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特開2023-20443ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023020443
(43)【公開日】2023-02-09
(54)【発明の名称】ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 3/22 20060101AFI20230202BHJP
   C08L 81/02 20060101ALI20230202BHJP
   C08K 5/098 20060101ALI20230202BHJP
   C08K 5/54 20060101ALI20230202BHJP
   C08J 3/24 20060101ALI20230202BHJP
【FI】
C08J3/22 CEZ
C08L81/02
C08K5/098
C08K5/54
C08J3/24 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021125811
(22)【出願日】2021-07-30
(71)【出願人】
【識別番号】390006323
【氏名又は名称】ポリプラスチックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】立堀 良祐
【テーマコード(参考)】
4F070
4J002
【Fターム(参考)】
4F070AA58
4F070AB24
4F070AC16
4F070AC28
4F070AC53
4F070AD02
4F070AE01
4F070AE08
4F070FA01
4F070FB04
4F070FB06
4F070FB07
4F070FB08
4F070FC03
4F070FC06
4F070GA01
4F070GA08
4F070GB03
4J002CN011
4J002DE216
4J002DE226
4J002DE236
4J002EX017
4J002EX037
4J002EX067
4J002EX077
4J002EX087
4J002FD016
4J002FD147
4J002GN00
4J002GQ00
(57)【要約】
【課題】低溶融粘度のポリアリーレンサルファイド樹脂とアルコキシシラン化合物と塩基性炭酸塩とを併用しながらも、連続成形性が良好なポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法を提供する。
【解決手段】所定の溶融粘度のポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対して、0.2~50質量部のアルコキシシラン化合物を混合してマスターバッチを調製する工程A、マスターバッチ中のアルコキシシラン化合物の一部を縮合させ、アルコキシシラン化合物の縮合物の比率をアルコキシシラン化合物の0.5~60質量%とする工程B、及び工程Bで得られたマスターバッチと、塩基性炭酸塩を含む、少なくとも1種の無機充填剤と、他の成分とを含有する原料を溶融混練する工程C、を含むポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度310℃及びせん断速度1200sec-1で測定した溶融粘度が5~80Pa・sであるポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対して、0.2~50質量部のアルコキシシラン化合物を混合してマスターバッチを調製する工程A、
前記マスターバッチ中の前記アルコキシシラン化合物の一部を縮合させ、前記アルコキシシラン化合物の縮合物の比率を前記アルコキシシラン化合物の0.5~60質量%とする工程B、及び
前記工程Bで得られたマスターバッチであって、前記アルコキシシラン化合物の縮合物の比率が前記範囲内のマスターバッチと、塩基性炭酸塩を含む、少なくとも1種の無機充填剤と、他の成分とを含有する原料を溶融混練する工程C、
を含む、ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【請求項2】
前記工程Aで用いたポリアリーレンサルファイド樹脂と同一の又は異なる新たなポリアリーレンサルファイド樹脂を準備する工程Dをさらに含み、
すべてのポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対する、前記アルコキシシラン化合物と前記アルコキシシラン化合物の縮合物との総量が0.2~3.0質量部になるように、前記工程Cにおいて、前記工程Bで得られたマスターバッチと、前記工程Dで準備したポリアリーレンサルファイド樹脂とを含有する原料を溶融混練する、請求項1に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【請求項3】
前記工程Cにおいて、前記原料の溶融混練を押出機により行い、前記押出機内のシリンダー温度を290~380℃に設定する、請求項1又は2に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【請求項4】
前記工程Cにおける原料中の無機充填剤の含有量が、前記ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物100質量部に対して10~315質量部である、請求項1~3のいずれか1項に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【請求項5】
前記アルコキシシラン化合物が、エポキシアルコキシシラン、アミノアルコキシシラン、ビニルアルコキシシラン、及びメルカプトアルコキシシランからなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【請求項6】
前記アルコキシシラン化合物が、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-アミノプロピルメチルジエトキシシラン、N-(β-アミノエチル)-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-フェニル-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-ジアリルアミノプロピルトリメトキシシラン、γ-ジアリルアミノプロピルトリエトキシシランからなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【請求項7】
