(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023030070
(43)【公開日】2023-03-07
(54)【発明の名称】線維性疾患の治療薬
(51)【国際特許分類】
A61K 38/16 20060101AFI20230228BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230228BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20230228BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20230228BHJP
A61P 1/18 20060101ALI20230228BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20230228BHJP
A61P 7/00 20060101ALI20230228BHJP
A61P 15/00 20060101ALI20230228BHJP
A61P 27/06 20060101ALI20230228BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20230228BHJP
A61P 27/04 20060101ALI20230228BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20230228BHJP
A61P 19/04 20060101ALI20230228BHJP
A61P 19/02 20060101ALI20230228BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20230228BHJP
A61P 17/02 20060101ALI20230228BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20230228BHJP
C07K 14/465 20060101ALN20230228BHJP
【FI】
A61K38/16 ZNA
A61P43/00 105
A61P1/16
A61P13/12
A61P1/18
A61P11/00
A61P7/00
A61P15/00
A61P27/06
A61P27/02
A61P27/04
A61P21/00
A61P19/04
A61P19/02
A61P17/00
A61P17/02
A61P1/00
C07K14/465
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022202757
(22)【出願日】2022-12-20
(62)【分割の表示】P 2019511313の分割
【原出願日】2018-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2017076600
(32)【優先日】2017-04-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】506364400
【氏名又は名称】株式会社ステムリム
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【弁理士】
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【弁理士】
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】玉井 克人
(72)【発明者】
【氏名】青戸 隆博
(72)【発明者】
【氏名】山崎 翔
(72)【発明者】
【氏名】山崎 尊彦
(57)【要約】 (修正有)
【課題】各種臓器の線維症を含む線維性疾患の治療に有効な新規医薬を提供する。
【解決手段】特定のアミノ酸配列を有するHMGB1断片ペプチドを含有する、線維性疾患の治療のための医薬組成物を提供する。ここで、線維性疾患が、肝線維症、肝硬変、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管線維症、脂肪組織線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、ならびに、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される、医薬組成物である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)から(c)のいずれかに記載の物質を含有する、線維性疾患の治療のための医薬組成物:
(a)配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1~4個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、組織の線維化を抑制する作用を有するペプチド; および
(c)配列番号:1に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、組織の線維化を抑制する作用を有するペプチド、
ここで、線維性疾患が、肝線維症、肝硬変、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管線維症、脂肪組織線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、ならびに、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される、医薬組成物。
【請求項2】
線維性疾患が、肝線維症、肝硬変、腎線維症、肺線維症、消化管線維症、消化管の瘢痕、ならびに消化管の術後瘢痕からなる群より選択される、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
以下の(a)から(c)のいずれかに記載の物質を含有する、組織の線維化を抑制するための医薬組成物:
(a)配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1~4個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、組織の線維化を抑制する作用を有するペプチド; および
(c)配列番号:1に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、組織の線維化を抑制する作用を有するペプチド、
