(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023028787
(43)【公開日】2023-03-03
(54)【発明の名称】亜鉛めっき鋼板の摩擦接合方法及び接合構造体
(51)【国際特許分類】
B23K 20/12 20060101AFI20230224BHJP
【FI】
B23K20/12 G
B23K20/12 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021134687
(22)【出願日】2021-08-20
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】藤井 英俊
(72)【発明者】
【氏名】森貞 好昭
(72)【発明者】
【氏名】平田 弘征
(72)【発明者】
【氏名】富士本 博紀
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
【テーマコード(参考)】
4E167
【Fターム(参考)】
4E167AA05
4E167BF10
4E167BF13
(57)【要約】 (修正有)
【課題】接合部への亜鉛の混入が効果的に抑制されると共に、亜鉛めっき層で被覆された接合部を得ることができる亜鉛めっき鋼板の接合方法、及び当該接合方法で得られる接合構造体を提供する。
【解決手段】一方の部材2を他方の部材4に当接させて被接合界面を形成する第一工程と、被接合界面に対して略垂直に圧力を印加した状態で、一方の部材2と他方の部材4とを同一軌跡上で繰り返し摺動させ、被接合界面からバリを排出させる第二工程と、摺動を停止して接合面12を形成する第三工程と、を有し、一方の部材2及び他方の部材4の少なくとも一方を、亜鉛めっき鋼板とし、バリの排出によって、接合面への亜鉛めっき成分の混入を抑制すること、を特徴とする摩擦接合方法。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方の部材を他方の部材に当接させて被接合界面を形成する第一工程と、
前記被接合界面に対して略垂直に圧力を印加した状態で、前記一方の部材と前記他方の部材とを同一軌跡上で繰り返し摺動させ、前記被接合界面からバリを排出させる第二工程と、
前記摺動を停止して接合面を形成する第三工程と、を有し、
前記一方の部材及び前記他方の部材の少なくとも一方を、亜鉛めっき鋼板とし、
前記バリの排出によって、前記接合面への亜鉛めっき成分の混入を抑制すること、
を特徴とする摩擦接合方法。
【請求項2】
前記圧力を、所望する接合温度における前記亜鉛めっき鋼板の降伏応力以上に設定し、
前記接合温度を亜鉛の沸点以下とすること、
を特徴とする請求項1に記載の摩擦接合方法。
【請求項3】
前記接合温度を亜鉛めっきの融点以下とすること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の摩擦接合方法。
【請求項4】
前記接合温度を前記亜鉛めっき鋼板のA1点以下とすること、
を特徴とする請求項1~3のうちのいずれかに記載の摩擦接合方法。
【請求項5】
前記亜鉛めっき鋼板の引張強度が340MPa以上であること、
を特徴とする請求項1~4のうちのいずれかに記載の摩擦接合方法。
【請求項6】
一方の部材と他方の部材が摩擦接合界面を介して一体となった摩擦接合部を有し、
前記一方の部材及び前記他方の部材の少なくとも一方が亜鉛めっき鋼板であり、
亜鉛めっき成分が前記摩擦接合部に混入していないこと、
を特徴とする接合構造体。
【請求項7】
前記摩擦接合界面の外縁にバリが形成し、
前記摩擦接合部の表面が前記バリの根元まで亜鉛めっき層で被覆されていること、
を特徴とする請求項6に記載の接合構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は亜鉛めっき鋼板を固相接合する摩擦接合方法及び当該摩擦接合方法で得られる接合構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料は優れた強度と延性を有するとともに廉価であることから、様々な工業製品に用いられている。一方で、腐食しやすいといった短所があるため、腐食環境下では材料表面に亜鉛めっきを施した溶融亜鉛めっき鋼板が用いられる。
【0003】