前記ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の溶融粘度が150~600Pa・sである、請求項1~6のいずれか1項に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアリーレンサルファイド(以下、PASともいう)樹脂の一種であるポリフェニレンサルファイド(以下、PPSともいう)樹脂は、高い耐熱性、機械的物性、耐化学薬品性、難燃性を有している。そのため、押出成形・射出成形用途を中心に各種自動車部品や電気・電子機器部品等、幅広い分野に使用されている。
【0003】
PAS樹脂組成物において、種々の性能を向上させるため、様々な添加剤が添加される。そのような添加剤の中で、靭性の向上を目的としてアルコキシシラン化合物を添加したものが提案されている(特許文献1、2参照)。
【0004】
特許文献1には低温環境下での靭性及び成形加工性改善のためにPAS樹脂にオレフィン系共重合体及びアルコキシシラン化合物を添加したポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法が記載されている。また、特許文献2には靭性の向上を目的としてウェルド強度改善のためにPPS樹脂にアルコキシアミノシランを添加したポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法が記載されている。アルコキシアミノシラン等のアルコキシシラン化合物が水(空気中の水分等)と反応すると、アルコキシシラン化合物とPPS樹脂とが反応する前にアルコキシシラン化合物同士の縮合反応が起こり、所望の機械物性を得ることが困難である。このため、特許文献2では、予め乾燥処理を施したPPS樹脂を使用している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2019/026869号
【特許文献2】国際公開第2012/147185号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の通り、PAS樹脂組成物にアルコキシシラン化合物を添加することにより靭性を向上させることが一般に行われている。そのような靭性の向上は、アルコキシシラン化合物の添加により溶融粘度が増大することに起因する。ところが、低溶融粘度(80Pa・s以下)のPAS樹脂を用いると、そのPAS樹脂組成物の溶融粘度が低くなる傾向にある。特に、アルコキシシラン化合物の縮合物が存在すると、その分、アルコキシシラン化合物の添加による溶融粘度増大の効果を果たせなくなり、溶融粘度がより低下する傾向になると考えられる。そして、PAS樹脂組成物の溶融粘度が低いと流動性が高いため、射出成形時において、成形後、次の成形サイクル開始までに射出成形機のノズル先端からPAS樹脂組成物が漏れることがある。PAS樹脂組成物の漏れ量が多いと、漏れ出たPAS樹脂組成物を除去してから新たに成形する必要があるため、PAS樹脂組成物を用いた成形品の生産効率が低く、成形品の連続成形性の低下が問題となっている。また、本発明者は、無機充填剤として炭酸カルシウム等の塩基性炭酸塩を含む場合、PAS樹脂組成物の漏れ量が特に多く、成形品の連続成形性低下の問題が顕著であることを見出した。
【0007】
本発明は、上記の実情を鑑みてなされたものであって、低溶融粘度のポリアリーレンサルファイド樹脂とアルコキシシラン化合物と塩基性炭酸塩とを併用しながらも、連続成形性が良好なポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、塩基性炭酸塩を含む無機充填剤を含有する場合、射出成形時におけるPAS樹脂組成物の漏れが顕著であり、その原因は、PAS樹脂組成物中の水分にあることを見出してなされたものである。
【0009】
上記目的を達成する本発明の一態様は、以下のとおりである。
(1)温度310℃及びせん断速度1200sec-1で測定した溶融粘度が5~80Pa・sであるポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対して、0.2~50質量部のアルコキシシラン化合物を混合してマスターバッチを調製する工程A、
前記マスターバッチ中の前記アルコキシシラン化合物の一部を縮合させ、前記アルコキシシラン化合物の縮合物の比率を前記アルコキシシラン化合物の0.5~60質量%とする工程B、及び
前記工程Bで得られたマスターバッチであって、前記アルコキシシラン化合物の縮合物の比率が前記範囲内のマスターバッチと、塩基性炭酸塩を含む、少なくとも1種の無機充填剤と、他の成分とを含有する原料を溶融混練する工程C、
を含む、ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【0010】
(2)前記工程Aで用いたポリアリーレンサルファイド樹脂と同一の又は異なる新たなポリアリーレンサルファイド樹脂を準備する工程Dをさらに含み、
すべてのポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対する、前記アルコキシシラン化合物と前記アルコキシシラン化合物の縮合物との総量が0.2~3.0質量部になるように、前記工程Cにおいて、前記工程Bで得られたマスターバッチと、前記工程Dで準備したポリアリーレンサルファイド樹脂とを含有する原料を溶融混練する、前記(1)に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【0011】
(3)前記工程Cにおいて、前記原料の溶融混練を押出機により行い、前記押出機内のシリンダー温度を290~380℃に設定する、前記(1)又は(2)に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【0012】