ここで、組織が、骨格筋、腱、肝臓、腎臓、膵臓、肺、消化管、膀胱、骨髄、腹膜、腸間膜、乳腺、および脂肪からなる群より選択される、医薬組成物。
【請求項4】
以下の(a)から(c)のいずれかに記載の物質を含有する、組織の線維化抑制剤:
(a)配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1~4個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、組織の線維化を抑制する作用を有するペプチド; および
(c)配列番号:1に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、組織の線維化を抑制する作用を有するペプチド、
ここで、組織が、骨格筋、腱、肝臓、腎臓、膵臓、肺、消化管、膀胱、骨髄、腹膜、腸間膜、乳腺、および脂肪からなる群より選択される、組織の線維化抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、HMGB1(High mobility group box 1)タンパク質の断片ペプチドを含む、線維性疾患の治療のための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
種々の臓器・組織の線維症に代表される線維性疾患は、肺や肝臓等、各種の臓器、器官、組織等において細胞外マトリックスタンパク質の過剰産生や沈着が起こり、組織の硬化や機能障害を生じる疾患である。線維性疾患における組織線維化の進行は多くの場合非可逆的であり、線維性疾患は肺線維症や肝硬変等のように進行すると死につながる重大な疾患であるにもかかわらず、現在のところ有効な治療法は無い。
表皮水疱症は、皮膚基底膜領域における接着構造制御タンパク質の遺伝子異常により表皮と真皮の間の接着機能が破綻し、日常生活の軽微な外力で表皮が基底膜レベルで剥離して全身熱傷様の水疱や潰瘍を形成する遺伝性水疱性皮膚難病である。例えば栄養障害型表皮水疱症においては、VII型コラーゲンα1(COL7A1)遺伝子の欠失または変異により基底膜と真皮の間の接着機能が破綻し、表皮剥離と水疱の形成および治癒が繰り返される結果、真皮において線維化が亢進して瘢痕が形成される。しかし、遺伝子異常を正常化する安全且つ確実な方法論が確立していない現在、表皮水疱症をはじめとする遺伝性疾患の根治的治療法は未だ存在しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】WO2012/147470
【特許文献2】WO2014/065347
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Fritsch, et al., J Clin Invest. 2008 May;118(5):1669-79
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願は、各種臓器の線維症を含む線維性疾患の治療に有効な新規医薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、二次的に組織の線維化を生じる栄養障害型表皮水疱症の治療に有効な物質を探索した結果、特定のアミノ酸配列を有するHMGB1断片ペプチドが栄養障害型表皮水疱症モデルマウスにおいて手指の癒着と消化管の瘢痕化を抑制する効果および生存期間を延長する効果を示すことを見出した。本発明者らはさらに、表皮水疱症のような遺伝性疾患ではなく、遺伝子異常を有しないマウスに物理的な皮膚の欠損を作成した皮膚潰瘍モデルにおいても、当該特定のHMGB1断片ペプチドの投与により、潰瘍の治癒過程における皮膚の線維化が抑制されることを見出した。これら知見に基づき、本願は、当該特定のHMGB1断片ペプチドを含有する、線維性疾患の治療のための医薬組成物を提供する。
【0007】
すなわち、本願は、以下を提供する。
〔1〕
以下の(a)から(c)のいずれかに記載の物質(以下、物質Aと称する)を含有する、線維性疾患の治療のための医薬組成物:
(a)配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチド;
(b)配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を含むペプチド; および
(c)配列番号:1に記載のアミノ酸配列と約80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むペプチド。
〔2〕
線維性疾患が、全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、心筋線維症、肝線維症、肝硬変、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管線維症、脂肪組織線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症またはキンドラー症候群における瘢痕、ならびに皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される、〔1〕に記載の医薬組成物。
〔3〕
物質Aを含有する、組織の線維化を抑制するための医薬組成物。
〔4〕
物質Aを含有する、組織の線維化抑制剤。
〔A1〕
物質Aの有効量を対象に投与する工程を含む、線維性疾患を治療する方法。
〔A2〕
線維性疾患が、全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、心筋線維症、肝線維症、肝硬変、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管線維症、脂肪組織線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症またはキンドラー症候群における瘢痕、ならびに皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される、〔A1〕に記載の方法。
〔A3〕
物質Aの有効量を対象に投与する工程を含む、組織の線維化を抑制する方法。
〔B1〕
線維性疾患の治療に用いるための、物質A。
〔B2〕
線維性疾患が、全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、心筋線維症、肝線維症、肝硬変、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管線維症、脂肪組織線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症またはキンドラー症候群における瘢痕、ならびに皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される、〔B1〕に記載の物質A。
