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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023028861
(43)【公開日】2023-03-03
(54)【発明の名称】樹脂成形品の成形金型の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B29C 33/38 20060101AFI20230224BHJP
   B29C 33/42 20060101ALI20230224BHJP
   B29C 45/26 20060101ALI20230224BHJP
【FI】
B29C33/38
B29C33/42
B29C45/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021134808
(22)【出願日】2021-08-20
(71)【出願人】
【識別番号】503092180
【氏名又は名称】学校法人関西学院
(71)【出願人】
【識別番号】000005821
【氏名又は名称】パナソニックホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100132241
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 博史
(74)【代理人】
【識別番号】100113170
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 和久
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 陽一
(72)【発明者】
【氏名】亀井 光仁
(72)【発明者】
【氏名】長田 典子
(72)【発明者】
【氏名】山口 滉太
(72)【発明者】
【氏名】杉山 知徳
【テーマコード(参考)】
4F202
【Fターム(参考)】
4F202AF07
4F202CA11
4F202CB01
4F202CD23
4F202CD30
(57)【要約】
【課題】低空間周波数の凹凸形状と、高空間周波数の凹凸形状とが重なった表面構造の加工を可能とし、シボ模様の転写面の加工精度を向上させる。
【解決手段】本開示に係る成形金型の製造方法は、樹脂成形品にシボ模様を転写する射出成形用の成形金型の製造方法であって、シボ模様のシボ加工データに基づいて、シボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数の情報と空間周波数に対応するパワースペクトルの情報とを取得する工程と、2以上の特長量を抽出し、各空間周波数領域に少なくとも1つの特長量を含めるように、取得された空間周波数の情報を2以上の空間周波数領域に分割する工程と、得られた2以上の空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データを抽出する工程と、抽出された2以上の空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データのそれぞれに基づいて、段階的にシボ模様を構成する凹凸形状を加工する工程と、を備える。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂成形品にシボ模様を転写する射出成形用の成形金型の製造方法であって、
前記シボ模様のシボ加工データに基づいて、前記シボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数の情報と前記空間周波数に対応するパワースペクトルの情報とを取得する工程と、
2以上の特長量を抽出し、各空間周波数領域に少なくとも1つの前記特長量を含めるように、取得された前記空間周波数の情報を2以上の空間周波数領域に分割する工程と、
得られた2以上の前記空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データを抽出する工程と、
抽出された2以上の前記空間周波数領域のそれぞれに対応する前記凹凸形状加工データのそれぞれに基づいて、段階的に前記シボ模様を構成する凹凸形状を加工する工程と、
を備える、
成形金型の製造方法。
【請求項2】
前記抽出された2以上の前記空間周波数領域のそれぞれに対応する前記凹凸形状加工データのそれぞれに基づいて、段階的に前記シボ模様を構成する凹凸形状を加工する工程は、
2以上の前記空間周波数領域のうち、最も低空間周波数領域からより高空間周波数領域への順で実行される、
請求項1に記載の成形金型の製造方法。
【請求項3】
前記シボ加工データは、前記シボ模様の2次元の深度マップデータである、
請求項1又は2に記載の成形金型の製造方法。
【請求項4】
