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  • 特開-ウイルス感染阻害剤 図1
  • 特開-ウイルス感染阻害剤 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183020
(43)【公開日】2023-12-27
(54)【発明の名称】ウイルス感染阻害剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/16 20060101AFI20231220BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20231220BHJP
   A61P 31/16 20060101ALI20231220BHJP
   C07K 14/42 20060101ALN20231220BHJP
   A61K 36/04 20060101ALN20231220BHJP
   A61K 36/05 20060101ALN20231220BHJP
   A61K 36/06 20060101ALN20231220BHJP
   A61K 36/07 20060101ALN20231220BHJP
   A61K 36/12 20060101ALN20231220BHJP
【FI】
A61K38/16
A61P31/14
A61P31/16
C07K14/42 ZNA
A61K36/04
A61K36/05
A61K36/06
A61K36/07
A61K36/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022096374
(22)【出願日】2022-06-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年6月18日に令和3年度中四国乳酸菌研究会にて発表 令和3年11月16日に第68回日本ウイルス学会学術集会にて発表
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 修平
(72)【発明者】
【氏名】堀 貫治
(72)【発明者】
【氏名】坂口 剛正
【テーマコード(参考)】
4C084
4C087
4C088
4H045
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084BA44
4C084CA13
4C084NA14
4C084ZB33
4C087AA01
4C087BC11
4C087NA14
4C087ZB33
4C088AA03
4C088AA14
4C088AA15
4C088AA18
4C088BA16
4C088NA14
4C088ZB33
4H045AA10
4H045CA30
4H045DA80
4H045EA29
(57)【要約】
【課題】ウイルス感染、特にインフルエンザウイルス又はSARS-CoV-2の感染を効果的に阻害する可能性があるレクチンを探索し、そのようなレクチンを含むウイルス感染阻害剤を提供できるようにする。
【解決手段】本発明に係るウイルス感染阻害剤は、フコース認識レクチンを含み、インフルエンザウイルス又はSARS-CoV-2の感染を阻害することを特徴とするものである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フコース認識レクチンを含み、インフルエンザウイルス又はSARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)の感染を阻害するウイルス感染阻害剤。
【請求項2】
前記フコース認識レクチンは、α1-6フコースに特異的に結合するレクチンである請求項1に記載のウイルス感染阻害剤。
【請求項3】
前記フコース認識レクチンは、Hypnin A又はAALである請求項2に記載のウイルス感染阻害剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス感染阻害剤に関し、特にフコース認識レクチンを含むウイルス感染阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞表面や体液中に存在する糖タンパク質や糖脂質等の複合糖質の糖鎖は、一種の情報素子として機能し、発生、免疫、がん、感染等の重要な生命現象に深く関わっている。一方、糖鎖結合性タンパク質であるレクチンは糖鎖認識分子として機能し、糖鎖と同様に生物学的に重要な役割を担っている。
【0003】
これまでに、海藻類又は藻類(淡水産藍藻)から多くの種類のレクチンが単離され、その生化学的性質が明らかにされている。藻類レクチンは、その結合性に基づいて大きくは高マンノース型糖鎖、複合型糖鎖又は混成型糖鎖に結合するもの、セリン、スレオニン等と結合するO-グリコシド結合糖鎖(O型糖鎖)に結合するもの、その他にフコース含有糖鎖に結合するもの等に大別できる。レクチンの一部は、例えばヒト免疫不全ウイルス(HIV)、インフルエンザウイルス等のウイルスに特異的に結合することが知られている(非特許文献1~12)。藍藻Oscillatoria agardhii 由来レクチンであるOAA(Oscillatoria agardhii agglutinin)、紅藻Kappaphycus alvarezii由来レクチンであるKAA(Kappaphycus alvarezii agglutinin)、緑藻Boodlea coacta由来レクチンであるBCA(Boodlea coacta agglutinin)及び紅藻Meristotheca papulosa由来レクチンであるMPL(Meristotheca papulosa lectin)は高マンノース型糖鎖との強い結合特異性からHIVやインフルエンザウイルスといった表面に高マンノース型糖鎖を有するウイルスを認識できると期待されている。特に、非特許文献12には、KAAはHIVのエンベロープ糖タンパク質であるgp120を認識することが開示されており、抗HIV活性を示し、医薬素材としての活用が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Boyd, M. R. et al., Antimicrob. Agents Chemother.41, 1521-1530, 1997.
