(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023184552
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】構造部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20231221BHJP
C04B 41/87 20060101ALI20231221BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20231221BHJP
【FI】
C23C26/00 E
C04B41/87 N
B23B27/14 A
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023176035
(22)【出願日】2023-10-11
(62)【分割の表示】P 2019092061の分割
【原出願日】2019-05-15
(31)【優先権主張番号】P 2018097504
(32)【優先日】2018-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(74)【代理人】
【識別番号】100114292
【弁理士】
【氏名又は名称】来間 清志
(72)【発明者】
【氏名】江龍 修
(57)【要約】
【課題】切削加工において剥がれることがあるコーティング加工の問題を解決し、剥がれにくい薄膜層を有する構造部材を提供することである。
【解決手段】素部材(3)に機能部材を塗布し、その機能部材を含めてパルスレーザー照射を行うことで、素部材(3)に機能部材をドーピングすることで、構造部材(3)と機能部材が化学的に結合し、その化学的に結合した剥がれることのない薄膜状層を有する構造部材として形成する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料またはセラミック材料からなる素部材の表面に薄膜層を有する構造部材であって、
前記薄膜層は、前記素部材と、原子、分子、及び構造体からなる群より選ばれた一種類以上の前記素部材より機械的特性の高い機能部材とを含み、
前記機能部材の割合が、前記薄膜層の表面側が高く、前記素部材との界面側が低い傾斜的構造層であることを特徴とする構造部材。
【請求項2】
前記素部材は、超硬合金であることを特徴とする請求項1に記載する構造部材。
【請求項3】
金属材料またはセラミック材料からなる素部材の表面に、原子又は、分子、及び構造体からなる群より選ばれた一種類以上の前記素部材より機械的特性の高い機能部材を、固相、液相又は気相の状態で吸着させる吸着工程と、
前記機能部材を吸着させた表面にパルスレーザーを照射し、または前記機能部材を吸着させながら表面にパルスレーザを照射し、前記素部材と前記機能部材を相互に拡散させて、前記機能部材の割合が、表面側が高く、前記素部材との界面側が低い傾斜的な割合である薄膜層を形成する拡散工程とを有することを特徴とする構造部材の製造方法。
【請求項4】
前記パルスレーザーのパルス幅はフェムト秒からナノ秒、波長は300から1200nmであることを特徴とする請求項3に記載の構造部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料等からなる素部材の表面に薄膜層を有する構造部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金切削工具の表面には、切削性を高め長寿命とするため、硬い材料を含むコーティング加工がおこなわれている。
【0003】
特許文献1には、基材の表面に金属窒化物、金属炭化物等からなる硬質保護膜を備える超硬工具が記載されている。
【0004】
特許文献2には、超硬合金からなる工具基材に、フェムト秒レーザーピーニングによる表面処理を施した後、硬質皮膜を被覆した工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2017-56499号公報
【特許文献2】特開2013-107143号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の切削工具の表面に設けられている硬質被膜は、切削工具を用いて切削加工を行うことにより剥がれることがあった。
