(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183839
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】貴金属の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22B 11/00 20060101AFI20231221BHJP
C22B 7/00 20060101ALI20231221BHJP
C22B 3/10 20060101ALI20231221BHJP
C22B 3/06 20060101ALI20231221BHJP
C22B 3/18 20060101ALI20231221BHJP
C22B 3/20 20060101ALI20231221BHJP
【FI】
C22B11/00 101
C22B7/00 G
C22B3/10
C22B3/06
C22B3/18
C22B3/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022097610
(22)【出願日】2022-06-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2021年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/バイオ分離・還元ナノ粒子化技術による貴金属回収・高付加価値化の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 峻平
(72)【発明者】
【氏名】飯島 遥
(72)【発明者】
【氏名】樋上 晃裕
(72)【発明者】
【氏名】小西 康裕
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 範三
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA01
4K001AA04
4K001AA41
4K001BA22
4K001DB04
4K001DB05
4K001DB06
4K001DB12
4K001DB16
4K001DB17
4K001JA06
(57)【要約】
【課題】貴金属および卑金属を含む原料から、貴金属を低コストで効率よく回収する。
【解決手段】貴金属および卑金属を含む原料を過酸化水素または塩化第二鉄を含む塩酸に浸漬して、卑金属の少なくとも一部を溶解させた卑金属溶出液および固相残渣である貴金属含有原料を生成する卑金属溶解工程と、卑金属溶出液に硝酸を添加した混合酸液と貴金属含有原料とを反応させるか、または、王水と貴金属含有原料とを反応させて、貴金属含有原料に含まれる貴金属を溶出させた貴金属溶出液を生成する貴金属溶解工程と、貴金属溶出液に酵母を加えて、酵母に貴金属溶出液に含まれる貴金属イオンを吸着させる貴金属吸着工程と、貴金属イオンが吸着された酵母に還元剤を作用させてナノ粒子化した貴金属を分離する貴金属分離工程と、を有し、酵母がカンジダ属酵母を含むことを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
貴金属および卑金属を含む原料を過酸化水素または塩化第二鉄を含む塩酸に浸漬して、前記卑金属の少なくとも一部を溶解させた卑金属溶出液および固相残渣である貴金属含有原料を生成する卑金属溶解工程と、
前記卑金属溶出液に硝酸を添加した混合酸液と前記貴金属含有原料とを反応させるか、王水と前記貴金属含有原料とを反応させるかの、いずれか一方または両方によって、前記貴金属含有原料に含まれる前記貴金属を溶出させた貴金属溶出液を生成する貴金属溶解工程と、
前記貴金属溶出液に酵母を加えて、前記酵母に前記貴金属溶出液に含まれる貴金属イオンを吸着させる貴金属吸着工程と、
前記貴金属イオンが吸着された前記酵母に還元剤を作用させてナノ粒子化した前記貴金属を分離する貴金属分離工程と、を有し、
前記酵母がカンジダ属酵母を含むことを特徴とする貴金属の製造方法。
【請求項2】
前記貴金属分離工程は、酵素を用いて前記酵母を溶解させる工程であることを特徴とする請求項1に記載の貴金属の製造方法。
【請求項3】
前記貴金属分離工程は、還元剤を添加して前記貴金属イオンをナノ粒子化し、前記貴金属イオンが吸着された前記酵母に対して振動を印加することによって、前記酵母から前記貴金属を分離する工程であることを特徴とする請求項1または2に記載の貴金属の製造方法。
