(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023181735
(43)【公開日】2023-12-25
(54)【発明の名称】磁性細線メモリ
(51)【国際特許分類】
H01L 29/82 20060101AFI20231218BHJP
H10B 61/00 20230101ALI20231218BHJP
H10N 50/10 20230101ALI20231218BHJP
G11C 11/16 20060101ALI20231218BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
H01L27/105 447
H01L43/08 Z
G11C11/16 100C
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022095039
(22)【出願日】2022-06-13
(71)【出願人】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】小倉 渓
(72)【発明者】
【氏名】高橋 真央
(72)【発明者】
【氏名】中谷 真規
(72)【発明者】
【氏名】加藤 大典
(72)【発明者】
【氏名】宮本 泰敬
(72)【発明者】
【氏名】井口 義則
【テーマコード(参考)】
4M119
5F092
【Fターム(参考)】
4M119BB01
4M119CC02
4M119CC10
4M119DD17
4M119DD22
4M119DD52
5F092AB06
5F092AC11
5F092AD23
5F092AD26
5F092BB42
5F092BB43
5F092BC43
(57)【要約】
【課題】一定長の磁区を連続的に形成することができる磁性細線メモリを提供する。
【解決手段】磁性細線メモリ1は、薄膜状の磁性細線2と、磁性細線2の膜厚方向に磁性細線2と交差するように配設された記録素子4と、を備え、磁性細線2は、記録素子4と交差する交差領域20に隣接して、記録素子4に流れる電流によって情報が書き込まれる磁区形成領域30を備えると共に、磁区形成領域30に隣接して記録領域40を備え、磁区形成領域30と記録領域40との境界に、磁性細線の幅方向に凹んだ第1括れ部11を有し、磁区形成領域30と交差領域20との境界に、磁性細線の幅方向に凹んだ第2括れ部11を有し、第1括れ部11は、磁区形成領域30から記録領域40に向かう第1方向に向かって幅が狭くなるように形成された第1形状であり、第2括れ部12は、第1方向とは逆向きの第2方向に向かって幅が狭くなるように形成された第2形状である。
【選択図】
図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄膜状の磁性細線と、
前記磁性細線の膜厚方向に層間絶縁膜を介して前記磁性細線と交差するように配設された記録素子と、を備え、
前記磁性細線は、前記記録素子と交差する交差領域に隣接して、前記記録素子に流れる電流によって情報が書き込まれる磁区形成領域を備えると共に、前記磁区形成領域に隣接して記録領域を備え、
前記磁区形成領域と前記記録領域との境界に、当該磁性細線の幅方向に凹んだ第1括れ部を有し、
前記磁区形成領域と前記交差領域との境界に、当該磁性細線の幅方向に凹んだ第2括れ部を有し、
前記第1括れ部は、前記磁区形成領域から前記記録領域に向かう第1方向に向かって幅が狭くなるように形成された第1形状であり、
前記第2括れ部は、前記第1方向とは逆向きの第2方向に向かって幅が狭くなるように形成された第2形状であることを特徴とする磁性細線メモリ。
【請求項2】
前記磁性細線の幅は、当該磁性細線の幅方向における両側が凹むように形成された前記第1括れ部の位置で前記第1方向に向かって先細りであり、当該磁性細線の幅方向における両側が凹むように形成された前記第2括れ部の位置で前記第2方向に向かって先細りである、ことを特徴とする請求項1に記載の磁性細線メモリ。
【請求項3】
前記第1括れ部および前記第2括れ部は、前記記録素子に対して前記磁区形成領域が配置された側にのみ設けられていることを特徴とする請求項2に記載の磁性細線メモリ。
【請求項4】
前記第1括れ部および前記第2括れ部は、前記磁性細線の長手方向におけるそれぞれの長さが、前記磁性細線の幅方向における凹みの長さよりも大きい、ことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の磁性細線メモリ。
