(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023181790
(43)【公開日】2023-12-25
(54)【発明の名称】脂肪の脂肪酸構成割合の計測装置及び方法
(51)【国際特許分類】
G01N 24/08 20060101AFI20231218BHJP
G01N 33/12 20060101ALI20231218BHJP
【FI】
G01N24/08 510Q
G01N24/08 510L
G01N33/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022095132
(22)【出願日】2022-06-13
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】中島 善人
(57)【要約】
【課題】生体中の脂肪の脂肪酸構成割合を計測できるようにする。
【解決手段】本計測システムは、(A)磁気回路と高周波コイルとを含む核磁気共鳴センサと、(B)所定の高周波パルスを高周波コイルに出力して、高周波コイルから、生きた動物についてのプロトン横緩和波形を取得し、当該プロトン横緩和波形のデータに対する回帰分析により所定のモデル式に含まれる、脂肪についての横緩和時間を算出し、当該算出された脂肪についての横緩和時間と予め用意された検量線のデータとに基づき、生きた動物の不飽和脂肪酸の量比を算出する計測部とを有する。
【選択図】
図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気回路と高周波コイルとを含む核磁気共鳴センサと、
所定の高周波パルスを前記高周波コイルに出力して、前記高周波コイルから、生きた動物についてのプロトン横緩和波形を取得し、当該プロトン横緩和波形のデータに対する回帰分析により所定のモデル式に含まれる、脂肪についての横緩和時間を算出し、当該算出された脂肪についての横緩和時間と予め用意された検量線のデータとに基づき、前記生きた動物の不飽和脂肪酸の量比を算出する計測部と、
を有する計測システム。
【請求項2】
前記核磁気共鳴センサを、当該核磁気共鳴センサの感度領域が前記生きた動物の皮下脂肪部分と重なるように配置する場合には、
前記脂肪についての横緩和時間を時定数とし且つ減衰を表す指数関数からなるモデル式を、前記所定のモデル式として用いる
請求項1記載の計測システム。
【請求項3】
前記核磁気共鳴センサを、当該核磁気共鳴センサの感度領域が前記生きた動物の脂肪と筋肉が混在する部分と重なるように配置する場合には、
前記脂肪についての横緩和時間を時定数とし且つ減衰を表す指数関数と、前記筋肉についての横緩和時間を時定数とし且つ減衰を表す指数関数との和であるモデル式を、前記所定のモデル式として用いる
請求項1記載の計測システム。
【請求項4】
前記不飽和脂肪酸が、オレイン酸と全ての不飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸との少なくともいずれかを含む
請求項1記載の計測システム。
【請求項5】
磁気回路と高周波コイルとを含む核磁気共鳴センサの前記高周波コイルに所定の高周波パルスを出力して、前記高周波コイルから、生きた動物についてのプロトン横緩和波形を取得するステップと、
前記プロトン横緩和波形のデータに対する回帰分析により所定のモデル式に含まれる、脂肪についての横緩和時間を算出し、当該算出された脂肪についての横緩和時間と予め用意された検量線のデータとに基づき、前記生きた動物の不飽和脂肪酸の量比を算出するステップと、
を含む計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体中の脂肪の脂肪酸構成割合を計測する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
片側開放型という特殊な形状の磁気回路と高周波コイルを搭載した低磁場時間領域型のプロトン核磁気共鳴(NMR:Nuclear Magnetic Resonance)法(例えば特許文献1-3及び非特許文献1)は、非破壊、非侵襲且つ原位置で対象物の内部の水、油、ゴム、ゲルなどの物理化学的状態を計測する手法として知られている。具体的には、地下深部の油田の検層(例えば非特許文献1)、生きた牛の脂肪交雑度計測(例えば非特許文献2)、マグロの大トロの脂肪含有率(例えば非特許文献3)などに応用可能である。たとえば、牛肉やマグロなどの食品の脂肪含有量は、食味ひいては価格に直結する重要な特性なので、原位置で非破壊且つ非侵襲で計測を可能とする本手法は、有望な計測技術といえる。
【0003】
このプロトン核磁気共鳴法における計測原理はおおよそ次のとおりである。
