(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023182520
(43)【公開日】2023-12-26
(54)【発明の名称】ステージ5ニューロンの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0793 20100101AFI20231219BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20231219BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
C12N5/0793
C12N5/10
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030877
(22)【出願日】2023-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2022095627
(32)【優先日】2022-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022178783
(32)【優先日】2022-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 和花
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 日佳流
(72)【発明者】
【氏名】塩本 周作
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ61
4B063QR77
4B063QR90
4B063QX01
4B065AC20
4B065BB40
(57)【要約】
【課題】未成熟樹状突起を持つステージ3ニューロンを、樹状突起スパインとポストシナプスが形成されたステージ5ニューロンへと成熟化させる技術を提供する。
【解決手段】未成熟樹状突起を持つステージ3ニューロンをB-27 Plusを含有する培地中で培養する工程を含む、成熟樹状突起を持つステージ5ニューロンの製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
未成熟樹状突起を持つステージ3ニューロンをB-27 Plusを含有する培地中で培養する工程を含む、
成熟樹状突起を持つステージ5ニューロンの製造方法。
【請求項2】
前記ステージ5ニューロンには、樹状突起スパインが形成されている、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記ステージ5ニューロンには、ドレブリン及びPSD95を含むポストシナプス構造が形成されている、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記ステージ3ニューロンは、MAP2及びニューロフィラメント重鎖(NF-H)を含む神経マーカーを発現し、極性化されている、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記ステージ3ニューロンが、人工多能性幹細胞(iPSC)の分化誘導により得られたものである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項6】
前記ステージ3ニューロンが、前記iPSCにおける転写因子の発現誘導により分化誘導されたものである、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
容器中で単離培養されている、成熟樹状突起を持つステージ5ニューロン。
【請求項8】
神経疾患患者由来iPSCから分化誘導されたステージ3ニューロンを、被験物質の存在下で、B-27 Plusを含有する培地中で培養し、ステージ5ニューロンを得る工程と、
前記ステージ5ニューロンの表現型を評価する工程と、を含み、
前記被験物質の非存在下と比較して、前記被験物質の存在下における前記ステージ5ニューロンの表現型が、より野生型に近い表現型を示すことが、前記被験物質が前記神経疾患の治療薬の候補であることを示す、神経疾患の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項9】
被験物質の存在下で、所定期間、神経疾患患者由来iPSCから分化誘導されたステージ5ニューロンを培養する工程と、
前記ステージ5ニューロンの表現型を評価する工程と、を含み、
前記被験物質の非存在下と比較して、前記被験物質の存在下における前記ステージ5ニューロンの表現型が、より野生型に近い表現型を示すことが、前記被験物質が前記神経疾患の治療薬の候補であることを示す、神経疾患の治療薬のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステージ5ニューロンの製造方法に関する。より具体的には、本発明は、ステージ5ニューロンの製造方法、ステージ5ニューロン、及び、神経疾患の治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療及び神経疾患の創薬のために、多能性幹細胞からヒトの神経細胞(ニューロン)を分化誘導する技術に期待がよせられている。特に人工多能性幹細胞(iPSC)をニューロンに分化誘導する方法は多数確立されているが、それらのニューロンが機能的な成熟性を獲得する過程と条件には不明な点が多い。
【0003】
iPSC由来ニューロンを数十~数百日間長期培養すると、自然に電気生理学的な機能が現れると報告されることもあるが、iPSC由来ニューロンでは、特に、神経伝達の信号を受ける樹状突起スパインとシナプス後部(ポストシナプス)の形成、及び、ポストシナプスのNMDA受容体を介した興奮性応答が多くの場合不完全であることが知られている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0004】
脳の興奮性ポストシナプスはニューロンの樹状突起上の細胞微細構造であるスパイン(spine)に形成されることが知られており、それらの形態的・機能的な成熟化は認知や学習等の脳高次機能に重要な役割を担っている。スパインの形成と動態のマーカーとして、例えばアクチン結合タンパク質であるドレブリン(drebrin)が用いられる。ドレブリンには2種類のアイソフォームがあり、幼弱神経に発現する胚性型アイソフォームEは突起成長円錐に存在し、成熟神経では成体型アイソフォームA(脳型ドレブリン)にスプライシングで変換され、樹状突起スパインに粒状(クラスター)に集合する。
【0005】
また、NMDA受容体を介した興奮性応答によるドレブリンの局在変化はシナプス可塑性の重要な機構であり、生体内又はげっ歯類の初代培養細胞において、ドレブリンクラスターの発現は神経興奮毒性や神経変性疾患等におけるシナプス障害の評価マーカーとして用いられる。
【0006】
原理的には、十分に成熟化したヒトiPSC由来ニューロンにもドレブリンクラスターを含むスパインの形成が期待される。しかし、実際には、これまでドレブリンの局在変化等による機能的成熟性までを示せるスパインの存在はヒトiPSC由来ニューロンでは報告されておらず、このような機能的成熟性を示すヒトiPSC由来ニューロンを得ることは困難であることが示唆されている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0007】
特に、ヒトiPSC由来ニューロンを用いた動物代替法や、シナプス障害に関係する創薬スクリーニング技術の開発には、工業的な実用化に適した安定性の高い成熟神経の製造方法が求められる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般的に、ある程度の神経特異的マーカーが発現されており、電気発火するニューロンは、成熟ニューロン(Mature neuron)と呼ばれることが多い。しかしながら、この定義では、樹状突起が未成熟であり、ポストシナプスが機能していないステージ3ニューロンも成熟ニューロンに含まれてしまう。
【0009】
本明細書では、「未成熟樹状突起を持つステージ3ニューロン」と、「成熟樹状突起を持つステージ5ニューロン」を区別する。
【0010】
