(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023027579
(43)【公開日】2023-03-02
(54)【発明の名称】積層体および積層体の製造方法
(51)【国際特許分類】
B32B 27/00 20060101AFI20230222BHJP
C08G 77/16 20060101ALI20230222BHJP
【FI】
B32B27/00 101
C08G77/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021132772
(22)【出願日】2021-08-17
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 哲爾
(72)【発明者】
【氏名】桂 大詞
(72)【発明者】
【氏名】大下 浄治
(72)【発明者】
【氏名】濱田 崇
【テーマコード(参考)】
4F100
4J246
【Fターム(参考)】
4F100AG00B
4F100AK52A
4F100AT00B
4F100BA02
4F100EH462
4F100EJ082
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4F100JL07
4J246AA03
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4J246BB022
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4J246CA540
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4J246CA68X
4J246FA071
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4J246GB04
4J246GC03
4J246GC31
4J246GD08
4J246HA23
4J246HA70
(57)【要約】
【課題】水酸基を豊富に有するポリシロキサンを含み、優れた吸湿性および耐傷付性を有する積層体およびその製造方法を提供する。
【解決手段】基体および該基体の少なくとも一面の一部表面に形成された吸湿膜を有する積層体であって、前記吸湿膜は、下記式(X):
R
1
aR
2
bSiO
(4-a-b)/2 …(X)
[式(X)中、R
1は、ハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH>6の関係式を満たす水酸基含有炭化水素基であり、R
2は有機鎖であり、aは1または2の整数であり、bは0~2の整数であり、aとbとの和は3以下の整数である。]で表されるシロキサン単位(X)を有するポリシロキサンを含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体および該基体の少なくとも一面の一部表面に形成された吸湿膜を有する積層体であって、
前記吸湿膜は、下記式(X):
R1
aR2
bSiO(4-a-b)/2 …(X)
[式(X)中、R1は、ハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH>6の関係式を満たす水酸基含有炭化水素基であり、
R2は有機鎖であり、
aは1または2の整数であり、
bは0~2の整数であり、
aとbとの和は3以下の整数である。]で表されるシロキサン単位(X)を有するポリシロキサンを含むことを特徴とする積層体。
【請求項2】
前記吸湿膜は、下記平均組成式(1)~(3)
(X)l(Y)m …(1)
(X)l(Z)n …(2)
(X)l(Y)m(Z)n …(3)
の少なくともいずれか1つで表される有機鎖を有するポリシロキサンを含み、
前記平均組成式(1)から(3)中、(X)は、前記シロキサン単位(X)であり、
前記平均組成式(1)および(3)中、(Y)は、下記式(Y):
R4
c-SiO(3-c)/2-R3-SiO(3-c)/2-R5
d …(Y)
[式(Y)中、R3,R4およびR5は有機鎖であり、
cは0~2の整数であり、
dは0~2の整数である。]で表されるシロキサン単位(Y)であり、
前記平均組成式(2)および(3)中、(Z)は、下記式(Z):
R6
eR7
fSiO(4-e-f)/2 …(Z)
[式(Z)中、R6およびR7は有機鎖であり、
eは0~3の整数であり、
fは0~3の整数であり、
eとfとの和は3以下の整数である。]で表されるシロキサン単位(Z)であり、
前記平均組成式(1)~(3)中、l,mおよびnは、前記ポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータがδH>6の関係式を満たす比率であることを特徴とする請求項1に記載の積層体。
【請求項3】
前記積層体の赤外吸収スペクトルにおいて、
吸収帯950cm-1~1200cm-1の範囲におけるシロキサン結合由来の全ピーク面積を(ア)とし、
吸収帯3000cm-1~3700cm-1の範囲における水酸基由来の全ピーク面積を(イ)としたとき、
(イ)/(ア)で示される水酸基の存在量の指標が0.68以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の積層体。
【請求項4】
基体および該基体の表面に形成された吸湿膜を有する積層体の製造方法であって、
シラン化合物からポリシロキサンを含む塗料組成物を合成する塗料合成工程と、
前記塗料組成物を酸処理、または、前記塗料組成物を前記基体へ塗布し、加熱により前記塗料組成物を硬化させた塗膜組成物を酸処理し、開環反応により、シロキサン単位が有する有機鎖へ水酸基を生成する酸処理工程と、を含み、
前記シラン化合物の有機鎖のハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH≦6の関係式を満たし、
前記吸湿膜におけるポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH>6の関係式を満たすことを特徴とする積層体の製造方法。
【請求項5】
前記塗料組成物を前記基体へ塗布し、加熱により前記塗料組成物を硬化させ、前記塗膜組成物を形成する塗膜形成工程と、
前記塗膜組成物を酸処理し、開環反応により、シロキサン単位が有する有機鎖へ水酸基を生成する酸処理工程と、をこの順に含むことを特徴とする請求項4に記載の積層体の製造方法。
【請求項6】
前記塗膜形成工程における加熱時間は、0.5時間~2時間であり、
