。ここで、同一元素の原子線とイオン線の発光強度比はプラズマの励起温度に比例する。そして、硬さと相関のあるコンクリートの圧縮強度はプラズマの励起温度に比例する。このことから、コンクリートの圧縮強度が高くなるほど自己吸収の影響を受けやすくなる。これらのことから、輝線に自己吸収が生じる場合には、圧縮強度推定に用いるカルシウムの原子線とイオン線の発光強度の比と圧縮強度の相関が弱いことを知見するに至った。
【0020】
そこで、自己吸収を考慮した発光強度の補正を行うことにより、この問題を解決しようと試みたが、カルシウム濃度が高いコンクリートの場合、カルシウムの自己吸収が著しいため、圧縮強度が適切に推定できないことが明らかとなった。
【0021】
また、上述の自己吸収補正に代わる方法として、例えば、波長可変レーザを用いて、自己吸収の原因となる下準位に位置する原子を励起させ、それらの数密度を低下させることや、ペニング電離の様な脱励起プロセスを利用する方法が考えられるが、これらは、実験的に自己吸収を抑制する方法として優れた方法であり、実験室での計測では有効である。一方、これらの方法の実験配置は複雑であり、オンサイトでの計測には適していない。
【0022】
さらに、自己吸収が生じ難く且つイオン線と原子線が観測される元素を模索し、これを用いることで実験方法を複雑にせずに圧縮強度推定を行うことを試みた。例えば、最も一般的に使用されている普通ポルトランドセメントは、カルシウムやケイ素を豊富に含んでおり、アルミニウムや鉄、チタン、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、硫黄を微量に含んでいる。これらの元素由来のスペクトルは紫外波長域や近赤外波長域にて観測される。そこで、コンクリートのモルタル部にレーザ光を照射してプラズマを誘起させ、プラズマの発光スペクトル中に微量元素のイオン線と原子線が観測されるか否かを250~900nmの範囲で調べた。その結果、
図5に示すようにマグネシウムのイオン線(279.55nm,280.27nm)と原子線(285.21nm)が観測された。2つのイオン線は、その励起過程における上準位のエネルギが非常に近く、自己吸収が生じることで2つのイオン線の発光強度比や半値全幅が変化する。今回の実験では、2つイオン線の発光強度比及び半値全幅は試験体やレーザエネルギなどの計測条件により変化がなかった。これらのスペクトルは共鳴線であるが、水やセメントのマグネシウム濃度が低いことから、自己吸収が生じていないと考えられる。尚、鉄のイオン線(263.10nm)と原子線(302.58nm)も観測された。この鉄のイオン線と原子線も、マグネシウムの輝線と同様に、圧縮強度と相関があり、かつ自己吸収が少ない輝線といえる。
【0023】
そこで、本発明者等は、マグネシウムのイオン線と原子線が観測される紫外波長域のスペクトルを計測し、イオン線と原子線との発光強度比を用いて圧縮強度推定を試みた。しかしながら、当初の予測に反してマグネシウムの発光強度比は圧縮強度に対して標準偏差の範囲で一定となる実験結果が得られた。各元素の発光強度は、その元素の濃度に対して線型的に増加するため、その元素の発光強度比は濃度に対して依存性を持たないことが一般的である。したがって、コンクリート試験体ごとのマグネシウムの濃度が同じでも異なっていても、発光強度比の圧縮強度依存性は変化しないはずである。しかし、硬さの異なる山砂とセメントペーストが同時にアブレーションするような場合、砂とセメントペーストの量比に応じてプラズマの原子励起温度が変化することが考えられる。つまり、コンクリートのような複合材料に対して圧縮強度推定を行う場合には、発光強度比がその機械特性だけでなく、アブレーションされる材料の量比(換言すればプラズマの原子励起温度)にも依存すると考えられる。一方、レーザ光の集光径よりも粒径の小さい山砂が存在するため、この量比は実験的に制御できない。また、材料分類では、モルタルと粒径の比較的大きい砂を分類することはできても、レーザ光の集光径よりも粒径の小さい砂を分類することは困難である。このため、マグネシウムは自己吸収が少なく且つ発光強度比は圧縮強度と相関があると考えられたが、発光強度比だけでは適切に圧縮強度推定ができないという実験結果が得られたものと考えられる。
【0024】
以上の結果、プラズマの発光スペクトル中の特定成分元素のイオン線と原子線との発光強度比ではコンクリートの圧縮強度を適切に推定できないことを知見するに至った。
【0025】
