(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023181674
(43)【公開日】2023-12-25
(54)【発明の名称】核酸とカチオン性ポリマーとのポリイオンコンプレックスであって、正の表面電位を有し、核酸を脳組織に送達することができるポリイオンコンプレックス
(51)【国際特許分類】
C12N 15/88 20060101AFI20231218BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20231218BHJP
A61K 47/59 20170101ALI20231218BHJP
A61K 31/7105 20060101ALI20231218BHJP
A61K 47/64 20170101ALI20231218BHJP
A61K 38/46 20060101ALI20231218BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20231218BHJP
A61P 25/16 20060101ALN20231218BHJP
A61P 25/28 20060101ALN20231218BHJP
A61P 25/14 20060101ALN20231218BHJP
【FI】
C12N15/88 Z
C12N15/113 Z ZNA
A61K47/59
A61K31/7105
A61K47/64
A61K38/46
A61K48/00
A61P25/16
A61P25/28
A61P25/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022094934
(22)【出願日】2022-06-13
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム、COI拠点「スマートライフケア社会への変革を先導するものづくりオープンイノベーション拠点」産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】宮田 完二郎
(72)【発明者】
【氏名】キム ボブス
(72)【発明者】
【氏名】内藤 瑞
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA95
4C076BB25
4C076CC01
4C076EE23
4C076EE25
4C084AA02
4C084AA03
4C084AA13
4C084DC22
4C084MA59
4C084NA13
4C084ZA02
4C084ZA16
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086NA13
4C086ZA02
4C086ZA16
(57)【要約】 (修正有)
【課題】核酸を脳組織に送達することができるポリイオンコンプレックス、および該ポリイオンコンプレックスを含む組成物提供する。
【解決手段】(i)非電荷親水性ポリマーブロックとカチオン性アミノ酸を含むポリマーブロックを含むブロックコポリマーと、(ii)アニオン性ポリマーである一本鎖核酸と、を含むポリイオンコンプレックスであって、正の表面電位を有し、該核酸を細胞外から細胞質に送達することができるポリイオンコンプレックス、および、対象の鼻粘膜から経鼻投与し、対象の三叉神経または嗅球に核酸を送達することに用いる、該ポリイオンコンプレックスを含む組成物を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i) (i-1) 非電荷親水性ポリマーブロックと(i-2)カチオン性アミノ酸を含むポリマーブロックを含むブロックコポリマーと、
(ii) アニオン性ポリマーである一本鎖核酸と、
を含むポリイオンコンプレックスであって、
正の表面電位を有し、前記核酸を細胞外から細胞質に送達することができる、
ポリイオンコンプレックス。
【請求項2】
N/P比が2.0以上である{ここで、Nは、前記ブロックコポリマー中の正電荷の価数を表し、Pは、前記核酸中の負電荷の価数を表す}、請求項1に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項3】
核酸が、標的RNAに対するアンチセンスオリゴである、請求項1に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項4】
核酸が、標的RNAに対するアンチセンスオリゴであり、アンチセンスオリゴは、DNAからなるか、少なくともDNAからなる連続した塩基部分を含み、ポリイオンコンプレックスが、RNaseHを内包しており、これにより、アンチセンスオリゴが標的RNAと接触して形成される標的RNAとアンチセンスオリゴとのハイブリッドを分解することができる、請求項1~3のいずれか一項に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項5】
非電荷親水性ポリマーブロックが、ポリアルキレングリコールブロックである、請求項1~4のいずれか一項に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載のポリイオンコンプレックスを含む、組成物。
【請求項7】
対象の鼻粘膜から経鼻投与される、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
対象の脳組織に核酸を送達することに用いるための、請求項6または7に記載の組成物。
【請求項9】
対象の三叉神経または嗅球に核酸を送達することに用いるための、請求項6または7に記載の組成物。
【請求項10】
対象の脳組織または三叉神経の細胞において標的遺伝子の発現を抑制することに用いるための、標的遺伝子に対するアンチセンスオリゴDNAを含む、請求項6または7に記載の組成物。
【請求項11】
RNaseHを内包する、請求項10に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸とカチオン性ポリマーとのポリイオンコンプレックスであって、正の表面電位を有し、核酸を脳組織に送達することができるポリイオンコンプレックスに関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の発現を調節することができるため核酸医薬は、タンパク質の発現や活性の異常に対する治療薬として期待されている。siRNAは、短い二本鎖RNAの分子であり、標的と相補的な配列を含み、標的遺伝子の発現を抑制(サイレンシング)する。siRNAを生体に投与するため、または細胞内に送り込むためにsiRNAを含むキャリアが提案されている(非特許文献1)。非特許文献1では、siRNAとカチオン性ポリマーとを含むポリイオンコンプレックスが開示されている。また、短鎖オリゴヌクレオチドとカチオン性ポリマーとを含む負の表面電位を有するポリイオンコンプレックスが開示されている(非特許文献2)。表面に脳を標的化するための分子を提示するカチオン性ポリマーと、アンチセンスオリゴを含むポリイオンコンプレックスが開示され、前記分子を提示するために必要なカチオン性ポリマーの条件が開示されている(特許文献1)。核酸と、側鎖に特徴のあるカチオン性ポリマーを含むポリイオンコンプレックスが開示されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】WO2019/240223A
【特許文献2】WO2010/093036A
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J. Am. Chem. Soc., 2019, 141, 3699-3709
【非特許文献2】Biomacromolecules, 2020, 21, 10, 4365-4376
【発明の概要】
【0005】
本発明は、核酸とカチオン性ポリマーとのポリイオンコンプレックスであって、正の表面電位を有し、核酸を脳組織に送達することができるポリイオンコンプレックスを提供する。
【0006】
