(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023184470
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】アデノ随伴ウイルスの精製法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/864 20060101AFI20231221BHJP
C12N 15/13 20060101ALI20231221BHJP
【FI】
C12N15/864 100Z
C12N15/13 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023095990
(22)【出願日】2023-06-12
(31)【優先権主張番号】P 2022097829
(32)【優先日】2022-06-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】牧野 友理子
(72)【発明者】
【氏名】吉田 浩平
(72)【発明者】
【氏名】田中 亨
(57)【要約】
【課題】
アフィニティクロマトグラフィを利用して、試料中に含まれるアデノ随伴ウイルス(AAV)を、温和な条件で精製可能な方法を提供すること。
【解決手段】
不溶性担体と当該担体に固定化したAAV結合性タンパク質とを含む吸着剤にAAVを含む試料を添加し当該AAVを前記吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着したAAVを、塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンを800mmol/L以上含む中性緩衝液を用いて溶出させる工程とを含む、試料中に含まれるAAVの精製方法により、前記課題を解決する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
不溶性担体と当該担体に固定化したアデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質とを含む吸着剤にAAVを含む試料を添加し当該AAVを前記吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着したAAVを溶出液を用いて溶出させる工程とを含む、試料中に含まれるAAVの精製方法であって、
前記溶出液が、塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンを800mmol/L以上含む中性緩衝液である、前記精製方法。
【請求項2】
溶出液が、アンモニウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンをさらに含む、請求項1に記載の精製方法。
【請求項3】
溶出液が、ナトリウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンを450mmol/L以上さらに含む、請求項2に記載の精製方法。
【請求項4】
AAVを溶出させる工程を、溶出液中に含まれる塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンの濃度を変化させるグラジエントで行なう、請求項1に記載の精製方法。
【請求項5】
AAV結合性タンパク質が、以下の(i)から(iii)のいずれかから選択されるポリペプチドまたはAAVと結合可能な重鎖抗体可変領域を少なくとも含むポリペプチドである、請求項1から4のいずれかに記載の精製方法;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アデノ随伴ウイルス(AAV)の精製法に関する。特に本発明は、アフィニティクロマトグラフィを利用して、試料中に含まれるAAVを温和に精製可能な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アデノ随伴ウイルス(AAV)はパルボウイルス科(Parvoviridae)、ディペンドウイルス属(Dependovirus)に分類される非エンベロープウイルスである。AAV外殻粒子は3種類のタンパク質(VP1、VP2およびVP3)で構成されており、約60のタンパク質分子がおよそVP1:VP2:VP3=1:1:10の比率で混在し集合することで、直径20nmから30nmの正二十面体の形状をしている。
【0003】
AAVはヒトを含む広範な種の細胞に感染可能で、血球、筋、神経細胞などの分化を終えた非分裂細胞にも感染すること、ヒトに対する病原性がないため副作用の心配が低いこと、ウイルス粒子が物理化学的に安定であること、などから、先天性遺伝子疾患の治療を目的とした遺伝子導入用のベクターとしての利用価値が注目されている。
【0004】
遺伝子組換えAAVベクター(以下、単にAAVベクターとも表記)の製造は、通常、AAV粒子形成に必須な要素をコードする核酸を細胞に導入することで、AAVを産生する能力を有する細胞(以下、AAV産生細胞とも表記)を作製し、当該細胞を培養してAAV粒子形成に必須な要素を発現させることで行なう。製造したAAVベクターはAAV産生細胞から回収精製し、治療用AAVベクター製剤を得る。
【0005】
AAVベクターの精製にあたっては、不溶性担体と、当該担体に固定化したAAV結合性タンパク質とを含むAAV吸着剤を用いたアフィニティクロマトグラフィによる方法が知られており(特許文献1および2、ならびに非特許文献1)、当該方法ではAAVベクターの溶出に酸性緩衝液を用いている(例えば、特許文献2ではpH2.5のリン酸緩衝液で溶出)。しかしながら、酸性緩衝液に曝露されたAAVベクターは細胞への感染力価が低下することが知られている(非特許文献2)。感染力価の低下したAAVベクターが、患者に投与する治療用AAVベクター製剤に含まれていると、薬効の低下による治療効果の減少や、高投与量負荷による重篤な副作用の誘因につながる可能性を有している。したがって、高品質な治療用AAVベクター製剤を製造するには、中性緩衝液のような温和な条件で精製する方法が望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2018-507707号公報
【特許文献2】WO2021/106882号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Gerard A et al.,Pharm Res,36,29(2019)
【非特許文献2】B Lins-Austin et al.,Viruses,12,668(2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、アフィニティクロマトグラフィを利用して、試料中に含まれるアデノ随伴ウイルスを、温和な条件で精製可能な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは鋭意検討した結果、アフィニティクロマトグラフィ用吸着剤として、不溶性担体と当該担体に固定化したアデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質とを含む吸着剤を用い、かつ当該吸着剤に吸着したAAVの溶出に特定の陰イオンを高濃度含む緩衝液で溶出させることで、中性領域で温和にAAVを溶出できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の[1]から[5]に示す態様を包含する。
【0011】
[1]不溶性担体と当該担体に固定化したAAV結合性タンパク質とを含む吸着剤にAAVを含む試料を添加し当該AAVを前記吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着したAAVを溶出液を用いて溶出させる工程とを含む、試料中に含まれるAAVの精製方法であって、前記溶出液が塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンを800mmol/L以上含む中性緩衝液である、前記精製方法。
【0012】
[2] 溶出液が、アンモニウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンをさらに含む、[1]に記載の精製方法。
【0013】
[3]溶出液がナトリウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンを450mmol/L以上さらに含む、[2]に記載の精製方法。
【0014】
[4]AAVを溶出させる工程を溶出液中に含まれる塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンの濃度を変化させるグラジエントで行なう、[1]から[3]のいずれかに記載の精製方法。
【0015】