インビトロ培養におけるニューロンの分化・成熟過程は、厳密には以下の5段階のステージに分けられている(Dotti C., et al., The establishment of polarity by hippocampal neurons in culture, J. Neurosci., 8, 1454-1468, 1988.、Arimura N. and Kaibuchi K., Neuronal polarity: From extracellular signals to intracellular mechanisms, Nat. Rev. Neurosci., 8, 194-205, 2007.等を参照)。
【0011】
ステージ1:播種直後でまだ突起(neurite)はなく、糸状仮足が出ている状態。
ステージ2:先端に成長円錐を持つ未成熟突起(Immature neurites)が伸長し始めた状態。樹状突起と軸索の区別はまだできていない。
ステージ3:神経極性化が起こり、一本の未成熟突起が長く伸長して軸索(Axon)となった状態。その他の未成熟突起は短いままである。この時点で、軸索は、例えばタウ(MAPT)やニューロフィラメント(NF)を発現していること、樹状突起(dendrite)になりかけている未成熟突起は微小管結合タンパク質2(MAP2)を発現していることで区別できる。
ステージ4:軸索がある程度成長した後、樹状突起が伸長・分岐し始め成熟化している状態。
ステージ5:成熟した樹状突起にスパインが形成され、化学シナプスによる神経伝達とシナプス可塑性が可能な状態。
【0012】
図1は、発明者らが仮定したiPSC由来ニューロンの分化・成熟化過程を示す模式図である。iPSC由来ニューロンの分化・成熟化過程は、上記の5段階のステージにしたがっていると仮定した。また、
図1では、ドレブリンの局在変化も示した。本明細書におけるステージ1~ステージ5のニューロンは、
図1に示す分化・成熟化過程に基づいて区別している。
【0013】
図1に示すように、ステージ1ニューロンは、まだ突起がない神経前駆細胞である。ステージ2ニューロンでは、突起伸長の開始が認められる。また、ドレブリンE(詳細については後述する。)は、細胞体周辺と伸長する突起の先端の成長円錐内に存在している。ステージ3ニューロンでは、神経極性化が認められる。樹状突起と軸索が見分けられ、神経新生は完了しているが、形態、機能共に未成熟な状態である。ステージ4ニューロンでは、樹状突起の成熟化(伸長・分岐)及びシナプス形成が開始される。ステージ5ニューロンでは、樹状突起が成熟し、ドレブリンA(詳細については後述する。)が粒状に凝集し、スパイン及び安定したポストシナプス構造が形成される。
【0014】
ヒトiPSC由来ニューロンは、樹状突起がまだ未成熟であるステージ3に比較的容易に到達することは知られている。しかしながら、上述したように、ヒトiPSC由来ニューロンを、樹状突起スパインとポストシナプスが形成されたステージ5にまで成熟させることは困難である。
【0015】
非特許文献1は、ヒトiPSCを神経前駆細胞に分化させたあと、ニューロンへ分化誘導させ、脳型ドレブリンを指標にしたポストシナプス成熟評価法を開示している。
【0016】
非特許文献1には、ヒトiPSC由来ニューロンが真に成熟しているというためには、ステージ3、4でも観察される遺伝子マーカーの発現やシナプス前部(プレシナプス)の評価だけではなく、スパインとポストシナプス形成まで確認する必要があることが記載されている。
【0017】
しかしながら、非特許文献1に記載されたニューロンは、脳型ドレブリンクラスターの発現が非常に少なく(1細胞あたり4~5個)、ポストシナプスマーカーであるPostsynaptic density protein 95(PSD95)のクラスターに至っては存在が認められず、多点電極アレイを用いた電気生理学的評価でもシナプス伝達活動を示せていない。このように、非特許文献1では、構造的・機能的に成熟した樹状突起を持つステージ5ニューロンの製造には成功していない。
【0018】
本発明は、未成熟樹状突起を持つステージ3ニューロンを、樹状突起スパインとポストシナプスが形成されたステージ5ニューロンへと成熟化させる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明に係る成熟樹状突起を持つステージ5ニューロンの製造方法は、未成熟樹状突起を持つステージ3ニューロンをB-27 Plusを含有する培地中で培養する工程を含む。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、未成熟樹状突起を持つステージ3ニューロンを、樹状突起スパインとポストシナプスが形成されたステージ5ニューロンへと成熟化させる技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、iPSC由来ニューロンの分化・成熟化過程を示す模式図である。
【
図2】
図2は、実験例1の結果を示す位相差顕微鏡画像である。
【
図3】
図3は、実験例1における免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。
【
図4】
図4は、実験例2における主成分分析の結果を示すグラフである。
【
図5】
図5は、実験例2において作成した各細胞型の平均ベクトルを示すグラフである。
【
図6】
図6は、実施例2においてヒトの脳の発生過程との相関性を解析した結果を示すヒートマップである。
【
図7】
図7は、実験例3におけるRNA-Seq発現プロファイルのヒートマップである。
【
図8】
図8は、実験例4において、遺伝子発現プロファイルを6つのパターンに分類した結果を示すグラフである。
【
図9A】
図9Aは、実験例4において、クラスターDOWN1の上位20の有意に濃縮された遺伝子オントロジー用語を示すグラフである。
【
図9B】
図9Bは、実験例4において、クラスターDOWN2の上位20の有意に濃縮された遺伝子オントロジー用語を示すグラフである。
【
図9C】
図9Cは、実験例4において、クラスターDOWN3の上位20の有意に濃縮された遺伝子オントロジー用語を示すグラフである。
【
図10A】
図10Aは、実験例4において、クラスターUP1の上位20の有意に濃縮された遺伝子オントロジー用語を示すグラフである。
【
図10B】
図10Bは、実験例4において、クラスターUP2の上位20の有意に濃縮された遺伝子オントロジー用語を示すグラフである。
【
図10C】
図10Cは、実験例4において、クラスターUP3の上位20の有意に濃縮された遺伝子オントロジー用語を示すグラフである。
【
図11】
図11は、実験例5における免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。
【
図12】
図12は、実験例6における免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。
【
図13】
図13は、実施例7における免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。
【
図14】
図14は、実験例8において、RNA-SeqデータをヒトリファレンスゲノムのDBN1遺伝子座にマッピングすることにより同定された2つのドレブリンアイソフォームの塩基配列を比較した図である。
【
図15】
図15は、実験例8において、RNA-Seqデータの解析により検出されたドレブリンアイソフォームの発現レベルを示すグラフである。
【
図16】
図16は、実験例8において、ドレブリン(全体)及びドレブリンアイソフォームAの発現量を定量的リアルタイムRT-PCRで解析した結果を示すグラフである。
【
図17】
図17は、実験例9において、定量的リアルタイムRT-PCRにより、NMDA受容体のサブユニットである、GRIN1、GRIN2A及びGRIN2Bの相対的な発現レベルを測定した結果を示すグラフである。
【
図18】
図18は、実験例10において、定量的リアルタイムRT-PCRにより、タウ(全体)、3Rタウアイソフォーム、4Rタウアイソフォーム及びドレブリンアイソフォームAの相対的な発現レベルを測定した結果を示すグラフである。
【
図19】
図19は、実験例11において測定した、iPSC由来ニューロンの電気活動検出電極数及び同期されたネットワークバースト頻度を示すグラフである。
【
図20】
図20は、実験例11において測定した、代表的な集団発火頻度ヒストグラムを示すグラフである。
【
図21】
図21は、