本発明者らによれば、核酸とカチオン性ポリマーとのポリイオンコンプレックスであって、正の表面電位を有するポリイオンコンプレックスは、その鼻粘膜からの投与により、効果的に脳組織、三叉神経および/または嗅球に上記核酸を送達することができた。本発明者らによればまた、ポリイオンコンプレックスに内包させた分子(例えば、リボヌクレアーゼH(RNaseH))は、その鼻粘膜からの投与により、効果的に脳組織、三叉神経および/または嗅球に上記内包させた分子を送達することができた。核酸としてアンチセンスオリゴ(ASO)を用いることによって、脳組織における細胞内で標的遺伝子のサイレンシングを誘導したことから、上記ポリイオンコンプレックスは、細胞内に核酸を送達することに優れていることもまた明らかになった。DNA領域を含むASOを核酸として用いたポリイオンコンプレックスにRNaseHを内包させることによって、標的遺伝子をより効果的にサイレンシングできることもまた明らかになった。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0007】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1](i) (i-1) 非電荷親水性ポリマーブロックと(i-2)カチオン性アミノ酸を含むポリマーブロックを含むブロックコポリマーと、(ii) 核酸(特に好ましくはアニオン性ポリマーである一本鎖核酸)と、を含むポリイオンコンプレックスであって、正の表面電位を有し(「正に帯電している」ともいう)、前記核酸を細胞外から細胞質に送達することができる、ポリイオンコンプレックス。
[2]N/P比が2.0以上である{ここで、Nは、前記ブロックコポリマー中の正電荷の価数(例えば、ペプチドブロック中のアミノ基およびグアニジノ基の数)を表し、Pは、アニオン性ポリマー中、例えば、前記核酸中の負電荷の価数(例えば、リン酸基の数)を表す。}、上記[1]に記載のポリイオンコンプレックス。
[3]核酸が、標的RNAに対するアンチセンスオリゴである、上記[1]に記載のポリイオンコンプレックス。
[4]核酸が、標的RNAに対するアンチセンスオリゴであり、アンチセンスオリゴは、DNAからなるか、少なくともDNAからなる連続した塩基部分を含み、ポリイオンコンプレックスが、RNaseHを内包しており、これにより、アンチセンスオリゴが標的RNAと接触して形成される標的RNAとアンチセンスオリゴのDNA部分とのハイブリッドを分解することができる、上記[1]~[3]のいずれかに記載のポリイオンコンプレックス。
[5]非電荷親水性ポリマーブロックが、ポリアルキレングリコールブロック(好ましくはポリエチレングリコール)である、上記[1]~[4]のいずれかに記載のポリイオンコンプレックス。
[6]上記[1]~[4]のいずれかに記載のポリイオンコンプレックスを含む、組成物。
[7]対象の鼻粘膜から経鼻投与(経鼻粘膜投与)される、上記[6]に記載の組成物。
[8]対象の脳組織に核酸を送達することに用いるための、上記[6]または好ましくは[7]に記載の組成物。
[9]対象の三叉神経または嗅球に核酸を送達することに用いるための、上記[6]または好ましくは[7]に記載の組成物。
[10]対象の脳組織または三叉神経の細胞において標的遺伝子の発現を抑制することに用いるための、標的遺伝子に対するアンチセンスオリゴDNAを含む、上記[6]または好ましくは[7]に記載の組成物。
[11]RNaseHを内包する、上記[8]~[10]のいずれか、好ましくは上記[10]に記載の組成物。
【0008】
[21]動的光散乱法による平均粒径が、30~150nmである、上記いずれかに記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[22]多分散性指数が、0.3以下、好ましくは0.25以下、より好ましくは0.2以下である、上記いずれかに記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物、特に上記[21]に記載のポリイオンコンプレックスまたは当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[23]ポリイオンコンプレックスが、中空粒子(すなわち、ベシクル型ポリイオンコンプレックス)である、上記いずれかに記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物、特に上記[21]または[22]に記載のポリイオンコンプレックスまたは当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[24]核酸が非特異的配列を有する、上記いずれかに記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[25]核酸が、標的RNA分子に対する抑制作用を有する、上記いずれかに記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[26]核酸が、標的RNA分子に対するアンチセンスオリゴ、siRNA、shRNA、またはmiRNAを含む、上記いずれかに記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[27]物質、分子、生理活性物質、または造影剤を内包する、上記いずれかに記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[28]物質、分子、生理活性物質、または造影剤を内包する、上記[24]に記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[29]物質、分子、生理活性物質、または造影剤を内包する、上記[25]に記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[30]物質、分子、生理活性物質、または造影剤を内包する、上記[26]に記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[31]核酸が、少なくともDNA領域を含むアンチセンスオリゴである、上記いずれかに記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[32]RNaseHを内包した、上記[31]に記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[33]正の表面電位を有し、鼻粘膜から投与される、上記いずれかに記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
【0009】
[41]核酸を投与することに用いるための、上記ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[42]核酸を投与することに用いるための、上記[26]に記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[43]物質、分子、生理活性物質、または造影剤を投与することに用いるための、上記[24]に記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[44]物質、分子、生理活性物質、または造影剤を投与することに用いるための、上記[25]に記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[45]物質、分子、生理活性物質、または造影剤を投与することに用いるための、上記[26]に記載のポリイオンコンプレックス、または当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[46]医学的に有用である、上記ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[47]脳神経疾患を処置することに用いるための、上記ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
[48]前記脳神経疾患の原因である遺伝子を標的化し、サイレンシングする核酸を含む、上記[47]に記載の組成物。
[49]前記脳神経疾患の原因であるタンパク質の欠乏または減少に対するタンパク補充療法のための、当該タンパク質を内包した、上記ポリイオンコンプレックスまたは当該ポリイオンコンプレックスを含む組成物。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、核酸としてアンチセンスオリゴ(ASO)を用い、カチオン性ポリマーとして、ポリエチレングリコール(PEG)とカチオン性ポリペプチドとのブロックコポリマーを用いる例におけるASOsome(すなわち、ASOを含むベシクル型ポリイオンコンプレックス)の形成とその帯電状況を示す。
【
図2】
図2は、N/P比と得られたASOsomeのゼータ電位との関係を示す。N/P比は、負電荷の原因であるリン酸基およびチオリン酸基の数に対する正電荷の原因である側鎖アミノ基およびグアニジノ基の数の割合(比)である。
