(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023184068
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】低誘電正接シリカ粉体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 33/18 20060101AFI20231221BHJP
【FI】
C01B33/18 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022097985
(22)【出願日】2022-06-17
(71)【出願人】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】塩原 利夫
(72)【発明者】
【氏名】糸川 肇
【テーマコード(参考)】
4G072
【Fターム(参考)】
4G072AA25
4G072BB05
4G072DD03
4G072DD04
4G072DD05
4G072GG03
4G072HH30
4G072LL03
4G072LL05
4G072MM36
4G072QQ09
4G072TT01
4G072TT30
4G072UU09
4G072UU30
(57)【要約】
【課題】シリカ粉体が持つ補強性と石英ガラス本来の低誘電正接に近い誘電正接を有する、シリカ粉体を製造する方法を提供する。
【解決手段】平均粒径が0.1~30μmのシリカ粉体を加熱炉に入れ、真空又は露点15℃以下の気体中で、最高加熱温度が100~1,000℃、かつ前記条件下での100℃以上の加熱温度(℃)×加熱時間(h)で表される加熱量が450(℃・h)以上となる条件で加熱する加熱工程を含む、シリカ粉体の誘電正接が10GHzで0.0005以下、かつ40GHzで0.0010以下である低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒径が0.1~30μmのシリカ粉体を加熱炉に入れ、真空又は露点15℃以下の気体中で、最高加熱温度が100~1,000℃、かつ前記条件下での100℃以上の加熱温度(℃)×加熱時間(h)で表される加熱量が450(℃・h)以上となる条件で加熱する加熱工程を含む、シリカ粉体の誘電正接が10GHzで0.0005以下、かつ40GHzで0.0010以下である低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
【請求項2】
加熱前、昇温中、温度保持中及び降温中のいずれか1つ以上に、露点が0℃以下の乾燥気体を、加熱炉内に導入する請求項1記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
【請求項3】
降温中に、露点が0℃以下の乾燥気体を、加熱炉内に導入する請求項2記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
【請求項4】
気体が、空気及び不活性ガスから選ばれ、露点15℃以下の気体である請求項1記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
【請求項5】
加熱炉が、単位発熱量(1,000kcal)当たりに生じる水の量が0.12L以下となるような発熱機構を有する加熱炉である、請求項1記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
【請求項6】
低誘電正接シリカ粉体中のケイ素に結合した水酸基(Si-OH)含有量が、300ppm以下である、請求項1記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
【請求項7】
低誘電正接シリカ粉体の最大粒径が、100μm以下である、請求項1記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
【請求項8】
