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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023030558
(43)【公開日】2023-03-08
(54)【発明の名称】唾液中の睡眠障害バイオマーカー
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20230301BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20230301BHJP
   C12Q 1/6876 20180101ALI20230301BHJP
【FI】
G01N33/50 G
G01N33/50 Z
G01N33/50 P
C12Q1/68
C12Q1/6876
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021135757
(22)【出願日】2021-08-23
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504203572
【氏名又は名称】国立大学法人茨城大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大石 勝隆
(72)【発明者】
【氏名】豊田 淳
(72)【発明者】
【氏名】吉田 悠太
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CB07
2G045DA02
2G045DA04
2G045DA14
2G045DA16
2G045DA35
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ52
4B063QR32
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS34
4B063QS36
(57)【要約】
【課題】
本発明は唾液中の睡眠障害のバイオマーカーを提供することを課題とする。
【解決手段】
唾液中の代謝産物やマイクロRNAが睡眠障害のバイオマーカーとして使用できることを見出し、さらにこのバイオマーカーを用いた睡眠障害の病状や重症度を判定・評価するための方法、睡眠障害を判定するためのプログラム、睡眠障害を判定するための検査キット、並びに睡眠障害の治療薬のスクリーニング及び評価方法に応用できることを見出し、本発明に到達した。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検対象から採取された唾液試料中における、表1及び表2に記載される代謝産物からなる群から選択される1つ以上の代謝産物、及び/又は表3~表6に記載されるマイクロRNAからなる群から選択される1つ以上のマイクロRNA若しくはそれらのマイクロRNAに相当するヒトでのマイクロRNAの、睡眠障害の診断のためのバイオマーカーとしての使用。
【表1-1】
【表1-2】
【表1-3】
【表1-4】
【表2】
【表3-1】
【表3-2】
【表3-3】
【表3-4】
【表3-5】
【表4-1】
【表4-2】
【表5】
【表6-1】
【表6-2】
【請求項2】
前記バイオマーカーが、被検対象の入眠時刻において採取された唾液試料中のものである、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記バイオマーカーが、表3及び表4に記載されるマイクロRNAからなる群から選択されるものである、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
前記バイオマーカーが、被検対象の起床時刻において採取された唾液試料中のものである、請求項1に記載の使用。
【請求項5】
前記バイオマーカーが、表5及び表6に記載されるマイクロRNAからなる群から選択されるものであり、請求項4に記載の使用。
【請求項6】
前記睡眠障害が、概日リズム睡眠障害又はストレス性睡眠障害である、請求項1~5の何れか一項に記載の使用。
【請求項7】
被検対象における睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するための方法であって、
前記被検対象から採取された唾液試料における、請求項1~6の何れか一項において定義されるバイオマーカーの量を測定する工程、
前記被検対象由来のバイオマーカーの量を、コントロール対象から採取された唾液試料中におけるバイオマーカーの量と比較する工程、及び
前記被検対象由来のバイオマーカーの量が、前記コントロール対象由来のバイオマーカーの量よりと比較して有意差がある場合に、被検対象が睡眠障害を有する及び/又は重症であると判定及び/又は評価される工程
を含む、方法。
【請求項8】
前記バイオマーカーが、表1に記載されるものであるとき、CE-FTMS解析によって測定されるものであり、表2に記載されるものであるとき、LC-TOFMS解析によって測定されるものであり、及び/又は表3~表6に記載されるものであるとき、次世代シーケンス解析によって測定されるものである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