[5]AAV結合性タンパク質が以下の(i)から(iii)のいずれかから選択されるポリペプチドまたはAAVと結合可能な重鎖抗体可変領域を少なくとも含むポリペプチドである、[1]から[4]のいずれかに記載の精製方法;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、不溶性担体と当該担体に固定化したアデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質とを含む吸着剤に吸着させたAAVを、塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンを800mmol/L以上含む中性緩衝液で溶出させることを特徴としている。本発明により、試料中に含まれるAAVを温和な条件で精製できるため、細胞への感染力価を低下させずにAAVを精製できる。本発明はpH変化を利用する従来のAAV精製方法では困難な、細胞への感染力価を維持したままAAVを精製できるため、AAVの工業的生産における品質向上が達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】溶液Bの違いによる、アデノ随伴ウイルス(AAV)吸着剤に吸着したAAVの溶出比率を比較した結果である。図中、白はElute 1(溶液Bでの溶出画分)で、黒はElute 2(溶液Cでの溶出画分)で、それぞれ溶出したAAVの比率を表している。またAAV吸着剤として、a)およびc)はm11a_T1(配列番号6)固定化ゲルを、b)はPOROS AAVX(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を、それぞれ用いたときの結果である。
【
図2】希釈液の違いによるAAVベクターの細胞への感染陽性率を比較した図である。AAV遺伝子型として、a)はAAV2を、b)はAAV8を、それぞれ用いたときの結果である。
【
図3】溶離液条件の違いによるAAVベクター溶液を精製したときのクロマトパターンを比較した図である。a)は溶離液条件1のときの、b)は溶離液条件2のときの、それぞれ結果である。
【
図4】溶液Bの違いによる、AAVの溶出比率を比較した結果である。図中、縦線はグラジエント溶出に供する前の素通り/洗浄(Flow through/wash)で、白はElute 1で、黒はElute 2で、それぞれ溶出したAAVの比率を表している。
【
図5】AAV遺伝子型の違いによる、AAV吸着剤に吸着したAAVの溶出比率を比較した結果である。図中、白はElute 1で、黒はElute 2で、それぞれ溶出したAAVの比率を表している。
【
図6】不溶性担体に固定化したリガンド(AAV結合性タンパク質)の違いによる、AAV吸着剤に吸着したAAVの溶出比率を比較した結果である。図中、縦線はFlow through/washで、白はElute 1で、黒はElute 2で、それぞれ溶出したAAVの比率を表している。またリガンドとして、a)はm10s_T1(配列番号4)を、b)はm10s_HT1(配列番号5)を、それぞれ用いたときの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0019】
本発明では、不溶性担体と当該担体に固定化したAAV結合性タンパク質とを含む吸着剤(以下「AAV吸着剤」とも表記する)を用いて、試料中に含まれるAAVを精製する。AAV結合性タンパク質は、AAVと結合可能なポリペプチドであれば特に制限はなく、インテグリンなどのラミニン受容体、抗AAV抗体やAAV受容体(AAVR)が例示できる。
【0020】
AAV結合性タンパク質が抗AAV抗体である場合の好ましい態様として、AAVと結合可能な重鎖抗体可変領域(VHH)を少なくとも含むポリペプチドがあげられる。またAAV結合性タンパク質がAAVRである場合の好ましい態様として、以下の(i)から(iii)のいずれかから選択されるポリペプチドがあげられる。
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【0021】
なお配列番号1に記載のアミノ酸配列は、AAVRの一態様であるKIAA0319L(公式データベース:UniProt、アクセッションナンバー:Q8IZA0)のアミノ酸配列であり、配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリン(Ser)から500番目のアスパラギン酸(Asp)までのアミノ酸残基は、KIAA0319Lの細胞外領域ドメイン1(PKD1)およびドメイン2(PKD2)に相当する領域である。
【0022】
前記(i)から(iii)のいずれかに示すポリペプチドは、前述したKIAA0319LのPKD1およびPKD2に相当する領域を少なくとも含んでいればよく、例えば、
PKD2のC末端側にある他の細胞外領域ドメイン(ドメイン3(PKD3)、ドメイン4(PKD4)およびドメイン5(PKD5))に相当する領域の全てまたは一部を含んでもよいし、PKD1のN末端側にあるMANSC(Motif At N terminus with Seven Cysteines)ドメインなどのシグナル配列に相当する領域やシステインリッチな領域の全てまたは一部を含んでもよいし、細胞外領域のN末端側および/またはC末端側にある膜貫通領域ならびに細胞内領域の全てまたは一部を含んでもよい。
【0023】
前記(ii)の一例として、配列番号4から7に記載のアミノ酸配列のうち25番目のセリンから213番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチドや、WO2021/106882号で開示のAAV結合性タンパク質、があげられる。また前記(ii)に記載の置換、欠失、挿入、または付加の例として、WO2021/106882号で開示しているアミノ酸残基の置換や、配列番号1の330番目にあるアラニンのバリンへの置換があげられる。
【0024】
前記(ii)における、「1もしくは数個」とは、AAVRの立体構造におけるアミノ酸置換の位置やアミノ酸残基の種類によっても異なるが、一例として、1個以上50個以下、1個以上30個以下、1個以上20個以下、1個以上10個以下、1個以上9個以下、1個以上8個以下、1個以上7個以下、1個以上6個以下、1個以上5個以下、1個以上4個以下、1個以上3個以下、1個以上2個以下、1個のいずれかを意味する。「1もしくは数個」のアミノ酸残基の置換は、例えば、AAV結合活性を有する限り、WO2021/106882号で開示のアミノ酸残基の置換以外の位置に生じてよい。
【0025】
なお前記(ii)における「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換」には、前述した特定位置におけるアミノ酸置換の他に、物理的性質および/または化学的性質が類似したアミノ酸間で置換が生じる保守的置換が生じてもよい。保守的置換は、一般に、置換が生じているものと置換が生じていないものとの間でタンパク質の機能が維持されることが当業者において知られている。保守的置換の一例としては、グリシンとアラニン間、セリンとプロリン間、またはグルタミン酸とアラニン間での置換があげられる(タンパク質の構造と機能,メディカル・サイエンス・インターナショナル社、9、2005)。また前記(ii)における「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加」には、AAVRの由来の違いや、種の違いなどに基づく、天然にも存在する変異(mutantまたはvariant)も含まれる。
【0026】
前記(iii)におけるアミノ酸配列の相同性は70%以上あればよく、それ以上の相同性(例えば、80%以上、85%以上、90%以上または95%以上)を有してもよい。なお本明細書において「相同性」とは、類似性(similarity)または同一性(identity)を意味してよく、特に同一性を意味してもよい。「アミノ酸配列の相同性」とは、アミノ酸配列全体に対する相同性を意味する。アミノ酸配列間の「同一性」とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率を意味する(実験医学、31(3)、羊土社)。アミノ酸配列間の「類似性」とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率と側鎖の性質が類似したアミノ酸残基の比率の合計を意味する(実験医学、31(3)、羊土社)。アミノ酸配列の相同性は、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)やFASTA等のアラインメントプログラム(alignment program)を利用して決定できる。
【0027】