本発明者等は、かかる知見に基づき、コンクリートにレーザパルスを照射してプラズマを誘起させ、当該プラズマの発光スペクトル中のコンクリートの圧縮強度と相関があり、かつ自己吸収が少ない元素の輝線を含むスペクトルを計測し、スペクトルのピークだけでなく、その形状全体即ちマグネシウムの発光強度だけでなく他の元素のスペクトル情報も加味できる部分的最小二乗(PLS)回帰を用いてデータ解析を行い、コンクリートの圧縮強度推定を行うことでコンクリートの圧縮強度を適切に推定できることを知見するに至った。
【0026】
ここで、コンクリートの圧縮強度と相関があり、かつ自己吸収が少ない元素の輝線とは、自己吸収が生じ難く且つイオン線と原子線が観測される元素であり、特定の元素に限られるものではないが、上述したとおり、コンクリート中のモルタル成分中に微量含まれ且つイオン線と原子線が観測される元素、例えばあくまで一例として挙げると、最も一般的に使用されている普通ポルトランドセメントにおいてはマグネシウムあるいは鉄である。
【0027】
普通ポルトランドセメントを用いたコンクリートの場合、プラズマの発光スペクトル中には主成分たるカルシウムの他にマグネシウムや鉄の原子線とイオン線の両方が明瞭に観測される。これらマグネシウムや鉄は、ポルトランドセメントに極微量しか含まれていない。したがって、マグネシウムや鉄は、輝線の自己吸収が弱く、圧縮強度推定に利用できると考えられる。
【0028】
そこで、例えばマグネシウムに着目する場合、レーザ光を目視でモルタル箇所(大きな骨材が存在しない箇所)に照射してプラズマを誘起させ、プラズマの発光スペクトル中のマグネシウムのイオン線と原子線との双方が観測される紫外波長域のスペクトルを計測し、PLS回帰を用いてデータ解析を行い、コンクリートの圧縮強度を適切に推定する。
【0029】
計測では、コンクリートのモルタル部の同一箇所においてレーザ光を例えば200回照射する。照射方法としては、単一のレーザを用いて照射する方法(シングルパルス計測)と、2台のレーザを用いて時間差を設けて2つのレーザ光を照射する方法(ダブルパルス計測)が挙げられる。そして、レーザ光照射51~200回目の発光スペクトルを計測する。これは、レーザ光照射初期例えば1~50回目においては、マグネシウムやケイ素の発光強度が大きく変動することから、その後表面の汚れが消滅してレーザアブレーションに影響を与えず、プラズマの原子励起温度を安定させる51~200回目の発光スペクトルを用いることが好ましいと考えられる。つまり、計測箇所ごとに得られたスペクトルデータセットの内、レーザ光照射51~200回目のデータを用いることが安定したデータセットが得られる上で好ましい。尚、後述するPLS回帰における圧縮強度推定値の平均二乗誤差(MSE)及び推定値と計測値の比較より、シングルパルス計測とダブルパルス計測とで圧縮強度推定に対して優位な違いはないと評価されたことから、シングルパルス計測であるかダブルパルス計測であるかは特に本発明において必須の要素ではない。
【0030】
そして、プラズマの発光スペクトル中のマグネシウムのイオン線と原子線が観測される紫外波長域のスペクトルを計測し、計測したスペクトルに対しスペクトル強度の平均値と標準偏差を求め、各スペクトルから平均値を差し引いた値を標準偏差で割る操作(以下、かかる操作をオートスケーリングと呼ぶ)したものを説明変数、圧縮強度試験で求めた圧縮強度の平均値を目的変数としたPLS回帰を行い、PLS回帰で求められた係数(すなわちPLS変数)を計測したスペクトルに乗じてコンクリートの圧縮強度を推定する。
【0031】
PLS回帰を用いた圧縮強度推定式は、次式(1)のように表される。
圧縮強度の推定値 = 係数行列×スペクトル …(1)
ここで、係数行列は、係数Aと或る輝線の発光強度xとが行列(1行n列、nはスペクトルデータのピクセル数)になっている。係数行列は、PLSで求まる特徴量(主成分)の線型和で表現され、係数が大きい波長成分ほど推定値に対する寄与が大きいものとなる。
【0032】
ここで、PLS回帰は、51~200回目の計測した全てのデータセットを用いて解析を行うようにしても良いが、好ましくはセメントペーストをより多くアブレーションした時のデータのみを用いて解析することである。このことは本発明の必須の要素ではなく、場合によっては計測したデータセットの全てを用いて解析するようにしても良い。つまり、材料分類の有無に関係なく、PLS回帰による圧縮強度推定を行うことができるが、材料分類を行ってモルタルに分類されたデータセットを用いる方がより適切にコンクリート圧縮強度を推定することができる。
【0033】
