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特開2023-183863SARS-CoV-2の濃縮方法及びそのためのキット
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  • 特開-SARS-CoV-2の濃縮方法及びそのためのキット 図1
  • 特開-SARS-CoV-2の濃縮方法及びそのためのキット 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183863
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】SARS-CoV-2の濃縮方法及びそのためのキット
(51)【国際特許分類】
   C12N 7/02 20060101AFI20231221BHJP
   C12N 1/02 20060101ALI20231221BHJP
   C07K 17/00 20060101ALI20231221BHJP
   C07K 14/42 20060101ALI20231221BHJP
   C12Q 1/70 20060101ALI20231221BHJP
   C12Q 1/24 20060101ALI20231221BHJP
   C12M 1/34 20060101ALN20231221BHJP
   C12M 1/26 20060101ALN20231221BHJP
【FI】
C12N7/02
C12N1/02
C07K17/00
C07K14/42
C12Q1/70
C12Q1/24
C12M1/34 B
C12M1/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022097639
(22)【出願日】2022-06-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年6月18日に令和3年度中四国乳酸菌研究会にて発表 令和3年11月16日に第68回日本ウイルス学会学術集会にて発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「藻類由来レクチンによる濃縮とLAMP法による迅速高感度COVID-19診断技術開発(基礎研究支援)」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 修平
(72)【発明者】
【氏名】堀 貫治
(72)【発明者】
【氏名】坂口 剛正
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B029BB13
4B029BB15
4B029CC03
4B029CC10
4B029FA04
4B029HA01
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ10
4B063QQ79
4B063QR48
4B063QR56
4B063QR62
4B063QR72
4B063QR79
4B063QR82
4B063QS15
4B063QS25
4B063QS34
4B063QS36
4B063QS39
4B063QX02
4B065AA95X
4B065BD14
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045AA40
4H045BA41
4H045BA60
4H045CA30
4H045DA80
4H045EA53
4H045FA74
4H045FA80
4H045FA82
(57)【要約】
【課題】SARS-CoV-2を効率的に濃縮できる方法及びそのためのキットを提供できるようにする。
【解決手段】本発明に係るSARS-CoV-2の濃縮方法は、検体中に含まれるSARS-CoV-2を濃縮する方法であって、藻類由来レクチンが固定された担体を準備するステップと、前記検体を前記担体に接触させるステップと、前記担体に結合されたSARS-CoV-2を溶出するステップとを含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中に含まれるSARS-CoV-2を濃縮する方法であって、
藻類由来レクチンが固定された担体を準備するステップと、
前記検体を前記担体に接触させるステップと、
前記担体に結合されたSARS-CoV-2を溶出するステップとを含む、SARS-CoV-2の濃縮方法。
【請求項2】
前記藻類由来レクチンは、OAA、KAA-1、Hypnin A又はBCL11aである請求項1に記載のSARS-CoV-2の濃縮方法。
【請求項3】