本発明で用いるAAV吸着剤の構成要素である不溶性担体は、AAVを含む試料や精製に用いる溶液(溶出液、平衡化液、洗浄液など)に対して不溶性であれば特に制限されない。不溶性担体としては、アガロース、アルギネート(アルギン酸塩)、カラゲナン、キチン、セルロース、デキストリン、デキストラン、デンプン等の多糖質を原料とした担体や、ポリビニルアルコール、ポリメタクレート、ポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリウレタン等の合成高分子を原料とした担体や、シリカ等のセラミックスを原料とした担体が例示できる。中でも、多糖質を原料とした担体や合成高分子を原料とした担体が不溶性担体として好ましい。前記好ましい担体の一例として、トヨパール(東ソー社製)等のヒドロキシ基を導入したポリメタクリレートゲル、Sepharose(サイティバ社製)等のアガロースゲル、セルファイン(JNC社製)等のセルロースゲルが挙げられる。不溶性担体の形状は特に制限されず、例えば、粒状物、モノリス状物、膜状物および繊維状物のいずれであってもよく、また多孔性および非多孔性のいずれであってもよい。中でもカラムに充填できる形状とすると好ましい。
【0028】
本発明で用いるAAV吸着剤を製造する際、不溶性担体へのAAV結合性タンパク質への固定化は、例えば、共有結合を介して固定化すればよい。具体的には、例えば、不溶性担体が有する活性基を介してAAV結合性タンパク質と不溶性担体とを共有結合させることで、不溶性担体に固定化し、本発明で用いるAAV吸着剤を製造すればよい。前記活性基としては、N-ヒドロキシコハク酸イミド(NHS)活性化エステル基、エポキシ基、カルボキシ基、マレイミド基、ハロアセチル基、トレシル基、ホルミル基、ハロアセトアミド基が挙げられる。活性基を有する不溶性担体としては、例えば、活性基を有する市販の不溶性担体をそのまま用いてもよいし、不溶性担体に活性基を導入して用いてもよい。活性基を有する市販の担体としては、TOYOPEARL AF-Epoxy-650M、TOYOPEARL AF-Tresyl-650M(いずれも東ソー社製)、HiTrap NHS-activated HP Columns、NHS-activated Sepharose 4 Fast Flow、Epoxy-activated Sepharose 6B(いずれもサイティバ社製)、SulfoLink Coupling Resin(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)が例示できる。
【0029】
担体表面に活性基を導入する方法としては、担体表面に存在するヒドロキシ基、エポキシ基、カルボキシ基、アミノ基等に対して2個以上の活性部位を有する化合物の一方を反応させる方法が例示できる。
【0030】
担体表面に存在するヒドロキシ基やアミノ基にエポキシ基を導入する化合物としては、エピクロロヒドリン、エタンジオールジグリシジルエーテル、ブタンジオールジグリシジルエーテル、ヘキサンジオールジグリシジルエーテルが例示できる。
【0031】
また担体表面に存在するエポキシ基にカルボキシ基を導入する化合物としては、2-メルカプト酢酸、3-メルカプトプロピオン酸、4-メルカプト酪酸、6-メルカプト酪酸、グリシン、3-アミノプロピオン酸、4-アミノ酪酸、6-アミノヘキサン酸を例示できる。
【0032】
また担体表面に存在するヒドロキシ基、エポキシ基、カルボキシ基、アミノ基にマレイミド基を導入する化合物としては、N-(ε-マレイミドカプロン酸)ヒドラジド、N-(ε-マレイミドプロピオン酸)ヒドラジド、4-(4-N-マレイミドフェニル)酢酸ヒドラジド、2-アミノマレイミド、3-アミノマレイミド、4-アミノマレイミド、6-アミノマレイミド、1-(4-アミノフェニル)マレイミド、1-(3-アミノフェニル)マレイミド、4-(マレイミド)フェニルイソシアナート、2-マレイミド酢酸、3-マレイミドプロピオン酸、4-マレイミド酪酸、6-マレイミドヘキサン酸、N-(α-マレイミドアセトキシ)スクシンイミドエステル、(m-マレイミドベンゾイル)N-ヒドロキシスクシンイミドエステル、スクシンイミジル-4-(マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボニル-(6-アミノヘキサン酸)、スクシンイミジル-4-(マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボン酸、(p-マレイミドベンゾイル)N-ヒドロキシスクシンイミドエステル、(m-マレイミドベンゾイル)N-ヒドロキシスクシンイミドエステルを例示できる。
【0033】
また担体表面に存在するヒドロキシ基やアミノ基にハロアセチル基を導入する化合物としては、クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸、クロロ酢酸クロリド、ブロモ酢酸クロリド、ブロモ酢酸ブロミド、クロロ酢酸無水物、ブロモ酢酸無水物、ヨード酢酸無水物、2-(ヨードアセトアミド)酢酸-N-ヒドロキシスクシンイミドエステル、3-(ブロモアセトアミド)プロピオン酸-N-ヒドロキシスクシンイミドエステル、4-(ヨードアセチル)アミノ安息香酸-N-ヒドロキシスクシンイミドエステルを例示できる。
【0034】
また担体表面に活性基を導入する方法としては、担体表面に存在するヒドロキシ基やアミノ基にω-アルケニルアルカングリシジルエーテルを反応させた後、ハロゲン化剤でω-アルケニル部位をハロゲン化することで活性化する方法も例示できる。ω-アルケニルアルカングリシジルエーテルとしては、アリルグリシジルエーテル、3-ブテニルグリシジルエーテル、4-ペンテニルグリシジルエーテルを例示できる。ハロゲン化剤としては、N-クロロスクシンイミド、N-ブロモスクシンイミド、N-ヨードスクシンイミドを例示できる。
【0035】
また担体表面に活性基を導入する方法としては、担体表面に存在するカルボキシ基に対して縮合剤と添加剤を用いて活性基を導入する方法も例示できる。縮合剤としては1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)、ジシクロヘキシルカルボジアミド、カルボニルジイミダゾールを例示できる。添加剤としては、NHS、4-ニトロフェノール、1-ヒドロキシベンズトリアゾールを例示できる。
【0036】
AAV結合性タンパク質の不溶性担体への固定化は、例えば、緩衝液中で実施できる。緩衝液としては、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、MES(2-MorpholinoEthaneSulfonic acid)緩衝液、HEPES(4-(2-HydroxyEthyl)-1-PiperazineEthaneSulfonic acid)緩衝液、トリス(Tris(hydroxymethyl)aminomethane)緩衝液、ホウ酸緩衝液を例示できる。固定化させるときの反応温度は、例えば、活性基の反応性やAAV結合性タンパク質の安定性等の諸条件に応じて適宜設定できる。固定化させるときの反応温度は、例えば、4℃以上50℃以下であってよく、好ましくは10℃以上35℃以下であってよい。
【0037】
本発明は、前述したAAV吸着剤にAAVを含む試料を添加し当該AAVを前記吸着剤に吸着させる工程(以下、単に「吸着工程」とも表記)と、前記吸着剤に吸着したAAVを溶出液を用いて溶出させる工程(以下、単に「溶出工程」とも表記)と、を含む方法で試料中に含まれるAAVを精製する際、前記溶出液として、塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンを800mmol/L以上含む中性緩衝液を用いることを特徴としている。なお、AAV吸着剤をカラムに充填した態様(以下、「AAV吸着剤カラム」とも表記)とすると、これら工程を簡便に行なえる点で好ましい。以下、AAV吸着剤カラムを用いた態様を例に、詳細に説明する。
【0038】
AAVを含む試料は、例えば、ポンプ等の送液手段を用いてAAV吸着剤カラムに添加できる。なお本明細書では、液体をカラムに添加することを、「液体をカラムに送液する」ともいう。なおAAVを含む試料は、AAV吸着剤カラムに添加する前に予め適切な緩衝液を用いて溶媒置換してよい。また、AAVを含む試料をAAV吸着剤カラムに添加する前(すなわち吸着工程前)に、適切な緩衝液(平衡化液)を用いてAAV吸着剤カラムを平衡化してよい。前記平衡化により、例えば、AAVをより高純度に精製できると期待される。溶媒置換や平衡化に用いる緩衝液としては、中性領域(本明細書ではpH5.0以上9.0以下、好ましくはpH5.5以上8.0以下の領域を指す)で緩衝能を有する中性緩衝液であればよく、具体的には、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、コハク酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、MES緩衝液が例示できる。そのような緩衝液には、例えば、さらに、10mMから50mMのキレート剤を添加してもよい。溶媒置換に用いる緩衝液と平衡化液は、同一であってもよく、同一でなくてもよい。また、AAVを含む試料のAAV吸着剤カラムへの通液後に夾雑物質等のAAV以外の成分がAAV吸着剤カラムに残存している場合、AAV吸着剤に吸着したAAVを溶出させる前(すなわち溶出工程前)に、そのような成分をAAV吸着剤カラムから除去(洗浄)してよい。AAV以外の成分は、例えば、適切な緩衝液を洗浄液として用いることでAAV吸着剤カラムから除去できる。当該洗浄液については、例えば、溶媒置換や平衡化に用いる緩衝液についての記載を準用できる。