材料分類は、例えば材料ごとに特徴的な輝線を含んでいるスペクトルを計測し、このスペクトルを用いて多変量解析することにより、特徴的な輝線の強度を重みづけした値で、かつ互いの変数に依存しない(直交関係にある)特徴量を計算し、この特徴量の大小関係を比較することで実現できる。
【0034】
また、特徴量を計算する多変量解析としては、本実施形態では、主成分分析(PCA)を用いているが、これに特に限らず、PLSやサポートベクタマシン(SVM)等を用いるようにしても良い。さらに、特徴量の大小関係から材料分類を行う際に分類に必要な閾値を設定するためには、学習器を用いる。例えば、本実施例では、単純ベイズ分類器(NBC)を用いているが、他に好適な手法としては、サポートベクタマシンや決定木等が挙げられる。
【0035】
材料分類は、本実施形態では、PCA及びNBCを用いて行うようにしている。解析では、モルタルと石灰石、山砂のある一点に対してレーザ光を連続的に照射して得られたスペクトルを用いる。PCAでは、前処理として、オートスケーリングを行う。例えば、試験体を計測したレーザ光照射ごとのスペクトルに対して、観測した波長域のスペクトル強度の最低値をベースラインとしてスペクトル強度から差し引くか、3次多項式のフィッティングによるベースラインをスペクトル強度から差し引いた各材料のスペクトルデータセットに対して、スペクトル強度の平均値と標準偏差を求め、各スペクトルから平均値を差し引いた値を標準偏差で割る操作、すなわちオートスケーリングを行う。PCAでは観測したスペクトル全体を複数の変数として用いて材料分類を行う。これにより、より組成の近い材料同士を適切に分類することが可能となる。ここでは、分類器を用いて閾値を自動的に決め、材料ごとにスペクトルを分類することが便利である。
【0036】
材料分類を行う場合には、NBCで構築したモデルを使用してモルタルと分類されたスペクトルデータ数が、計測箇所ごとに使用したデータ数の80%以上である場合に、モルタルと分類されたスペクトルを積算平均してからオートスケーリングを行うことが一例として挙げられる。本実施形態の場合、全データに対してモルタルに分類されたデータの割合が80%未満の場合、積算平均数が少ないことによりスペクトルのノイズがPLS回帰に影響すると考えられることから、PLS回帰に使用することは好ましくないとしたが、これに特に限られるものではない。他方、材料分類を行わない場合には、計測したスペクトルデータセットすべてを計測箇所ごとに積算平均してからオートスケーリングを行う。尚、PLS回帰にて10回交差検証を行った時の予測値と実測値のずれを示すMSEを用いて変数が未知のデータに対する適合度すなわち汎化性能を評価した結果、問題ないことが示された。
【0037】
データ解析では、PCAで求めた主成分を変数として単純ベイズ分類器を用いることで、各スペクトルが3つの材料に適切に分類できる。例えば、材料ごとに計測したスペクトルデータセットを用いた分類結果より、計測したスペクトルをモルタルと石灰石、山砂に分類することができる。
【0038】
本発明者等による検証結果によると、自己吸収が観測されず且つイオン線と原子線が観測された元素のスペクトルデータに対して最適と思われる変数を用いてPLS回帰による圧縮強度推定を行った結果、圧縮強度の推定値は圧縮強度試験で得られた値と概ね一致した。これらの結果より、PLS回帰を用いることで、コンクリートに対しても圧縮強度の推定に用いる元素の自己吸収の影響を受けることなく圧縮強度推定を行うことができることが判明した。しかも、PLS回帰はスペクトルのノイズに対しても頑健であるため、オンサイト計測へ適用が出来ると考えられる。ここで、「最適と思われる変数を用いる」ということは、すなわち「PLS回帰で求めた係数である変数をいくつ選ぶか」ということを意味する。この選び方は、例えばMSEの値が極小となるPLSの変数の数を選ぶというものであり、PLS回帰を行う上で一般的に知られている方法である。
【0039】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、上述の実施形態では、材料分類とコンクリートの圧縮強度推定とを、同じ元素を含むスペクトルを用いて逐次的に実施している。例えば、マグネシウムやケイ素、カルシウムを含む紫外波長域のスペクトルデータを用いて材料分類を行い、モルタルに分類されたデータセットを用いてPLS回帰による圧縮強度推定を行っている。しかし、このことは本発明の必須の要素ではなく、同じ元素を含むスペクトルを用いることや逐次的に処理することに特に限られず、計測箇所さえ同じであれば材料分類とコンクリートの圧縮強度推定にそれぞれ適している異なる元素を含むスペクトルデータを用いて処理するようにしても良いし、材料分類用のスペクトルデータを採った後に、圧縮強度推定用のスペクトルデータを採るようにしても良い。即ち、コンクリートの圧縮強度推定には、プラズマの発光スペクトルの中の自己吸収の弱い同一元素のイオン線と原子線とを含むスペクトルを計測すれば足り、材料分類がより的確なものとなるのに効果的な鉄とケイ素の組み合わせや、カルシウムとケイ素の組み合わせ、あるいは原子線だけが観測できるケイ素とアルミニウムなどを含むスペクトルを計測することは特に本発明において必須の要素ではない。