さらに、加熱工程後に、加熱処理された低誘電正接シリカ粉体の表面を、カップリング剤処理する工程を含む、請求項1~7のいずれか1項記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電特性、特に高周波領域の誘電正接に優れるシリカ粉体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、スマートフォン等の情報端末の高性能化、高速通信化に伴い、使用されるプリント配線板において、高密度化、極薄化とともに、低誘電化、低誘電正接化が著しく進行している。このプリント配線板の絶縁材料としては、ガラスクロスをエポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂(以下、「マトリックス樹脂」という。)に含浸させて得られるプリプレグを積層して加熱加圧硬化させた積層板が広く使用されている。基板における信号の伝送ロスは、Ed wardA.Wolff式:伝送損失∝√ε×tanδ、が示すように、誘電率(ε)及び誘電正接(tanδ)が小さい材料ほど改善されることが知られており、特に上記の式より伝送損失に対しては誘電正接の寄与が大きいことが知られている。そのため、Dガラス、NEガラス、Lガラス、石英ガラス等の誘電特性が向上したガラスクロスに低誘電熱硬化性樹脂の組み合わせ(特許文献1)が行われているが、より低誘電化のために樹脂よりも誘電正接の低い無機粉体を添加する方法が一般的である。しかしながら、シリカ粉体の誘電正接が10GHzで0.0010以下、かつ40GHzで0.0015以下である低誘電正接シリカ粉体は記載されていない。
【0003】
代表的な汎用の無機粉体の一つであるシリカ粉体は、樹脂に添加する無機粉体として膨張係数も小さく、絶縁性や誘電特性にも優れた材料である。シリカ粉体の誘電特性、特に誘電正接を本来の石英ガラスのレベルに下げることができれば、今後大きく成長が期待できる高速通信用半導体等の封止材や高速通信用基板、またアンテナ基板等の充填剤として幅広い用途に展開できると考えられる。このような目的で10GHzでの誘電正接が0.0005以下のシリカ粉体が見出された(特許文献2)。しかしながら、高温で処理することでシリカ粉体表面に歪層が形成されやすいことから、シリカ粉体を充填した樹脂組成物の硬化物は強度が低下しやすい。そのため、シリカ粉体表面の歪層除去のため、エッチング液等に浸漬するエッチング工程が必要であり、通常、半導体用封止材等の充填剤として容易に入手できる2,000℃程度の高温で処理したシリカ粉体でも、目的とする誘電正接のものは入手することができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-195689号公報
【特許文献2】特開2021-187714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、エッチング工程をすることなく、シリカ粉体が持つ補強性と石英ガラス本来の低誘電正接に近い誘電正接を有する、シリカ粉体を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討した。シリカ粉体は、表面のSi-OH基(シラノール基)の活性が強く、特に、高温雰囲気では水分を水素結合で取り込み、Si-O-Si結合を開裂させることでさらにSi-OH基が生じると考えられる(SiO2+H2O⇔Si-OH)。
【0007】
シリカ粉体の吸着水除去を目的とする加熱炉の熱源は、一般的にガス炉や電気炉が使用される。ガス炉は都市ガス等の燃焼を熱源としていることから、生成物として大量の二酸化炭素と水が生じる。結果として加熱機構に水分を発生させる加熱炉を用いることで上記反応をSi-OH基が生成する方向に平衡が傾くことを見出した。
【0008】
さらに、本発明者らは、シリカ粉体の低誘電正接化のためにSi-OH基の減少が必要であることを見出した。水分を発生させない発熱機構を有する加熱炉を使用し、かつ露点をコントロールして水分の少ない雰囲気で加熱及び降温することでSi-OH基の増加を防ぎ、さらには加熱によるSi-OH基の縮合で生成した縮合水を除去することで、Si-OH基を減少させ、結果としてシリカ粉体の誘電正接を低下させることができることを見出した。
【0009】
上記知見に基づき、平均粒径が0.1~30μmのシリカ粉体を加熱炉に入れ、真空又は露点15℃以下の気体中で、最高加熱温度が100~1,000℃、前記条件下での100℃以上の加熱温度(℃)×加熱時間(h)で表される加熱量が450(℃・h)以上となる条件で加熱する加熱工程を含むことで、上記課題を解決できることを知見し、本発明をなすに至ったものである。
【0010】
従って、本発明は低誘電正接シリカ粉体の製造方法を提供する。
1.平均粒径が0.1~30μmのシリカ粉体を加熱炉に入れ、真空又は露点15℃以下の気体中で、最高加熱温度が100~1,000℃、かつ前記条件下での100℃以上の加熱温度(℃)×加熱時間(h)で表される加熱量が450(℃・h)以上となる条件で加熱する加熱工程を含む、シリカ粉体の誘電正接が10GHzで0.0005以下、かつ40GHzで0.0010以下である低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