【請求項4】
前記カンジダ属酵母は、Candida utilisであることを特徴とする請求項1または2に記載の貴金属の製造方法。
【請求項5】
前記貴金属は、金、白金、銀、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムのうち、いずれか1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の貴金属の製造方法。
【請求項6】
前記卑金属溶解工程は、前記原料を塩酸に浸漬した後、過酸化水素濃度が30質量%以上、36質量%以下の範囲の過酸化水素水を、添加後の全液量に対して0.17質量%/min以上、5.3質量%/min以下の添加速度で添加して攪拌する工程であることを特徴とする請求項1または2に記載の貴金属の製造方法。
【請求項7】
前記卑金属は、銅、および銅よりもイオン化傾向が大きい金属のうち、いずれか1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の貴金属の製造方法。
【請求項8】
前記貴金属分離工程で分離される前記貴金属は、貴金属ナノ粒子であることを特徴とする請求項1または2に記載の貴金属の製造方法。
【請求項9】
前記原料は、回路基板であることを特徴とする請求項1または2に記載の貴金属の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、貴金属および卑金属を含む材料から卑金属を分離して貴金属を製造する貴金属の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
貴金属(Au,Ag,Pt,Pd,Rh,Ir,Ru,Os)、および卑金属(Cu,Fe,Ni,Sn,Al,Zn,Cr等)を含む廃棄物(原料)から貴金属を回収する貴金属のリサイクルが行われている。例えば、廃棄されたスマートホンやパソコンの回路基板には、配線などに金や銀などの貴金属が用いられており、これらの単位重量当たりの含有量は、天然鉱石に含まれる含有量よりも多いこともある。近年、貴金属価格の高騰により、こうした貴金属を含む廃棄物から貴金属を効率的に取り出す方法が複数提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、非鉄金属を製錬する炉本体に貯留された熔体に向けて開口するパイプから、有価金属を含有する可燃物と酸素富化空気とを、熔体の湯面に吹き込むことによって、有価金属を回収する方法が開示されている。
また、例えば、特許文献2には、貴金属を含む廃棄物を塩酸および硝酸からなる王水に浸漬して、貴金属を王水に溶解して貴金属溶液として回収する貴金属回収方法が開示されている。
【0004】
しかしながら、こうした特許文献1のように、製錬所で廃棄物を融解する方法では、廃棄物中に含まれる樹脂成分や重金属成分が精錬操業に悪影響を及ぼすという課題があった。また、近年では廃棄物の有価金属の割合が減少しており、処理のためのエネルギーコストが大きく、更には燃料の使用量の増加により二酸化炭素の排出量が増加するなど、環境負荷の増大も課題である。
【0005】
また、特許文献2では、貴金属を王水で溶解する際に、廃棄物に卑金属、例えば回路基板に多く用いられるCuが含まれている場合、このCuと王水に含まれる塩化ニトロシルとが反応して、有害な窒素酸化物(NOx)が発生するため、窒素酸化物の処理を行う設備が必要になり、処理コストが高くなるという課題があった。
【0006】
一方、特許文献3には、貴金属イオンを含むpH4未満の液体中に、サッカロマイセス属のパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)を投入し、酵母細胞表面に貴金属を吸着することで、貴金属を選択的に回収する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5761258号公報
【特許文献2】特開平6-158190号公報
【特許文献3】特許第6586690号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献3に開示された貴金属の分離方法は、低濃度で低コストに貴金属を分離できるものの、特定の条件、例えば強酸性といった条件では貴金属の吸着率が必ずしも充分ではなかった。
【0009】