図20に基づいて作成した、4-AP及びD-AP5の用量反応曲線である。
【
図22】
図22は、実施例11において測定した、Day63及びDay84における発火頻度のラスタープロット及びネットワークバーストを示す代表的な集団発火頻度ヒストグラムである。
【
図23】
図23は、実施例11において、Day63及びDay84における軸索追跡アッセイにより、電極表面上に活動電位の伝播経路を再構築した代表的な神経伝達マップを示すグラフである。
【
図24】
図24は、実験例12における免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。
【
図25】
図25は、実験例13における免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。
【
図26】
図26は、実験例14における免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。
【
図27】
図27は、実験例15における免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[ステージ5ニューロンの製造方法]
一実施形態において、本発明は、成熟樹状突起を持つステージ3ニューロンをB-27 Plusを含有する培地中で培養する工程を含む、成熟樹状突起を持つステージ5ニューロンの製造方法を提供する。
【0023】
実施例において後述するように、本実施形態の製造方法によれば、未成熟樹状突起を持つステージ3ニューロンを、樹状突起スパインとポストシナプスが形成されたステージ5ニューロンへと成熟化させることができる。したがって、本実施形態の製造方法は、ステージ3ニューロンのステージ5ニューロンへの成熟化誘導方法であるということもできる。
【0024】
B-27 Plusは、神経細胞培養に用いられるサプリメントであり、基本培地に添加して用いられる。B-27 Plusは、サーモフィッシャーサイエンティフィック社より販売されている。B-27 Plusの主な成分を下記表1に示す。
【0025】
【0026】
本実施形態の製造方法において、培地としては、B-27 Plusを添加した基本培地を用いることができる。
【0027】
基本培地としては、特に限定されず、あらゆる無血清の細胞培養用基本培地を用いることができる。例えば、pH7.2以上pH7.6以下に緩衝化されている合成培地等が挙げられる。より具体的には、例えば、NeuroBasal培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、NeuroBasal Plus培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、BrainPhys培地(ステムセルテクノロジーズ社)、ラットグリア細胞培養上清含有神経細胞用培地(富士フイルム和光純薬株式会社)、アドバンスト-ダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地(DMEM/F12)、RPMI1640培地、アドバンストRPMI培地等が挙げられる。
【0028】
B-27 Plusは、基本培地に、例えば0.1体積%以上、0.5体積%以上、1体積%以上、1.5体積%以上、添加することが好ましい。B-27 Plusの基本培地への添加量は、例えば10体積%以下、8体積%以下、6体積%以下、4体積%以下、3体積%以下、2体積%以下であってもよい。これらの上限及び下限は任意に組み合わせることができる。例えば、B-27 Plusは、基本培地に、0.1体積%以上10体積%以下添加してもよく、0.5体積%以上5体積%以下添加してもよく、1体積%以上3体積%以下添加してもよく、2体積%添加してもよい。
【0029】
培地には、B-27 Plus以外の添加物を添加してもよい。このような添加物としては、例えば、CultureOne(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、GlutaMAX(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、アスコルビン酸、抗生物質、N-2サプリメント、DAPTやAra-C等の細胞増殖抑制剤、BDNF、GDNF、IGF-1等の成長因子等が挙げられる。
【0030】
実施例において後述するように、ステージ3ニューロンを、B-27 Plusを含有する培地中で、例えば50日間以上、60日間以上、70日間以上、80日間以上培養することにより、ステージ5ニューロンを製造することができる。培養時間に上限はないが、例えば12ヶ月以下、10ヶ月以下、8ヶ月以下、6ヶ月以下程度であることが現実的である。
【0031】
本実施形態の製造方法において、ステージ3ニューロンは、MAP2及びニューロフィラメント重鎖(NF-H)を含む神経マーカーを発現し、極性化されていることが好ましい。また、ステージ3ニューロンが、多能性幹細胞の分化誘導により得られたものであることが好ましい。
【0032】
実施例において後述するように、本実施形態の製造方法は、ニューロスフェアを経由せずに直接多能性幹細胞からステージ3ニューロンを高効率で製造することができる、転写因子誘導法を用いた場合に特に有効である。すなわち、ステージ3ニューロンは、多能性幹細胞における転写因子の発現誘導により分化誘導されたものであることが好ましい。
【0033】
多能性幹細胞における転写因子の発現誘導は、転写因子のmRNAを細胞にトランスフェクションしてもよいし、センダイウイルスベクター等のRNAウイルスを用いて発現誘導してもよいし、レンチウイルスベクター等のDNAウイルスを用いて発現誘導する遺伝子コンストラクトを導入してもよいし、ゲノム編集等の遺伝子改変を用いて発現誘導する遺伝子コンストラクトを導入してもよい。特に、長期に外来性の遺伝子がゲノムに組み込まれて残存するリスクがない、mRNAのトランスフェクション又はRNAウイルスを用いた発現誘導であることが好ましい。
【0034】
多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ESC)、人工多能性幹細胞(iPSC)等が挙げられる。多能性幹細胞は哺乳動物由来の細胞であることが好ましい。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類;ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄類;イヌ、ネコ等の食肉類;ヒト、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジー等の霊長類等が挙げられる。
【0035】
多能性幹細胞は、なかでも、ヒトの細胞であることが好ましい。また、多能性幹細胞は、野生型の細胞であってもよいし、神経疾患患者由来の細胞であってもよいし、野生型の細胞に遺伝子改変を行った細胞等であってもよい。
【0036】
本実施形態の製造方法において、ステージ5ニューロンには、樹状突起スパインが形成されている。また、ステージ5ニューロンには、ドレブリン及びPSD95を含むポストシナプス構造が形成されていることが好ましい。
【0037】
[ステージ5ニューロン]
一実施形態において、本発明は、容器中で単離培養されている、成熟樹状突起を持つヒトiPS細胞由来のステージ5ニューロンを提供する。単離培養されているとは、例えば、組織切片中に存在する成熟ニューロン等ではないことを意味する。
【0038】
従来、ヒトiPSC由来の細胞において、インビトロで、樹状突起スパインとポストシナプスを有する、機能的なステージ5ニューロンの製造に成功した例は報告されていない。
【0039】
これに対し、実施例において後述するように、発明者らは、インビトロで、樹状突起スパインとポストシナプスが形成されたヒトiPSC由来のステージ5ニューロンを製造することに初めて成功した。
【0040】
本実施形態のステージ5ニューロンは、上述した方法により、ステージ3ニューロンからインビトロで製造することができる。したがって、本実施形態のステージ5ニューロンは、容器中で単離培養されている。
【0041】
容器としては特に限定されず、通常細胞培養に用いるものを利用することができる。より具体的には、例えば、ディッシュ、マルチウェルプレート、ガラススライド、平面微小電極アレイ(Microelectrode Array、MEA)等が挙げられる。
