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特開2023-19310アセト乳酸合成酵素およびそれを用いたイソブタノールの製造方法
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  • 特開-アセト乳酸合成酵素およびそれを用いたイソブタノールの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023019310
(43)【公開日】2023-02-09
(54)【発明の名称】アセト乳酸合成酵素およびそれを用いたイソブタノールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/10 20060101AFI20230202BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20230202BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20230202BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20230202BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20230202BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20230202BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230202BHJP
   C12P 7/16 20060101ALI20230202BHJP
【FI】
C12N9/10 ZNA
C12N15/54
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12P7/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021123937
(22)【出願日】2021-07-29
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】和田 圭介
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 真宏
(72)【発明者】
【氏名】中道 優介
(72)【発明者】
【氏名】牛丸 和乗
(72)【発明者】
【氏名】森田 友岳
【テーマコード(参考)】
4B050
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B050CC04
4B050DD02
4B050EE10
4B050LL05
4B064AC04
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA16
4B065AA26X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BA03
4B065CA05
4B065CA29
4B065CA46
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】 イソブタノール生合成に重要な反応であるピルビン酸をアセト乳酸に変換する反応が変化した変異型を提供し、さらに変異型酵素を導入した大腸菌を培養することでイソブタノールの生産量を向上させる製造技術を提供する。
【解決手段】 アセト乳酸合成酵素の変異体および当該変異体を導入した微生物を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)~(3)のいずれかに示されるいずれかのタンパク質であるアセト乳酸合成酵素:
(1)配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(2)(1)に記載のタンパク質において、40番目リジンのトリプトファンへの置換、42番目アスパラギン酸のトリプトファンへの置換、123番目ヒスチジンのロイシンへの置換、267番目フェニルアラニンのバリンへの置換、497番目グルタミンのロイシンへの置換からなる群より選択される少なくとも1つの変異を有するタンパク質
(3)配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列と配列同一性が90%以上のアミノ酸配列からなるタンパク質であって、かつ、ピルビン酸をアセト乳酸に変換する活性を有するタンパク質