図1に模式的に示すように、まず、片側開放型のセンサ(磁気回路及び高周波コイルを含む)の感度領域に入るように、計測対象物(この場合は生きた牛)をセンサに近づける。なお、磁気回路のデザインや大きさ、対象物とコイルの距離などによるが、感度領域は対象物の表面から数mm~数cm深部に設定される。その高周波コイルに、例えばCarr-Purcell-Meiboom-Gill(CPMG)法という一連の高周波パルス群を流して(例えば非特許文献1)、それがつくる磁界波によって感度領域にある水や油などのプロトンを励起し、その後に起きるプロトンの横緩和過程を過渡的なCPMG波形f(t)(プロトン横緩和波形とも呼ぶ)として高周波コイルで検出する。なおtは時間を表す。脂肪の炭化水素中のプロトンと水(赤身すなわち筋肉中の水)のプロトンは、横緩和時間T2が互いに異なるケースが多いので(例えば非特許文献4)、このプロトン横緩和時間(T2)の差異を利用して、霜降り肉の脂肪含有量の、非破壊且つ非侵襲の定量計測を行っている。
【0004】
一般社会の食肉の嗜好によれば、霜降り肉の脂肪含有量のみならず、脂肪の質、すなわち脂肪構成成分の違いも、食味ひいては肉の価格を支配する重要な特性である(例えば非特許文献5)。脂肪酸は脂肪の主要な構成成分であり、炭素-炭素二重結合の有無によって飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分類される。一般に二重結合を有する不飽和脂肪酸は、飽和脂肪酸より融点が低く、不飽和脂肪酸が多い肉は口に入れると溶けやすく歯ごたえも柔らかく食べやすい。このように不飽和脂肪酸は食肉の風味に強い影響を与えるので、不飽和脂肪酸を多く含む肉は高価であり、餌の工夫など様々な発明がなされている(例えば特許文献4及び5)。
【0005】
しかし、肉用牛などの生体の脂肪中の飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の相対的な量比(すなわち脂肪酸構成割合)を、非破壊且つ非侵襲で精度よく定量できる計測方法は存在していない。例えば、近赤外分光法は、枝肉の切断面(むき出しの肉)であれば、肉の断面に近赤外線センサを当てることで、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の相対的な量比が定量可能であるが(例えば非特許文献6)、近赤外光線を吸収及び散乱して正確な計測を妨げる、生きた牛の体毛及び皮ごしに皮下脂肪の非破壊且つ非侵襲分析をすることは困難である。
【0006】
高く売れる家畜、すなわち不飽和脂肪酸を多く含む家畜を肥育する手法を開発するには、いちいち屠畜して枝肉の断面を近赤外分光で計測していては効率が悪い。非破壊且つ非侵襲で生体を、牧場や畜舎で子牛から出荷直前の成牛段階までの数年間を連続的に計測して、血統、運動、給餌の質と量などの影響を丁寧に分析する方が効率的である。このように、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸との相対量比を生体で精度よく非破壊且つ非侵襲で計測する手法が望まれている。なお、上では牛について述べたが、牛に限らず、豚その他の他の家畜についても同様である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】日本特許第5196480号
【特許文献2】日本特許第5294230号
【特許文献3】日本特許第5170617号
【特許文献4】日本特許第4226644号
【特許文献5】特開2012-143227号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Casanova, Federico, Juan Perlo, and Bernhard Bluemich (編集). (2011). "Single-sided NMR." Springer, Berlin, Heidelberg.
【非特許文献2】Nakashima, Yoshito. (2015). "Development of a single-sided nuclear magnetic resonance scanner for the in vivo quantification of live cattle marbling." Applied Magnetic Resonance 46, 593-606.
【非特許文献3】Nakashima, Y. (2019) “Non-Destructive Quantification of Lipid and Water in Fresh Tuna Meat by a Single-Sided Nuclear Magnetic Resonance Scanner” Journal of Aquatic Food Product Technology 28, 241-252.
【非特許文献4】Nakashima, Y., and Shiba, N. (2021) ”Nondestructive measurement of intramuscular fat content of fresh beef meat by a hand-held magnetic resonance sensor”, International Journal of Food Properties, 24(1), 1722-1736.
【非特許文献5】入江正和 (2021). 和牛肉における脂肪質と食味性. 日本畜産学会報, 92(1), 1-16
【非特許文献6】入江正和 (2019). 近赤外光ファイバ法による牛肉脂肪質評価とその応用. 食肉の科学, 60(2), 219-226.