【請求項5】
前記磁性細線は、複数の前記第1括れ部を有し、それぞれの第1括れ部により、前記記録領域が、前記磁区形成領域の長さと同じ間隔で区画されている、ことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の磁性細線メモリ。
【請求項6】
前記磁区形成領域は、前記第1括れ部及び前記第2括れ部から等距離の仮想線に対して線対称となる形状である請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の磁性細線メモリ。
【請求項7】
前記第1括れ部及び前記第2括れ部は、合同な形状を有する請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の磁性細線メモリ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性細線メモリに係り、特に、電流磁界により磁化を局所的に反転させることで情報記録を行う磁性細線メモリに関する。
【背景技術】
【0002】
磁性体材料を細線状に形成した媒体に2値情報を高速記録する磁気記録装置として、磁性細線メモリの研究が進められている。磁性細線メモリは、所定の書き込み方式により磁性細線に磁化の向きの情報を保存させ、また、磁性細線に電流を流すことで、書き込んだ情報を移動させることができる。磁性細線への情報の書き込み方式としては、例えば電流磁界による書き込み(例えば特許文献1参照)や、スピントルク書き込み(例えば特許文献2参照)が知られている。なお、特許文献2に開示された磁性細線メモリにおいては、磁性細線に磁壁が安定に存在できるように周期的な括れが形成されている。
【0003】
特許文献1に記載された磁性細線メモリは、磁性細線の上部に細線状に形成した導体(以降、記録素子)を直交配置し、記録素子に電流を印加することによって発生する電流磁界を用いて磁性細線中の磁化を局所的に反転し、情報の記録を行う。このような磁性細線メモリを並列配置、および積層することで、並列同期制御による超高速動作が可能となる。さらに、動作原理上機械的な可動部がないため、高い動作信頼性を確保できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2020-027802号公報
【特許文献2】特開2014-086640号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電流磁界による書き込み方式の磁性細線メモリにおいて、記録素子に電流を印加して電流磁界を発生させ、磁性細線中の磁化を局所的に反転させることで、記録ビットに相当する一定長の磁区を形成する必要がある。記録素子に電流を印加した際には、距離の2乗に反比例する強度の電流磁界が発生し、これにより磁区形成領域の磁化を反転させることで情報の記録を行うことができる。従来技術では、磁化反転した磁区の両端の磁壁のうち記録素子よりも遠い方の磁壁が外乱等により揺ぐ現象が発生する可能性があるため、安定した一定長の磁区を形成することは困難であった。
【0006】
そこで、安定した一定長の磁区を形成するために、磁性細線に括れを周期的に設けることが考えられる。そのような構造について検討したところ、新たに以下の問題が発生することが本願発明者らによって見い出された。括れを周期的に設けた磁性細線には、データとして上向き“0”または下向き“1”の磁化方向といった孤立した磁区の記録(例えば010101…といったビットの記録)を、問題なく行うことができた。しかしながら、括れを周期的に設けた磁性細線には、同じ磁化方向の連続した磁区の記録(たとえば0110110…といったビットの記録)を行うとしても、正常な記録を行うことができなかった。