前記酸処理工程における酸処理は、前記塗膜組成物を酸性溶液に浸漬させて行い、浸漬時間は、1時間~15時間であることを特徴とする請求項5に記載の積層体の製造方法。
【請求項7】
前記吸湿膜は、下記式(X):
R1
aR2
bSiO(4-a-b)/2 …(X)
[式(X)中、R1は、ハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH>6の関係式を満たす水酸基含有炭化水素基であり、
R2は有機鎖であり、
aは1または2の整数であり、
bは0~2の整数であり、
aとbとの和は3以下の整数である。]で表されるシロキサン単位(X)を有するポリシロキサンを含むことを特徴とする請求項4から6のいずれか1項に記載の積層体の製造方法。
【請求項8】
前記吸湿膜は、下記平均組成式(1)~(3)
(X)l(Y)m …(1)
(X)l(Z)n …(2)
(X)l(Y)m(Z)n …(3)
の少なくともいずれか1つで表される有機鎖を有するポリシロキサンを含み、
前記平均組成式(1)から(3)中、(X)は、前記シロキサン単位(X)であり、
前記平均組成式(1)および(3)中、(Y)は、下記式(Y):
R4
c-SiO(3-c)/2-R3-SiO(3-c)/2-R5
d …(Y)
[式(Y)中、R3,R4およびR5は有機鎖であり、
cは0~2の整数であり、
dは0~2の整数である。]で表されるシロキサン単位(Y)であり、
前記平均組成式(2)および(3)中、(Z)は、下記式(Z):
R6
eR7
fSiO(4-e-f)/2 …(Z)
[式(Z)中、R6およびR7は有機鎖であり、
eは0~3の整数であり、
fは0~3の整数であり、
eとfとの和は3以下の整数である。]で表されるシロキサン単位(Z)であり、
前記平均組成式(1)~(3)中、l,mおよびnは、前記ポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータがδH>6の関係式を満たす比率であることを特徴とする、請求項4から7のいずれか1項に記載の積層体の製造方法。
【請求項9】
前記積層体の赤外吸収スペクトルにおいて、
吸収帯950cm-1~1200cm-1の範囲におけるシロキサン結合由来の全ピーク面積を(ア)とし、
吸収帯3000cm-1~3700cm-1の範囲における水酸基由来の全ピーク面積を(イ)としたとき、
(イ)/(ア)で示される水酸基の存在量の指標が0.68以上であることを特徴とする請求項4から8のいずれか1項に記載の積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、積層体および積層体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では、自動車、トラック、バスおよび電車等の車両において、省エネルギーの観点から、窓等の部材に結露を起こさせない防曇技術が求められている。防曇技術においては、窓等の部材に吸湿膜を形成することにより、結露しようとする水分を吸湿膜内に吸収させ、結果として防曇を達成する。
【0003】
硬化エポキシ樹脂やポリビニルアセタール樹脂等の炭素骨格を有するポリマーから構成される従来の吸湿膜は、耐傷付性に劣った。耐傷付性を向上させるために、架橋密度を上げる、フィラーを添加するなどの解決手段を施すと、吸湿性が低下するという問題があった。
【0004】
そこで本願の発明者等は、ポリシロキサン骨格を有する吸湿膜に着目し、吸湿性および耐傷付性の両方に優れた吸湿膜を有する積層体およびその製造方法を提案した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ポリシロキサン骨格を有する吸湿膜を、従来の方法で製造する場合、まず、出発原料であるシラン化合物を酸成分と混合することにより、加水分解反応を進行させて、塗料組成物を調製する。そして、その塗料組成物を基体表面へ塗布した後、加熱(例えば焼成)または光照射により硬化を行うことで、吸湿膜が形成される。
【0007】
ポリシロキサン骨格を構成するケイ素原子は、親酸素性の強い原子である。そのため、従来の製造工程では、塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程において、ポリシロキサン骨格において副反応が発生する可能性がある。この副反応とは、具体的には、例えばSi-OH結合とC-OH結合との間で、Si-O-C結合が形成される反応である。
【0008】
特許文献1に記載される積層体は優れた性能を示したが、親水基が水酸基である場合、上記のような副反応によって水酸基が消費され、吸湿膜の吸湿性能が低下する可能性があると考えられる。副反応を防ぐことができれば、ポリシロキサン骨格を有する吸湿膜において、更なる吸湿性向上が期待できる。
【0009】
そこで本開示では、水酸基を豊富に有するポリシロキサンを含み、優れた吸湿性および耐傷付性を有する積層体およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、ここに開示する積層体は、基体および該基体の少なくとも一面の一部表面に形成された吸湿膜を有する積層体であって、
前記吸湿膜は、下記式(X):
R1
aR2
bSiO(4-a-b)/2 …(X)
[式(X)中、R1は、ハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH>6の関係式を満たす水酸基含有炭化水素基であり、
R2は有機鎖であり、
aは1または2の整数であり、
bは0~2の整数であり、
aとbとの和は3以下の整数である。]で表されるシロキサン単位(X)を有するポリシロキサンを含むことを特徴とする。
【0011】
本構成によれば、シロキサン単位(X)は、ハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH>6の関係式を満たす水酸基含有炭化水素基を有するような吸湿膜を用いることで、水酸基を豊富に有し、優れた吸湿性および耐傷付性を有する積層体を提供することが可能となる。
【0012】
好ましくは、前記吸湿膜は、下記平均組成式(1)~(3)
(X)l(Y)m …(1)
(X)l(Z)n …(2)
(X)l(Y)m(Z)n …(3)
の少なくともいずれか1つで表される有機鎖を有するポリシロキサンを含み、
前記平均組成式(1)から(3)中、(X)は、前記シロキサン単位(X)であり、
前記平均組成式(1)および(3)中、(Y)は、下記式(Y):
R4
c-SiO(3-c)/2-R3-SiO(3-c)/2-R5
d …(Y)
[式(Y)中、R3,R4およびR5は有機鎖であり、
cは0~2の整数であり、