【非特許文献2】O’Keefe, B. R. et al., Antimicrob. Agents Chemother. 47, 2518-2525, 2003.
【非特許文献3】Helle, F., .et al., J. Biol. Chem. 281, 25177-25183, 2006.
【非特許文献4】Barrientos, L. G., et al., Antiviral. Res. 58, 47-56, 2003.
【非特許文献5】Dey, B., et al., J. Virol. 74, 4562-4569, 2000.
【非特許文献6】O’Keefe, B. R. et al.,J. Virol. 84, 2511-2521, 2010.
【非特許文献7】Hori, K. et al., Glycobiology, 17, 479-491, 2007.
【非特許文献8】Sato, Y., Okuyama, S., and Hori, K., J. Biol. Chem. 282, 11021-11029, 2007.
【非特許文献9】Sato, Y., Morimoto, K., Hirayama, M., and Hori, K. Biochem. Biophys. Res. commun. 405, 291-296, 2011.
【非特許文献10】佐藤雄一郎、平山 真、藤原佳史、森本金治郎、堀 貫治 (2010) 第13回マリンバイオテクノロジー学会大会講演要旨 (2010. 5.29発表)
【非特許文献11】Sato, Y., Hirayama, M., Morimoto,K., Yamamoto, N., Okuyama, S., and Hori, K. J. Biol. Chem. 286, No.22, 19446-19458, 2011.
【非特許文献12】Hirayama, M., Shibata, H., Imamura, K., Sakaguchi, T., and Hori, K. Mar Biotechnol. 18, issue 2, 215-231, 2016.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、現在のところHIVウイルスやインフルエンザウイルス等の表面に存在する糖鎖に特異的に結合し、上記ウイルスの感染を効果的に阻害する物質はまだ十分に知られているとは言いがたく、その数は限られているため、上記物質が十分に供給できる状況にはなっていない。さらには、現在、全世界で感染が広がっているSARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対して感染阻害効果を示す物質についても求められている。このように、ウイルス感染阻害効果を示す有用な物質がさらに多く見出され、その特性が明らかにされることが必要である。
【0006】
レクチンに関しては、上記のような高マンノース型糖鎖特異的レクチンにおいて、ウイルス感染に対する阻害効果を示す可能性のあるものも見出されてはいるが、他の型のレクチンでは、未だそのような報告が無く、有用なレクチンが求められている。
【0007】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、上記のようなウイルス感染、特に、インフルエンザウイルス又はSARS-CoV-2を効果的に阻害する可能性があるレクチンを探索し、そのようなレクチンを含むウイルス感染阻害剤を提供できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、レクチンのうちフコース認識レクチンがウイルス感染を阻害する効果を示すことを見出して本発明を完成した。
【0009】
具体的に、本発明に係るウイルス感染阻害剤は、フコース認識レクチンを含むことを特徴とする。
【0010】
本発明に係るウイルス感染阻害剤において、前記フコース認識レクチンは、α1-6フコースに特異的に結合するレクチンであることが好ましい。
【0011】
本発明に係るウイルス感染阻害剤において、前記フコース認識レクチンは、Hypnin A又はAALであることがより好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るウイルス感染阻害剤は、ウイルスに対する中和活性が高いレクチンを含むため、ウイルス感染を効果的に阻害することができて極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、His-rHypnin A-2の生成方法を説明するための図であり、具体的にはpUC57-hypの構造を示す図である。