【0042】
本実施形態のステージ5ニューロンは、平面培養(2D培養)又はスフェロイド培養(3D培養)されていることが好ましい。また、本実施形態のステージ5ニューロンは、神経細胞のみから構成されており、他の細胞を含まないことが好ましい。
【0043】
すなわち、本実施形態のステージ5ニューロンは、複数の細胞を含み3D培養された脳オルガノイド等とは区別されるものである。
【0044】
[神経疾患の治療薬のスクリーニング方法]
一実施形態において、本発明は、神経疾患患者由来iPSCから分化誘導されたステージ5ニューロンの機能又は表現型を、被験物質の存在下及び/又は非存在下で評価する工程を含む、薬剤のスクリーニング方法を提供する。ステージ5ニューロンは、典型的には上述の方法により得ることができる。被験物質の存在下及び/又は非存在下での機能又は表現系の評価としては、例えばステージ3ニューロンからステージ5ニューロンへの成熟段階や、ステージ5ニューロンへの成熟後において、前記被験物質に曝露した場合と曝露しない場合とを比較して、その機能又は表現型を評価する。
【0045】
被験物質としては、特に限定されず、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ等を用いることができる。
【0046】
ステージ5ニューロンの機能又は表現型としては、特に限定されず、樹状突起の成熟度、電気生理学的特性等が挙げられる。樹状突起の成熟度としては、例えば、樹状突起スパインの形状、ポストシナプス構造の形成の有無、ポストシナプス構造の形状、ドレブリンの局在、PSD95の局在等が挙げられる。電気生理学的特性としては、例えば、電気活動検出電極数、自発発火、同期されたネットワークバースト頻度、電気依存的カルシウム流入、これらに対する薬物の影響等が挙げられる。薬物としては、カリウムチャンネル阻害剤、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体阻害剤、α-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メソオキサゾール-4-プロピオン酸(AMPA)受容体阻害剤、各種神経伝達物質(例えばグルタミン酸等)のアゴニストやアンタゴニスト等が挙げられる。
【0047】
神経疾患患者由来iPSCとしては、神経疾患患者由来の細胞から作製されたiPSC、神経疾患患者と同様の遺伝子変異を導入されたiPSC等を用いることができる。
【0048】
被験物質の存在下におけるステージ5ニューロンの機能又は表現型が、被験物質の非存在下と比較して、より野生型に近い表現型を示した場合、当該被験物質は神経疾患の治療薬の候補であると判断することができる。また逆に、被験物質の存在下におけるステージ5ニューロンの機能又は表現型が、被験物質の非存在下と比較して、より疾患の特徴を強く発現した場合、当該被験物質は神経疾患の原因物質又は疾患を助長する物質の候補であると判断することができる。
【0049】
(第1実施形態)
第1実施形態のスクリーニング方法では、被験物質への曝露をステージ3ニューロンからステージ5ニューロンへの成熟段階で実施する。本形態のスクリーニング方法により神経疾患の治療薬の候補が得られた場合、当該治療薬は、ステージ3ニューロンがステージ5ニューロンに成熟化する前に投与することにより、神経疾患の表現型が発現することを予防できることが期待される。すなわち、本実施形態のスクリーニング方法で得られた候補化合物は、神経疾患の予防薬として利用できる可能性が考えられる。
【0050】
(第2実施形態)
第2実施形態のスクリーニング方法では、被験物質への暴露をステージ5ニューロンへの成熟後に実施する。したがって、第2実施形態のスクリーニング方法は、第1実施形態のスクリーニング方法と比較して、被験物質を作用させる時期が主に異なる。
【0051】
第1実施形態のスクリーニング方法では、ステージ3ニューロンからステージ5ニューロンを得る工程において被験物質を作用させるのに対し、第2実施形態のスクリーニング方法では、ステージ5ニューロンを得た後に、被験物質を作用させる。
【0052】
第2実施形態のスクリーニング方法において、被験物質、ステージ5ニューロンの表現型、神経疾患患者由来iPSC等については、第1実施形態のスクリーニング方法と同様である。
【0053】
第2実施形態のスクリーニング方法において、被験物質の存在下でステージ5ニューロンを培養する所定期間としては、特に限定されず、例えば、1分間以上、3分間以上、5分間以上、10分間以上、30分間以上、1時間以上、1日間以上、3日間以上、1週間以上、2週間以上、1ヶ月間以上、3ヶ月間以上等であってよい。被験物質の存在下でステージ5ニューロンを培養する所定期間は、例えば、3ヶ月間以下、1ヵ月間以下、1週間以下、3日間以下、1日間以下、12時間以下、6時間以下、1時間以下、30分間以下、10分間以下等であってもよい。これらの上限及び下限は任意に組み合わせることができる。被験物質の存在下でステージ5ニューロンを培養する所定期間は、例えば、1分間であってもよいし、3分間であってもよいし、5分間であってもよいし、10分間であってもよいし、30分間であってもよいし、1時間であってもよいし、6時間であってもよいし、12時間であってもよいし、約1日間であってもよいし、約1週間であってもよいし、約1ヶ月間であってもよい。
【0054】
第2実施形態のスクリーニング方法で神経疾患の治療薬の候補が得られた場合、当該治療薬は、既に神経疾患の表現型を示したステージ5ニューロンに投与することにより、より正常な表現型に治療できることが期待できる。
【実施例0055】
[実験例1]
(転写因子の発現誘導によりiPSCから分化誘導したニューロンの検討)
ヒトiPSC由来ニューロン(製品名「Quick-NeuronTM Excitatory-Human iPSC-derived Neurons」、エリクサジェン サイエンティフィック社)を培養し、その形状を観察した。このニューロンは、iPSCに、ニューロンへの分化誘導を促進する転写因子のmRNAを導入し、3日後に凍結保存されたものである。
【0056】
ヒトiPSC由来ニューロンを解凍し、メーカー推奨培地に懸濁し、予め0.05%ポリエチレンイミン(PEI、シグマ社)及び20μg/mLのラミニン溶液(シグマ社)でコーティングしておいた96ウェル培養プレートに50,000個/cm2の細胞密度で播種した。
【0057】
iPSCに転写因子を導入して分化誘導を開始した日をDay0とした。Day3で凍結保存されるため、解凍・播種の翌日をDay4とした。Day4から3~4日ごとに培地を半量交換した。Day4からDay10のいずれかの日に、Neurobasal Plus基礎培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)に、B-27 Plus(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)2%、神経細胞用培地(富士フイルム和光純薬株式会社)10%、CultureOne(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)1%、GlutaMAX(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)1%、200mMアスコルビン酸0.1%、抗生物質(Penicillin Streptomycin)1%を添加した培地に半量交換した。
【0058】
図2は、播種後1日目(Day4)及びDay8の細胞の位相差顕微鏡画像である。スケールバーは100μmである。その結果、Day4で突起が伸び始め、Day8には長い軸索が形成されていることが確認された。
【0059】
Day10、37及びDay71に、細胞をパラホルムアルデヒド固定し、免疫染色により、樹状突起マーカーであるMAP2、軸索マーカーであるニューロフィラメント重鎖(NF-H)の発現を検討した。また、核をDAPIで染色した。
【0060】