dは0~2の整数である。]で表されるシロキサン単位(Y)であり、
前記平均組成式(2)および(3)中、(Z)は、下記式(Z):
R6
eR7
fSiO(4-e-f)/2 …(Z)
[式(Z)中、R6およびR7は有機鎖であり、
eは0~3の整数であり、
fは0~3の整数であり、
eとfとの和は3以下の整数である。]で表されるシロキサン単位(Z)であり、
前記平均組成式(1)~(3)中、l,mおよびnは、前記ポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータがδH>6の関係式を満たす比率であることを特徴とする。
【0013】
本構成によれば、平均組成式(1)~(3)で表されるポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH>6の関係式を満たすような吸湿膜を用いることで、水酸基を豊富に有し、優れた吸湿性および耐傷付性を有する積層体を提供することが可能となる。
【0014】
なお、複数のシロキサン単位からなる平均組成式(1)~(3)のポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータは、以下の方法で算出する。まず、各シロキサン単位中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータをそれぞれ算出する。そして、得られた各シロキサン単位中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータに、ポリシロキサン中のシロキサン単位の総体積に対する当該シロキサン単位の体積を、体積分率として乗じ、その体積分率に基づいた各シロキサン単位中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータの値を合計して、ポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータとすることができる。本請求項中、l,mおよびnは、このように、各シロキサン単位中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータを体積比で平均して得られた値が、δH>6の関係式を満たす比率である。
【0015】
好ましくは、前記積層体の赤外吸収スペクトルにおいて、
吸収帯950cm-1~1200cm-1の範囲におけるシロキサン結合由来の全ピーク面積を(ア)とし、
吸収帯3000cm-1~3700cm-1の範囲における水酸基由来の全ピーク面積を(イ)としたとき、
(イ)/(ア)で示される水酸基の存在量の指標が0.68以上である。
【0016】
本構成によれば、このような指標を満たす積層体は、水酸基を豊富に有しており、優れた吸湿性および耐傷付性を発揮できる。
【0017】
また、ここに開示する積層体の製造方法は、基体および該基体の表面に形成された吸湿膜を有する積層体の製造方法であって、
シラン化合物からポリシロキサンを含む塗料組成物を合成する塗料合成工程と、
前記塗料組成物を酸処理、または、前記塗料組成物を前記基体へ塗布し、加熱により前記塗料組成物を硬化させた塗膜組成物を酸処理し、開環反応により、シロキサン単位が有する有機鎖へ水酸基を生成する酸処理工程と、を含み、
前記シラン化合物の有機鎖のハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH≦6の関係式を満たし、
前記吸湿膜におけるポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH>6の関係式を満たすことを特徴とする。
【0018】
従来の、ポリシロキサン骨格を有する吸湿膜では、塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程において、Si-OH結合とC-OH結合との間でSi-O-C結合が形成される副反応が生じると考えられる。
【0019】
本構成では、ハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH≦6の関係式を満たすようなシラン化合物、すなわち、上記のような副反応が起こり難い水酸基の乏しいシラン化合物を用いる。このシラン化合物は、水酸基を形成可能な有機鎖を有しており、塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程において、酸処理による開環反応を経て、有機鎖のハンセン溶解度パラメータを増加させることができる。このようなシラン化合物を用いて本開示の製造方法を行うことにより、優れた吸湿性および耐傷付性を示す積層体を得ることが可能となる。
【0020】
好ましくは、前記塗料組成物を前記基体へ塗布し、加熱により前記塗料組成物を硬化させ、前記塗膜組成物を形成する塗膜形成工程と、
前記塗膜組成物を酸処理し、開環反応により、シロキサン単位が有する有機鎖へ水酸基を生成する酸処理工程と、をこの順に含むことである。
【0021】
塗料組成物を硬化させ、塗膜組成物の状態で酸による開環反応を行うことにより、Si-OH結合とC-OH結合との間でSi-O-C結合が形成される副反応がより生じ難く、より優れた吸湿性および耐傷付性を有する積層体を提供できる。
【0022】
好ましくは、前記塗膜形成工程における加熱時間は、0.5時間~2時間であり、前記酸処理工程における酸処理は、前記塗膜組成物を酸性溶液に浸漬させて行い、浸漬時間は、1時間~15時間である。
【0023】
このような条件とすれば、より確実に優れた吸湿性および耐傷付性を有する積層体を提供できる。
【0024】
また、ここに開示する積層体の製造方法は、吸湿膜が、上述のシロキサン単位(X)を有するポリシロキサンを含むことが好ましい。より好ましくは、吸湿膜が、平均組成式(1)~(3)の少なくともいずれか1つで表される有機鎖を有するポリシロキサンを含むことである。
【発明の効果】
【0025】
以上述べたように、本開示によると、水酸基を豊富に有するポリシロキサンを含み、優れた吸湿性および耐傷付性を有する積層体およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本開示の積層体の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【
図2】本開示の積層体の製造方法の他の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0028】
[積層体]