【0007】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、同じ磁化方向の連続した磁区であっても安定した一定長の磁区を磁性細線に形成することができる磁性細線メモリを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明に係る磁性細線メモリは、薄膜状の磁性細線と、前記磁性細線の膜厚方向に層間絶縁膜を介して前記磁性細線と交差するように配設された記録素子と、を備え、前記磁性細線は、前記記録素子と交差する交差領域に隣接して、前記記録素子に流れる電流によって情報が書き込まれる磁区形成領域を備えると共に、前記磁区形成領域に隣接して記録領域を備え、前記磁区形成領域と前記記録領域との境界に、当該磁性細線の幅方向に凹んだ第1括れ部を有し、前記磁区形成領域と前記交差領域との境界に、当該磁性細線の幅方向に凹んだ第2括れ部を有し、前記第1括れ部は、前記磁区形成領域から前記記録領域に向かう第1方向に向かって幅が狭くなるように形成された第1形状であり、前記第2括れ部は、前記第1方向とは逆向きの第2方向に向かって幅が狭くなるように形成された第2形状であることとした。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、以下に示す優れた効果を奏するものである。
本発明に係る磁性細線メモリは、磁区形成領域の両端部に形成された第1括れ部および第2括れ部が互いに逆向きとなるラチェット構造なので、磁区形成領域の境界に発生する磁壁の揺らぎを抑制することができる。これにより、同じ磁化方向の連続した磁区であっても安定した一定長の磁区を磁性細線に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1A】本発明の実施形態に係る磁性細線メモリを模式的に示す平面図である。
【
図2】
図1Aの磁性細線メモリが備える磁性細線の平面図である。
【
図3A】平面視における磁区形成領域の一例を示す図である。
【
図3B】平面視における磁区形成領域の他の一例を示す図である。
【
図3C】平面視における磁区形成領域のさらに他の一例を示す図である。
【
図3D】
図3Cに示す磁区形成領域を備える磁性細線の一例を示す図である。
【
図4A】シミュレーションで設定した比較例に係る磁性細線メモリを模式的に示す平面図である。
【
図5】シミュレーションにおいて記録素子へ印加する電流パルス波形の例である。
【
図6】比較例に係る磁性細線メモリの1ビット目の磁区形成状態の時間変化を示す図である。
【
図7】比較例に係る磁性細線メモリの2ビット目の磁区形成状態を示す図である。
【
図8A】シミュレーションで設定した実施例に係る磁性細線メモリを模式的に示す平面図である。
【
図9】実施例に係る磁性細線メモリの2ビット目の磁区形成状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施形態に係る磁性細線メモリについて図面を参照して説明する。なお、各図面に示される部材の大きさや位置関係等は、説明を明確にするため誇張していることがある。
【0012】
図1A~
図1Cに示すように、磁性細線メモリ1は、薄膜状の磁性細線2と、磁性細線2の膜厚方向に層間絶縁膜3を介して磁性細線2と交差するように配設された記録素子4と、を備えている。ここでは、
図1Aに示すように、磁性細線2の長手方向をx方向、磁性細線2の幅方向をy方向、磁性細線2の膜厚方向をz方向とする。
磁性細線2は、
図2に示すように、記録素子4と交差する交差領域20に隣接して、磁区形成領域30を備えると共に、磁区形成領域30に隣接して記録領域40を備えている。磁区形成領域30は、記録素子4に流れる電流によって情報が書き込まれる領域であり、磁化が反転する領域である。磁性細線2は、磁区形成領域30と記録領域40との境界に第1括れ部11を有し、磁区形成領域30と交差領域20との境界に第2括れ部11を有している。第1括れ部11および第2括れ部11は、それぞれ当該磁性細線2の幅方向に凹んでいる。第1括れ部11は、磁区形成領域30から記録領域40に向かう第1方向(
図2では右)に向かって幅が狭くなるように形成された第1形状であり、第2括れ部12は、第1方向とは逆向きの第2方向(
図2では左)に向かって幅が狭くなるように形成された第2形状である。
以下、磁性細線メモリ1の各部の構成を詳細に説明する。
【0013】
[磁性細線2]
磁性細線2は、磁気記録媒体として機能する磁性細線媒体である。ここでは、磁性細線2に形成された磁区を駆動させる方向(磁区駆動方向)をx軸の正の方向(
図2では右)であるものとする。磁区駆動方向は、磁性細線2の長手方向において磁区形成領域30から記録領域40へ向かう方向(第1方向)である。
【0014】
