(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023019194
(43)【公開日】2023-02-09
(54)【発明の名称】活性硫黄の同定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20230202BHJP
G01N 24/08 20060101ALI20230202BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20230202BHJP
B01J 20/287 20060101ALI20230202BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20230202BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N24/08 510P
G01N30/06 E
B01J20/287
G01N30/72 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021123716
(22)【出願日】2021-07-28
(71)【出願人】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(71)【出願人】
【識別番号】519125209
【氏名又は名称】バイオ・アクセラレーター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100093861
【弁理士】
【氏名又は名称】大賀 眞司
(74)【代理人】
【識別番号】100129218
【弁理士】
【氏名又は名称】百本 宏之
(72)【発明者】
【氏名】居原 秀
(72)【発明者】
【氏名】笠松 真吾
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041EA04
2G041FA05
2G041GA09
2G041HA01
2G041JA02
2G041JA04
(57)【要約】
【課題】サンプル中の活性硫黄分子の同定の正確性を向上させる活性硫黄の同定方法を提供する。
【解決手段】
サンプル中の活性硫黄をアルキル化剤で標識するステップと、前記第1のステップの抽出液の一部に還元剤を加え、活性硫黄を分解するステップと、還元処理されたサンプルと標識後還元処理されないサンプルとを分析装置に適用し、両サンプルの分析結果を比較して、還元処理によって消失したシグナルの成分を前記サンプル中の活性硫黄の候補とするステップと、当該シグナルが前記アルキル化剤に由来するシグナルであることを確認するステップと、当該確認後、前記シグナルの成分を前記サンプルから抽出精製して、当該成分の構造を解析するステップと、を有する活性硫黄の同定方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプル中の活性硫黄の同定方法であって、
(a)前記サンプル中の活性硫黄をアルキル化剤で標識する第1のステップと、
(b)前記第1のステップの抽出液の一部に還元剤を加え、活性硫黄を分解する第2のステップと、
(c)還元処理されたサンプルと標識後還元処理されないサンプルとを分析装置に適用し、両サンプルの分析結果を比較して、還元処理によって消失したシグナルの成分を前記サンプル中の活性硫黄の候補とする第3のステップと、
(d)当該シグナルが前記アルキル化剤に由来するシグナルであることを確認する第4のステップと、
(e)当該確認後、前記シグナルの成分を前記サンプルから抽出精製して、当該成分の構造を解析する第5のステップと、
を有することを特徴とする活性硫黄の同定方法。
【請求項2】
前記アルキル化剤は、TME-IAMおよびその類似構造体である、請求項1に記載の活性硫黄の同定方法。
【請求項3】
前記分析装置は、液体クロマトグラフィータンデム質量分析装置(HPLC-MS/MS)である、請求項1に記載の活性硫黄の同定方法。
【請求項4】
前記第5のステップにおいて、前記抽出精製は、ODS固相抽出前処理カラムを用いて行われる、請求項1に記載の活性硫黄の同定方法。
【請求項5】
前記抽出精製の精製液は、分取用HPLCによって分画されて前記分析装置に適用される、請求項1に記載の活性硫黄の同定方法。
【請求項6】
当該成分の構造解析は、高分解能質量分析装置および核磁気共鳴装置(NMR)を用いて行われる、請求項1に記載の活性硫黄の同定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活性硫黄の同定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
システインポリスルフィド(CysSSH)、グルタチオンポリスルフィド(GSSH)などの反応性硫黄分子種/活性硫黄分子種(reactive sulfur species, RSS)の生理学的重要性が認識されているが、ポリスルフィドの化学的性質は、その反応性または複雑なレドックス活性特性のため、完全には理解されておらず、そして、解明されていない。
【0003】
また、活性硫黄分子は、その高い反応性により非常に不安定な物質であるため、試料から抽出を行う過程で容易に分解されてしまう。この分解を伴わない活性硫黄分子の検出方法として、アルキル化剤を用いて活性硫黄分子を安定な誘導体へと変換して検出する方法が開発されている。
【0004】
この検出方法について、下記の2つの非特許文献においての先行研究で報告されている方法は、アルキル化剤(monobromobimaneまたはN-ethylmaleimide、beta-(4-hydroxyphenyl)ethyl iodoacetamide)を用いて活性硫黄分子を安定な誘導体へと変換した後、質量分析装置を用いて検出を行うものである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ida, T.; Sawa, T.; Ihara, H.; Tsuchiya, Y.; Watanabe, Y.; Kumagai, Y.; Suematsu, M.; Motohashi, H.; Fujii, S.; Matsunaga, T., et al. Reactive cysteine persulfides and S-polythiolation regulate oxidative stress and redox signaling. Proc Natl Acad Sci U S A 2014, 111, 7606-7611, doi:10.1073/pnas.1321232111.