図3は、免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。スケールバーは100μmである。その結果、培養初期のDay10では、細胞体はMAP2を発現しているが、この段階で樹状突起は殆ど発達していないことが示された。また、各細胞ごとに1本長い突起が伸びて、その延長にNF-H陽性軸索を形成している様子が観察された。以上の結果から、Day10の時点で、神経極性が形成されたステージ3ニューロンの状態であることが示唆された。培養後期のDay37では、ニューロフィラメント重鎖(NF-H)陽性軸索が発達していると共に、MAP2陽性樹状突起が伸長と分岐していることが示された。Day71では、更に多くのMAP2陽性樹状突起が伸長と分岐していることが示された。以上の結果から、Day71の時点では、Day10のステージ3ニューロンよりも後のステージの状態に到達していることが示唆された。
【0061】
[実験例2]
(RNA-seq解析1)
ヒトiPSC由来ニューロン(製品名「Quick-NeuronTM Excitatory-Human iPSC-derived Neurons」、エリクサジェン サイエンティフィック社)を実験例1と同様にして培養し、RNA-Seq解析を行った。但し、大量の細胞を容易にハンドリングするために、非接着U底96ウェル培養プレートに10,000個/ウェルの細胞密度で播種し、スフェロイドを形成した。
【0062】
Day0、Day10、Day32、Day57、Day88にRNA-Seq解析を行った。対照であるDay0については、2つの独立に培養した未分化のiPSC(iPSC-1及びiPSC-2)について解析を行った。
【0063】
図4は、主成分分析の結果を示すグラフである。その結果、未成熟iPS細胞からの素早い分化と、長期培養を必要とする成熟化の2種類の軌道が示された。
【0064】
各細胞型への分化の方向は、細胞型特異的マーカー遺伝子の因子負荷の平均ベクトルをプロットすることによって推定した。細胞型特異的マーカー遺伝子セットは、Polioudakis D., et al., A Single-Cell Transcriptomic Atlas of Human Neocortical Development during Mid-gestation, Neuron 103, 785-801, 2019.から取得した。与えられた細胞型について、対応する因子負荷の平均は、下記式(1)に基づいて算出される、分化の方向V(PC1、PC2)として定義した。
【0065】
【数1】
[式(1)中、Vは分化の方向のベクトルを示し、GはPC1/PC2因子負荷ベクトルを示し、iは細胞型のマーカー遺伝子を示し、nは細胞型のマーカー遺伝子の総数を示す。]
【0066】
図5は、各細胞型の平均ベクトルを示すグラフである。
図5中、「Pg」は増殖する未成熟細胞を示し、「IP」は中間前駆細胞を示し、「ExN」は遊走している興奮性ニューロンを示し、「ExM」は成熟途中の興奮性ニューロンを示し、「ExM-U」は皮質上層濃縮興奮性ニューロンを示し、「ExDp1」は皮質深層1を示し、「ExDp2」は皮質深層2を示し、「RG」は放射状グリアを示し、「Mic」はミクログリアを示し、「OPC」はオリゴデンドロサイト前駆細胞を示す。
【0067】
その結果、Day0の細胞は増殖する未成熟細胞(Cycling Progenitor)に近く、Day10では中間前駆細胞と、遊走している興奮性ニューロン/成熟途中の興奮性ニューロンとの中間の状態であり、Day32では皮質上層濃縮興奮性ニューロンに近く、Day57~88には成熟した皮質深層(Excitatory Deep Layer)のニューロンに近い状態であることが示された。
【0068】
この結果は、細胞周期の終了と神経新生がDay10に完了するものの、その後、時間をかけてニューロンがより成熟した状態に変化することを示す。また、後述するスパイン形成及び生後脳発生の特徴的な分子イベントとされるドレブリンアイソフォームの切り替え及びNMDA受容体サブユニットの切り替えを含め、Day32以降に更に段階的に状態が変化することを示す。
【0069】
同様の実験を、平面培養したヒトiPSC由来ニューロンを用いて行った。その結果、ヒトiPSC由来ニューロンを平面培養した場合においても、スフェロイド培養した場合と同様の軌道を描き、Day88で右下の位置にたどり着くことが示された。この結果から、スフェロイド培養であっても平面培養であっても同等にニューロンが成熟することが示された。
【0070】
続いて、本実験例で取得したRNA-Seqデータを用いて、Brainspanデータとの時間軸による相関性を求めた。Brainspanはヒトの胎児から出生後の脳の発生・発達における遺伝子発現の網羅的解析をまとめた公開データベースである(http://www.brainspan.org, Li M., et al., Integrative functional genomic analysis of human brain development and neuropsychiatric risks, Science 362, 139-148, 2018)。
図6は、Day10~88のヒトiPSC由来ニューロンの全体遺伝子発現と、各時間帯におけるヒトの前頭前皮質の全体遺伝子発現との間のピアソン相関係数を示すヒートマップである。その結果、Day32までは出生前の脳の状態との相関性が高く(受胎後8から24週目)、Day57以降は出生後の脳の状態との相関性が高いことが分かった(出生後4か月~40年)。Day88では更に出生前との相関性は下がり、出生後の脳神経に移行することが分かった。
【0071】
したがって、Day32までの細胞は胎児脳に近い未成熟な状態のステージ3ニューロンを多く含み、Day32からDay57の間に、より成熟したステージ5ニューロンへ移行し、Day88では出生後の脳神経に近い状態のステージ5ニューロンが多く含まれることが示唆された。ヒトiPSC由来ニューロンの遺伝子発現がこのように胎児脳から生後脳の状態に移行可能であることは、これまで250日以上の長期3D培養された脳オルガノイドのみで報告されている(Gordon A., et al., Long-term maturation of human cortical organoids matches key early postnatal transitions, Nat. Neurosci. 24, 331-342, 2021)。しかしながら、神経細胞のみから構成された平面培養又は単純なスフェロイド培養で、比較的短時間で(57~88日)、大部分が生後脳の状態に移行する成功例はこれまで報告されておらず、困難であることが示唆されている。また、脳オルガノイドは培養条件が複雑であり、複数種細胞を含む構成と細胞同士の凝集のため、後述するスパインやポストシナプス構造の可視化や定量化が不可能であるため、創薬スクリーニング等にはより実用化に適した成熟神経の製造方法が求められる。
【0072】
[実験例3]
(RNA-seq解析2)
実験例2で取得したRNA-Seqデータに基づいて、既知のニューロン特異的マーカーの発現プロファイルを検討した。
【0073】
図7は、RNA-Seq発現プロファイルのヒートマップである。主要な未分化マーカー及び神経特異的マーカーの発現を示す。その結果、転写プログラムの時間依存性調節が確認された。具体的には、幹細胞マーカー及び増殖マーカーはDay10に下方制御され、ほとんどの細胞が効率的に分化したことが示唆された。
【0074】
Day10のニューロンは、神経前駆細胞マーカー(PAX6、NES等)といくつかのニューロンマーカー(NEUROD1、CDH2、TUBB3、MAP2、MAPT等)を発現した。この結果は、それらが未成熟ニューロン段階にあることを示した。
【0075】
その後、ほとんどの神経前駆細胞マーカー、未成熟ニューロンマーカーの発現が減少した。対照的に、成熟ニューロンマーカー(NEFH、BDNF)、プレシナプスマーカー(SYN1、SYP、SNAP25)及びポストシナプスマーカー(DLG4、CAMK2)はDay32以降に上昇が観察された。
【0076】
また、グルタミン酸小胞トランスポーター(SLC17A6、SLC17A7)、AMPA受容体(GRIA1-4)の上方制御、続いてNMDA受容体(GRIN1、-2A、-2B)の上方制御が観察され、興奮性伝達が可能なグルタミン酸作動性ニューロンの存在が示された。
【0077】
[実験例4]
(RNA-seq解析3)
実験例2で取得したRNA-Seqデータに基づいて、発現プロファイルの階層的クラスタリング分析によって遺伝子をグループ化し、遺伝子オントロジー(GO)濃縮分析を行った。
【0078】