【
図3】
図3は、得られたASOsomeの動的光散乱法による平均粒径(nm)と多分散性指数(PDI)との関係を示す。平均粒径は、正方形マークにより示され、PDIはダイヤマークにより示される。
【
図4】
図4は、得られた正または負に帯電したASOsomeの粒径分布を示す。正に帯電したASOsomeは、円形マークにより示され、負に帯電したASOsomeは、三角形マークにより示される。
【
図5】
図5は、経鼻粘膜投与された正または負に帯電したASOsomeの脳組織内での分布を示す。
【
図6】
図6は、経鼻粘膜投与された正または負に帯電したASOsomeの脳組織内での分布を示す。より具体的には、
図6は、嗅球(olfactory bulb)、三叉神経(trigeminal nerve)、および脳(brain)それぞれにおける、投与量に対する蓄積量(Accumulation (%dose))を示す。
【
図7】
図7は、経鼻粘膜投与された正または負に帯電したASOsomeの嗅球および三叉神経での蓄積およびその経時変化(左から投与10分後、30分後、60分後、および120分後)を示す。
【
図8】
図8は、経鼻粘膜投与された正または負に帯電したASOsomeの嗅球および三叉神経での蓄積の経時変化を示す。縦軸は、蛍光量(すなわち蓄積量)を示し、横軸は時間(分)を示す。
【
図9】
図9は、脳内の各領域それぞれにおけるASOsomeの投与量に対する蓄積量(Accumulation (%dose))を示す。
【
図10】
図10は、蛍光標識したRNaseHの正に帯電したASOsomeへの内包量と内包率を蛍光強度測定により明らかにした図、正に帯電したASOsomeにRNaseHが内包されていることを示す蛍光相関分光法の結果、および、RNaseHを内包したASOsomeの透過型電子顕微鏡写真(TEM写真)を示す。
【
図11】
図11は、経鼻粘膜投与された正に帯電したASOsomeによる、脳内(特に大脳皮質、線条体、および海馬)における標的遺伝子のノックダウン効果を示す。NTは、未処置を示し、Naked ASO(内包されていない遊離ASO)はポリイオンコンプレックスに内包していない裸のASOを示し、ASOsome+RNaseHは、内包されていないRNaseHとASOsomeとの混合物を意味する。縦軸は、標的遺伝子であるMalat1のRNA量をハウスキーピング遺伝子であるGapdhのRNA量で除した値である。
【発明の詳細な説明】
【0011】
<定義>
本明細書では、「対象」とは、脊椎動物であり、哺乳類、例えば、ヒトを含む霊長類であり得る。
【0012】
本明細書では、「組成物」とは、1以上の成分の混合物である。組成物は、例えば、部分ペプチドと水性溶媒(例えば、水)を含み得る。組成物は、薬学的に許容可能な添加剤(例えば、賦形剤、担体等)をさらに含んでいてもよい。対象の処置に用いられる組成物は、医薬組成物と呼ばれる。
【0013】
本明細書では、「処置」は、予防的処置および治療的処置を含む。治療的処置は、疾患や症状を有する対象を処置することを含み、症状の悪化を遅延させること、もしくは症状の悪化を止めること、もしくは、重症化を防ぐためになされ得る。予防的処置は、将来の疾患や症状の発症を予防するためになされ得る。
【0014】
本明細書では、「有効量」は、期待する薬理効果を奏する有効成分の量を意味する。
【0015】
本明細書では、「ポリイオンコンプレックス」は、カチオン性ポリマーおよびアニオン性ポリマー(例えば、核酸)を含むポリマー複合体を意味する。複合体中では、カチオン性ポリマーとアニオン性ポリマーとはイオン性相互作用により結合を形成している。特に非電荷親水性ポリマーブロック(例えば、ポリエチレングリコールおよびポリオキサゾリン、例えば、ポリエチレングリコール)とカチオン性ポリマーブロックとの共重合体と核酸とのポリマー複合体によって形成された複合体は、ミセルまたは中空粒子を形成し得、表面が非電荷親水性ポリマーブロック(例えば、ポリエチレングリコールおよびポリオキサゾリン)で被覆された形態であると考えられる。「非電荷親水性ポリマーブロック」とは、室温の生理食塩水中で、および体内の血中で、非電荷であり、かつ親水性であるポリマーブロックを意味する。非電荷とは、非イオン性を意味する。ポリイオンコンプレックスは、核酸、および非電荷親水性ポリマーブロックとカチオン性ポリマーブロックとの共重合体から形成され得る。
【0016】
本明細書では、「ブロックコポリマー」とは、異なる2以上のポリマーが、その端の単量体単位において連結したポリマーをいう。このため、ブロックコポリマー中にポリマーを含むブロックが2以上含まれることとなる。それぞれのブロックに、物理化学的に異なる性質を有するポリマーを搭載することによって、ブロックコポリマーは、その異なる性質を兼ね備えることとなり得、これによりポリマーを高機能化することができる。例えば、非電荷親水性ポリマーブロックとカチオン性ポリマーブロックとのブロックコポリマーは、アニオン性ポリマーとイオン性相互作用により複合体を形成し得ることに加えて、非電荷親水性ポリマーブロックの性質により、生体適合性を獲得する。
【0017】
本明細書では、「mRNA」とは、メッセンジャーRNAを意味する。mRNAは、タンパク質をコードする核酸として知られ、細胞質においてタンパク質に翻訳され得る。遺伝子のノックダウン(すなわち、発現抑制)は、mRNAを標的とすることでなされ得る。例えば、mRNAに対するアンチセンスオリゴ、siRNA、shRNA、およびマイクロRNAは、mRNAを標的として遺伝子発現をノックダウンするツールである。
【0018】
本明細書では、「アンチセンスオリゴ」は、DNA、RNA、DNAとRNAとのハイブリッドなどの核酸、または修飾核酸(ギャップマー、ミクスマーなどを含む)であり得る。RNAを標的化するアンチセンスオリゴは、RNaseHによる認識と分解を誘導するために、DNAを含むことが好ましく、DNAからなる分子であるか、DNA分子の両端に修飾核酸(例えば、LNA)を有する分子(すなわち、ギャップマー)であることがより好ましい。また、RNAを標的化するアンチセンスオリゴは、その安定性および/またはRNAへの結合性の強さの観点で、修飾核酸であることが好ましい。アンチセンスオリゴは、標的RNAの発現抑制の他、mRNAの特定エキソンを除去するエキソンスキッピングに用いられ得る(例えば、ジストロフィンに対するエキソンスキッピングを誘発するアンチセンスオリゴが開発されている)。アンチセンスオリゴは、通常、約14~約35mer程度(例えば、約20~約30mer程度)の長さを有する。siRNAは、通常、約20~約25mer程度(例えば、約21~約23mer程度)の長さを有する。shRNAは、通常、約20~約25塩基対程度(例えば、約21~約23塩基対程度)のロッドとループを有する。miRNAは、通常は、例えば、約20~約25merの長さを有し、標的RNAと相補的な配列を有して、その発現を抑制することができる。アンチセンスオリゴ、siRNA、shRNA、およびmiRNAは、好ましくは、過度の炎症または薬学的に許容できない炎症を誘発せずに、標的RNAを抑制し得る。
【0019】
修飾核酸としては、例えば、蛍光色素修飾された核酸、ビオチン化された核酸、コレステリル基を導入した核酸が挙げられる。RNAは安定性を高めるために、塩基に対して2’-O-メチル修飾または、2’-フルオロ修飾若しくは2’-メトキシエチル(MOE)修飾をすることがあり、核酸バックボーンのホスホジエステル結合をホスホロチオエート結合に置き換えることもある。人工核酸としては、2’位の酸素原子と4’位の炭素原子が架橋された核酸が挙げられる。このような人工核酸としては、例えば、2’位の酸素原子と4’位の炭素原子がメチレンを介して架橋された架橋型DNAであるロックド核酸(LNA)、2’位の酸素原子と4’位の炭素原子がエチレンを介して架橋されたENA、2’位の酸素原子と4’位の炭素原子が-CH2OCH2-を介して架橋されたBNACOC、2’位の酸素原子と4’位の炭素原子が-NR-CH2-{ここで、Rは、メチルまたは水素原子である}を介して架橋されたBNANCなどの架橋型核酸(BNA)、2’位の酸素原子と4’位の炭素原子が-CH2(OCH3)-を介して架橋されたcMOE、2’位の酸素原子と4’位の炭素原子が-CH2(CH3)-を介して架橋されたcEt、2’位と4’位の炭素原子がアミドを介して架橋されたAmNA、2’位の酸素原子と4’位の炭素原子がメチレンを介して架橋され、6’位にシクロプロパンが形成されたscpBNA、およびデオキシリボースまたはリボースの代わりにN-(2-アミノエチル)グリシンがアミド結合したポリマーが主鎖となったペプチド核酸(PNA)などが挙げられる。RNAとしては、siRNAおよびshRNAなどの遺伝子サイレンシングのための人工的なRNA、マイクロRNA(miRNA)、アプタマーなどのノンコーディングRNA、およびmRNAなどの天然のRNAが挙げられる。これらのRNAは、生体内で安定化するように修飾されうる。