この発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、貴金属および卑金属を含む原料から、貴金属を低コストで効率よく回収することが可能な貴金属の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の一実施形態の貴金属の製造方法は、以下の手段を提案している。
(1)本発明の態様1は、貴金属および卑金属を含む原料を過酸化水素または塩化第二鉄を含む塩酸に浸漬して、前記卑金属の少なくとも一部を溶解させた卑金属溶出液および固相残渣である貴金属含有原料を生成する卑金属溶解工程と、前記卑金属溶出液に硝酸を添加した混合酸液と前記貴金属含有原料とを反応させるか、王水と前記貴金属含有原料とを反応させるかの、いずれか一方または両方によって、前記貴金属含有原料に含まれる前記貴金属を溶出させた貴金属溶出液を生成する貴金属溶解工程と、前記貴金属溶出液に酵母を加えて、前記酵母に前記貴金属溶出液に含まれる貴金属イオンを吸着させる貴金属吸着工程と、前記貴金属イオンが吸着された前記酵母に還元剤を作用させてナノ粒子化した前記貴金属を分離する貴金属分離工程と、を有し、前記酵母がカンジダ属酵母を含むことを特徴とする。
【0011】
態様1によれば、貴金属吸着工程S3で、カンジダ属(Candida)酵母、特に非病原性酵母、例えばトルラ酵母(Candida utilis)を用いることによって、貴金属溶出液がpH0未満など、強酸性の液性であっても貴金属イオンを吸着することができる。こうしたトルラ酵母は、例えば家畜用飼料や健康食品として市場に一般的に流通しているものであり、低コストで大量に導入することができるので、大量の貴金属溶出液から、貴金属を低コストで選択的に分離することが可能になる。
【0012】
(2)本発明の態様2は、態様1の貴金属の製造方法において、前記貴金属分離工程は、酵素を用いて前記酵母を溶解させる工程であることを特徴とする。
【0013】
(3)本発明の態様3は、態様1の貴金属の製造方法において、前記貴金属分離工程は、還元剤を添加して前記貴金属イオンをナノ粒子化し、前記貴金属イオンが吸着された前記酵母に対して振動を印加することによって、前記酵母から前記貴金属を分離する工程であることを特徴とする。
【0014】
(4)本発明の態様4は、態様1から3のいずれか1つの貴金属の製造方法において、 前記カンジダ属酵母は、Candida utilisであることを特徴とする。
【0015】
(5)本発明の態様5は、態様1から4のいずれか1つの貴金属の製造方法において、前記貴金属は、金、白金、銀、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムのうち、いずれか1種または2種以上を含むことを特徴とする。
【0016】
(6)本発明の態様6は、態様1から5のいずれか1つの貴金属の製造方法において、前記卑金属溶解工程は、前記原料を塩酸に浸漬した後、過酸化水素濃度が30質量%以上、36質量%以下の範囲の過酸化水素水を、添加後の全液量に対して0.17質量%/min以上、5.3質量%/min以下の添加速度で添加して攪拌する工程であることを特徴とする。
【0017】
(7)本発明の態様7は、態様1から6のいずれか1つの貴金属の製造方法において、前記卑金属は、銅、および銅よりもイオン化傾向が大きい金属のうち、いずれか1種または2種以上を含むことを特徴とする。
【0018】
(8)本発明の態様8は、態様1から7のいずれか1つの貴金属の製造方法において、前記貴金属分離工程で分離される前記貴金属は、貴金属ナノ粒子であることを特徴とする。
【0019】
(9)本発明の態様9は、態様1から8のいずれか1つの貴金属の製造方法において、前記原料は、回路基板であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、貴金属および卑金属を含む原料から、貴金属を低コストで効率よく回収することが可能な貴金属の製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態に係る貴金属の製造方法を段階的に示したフローチャートである。
【
図2】トルラ酵母投入からの経過時間と金属イオンの吸着率の関係を示す図である。
【
図3】パン酵母投入からの経過時間と金属イオンの吸着率の関係を示す図である。
【
図4】トルラ酵母およびパン酵母における酵母相のAu濃度と液相のAu濃度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を適用した一実施形態である貴金属の製造方法について図面を参照して説明する。なお、以下に示す実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0023】