〔B3〕
組織の線維化の抑制に用いるための、物質A。
〔C1〕
線維性疾患の治療のための医薬の製造における、物質Aの使用。
〔C2〕
線維性疾患が、全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、心筋線維症、肝線維症、肝硬変、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管線維症、脂肪組織線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症またはキンドラー症候群における瘢痕、ならびに皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される、〔C1〕に記載の使用。
〔C3〕
組織の線維化を抑制するための医薬の製造における、物質Aの使用。
〔C4〕
組織の線維化抑制剤の製造における、物質Aの使用。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】HMGB1ペプチド(1-44)投与群と溶媒群の癒着スコアを示すグラフである。各群について、中央値、第1四分位点、第3四分位点およびデータ範囲を示す(n=5-7)。* p<0.05、** p<0.01で溶媒群と有意差あり(Mann-Whitney’s U test)。
【
図2】投与開始後6週におけるマウスの左右前肢の代表例を示す写真である。
【
図3】投与開始後10週におけるマウス小腸のヘマトキシリン・エオジン(HE)染色結果の代表例を示す画像である。
【
図4】投与開始後11週におけるマウス小腸のマッソン・トリクローム(MT)染色結果の代表例を示す画像である。溶媒群では陰窩細胞の周囲が青色に強く染色されており、コラーゲン線維の沈着が確認できる。一方、HMGB1ペプチド(1-44)投与群では青色に染色された部位はほとんど見られない。
【
図5】表皮水疱症モデルマウスの生存率を表すグラフである(Kaplan-Meier曲線)。縦軸は生存率を示し(1.0=100%)、横軸は時間(週数)を示す(被験物質の投与開始時を0週としている)。Log-rank検定にて、群間に有意差あり(p<0.001)。
【
図6】皮膚潰瘍作成後28日目のマウス皮膚のマッソン・トリクローム染色結果の代表例を示す画像である。青く染色されている領域が膠原繊維、赤く染色されている領域は主に血液系細胞、上皮系組織および皮下の筋膜等である。潰瘍部位(再生・治癒している)は点線内の領域である。Center region = 切片内の潰瘍領域。Margin region = 潰瘍辺縁の非潰瘍部位(Referenceとして定量解析に使用)。
【
図7】皮膚潰瘍作成後28日目のマウス皮膚におけるコラーゲン陽性領域面積率の解析結果を示すグラフである。データは平均値±標準誤差(N=9)で示す(*p<0.05, Mann Whitney’s test)。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本願は、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドを含有する、線維性疾患の治療のための医薬組成物を提供する。
【0010】
本願において、「線維性疾患」とは、臓器、器官、組織等において細胞外マトリックスタンパク質の過剰産生や沈着が起こり、組織の硬化や機能障害を生じる疾患を意味する。線維化に関連する細胞外マトリックスタンパク質としては、コラーゲン(例えばI型、III型、IV型、V型、およびVI型コラーゲン)が挙げられる。本願における「線維性疾患」には、全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、心筋線維症、肝線維症、肝硬変、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症(例えば、膵嚢胞性線維症)、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症における瘢痕、および皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕等が含まれるが、これらに限定されるものではない。また、本願における「線維性疾患」は特発性のものおよび二次性のものを含む。
【0011】
肺線維症は、肺の間質に主としてコラーゲン線維が沈着し、肺全体が硬化してガス交換機能に障害を生じる疾患である。肺線維症には特発性肺線維症と二次性肺線維症が含まれる。
【0012】
腎線維症は、腎臓の間質に主としてコラーゲン線維が沈着し、腎機能に障害を生じる疾患である。
【0013】
肝線維症は、肝臓に主としてコラーゲン線維が沈着し、肝臓が硬化して肝機能に障害を生じる疾患である。肝線維症からさらにコラーゲンの沈着および肝臓の硬化が進行し、肝小葉構造の破壊および再生結節の形成がみられる状態となったものが肝硬変である。
【0014】
本願において、「線維化」とは、生体の組織において細胞外マトリックスタンパク質(主としてコラーゲン)が沈着することをいう。本願において、「線維症」とは、生体の組織における線維化が当該組織の硬化や機能障害をもたらす程度に達した状態をいう。本願において、「瘢痕化」(瘢痕形成とも称する)とは、生体組織の損傷部位が細胞外マトリックス(主としてコラーゲン線維)によって置換されることをいう。本願において、「瘢痕」とは、生体組織の損傷部位が細胞外マトリックス(主としてコラーゲン線維)によって置換された状態、あるいは、細胞外マトリックス(主としてコラーゲン線維)によって置換された損傷組織中の部位をいう。
【0015】
本願において、「医薬組成物」という用語は、「医薬」、「薬剤」または「薬学的組成物」と互換的に用いられる。
【0016】
一つの態様において、本願の医薬組成物を用いて治療することができる線維性疾患は、
i)全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、肝線維症、肝硬変、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管線維症、脂肪組織線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症またはキンドラー症候群における瘢痕、および皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される疾患;