(4)前記工程Cにおける原料中の無機充填剤の含有量が、前記ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物100質量部に対して10~315質量部である、前記(1)~(3)のいずれかに記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【0013】
(5)前記アルコキシシラン化合物が、エポキシアルコキシシラン、アミノアルコキシシラン、ビニルアルコキシシラン、及びメルカプトアルコキシシランからなる群より選択される少なくとも1種を含む、前記(1)~(4)のいずれかに記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【0014】
(6)前記アルコキシシラン化合物が、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-アミノプロピルメチルジエトキシシラン、N-(β-アミノエチル)-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-フェニル-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-ジアリルアミノプロピルトリメトキシシラン、γ-ジアリルアミノプロピルトリエトキシシランからなる群より選択される少なくとも1種を含む、前記(1)~(5)のいずれかに記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【0015】
(7)前記ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の溶融粘度が150~600Pa・sである、前記(1)~(6)のいずれかに記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、低溶融粘度のポリアリーレンサルファイド樹脂とアルコキシシラン化合物と塩基性炭酸塩とを併用しながらも、連続成形性が良好なポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本実施形態について詳細に説明するが、本実施形態は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本実施形態の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0018】
本明細書等において、マスターバッチとは、加熱・溶融混練、ペレット化せず、単に原料を攪拌させて得られる混合物のことを意味する。
【0019】
<ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法>
本実施形態のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物の製造方法は、温度310℃及びせん断速度1200sec-1で測定した溶融粘度が5~80Pa・sであるポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対して、0.2~50質量部のアルコキシシラン化合物を混合してマスターバッチを調製する工程Aを含む。また、マスターバッチ中のアルコキシシラン化合物の一部を縮合させ、アルコキシシラン化合物の縮合物の比率をアルコキシシラン化合物の0.5~60質量%とする工程Bを含む。さらに、工程Bで得られたマスターバッチであって、アルコキシシラン化合物の縮合物の比率が前記範囲内のマスターバッチと、塩基性炭酸塩を含む、少なくとも1種の無機充填剤と、他の成分とを含有する原料を溶融混練する工程Cを含む。
【0020】
上記の通り、本発明者は、炭酸カルシウム等の塩基性炭酸塩を含む場合、PAS樹脂組成物の漏れ量が特に多く、成形品の連続成形性低下の問題が顕著であることを見出した。その原因は、水分であると推定される。水分は、アルコキシシラン化合物の縮合物の比率に左右され、その比率が高いほど水分量が多いと推定される。従って、アルコキシシラン化合物の縮合物を減じることで水分が減少し、PAS樹脂組成物の漏れ量が減少すると考えられる。但し、アルコキシシラン化合物の縮合物が少なすぎても、PAS樹脂組成物の溶融粘度の増大が見られるため、PAS樹脂組成物の漏れ量と溶融粘度とのバランスから上記のような、アルコキシシラン化合物の縮合物の比率を規定している。
以下、各工程について説明する。
【0021】
[工程A]
工程Aにおいては、温度310℃及びせん断速度1200sec-1で測定した溶融粘度が5~80Pa・sであるPAS樹脂100質量部に対して、0.2~50質量部のアルコキシシラン化合物を混合してマスターバッチを調製する。
【0022】
マスターバッチを調製する際に混合するアルコキシシラン化合物の含有量がPAS樹脂100質量部に対して0.2~50質量部であると、マスターバッチ中の、アルコキシシラン化合物に対するアルコキシシラン化合物の縮合物の比率を、所定の比率に調整することが容易である。また、配管の詰まりを抑制でき、取扱いが容易である。当該アルコキシシラン化合物の含有量は、PAS樹脂100質量部に対して0.2~50質量部であり、0.3~25質量部であることが好ましく、0.5~15質量部であることがより好ましく、1.0~10質量部であることがさらに好ましい。
【0023】
当該マスターバッチを調製する方法としては、例えば、PAS樹脂及びアルコキシシラン化合物をドライブレンドする方法等が挙げられ、タンブラー又はヘンシェルミキサー等を用いたブレンド方法が好ましい。
以下に、工程Aで用いる原料について説明する。
【0024】
[原料]
(ポリアリーレンサルファイド樹脂)
PAS樹脂は、構造単位として、-(Ar-S)-を主として構成された樹脂である(Arはアリーレン基を表す)。本実施形態では、一般的に知られている分子構造のポリアリーレンサルファイド樹脂を使用することができる。例えば、アリーレン基として、p-フェニレン基、m-フェニレン基、及びo-フェニレン基等のフェニレン基、p,p’-ビフェニレン基、p,p’-ジフェニレンエーテル基、p,p’-ジフェニレンカルボニル基、p,p’-ジフェニレンスルホン基、及びナフチレン基等を使用することができる。