図1は、本発明の一実施形態に係る貴金属の製造方法を段階的に示したフローチャートである。
本実施形態の貴金属の製造方法では、例えば電子機器の回路基板(貴金属および卑金属を含む原料)から貴金属を分離させて貴金属を製造する一連の手順を説明する。
なお、本実施形態での貴金属とは、Au,Ag,Pt,Pd,Rh,Ir,Ru,Osの8元素である。また、本実施形態での卑金属とは、Cu、およびCuよりもイオン化傾向が大きい金属であり、代表例としては、Cu,Fe,Ni,Sn,Al,Zn,Cr等が挙げられる。
また、原料の一例である電子機器の回路基板は、例えば、はんだ付け箇所や配線にAu、Agなどの貴金属、およびCuなどの卑金属が含まれている。
【0024】
本実施形態に係る貴金属の製造方法によって、回路基板(原料)から貴金属を製造する際には、まず、回路基板を耐酸性の反応容器に投入する。回路基板は、反応促進のため、例えば、1cm角以上、5cm角以下に予め破砕しておくことが好ましい。また、反応容器には、塩酸(HCl)を入れておく。用いる塩酸は、例えば、HCl濃度5mol/L程度の希塩酸であればよい。
【0025】
次に、この希塩酸に回路基板を浸漬させた反応容器内に、所定の速度で過酸化水素水を添加して攪拌する(卑金属溶解工程S1)。過酸化水素水は、例えば過酸化水素(H2O2)濃度が30質量%以上、36質量%以下のものを用いればよい。
【0026】
こうした過酸化水素水の添加によって、回路基板に含まれる卑金属のうち、その主成分である銅は酸化されて、希塩酸に溶解される。なお、銅よりもイオン化傾向が大きく、さらに水素よりもイオン化傾向が大きい卑金属は、希塩酸によって溶解される。
【0027】
卑金属溶解工程S1における、希塩酸に対する過酸化水素水の添加速度は、添加後の全液量に対して0.17質量%/min以上、5.3質量%/min以下の範囲にすることが好ましい。添加速度が0.17質量%/min以上であれば、酸化雰囲気が長時間維持され、卑金属の酸化が十分に進行し、その結果、卑金属が希塩酸に十分に溶解され、回路基板に残留する未溶解の卑金属を少なくすることができる。一方、添加速度を5.3質量%/min以下にすることによって、酸化に寄与しない余剰の過酸化水素を抑制して、処理コストを低減することができる。
【0028】
卑金属溶解工程S1では、窒素(N)を含まない酸化剤を添加した希塩酸を用いて銅などの卑金属を溶解するため、貴金属を溶解可能な硝酸を含む王水で卑金属を溶解する際に発生する窒素酸化物(NOx)ガスが発生することが無い。
【0029】
一方、回路基板に含まれる貴金属は、共存する卑金属が溶解しても、過酸化水素水を添加した希塩酸に溶解すること無く回路基板に留まる。
こうした過酸化水素水の添加は、卑金属の溶解で生じる発泡が完全に無くなるまで行えばよい。卑金属溶解工程S1によって、回路基板に含まれる卑金属、例えばCuは、全量の70質量%以上が溶解され、卑金属溶解液が生成される。
【0030】
この後、卑金属の少なくとも一部を溶解した固相残渣である回路基板(貴金属含有原料)と、卑金属溶解液(液相)とを、例えば濾別によって固液分離を行ってもよい。これにより、貴金属と未溶解の卑金属とを含む回路基板(貴金属含有原料)と、卑金属溶解液とが得られる。なお、卑金属溶解液(液相)は、次工程である貴金属溶解工程S2で用いてもよく、また、例えば、還元剤の添加によって還元を行うことにより、Cuなどの卑金属を単離することもできる。
【0031】
次に、卑金属溶解工程S1によって得られた卑金属溶解液に対して硝酸を添加した混合酸液、または王水を用いて、卑金属溶解工程S1で得られた回路基板(貴金属含有原料)に含まれる貴金属を溶解する(貴金属溶解工程S2)。王水としては、例えば濃塩酸と濃硝酸とを3:1の体積比で混合した混液であればよい。濃塩酸と濃硝酸とを混合することによって、貴金属を酸化させる塩化ニトロシル(NOCl)が生じる。
【0032】
また、卑金属溶解工程S1において得られた卑金属溶解液を用いる場合、この卑金属溶解液に添加された塩酸のうち、未反応の塩酸が残っている場合、硝酸だけを添加しても塩化ニトロシルを生じることとなり、これにより貴金属を溶解させることができる。
【0033】