前記シボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数の情報は、0.1~10mm-1の空間周波数を含む、
請求項1から3のいずれか1項に記載の成形金型の製造方法。
【請求項5】
前記シボ模様のシボ加工データに基づいて、前記シボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数の情報と前記空間周波数に対応するパワースペクトルの情報とを取得する工程は、
前記シボ加工データに対し、フーリエ変換を実行することを含む、
請求項1から4のいずれか1項に記載の成形金型の製造方法。
【請求項6】
前記得られた2以上の前記空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データを抽出する工程は、
前記2以上の前記空間周波数領域のそれぞれに対応する前記パワースペクトルの情報のそれぞれに対し、逆フーリエ変換を実行することによって前記シボ模様を構成する凹凸形状の2次元の深度マップデータを生成することを含む、
請求項1から5のいずれか1項に記載の成形金型の製造方法。
【請求項7】
前記抽出された2以上の前記空間周波数領域のそれぞれに対応する前記凹凸形状加工データのそれぞれに基づいて、段階的に前記シボ模様を構成する凹凸形状を加工する工程は、
切削又はレーザー加工によって、前記2以上の空間周波数領域のうち、最も低空間周波数領域に対応する前記凹凸形状加工データに基づいて前記凹凸形状を加工する工程と、
レーザー加工によって、前記2以上の空間周波数領域のうち、より高空間周波数領域に対応する前記凹凸形状加工データに基づいて前記凹凸形状を加工する工程と、
を含む、
請求項1から6のいずれか1項に記載の成形金型の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、成形金型の製造方法に関し、より詳しくは、樹脂成形品にシボ模様を転写する射出成形用の成形金型の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、家電の外装及び車載内装分野等における部品やパネル等の樹脂成形品の加飾手法において、顧客志向の多様化と昨今の本物志向・高品位志向により、幅広いデザイン表現と高品位な意匠性ニーズが高まっている。その中で、より付加価値を与える手法として樹脂成形品の表面に微細なシボ模様を形成し、加飾に加えて、高品位な触感を付与するものがある。本開示におけるシボ模様とは、射出成形品の表面に形成された凹凸を指し、高品位な触感を与えるシボ模様の凹凸形状として、幾何学模様の他に、例えば、実際の革や布地を模した、微細で複雑な凹凸形状のものがある。樹脂成形品のシボ模様は、樹脂成形時に、成形金型の表面にあらかじめ形成されたシボ模様を転写させることにより形成されている。一般的に、成形金型のシボ模様の転写面のような複雑な表面構造の加工方法は、エッチングによる化学加工、切削、レーザーを用いた物理的な除去加工などが知られており、うち、レーザーを用いた加工方法は位置精度に優れており、微細な表面構造を加工することに好ましいとされている。
【0003】
従来の表面構造の加工は、例えば、特許文献1に開示されたレーザー加工方法がある。図7に示す特許文献1に記載されたレーザー加工装置の構成において、加工用のレーザービーム2は、レンズ群4a,4b,5からなるビーム径整形部1によって、あらかじめ定めた何種類かのレーザービーム径で被加工基板12を照射できるように構成されている。被加工基板12上でラフな加工を必要とする部位には、ビーム径を広げたレーザービームを当該部位に偏向照射させ、被加工基板12上で微細な加工を必要とする部位には、ビーム径を絞ったレーザービームを当該部位に偏向照射させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11-192574号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1のレーザー加工方法は、加工領域によって異なるレーザービーム径を選択して異なる表面構造を加工することができる。しかしながら、成形金型のシボ模様の転写面は、1つの加工領域において、ラフなうねり形状の上に細かな凹凸形状が重畳しているような表面構造を有する。このような成形金型のシボ模様の転写面の加工には、上記のような従来のレーザー加工方法は適用できない。
【0006】