PAS樹脂は、-(Ar-S)-で表される構造単位の中で、同一の構造単位を用いたホモポリマーのほか、用途によっては異種の構造単位を含むコポリマーとすることができる。
【0025】
ホモポリマーとしては、アリーレン基としてp-フェニレン基を有する、p-フェニレンサルファイド基を構造単位とするものが好ましい。p-フェニレンサルファイド基を構造単位とするホモポリマーは、極めて高い耐熱性を持ち、広範な温度領域で高強度、高剛性、さらに高い寸法安定性を示すからである。このようなホモポリマーを用いることで非常に優れた物性を備える成形品を得ることができる。
【0026】
コポリマーとしては、上記のアリーレン基を含むアリーレンサルファイド基の中で異なる2種以上のアリーレンサルファイド基の組み合わせが使用できる。これらの中では、p-フェニレンサルファイド基とm-フェニレンサルファイド基とを含む組み合わせが、耐熱性、成形性、機械的特性等の高い物性を備える成形品を得るという観点から好ましい。
p-フェニレンサルファイド基を70mol%以上含むポリマーがより好ましく、80mol%以上含むポリマーがさらに好ましい。なお、フェニレンサルファイド基を有するPAS樹脂は、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS樹脂)である。
【0027】
一般にPPS樹脂は、その製造方法により、実質的に線状で分岐や架橋構造を有しない分子構造のものと、分岐や架橋を有する構造のものが知られているが、PAS樹脂としてはその何れのタイプを用いてもよい。
【0028】
PAS樹脂の溶融粘度は、靭性及び流動性の観点から、温度310℃及びせん断速度1200sec-1の条件下において5~80Pa・sである。PAS樹脂の溶融粘度は、7~70Pa・sであると好ましく、10~60Pa・sであるとより好ましく、13~50Pa・sであるとさらに好ましい。
なお、本実施形態においては、溶融粘度が80Pa・s以下のPAS樹脂とアルコキシシラン化合物とを用いた場合に起こり得る、連続成形性が低下するという課題の解決を図ったものである。従って、溶融粘度が80Pa・s超のPAS樹脂は本実施形態の対象外である。
【0029】
(アルコキシシラン化合物)
アルコキシシラン化合物としては、特に限定されるものではなく、例えば、エポキシアルコキシシラン、アミノアルコキシシラン、ビニルアルコキシシラン、メルカプトアルコキシシラン等が挙げられ、これらの1種又は2種以上が用いられる。なお、アルコキシ基の炭素数は1~10が好ましく、特に好ましくは1~4である。
【0030】
エポキシアルコキシシランの例としては、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。
【0031】
アミノアルコキシシランの例としては、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-アミノプロピルメチルジエトキシシラン、N-(β-アミノエチル)-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-フェニル-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-ジアリルアミノプロピルトリメトキシシラン、γ-ジアリルアミノプロピルトリエトキシシラン等が挙げられ、これらの1種又は2種以上が用いられる。
【0032】
ビニルアルコキシシランの例としては、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリス(β-メトキシエトキシ)シラン等が挙げられる。
【0033】
メルカプトアルコキシシランの例としては、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。
【0034】
これらの中でも、エポキシアルコキシシランとアミノアルコキシシランが好ましく、特に好ましいものはγ-アミノプロピルトリエトキシシランである。
【0035】
[工程B]
工程Bにおいては、マスターバッチ中のアルコキシシラン化合物の一部を縮合させ、アルコキシシラン化合物の縮合物の比率をアルコキシシラン化合物の0.5~60質量%とする。
【0036】
PAS樹脂組成物の優れた連続成形性を得る観点から、マスターバッチ中のアルコキシシラン化合物のうち、縮合物の比率は0.5~60質量%としている。当該縮合物の比率は、0.6~50質量%が好ましく、0.7~45質量%がより好ましい。なお、縮合物の比率が0.5質量%未満であると、PAS樹脂組成物中の無機充填剤量が多い場合、溶融粘度が高くなりすぎることがある。
【0037】
アルコキシシラン化合物の縮合物量は、加水分解するアルコキシシラン化合物量に依存する。アルコキシシラン化合物の縮合物量を調整する手法としては、(1)アルコキシシラン化合物やマスターバッチを保管する環境の湿度や系の水蒸気透過率を調整する、(2)アルコキシシラン化合物やマスターバッチの保管時間を調整する、(3)工程Aにおけるマスターバッチ中のPAS樹脂とアルコキシシラン化合物の混合比率を調整する、等が挙げられる。具体例としては、例えば、工程Aにおけるマスターバッチを、PAS樹脂100質量部に対して、アルコキシシラン化合物を2質量部混合して調製し、温度40℃、湿度80%RHで40分間保管すると縮合物量が43質量%となる。また、工程Aにおけるマスターバッチを、PAS樹脂100質量部に対して、アルコキシシラン化合物を25質量部混合して調製し、温度23℃、湿度40%RHで10分間保管すると縮合物量が1質量%となる。アルコキシシラン化合物の縮合物量が0.5~60質量%であると、連続成形性に優れるPAS樹脂組成物を得ることができる。
また、上記(1)~(3)の手法等により、アルコキシシラン化合物の縮合物を生成した後、新たにアルコキシシラン化合物を添加して、縮合物の比率を下げることによっても、アルコキシシラン化合物の縮合物量を調整することができる。例えば、縮合物の比率が60質量%を超えても、さらにアルコキシシラン化合物を添加して、縮合物の比率を、最終的に0.5~60質量%に調整することができる。
【0038】