図8は、Day0、Day10、Day32、Day57、Day88の各遺伝子の発現レベルの平均に基づいて遺伝子発現プロファイルを6つのパターンに分類した結果を示すグラフである。
【0079】
図9A、
図9B、
図9Cは、それぞれ、クラスターDOWN1、DOWN2、DOWN3の上位20の有意に濃縮された遺伝子オントロジー用語を示すグラフである。
【0080】
図10A、
図10B、
図10Cは、それぞれ、クラスターUP1、UP2、UP3の上位20の有意に濃縮された遺伝子オントロジー用語を示すグラフである。
【0081】
その結果、Day10で直ちに上方制御された遺伝子(クラスターUP1)が、主に、軸索形成、ニューロン投射及びプレシナプス小胞の形成と輸送に関連しており、活発なニューロンの発達が示された。
【0082】
対照的に、Day32以降に強く上方制御された遺伝子(クラスターUP2)は、より成熟したポストシナプス構造を必要とする機能(学習又は記憶、可塑性、長期増強)、膜貫通イオン輸送及びシナプス機能の調節に関与するものであった。これは、遅い時点でのシナプス形成と神経伝達活動の増加を示唆した。
【0083】
クラスターUP3は、プリン代謝、酸化的リン酸化、呼吸機能が豊富であり、神経新生及び神経伝達におけるATP合成の高い需要を満たすためであると考えられた。
【0084】
下方制御されたクラスターには、複雑な細胞分化を達成するために必要な劇的な翻訳変化を反映して、RNAプロセシング及びスプライシング機能がほとんど濃縮されていた。クラスターDOWN2には、核分裂及び染色体/染色分体分離に関連する遺伝子が含まれており、おそらく分化したニューロンの細胞周期終了に関連するものであった。
【0085】
以上のRNA-Seq分析の結果から、分化の初期誘導に続いて、特定の長期転写プログラムが、ニューロンの成熟とシナプス形成を調節することが示唆された。
【0086】
[実験例5]
(免疫染色による検討1)
実験例1と同様にして培養した、ヒトiPSC由来ニューロン(製品名「Quick-NeuronTM Excitatory-Human iPSC-derived Neurons」、エリクサジェン サイエンティフィック社)を免疫染色し、神経突起の成長とシナプス構造の形成を観察した。
【0087】
図11は、Day37及びDay71の各ニューロンを免疫染色した代表的な結果を示す蛍光顕微鏡画像である。下段に、それぞれ中段のDay71の画像中、四角で囲んだ領域の拡大画像を示す。上段のスケールバーは100μmであり、下段のスケールバーは20μmである。
図11中、軸索マーカーであるニューロフィラメント重鎖(NF-H)及びプレシナプスマーカーであるシナプシンI(Synapsin I)の染色結果を左に示し、樹状突起マーカーであるMAP2及びポストシナプスマーカーであるドレブリン(drebrin)の染色結果を中央に示し、それぞれのニューロンの状態を解釈する模式図を右に示す。
【0088】
iPSC由来ニューロンは、培養開始後1ヶ月で短いMAP2陽性樹状突起と急速に伸長するニューロフィラメント重鎖(NF-H)陽性軸索を発達させた。実施例1と同様に、MAP2陽性樹状突起は時間の経過とともに成長と分岐を続けた。
【0089】
これに付随して、プレシナプスマーカーであるシナプシンIの発現が増加した。シナプシンIは、初期培養では軸索と細胞体の周囲に拡散し、Day71の後期培養では成熟樹状突起に沿って凝集した。これは、ニューロンの発達がステージ4以降に進むにつれて、シナプシンIがシナプス部位に集中することを示す。
【0090】
続いて、アクチン結合タンパク質であるドレブリンの細胞内局在を評価した。培養開始からDay37の初期の培養では、ドレブリンは、細胞体の周りと発達中の樹状突起の終わりにある成長円錐に分布していた。Day71では、ドレブリンは成熟したMAP2陽性樹状突起に沿ってクラスターを形成した。
【0091】
[実験例6]
(免疫染色による検討2)
神経細胞分化キット(製品名「Quick-NeuronTM Excitatory-SeV Kit」、エリクサジェンサイエンティフィク社)を用いて、健常者由来iPSCから、メーカーのプロトコール通りにステージ3ニューロンを作製した。健常者由来iPSCとしては、1231A3株を使用した。実験例1とは異なる株を用いることで成熟化の再現性を確認し、より高解像度の免疫染色画像を取得した。
【0092】
図12は、Day73におけるiPSC由来ニューロンを免疫染色した代表的な結果を示す蛍光顕微鏡画像である。下段は、それぞれ上段の四角で囲んだ領域の拡大画像である。上段のスケールバーは100μmであり、下段のスケールバーは10μmである。
【0093】
その結果、Postsynaptic density protein 95(PSD95)の発現も観察された。そして、プレシナプスマーカーのシナプシンIと、ポストシナプスマーカーのドレブリン及びPSD95が樹状突起の上又は近くにクラスターを形成していることが示された。
【0094】
また、
図12の中央の図において、シナプシンIとドレブリンのクラスターが隣接又は部分的に共局在しており(白い矢印)、樹状突起スパインにおいて、プレシナプス及びポストシナプスが結合してシナプス結合を確立したことが示された。
【0095】
以上の結果は、iPSC由来ニューロンが、成熟樹状突起を持つステージ5ニューロンへと成熟化したことを示す。すなわち、ステージ3ニューロンをB-27 Plusを含有する培地中で培養することにより、ステージ5ニューロンを製造できることが示された。
【0096】
[実験例7]
(免疫染色による検討3)
実験例1と同様にして培養した、ヒトiPSC由来ニューロン(製品名「Quick-NeuronTM Excitatory-Human iPSC-derived Neurons」、エリクサジェン サイエンティフィック社)を免疫染色し、既知の神経特異的マーカーの発現を観察した。また、核をDAPIで染色した。
【0097】
図13は、iPSC由来ニューロンを免疫染色した代表的な結果を示す蛍光顕微鏡画像である。スケールバーは100μmである。その結果、殆ど(95%以上)の細胞がDay28でグルタミン酸作動性神経マーカーであるvGLUT1を発現し、Day85で成熟神経マーカーであるNeuNを発現することが確認された。また、一部(5%以下)の細胞がDay85でGABA作動性神経マーカーであるGAD64と、ドパミン作動性神経マーカーであるTHを発現していることが確認された。
【0098】
[実験例8]
(ドレブリンアイソフォームの検討)
ニューロンの発達における、ドレブリンの細胞内局在の変化は、ドレブリンの選択的スプライシングによって引き起こされることが知られている。胚性型アイソフォームのドレブリンEは、未成熟なニューロンの移動と神経突起の成長に役割を果たし、ニューロンの成熟に伴って樹状突起スパインの形成と可塑性を調節する成熟した脳特異的な成体型アイソフォームであるドレブリンAに置き換わる。
【0099】
図14は、RNA-SeqデータをヒトリファレンスゲノムのDBN1遺伝子座にマッピングすることにより同定された2つのドレブリンアイソフォームの塩基配列を比較した図である。
【0100】
追加のエクソン11を含む転写物は、成熟した脳特異的な成体型アイソフォームAであると想定され、より短い転写物は、胚性型アイソフォームEであると想定された。
【0101】
実験例2で取得したRNA-Seqデータに基づいて、ドレブリンアイソフォームの発現レベルを解析した。
図15は、RNA-Seqデータの解析により検出されたドレブリンの全体転写物及び各アイソフォームの発現レベル(transcripts per million、TPM)を示すグラフである。
【0102】
その結果、ドレブリン(全体)及び胚性型アイソフォームEは、未分化のiPSCで発現し、分化誘導時に上方制御され、後の時点で再び下方制御されることが示された。成体型アイソフォームAは分化の初期段階ではほとんど存在せず、後期段階で発現が誘導されることが示された。
【0103】
図16は、実験例1と同様にして培養したヒトiPSC由来ニューロンについて、ドレブリン(全体)及びドレブリンアイソフォームAの発現量を定量的リアルタイムRT-PCRで解析した結果を示すグラフである。
図16中、「DBN1」はドレブリン(全体)の発現量であることを示し、「DBN1 isoform A」はドレブリンアイソフォームAの発現量であることを示し、「*」はp<0.05で有意差があることを示し、「**」はp<0.001で有意差があることを示す。その結果、アイソフォームAが特にDay57以降に上方制御されることが確認された。