具体的には、例えば、豊かな触感を与えるシボ模様には、ピッチが100μm程度の細かい凹凸形状のものがあり、この凹凸形状をレーザーにより金型の表面に加工する場合、ビーム径Φ30μmのレーザーを用いて、30μmの間隔で金型の基材表面にレーザーを照射し、加工データに基づいて凹凸を加工することで、金型の表面に凹凸形状が精度良く加工することができる。しかしながら、ピッチが10mm程度の凹凸形状を金型の表面に加工する場合、同様にビーム径Φ30μmのレーザーを用いた場合、加工データに対して、加工された金型の表面の凹凸形状は、十分な加工精度に達していない。更に、ピッチが10mm程度の粗い凹凸形状の上に、ピッチが100μm~1mm程度の細かい凹凸形状が重なって構成されている凹凸形状を金型の表面に加工する場合に、ピッチが細かい凹凸形状のみが精度よく加工され、ピッチが粗い、うねりのような凹凸形状は形成されず、全体として平坦な形状になる。このように、従来のレーザーによる金属加工では、低空間周波数の(ピッチが粗い)凹凸形状と、高空間周波数の(ピッチが細かい)凹凸形状とが重なった表面構造の加工がともに要求されるシボ模様の転写面を高精度に加工できないことが課題となっている。そのため、加工された成形金型を利用して転写されたシボ模様は豊かな触感を再現できない。
【0007】
そこで、本開示の目的は、低空間周波数の凹凸形状と、高空間周波数の凹凸形状とが重なった表面構造の加工を可能とし、シボ模様の転写面の加工精度が向上することができる成形金型の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、本開示に係る成形金型の製造方法は、樹脂成形品にシボ模様を転写する射出成形用の成形金型の製造方法であって、シボ模様のシボ加工データに基づいて、シボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数の情報と空間周波数に対応するパワースペクトルの情報とを取得する工程と、2以上の特長量を抽出し、各空間周波数領域に少なくとも1つの特長量を含めるように、取得された空間周波数の情報を2以上の空間周波数領域に分割する工程と、得られた2以上の空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データを抽出する工程と、抽出された2以上の空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データのそれぞれに基づいて、段階的にシボ模様を構成する凹凸形状を加工する工程と、を備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、成形金型の製造において、低空間周波数の凹凸形状と、高空間周波数の凹凸形状とが重なった表面構造を有するシボ模様の転写面の加工を可能となり、シボ模様の転写面の加工精度が向上することができる。これによって、加工された成形金型を利用して転写されたシボ模様は豊かな触感を再現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本開示の実施の形態1に係る成形金型のシボ模様の転写面のシボ加工データを示す図である。
図2A図1のシボ加工データ20のC-C断面の凹凸形状の高さ分布の一例を示すグラフである。
図2B図1のシボ加工データ20に基づいて取得した、本開示の実施の形態に係るシボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数に対するパワースペクトル分布の一例を示す図である。
図3】本開示の実施の形態1に係る第1の空間周波数領域S1に対する第1のパワースペクトル分布(a)、及び第2の空間周波数領域S2に対する第2のパワースペクトル分布(b)の一例を示す図である。
図4】第1の空間周波数領域S1に対応する第1の凹凸形状加工データに基づいて加工される第1の凹凸形状の高さ分布(a)、及び第2の空間周波数領域S2に対応する第2の凹凸形状加工データに基づいて加工される第2の凹凸形状の高さ分布(b)の一例を示す図である。
図5】本開示の実施の形態2に係る第2-aの空間周波数領域S2-aに対する第2-aのパワースペクトル分布(a)、及び第2-bの空間周波数領域S2-bに対する第2-bのパワースペクトル分布(b)の一例を示す図である。
図6】第2-aの空間周波数領域S2-aに対応する第2-aの凹凸形状加工データに基づいて加工される第2-aの凹凸形状の高さ分布(a)、及び第2-bの空間周波数領域S2-bに対応する第2-bの凹凸形状加工データに基づいて加工される第2-bの凹凸形状の高さ分布(b)の一例を示す図である。
図7】従来の表面構造の加工に用いられるレーザー加工装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示の第1態様によれば、樹脂成形品にシボ模様を転写する射出成形用の成形金型の製造方法であって、シボ模様のシボ加工データに基づいて、シボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数の情報と空間周波数に対応するパワースペクトルの情報とを取得する工程と、2以上の特長量を抽出し、各空間周波数領域に少なくとも1つの特長量を含めるように、取得された空間周波数の情報を2以上の空間周波数領域に分割する工程と、得られた2以上の空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データを抽出する工程と、抽出された2以上の空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データのそれぞれに基づいて、段階的にシボ模様を構成する凹凸形状を加工する工程と、を備える、成形金型の製造方法を提供する。