しかしながら、亜鉛めっき鋼板に対して溶接を行うと、鋼の融点に比べて沸点の低い亜鉛が亜鉛蒸気となり、良好な溶接状態の実現が難しくなる場合がある。具体的には、亜鉛蒸気に起因して、ビードにブローホール等が形成される場合や、アークの形成状態が不安定となり、スパッタの発生が多くなる場合等がある。
【0004】
更に、溶融溶接時には表面の亜鉛めっきが気化して亜鉛めっき鋼板の表面状態が変化するため、耐食性が劣化する。加えて、溶接部に亜鉛が混入することにより、継手の機械的性質や信頼性が低下することも問題となっている。
【0005】
これに対し、例えば、特許文献1(特開2016-179483号公報)では、亜鉛めっき鋼板を準備する工程と、シールドガスによりシールドしつつ亜鉛めっき鋼板と溶接ワイヤとの間にアークを形成して亜鉛めっき鋼板および溶接ワイヤを加熱して溶融させ、溶融池を形成する工程と、溶融池を凝固させる工程と、を備え、シールドガスは二酸化炭素およびアルゴンを含み、残部が不可避的不純物からなる混合ガスであり、溶接ワイヤの直径は0.9mm以下であり、シールドガスに含まれる二酸化炭素は4体積%以上10体積%以下、または溶接ワイヤの直径は0.9mmを超え1.0mm以下であり、シールドガスに含まれる二酸化炭素は4体積%以上6体積%以下である、亜鉛めっき鋼板の溶接方法、が開示されている。
【0006】
上記特許文献1に記載の亜鉛めっき鋼板の溶接方法においては、亜鉛めっき鋼板の溶接状態に及ぼす影響が大きいシールドガスに含まれる二酸化炭素の割合と溶接ワイヤの直径を最適化することで、良好な溶接状態を達成可能な亜鉛めっき鋼板の溶接方法を提供することができる、とされている。
【0007】
また、特許文献2(特開2015-167981号公報)においては、亜鉛めっき鋼板をMAG溶接法によって溶接する方法であって、溶接ワイヤとして、溶融池の粘度を低減する低粘性ソリッドワイヤを用いるとともに、シールドガスとして、酸素ガス13~18容量%、炭酸ガス5~15容量%、残部がアルゴンガスからなる3種混合ガスを用いることを特徴とする亜鉛めっき鋼板の溶接方法、が開示されている。
【0008】
上記特許文献2に記載の亜鉛めっき鋼板の溶接方法においては、亜鉛メッキ鋼板をMAG溶接する際に一般的に用いられていた高粘性ワイヤに換えて、溶融池の粘性を下げることができる低粘性ソリッドワイヤを用いることにより、溶接時に生じた亜鉛蒸気を溶融池から逃げ易くすることができ、当該低粘性ソリッドワイヤを用いてMAG溶接する際の最適なシールドガス組成としてアルゴンガス(Ar)、炭酸ガス(CO2)及び酸素ガス(O2)の三元系を用い、これらを所定の配合比とすることにより、溶接金属の機械的強度を低下させることなく、溶接部へのブローホールやピットの発生を抑制するという効果を、再現性良く得ることができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2016-179483号公報
【特許文献2】特開2015-167981号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献1及び特許文献2に開示されている亜鉛めっき鋼板の溶接方法においては溶接部の亜鉛めっき層は完全に気化するため、良好な亜鉛めっき層で被覆された溶接部を得ることはできない。また、気化した亜鉛は不可避的に溶接部に混入することから、当該混入に起因する接合部の機械的性質等の低下を抑制することは極めて困難である。
【0011】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、接合部への亜鉛の混入が効果的に抑制されると共に、亜鉛めっき層で被覆された接合部を得ることができる亜鉛めっき鋼板の接合方法、及び当該接合方法で得られる接合構造体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記目的を達成すべく、亜鉛めっき鋼板の接合方法について鋭意研究を重ねた結果、亜鉛めっき鋼板の接合に線形摩擦接合及び摩擦圧接等の摩擦接合方法を適用し、接合界面からのバリの排出によって接合部への亜鉛の混入を防止すること等が極めて効果的であることを見出し、本発明に到達した。
【0013】
即ち、本発明は、
一方の部材を他方の部材に当接させて被接合界面を形成する第一工程と、
前記被接合界面に対して略垂直に圧力を印加した状態で、前記一方の部材と前記他方の部材とを同一軌跡上で繰り返し摺動させ、前記被接合界面からバリを排出させる第二工程と、
前記摺動を停止して接合面を形成する第三工程と、を有し、
前記一方の部材及び前記他方の部材の少なくとも一方を、亜鉛めっき鋼板とし、