【0039】
本発明の精製方法では、前述した吸着工程によりAAV吸着剤に吸着させたAAVを、溶出工程で、塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンを800mmol/L以上含む中性緩衝液を用いて溶出させる。前述した高濃度の陰イオンを含んだ溶出液をAAV吸着剤カラムに通液することで、当該カラム内におけるイオン濃度変化が生じ、AAVとAAV結合性タンパク質(AAV吸着剤のリガンド)との相互作用が弱まるため、AAV吸着剤に吸着させたAAVを温和な条件である中性領域で溶出できる。したがって、溶出液として酸性緩衝液(例えば、pH1.5以上3.0以下の緩衝液)を用いた従来の溶出工程と比較し、溶出したAAVの細胞への感染力価の低下が抑えられる。なお溶出液に、アンモニウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンをさらに含ませると、中性領域でのAAV溶出をより効率的に行なえるため、好ましく、ナトリウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンを450mmol/L以上さらに含ませると、中性領域でのAAV溶出をさらに効率的に行なえるため、より好ましい。
【0040】
ホフマイスター系列(Hofmeister series)とは、イオンと水を構造化させる能力の順に配列したものである。具体的には、陰イオンでは水を構造化させる能力の高い順に、炭酸イオン(CO3
2-)、硫酸イオン(SO4
2-)、チオ硫酸イオン(S2O3
2-)、リン酸二水素イオン(H2PO4
-)、フッ素イオン(F-)、塩化物イオン(Cl-)、臭化物イオン(Br-)、硝酸イオン(NO3
-)、ヨウ化物イオン(I-)、過塩素酸イオン(ClO4
-)、チオシアン酸イオン(SCN-)であり、陽イオンでは水を構造化させる能力の高い順に、テトラメチルアンモニウムイオン(N(CH3)4
+)、アンモニウムイオン(NH4
+)、セシウムイオン(Cs+)、ルビジウムイオン(Rb+)、カリウムイオン(K+)、ナトリウムイオン(Na+)、リチウムイオン(Li+)、カルシウムイオン(Ca2+)、マグネシウムイオン(Mg2+)、亜鉛イオン(Zn2+)、バリウムイオン(Ba2+)である(ACS Omega,5,6229-6239(2020))。
【0041】
すなわち本発明において、塩化物イオン(Cl-)または当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンとは、前述したホフマイスター系列の具体例に基づくと、Cl-、Br-、NO3
-、I-、ClO4
-、SCN-のいずれかとなる。また前述したホフマイスター系列の具体例に基づくと、アンモニウムイオン(NH4
+)または当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンとは、NH4
+、Cs+、Rb+、K+、Na+、Li+、Ca2+、Mg2+、Zn2+、Ba2+のいずれかであり、ナトリウムイオン(Na+)または当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンとは、Na+、Li+、Ca2+、Mg2+、Zn2+、Ba2+のいずれかとなる。
【0042】
イオン濃度変化に基づくAAVの溶出は、単一イオン濃度を含む溶出液を用いたイソクラティック(isocratic)溶出で行なってもよいが、溶出液中のイオン濃度を溶出工程中に変化させるグラジエント(gradient)溶出のほうが、AAVを高効率かつ高純度に精製できる点で好ましい。なおグラジエント溶出の方法に特に限定はなく、イオン濃度を段階的(ステップワイズ(stepwise))に変化させるグラジエントでもよく、イオン濃度を直線的(リニア(linear))な勾配をつけて変化させるグラジエントでもよい。溶出液のイオン濃度の変化のさせ方は、リガンドや不溶性担体などAAV吸着剤の構成要素により適宜決定すればよい。溶出液に含まれる塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンの濃度は、前述した通り800mmol/L以上であればよいが、1.2mol/L以上とすると好ましく、1.5mol/L以上とするとより好ましく、2.0mol/L以上5.0mol/L以下とするとさらにより好ましい。溶出液に含まれる陽イオン濃度は、450mmol/L以上とすると好ましく、650mmol/L以上とするとより好ましく、800mmol/L以上5.0mol/L以下とするとさらにより好ましい。
【0043】
本発明の精製方法で用いる溶出液を調製するには、例えば、塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンを含む、水溶性の塩を、陰イオンとして800mmol/L以上となるよう添加し、調製すればよい。前記塩の好ましい具体例として、アンモニウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンを含む塩である、塩化マグネシウム(MgCl2)、塩化カルシウム(CaCl2)、塩化リチウム(LiCl)、塩化アンモニウム(NH4Cl)、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、塩化セシウム(CsCl)、塩化ルビジウム(RbCl)、ヨウ化マグネシウム(MgI2)、チオシアン酸マグネシウム(Mg(SCN)2)、ヨウ化カルシウム(CaI2)、チオシアン酸カルシウム(Ca(SCN)2)、ヨウ化リチウム(LiI)、チオシアン酸リチウム(LiSCN)、ヨウ化アンモニウム(NH4I)、チオシアン酸アンモニウム(NH4SCN)、ヨウ化ナトリウム(NaI)、チオシアン酸ナトリウム(NaSCN)、ヨウ化カリウム(KI)、チオシアン酸カリウム(KSCN)があげられる。中でも、ナトリウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンを含む塩である、MgCl2、CaCl2、LiCl、NaCl、MgI2、Mg(SCN)2、CaI2、Ca(SCN)2、LiI、LiSCN、NaI、NaSCNを添加すると、より好ましい。
【0044】
溶出液で用いる中性緩衝液は、前述した溶媒置換に用いる緩衝液、平衡化液および/または洗浄液と同様、中性領域で緩衝能を有する緩衝液であればよく、具体的には、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、コハク酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、MES緩衝液が例示できる。また溶媒置換に用いる緩衝液、平衡化液および/または洗浄液における緩衝液と同一の緩衝液としてもよく、異なる緩衝液としてもよい。
【実施例0045】
以下、実施例を用いて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0046】
実施例1 アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターの調製
以降の実施例でAAVとして使用するAAVベクターを以下の方法で調製した。
【0047】
(1)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるEGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)をコードするポリヌクレオチドの5’末端側に制限酵素EcoRI認識配列(GAATTC)を、3’末端側に終止コドン(TAG)およびBamHI認識配列(GGATTC)を、それぞれ付加したヌクレオチド配列(配列番号3)を設計した。
【0048】
(2)配列番号3に記載の配列からなるポリヌクレオチドを全合成しプラスミドにクローニングした(FASMAC社に委託、pUC-EGFPと命名)。pUC-EGFPで大腸菌JM109株を形質転換し、得られた形質転換体を培養した。培養液からQIAprep Spin Miniprep kit(キアゲン社製)を用いてpUC-EGFPを抽出した。
【0049】
(3)(2)で得られたpUC-EGFPを制限酵素EcoRIとBamHIで消化後、あらかじめ制限酵素EcoRIとBamHIで消化した発現ベクターpAAV-CMV(タカラバイオ社製)にライゲーションし、当該ライゲーション産物を用いて大腸菌JM109株を形質転換した。
【0050】