【0040】
また、上述の実施形態の場合、材料分類したデータセットを用いてPLSによりデータ解析を行い、コンクリートの圧縮強度推定を行うようにしているが、これに特に限られず、材料分類によって得られたモルタルのデータセットのみを使って部分的最小二乗法を用いて圧縮強度推定を行うようにしても良い。さらには材料分類を実施せずに全てのスペクトルデータを用いてPLSによる圧縮強度推定を行うようにしても良い。この場合においても、適切にコンクリートの圧縮強度を推定できる。
【実施例0041】
本発明のレーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いたコンクリートの圧縮強度推定方法を検証した。
【0042】
[試験体の製作]
水とセメントの量比を変えることで圧縮強度の異なる5つのモルタル材料を作製し、矩形の型枠に注型して1日養生した後、脱型してから20℃に維持された水槽内で養生し、打設から7日以降に、コンクリートを水槽から取り出し、円柱状に刳り貫いて圧縮強度の異なる複数の円柱形のモルタル試験体(コンクリートコア)を作製した。モルタル試験体は、直径100mm、長さ200mmである。モルタル試験体は室内にて保管し、打設してから2年後に圧縮強度試験を行った。圧縮強度試験を行う48時間以上前より、コンクリートを水中に養生し、試験を行う直前に取り出した。圧縮強度試験では万能試験機(Marui corporation Ltd., MS-100-BC)を用いて最大荷重を計測し、試験体の寸法と最大荷重より圧縮強度を求めた。各配合で製作した試験体2個を用いて圧縮強度試験を行い、その平均値をその配合のコンクリートの圧縮強度とした。試験体のコンクリートの配合は表1に示す通りとした。水は上水道水、セメントには普通ポルトランドセメント、細骨材には山砂、粗骨材には最大寸法が20mmの石灰石を使用した。また、空気連行(AE)減水材及びAE剤を使用し、各試験体の空気量を3.6~4.5%に調整した。
【0043】
【0044】
コンクリート試験体(以下、コア1と呼ぶ)を
図1に示す実験装置4のモータ駆動によって回転する2本のローラ(並列に配置された)2の間に載せて回転させながら、コア1に対して、Nd:YAGレーザ(532nm、10~50mJ)8を焦点距離150mmの平凸レンズ6で集光し、プラズマの発光を分光器12とICCD14で計測した。これにより、対物レンズ6からレーザ集光位置までの距離を一定に保ちながら、曲率のある面に対してレーザ光を照射することが可能となる。ここでは、レーザ8及びプラズマの集光に用いるレンズを共通とし、レーザ光を反射するダイクロイックフィルタ7を用いて、レーザ光とプラズマの発光を分離する同軸光学系を用いた。図中の符号3はモータ、9はミラー、10は偏光ビームスプリッタ、11は光ファイバ、12は分光器、13は装置制御等用コンピュータ、15はレンズ、16は遅延パルス発生器である。
【0045】
本実験装置4では、レーザ光を1回照射するシングルパルス計測と時間差を設けてレーザ光を2回照射するダブルパルス計測を実施可能とし、例えばシングルパルスを行う場合のレーザエネルギを30mJ、ダブルパルス計測を行う場合は1回目10mJ、及び2回目30mJに設定される。また、レーザ照射間隔は1μsに設定した。レーザ光を1カ所につき繰り返し照射し、レーザ照射ごとにスペクトルを計測することで、複数のスペクトルを取得した。可視波長域及び紫外波長域のスペクトルを計測する場合、モルタル箇所ごとにレーザ光を50回及び200回照射し、照射ごとにスペクトルを計測した。
【0046】
可視波長域及び紫外波長域を計測する場合には、それぞれ刻線数1200grooves/mmもしくは600grooves/mmの回折格子を用いた。パルスディレイジェネレータ(Stanford Research, DG645)16を用いて、レーザ8を繰り返し10Hzで発信させ、外部トリガ信号をICCD14に入力することで、レーザ8とICCD14を同期させた。ICCD14のゲート遅延時間は0.5us、ゲート幅は5usに設定した。