ii)全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、肝線維症、肝硬変、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症における瘢痕、および皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される疾患;
iii)全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、心筋線維症、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管線維症、脂肪組織線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症またはキンドラー症候群における瘢痕、および皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される疾患;
iv)全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、心筋線維症、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症における瘢痕、および皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される疾患;
v)全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管線維症、脂肪組織線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症またはキンドラー症候群における瘢痕、および皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される疾患;
vi)全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症における瘢痕、および皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される疾患;
vii)全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、消化管線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症またはキンドラー症候群における瘢痕、および皮膚または消化管の術後瘢痕からなる群より選択される疾患;
viii)全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、消化管の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症における瘢痕、および皮膚または消化管の術後瘢痕からなる群より選択される疾患;
ix)ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、消化管線維症、消化管の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症またはキンドラー症候群における瘢痕、および皮膚または消化管の術後瘢痕からなる群より選択される疾患;
x)ケロイド、消化管の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症における瘢痕、および皮膚または消化管の術後瘢痕からなる群より選択される疾患;
xi)ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、消化管線維症、消化管の瘢痕、および皮膚または消化管の術後瘢痕からなる群より選択される疾患; または
xii)ケロイド、消化管の瘢痕、および皮膚または消化管の術後瘢痕からなる群より選択される疾患
である。
【0017】
また本願は、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドを含有する、組織の線維化を抑制するための医薬組成物を提供する。
【0018】
さらに本願は、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドを含有する、組織の線維化抑制剤を提供する。かかる組織の線維化抑制剤は、例えば線維性疾患の治療薬を開発するための基礎研究および臨床研究等において試薬として用いることができる。例えば、組織線維化モデル動物を用いて被験物質の線維化抑制作用を評価する実験において、本願の組織の線維化抑制剤を対照物質として使用することができる。本明細書において、非医薬用途に用いられる組織の線維化抑制剤は、組織の線維化を抑制するための「試薬組成物」または「試薬」とも表現される。
【0019】
本願における「組織の線維化」とは、皮膚、心筋、骨格筋、腱、肝臓、腎臓、膵臓、肺、消化管、膀胱、骨髄、腹膜、腸間膜、乳腺、脂肪組織等あらゆる組織の線維化(線維症)を意味する。
【0020】
一つの態様において、本願の医薬組成物または組織の線維化抑制剤によって線維化を抑制することができる組織は、
i)皮膚、骨格筋、腱、肝臓、腎臓、膵臓、肺、消化管、膀胱、骨髄、腹膜、腸間膜、乳腺および脂肪組織からなる群より選択される組織;
ii)皮膚、心筋、骨格筋、腱、腎臓、膵臓、肺、消化管、膀胱、骨髄、腹膜、腸間膜、乳腺および脂肪組織からなる群より選択される組織;
iii)皮膚、骨格筋、腱、腎臓、膵臓、肺、消化管、膀胱、骨髄、腹膜、腸間膜、乳腺および脂肪組織からなる群より選択される組織;または
iv)皮膚もしくは消化管
である。
【0021】
また本願は、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドを含有する、栄養障害型表皮水疱症の治療のための医薬組成物を提供する。本願は、該HMGB1断片ペプチドを含有する、栄養障害型表皮水疱症患者の生存期間を延長するための医薬組成物もまた提供する。
【0022】
本願において、「栄養障害型表皮水疱症」とは、VII型コラーゲンα1(COL7A1)遺伝子の欠失または変異により、基底膜と真皮を連結しているVII型コラーゲン線維が欠損するか又は正常に機能しなくなる結果、基底膜と真皮の間の接着機能が破綻し、水疱や難治性皮膚潰瘍が生じる疾患である。栄養障害型表皮水疱症においては、表皮剥離と水疱の形成および治癒が繰り返され、真皮における線維化が亢進して瘢痕を形成することにより手指の癒着が生じるほか、消化管においても同様に粘膜上皮の剥離が繰り返されて瘢痕が形成されることにより消化管の狭窄が起き、食物摂取が困難となる症例が知られている。
【0023】