【0020】
<本発明のポリイオンコンプレックス>
本発明によれば、(i) (i-1) 非電荷親水性ポリマーブロックと(i-2)カチオン性ポリマーブロック(カチオン性アミノ酸を含むポリマーブロック)を含むブロックコポリマーと、(ii) 核酸と、を含むポリイオンコンプレックスが提供される。本発明によればまた、(i) (i-1) 非電荷親水性ポリマーブロックと(i-2)カチオン性ポリマーブロック(カチオン性アミノ酸を含むポリマーブロック)を含むブロックコポリマーと、(ii) 核酸と、を含むポリイオンコンプレックスであって、正の表面電位を有する(「正に帯電する」ともいう)、ポリイオンコンプレックスが提供される。本発明によればさらに、(i) (i-1) 非電荷親水性ポリマーブロックと(i-2)カチオン性ポリマーブロック(カチオン性アミノ酸を含むポリマーブロック)を含むブロックコポリマーと、(ii) 核酸と、を含むポリイオンコンプレックスであって、正の表面電位を有し、前記核酸を細胞外から細胞質に送達することができる、ポリイオンコンプレックスが提供される。
【0021】
非電荷親水性ポリマーブロックは、全体として電荷を有さず、かつ親水性である。非電荷親水性ポリマーブロックは、ポリイオンコンプレックスの形成に寄与すると共に、ポリイオンコンプレックスに生体適合性を付与することに適している。非電荷親水性ポリマーブロックとしては、例えば、ポリアルキレングリコールのブロック、例えば、ポリエチレングリコールのブロックが挙げられる。非電荷親水性ポリマーブロックとしてはまた、ポリオキサゾリンが挙げられる。非電荷親水性ポリマーブロックは、例えば、数平均重合度が、20~300、例えば、30~100、例えば、40~60であり得る。非電荷親水性ポリマーブロックは、例えば、数平均分子量が、1kDa~20kDa、例えば、1.5kDa~15kDa、例えば、2kDa~12kDaであり得る。
【0022】
本発明によれば、カチオン性ポリマーは、非電荷親水性ポリマーブロックとのコポリマーであり得る。カチオン性ポリマーブロックは、全体として正電荷を有するポリマーブロックである。通常は、負電荷を有するモノマー単位を実質的に含まないか、全く含まない。カチオン性ポリマーブロックは、天然カチオン性アミノ酸(例えば、リジンおよびオルニチン)を単量体単位とするポリマーであり得る。カチオン性ポリマーブロックはまた、非天然カチオン性アミノ酸を単量体単位とするポリマーであり得る。カチオン性ポリマーブロックは、天然カチオン性アミノ酸と非天然カチオン性アミノ酸を単量体単位とするポリマーであってもよい。非天然カチオン性アミノ酸の例は、例えば、WO2010/093036Aにおいて開示されている。例えば、非天然カチオン性アミノ酸としては、グルタミン酸またはアスパラギン酸の側鎖のカルボキシ基に、以下式:
-NH-(CH2)p1-〔NH-(CH2)q1-〕r1-NH2 (i);
-NH-(CH2)p2-N〔-(CH2)q2-NH2〕2 (ii);
-NH-(CH2)p3-N{〔-(CH2)q3-NH2〕〔-(CH2)q4-NH〕r2H}(iii);および
-NH-(CH2)p4-N{-(CH2)q5-N〔-(CH2)q6-NH2〕2}2 (iv)
よりなる群から選ばれ、ここで、p1~p4、q1~6、およびr1~2は、それぞれ相互に独立して、1~5の整数である基をペプチド結合を介して直接または間接的に連結させてなるアミノ酸が挙げられる。ある態様では、p1およびq1は、2であり、かつ、r1が1~5のいずれかの自然数、好ましくは1、2、または3であり得る。非天然アミノ酸としては、例えば、グルタミン酸またはアスパラギン酸側鎖にカチオン性側鎖(例えば、NH2-(CH2)n-NH2またはNH2-(CH2)n-NH-C〔(=NH)(-NH2)〕をペプチド結合を介して直接または間接的に連結した分子であってもよい{ここで、nは、独立して1~8の自然数、例えば、1、2、3、4、5、6、7、または8であり得る}。カチオン性ポリマーブロックの数平均重合度は、例えば、30~100、40~80、または50~70であり得る。
【0023】
また例えば、(i) (i-1) 非電荷親水性ポリマーブロックと(i-2)カチオン性ポリマーブロックを含むブロックコポリマーは、疎水性ポリマーブロックをさらに含んでいてもよい。この態様においてブロックコポリマーは、好ましくは、非電荷親水性ポリマーブロック、カチオン性ポリマーブロック、および疎水性ポリマーブロックをこの順番で含んでいてもよい。また例えば、(i-2)カチオン性ポリマーブロックは、カチオン性単量体単位に加えて、疎水性単量体単位を含んでいてもよい。この態様では、カチオン性ポリマーブロックは、カチオン性単量体単位と疎水性単量体単位を含むコポリマー(例えば、統計コポリマー)であってもよい(Kim et al., ACS Cent. Sci., 5, 1866-1875, 2019参照)。疎水性ポリマーブロックの単量体単位または疎水性単量体単位は、特に限定されないが例えば、グルタミン酸またはアスパラギン酸の側鎖のカルボキシ基にペプチド結合を介して疎水基が連結した構造を有していてもよい。疎水基としては、置換もしくは非置換アルキル、置換もしくは非置換アルキニル、置換もしくは非置換アルケニル、置換もしくは非置換シクロアルキル、置換もしくは非置換シクロアルキニル、置換もしくは非置換シクロアルケニル、または置換もしくは非置換アリールであり得、置換基は、疎水性の基であり得る。疎水性の基としては、置換もしくは非置換アルカン、置換もしくは非置換アルキン、置換もしくは非置換アルケン、置換もしくは非置換シクロアルキル、または置換もしくは非置換アリールが挙げられる。ある態様では、アルキルは低級アルキルであり得、アルキニルは低級アルキニルであり得、アルケニルは低級アルケニルであり得る。低級アルキル、低級アルキニル、および低級アルケニルとは、炭素数が1~6であるものを意味し、炭素数1~4、1~3、または1~2であるものを含む。ある態様では、疎水基は、-(CH2)n2-H{ここで、n2は、4~15のいずれかの自然数、例えば、4、5、6、7、8、9、または10であり得る}、ある態様では、疎水基は、芳香族アルキル基(ここで、アルキル基は炭素数1~4のアルキル基であり得る)であり得る。疎水性ポリマーブロックは、ポリイオンコンプレックスの安定化のために導入され得る。ポリイオンコンプレックスについては、Hori et al., Biomacromolecules, 19, 4113-4121, 2018、Chuanoi et al., Polymer Journal, 46, 130-135, 2014、Chuanoi et al., Biomacromolecules, 15, 2389-2397, 2014、Uchida et al., J. Am. Chem. Soc., 136, 12396-12405, 2014、Kim et al., ACS Cent. Sci., 5, 1866-1875, 2019、およびYum et al., Journal of Controlled Release, 342, 148-156, 2022により詳細が記載されており、これらの文献は引用することによりその全体が本明細書に組込まれる。
【0024】
(i) (i-1) 非電荷親水性ポリマーブロックと(i-2)カチオン性ポリマーブロック(カチオン性アミノ酸を含むポリマーブロック)を含むブロックコポリマーと、(ii) 核酸と、を水溶液中で混合すると、上記(i)と(ii)とが複合体を形成し、ポリイオンコンプレックスを形成する。ポリイオンコンプレックスは、好ましくは、ミセルまたは中空粒子(ベシクル)の形態であり得、より好ましくは、ベシクルの形態であり得る。ミセルと中空粒子の作り分けは、特に限定されないが、非電荷親水性ポリマーブロックの長さなどを調節することで容易に達成できる。
【0025】
ポリイオンコンプレックスは、例えば、動的光散乱法(DLS)による平均粒径が、30~150nmであり得、例えば、50~140nmであり得、例えば、60~130nmであり得、例えば、70~120nmであり得、例えば、80~110nmであり得、例えば、90~110nmであり得る。また、ポリイオンコンプレックスの多分散性指数は、例えば、0.3以下、例えば、0.25以下、例えば、0.2以下であり得る。