図2図2は、His-rHypnin A-2の生成方法を説明するための図であり、具体的にはHis-rHypnin A-2発現ベクター(pET28a-hyp)の調製方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0015】
本発明の一実施形態は、フコース認識レクチンを含むウイルス阻害剤である。本実施形態において、フコース認識レクチンとは、糖鎖のうちN-結合型糖鎖(アスパラギン結合型糖鎖)の還元末端のN-アセチルグルコサミンに結合したフコースを認識して結合するレクチンをいう。糖鎖において、フコースは、N-アセチルグルコサミンに対していくつかの異なる形態で結合したものが知られており、α1-6結合、α1-4結合、α1-3結合及びα1-2結合したもの等が知られており、本明細書において、それらをそれぞれα1-6フコース、α1-4フコース、α1‐3フコース及びα1-2フコースと呼び、それらを含む糖鎖をそれぞれα1-6フコース糖鎖、α1-4フコース糖鎖、α1‐3フコース糖鎖及びα1-2フコース糖鎖と呼ぶ。フコース認識レクチンとしては、例えばHypnin A、CLA、AOL、AAL及びUEA I等が挙げられる。
【0016】
Hypnin Aは、紅藻カギイバラノリ(Hypnea japonica)に由来するレクチンであり、例えばBiochim Biophys Acta. 1474(2000):226-36や特許第5109001号公報に記載された方法によって抽出及び精製することができる。なお、Hypnin Aは、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等による精製過程でHypnin A-1、Hypnin A-2及びHypnin A-3に分離され得るが、本実施形態において、それぞれ単独又は混合物の形態で用いることができる。Hypnin Aは、糖鎖におけるフコースのうちα1-6フコースに対して特に親和性が高いことが知られている。
【0017】
CLAは、緑藻ヒラミル(Codium latum)に由来するレクチンであり、糖鎖におけるフコースのうち特にα1-3フコースに対して高い親和性で結合するレクチンである。CLAは、配列番号1のアミノ酸配列を有する約16kDaのレクチンである(特願2021-141733号を参照)。
【0018】
AOLは、麹菌(Aspergillus oryzae)に由来するレクチンであり、糖鎖におけるフコースのうちα1-6、α1-4、α1-3及びα1-2フコースを認識して結合するレクチンである。AOLは、例えば東京化成工業株式会社(製品コード:L0169)から入手可能である。
【0019】
AALは、ヒイロチャワンタケ(Aleuria Aurantia)に由来するレクチンであり、糖鎖におけるフコースのうちα1-6、α1-4、α1-3及びα1-2フコースを認識して結合するレクチンである。例えばコスモ・バイオ株式会社(品番:J101-R)から入手可能である。
【0020】
UEA Iは、ハリエニシダ(Ulex europaeus)に由来するレクチンであり、糖鎖におけるフコースのうちα1-6、α1-4、α1-3及びα1-2フコースを認識して結合するレクチンである。例えばコスモ・バイオ株式会社(品番:J119)から入手可能である。
【0021】
本実施形態に係るレクチンは、藻類等から抽出及び生成された天然起源のレクチンであってもよく、また、原核生物宿主又は真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞及び哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された産物、及び化学合成手順の産物であってもよい。組換え産生手順において用いられる宿主に依存して、本発明に係るタンパク質は、グリコシル化され得るか又は非グリコシル化され得る。さらに、本発明に係るタンパク質は、宿主媒介プロセスの結果として、開始の改変メチオニン残基を含み得る。なお、本実施形態に係るレクチンは、組換え産生手順等を利用した人工物である場合、上記のようなα1-6、α1-4、α1-3及びα1-2フコースを認識して結合することができるものであれば、対応する天然起源のレクチンと比較して、アミノ酸配列に欠失、挿入、逆転、反復、及びタイプ置換(例えば、親水性の残基の別の残基への置換、しかし通常は強く親水性の残基を強く疎水性の残基には置換しない)等の変異が含まれていてもよい。特に、レクチンにおける「中性」アミノ酸置換は、一般的にそのレクチンの活性にほとんど影響しない。
【0022】