磁性細線2の材料としては、外乱等で磁性細線媒体内部に記録された磁化状態に影響がないように、保磁力や異方性磁界の大きな(異方性エネルギーの大きな)磁性体材料が用いられる。そのため、特定の磁区の磁化状態を反転させるためには、これらをエネルギー的に超える大きな磁界が必要となる。
【0015】
磁性細線2の材料として、例えばCo/Tb,Co/Pt,Co/Ni,Co/Pdなどの垂直磁化を示す材料(多層膜または合金)を挙げることができる。磁性細線2は、基板8上に形成されている。基板8は、例えば表面熱酸化シリコン、サファイア、酸化マグネシウム、ガラス(石英含む)等の一般的に用いられる様々な材料を用いて形成することができる。
【0016】
図2に示すように、磁性細線2の幅は、当該磁性細線2の幅方向における両側が凹むように形成された第1括れ部11の位置で第1方向(
図2では右)に向かって先細りであり、磁性細線2の幅方向における両側が凹むように形成された第2括れ部12の位置で第2方向(
図2では左)に向かって先細りである。つまり、磁性細線2の幅は、第1括れ部11の基端(左端)にて最大であり、第1括れ部11の先端(右端)にて最小である。これにより、第1括れ部11は、第1方向(
図2では右)に磁区が移動し易いように形成されている。
また、磁性細線2の幅は、第2括れ部12の先端(左端)にて最小であり、第2括れ部12の基端(右端)にて最大である。そのため、磁性細線2の長手方向において、第2括れ部12の向きは、第1括れ部11の向きとは逆向きである。
磁性細線2の幅は、第1括れ部11および第2括れ部12以外の箇所では、一定の最大幅となっている。このため、磁性細線2は、最小幅の部位と、最大幅の部位とが連続するように形成されている。
【0017】
第1括れ部11および第2括れ部12は、記録素子4に対して磁区形成領域30が配置された側(
図2では右)にのみ設けられている。つまり、第1括れ部11および第2括れ部12は、磁性細線2の長手方向において記録素子4に対して磁区駆動方向(第1方向)にのみ設けられている。磁性細線2は、映像データ等をシーケンシャルデータとして磁区駆動方向(第1方向)にのみ駆動することができる。磁性細線2は、特許文献2に記載された磁性細線とは異なり、磁区駆動方向(第1方向)とは反対の方向にはむしろ駆動しにくいように返しが付いている。
【0018】
第1括れ部11は、磁性細線2の長手方向における長さが、磁性細線2の幅方向における凹みの長さ(深さ)よりも大きいことが好ましい。また、第2括れ部12は、磁性細線2の長手方向における長さが、磁性細線2の幅方向における凹みの長さ(深さ)よりも大きいことが好ましい。また、なお、事前シミュレーションにより所望のサイズを決定して、磁性細線メモリを製造すればよい。
【0019】
図2に示すように、磁性細線2は、複数の第1括れ部11を有し、それぞれの第1括れ部11により、記録領域40が、磁区形成領域30の長さと同じ間隔で区画されている。なお、
図2には、磁区形成領域30が、第1括れ部11及び第2括れ部12から等距離の仮想線に対して線対称となる形状である例を示したが、これに限定されるものではない。また、第1括れ部11及び第2括れ部12は、合同な形状を有する例を示したが、これに限定されるものではない。
【0020】
また、磁性細線2において、磁区形成領域30の平面視形状は、
図3Aに示すように8角形であるが、これに限定されるものではない。例えば、
図3Bに示す磁区形成領域30Bのように、8角形の4つの斜辺部が円弧または曲線であってもよい。また、例えば、
図3Cに示す磁区形成領域30Cのように、平面視形状が6角形であってもよい。
図3Dに示す磁性細線2Cは、磁区形成領域30Cを有している。この磁性細線2Cは、磁区形成領域30C以外の領域は、磁性細線2と同様の形状である。なお、磁区形成領域30C以外の領域に設けられた第1括れ部の形状を、磁区形成領域30Cに設けられた第1括れ部の形状と同様の形状としてもよい。
【0021】
[層間絶縁膜3]
層間絶縁膜3は、磁性細線2と記録素子4との間を絶縁するために磁性細線2の上部に形成されている。層間絶縁膜3を形成する絶縁体は、一般的な絶縁体材料で構成されている。このような材料として例えばSiO2やAl2O3等の酸化膜や、窒化シリコン(Si3N4)やMgF2等を挙げることができる。層間絶縁膜3は、基板8上で安定に支持されていればその形状は図示した形状に限定されるものではない。また、層間絶縁膜3は、記録素子4の周囲に絶縁材料を敷き詰めた絶縁被膜としてもよい。