本発明の課題は、上記の問題を解決し、切削加工を行っても剥がれにくい薄膜層を有する構造部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
課題を解決するための手段は、以下のとおりである。
(1)金属材料またはセラミック材料からなる素部材の表面に薄膜層を有する構造部材であって、
前記薄膜層は、前記素部材と、原子、分子、及び構造体からなる群より選ばれた一種類以上の前記素部材より機械的特性の高い機能部材とを含み、
前記機能部材の割合が、前記薄膜層の表面側が高く、前記素部材との界面側が低い傾斜的構造層であることを特徴とする構造部材。
(2)前記素部材は、超硬合金であることを特徴とする(1)に記載の構造部材。
【0008】
(3)金属材料またはセラミック材料からなる素部材の表面に、原子又は、分子、及び構造体からなる群より選ばれた一種類以上の前記素部材より機械的特性の高い機能部材を、固相、液相又は気相の状態で吸着させる吸着工程と、
前記機能部材を吸着させた表面にパルスレーザーを照射し、または前記機能部材を吸着させながら表面にパルスレーザを照射し、前記素部材と前記機能部材を相互に拡散させて、前記機能部材の割合が、表面側が高く、前記素部材との界面側が低い傾斜的な割合である薄膜層を形成する拡散工程とを有することを特徴とする構造部材の製造方法。
(4)前記パルスレーザーのパルス幅はフェムト秒からナノ秒、波長は300から1200nmであることを特徴とする(3)に記載の構造部材の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、切削加工を行っても剥がれにくい薄膜層を有する構造部材を提供できる。したがって、本発明の構造部材は、切削工具の材料として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の第1実施形態である構造部材の概念図を示す図である。
【
図2】本発明の構造部材を製造する際に使用する製造装置の一例を示した写真である。
【
図3】実施例1の薄膜状層付き超硬刃物チップ(31)の表面(×50倍)の写真である。
【
図4】薄膜状層付き超硬刃物チップの耐摩耗性の評価結果を示す図である。
【
図5】CMP砥石として薄膜状層付き超硬刃物チップを研磨した評価結果を示す写真である。
【
図6】薄膜状層付き超硬刃物チップを用いた旋削加工の評価方法を示す図である。
【
図7】実施例3、比較例4~6の工具の切削可能距離と被削材表面温度との関係を示したグラフである。
【
図8】実施例4の構造部材を、二次イオン質量分析法(SIMS)を用いて分析した結果を示すグラフである。
【
図9】実施例5の構造部材を実態顕微鏡で観察した顕微鏡写真である。
【
図10】実施例5の構造部材を微分干渉顕微鏡で観察した顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0012】
(第1実施形態)
図1に、本発明の第1実施形態である構造部材(1)の概念図を示す。
図1(a)は、第1実施形態の構造部材(1)の概略断面図である。
図1(b)は、構造部材(1)中の機能部材の割合と、構造部材(1)の厚みとの関係とを示したグラフである。
構造部材(1)は、
図1(a)に示すように素部材(3)と薄膜状層(5)(特許請求の範囲における「薄膜層」に対応する。)からなる。素部材(3)は、金属材料またはセラミック材料である。薄膜状層(5)は、素部材(3)と素部材(3)より機械的特性が良い(高い)機能部材(10)からなる。
【0013】
薄膜状層(5)では、機能部材(10)が素部材(3)に拡散している。構造部材(1)中の機能部材(10)の拡散の状態(割合)は、
図1(b)に示すように、薄膜状層(5)の表面側が高く、薄膜状層(5)と素部材(3)との界面側が低い傾斜的な割合である。すなわち薄膜状層(5)の厚み方向について、薄膜状層(5)の表面積における機能部材(10)の割合(例えば、単位面積当たりの機能部材の質量)を100%としたとき、機能部材(10)の割合は、内部の素部材(3)との界面に向かって減少する傾斜的な割合となる構造である。
図1(b)においては、構造部材(1)の一例として、薄膜状層(5)中の機能部材(10)の割合が、薄膜状層(5)の厚さに比例している場合を例に挙げて示しているが、薄膜状層(5)中の機能部材(10)の割合は、薄膜状層(5)の厚さに比例していなくてもよい。
【0014】