前記担体に結合されたSARS-CoV-2の溶出のために、SDSを含む溶液を用いる、請求項1に記載のSARS-CoV-2の濃縮方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の方法を行うためのキットであって、
担体と、
前記担体に固定されるための藻類由来レクチンとを含む、キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SARS-CoV-2の濃縮方法及びそのためのキットに関し、特に藻類由来レクチンを用いたSARS-CoV-2の濃縮方法及びそのためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞表面や体液中に存在する糖タンパク質や糖脂質等の複合糖質の糖鎖は、一種の情報素子として機能し、発生、免疫、がん、感染等の重要な生命現象に深く関わっている。一方、糖鎖結合性タンパク質であるレクチンは糖鎖認識分子として機能し、糖鎖と同様に生物学的に重要な役割を担っている。
【0003】
これまでに、海藻類及び淡水産藍藻等の藻類から多くの種類のレクチンが単離され、その生化学的性質が明らかにされている。藻類由来レクチンは、その結合性に基づいて大きくは高マンノース型糖鎖、複合型糖鎖又は混成型糖鎖に結合するもの、セリン、スレオニン等と結合するO-グリコシド結合糖鎖(O型糖鎖)に結合するもの、その他にフコース含有糖鎖に結合するもの等に大別できる。レクチンの一部は、例えばヒト免疫不全ウイルス(HIV)、インフルエンザウイルス等のウイルスに特異的に結合することが知られている(非特許文献1~12)。藍藻Oscillatoria agardhii由来レクチンであるOAA(Oscillatoria agardhii agglutinin)、紅藻Kappaphycus alvarezii由来レクチンであるKAA(Kappaphycus alvarezii agglutinin)、緑藻Boodlea coacta由来レクチンであるBCA(Boodlea coacta agglutinin)及び紅藻Meristotheca papulosa由来レクチンであるMPL(Meristotheca papulosa lectin)は高マンノース型糖鎖との強い結合特異性からHIVやインフルエンザウイルスといった表面に高マンノース型糖鎖を有するウイルスを認識できると期待されている。特に、非特許文献12には、KAAはHIVのエンベロープ糖タンパク質であるgp120を認識することが開示されており、抗HIV活性を示し、医薬素材としての活用が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Boyd, M. R. et al., Antimicrob. Agents Chemother.41, 1521-1530, 1997.
【非特許文献2】O’Keefe, B. R. et al., Antimicrob. Agents Chemother. 47, 2518-2525, 2003.
【非特許文献3】Helle, F., .et al., J. Biol. Chem. 281, 25177-25183, 2006.
【非特許文献4】Barrientos, L. G., et al., Antiviral. Res. 58, 47-56, 2003.
【非特許文献5】Dey, B., et al., J. Virol. 74, 4562-4569, 2000.
【非特許文献6】O’Keefe, B. R. et al.,J. Virol. 84, 2511-2521, 2010.
【非特許文献7】Hori,K. et al., Glycobiology, 17, 479-491, 2007.
【非特許文献8】Sato,Y., Okuyama, S., and Hori, K., J. Biol. Chem. 282, 11021-11029, 2007.
【非特許文献9】Sato,Y., Morimoto,K., Hirayama, M., and Hori, K. Biochem. Biophys. Res. commun. 405, 291-296, 2011.
【非特許文献10】佐藤雄一郎、平山 真、藤原佳史、森本金治郎、堀 貫治 (2010) 第13回マリンバイオテクノロジー学会大会講演要旨 (2010. 5.29発表)
【非特許文献11】Sato,Y., Hirayama, M., Morimoto,K., Yamamoto, N., Okuyama, S., and Hori, K. J. Biol. Chem. 286, No.22, 19446-19458, 2011.