【0026】
ポリイオンコンプレックスは、正の表面電位を有していても、負の表面電位を有していてもよいが、好ましくは正の表面電位を有していることが好ましい。正の表面電位を有するポリイオンコンプレックスを得るためには、N/P比を第1の所定の割合以上とすることができる。第1の所定の割合は、例えば、1.8より大きく、好ましくは、2.0以上、より好ましくは2.1以上、さらに好ましくは2.2以上、例えば、2.3以上、2.4以上、2.5以上、2.6以上、または、2.7以上とすることができる。このようにすることで、ポリイオンコンプレックスの表面電位を正に調節することができる。また、負の表面電位を有するポリイオンコンプレックスを得るためには、第2の所定の割合以下とすることができる。第2の所定の割合は、例えば、1.8よりも小さく、好ましくは1.7以下、より好ましくは、1.6以下、さらに好ましくは1.5以下、1.4以下、1.3以下、1.2以下、または1.1以下とすることができる。このようにすることで、ポリイオンコンプレックスの表面電位を負に調節することができる。ここで、Nは、前記ブロックコポリマー中の正電荷の価数(例えば、ペプチドブロック中のアミノ基およびグアニジノ基の数)を表し、Pは、アニオン性ポリマー中、例えば、前記核酸中の負電荷の価数(例えば、リン酸基の数)を表す。リン(P)を有しない核酸を用いる場合には、当業者により適宜、ポリイオンコンプレックスを正の表面電位を有するように、または負の表面電位を有するように調節することができるであろう。ポリイオンコンプレックスの表面電位は、例えば、そのゼータ電位によって評価することができる。ゼータ電位は電気泳動光散乱法などを用いて測定することができる。表面電位は、例えば、緩衝液中(例えば、pH7.4の10mM Hepes緩衝液中)における表面電位であり得る。ある好ましい態様では、N/P比は、第1の所定の値以上であり、第1の所定の値は2.0以上、より好ましくは2.1以上、さらに好ましくは2.2以上であり得る。
【0027】
本発明によれば、核酸は、好ましくは、アニオン性ポリマーであり得る。一方で、モルホリノオリゴおよびペプチド核酸などの、アニオン性ではない核酸も、例えば、アニオン性ポリマーとのブロックコポリマーとすることにより、またはアニオン性ポリマーと混合することにより、本発明において核酸として用いることができる。アニオン性ポリマーである核酸は、例えば、一本鎖DNA、一本鎖RNA、二本鎖DNA、二本鎖RNA、一本鎖修飾核酸、および二本鎖修飾核酸からなる群から選択される1以上の核酸である、または前記核酸を含み得る。アニオン性ポリマーである核酸は、(α)DNAとRNA、(β)DNAと修飾核酸、(γ)RNAと修飾核酸、(δ)DNAとRNAと修飾核酸からなる群から選択される単量体単位を含むポリマーであり得る。ある好ましい態様では、安定性の高い核酸が、安定性の低い核酸の片端、より好ましくは両端に連結している。
【0028】
例えば、アニオン性ポリマーである核酸は、5’末端からDNAブロック-RNAブロック-DNAブロックの順に連結し、各ブロックには少なくとも1以上、2以上、3以上、または4以上の核酸単量体単位が含まれ得る。
【0029】
また例えば、アニオン性ポリマーである核酸は、5’末端から修飾核酸ブロック-RNAブロック-修飾核酸の順に連結し、各ブロックには少なくとも1以上、2以上、3以上、または4以上の核酸単量体単位が含まれ得る。
【0030】
また例えば、アニオン性ポリマーである核酸は、5’末端から修飾核酸ブロック-DNAブロック-修飾核酸の順に連結し、各ブロックには少なくとも1以上、2以上、3以上、または4以上の核酸単量体単位が含まれ得る。上記において記号「-」は、単量体単位間を連結する結合(直接の結合と、リンカーを介する間接的な結合を含み得る)を意味する。好ましい態様では、修飾核酸ブロックは、LNAを単量体単位として含むブロックであり得る。
【0031】
上記のように安定性の高い核酸が、安定性の低い核酸の片端、より好ましくは両端に連結していると、生体内または細胞内において核酸が安定化し、その機能または効果を維持し得る。
【0032】
本発明では、核酸によって(例えば、RNAi、マイクロRNAまたはアンチセンスオリゴの送達によって)阻害され得る標的遺伝子は、特に限定されないが、ノックダウンにおいて脳神経系疾患の治療的または予防的利益を得ることができる遺伝子であり得る。処置される疾患は、当該遺伝子のノックダウンにより、治療的または予防的利益を得ることができる脳神経系疾患であり得る。例えば、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の処置において、その必要のある対象に、SOD1(Cu/Znスーパーオキシドジスムターゼ)、FUS(Fused in sarcoma)、C9ORF72、またはATXN2(アタキシン2)に対するアンチセンスオリゴを投与し得る。また、アルツハイマー病の処置において、その必要のある対象に、タウに対するアンチセンスオリゴを投与し得る。パーキンソン病の処置において、その必要のある対象に、LRRK2(ロイシンリッチリピートキナーゼ2)、SNCA(α-シヌクレイン)、HTT(ハンチンチン)、またはSNP2(SNP rs362331)に対するアンチセンスオリゴを投与し得る。
【0033】
本発明のポリイオンコンプレックスは、ポリマー間に架橋を有しても有しなくてもよい。ある好ましい態様では、ブロックコポリマー間に架橋を有し得る。ある好ましい態様では、核酸間または核酸とブロックコポリマーとの間には架橋を有しない。ある好ましい態様では、ポリイオンコンプレックスは、ポリマー間に架橋を有しない。
【0034】
本発明のポリイオンコンプレックスは、核酸を細胞外から細胞内に送達することに適している。また、本発明のポリイオンコンプレックスは、ある態様では、鼻粘膜から経鼻投与することにより、脳組織を含む神経系に送達することに適している。また、本発明のポリイオンコンプレックスは、特定細胞に対する標的化分子を備えている必要は無い。例えば、WO2019/240223Aでは、表面にGLUT1リガンド(すなわち、GLUT1に対する結合性を有する分子)を表出するポリイオンコンプレックスミセルを開示するが、このミセルは、脳血液関門(BBB)をGLUT1に対する親和性によって通過することを目的とする。しかしながら、本発明では、そのような標的化分子を有する必要は無い。
【0035】
本発明によれば、核酸は、アンチセンスオリゴであり得る。アンチセンスオリゴは、標的RNAに細胞内環境においてハイブリダイズ可能な配列(好ましくは相補的な配列)を有し、標的RNAとハイブリダイズして作用する。細胞内環境において標的RNAにハイブリダイズ可能な配列は、当業者であれば適宜設計することができ、そのようなアンチセンスオリゴを得ることができる。アンチセンスオリゴは、通常は、約14~約35merの長さを有する。アンチセンスオリゴは、修飾核酸(例えば、LNA、モルホリノオリゴなど)であり得る。アンチセンスオリゴは、DNAであり得る。アンチセンスオリゴは、DNAの両端に修飾核酸が連結した構造を有していてもよい。本発明によれば、核酸は、それ以外の核酸であってもよい。核酸の詳細は上述した通りである。アンチセンスオリゴは、細胞内環境において標的RNAに対してハイブリダイズできるものであればよい。ハイブリダイズは、相補的な配列に対して完全なワトソンクリック塩基対を形成すること、および部分的に不完全であるが他の部分におけるワトソンクリック塩基対により全体的に安定したハイブリッドを形成すること(例えば、エキソンスキッピングにおける標的へのハイブリダイズを含む)を意味する。ハイブリダイズは標的RNAに対して特異的または選択的であり得る。
【0036】
後述するように、RNaseHをポリイオンコンプレックスに内包させる場合には、アンチセンスオリゴは、DNA部分(DNAブロック)を有していることが好ましい。DNA部分が標的RNAとハイブリダイズすると、RNaseHが当該DNA-RNAハイブリッド部分を酵素的に分解し、これにより、標的RNAに対するアンチセンスオリゴの抑制効果が高まるためである。
【0037】