なお、最終的な生成物であるPAS樹脂組成物においては、PAS樹脂と反応して縮合したアルコキシシラン化合物の縮合物と、水と反応して縮合したアルコキシシラン化合物の縮合物と、を区別することができない。このため、マスターバッチでの状態において水と反応して縮合するアルコキシシラン化合物の縮合物量を調整する必要がある。
【0039】
ここで、マスターバッチ中のアルコキシシラン化合物の縮合物の比率の算出方法の一例について説明する。
【0040】
マスターバッチ中には、少なくともPAS樹脂、アルコキシシラン化合物、及びアルコキシシラン化合物が加水分解して生じるアルコキシシラン化合物の縮合物が含まれている。
なお、アルコキシシラン化合物はアセトンに可溶である一方で、アルコキシシラン化合物の縮合物は、アセトンに不溶である。
【0041】
まず、アルミカップの質量Aを精密天秤で測定する(工程1)。
【0042】
次に、アルミカップを精密天秤に載せた状態でゼロ合わせを行い、さらにアルミカップ上にメンブランフィルターを載せ、メンブランフィルターの質量Bを測定する(工程2)。次に、秤量したメンブランフィルターを吸引ロートに設置する(工程3)。このとき、精密天秤には、アルミカップのみがある。
【0043】
次に、アルミカップにマスターバッチを入れ、質量Cを測定する(工程4)。次に、メンブランフィルターを設置したロートに、秤量したマスターバッチを入れる。アルミカップをアセトンで洗い、洗浄液もロートに入れる(工程5)。
【0044】
次に、ロートの周辺を洗いながらアセトンを加え、3秒程度スパチュラで撹拌し、吸引ろ過する。アセトンを加え、スパチュラで撹拌し、吸引ろ過する工程をさらに2回行う(工程6)。
【0045】
次に、残留物及びメンブランフィルターをアルミカップに載せ、真空乾燥機を用いて40℃、2時間乾燥し、質量Dを測定する(工程7)。
【0046】
アルコキシシラン化合物中の縮合物の比率は以下式で表される。
縮合物の比率(質量%)=(マスターバッチに含まれる、アルコキシシラン化合物中の縮合物の質量/マスターバッチ調製時に配合したアルコキシシラン化合物の質量)×100={[{質量D-(質量A+質量B)}-質量C×(1-E-F)]/(質量C×E)}×100
【0047】
上記式中、Eはマスターバッチ中のアルコキシシラン化合物濃度(g/g)を表し、Fはマスターバッチ中のアルコキシシラン化合物以外のアセトンに溶解する物質濃度(g/g)を表す。
【0048】
以上の工程により、マスターバッチ中のアルコキシシラン化合物の縮合物の比率を算出することができる。
【0049】
本実施形態においては、工程Aで調製したマスターバッチ中のアルコキシシラン化合物の一部を工程Bにおいて縮合させるが、工程Aと工程Bとの間の期間が長い場合、水分により縮合反応が起こらないように乾燥状態で保存することが好ましい。本実施形態においては、塩基性炭酸塩を含む無機充填剤を含有するため、特に水分の影響により、射出成形時におけるPAS樹脂組成物の漏れが生じやすい。そのため、マスターバッチを乾燥状態で保存することが特に重要である。
あるいは、工程A及び工程Bを終えた後、工程Cまでの期間が長い場合において、工程Bで得られたマスターバッチ中の縮合物の比率が変化しないように乾燥状態で保存することが好ましい。
もっとも、マスターバッチ中の縮合物の比率が変化した場合であっても、押出機へ投入する際のマスターバッチ中の縮合物量が規定範囲を満たしていればよい。例えば、マスターバッチ中の縮合物中の縮合物の比率が増大した場合、押出機に投入する際、新たにアルコキシシラン化合物を添加して縮合物量の比率を下げることができる。
【0050】
[工程C]
工程Cにおいては、工程Bで得られたマスターバッチであって、アルコキシシラン化合物の縮合物の比率が前記範囲内のマスターバッチと、塩基性炭酸塩を含む、少なくとも1種の無機充填剤と、他の成分とを含有する原料を溶融混練する。
【0051】
(無機充填剤)
本実施形態においては、機械的物性の向上を図る観点から、PAS樹脂組成物中に、塩基性炭酸塩を含む、少なくとも1種の無機充填剤を含有する。無機充填剤として、塩基性炭酸塩以外のものとしては、繊維状無機充填剤(但し、塩基性炭酸塩を除く)、粉粒状無機充填剤(但し、塩基性炭酸塩を除く)、板状無機充填剤(但し、塩基性炭酸塩を除く)が挙げられる。そして、これらのうち1種を用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0052】
塩基性炭酸塩としては、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸アンモニウム、炭酸亜鉛等が挙げられる。
【0053】
炭酸カルシウムの上市品の例としては、東洋ファインケミカル(株)製、ホワイトンP-30(平均粒子径(50%d):5μm)等が挙げられる。
【0054】
本実施形態においては、PAS樹脂100質量部に対して、塩基性炭酸塩が0.5~315質量部の含有量のときに、射出成形時においてPAS樹脂組成物の漏れの低減の効果を発揮し得る。
【0055】
次いで、塩基性炭酸塩以外の無機充填剤について説明する。
【0056】
塩基性炭酸塩を除く繊維状無機充填剤としては、ガラス繊維、炭素繊維、酸化亜鉛繊維、酸化チタン繊維、ウォラストナイト、シリカ繊維、シリカ-アルミナ繊維、ジルコニア繊維、窒化硼素繊維、窒化ケイ素繊維、硼素繊維、チタン酸カリ繊維、等の鉱物繊維、ステンレス繊維、アルミニウム繊維、チタン繊維、銅繊維、真鍮繊維等の金属繊維状物質が挙げられ、これらを1種又は2種以上用いることができる。中でも、ガラス繊維が好ましい。
【0057】
ガラス繊維の上市品の例としては、日本電気硝子(株)製、チョップドガラス繊維(ECS03T-790DE、平均繊維径:6μm)、オーウェンス コーニング ジャパン(同)製、チョップドガラス繊維(CS03DE 416A、平均繊維径:6μm)、日本電気硝子(株)製、チョップドガラス繊維(ECS03T-747H、平均繊維径:10.5μm)、日本電気硝子(株)製、チョップドガラス繊維(ECS03T-747、平均繊維径:13μm)、日東紡績(株)製、異形断面チョップドストランド CSG 3PA-830(長径28μm、短径7μm)、日東紡績(株)製、異形断面チョップドストランド CSG 3PL-962(長径20μm、短径10μm)等が挙げられる。