【請求項2】
請求項1に記載のアセト乳酸合成酵素のいずれかをコードするポリヌクレオチド。
【請求項3】
請求項2に記載のポリヌクレオチドを組込んだベクター。
【請求項4】
請求項3に記載のベクターにより形質転換されていることを特徴とする形質転換体。
【請求項5】
請求項4に記載の形質転換体であって、さらにイソ吉草酸変換酵素、2-ケト酸脱炭酸酵素、アルコール脱水素酵素を発現するように形質転換されている、形質転換体。
【請求項6】
請求項4または5に記載の形質転換体を培養する工程を含む、イソブタノールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アセト乳酸合成酵素およびそれを用いたイソブタノールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブタノールは重要な工業化学物質であり、燃料添加剤として、プラスチック工業における原材料化学物質として、および食物および香料工業における食物等級抽出剤として有用である。毎年、100~120億ポンドのブタノールが石油化学的手段によって生産され、この汎用化学物質に対する需要は増大すると思われる。
【0003】
オキソ合成法、一酸化炭素の触媒的水素付加(非特許文献1)、およびメタノールとn-プロパノールとのゲルベ縮合(非特許文献2)などのイソブタノールの化学合成法が知られている。これらの方法は石油化学物質に由来する出発原料を使用し、一般に高価であり環境を損なう。植物由来原料からのイソブタノール生成は、温室効果ガス排出を最小化して当該技術分野における進歩に相当する。
【0004】
イソブタノールは、酵母発酵の副産物として生物学的に生成される。これは「フーゼル油」の構成要素であり、この真菌群によってアミノ酸の不完全な代謝の結果として形成される。イソブタノールは具体的には、L-バリンの異化作用から生成される。L-バリンのアミノ基を窒素源として収集した後に得られるα-ケト酸は、いわゆるエールリッヒ経路の酵素によって脱炭酸されてイソブタノールに還元される(非特許文献3)。飲料発酵中に達成されるフーゼル油および/またはその構成要素の収率は、典型的に低い。例えばビール発酵中に生成するイソブタノール濃度は、百万分の16未満と報告されている(非特許文献4)。発酵への外来性L-バリンの添加は、(非特許文献3)で述べられるようにイソブタノール収率を増大させ、発酵中に濃度20g/LのL-バリンを提供することで、3g/Lのイソブタノール収率が得られると報告されている。しかし原材料としてのバリンの使用は、工業規模でのイソブタノール生産にはけた違いの費用がかかる。糖からの直接のイソブタノールの生合成は経済的に実行可能であり、当該技術分野における進歩に相当する。
【0005】
一般的に、微生物に複数の遺伝子を導入して新たな反応経路を細胞内に構築し、特定の物質生産能力を付与したり強化したりすることで、有用物質の生産効率を高める試みがなされている。例えば、特許文献1では、イソブタノールを生産することができない複数の微生物に、イソブタノール生合成遺伝子群を導入することでイソブタノール生産能力を付与した組換え生物の作製に成功している。
【0006】
このときイソブタノール生産能力を付与するために導入された遺伝子は5種類であり、細胞内のピルビン酸をアセト乳酸に変換するアセト乳酸合成酵素、アセト乳酸をイソ吉草酸に変換するアセト乳酸還元酵素、イソ吉草酸を2-ケト酸に変換するイソ吉草酸変換酵素、2-ケト酸をイソブチルアルデヒドに変換する2-ケト酸脱炭酸酵素、イソブチルアルデヒドをイソブタノールに変換するアルコール脱水素酵素である。この中で初発の反応を触媒するアセト乳酸合成酵素の反応は、最終産物であるイソブタノールの生産に重要と考えられている。非特許文献1では、イソブタノール生合成遺伝子群の中で、アセト乳酸合成酵素に着目し、遺伝子に変異を導入することで、当該酵素の触媒効率の向上に成功している。しかしながら、イソブタノールの生産量は予想に反して減少し、その理由は不明であった。
【0007】