物質、例えば、生理活性物質、例えば、RNaseHは、特に限定されないが、0.01mg/mL以上、0.02mg/mL以上、0.03mg/mL以上、0.04mg/mL以上、0.05mg/mL以上、0.06mg/mL以上、0.07mg/mL以上、0.08mg/mL以上、0.09mg/mL以上、0.10mg/mL以上、0.15mg/mL以上、0.2mg/mL以上、または0.3mg/mL以上の濃度で組成物中に含まれ得る。特に好ましい態様では、物質、例えば、生理活性物質、例えば、RNaseHは、上記ポリイオンコンプレックスに内包され、かつ、上記濃度で組成物中に含まれ得る。上記ポリイオンコンプレックスへの物質、例えば、生理活性物質、例えば、RNaseHの内包は、上記ポリイオンコンプレックスと物質、例えば、生理活性物質、例えば、RNaseHとを混合することによってなされ得る。混合は、例えば、激しい攪拌、ボルテックスミキサーなどを用いた攪拌によってなされ得る。
【0038】
内包する生理活性物質は、種々の細胞を用いて産生することができる。生理活性物質がタンパク質である場合には、当業者に周知の方法により種々の細胞で当該タンパク質を産生させ、当該タンパク質を回収することができる。回収された当該タンパク質は、必要に応じて精製(例えば、ゲル濾過による精製、アフィニティ精製等)をした後に、上記ポリイオンコンプレックスに内包させることができる。
【0039】
本発明によれば、上記ポリイオンコンプレックスは、例えば、ベシクル型ポリイオンコンプレックスであり、内部に物質が内包されていてもよい。物質としては、生理活性物質、またはイメージングのための造影剤を用い得る。生理活性物質としては、脳や神経に送達することにより利益を有する物質が考えられ、例えば、低分子化合物、タンパク質、抗体またはその抗原結合性断片などが挙げられる。イメージングのための造影剤としては、核磁気共鳴画像法(MRI)用の造影剤、ポジトロン断層法(PET)用の造影剤などが挙げられる。低分子化合物としては、脳神経疾患の治療薬、予防薬などが挙げられる。タンパク質としては、脳細胞に発現しているタンパク質、タンパク質分解酵素、核酸分解酵素(例えば、RNaseH)などが挙げられる。内包される物質を標的組織または細胞に送達することのみが目的である場合には、核酸は、意味のある情報をコードしている必要はないことが理解される。この場合、核酸は、生体適合性に優れたポリマーとして、ポリイオンコンプレックスの構造形成にのみ技術的意義を発揮する。
【0040】
後述する実施例によれば、上記ポリイオンコンプレックスは、少なくとも細胞外から核酸を細胞質に送達することができる。後述する実施例によればまた、鼻粘膜から経鼻投与することにより、上記ポリイオンコンプレックスは、脳、嗅球、および三叉神経を含む脳神経形に核酸を送達することができる。また、送達された核酸は、上記神経の細胞の細胞質に送達され得る。その送達効率は、上記ポリイオンコンプレックスが正に帯電していることにより向上し得る。また、核酸がDNAを含むアンチセンスオリゴである場合には、効果的に細胞内でRNAの抑制(特にサイレンシング)を誘導することができるが、RNaseHを含む上記ポリイオンコンプレックスは、より効果的にRNAの抑制(特にサイレンシング、または分解)を誘導することができる。
【0041】
本発明によれば、上記ポリイオンコンプレックスは、細胞膜透過ペプチド(CPP)などの細胞膜透過性を促進する分子をさらに含み、当該分子を表出していてもよいし、当該分子を含まなくても、表出していなくてもよい。本発明によれば、上記ポリイオンコンプレックスは、そのような分子を用いることなく、好ましい効率で脳に核酸を送達することができる。
【0042】
<本発明の組成物>
本発明によれば、ポリイオンコンプレックスを含む組成物が提供される。組成物は、医薬組成物であり得る。組成物または医薬組成物は、ポリイオンコンプレックスに加えて、薬学的に許容可能な添加剤(賦形剤または担体など)をさらに含んでいてもよい。
【0043】
本発明によれば、ポリイオンコンプレックスを含む組成物は、経鼻投与することができる。特に本発明の組成物は、鼻粘膜に対して経鼻投与(「経鼻粘膜投与」ともいう)することができる。これによって、ポリイオンコンプレックスに含まれる核酸を、標的組織として、脳組織、三叉神経および嗅球のいずれか、またはすべてに送達することができる。ある態様では、ポリイオンコンプレックスは正に帯電しており、好ましくは、標的組織は脳組織および/または三叉神経であり得る。ある態様では、ポリイオンコンプレックスは、負に帯電しており、好ましくは、標的組織は三叉神経であり得る。本発明のポリイオンコンプレックスは、標的組織に送達された後には、細胞内に取り込まれ、細胞質に核酸を送達し得る。それ故に、標的組織における、核酸を用いた遺伝子発現制御(特に遺伝子発現抑制、またはノックダウン等)に有利に用いることができる。特に、核酸がDNAを含むアンチセンスオリゴである場合には、効果的に細胞内でRNAの抑制(特にサイレンシング)を誘導することができるが、RNaseHを含む上記ポリイオンコンプレックスは、より効果的にRNAの抑制(特にサイレンシング、または分解)を誘導することができる。物質を内包させる観点では、本発明のポリイオンコンプレックスは、好ましくは、ベシクル型ポリイオンコンプレックスであり得る。
【0044】
本発明によれば、上記ポリイオンコンプレックスを含む組成物は、鼻粘膜に対する経鼻投与製剤であり得る。最も好ましい態様では、上記ポリイオンコンプレックスを含む組成物において、ポリイオンコンプレックスは正の表面電位を有し、組成物は、鼻粘膜に対して経鼻投与される。
【0045】
ある態様では、本発明の組成物、医薬組成物、および経鼻投与製剤(経鼻粘膜投与製剤)は、脳または中枢神経系(CNS)の疾患などの神経疾患を治療するために使用され得る。例示的な疾患としては、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、前頭側頭型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、ピック病、原発性年齢関連タウオパチー、または進行性核上性麻痺が挙げられる。いくつかの実施形態では、疾患は、タウオパチー、プリオン病(例えば、ウシ海綿状脳症、スクレイピー、クロイツフェルトヤコブ病、クールー病、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー病、慢性消耗病、及び致死性家族性不眠症など)、球麻痺、運動ニューロン病、または神経系ヘテロ変性疾患(カナバン病、ハンチントン病、神経セロイドリポフスチノーシス、アレキサンダー病、トゥレット症候群、メンケス縮れ毛症候群、コケイン症候群、ハレルフォルデン・スパッツ症候群、ラフォラ疾患、レット症候群、肝レンズ核変性症、レッシュナイハン症候群、フリードライヒ運動失調症、脊髄性筋萎縮症、及びウンフェルリヒト・ルントボルク症候群など)であり得る。いくつかの実施形態では、疾患は脳卒中または多発性硬化症である。いくつかの実施形態では、患者は無症状の場合もあるが、脳またはCNSの疾患に関連したマーカーを有する。この態様では、遺伝子の発現抑制が上記疾患において治療的意義をもたらすmRNAを標的化することができる。また、この場合において、本発明のポリイオンコンプレックスは、これらの疾患のいずれかに対する治療薬を内包していてもよいであろう。
【0046】
ある態様では、本発明の組成物、医薬組成物、および経鼻投与製剤(経鼻粘膜投与製剤)は、神経膠腫、多形膠芽腫、髄膜腫、星状細胞腫、聴神経腫、軟骨腫、乏突起神経膠腫、髄芽腫、神経節膠腫、シュヴァン鞘腫、神経線維腫、神経芽細胞腫、または硬膜外、髄内もしくは硬膜内の腫瘍などの脳腫瘍の処置に用いられ得る。この態様では、遺伝子の発現抑制が上記疾患において治療的意義をもたらすmRNAを標的化することができる。また、この場合において、本発明のポリイオンコンプレックスは、これらの脳腫瘍のいずれかに対する治療薬を内包していてもよいであろう。
【0047】
本発明の組成物、医薬組成物、および経鼻投与製剤は、薬学的に許容可能な添加剤をさらに含んでいてもよい。薬学的に許容可能な添加剤としては、例えば、薬理学的又は生理学的に許容可能な成分であり得、例えば、崩壊補助剤、抗酸化剤又は酸化防止剤、安定剤、防腐剤又は保存剤、殺菌剤又は抗菌剤、帯電防止剤、矯味剤又はマスキング剤、着色剤、矯臭剤又は香料、清涼化剤、消泡剤などが挙げられる。これら他の成分は、単独で又は二種以上組み合わせて使用できる。
【0048】
<その他の発明>
本発明によれば、その必要のある対象に核酸を投与する方法であって、上記ポリイオンコンプレックスの有効量を当該対象に投与することを含む方法が提供される。投与は、鼻粘膜への経鼻投与により行われ得る。
本発明によれば、その必要のある対象に物質を投与する方法であって、前記物質を内包した上記ポリイオンコンプレックスの有効量を当該対象に投与することを含む方法が提供される。投与は、鼻粘膜への経鼻投与により行われ得る。