【非特許文献7】中島善人 (2015). 牛の霜降り状態が NMR でわかる!? 化学, 70(11), 25-28.
【非特許文献8】中島善人 (2002). パルス磁場勾配 NMR を用いた水の自己拡散係数の計測 原理と粘土ゲルへの応用例. 粘土科学, 42(1), 37-50.
【非特許文献9】文部科学省 (2015). 日本食品標準成分表2015年版(七訂)分析マニュアル
【非特許文献10】Zverev, L. V., Prudnikov, S. M., Vityuk, B. Y., Dzhioev, T. E., and Panyushkin, V. T. (2001). Determination of the main fatty acids in sunflower-seed oil by a nuclear magnetic relaxation technique. Journal of Analytical Chemistry, 56(11), 1029-1031.
【非特許文献11】西岡輝美, 石塚譲, 安松谷恵子, 入江正和. (2008). 市場および小売店における牛肉脂肪の嗜好性と理化学的特性との関連. 日本畜産学会報, 79(3), 391-401.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明の目的は、一側面として、生体中の脂肪の脂肪酸構成割合を計測できるようにするための技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る計測システムは、(A)磁気回路と高周波コイルとを含む核磁気共鳴センサと、(B)所定の高周波パルスを高周波コイルに出力して、高周波コイルから、生きた動物についてのプロトン横緩和波形を取得し、当該プロトン横緩和波形のデータに対する回帰分析により所定のモデル式に含まれる、脂肪についての横緩和時間を算出し、当該算出された脂肪についての横緩和時間と予め用意された検量線のデータとに基づき、生きた動物の不飽和脂肪酸の量比を算出する計測部とを有する。
【発明の効果】
【0011】
一側面によれば、生体中の脂肪の脂肪酸構成割合を計測できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、生きた牛に対して核磁気共鳴センサを当てることで計測を行う場面を模式的に示す図である。
【
図2】
図2は、生きた牛の部位と核磁気共鳴センサの感度領域との位置関係の一例を表す図である。
【
図4】
図4は、オレイン酸含有量(%)についての検量線を示す図である。
【
図5】
図5は、全不飽和脂肪酸含有量(%)についての検量線を示す図である。
【
図6】
図6は、一価不飽和脂肪酸含有量(%)についての検量線を示す図である。
【
図7】
図7は、オレイン酸含有量(%)についての誤差を評価するための図である。
【
図8】
図8は、不飽和脂肪酸含有量(%)についての誤差を評価するための図である。
【
図9】
図9は、一価不飽和脂肪酸含有量(%)についての誤差を評価するための図である。
【
図11】
図11は、計測システムの処理フローを示す図である。
【
図12】
図12は、生きた牛の部位と核磁気共鳴センサの感度領域との位置関係の一例を表す図である。
【
図13】
図13は、コンピュータ装置のブロック構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[本発明の実施の形態1]
[概要]
本発明の実施の形態では、
図1で模式的に示すような片側開放型のプロトン核磁気共鳴法を用いて、計測対象物、すなわち生きた家畜(例えば牛)の体毛及び皮ごしに、皮下脂肪の構成成分、具体的には、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の相対的な量比を、非破壊且つ非侵襲的に計測する。
図2に模式的に示すように、家畜は、外側から、体毛、皮、筋肉がほとんど無い皮下脂肪、筋肉(場合によっては霜降り肉)といった層構成を有しており、磁気回路と高周波コイルとを含む核磁気共鳴センサ200の感度領域は、家畜の表面から数mm~数cm深部に設定されるので、核磁気共鳴センサ200を適切に家畜から離すことで、皮下脂肪部分に感度領域を重ねることが出来る。なお、片側開放型プロトン核磁気共鳴法では、体表付近にある皮や体毛の影響は、原理的にないことが知られている(例えば非特許文献3)。