本開示の積層体は、基体および当該基体の少なくとも一面の一部表面に形成された吸湿膜を有する。すなわち、吸湿膜は基体の両面または片面に形成されていてもよいし、表面の全面または部分的に形成されていてもよい。
【0029】
基体は、吸湿膜を形成可能な限り、特に限定されない。基体は、例えば、無機材料から構成されていてもよいし、有機材料から構成されていてもよいし、または無機材料と有機材料との複合材料から構成されていてもよい。
【0030】
無機材料は、特に限定されず、あらゆる無機材料であってもよい。無機材料として、例えば、ガラス、金属、セラミックス等が挙げられる。
【0031】
有機材料は、特に限定されず、あらゆる熱硬化性ポリマーおよび/または熱可塑性ポリマーであってもよい。吸湿膜形成時の耐熱性の観点からは通常、熱硬化性ポリマーが使用される。
【0032】
熱硬化性ポリマーとしては、熱硬化性を有するあらゆるポリマーが使用可能である。例えば、以下のポリマーおよびそれらの混合物が挙げられる:
フェノール樹脂;
エポキシ樹脂;
メラミン樹脂;および
尿素樹脂。
【0033】
熱可塑性ポリマーとしては、熱可塑性を有するあらゆるポリマーが使用可能である。例えば、以下のポリマーおよびそれらの混合物が挙げられる:
ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン系樹脂およびそれらの変性物;
ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリトリメチレンテレフタレート(PTT)、ポリ乳酸(PLA)などのポリエステル系樹脂;
ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)などのポリアクリレート系樹脂;
ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリフェニレンエーテル(PPE)などのポリエーテル系樹脂;
ポリアセタール(POM);
ポリフェニレンサルファイド(PPS);
PA6、PA66、PA11、PA12、PA6T、PA9T、MXD6などのポリアミド系樹脂(PA);
ポリカーボネート系樹脂(PC);
ポリウレタン系樹脂;
フッ素系ポリマー樹脂;および
液晶ポリマー(LCP)。
【0034】
基体は、吸湿膜形成時の焼成に対する耐熱性の観点から、無機材料および/または熱硬化性ポリマーから構成されていることが好ましく、無機材料から構成されていることがより好ましい。
【0035】
基体は、吸湿膜の硬化収縮に対する機械的強度の観点から、1GPa以上のヤング率を有することが好ましい。基体のヤング率の上限値は特に限定されない。
【0036】
本明細書中、ヤング率はISO14577に準拠して測定された値を用いている。
【0037】
基体は、吸湿膜の硬化収縮に対する機械的強度の観点から、基体の厚み/吸湿膜の厚み≧10の関係式を満たすことが好ましく、より好ましくは基体の厚み/吸湿膜の厚み≧100の関係式を満たす。
【0038】
基体の厚みは通常、100μm以上であり、好ましくは500μm以上、より好ましくは1000μm以上である。基体の厚みの上限値は特に限定されず、基体の厚みは、例えば10cm以下であってもよい。
【0039】
[吸湿膜]
吸湿膜は、下記式(X)で表されるシロキサン単位(X)を有するポリシロキサンを含み、
R1
aR2
bSiO(4-a-b)/2 …(X)
式(X)中、R1は、ハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH>6の関係式を満たす水酸基含有炭化水素基であり、R2は有機鎖であり、aは1または2の整数であり、bは0~2の整数であり、aとbとの和は3以下の整数である。
【0040】
最終生成物である吸湿膜の状態で、ポリシロキサンが、水酸基含有炭化水素基R1のハンセン溶解度パラメータδH>6の関係式を満たすとき、この積層体は、優れた吸湿性および耐傷付性を示す。
【0041】
(ハンセン溶解度パラメータ)
ハンセン溶解度パラメータ(HSP:Hansen Solubility parameters)(δ)は、分散力項(δD)(分散力によるエネルギー)、極性項(δP)(双極子相互作用によるエネルギー)および水素結合項(δH)(水素結合によるエネルギー)の3成分に基づいて、物質の極性(例えば溶解性)を考慮したパラメータであり、「δ2=(δD)2+(δP)2+(δH)2」の関係を有する。
【0042】
本開示においては、塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程において、Si-OH結合とC-OH結合との間でSi-O-C結合が形成される副反応が生じることを鑑み、吸湿膜の状態でポリシロキサンが有する水酸基含有炭化水素基R1のδHに着目することにより、水酸基を豊富に有し、吸湿性および耐傷付性に優れた吸湿膜を見い出したものである。
【0043】
さらに、塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程において、上記のような副反応の発生を抑制するとともに、有機鎖のハンセン溶解度パラメータδHを変化させることに着目して、吸湿性および耐傷付性に優れた吸湿膜を得る製造方法を見出した。
【0044】
水酸基含有炭化水素基のハンセン溶解度パラメータに関するδHは、詳しくは、当該水酸基含有炭化水素基においてシロキサン骨格のケイ素原子と結合する結合手が、当該ケイ素原子の代わりに、水素原子と結合した水酸基含有炭化水素化合物のハンセン溶解度パラメータに関するδHを用いている。なお、水酸基含有炭化水素基においてシロキサン骨格のケイ素原子と結合する原子は炭素原子である。このような水酸基含有炭化水素化合物のハンセン溶解度パラメータに関するδPおよびδHは以下の条件により算出される値を用いている(パソコンソフト:HSPiP(Hansen Solubility parameters)ver.5)。
【0045】
水酸基含有炭化水素基とは、水酸基(-OH)を含有する炭化水素基のことである。水酸基含有炭化水素基は、ポリシロキサンが有するシロキサン骨格(特に当該骨格を構成するケイ素原子)に直接的に結合する側鎖基(特にその全体)である。ポリシロキサンは水酸基を、ハンセン溶解度パラメータに関する所定のδHを有する水酸基含有炭化水素基の形態で有することにより、優れた吸湿性を発揮する。またポリシロキサンはシロキサン骨格を有するため、耐傷付性が向上する。例えば、吸湿膜を構成するポリマーが、ポリシロキサン(すなわちシロキサン骨格)の代わりに、炭素骨格を有するポリマー(例えば、硬化エポキシ樹脂、ビニルアセタール樹脂)であると、耐傷付性が低下する。
【0046】