【0047】
データ解析では数値解析ソフトウェア(MATLAB(登録商標) R2021b)を用い、スペクトルのベースライン補正やフィッティング、組み込み関数を利用した多変量解析を実行した。コンクリートは、粗骨材とモルタルが不均一に分布しているため、同じモルタル箇所でレーザ光を照射していても、骨材をレーザ光照射する場合がある。そして、モルタルと骨材は硬さが異なるため、データ解析ではモルタルを計測した時のスペクトルのみを用いる必要があると考えられた。そこで、本実験では、計測スペクトルデータに対し材料分類を行って得られたモルタルデータのみを利用してPLS解析を実施した。
【0048】
材料分類には、PCA及びNBCを用いた。解析では、モルタルと石灰石、山砂のある一点に対してレーザ光を連続的に照射して得られたスペクトルを用いた。前処理として、試験体No.2を計測したレーザ光照射ごとのスペクトルに対して、観測した波長域のスペクトル強度の最低値をベースラインとしてスペクトル強度から差し引くか、3次多項式のフィッティングによるベースラインをスペクトル強度から差し引いた。そして、各材料のスペクトルデータセットに対して、スペクトル強度の平均値と標準偏差を求め、各スペクトルから平均値を差し引いた値を標準偏差で割る操作、すなわちオートスケーリングを行った。PCAでは観測したスペクトル全体を複数の変数として用いて材料分類を行うことにより、より組成の近い材料同士を適切に分類することが可能となる。PCAで求めた主成分を閾値に用いることで、モルタル箇所と骨材を分類することが可能であるが、実験条件によってその閾値は変化する。ここでは、説明変数を用いてデータを複数のグループに分類するNBCを用いて閾値を自動的に決め、材料ごとにスペクトルを分類した。NBCに使用する変数は互いに独立であることを仮定して解析が行われるため、互いに直交関係にある第一主成分と第二成分を変数に用いた。今回の実験条件では、第一主成分と第2主成分の寄与率の和が90%を超えたため、この2つの変数のみを用いた。
【0049】
図2(a)-(c)にモルタル、石灰石、山砂にレーザ光照射して得られたスペクトルを示す。石灰石は、炭酸カルシウムが主成分であるため、カルシウム濃度が非常に高く、カルシウムのスペクトルの半値全幅が大きいことが特徴である。山砂では鉄やケイ素のスペクトルが明瞭に観測されることが特徴である。モルタルを計測した場合にも鉄やケイ素のスペクトルは観測されるが、カルシウムのスペクトルに比べるとその強度は低い。
【0050】
また、モルタル、石灰石、山砂にレーザ光照射して得られたスペクトルデータセットを用いてPCAを行った時の第1主成分と第2主成分の係数を
図2(d),(e)に示す。第1~3主成分の寄与率は88%,7.7%,0.99%だった。つまり、第1主成分を用いることで、3つの材料に概ね分類できることが分かった。第1主成分では、鉄やケイ素、カルシウムのスペクトルが観測される波長範囲にて係数が高く、カルシウムのスペクトルが自己反転したような形状になっている。これは、カルシウムのスペクトルの半値全幅が材料ごとに異なり、その違いが反映された結果であると考えられる。
【0051】
NBCによる分類領域と、材料ごとに計測したスペクトルを用いてPCAを行った時に得られたスコアプロットを
図3に示す。モルタルと山砂の第1主成分が最も差があることから、第1主成分は主に山砂とモルタルを分類していることが分かる。また、モルタルと石灰石の第2主成分が最も差があることから、第2主成分はモルタルと石灰石を分類していることが分かる。つまり、材料ごとのスコアプロットの位置は互いに離れており、第1主成分と第2主成分で3つの材料に適切に分類することができると評価できた。
【0052】
次に、対比のために特許文献1によるコンクリートの圧縮強度推定手法について検討した。ここで、カルシウムのイオン線(396.85nm)と原子線(422.67nm)の発光強度比の圧縮強度依存性を
図4に示す。図のエラーバーは、試験体ごとに10カ所計測した時に得られた発光強度比の標準偏差を示している。この結果からは、発光強度比は、25~70N/mm
2の範囲にて標準誤差で一定であった。これは、カルシウムの濃度が高いことからプラズマ内部で発生した元素固有の輝線が、プラズマ周辺部にある同元素の原子にて吸収され、スペクトル強度が見かけ低下する現象(自己吸収)が生じ、発光強度比が飽和することが原因と考えられる。また、このことは、自己吸収の効果を補正した発光強度比においても同様であった。