薄膜状層(5)中の機能部材(10)の割合が傾斜的な構造となるのは、構造部材(1)の製造方法に依存する。即ち、素部材(3)の表面に機能部材(10)を吸着させ、パルスレーザー(23)を照射して、素部材(3)と機能部材(10)を相互に拡散させているからである。機能部材(10)および素部材(3)に、パルスレーザー(23)が照射されると、機能部材(10)および素部材(3)の電子が振動され、更に高密度に電子が励起されることで原子間隔が広くなる。よって、素部材(3)と機能部材(10)が原子レベルで相互に拡散され、薄膜状層(5)中の機能部材(10)の割合は、上述のような傾斜的な構造となる。以下、これをドーピングという。
【0015】
ドーピングにより形成された薄膜状層(5)は、その内部においては素部材(3)と機能部材(10)が一体的に結合されている。また、薄膜状層(5)と素部材(3)との界面も一体的に結合されている。よって、構造部材(1)から機能部材(10)が欠落すること、および構造部材(1)から薄膜状層(5)が剥離することは無い。
【0016】
素部材(3)は、金属材料またはセラミック材料からなる。
金属材料としては、例えば超硬合金、ステンレス、高速度鋼(ハイス)などがある。
超硬合金は、主に炭化タングステン(WC)とバインダであるコバルト(Co)とを含む混合物を焼結したものである。
セラミック材料としては、金属や非金属の酸化物、炭化物、窒化物、ホウ化物などの無機化合物から適宜に選択され、酸化物系にはアルミナ、ジルコニア、チタン酸バリウム、炭化物系としては炭化ケイ素、窒化物系としては窒化ケイ素などがありサーメット(酸化物・セラミクス)は代表例である。
【0017】
ドーピングに用いる機能部材(10)には、原子(11)、分子(13)、及び構造体(15)からなる群より選ばれた一種類以上の機能部材(10)であって、素部材(3)の機械的特性を向上させるために、素部材(3)より機械的特性の高い材料を用いる。機械的特性とは、硬さ、靭性、摩耗性、耐食性などである。機能部材(10)としては、例えば、ホウ素(B)、窒化ホウ素(BN)、窒素(N)、炭素(C)、酸素(O)、珪素(Si)などである。
【0018】
(第2実施形態)
第2実施形態は、機能部材(10)の種類、および素部材(3)の表面に機能部材(10)を吸着させる際の機能部材(10)状態を規定する。
【0019】
機能部材(10)の種類は、素部材(3)の構成原子の結合構造に侵入させる観点から、原子(11)、分子(13)、または構造体(15)が好ましい(以下、「原子(11)等」と言う場合がある)。原子(11)としては、例えばホウ素(B)や窒素(N)、分子(13)としては、例えば窒化ホウ素(BN)や珪化ホウ素(SiB)、珪化炭素(SiC)、構造体(15)としては、例えば窒化ケイ素(Si3N4)がある。
【0020】
素部材(3)の表面に機能部材(10)を吸着させる際の機能部材(10)の雰囲気は、固相、液相、又は気相の状態が好ましい。
固相の雰囲気下とは、粉末状などの固体の状態である原子(11)等を機能部材(10)として使用することである。液相の雰囲気下とは、溶媒に懸濁、分散や溶解した状態である原子(11)等を機能部材(10)として使用することである。気相の雰囲気下とは、気体中に蒸気化等した状態である原子(11)等を機能部材(10)として使用することである。
【0021】
(第3実施形態)
図2は、本発明の構造部材(1)を製造する際に使用する製造装置(光学系装置)の一例を示した写真である。本発明の構造部材(1)を製造する際に使用する光学系装置では、レンズ(21)とパルスレーザー(23)の相対位置を変えないことが重要である。
【0022】
パルスレーザー(23)のパルス時間が、高密度に素部材(3)と機能部材(10)の電子が励起するのに寄与する。長パルスは熱が広がり、短パルスは熱広がりが狭い。よって、長パルスは照射スポットからの熱拡散の影響が大きい。熱膨張は、電子が励起されて原子間隔が広くなることである。
【0023】
よって、素部材(3)と機能部材(10)を高密度励起状態としてドーピングさせるために、パルスレーザー(23)のパルス幅は、フェムト秒からナノ秒が好ましい。電子の励起に依存する格子振動の周期時間は大略数百フェムト秒から数ピコ秒であり、ナノ秒オーダーのパルス幅で十分であるためである。またパルスレーザー(23)の波長は、300から1200nmが好ましい。波長が300nmから1200nmにおいてタングステンに対して光の侵入長は10nmから15nmである。