【0012】
この態様によれば、低空間周波数の凹凸形状と、高空間周波数の凹凸形状とが重なった表面構造の加工が可能となり、シボ模様の転写面の加工精度が向上することができる。
【0013】
本開示の第2態様によれば、抽出された2以上の空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データのそれぞれに基づいて、段階的にシボ模様を構成する凹凸形状を加工する工程は、2以上の空間周波数領域のうち、最も低空間周波数領域からより高空間周波数領域への順で実行される、第1態様に記載の成形金型の製造方法を提供する。
【0014】
本開示の第3態様によれば、シボ加工データは、シボ模様の2次元の深度マップデータである、第1又は第2態様に記載の成形金型の製造方法を提供する。
【0015】
本開示の第4態様によれば、シボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数の情報は、0.1~10mm-1の空間周波数を含む、第1から第3態様のいずれか1つに記載の成形金型の製造方法を提供する。
【0016】
本開示の第5態様によれば、シボ模様のシボ加工データに基づいて、シボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数の情報と空間周波数に対応するパワースペクトルの情報とを取得する工程は、シボ加工データに対し、フーリエ変換を実行することを含む、第1から第4態様のいずれか1つに記載の成形金型の製造方法を提供する。
【0017】
本開示の第6態様によれば、得られた2以上の空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データを抽出する工程は、2以上の空間周波数領域のそれぞれに対応するパワースペクトルの情報のそれぞれに対し、逆フーリエ変換を実行することによってシボ模様を構成する凹凸形状の2次元の深度マップデータを生成することを含む、第1から第5態様のいずれか1つに記載の成形金型の製造方法を提供する。
【0018】
本開示の第7態様によれば、抽出された2以上の空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データのそれぞれに基づいて、段階的にシボ模様を構成する凹凸形状を加工する工程は、切削又はレーザー加工によって、2以上の空間周波数領域のうち、最も低空間周波数領域に対応する凹凸形状加工データに基づいて凹凸形状を加工する工程と、レーザー加工によって、2以上の空間周波数領域のうち、より高空間周波数領域に対応する凹凸形状加工データに基づいて凹凸形状を加工する工程と、を含む、第1から第6態様のいずれか1つに記載の成形金型の製造方法を提供する。
【0019】
なお、上記様々な実施の形態のうちの任意の実施の形態を適宜組み合わせることにより、それぞれの有する効果を奏するようにすることができる。
【0020】
以下、適宜図面を参照しながら、実施の形態を詳細に説明する。但し、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明や実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。これは、以下の説明が不必要に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするためである。
【0021】
添付図面及び以下の説明は、当業者が本開示を十分に理解するために提供するものであって、これらによって特許請求の範囲に記載の主題を限定することを意図するものではない。また、各図においては、説明を容易なものとするため、各要素を誇張して示している。
【0022】
本開示の実施の形態に係る成形金型の製造方法について、図1乃至図6を参照しながら説明する。以下の説明の都合上、樹脂成形品に施されるシボ模様として、布の表面構造とする。
<実施の形態1>
【0023】
(シボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数に対するパワースペクトル分布の取得)