【非特許文献12】Hirayama, M., Shibata, H., Imamura, K., Sakaguchi, T., and Hori, K. Mar Biotechnol. 18, issue 2, 215-231, 2016.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、現在のところ、上記のようなウイルスの表面に存在する糖鎖に特異的に結合し、それらのウイルスの濃縮に利用できる物質はまだ十分に知られているとは言いがたく、その数も限られているため、上記物質が十分に供給できる状況にはなっていない。また、現在、全世界で感染が広がっているSARS-CoV-2の診断等のためにSARS-CoV-2を濃縮するのに利用できる物質についても求められている。従って、SARS-CoV-2の濃縮に利用できる有用な物質がさらに多く見出され、その特性が明らかにされることが必要である。
【0006】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、SARS-CoV-2を効率的に濃縮できる方法及びそのためのキットを提供できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、各種の藻類由来レクチンがSARS-CoV-2を効率的に濃縮できることを見出して本発明を完成した。
【0008】
具体的に、本発明に係る検体中に含まれるSARS-CoV-2を濃縮する方法は、藻類由来レクチンが固定された担体を準備するステップと、前記検体を前記担体に接触させるステップと、前記担体に結合されたSARS-CoV-2を溶出するステップとを含むことを特徴とする。
【0009】
本発明に係るSARS-CoV-2の濃縮方法において、前記藻類由来レクチンは、OAA、KAA-1、Hypnin A又はBCL11aであることが好ましい。
【0010】
本発明に係るSARS-CoV-2の濃縮方法は、前記担体に結合されたSARS-CoV-2の溶出のために、SDSを含む溶液を用いることが好ましい。
【0011】
また、本発明に係るキットは、上記本発明に係るSARS-CoV-2の濃縮方法を行うためのキットであって、担体と、前記担体に固定されるための藻類由来レクチンとを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るSARS-CoV-2を濃縮する方法及びそのためのキットは、SARS-CoV-2に対して高い効率で結合できる藻類由来レクチンを含み、該藻類由来レクチンからSARS-CoV-2を高い効率で溶出できるため、SARS-CoV-2を高い効率で濃縮することができて極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、His-rHypnin A-2の生成方法を説明するための図であり、具体的にはpUC57-hypの構造を示す図である。
図2図2は、His-rHypnin A-2の生成方法を説明するための図であり、具体的にはHis-rHypnin A-2発現ベクター(pET28a-hyp)の調製方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0015】
本発明の一実施形態は、検体中に含まれるSARS-CoV-2を濃縮する方法である。特に、本実施形態に係る方法は、藻類由来レクチンが固定された担体を準備するステップと、前記検体を前記担体に接触させるステップと、前記担体に結合されたSARS-CoV-2を溶出するステップとを含むものである。
【0016】
本実施形態において、藻類由来レクチンとは、藻類を起源として藻類から抽出可能なレクチンであり、特にSARS-CoV-2の表面糖鎖に結合することができるレクチンを意味する。そのようなレクチンとしては、例えばOAA、KAA-1、Hypnin A及びBCL11aが挙げられる。
【0017】
OAAは、糸状藍藻Oscillatoria agardhii に由来するレクチン(UniProtKB/Swiss-Prot Accession No:P84330:配列番号1)であり、例えばSato, Y. et al., Comp. Biochem. Physiol. B Biochem. Mol. Biol., 125, 169-177(2000)に開示の方法で単離することができる。OAAは、システインを含まない132残基のアミノ酸からなり、67アミノ酸の2リピート配列を有し、この重複配列間には約75%の相同性が認められている。また三次構造においては、上記重複配列間が一部入れ換わったドメインスワップ構造をとり、これにより形づくられた2つのドメインがそれぞれ1つの糖結合部位を持つ。OAAは、単糖結合性を示さず、認識する最少糖構造はMan(α1-3)Man(α1-6)Man(β1-4)であり、N型糖鎖のうち、D2アームの(α1-3)Man残基が露出した高マンノース型糖鎖に特異的に結合する。OAAは、1分子あたり2つの糖結合部位を持ち、細胞を架橋・凝集することが知られており、エンベロープ等のウイルス表面に高マンノース型糖鎖が存在するウイルスを認識できると考えられる。