2.加熱前、昇温中、温度保持中及び降温中のいずれか1つ以上に、露点が0℃以下の乾燥気体を、加熱炉内に導入する1記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
3.降温中に、露点が0℃以下の乾燥気体を、加熱炉内に導入する2記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
4.気体が、空気及び不活性ガスから選ばれ、露点15℃以下の気体である1~3のいずれかに記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
5.加熱炉が、単位発熱量(1,000kcal)当たりに生じる水の量が0.12L以下となるような発熱機構を有する加熱炉である、1~4のいずれかに記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
6.低誘電正接シリカ粉体中のケイ素に結合した水酸基(Si-OH)含有量が、300ppm以下である、1~5のいずれかに記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
7.低誘電正接シリカ粉体の最大粒径が、100μm以下である、1~6のいずれかに記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
8.さらに、加熱工程後に、加熱処理された低誘電正接シリカ粉体の表面を、カップリング剤処理する工程を含む、1~7のいずれかに記載の低誘電正接シリカ粉体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、シリカ粉体が持つ補強性と石英ガラス本来の低誘電正接に近い誘電正接を有する、シリカ粉体を製造することができる。この方法で得られたシリカ粉体は今後増えていく5G等の高速通信等に用いられる基板の伝送損失を抑えることができるという著大な効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図3】シリカ粉体の誘電正接の計算法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
[原料シリカ粉体]
低誘電正接シリカ粉体の原料となるシリカ粉体は、平均粒径が0.1~30μmのシリカ粉体である。シリカ粉体としては、天然に産出する結晶性の石英を粉砕した粉末を2,000℃程度の高温の火炎中を通すことで球状化した溶融シリカ粉体、水ガラスを原料として高純度化し高温で焼結させ粉砕したシリカ粉体等が使用可能であるが、シリカ粉体であれば特に上記した製法に関係なく使用することができる。なお、半導体用封止材としては、樹脂へ高充填化できることから粉体の形状は球状のものが好ましいものの、破砕形状のものでも使用することができる。
【0014】
原料のシリカ粉体は、平均粒径0.1~30μmであり、0.5~20μmが好ましい。最大粒径は100μm以下が好ましく、50μm以下がさらに好ましい。平均粒径が0.1μm未満では、比表面積が大きく樹脂へ高充填化ができず、30μmを超えると狭部への充填性が悪く、未充填等の不具合が発生する。なお、本発明において、最大粒径及び平均粒径は、レーザー回折式粒度分布測定装置(例えば、SALD-3100:島津製作所製等)により測定することができ、平均粒径は、レーザー光回折法による粒度分布測定における質量平均値D50(即ち、累積質量が50%となるときの粒子径又はメジアン径)として求めることができる。
【0015】
不純物濃度を低く抑えることでシリカ粉体の誘電特性等がより好ましいものとなる点から、本発明の低誘電正接シリカ粉体の内部及び表面中のアルミニウム、マグネシウム、チタン及びその酸化物、ならびにB(ホウ素)、P(リン)、U(ウラン)及びTh(トリウム)の含有量は、より少ない方が好ましい。また、腐蝕防止の観点から、アルカリ金属及びアルカリ土類金属の含有量は、より少ない方が好ましい。さらに、放射線による誤動作を防止する観点から、U(ウラン)及びTh(トリウム)の含有量は、より少ない方が好ましい。低誘電正接シリカ粉体のこれらの量を調整するため、適宜、原料のシリカ粉体を選択することができる。
【0016】
[加熱工程]
本発明の製造方法における加熱工程は、真空又は露点15℃以下の気体中で、最高加熱温度が100~1,000℃、かつ前記気体中での100℃以上の加熱温度(℃)×加熱時間(h)で表される加熱量が450(℃・h)以上となる条件で加熱する加熱工程である。
【0017】
(加熱炉)
加熱に用いる加熱炉は、100~1,000℃に加熱することができ、炉内を真空又は露点15℃以下の乾燥気体雰囲気下にすることができるものを用いることができ、このような加熱炉であれば特に限定されず、加熱炉としては、ガス炉、電気炉、マッフル炉、レーザー加熱等が挙げられる。