本発明によれば、脳、嗅球、および三叉神経からなる群から選択される脳神経領域に核酸を送達することに用いるための組成物(または医薬)の製造における上記ポリイオンコンプレックスの使用が提供される。
本発明によれば、脳、嗅球、および三叉神経からなる群から選択される脳神経領域に物質を送達することに用いるための組成物(または医薬)の製造における、当該物質を内包した上記ポリイオンコンプレックスの使用が提供される。
本発明によれば、上記方法のために用いられる組成物、または医薬組成物が提供される。
上記組成物、医薬組成物、および医薬は、いずれも好ましくは鼻粘膜から経鼻投与され得る。したがって、上記組成物、医薬組成物、および医薬は、経鼻投与製剤に適した組成を有し得る。
【0049】
本発明の組成物、医薬組成物、および医薬は、核酸または内包する物質を肺組織に送達し得る。
【0050】
本発明の医薬組成物は、医学的有用性を有し得る。本発明の医薬組成物は、例えば、脳神経疾患の処置に用いられ得る。脳神経疾患としては、例えば、精神病性障害、うつ病、気分障害、不安、睡眠障害、認知症および物質関連障害が挙げられる。また、認知症としては、特に限定されないがアルツハイマー病およびクロイツフェルト・ヤコブ病が挙げられる。内包される物質としては、これらの疾患に対する医薬の有効成分が挙げられる。また、本発明のポリイオンコンプレックスは、これらの脳神経疾患の原因となっているタンパク質をコードするmRNAを標的化する(特に、サイレンシング、またはノックダウンする)核酸を含み得る。本発明のポリイオンコンプレックスは、核酸としてDNA領域を含むアンチセンスオリゴを含み、RNaseHをさらに内包し得、上記脳神経疾患の原因となっているタンパク質をコードするmRNAまたは核酸を標的化して分解し得る。
【0051】
本明細書において引用された文献はその全体が、引用により本明細書に組込まれる。
【実施例0052】
材料
グアニジニル化を施したポリエチレングリコール-ポリ[(5-アミノペンチル)-α,β-アスパルアミド]ブロックコポリマー(PEG-P(Asp-AP/G);PEG:Mn=2000、Mw/Mn=1.05、P(Asp-AP/G): DP 60、 グアニジニル化 80%)を合成した[1]。ホスホロチオエート(PS)骨格とロックド核酸(LNA)を含む化学修飾アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)は、Gene Design、 Inc. (大阪、日本)で合成した。ASOの配列は、
5'-GGtcagctgccaatgcTAG-3'(配列番号1)
であり、転移関連肺腺癌転写産物1(Malat1)の長鎖非コードRNA(lncRNA)を標的としている(Malat1-ASO)。大文字と小文字はそれぞれ、ロックド核酸(LNA)(CはLNAメチルシチジンを示す)とDNAを示す。Malat1-ASOの3’末にAlexa Fluor(商標) 647色素を付着させた(ASO-AF647)。大腸菌由来の分子量21kDaのリボヌクレアーゼH(RNaseH)は、タカラバイオ株式会社(滋賀県)から購入した。Alexa Fluor 594 NHS Ester (AF594)はThermo Fischer Scientific (Wilmington、 DE、 USA)から購入した。Hepes (1 M、 pH 7.3) はAmresco (Solon、 OH、 USA) から購入した。BALB/cヌードマウス(雌、6週齢)はCharles River Japan(日本、神奈川県)から購入した。すべての動物実験は、東京大学の「実験動物の飼育および使用に関するガイドライン」に基づいて行われた。
【0053】
ポリイオンコンプレックス(PIC)の調製
PEG-P(Asp-AP/G)を10mM Hepes緩衝液に1mg/mLの濃度で溶解し、220nmのメンブレンフィルターを用いてろ過した。このポリマー溶液を、PEG-P(Asp-AP/G)のアミノ基/グアニジノ基とASOのチオリン酸基の間の所定の電荷比で、10 mM Hepes緩衝液中の15 μM ASO溶液と混合した後、Mixmate(Eppendorf、 Hamburg、 Germany)を用いて2,300 rpmで2分間、ボルテックスミキシングを行った。得られたASOとカチオン性ポリマーとから構成される小胞を以下「ASOsome」という。
【0054】
電気泳動/動的光散乱(ELS/DLS)
Zetasizer Nano-ZS装置(Malvern Instruments、 Worcestershire、 UK)を用いて、He-Neイオンレーザー(λ=633 nm)を照射し、25℃でPICサンプルのゼータ電位、流体力学的直径、多分散性指数(PDI)を測定した。ゼータ電位は、電気泳動移動度からSmoluchowskiの式:ζ=4πην/ε(η:溶媒の粘度、ν:電気泳動移動度、ε:溶媒の誘電率)により算出した。散乱角はすべての測定で173°に固定した。
【0055】
透過型電子顕微鏡(TEM)
電荷比1.4および2.4に調製したPIC試料を、120kVのTEM(JEM-1400;日本電子、東京、日本)で観察した。銅板にコロジオンを塗布した後、カーボンを塗布した。コーティングされたグリッドの上にサンプル溶液の液滴を置き、次にサンプルを載せたグリッドの表面に2wt%の酢酸ウラニルを含む50%エタノール溶液の液滴を置いて染色し、室温で乾燥させた。
【0056】
鼻腔内投与
経鼻投与には、一時的に開閉可能な吸入マスクを使用した[2]。BALB/cマウス(雌、7週齢)を仰臥位で固定し、吸入マスク下で2.5%イソフルランを用いて麻酔をかけた。裸のASOまたはASOsome(60 μM Malat1-ASOまたはASO-AF6)をマイクロピペットを用いて左右の鼻孔に繰り返し投与した(2 μL投与、30秒間隔、合計24 μL)。
【0057】
脳への蓄積
指定した時点でマウスを犠牲にし、脳、嗅球、三叉神経を摘出した。裸のASOまたはASOsomeの脳内分布を比較するために、嗅球を含む脳をブレーンスライサーを用いて2mm間隔で左から右にスライスした。スライスした標本は、In vivo imaging system (IVIS; PerkinElmer、 Waltham、 MA、 USA)でEx640/Em680nmで観察した。
【0058】
嗅球、三叉神経、脳をそれぞれ1×溶解バッファー(Promega、 Madison、 WI、 USA)でホモジナイズした後、マルチビーズショッカー(安井機械、大阪)を用いて定量分析を行った。蛍光強度(FI)は、Spark 20Mマルチモードマイクロプレートリーダー(Tecan、 Maennedorf、 Switzerland)を用いて測定した。結果は平均値とs.d.で表した(n=6)。
【0059】
鼻粘膜と三叉神経から脳への正電荷ASOsome(正の表面電位を有するASOsome)の動態を調べるために、嗅球と三叉神経をIVISで観察し、同じ露光時間でEx640/Em680nmのFIを定量した。結果は平均値とs.d.で表した(n=3)。
【0060】
裸のASOと正電荷を帯びたASOsomeを比較するために、脳の各部位を分離してホモジナイズし、Tecan社のマイクロプレートリーダーで定量した。結果は平均値とs.d.で表した(n=4)。
【0061】
RNaseH内包ASOsomeの調製
AF594で標識したRNaseH(RNaseH-AF594)の調製と、物理的なエントラップメント法による正の表面電位を有するASOsomeへの封入は、以前の報告[1]に従って行った。準備したASOsome溶液(10 μM Malat1-ASO、30 uL)にRNaseH-AF647(2.5 mg/mL、10 μL)を加えた後、3000 rpmで10秒間ボルテックスミキシングを行った。20分後、調製したRNaseH内包ASOsome溶液を限外濾過で精製した。
【0062】
ASOの内包量および内包効率は、フルオロスペクトロメーター(Nanodrop 3300; Thermo Fischer Scientific)を用いて算出した。調製したASO溶液(10 μM Malat1-ASO)に、指定した濃度のRNaseH-AF647を添加した。20分後、20、000gで1時間遠心分離し、上澄み液をNanodrop 3300で測定した。
【0063】
ASOsomeへのRNaseHの封入は、蛍光相関分光法(FCS)による分析で確認した。LSM880-FCSモードを用いて、RNaseH-AF594とRNaseH内包ASOsomeの自己相関曲線を、サンプリング時間10秒、リピート時間20秒で測定した。
【0064】