【0053】
そこで、プラズマの発光スペクトルの中の自己吸収の弱い同一元素のイオン線と原子線とを含むスペクトルを計測し、計測した前記スペクトルをオートスケーリングしたものを説明変数、圧縮強度試験で求めた圧縮強度の平均値を目的変数としたPLS回帰を行い、PLS回帰で求めた変数と、計測したスペクトルに乗じてコンクリートの圧縮強度を推定した。
【0054】
PLS回帰では、説明変数と目的変数との間で分散が最大となるような変数を計算することにより、目的変数を予測する線型回帰モデルを作成する。本実施例では、計測したスペクトルをオートスケーリングしたものを説明変数、圧縮強度試験で求めた圧縮強度の平均値を目的変数としてPLS回帰を行った。材料分類を行わない場合には、計測したスペクトルデータセットすべてを計測箇所ごとに積算平均してからオートスケーリングを行った。材料分類を行う場合には、単純ベイズ分類器で構築したモデルを使用してモルタルと分類されたスペクトルデータ数が、計測箇所ごとに使用したデータ数の80%以上である場合に、モルタルと分類されたスペクトルを積算平均してからオートスケーリングを行った。全データに対してモルタルに分類されたデータの割合が80%以下の場合、積算平均数が少ないことによりスペクトルのノイズがPLS回帰に影響すると考えたため、PLS回帰に使用しなかった。PLS回帰モデルが未知のデータに対する適合度、すなわち汎化性能を評価するために、10回交差検証を行った時のMSEを用いた。
【0055】
圧縮強度推定を行うために、自己吸収が生じにくいイオン線と原子線を用いた。最も一般的に使用されている普通ポルトランドセメントは、カルシウムやケイ素を豊富に含んでおり、アルミニウムや鉄、チタン、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、硫黄を微量に含んでいる。これらの元素由来のスペクトルは紫外波長域や近赤外波長域にて観測される。そこで、コンクリートのモルタル箇所を計測し、微量元素のイオン線と原子線が観測されるスペクトルを250~900nmの範囲で調べた。その結果、
図5に示すようにマグネシウムのイオン線(279.55nm,280.27nm)と原子線(285.21nm)が観測された。2つのイオン線は、その励起過程における上準位のエネルギが非常に近く、自己吸収が生じることで2つのイオン線の発光強度比や半値全幅が変化する。今回の実験では、2つイオン線の発光強度比及び半値全幅は試験体やレーザエネルギなどの計測条件により変化がなかった。これらのスペクトルは共鳴線であるが、水やセメントのマグネシウム濃度が低いことから、自己吸収が生じていないと考えられる。そこで、マグネシウムのイオン線と原子線が観測される紫外波長域のスペクトルを用いて圧縮強度推定を行った。
【0056】
図5(a)~(c)より、300~315nmにてカルシウムとアルミニウムの原子線も観測された。石灰石は純度の高い炭酸カルシウムで構成されているが、マグネシウムなども微量に含まれているため、マグネシウムのイオン線と原子線が観測されている。可視波長域のスペクトルと異なり、モルタルや石灰石よりも山砂のスペクトルの強度が観測波長全体に亘って最も高かった。これは、山砂に比較的多く含まれるマグネシウムやケイ素、鉄由来のスペクトルが、可視波長域よりも紫外波長域にて強く観測されるためである。
【0057】
モルタル、石灰石、山砂に対してレーザ光照射した時に得られたスペクトルのデータセットの内、レーザ光照射51~200回目の時に得られたスペクトルを用いてPCAを行った時の主成分を
図5(d),(e)に示す。第一主成分では、ケイ素やカルシウム、アルミニウムのスペクトルが観測される波長範囲の係数が高いことが分かる。これは、石灰石を計測した場合のみカルシウムの発光強度は高く、ケイ素やアルミニウムの発光強度は材料ごとに異なる発光強度となることから、カルシウムやケイ素由来のスペクトルは材料分類を行う時に有用な指標となるためである。第一主成分と第二の寄与率はシングルパルス計測で92%及び3.8%、ダブルパルス計測でと75%及び15%なり、第1主成分で3つの材料をほとんど分類できることが分かった。そこで、第1主成分と第2主成分を変数としてNBCを行った。PCAで求めた主成分を変数として単純ベイズ分類器を用いることで、計測したスペクトルをモルタルと石灰石、山砂に分類した。材料ごとに計測したスペクトルデータセットを用いた分類結果より、各スペクトルが3つの材料に適切に分類できることが分かった。
【0058】
