IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大阪富士工業株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人大阪大学の特許一覧

特開2023-183135コーティング方法及びコーティング装置
<>
  • 特開-コーティング方法及びコーティング装置 図1
  • 特開-コーティング方法及びコーティング装置 図2
  • 特開-コーティング方法及びコーティング装置 図3
  • 特開-コーティング方法及びコーティング装置 図4A
  • 特開-コーティング方法及びコーティング装置 図4B
  • 特開-コーティング方法及びコーティング装置 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183135
(43)【公開日】2023-12-27
(54)【発明の名称】コーティング方法及びコーティング装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/342 20140101AFI20231220BHJP
   B23K 26/067 20060101ALI20231220BHJP
【FI】
B23K26/342
B23K26/067
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022096596
(22)【出願日】2022-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】390001801
【氏名又は名称】大阪富士工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【弁理士】
【氏名又は名称】吉本 力
(72)【発明者】
【氏名】辰巳 佳宏
(72)【発明者】
【氏名】林 良彦
(72)【発明者】
【氏名】池田 圭一郎
(72)【発明者】
【氏名】安積 一幸
(72)【発明者】
【氏名】塚本 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】阿部 信行
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 雄二
(72)【発明者】
【氏名】水谷 正海
【テーマコード(参考)】
4E168
【Fターム(参考)】
4E168BA32
4E168DA39
4E168DA40
4E168EA05
4E168EA06
4E168FB03
(57)【要約】
【課題】湾曲面を有する対象物の表面に対して、耐久性が高く、薄くて均一な膜厚のコーティングを低コストで実現できるコーティング方法及びコーティング装置を提供する。
【解決手段】レーザー分岐機構210が、光源200から出力されるレーザー光201を複数のレーザービーム101に分岐させる。溶材噴射機構300が、溶材102を噴射する。複数のレーザービーム101を対象物1の表面11に向けて照射しつつ、複数のレーザービーム101が対象物1の表面11に到達するまでの光路に溶材噴射機構300から溶材102を噴射して溶融させ、対象物1の表面11に固着させることにより、湾曲面を含む対象物1の表面11をレーザークラッディングによりコーティングする。レーザー分岐機構210は、複数のレーザービーム101が湾曲面の形状に対応する強度を有するようにレーザー光201を分岐させる。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
湾曲面を有する対象物の表面をコーティングするためのコーティング方法であって、
光源からレーザー光を出力するレーザー出力工程と、
前記光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させるレーザー分岐工程と、
前記複数のレーザービームを前記対象物の表面に向けて照射しつつ、当該複数のレーザービームが前記対象物の表面に到達するまでの光路に溶材を噴射して溶融させ、前記対象物の表面に固着させることにより、前記湾曲面を含む前記対象物の表面をレーザークラッディングによりコーティングするコーティング工程とを含み、
前記レーザー分岐工程では、前記複数のレーザービームが前記湾曲面の形状に対応する強度を有するように前記レーザー光を分岐させる、コーティング方法。
【請求項2】
前記レーザー分岐工程では、回折光学素子により、前記光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させる、請求項1に記載のコーティング方法。
【請求項3】
前記湾曲面の形状に対応する前記回折光学素子を選択し、前記光源から出力されるレーザー光の光路に配置する素子配置工程をさらに含み、
前記レーザー分岐工程では、前記素子配置工程により配置された前記回折光学素子により、前記光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させる、請求項2に記載のコーティング方法。
【請求項4】
前記コーティング工程では、前記湾曲面の形状に対応する角度で前記溶材を噴射する、請求項1に記載のコーティング方法。