【非特許文献2】Akaike, T.; Ida, T.; Wei, F.Y.; Nishida, M.; Kumagai, Y.; Alam, M.M.; Ihara, H.; Sawa, T.; Matsunaga, T.; Kasamatsu, S., et al. Cysteinyl-tRNA synthetase governs cysteine polysulfidation and mitochondrial bioenergetics. Nat Commun 2017, 8, 1177, doi:10.1038/s41467-017-01311-y.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の方法は、システインパースルフィドやグルタチオンパースルフィドなどの特定の活性硫黄分子を検出・定量するものであるが、分子量や構造が未知の活性硫黄分子については特定の活性硫黄分子のみしか検出することができない。よって、網羅的に未知の活性硫黄分子の探索を行うことができないという課題があった。
【0007】
これを鑑みて本発明は、食品、動植物組織、細胞、菌類、ウイルス、血しょう、血清・脳髄液・気管支洗浄液等の臨床サンプル等の各種サンプル、に含まれる活性硫黄を探索する際に、活性硫黄分子の同定の正確性を向上させる活性硫黄の同定方法を提供することが目的である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
サンプル中の活性硫黄の同定方法であって、
(a)前記サンプル中の活性硫黄をアルキル化剤で標識する第1のステップと、
(b)前記第1のステップの抽出液の一部に還元剤を加え、活性硫黄を分解する第2のステップと、
(c)還元処理されたサンプルと標識後還元処理されないサンプルとを分析装置に適用し、両サンプルの分析結果を比較して、還元処理によって消失したシグナルの成分を前記サンプル中の活性硫黄の候補とする第3のステップと、
(d)当該シグナルが前記アルキル化剤に由来するシグナルであることを確認する第4のステップと、
(e)当該確認後、前記シグナルの成分を前記サンプルから抽出精製して、当該成分の構造を解析する第5のステップと、
を有することを特徴とする活性硫黄の同定方法を実施する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、サンプル中の活性硫黄分子の同定の正確性を向上させる活性硫黄の同定方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態に係る、活性硫黄の同定方法を表す説明図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る、還元剤処理による活性硫黄構造の分解を表す説明図である。
【
図3】本発明の実施形態に係る、安定同位体標識試薬を用いた活性硫黄成分シグナルの確認を表す説明図である。
【
図4】本発明の実施形態に係る、未知活性硫黄成分の探索の実施例の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(従来同定方法との比較による本発明の優位性)
従来の活性硫黄分子の検出方法は、試料から抽出を行う過程で活性硫黄成分が容易に分解されてしまうことを防ぐため、アルキル化剤(特にmonobromobimaneやN-ethylmaleimide)を用いて活性硫黄分子を安定な誘導体へと変換させてこれを検出している。しかし、分子量や構造が未知の活性硫黄分子については、アルキル化剤は活性硫黄分子の加水分解を促進する作用を持つため、当該アルキル化剤を用いた場合、反応性の高い未知活性硫黄分子を検出することは困難であった。
【0012】
特に市販のアルキル化剤は、活性硫黄構造の分解を促進する作用があるため、既存の技術では試料中に含まれる反応性の高い(不安定な)活性硫黄分子を検出・同定することは困難であり、網羅的な未知活性硫黄分子の探索を行うことができなかった。
【0013】