(4)(3)で得られた形質転換体を、100μg/mLのカルベニシリンを含む2YT培地(1.6%(w/v)Tryptone、1%(w/v)Yeast Extract、0.5%(w/v)塩化ナトリウム)1Lが入った、5Lバッフルフラスコにて、37℃で一晩振とう培養した。培養終了後、遠心分離することで菌体を回収した。Plasmid Mega Kit(キアゲン社製)を用いて、回収した菌体からpAAV-EGFPを大量に調製した。
【0051】
(5)血清型1(AAV1)、血清型2(AAV2)、血清型5(AAV5)および血清型8(AAV8)のうちいずれかのカプシドをコードするポリヌクレオチドを含むプラスミド(以下、総称して「pRCX Vector」とも表記)およびpHelper Vector(タカラバイオ社製)を用いて大腸菌JM109株を形質転換した。得られた形質転換体を用いて(4)と同様の操作を行なうことで、pRCX VectorおよびpHelperを大量に調製した。
【0052】
(6)10%(v/v)のウシ血清を含むD-MEM培地(富士フイルム和光純薬社製)45mLが入ったT-225フラスコ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)10枚でHEK293T細胞を培養した。そこへ(4)で調製したpAAV-EGFP、(5)で調製したpRCX VectorおよびpHelperならびにポリエチレンイミン(Polysciences社製)の複合体を添加することで遺伝子導入し、5%(v/v)の二酸化炭素、37℃の条件で3日間静置培養した。培養後、遠心分離により剥離した細胞を回収し、T-225フラスコ5枚分から得られた細胞ごとに-80℃で冷凍保存した。
【0053】
(7)(6)で得られた冷凍細胞を解凍し、0.5mol/Lの塩化ナトリウム、4mmol/Lの塩化マグネシウムおよび0.01%(w/v)のTween 20(商品名)を含む20mmol/Lのトリス塩酸緩衝液(pH7.4)10mLに懸濁した。Benzonase(メルクミリポア社製)を1/2000量加えて37℃で1時間静置後、13000×g、4℃で10分間遠心分離し上清を得た。得られた上清に15%飽和となるよう硫安を添加し、再度同条件で遠心分離した。得られた上清を孔径0.45μmのフィルターに供し、浮遊物を除去した。
【0054】
(8)浮遊物を除去した上清を、あらかじめ0.5mol/Lの塩化ナトリウムを含む20mmol/Lのトリス塩酸緩衝液(pH8.0)(以下、「平衡化液A」とも表記する)で平衡化した、5mLのAVB Sepharoseカラム(サイティバ社製、AAV2-EGFP精製用)またはPOROS AAVXカラム(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、AAV2-EGFP以外精製用))にアプライした。
【0055】
(9)平衡化液Aで洗浄後、0.5mol/Lの塩化ナトリウムを含む0.1mol/Lの酢酸緩衝液(pH2.5)で溶出した。得られた溶出液に、20mmol/Lの塩化マグネシウムを含む1mol/Lのトリス塩酸緩衝液(pH8.5)を1/4量加えることで中和し、AAVベクターであるAAV1-EGFP、AAV2-EGFP、AAV5-EGFPおよびAAV8-EGFP溶液を得た(以下、総称して「AAVX-EGFP」とも表記)。
【0056】
(10)(9)で得られた溶液中のAAVX-EGFP濃度を、AAVpro Titration Kit(タカラバイオ社製)を用いてqPCRで定量した。また前記溶液をSDS-PAGEに供し、Pierce Silver Stain Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて銀染色することで前記溶液中に含まれるAAVベクターの純度を確認し、問題ないことを確認した。
【0057】
実施例2 AAV結合性タンパク質の調製
(A-1)配列番号4から7のいずれかに記載のアミノ酸配列からなるAAV結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドで大腸菌株BL21(DE3)ないしW3110を形質転換し得られた、これらAAV結合性タンパク質を発現可能な形質転換体を、50μg/mLのカナマイシンを含む3mLないし50mLの2YT液体培地に接種し、37℃で一晩、好気的に振とう培養することで前培養を行なった。
なお配列番号4から7において、1番目のメチオニン(Met)から22番目のアラニン(Ala)までがPelBシグナルペプチドであり、
配列番号4および5において、25番目のセリン(Ser)から213番目のアスパラギン酸(Asp)までがAAV結合性タンパク質AVR m10sであり、
配列番号6および7において、25番目のセリン(Ser)から213番目のアスパラギン酸(Asp)までがAAV結合性タンパク質AVR m11aであり、
配列番号5および7において、214番目から219番目のヒスチジン(His)がヒスチジンタグであり、
配列番号4から7のC末端側7残基が、不溶性担体へ固定化する際に有用な、システイン(Cys)を含むオリゴペプチドである。
またAVR m10sおよびAVR m11aはいずれも、KIAA0319L(UniProt No.Q8IZA0)の細胞外領域ドメイン1(PKD1)およびドメイン2(PKD2)に相当する、配列番号1の312番目から500番までアミノ酸残基からなるポリペプチドのアミノ酸置換体であり、AVR m10sは以下の(i)から(x)のアミノ酸置換が、AVR m11aは以下の(i)から(xi)のアミノ酸置換が、それぞれ生じたポリペプチドである。
(i)配列番号1の317番目(配列番号4から7では30番目)のバリン(Val)がアスパラギン酸(Asp)に置換
(ii)配列番号1の342番目(配列番号4から7では55番目)のチロシン(Tyr)がセリン(Ser)に置換
(iii)配列番号1の362番目(配列番号4から7では75番目)のリジン(Lys)がグルタミン酸(Glu)に置換
(iv)配列番号1の371番目(配列番号4から7では84番目)のリジン(Lys)がアスパラギン(Asn)に置換
(v)配列番号1の381番目(配列番号4から7では94番目)のバリン(Val)がアラニン(Ala)に置換
(vi)配列番号1の382番目(配列番号4から7では95番目)のイソロイシン(Ile)がバリン(Val)に置換
(vii)配列番号1の390番目(配列番号4から7では103番目)のグリシン(Gly)がセリン(Ser)に置換
(viii)配列番号1の399番目(配列番号4から7では112番目)のリジン(Lys)がグルタミン酸(Glu)に置換
(ix)配列番号1の476番目(配列番号4から7では189番目)のセリン(Ser)がアルギニン(Arg)に置換
(x)配列番号1の487番目(配列番号4から7では200番目)のアスパラギン(Asn)がアスパラギン酸(Asp)に置換
(xi)配列番号1の330番目(配列番号6および7では43番目)のアラニン(Ala)がバリン(Val)に置換。
【0058】
このうち、配列番号5および7に記載のアミノ酸配列からなるAAV結合性タンパク質は、以下の(A-2)から(A-7)に示す方法により調製した。
【0059】
(A-2)1Lのバッフルフラスコに50μg/mLのカナマイシンを添加した200mLの2YT液体培地に(A-1)の前培養液を2mL接種し、37℃で好気的に振とう培養を行なった。
【0060】
(A-3)培養開始2.0時間後、氷上にて冷却し、終濃度0.1mmol/LとなるようIPTG(IsoPropyl-β-D-ThioGalactopyranoside)を添加後、引き続き25℃で一晩、好気的に振とう培養した。
【0061】
(A-4)培養終了後、培養液を4℃、8000rpmで20分間遠心分離することで菌体を回収した。
【0062】
(A-5)(A-4)で回収した菌体を150mmol/Lの塩化ナトリウム、20mmol/Lのイミダゾールを含む20mmol/Lのトリス塩酸緩衝液(pH7.4)に5mL/1g(菌体)となるように懸濁後、超音波発生装置(インソネーター201M[久保田商事社製])を用いて、8℃で約10分間、約150Wの出力で菌体を破砕した。菌体破砕液は4℃で20分間、8000rpmの遠心分離を2回行ない、上清を回収した。
【0063】
(A-6)(A-5)で得られた上清を、あらかじめ150mmol/Lの塩化ナトリウムおよび20mmol/Lのイミダゾールを含むトリス塩酸緩衝液(pH7.4)(以下、「平衡化液B」とも表記する)で平衡化した、Ni Sepharose 6 Fast Flow(サイティバ社製)50mLを充填したXK26/20カラム(サイティバ社製)にアプライした。平衡化液Bで洗浄後、0.5mol/Lのイミダゾールおよび150mmol/Lの塩化ナトリウムを含む20mMのトリス塩酸緩衝液(pH7.4)で溶出した。
【0064】
(A-7)(A-6)で得た溶出液を、150mmol/Lの塩化ナトリウムを含む20mmol/Lのトリス緩衝液(pH7.4)で透析することで、AAV吸着剤作製に必要な量のAAV結合性タンパク質(配列番号5および7)を調製した。
【0065】
一方、配列番号4および6に記載のアミノ酸配列からなるAAV結合性タンパク質は、以下の(B-1)から(B-9)に示す方法により調製した。