【0014】
また、筋肉(赤身肉)を含まない純粋な脂肪のCPMG波形f(t)は、以下のようなモデルで表される。なお、CPMG波形とは、プロトン横緩和時間波形とも呼ぶ。
f(t)=Afat*exp(-t/T2fat) (1)
AfatとT2fatは,最小自乗法等によるフィッティングで決定されるべき未知の定数である。但し、Afatはゼロ時刻に外挿した時の信号強度であり、核磁気共鳴センサ200の感度領域中の脂肪量に比例して増加する。一方、T2fatは脂肪の横緩和時間であり、脂肪分子のミクロな運動度と関連付けられる物性値である。
【0015】
非特許文献4を含む従来技術では、横緩和時間T2fatは、温度に依存するものの定数扱いであった。しかし、式(1)における横緩和時間T2fat値は、オレイン酸に代表される不飽和脂肪酸の相対的な量比と強い相関があるという新規且つ非自明な知見が得られた。よって、横緩和時間T2fatを未知量と想定して最小自乗法等の回帰分析で決定すれば、生きた家畜の皮下脂肪(体表直下の皮下脂肪の部位で、筋肉(赤身)がほとんどない部分)について、その横緩和時間T2fat値を不飽和脂肪酸の相対量に換算できるようになる。これによって、不飽和脂肪酸を多く含む家畜の効率的な肥育方法の開発に貢献できるようになる。なお、核磁気共鳴センサ200は、計測装置100に接続されており、計測装置100において、CPMG波形f(t)から横緩和時間T2fat値を算出し、横緩和時間T2fatについての検量線から、算出された横緩和時間T2fat値に対応する不飽和脂肪酸の相対的な量比などを算出する。
【0016】
[実験]
牛脂サンプル(皮下脂肪あるいはロース肉付近の筋肉間脂肪のように、筋肉(赤身肉)を含まない、純粋な脂肪サンプル)を合計12個小売店から入手して、それぞれについて核磁気共鳴分析用と脂肪酸組成分析用に小分けした。小分けしたサンプルを以下の手法で分析して、「牛脂サンプルのT2fat値が、不飽和脂肪酸の相対的な量比と強い相関がある」という仮説を検証した。
【0017】
[核磁気共鳴分析について]
生きた家畜(牛)の非侵襲且つ非破壊計測を想定した実験なので、牛脂サンプルは牛の体内温度と同じ温度条件(40℃)で実験する。しかし。片側開放型の核磁気共鳴装置は、サンプルが外部環境(実験室の室温。約20℃)に開放的なので牛脂サンプルを40℃という高温に保つのが難しい。よって、この実験では、精密な温度制御が容易な従来型(バイラテラル型。例えば非特許文献7及び8を参照のこと)の装置を使用した。なお、バイラテラル型の核磁気共鳴装置は、低磁場時間領域型のプロトン核磁気共鳴装置という意味では片側開放型の核磁気共鳴装置と同じ範疇に入る装置である。
【0018】
牛脂サンプルを1mLのガラス製サンプル管に密閉し、温度制御機構のあるバイラテラル型の核磁気共鳴装置に装填し、エコー間隔1msのCPMG法で脂肪のCPMG波形f(t)を測定した。測定されたf(t)のデータに、式(1)を最小自乗法等でフィッティングして、Afat及びT2fatを算出した。
【0019】
[脂肪酸組成分析について]
脂肪サンプル(約20g)の脂肪酸組成の分析は、文科省の指定する食品分析の公定法(水素炎イオン検出器を用いたガスクロマトグラフィー法)で実施した(例えば非特許文献9を参照のこと)。これによって、パルミチン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸などの飽和脂肪酸や、オレイン酸、パルミトレイン酸、リノール酸などの不飽和脂肪酸の相対的な重量分率%が分かる。なお以下では、不飽和脂肪酸の重量分率を、オレイン酸の重量分率、全不飽和脂肪酸の重量分率、一価不飽和脂肪酸の重量分率という3つの指標で考察する。なお、オレイン酸を選択したのは、牛脂中の不飽和脂肪酸の主成分であり、これだけで脂肪酸全体の約40%程度を占めるためであり、全不飽和脂肪酸については、オレイン酸、パルミトレイン酸、リノール酸などガスクロマトグラフィー法が検出したすべての不飽和脂肪酸である。さらに、一価不飽和脂肪酸は、オレイン酸やパルミトレイン酸など炭素-炭素二重結合を1つだけ持っている不飽和脂肪酸である。
【0020】
[実験の結果]