本明細書中、吸湿性は、吸湿膜が液体または気体の水を吸収し得る特性であり、吸湿膜の吸水率に基づく特性である。吸湿性は、防曇性および調湿性を包含する。防曇性は、吸湿膜への液体または気体の水の吸収により、水の結露を防止する特性である。調湿性は、吸湿膜への液体または気体の水の吸収および吸湿膜が吸収した液体または気体の水の放出により、周囲環境の湿度を調整し得る特性である。
【0047】
耐傷付性は、吸湿膜が外力によっても塑性変形し難い特性のことであり、単に、硬度が高いことにより傷付き難い特性とは異なる。詳しくは、物体に外力が付与され、変形が起こるとき、一般的には、当該変形は、元に回復し得る弾性変形と元に回復し得ない塑性変形とを含む。本開示の吸湿膜は、外力による塑性変形の少なくとも一部を弾性変形に有意に変換し得る特性を有するため、塑性変形が十分に低減される。
【0048】
水酸基含有炭化水素基R1は、好ましくは、酸素を含む開環性官能基の開環に由来する水酸基を有する水酸基含有炭化水素基であり、好ましくはエポキシ基の開環に由来する水酸基を有する水酸基含有炭化水素基である。
【0049】
吸湿膜は、シロキサン単位(X)に加え、他のシロキサン単位を含んでいてもよい。例えば、吸湿膜は、下記平均組成式(1)~(3)
(X)l(Y)m …(1)
(X)l(Z)n …(2)
(X)l(Y)m(Z)n …(3)
の少なくともいずれか1つで表される有機鎖を有するポリシロキサンを含んでいることが好ましい。
【0050】
平均組成式(1)から(3)中、(X)は、上記シロキサン単位(X)である。
【0051】
平均組成式(1)および(3)中、(Y)は、下記式(Y)で表されるシロキサン単位(Y)であり、
R4
c-SiO(3-c)/2-R3-SiO(3-c)/2-R5
d …(Y)
式(Y)中、R3,R4およびR5は有機鎖であり、cは0~2の整数であり、dは0~2の整数である。
【0052】
上記平均組成式(2)および(3)中、(Z)は、下記式(Z)で表されるシロキサン単位(Z)であり、
R6
eR7
fSiO(4-e-f)/2 …(Z)
式(Z)中、R6およびR7は有機鎖であり、eは0~3の整数であり、fは0~3の整数であり、eとfとの和は3以下の整数である。
【0053】
有機鎖R2~R7は、例えば、メチル鎖、エチル鎖、プロピル鎖、イソプロピル鎖、ブチル鎖、sec-ブチル鎖、tert-ブチル鎖、ペンチル鎖、ヘキシル鎖等の直鎖状および分岐状アルキル鎖である。
【0054】
上記平均組成式(1)~(3)中、l,mおよびnは、上記ポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータがδH>6の関係式を満たす比率である。複数のシロキサン単位からなる平均組成式(1)~(3)のポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータは、以下の方法で算出した。まず、各シロキサン単位中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータをそれぞれ算出する。そして、得られた各シロキサン単位中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータに、ポリシロキサン中のシロキサン単位の総体積に対する当該シロキサン単位の体積を、体積分率として乗じ、その体積分率に基づいた各シロキサン単位中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータの値を合計して、ポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータとした。
【0055】
吸湿膜は、酸化防止剤、UV吸収剤、IR吸収剤、レベリング剤、無機粒子、有機粒子および重合開始剤からなる群から選択される1種類以上の添加剤を含んでもよい。このような添加剤の含有量は特に限定されない。
【0056】
吸湿膜の厚みは通常、1μm以上であり、好ましくは10μm以上、より好ましくは100μm以上である。吸湿膜の厚みの上限値は特に限定されず、吸湿膜の厚みは、例えば1000μm以下であってもよい。
【0057】
上記のような吸湿膜を有する積層体は、赤外吸収スペクトルにおいて、吸収帯950cm-1~1200cm-1の範囲におけるシロキサン結合由来の全ピーク面積を(ア)とし、吸収帯3000cm-1~3700cm-1の範囲における水酸基由来の全ピーク面積を(イ)としたとき、(イ)/(ア)で示される水酸基の存在量の指標が0.68以上であることが好ましい。
【0058】
塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程において、Si-OH結合とC-OH結合との間でSi-O-C結合が形成される副反応を抑制し、最終生成物である積層体において、水酸基が十分に形成されていることを、赤外吸収スペクトルを用いてシロキサン結合由来の全ピーク面積に対する水酸基由来の全ピーク面積の割合を指標として確認することができる。本開示において、上記(イ)/(ア)で示される水酸基の存在量の指標が0.68以上である積層体は、吸湿性および耐傷付性の両方に優れている。
【0059】
[塗料組成物]
シラン化合物からゾル・ゲル法により合成されるポリシロキサンを含む組成物を塗料組成物と呼ぶ。塗料組成物は、基体へ塗布され、加熱により膜状に硬化されて塗膜組成物となる。塗膜組成物は、酸を用いた開環反応によりシロキサン単位(X)に水酸基が形成され、吸湿膜となる。
【0060】
シロキサン単位(X)の出発物質となるシラン化合物は、有機鎖のハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH≦6の関係式を満たすことが好ましい。このようなδHを満たすシラン化合物は、塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程において、Si-OH結合とC-OH結合との間でSi-O-C結合が形成される副反応を生じ難い。Si-O-C結合が形成される副反応を生じ難い有機鎖として、開環反応によって水酸基を形成することが可能な、酸素を含む環状の炭化水素基が挙げられる。
【0061】
副反応を生じ難く、酸素を含む環状の炭化水素基とは、例えば、エポキシ基である。シロキサン単位(X)の出発物質となるシラン化合物の具体例として、例えば、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(GPTMS)、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン等が挙げられる。なお、GPTMSの有機鎖のハンセン溶解度パラメータに関するδHは5.6であり、エポキシ部分が開環するとδHは15.4となる。