【0066】
(B-1)オートクレーブ滅菌済の本培養培地(4.0%(w/v)酵母エキス、0.3%(w/v)リン酸三ナトリウム・十二水和物、0.9%(w/v)リン酸水素二ナトリウム・十二水和物、0.2%(w/v)硫酸マグネシウム・七水和物、0.2%(w/v)塩化アンモニウム、1.0%(w/v)グルコース、10mg/L硫酸鉄(II)七水和物、5mg/L塩化マンガン・四水和物、50μg/mLカナマイシン)1.2Lが入った3L容量の培養槽に、(A-1)の前培養液36mLを添加し、温度30℃、撹拌数400rpm、pH6.9から7.1、通気量(空気)1.5L/分、溶存酸素濃度が飽和濃度の約30%になるよう、撹拌回転数(最大700rpm)を自動制御する条件で本培養を開始した。なお、培地中のグルコースが消費され枯渇した時点で流加培地(42.5%(w/v)グルコース、14.2%(w/v)酵母エキス、1.2%(w/v)硫酸マグネシウム・七水和物)をDOスタット法で添加した。
【0067】
(B-2)本培養開始から17時間後に0.5mol/L IPTG(IsoPropyl β-D-1-ThioGalactopyranoside)を1.5mL添加し、温度25℃に、撹拌数を600rpmに変更して、さらに46時間培養を行なった。得られた培養液を遠心分離し、AAV結合性タンパク質を含む大腸菌の菌体を回収した。
【0068】
(B-3)(B-2)で回収した菌体1g(湿重量)に対して、抽出液(1mmol/L EDTA(pH8.0)、2mmol/L硫酸マグネシウム、250units/L Benzonase(メルク社製)、0.005%(w/v)リゾチーム、0.5%(w/v)Triton X-100(商品名)を含む50mmol/Lリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0))を5mL加えることで、菌体内に発現した前記タンパク質を抽出した。
【0069】
(B-4)菌体抽出液を遠心分離し、上清を回収後、0.2μmのフィルターでろ過することで、AAV結合性タンパク質抽出液を得、これをAAV結合性タンパク質を含む試料とした。
【0070】
(B-5)100mmol/L塩化ナトリウムを含む50mmol/Lトリス塩酸緩衝液(pH7.5)(平衡化液A)であらかじめ平衡化した、陰イオン交換クロマトグラフィ用担体(TOYOPEARL SuperQ-650S、東ソー社製)を充填した陰イオン交換カラム(容量2mL)に、(B-4)で得られた、AAV結合性タンパク質を含む試料(5mL)を、流速0.5mL/minでアプライし、前記担体にAAV結合性タンパク質を吸着させた。
【0071】
(B-6)平衡化液A12mLを用いて、陰イオン交換カラム内の不純物を洗い流す、洗浄工程を実施した。
【0072】
(B-7)(a)200mmol/L塩化ナトリウム、(b)150mmol/L塩化ナトリウム、および(c)180mmol/L塩化ナトリウムのいずれかを含む、50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)12mLを用いて、陰イオン交換クロマトグラフィ用担体に吸着したAAV結合性タンパク質を溶出させ、AAV結合性タンパク質を含む画分を回収した。
【0073】
(B-8)(B-7)で得た溶出液を、150mmol/Lの塩化ナトリウムを含む20mmol/Lのトリス緩衝液(pH7.4)で透析することで、AAV吸着剤作製に必要な量のAAV結合性タンパク質(配列番号4および6)を調製した。
【0074】
(B-9)1mol/L塩化ナトリウムを含む50mmol/Lトリス塩酸緩衝液(pH7.5)9mLを用いて、陰イオン交換カラム内に残存したタンパク質を洗い流す、洗浄工程を実施した。
【0075】
(B-10)(B-7)で回収したAAV結合性タンパク質を含む画分のうち、(a)の緩衝液で溶出した画分を、サイズ排除クロマトグラフィ(使用カラム:TSKGel G2000SWXL、東ソー社製)およびSDS-PAGE(SDS-ポリアクリルアミド電気泳動)に供し、AAV結合性タンパク質の純度を確認した。
以降、配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるAAV結合性タンパク質をAVR m10s_T1と、配列番号5に記載のアミノ酸配列からなるAAV結合性タンパク質をAVR m10s_HT1と、配列番号6に記載のアミノ酸配列からなるAAV結合性タンパク質をAVR m11a_T1と、配列番号7に記載のアミノ酸配列からなるAAV結合性タンパク質をAVR m11a_HT1と、それぞれ命名する。
【0076】
実施例3 AAV吸着剤の作製
(1)分離剤用親水性ビニルポリマー(東ソー社製:トヨパール)の表面のヒドロキシ基に化学修飾を施すことでヨードアセトアミド基を導入したゲルを調製し、これをAAV結合性タンパク質に固定化させる不溶性担体として用いた。
【0077】
(2)(1)で調製したゲル7gに、実施例2で調製したAAV結合性タンパク質を14mgおよび還元剤として終濃度0.3mmol/LのTCEP(Tris(2-CarboxyEthyl)Phosphine)を加え、pH8.1、25℃の条件で3時間振とうすることで反応させた。これによりAAV吸着剤である、AAV結合性タンパク質を固定化したゲル(以降、AAVR固定化ゲルとも表記)を調製した。AVR m10s_T1(配列番号4)を不溶性担体に固定化して得られたゲルをm10s_T1固定化ゲルと、AVR m10s_HT1(配列番号5)を不溶性担体に固定化して得られたゲルをm10s_HT1固定化ゲルと、AVR m11a_T1(配列番号6)を不溶性担体に固定化して得られたゲルをm11a_T1固定化ゲルと、AVR m11a_HT1(配列番号7)を不溶性担体に固定化して得られたゲルをm11a_HT1固定化ゲルと、それぞれ命名する。
【0078】
実施例4 AAVR固定化ゲルによるAAV精製(その1)
(1)実施例3で調製したAAVR固定化ゲルまたは市販のAAV吸着剤であるPOROS AAVX(抗AAV重鎖抗体可変領域(VHH)抗体、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)約5μLを、それぞれコスモスピンフィルターG(ナカライテスク社製)に充填し、AAV精製用ミニカラムを作製した。
【0079】
(2)(1)で作製したミニカラムに、150mmol/L塩化ナトリウムおよび10mmol/Lの塩化カルシウム溶液を含む50mmol/Lの酢酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)(以下、「溶液A」とも表記する)195μLを添加し、遠心操作で液除去することで当該カラムを平衡化した。
【0080】
(3)平衡化後のミニカラムに、実施例1で調製したAAV8-EGFP溶液(濃度:1013VG(ベクターゲノム)/mL)を5μLアプライし、25℃、180rpmで15分間振とう後、遠心操作でミニカラム内のろ液200μLを回収した。
【0081】
(4)再度ミニカラムに溶液Aを200μL添加し、遠心操作によりろ液200μLを回収した。(3)で得られた、ろ液と合わせ(計400μL)、これを「Flow through」と命名した。
【0082】
(5)ミニカラムに溶液Aを200μL添加し、遠心操作で液除去することで当該カラムを洗浄した。前記操作で得られた洗浄液200μLを「Wash」と命名した。
【0083】
(6)表1に記載の組成からなる中性緩衝液(溶液B)200μLをミニカラムに添加し、25℃、180rpmで15分間振とうした。振とう後、遠心操作で溶出液200μLを回収した。
【0084】
【0085】
(7)(6)の操作を再度行ない溶出液200μLを回収した。
【0086】
(8)さらにミニカラムに溶液Bを200μL添加し、遠心操作でろ液を除去することで当該カラムを洗浄した(200μL)。(6)および(7)で回収した溶出液ならびに前記ろ液を合わせ(計600μL)、これを溶液Bで溶出した画分とし「Elute 1」と命名した。
【0087】
(9)ミニカラムに500mmol/Lの塩化ナトリウムを含む50mmol/L酢酸緩衝液(pH2.0)(溶液C)を200μL添加し、25℃、180rpmで15分間振とうした。振とう後、遠心操作を行ない、溶出液200μLを、中和緩衝液(20mmol/Lの塩化マグネシウムを含む1mol/Lのトリス塩酸緩衝液(pH8.5))150μLを入れたチューブに回収し、当該溶出液を中和させた。
【0088】
(10)(9)の操作を再度行ない、溶出液200μLを、(9)の溶出液および中和緩衝液が入ったチューブに回収した。
【0089】
(11)さらにミニカラムに溶液Cを200μL添加し、遠心操作でろ液を除去することで当該カラムを洗浄した。洗浄液200μLは、(9)および(10)の溶出液ならびに中和緩衝液が入ったチューブに回収し、これを溶液Cで溶出した画分とし「Elute 2」と命名した(計750μL)。
【0090】