得られた2つの牛脂サンプルのCPMG波形の例を
図3A及び
図3Bに示す。縦軸はCPMG信号強度を表し、横軸は時間を表す。実際にはCPMG波形データを1msおきにサンプリングしたが、明瞭化のために図では10msおきにプロットしている。白抜き四角がサンプルS1のプロットを表し、黒丸がサンプルS2のプロットを表しており、サンプルS1についての、式(1)の最小二乗法によるフィッティング結果のカーブについては実線で、サンプルS2についての、式(1)の最小二乗法によるフィッティング結果のカーブについては点線で表している。なお、
図3Bは、
図3Aにおける400msまでの拡大図である。サンプルS1のオレイン酸含有量、全不飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸の含有比率は、それぞれ34.3%、40.3%、37.9%であり、サンプルS2のオレイン酸含有量、全不飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸の含有比率は、それぞれ50.4%、58.8%、55.5%であった。また、サンプルS1について式(1)をフィッテイングした結果の横緩和時間T2fat値は141msであり、サンプルS2について式(1)をフィッティングした結果の横緩和時間T2fat値は177msであった。
【0021】
この結果から、融点が低いオレイン酸など不飽和脂肪酸の含有量が相対的に高い牛脂ほど、横緩和時間T2fatが長いこと、すなわち、CPMG波形がより緩慢に減衰することが分かる。この正の相関は今回の牛脂計測実験で初めて判明した実験事実である。なお、たとえば同じオレイン酸でもひまわり種子中の油脂のオレイン酸含有量と横緩和時間T2fat値は負の相関を示す、すなわちオレイン酸の含有量が相対的に高いひまわり油ほど、式(1)で推定した横緩和時間T2fatが短いことが知られている(例えば非特許文献10)。
【0022】
図4は、12個の牛脂サンプルについて、食品分析によるオレイン酸含有率(%)と横緩和時間T2fat値との関係を表し、
図5は、同牛脂サンプルについて、食品分析による全不飽和脂肪酸含有量(%)と横緩和時間T2fat値との関係を表し、
図6は、同牛脂サンプルについて、食品分析による一価不飽和脂肪酸含有量(%)と横緩和時間T2fat値との関係を表している。
図4乃至
図6に示されている直線は、プロットについての近似直線であり、検量線となる。
図4乃至
図6の相関係数は、それぞれ0.91、0.92、0.93と高い値となり、横緩和時間T2fatの測定結果と脂肪酸組成分析結果に高い正の相関があることを示している。
【0023】
また、
図7は、
図4に示されている直線の検量線を用いて横緩和時間T2fat値を換算した結果であるオレイン酸含有量(%)と食品分析によるオレイン酸含有量(%)との関係を表しており、
図8は、
図5に示されている直線の検量線を用いて横緩和時間T2fat値を換算した結果である全不飽和脂肪酸含有量(%)と食品分析による全不飽和脂肪酸含有量(%)との関係を表しており、
図9は、
図6に示されている直線の検量線を用いて横緩和時間T2fat値を換算した結果である一価不飽和脂肪酸含有量(%)と食品分析による一価不飽和脂肪酸含有量(%)との関係を表している。これらの場合、根平均自乗誤差は、それぞれ2.2%、2.8%、2.6%となった。これは近赤外分光法による結果(牛肉の枝肉の断面の計測結果として、誤差は約2%。例えば非特許文献6参照のこと)と同レベルで、良好な結果といえる。
【0024】
図4乃至6は、「牛脂サンプルのT2fat値が、不飽和脂肪酸の相対的な量比と強い正の相関がある」という仮説を支持している。そして、
図7乃至9によれば、核磁気共鳴法によるオレイン酸の量比の推定誤差は2.2%、全不飽和脂肪酸の量比の推定誤差は2.8%、一価不飽和脂肪酸の量比の推定誤差は2.6%である。これらの誤差は、むき出しの枝肉断面についての近赤外分光法の誤差と同等レベルという良好な結果を得ている。そして近赤外分光法では生きた牛の体毛や皮ごしに計測することは困難であるが、片側開放型の核磁気共鳴装置であれば生きた牛の皮下脂肪を体毛や皮ごしに計測することが可能である。
【0025】
[実施の形態1の構成]
本実施の形態に係る核磁気共鳴装置は、