【実施例0024】
(実施例1)
実施例1では、
図2に示す製造装置を用いて、薄膜状層(5)を有する構造部材(1)を製造した方法を示す。素部材(3)として金属材料である超硬刃物チップ(30)(比較例1(DNGA150404HiT10:商品名、三菱マテリアル株式会社製))を用い、その表面に、機能部材(10)として、超硬刃物チップ(30)より機械的特性(硬さ及び耐摩耗性)の高い窒化ホウ素(BN:分子)を、固相の状態で吸着させた(吸着工程)。
次に、窒化ホウ素を吸着させた表面にパルスレーザー(23)を照射し(パルス幅:500ピコ秒、波長:0.532μm)、超硬刃物チップ(30)を形成している金属材料と窒化ホウ素を相互に拡散させ薄膜状層(5)を生成させた。すなわち薄膜状層(5)付き構造部材(1)として、薄膜状層(5)付き超硬刃物チップ(31)(実施例1)を作製した。なお、超硬刃物チップ(30)は、炭化タングステン(WC)とコバルト(Co)からなっていた。
【0025】
具体的には、超硬刃物チップ(30)に、エタノールからなる溶媒に分散させた窒化ホウ素(平均粒径10μm)を、スピンコータを用いて塗布し、吸着させた。溶媒に分散させた窒化ホウ素の塗布は、超硬刃物チップ(30)の表面で、窒化ホウ素の粒子同士の重なりが実体顕微鏡観察で確認されない状態となるように、溶媒中の窒化ホウ素濃度を2g/Lとし、スピンコータの回転速度を200rpm、塗布時間を20秒として行った。塗布して吸着させた窒化ホウ素の上からパルス幅500ピコ秒、波長0.532μmのパルスレーザー(23)を約1分間照射し、薄膜状層(5)付き超硬刃物チップ(31)を製造した。
【0026】
図3は、実施例1の薄膜状層付き超硬刃物チップ(31)の表面を50倍の倍率で観察した写真である。
図3に示すように、実施例1の薄膜状層(5)付き超硬刃物チップ(31)の表面には、薄膜状層(5)を形成する前の超硬刃物チップ(30)(比較例1)をダイヤモンド砥石で成型した際の多くのスクラッチが刻まれていた。実施例1の薄膜状層付き超硬刃物チップ(31)の表面(薄膜状層(5)表面)を観察すると、スクラッチは青色の干渉色(例えば、
図3において符号32で示す部分)を呈していた。これは、窒化ホウ素がドーピングされていることによるものである。
【0027】
(耐摩耗性の評価)
実施例1の薄膜状層付き超硬刃物チップ(31)の耐摩耗性を評価した。具体的には、実施例1の薄膜状層(5)付き超硬刃物チップ(31)と、比較例1の薄膜状層(5)無し超硬刃物チップ(30)の2種類について、CMP砥石として固定化シリカを用いて化学機械研磨(「CMP」と言う場合がある)を実施し、摩耗状況を評価した。
【0028】
図4(a)に、実施例1の薄膜状層(5)付き超硬刃物チップ(31)の耐摩耗性の評価結果を示した。
図4(a)の左は化学機械研磨前の状態、
図4(a)の右は化学機械研磨を30分行った後の状態を、それぞれ示したものである。
図4(a)に示すように、化学機械研磨の前後において、ダイヤモンド砥石で成型したスクラッチ形状がほとんど変わっていなかった。よって、実施例1の薄膜状層(5)付き超硬刃物チップ(31)は、摩耗しにくいと判断できた。
【0029】
図4(b)に、比較例1の薄膜状層(5)無し超硬刃物チップ(30)の耐摩耗性の評価結果を示した。
図4(b)の左は化学機械研磨前の状態、
図4の(b)右は化学機械研磨を30分行った後の状態を、それぞれ示したものである。
図4(b)に示すように、化学機械研磨の後において、ダイヤモンド砥石で成型したスクラッチ形状が消えていた。よって、比較例1の薄膜状層(5)無し超硬刃物チップ(30)は、摩耗していた。
図4(a)右(実施例1)と
図4(b)右(比較例1)の比較においても、実施例1の薄膜状層(5)付き超硬刃物チップ(31)は、比較例1の薄膜状層(5)無し超硬刃物チップ(30)と比較して、摩耗しにくいことが判断できた。
【0030】
(CMP効果)
化学機械研磨に用いる砥石(以下、「CMP砥石」と言う場合がある)としての形状の最適化及び加工条件の定量化を行った。
工具刃先の鋭利化(CMPの効果)として、CMP砥石として超硬刃物チップ(30)を使用して仕上げた、比較例1と同じ市販超硬チップを、顕微鏡で観察した。
図5(a)は、CMP砥石として比較例1の超硬刃物チップ(30)を用いて鋭利化した場合の、比較例1と同じ市販超硬チップのすくい面の写真である。