本願において、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドとは、HMGB1タンパク質の一部からなるペプチドであって、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むペプチドを意味する。このようなペプチドは、該ペプチドをコードするDNAを適当な発現系に組み込んで遺伝子組換え体(recombinant)として得ることができるし、または、人工的に合成することもできる。
【0024】
本願において、HMGB1タンパク質としては、配列番号:2に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質、および、配列番号:3に記載の塩基配列を含むDNAによってコードされるタンパク質が例示できるが、これらに限定されるものではない。
【0025】
本願における配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドとしては、配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるHMGB1断片ペプチドを例示できる。
【0026】
本願の医薬組成物または組織の線維化抑制剤においては、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドに代えて、またはこれと共に、配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1つ以上のアミノ酸残基が改変(置換、欠失、挿入若しくは付加)されたアミノ酸配列を含むペプチドであって、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドと機能的に同等なペプチドを用いることもできる。かかるペプチドの例としては、以下のi)~iv)として記載するペプチド、ならびに、以下のi)~iv)として記載するペプチドであって、且つ、組織の線維化を抑制する作用を有するペプチドを例示できるが、これらに限定されるものではない:
i) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個(例えば1個~10個、1個~9個、1個~8個、1個~7個、1個~6個、1個~5個、1個~4個、1個~3個、または1個若しくは2個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を含むペプチド;
ii) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個(例えば1個~10個、1個~9個、1個~8個、1個~7個、1個~6個、1個~5個、1個~4個、1個~3個、または1個若しくは2個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなるペプチド;
iii) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列と約80%以上、例えば約85%以上、約90%以上、約91%以上、約92%以上、約93%以上、約94%以上、約95%以上、約96%以上、約97%以上、約98%以上または約99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むペプチド;
iv) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列と約80%以上、例えば約85%以上、約90%以上、約91%以上、約92%以上、約93%以上、約94%以上、約95%以上、約96%以上、約97%以上、約98%以上または約99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチド。
【0027】
本願のペプチドやそれを含有する医薬組成物(以下、ペプチド等と称する)の有効量が、本明細書に記載の疾患や症状の治療や予防のために対象に投与される。
【0028】
本願における有効量とは、本明細書に記載の疾患や症状の治療に十分な量をいう。本願における治療には、軽減、遅延、阻止、改善、寛解、治癒、完治などが含まれるが、これらに限定されない。
【0029】
本願における対象としては、特に制限はなく、哺乳類、鳥類、魚類等が挙げられる。哺乳類としては、ヒト又は非ヒト動物が挙げられ、例えば、ヒト、マウス、ラット、サル、ブタ、イヌ、ウサギ、ハムスター、モルモット、ウマ、ヒツジ、クジラなどが例示できるが、これらに限定されるものではない。本願において、「対象」という用語は、「患者」、「個体」および「動物」と互換的に用いられる。
【0030】
本願のペプチド等の投与部位に制限はなく、例えば正常な部位よりも多くのコラーゲン線維の産生および/または沈着が認められる部位もしくはその近傍、または、それらとは異なる部位(例えば、正常な部位よりも多くのコラーゲン線維の産生および/または沈着が認められる部位から離れた部位、あるいは正常な部位よりも多くのコラーゲン線維の産生および/または沈着が認められる部位を有する組織とは異なる組織に属する部位)など、いかなる部位に投与されても、本願のペプチド等は、線維化抑制作用を発揮することができる。
【0031】
本願のペプチド等の投与方法としては、経口投与または非経口投与が挙げられ、非経口投与方法としては、血管内投与(動脈内投与、静脈内投与等)、筋肉内投与、皮下投与、皮内投与、腹腔内投与、経鼻投与、経肺投与、経皮投与などが挙げられるが、これらに限定されない。また、本願のペプチド等を、注射投与、例えば、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射などによって全身または局部的(例えば、皮下、皮内、皮膚表面、眼球あるいは眼瞼結膜、鼻腔粘膜、口腔内および消化管粘膜、膣・子宮内粘膜、または損傷部位など)に投与できる。
【0032】
また、患者の年齢、症状により適宜投与方法を選択することができる。本願のペプチドを投与する場合、例えば、一回の投与につき、体重1 kgあたり0.0000001mgから1000mgの範囲で投与量が選択できる。あるいは、例えば、患者あたり0.00001から100000mg/bodyの範囲で投与量が選択できる。本願のペプチドを分泌する細胞や該ペプチドをコードするDNAが挿入された遺伝子治療用ベクターを投与する場合も、該ペプチドの量が上記範囲内となるように投与することができる。しかしながら、本願における医薬組成物はこれらの投与量に制限されるものではない。
【0033】