【0058】
繊維状無機充填剤は、一般的に知られているエポキシ系化合物、イソシアネート系化合物、シラン系化合物、チタネート系化合物、脂肪酸等の各種表面処理剤により表面処理されていてもよい。表面処理により、PAS樹脂との密着性を向上させることができる。表面処理剤は、材料調製の前に予め繊維状無機フィラーに適用して表面処理又は収束処理を施しておくか、又は材料調製の際に同時に添加してもよい。
【0059】
繊維状無機フィラーの繊維径は、特に限定されないが、初期形状(溶融混練前の形状)において、例えば5μm以上30μm以下とすることができる。ここで、繊維状無機フィラーの繊維径とは、繊維状無機フィラーの繊維断面の長径をいう。
【0060】
塩基性炭酸塩を除く粉粒状無機充填剤としては、タルク(粒状)、カーボンブラック、シリカ、石英粉末、ガラスビーズ、ガラス粉、ケイ酸カルシウム、ケイ酸アルミニウム、珪藻土等のケイ酸塩、酸化鉄、酸化チタン、酸化亜鉛、アルミナ(粒状)等の金属酸化物、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の金属硫酸塩、その他炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化ホウ素、各種金属粉末等が挙げられ、これらを1種又は2種以上用いることができる。中でも、ガラスビーズが好ましい。
ガラスビーズの上市品の例としては、ポッターズ・バロティーニ(株)製、EGB731A(平均粒子径(50%d):20μm)、ポッターズ・バロティーニ(株)製、EMB-10(平均粒子径(50%d):5μm)等が挙げられる。
粉粒状無機充填剤においても、繊維状無機充填剤と同様に表面処理されていてもよい。
【0061】
塩基性炭酸塩を除く板状無機充填剤としては、例えば、ガラスフレーク、タルク(板状)、マイカ、カオリン、クレイ、アルミナ(板状)、各種の金属箔等が挙げられ、これらを1種又は2種以上用いることができる。中でも、ガラスフレーク、タルクが好ましい。
ガラスフレークの上市品の例としては、日本板硝子(株)製、REFG-108(平均粒子径(50%d):623μm)、(日本板硝子(株)製、ファインフレーク(平均粒子径(50%d):169μm)、日本板硝子(株)製、REFG-301(平均粒子径(50%d):155μm)、日本板硝子(株)製、REFG-401(平均粒子径(50%d):310μm)等が挙げられる。
タルクの上市品の例としては、松村産業(株)製、クラウンタルクPP、林化成(株)製、タルカンパウダーPKNN等が挙げられる。
板状無機フィラーにおいても、繊維状無機充填剤と同様に表面処理されていてもよい。
【0062】
本実施形態においては、塩基性炭酸塩以外の無機充填剤としては、中でも、ガラス繊維、ガラスビーズ、ガラスフレーク及びタルクからなる群より選ばれる1種又は2種以上であることが好ましい。
また、機械的物性の向上の観点から、塩基性炭酸塩を含む無機充填剤は、PAS樹脂組成物に含まれるPAS樹脂100質量部に対して10~315質量部含むことが好ましい。すなわち、工程Cにおける原料中の無機充填剤の含有量は、PAS樹脂100質量部に対して10~315質量部含むことが好ましい。当該無機充填剤の含有量は、20~300質量部含むことがより好ましく、30~280質量部含むことがさらに好ましく、35~250質量部含むことが特に好ましい。
【0063】
他の成分としては、別途準備したPAS樹脂及び/又は無機充填剤以外の後述する他の添加剤等が挙げられる。それらのうち、PAS樹脂については工程Dにおいて説明する。
無機充填剤及び他の成分は、PAS樹脂及びマスターバッチを配合して溶融混練する際に添加してもよい。また、無機充填剤及び他の添加剤等及びマスターバッチをドライブレンド等の方法で混合し、得られた混合物とPAS樹脂を配合し溶融混練してもよい。
【0064】
マスターバッチと、無機充填剤と、他の成分とを含有する原料を溶融混練するには、例えば、マスターバッチ、無機充填剤、及び他の成分をそれぞれ押出機に供給してもよいし、マスターバッチ、無機充填剤、及び他の成分をドライブレンドしてから押出機に供給してもよいし、一部の原料をサイドフィード方式で供給してもよい。
【0065】
一方、本発明者は、PAS樹脂組成物が塩基性炭酸塩を含む場合においては、さらに、工程Cにおける溶融混練でPAS樹脂組成物が受ける熱量を高めると、その後の射出成形時において、成形後、次の成形サイクル開始までに射出成形機のノズル先端からPAS樹脂組成物が漏れる量を、より抑えられることを見出した。これは、PAS樹脂組成物の漏れ量には、上記で説明した水分の他に、成形時に発生するCOの量も寄与しているためと推定される。COは、PAS樹脂由来の酸性ガスと塩基性炭酸塩との反応により発生すると考えられる。そして、溶融混練時にPAS樹脂組成物に与える熱量を高めることで、成形時のCOの発生量が抑制されると推定される。そこで、溶融混練時にPAS樹脂組成物に与える熱量を高めるために、工程Cにおいて、原料の溶融混練を押出機により行い、押出機内のシリンダー温度を290~380℃に設定することが好ましい。すなわち、溶融混練時の押出機のシリンダーの設定温度を上記範囲内に設定することが好ましい。また、溶融混練時にPAS樹脂組成物に与える熱量を高めるために、原料の溶融混練を押出機により行い、押出機のシリンダーの回転数を上げてもよいし、あるいは押出機のスクリューデザインを、溶融混練時のPAS樹脂組成物の発熱がより高まるようなデザインに変更してもよい。シリンダー温度は、290℃以上が好ましく、300℃以上がより好ましく、310℃以上が特に好ましく、320℃以上がより特に好ましく、330℃以上がさらに好ましい。また、380℃以下が好ましく、370℃以下がより好ましい。また、シリンダーの回転数については、吐出量や押出機のサイズにより好ましい回転数が一意的に定まらないため一概には言えない。但し、例えば、シリンダー径が30mmの押出機の場合、Q(kg/h)(吐出量)/Ns(rpm)(スクリュー回転数)が0.07~0.20が好ましい。
【0066】
工程Cを終えたとき、最終的に得られるPAS樹脂組成物において、アルコキシシラン化合物とアルコキシシラン化合物の縮合物の総量が、PAS樹脂100質量部に対して0.2~3.0質量部になるように、PAS樹脂にマスターバッチを配合して溶融混練することが好ましい。