そこで本発明では、チロシン誘導体をアルキル化剤として用いて活性硫黄分子候補の選抜を行う。下記のチロシン誘導体、例えば、TME-IAM(N- iodoacetyl l-tyrosine methyl ester)は、活性硫黄分子の(末端の)チオール基をアルキル化修飾することで、安定な誘導体を形成する作用と、活性硫黄構造の分解を抑制する作用と、を有する。これらの作用を利用して、活性硫黄分子候補の選抜の正確性を向上させた。チロシン誘導体は、下記の化学式によって特定される。
【0014】
【0015】
上記チロシン誘導体の化学式においては、a-cの一つが“OH”であり、残りが“H”であり、dは、CnH2nαであり、αは“H”、又は、“ハロゲン原子”であり、ハロゲン原子は、好ましくは、“I”であり、nは1~5の整数であり、eは、(NH)x(CO)yCzH2zβであり、xは1又は0、yは1又は0、zは1~5の整数、βは“H”、又は、“ハロゲン原子”であり、ハロゲン原子は、好ましくは、“I”である。また、上記チロシン誘導体は、下記化合物を含む。
【0016】
【0017】
【0018】
【0019】
質量分析時に、TME-IAM等由来のプロダクトイオンを選択的に検出することによって、未知活性硫黄分子を一度に網羅して探索することができる。さらに、安定同位体を標識したTME-IAM等を用いることで、活性硫黄分子候補をより正確に選抜することが可能である。
【0020】
1-1(TME-IAMの合成方法)
L-Tyrosine Methyl Ester 1mmolをN,N-ジメチルホルムアミドに溶解し、脱水縮合剤のN,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド2.2 mmolとヨード酢酸1 mmolを加えて氷上で2時間攪拌し、その後室温で1時間攪拌した。
【0021】
試薬類
〔N-ヨードアセチルチロシンメチルエステル(TME-IAM)合成〕
Tyrosine Methyl Ester (東京化成)195.2 mg
N,N -ジメチルホルムアミド(片山化学)2 mL
N,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド(nacalai tesque)453.8 mg
ヨード酢酸(nacalai tesque)186.0 mg
【0022】
1-2(生成物確認)
合成したTME-IAMの確認のためTyrosine Methyl Ester溶液と反応溶液を希釈後、高速液体クロマトグラフィー(high performance liquid chromatography, HPLC)を用いて220 nm、250 nm、275 nmの吸光度を解析し、反応生成物を確認した。
【0023】
試薬類
0.1% ギ酸
Formic Acid (abt.99%)(FUJIFILM)1mL
超純水999mL
メタノールLC/MS用(関東化学)
【0024】
機器類
ポンプ:PU-2085 plus(JASCO)
オートサンプラー:AS-2051 plus(JASCO)
検出器:MD-2010 plus(JASCO)
デガッサー:DG-2085-54(JASCO)
グラジェントミキサー:MX-2080-32(JASCO)
カラムオーブン:CO-2065 plus(JASCO)
【0025】
HPLC条件
A buffer:0.1% ギ酸
B buffer:メタノール
グラジェント:
【表1】
流速:1 mL/min
流入量:5μL
カラム:Mightysil RP-18 GP 75-3.0(5μm)(関東化学)
【0026】
2-1(TME-IAMの粗精製)
反応溶液にメタノール4 mLとワコーゲル100C181gを加えた後、攪拌しながら0.1%ギ酸を6mL加えた。これをエンプティリザーバーに充填してろ過し、さらに1mLメタノールと0.1%ギ酸1mLを混合後、エンプティリザーバーに加え溶出液を回収し、これを粗精製液とした。
【0027】
試薬類
0.1% ギ酸
メタノール(関東化学)
ワコーゲル(商標)100C18(Wako)
【0028】
2-2(粗精製の確認)