レクチンのアミノ酸配列中のいくつかのアミノ酸が、このレクチンの構造又は機能に有意に影響することなく容易に改変され得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけではく、天然のレクチンにおいて、当該レクチンの構造又は機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。
【0023】
当業者は、周知技術を使用してレクチンのアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸を容易に変異させることができる。例えば、公知の点変異導入法に従えば、レクチンをコードするポリヌクレオチドの任意の塩基を変異させることができる。また、レクチンをコードするポリヌクレオチドの任意の部位に対応するプライマーを設計して欠失変異体又は付加変異体を作製することができる。
【0024】
上記「1又は数個のアミノ酸」の変異とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により置換、欠失、挿入、若しくは付加できる程度の数(好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されていることを意味する。
【0025】
他の実施形態において、本発明に係るレクチンは、融合タンパク質のような改変された形態で組換え発現され得る。例えば、本発明に係るポリペプチドの付加的なアミノ酸、特に荷電性アミノ酸の領域が、宿主細胞内での、精製の間又は引き続く操作及び保存の間の安定性及び持続性を改善するために、レクチンのN末端に付加され得る。
【0026】
組換え生成は、当該分野において周知の方法を使用して行なうことができ、当該分野で周知のベクター及び細胞等を用いて行なうことができる。
【0027】
本実施形態に係るウイルス感染阻害剤は、特にインフルエンザウイルス又はSARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)の感染を阻害するものである。本実施形態に係るウイルス感染阻害剤に含まれるフコース認識レクチンは、後に実施例にて詳細に説明するように、インフルエンザウイルス及びSARS-CoV-2に対する中和活性が高く、感染防止効果を有する。
【0028】
本実施形態に係るウイルス感染阻害剤は、例えばインビトロで試験のために用いることができ、さらに、ヒト又は動物である対象の体内に投与して治療又は予防の目的で用いることもできる。その場合、ウイルス感染阻害剤は、経口製剤又は非経口製剤のいずれであってもよい。また、剤型は特に限定されるものではなく、常法に従い、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、エリキシル剤、シロップ剤、マイクロカプセル剤あるいは懸濁液剤等に製剤化して用いることができる。
【0029】
非経口的に投与する場合には、例えば、本発明に係るポリペプチドを含有する溶液を点鼻噴霧することや、注射剤として投与することができる。経口的に投与する場合には、食前、食後、食間のいずれに投与してもよい。
【0030】
本実施形態に係るウイルス感染阻害剤は、必要に応じて、担体、賦形剤、結合剤、膨化剤、潤滑剤、甘味剤、香味剤、防腐剤、安定剤、被覆剤等の材料を含有することができる。
【0031】
本実施形態に係るウイルス感染阻害剤において、例えば錠剤、カプセル剤等に含有することができる具体的な成分としては、トラガント、アラビアゴム、コーンスターチ及びゼラチンのような結合剤; 微晶性セルロース、結晶セルロースのような賦形剤; コーンスターチ、前ゼラチン化デンプン、アルギン酸、デキストリンのような膨化剤; ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤; 微粒二酸化ケイ素のような流動性改善剤; グリセリン脂肪酸エステルのような滑沢剤; ショ糖、乳糖及びアスパルテームのような甘味剤; ペパーミント、ワニラ香料及びチェリーのような香味剤等を挙げることができる。
【0032】
調剤単位形態がカプセル剤である場合には上記のタイプの材料にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。
【0033】
また、種々の他の材料を、被覆剤として又は調剤単位の物理的形態を変化させるために含有させることができる。錠剤の被覆剤としては、例えば、シェラック、砂糖又はその両方が挙げられる。シロップ剤又はエリキシル剤は、例えば、甘味剤としてショ糖、防腐剤としてメチルパラベン及びプロピルパラベン、色素及びチェリー又はオレンジ香味等を含有することができる。その他、各種ビタミン類、各種アミノ酸類を含有しても良い。
【0034】