すなわち、イソブタノール生合成経路の中で、初発の反応であるアセト乳酸合成反応はイソブタノール生産に重要であるものの、酵素活性の向上のみを指標としてイソブタノール生産の向上を予測することはできない。イソブタノール生産を向上できる酵素の開発は、酵素の安定性向上などの情報を駆使して反応性が変化した変異型酵素を作製し、実際にイソブタノール生産への効果を検証していくことで可能になると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第5276986号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「ウルマンの工業化学百科事典(Ullmann’s Encyclopedia of Industrial Chemistry)」、第6版、第5巻、716~719頁、Wiley-VCH Verlag GmbH and Co.、ワインハイム(Weinheim)、ドイツ、2003年
【非特許文献2】カルリーニ(Carlini)ら、J.Mol.Catal.A:Chem.220:215~220頁、2004年
【非特許文献3】ディキンソン(Dickinson)ら、J.Biol.Chem.273(40):25752~25756頁、1998年
【非特許文献4】ガルシア(Garcia)ら、Process Biochemistry 29:303~309頁、1994年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
バイオエコノミー社会の構築やSDGsといった環境問題への取り組みの中で、バイオプロセスによる化学品の原料転換が改めて注目を集めている。例えば、イソブタノールは、ラッカーや塗料の原料、プラスチック、ゴムの可塑剤など使用範囲が広く、様々な化学品の原料となる基幹化合物であり、バイオプロセスによる原料転換が期待されている。一般的にバイオプロセスの鍵を握るのは化学品を生産する微生物の性能であり、多くの研究が実施されている。微生物の一次代謝化合物であるピルビン酸をアセト乳酸に変換する酵素の活性を高め、微生物内に導入することで、イソブタノール生産性を向上できれば、化学品の原料転換に貢献するとともに、バイオ製品にシフトしつつある化学産業分野への展開が期待できる。
本願発明は、イソブタノール生合成に重要なアセト乳酸合成酵素の変異体を作製し、ピルビン酸をアセト乳酸に変換する反応を変化させることを課題とし、さらに変異体を導入した大腸菌を作製して培養することでイソブタノールの生産量を向上させることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者は、ピルビン酸からアセト乳酸を生成する反応を触媒する酵素、アセト乳酸合成酵素に着目し、コンピューテーショナルデザインの技術を導入することで、酵素活性が変化した変異体酵素の作製に成功した。さらに、この変異体酵素を微生物に導入することで、イソブタノール生産量を向上させることに成功し、本発明を生み出すに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下の態様を含む:
本発明の一態様は、
〔1〕下記(1)~(3)のいずれかに示されるいずれかのタンパク質であるアセト乳酸合成酵素に関する:
(1)配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(2)(1)に記載のタンパク質において、40番目リジンのトリプトファンへの置換、42番目アスパラギン酸のトリプトファンへの置換、123番目ヒスチジンのロイシンへの置換、267番目フェニルアラニンのバリンへの置換、497番目グルタミンのロイシンへの置換からなる群より選択される少なくとも1つの変異を有するタンパク質
(3)配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列と配列同一性が90%以上のアミノ酸配列からなるタンパク質であって、かつ、ピルビン酸をアセト乳酸に変換する活性を有するタンパク質
【0013】
また本発明の別の態様は
〔2〕上記〔1〕に記載のアセト乳酸合成酵素のいずれかをコードするポリヌクレオチドに関する。
【0014】
また本発明の別の態様は
〔3〕上記〔2〕に記載のポリヌクレオチドを組込んだベクターに関する。
また本発明の別の態様は
〔4〕上記〔3〕に記載の組み換えベクターにより形質転換されていることを特徴とする形質転換体に関する。
ここで本発明の形質転換体は一実施の形態において
〔5〕上記〔4〕に記載の形質転換体であって、さらにイソ吉草酸変換酵素、2-ケト酸脱炭酸酵素、アルコール脱水素酵素を発現するように形質転換されていることを特徴とする。
【0015】
また本発明の別の態様は