図1は、本開示の実施の形態1に係る成形金型のシボ模様の転写面のシボ加工データ20を示す図である。図2Aは、図1のシボ加工データ20のC-C断面の凹凸形状の高さ分布の一例を示すグラフである。図2Bは、図1のシボ加工データ20に基づいて取得した、本開示の実施の形態に係るシボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数に対するパワースペクトル分布の一例を示す図である。
【0024】
図1に示すように、本実施の形態に係る成形金型のシボ模様の転写面のシボ加工データ20は、加工された成形金型を利用して樹脂成形品に転写されるシボ模様の2次元の深度マップデータである。深度マップデータは、例えば、色の濃淡でシボ模様を構成する凹凸形状の深度差を表し、濃い色ほどより深い凹凸形状を示すことができる。本明細書において、樹脂成形品に転写されるシボ模様として、布の表面構造としているが、本開示はこれに限定されない。シボ模様として、例えば、皮、織布、木目、砂目などの表面構造を用いてもよい。
【0025】
図2Aに示すように、シボ模様の表面は、ピッチの細かい凹凸形状と、ピッチの粗い凹凸形状とが重なって構成されている。ピッチの細かい凹凸形状は、より高空間周波数を有し、ピッチの粗い凹凸形状は、より低空間周波数を有する。このように、図1のシボ加工データ20における色の濃淡は、複数の空間周波数成分を有する凹凸形状の波形が合成した結果を表している。
【0026】
空間領域のシボ加工データ20に対して、フーリエ変換を実行することによって、図2Bに示すシボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数に対するパワースペクトル分布を取得することができる。図示のように、本実施の形態において、シボ模様を構成する凹凸形状は、0.1~10mm-1の空間周波数を有している。パワースペクトルとは、一般に、時間領域又は空間領域のデータをフーリエ変換して、信号エネルギーを周波数軸に対して展開して表したものである。本明細書において、凹凸形状のパワースペクトルは、シボ模様の2次元の深度マップデータ中に含まれる各空間周波数の凹凸形状の信号エネルギーを表すものである。
【0027】
図2Bに示すように、本実施の形態に係るシボ模様は、0.1~10mm-1にわたる広い空間周波数領域の凹凸形状によって構成されている。様々な異なるピッチを有する凹凸形状の組み合わせでシボ模様の豊かな触感を与えるため、加工された成形金型を利用して転写された樹脂製品において、シボ模様の豊かな触感を再現するためには、幅広い空間周波数領域の凹凸形状を重ねて成形金型の転写面に加工し、シボ模様の転写面の加工精度を向上させる必要がある。
【0028】
前述したように、このような高空間周波数の凹凸形状と、低空間周波数の凹凸形状とが重なった表面構造の加工は、加工データ20に基づいて金型用基材を一回のレーザー照射で加工する手法では実現できない。そこで、本発明者らは、2以上の特長量を抽出し、図2Bに示すシボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数を、各空間周波数領域に少なくとも1つの特長量を含めるように、2以上の空間周波数領域に分割し、2つ以上の空間周波数領域のそれぞれに対応する凹凸形状加工データを抽出する。次に、抽出された2以上の空間周波数領域の凹凸形状加工データのそれぞれに基づいて、段階的に成形金型の転写面を加工することによってシボ模様の転写面の加工精度を向上させる成形金型の製造方法を見出した。
【0029】
(特長量の抽出及び空間周波数領域の分割)
シボ模様の転写面の加工精度を向上させるために、先ず、シボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数を2以上の空間周波数領域に分割するために用いられる特長量を抽出する。本実施の形態において、シボ模様が豊かな触感を再現するために、特長量は、シボ模様の触感に大きく寄与する凹凸形状の空間周波数の値とした。
【0030】
一般的に、物の表面構造の触感は、「スマートさ」と、「しっとり感」と、「硬軟感」との3つの触感成分で評価することができる。この3つの触感成分に対して、表面構造を構成する凹凸形状の空間周波数別の寄与程度に関する発明者の感性分析研究結果の一部を表1に示す(出典:(技術文献1)「感性に響く触感創生手法の検討」公益社団法人自動車技術会 2018年春季大会学術講演会予稿集 文献番号20185137)。
【0031】
【表1】
【0032】
表1に示すデータ及び上記技術文献1による解析によれば、「スマートさ」触感成分(1st factor)は、空間周波数1mm-1以上の高空間周波数成分により支配され、「しっとり感」触感成分(2nd factor)と、「硬軟感」触感成分(3rd factor)とは、0.4mm-1以下の低空間周波数成分により支配される。すなわち、「スマートさ」触感成分に寄与する特長量は、1mm-1以上の高空間周波数であって、「しっとり感」及び「硬軟感」触感成分に寄与する特長量は、0.4mm-1以下の低空間周波数である。従って、0.4mm-1と1mm-1との間の値を分割基準値として図2Bに示すシボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数を2つの空間周波数領域に分割すれば、「スマートさ」触感成分の特長量と、「しっとり感」及び「硬軟感」触感成分の特長量とを、それぞれの空間周波数領域に含めることができる。