RNaseH内包ASOsomeの形態を透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影した。プラズマ処理した銅板上に試料溶液の液滴を置き、2wt%酢酸ウラニルで染色し、JEM-1400(JEOL、Tokyo、Japan)を用いて120kVで観察した。
【0065】
遺伝子ノックダウンアッセイ
脳内のRNaseH内包ASOsomeの遺伝子サイレンシング効率をqRT-PCRで評価した。裸のASO、正の表面電位を有する空のASOsome、空のASOsomeとRNaseHの単純混合物、RNaseH内包ASOsomeを、Malat1-ASOの最終濃度が60μMになるように調製した。RNaseH内包ASOsomeのN/P比はいずれも同じであった。コントロールとして、非特異的配列(スクランブル)ASOからのRNaseH内包ASOsomeを同じ濃度で追加調製した。すべてのサンプル(24 μL、~9.5 μg/マウス)を、吸入マスクで麻酔したBALB/cマウス(雌、7週齢)に鼻腔内投与した。投与後48時間後にマウスを犠牲にし、脳を採取した。それぞれの脳から皮質、線条体、海馬を分離し、直ちに重量を測定して、RNAprotect Tissue Reagent(Qiagen、 Valencia、 CA、 USA)に浸した。RNAはRNeasy Mini Kit(Qiagen)を用いて抽出し、cDNAはReverTra Ace(東洋紡、大阪)を用いて合成し、qRT-PCRはABI 7500 Fast Real-Time PCR System(Applied Biosystems、 Foster City、 CA、 USA)を用いて行った。GapdhはMalat1 lncRNAのノックダウンレベルを決定するためのリファレンスとして使用した。プライマー配列は以下の通りで、
Gapdh:
フォワード5'-TGT GTC CGT CGT GGA TCT GA-3'(配列番号2)、
リバース5'-TG CTG TTG AAG TCG CAG GAG-3'(配列番号3)、
Malat1:
フォワード5'-GAG CTC GCC AGG TTT ACA GT-3'(配列番号4)、
リバース5'-AAC TAC CAG CAA TTC CGC CA-3'(配列番号5)
であった。結果は平均値とs.d.で表した(n=4)。
【0066】
統計解析
グループ間の比較は、一元配置のANOVAとpost-hoc testにより行った。p < 0.05のとき、差は統計的に有意であるとみなされた。
【0067】
結果
ポリイオンコンプレックスは、カチオン性ポリマーとアニオン性ポリマーとがイオン結合により複合体化することで形成される。本実施例では、アニオン性ポリマーとして核酸を用い、カチオン性ポリマーとしてポリペプチドに生体適合性を高めるためにポリエチレングリコール(PEG)を連結したものを用いた。核酸としては、標的遺伝子であるMalat1に対するアンチセンスオリゴを採用した。カチオン性ポリマーとアニオン性ポリマーの混合比率を変えると、ASOsomeのゼータ電位が変化した(
図1および
図2参照)。また、動的光散乱法(DLS)による平均粒径は約100nmであり、多分散性指数(PDI)は0.2またはそれ以下であったが、N/P比が約1.8の場合には粒径が約200nmであった(
図3)。N/P比が1.4であるASOsomeと、N/P比が2.4であるASOsomeの粒径分布は、
図4に示される通りであった。
図4に示されるように、粒径分布は、ゼータ電位によらず、また、N/P比に依らなかった。
【0068】
マウスに対してASOsomeを経鼻粘膜投与した。ASOsomeは、核酸を脳に送達することができることが示された。このことから、ASOsomeは何らかのルートで脳に到達するものと考えられる。また、正に帯電したASOsomeは、負に帯電したASOsomeと比較して脳への送達効率が高いことが明らかになった(
図5)。経鼻粘膜投与したASOsomeの嗅球(olfactory bulb)、三叉神経(trigeminal nerve)、および脳(brain)への蓄積は、
図6~8に示される通りであった。この結果から、脳以外にも、嗅球および三叉神経にもASOsomeが蓄積されることが示唆された。また、経鼻粘膜投与したASOsomeは、嗅神経または三叉神経を経由して(例えば、経軸索経路により)脳に移行している可能性も考えられた。なお、この結果は、鼻粘膜から上皮細胞層を通過して脳脊髄液にASOsomeが移行する経上皮経路の存在を否定するものでは必ずしもない。但し、正に帯電したASOsomeの集積率の高さは、脳への輸送経路において正の帯電が重要な技術的意義を有することを示唆するものである。ここで重要なことは、ASOsomeが裸のASOよりも効率的に送達されることのみではなく、ASOと同等程度に脳に移行するということである。ASOsomeのような高分子集合体が、経鼻粘膜投与により脳組織に移行することから、核酸や内包物をより安定に脳に送達するシステムが確立されたことになる。
【0069】
経鼻粘膜投与したASOsomeの脳における分布を確認した。結果は
図9に示される通りであった。確認したすべての脳領域に対してASOsomeは蓄積した。
【0070】
ASOsomeには、アニオン性ポリマーとしてDNAアンチセンスオリゴを用いた。このアンチセンスオリゴは、細胞質内に到達すると、RNAとハイブリダイズして、DNA-RNA二本鎖ハイブリッドを形成する。DNAとRNAの二本鎖核酸は、RNaseHの分解標的であるから、ASOsome内にRNaseHを内包させて、ASOsomeに対して標的分子を酵素的に分解する機能をさらに付与することを試みた。作製したRNaseH内包ASOsomeについて、蛍光強度測定、蛍光相関分光法測定、およびTEM観察を行った。結果は
図10に示される通りであった。
図10に示されるように、遊離RNaseHと比較してRNaseH内包ASOsomeは、異なる挙動を示し、RNaseHは、ASOsomeに内包されたことが実証された。また、TEM観察では、膜内に空間が観察され、RNaseHは、この膜に囲まれた空間に内包されたものと推定された。
【0071】
得られたRNaseH内包ASOsomeをマウスに経鼻粘膜投与し、脳領域における標的遺伝子のノックダウン効率を確認した。結果は、
図11に示される通りであった。
図11に示されるように、ASOsomeは、大脳皮質、線条体および海馬のそれぞれにおいて効果的に標的遺伝子をノックダウンした。また、RNaseH内包ASOsomeでは、ASOsome投与群およびRNaseHとASOsomeとを別々に投与した群と比較しても、より大きなノックダウン効果を示した(
図11参照)。このことから、ASOsomeへのRNaseHの内包は、ASOの作用をより強化する働きを示すことが明らかとなった。ASOsomeおよびRNaseH内包ASOsomeが脳内において標的遺伝子をサイレンシングできたという結果は、ASOsomeが、少なくとも脳に到達した後で、細胞質内に無傷の核酸およびRNaseHを放出できたことを示唆する。このことから、上記ASOsomeは、脳細胞への核酸送達に適していることも示された。
【0072】
REFERENCES
1. Noncovalent Stabilization of Vesicular Polyion Complexes with Chemically Modified/Single-Stranded Oligonucleotides and PEG-b-guanidinylated Polypeptides for Intracavity Encapsulation of Effector Enzymes Aimed at Cooperative Gene Knockdown. B. S. Kim, M. Naito, H. Chaya, M. Hori, K. Hayashi, H. S. Min, Y. Yi, H. J. Kim, T. Nagata, Y. Anraku, A. Kishimura, K. Kataoka, K. Miyata, Biomacromolecules 2020, 21, 4365-4376.
2. Novel Methods for Intranasal Administration Under Inhalation Anesthesia to Evaluate Nose-to-Brain Drug Delivery. T. Kanazawa, M. Fukuda, N. Suzuki, T. J. Suzuki, J. Vis. Exp. 2018, 141, e58485.