NBCによる分類領域と材料毎に計測したスペクトルを用いてPCAを行った時に得られたスコアプロットを
図6に示す。モルタルと山砂の第1主成分が最も差があることから、第1主成分は主に山砂とモルタルを分類していることが分かる。また、モルタルと石灰石の第2主成分が最も差があることから、第2主成分はモルタルと石灰石を分類していることが分かる。第2主成分の係数にて、カルシウムのスペクトルが観測される波長域で、スペクトルの自己反転が生じたような形状になっているのは、モルタルと石灰石を計測した時のカルシウムのスペクトルの半値全幅の違いを反映しているためと考えられる。材料ごとのスコアプロットの位置は互いに離れており、第1主成分と第2主成分で3つの材料に適切に分類することができると評価した。レーザ照射箇所に粒径の小さい山砂もしくは石灰石が存在する場合、モルタルと山砂を同時にアブレーションし、モルタルと石灰石もしくはモルタルと山砂のスペクトルが混合したものが計測されることが想定される。そのような場合は、NBCで分類した領域の境界付近にスコアプロットが位置すると考えられる。
【0059】
石灰石のスペクトルはモルタルや山砂のスペクトルと形状が大きく異なるため、石灰石を計測した時のスペクトルに関するスコアは、モルタルや山砂を計測した時のスペクトルに関するスコアと離れた位置にプロットされた。モルタルと山砂のスコアは、第二主成分の係数が異なった。第二主成分では、マグネシウムのイオン線が観測される波長域の係数が高く、モルタルと山砂を計測した時のマグネシウムの発光強度の違いが主成分の係数に反映されていることを示唆している。
【0060】
照射回数1~50回目のデータセットを用いた場合(
図6(a))、モルタルと山砂のスペクトルのスコアは近くに分布した。そのため、レーザ光照射1~50回目のデータセットを用いた場合とレーザ光照射51~100回目のデータセットを用いた場合(
図6(b))との分類結果が異なった。図示していないが、レーザ光照射100~150回目及びレーザ光照射151~200回目のデータセットを用いた場合の分類結果は、レーザ光照射51~100回目のデータセットを用いた場合の分類結果と同じだった。レーザ光照射1~50回目のデータセットを用いた場合の分類結果では、山砂と石灰石との分類境界が無くなり、モルタルに分類される範囲が広くなった。モルタルと山砂のスペクトルは似た形状あることから、山砂と石灰石との分類境界が無くなることは適切でないと考えられる。このように、レーザ光照射回数によって分類結果が異なった理由は、レーザ光照射1~50回目にてマグネシウムやケイ素の発光強度が大きく変動したことである。これは、表面の汚れがレーザアブレーションに影響し、プラズマの原子励起温度が安定しなかったためと考えられる。そのため、計測箇所ごとに得られたスペクトルデータセットの内、レーザ光照射51~200回目のデータを用いて、材料分類を行い、発光強度を算出することにした。
【0061】
シングルパルス計測及びダブルパルス計測におけるマグネシウムのイオン線と原子線の強度の圧縮強度依存性を
図7に示す。材料分類を行わない時は全てのスペクトルデータを計測箇所ごとに積算平均したものより発光強度比を求め、材料分類を行なう時はモルタルに分類されたスペクトルを計測箇所ごとに積算平均した物より発光強度比を求めた。プロットのエラーバーは計測箇所で求めた発光強度比の標準偏差を示している。材料分類の有無に関係なく、シングルパルス計測及びダブルパルス計測ともにマグネシウムの発光強度比は圧縮強度に対して標準偏差の範囲で一定となった。マグネシウムの発光強度比は圧縮強度と相関があると考えられたが、本実験結果よりマグネシウムの発光強度比では圧縮強度推定できないことが分かった。各元素の発光強度は、その元素の濃度に対して線型的に増加するため、その元素の発光強度比は濃度に対して依存性を持たないことが一般的である。したがって、コンクリート試験体ごとのマグネシウムの濃度が同じでも異なっていても、発光強度比の圧縮強度依存性は変化しないはずである。しかし、硬さの異なる山砂とセメントペーストが同時にアブレーションするような場合、山砂とセメントペーストの量比に応じてプラズマの原子励起温度が変化することが考えられる。つまり、コンクリートのような複合材料に対して圧縮強度推定を行う場合には、発光強度比がその機械特性だけでなく、アブレーションされる材料の量比にも依存すると考えられる。一方、レーザ光の集光径よりも粒径の小さい山砂が存在するため、この量比は実験的に制御できない。材料分類では、モルタルと粒径の比較的大きい山砂を分類することはできても、レーザ光の集光径よりも粒径の小さい山砂を分類することは困難である。そこで、多変量解析を用いてマグネシウムの発光強度だけでなく、他の元素のスペクトル情報も加味して圧縮強度を推定することを試みた。即ち、スペクトルのピークだけでなく、その形状全体を使ってデータ解析を行うという着想を得た。