前記バリの排出によって、前記接合面への亜鉛めっき成分の混入を抑制すること、
を特徴とする摩擦接合方法、を提供する。
本発明の摩擦接合方法においては、被接合界面からバリを排出する線形摩擦接合及び摩擦圧接等の原理を用いることができるが、以下、線形摩擦接合を代表として詳述する。
【0014】
図1に摩擦接合方法(線形摩擦接合)中の状況を示す模式図を示す。線形摩擦接合は被接合材同士を線形運動で擦りあわせた際に生じる摩擦熱を主な熱源とする固相接合である。昇温によって軟化した材料を被接合界面からバリとして排出することで、被接合界面に形成していた酸化被膜を除去し、新生面同士を当接させることで接合部を得ることができる。
【0015】
ここで、被接合界面からバリが最初に排出されるのは摺動の方向と略垂直方向であるが、その後引き続いて略平行方向から排出され、最終的には接合界面の全周からバリが排出される。即ち、接合中に亜鉛めっきの蒸発や溶融が生じた場合であっても、当該亜鉛めっき成分の接合部への混入を効果的に抑制することができる。特に、亜鉛めっき鋼板を線形摩擦接合する場合、板厚と垂直方向に線形摺動させることで、接合部表面の殆どを占める長辺から速やかにバリを排出することができ、亜鉛めっき成分の接合部への混入を極めて効果的に抑制することができる。
【0016】
また、本発明者が亜鉛めっき鋼板の線形摩擦接合部を詳細に観察した結果、鋼板の表面に形成された亜鉛めっき層は適度に軟化したバリに追随して変形及び/又は移動するため、線形摩擦接合部はバリの根元まで亜鉛めっき層で被覆されることが明らかとなった。即ち、線形摩擦接合を用いることで接合部への亜鉛の混入を抑制できるだけでなく、接合部の表面を亜鉛めっき層で十分に被覆することができる。
【0017】
本発明の摩擦接合方法を適用する亜鉛めっき鋼板の種類、大きさ及び形状は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の亜鉛めっき鋼板を使用することができる。
【0018】
本発明の摩擦接合方法においては、前記圧力を、所望する接合温度における前記亜鉛めっき鋼板の降伏応力以上に設定し、前記接合温度を亜鉛の沸点以下とすること、が好ましい。線形摩擦接合及び摩擦圧接においては接合圧力で接合温度を正確に決定できるところ、当該接合温度を亜鉛の沸点以下とすることで、鋼板の表面に形成された亜鉛めっき層の変化を抑制することができる。ここで、本発明において、「接合温度」とは「第二工程における被接合界面の所望の最高到達温度」を意味する。
【0019】
また、本発明の摩擦接合方法においては、前記接合温度を亜鉛めっきの融点以下とすること、が好ましい。接合温度を亜鉛めっきの融点以下とすることで、鋼板の表面に形成された亜鉛めっき層の変化をより効果的に抑制することができる。
【0020】
また、本発明の摩擦接合方法においては、前記接合温度を前記亜鉛めっき鋼板のA1点以下とすること、が好ましい。接合温度を亜鉛めっき鋼板のA1点以下とすることで、接合温度が確実に亜鉛の沸点以下となるだけでなく、鋼板の軟化や脆化を抑制することができる。鋼は相変態によって脆いマルテンサイトが形成し、接合が困難な場合及び接合部が脆化してしまう場合が存在する。これに対し、接合温度をA1点以下とすることで、相変態が生じないことから、脆いマルテンサイトの形成を完全に抑制することができる。加えて、接合温度の低下により、熱影響部における軟化を抑制することができる。
【0021】
ここで、線形摩擦接合(摩擦圧接)の印加圧力を増加させると当該摩擦熱は増加するが、軟化した材料はバリとなって連続的に排出されるため、軟化した材料に印加される圧力(バリを排出する力)によって「接合温度」が決定される。つまり、印加圧力を高く設定した場合、より高い強度(降伏強度が高い状態)の被接合材をバリとして排出することができる。ここで、「より降伏強度が高い状態」とは、「より低温の状態」を意味していることから、印加圧力の増加によって「接合温度」が低下することになる。降伏強度と温度の関係は材料によって略一定であることから、摩擦熱を用いた場合と比較して、極めて正確に接合温度を制御することができる。
【0022】
更に、本発明の摩擦接合方法においては、前記亜鉛めっき鋼板の引張強度が340MPa以上であること、が好ましい。本発明の摩擦接合方法は固相接合法であり、引張強度が高い鋼板であっても高い強度と優れた信頼性を有する接合部を得ることができる。また、亜鉛めっきの混入を効果的に抑制するために接合温度を低い値に設定することから、高張力鋼板であっても熱影響部の軟化が抑制された良好な継手特性を発現させることができる。