図2に示したような核磁気共鳴センサ200と、当該核磁気共鳴センサ200に接続される計測装置100とを含む。
図10に示すように、計測装置100は、横緩和時間T2fatを測定する横緩和時間測定部110と、不飽和脂肪酸についての検量線を生成する検量線生成部120と、検量線を表すデータなどを格納するデータ格納部130と、測定された横緩和時間T2fat値に対応する不飽和脂肪酸の量比を算出する分析部140とを有する。
【0026】
横緩和時間測定部110は、核磁気共鳴センサ200から入力されるCPMG波形f(t)に例えば最小二乗法で式(1)をフィッティングして横緩和時間T2fatを算出する。検量線生成部120は、検量線のデータが外部から提供される場合には不要であるが、検量線のデータを生成する場合には、不飽和脂肪酸の量比が既知の複数のサンプルの各々について、横緩和時間測定部110から横緩和時間T2fat値を取得して、不飽和脂肪酸の量比と対応する横緩和時間T2fat値とから、
図4乃至
図6において直線で示すような検量線のデータを生成し、データ格納部130に格納する。なお、検量線のデータは、複数の横緩和時間T2fat値の各々について不飽和脂肪酸の量比が対応付けられているテーブル状のデータであってもよいし、検量線を表す直線の数式データであっても良い。分析部140は、測定対象の家畜について横緩和時間測定部110から取得された横緩和時間T2fat値と、データ格納部130に格納されている検量線のデータとから、測定対象の家畜についての不飽和脂肪酸の量比を導出して、出力する。なお、不飽和脂肪酸は、オレイン酸、全不飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸の少なくともいずれかであるが、他の着目する不飽和脂肪酸のいずれかであってもよい。
【0027】
図11を用いて計測装置100の処理内容を説明する。まず、横緩和時間測定部110は、不飽和脂肪酸の量比が既知の複数サンプルについてのCPMG波形f(t)から横緩和時間T2fatを測定し、検量線生成部120は、当該測定結果と既知の不飽和脂肪酸の量比とから例えば最小二乗法による直線フィッティングにより検量線を生成し、データ格納部130に格納する(ステップS1)。なお、不飽和脂肪酸の量比が既知のサンプルは、後に不飽和脂肪酸の量比が得られるサンプルであっても良い。例えば、生きている家畜から
図2に示すような状態で核磁気共鳴センサ200でCPMG波形f(t)を取得して横緩和時間T2fatを測定した後に、この家畜を屠畜してその皮下脂肪等について他の方法で不飽和脂肪酸の量比を測定しても良い。なお、上で述べた実験の場合のように、筋肉が含まれない皮下脂肪などのサンプルを用いるようにしても良い。なお、外部から検量線のデータが提供される場合には、ステップS1はスキップされる。
【0028】
次に、横緩和時間測定部110は、測定対象の家畜について核磁気共鳴センサ200が出力するCPMG波形f(t)から横緩和時間T2fatを測定する(ステップS3)。上で述べたように最小二乗法等で式(1)をフィッティングさせて横緩和時間T2fatを算出する。その後、分析部140は、データ格納部130に格納されている検量線のデータに基づき、測定された横緩和時間T2fatに対応する不飽和脂肪酸の量比を算出し、表示装置や印刷装置などの出力装置に出力する(ステップS5)。なお、飽和脂肪酸の量比についても、(100%-全不飽和脂肪酸の量比)で算出しても良い。
【0029】
このように、片側開放型の核磁気共鳴装置を用いれば、生きた家畜について、非破壊且つ非侵襲で不飽和脂肪酸の量比を得ることが出来るようになる。よって市場価値の高い不飽和脂肪酸を多く含む牛などの家畜の肥育法の開発に貢献することが期待される。また、上で述べたように不飽和脂肪酸の量比の測定精度は、従来技術と同等で十分に高く、信頼に足るものである。
【0030】
さて、
図2の設定で生きた牛をスキャンすると、得られるのは皮下脂肪の脂肪酸組成情報である。しかし、牛肉の主な可食部は、皮下脂肪よりも深部にある脂肪交雑状態の筋肉(霜降り肉)であり、解剖学的に異なる部位である皮下脂肪層の脂肪酸組成情報が直接的に可食部の脂肪酸組成情報をもたらすわけではない。しかしながら、幸いにも皮下脂肪の脂肪酸構成割合とロースなどの可食部の脂肪の脂肪酸構成割合は相関があるので(非特許文献11参照のこと)、