【0018】
KAA-1は、紅藻Kappaphycus alvareziiに由来するレクチン(GenBank Accession No:LC007080、配列番号2)であり、例えば、Hung et al., Fish. Sci. 75, 723-730(2009)に開示の方法で単離することができる。KAA-1は、上記OAAと60.6%の相同性を示し、同じOAAファミリーに属する。KAA1は約67アミノ酸の4リピート配列を有し、OAAが2つ連なったような構造からなり、OAAに極めてよく似た性状、機能を示す。すなわち、KAA-1は、単糖結合性を示さず、認識する最少糖構造はMan(α1-3)Man(α1-6)Man(β1-4)であり、N型糖鎖のうち、D2アームの(α1-3)Man残基が露出した高マンノース型糖鎖に特異的に結合する。KAA-1は、1分子あたり4つの糖結合部位を持ち、細胞を架橋・凝集することが知られており、エンベロープ等のウイルス表面に高マンノース型糖鎖が存在する種々のウイルスを認識できると考えられる。
【0019】
Hypnin Aは、紅藻カギイバラノリ(Hypnea japonica)に由来するレクチンであり、例えばBiochim Biophys Acta. 1474(2000):226-36や特許第5109001号公報に記載された方法によって抽出及び精製することができる。なお、Hypnin Aは、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等による精製過程でHypnin A-1、Hypnin A-2及びHypnin A-3に分離され得るが、本実施形態において、それぞれ単独又は混合物の形態で用いることができる。Hypnin Aは、フコースを含む糖鎖(フコース糖鎖)のうちコアα1-6フコースに対して特に親和性が高いことが知られている(Okuyama, S. et al., Biosci.Biotechnol. Biochem., 73, 912-920 (2009))。
【0020】
BCL11aは、ネザシハシモ(Bryopsis corticulans)に由来するレクチンであり、GlcNAc(N-アセチルグルコサミン)/GalNAc(N-アセチルガラクトサミン)を認識して結合するレクチンである(配列番号3)。BCL11aは、例えば国際公開第2012/133127号に記載された方法により組換型を得ることもできる(国際公開第2012/133127号のBCL11に相当)。
【0021】
本実施形態で用いられる藻類由来レクチンは、藻類から抽出及び生成された天然起源のレクチンであってもよく、また、原核生物宿主又は真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞及び哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された産物、及び化学合成手順の産物であってもよい。組換え産生手順において用いられる宿主に依存して、本発明に係るタンパク質は、グリコシル化され得るか又は非グリコシル化され得る。さらに、本発明に係るタンパク質は、宿主媒介プロセスの結果として、開始の改変メチオニン残基を含み得る。なお、本実施形態に係るレクチンは、組換え産生手順等を利用した人工物である場合、SARS-CoV-2の表面に存在する糖鎖を認識して結合することができるものであれば、対応する天然起源のレクチンと比較して、アミノ酸配列に欠失、挿入、逆転、反復、及びタイプ置換(例えば、親水性の残基の別の残基への置換、しかし通常は強く親水性の残基を強く疎水性の残基には置換しない)等の変異が含まれていてもよい。特に、レクチンにおける「中性」アミノ酸置換は、一般的にそのレクチンの活性にほとんど影響しない。
【0022】
レクチンのアミノ酸配列中のいくつかのアミノ酸が、このレクチンの構造又は機能に有意に影響することなく容易に改変され得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけではく、天然のレクチンにおいて、当該レクチンの構造又は機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。
【0023】