【0033】
このように、本実施の形態において、特長量は、空間周波数別の凹凸形状が触感成分に対する寄与程度について解析することによって決定することができる。また、特長量は、凹凸形状のパワースペクトルの値に基づいて抽出することができる。例えば、本実施の形態に係るシボ模様の表面構造においては、所定のパワースペクトル判定値よりも大きい値のパワースペクトルを有する空間周波数を特長量とすることができる。
【0034】
具体的には、例えば、パワースペクトル判定値mを10とした場合に、図2Bに示すように、低空間周波数側の0.1mm-1と0.4mm-1との間に、パワースペクトル判定値mよりも大きい値、例えば、これらに限らないが、P1,P2,P3,P4に示すパワースペクトルのピークを有する空間周波数が存在している。また、高空間周波数側において、0.4mm-1と1mm-1との間の空間周波数0.91mm-1におけるパワースペクトルのピークP5、及び1mm-1と10mm-1との間の空間周波数1.82mm-1におけるパワースペクトルのピークP6が存在している。これらパワースペクトル判定値mよりも大きい値のパワースペクトルを有する空間周波数は、対応する凹凸形状がシボ模様の表面構造に大きく影響を与え、シボ模様の触感に大きく寄与することを示すため、特長量として抽出することができる。ここでは、パワースペクトルのピークP1,P2,P3,P4,P5,P6のそれぞれが対応する空間周波数を、特長量T1,T2,T3,T4,T5,T6のそれぞれとする。
【0035】
このように抽出された特長量T1-T6に基づいて空間周波数領域を分割することができる。また、豊かな触感を再現する場合には、上述したように、表1に示す表面構造の感性分析により、0.4mm-1と1mm-1との間の値を分割基準値として空間周波数領域を分割することによって、「スマートさ」触感成分の特長量と、「しっとり感」及び「硬軟感」触感成分の特長量とを、それぞれの空間周波数領域に含めることができる。本開示の実施の形態1において、空間周波数0.90mm-1を分割基準値aとし、図2Bに示すシボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数を、空間周波数0.1~0.90mm-1を含む第1の空間周波数領域S1と、空間周波数0.90~10mm-1を含む第2の空間周波数領域S2とに分割した。このように得られた第1の空間周波数領域S1と第2の空間周波数領域S2とは、「しっとり感」及び「硬軟感」触感成分の特長量と「スマートさ」触感成分の特長量とをそれぞれ含むことができる。
【0036】
上述したように、空間周波数領域を分割するために用いられる特長量は、空間周波数別の凹凸形状が触感成分に対する寄与程度、又は凹凸形状のパワースペクトルの値に基づいて抽出することができるが、本開示はこれに限定されない。他の手法により特長量を抽出して空間周波数領域を分割することもできる。
【0037】
(それぞれの空間周波数領域に対応する凹凸形状加工データの抽出)
図3は、本開示の実施の形態1に係る第1の空間周波数領域S1に対する第1のパワースペクトル分布(a)、及び第2の空間周波数領域S2に対する第2のパワースペクトル分布(b)の一例を示す図である。図4は、第1の空間周波数領域S1に対応する第1の凹凸形状加工データに基づいて加工される第1の凹凸形状の高さ分布(a)、及び第2の空間周波数領域S2に対応する第2の凹凸形状加工データに基づいて加工される第2の凹凸形状の高さ分布(b)の一例を示す図である。
【0038】
図3に示すように、空間周波数0.90mm-1を分割基準値aとして、図2Bに示すシボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数から、空間周波数0.1~0.90mm-1を含む第1の空間周波数領域S1と、空間周波数0.90~10mm-1を含む第2の空間周波数領域S2とが得られた。第1の空間周波数領域S1には、特長量T1,T2,T3,T4が含まれ(図3(a))、第2の空間周波数領域S2には、特長量T5及びT6が含まれている(図3(b))。なお、望ましくは、分割基準値aの値を、例えば、1/aが加工に用いられるレーザーの加工面における照射スポットの整数倍とするようにすることができる。これによって加工時の誤差が少なく、凹凸形状の加工精度を担保することができる。
【0039】