【0022】
[記録素子4]
記録素子4は、磁性細線2に記録ビットに相当する磁区を記録するものである。磁区を記録する方法は、外部から記録素子4に記録電流を印加し、記録素子4に流れる電流によって磁界を発生させ、この電流磁界によって磁性細線2の中の磁化を局所的に反転させる。この局所的に磁化が反転した領域が磁区として記録される。記録素子4は、層間絶縁膜3の上部に設けられている。
【0023】
記録素子4には、図示を省略するが、導体配線を経由して外部電源(パルス電流源)から電流が印加される。記録素子4の材料としては、例えばAg,Au,Cu,Alなどの導電率の高い金属材料で、半導体集積デバイス中に多用されている一般的なものを用いることができる。
【0024】
[磁区の形成過程]
磁性細線2への磁区の形成過程は次の通りである。まず、記録素子4に電流(記録電流)を一方向(例えば
図1Aにおけるy軸の正の向き)に印加する。このときアンペールの法則にしたがって電流印加方向に対して右回りの電流磁界が、記録素子4周囲の空間上に形成される。この電流磁界が磁性細線2のもつ保磁力を超える強さとなったとき、記録素子4近傍の磁性細線2の磁化方向は、電流磁界の方向に揃って磁化反転し、所望の磁区が形成される。例えば初期状態が上向き磁区であれば磁化反転によって下向き磁区の領域ができ、上向き磁区領域と下向き磁区領域との境界には磁壁が形成される。
さらにまた、磁性細線2上に形成された磁区は、磁性細線2自体に電流(駆動電流)を印加することにより、磁区形成領域30から遠ざかる方向(x軸の正の向き)に移動させて、磁区記録を繰り返すことで、磁性細線2の記録領域40に情報を逐次蓄積することができる。
【0025】
[磁性細線メモリの製造方法]
次に、本実施形態の磁性細線メモリ1の製造方法について
図1A~
図1Cを参照して説明する。まず、基板8上に磁性細線2を形成する。この磁性細線2の上部に層間絶縁膜3を形成し、その上部に記録素子4を設ける。この一連の製造工程は、基板8上に、スパッタ法を用いて、磁性細線2、記録素子4の順に層を形成する手順をとる従来の磁性細線メモリと同様なので説明を省略する。
【0026】
また、磁性細線中に第1括れ部11および第2括れ部12を形成する方法としては、まず、例えば電子線描画装置(EB:Electron Beam Lithography Exposure)を用いて電子線レジストで基板8上に所望のラチェット形状をパターニングする。続いて、磁性細線材料をスパッタ法や蒸着法、MBE(Molecular Beam Epitaxy)法などのよく使われる薄膜堆積技術により堆積したのち、レジストパターンを隔離(リフトオフ)する方法を採用することができる。あるいは、前述の手段のネガ型のリソグラフィーパターンを用意し、ミリングやエッチング法などにより不要な部分を削り取って形成する方法としてもよい。
【0027】
(シミュレーション)
本願発明者らは、本実施形態の磁性細線メモリ1の性能を確認するため、磁性細線2の磁化反転・磁区形成について、Landau-Lifshitz-Gilbert方程式を用いたマイクロマグネティックシミュレーションにより、磁性細線における磁区形成状態を検証した。
【0028】
まず、
図4Aおよび
図4Bを参照(適宜他の図面を参照)して、比較例に係る磁性細線メモリ101(以下、比較例ともいう)に関する磁区形成シミュレーションについて説明する。比較例に係る磁性細線メモリ101の構造は、第2括れ部12を有していない構造である。
図4Aに示すように、磁性細線メモリ101は、磁性細線102と、記録素子104とを備えている。なお、基板と層間絶縁膜の図示を省略している。
【0029】
磁性細線102には、x軸の正の方向(
図4Aにおいて右)に磁区を移動させることができるよう、所望の記録ビット長に合わせた間隔で第1括れ部111を予め設置した。複数の第1括れ部111は、ラチェットの形状になっている。なお、ラチェット(ratchet)は、動作方向を一方に制限するために用いられる機構であり、歯止めとも呼ばれる。一般に、ラチェット用の歯車の歯は傾いており、この傾きが、ラチェットの動作方向を一方に制限している。
比較例に係る磁性細線メモリ101においては、磁区形成領域130の一端(