【0062】
シロキサン単位(Y)の出発物質となるシラン化合物は、積層体に柔軟性を付与することが可能な化学構造を有するものが好ましく、具体的には、例えば、下記式(i)で示されるシラン化合物(BTES-EG)である。
【0063】
【0064】
シロキサン単位(Z)の出発物質となるシラン化合物は、ポリシロキサンを構成するシロキサン単位の出発物質として一般的なものを用いることができる、具体的には、例えば、メチルトリメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、プロピルトリメトキシシラン、プロピルトリエトキシシラン、ヘキシルトリメトキシシラン、ヘキシルトリエトキシシラン等が挙げられる。
【0065】
塗料組成物は通常、溶媒をさらに含んでもよい。溶媒の沸点は、塗工性の観点から、好ましくは60~160℃であり、より好ましくは60~90℃である。溶媒の種類は、溶媒がポリシロキサンの貯蔵に影響を及ぼさない限り特に限定されず、例えば、テトラヒドロフラン、エタノール、メタノール、IPA等の極性有機溶媒および水が挙げられる。溶媒は、溶解性の観点から、少なくとも1種類以上の極性有機溶媒または水を含むことが好ましい。塗料組成物における溶媒の含有量は特に限定されない。
【0066】
また、塗料組成物は、上記した添加剤をさらに含んでもよい。
【0067】
[積層体の製造方法]
本開示の積層体の製造方法は、シラン化合物からポリシロキサンを含む塗料組成物を合成する塗料合成工程と、塗料組成物を酸処理、または、塗料組成物を基体へ塗布し、加熱により上記塗料組成物を硬化させた塗膜組成物を酸処理し、開環反応により、シロキサン単位が有する有機鎖へ水酸基を生成する酸処理工程と、を含む。
【0068】
塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程において、酸処理により開環反応を行うことでシロキサン単位が有する有機鎖へ水酸基を生成することができれば、工程の順序は問わないが、
図1に示すように、塗料組成物を基体へ塗布し、加熱により上記塗料組成物を硬化させ、塗膜組成物を形成する塗膜形成工程S12と、塗膜組成物を酸処理し、開環反応により、シロキサン単位が有する有機鎖へ水酸基を生成する酸処理工程S13を、この順に行うことが好ましい。
【0069】
図1に示す製造方法を詳細に説明する。
図1は、グリシジル基を有するシラン化合物を用いた例であり、シロキサン単位(X)を有するポリシロキサンを含む積層体を製造する方法である。
【0070】
まず、塗料合成工程S11において、シラン化合物と溶媒を混合し、さらに所定量の水を混合し、加熱撹拌することにより、塗料組成物としてポリマーゾルを得る。
【0071】
次いで、塗膜形成工程S12では、塗料合成工程S11において得られた塗料組成物を、基体へ塗布し、所定時間焼成することで、シロキサン結合の形成反応(すなわち脱水縮合反応)に基づく硬化反応が行われ、塗膜組成物が形成される。この塗膜形成工程S12において、塗布方法は、基体表面の少なくとも一部に塗料組成物を付着または適用できる限り特に限定されず、例えば、フローコート法、ドロップキャスト法、スピンコート法、バーコート法、スプレーコート法、カーテンコート法、ディップコート法およびダイコート法等が挙げられる。
【0072】
塗膜形成工程S12において、基体へ塗布された塗料組成物は、一旦乾燥される。乾燥の条件は特に限定されないが、例えば80℃,1時間である。乾燥を経た塗料組成物を焼成する条件について、加熱温度は限定されないが、例えば、120℃~250℃である。塗膜形成工程S12における加熱時間は、この後の酸処理工程S13における浸漬時間にもよるが、0.5時間~2時間が好ましい。
【0073】
次に、酸処理工程S13において、基体の表面に形成された塗膜組成物を酸処理し、開環反応を生じさせる。塗膜組成物に対して行う酸処理とは、基板ごと塗膜組成物を酸性溶液に所定時間浸漬させる処理である。酸処理に用いる酸性溶液は、開環反応を生じさせることが可能なものであれば限定されないが、例えば、1N硫酸や1N塩酸である。酸性溶液への浸漬時間は、1時間~15時間が好ましい。
【0074】
塗膜形成工程S12における加熱時間、および、酸処理工程S13における酸性溶液への浸漬時間を上記の範囲内とすることで、吸湿膜の表面に割れやクラックが生じ難く、優れた外観であり、かつ、優れた吸湿性および耐傷付性を有する積層体を提供することが可能となる。
【0075】
塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程において、ポリシロキサンを構成するケイ素に結合している有機鎖は、ハンセン溶解度パラメータに関するδHが変化する。すなわち、塗料組成物の前駆体であるシラン化合物の有機鎖のハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH≦6の関係式を満たし、吸湿膜におけるポリシロキサン中の有機鎖のハンセン溶解度パラメータに関するδHが、δH>6の関係式を満たす。これは、塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程で、ポリシロキサンを構成するケイ素に結合している有機鎖に水酸基が形成されることを示す。上記のようなシラン化合物を用い、本開示の製造方法により、優れた吸湿性および耐傷付性を有する積層体を提供可能となる。
【0076】
図2示す製造方法は、
図1同様、グリシジル基を有するシラン化合物を用いた例であり、シロキサン単位(X)を有するポリシロキサンを含む積層体を製造する方法である。
【0077】
図2は、
図1に示す製造方法と同様に、シラン化合物と溶媒を混合し、塗料組成物としてポリマーゾルを得る塗料合成工程S21を含むが、酸処理工程と塗膜形成工程の順序が
図1に示す製造方法と異なる。
【0078】
図2示す製造方法では、塗膜組成物を形成する前に、塗料組成物を酸処理し、開環反応を行う。すなわち、塗料合成工程S21で得られたゾル状の塗料組成物へ、酸性溶液を滴下した後、所定時間撹拌を行う。酸処理に用いる酸性溶液は、開環反応を生じさせることが可能なものであれば限定されないが、例えば、1N硫酸や1N塩酸である。酸性条件下での撹拌時間は、開環反応が十分に進行するほどであれば限定されないが、例えば、3時間である。このような製造方法も、ポリシロキサンを構成するケイ素に結合している有機鎖に水酸基を形成することが可能であり、吸湿性および耐傷付性を有する積層体を提供可能である。