本願の医薬組成物は、常法に従って製剤化することができ(例えば、Remington's Pharmaceutical Science, latest edition, Mark Publishing Company, Easton, U.S.A)、医薬的に許容される担体や添加物を共に含むものであってもよい。例えば界面活性剤、賦形剤、着色料、着香料、保存料、安定剤、緩衝剤、懸濁剤、等張化剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤等が挙げられるが、これらに制限されず、その他常用の担体が適宜使用できる。具体的には、軽質無水ケイ酸、乳糖、結晶セルロース、マンニトール、デンプン、カルメロースカルシウム、カルメロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、中鎖脂肪酸トリグリセライド、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、白糖、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等を挙げることができる。
【0034】
なお、本明細書において引用されたすべての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【0035】
本発明は、下記の実施例によってさらに例示されるが、それらに限定されるものではない。
【実施例0036】
実施例1
HMGB1ペプチド(1-44)による表皮水疱症モデルマウス前肢の癒着に対する抑制作用
(1)材料および方法
i) 動物
VII型コラーゲンα1(Col7a1)遺伝子の変異alleleをホモに有する表皮水疱症モデルマウス(Fritsch, et al., J Clin Invest. 2008 May;118(5):1669-79に記載のCol7a1flNeo/flNeoマウス、以下、本明細書において「129SV/colVII homoマウス」と称する)をUniversity of Freiburg(Germany)のLeena Bruckner-Tuderman教授より入手した。当該マウス15匹(雄)を飼育室にて2週間馴化し、後述の癒着スコアが同程度になるように2群に群分けし、その翌日から被験物質の投与を開始した(投与開始時週齢:5~6週齢)。被験物質投与開始から1週後の癒着スコアの評価時に、HMGB1ペプチド(1-44)投与群の1匹が麻酔操作ミスにより死亡したため、試験より除外した。よって、群構成は以下のとおりである。
群構成:
・溶媒群 7匹
・HMGB1ペプチド(1-44)群 7匹
【0037】
ii) 被験物質の製造
ヒト由来のHMGB1タンパク質のアミノ酸残基1-44(配列番号:1)からなるペプチドを固相法により化学合成した。当該ペプチドをHMGB1ペプチド(1-44)と称する。
【0038】
iii) 被験物質の投与
溶媒(生理食塩液、株式会社大塚製薬工場製「大塚生食注」)またはHMGB1ペプチド(1-44)(濃度0.2 mg/mL)をそれぞれ尾静脈から50 μLの容量を約2~3秒間かけてマイジェクター(テルモ)を用いて静脈内投与した。被験物質は、群分けの翌日から1週間に2回、投与間隔を少なくとも1日は空けて、4週間にわたり合計8回投与した。
【0039】
iv) 前肢指間の癒着スコアの評価
マウス前肢指間の癒着の程度を以下に示すスコアに従い、被験物質投与開始前日および投与開始後1~8週までは1回/週の合計9回、イソフルラン軽麻酔下で肉眼により評価した。癒着スコアは、左右の前肢を別々に下記A~Dの項目について評価し、個々のスコアを合計した値とした。
癒着スコア=左右の前肢を別々にA~Dの項目を評価した点数の合計
A. 第二指第三指間の癒着
0点:癒着がない
1点:遠位指節間(DIP)関節までの部分癒着がある
2点:DIP関節を越えた癒着がある
B. 第三指第四指間の癒着
0点:癒着がない
1点:DIP関節までの部分癒着がある
2点:DIP関節を越えた癒着がある
C. 第五指の癒着
0点:癒着がない
1点:部分癒着がある
2点:掌と完全に癒着している
D. 第二指、第三指、第四指の爪の有無
0点:3本とも爪がある
1点:1または2本の指で爪が欠落している
2点:3本全ての指で爪がない
【0040】
v) 死亡マウスの取り扱い
癒着スコアの評価時に麻酔操作ミスで死亡した1例は被験物質投与開始直後であったため除外し、結果には反映しなかった。また、投与開始後7および8週で、それぞれ溶媒群の1例が死亡したが、この死因は病態進行による消化管の癒着であると考えられた。この2匹の癒着スコアは結果に反映し、死亡後の癒着スコアは欠落値とした。
【0041】
vi) 統計解析
統計解析はGraphPad Prism7(GraphPad Software, Inc., La Jolla, CA)を用いて行った。癒着スコアのデータは、欠落値がなかった6週までのデータにおいて反復測定の二元配置分散分析を行ったところ交互作用が認められたため、各評価時点においてMann-Whitney’s U testを行なった。p<0.05の場合に統計学的に有意差があるとみなした。
【0042】
(2)結果
本試験における溶媒およびHMGB1ペプチド(1-44)群の投与開始前日および投与開始後1~8週までのマウス前肢の癒着スコアを
図1に示し、投与開始後6週の左右前肢写真を
図2に示す。前肢の癒着について、投与開始時の6週齢では軽度な癒着が一部に認められただけであったが、加齢とともに病状が進行し、溶媒群では投与開始後6週(12週齢)で2例を除きほぼすべての指に部分的またはDIP関節を越える癒着が認められた。一方、HMGB1ペプチド(1-44)群では、溶媒群に比較して癒着スコアの増加の程度が抑制され、投与開始後4~8週(10~14週齢)の癒着スコアは溶媒群の半分程度で、統計学的に有意に低値であった(
図1)。なお、マウスの体重については溶媒群およびHMGB1ペプチド(1-44)群ともに投与開始から8週後まで同様に推移し、群間に有意な差は認められなかった。
129SV/colVII homoマウスでは、週齢に伴い表皮水疱症患者と同様、指間の癒着が観察される。129SV/colVII homoマウスの表皮水疱症はCol7a1遺伝子の変異により発症する栄養障害型に分類され、この病型では、VII型コラーゲンの産生が正常に行われず、基底膜-真皮間の接着機能不全により水疱が生じ、手足で生じた水疱の瘢痕化の繰り返しによって指間の癒着が進行すると考えられている(前掲のFritsch, et al.)。本試験において、HMGB1ペプチド(1-44)の静脈内投与により129SV/colVII homoマウスの前肢指間の癒着が抑制されることが明らかとなった。かかる結果は、当該HMGB1ペプチドが皮膚組織の線維化を抑制する作用を有することを示すものである。
【0043】