(12)(4)で得られたFlow Through、(5)で得られたWash、(8)で得られたElute 1、および(11)で得られたElute 2に含まれるAAV8-EGFPベクターゲノム数を、AAVpro Titration Kit(タカラバイオ社製)を用いてqPCRで定量した。
【0091】
溶液Bの違いによる、Elute 1とElute 2に含まれるAAV8-EGFPベクターゲノム数の割合を比較した結果を
図1に示す。なおFlow ThroughおよびWashに含まれるAAV8-EGFPベクターゲノム数の割合は、合わせても最大0.7%であり、AAV吸着剤に未吸着のAAVがElute 1に含まれていたとしても誤差範囲のため、結果からは除外している。また
図1のうち、
a)はAAV吸着剤としてm11a_T1(配列番号6)固定化ゲルを、溶液Bとして表1のB-1からB-9のいずれかに示す組成からなる溶液を、それぞれ用いたときの結果を示しており、
b)はAAV吸着剤としてPOROS AAVX(サーモフィッシャー社製)を、溶液Bとして表1のB-1およびB-9のいずれかに示す組成からなる溶液を、それぞれ用いたときの結果を示しており、
c)はAAV吸着剤としてm11a_T1(配列番号6)固定化ゲルを、溶液Bとして表1のB-1、B-7、B-10およびB-11のいずれかに示す組成からなる溶液を、それぞれ用いたときの結果を示している。
【0092】
塩化物イオンを150mmol/L含む中性緩衝液ではAAVがElute 1(溶液Bでの溶出画分)にほとんど溶出されなかった(表1の溶液B-1およびB-2)が、塩化物イオンを1.0mol/L以上さらに含ませる(すなわち中性緩衝液に含まれる塩化物イオンとして1.2mol/L以上にする)とAAVがElute 1に溶出されるようになった(表1の溶液B-5からB-11)。一方、塩化物イオンの代わりに硫酸イオンを添加すると、Elute 1にAAVが全く溶出されなかった(表1の溶液B-3およびB-4)。硫酸イオンは塩化物イオンよりホフマイスター系列の大きい陰イオンである。以上の結果より、不溶性担体と当該担体に固定化したAAV結合性タンパク質とを含む吸着剤に吸着したAAVを中性領域で溶出させるには、塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列の小さい陰イオンを800mmol/L以上含ませる必要があることがわかる。
【0093】
また、表1のB-5からB-9での結果(
図1のa))より、中性緩衝液に添加する陽イオンとして、カリウムイオン(表1の溶液B-5)、アンモニウムイオン(表1の溶液B-6)、ナトリウムイオン(表1の溶液B-7)、カルシウムイオン(表1の溶液B-8)、およびマグネシウムイオン(表1の溶液B-9)のいずれを用いても、塩化物イオンを800mmol/L以上含ませることにより、AAVがElute 1に溶出されたことから、中性緩衝液に添加する陽イオンは、少なくともアンモニウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンであればよいことがわかる。
【0094】
また、中性緩衝液に添加する陽イオンとして、ナトリウムイオン(表1の溶液B-7)、カルシウムイオン(表1の溶液B-8)、およびマグネシウムイオン(表1の溶液B-9)のいずれかを用いると、カリウムイオン(表1の溶液B-5)やアンモニウムイオン(表1の溶液B-6)を添加したときと比較し、Elute 1に溶出されるAAVの割合がより増大したことから、中性緩衝液に添加する陽イオンとして、ナトリウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列の小さい陽イオンを用いると、より好ましいことがわかる。
【0095】
さらに
図1のc)の結果(表1の溶液B-7、B-10およびB-11)より、表2の1に示す組成からなる中性緩衝液にさらに含ませる塩化物イオンを、1.0mol/L(表1の溶液B-10、中性緩衝液に含まれる塩化物イオン濃度としては1.2mol/L)から、3.0mol/L(表1の溶液B-11、中性緩衝液に含まれる塩化物イオン濃度としては3.2mol/L)または4.5mol/L(表1の溶液B-7、中性緩衝液に含まれる塩化物イオン濃度としては4.7mol/L)にすることでElute 1に溶出されるAAVの割合が増大することがわかる。以上の結果から、中性緩衝液に含ませる塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列の小さい陰イオンの濃度は1.5mol/L以上とすると好ましく、2.0mol/L以上5.0mol/L以下とするとさらに好ましいことがわかる。
【0096】
実施例5 緩衝液のpHおよび塩濃度によるAAV感染力価への影響
実施例4より、塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列の小さい陰イオンを800mmol/L以上含ませることで、中性領域であってもAAV吸着剤に吸着したAAVを溶出できることがわかった。そこで前記高濃度の陰イオンがAAVの感染力価に影響しないか、評価した。
【0097】
(1)実施例1で調製したAAV2-EGFP溶液またはAAV8-EGFP溶液(濃度はともに1.9×1013cp/mL)30μLを透析膜に入れた後、表2に示す組成からなる希釈液1から5のいずれかで10倍希釈し、25℃で12時間静置した。
【0098】
【0099】
(2)(1)の静置後、希釈液を封入した透析膜を透析液(組成は表2の希釈液1と同じ)1Lに移し替え、4℃で24時間透析した。
【0100】
(3)(2)の透析後、各透析膜中から取り出した溶液に含まれるAAV2-EGFPまたはAAV8-EGFP濃度を、AAVpro Titration Kit(タカラバイオ社製)を用いてqPCRで定量した。
【0101】
(4)(3)で得られた定量結果を基に、ベクターゲノム(VG)濃度として5.0×1010VG/mLに調整した、AAV2-EGFP溶液またはAAV8-EGFP溶液(以下、総称して「AAV感染溶液」とも表記)を調製した。
【0102】
(5)24ウェルマルチプレート(コーニング社製)の各ウェルにHEK293T細胞(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を5.0×105cell/mLの濃度で500μLずつ播種し、24時間培養した。培養後、細胞数を測定し、5.0×105/wellであることを確認した。
【0103】
(6)(5)の培養後のウェルに(4)で得られたAAV感染溶液を100μL添加し、37℃で24時間培養した。なお前記AAV感染溶液のうち、AAV2-EGFP溶液は希釈液1で10倍希釈したもの(濃度:5.0×109VG/mL)を添加し、AAV8-EGFP溶液はそのまま(濃度:5.0×1010VG/mL)添加した。すなわちHEK293T細胞1細胞当たりのAAV感染数は、AAV2-EGFPで1.0×103VGであり、AAV8-EGFPで1.0×104VGである。
【0104】
(7)(6)の培養後、各ウェルの培養上清をチューブに回収した。PBS(Phosphate-Buffered Saline)を添加してウェルを洗浄後、細胞剥離液TrpLE(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を100μL/well添加し、37℃で1分間インキュベートすることでウェルに付着した細胞の剥離処理を行なった。
【0105】
(8)(7)で回収した培養上清をウェルに添加することで剥離処理を止めた後、当該培養上清ごとチューブに戻し、これを検出溶液とした。
【0106】
(9)測定前に(8)の検出溶液をピペットで数回懸濁し、Guava easyCyte(ルミネックス社製)を用いて、各細胞で発現されたEGFP由来の蛍光強度を計測した。AAV感染溶液を添加していない細胞と比較して蛍光強度が増強した細胞の割合を計測することで、各AAV感染溶液に含まれるAAV2-EGFPまたはAAV8-EGFPに感染した細胞の割合(感染率)を算出した。
【0107】
希釈液の違いによる、AAV感染率を比較した結果を
図2に示す。希釈液1に対し、塩化物イオンを4.5mol/L(希釈液2、溶液中に含まれる塩化物イオン濃度としては4.7mol/L)または4.0mol/L(希釈液3および4、溶液中に含まれる塩化物イオン濃度としては4.2mol/L)添加しても、感染率への影響は殆どないことがわかる。以上の結果から、中性緩衝液であれば、5.0mol/Lの陰イオンが含まれていても、AAVが有する感染力価は維持されることがわかる。一方、酸性緩衝液(希釈液5、溶液中に含まれる塩化物イオン濃度としては150mmol/L)では、陰イオンをほとんど含まなくても感染率が大幅に低下した。以上の結果から、AAV吸着剤からのAAV溶出をpH低下で行なう従来の精製法では、感染力価が低下したAAVを取得するおそれがあることがわかる。
【0108】
実施例6 緩衝液の塩濃度によるクロマトグラムへの影響