なお、卑金属溶解工程S1の別な実施形態として、貴金属溶解工程の前工程である卑金属溶解工程で用いる酸化剤として、過酸化水素に代えて、酸化剤として塩化第二鉄(FeCl3)を用いることもできる。この場合、例えば、希塩酸に回路基板を浸漬させた反応容器内に、所定の速度で塩化第二鉄水溶液を添加して攪拌する。塩化第二鉄水溶液は、例えば塩化第二鉄濃度が20質量%以上、50質量%以下のものを用いればよい。
【0034】
こうした塩化第二鉄水溶液の添加によって、第二鉄イオンが酸化剤として作用して、回路基板に含まれる卑金属を溶解させることができる。
【0035】
この後、貴金属含有原料(固相残渣)である回路基板と卑金属溶解液とを固液分離してから回路基板を王水に浸漬したり、卑金属溶解液に硝酸を添加した混合酸液に回路基板を浸漬することによって、貴金属が溶解される。この時、回路基板に含まれる卑金属は卑金属溶解工程において少なくともその一部が可溶性の塩化物として取り除かれる。
【0036】
貴金属溶解工程S2では、卑金属溶解工程S1の溶解残渣である回路基板を、上述した混合酸液や、王水に浸漬、攪拌することにより、回路基板に含まれるAuなどの貴金属が溶解し、貴金属溶出液が生成される。なお、卑金属溶解工程S1で溶解されなかった卑金属が溶解残渣である回路基板に残留している場合、この貴金属溶解工程S2において貴金属と共に溶解される。
【0037】
この貴金属溶解工程S2では、混合酸液や王水の液温を、例えば60℃以上、80℃以下の範囲に保てばよい。また、攪拌時間は、例えば1時間以上、3時間以下の範囲であればよい。
なお、貴金属溶解工程S2では、卑金属溶解工程S1の溶解残渣である回路基板を、混合酸液および王水の両方を用いて溶解することもできる。
【0038】
貴金属溶解工程S2では、例えば、回路基板に含まれるAuが塩化ニトロシルと反応して可溶性の塩化金酸を生じる際に窒素酸化物が発生する。また、回路基板にCuが残留している場合、Cuが塩化ニトロシルと反応する際にも窒素酸化物が発生する。
【0039】
しかしながら、一般的に回路基板に含まれるAuなどの貴金属は、回路パターンを形成するCuなどの卑金属と比較して、その使用量(含有量)は少なく、貴金属の溶解に係る窒素酸化物の発生量は少ない。一方、貴金属よりも使用量の多いCuなどの卑金属の大部分は、上述した卑金属溶解工程S1において窒素酸化物を発生させずに溶解されており、貴金属溶解工程S2に移行する未溶解の卑金属の量は大幅に低減されている。
【0040】
よって、本実施形態の貴金属の製造方法では、前処理として卑金属溶解工程S1を行っているため、貴金属溶解工程S2で発生する窒素酸化物の発生量は、卑金属溶解工程S1を行なわない場合と比較して、大幅に低減される。
【0041】
次に、貴金属溶解工程S2で得られた貴金属溶出液に対して、酵母を加えて攪拌し、貴金属溶出液に含まれる貴金属を酵母に吸着させる(貴金属吸着工程S3)。この貴金属吸着工程S3では、貴金属溶出液に含まれる貴金属イオンと酵母とが接触することにより、酵母に貴金属イオンが吸着される。
【0042】
貴金属吸着工程S3で用いられる酵母は、カンジダ属(Candida)の非病原性酵母である。
カンジダ属酵母としては、例えば、Candida utilis、Candida boidinii、Candida etchellsii、Candida versatilis、Candida stellata等が挙げられる。
【0043】
本実施形態では、こうした属の酵母のうち、特にトルラ酵母(Candida utilis)を用いている。このトルラ酵母は、貴金属溶出液がpH0未満など、強酸性の液性であっても貴金属イオンを吸着することができる。
【0044】
また、こうしたトルラ酵母は、例えば家畜用飼料や健康食品として市場に一般的に流通しているものであり、低コストで大量に導入することが容易であり、本実施形態の貴金属吸着の用途として、特別に培養する必要が無い。
【0045】
貴金属イオンとトルラ酵母との接触は貴金属溶出液中で行われる。トルラ酵母は生菌でもよく、また吸着機能が発揮される限り死菌であってもよい。貴金属溶出液にトルラ酵母を加えた液体は、トルラ酵母の貴金属イオン吸着機能が発揮される環境であればよい。
【0046】
貴金属溶出液にトルラ酵母を加えた液体のpHや温度は特に限定されるものではない。例えば、pHは0以上、7以下の強酸性~中性であればよい。また、温度は10℃以上、45℃以下、好ましくは20℃以上、35℃以下である。
【0047】