【0079】
<実施例と比較例>
実施例1~6及び比較例1~4は、表1に示す比率のシラン化合物および条件により積層体を製造し、その吸湿性および耐傷付性を評価した。
【0080】
【0081】
[実施例1]
シロキサン単位(X)の出発物質として3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(GPTMS)を用い、塗膜組成物に対して酸処理を行う
図1の製造工程によって積層体を製造した。
【0082】
具体的には、窒素導入管、排気管、撹拌機を備えた100mL四つ口フラスコに、GPTMS(4.727g,20mmol)およびメタノール(6.408g,200mmol)を入れ、氷浴下で10分間冷却した。360mL/minの流速で窒素をフラスコに通気し、撹拌(150rpm)しながら、2mmolの塩化水素と24mmolの水となるように、6N塩酸とイオン交換水を投入した。再び0℃で10分間撹拌した後、混合物をさらに10分間室温で撹拌し、さらに80℃で3時間撹拌することで塗料組成物であるポリマーゾルを得た。ポリマーゾルは50wt%超脱水THF溶液として保存した。100μmのキューブ型アプリケーターを用いて塗料組成物(50wt%THF)を、洗浄したガラス板に塗布した。なお、ガラス板はアルカリ洗浄した。塗料組成物を塗布した基体を、80℃(1時間)で予備乾燥させた後、150℃で0.5時間焼成することにより、塗膜組成物を得た。
【0083】
その後、得られた塗膜組成物を、基板ごと1N硫酸に15時間浸漬させた。イオン交換水で洗浄後、60℃のホットプレート上で1時間乾燥させ、吸湿膜を有する積層体を得た。
【0084】
[実施例2,3、比較例1,2,3]
表1に示すように、塗膜組成物を形成する際の焼成時間と、1N硫酸への浸漬時間が異なること以外は、実施例1と略同様であるため、説明を省略する。
【0085】
[実施例4]
シロキサン単位(X)の出発物質として3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(GPTMS)を用い、塗膜組成物の形成前に、塗料組成物に対して酸処理を行う
図2の製造工程によって積層体を製造した。
【0086】
具体的には、窒素導入管、排気管、撹拌機を備えた100mL四つ口フラスコに、GPTMS(4.727g,20mmol)およびメタノール(6.408g,200mmol)を入れ、氷浴下で10分間冷却した。360mL/minの流速で窒素をフラスコに通気し、撹拌(150rpm)しながら、2mmolの塩化水素と24mmolの水となるように、6N塩酸とイオン交換水を投入した。再び0℃で10分間撹拌した後、混合物をさらに10分間室温で撹拌し、さらに80℃で3時間撹拌することで塗料組成物であるポリマーゾルを得た。
【0087】
50mLのナスフラスコに塗料組成物(0.2g)およびTHF(0.8g)を加え、氷浴下で10分間撹拌した。1N塩酸(5g)をフラスコに1滴ずつ滴下して、氷浴下で10分間撹拌した。その後室温で3時間撹拌した。減圧留去し、真空乾燥した後に水酸基が形成された塗料組成物を得た。
【0088】
この塗料組成物の抽出は以下のように行った。反応溶液にTHF50mLを加え分液漏斗に移し、飽和食塩水50mLを加えた。そして、分離後水層にTHF20mL加え、分液する作業を3回繰り返した。その後、有機層にもう一度飽和食塩水50mLを加え、分液作業を行った。
【0089】
得られた塗料組成物(50wt% THF)を、100μmのキューブ型アプリケーターを用いて、洗浄したガラス板に塗布した。最後に、80℃(1時間)で予備乾燥させた後、150℃,2時間で焼成することにより、吸湿膜を得た。
【0090】
[実施例5,6]
シロキサン単位(X)およびシロキサン単位(Y)の共重合体であるポリシロキサンを合成し、共重合体を含む吸湿膜を有する積層体を、塗膜組成物に対して酸処理を行う
図1の製造工程によって積層体を製造した。シロキサン単位(X)の出発物質として3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(GPTMS)を用い、シロキサン単位(Y)の出発物質としてBTES-EGを用いた。
【0091】
なお、実施例5と実施例6とでは、酸処理工程における酸性溶液への浸漬時間が異なるが、それ以外の製造条件は同様である。
【0092】
出発物質であるシラン化合物BTES-EGは、以下の方法により、アルゴン雰囲気下で合成した。真空乾燥した100mL二つ口ナスフラスコに、オイルに分散した水素化ナトリウムを加え、ヘキサンを入れて撹拌し、上澄み液を除去して乾燥した水素化ナトリウム(1.55g,64.5mmol)を得た。次いで、テトラエチレングリコール(2.59g,12.9mmol)とDMF(25mL)を撹拌しながらゆっくりと加えた。室温で20分間撹拌した後、臭化アリル(4.37mL,51.6mmol)を1滴ずつゆっくりと加え、一晩中撹拌した。反応溶液を分液操作で抽出し、硫酸マグネシウムで水を除去した。減圧蒸留で溶媒を除去し、精製した後にアリル基をもつテトラエチレングリコールの化合物を得た。三方コック(窒素導入管、排気管)を備えた100mL二つ口ナスフラスコに、アリル基をもつテトラエチレングリコールの化合物(1.41g,5.13mmol)、トリエトキシシラン(2.11g,12.8mmol)、Karstedt触媒(7mg)、トルエン(10mL)を投入した。60℃で2時間撹拌させ、減圧蒸留で溶媒を除去しBTES-EGを得た。
【0093】
得られたBTES-EG(2mmol)とGPTMS(2mmol)を1:1のモル比で重合させ、実施例1と同様、塗膜組成物の形成後に酸処理を行う
図1の製造工程によって積層体を製造した。具体的には、窒素導入管、排気管、撹拌機を備えた100mL四つ口フラスコに、GPTMSおよびBTES-EG、メタノール(1.21g,40mmol)を入れ、氷浴下で10分間冷却した。360mL/minの流速で窒素をフラスコに通気し、撹拌(150rpm)しながら、0.4mmolの塩化水素と5mmolの水となるように、6N塩酸とイオン交換水を投入した。再び0℃で10分間撹拌した後、混合物をさらに10分間室温で撹拌し、所定の温度または時間で撹拌することで、塗料組成物であるポリマーゾルを得た。ポリマーゾルは50wt%超脱水THFに溶かし、溶液として保存した。
【0094】
100μmのキューブ型アプリケーターで塗料組成物(50wt%THF)を、洗浄したガラス板に塗布した。塗料組成物を塗布した基体を、80℃(1時間)で予備乾燥させた後、150℃で0.5時間焼成することにより、塗膜組成物を得た。