【0018】
中でも、単位発熱量(1,000kcal)当たりに生じる水の量が0.12L以下となるような発熱機構を有する加熱炉を用いることが好ましい。このような発熱機構を有していれば、特に限定されず、電気炉、マッフル炉、レーザー加熱等で、上記が可能な発熱機構を有する加熱炉を含む装置が挙げられる。特に、電気炉は燃焼を伴わないため、気体中の水の量を0.12L以下、特に0.10L未満とすることができる。
【0019】
加熱炉には、乾燥気体を炉内に送り込む装置を有することが好ましい。この装置としては、シリカ粉体2を入れる加熱炉1、アルミナ等の容器に収容されたシリカ粉体2、コンプレッサー又はエアドライヤー等の乾燥気体を生成する機構4、乾燥気体を充填又は導入する、乾燥気体を生成する機構と炉内を結合する配管3、炉内から排気を行う排出機構6を有しているものが挙げられる。加熱炉への乾燥気体導入の一例を
図1に示す。但し、本導入方法に限定されるものではない。
【0020】
(加熱雰囲気)
本発明においては、真空又は露点15℃以下の気体中で、原料シリカ粉体を加熱する。気体としては、空気、窒素及びアルゴン等の不活性ガスが好ましい。炉内を真空にする場合は、島津製作所製 真空加熱焼成炉VASTA等の、真空加熱焼成炉を用いることができる。
【0021】
炉内を露点15℃以下の気体中にする方法としては、炉内が露点15℃以下の気体中であれば特に限定されないが、加熱前に、露点15℃以下の乾燥気体で炉内を充填、又は露点15℃以下の乾燥気体を、炉内に導入する方法が挙げられる。導入は、加熱前、昇温中、温度保持中及び降温中のいずれでもよく、この中から複数を選んで導入してもよい。中でも、露点15℃以下、好ましくは0℃以下の乾燥気体を、炉内に導入することが好ましく、降温中に、炉内に導入することが好ましい。乾燥気体としては、空気、窒素及びアルゴン等の不活性ガスから選択される露点15℃以下の乾燥気体が挙げられる。中でも、生産効率の面で乾燥空気が好ましい。上記の乾燥空気を生成する装置としてはコンプレッサーやエアドライヤー等が挙げられる。なお、本発明における露点とは大気圧露点をいう。充填又は導入する乾燥気体の露点は、15℃以下(水分含有量;12.8g/m3)が好ましく、0℃(水分含有量;4.85g/m3)以下がより好ましく、-20℃以下(水分含有量;1.07g/m3)がさらに好ましく、-60℃(水分含有量;0.0193g/m3)以下が特に好ましい。気体中での加熱工程では、SiO2+H2O⇔Si-OHの反応は、露点が低ければ低いほど平衡が左に傾き、石英ガラスクロスの誘電正接を低下させる。
【0022】
加熱前に、炉内に予め充填・導入する乾燥気体は露点15℃以下であり、0℃以下が好ましく、生産効率、経済性の点から、-20℃以下の乾燥空気がより好ましい。
加熱炉に導入する乾燥気体の露点は15℃以下であり、さらに石英ガラスクロスを低誘電正接化させるために、昇温から降温に至る加熱工程における乾燥気体の露点は0℃以下が好ましく、-20℃がより好ましく、-60℃以下がさらに好ましい。
【0023】
乾燥気体の導入量については特には限定されないが、炉内の露点を十分に低下させ、かつ炉内の温度を一定に保てる範囲として一時間当たり炉の体積に対して0.5~20倍が好ましい。
【0024】
(加熱温度)
SiO2+H2O⇔Si-OHの反応は100℃以上で活性化し、温度が高くなればなるほど平衡が左に傾いてSi-OH基は再度結合してSi-O-Si結合を形成する。すなわち露点が低く、加熱温度が高いほどSi-OH基は減少し、石英ガラスクロスの誘電正接が低下する。しかしながら、加熱温度が高いほどシリカ粉体表面に歪が発生し、シリカ粉体による補強効果が低下する。そのため本発明におけるシリカ粉体の加熱温度は、最高加熱温度が100~1,000℃であり、300~600℃が好ましく、350~450℃がさらに好ましい。100℃未満では水酸基を除去するには十分なエネルギーを付与できず低誘電化ができない。また、1,000℃を超えて加熱を行うとシリカ粒子同士が融着し大きな粒子となってしまい、後工程で問題を生じてしまう。1,000℃以下で、目的の効果を得るのは十分である。
【0025】
(加熱量)
真空又は露点15℃以下の気体中での100℃以上の加熱温度(℃)×加熱時間(h)で表される加熱量が450(℃・h)以上である。なお、加熱量には、真空又は露点15℃以下の気体中ではない場合、100℃未満である範囲は含まれない。
図2にこの加熱量の算出法を示す。塗りつぶし部分が加熱量であり、昇温中、温度保持中及び降温中には影響されない。熱量が450(℃・h)以下だとSiO