【0023】
また、本発明は、一方の部材と他方の部材が摩擦接合界面を介して一体となった摩擦接合部を有し、前記一方の部材及び前記他方の部材の少なくとも一方が亜鉛めっき鋼板であり、亜鉛めっき成分が前記摩擦接合部に混入していないこと、を特徴とする接合構造体、も提供する。亜鉛めっき鋼板の形状や大きさは特に限定されず、板材、ロの字部材(角柱)、コの字部材及びパイプ材等が広く含まれる。
【0024】
ここで、「亜鉛めっき成分が線形摩擦接合部に混入していない」は、例えば、接合部の断面に対してSEM-EDSを用いた元素分析を行うことで確認することができる。ここで、SEM-EDS測定の方法は特に限定されず、従来公知の種々の装置及び測定条件で行えばよい。より具体的には、接合部断面に対して元素マッピングを取得し、接合部の表面に存在する亜鉛めっき層に起因する元素が接合部の内部に混入しているか否かを確認すればよい。
許容される接合部への亜鉛めっき成分の含有量は基材となる鋼材にも依存するが、当該鋼材の強度に影響しない程度であればよく、例えば、接合部における平均値として1.0質量%未満とすることが好ましく、接合部における最大値も1.0質量%未満とすることがより好ましい。摩擦接合部の継手効率は90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、100%であることが最も好ましい。
【0025】
また、本発明の接合構造体においては、前記摩擦接合界面の外縁にバリが形成し、前記摩擦接合部の表面が前記バリの根元まで亜鉛めっき層で被覆されていること、が好ましい。摩擦接合部の表面がバリの根元まで亜鉛めっき層で被覆されていることで、耐食性に優れた接合部を実現することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、接合部への亜鉛の混入が効果的に抑制されると共に、亜鉛めっき層で被覆された接合部を得ることができる亜鉛めっき鋼板の接合方法、及び当該接合方法で得られる接合構造体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の摩擦接合方法の一態様(線形摩擦接合)を示す模式図である。
【
図2】本発明の摩擦接合方法(線形摩擦接合)の接合工程を示す模式図である。
【
図3】各温度における炭素鋼の変形応力(降伏応力)を示すグラフである。
【
図4】各温度における各種金属の引張強度を示すグラフである。
【
図5】本発明の接合構造体の一例を示す概略断面図である。
【
図6】実施例で用いた溶融亜鉛めっき鋼板の強度の温度依存性を示すグラフである。
【
図7】実施例で得られた接合部の外観写真と断面写真である(200MPa)。
【
図8】実施例で用いた溶融亜鉛めっき鋼板の断面のSEM写真及び元素マッピングである。
【
図9】実施例で得られた接合部の断面のSEM写真及び元素マッピングである(200MPa)。
【
図10】実施例で用いた引張試験片の形状及び寸法を示す概略図である。
【
図11】実施例で得られた継手の引張特性を示す応力ひずみ線図である。
【
図12】実施例で得られた板厚1.2mm鋼板の接合部の断面写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照しながら本発明の摩擦接合方法及び接合構造体の代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、同一または相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、表された各構成要素の寸法やそれらの比は実際のものとは異なる場合もある。
【0029】
(1)摩擦接合方法
図2は線形摩擦接合を用いる場合の本発明の摩擦接合方法の接合工程を示す模式図である。本発明の摩擦接合方法は、一方の部材2を他方の部材4に当接させて被接合界面6を形成する第一工程と、被接合界面6に対して略垂直に圧力を印加した状態で、一方の部材2と他方の部材4とを同一軌跡上で繰り返し摺動させ、摺動の方向と略平行及び略垂直に被接合界面からバリ8を排出させる第二工程と、摺動を停止して接合面を形成する第三工程と、を有している。以下、各工程について詳細に説明する。
【0030】
(1-1)第一工程