当業者は、周知技術を使用してレクチンのアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸を容易に変異させることができる。例えば、公知の点変異導入法に従えば、レクチンをコードするポリヌクレオチドの任意の塩基を変異させることができる。また、レクチンをコードするポリヌクレオチドの任意の部位に対応するプライマーを設計して欠失変異体又は付加変異体を作製することができる。
【0024】
上記「1又は数個のアミノ酸」の変異とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により置換、欠失、挿入、若しくは付加できる程度の数(好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されていることを意味する。
【0025】
他の実施形態において、本発明に係るレクチンは、融合タンパク質のような改変された形態で組換え発現され得る。例えば、本発明に係るポリペプチドの付加的なアミノ酸、特に荷電性アミノ酸の領域が、宿主細胞内での、精製の間又は引き続く操作及び保存の間の安定性及び持続性を改善するために、レクチンのN末端に付加され得る。
【0026】
組換え生成は、当該分野において周知の方法を使用して行なうことができ、当該分野で周知のベクター及び細胞等を用いて行なうことができる。
【0027】
本実施形態において、担体は、一般に用いられているもの、例えばカラムとして用いることができるものであって、上記レクチンを固定できるものであれば特に限定されないが、例えば材料としてはシリカからなる担体を用いることができ、好適には多孔性シリカモノリスからなるカラム等を用いることができる。
【0028】
本実施形態において、検体を担体に接触させるステップは、上記のような担体としてのカラムに検体を流すことで行うことができる。本実施形態において、検体は、例えばヒト等の被験者から採取された唾液、血液、リンパ液若しくは尿等の体液、又は例えば下水等の環境水を用いることができるが、SARS-CoV-2を含む可能性がある液体であれば特に限定されない。
【0029】
本実施形態において、担体に結合されたSARS-CoV-2を溶出するステップは、例えば上記検体を担体に接触させるステップにおいてカラムに固定されたレクチンに結合したSARS-CoV-2を溶出するための溶出液をカラムに流すことによって行われる。なお、本実施形態において、溶出とは、担体に結合されたSARS-CoV-2を破壊することなく回収することのみならず、SARS-CoV-2の表面膜を破壊してウイルス内容物を溶出させることも含む。溶出液は、藻類由来レクチンとSARS-CoV-2との結合を解除できる溶液であれば特に限定されず、例えば上記SARS-CoV-2の表面膜を破壊してウイルス内容物を溶出させる場合は、SDS等の界面活性剤を利用することができる。
【0030】
本実施形態に係るSARS-CoV-2の濃縮方法によると、SARS-CoV-2に結合可能な藻類由来レクチンが固定された担体を利用するため、検体に含まれるSARS-CoV-2を担体に高い効率で結合させて、SARS-CoV-2を担体から高い効率で溶出させるため、高い効率でSARS-CoV-2を濃縮することが可能となる。
【0031】
本発明に係る他の実施形態は、上記SARS-CoV-2の濃縮方法を行うためのキットであり、当該キットは、上記のような担体と、担体に固定されるための上記のような藻類由来レクチンとを含む。本実施形態に係るキットにおいて、担体と藻類由来レクチンとはそれぞれ別々に含まれていてもよく、既に担体に藻類由来レクチンが固定された状態で含まれていてもよい。また、本実施形態に係るキットは、上記担体及び藻類由来レクチンの他に、担体の洗浄液やSARS-CoV-2を溶出するための溶出液等を含んでいてもよい。本実施形態に係るキットにおいて利用可能な担体、藻類由来レクチン及び溶出液は、具体的に、上述した担体、藻類由来レクチン及び溶出液の具体例を利用することができる。また、洗浄液は、藻類由来レクチンとSARS-CoV-2との結合に影響せず、担体や藻類由来レクチンに非特異的に結合した不要な成分を洗い流すことができるものであれば特に限定されず、例えば生理食塩水等を用いることができる。
【0032】
本実施形態に係るSARS-CoV-2の濃縮方法及びそのためのキットによると、上記の通りSARS-CoV-2の表面糖鎖に結合することができるレクチンを利用するため、当該レクチンが固定された担体を利用することでSARS-CoV-2を効果的に濃縮することができる。
【実施例0033】