TME-IAMの精製確認のため粗精製液を希釈後、1-2と同様の条件で220nm、250nm、275 nmの吸光度を解析し、反応生成物の回収を確認した。
【0029】
2-3(粗精製液中の生成物確認)
精製液中のTME-IAMの存在確認のため粗精製液を希釈後、HPLC-タンデム型質量分析装置(LC-MS/MS)を用いた質量分析法によってTME-IAMの存在を確認した。
【0030】
試薬類
0.1% ギ酸
メタノールLC/MS用(関東化学)
【0031】
機器類
質量分析機:Xevo TQD(Waters)
HPLC:AllianceHPLC e2695(Waters)
【0032】
HPLC条件
A buffer:0.1%ギ酸
B buffer:メタノール(LC/MS用)
グラジェント:
【表2】
流速:0.3 mL/min
流入量:5 μL
カラム:Mightysil RP-18 GP 50-2.0(5 μm)(関東化学)
【0033】
MS Scan条件
ES+
Q1 scan range(m/z):50-600
Time(min):0-9
Cone voltage(V):10-35
【0034】
3-1(TME-IAMの精製)
粗精製液を、分取カラムを用いたHPLCにインジェクトし、2分ごとの分画で回収した。得られた分画を1-2と同様の条件で220nm、250nm、275nmの吸光度を解析することでTME-IAMの単離を確認した。
【0035】
試薬類
0.1% ギ酸
メタノール(関東化学)
【0036】
機器類
ポンプ:PU-2089 plus(JASCO)
検出器:875-UV(JASCO)
【0037】
HPLC分画条件
A buffer:0.1%ギ酸
B buffer:メタノール
グラジェント:
【表3】
流速:3 mL/min
検出波長:275 nm
流入量:1 mL
カラム:CAPCELL PAK C18 UG80 5 μm(SHISEIDO)
【0038】
(本発明の同定方法の手順):
図1
未知活性硫黄成分の同定方法の実施手順について、第1~第5のステップに分けて説明する。まず、第1のステップとして、アルキル化剤による活性硫黄分子の標識を行う。以下、第1のステップについて具体的に説明する。
【0039】
試料(サンプル)は、タマネギやニンニクなどの食品や動物組織をあらかじめ2-3mm片に細断したものや、細菌や藻類などの懸濁液、血液などの液体が用いられる。
【0040】
まず、この試料を、試料重量の10倍量の新規アルキル化剤であるTME-IAM(終濃度1mM)を含む80%のメタノール条件下で、ポリトロンホモジナイザーを用いて、ホモジナイズ(均質化)する。その後、このホモジナイズされた試料は、遮光され、かつ37℃下で30分間インキュベート(反応)されることで、活性硫黄成分およびチオール化合物のアルキル化試薬による標識が行われる。
【0041】
このように、標識にTME-IAMを用いることで、活性硫黄分子をアルキル化させ、安定した誘導体を形成する効果がある。さらに、TME-IAMによって活性硫黄構造の加水分解を抑制することで、試料からの抽出過程における活性硫黄分子の分解を抑制できる。
【0042】
つづいて、活性硫黄成分およびチオール化合物が標識された試料は、遠心分離(18,000g、4℃、15分間)され、遠心分離後の遠心上清が回収される。ここに、体積の100分の1量の10%ギ酸を添加し、アルキル化反応を停止させる。
【0043】
次に、反応液を体積が約1/10になるまで遠心濃縮し0.1%ギ酸で平衡化させたオクタデシルシリカゲル(ODS)カラム(ワコーゲル100C18)を用いて、粗精製を行う。具体的に、濃縮サンプルをカラムに全量適用し、0.1%ギ酸でカラムを洗浄する。その後、80%メタノールを含む0.1%ギ酸を用いて、活性硫黄分子およびチオール化合物のTME-IAM標識誘導体を溶出する。その溶出液を、体積が約1/10になるまで遠心濃縮させ、粗精製を完了させる。
【0044】
なお、活性硫黄分子の分解を抑制する添加物として、チロシンやグリセロール、ポリビニルアルコールなどのヒドロキシフェニル基またはヒドロキシル基を持つ化合物が用いられるが、いずれも市販のものを使用する。