第一工程は、一方の部材2を他方の部材4に当接させて被接合界面6を形成する工程である。接合部の形成を所望する箇所に一方の部材2及び/又は他方の部材4を移動させ、被接合面同士を当接させ、被接合界面6を形成する。
【0031】
一方の部材2及び他方の部材4の少なくとも一方が亜鉛めっき鋼板となっている。亜鉛めっき鋼板の種類、大きさ及び形状は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の亜鉛めっき鋼板を用いることができる。亜鉛めっき鋼板としては、溶融亜鉛めっき鋼板(GI)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)、電気亜鉛めっき(EG)及び2層形合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GAE)を挙げることができ、また、高耐食性の溶融亜鉛、アルミニウム、マグネシウム合金めっき鋼板(ZAM(登録商標)、スーパーダイマ(登録商標):高耐気候性めっき鋼板)、亜鉛アルミニウム合金めっき鋼板、亜鉛ニッケル合金めっき鋼板、亜鉛マグネシウムめっき鋼板などの異なる組成の亜鉛めっき鋼板にも同様な手法が適用できる。また、各亜鉛めっき鋼板において、めっき付着量(めっき厚さ)も本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の様々な値とすることができる。
【0032】
被接合材として用いる亜鉛めっき鋼板の機械的性質は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されないが、引張強度が340MPa以上であることが好ましい。引張強度が高い鋼板を用いた場合であっても、高い強度と優れた信頼性を有する接合部を得ることができる。また、亜鉛めっきの混入を効果的に抑制するために接合温度を低い値に設定することから、高張力鋼板であっても熱影響部の軟化が抑制され、良好な継手特性を発現させることができる。亜鉛めっき鋼板のより好ましい引張強度は780MPa以上であり、最も好ましい引張強度は980MPa以上である。
【0033】
(1-2)第二工程
第二工程は、被接合界面6に対して略垂直に圧力Pを印加した状態で、一方の部材2と他方の部材4とを同一軌跡上で繰り返し摺動させ、摺動の方向と略平行及び略垂直に被接合界面6からバリ8を排出させる工程である。
【0034】
一方の部材2と他方の部材4とを同一軌跡上で繰り返し摺動させる方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、両方の部材を共に加振させても、一方を固定して他方を加振させてもよい。
【0035】
ここで、線形摩擦接合時の圧力Pを、所望する接合温度における一方の部材及び/又は他方の部材の降伏応力以上かつ引張強度以下に設定することで、接合温度を制御することができる。本発明の摩擦接合方法においては、圧力Pを所望する接合温度における溶融亜鉛めっき鋼板の降伏応力以上かつ引張強度以下に設定することで、溶融亜鉛めっき鋼板を基準として接合温度を決定することができる。圧力Pを溶融亜鉛めっき鋼板の降伏応力以上とすることで被接合界面6からのバリ8の排出が開始され、引張強度までの間で圧力Pを増加させると、バリ8の排出が加速されることになる。降伏応力と同様に、特定の温度における引張強度も被接合材によって略一定であることから、設定した圧力Pに対応する接合温度を実現することができる。また、これにより、薄板を接合する際にも、母材を変形させずに接合が可能となる。例えば、板厚は2.0mm以下とすることが好ましい。
【0036】
具体例として、各温度における炭素鋼の変形応力(降伏応力)を
図3に、各温度における各種金属の引張強度を
図4に、それぞれ示す。なお、
図3は「鉄と鋼,第67年(1981)第11号,140頁」に掲載されたグラフであり、
図4は「鉄と鋼,第72年(1986)第6号,55頁」に掲載されたグラフである。これらの図に示されているように、特定の温度における引張強度及び降伏応力は材料によって略一定である。即ち、このようなデータを被接合材に対して、データベース化しておくことで、任意の温度での接合を効率的かつ簡便に実施することができる。
【0037】
接合時の圧力Pを高く設定した場合、より高い降伏強度及び引張強度の被接合材(溶融亜鉛めっき鋼板)をバリとして排出することができ、接合温度を低下させることができる。また、
図3及び