図4Aにおいて右端)には、この第1括れ部111が設置されることになる。磁区形成領域130の平面視形状に着目したときに、磁区形成領域130の両端のうち片方にのみラチェット形状の括れ部を有する構造を、以下、片方ラチェット構造とも呼ぶ。
シミュレーションにおいては、記録素子104と磁性細線102との間に、層間絶縁膜と同等に機能する空気層を設置した構造とした。
【0030】
[シミュレーションの全体設定]
シミュレーションの全体設定を下記の通りとした。
シミュレーションの際には、磁性細線を、1辺が4[nm]の三角錐メッシュで分割するとともに、記録素子を1辺が40[nm]の三角錐メッシュに分割して計算を行った。そして、磁性細線のそれぞれのメッシュにおける磁気モーメントの挙動を検証した。
【0031】
[比較例に関するシミュレーション条件]
磁性細線メモリ101の各構成要素の条件を下記の通りとした。
<磁性細線102>
磁性細線の材料:Co/Tb
飽和磁化:0.15[T]
磁性細線の幅:120[nm]
<磁区形成領域130>
磁性細線の長手方向における長さW1:180[nm]
磁性細線の幅方向における長さ:120[nm]
<第1括れ部111>
磁性細線の長手方向における長さL1:60[nm]
磁性細線の幅方向における長さD1:35[nm]
<記録素子104>
記録素子の材料および形状:均一な金属材料(Cu)からなるワイヤ状
記録素子の長さ:2000[nm]
記録素子の幅:120[nm]
記録素子の厚み:120[nm]
<層間絶縁膜3>
シミュレーションでは、層間絶縁膜3と同等に機能する空気層を設置した構造とした。
【0032】
<比較例に関するシミュレーション方法1>
ここでは、上記したシミュレーションの全体設定、および各構成要素の条件のもと、磁性細線メモリ101の記録素子104に印加する電流を、
図5に示す波形を有するパルス電流とした。パルス電流の最大電流値は100[mA](電流密度7×10
10[A/cm
2])であり、パルス幅は2[ns]である。また、計算ステップは10[ps](ピコ秒)ごととし、記録素子104に記録電流の印加を開始してから2[ns](ナノ秒)経過後まで計算を行った。
記録素子104へ記録電流の印加前の初期状態においては、磁性細線102上の磁化はすべて上を向いた状態(情報“0”)として設定した。この状態で、記録素子104には、電流を一方向(
図4Aにおけるy軸の正の方向)に印加した。
【0033】
<比較例に関するシミュレーション結果1>
図6は、比較例において、記録素子104にパルス電流を印加してから、2[ns]後までの磁性細線102の磁化状態を模式的に表している。
図6の上段は、記録素子104にパルス電流を印加してから、1[ns]後の磁性細線102の磁化状態を示している。
図6の中段は、記録素子104にパルス電流を印加してから、1.5[ns]後の磁性細線102の磁化状態を示している。
図6の下段は、記録素子104にパルス電流を印加してから、2[ns]後の磁性細線102の磁化状態を示している。
図6では、磁性細線内部の膜厚方向の磁化の方向は濃淡に従う。濃淡の濃度が薄くなるほど、磁化の上向きの程度が大きいことを表す。また、濃淡が濃くなるほど、磁化の下向きの程度が大きいことを表す。実験の初期状態は真っ白で表される。
【0034】
記録素子104に電流を印加すると、記録素子104の周辺にはアンペールの法則に従って電流磁界を発生させることができ、
図6に示すように、磁区形成領域130の範囲の磁化を下向きに反転(情報“1”を記録)することができる。
磁区形成領域130の右側の領域(記録領域)に磁区が形成されていないとき、つまり、磁区形成領域130の右側の記録領域が、上向き磁区の状態(情報“0”))の際には、この現象を次のように説明することができる。この場合、下向きへの磁化反転の核となる開始点から磁壁が右方向に伝搬し、磁区形成領域130内で広がるように揺らぎながら徐々に安定する過程を辿る。やがて右側磁壁が、磁区形成領域130の一端(
図4Aにおいて右端)の第1括れ部111まで到達してラチェット部(第1括れ部111)にトラップされ、磁区形成領域130内に所望の長さの磁区を形成することができる。つまり、磁性細線102に情報“1”が記録されたことになる。
【0035】
<比較例に関するシミュレーション方法2>