2+H
2O⇔Si-OHの平衡反応を十分に左に傾ける時間が足りなく、石英ガラスクロスの誘電正接が低下しきらないために不適である。加熱量が450(℃・h)以上であれば特には限定されないが、生産効率の点で450~50,000(℃・h)が好ましく、3,000~50,000(℃・h)がより好ましく、4,000~45,000(℃・h)がさらに好ましい。
【0026】
加熱は、昇温中、温度保持中及び降温中に関しては数ステップに分けてもよく、温度保持も複数の温度で保持してもよい。また上記の加熱量が満たせれば保持時間がなくてもよい。昇温及び降温レートに関しては特に限定されないが、生産性の点から、10℃/h以上が好ましく、シリカ粉体の強度の点から、200℃/h未満が好ましい。
【0027】
特に、200~300℃の雰囲気は、活性化エネルギーは超えるものの低温領域のためSiO2+H2O⇔Si-OHの平衡が右に傾きやすく、最もSi-O-Si結合が開裂しやすいため、特に露点を低く保つ必要がある。乾燥気体の導入タイミングについては昇温中、降温中、温度保持中のいずれのタイミングでもよい。炉内の露点を低く保ち続ける点から、昇温中、温度保持中、降温中の100~600℃の全加熱中で、乾燥気体を炉内に導入し続けることが好ましい。特に、加熱最高温度から室温まで、特に100℃までの降温中に、乾燥気体を炉内に導入することが、誘電正接の改善に有効である。
【0028】
[カップリング剤処理工程]
本発明の製造方法において、さらに、上記加熱工程後又は降温工程後に、加熱処理シリカ粉体へ、カップリング剤処理工程を有していてもよい。これは、カップリング剤等でシリカ粉体表面を処理する工程である。この工程により、カップリング剤により加熱処理シリカ粉体の表面の一部又は全部が被覆され、カップリング剤処理シリカ粉体を用いて樹脂組成物等を製造する際に、樹脂と低誘電正接シリカ粉体表面の接着を強固にすることができる。
【0029】
カップリング剤としては、例えば、公知のシランカップリング剤を用いることができ、1種単独で又は2種以上組み合わせて用いることができる。中でも、アルコキシシランが好ましく、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、p-スチリルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリエトキシシラン、トリフルオロプロピルトリメトキシシラン等が挙げられる。
【0030】
シラン処理液に関しては特に限定はされないが、ヘンシェルやロッキングミキサー等による乾式処理、0.1~5質量%希薄水溶液で処理する湿式処理が好ましい。カップリング剤の量としては、シリカ粉体に対して0.05~3質量%で適宜調整される。
【0031】
[低誘電正接シリカ粉体]
上記加熱工程、加熱工程及び降温工程後の低誘電正接シリカ粉体の誘電正接は、10GHzで0.0005以下、かつ40GHzで0.0010以下である。10GHzで0.0004以下が好ましく、0.0003以下がより好ましい。40GHzで0.0009以下が好ましく、0.0008以下がより好ましい。誘電正接の測定方法は共振法に基づくものであり、具体的には、後述する実施例の記載に基づくものである。
【0032】
低誘電正接シリカ粉体の水酸基(Si-OH)含有量は、300ppm以下が好ましく、280ppm以下がより好ましく、150ppm以下がさらに好ましい。水酸基(Si-OH)含有量の測定方法は、後述する実施例の記載に基づくものである。
【0033】
低誘電正接シリカ粉体の内部及び表面中の、アルミニウム、マグネシウム、チタン及びその酸化物の含有量が、アルミニウム、マグネシウム、チタン金属質量として、それぞれ300ppm以下が好ましく、150ppm以下がより好ましく、100ppm以下がさらに好ましい。この範囲となることで、加熱処理の工程で容易に結晶化せず、目的とする低誘電正接のシリカ粉体を得ることができる。
【0034】
アルカリ金属及びアルカリ土類金属の含有量が、それぞれ質量換算で10ppm以下が好ましく、8ppm以下がより好ましく、5ppm以下がさらに好ましい。
なお、本発明において、アルカリ金属とは、周期表において第1族に属する元素のうち水素を除いたリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウムをいう。また、アルカリ土類金属とは、周期表において第2族に属する元素のうちベリリウムとマグネシウムを除いたカルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムをいう。アルカリ金属、アルカリ土類金属の多いシリカ粉体は、高速通信基板や半導体素子の電極を腐蝕する問題があり、腐蝕防止の観点からもこれらが少ないシリカ粉体が要求されている。