貴金属溶出液にトルラ酵母を加えて、反応、処理、操作を行う時間は、トルラ酵母の菌体密度や貴金属イオンの濃度によっても異なるが、例えば10分から48時間程度であればよい。このような時間、貴金属イオンとトルラ酵母とを接触させることで、貴金属イオンはトルラ酵母に吸着される。
【0048】
また、貴金属溶出液にトルラ酵母を加えた液体は、更に攪拌することも好ましい。撹拌によって、貴金属イオンがトルラ酵母の表面に拡散する速度を高めることができる。
【0049】
貴金属溶出液にトルラ酵母を加えた液体に含まれる貴金属イオンの濃度は、適宜設定することができる。貴金属溶出液中の貴金属イオン濃度は、トルラ酵母の菌体濃度によっても異なるが、例えば、0.01mmol/L以上、100mmol/L以下であり、好ましくは0.1mmol/L以上、10mmol/L以下であればよい。こうした貴金属イオン濃度は、貴金属溶出液にトルラ酵母を加える際に、例えばイオン交換水を加えることによって調整することができる。
【0050】
また、貴金属溶出液にトルラ酵母を加えた液体に含まれるトルラ酵母の濃度は、適宜設定することができる。貴金属溶出液中のトルラ酵母の濃度は、貴金属イオン濃度によっても異なるが、例えば、5g/L以上、100g/L以下の範囲であればよい。
【0051】
次に、貴金属吸着工程S3で得られた、貴金属イオンが吸着されたトルラ酵母を含む液体から、貴金属イオンが吸着されたトルラ酵母を分離する(酵母分離工程S4)。この酵母分離工程S4では、例えば、遠心分離によって、貴金属イオンが吸着されたトルラ酵母を沈殿させて、濾別することによって貴金属イオンが吸着されたトルラ酵母だけを分離すればよい。この後、分離した貴金属イオンが吸着されたトルラ酵母を更に水洗することが好ましい。
【0052】
次に、貴金属イオンが吸着されたトルラ酵母に水を加えて分散させてトルラ酵母の分散液を生成し、この分散液に酵素を添加してトルラ酵母を溶解し、トルラ酵母の表面に吸着された貴金属を分離する(貴金属分離工程S5)。
【0053】
ここで用いる酵素としては、例えば、アミラーゼやプロテアーゼなどが挙げられる(Zymolyase:三菱商事ライフサイエンス株式会社製、等)。こうした酵素は、トルラ酵母の細胞壁を溶解し、トルラ酵母の表面に吸着された貴金属を分離させる。
トルラ酵母の分散液中の酵素の濃度は、トルラ酵母の濃度によっても異なるが、例えば、0.01g/L以上、10g/L以下の範囲であればよい。
【0054】
なお、貴金属分離工程S5では、上述した酵素の代わりに、貴金属イオンが吸着されたトルラ酵母の分散液に、還元剤を添加することもできる。例えば、貴金属イオンが吸着されたトルラ酵母の分散液に還元剤を添加して、この溶液のpHを7以上、14以下、液温を10℃以上、90℃以下の範囲にすれば、貴金属分離工程S5で得られる貴金属は、ナノ粒子化されたものとして得られる。
【0055】
貴金属イオンをナノ粒子化させる還元剤は、例えば、ヒドラジン及びその塩、水素化ホウ素塩、硫酸塩、チオ硫酸塩、酒石酸塩、ホスフィン酸及びその塩、ギ酸及びその塩、酢酸及びその塩、プロピオン酸及びその塩、シュウ酸及びその塩、アスコルビン酸及びその塩、リン酸及びその塩、次亜リン酸及びその塩、クエン酸及びその塩、遷移金属塩、グリシン、ジメチルアミンボラン、ホルムアルデヒドのうち、いずれか1種または2種以上を含むものを用いることができる。
【0056】
貴金属分離工程S5において、貴金属イオンが吸着された酵母に還元剤を加えて、pH7以上にすることによって、貴金属イオンの還元過程で平均粒子径がナノサイズ(1nm以上、100nm以下)の貴金属ナノ粒子が形成される。この時、pH7未満の酸性では、還元剤による貴金属の還元能力が低下し、貴金属ナノ粒子の形成が阻害される。pH7以上の中性、アルカリ性にすることによって、還元剤による貴金属の還元能力が発揮され、貴金属ナノ粒子を形成することができる。
【0057】
貴金属分離工程S5の別な実施形態として、還元剤添加によりナノ粒子化した貴金属を含むトルラ酵母の分散液に、振動、例えば超音波を印加することによって、物理的な方法でトルラ酵母から貴金属ナノ粒子を分離することもできる。トルラ酵母に超音波が印加されることによって、トルラ酵母の表面に形成されていた貴金属ナノ粒子が液中に剥離し、トルラ酵母と貴金属とを分離することができる。
【0058】
以上のような貴金属分離工程S5によって、酵母と、生成した貴金属(ナノ粒子)とを分離することができる。さらに貴金属ナノ粒子のペーストとして用いる場合は、貴金属ナノ粒子を酵母から分離することなく、酵母に担持したまま貴金属ナノ粒子ペーストとして用いることもできる。