【請求項5】
湾曲面を有する対象物の表面をコーティングするためのコーティング装置であって、
レーザー光を出力する光源と、
前記光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させるレーザー分岐機構と、
溶材を噴射する溶材噴射機構とを備え、
前記複数のレーザービームを前記対象物の表面に向けて照射しつつ、当該複数のレーザービームが前記対象物の表面に到達するまでの光路に前記溶材噴射機構から溶材を噴射して溶融させ、前記対象物の表面に固着させることにより、前記湾曲面を含む前記対象物の表面をレーザークラッディングによりコーティングするものであり、
前記レーザー分岐機構は、前記複数のレーザービームが前記湾曲面の形状に対応する強度を有するように前記レーザー光を分岐させる、コーティング装置。
【請求項6】
前記レーザー分岐機構は、回折光学素子を含む、請求項5に記載のコーティング装置。
【請求項7】
前記溶材噴射機構は、前記湾曲面の形状に対応する角度で前記溶材を噴射する、請求項5に記載のコーティング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物の表面をコーティングするためのコーティング方法及びコーティング装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えばボイラー管などの対象物の表面をコーティングする方法として、溶射を用いた方法が知られている。溶射を用いた方法では、成膜速度が速く、単位時間当たりの成膜面積が広いため、低コストでコーティングを行うことができる。また、対象物の表面に形成される膜の厚さを薄くすることができ、膜の厚さを調整することも可能である。しかしながら、溶射により形成される膜の寿命は、一般的に1~2年程度であり、耐久性が低い。
【0003】
別のコーティング方法として、肉盛溶接を用いた方法も考えられる(例えば、下記特許文献1参照)。肉盛溶接を用いた方法では、耐久性が高い膜を形成することはできるものの、成膜速度が遅く、膜の厚さを薄くすることが困難である。対象物がボイラー管である場合には、コーティングの膜厚が大きくなると、ボイラー管の厚みが増し、熱伝達が悪くなるといった問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5529434号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
対象物の表面に湾曲面が含まれるような場合には、均一な膜厚でコーティングを行うことが困難である。すなわち、湾曲面では、光源からの距離が不均一であるため、湾曲面上の温度分布も不均一になりやすく、その結果、湾曲面上に形成される膜の厚さも不均一になりやすい。例えば対象物がボイラー管のような断面円形状の場合には、水平に延びるボイラー管の外周面に対して上方から成膜すると、ボイラーの外周面の中央部(光源に最も近い部分)の温度が高くなり、外周面上(湾曲面上)の温度分布が不均一になる。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、湾曲面を有する対象物の表面に対して、耐久性が高く、薄くて均一な膜厚のコーティングを低コストで実現できるコーティング方法及びコーティング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明に係るコーティング方法は、湾曲面を有する対象物の表面をコーティングするためのコーティング方法であって、レーザー出力工程と、レーザー分岐工程と、コーティング工程とを含む。前記レーザー出力工程では、光源からレーザー光を出力する。前記レーザー分岐工程では、前記光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させる。前記コーティング工程では、前記複数のレーザービームを前記対象物の表面に向けて照射しつつ、当該複数のレーザービームが前記対象物の表面に到達するまでの光路に溶材を噴射して溶融させ、前記対象物の表面に固着させることにより、前記湾曲面を含む前記対象物の表面をレーザークラッディングによりコーティングする。前記レーザー分岐工程では、前記複数のレーザービームが前記湾曲面の形状に対応する強度を有するように前記レーザー光を分岐させる。
【0008】
このような構成によれば、光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させて、湾曲面を有する対象物の表面に照射するときに、複数のレーザービームが湾曲面の形状に対応する強度を有するようにレーザー光が分岐される。これにより、湾曲面に対して均一に熱を伝えることが可能となるため、均一な膜厚でコーティングすることができる。
【0009】
また、レーザークラッディングにより対象物の表面をコーティングするため、耐久性が高い。さらに、複数のレーザービームが対象物の表面に到達するまでの光路に溶材を噴射して溶融させ、対象物の表面に固着させるため、溶融池を形成することなく薄い膜厚で成膜することができる。また、対象物への入熱を少なくすることができ、その結果、成膜速度を速くすることができる。したがって、耐久性が高く、薄くて均一な膜厚のコーティングを低コストで実現できる。