【0035】
低誘電正接シリカ粉体の内部及び表面中のB(ホウ素)の含有量は、2ppm以下が好ましく、1ppm以下がより好ましい。P(リン)の含有量は、2ppm以下が好ましく、1ppm以下がより好ましい。U(ウラン)及びTh(トリウム)の含有量は、それぞれ0.1ppb以下が好ましい。このように、不純物濃度を低く抑えることでシリカ粉体の誘電特性等がより好ましいものとなる。
【0036】
上記アルミニウム、マグネシウム、チタン及びその酸化物、アルカリ金属及びアルカリ土類金属、ならびにB(ホウ素)、P(リン)、U(ウラン)及びTh(トリウム)の濃度は、原子吸光光度法や、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法等により測定することができる。
【0037】
低誘電正接シリカ粉体の形状、平均粒径は上記原料のシリカ粉体と同様であり、平均粒径0.1~30μmが好ましく、0.5~20μmがより好ましい。最大粒径は100μm以下が好ましく、50μm以下がさらに好ましい。なお、低誘電正接シリカ粉体は、流動性や加工性等特性向上のため、異なる平均粒径のシリカ粉体をブレンドしてもよい。アンダーフィル材や高速基板の充填剤として使用する場合は、平均粒径が0.1~5μmで、最大粒径は20μm以下が好ましく、平均粒径が0.1~3μmで最大粒径は10μm以下がより好ましい。
【0038】
このような優れた特性のシリカ粉体は、半導体用封止材や高速通信基板、アンテナ基板等基板向けの充填剤として好適である。また、樹脂に配合することにより、低誘電樹脂組成物を容易に得ることができる。また、前記低誘電正接シリカ粉体は、低誘電有機基板用の充填剤としても有用なものである。なお、カップリング剤処理工程を経た場合も、上記同様の物性を得ることができる。
【0039】
[プリプレグ]
上記低誘電正接化したシリカ粉体をエポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ポリイミド樹脂、テフロン(登録商標)樹脂、マレイミド樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、等の充填剤として熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂に配合することができる。また、ガラスクロス等を用いて、プリプレグ化も問題なく行うことができる。
【実施例0040】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
本実施例、比較例で使用する材料は以下の通りである。
<シリカ粉体>
(A)RS8225(龍森社製)
平均粒径:15μm
誘電正接(10GHz):0.0008
(40GHz):0.0013
水酸基含有量:370ppm
(B)SO-E5(アドマテック社製)
平均粒径:1.5μm
誘電正接(10GHz):0.0011
(40GHz):0.0015
水酸基含有量:290ppm
(C)SO-E2(アドマテック社製)
平均粒径:0.5μm
誘電正接(10GHz):0.0023
(40GHz):0.0031
水酸基含有量:410ppm
【0041】
[実施例1]
平均粒径15μm、誘電正接(10GHz)0.0006、(40GHz):0.0013、水酸基含有量370ppmのシリカ粉体(A)(龍森社製 RS8225)5Kgを、アルミナ容器に入れ、ネムス社製電気炉B80×85×200-3Z12-10を用い、400℃・24時間加熱処理する時、昇温から降温時までHITATHI社製インバーターパッケージオイルフリーベビコン POD-15VNPを用いて作製した露点-20℃の乾燥空気を、一時間当たり電気炉の体積の5倍量送り込んで加熱処理を行った。また、昇温速度は100℃/h、降温昇温は30℃/hで行い、以降同様の昇温、降温速度で行った。加熱処理後のシリカ粉体の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0042】
[実施例2]
シリカ粉体(A)を、平均粒径1.5μm、誘電正接(10GHz)0.0011、(40GHz):0.0015、水酸基含有量290ppmのシリカ粉体(B)(アドマテックス社製 SO-E5)とし、加熱時間(h)を24時間に変更した以外は、実施例1と同様にして加熱処理を行った。加熱処理後のシリカ粉体(B)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0043】
[実施例3]