本実施形態に係るウイルス感染阻害剤の投与量は、適用対象が必要とする量を確保できるように設定すればよく、製剤化して用いたり、飲食品に配合して上記ウイルス感染阻害剤を用いることができる。
【実施例0035】
以下に、本発明に係るウイルス感染阻害剤について詳細に説明するための実施例を示す。
【0036】
[実施例1:インフルエンザウイルスに対するフコース認識レクチンの感染阻害効果の検討]
まず、種々のフコース認識レクチンがインフルエンザウイルスに対して感染阻害効果を示すか否かについて検討するために、インフルエンザウイルスに対して種々のフコース認識レクチンを処理してインフルエンザウイルスの細胞感染能を評価した。その方法及び結果を以下に説明する。
【0037】
(材料)
本実施例において、インフルエンザウイルスとしてA/Udorn/72(H3N2)株(R.A.Lamb教授(米国ノースウェスタン大学)より分与された)を用いた。また、フコース認識レクチンとしては、Hypnin A、CLA、AOL及びAALを用いた。なお、AOLは東京化成工業株式会社(製品コード:L0169)より購入したものを用い、AALはコスモ・バイオ株式会社(品番:J101-R)より購入したものを用いた。また、Hypnin Aとしては、Hypnin A-2の組換え型であり、Hisタグが融合されたHis-rHypnin A-2を用い、CLAは、特願2021-141733号に記載の方法で得たHisタグが融合された組換え型のHis-rCLAを用いた。His-rHypnin A-2及びHis-rCLAの生成方法について以下に説明する。
【0038】
まず、His-rHypnin A-2の生成方法について説明する。まず、hypnin A-2のアミノ酸配列を基に、大腸菌コドンユーセージを用いて、hypnin A-2の合成遺伝子を設計した。なお、同塩基配列の合成及び同配列を含むpUC57組換え体の調製はGenScript社に依頼した。すなわち、NdeI認識サイト、Factor Xa(プロテアーゼ切断サイト)、hypnin A-2、ストップコドン及びEcoRI認識サイトをこの順序でコードする塩基配列(配列番号2)を設計し、この合成DNAをpUC57に挿入したものを調製した(図1を参照)。
【0039】
Hypnin A-2をコードする合成DNAを含むpUC57(pUC57-hypと略記)の大量調製は、以下のように行った。すなわち、同プラスミドを1mM EDTA-10mM トリス-HCl、pH7.5(TEと略記)に溶解し、プラスミド100ng相当量を600μlの大腸菌(DH5α;Invitrogen社)懸濁液に加えて、氷上で15分間静置した。これを湯浴中、ヒートショック(42℃、45秒)を用いる形質転換に付した後、氷上で3分間静置した。これに800μlのSuper Optimal Broth with catabolite repression(SOC)培地(2%バクトトリプトン-0.5%酵母抽出物-10mM NaCl-10mM MgSO-10mM MgCl-20mMグルコース)を加えて、恒温槽内において37℃下で30分間予備培養した。この予備培養液を5mlのLuria-Bertani(LB)-amp液体培地(1%バクトトリプトン-0.5%酵母抽出物-20mM NaCl-100μg/mlアンピシリン)に植菌し、37℃で一晩振とう培養した。この培養液を遠心(12000rpm、5分)して菌体を回収した。この菌体を120μlのsol I(50mMグルコース-10mM EDTA-25mM トリス-HCl、pH8.0)に懸濁し、240μlのsol II(0.2N NaOH-1.0%SDS)を加えて、穏やかに転倒混和した後、氷上に5分間静置した。これに、180μlのsol III(11.5%酢酸-3M酢酸カリウム)を加えて、穏やかに撹拌後、氷上に5分間静置した。次に、10μlのクロロホルムを加えて混和後、遠心(16000rpm、5分)して水層を回収した。同水層に400μlのPCI(フェノール:クロロホルム:イソプロピルアルコール=25:24:1)を加えて、ボルテックス後、遠心(16000rpm、10分)(以下、「PCI処理」と略す)し、水層を回収し、1μlグリコーゲン(20μg/μl)、1/10容5M塩化リチウム液、2.5倍容100%エタノールを加えて遠沈(16000rpm、1分)(以下、「エタノール沈殿処理」と略す)して沈殿を得た。この沈殿に70%エタノールを1ml加えて、遠心洗浄(16000rpm、10分)(以下、「70%エタノール洗浄処理」と略す)後、風乾してエタノールを完全に除去した。得られた沈殿を50μlのTEに溶解し、0.5μlのRNaseA(1μg/μl)を加え、37℃で1時間酵素処理した。一方、pET28a(Novagen社)については、100ng相当量を同様にDH5αに形質転換し、LB-kan液体培地(1%バクトトリプトン-0.5%酵母抽出物-20mM NaCl-50μg/mlカナマイシン)で培養した後、前述と同様の方法を用いて同プラスミドを大量調製した。