実施例5より、高濃度の陰イオンが含まれていても中性緩衝液であれば、AAVが有する感染力価が維持されることがわかった。次に、高濃度の陰イオンを含む中性緩衝液を溶出液としたときの、クロマトグラムへの影響を評価した。
【0109】
(1)実施例3で調製したAAVR固定化ゲル1.25mLを、ステンレス製空カラム(φ4.6mm×75mm、東ソー社製)に充填し、AAV吸着剤カラムを作製した(以降、「AAVRカラム」とも表記)。
【0110】
(2)作製したAAVRカラムを、HPLC M40A(島津製作所社製)に接続し、表3に示す組成からなる溶液Aで平衡化後、実施例1で調製したAAV2-EGFPまたはAAV8-EGFP溶液(濃度はともに1.9×1012cp/mL)を、流速0.5mL/分で0.05mLアプライした。
【0111】
【0112】
(3)溶液Aで10分間洗浄後、表3に示す組成からなる溶液Bを、45分間で溶液Bが0%から100%になるリニアグラジエントとなるよう、AAVRカラムに送液した。グラジエント終了後は、表3に示す組成からなる溶液Cを送液することでAAVRカラムに残存するAAVを溶出後、表3に示す組成からなる溶液AをAAVRカラムに送液することで当該カラムを再平衡化した。
【0113】
(4)AAVRカラムから溶出したAAV2-EGFPおよびAAV8-EGFPを、280nm励起光に対する350nmの蛍光強度で検出した。
【0114】
得られたクロマトパターンを
図3に示す。
図3のうち、a)は表3に示す溶離液条件1で得られたクロマトグラムであり、b)は表3に示す溶離液条件2で得られたクロマトグラムである。表3に示す溶離液条件1および2、ともにAAVに相当する溶出ピークを確認した。具体的には、溶離液条件1では溶出時間32分付近にAAV2の溶出ピーク(
図3のa))が、溶離液条件2では溶出時間26分付近にAAV2の溶出ピークが、32分付近にAAV8の溶出ピークが(
図3のb))、それぞれ確認された。以上の結果から、中性緩衝液中に含まれる、塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンの濃度を変化させるグラジエントでAAVを溶出させることで、酸性緩衝液でAAVを溶出させたとき(WO2021/106882号)と同様のクロマトグラムが得られることがわかる。
【0115】
実施例7 中性緩衝液中に含まれるイオン濃度の検討
実施例4の結果、Elute 1(溶液Bでの溶出画分)へのAAV溶出量が最も良好であった、塩化マグネシウムを含む中性緩衝液(表1のB-9)を用い、中性緩衝液中に含まれるイオン濃度の最適値を検討した。
【0116】
具体的には、AAV精製用ミニカラムとして実施例3で調製したm11a_HT1(配列番号7)固定化ゲル約5μLをコスモスピンフィルターG(ナカライテスク社製)に充填し作製したカラムを、AAVベクターとして実施例1で調製したAAV2-EGFP溶液(濃度:1.2×1012VG/mL)を10μL、溶液Bとして表4に示すいずれかを、それぞれ用いた他は、実施例4と同様な方法で、Flow Through、Wash、Elute 1、およびElute 2に含まれるAAV2-EGFPベクターゲノム数を定量した。
【0117】
【0118】
溶液Bの違いによる、Flow Through、Wash、Elute 1、およびElute 2に含まれるAAV2-EGFPベクターゲノム数の比率を比較した結果を
図4に示す。なお、Flow ThroughとWashは合計値の比率で示している。
【0119】
塩化マグネシウム添加量250mmol/L(すなわち中性緩衝液に含まれる塩化物イオンとして650mmol/L)以下の溶液B(表4の溶液B-1、B-12およびB-13)では、Elute 1(溶液Bでの溶出画分)にAAVは殆ど含まれなかった。一方、塩化マグネシウム添加量500mmol/L(すなわち中性緩衝液に含まれる塩化物イオンとして1.2mol/L)以上の溶液B(表4の溶液B-14、B-15およびB-9)では、Elute 1(溶液Bでの溶出画分)にAAVが溶出されるようになり、1.0mol/L以上(中性緩衝液に含まれる塩化物イオンとしては2.2mol/L以上)添加するとほぼすべてのAAVがElute 1に溶出されていることがわかる。以上の結果より、AAV吸着剤に吸着したAAVを中性緩衝液で溶出させるには、塩化物イオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陰イオンを800mmol/L以上含ませる必要があり、1.5mol/L以上とすると好ましく、2.0mol/L以上5.0mol/L以下とするとさらに好ましいことがわかる。
【0120】
また
図4の結果を、中性緩衝液中に含まれるナトリウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンの濃度から評価すると、これらイオンの濃度が400mmol/L以下の溶液B(表4の溶液B-1、B-12およびB-13)では、Elute 1にAAVが殆ど含まれていないが、650mmol/L以上の溶液B(表4の溶液B-14、B-15およびB-9)とすると、Elute 1にAAVが溶出されるようになることがわかる。以上の結果から、中性緩衝液中に含まれるナトリウムイオンまたは当該イオンよりもホフマイスター系列が小さい陽イオンの濃度は450mmol/L以上含ませるとよく、650mmol/L以上とするとより好ましく、800mmol/L以上とするとさらに好ましく、1.0mol/L以上2.5mol/L以下とするとよりさらに好ましいことがわかる。
【0121】
実施例8 AAVR固定化ゲルによるAAV精製(その2)
AAV精製用ミニカラムとして実施例3で調製したm11a_T1(配列番号6)固定化ゲル約5μLをコスモスピンフィルターG(ナカライテスク社製)に充填し作製したカラムを、AAVベクターとして実施例1で調製したAAV1-EGFP溶液(濃度:3.0×1011VG/mL)40μL、AAV2-EGFP溶液(濃度:1.5×1012VG/mL)10μL、AAV5-EGFP溶液(濃度:1.1×1012VG/mL)10μLおよびAAV8-EGFP溶液(濃度:1.2×1012VG/mL)10μLのいずれかを、溶液A、BおよびCとして表5の溶離液条件3および4に示す溶液を、それぞれ用いた他は、実施例4と同様な方法で、Flow Through、Wash、Elute 1、およびElute 2に含まれるAAVベクターゲノム数を定量した。
【0122】
【0123】
Elute 1とElute 2に含まれるAAVベクターゲノム数の割合を比較した結果を
図5に示す。なおFlow ThroughおよびWashに含まれるAAVベクターゲノム数の割合は、合わせても最大0.7%であり、AAV吸着剤に未吸着のAAVがElute 1に含まれていたとしても誤差範囲のため、結果からは除外している。いずれの血清型を用いても、Elute 1に80%以上のAAVが溶出されており、本発明の精製方法は血清型を問わず適用できることがわかる。
【0124】
実施例9 AAVR固定化ゲルによるAAV精製(その3)
実施例8では、AAV吸着剤としてm11a_T1(配列番号6)固定化ゲルを用いたが、本実施例ではm11a_T1(配列番号6)以外のAAV結合性タンパク質を固定化したゲルをAAV吸着剤として用い、本発明の精製を行なった。
【0125】
具体的には、AAV精製用ミニカラムとして実施例3で調製したm10s_T1(配列番号4)固定化ゲルまたはm10s_HT1(配列番号5)固定化ゲル約5μLをコスモスピンフィルターG(ナカライテスク社製)に充填し作製したカラムを、AAVベクターとして実施例1で調製したAAV1-EGFP溶液(濃度:3.0×1011VG/mL)40μL、AAV2-EGFP溶液(濃度:1.5×1012VG/mL)10μL、AAV5-EGFP溶液(濃度:1.1×1012VG/mL)10μLおよびAAV8-EGFP溶液(濃度:1.2×1012VG/mL)10μLのいずれかを、溶液A、BおよびCとして表5の溶離液条件3に示す溶液を、それぞれ用いた他は、実施例4と同様な方法で、Flow Through、Wash、Elute 1、およびElute 2に含まれるAAVベクターゲノム数を定量した。
【0126】
結果を
図6に示す。
図6のうち、a)はAAV吸着剤としてm10s_T1(配列番号4)固定化ゲルを、b)はAAV吸着剤としてm10s_HT1(配列番号5)固定化ゲルを、それぞれ用いたときの結果である。AAV吸着剤を、m10s_T1(配列番号4)固定化ゲルまたはm10s_HT1(配列番号5)固定化ゲルに替えても、全ての血清型でElute 1にAAVが溶出されていることがわかる。以上の結果から、本発明の精製法は、AAV吸着剤のリガンド(AAV結合性タンパク質)に依存せず実施できることがわかる。
【0127】
なおAAV5は、m11a_T1(配列番号6)固定化ゲル(実施例8)をAAV吸着剤として用いたときのほうが、Elute 1へのAAV溶出比率が優れていた。以上の結果から、遺伝子型を問わず中性領域で高効率にAAVを精製したい場合は、m11a_T1(配列番号6)固定化ゲルをAAV吸着剤としたほうが好ましいことがわかる。