シリカ粉体(A)を、平均粒径0.5μm、誘電正接(10GHz)0.0023、(40GHz):0.0031、水酸基含有量410ppmのシリカ粉体(C)(アドマテックス社製 SO-E2)とし、加熱時間(h)を24時間に変更した以外は、実施例1と同様にして加熱処理を行った。加熱処理後のシリカ粉体(C)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0044】
[実施例4]
実施例1のシリカ粉体(A)の加熱処理において、400℃・12時間加熱する時、実施例1の露点-20℃の乾燥空気を、CKD株式会社製 スーパーヒートレスドライヤー SHD3025で作製した露点-70℃の乾燥空気に変更した以外は実施例1と同様にして加熱処理を行った。加熱処理後のシリカ粉体(A)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0045】
[実施例5]
実施例1のシリカ粉体(A)の加熱処理において、昇温時、温度保持時は乾燥空気を送り込まず、露点20℃の空気中で加熱処理し、降温時に露点-20℃の乾燥空気を炉内に送り込んで加熱処理したこと以外は、実施例1と同様にして加熱処理した。加熱処理後のシリカ粉体(A)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0046】
[実施例6]
実施例3のシリカ粉体(C)の加熱処理において、昇温時、温度保持時は乾燥空気を送り込まず、露点20℃の空気中で加熱処理し、降温時に露点-20℃の乾燥空気を炉内に送り込んで加熱処理したこと以外は、実施例3と同様にして加熱処理した。加熱処理後のシリカ粉体(C)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0047】
[実施例7]
実施例1のシリカ粉体(A)の加熱処理において、降温時は乾燥空気を送り込まず、露点20℃の空気中で加熱処理した以外は、実施例1と同様にして加熱処理した。加熱処理後のシリカ粉体(A)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0048】
[実施例8]
実施例3のシリカ粉体(C)の加熱処理において、降温時は乾燥空気を送り込まず、露点20℃の空気中で加熱処理した以外は、実施例3と同様にして加熱処理した。加熱処理後のシリカ粉体(C)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0049】
[実施例9]
シリカ粉体(A)を、実施例1の電気炉の代わりに単位発熱量(1000kcal)当たりに生じる水の量が0.1L未満である島津製作所製 真空加熱焼成炉VASTAを用いて昇温から降温まで真空状態で400℃・12時間加熱処理した。加熱処理後のシリカ粉体(A)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0050】
[実施例10]
シリカ粉体(A)の加熱温度・加熱時間を、400℃・12時間から150℃・48時間に変更した以外は、実施例1と同様にして加熱処理を行った。加熱処理後のシリカ粉体(A)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0051】
[実施例11]
シリカ粉体(A)の加熱温度・加熱時間を、400℃・12時間から700℃・7時間に変更した以外は、実施例1と同様にして加熱処理を行った。加熱処理後のシリカ粉体(A)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0052】
[実施例12]
シリカ粉体(C)の加熱温度・加熱時間を、400℃・24時間から900℃・5時間に変更した以外は、実施例3と同様にして加熱処理を行った。加熱処理後のシリカ粉体(C)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0053】
[比較例1]
シリカ粉体(A)を、ネムス社製電気炉B80×85×200-3Z12-10を用いて400℃・12時間、電気炉内の露点20℃の空気中で加熱して加熱処理を行った。加熱処理後のシリカ粉体(A)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0054】
[比較例2]
シリカ粉体(A)の加熱温度・加熱時間を400℃・12時間から80℃・32時間に変更した以外は、実施例1と同様にして加熱処理を行った。加熱処理後のシリカ粉体(A)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0055】
[比較例3]