〔6〕上記〔4〕または〔5〕に記載の形質転換体を培養することを特徴とする、イソブタノールの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明のアセト乳酸合成酵素は、変異導入前に比べてアセト乳酸合成活性が変化している。この酵素を導入した大腸菌形質転換体は、変異導入前の酵素を導入した大腸菌形質転換体に比べて、培養温度37℃という条件下で、イソブタノール生産量が1.02-1.64倍向上した。すなわち、この変異体を用いることで、微生物によるイソブタノール生産効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は下記実施例1で作製したプラスミドのプラスミドマップを示す。図1AはpCDFDuet-1/alsS-ilvCDのプラスミドマップを示し、図1BはpCOLADuet-1/kivd-ADH2のプラスミドマップを示す。
図2A図2Aは下記実施例3において行った、野生型のalsS遺伝子を配した酵素発現用プラスミドをもつ大腸菌由来の粗抽出液をニッケルカラムに供し、さらにSDS―PAGEに供した際の画像を示す。
図2B図2Bは下記実施例3において行った、変異型1-5のalsS遺伝子を配した酵素発現用プラスミドをもつ大腸菌由来の粗抽出液をニッケルカラムに供し、さらにSDS―PAGEに供した際の画像を示す。
図3図3は下記実施例5において行った、好気的条件下で組換え大腸菌を培養してイソブタノールを生産させたときの培養24時間、30時間、48時間後におけるイソブタノール生産量(g/L)またはイソブタノール生産量/菌体量を示すグラフである。
図4図4は下記実施例6において行った、嫌気的条件下で組換え大腸菌を培養してイソブタノールを生産させたときの培養24時間、30時間、48時間後におけるイソブタノール生産量(g/L)またはイソブタノール生産量/菌体量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の一態様は、下記(1)~(3)のいずれかに示されるいずれかのタンパク質であるアセト乳酸合成酵素を提供する:
(1)配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(2)(1)に記載のタンパク質において、40番目リジンのトリプトファンへの置換、42番目アスパラギン酸のトリプトファンへの置換、123番目ヒスチジンのロイシンへの置換、267番目フェニルアラニンのバリンへの置換、497番目グルタミンのロイシンへの置換からなる群より選択される少なくとも1つの変異を有するタンパク質
(3)配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列と配列同一性が90%以上のアミノ酸配列からなるタンパク質であって、かつ、ピルビン酸をアセト乳酸に変換する活性を有するタンパク質
【0019】
「アセト乳酸合成酵素」とはピルビン酸からアセト乳酸およびCOへの変換を触媒する酵素を意味する。本発明に係るアセト乳酸合成酵素の一実施の形態は、(1)野生型のアミノ酸配列(配列番号21)における40番目のリジンをトリプトファンに置換した変異体(配列番号1)、123番目のヒスチジンをロイシンに置換した変異体(配列番号9)、267番目のフェニルアラニンをバリンに置換した変異体(配列番号13)である。
【0020】
また、本発明に係るアセト乳酸合成酵素の一実施の形態は(2)配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質において、40番目リジンのトリプトファンへの置換(K40W)、42番目アスパラギン酸のトリプトファンへの置換(D42W)、123番目ヒスチジンのロイシンへの置換(H123L)、267番目フェニルアラニンのバリンへの置換(F267V)、497番目グルタミンのロイシンへの置換(Q497L)からなる群より選択される少なくとも1つの変異を有する。
上記に列挙したアミノ酸の置換変異は、1つ、2つ、3つ、4つ、又は5つ全ての組み合わせとして導入することができる。また本発明のアセト乳酸合成酵素における変異は、上記に列挙した変異の全ての組み合わせを包含する。
【0021】
また、本発明に係るアセト乳酸合成酵素の一実施の形態は(3)配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列と配列同一性が90%以上のアミノ酸配列からなるタンパク質であって、かつ、ピルビン酸をアセト乳酸に変換する活性を有するタンパク質を含む。好ましい実施の形態において、配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列との配列同一性は、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、または、99%以上である。