【0010】
(2)前記レーザー分岐工程では、回折光学素子により、前記光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させてもよい。
【0011】
このような構成によれば、回折光学素子を用いた簡単な構成で、光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させて、湾曲面を有する対象物の表面に照射することができる。また、複数のレーザービームが湾曲面の形状に対応する強度を有するように回折光学素子を設計すれば、複数のレーザービームを適切な強度で対象物の表面に照射することができる。
【0012】
(3)前記コーティング方法は、素子配置工程をさらに含んでいてもよい。前記素子配置工程では、前記湾曲面の形状に対応する前記回折光学素子を選択し、前記光源から出力されるレーザー光の光路に配置してもよい。前記レーザー分岐工程では、前記素子配置工程により配置された前記回折光学素子により、前記光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させてもよい。
【0013】
このような構成によれば、湾曲面の形状に対応する回折光学素子を選択し、光源から出力されるレーザー光の光路に配置することにより、複数のレーザービームを適切な強度で対象物の表面に照射することができる。
【0014】
(4)前記コーティング工程では、前記湾曲面の形状に対応する角度で前記溶材を噴射してもよい。
【0015】
このような構成によれば、湾曲面に対して、その形状に対応する適切な角度で溶材を照射することができるため、より均一な膜厚でコーティングすることができる。
【0016】
(5)本発明に係るコーティング装置は、湾曲面を有する対象物の表面をコーティングするためのコーティング装置であって、光源と、レーザー分岐機構と、溶材噴射機構とを備える。前記光源は、レーザー光を出力する。前記レーザー分岐機構は、前記光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させる。前記溶材噴射機構は、溶材を噴射する。前記コーティング装置は、前記複数のレーザービームを前記対象物の表面に向けて照射しつつ、当該複数のレーザービームが前記対象物の表面に到達するまでの光路に前記溶材噴射機構から溶材を噴射して溶融させ、前記対象物の表面に固着させることにより、前記湾曲面を含む前記対象物の表面をレーザークラッディングによりコーティングする。前記レーザー分岐機構は、前記複数のレーザービームが前記湾曲面の形状に対応する強度を有するように前記レーザー光を分岐させる。
【0017】
このような構成によれば、光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させて、湾曲面を有する対象物の表面に照射するときに、複数のレーザービームが湾曲面の形状に対応する強度を有するようにレーザー光が分岐される。これにより、湾曲面に対して均一に熱を伝えることが可能となるため、均一な膜厚でコーティングすることができる。
【0018】
また、レーザークラッディングにより対象物の表面をコーティングするため、耐久性が高い。さらに、複数のレーザービームが対象物の表面に到達するまでの光路に溶材を噴射して溶融させ、対象物の表面に固着させるため、溶融池を形成することなく薄い膜厚で成膜することができる。また、対象物への入熱を少なくすることができ、その結果、成膜速度を速くすることができる。したがって、耐久性が高く、薄くて均一な膜厚のコーティングを低コストで実現できる。
【0019】
(6)前記レーザー分岐機構は、回折光学素子を含んでいてもよい。
【0020】
このような構成によれば、回折光学素子を用いた簡単な構成で、光源から出力されるレーザー光を複数のレーザービームに分岐させて、湾曲面を有する対象物の表面に照射することができる。また、複数のレーザービームが湾曲面の形状に対応する強度を有するように回折光学素子を設計すれば、複数のレーザービームを適切な強度で対象物の表面に照射することができる。
【0021】
(7)前記溶材噴射機構は、前記湾曲面の形状に対応する角度で前記溶材を噴射してもよい。
【0022】
このような構成によれば、湾曲面に対して、その形状に対応する適切な角度で溶材を照射することができるため、より均一な膜厚でコーティングすることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、湾曲面を有する対象物の表面に対して、耐久性が高く、薄くて均一な膜厚のコーティングを低コストで実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の一実施形態に係るコーティング装置のノズル近傍の構成例を示した概略図である。
図2】コーティング装置の全体構成について説明するための模式図である。
図3】コーティング装置を走査方向に沿って見た概略図である。
図4A】各レーザービームの強度について説明するための図である。
図4B】各レーザービームの強度について説明するための図である。