図2の計測によって皮下脂肪の脂肪酸構成割合の情報が得られれば、ロースなどの可食部の脂肪の脂肪酸構成割合を科学的に推定できる。但し、
図2より深い探査深度にセンサを設定しなおして、可食部である脂肪交雑状態の筋肉のCPMG波形を直接獲得することも可能である。
【0031】
[実施の形態2]
第1の実施の形態では、
図2に示すように、家畜の体表面から核磁気共鳴センサ200を少し離して、感度領域を皮下脂肪部分に重ねるようにしていたが、
図12に示すように、核磁気共鳴センサ200を家畜の体表面に近づけて感度領域を、脂肪混在状態(霜降り状態)の筋肉部分に重ねるようにしても良い。この場合には、CPMG波形f(t)は、脂肪分子と筋肉(赤身)中の水分子の2種類のプロトン由来の信号の重ね合わせとなるので、式(1)ではなく、下に示す式(2)でモデル化すべきである。
f(t)=Afat*exp(-t/T2fat)+Alean*exp(-t/T2lean) (2)
ここで、右辺第1項は式(1)と同じであるが、右辺第2項のAleanは、最小自乗法等で決められるべき未知の定数であって、核磁気共鳴センサ200の感度領域中の赤身量に比例して増加するものであり、右辺第2項のT2leanは、筋肉中の水分子由来の横緩和時間T2値であり、脂肪のない純粋な筋肉サンプルを予め計測することで得られる。すなわち、T2leanについては、別途の測定にて予め算出しておき、Afat、T2fat及びAleanを、最小二乗法等により算出する。
【0032】
なお、式(2)自体は、非特許文献2乃至4でも示されているが、本実施の形態では横緩和時間T2fatが、最小二乗法等によりCPMG波形f(t)から求める点が異なっている。横緩和時間T2leanは、例えば牛の体温付近(40℃付近)では横緩和時間T2fatと明確に異なる値(具体的には2乃至3倍異なる値)をとることが分かっているので(例えば非特許文献4を参照のこと)、
図12に示すように、生きた家畜の脂肪混在状態の筋肉を核磁気共鳴センサ200でスキャンしても、式(2)でモデル化すれば、脂肪由来の信号と筋肉中の水由来の信号とを容易に分離できる。
【0033】
従って、
図12に示すように、生きた家畜の体表面近くに核磁気共鳴センサ200を当ててCPMG波形f(t)を取得する。その上で、最小二乗法等で式(2)をフィッティングさせて横緩和時間T2fat等を算出するようにする。そして、上で述べた方法で得られた検量線のデータから、対応する不飽和脂肪酸の量比を求めるようにする。
【0034】
なお、検量線を生成する場合にも、
図12に示すように、生きた家畜の体表面近くに核磁気共鳴センサ200を当ててCPMG波形f(t)を取得して、式(2)をフィッティングして横緩和時間T2fat等を算出し、当該生きた家畜を屠畜してその脂肪混在状態の筋肉について他の方法で脂肪の不飽和脂肪酸の量比を測定するようにしても良い。
【0035】
本実施の形態においても、核磁気共鳴装置の構成は
図10に示したものと同様であり、基本的な処理の流れも
図11で示したものと同様である。
図12のように、生きた家畜の体表面近くに磁気共鳴センサ200を当てるので、横緩和時間T2fatを算出する際に式(2)をフィッティングする点が異なっている。検量線の生成については、上で述べたように、第1の実施の形態のように脂肪のみの部分で式(1)に従って検量線を生成する場合もあれば、脂肪混在状態の筋肉部分で式(2)に従って検量線を生成するようにしても良い。
【0036】
以上本発明の実施の形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、
図10に示した機能構成は一例であって、上で説明した処理を行う機能構成とする場合もある。処理フローについても、処理結果が変わらない限り、処理順番を入れ替えたり、並列に複数の処理を行うようにしても良い。
【0037】
なお、上で述べた計測装置100は、コンピュータ装置を含み、このコンピュータ装置は