本発明に係るアセト乳酸合成酵素は一実施の形態として、配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質であって、かつ、ピルビン酸をアセト乳酸に変換する活性を有するタンパク質を含む。ここで、「1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列」とは、1~57個、1~50個、1~40個、1~30個、1~20個、1~10個、のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列をいう。
本発明のアセト乳酸合成酵素は上記に列挙したアミノ酸の置換変異(K40W、D42W、H123L、F267V、Q497L)に加えて、または、当該置換変異とは別に、ピルビン酸をアセト乳酸に変換する活性を有する限りにおいてさらに別の変異を有していてもよい。
【0022】
アセト乳酸合成酵素におけるピルビン酸をアセト乳酸に変換する活性の評価は、例えば、下記実施例4の手法に準じて評価することができる。ピルビン酸をアセト乳酸に変換する活性を有するというとき、例えば下記実施例4に準じた評価を行った際に、30℃または37℃条件下において、0.01U/mg以上の活性を示すことをいう。
【0023】
本発明に係るアセト乳酸合成酵素の好ましい実施の形態は、ピルビン酸からイソブタノールを生産する反応経路を有する組換え大腸菌において当該アセト乳酸合成酵素をコードする遺伝子を導入し、嫌気的条件下におけるピルビン酸からイソブタノールを生産する反応経路に用いた際に、野生型酵素と比較して、向上した乾燥菌体重量あたりのイソブタノール生産量を示すものである。
すなわち、本発明のアセト乳酸合成酵素は一実施の形態において、下記タンパク質からなるアセト乳酸合成酵素を含む:
(3)’配列番号1、9、または、13で表されるアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質であって、かつ、ピルビン酸からイソブタノールを生産する反応経路を有する組換え大腸菌において当該タンパク質をコードする遺伝子を導入した際に、野生型酵素と比較して、向上した乾燥菌体重量あたりのイソブタノール生産量を示すタンパク質
【0024】
宿主細胞においてピルビン酸からイソブタノールを生産する反応経路を構築するには、アセト乳酸合成酵素遺伝子に加えて、アセト乳酸還元酵素遺伝子、イソ吉草酸変換酵素遺伝子、2-ケト酸脱炭酸酵素遺伝子、アルコール脱水素酵素遺伝子を宿主細胞に導入すればよい。このようなピルビン酸からイソブタノール生産のための形質転換体の作製方法は公知であり、本願明細書の開示および特許第5276986号公報などを参照して実施することができる。
アセト乳酸合成酵素をイソブタノール生産の反応経路に用いた際の乾燥菌体重量あたりのイソブタノール生産量の評価は、例えば、実施例7(嫌気的条下でのイソブタノール生産)に記載の方法に準じて行うことができる。
【0025】
本発明に係るアセト乳酸合成酵素の好ましい実施の形態は、ピルビン酸からイソブタノールを生産する反応経路を有する組換え大腸菌において当該アセト乳酸合成酵素をコードする遺伝子を導入し、好気的条件下におけるピルビン酸からイソブタノールを生産する反応経路に用いた際に、野生型酵素と比較して、向上した乾燥菌体重量あたりのイソブタノール生産量を示すものである。
【0026】
本発明は別の態様において、上記に記載のアセト乳酸合成酵素のいずれかをコードするポリヌクレオチドを提供する。本発明に係るポリヌクレオチドの一実施の形態は、配列番号2、6、10、14、または、18で表されるDNA配列からなるポリヌクレオチドを含む。好ましい実施の形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは配列番号2、10、または、14で表されるDNA配列からなるポリヌクレオチドである。配列番号2、6、10、14、または、18で表されるDNA配列からなるポリヌクレオチドは、それぞれ配列番号1、5、9、13、または、17で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする。本発明に係るポリヌクレオチドは、上記の例に限定されず、導入する宿主細胞により適宜好ましい最適コドンを有するポリヌクレオチドとして提供することができる。
【0027】