図5】溶材の噴射方向について説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
1.コーティング装置の構成
図1は、本発明の一実施形態に係るコーティング装置のノズル100近傍の構成例を示した概略図である。このコーティング装置では、レーザークラッディングを用いて、対象物1の表面11に対するコーティングが行われる。
【0026】
レーザークラッディングには、熱源としてレーザービーム101が用いられる。ノズル100から連続的に出射されるレーザービーム101は、対象物1の表面11に照射される。対象物1の表面11におけるレーザービーム101の照射位置104には、例えば20mm×1mm程度の矩形の照射領域が形成される。ただし、照射領域は、矩形に限らず、円形又は楕円形などの他の形状であってもよい。レーザービーム101は、平行光であってもよいし、照射位置104に向かって集光されてもよい。
【0027】
ノズル100からは、対象物1に向けて溶材102及びシールドガス103を連続的に噴射しつつ、レーザービーム101が出射される。溶材102は、例えばインコネルを含む粉末状の材料である。溶材102の粉末は、粒径が20~40μm、より好ましくは30μm程度である。なお、溶材102は、インコネルのみからなるものであってもよいし、他の材料を含むものであってもよい。また、溶材102は、インコネル以外の材料により構成されるものであってもよい。
【0028】
本実施形態では、ノズル100から噴射される溶材102が、照射位置104よりも手前(ノズル100側)でレーザービーム101中に入射する。すなわち、飛行中のレーザービーム101に対して溶材102が噴射される。これにより、レーザービーム101を対象物1の表面11に向けて照射しつつ、レーザービーム101が対象物1の表面11に到達するまでの光路に溶材102を噴射して溶融させ、対象物1の表面11に付着した後に自然冷却させることにより、対象物1の表面11に溶材102を固着させることができる。
【0029】
シールドガス103としては、例えばアルゴンガス又はヘリウムガスなどの不活性ガスが用いられる。ノズル100から噴射される溶材102は、シールドガス103中に入射されることにより、飛行中の酸化を抑制することができる。ただし、シールドガス103は省略することも可能である。
【0030】
ノズル100は、対象物1の表面11に対して平行な所定の走査方向に沿って移動される。したがって、対象物1の表面11上でレーザービーム101を走査しながら、レーザービーム101中に溶材102を噴射して溶融させ、対象物1の表面11上に連続的に肉盛層2を形成することにより、対象物1の表面11をコーティングすることができる(コーティング工程)。ただし、ノズル100を移動させるのではなく、対象物1を移動させることにより、レーザービーム101を対象物1の表面11上で走査してもよい。
【0031】
レーザービーム101の走査速度は、1.0m/h以上、より好ましくは1.2m/h以上である。また、対象物1の表面11上に形成される肉盛層2の膜厚は、0.3~0.8mm、より好ましくは0.5mm程度である。
【0032】
本実施形態では、レーザービーム101を挟んで走査方向の両側から、レーザービーム101中に溶材102が入射する。すなわち、溶材102は複数の方向(例えば2方向)からレーザービーム101中に入射するようになっている。各方向からレーザービーム101中に入射する溶材102は、レーザービーム101中の交点105において交差する。このように、レーザービーム101を挟んで走査方向の両側から溶材102を入射させることにより、成膜効率を向上させることができる。
【0033】
図2は、コーティング装置の全体構成について説明するための模式図である。図1では、1つのレーザービーム101についてのコーティング方法を詳細に説明したが、本実施形態では、複数のレーザービーム101が対象物1の表面11に向けて照射されるようになっている。そのために、コーティング装置には、光源200及びレーザー分岐機構210が備えられている。
【0034】
光源200は、レーザー装置を含む構成であり、レーザー装置において生成したレーザー光201を出力する(レーザー出力工程)。レーザー装置としては、半導体レーザー、ファイバーレーザー又はディスクレーザーなどを用いることができる。光源200から出力されるレーザー光201は、レーザー分岐機構210に入射する。
【0035】
レーザー分岐機構210には、回折光学素子(DOE:Diffractive Optical Element)211が含まれる。レーザー分岐機構210に入射する光源200からのレーザー光201は、回折光学素子211により複数のレーザービーム101に分岐される(レーザー分岐工程)。回折光学素子211により分岐された複数のレーザービーム101は、対象物1の表面11に対して、複数行×複数列のマトリクス状に照射される。
【0036】
回折光学素子211により分岐される各レーザービーム101の照射位置104における矩形の照射領域は、それぞれ同一形状である。ただし、各レーザービーム101の照射位置104における照射領域の形状が、それぞれ異なる形状となるように回折光学素子211を設計してもよい。また、各レーザービーム101の強度は、回折光学素子211の設計により任意に調整することができる。