図13に示すように、メモリ2501とCPU(Central Processing Unit)2503とハードディスク・ドライブ(HDD:Hard Disk Drive)2505と表示装置2509に接続される表示制御部2507とリムーバブル・ディスク2511用のドライブ装置2513と入力装置2515とネットワークに接続するための通信制御部2517とがバス2519で接続されている。なお、HDDはソリッドステート・ドライブ(SSD:Solid State Drive)などの記憶装置でもよい。オペレーティング・システム(OS:Operating System)及び本発明の実施の形態における処理を実施するためのアプリケーション・プログラムは、HDD2505に格納されており、CPU2503により実行される際にはHDD2505からメモリ2501に読み出される。CPU2503は、アプリケーション・プログラムの処理内容に応じて表示制御部2507、通信制御部2517、ドライブ装置2513を制御して、所定の動作を行わせる。また、処理途中のデータについては、主としてメモリ2501に格納されるが、HDD2505に格納されるようにしてもよい。本技術の実施例では、上で述べた処理を実施するためのアプリケーション・プログラムはコンピュータ読み取り可能なリムーバブル・ディスク2511に格納されて頒布され、ドライブ装置2513からHDD2505にインストールされる。インターネットなどのネットワーク及び通信制御部2517を経由して、HDD2505にインストールされる場合もある。このようなコンピュータ装置は、上で述べたCPU2503、メモリ2501などのハードウエアとOS及びアプリケーション・プログラムなどのプログラムとが有機的に協働することにより、上で述べたような各種機能を実現する。
【0038】
なお、上で述べたような処理を実行することで用いられるデータは、処理途中のものであるか、処理結果であるかを問わず、メモリ2501又はHDD2505等の記憶装置に格納される。
【0039】
以上述べた実施の形態をまとめると以下のようになる。
【0040】
本実施の形態に係る計測システムは、(A)磁気回路と高周波コイルとを含む核磁気共鳴センサと、(B)所定の高周波パルスを高周波コイルに出力して、高周波コイルから、生きた動物についてのプロトン横緩和波形を取得し、当該プロトン横緩和波形のデータに対する回帰分析により所定のモデル式に含まれる、脂肪についての横緩和時間を算出し、当該算出された脂肪についての横緩和時間と予め用意された検量線のデータとに基づき、生きた動物の不飽和脂肪酸の量比を算出する計測部とを有する。
【0041】
不飽和脂肪酸の量比と脂肪についての横緩和時間とに正の相関が存在するいう新規且つ非自明な知見に基づき、牛その他の生きた動物について、不飽和脂肪酸の量比を得ることが出来るようになる。なお、飽和脂肪酸の量比については、(100%-全不飽和脂肪酸含有量の量比)にて算出される。
【0042】
なお、上記核磁気共鳴センサを、当該核磁気共鳴センサの感度領域が生きた動物の皮下脂肪部分と重なるように配置する場合には、脂肪についての横緩和時間を時定数とし且つ減衰を表す指数関数からなるモデル式を、上で述べた所定のモデル式として用いることが好ましい。核磁気共鳴センサを家畜の体表面から少し離して配置することで、家畜の皮下脂肪部分に感度領域を重ねることが出来るようになり、その場合において適切に不飽和脂肪酸の量比を求めることができるようになる。
【0043】
一方、上記核磁気共鳴センサを、当該核磁気共鳴センサの感度領域が生きた家畜の脂肪と筋肉が混在する部分と重なるように配置する場合には、脂肪についての横緩和時間を時定数とし且つ減衰を表す指数関数と、筋肉についての横緩和時間を時定数とし且つ減衰を表す指数関数との和であるモデル式を、上で述べた所定のモデル式として用いることが好ましい。核磁気共鳴センサを家畜の体表面近くに配置することで、脂肪混在状態の筋肉部分に感度領域を重ねることが出来るようになり、その場合において適切に不飽和脂肪酸の量比を求めることが出来るようになる。
【0044】
なお、上で述べた不飽和脂肪酸が、オレイン酸と全ての不飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸との少なくともいずれかを含むようにしても良い。
【0045】
また、上で述べたような計測方法を実行するコンピュータは、1台のコンピュータで実現される場合もあれば、複数台のコンピュータで実現される場合もあり、それらを合わせて計測システム又は単にシステムと呼ぶものとする。
【符号の説明】
【0046】
100 情報処理装置
200 核磁気共鳴センサ