本発明は別の態様において、上記本発明のアセト乳酸合成酵素をコードするポリヌクレオチドを組込んだベクターを提供する。当該ベクターは本発明に係るアセト乳酸合成酵素を発現可能なように当該ポリヌクレオチドを含む。ベクターおよびその構成は、アセト乳酸合成酵素を発現させる条件(例えば、宿主細胞の種類)に応じて適宜好ましい公知のベクターを採用することができる。
また本発明のアセト乳酸合成酵素をコードするポリヌクレオチドを組込んだベクターは、さらにアセト乳酸還元酵素遺伝子、イソ吉草酸変換酵素遺伝子、2-ケト酸脱炭酸酵素遺伝子、および、アルコール脱水素酵素遺伝子からなる群より選択される1つまたは複数の遺伝子をコードするポリヌクレオチドを含んでいても良い。
【0028】
本発明は別の態様において、上記ベクターにより形質転換されていることを特徴とする形質転換体を提供する。
イソブタノール生成のための宿主細胞としては、アセト乳酸合成酵素を発現可能な細胞であれば限定されず、例えば、酵母(Saccharomyces cerevisiae)、コリネ型細菌(Corynebacterium glutamicum)、枯草菌(Bacillus subtilis)、シアノバクテリア、クロストリジウム属(Clostridium thermocellum、Clostridium cellulotycum)、ラルストニア属(Ralstonia eutropha)、ジオバチラス属(Geobacillus thermoglucosidasius)、ヒドロゲノフィラス属(Hydrogenophilus thermoluteolus)等を挙げることができる。
本発明のベクターを宿主細胞に導入して形質転換体を得る方法は公知であり、エレクトロポレーションなど適宜好ましい手法を採用することができる。
【0029】
本発明の形質転換体の一実施の形態は、アセト乳酸合成酵素の発現に加えて、さらにアセト乳酸還元酵素、イソ吉草酸変換酵素、2-ケト酸脱炭酸酵素、および、アルコール脱水素酵素を発現するように形質転換されている。上記5つの酵素をコードする遺伝子は、一つまたは複数のベクターを用いて宿主細胞に導入することができる。
【0030】
また本発明は別の態様として、本発明に係る形質転換体を培養することを特徴とする、イソブタノールの製造方法を提供する。
培養に用いる培地としては、グルコース等の炭素源を含む通常の培地を用いることができる。
培養の温度は8~47℃とすることができ、培養時間は12~120時間とすることができる。培養は振とう培養が好ましく、振とうの条件は100~300rpmとすることができる。また、培養は嫌気的条件で行うこともできるし、好気的条件で行うこともできる。
本発明に係るイソブタノールの製造方法は、好ましい一実施の形態において、好気的条件下で、アセト乳酸合成酵素を発現可能な形質転換体を培養する工程を含む。
本明細書における好気的条件は、羽根付フラスコ、振とうフラスコ、ジャーファーメンターなどを用いることで攪拌中に多量の空気を培養液中に巻き込み通気効率を顕著に向上させることにより達成される。このとき、振とう条件は100~300rpmとすることが好ましい。また、羽根付フラスコとしては例えばSIBATA製016310-500A、IWAKI製4551FK500R等を用いることができる。
【0031】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。
【実施例0032】
(実施例1)
大腸菌内にピルビン酸をイソブタノールに変換する反応経路を構築するため、データベースから、5酵素(アセト乳酸合成酵素(Bacillus subtilis由来)、アセト乳酸還元酵素(Escherichia coli由来)、イソ吉草酸変換酵素(Escherichia coli由来)、2-ケト酸脱炭酸酵素(Lactococcus lactis由来)、アルコール脱水素酵素(Saccharomyces cerevisiae由来))をコードする遺伝子の配列情報をそれぞれ取得した(配列番号23、25、27、または、29に示す塩基配列;また対応するアミノ酸配列を配列番号24、26、28、30として示す)。得られた配列情報を、サーモフィッシャーのHPで大腸菌に適したコドン配列になるように設計し、コドン最適化した塩基配列の遺伝子をそれぞれ全合成した(アセト乳酸合成酵素遺伝子含有プラスミド:pMA-T/alsS、アセト乳酸還元酵素遺伝子およびイソ吉草酸変換酵素遺伝子含有プラスミド:pMK-RQ/ilvCD、2-ケト酸脱炭酸酵素遺伝子含有プラスミド:pMA-T/kivd、アルコール脱水素酵素遺伝子含有プラスミド:pMA-T/ADH2)。