図4に示されているとおり、特定の温度における引張強度及び降伏応力は材料によって略一定であることから、溶融亜鉛めっき鋼板の強度の温度依存性に基づいて接合圧力Pを設定することで、極めて正確に溶融亜鉛めっき鋼板の接合温度を制御することができる。
【0038】
線形摩擦接合においては、圧力P以外の接合パラメータ(被接合材を加振する周波数及び振幅、接合時間及び寄り代等)も設定する必要があるが、本発明の効果を損なわない限りにおいてこれらの値は制限されず、被接合材の材質、形状及びサイズ等によって適宜設定すればよい。ここで、被接合材を摺動させる振幅や周波数を増加させることによって昇温速度ならびに接合後の冷却速度は増加するが、最高到達温度(接合温度)は変化しない。
【0039】
接合温度は亜鉛の沸点(907℃)以下とすることが好ましく、亜鉛めっきの融点以下(合金化している場合は当該合金化めっきの融点以下)とすることがより好ましい。線形摩擦接合においては接合圧力Pで接合温度を正確に決定できるところ、当該接合温度を亜鉛の沸点以下とすることで、鋼板の表面に形成された亜鉛めっき層の変化を抑制することができる。また、接合温度を亜鉛めっきの融点以下とすることで、より確実に亜鉛めっき層の変化を抑制することができる。
【0040】
また、本発明の摩擦接合方法においては、接合温度を亜鉛めっき鋼板のA1点以下とすることが好ましい。接合温度を亜鉛めっき鋼板のA1点以下とすることで、接合温度が確実に亜鉛の沸点以下となるだけでなく、鋼板の軟化や脆化を抑制することができる。鋼は相変態によって脆いマルテンサイトが形成し、接合が困難な場合及び接合部が脆化してしまう場合が存在する。これに対し、接合温度をA1点以下とすることで、相変態が生じないことから、脆いマルテンサイトの形成を完全に抑制することができる。加えて、接合温度の低下により、熱影響部における軟化を抑制することができる。
【0041】
(1-3)第三工程
第三工程は、第二工程における摺動を停止して接合面を形成する工程である。本発明の摩擦接合方法においては、被接合界面6の全面からバリ8が排出された後に摺動を停止させることで、良好な接合体を得ることができる。また、被接合界面6の全面からバリ8を排出することにより、亜鉛めっき成分の接合部への混入を抑制することができる。なお、第二工程において被接合材に印加した圧力Pはそのまま維持してもよく、バリ8を排出すると共に新生面をより強く当接させる目的で、より高い値としてもよい。接合過程において接合面積が増加すると圧力Pが減少し、意図せず接合温度が上昇する場合も存在するが、圧力Pを増加させることで当該現象を抑制することができる。
【0042】
ここで、被接合界面6の全面からバリ8が排出された後であれば摺動を停止するタイミングは限定されないが、摺動の方向に対して略垂直の方向から被接合界面6を観察し、バリ8が摺動の方向に対して略平行に排出された瞬間に摺動の停止を実行することで、バリ8の排出量を最小限に抑えつつ(被接合材の消費を最小限に抑えつつ)、良好な接合部を形成することができる。なお、「摺動の方向と略垂直方向」及び「摺動の方向と略平行方向」は、共に印加圧力に対して略垂直の方向である。
【0043】
(2)接合構造体
図5は、本発明の接合構造体の一例を示す概略断面図である。接合構造体10は、一方の部材2と他方の部材4とが線形摩擦接合されたものであり、一方の部材2及び他方の部材4の少なくとも一方が溶融亜鉛めっき鋼板となっている。
【0044】
一方の部材2と他方の部材4とは線形摩擦接合部12を介して冶金的に接合されており、線形摩擦接合部12には溶融亜鉛めっき鋼板の表面に形成された亜鉛めっき層14の成分が混入していないことを特徴としている。「亜鉛めっき成分が線形摩擦接合部に混入していない」は、接合部の断面に対してSEM-EDSを用いた元素分析で確認すればよいが、亜鉛の定量値は鉄に起因するピーク等の影響で誤差を生じるため、例えば、接合部断面の全域に対して元素マッピングを取得し、接合部の内部に明確な亜鉛の存在箇所が示されるか否かで判断すればよい。
【0045】
接合構造体10においては、線形摩擦接合界面(被接合界面6)の外縁にバリ8が形成し、線形摩擦接合部12の表面がバリ8の根元まで亜鉛めっき層14で被覆されていることが好ましい。線形摩擦接合部12の表面がバリ8の根元まで亜鉛めっき層14で被覆されていることで、耐食性に優れた接合部を実現することができる。
【0046】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。例えば、接合温度が亜鉛の沸点を超えた場合において、当該亜鉛蒸気を接合体表面に付着させる処理を施す場合もこれに該当する。