被検対象における睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するためのプログラムであって、
以下の手順(1)及び(2)をコンピュータに実行させるためのプログラム:
(1)前記被検対象から採取された唾液試料における請求項1~6の何れか一項において定義されるバイオマーカーの量の入力された測定データ、及びコントロール対象から採取された唾液試料におけるバイオマーカーの量の入力された測定データに基づき、被検対象由来の測定データとコントロール対象由来の測定データとの間で有意差があるかどうかを算出する手順、
(2)前記算出した結果、両者の測定データの間で有意差があった場合に、被検対象が睡眠障害を有する及び/又は重症であるとの判定及び/又は評価を表示する手順。
【請求項10】
被検対象における睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するためのキットであって、前記被検対象から採取された唾液試料における請求項1~6の何れか一項において定義されるバイオマーカーの量を測定するための試薬を含み、
前記試薬が、表3~6に記載される少なくとも1つのマイクロRNA若しくはそれらのマイクロRNAに相当するヒトでのマイクロRNAを特異的に検出する核酸プローブ及び/又は核酸プライマー
を含む、キット。
【請求項11】
睡眠障害の治療薬をスクリーニングする方法及び/又は評価方法であって、
治療薬の候補物質を投与された睡眠障害を有する対象から採取された唾液試料における請求項1~6の何れか一項において定義されるバイオマーカーの量を測定する工程、
睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量を、前記治療薬の候補物質を投与されていない睡眠障害を有する対象における前記バイオマーカーの量と比較する、又は睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量を、この睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与される前における前記バイオマーカーの量と比較する工程、及び
睡眠障害を有する対象における前記候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量が、前記治療薬の候補物質を投与されていない睡眠障害を有する対象における前記バイオマーカーの量と比較して有意差があった場合又は睡眠障害を有する対象における前記候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量が、この睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与される前における前記バイオマーカーの量と比較して有意差があった場合、前記候補物質が睡眠障害の治療薬として有効であると評価される工程
を含む、スクリーニングする方法及び/又は評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、唾液中の睡眠障害バイオマーカーや、このバイオマーカーを用いた睡眠障害の病状や重症度を判定・評価するための方法、睡眠障害を判定するためのプログラム、睡眠障害を判定するための検査キット、並びに睡眠障害の治療薬のスクリーニング及び評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
睡眠障害は、精神疾患や代謝性疾患の重要なリスクファクターとして認識されており、世界的な社会問題となっている。
【0003】
血中や糞便中における睡眠障害のバイオマーカー候補分子に関しては既にいくつか報告がある。例えば、マウスにおける糞便中の菌叢と徐波睡眠との関連や(非特許文献1)、ラット及びヒトにおける血中の断眠のバイオマーカー候補分子(非特許文献2)、睡眠とサーカディアンリズムに関するバイオマーカー(非特許文献3)、不眠症患者におけるMRSによる脳内代謝物への影響(非特許文献4)、血液、糞便、尿における睡眠・不眠症のメタボロミクス解析(非特許文献5、6)、ヒトにおける断眠、血漿メタボローム解析(非特許文献7)、家族性の糖尿病素因を有するヒトにおける睡眠制限、血漿メタボローム解析(非特許文献8)に関しての報告が行われている。しかしながら、これらはいずれも血中や糞便中のバイオマーカーに関する報告であり、これまでのところ唾液を用いた慢性的な睡眠障害のバイオマーカーに関する報告はほとんど無かった。
【0004】
本発明者らは、これまでに睡眠障害モデルマウスを開発し、この睡眠障害モデルマウスを用いた睡眠障害の解析を進めている(非特許文献9~13)。この睡眠障害モデルマウスは、長期間にわたって睡眠障害が継続されるヒトの慢性的な不眠症モデルであり、本発明者らはこれまでに、この睡眠障害モデルマウスには、過食や糖代謝異常、認知機能の低下、不安情動の亢進などが認められることを報告している。