次に、2つの空間周波数領域S1及びS2のそれぞれに対応する凹凸形状加工データ(図示せず)を抽出する。凹凸形状加工データの抽出は、図3に示す空間周波数領域S1に対する第1のパワースペクトル分布と、空間周波数領域S2に対する第2のパワースペクトル分布とのそれぞれに対し、逆フーリエ変換を実行することによって行うことができる。また、それぞれの空間周波数領域に対応する凹凸形状加工データは、2次元の深度マップデータとして生成することができる。
【0040】
図4に示すように、抽出された空間周波数領域S1及びS2のそれぞれに対応する第1及び第2の凹凸形状加工データのそれぞれに基づいて、第1の凹凸形状(図4(a))及び第2の凹凸形状(図4(b))のそれぞれを成形金型の表面に加工することができる。第1の凹凸形状と第2の凹凸形状との足し合わせにより、図2Aに示すシボ加工データ20によるシボ模様の凹凸形状が得られる。第1の凹凸形状と第2の凹凸形状とを段階的に成形金型の表面に加工することによって、低空間周波数の第1の凹凸形状と高空間周波数の第2凹凸形状とが重なった表面構造を形成することができる。
【0041】
(段階的な凹凸形状の加工)
本実施の形態において、成形金型の表面の同一の加工領域に対し、それぞれの凹凸形状加工データに基づいて、段階的に凹凸形状の加工を重ねて実行する。また、好ましくは、凹凸形状の段階的な加工は、第1の凹凸形状と第2の凹凸形状との空間周波数領域のうち、低空間周波数領域S1から高空間周波数領域S2への順で実行される。
【0042】
具体的には、第1段階の加工において、第1の凹凸形状加工データに基づいて、低空間周波数領域S1の第1の凹凸形状が加工される。凹凸形状は、より低空間周波数を有し、ピッチが粗いため、加工手段は、切削もしくはビーム径の大きい、例えば、Φ70μm程度の照射ビーム径を有するレーザー(図示せず)を用いた方が、レーザー照射回数が少なくなり、加工時の誤差が小さく、且つ効率的に加工することができる。そのため、第1の凹凸形状加工データによる金型基材表面の加工手段は、切削もしくは照射ビーム径の大きいレーザーが好ましい。この工程により、成形金型に加工された凹凸形状のうち、第1の周波数帯域S1の第1の凹凸形状の加工精度が向上することで、シボ加工データ20のうち、低周波帯域の凹凸形状が寄与する触感成分の再現性が向上することができる。
【0043】
次に、第2段階の加工において、第2の凹凸形状加工データに基づいて、高空間周波数領域S2の第2の凹凸形状が加工される。第2の凹凸形状は、より高空間周波数を有し、ピッチが細かいため、加工手段は、第1の凹凸形状の加工よりも小さいビーム径、例えば、Φ30μm程度の照射ビーム径を有するレーザー(図示せず)が好ましい。これによって、高空間周波数の凹凸形状が高精度に加工することができる。この工程により、第2の凹凸形状は、第1の凹凸形状が加工された成形金型の表面に重ねて加工されることによって、シボ模様の転写面の加工精度が向上する。
【0044】
上述した段階的な加工において、各段階の凹凸形状の加工に適した加工手段を選択することで各周波数帯域における凹凸形状の加工精度が向上するとともに、異なる空間周波数の凹凸形状を重ねて加工することによって、シボ模様の転写面の加工精度が向上することができる。また、第1の周波数帯域S1の第1の凹凸形状が寄与する「しっとり感」及び「硬軟感」などの触感成分に加えて、第2の周波数帯域S2の第2の凹凸形状が寄与する「スマートさ」の触感成分が更に成形金型の表面に付与される。これによって、加工された成形金型を利用して転写されたシボ模様は豊かな触感を再現することができる。実際に、本開示の方法により製造された成形金型を利用して作製した樹脂成形品は、転写されたシボ模様の触感評価により、布生地の触感の再現性が向上したことが確認された。
<実施の形態2>
【0045】
本開示の実施の形態2は、前述した実施の形態1と同様な手法を用いるが、2つの分割基準値に基づいて図2Bに示すシボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数を、3つの空間周波数領域に分割する点で上記実施の形態1と相違する。以下の説明において、実施の形態1と同様な部分を省略する。
【0046】
(特長量の抽出及び空間周波数領域の分割)
実施の形態2において、空間周波数0.90mm-1を分割基準値aとし、空間周波数1.80mm-1を分割基準値bとして、図2Bに示すシボ模様を構成する凹凸形状の空間周波数を、空間周波数0.1~0.90mm-1を含む第1の空間周波数領域S1と、空間周波数0.90~1.80mm-1を含む第2-aの空間周波数領域S2-aと、空間周波数1.80mm-1~10mm-1を含む第2-bの空間周波数領域S2-bとに分割した。このように得られた3つの空間周波数領域S1と、S2-aと、S2-bとは、図3に示す特長量T1,T2,T3,T4,T5,T6のうちの少なくとも1つを含むことができる。