【0104】
以上の結果から、iPSC由来ニューロンの成熟は、げっ歯類の海馬ニューロンで以前に知られているドレブリンアイソフォーム切り替えの分子イベントを再現しているように見受けられた。
【0105】
[実験例9]
(NMDA受容体のサブユニットの検討)
NMDA受容体の特性は成熟中に変化し、サブユニットGluN2B(GRIN2B)からGluN2A(GRIN2A)への発生上の切り替えが起こることが知られている。
【0106】
図17は、実験例1と同様にして培養したヒトiPSC由来ニューロンについて、定量的リアルタイムRT-PCRにより、NMDA受容体のサブユニットである、GRIN1、GRIN2A及びGRIN2Bの相対的な発現レベルを測定した結果を示すグラフである。
図17中、「***」はDay10の結果に対してp<0.001で有意差があることを示し、「###」はGRIN2BのDay57の結果に対してp<0.001で有意差があることを示す。
【0107】
その結果、GRIN1とGRIN2BがDay32に有意に上方制御され、GRIN2AがDay57に有意に上方制御されたことが示された。また、GRIN2Bは、Day88に再び有意に下方制御され、GluN2BからGluN2Aへの発生スイッチの誘導が示唆された。
【0108】
[実験例10]
(タウアイソフォームの検討)
神経細胞において微小管を安定化するタウ(遺伝子名:MAPT)は、選択的スプライシングによって6種類のアイソフォームを発現し、そのうち3種は3つの反復配列を持ち(3Rタウアイソフォーム)、その他3種は4つの反復配列を持つことで(4Rタウアイソフォーム)見分けられることが知られている。胎生期には3Rタウしか発現していないが、成熟と共に発現するアイソフォームの種類が増え、生体の脳では4Rタウが発現していることが知られている。
【0109】
図18は、実験例1と同様にして培養したヒトiPSC由来ニューロンについて、定量的リアルタイムRT-PCRにより、タウ(全体)、3Rタウ、4Rタウ及びドレブリンアイソフォームAの相対的な発現レベルを測定した結果を示すグラフである。その結果、タウ(全体)及び3RタウはDay38から高く発現しており、対して4RタウはドレブリンアイソフォームAと同様にDay66とDay87に上方制御されたことが示された。
【0110】
[実験例11]
(興奮性ポストシナプスタンパク質の機能的活性の検討1)
高密度微小電極アレイシステム(High-density microelectrode array、HD-MEA、マックスウェル バイオシステムズ社)を使用して、ヒトiPSC由来ニューロンの電気生理学的応答を解析した。
【0111】
ヒトiPSC由来ニューロン(製品名「Quick-NeuronTM Excitatory-Human iPSC-derived Neurons」、エリクサジェン サイエンティフィック社)高密度微小電極アレイ(HD-MEA)の電極上に100,000個/ウェルの細胞密度で播種した点以外は実験例1と同様にして培養し、経時的に局所電場電位を測定した。
【0112】
図19は、培養されたiPSC由来ニューロンの4つの独立したウェルで経時的に測定した、電気活動検出電極数(Active electrodes)及び同期されたネットワークバースト頻度(Network burst rate)を示すグラフである。電気活性検出電極数は自発発火する細胞の存在と比例しており、発火活動の指標である。同期されたネットワークバーストは、培養ニューロン間の接続の確立の指標である。
【0113】
その結果、Day31以降に、発火活動が上昇し、再現性のあるネットワークバーストが出現したことが示された。ネットワークバーストは、培養開始後8週目頃まで安定して測定され、その後、成熟とともに再び減少した。発火活動の減少は見られなかったため、個々の細胞の電気活動自体や生存率が低下しているのではなく、抑制性神経の成熟化、又はポストシナプス機能を必要としないギャップジャンクション経由の電気シナプスから、より選択的な制御を可能にする化学シナプスに置き換わるためであると考えられた。
【0114】
培養開始後8週目のiPSC由来ニューロンの培地に、カリウムチャンネル阻害剤である4-aminopyridine(4-AP)及びNMDA受容体阻害剤であるD-2-Amino-5-phosphonopentanoic acid(D-AP5)を、それぞれ濃度を増加させながら添加し、1ウェルあたり1,024個の電極によって集団発火頻度ヒストグラムを記録した。各濃度について1分間の安定化と10分間の記録を行った。最後に、iPSC由来ニューロンを3回の培地交換で洗浄し、1日放置して、各薬物の効果が消失したことを確認した。
【0115】
図20は、代表的な集団発火頻度ヒストグラムを示すグラフである。
図21は、
図20に基づいて作成した、4-AP及びD-AP5の用量反応曲線である。その結果、iPSC由来ニューロンの4-APとD-AP5に対する用量依存的な反応が観察された。この結果は、iPSC由来ニューロンにおける神経伝達が機能していることを示す。特に成熟した中枢神経において重要であるNMDA受容体を介したシナプス伝達が機能していることが示唆された。
【0116】
図22は、Day63及びDay84において1,024個の電極を用いて600秒間測定した発火頻度のラスタープロット及びネットワークバーストを示す代表的な集団発火頻度ヒストグラムである。Day63に比べてDay84においてはネットワークバーストの頻度が減少し、同時にバースト持続時間、バースト内平均発火頻度、バースト間隔が増加したことが示された。
【0117】
図23は、Day63及びDay84において、軸索追跡アッセイを行い、26,400個の電極を含む4mm×2mmの領域に活動電位の伝播経路を再構築した代表的な神経伝達マップを示すグラフである。スケールバーは100μmである。その結果、Day63に比べDay84においては活動電位の伝播距離とネットワークの複雑性が増加することが示された。これらの結果から、成熟したステージ5ニューロンでは、電気活動が衰えることなく、神経ネットワークの接続性と安定性が増加していることが示唆された。
【0118】
[実験例12]
(興奮性ポストシナプスタンパク質の機能的活性の検討2)
ヒトiPSC由来の成熟したステージ5ニューロンを、100μMグルタミン酸で10分間処理した後に免疫染色し、ドレブリンの局在変化を検討した。また、比較のために、グルタミン酸処理を行わずに免疫染色した試料も用意した。
【0119】
図24は、代表的な免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡画像である。
図24中、左欄は、グルタミン酸処理を行わずに免疫染色した結果を示し、右欄は100μMグルタミン酸で10分間処理した後に免疫染色した結果を示す。
【0120】
図24中、左上上段は、MAP2、ドレブリン及び核の染色結果をマージした画像であり、左上下段は、左上上段の四角で囲んだ領域の拡大画像である。左上上段のスケールバーは100μmであり、左上下段のスケールバーは20μmである。
【0121】
また、左下上段は、別の細胞について、MAP2、ドレブリン及び核の染色結果をマージした画像であり、左下下段は、左下上段の四角で囲んだ領域の拡大画像である。左下上段のスケールバーは100μmであり、左下下段のスケールバーは20μmである。
【0122】
また、右上上段は、MAP2、ドレブリン及び核の染色結果をマージした画像であり、右上下段は、右上上段の四角で囲んだ領域の拡大画像である。右上上段のスケールバーは100μmであり、右上下段のスケールバーは20μmである。
【0123】
また、右下上段は、別の細胞について、MAP2、ドレブリン及び核の染色結果をマージした画像であり、右下下段は、右下上段の四角で囲んだ領域の拡大画像である。右下上段のスケールバーは100μmであり、右下下段のスケールバーは20μmである。
【0124】
その結果、ヒトiPSC由来の成熟したステージ5ニューロンを、100μMグルタミン酸で10分間処理すると、ドレブリンがスパイン内のクラスターから流出し、遊離ドレブリンが樹状突起の軸(Shaft)に移動する「drebrin exodus」と呼ばれる現象が観察された。
【0125】