以下に、本発明に係るSARS-CoV-2の濃縮方法について詳細に説明するための実施例を示す。本実施例では、数種のレクチンがそれぞれ固定されたカラムを用いて、SARS-CoV-2の濃縮可能性について検討した。その方法及び結果を以下に説明する。
【0034】
(材料)
本実施例において、SARS-CoV-2として本実施例において、SARS-CoV-2として広島県の患者検体より常法にて分離したSARS-CoV-2/JP/Hiroshima-46059T/2020株(Clade:GR、Lineage:B.1.1、GenBank/DDBJ/EMBL accession number:MZ853926、GISAID Accession ID:EPI_ISL_6289932)を用いた(Yamamotoya et al. Scientific Reports 11:18581, 2021を参照)。ウイルス増殖用の細胞としては、Vero/TMPRSS2細胞(JCRB1819(国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 JCRB細胞バンク))を用いた。また、藻類由来レクチンとしては、OAA、BCL11a及びHypnin Aを用いた。なお、OAAはHisタグが融合された組換え型His-rOAAを用い、BCL11aはHisタグが融合された組換え型His-rBCL11aを用いた。また、Hypnin Aとしては、Hypnin A-2の組換え型であり、Hisタグが融合されたHis-rHypnin A-2を用いた。レクチンを固定するカラムは、多孔性シリカモノリスからなりマクロポア径が2μmのカラムを用いた。具体的に、OAAカラム、BCL11aカラム及びHypnin A-2カラムは、Ni-NTA-シリカモノリススピンカラム(27μL容、京都モノテック社製)に対して、常法により上記各レクチンを固定して作製した。
【0035】
上記His-rHypnin A-2は、以下の方法で得た。まず、hypnin A-2のアミノ酸配列を基に、大腸菌コドンユーセージを用いて、hypnin A-2の合成遺伝子を設計した。なお、同塩基配列の合成及び同配列を含むpUC57組換え体の調製はGenScript社に依頼した。すなわち、NdeI認識サイト、Factor Xa(プロテアーゼ切断サイト)、hypnin A-2、ストップコドン及びEcoRI認識サイトをこの順序でコードする塩基配列(配列番号4)を設計し、この合成DNAをpUC57に挿入したものを調製した(図1を参照)。
【0036】
Hypnin A-2をコードする合成DNAを含むpUC57(pUC57-hypと略記)の大量調製は、以下のように行った。すなわち、同プラスミドを1mM EDTA-10mM トリス-HCl、pH7.5(TEと略記)に溶解し、プラスミド100ng相当量を600μlの大腸菌(DH5α;Invitrogen社)懸濁液に加えて、氷上で15分間静置した。これを湯浴中、ヒートショック(42℃、45秒)を用いる形質転換に付した後、氷上で3分間静置した。これに800μlのSuper Optimal Broth with catabolite repression(SOC)培地(2%バクトトリプトン-0.5%酵母抽出物-10mM NaCl-10mM MgSO-10mM MgCl-20mMグルコース)を加えて、恒温槽内において37℃下で30分間予備培養した。この予備培養液を5mlのLuria-Bertani(LB)-amp液体培地(1%バクトトリプトン-0.5%酵母抽出物-20mM NaCl-100μg/mlアンピシリン)に植菌し、37℃で一晩振とう培養した。この培養液を遠心(12000rpm、5分)して菌体を回収した。この菌体を120μlのsol I(50mMグルコース-10mM EDTA-25mM トリス-HCl、pH8.0)に懸濁し、240μlのsol II(0.2N NaOH-1.0%SDS)を加えて、穏やかに転倒混和した後、氷上に5分間静置した。これに、180μlのsol III(11.5%酢酸-3M酢酸カリウム)を加えて、穏やかに撹拌後、氷上に5分間静置した。次に、10μlのクロロホルムを加えて混和後、遠心(16000rpm、5分)して水層を回収した。同水層に400μlのPCI(フェノール:クロロホルム:イソプロピルアルコール=25:24:1)を加えて、ボルテックス後、遠心(16000rpm、10分)(以下、「PCI処理」と略す)し、水層を回収し、1μlグリコーゲン(20μg/μl)、1/10容5M塩化リチウム液、2.5倍容100%エタノールを加えて遠沈(16000rpm、1分)(以下、「エタノール沈殿処理」と略す)して沈殿を得た。この沈殿に70%エタノールを1ml加えて、遠心洗浄(16000rpm、10分)(以下、「70%エタノール洗浄処理」と略す)後、風乾してエタノールを完全に除去した。得られた沈殿を50μlのTEに溶解し、0.5μlのRNaseA(1μg/μl)を加え、37℃で1時間酵素処理した。一方、pET28a(Novagen社)については、100ng相当量を同様にDH5αに形質転換し、LB-kan液体培地(1%バクトトリプトン-0.5%酵母抽出物-20mM NaCl-50μg/mlカナマイシン)で培養した後、前述と同様の方法を用いて同プラスミドを大量調製した。