【0047】
(それぞれの空間周波数領域に対応する凹凸形状加工データの抽出)
図5は、本開示の実施の形態2に係る第2-aの空間周波数領域S2-aに対する第2-aのパワースペクトル分布(a)、及び第2-bの空間周波数領域S2-bに対する第2-bのパワースペクトル分布(b)の一例を示す図である。図6は、第2-aの空間周波数領域S2-aに対応する第2-aの凹凸形状加工データに基づいて加工される第2-aの凹凸形状の高さ分布(a)、及び第2-bの空間周波数領域S2-bに対応する第2-bの凹凸形状加工データに基づいて加工される第2-bの凹凸形状の高さ分布(b)の一例を示す図である。なお、本実施の形態に係る第1の空間周波数領域S1対する第1のパワースペクトル分布と、第1の空間周波数領域S1に対応する第1の凹凸形状加工データに基づいて加工される第1の凹凸形状の高さ分布とは、本開示の実施の形態1と同様である(図3の(a)及び図4の(a)参照)ため、ここで図示していない。
【0048】
本実施の形態において、図5に示すように、空間周波数領域S2-aと空間周波数領域S2-bとは、図3(b)に示す空間周波数領域S2を細分割した空間周波数領域である。空間周波数領域S2-aは、パワースペクトルのピークP5に対応する特長量T5(T5=0.91mm-1)を含み(図5(a))、空間周波数領域S2-bは、パワースペクトルのピークP6に対応する特長量T6(T6=1.82mm-1)を含む(図5(b))。従って、第2-aの凹凸形状(図6(a))と第2-bの凹凸形状(図6(b))とを合成すれば、第2の凹凸形状(図4(b))となり、それに第1の凹凸形状(図4(a))を足し合わせると、図2Aに示すシボ加工データ20によるシボ模様の凹凸形状が得られる。
【0049】
(段階的な凹凸形状の加工)
本実施の形態において、凹凸形状の加工は3段階に分けて実行され、好ましくは、3つの空間周波数領域のうち、最も低空間周波数領域S1からより高空間周波数領域S2-a、S2-bへの順で実行される。すなわち、第1段階の加工において、第1の凹凸形状加工データに基づいて、最も低空間周波数領域S1の第1の凹凸形状が加工される。次に、第2段階の加工において、第2-aの凹凸形状加工データに基づいて、空間周波数領域S2-aの第2-aの凹凸形状が加工される。最後に、第3段階の加工において、第2-bの凹凸形状加工データに基づいて、空間周波数領域S2-bの第2-bの凹凸形状が加工される。このように、3段階の加工工程において、後工程の凹凸形状は、順次前工程の凹凸形状が加工された成形金型の表面に重ねて加工される。
【0050】
また、3段階の凹凸形状の加工工程において、各工程の凹凸形状の加工に適した加工手段を選択することできる。例えば、切削又はレーザーによる加工手段(図示せず)によって、最も低空間周波数領域S1の第1の凹凸形状を加工し、レーザーによる加工手段(図示せず)によってより高空間周波数領域S2-a及びS2-bの凹凸形状を加工することができる。また、レーザーによる加工手段において、各工程の凹凸形状の加工に適した照射ビーム径のレーザー加工装置を選択することできる。これによって、各周波数帯域における凹凸形状の加工精度が向上し、加工されたシボ模様の転写面の加工精度が更に向上することができる。特長量を含む空間周波数領域の細分割により、シボ模様の転写面の加工精度が更に向上するとともに、それぞれの空間周波数領域に含まれる特長量が寄与する触感成分を備え、豊かな触感を再現できる成形金型を加工することができる。
【0051】
本明細書は、成形金型によるシボ模様の触感の再現性に関して説明したが、本開示はこれに限定されない。本開示に係る製造方法は、例えば、他の特長量を抽出し、対応する空間周波数領域を分割することによって、光沢、質感等の再現性を有する成形金型のシボ模様の転写面の加工にも適用可能である。
【0052】
本開示のは、上述した実施の形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施の形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施の形態についても本開示の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、成形分野において、金型の加工に利用可能である。
【符号の説明】
【0054】
20 シボ加工データ
m パワースペクトル判定値
a,b 分割基準値
S1,S2,S2-a,S2-b 空間周波数領域
P1,P2,P3,P4,P5,P6 パワースペクトルのピーク
T1,T2,T3,T4,T5,T6 特長量
1 ビーム径整形部
2 レーザービーム
4a,4b,5 レンズ群
12 被加工基板
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7