シリカ粉体(A)の加熱温度・加熱時間を、400℃・12時間から1,200℃・4時間に変更した以外は、実施例1と同様にして加熱処理を行った。加熱処理後のシリカ粉体(A)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0056】
[比較例4]
実施例1と同じ装置を用いて、露点-20℃の乾燥空気を一時間当たり電気炉の体積の5倍量送り込み、400℃に加熱した電気炉内にシリカ粉体(A)を入れ、1時間後に降温を待たずに取り出した。加熱処理後のシリカ粉体(A)の誘電正接と水酸基含有量を表中に併記する。
【0057】
また、本発明における特性値は、下記の方法にて測定した。
<誘電正接の測定方法>
誘電正接の測定方法について説明する。
下記表1に示す割合で、シリカ粉体を低誘電マレイミド樹脂であるSLK-3000(信越化学工業社製)と硬化剤としてラジカル重合開始剤であるジクミルパーオキサイド(パークミルD:日油(株)社製)を含むアニソール溶剤に混合、分散、溶解してワニスを作製した。
シリカ粉体を下記表1に示す割合で、シリカ粉体と樹脂(SLK-3000)との合計量に対して、体積%で0%、17.6%、33.3%、48.1%となるように添加し、バーコーターで厚さ200mmに引き延ばし、80℃、30分間、乾燥機に入れてアニソール溶剤を除去することで未硬化のマレイミド樹脂組成物を調製した。
【0058】
【0059】
調製した未硬化のマレイミド樹脂組成物を60mm×60mm×100μmの型に入れ、ハンドプレスにて180℃、10分、30MPaにて硬化後、乾燥器にて180℃、1時間で完全に硬化させて樹脂硬化シートを作製した。樹脂硬化シートを50mm×50mmの大きさに切り、誘電率測定用SPDR(Split post dielectric resonators)誘電体共振器周波数10GHz(キーサイト・テクノロジー株式会社製)を用いて、10GHzにおける誘電正接を測定した。
【0060】
得られた誘電正接の値を
図3に示すように横軸にシリカ粉体の体積%を、縦軸に測定した誘電正接を取ることで得られるプロットから、シリカ粉体の体積%と誘電正接との直線を作成した。この直線を外挿し、シリカ粉体100体積%の誘電正接をシリカ粉体の誘電正接の値とした。
【0061】
シリカ粉体を直接測定できるとする測定機もあるが、測定ポットの中にシリカ粉体を充填して測定するため、混入した空気の除去が困難である。特に、比表面積の大きいシリカ粉体は混入空気の影響が大きいため、なおさら困難である。そこで混入した空気の影響を排除し、実際の使用態様に近い状態での値を得るために、本発明では、上記した測定方法からシリカ粉体の誘電正接を求めた。実施例及び比較例の10GHz、40GHzの誘電正接は、同様の計算から行った。
【0062】
<水酸基(Si-OH)含有量の測定方法>
シリカ粉体を厚さ1.5mmのアルミパンに摺り切りまで充填したサンプルを調製し、このサンプルの赤外吸収スペクトルを、フーリエ変換赤外分光光度計(IRAffinity-1S)、拡散反射測定装置(DRS-8000A)を用いて拡散反射法によって水酸基起因である3680cm-1付近のピークの透過率Tを測定した。得られた透過率の値を基に、下記に示すLambert-Beerの法則を適用し、吸光度Aを求めた。
・吸光度A=-Log10T
T=3680cm-1付近の透過率
次いで、前記式により求めた吸光度から、下記式により水酸基のモル濃度C(mol/L)を求めた。
・C=A/εL
ε:モル吸光係数(水酸基のモル吸光係数ε=77.5dm3/mol・cm)
C:モル濃度(mol/L)
L:サンプルの厚さ(光路長)(1.5mm)
得られた吸光度Aから上記式を用いてモル濃度Cを求めた。
得られたモル濃度Cを用いて下記式によってシリカ粉体中の水酸基の含有量(ppm)を求めた。
・水酸基の含有量(ppm)={(C×M)/(d×1000)}×106
シリカ粉体の比重d=2.2g/cm3
水酸基の分子量M(Si-OH)=45g/mol
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
表2,3より、炉内の最高温度が100~1,000℃で、炉内が真空雰囲気又は炉内へ導入する乾燥気体の露点が低く、加熱温度が高いほど、また降温時への乾燥空気の導入により、より低誘電正接のシリカ粉体を得ることができる。
比較例2の80℃加熱では、活性化エネルギーが足りないため、加熱処理を行っても誘電正接が変化しなかった。
【0067】
本発明によれば、加熱工程の露点をコントロール、即ち加熱時と降温時の露点をコントロールした加熱工程のみで、エッチング工程を有することなく、石英ガラス本来の低誘電正接に近い誘電正接を有するシリカ粉体を製造する方法を提供できる。