【0040】
続いて、pUC57-hypを制限酵素処理(SacI及びNdeI)して得たhypnin A-2合成遺伝子を含むDNA断片を、同様の制限酵素処理に付したpET28aにライゲーションして、hypnin A-2発現ベクターを構築した(図2を参照)。すなわち、2.25μg相当量のpUC57-hypを20μlの酵素反応液(2μl Lバッファー、1μl SacI(10U)、17μl滅菌水)中、37℃で2時間酵素消化した。これを、PCI処理、エタノール沈殿処理及び70%エタノール洗浄処理に順次付し、このうち2.14μgを20μlの酵素反応液(2μl Hバッファー、1μl NdeI(10U)、17μl滅菌水)中、37℃で2時間酵素消化した。両酵素処理で得られた消化物を1.2%低融点アガロースによる電気泳動に供して、hypnin A-2合成遺伝子を含むDNA断片(hypnin A-2(NdeI/SacI)と略記)をゲルより切り取った。これをマイクロチューブ中、ゲルの約5倍容のTEを加えて、65℃でゲルが完全に溶解するまで湯浴した。加熱後、室温まで冷やしてから、等容のトリス-フェノールを加えて混和後、遠心分離(16000rpm、10分)して(以下、「トリス-フェノール処理」と略す)、水層を回収した。これを再度トリス-フェノール処理して得た水層に1mlのクロロホルムを加えて混和後、遠心分離し(16000rpm、10分)、水層を回収した。これをエタノール沈澱および70%エタノール洗浄処理後、風乾し、5μlの滅菌水に溶解して、hypnin A-2(NdeI/SacI)画分を得た。なお、DNA量は1.0%アガロース電気泳動での蛍光バンドの強度から概算した。一方、pUC57-hypとほぼ同量のpET28aを同様の方法でSacI及びNdeIの制限酵素処理に順次付し、遊離の両制限酵素サイトをもつpET28a(pET28a(NdeI/SacI))を調製した。前述の方法で得たhypnin A-2(NdeI/SacI)(インサート)とpET28a(NdeI/SacI)(ベクター)を3:1(インサート/ベクター)のモル比でライゲーションした。すなわち10μlの反応液(0.5μl T4リガーゼ(3.5U)、1μlリガーゼバッファー、3μl pET28a(NdeI/SacI)(300ng)、5μl hypnin A-2(NdeI/SacI)(50ng)、0.5μl滅菌水)を調製し、16℃で16時間反応させた。次に、反応液の2.5及び5μlを、それぞれ各200μlの大腸菌(DH5α)懸濁液に加え、ヒートショック法により形質転換した。これに、800μlのSOC培地を加え37℃で30分間予備培養後、LB-kan寒天培地に適量塗布して、37℃で一晩培養した。生じた各コロニーをそれぞれ5mlのLB-kan液体培地に植菌し、一晩培養後に各ベクターをアルカリSDS溶菌に付し、得られたプラスミドを10μlのTEに溶解して、その一部を1%アガロース電気泳動に供して、その移動度によりインサートチェックを行った。さらに、インサートを含むと判断されたベクターについては、NdeI及びSacIを用いる制限酵素処理を行い、同電気泳動に供して、インサートが組み込まれていることを再確認した。また、インサートを含むことが確認されたプラスミドについては、DNAシークエンサーに供してその塩基配列解析を行った。
【0041】
上記のようにして得られたpET28a-hypを用いて発現用大腸菌SHuffle T7 Express株(New England Biolabs社)を形質転換し、Hisタグ融合組換えHypninA-2発現株pET28a-hyp/SHuffle T7 Expressを得た。これを3mLのカナマイシン含有LB液体培地に植菌し、37℃で一晩培養した。その後、培養液を250mLのカナマイシン含有LB液体培地に加え、37℃で対数増殖期中期になるまで振盪培養した。OD600が0.5~0.8に達したところで、20℃で30分間振盪培養して培養液を十分に冷却した。これに終濃度が0.5mMとなるようにイソプロピルβ-D-1-チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加することで発現誘導を開始し、20℃で16時間振盪培養した。これを遠心分離(10000×g、4℃、20min)により集菌し、培養液に対し1/20容の超音波破砕用緩衝液(20mMのリン酸緩衝液(PB)(pH7.4)、500mMのNaCl、20mMのイミダゾール)を添加及び懸濁した後、氷上で冷却しながら超音波破砕を行った。超音波破砕時の条件は「超音波破砕1分-休止1分」のセットを7回行った。破砕処理後、遠心分離(10000×g、4℃、20min)し、上清を可溶性画分とした。