【0037】
続いて、pUC57-hypを制限酵素処理(SacI及びNdeI)して得たhypnin A-2合成遺伝子を含むDNA断片を、同様の制限酵素処理に付したpET28aにライゲーションして、hypnin A-2発現ベクターを構築した(図2を参照)。すなわち、2.25μg相当量のpUC57-hypを20μlの酵素反応液(2μl Lバッファー、1μl SacI(10U)、17μl滅菌水)中、37℃で2時間酵素消化した。これを、PCI処理、エタノール沈殿処理及び70%エタノール洗浄処理に順次付し、このうち2.14μgを20μlの酵素反応液(2μl Hバッファー、1μl NdeI(10U)、17μl滅菌水)中、37℃で2時間酵素消化した。両酵素処理で得られた消化物を1.2%低融点アガロースによる電気泳動に供して、hypnin A-2合成遺伝子を含むDNA断片(hypnin A-2(NdeI/SacI)と略記)をゲルより切り取った。これをマイクロチューブ中、ゲルの約5倍容のTEを加えて、65℃でゲルが完全に溶解するまで湯浴した。加熱後、室温まで冷やしてから、等容のトリス-フェノールを加えて混和後、遠心分離(16000rpm、10分)して(以下、「トリス-フェノール処理」と略す)、水層を回収した。これを再度トリス-フェノール処理して得た水層に1mlのクロロホルムを加えて混和後、遠心分離し(16000rpm、10分)、水層を回収した。これをエタノール沈澱および70%エタノール洗浄処理後、風乾し、5μlの滅菌水に溶解して、hypnin A-2(NdeI/SacI)画分を得た。なお、DNA量は1.0%アガロース電気泳動での蛍光バンドの強度から概算した。一方、pUC57-hypとほぼ同量のpET28aを同様の方法でSacI及びNdeIの制限酵素処理に順次付し、遊離の両制限酵素サイトをもつpET28a(pET28a(NdeI/SacI))を調製した。前述の方法で得たhypnin A-2(NdeI/SacI)(インサート)とpET28a(NdeI/SacI)(ベクター)を3:1(インサート/ベクター)のモル比でライゲーションした。すなわち10μlの反応液(0.5μl T4リガーゼ(3.5U)、1μlリガーゼバッファー、3μl pET28a(NdeI/SacI)(300ng)、5μl hypnin A-2(NdeI/SacI)(50ng)、0.5μl滅菌水)を調製し、16℃で16時間反応させた。次に、反応液の2.5及び5μlを、それぞれ各200μlの大腸菌(DH5α)懸濁液に加え、ヒートショック法により形質転換した。これに、800μlのSOC培地を加え37℃で30分間予備培養後、LB-kan寒天培地に適量塗布して、37℃で一晩培養した。生じた各コロニーをそれぞれ5mlのLB-kan液体培地に植菌し、一晩培養後に各ベクターをアルカリSDS溶菌に付し、得られたプラスミドを10μlのTEに溶解して、その一部を1%アガロース電気泳動に供して、その移動度によりインサートチェックを行った。さらに、インサートを含むと判断されたベクターについては、NdeI及びSacIを用いる制限酵素処理を行い、同電気泳動に供して、インサートが組み込まれていることを再確認した。また、インサートを含むことが確認されたプラスミドについては、DNAシークエンサーに供してその塩基配列解析を行った。
【0038】
上記のようにして得られたpET28a-hypを用いて発現用大腸菌SHuffle T7 Express株(New England Biolabs社)を形質転換し、Hisタグ融合組換えHypninA-2発現株pET28a-hyp/SHuffle T7 Expressを得た。これを3mLのカナマイシン含有LB液体培地に植菌し、37℃で一晩培養した。その後、培養液を250mLのカナマイシン含有LB液体培地に加え、37℃で対数増殖期中期になるまで振盪培養した。OD600が0.5~0.8に達したところで、20℃で30分間振盪培養して培養液を十分に冷却した。これに終濃度が0.5mMとなるようにイソプロピルβ-D-1-チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加することで発現誘導を開始し、20℃で16時間振盪培養した。これを遠心分離(10000×g、4℃、20min)により集菌し、培養液に対し1/20容の超音波破砕用緩衝液(20mMのリン酸緩衝液(PB)(pH7.4)、500mMのNaCl、20mMのイミダゾール)を添加及び懸濁した後、氷上で冷却しながら超音波破砕を行った。超音波破砕時の条件は「超音波破砕1分-休止1分」のセットを7回行った。破砕処理後、遠心分離(10000×g、4℃、20min)し、上清を可溶性画分とした。