【0062】
PLS回帰に用いる最適な成分数を決めるために、10回の交差検証により求めたMSEの成分数依存性を求めた。
図8より、シングルパルス計測では、PLS回帰に用いる成分数と共にMSEが減少し、材料分類を行わない時は成分数11、材料分類を行ったときは成分数6程度で最低となり、それ以上の成分数ではMSEが概ね一定となった。成分数が多い場合にMSEが増加したり低下したりする場合があったが、これは交差検証で分割されるデータセットに依存し、交差検証を試行するたびにこの結果は変わった。最小となるMSEは材料分類の有無に関わらず0.6程度であった。ダブルパルス計測では、材料分類を行わない場合、MSEが成分数と共に増加した後に低下した。一方、材料分類を行った場合、MSEは単調減少し、成分数16以上にて概ね一定となった。最小となるMSEは、材料分類を行う方が少し低く、0.25程度であった。一般的に、成分数と共にMSEは低下する。材料分類を行わない場合にてMSEが一時的に増加したのは、骨材にレーザ光照射した時とモルタルにレーザ光照射した時とでスペクトルの発光強度が大きく変わり、その変動をPLS成分で説明できなかったためと考えられる。シングルパルス計測と比べてダブルパルス計測では、各元素の発光強度が照射ごとにばらつく傾向だった。材料分類を行うことは、このような発光強度のばらつきを抑える効果があると考えられる。
【0063】
図9にPLSの第1変数から第6変数までを用いて圧縮強度を推定した結果を示す。ダブルパルス計測の場合、MSEが最低となる成分数は16以上であるが、成分数6以上でMSEに大きな差が無いため、推定結果が過適合する可能性が考えられる。そのため、MSEが極小となる成分数6で圧縮強度を推定した。推定した圧縮強度を直線近似すると、近似直線の決定誤差や傾き等のパラメータは、シングルパルス計測とダブルパルス計測とで大きく変わらなかった。これは、シングルパルス計測とダブルパルス計測におけるPLS回帰のMSEが概ね同程度であったためと考えられる。圧縮強度の推定値を直線近似した時の直線の傾きは1よりも小さかった。これは、目的変数に圧縮強度試験で得られた圧縮強度を用いたことが原因の一つと考えられる。PLS回帰では、目的変数である圧縮強度に圧縮強度試験の結果を用いたため、計測箇所に関わらず圧縮強度は一定であるという仮定を元に解析を行っている。しかし、一般的にはコンクリートの圧縮強度と相関のあるモルタルの硬さは、局所的なばらつきが大きい。そのため、LIBSの計測箇所ごとのモルタルの硬さのデータを取得し、それを目的変数に設定すれば、近似直線の傾きが1に近づくと考えられる。本解析では、単一の回帰モデルを作成して圧縮強度推定を行ったが、圧縮強度や組成の異なる試験体を多くLIBS計測し、そのデータセットを複数の回帰モデルを用いて圧縮強度することにより、推定精度はさらに高くなると予想される。
【0064】
MSE及び圧縮強度の推定値と計測値の比較より、圧縮強度を推定するのに、シングルパルス計測とダブルパルス計測とで優劣はないと言える。そのため、ダブルパルス計測における希薄化の効果は、圧縮強度や硬さと言った機械特性の推定に大きく寄与しないと考えられる。
【0065】
以上の通り、データ解析では、PCAで求めた主成分を変数としてNBCを用いることで、計測したスペクトルをモルタルと石灰石、山砂に分類した。材料ごとに計測したスペクトルデータセットを用いた分類結果より、各スペクトルが3つの材料に適切に分類できることが分かった。
【0066】
そして、自己吸収が観測されず、かつイオン線と原子線が観測されるスペクトルとして、あくまで一例としてマグネシウムのスペクトルに着目し、マグネシウムやケイ素、カルシウムを含む紫外波長域のスペクトルデータを用いて材料分類を行い、モルタルに分類されたデータセット並びに最適と思われる変数を用いてPLS回帰による圧縮強度推定を行った結果、圧縮強度の推定値は圧縮強度試験で得られた値と概ね一致した。
【0067】
これらの結果より、プラズマの発光スペクトルの中の自己吸収の弱い同一元素のイオン線と原子線とを含むスペクトルのピークだけでなく、その形状全体を使って多変量解析(PLS回帰)を用いてデータ解析を行うことで、非破壊かつ粗骨材の分布の影響を受けずにコンクリートに対しても圧縮強度推定を行うことができることが検証された。