そして、本発明者らは、この睡眠障害モデルマウスを用いて、これまでに血中や尿中の塩、アミノ酸、脂質、糖質、アミン、アミド、ベタイン、カルボニル化合物、ヒドロキシカルボニル化合物、グリセロール、クレアチン、ならびに、タンパク質および核酸およびそれらの分解物を睡眠障害マーカーとして用いることができることや(特許文献1)、血中や臓器中のHSPA1a又はその遺伝子を睡眠障害マーカーとして用いることができることをこれまでに開示している(特許文献2)。
【0005】
唾液試料を用いたメタボローム解析やmiRNAseq(マイクロRNAシーケンス解析)、フローラ解析などによるバイオマーカーの探索は、これまでに口腔内疾患や各種の癌、アルツハイマー病や生活習慣病などの診断につながる可能性が報告されている。
睡眠促進作用をもつ松果体ホルモンであるメラトニンは、唾液中でも検出できるが、メラトニン自体が慢性的な睡眠障害のバイオマーカーとなるものとは考えられていない。また、睡眠評価用マーカーとして、尿中や唾液中のN-アセチルヒスタミン、アラントイン酸、テアニン、アンセリン、タウリン及びヒポタウリンを用いることについて開示されているのみであった(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014-085214号公報
【特許文献2】特開2013-255481号公報
【特許文献3】特開2018-009986号公報
【特許文献4】特開2013-181005号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Sci. Rep., 2020;10(1):19554
【非特許文献2】Proc Natl Acad Sci U S A., 2015;112(8):2569-74
【非特許文献3】Current Sleep Medicine Reports, 2015;1:38-46
【非特許文献4】PLoS One., 2016;11(6):e0156771
【非特許文献5】Int J Mol Sci., 2020;21(19):7244
【非特許文献6】Curr Neurol Neurosci Rep., 2017;17(11):89
【非特許文献7】Proc Natl Acad Sci U S A., 2014;111(29):10761-6
【非特許文献8】Physiol Behav., 2013;122:25-31
【非特許文献9】Biochem Biophys Res Commun., 2014;450(1):880-4
【非特許文献10】Biochem Biophys Res Commun., 2018;495(4):2616-2621
【非特許文献11】J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo)., 2019;65(2):164-170
【非特許文献12】Nutrition., Jul-Aug 2020;75-76:110751
【非特許文献13】Biochem Biophys Res Commun., 2020;529(2):175-179
【非特許文献14】Proc Natl Acad Sci U S A., 2009;106:9890-5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、唾液中の睡眠障害のバイオマーカーを提供すること、このバイオマーカーを用いた睡眠障害の病状や重症度を判定・評価するための方法、睡眠障害を判定するためのプログラム、睡眠障害を判定するための検査キット、並びに睡眠障害の治療薬のスクリーニング及び評価方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、睡眠障害を有する対象の唾液試料において、特定の代謝産物や特定のマイクロRNAがコントロール対象の唾液試料と比較して増加又は減少していることを見出し、本発明に想到した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]被検対象から採取された唾液試料中における、表1及び表2に記載される代謝産物からなる群から選択される1つ以上の代謝産物、及び/又は表3~表6に記載されるマイクロRNAからなる群から選択される1つ以上のマイクロRNA若しくはそれらのマイクロRNAに相当するヒトでのマイクロRNAの、睡眠障害の診断のためのバイオマーカーとしての使用。
【表1-1】
【表1-2】
【表1-3】
【表1-4】
【表2】
【表3-1】
【表3-2】
【表3-3】

【表3-4】
【表3-5】

【表4-1】
【表4-2】
【表5】
【表6-1】
【表6-2】

[2]前記バイオマーカーが、被検対象の入眠時刻において採取された唾液試料中のものである、[1]に記載の使用。
[3]前記バイオマーカーが、表3及び表4に記載されるマイクロRNAからなる群から選択されるものである、[2]に記載の使用。
[4]前記バイオマーカーが、被検対象の起床時刻において採取された唾液試料中のものである、[1]に記載の使用。
[5]前記バイオマーカーが、表5及び表6に記載されるマイクロRNAからなる群から選択されるものであり、[4]に記載の使用。
[6]前記睡眠障害が、概日リズム睡眠障害又はストレス性睡眠障害である、[1]~[5]の何れかに記載の使用。
[7]被検対象における睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するための方法であって、