【0095】
その後、得られた塗膜組成物を、積層体ごと1N硫酸に9時間(実施例5)または15時間(実施例6)浸漬させた。イオン交換水で洗浄後、60℃のホットプレート上で1時間乾燥させ、吸湿膜を有する積層体を得た。
【0096】
[比較例4]
出発物質としてポリビニルアルコール(PVA)を用いた。ガラス容器にポリビニルアルコールおよび蒸留水を添加し、混合した。混合して得られた溶液にスターラチップを入れ、栓をして、30分間撹拌し、塗料組成物を得た。IPA(イソプロピルアルコール)で脱脂したガラス基板に塗布した。塗料組成物を塗布したガラス基板を乾燥(70℃×3時間)してポリビニルアルコール吸湿膜を形成し、積層体を得た。
【0097】
<評価試験>
[吸水率]
各積層体における吸湿膜の吸水率を以下の方法により測定した。具体的には、湿度20%RH(設定温度:30℃)環境下で、吸湿膜を有するガラス基板(以下、サンプルという)の重量を天秤で測定し、予め測定していたガラス基板のみの重量から、吸湿膜の重量を算出した。
【0098】
サンプルを、95%RH(設定温度:30℃)の恒温恒湿環境下で1~2時間保持した後、サンプルの重量変化を天秤で測定し、吸湿膜の吸水量とした。そして、吸湿膜の重量および吸湿膜の吸水量から、下記式に基づいて、吸水率を算出した。
【0099】
【0100】
算出された吸水率に基づいて吸湿性の評価を行った:
◎:15≦吸水率(最良)
○:10≦吸水率<15(良)
△: 5≦吸水率<10(実用上問題なし)
×:吸水率<5(実用上問題あり)。
【0101】
[耐傷付性]
各積層体における吸湿膜の傷抵抗値を以下の方法により測定した。具体的には、ナノインデンタースクラッチテストを用いて、耐傷付性能評価を行った。ナノインデンタースクラッチテストは、動的荷重や押し込み深さとスクラッチ距離の関係を記録する。スクラッチテストは、cubeダイアモンド圧子を使用した。
【0102】
まず、スクラッチ前の表面粗さを計測するため、プレスキャンを非常に小さい荷重(50μN)で行い、表面形状をスキャンした。次に、荷重を連続的に上げながら(ramped scrach)スクラッチを行った。スクラッチ距離0~200μmの間は、(50μN)の一定の荷重でスクラッチを行い、スキャンの終わりまで(200~1000μm)最大荷重20mNに向かって連続的に荷重を上げながらスクラッチを行った(荷重上昇速度約1mN/s)。最後に、スクラッチ後に、非常に小さい荷重(50μN)でスキャンして、表面形状をスキャンした。傷の深さを塑性変形量と定義し、これを耐傷付性能パラメータとして取り扱う。耐傷付性能は下記式で定義し、傷抵抗値として扱う。傷抵抗値が高い程、耐傷付性が高く、傷つきにくいことを意味している。
【0103】
【0104】
耐傷付性を傷抵抗値に基づいて評価を行った:
◎:2.5≦傷抵抗値(最良)
○:2.0≦傷抵抗値<2.5(良)
△:1.5≦傷抵抗値<2.0(良)
×:傷抵抗値<1.5(実用上問題あり)。
【0105】
[総合評価]
吸湿性および耐傷付性の評価結果について、総合的に評価した:
◎:吸湿性および耐傷付性の評価結果が◎であった。
○:吸湿性および耐傷付性の評価結果のうち最低の評価結果が○であった。
△:吸湿性および耐傷付性の評価結果のうち最低の評価結果が△であった。
×:吸湿性および耐傷付性の評価結果のうち最低の評価結果が×であった。
【0106】
[積層体の外観]
得られた積層体の外観を目視により評価した:
実施例1~実施例6および比較例4では、積層体表面に割れやクラックが見られず、平滑できれいな表面であったが、比較例1~比較例3では、積層体表面の一部または全体に割れやクラックが生じており、吸湿性や傷抵抗値の評価に至らなかったため、全体評価を×とした。
【0107】
[水酸基の存在量]
得られた積層体をフーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)により測定した。FTIRは、(株)島津製作所製「IR Affinity-1」を用いて測定した。
【0108】
FTIRにおいて、シロキサン結合由来の吸収帯が、950cm-1~1200cm-1の範囲に見られ、水酸基由来の吸収帯が、3000cm-1~3700cm-1の範囲に見られる。
【0109】
ここで、吸収帯950cm-1~1200cm-1の範囲におけるシロキサン結合由来の全ピーク面積を(ア)とし、吸収帯3000cm-1~3700cm-1の範囲における水酸基由来の全ピーク面積を(イ)としたとき、(イ)/(ア)で得られる値は、ポリシロキサン中の水酸基の存在量の指標とすることができる。この指標を用いることで、塗料組成物から吸湿膜が形成されるまでの過程において、水酸基が消費される副反応が抑制できているか否か、更には、積層体の吸湿性を評価することが可能となる。実施例1~実施例6の水酸基の存在量(イ)/(ア)の結果より、好ましい値は、0.68以上であった。
【0110】
なお、実施例1において、酸処理を行う前の塗膜組成物の状態で赤外吸収スペクトルを測定したところ、水酸基の存在量(イ)/(ア)は、0.13と低い値であった。酸処理後の実施例1の吸湿膜は、水酸基の存在量(イ)/(ア)1.2であり、酸処理工程によって、水酸基が生成されたことが確認できた。
【0111】
[固体NMRによる確認]
実施例1について、酸処理工程において、酸性溶液への浸漬時間の異なる3つのサンプルについて固体13CNMRを測定し、開環反応により水酸基が生成されているか否かを確認した。固体13CNMRは、「Varian 600MHz」を用いて測定した。13C共鳴周波数は151MHzで、外部標準としてヘキサメチルベンゼンを使用した。
図3に示すように、実施例1の塗膜組成物に対し、酸性溶液へ0時間浸漬させたサンプル、7時間浸漬させたサンプル、15時間浸漬させたサンプルの固体13CNMRスペクトルを比較した。0時間浸漬させたサンプルにおいて現れていたグリシジル基由来のピーク(43ppm、50ppm)が浸漬時間の経過とともに消失し、ヒドロキシメチルのピークが63ppm付近,72ppm付近に出現した。これにより、酸処理工程において、グリシジル基が開環反応し、水酸基が生成したことを確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本開示の積層体およびその製造方法は、吸湿性(例えば防曇性および調湿性)が要求される、あらゆる用途で有用である。
【符号の説明】
【0113】
S11 塗料合成工程
S12 塗膜形成工程
S13 酸処理工程
S21 塗料合成工程
S22 酸処理工程
S23 塗膜形成工程