げっ歯類において、ニューロンが死なないレベルのグルタミン酸を加えると、「drebrin exodus」が観察され、「シナプス毒性」が誘導されることが知られている。ヒトニューロンでシナプス毒性が確認されたのは初めてである。また、この現象はNMDA受容体を介したシナプス可塑性の重要な機構であることが知られており、ヒトiPSC由来神経でもシナプス可塑性を起こせる可能性が示唆された。
【0126】
この結果は、ヒトiPSC由来のステージ5ニューロンが、正常に機能するポストシナプスを有していることを示す。
【0127】
[実験例13]
(ヒトiPSC由来ニューロンの培地組成の影響の検討)
下記表2に組成を示す様々な培地を用いた以外は実験例1と同様にして、ヒトiPSC由来ニューロンを培養した。続いて、Day77に細胞を固定して免疫染色を行い、ステージ5ニューロンが得られたか否かを評価した。下記表2中、「NB Plus」はNeuroBasal Plus(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を示し、「BrainPhys」はBrainPhys(ステムセルテクノロジーズ社)を示し、「B27 Plus」はB-27 Plus(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を示し、「CDI」はiCell神経系サプリメント及びiCell神経用サプリメントB(富士フイルム・セルラー・ダイナミクス社)を示し、「CultureOne」はCultureOne(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を示し、「DAPT」はDAPT(CAS番号:208255-80-5)を示し、「-」は添加しないことを示し、「+」は添加することを示す。下記表2における培地2は、実験例1で用いた培地である。また、「スパインOK」は、後述する免疫染色の結果、ドレブリンがスパインの中に凝集してクラスターを形成した、成熟樹状突起が形成されたことを意味し、ステージ5ニューロンが得られたことを示す。また、「スパインなし」はスパインが形成されず、ステージ5ニューロンが得られなかったことを示す。
【0128】
【0129】
図25は、上記表2に示す、培地2、培地5、培地7でそれぞれ培養したヒトiPSC由来ニューロンの免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。
【0130】
その結果、培地2及び培地7では、同様に樹状突起が成熟し、ドレブリンクラスターが観察された。一方、培地5では、樹状突起の成長が悪く、ドレブリンの糸状仮足は多く発生していたがクラスター状のスパインにまでは成熟していないことが観察された。上記表2には、各培地を用いた場合の免疫染色の結果も示す。
【0131】
以上の結果から、ステージ5ニューロンを得るためには、培地にB-27 Plusを加えることが重要であり、基本培地はNeurobasal PlusであってもBrainPhysであってもよいことが示された。
【0132】
[実験例14]
(ヒトiPSC由来ニューロンの培地に添加するB-27 Plusの量の影響の検討)
実験例1と同様にして、ヒトiPSC由来ニューロンを培養した。実験例1では、培地にB-27 Plus(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を2%加えていたところを、本実験例では、B-27 Plus 4%又はB-27 Plus 10%に置き換えた。続いて、Day63に細胞を固定して免疫染色を行い、ステージ5ニューロンが得られたか否かを評価した。
【0133】
図26は、B-27 Plus 2%、B-27 Plus 4%、B-27 Plus 10%を添加した培地でそれぞれ培養したヒトiPSC由来ニューロンの免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡画像である。
【0134】
その結果、いずれの培地組成でも樹状突起が成熟し、ドレブリンクラスターの集積が始まっていることが観察された。しかし、培養期間を成熟化の完了予測時期より1週間短く設定したため、B-27 Plus 2%ではまだ糸状仮足が多く残っており、ドレブリンが突起周辺に拡散され集積が完了していない様子が観察された。B-27 Plus 4%でも糸状仮足が多く残っているが、突起周辺のドレブリン発現が若干上昇しているように見られた。一方、B-27 Plus 10%では、数多くの小さい粒状のドレブリンクラスターが観察され、より早くスパインが安定化していることが示唆された。
【0135】
以上の結果から、ステージ5ニューロンを得るためには、B-27 Plusの基本培地への添加量は2%でもよいが、4%、10%と高く上げるほどステージ5ニューロンへの成熟化効率が上がることが示唆された。
【0136】
[実験例15]
(神経疾患患者由来iPSCからのステージ5ニューロンの作製)
神経細胞分化キット(製品名「Quick-NeuronTM Excitatory-SeV Kit」、エリクサジェンサイエンティフィク社)を用いて、健常者由来iPSC及び神経疾患患者由来iPSCから、メーカーのプロトコール通りにステージ3ニューロンを作製した。健常者由来iPSCとしては、1383D2株及び1231A3株を使用した。神経疾患患者由来iPSCとしては、レット症候群疾患患者由来のHPS3036株を使用した。
【0137】
その後、実験例1と同様にして、iPSC由来ニューロンを培養した。続いて、Day90、Day91、Day112に免疫染色を行い、ステージ5ニューロンが得られたか否かを評価した。
【0138】
図27は、代表的な免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡画像である。MAP2、ドレブリン及び核の染色結果をマージした画像である。その結果、樹状突起の上又は近くにドレブリンクラスターの形成が観察され、健常者由来iPSC及び神経疾患患者由来iPSCのいずれを用いた場合においてもステージ5ニューロンが得られることが示された。
【0139】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]未成熟樹状突起を持つステージ3ニューロンをB-27 Plusを含有する培地中で培養する工程を含む、成熟樹状突起を持つステージ5ニューロンの製造方法。
[2]前記ステージ5ニューロンには、樹状突起スパインが形成されている、[1]に記載の製造方法。
[3]前記ステージ5ニューロンには、ドレブリン及びPSD95を含むポストシナプス構造が形成されている、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]前記ステージ3ニューロンは、MAP2及びニューロフィラメント重鎖(NF-H)を含む神経マーカーを発現し、極性化されている、[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]前記ステージ3ニューロンが、人工多能性幹細胞(iPSC)の分化誘導により得られたものである、[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]前記ステージ3ニューロンが、前記iPSCにおける転写因子の発現誘導により分化誘導されたものである、[5]に記載の製造方法。
[7]容器中で単離培養されている、成熟樹状突起を持つステージ5ニューロン。
[8]神経疾患患者由来iPSCから分化誘導されたステージ3ニューロンを、被験物質の存在下で、B-27 Plusを含有する培地中で培養し、ステージ5ニューロンを得る工程と、前記ステージ5ニューロンの表現型を評価する工程と、を含み、前記被験物質の非存在下と比較して、前記被験物質の存在下における前記ステージ5ニューロンの表現型が、より野生型に近い表現型を示すことが、前記被験物質が前記神経疾患の治療薬の候補であることを示す、神経疾患の治療薬のスクリーニング方法。
[9]被験物質の存在下で、所定期間、神経疾患患者由来iPSCから分化誘導されたステージ5ニューロンを培養する工程と、前記ステージ5ニューロンの表現型を評価する工程と、を含み、前記被験物質の非存在下と比較して、前記被験物質の存在下における前記ステージ5ニューロンの表現型が、より野生型に近い表現型を示すことが、前記被験物質が前記神経疾患の治療薬の候補であることを示す、神経疾患の治療薬のスクリーニング方法。