図5(c)は、CMP砥石として比較例1の超硬刃物チップ(30)を用いて鋭利化した場合の、比較例1と同じ市販超硬チップの逃げ面の写真である。
図5(a)および
図5(c)では、実態顕微鏡の観察は20倍の倍率である。
【0031】
また、CMP砥石として実施例1の超硬刃物チップ(31)を使用して仕上げた、比較例1と同じ市販超硬チップを、顕微鏡で観察した。
図5(b)は、CMP砥石として実施例1の超硬刃物チップ(31)を用いて鋭利化した場合の、比較例1と同じ市販超硬チップのすくい面の写真である。
図5(d)は、CMP砥石として実施例1の超硬刃物チップ(31)を用いて鋭利化した場合の、比較例1と同じ市販超硬チップの逃げ面の写真である。
図5(b)および
図5(d)では、実態顕微鏡の観察は20倍の倍率である。
図5(e)は、CMP砥石として実施例1の超硬刃物チップ(31)を用いて鋭利化した場合の、比較例1と同じ市販超硬チップのすくい面(
図5(b))と逃げ面(
図5(d))とで形成された刃先エッジの拡大写真である。
図5(e)では、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて1000倍の倍率で観察した。
【0032】
図5(a)~(e)の市販超硬チップに対する研磨加工のそれぞれの条件を、表1に示した。
図5(a)および(c)より、CMP砥石として比較例1の超硬刃物チップ(30)を用いた場合、刃先を形成する際に生じた様々な研磨根が残っていることが解る。
図5(b)(d)(e)より、CMP砥石として実施例1の超硬刃物チップ(31)を用いた市販超硬チップは、研磨根がなく、表面が平坦に仕上がっていることが解る。また、
図5(b)(d)(e)に示すように、市販超硬チップの刃先エッジはチッピングすることなく、鋭利に仕上がっていることが解る。CMP砥石として実施例1の超硬刃物チップ(31)を用いた場合の刃先エッジの曲率(刃先丸み)はR50nm以下であった。
この結果より、CMP砥石として実施例1の超硬刃物チップ(31)を用いることで、比較例1の超硬刃物チップ(30)を用いた場合と比較して、市販超硬チップ刃先の丸みの曲率を小さくすることに成功した。
【0033】
【0034】
(実施例2、比較例2、3)
(パルスレーザードーピング効果)
市販工具(DNGA150404HiT10:商品名、三菱マテリアル株式会社製)(比較例2)、この市販工具を化学機械研磨することにより鋭利化した
図5(b)(d)(e)に示す工具(比較例3)、並びに鋭利化した市販工具の表面に、以下に示す方法により薄膜状層(5)を形成した工具(実施例2)について、それぞれ以下に示す方法により切削可能距離を評価した。
【0035】
(実施例2の薄膜状層(5)の形成方法)
窒化ホウ素(平均粒径0.1μm)をエタノールに、濃度が2g/Lとなるように分散させた溶液1mlを、スピンコータを用いて上記の鋭利化した市販工具の表面に塗布し、乾燥させた。このことにより、上記の市販工具の表面に固相状態の窒化ホウ素を吸着させた。
次に、固相状態の窒化ホウ素を吸着させた市販工具の表面に、パルス幅500ピコ秒、波長0.53μmのパルスレーザー(23)を1分間照射し、薄膜状層(5)を形成した。
【0036】
図6(a)は、実施例2、比較例2、3の工具での切削可能距離の評価に使用した試験片(被削材)の写真である。
図6(b)は、
図6(a)に示す試験片の切削加工条件を説明するための図である。また、実施例2、比較例2、3それぞれの加工条件を表2に示した。表2では、鋭利化した比較例3の刃部加工をNano-Edgeと示し、パルスレーザードーピングを行った実施例2の刃部加工をNano-Edge+LDと示している。
図6と表2に示すように、被削材であるインコネル718材を400rpmの回転速度で回し、工具の刃先を20μm食い込ませ、1回転当たり0.1mmの移動速度で水平(被削材の長さ方向)に移動させる切削油なしのドライ加工を行った。加工条件(切削速度)としては、一般的に航空機等で用いられる加工速度と同等である。表2に示す切削可能距離は、加工時に目視で表面が荒くなった時点までの距離を可能距離と判断している。
【0037】
比較例2と比較例3の結果から、化学機械研磨により鋭利化させることで、大略2倍の刃物寿命を実現できることが分かった。また、比較例2と実施例2の結果から、化学機械研磨に加えて、固相状態で窒化ホウ素を吸着させた後、表面にパルスレーザードーピングさせることで、大略10倍以上の刃物寿命を実現できることが分かった。