【0045】
また、アルキル化剤はTME-IAMだけでなく、既述の化学式に示すように、メチルチラミンヨードアセトアミドに代表される類似構造体(ヒドロキシフェニル構造、またはチロシン構造を持つヨードアセトアミド誘導体)でもよい。
【0046】
次に、第2のステップとして、還元剤処理による活性硫黄の分解を行う。以下、第2のステップについて具体的に説明する。
【0047】
第1のステップで行った活性硫黄分子の標識の際に抽出される抽出液の一部(100μl程度)を、2-メルカプトエタノール(終濃度1%)を含む20mMリン酸バッファー(pH 7.0)と混合させる。
【0048】
その後、この混合液を遮光し、室温下で1時間インキュベート(反応)させることで、活性硫黄成分の分解を行う。これにより、還元剤で処理されたサンプルと、還元剤で処理されなかったサンプルが用意される。
【0049】
次に、第3のステップとして、質量分析装置による活性硫黄成分の検出を行う。以下、第3のステップについて具体的に説明する。
【0050】
第2のステップで用意された還元剤で処理されたサンプル、還元剤で処理されなかったサンプルを、質量分析装置に供する。なお、ここで用いられる質量分析装置は、液体クロマトグラフィータンデム質量分析装置(HPLC-MS/MS)であり、この時、質量分析装置は、プレカーサ―イオンを1マスずつスキャンし、TME-IAM由来のプロダクトイオン(m/z 136)が検出されるように設定した、多重反応モニタリングモードで実行される。
【0051】
図2に示すように、この質量分析装置によって得られた2つのサンプルの分析結果を比較する。比較した結果、還元剤処理により消失するシグナルの成分を、試料中に含まれる活性硫黄成分の候補とする。この判断は、チオール化合物であるグルタチオンのTME-IAM標識誘導体(m/z 543)は還元剤処理後もシグナルが消失しないが、活性硫黄分子であるグルタチオンパースルフィドのTME-IAM標識誘導体(m/z 575)は還元剤処理によってシグナルが完全に消失することに起因する。
【0052】
続いて、第4のステップとして、安定同位体標識薬を用いて、第3のステップで確認したシグナルの成分が、TME-IAMに由来するシグナルかどうかを確認する。以下、第4のステップについて具体的に説明する。
【0053】
この判断には、質量を2マス分増加させた安定同位体標識アルキル化剤を用いる。この合成させたアルキル化剤を用いた活性硫黄成分候補を、第1のステップと同様に再びTME-IAMを含む80%のメタノール条件下でホモジナイズして、質量分析装置に供する。これにより、質量分析装置において、活性硫黄成分候補のプレカーサーイオンおよびプロダクトイオンがそれぞれ2マス分増加したシグナルが、第3のステップで検出された活性硫黄成分候補のシグナルと同一の保持時間で検出されるかどうかが確認できる。
【0054】
例えば、グルタチオンパースルフィドの場合、
図3に示すように、非安定同位体標識体(m/z 575)と質量を2マス分増加させた安定同位体標識体(m/z 577)それぞれをプリカーサーとして、各々のTME-IAM由来のプロダクトイオン(m/z 136, 138)を検出した結果、両シグナルは同一保持時間に検出された。これにより、TME-IAMに由来するシグナルであると判断できる。
【0055】
最後に、第5のステップとして当該活性硫黄成分の構造を解析して、同定を行う。以下、第5のステップについて具体的に説明する。
【0056】
第4のステップで活性硫黄成分候補のシグナルがTME-IAMに由来するシグナルであると確認したあと、試料から活性硫黄成分の抽出精製を行う。
【0057】
第1のステップで行った、TME-IAMを含む80%のメタノール条件下のホモジナイズを大量の試料で行う。ホモジナイズ処理された試料を遠心分離させ、遠心上清を回収後、濃縮する。試料の濃縮後に、ODS固相抽出前処理カラムを用いて粗精製が行われる。
【0058】