【0059】
以上のように、本実施形態の貴金属の製造方法によれば、貴金属吸着工程S3で、カンジダ属(Candida)酵母、例えばトルラ酵母(Candida utilis)を用いることによって、貴金属溶出液がpH0未満など、強酸性の液性であっても貴金属イオンを吸着することができる。
【0060】
そして、こうしたトルラ酵母は、例えば家畜用飼料や健康食品として市場に一般的に流通しているものであり、低コストで大量に導入することができるので、大量の貴金属溶出液から、貴金属を低コストで選択的に分離することが可能になる。
【0061】
以上、本発明の実施形態を説明したが、こうした実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これらの実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。この実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【実施例0062】
本発明の効果を検証した。
(試料)
一辺が1cm以上、5cm以下の角形となるように破砕したAuを含む廃基板を、濃度50質量%の王水に浸漬して、金属成分を溶解させた。浸漬は溶解液を攪拌しながら液温70℃で2時間、その後、室温(25℃)で4時間行った。こうして得られた王水溶解液中のAuイオン濃度は53ppmであることを分析により確認した。
【0063】
なお、金属イオンの濃度測定は、次の方法で行った。
まず、フィルタを通してAuを含む廃基板を王水で溶解した液を採取し、ICP発光分光分析により金属の濃度を測定した。その後、王水溶解液に酵母を投入してから分離した吸着後の液を採取し、ICP発光分光分析により金属濃度を測定した。この吸着前後の液中金属濃度の減少度合いを吸着率とした。
【0064】
次に、この王水溶解液に酵母を投入し(分散液)、Auイオンを酵母にバイオ吸着させた。本発明例1-4では、酵母としてトルラ酵母を用い、比較例1-4では、酵母としてパン酵母を用いた。それぞれの試料(溶液)は攪拌しており、液温は34℃に保った。
【0065】
本発明例1-4および比較例1-4の分散液中の酵母濃度、分散液のpH、吸着初期のAu濃度、およびAuの酵母への吸着率を表1に示す。
なお、金属イオンの濃度測定は、次の方法で行った。
まず、フィルタを通してAuを含む廃基板を王水で溶解した液を採取し、ICP発光分光分析により金属の濃度を測定した。その後、王水溶解液に酵母を投入してから分離した吸着後の液を採取し、ICP発光分光分析により金属濃度を測定した。この吸着前後の液中金属濃度の減少度合いを吸着率とした。
【0066】
【0067】
表1に示す結果によれば、本発明例1-4の各試料は、酵母種類以外はそれぞれ同一条件の比較例1-4と比較して、Auの吸着率が何れも高く、トルラ酵母を用いることによって、従来のパン酵母を用いた場合と比較して、優れたAuの吸着性が確保できることが確認できた。
【0068】
そして、酵母を投入してから1分、5分、30分、120分ごとに溶液の一部を採取し、分析により金属イオン(Au,Fe,Ni)濃度を測定した。
図2に、本発明例1のトルラ酵母投入からの経過時間と金属イオンの吸着率の関係を、また、
図3に比較例1のパン酵母投入からの経過時間と金属イオンの吸着率の関係を、それぞれ示す。
【0069】
図2によれば、本発明例1では、トルラ酵母投入から1分で76%と高いAuイオン吸着率を達成している。また、FeやNi等、他の卑金属イオンの吸着率は低く、Auの選択的な吸着が行えることが確認できた。なお、FeやNi等、他の卑金属イオンは、トルラ酵母細胞と強固な化学結合を形成しているわけではなく、細胞上に付着している状態と考えられ、一定量が酵母上に存在したとしても、希塩酸溶液を用いて洗浄することにより酵母から除去でき、Auイオンとは充分に分離が可能である。
【0070】
一方、
図3によれば、投入する酵母をパン酵母にした場合、FeやNi等、他の金属イオンの吸着率は低く、選択的にAuイオンが吸着されているが、トルラ酵母と比べてAuの吸着率は低く、パン酵母投入から1分で64%と、本発明例1に比べて10%以上低い吸着率に留まった。
【0071】
図4に、トルラ酵母およびパン酵母における酵母相のAu濃度と、液相のAu濃度との関係をグラフで示す。
図4によれば、トルラ酵母は、パン酵母と比較して酵母相のAu濃度が高く、トルラ酵母のAuに対する優れた吸着性を有することが確認できた。