【実施例0047】
被接合材に溶融亜鉛めっき鋼板(JIS-SGHC:0.05%C-0.01%Si-0.15%Mn-0.17%P-0.04%S)を用い、当該溶融亜鉛めっき鋼板同士の端面で突き合せて線形摩擦接合を施した。溶融亜鉛めっき鋼板のサイズは2mm×50mm×63mmであり、突き合せた端面は2mm×50mmである。
【0048】
また、線形摩擦接合の接合圧力を決定するために、高温引張試験を用いて溶融亜鉛めっき鋼板の強度の温度依存性を調査した。500℃、600℃、700℃及び800℃における引張強度を測定し、得られた結果を
図6に示す。
図6の結果から、線形摩擦接合時の接合温度が亜鉛の沸点(907℃)以下となる接合圧力として、50MPa、100MPa及び200MPaを設定した。各接合圧力において予測される接合温度は、50MPa:約800℃、100MPa:約700℃、200MPa:約560℃である。
【0049】
接合圧力以外の線形摩擦接合条件は、周波数:50Hz、振幅:2mm及び寄り代:2.5mmで一定とした。各接合圧力を用いた場合の接合界面から1mmの位置における溶融亜鉛めっき鋼板表面の温度をK型熱電対で測定したところ、50MPa:約605℃、100MPa:約566℃、200MPa:約330℃となっていた。接合圧力の増加に伴って温度が低下しており、
図6の結果に対応している。なお、測温位置が接合界面から1mm離れているため、実測された値は
図6から予測される値よりも低い値となっている。
【0050】
各接合圧力で得られた全ての接合部において、被接合界面の全周からのバリの排出が認められた。また、全ての接合部の断面観察において、未接合部やクラック等の接合欠陥は認められなかった。代表的な結果として、200MPaで得られた接合部の外観写真と断面写真を
図7に示す。外観写真において、溶融亜鉛めっき鋼板の表面状態(亜鉛めっき層の状態)はバリの近傍まで殆ど変化していないことが分かる。
【0051】
次に、各接合圧力で得られた全ての接合部に対して、接合部断面のSEM-EDS分析を行った。また、溶融亜鉛めっき層の初期の状態を確認するために、接合前の溶融亜鉛めっき鋼板についても断面のSEM-EDS分析を行った。なお、SEMには日本電子株式会社製のJSM-7001FAを用いた。
【0052】
接合前の溶融亜鉛めっき鋼板のSEM写真及び元素マッピング結果を
図8に示す。鋼板の表面に厚さが約4μmの亜鉛めっき層が形成されていることが分かる。代表的な接合部の結果として、200MPaで得られた接合部のSEM写真及び元素マッピング結果を
図9に示す。亜鉛(Zn)のマッピング結果から、接合部への亜鉛の混入は全く認められない。加えて、接合部の表面はバリの根元まで亜鉛めっき層で被覆されていることが確認できる(図中の点線で囲った領域)。なお、50MPa及び100MPaで得られた接合部においても、100MPaで得られた接合部と同様に接合部への亜鉛の混入は認められず、接合部の表面はバリの根元まで亜鉛めっき層で被覆されていた。
【0053】
接合部の機械的性質を評価するために、各接合圧力で得られた接合部と接合前の溶融亜鉛めっき鋼板の引張試験を行った。接合界面が平行部の中心に位置するように
図10に示す試験片を作製し、引張軸を接合界面に対して垂直とした。引張試験機(SHIMADZU Autograph AGS-X 10kN)を用い、クロスヘッド速度0.06mm/minで継手の引張強度を測定した。各接合圧力で得られた応力ひずみ線図を
図11に示す。
【0054】
何れの接合圧力で得られた接合部も接合前の溶融亜鉛めっき鋼板と同等の引張強度を示し、母材破断となった。伸びに関しては接合部の値がやや小さくなっているが、これは線形摩擦接合部の組織が微細化によって硬度上昇したことに起因していると考えらえる。
【0055】
被接合材として用いる溶融亜鉛めっき鋼板の板厚を1.2mmとしたこと以外は板厚が2.0mmの場合と同様にして、接合圧力を50MPaとして線形摩擦接合を施した。得られた継手の接合部の断面写真を
図12に示す。板厚が1.2mmの場合も被接合界面からの良好なバリの排出が確認され、板厚が2.0mmの場合と同様の接合部が形成されていることが分かる。
【0056】
以上の結果より、線形摩擦接合を用いることで接合部への亜鉛めっき層成分の混入が抑制されると共に、接合部の表面が亜鉛めっき層で被覆された継手を得ることができ、当該継手に母材と同等の引張特性を付与できることが分かる。