【0042】
ニッケルキレートカラム(Vt=1mL、His GraviTrap、GEヘルスケア)を同緩衝液10mLで平衡化後、可溶性画分をカラムに添加し、Hisタグ融合組換えレクチンを吸着させた。カラムに非特異的に吸着した夾雑成分を洗浄するため、イミダゾールを150mM含有する緩衝液(20mMのPB(pH7.4)、500mMのNaCl)を用いてカラムを洗浄した。その後、溶出用緩衝液(20mMのPB(pH7.4)、500mMのNaCl、500mMのイミダゾール)をカラムに6mL流し、精製Hisタグ融合組換えHypninA-2(His-rHypnin A-2)を得た。
【0043】
次に、His-rCLAの生成方法について説明する。まず、CLA cDNAがコードする翻訳領域の配列情報(配列番号3を参照)をもとにCLAコード合成DNAを設計し、Integrated DNA Technologies社に依頼して作製した。制限酵素認識部位を5’末端に付加したプライマー(Forward primer:NheI付加、Reverse primer:XhoI付加)、及びPrimeSTAR HS DNA Polymerase(タカラバイオ社製)を用いたPCRによりCLAコードDNA断片を増幅した。増幅したDNA断片を制限酵素NheI及びXhoIで処理し、同じく両制限酵素で処理したベクターpET-28a(+)(Merck社)にサブクローニングし、CLA発現用プラスミドpET28a-rCLAを得た。さらにこのpET28a-rCLAを用いて発現用大腸菌SHuffle T7 Express株(New England Biolabs社)を形質転換し、Hisタグ融合組換えCLA発現株pET28a-rCLA/SHuffle T7 Expressを得た。
【0044】
上記のようにして得られたHisタグ融合組換えCLA(His-rCLA)発現用大腸菌株(pET28a-CLA/SHuffle T7 Express)を3mLのカナマイシン含有LB液体培地に植菌し、37℃で一晩培養した。その後、培養液を250mLのカナマイシン含有LB液体培地に加え、37℃で対数増殖期中期になるまで振盪培養した。OD600が0.5に達したところで、終濃度が0.5mMとなるようにイソプロピルβ-D-1-チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加することで発現誘導を開始し、20℃で16時間振盪培養した。これを遠心分離(10000×g、4℃、20min)により集菌し、培養液に対し1/20容の超音波破砕用緩衝液(20mMのリン酸緩衝液(PB)(pH7.4)、500mMのNaCl、20mMのイミダゾール)を添加及び懸濁した後、氷上で冷却しながら超音波破砕を行った。超音波破砕時の条件は「超音波破砕1分-休止1分」のセットを7回行った。破砕処理後、遠心分離(10000×g、4℃、20min)し、上清を可溶性画分とした。
【0045】
ニッケルキレートカラム(Vt=1mL、His GraviTrap、GEヘルスケア)を同緩衝液10mLで平衡化後、可溶性画分をカラムに添加し、Hisタグ融合組換えレクチンを吸着させた。カラムに非特異的に吸着した夾雑成分を洗浄するため、イミダゾールを150mM含有する緩衝液(20mMのPB(pH7.4)、500mMのNaCl)を用いてカラムを洗浄した。その後、溶出用緩衝液(20mMのPB(pH7.4)、500mMのNaCl、500mMのイミダゾール)を3mL、2mLの順に添加して回収して、精製Hisタグ融合組換えCLA(His-rCLA)を得た。
【0046】
(方法及び結果)
まず、10μLの上記インフルエンザウイルス(1.1×10TCID50/mL)と、90μLの上記各レクチン(10μM)とを混合した。なお、これらとは別にコントロールとしてレクチンを含まないDMEMとインフルエンザウイルスとを混合した。その後、30分間室温で反応させた後に、細胞維持液DMEMで10倍に稀釈して反応を停止した。さらに10段階系列希釈して、種々の濃度のウイルス含有液を準備した。そして、予め96ウェルプレートに播種されたMDCK(+)細胞(Noma, K. et al. Archives of Virology 143:1893-1909, 1998)に当該各濃度のウイルス含有液を接種して(50μl/well、各濃度4wellずつ)、1時間吸着させた後に、接種液を吸引除去して、100μl/wellのDMEMを加えた。なお、その5日後に細胞変性効果が広がったところで、各ウェルを顕微鏡により観察して感染の有無を評価し、感染価を測定した。感染価の単位は、50%細胞感染濃度(TCID50)/mlである。その結果を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