【0039】
ニッケルキレートカラム(Vt=1mL、His GraviTrap、GEヘルスケア)を同緩衝液10mLで平衡化後、可溶性画分をカラムに添加し、Hisタグ融合組換えレクチンを吸着させた。カラムに非特異的に吸着した夾雑成分を洗浄するため、イミダゾールを150mM含有する緩衝液(20mMのPB(pH7.4)、500mMのNaCl)を用いてカラムを洗浄した。その後、溶出用緩衝液(20mMのPB(pH7.4)、500mMのNaCl、500mMのイミダゾール)をカラムに6mL流し、精製Hisタグ融合組換えHypninA-2(His-rHypnin A-2)を得た。
【0040】
上記His-rOAAは、特開2016-141678号公報に記載の方法を利用して得た。
【0041】
上記His-rBCL11aは、国際公開第2012/133127号に記載された方法でBCL11aのcDNAをクローニングし、当該cDNAを用いて上記His-rHypnin A-2を得た方法に準じて、His-rBCL11aを調製した。
【0042】
(方法及び結果)
まず、SARS-CoV-2を常法によってVero/TMPRSS2細胞に感染させて増殖させた。その後、ダイレクトPCRキット(SARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Kit、タカラバイオ社製)を用いてゲノムRNAコピー数を定量し、10コピーを健常人唾液500μlに加えて、試験検体とした。
【0043】
得られた試験検体500μlを上記OAAカラム、BCL11aカラム及びHypnin A-2カラムのそれぞれにロードして、微量高速遠心機で10000rpm、5分間遠心し、カラムを通過させた。続いて各カラムに生理食塩水500μlを添加して、微量高速遠心機で10000rpm、5分間遠心してカラムを洗浄した。さらに各カラムに50μlの0.4%SDS(Sodium dodecyl sulfate)を含有する溶液を加えて、微量高速遠心機で10000rpm、2分間遠心し、結合したウイルスをカラムから溶出した。
【0044】
SARS-CoV-2の各カラムへの結合率を算出するために、カラム素通り画分、洗浄時流出画分、溶出画分を分取した。さらに溶出後にカラムに残存しているウイルスを定量するために、溶出後にTRIzol液(Thermo Fisher Scientific社)500μlを各カラムに添加して微量高速遠心機で10000rpm、5分間遠心して通過液を回収し、カラム残存画分とした。それぞれの画分からRNAを抽出し、RT-PCRキット(One Step PrimeScript III RT-qPCR Mix タカラバイオ社)及び新型コロナウイルス検出用プライマー・プローブセット(タカラバイオ社)を用いてウイルスゲノムRNAを定量した。その結果を表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
表1に示すように、カラムへの結合率(カラムを素通りしなかった割合)及びカラムからの溶出率は、OAAカラム及びBCL11aカラムでいずれも96%以上と極めて高く、また、Hypnin A-2カラムでも約66%と高い割合を示した。上述の通り500μlをカラムにロードし、50μlで溶出したので、体積は10倍に濃縮されている。OAAカラム及びBCL11aカラムでは、上記の通り100%に近い結合率及び溶質率を示したためウイルス自体もほぼ10倍に濃縮されており、Hypnin A-2カラムでも7倍程度に濃縮されている。最初の試験検体量を増やす、あるいは溶出液の量を減らすことによって、さらに濃縮率を上げることができると考えられる。
【0047】
以上の結果から、本発明では、高マンノース型糖鎖に特異的に結合するOAA、GlcNAc/GalNAcを認識して結合するBCL11a、及びフコース糖鎖を認識してHypnin A等の種々の型の藻類由来レクチンを利用することができ、藻類由来レクチンが固定された担体を利用することでSARS-CoV-2を高い効率で濃縮することができることが明らかとなった。従って、本発明に係るSARS-CoV-2の濃縮方法及びそのためのキットは、SARS-CoV-2の濃縮に極めて有用であるといえる。
図1
図2
【配列表】
2023183863000001.app