【0067】
工程Cにおいて、他の成分としてPAS樹脂を含む原料とする場合、以下の工程Dを設けることが好ましい。
【0068】
[工程D]
工程Dにおいては、工程Aで用いたポリアリーレンサルファイド樹脂と同一の又は異なる新たなポリアリーレンサルファイド樹脂を準備する。そして、すべてのポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対する、アルコキシシラン化合物とアルコキシシラン化合物の縮合物との総量が0.2~3.0質量部になるように、工程Cにおいて、工程Bで得られたマスターバッチと、工程Dで準備したポリアリーレンサルファイド樹脂とを含有する原料を溶融混練する。なお、すべてのPAS樹脂とは、工程Aにおいてマスターバッチの調製に用いたPAS樹脂、及び工程Dで用いる新たなPAS樹脂である。
【0069】
工程Dで準備する新たなPAS樹脂は、工程Aで用いるPAS樹脂と同一であってもよいし、異なっていてもよい。工程Dで準備する新たなPAS樹脂と、工程Aで用いたPAS樹脂とが異なる場合としては、各PAS樹脂の溶融粘度が異なる、各PAS樹脂の分子構造が異なる、等が挙げられる。分子構造が異なる例としては、(1)実質的に線状で分岐や架橋構造を有しない分子構造のものと、分岐や架橋を有する構造とで異なる、(2)ホモポリマーとコポリマーとで異なる、(3)構造単位のアリーレンサルファイド基が異なる(例えば、p-フェニレンサルファイド基とm-フェニレンサルファイド基とで異なる)、等がある。
【0070】
工程Cにおいて、最終的に得られるPAS樹脂組成物における、アルコキシシラン化合物及びアルコキシシラン化合物の縮合物の総量は、PAS樹脂100質量部に対して、0.2~3.0質量部となるように配合することが好ましい。そのように配合することで、PAS樹脂組成物の流動性と靭性をバランスよく付与することができる。また、無機充填剤との密着性が高まり、機械的物性が向上しやすい。最終的に得られるPAS樹脂組成物において、アルコキシシラン化合物とアルコキシシラン化合物の縮合物の総量は、PAS樹脂100質量部に対して、0.3~2.0質量部であるとより好ましく、0.5~1.5質量部であるとさらに好ましい。
【0071】
また、成形性向上の観点から、PAS樹脂組成物の溶融粘度は、温度310℃及びせん断速度1000sec-1での条件下において150~600Pa・sであると好ましく、200~500Pa・sであるとより好ましい。
【0072】
以下に、工程Cにおいて、原料の一部として用いる他の成分について説明する。
【0073】
(他の添加剤等)
PAS樹脂組成物は、本実施形態による効果(具体的には、優れた連続成形性)を阻害しない範囲で、その目的に応じた所望の特性を付与するために、一般に熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂に添加される公知の添加剤を、要求性能に応じ含有することができる。添加剤としては、バリ抑制剤(但し、アルコキシシラン化合物を除く)、離型剤、潤滑剤、可塑剤、難燃剤、染料や顔料等の着色剤、結晶化促進剤、結晶核剤、各種酸化防止剤、熱安定剤、耐候性安定剤、腐食防止剤等を挙げることができる。バリ抑制剤(但し、アルコキシシランを除く)としては、例えば、国際公開第2006/068161号や国際公開第2006/068159号等に記載されているような、溶融粘度が非常に高い分岐型ポリフェニレンサルファイド系樹脂等を挙げることができる。離型剤としては、ポリエチレンワックス、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド等を挙げることができる。結晶核剤としては、窒化ホウ素、タルク、カオリン、カーボンブラック、カーボンナノチューブ等を挙げることができる。腐食防止剤としては、酸化亜鉛等を挙げることができる。上記添加剤の含有量は、全樹脂組成物中5質量%以下にすることができる。
【0074】
また、PAS樹脂組成物には、その目的に応じ上述の成分の他に、他の熱可塑性樹脂成分を補助的に少量併用することも可能である。ここで用いられる他の熱可塑性樹脂としては、高温において安定な樹脂であれば何れのものでもよい。例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等の、芳香族ジカルボン酸とジオール、或いはオキシカルボン酸等からなる芳香族ポリエステル、ポリアミド、ポリカーボネート、ABS樹脂(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合合成樹脂)、ポリフェニレンオキサイド、ポリアルキルアクリレート、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルケトン、フッ素樹脂、液晶ポリマー、環状オレフィンコポリマー等を挙げることができる。また、これらの熱可塑性樹脂は、2種以上混合して使用することもできる。他の熱可塑性樹脂成分の含有量は、例えば、全樹脂組成物中20質量%以下にすることができる。
【0075】
本実施形態におけるPAS樹脂組成物は、各種用途に用いることができる。PAS樹脂組成物は、例えば、自動車の各種冷却系部品、イグニッション関連部品、ディストリビューター部品、各種センサー部品、各種アクチュエーター部品、スロットル部品、パワーモジュール部品、ECU部品、各種コネクター部品等が挙げられる。
【0076】
また、その他の用途として、例えば、LED、センサー、ソケット、端子台、プリント基板、モーター部品、ECUケース等の電気・電子部品、照明部品、テレビ部品、炊飯器部品、電子レンジ部品、アイロン部品、複写機関連部品、プリンター関連部品、ファクシミリ関連部品、ヒーター、エアコン用部品等の家庭・事務電気製品部品に用いることができる。
【実施例0077】
以下に実施例を示して本実施形態をさらに具体的に説明するが、これらの実施例により本実施形態の解釈が限定されるものではない。
【0078】
[実施例1]