【0037】
各レーザービーム101中には、溶材噴射機構300から溶材102が噴射される。すなわち、溶材噴射機構300は、各レーザービーム101に対して、個別に溶材102を噴射することができるように構成されている。各レーザービーム101に対する溶材102の入射角度は、同一であってもよいし、異なっていてもよい。本実施形態では、溶材噴射機構300により、各レーザービーム101を挟んで走査方向の両側から、各レーザービーム101中に溶材102が入射する。
【0038】
これにより、本実施形態では、複数のレーザービーム101を対象物1の表面11に向けて照射しつつ、各レーザービーム101が対象物1の表面11に到達するまでの光路に溶材102を噴射して溶融させ、対象物1の表面11の複数の照射位置104に同時に固着させることができる。
【0039】
2.湾曲面に対するコーティング
図3は、コーティング装置を走査方向に沿って見た概略図である。図3に示すように、例えば対象物1がボイラーパネルに用いられるボイラー管などの断面円形状の部材である場合には、対象物1の表面11が湾曲面(円弧面)111を有している。
【0040】
湾曲面111に照射される各レーザービーム101の照射位置104までの光路長は、走査方向に対して直交する幅方向において不均一となるため、湾曲面111上の温度分布も不均一になりやすい。そのため、対象物1の表面11に湾曲面111が含まれるような場合には、均一な膜厚でコーティングを行うことが困難であるが、本実施形態では、均一な膜厚でコーティングを行うことができるようにレーザー分岐機構210(回折光学素子211)が設計されている。
【0041】
具体的には、湾曲面111上の照射位置104までの距離が長いレーザービーム101ほど強度が高くなるように、レーザー分岐機構210でレーザー光201を分岐させる。図3の例のように湾曲面111が円弧状である場合には、湾曲面111の中央部に照射されるレーザービーム101の強度が最も低く、この中央部に対して幅方向両側(周方向両側)に向かうにつれてレーザービーム101の強度が徐々に高くなるように、レーザー分岐機構210(回折光学素子211)が設計されている。
【0042】
このように、複数のレーザービーム101が湾曲面111の形状に対応する強度を有するように、レーザー分岐機構210でレーザー光201を分岐させることにより、湾曲面111に対して均一に熱を伝えることができる。ただし、「湾曲面111の形状に対応する強度」とは、例えば、照射位置104までの各レーザービーム101の光路長が長いほど、各レーザービーム101の強度(パワー密度(W/cm))が高いことを意味しており、各レーザービーム101の強度の比が、各レーザービーム101の照射位置104までの光路長の比と完全に一致している必要はない。なお、各レーザービーム101の強度は、1×10W/cm以上であることが好ましい。
【0043】
図3に示すように、回折光学素子211は、対象物1の表面11(上面)における幅方向全体にわたって各レーザービーム101が照射されるように、レーザー光201を広範囲に分岐させる構成であることが好ましい。この場合、各レーザービーム101を走査方向に1回走査させるだけで、対象物1の表面11(上面)を一度にコーティングすることができる。ただし、1回の走査で対象物1の表面11(上面)をコーティングするような構成に限らず、複数回の走査によりコーティングするような構成であってもよい。
【0044】
図4A及び図4Bは、各レーザービーム101の強度について説明するための図である。図4Aは、対象物1であるボイラー管が比較的大径の場合を示しており、図4Bは、対象物1であるボイラー管が比較的小径の場合を示している。図4A及び図4Bでは、各レーザービーム101に対応する照射領域が矩形で示されており、各照射領域に施されたハッチングは、各レーザービーム101の強度が高いほど濃いハッチングで示されている。
【0045】
図4Aのように、対象物1であるボイラー管が比較的大径の場合には、対象物1の表面11における湾曲面111の曲率が比較的小さくなる。したがって、湾曲面111の幅方向に沿った各レーザービーム101の強度の変化は、比較的緩やかである。また、1回の走査で対象物1の表面11(上面)を一度にコーティングしようとした場合には、複数のレーザービーム101の照射範囲Rの幅が比較的大きくなる。
【0046】
一方、図4Bのように、対象物1であるボイラー管が比較的小径の場合には、対象物1の表面11における湾曲面111の曲率が比較的大きくなる。したがって、湾曲面111の幅方向に沿った各レーザービーム101の強度の変化は、比較的急峻になる。また、1回の走査で対象物1の表面11(上面)を一度にコーティングしようとした場合でも、複数のレーザービーム101の照射範囲Rの幅は比較的小さい。
【0047】