実施例2
HMGB1ペプチド(1-44)による表皮水疱症モデルマウス腸管の線維化および瘢痕化に対する抑制作用
(1)材料および方法
i) 動物
実施例1に記載の129SV/colVII homoマウス(雄6匹)を飼育室にて2週間馴化し、溶媒群(3匹)とHMGB1ペプチド(1-44)投与群(3匹)に分けて被験物質の投与を開始した(投与開始時週齢:5~6週齢)。
【0044】
ii) 被験物質
実施例1と同様に化学合成したHMGB1ペプチド(1-44)を被験物質として用いた。
【0045】
iii) 被験物質の投与
溶媒(生理食塩液、株式会社大塚製薬工場製「大塚生食注」)またはHMGB1ペプチド(1-44)(濃度0.2 mg/mL)をそれぞれ尾静脈から50 μLの容量を投与した。被験物質は、群分けの翌日から1週間に2回、投与間隔を少なくとも1日は空けて、4週間にわたり合計8回投与した。
【0046】
iv) 小腸組織に対する被験物質の作用の評価
被験物質の投与終了後もマウスの飼育を継続し、溶媒群のマウスに腹部の膨張が見られた時点で小腸を採材し、同じタイミングでHMGB1ペプチド(1-44)投与群のマウスからも小腸を採材した。その後、採材した小腸サンプルから組織切片を作成してヘマトキシリン・エオジン(HE)染色およびマッソン・トリクローム(MT)染色を行った。
【0047】
(2)結果
溶媒群のマウス(3個体)は個体ごとにそれぞれ投与開始後7週目(13週齢)、10週目(16週齢)、11週目(17週齢)で腹部の膨張が認められたため、その時点で小腸を採材してHE染色およびMT染色を行った。HMGB1ペプチド(1-44)投与群のマウスもこれに合わせて投与開始後7週目(13週齢)、10週目(16週齢)、11週目(17週齢)にそれぞれ1個体から小腸を採材してHE染色およびMT染色を行った。
【0048】
溶媒群およびHMGB1ペプチド(1-44)群のマウス小腸のHE染色結果の代表像を
図3に示す。溶媒群では、3個体全てにおいて腸管の狭窄、ガス充満および絨毛脱落が認められたが、HMGB1ペプチド(1-44)投与群では、いずれの個体にもこれらの症状は認められなかった。また、溶媒群の小腸では、狭窄および膨張が生じた部位の近傍に瘢痕化による腸管壁の肥厚が認められたが、HMGB1ペプチド(1-44)投与群では腸管壁の肥厚は認められなかった。MT染色の結果から、溶媒群の小腸壁において顕著なコラーゲン線維の沈着が認められた一方、HMGB1ペプチド(1-44)投与群ではコラーゲン線維の沈着はほとんど認められなかった(
図4)。これらの結果は、当該HMGB1ペプチドが小腸組織の線維化および瘢痕化を抑制する作用を有することを示すものである。
【0049】
実施例3
HMGB1ペプチド(1-44)による表皮水疱症モデルマウスの生存期間延長
(1)材料および方法
i) 動物
実施例1に記載の129SV/colVII homoマウス(雄)を飼育室にて2週間馴化し、溶媒群とHMGB1ペプチド(1-44)投与群に分けて被験物質の投与を開始した(投与開始時週齢:5~6週齢(体重5~8g)。
【0050】
ii) 被験物質
実施例1と同様に化学合成したHMGB1ペプチド(1-44)を被験物質として用いた。
【0051】
iii) 被験物質の投与
溶媒(生理食塩液、株式会社大塚製薬工場製「大塚生食注」)またはHMGB1ペプチド(1-44)(濃度0.2 mg/mL)をそれぞれ尾静脈から1回につき50μLの容量を投与した。被験物質は、群分けの翌日から1週間に2回、投与間隔を少なくとも1日は空けて、4週間にわたり合計8回投与した。
【0052】
iv) 生存期間の評価
被験物質の投与終了後もマウスが死亡するまで飼育を継続し、溶媒群(10匹)およびHMGB1ペプチド(1-44)投与群(10匹)の各個体の生存期間を記録した。なお、両群ともに、動物飼育施設の長期休業により安定した飼育・給餌の継続が困難となった一部の個体については生存途中で観察打ち切りとした。具体的には、溶媒群では13.14週時点で1個体を観察打ち切りとし、HMGB1ペプチド(1-44)投与群では13.14週時点で1個体、18.57週時点で1個体、21.57週時点で2個体、36.57週時点で1個体をそれぞれ観察打ち切りとした。
【0053】
(2)結果
溶媒群およびHMGB1ペプチド(1-44)投与群の各個体の生存期間に基づいて描いた生存曲線を
図5に示す(被験物質投与開始時を0週とした)。HMGB1ペプチド(1-44)の投与により、表皮水疱症モデルマウスの生存期間が著しく延長されることが示された。
【0054】
実施例4
マウスの皮膚全層欠損型潰瘍モデルに対するHMGB1ペプチド(1-44)投与の効果
(1)材料および方法
i) 動物
C57BL/6の雄マウス(C57BL/6JJcl;微生物グレードSPF)を7-8週齢で日本クレア株式会社より購入し、5日以上動物飼育室で馴化させた後に使用した。
【0055】
ii) 皮膚潰瘍の作成
損傷・潰瘍作製のための全層皮膚欠損手術前日にイソフルラン麻酔下(麻酔器(MK-A110D、室町機械)、麻酔条件: 導入時4.0%、維持2.0%;流速 1.5L/分)で実験動物背部の除毛を行った。潰瘍作製時は、イソフルラン麻酔下で背部の皮膚をイソジンあるいはアルコールで消毒後、生検トレパン(5mm直径)を使用し皮膚をくり貫いて潰瘍を作製し、ケージに戻し飼育した。術後管理として、潰瘍部は被覆材を巻き保護し、衛生管理と術後の状態の確認のために、創傷が自然閉鎖する約2週間経過時まで72-96時間ごとにシート、被覆材、包帯の交換を行った。また、実験中の損傷部は滅菌状態を保つことで、感染リスクを最小限にした。
【0056】
iii) 群分け
皮膚潰瘍作成後にシリコンシートで上皮収縮を抑制した状態で、潰瘍部の形状、直径がよくみえるように背部皮膚から20cmほど天井側から写真撮影を行った。当該写真をもとに、周囲部からの上皮シートの収縮抑制と肉芽形成が均一に起きる微小環境を保証しうるものとして下記の皮膚潰瘍評価基準が2点以上のマウスを採用した。採用されたマウスを溶媒(生理食塩水)投与群とHMGB1ペプチド(1-44)投与群に分け、各群9匹とした。
<皮膚潰瘍評価基準>
3点: 円の縦直径 (4.5-5.5mm) および横直径 (4.5-5.5mm)でほぼ完全円(シートとの間隙が等間隔)
2点: 円の縦直径 (4.5-5.5mm) および 横直径 (4.5-5.5mm)を満たすが、完全円ではない。
1点: 円の縦直径 (4.5-5.5mm) もしくは 横直径 (4.5-5.5mm)のいずれかを満たし、楕円~円
0点:上記以外および、全層欠損が認められない(筋膜が確認できない)
【0057】
iv) 被験物質
実施例1と同様に化学合成したHMGB1ペプチド(1-44)を被験物質として用いた。