ここで取得された粗精製液は、分取用HPLCによって分画される。分画された各画分は、再び質量分析装置に供され、これにより活性硫黄成分を精製する。活性硫黄成分の精製は、ODS固相抽出前処理カラムにおいて、順相カラム、イオン交換カラム、ミックスモードカラム、などの分離モードの異なる複数のHPLCカラムを組み合わせて行われる。
【0059】
この後に、高分解能質量分析装置、核磁気共鳴装置(NMR)を用いて、活性硫黄成分の構造解析を行い、同定した。以上が、本発明の活性硫黄の同定方法の実施手順である。
【0060】
(活性硫黄成分を探索する実施例)
本発明の実施例として、以下にニンニク中から未知活性硫黄分子を探索する試験について説明する。まず、試料の作製を行うため、ニンニク片5.0gにメタノール(0.8mM TME-IAM, 10mM Tris-HCl, pH7.4を含む)25 mlを加え、ポリトロンホモジナイザーを用いてホモジナイズした。
【0061】
つづいて、ホモジナイズした反応液を、遮光下において37℃で1時間インキュベートした。その後、この反応液に10%ギ酸を250μl加え、反応を停止させた。
【0062】
反応を停止させた液に、遠心分離(4℃, 13,040 g, 20分間)を行った。遠心分離後に抽出された遠心上清を回収し、4~5ml程度になるまで遠心濃縮を行なった。遠心濃縮した溶液に100%メタノール1mlと0.1%ギ酸9 mlを加えた後、再び遠心分離(4℃, 13,040 g, 20分間)を行った。
【0063】
遠心分離後の溶液を、事前に0.1%ギ酸で平衡化しておいた逆相固相カラム(ワコーゲル100C18, カラムサイズ:3.5ml)にロードした。その後、固相カラムに0.1%ギ酸17.5 mlをロードし、カラムを洗浄した。さらに、固相カラムに超純水5mlをロードし、再度カラムを洗浄した。この固相カラムに100%メタノール17.5mlをロードし、溶出液を回収した。
【0064】
溶出液を約1mlまで遠心濃縮した後、遠心分離(4℃, 13,040 g, 20分間)を行った。遠心分離後、遠心上清を回収し、液体クロマトグラフィー質量分析装置(LC-MS/MS)による解析に供した。
【0065】
上述したサンプルのサンプル100μlに、1M Tris-HCl (pH7.4)15μl, 2メルカプトエタノール15μl, 超純水20μlを加えて還元処理した。遮光下において、室温で30分間インキュベートした後、LC-MS/MS解析に供した。試験結果は
図4に示すとおりである。
【0066】
HPLC条件
流速:0.3 ml
流入量:10μl
カラム:Mightysil RP-18 GP 50-2.0 (5μm)
【0067】
【0068】
【0069】
(試験結果に関する考察)
試験管内で調製したグルタチオンパースルフィドおよびグルタチオンのTME-IAMアダクト標準物質を用いて、予備的検討を行った結果、TME-IAMアダクトより生成されるプロダクトイオンを決定した。また、質量分析を行う前に、それぞれのサンプルを2-メルカプトエタノールを用いて還元処理した場合、グルタチオンパースルフィドのTME-IAMアダクト標準物質でのみ、シグナルが消失することを確認している。これらの検討結果により、本発明が正しいことが明らかである。
【0070】
また、マウス肝臓について本発明の方法で解析を行った結果、複数の活性硫黄分子候補が検出された。同様に、安定同位体標識TME-IAMを用いた解析も行い、質量が2増加したシグナルが検出された。このことから、今回検出されたシグナルは、未知活性硫黄分子がTME-IAMとアダクトを形成している可能性を強く示唆していることがわかる。
【0071】
(本発明の使用方法)
本発明の新規硫黄化合物同定方法は、食品や動植物組織、細胞、菌類、ウイルス、臨床サンプル(血しょう、血清、脳髄液、気管支洗浄液など)を解析対象とすることができる。そのため、新規生理活性物質または疾患・疾病のバイオマーカーとなり得る活性硫黄分子の探索に貢献する。
【0072】
以上説明した本発明の方法は、本発明の思想及び原理と一致するようになされたいかなる修正、置換及び改良も本発明に含まれる。