PPS樹脂((株)クレハ製、フォートロンKPS(溶融粘度:20Pa・s(せん断速度:1200sec-1、310℃))100質量部と、アルコキシシラン化合物(γ-アミノプロピルトリエトキシシラン(信越化学工業(株)製「KBE-903P」))0.9質量部とを混合してマスターバッチを調製し、温度40℃、湿度70%RHの環境に5分間さらした。マスターバッチにおけるアルコキシシラン化合物中の縮合物の比率は、33質量%であった。なお、以降に記載する縮合物量は上述同様、温度40℃、湿度70%RHの環境においてさらす時間を適宜変更することで調製した。
次に、上記で調製したマスターバッチ100質量部、ガラス繊維(オーウェンス コーニング ジャパン(同)製、チョップドストランド、直径10.5μm、長さ3mm)97質量部、炭酸カルシウム(東洋ファインケミカル(株)製、ホワイトンP-30、平均粒子径(50%d):5μm)97質量部を、シリンダー温度290℃、シリンダー回転数240rpmの二軸押出機に投入して溶融混練することで、樹脂組成物を得た。なお、ガラス繊維は押出機のサイドフィード部より別添加した。
【0079】
(PPS樹脂の溶融粘度の測定)
上記PPS樹脂の溶融粘度は以下のようにして測定した。なお、実施例3、4、及び比較例1において得たPPS樹脂の溶融粘度も以下のようにして測定した。
(株)東洋精機製作所製キャピログラフを用い、キャピラリーとして1mmφ×20mmLのフラットダイを使用し、バレル温度310℃、せん断速度1200sec-1での溶融粘度を測定した。
【0080】
[実施例2]
マスターバッチにおけるアルコキシシラン化合物中の縮合物の比率を表1に示す比率に変更した以外は実施例1と同様の条件で各樹脂組成物を得た。
【0081】
[実施例3、4、比較例1]
PPS樹脂((株)クレハ製、フォートロンKPS(溶融粘度:20Pa・s(せん断速度:1200sec-1、310℃))100質量部と、アルコキシシラン化合物(γ-アミノプロピルトリエトキシシラン(信越化学工業(株)製「KBE-903P」))4.6質量部とを混合してマスターバッチを調製し、温度40℃、湿度70%RHの環境に5分間さらした。マスターバッチにおけるアルコキシシラン化合物中の縮合物の比率は、29質量%であった。なお、以降に記載する縮合物量は上述同様、温度40℃、湿度70%RHの環境においてさらす時間を適宜変更することで調製した。
次に、PPS樹脂((株)クレハ製、フォートロンKPS(溶融粘度:20Pa・s(せん断速度:1200sec-1、310℃))100質量部、上記で調製したマスターバッチ25.9質量部、ガラス繊維(オーウェンス コーニング ジャパン(同)、チョップドストランド、直径10.5μm、長さ3mm)122質量部、炭酸カルシウム(東洋ファインケミカル(株)製、ホワイトンP-30、平均粒子径(50%d):5μm)122質量部を、シリンダー温度290℃の二軸押出機に投入して溶融混練することで、樹脂組成物を得た。なお、ガラス繊維は押出機のサイドフィード部より別添加した。
【0082】
(樹脂組成物の溶融粘度の測定)
得られた各樹脂組成物において、(株)東洋精機製作所製キャピログラフを用い、キャピラリーとして1mmφ×20mmのフラットダイを使用し、バレル温度310℃、せん断速度1000sec-1での溶融粘度を測定した。
【0083】
[評価]
得られた各樹脂組成物において、射出成形後における射出成形機(東芝機械(株)製「EC60Ni1.5A」)のノズル先端から漏れる樹脂組成物量について評価した。評価方法を以下に示す。
【0084】
まず、射出成形機のシリンダー温度を310℃に調整した。次に、パージにより、シリンダー内を評価サンプルで置換した。次に、一度射出し、シリンダー内を空にして、背圧2MPaで30mm計量し、5mmサックバックさせた直後にノズル先端から漏れた樹脂組成物を除去した。除去後~1分の間に漏れた樹脂組成物の質量を測定した。上記の測定を5回行い、測定値の平均をノズル先端から漏れる樹脂組成物量(g/min)とした。
【0085】
各樹脂組成物の評価結果を表1に示す。
【0086】
【表1】
【0087】
表1より、マスターバッチにおけるアルコキシシラン化合物中の縮合物の比率が増大するにつれて、ノズル先端から漏れるPPS樹脂組成物量が増加し、連続成形性が低下することが分かる。従って、マスターバッチにおけるアルコキシシラン化合物中の縮合物の比率が0.5~60質量%である範囲において、優れた連続成形性を有するPPS樹脂組成物を得ることができる。
【0088】
[実施例5~11]
マスターバッチにおけるアルコキシシラン化合物中の縮合物の比率を30質量%に変更し、二軸押出機のシリンダー温度及びシリンダー回転数を、表2に示すように変更した以外は実施例1と同様の条件で各樹脂組成物を得た。そして、実施例1と同様の条件で、ノズル先端から漏れる樹脂組成物量(g/min)の測定及び樹脂組成物の溶融粘度の測定を行った。測定結果を表2に示す。また、得られた各樹脂組成物について、下記前処理を行った後、バリア放電イオン化検出ガスクロマトグラフィーにより、CO発生量を測定した。そして、CO発生量が45μmol/g以下をA、45μmol/g超55μmol/g以下をBとした。なお、バリア放電イオン化検出ガスクロマトグラフィーの装置構成は、HS(ヘッドスペースサンプラー、Perkin Elmer社製、TurboMatrixHS40)、及びGC/BID((株)島津製作所製、GC-2010Plus及びBID-2010Plus)である。
<前処理>
ペレットを凍結粉砕後、140℃で2時間乾燥し、その後、340℃で15分間加熱した。
【0089】
【表2】
【0090】
表2より、シリンダー温度が同じで、シリンダー回転数が異なる、実施例5と実施例6との比較、実施例7と実施例8との比較、及び実施例9と実施例10との比較から、シリンダー回転数が増加するほどPPS樹脂組成物の漏れ量が減少することが分かる。また、シリンダー回転数が同じで、シリンダー温度が異なる、実施例5と実施例7と実施例9と実施例11の比較、及び実施例6と実施例8と実施例10との比較から、シリンダー温度が高くなるほどPPS樹脂組成物の漏れ量が減少する傾向にあることが分かる。
一方、シリンダー温度を290~380℃とすることでCO発生量を低減でき、しかもシリンダー温度が高いほど、又、シリンダー回転数が増加するほど、CO発生量が減少する傾向にあることが分かる。