このように、対象物1の表面11における湾曲面111の形状に応じて、複数のレーザービーム101の照射範囲R、及び、照射範囲R内における各レーザービーム101の強度の変化が異なるため、最適な回折光学素子211の設計も湾曲面111の形状に応じて異なる。そこで、異なる設計の回折光学素子211を予め複数用意しておき、湾曲面111の形状に対応する回折光学素子211を選択して、光源200から出力されるレーザー光201の光路に配置することにより(素子配置工程)、最適な回折光学素子211を用いてレーザー光201を分岐させることができる。
【0048】
図5は、溶材102の噴射方向について説明するための概略図である。各レーザービーム101は、互いに平行に延びるように対象物1の表面11に照射されるが、各レーザービーム101中に噴射される溶材102の角度は、図5に示すように互いに平行でなくてもよい。
【0049】
コーティング工程では、溶材噴射機構300から、対象物1の表面11における湾曲面111の形状に対応する角度で溶材102が噴射されることが好ましい。「湾曲面111の形状に対応する角度」とは、例えば、照射位置104に対する各レーザービーム101の入射角度が大きいほど、各レーザービーム101に対する溶材102の噴射角度θが大きいことを意味しており、各レーザービーム101の入射角度の比が、各レーザービーム101に対する溶材102の噴射角度の比と完全に一致している必要はない。
【0050】
なお、照射位置104に対する各レーザービーム101の入射角度とは、照射位置104における湾曲面111に垂直な方向に対する各レーザービーム101の傾斜角度を意味している。すなわち、図5の例のように湾曲面111が円弧状である場合には、湾曲面111の中央部に照射されるレーザービーム101の入射角度が最も小さく、この中央部に対して幅方向両側(周方向両側)に向かうにつれてレーザービーム101の入射角度が徐々に大きくなる。したがって、湾曲面111の中央部に照射されるレーザービーム101に対する溶材102の噴射角度θが最も小さく、この中央部に対して幅方向両側(周方向両側)に向かうにつれてレーザービーム101に対する溶材102の噴射角度θが徐々に大きくなる。
【0051】
3.作用効果
本実施形態では、図2及び図3に例示されるように、光源200から出力されるレーザー光201を複数のレーザービーム101に分岐させて、湾曲面111を有する対象物1の表面11に照射するときに、複数のレーザービーム101が湾曲面111の形状に対応する強度を有するようにレーザー光201が分岐される。これにより、湾曲面111に対して均一に熱を伝えることが可能となるため、均一な膜厚でコーティングすることができる。
【0052】
また、図1に例示されるように、レーザークラッディングにより対象物1の表面11に肉盛層2を形成してコーティングするため、耐久性が高い。さらに、複数のレーザービーム101が対象物1の表面11に到達するまでの光路に溶材102を噴射して溶融させ、対象物1の表面11に固着させるため、溶融池を形成することなく薄い膜厚(例えば1mm以下)で成膜することができる。また、対象物1への入熱を少なくすることができ、その結果、成膜速度を速くすることができる。したがって、耐久性が高く、薄くて均一な膜厚のコーティングを低コストで実現できる。
【0053】
特に、本実施形態では、回折光学素子211を用いた簡単な構成で、光源200から出力されるレーザー光201を複数のレーザービーム101に分岐させて、湾曲面111を有する対象物1の表面11に照射することができる。また、複数のレーザービーム101が湾曲面111の形状に対応する強度を有するように回折光学素子211を設計すれば、複数のレーザービーム101を適切な強度で対象物1の表面11に照射することができる。
【0054】
また、本実施形態では、図4A及び図4Bに例示されるように、湾曲面111の形状に対応する回折光学素子211を選択し、光源200から出力されるレーザー光201の光路に配置することにより、複数のレーザービーム101を適切な強度で対象物1の表面11に照射することができる。
【0055】
さらに、本実施形態では、図5に例示されるように、湾曲面111の形状に対応する角度で溶材102を噴射することにより、湾曲面111に対して、その形状に対応する適切な角度で溶材102を照射することができるため、より均一な膜厚でコーティングすることができる。
【0056】
4.変形例
以上の実施形態では、レーザービーム101を挟んで走査方向の両側から、レーザービーム101中に溶材102を入射させる構成について説明した。しかし、このような構成に限らず、溶材102が1方向からレーザービーム101中に入射するような構成であってもよいし、溶材102が3方向以上からレーザービーム101中に入射するような構成であってもよい。
【0057】
レーザー分岐機構210は、回折光学素子211を含む構成に限られるものではなく、回折光学素子211以外の部材を用いてレーザー光201を複数のレーザービーム101に分岐させるような構成であってもよい。
【符号の説明】
【0058】
1 対象物
2 肉盛層
100 ノズル
101 レーザービーム
102 溶材
103 シールドガス
104 照射位置
105 交点
111 湾曲面
200 光源
201 レーザー光
210 レーザー分岐機構
211 回折光学素子
300 溶材噴射機構
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5