【0038】
【0039】
(実施例3、比較例4~6)
市販工具(DNGA150404HiT10:商品名、三菱マテリアル株式会社製)(比較例4)、この市販工具を以下に示す条件でセコエッチングすることにより鋭利化した工具(比較例5、6)、並びにセコエッチングにより鋭利化した市販工具に、実施例2と同様にして薄膜状層(5)を形成した工具(実施例3)について、それぞれ実施例2と同様にして切削可能距離を評価すると同時に、放射温度系を用いて被削材表面温度を測定した。その結果を
図7に示す。
【0040】
(比較例5、6、実施例3のセコエッチング方法)
市販工具を15%KOH水溶液に1分間浸漬して欠陥を溶解除去するセコエッチングを行った。
【0041】
図7は、実施例3、比較例4~6の工具の切削可能距離と被削材表面温度との関係を示したグラフである。
図7に示すように、実施例3では、比較例4~6と比較して、被削材表面温度が低かった。
また、実施例3は、比較例4の3倍程度の切削可能距離であった。
【0042】
(実施例4)
通電加熱することにより10-6Torr以下の真空中でTiを蒸発させて、機能部材としてのTiを、気相の状態でセラミック材料であるシリコンカーバイド(SiC)の表面に吸着させながら、表面にパルス幅10ナノ秒、波長0.3μmのパルスレーザーを1分間照射し、実施例4の構造部材を得た。
【0043】
実施例4の構造部材について、二次イオン質量分析法(SIMS)を用いて分析した。その結果を
図8に示す。
図8は、実施例4の構造部材の表面からの深さと、C、Si、Tiの濃度との関係を示したグラフである。
図8に示すグラフにおいて、左側の縦軸は単位体積当たりのTi濃度(原子数)を示す。また、右側の縦軸は、単結晶であるシリコンカーバイド(SiC)のSiとCそれぞれの検出器に入る1秒当たりのイオン数(濃度)であるSIMS Yieldを示す。
図8に示すように、実施例4の構造部材のC、Siの濃度は、表面からの深さ方向の位置に関わらず略一定であった。一方、Tiの濃度は、表面側が高く、シリコンカーバイドとの界面側が低い傾斜的構造層であった。
【0044】
(実施例5)
市販工具(DNGA150404HiT10:商品名、三菱マテリアル株式会社製)をメチレンブルー水溶液中に設置することにより、表面に機能部材としての窒素を、液相の状態で吸着させた。次いで、メチレンブルー水溶液中に浸漬させた状態のままの窒素を吸着させた市販工具の表面に、パルス幅500ピコ秒、波長0.53μmのパルスレーザーを1分間照射し、メチレンブルー水溶液から取り出して乾燥させることにより、実施例5の構造部材を得た。
【0045】
実施例5の構造部材の表面を、実態顕微鏡および微分干渉顕微鏡(DIC)を用いて観察した。その結果を
図9および
図10に示す。
図9(a)および
図9(b)は、実施例5の構造部材を実態顕微鏡で観察した顕微鏡写真である。
図9において、矢印で示した薄い灰色の部分は、機能部材としての窒素が存在している領域である。
図10(a)および
図10(b)は、実施例5の構造部材を微分干渉顕微鏡で観察した顕微鏡写真である。
図10において、矢印で示した部分は、素部材とは異なる屈折率となっていることから、機能部材としての窒素が存在している領域である。
図9および
図10に示すように、機能部材としての窒素を液相の状態で吸着させた後、表面にパルスレーザーを照射することにより、素部材の表面に薄膜状層を形成できることが確認できた。
本実施形態によれば、素部材(3)の表面に機能部材(5)を吸着させ、機能部材(5)の表面にパルスレーザー(23)を照射すれば、薄膜状層(5)を形成でき、薄膜状層(5)を有する構造部材(1)を製造することができる。
よって、複雑形状の薄膜状層(5)を有する構造部材(1)も製造することができる。
エンドミル等の複雑な形状の切削工具にも適用できる。本実施形態の薄膜状層(5)は、硬さ及び耐摩耗性向上させることができ、かつ剥離することが無いので、切削工具の切削性能を向上させ同時に長寿命とすることが可能である。
航空機エンジンのタービンブレードにも適用できる。タービンブレードに歪があると水素は入り水素脆性破壊を起こす恐れがあるが、本実施形態の薄膜状層(5)は耐食性を向上させ、かつ剥離することが無いので、水素脆性破壊を防止することが可能である。