【0058】
v) 被験物質の投与
被験物質の投与は潰瘍作成後3時間から開始し、その後、4, 8, 11, 15, 18, 22, 25日目に反復し、合計8回行った。HMGB1ペプチド(1-44)の投与量は1.5mg/kg/dayとし、希釈された溶媒を含む液を1mLのシリンジに充填し、30Gの注射針を用いて尾静脈より投与した。
【0059】
vi) 潰瘍部位のサンプリング
皮膚潰瘍作成後28日目にマウスをイソフルラン麻酔影響下に置き、頸椎脱臼を行って安楽死させ、氷上でサンプルのタンパク変性を防ぎながらすばやく潰瘍部およびその周辺領域の皮膚を切り取り回収した。採取した皮膚は、ピンセットで余分な皮下脂肪を除去後、10% Formalin (Wako) に入れ替えて、shakerを用いて氷上で振盪させながら、4度で一晩固定させた。固定後の皮膚はPBSでよく洗浄してから、検体はトリミング後、皮膚固有の頭尾軸/左右軸の組織の極性に留意しながら自動包埋器(Thermo Scientific)によりパラフィンブロックにした。その後、回転式ミクロトーム(Thermo Sceintific)で薄切(5μm)してから、スライドグラス上(松浪グラス)に固定させ、マッソン・トリクローム(MT)染色に供した。
【0060】
vii) マッソン・トリクローム(MT)染色による潰瘍部位の組織学的変化の定性/定量的評価
再生・治癒した潰瘍部位におけるコラーゲン繊維の占める面積を測定するため、パラフィン薄切(5μm)に対してマッソン・トリクローム染色を行い、真皮/瘢痕部位でのコラーゲン量を染色性で判定した。その詳細は、まず潰瘍部位(center)およびmargin(周辺正常領域)を、顕微鏡(Keyence BZ-X710)で1個体につき計6箇所の切片部位を撮影した。次に画像解析ソフト(BZ-X Analyzer)を用いて領域内のコラーゲン量を測定した。この場合、皮膚特有の毛周期での真皮/瘢痕部位でのコラーゲン量の個体間変動を補正するため各々のcenter領域に連続するmargin領域での値を用いて算出を行った。すなわち、[補正された潰瘍部位直下でのコラーゲン陽性領域面積率]= [center領域でのコラーゲン陽性領域面積率/margin領域でのコラーゲン陽性領域面積率]となる。
【0061】
viii) 統計処理
上記解析によって得られた測定値または補正後の算出値は、統計解析ソフト(statcel-3)を主に用いて各統計値を計算後、解析/判定を行った。具体的には、事前検定として(1)正規性の検定(Fisherの歪度/尖度係数での検定; P>0.05を正規分布とみなす。)、(2)分散性の検定(Levene検定; P>0.05を等分散とみなす。)、および(3)棄却検定(Grubbs検定;P<0.05である個体値をoutlierとみなし除外する)を行い、(1)および(2)で得られた結果が正規分布を示す場合には群間での平均値によるt検定 (Student(等分散時)もしくはWelch検定)(非等分散時))、正規分布を示さない場合には群間の順位によるノンパラメトリック検定 (Mann Whitney検定) を行い、p<0.05の場合に有意差ありと判定した。
【0062】
(2)結果
潰瘍作成28日後に皮膚を回収し、各投与群間でのマウス皮膚潰瘍部位の組織学的変化を評価するためにマッソン・トリクローム染色を行った。染色結果の代表像を
図6に示し、上述の通り算出した[補正された潰瘍部位直下でのコラーゲン陽性領域面積率]の解析結果を
図7に示す。溶媒投与群のMargin領域では膠原線維が不規則的な配列指向性を持ち豊富な膠原線維成分を有することから、波状の強いシグナルが検出されるのに対し、潰瘍の中心であるCenter領域では筋繊維芽細胞集団に代表される膠原線維合成能の高い細胞集団により新規に合成されていくことから、線維の配列指向性は規則的かつ量的に少ないことより、直線的かつ弱いシグナルとして検出されている(
図6)。溶媒投与群と比較したところ、HMGB1ペプチド(1-44)投与群において膠原繊維のCenter領域でのシグナルは弱い傾向があり(
図6)、これは定量的なシグナルの強度の計算および面積比を計算したところ有意に抑制が認められた (*p<0.05, Mann Whitney’s test)(
図7)。かかる結果は、当該HMGB1ペプチドが皮膚組織の線維化を抑制する作用を有することを示すものである。
【0063】
なお、本試験の実施期間中(手術開始(Day 1)~皮膚回収時(Day 28))におけるマウスの体重変化は、いずれの群においても目立った差はなく、群間において統計的に有意な変化も認められなかった (p>0.05, Repeated one-way ANOVA)。
栄養障害型表皮水疱症は遺伝子異常に起因する疾患であるため、その治療方法としては、正常人の多能性幹細胞を他家移植する方法、あるいは患者本人由来のiPS細胞を作成し、そのCOL7A1遺伝子の変異をゲノム編集等により修復した上で患者に移植する方法が考えられる。しかし、前者は拒絶反応の問題があり、後者はゲノム編集のオフターゲット作用による癌化のリスクを排除することができない問題がある。
今回、本発明者らは、驚くべきことに、細胞の他家移植でも遺伝子治療でもなく、HMGB1断片ペプチドの投与によって栄養障害型表皮水疱症の症状が改善することを初めて見出した。そして、当該治療効果のメカニズムを研究した結果、HMGB1断片ペプチドが組織の線維化を抑制していることを見出した。
HMGB1断片ペプチドは、遺伝性疾患である栄養障害型表皮水疱症のモデルマウスにおいて、腸管組織におけるコラーゲンの沈着を抑制した。さらに、遺伝子異常を有しない正常マウスに物理的な皮膚の欠損を作成した皮膚潰瘍モデルにおいても、HMGB1断片ペプチドは、皮膚組織におけるコラーゲンの沈着を抑制した。このように、HMGB1断片ペプチドは、異なるモデル、且つ、異なる組織において、細胞外マトリッスクタンパク質であるコラーゲンの沈着を抑え、組織の線維化を抑制する効果が認められた。したがって、本願のHMGB1断片ペプチドを含有する医薬組成物は、コラーゲン沈着が認められるあらゆる臓器および組織の線維症や瘢痕の治療に有効であると考えられる。
線維性疾患が、全身性強皮症、限局性強皮症、ケロイド、肥厚性瘢痕、皮膚創傷後または皮膚潰瘍後の瘢痕、皮膚線維症、心筋線維症、肝線維症、肝硬変、腎線維症、膵線維症、肺線維症、骨髄線維症、後腹膜線維症、腸間膜線維症、乳腺線維症、嚢胞性線維症、消化管線維症、脂肪組織線維症、緑内障、加齢黄斑変性、ドライアイ、慢性GVHD、消化管の瘢痕、脂肪組織の瘢痕、栄養障害型表皮水疱症またはキンドラー症候群における瘢痕、ならびに皮膚、消化管、腹膜、筋肉、腱または関節の術後瘢痕からなる群より選択される、請求項1に記載の医薬組成物。