次に、磁性細線102に、情報“1”の1ビット記録と、情報“1”の1ビット記録とを連続して行うことで、情報“11”のように連続して2ビット記録する場合のシミュレーションについて説明する。なお、2ビット記録するためには、1ビットの記録動作と、1ビットの記録動作との間に、磁区を1ビット分シフトする動作を必要とする。
具体的には、磁性細線102に情報“1”の1ビットが記録された状態のときには、磁区形成領域130の右側の記録領域は、上向きの磁区(情報“0”状態)であり、磁区形成領域130は、下向きの磁区(情報“1”状態)である。これに続いて、磁区形成領域130に記録した磁区を1ビット分右側にシフトさせる。すると、磁区形成領域130の右側の記録領域は、下向きの磁区(情報“1”状態)に変わり、磁区形成領域130は、上向きの磁区(情報“0”状態)に変わる。このとき、磁性細線102上の磁区形成領域130は、まだ2ビット目を記録する前である。
この状態で、記録素子104に電流を印加し、磁区形成領域130を下向きに磁化反転(2ビット目の情報“1”を記録)させた場合のシミュレーションを実施した。
【0036】
<比較例に関するシミュレーション結果2>
図7は、比較例において、2ビット目の情報“1”を記録するときのパルス電流を記録素子104に印加してから、2[ns]後の磁性細線102の磁化状態を模式的に表している。
図7に示すように、磁区形成領域130の磁化は、下向きに反転している。しかし、予期しないことに、磁性細線102において、下向きの磁区は、磁区形成領域130の範囲を超え、磁区形成領域130の左側の領域(記録素子104の直下の交差領域120)に染み出した。つまり、比較例において、2ビット目の情報“1”を記録しようとしても、記録ビットの1ビット分に相当する正常な長さの磁区を形成できないことが分かった。
【0037】
これは、磁区形成領域130の右側の記録領域にすでに下向き磁区が形成されている場合には、この下向き磁区が障壁になったことで、磁区形成領域130の左側の領域へ磁区の染み出しが生じたものと考えられる。つまり、磁区形成領域130に新たに発生させた下向き磁区の右側磁壁は、障壁(すでに形成されている下向き磁区)のために、右方向へ広がることができずに、この障壁で反射を起こす。その結果、新たに発生させた下向き磁区の左側磁壁が、磁区形成領域130の左側の領域(交差領域120)まで伝搬してしまったことで、磁区の染み出しが生じたものと考えられる。
なお、比較例において、2ビット目の情報“1”をシフトするときには、磁区形成領域130の左側の領域へ染み出した磁区の部分までも移動させなければならない。磁性細線102に、こうした磁区(情報)が保存されていると、読み出し時には読み出しエラー等の不具合が生じる可能性がある。
【0038】
次に、実施例に係る磁性細線メモリ1(以下、実施例ともいう)に関する磁区形成シミュレーションについて
図8Aおよび
図8Bを参照(適宜他の図面を参照)して説明する。実施例に係る磁性細線メモリ1において、磁性細線2は、磁性細線2の長手方向(x軸方向)において、磁区形成領域30の一端側(
図8Aでは右)に第1括れ部11を備え、他端側(
図8Aでは左)に第2括れ部12を備えており、磁区形成領域30の両端部を狭めた構造としている。つまり、磁性細線2は、磁区形成領域30のみ、その両端に差し掛かるにつれて狭窄された構造となっている。このような磁性細線2上の磁区形成領域30の形状を、以下、両端ラチェット構造とも呼ぶ。なお、記録素子4と磁性細線2との間に、層間絶縁膜3と同等に機能する空気層を設置した構造とした。
【0039】
[実施例に関するシミュレーション条件]
磁性細線メモリ1の各構成要素の条件を下記の通りとした。
<磁性細線2>
第2括れ部12を有する以外、材料、形状、幅は、それぞれ比較例における磁性細線102の条件と同様である。
<磁区形成領域30>
磁性細線の長手方向における長さW1:180[nm]
磁性細線の幅方向における長さ:120[nm]
<第1括れ部11>
磁性細線の長手方向における長さL1:60[nm]
磁性細線の幅方向における長さD1:35[nm]
<第2括れ部12>
磁性細線の長手方向における長さL2:60[nm]
磁性細線の幅方向における長さD2:35[nm]
<記録素子4>
記録素子についての材料、長さ、幅、厚みは、それぞれ比較例における記録素子104の条件と同様である。
<層間絶縁膜3>
比較例と同様に、同じ厚みの空気層を設置した構造とした。
【0040】
<実施例に関するシミュレーション結果>