表1に示すように、各フコース認識レクチンにより処理されたインフルエンザウイルスはコントロール(DMEM)と比較して、不活化して感染価が低下した。特に、各フコース認識レクチンのうちα1-6フコースを認識できるレクチンであるHypnin A-2、AOL及びAALを処理した場合の効果が高く、中でも、Hypnin A-2を処理した場合が特に感染価を低減できることが明らかとなった。また、Hypnin A-2に次いでAALも比較的高い感染阻害効果を示すことがわかる。
【0049】
[実施例2:SARS-CoV-2に対するフコース認識レクチンの感染阻害効果の検討]
次に、種々のフコース認識レクチンがSARS-CoV-2に対して感染阻害効果を示すか否かについて検討するために、SARS-CoV-2に対して種々のフコース認識レクチンを処理してインフルエンザウイルスの細胞感染能を評価した。その方法及び結果を以下に説明する。
【0050】
(材料)
本実施例において、SARS-CoV-2として広島県の患者検体より常法にて分離したSARS-CoV-2/JP/Hiroshima-46059T/2020株(Clade:GR、Lineage:B.1.1、GenBank/DDBJ/EMBL accession number:MZ853926、GISAID Accession ID:EPI_ISL_6289932)を用いた(Yamamotoya et al. Scientific Reports 11:18581, 2021を参照)。また、フコース認識レクチンとしては、Hypnin A、CLA、AOL、AAL及びUEA Iを用いた。なお、CLA、AOL及びAALは、上記実施例1で用いたものと同一である。また、Hypnin Aとしては、Hypnin A-1及びHypnin A-2を用い、Hypnin A-2は上記実施例1で用いたものと同一である。Hypnin A-1は、紅藻カギイバラノリ(Hypnea japonica)から、例えばBiochim Biophys Acta. 1474(2000):226-36や特許第5109001号公報に記載された方法によって抽出及び精製した天然型レクチンを用いた。UEA Iは、コスモ・バイオ株式会社(品番:J119)より購入したものを用いた。
【0051】
(方法及び結果)
まず、10μLのSARS-CoV-2:1.1×10TCID50/mL)と、90μLの上記各レクチン(5μM)とを混合した。なお、これらとは別にコントロールとしてレクチンを含まないDMEMとSARS-CoV-2とを混合した。その後、30分間室温で反応させた後に、細胞維持液DMEMで10倍に稀釈して反応を停止した。さらに10段階系列希釈して、種々の濃度のウイルス含有液を準備した。そして、予め96ウェルプレートに播種されたVero/TMPRSS2細胞(JCRB1819(国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 JCRB細胞バンク))に当該各濃度のウイルス含有液を接種して(50μl/well、各濃度4wellずつ)、1時間吸着させた後に、接種液を吸引除去して、100μl/wellのDMEMを加えた。なお、その4日後に細胞変性効果が広がったところで、各ウェルを顕微鏡により観察して感染の有無を評価し、感染価を測定した。感染価の単位は、50%細胞感染濃度(TCID50)/mlである。その結果を表2に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
表2に示すように、各フコース認識レクチンにより処理されたSARS-CoV-2はコントロール(DMEM)と比較して、不活化して感染価が低下した。特に、各フコース認識レクチンのうちα1-6フコースを認識できるレクチンであるHypnin A、AOL、AAL及びUEA Iを処理した場合の効果が高く、中でも、Hypnin Aを処理した場合が特に感染価を低減できることが明らかとなった。また、Hypnin Aに次いでAALも比較的高い感染阻害効果を示すことがわかる。
【0054】
以上の結果から、フコース認識レクチンは、インフルエンザウイルス及びSARS-CoV-2の感染阻害効果があり、インビトロにおける試験や、これらのウイルス感染の治療や予防のための薬剤として利用可能性があるので極めて有用である。
図1
図2
【配列表】
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