アセト乳酸合成酵素遺伝子alsSおよび2-ケト酸脱炭酸酵素遺伝子kivdは、制限酵素NcoIおよびBamHIで切り出し、アセト乳酸還元酵素遺伝子およびイソ吉草酸変換酵素遺伝子ilvCDならびにアルコール脱水素酵素遺伝子ADH2は、制限酵素NdeIおよびXhoIで切り出した。得られたアセト乳酸合成酵素遺伝子、ならびに、アセト乳酸還元酵素遺伝子およびイソ吉草酸変換酵素遺伝子は大腸菌用発現ベクターpCDFDuet-1に挿入し、2-ケト酸脱炭酸酵素遺伝子およびアルコール脱水素酵素遺伝子は大腸菌用発現ベクターpCOLADuet-1に挿入し、図1に記載のプラスミド(pCDFDuet-1/alsS-ilvCD、pCOLADuet-1/kivd-ADH2)を作製した。
【0033】
(実施例2)
実施例1に記載の遺伝子のうち、アセト乳酸合成酵素遺伝子について、Rosetta(ソフトウェア)を用いて変異型酵素の設計を行った。具体的には、まず、Spartan’18(ソフトウェア)を使って、基質の化学構造を分子力学法に基づいて、基質分子の可動範囲を計算した。次に、プロテインデータバンク(PDB)に登録されている当該酵素の結晶構造(PDB ID:4RJK)と計算した基質分子を用いて、酵素-基質複合体が最も安定になる状態を、Rosettaによるドッキングシミュレーションで計算した。この場合、安定とは、Rosetta独自のエネルギー関数に基づく、酵素と基質の結合エネルギー及び複合体全体の安定性を示す全体構造のエネルギーが低くなる状態のことをいう。尚、計算するドッキングモデルは2000個とした。得られた2000モデルの安定性、すなわち酵素と基質の結合エネルギー及び複合体全体の安定性を示す全体構造のエネルギーを、Jupyter Notebook(ソフトウェア)を使って順位付けし、上位10個の酵素-基質複合体モデルを抽出した。さらに、分子モデリング表示ソフトウェアを用いて、酵素と基質の結合距離および結合角から理想的な触媒構造を形成する1個のベストモデルに絞り込んだ。
【0034】
Rosettaを用いて、理想的な1個のベストモデルにおいて、残基との距離が9Å以内になる触媒アミノ酸残基に対して、全種類のアミノ酸(20種類)で置換した場合の安定性を総当たりで計算した。その際、計算するドッキングモデルは1000個とした。ここでさらに安定性の指標として触媒構造の制約エネルギーを追加し、Jupyter Notebookを使って順位付けし、変異箇所の候補となる上位10個の酵素-基質複合体モデルを抽出した。5個同時に変異させるのがベストとの解が出ている。
【0035】
変異体1は、40番目のリジンをトリプトファンに置換した変異体(配列番号1)であり、pMA-T/alsSを鋳型として、2種類のオリゴヌクレオチド(配列番号3および4)をプライマーとして使用したPCRで増幅し、配列置換を導入したものである(配列番号2)。変異体2は、42番目のアスパラギン酸をトリプトファンに置換した変異体(配列番号5)であり、pMA-T/alsSを鋳型として、2種類のオリゴヌクレオチド(配列番号7および8)をプライマーとして使用したPCRで増幅し、配列置換を導入したものである(配列番号6)。変異体3は、123番目のヒスチジンをロイシンに置換した変異体(配列番号9)であり、pMA-T/alsSを鋳型として、2種類のオリゴヌクレオチド(配列番号11および12)をプライマーとして使用したPCRで増幅し、配列置換を導入したものである(配列番号10)。変異体4は、267番目のフェニルアラニンをバリンに置換した変異体(配列番号13)であり、pMA-T/alsSを鋳型として、2種類のオリゴヌクレオチド(配列番号15および16)をプライマーとして使用したPCRで増幅し、配列置換を導入したものである(配列番号14)。変異体5は、497番目のグルタミンをロイシンに置換した変異体(配列番号17)であり、pMA-T/alsSを鋳型として、2種類のオリゴヌクレオチド(配列番号19および20)をプライマーとして使用したPCRで増幅し、配列置換を導入したものである(配列番号18)。
【0036】
(実施例3)
野生型(配列番号22)または変異型1-5のalsS遺伝子(配列番号2、6、10、14、または、18)を配した酵素発現用プラスミドをもつ組換え大腸菌を20g/Lラクトースを含むLB培地で培養し、得られた菌体をソニケーションで破砕して粗抽出液を調製した。得られた粗抽出液をニッケルカラムに供し、各変異型酵素の精製標品を調製した(図2)。
【0037】
(実施例4)