図9は、実施例において、2ビット目の情報“1”を記録するときのパルス電流を記録素子4に印加してから2[ns]後の磁性細線2の磁化状態を模式的に表している。
図9の表示方法は、
図7の表示方法と同様である。記録素子4に電流を印加すると、記録素子4の周辺にはアンペールの法則に従って電流磁界が発生する。
図9に示すように、磁区形成領域30の磁化は、下向きに反転している。加えて、下向きの磁区は、磁区形成領域30の範囲からの染み出しが抑えられ、磁区形成領域30に収まる所望の長さの記録ビットを形成できることが分かった。これは、磁区形成領域30に新たに発生させた下向き磁区の右側磁壁が、障壁(すでに形成されている下向き磁区)で反射を起こしても、磁区形成領域30の左側に設けられたラチェット部(第2括れ部12)によって、磁区の動きが堰き止められるためであると考えられる。なお、図示を省略するが、実施例においても、1ビット目の情報“1”を記録したときには、磁区形成領域30内に所望の長さの下向き磁区を形成することができた。
【0041】
本実施形態に係る磁性細線メモリ1は、磁性細線2において、磁区形成領域30のみが、両端ラチェット構造であり、磁性細線2の長手方向において、磁区形成領域30の両端部を狭めた構造となっている。これら両側のラチェットにより、磁区形成領域30の両端部において磁壁の揺らぎは抑制される。そして、磁性細線2に磁区を記録する際に、磁区形成領域30の近接領域(
図9において右側の記録領域)にすでに磁区が記録されていたとしても、新たに記録した磁区の磁区長が一定となり、正常な記録を行うことができる。つまり、連続した情報“11”を記録する場合でも磁区の染み出しを防ぐことができる。したがって、磁性細線メモリ1は、磁性細線2の長手方向に対して、記録ビットとしてふさわしい一定長を有する磁区を磁性細線2に連続的に形成可能となる。
【0042】
以上、本発明の実施形態に係る磁性細線メモリについて説明したが、本発明の趣旨はこれらの記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈されなければならない。また、これらの記載に基づいて種々変更、改変などしたものも本発明の趣旨に含まれることはいうまでもない。
【0043】
例えば、シミュレーションで用いた第1括れ部11や第2括れ部12のサイズは一例である。例えば磁性細線2の幅方向における長さD1は35[nm]に限定されず、すべての構成要素について同じ条件のときに、当該長さD1が25[nm]以上であれば、同様の効果を奏する。
また、シミュレーション計算を容易にするために、磁区形成領域30が、第1括れ部11及び第2括れ部12から等距離の仮想線に対して線対称となる形状であるものとしたが、非対称であってもよい。また、第1括れ部11及び第2括れ部12が、磁性細線2の軸線に対して線対称な形状であるものとしたが、非対称であってもよい。また、第1括れ部11及び第2括れ部12は、合同な形状を有するものとしたが、異なる形状でも構わない。第1括れ部11は、等間隔に設けられていて同様の効果を奏するのであれば、個々の第1括れ部11の形状に差異があっても構わない。
【0044】
また、磁性細線メモリ1は、再生用ヘッドを備えることができる。再生用ヘッドは、磁性細線2からのデータ再生時に、2方向に磁化された磁区から、対応した2値情報を読み出すものである。再生用ヘッドは、一般的に磁気記録に用いられる磁気ヘッドであり、例えばTMR(Tunnel Magneto Resistance)ヘッドである。磁性細線2の長手方向において、再生用ヘッドは、記録素子4から所定の距離だけ離間して配置される。
【0045】
さらに、磁性細線メモリ1は、磁区形成や駆動を制御するための制御回路を備えることができる。このような制御回路は、記録素子4に2方向の電流磁界を発生させて磁性細線2に磁区を形成する制御を行う。また、制御回路は、磁性細線2の長手方向に供給するパルス電流のオンオフを制御して磁区を磁性細線2の長手方向にシフトさせる制御を行う。
【符号の説明】
【0046】
1 磁性細線メモリ
2 磁性細線
3 層間絶縁膜
4 記録素子
11 第1括れ部
12 第2括れ部
20 交差領域
30 磁区形成領域
40 記録領域
D1 第1括れ部の凹みの長さ
D2 第2括れ部の凹みの長さ
L1 第1括れ部の長さ
L2 第2括れ部の長さ
W1 磁区形成領域の長さ