各アセト乳酸合成酵素の活性を下記のようにして測定した。10mMMOPS(pH7.0)、1mM塩化マグネシウム、0.1mMチアミンピロリン酸、および10mMピルビン酸を含む反応液中に50μgの酵素精製標品を加え、37℃で10分間反応させたのち、1mLの50%(v/v)硫酸を添加し、37℃で25分間反応させ、4℃で20,000×gで5分間遠心し、上清に0.5mLの2M水酸化ナトリウム、1mLの5g/Lクレアチン、および1mLの50g/Lα-ナフトールを加え、37℃で10分間反応させたのち、分光光度計で530nmの吸光度を測定した。1Uは、1分間に1μmolのピルビン酸をアセト乳酸に変換できる酵素量と定義する。タンパク質量は、Qubit Protein Assay Kitで測定した。各酵素の精製標品を用いて37℃条件下で活性測定を行った結果、変異導入前の野生型酵素の活性は2.40U/mg、変異体1の活性は0.06U/mg、変異体2の活性は0.35U/mg、変異体3の活性は0.05U/mg、変異体4の活性は1.07U/mg、変異体5の活性は0.83U/mgであった。また、30℃条件下で活性測定を行った結果、野生型酵素の活性は1.75U/mg、変異体1の活性は0.05U/mg、変異体2の活性は0.32U/mg、変異体3の活性は0.04U/mg、変異体4の活性は1.04U/mg、変異体5の活性は0.80U/mgであった。
【0038】
(実施例5)
図1に記載のプラスミドであって、アセト乳酸合成酵素遺伝子として野生型(配列番号22)または変異型1-5のalsS遺伝子(配列番号2、6、10、14、または、18)を有するプラスミドを構築した。各プラスミドをエレクトロポレーションでDE3化処理した大腸菌内に導入して遺伝子組換え大腸菌を作製した。組換え大腸菌を、酵母エキス20g/L、グルコース50g/Lを含むM9最少培地で、羽根付フラスコを使って30℃、48時間、180rpmで振とう培養した。羽根付フラスコを用いることで、攪拌中に空気が培養液中に巻き込まれやすくなり、通常のフラスコよりも好気的な条件になる。菌体量はOD600の値を乾燥菌体重量に換算して示す。グルコース、酢酸、イソブタノールは、HPLC法で定量した。その結果、野生型酵素と比較して、変異体3および4は培養30時間及び48時間のイソブタノール生産量が高くなることが分かった(図3)。また変異体3は、培養24時間でも野生型によるイソブタノール生産量を上回った。さらに、乾燥菌体重量あたりのイソブタノール生産量を比較すると、変異体3と4は24,30,48時間培養のいずれにおいても、野生型のイソブタノール生産量を上回っていることが分かった(図3)。すなわち、変異型3および4を大腸菌に導入することで、細胞あたりのイソブタノール生産量が向上していることが分かった。
【0039】
(実施例6)
実施例5で作製した各組換え大腸菌を、酵母エキス20g/L、グルコース50g/Lを含むM9最少培地で、スクリューキャップフラスコを使って30℃、48時間、100rpmで振とう培養した。スクリューキャップフラスコを用いることで、外部からの酸素供給が遮断され、通常のフラスコよりも嫌気的な条件になる。菌体量はOD600の値を乾燥菌体重量に換算して示す。グルコース、酢酸、イソブタノールは、HPLC法で定量した。その結果、野生型酵素と比較して、変異体1、3、および4は、培養21時間、24時間、30時間、48時間のイソブタノール生産量が高くなることが分かった(図4)。また、変異体3および4は、48時間でも野生型によるイソブタノール生産量を上回った。さらに、乾燥菌体重量あたりのイソブタノール生産量を比較すると、変異体1、3、および4は21、24、30時間培養のいずれにおいても野生型のイソブタノール生産量を上回っていることが分かった(図4)。また、変異体3および4は48時間培養においても野生型のイソブタノール生産量を上回った。すなわち、変異型1、3、および4を大腸菌に導入することで、細胞あたりのイソブタノール生産量が向上していることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の変異型酵素はピルビン酸をアセト乳酸に不可逆的に変換する反応を変化させているため、大腸菌等の生物においてピルビン酸を細胞合成や各種物質生産に使用する通常の流れも変化し、その結果、グルコース等で培養した菌体中でアセト乳酸の合成に向かう経路にも変化が生じ、イソブタノール生産を向上させることができる。
図1
図2A
図2B
図3
図4
【配列表】
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