前記被検対象から採取された唾液試料における、[1]~[6]の何れかにおいて定義されるバイオマーカーの量を測定する工程、
前記被検対象由来のバイオマーカーの量を、コントロール対象から採取された唾液試料中におけるバイオマーカーの量と比較する工程、及び
前記被検対象由来のバイオマーカーの量が、前記コントロール対象由来のバイオマーカ
ーの量よりと比較して有意差がある場合に、被検対象が睡眠障害を有する及び/又は重症であると判定及び/又は評価される工程
を含む、方法。
[8]前記バイオマーカーが、表1に記載されるものであるとき、CE-FTMS解析によって測定されるものであり、表2に記載されるものであるとき、LC-TOFMS解析によって測定されるものであり、及び/又は表3~表6に記載されるものであるとき、次世代シーケンス解析によって測定されるものである、[7]に記載の方法。
[9]被検対象における睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するためのプログラムであって、
以下の手順(1)及び(2)をコンピュータに実行させるためのプログラム:
(1)前記被検対象から採取された唾液試料における[1]~[6]の何れかにおいて定義されるバイオマーカーの量の入力された測定データ、及びコントロール対象から採取された唾液試料におけるバイオマーカーの量の入力された測定データに基づき、被検対象由来の測定データとコントロール対象由来の測定データとの間で有意差があるかどうかを算出する手順、
(2)前記算出した結果、両者の測定データの間で有意差があった場合に、被検対象が睡眠障害を有する及び/又は重症であるとの判定及び/又は評価を表示する手順。
[10]被検対象における睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するためのキットであって、前記被検対象から採取された唾液試料における[1]~[6]の何れかにおいて定義されるバイオマーカーの量を測定するための試薬を含み、
前記試薬が、表3~6に記載される少なくとも1つのマイクロRNA若しくはそれらのマイクロRNAに相当するヒトでのマイクロRNAを特異的に検出する核酸プローブ及び/又は核酸プライマー
を含む、キット。
[11]睡眠障害の治療薬をスクリーニングする方法及び/又は評価方法であって、
治療薬の候補物質を投与された睡眠障害を有する対象から採取された唾液試料における[1]~[6]の何れかにおいて定義されるバイオマーカーの量を測定する工程、
睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量を、前記治療薬の候補物質を投与されていない睡眠障害を有する対象における前記バイオマーカーの量と比較する、又は睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量を、この睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与される前における前記バイオマーカーの量と比較する工程、及び
睡眠障害を有する対象における前記候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量が、前記治療薬の候補物質を投与されていない睡眠障害を有する対象における前記バイオマーカーの量と比較して有意差があった場合又は睡眠障害を有する対象における前記候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量が、この睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与される前における前記バイオマーカーの量と比較して有意差があった場合、前記候補物質が睡眠障害の治療薬として有効であると評価される工程
を含む、スクリーニングする方法及び/又は評価方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、唾液中の代謝産物やマイクロRNAが睡眠障害のバイオマーカーとして使用できることを見出し、さらにこのバイオマーカーを用いた睡眠障害の病状や重症度を判定・評価するための方法、睡眠障害を判定するためのプログラム、睡眠障害を判定するための検査キット、並びに睡眠障害の治療薬のスクリーニング及び評価方法を提供することを可能とした。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<睡眠障害の診断のためのバイオマーカー>
本発明の一実施態様は、被検対象から採取された唾液試料中における、表1及び表2に記載される代謝産物からなる群から選択される1つ以上の代謝産物、及び/又は表3~表6に記載されるマイクロRNAからなる群から選択される1つ以上のマイクロRNA若しくはそれらのマイクロRNAに相当するヒトでのマイクロRNAの、睡眠障害の診断のためのバイオマーカーとしての使用である。
【0013】
本発明のバイオマーカーは唾液試料中に含まれるものである。唾液試料は被検対象から非侵襲的に採取できるため、被検対象の身体的及び/又は精神的負担を低減させることができる点が優れている。唾液試料は、1日のうちのどの時間帯において採取されたものであってもよく、例えば、被検対象の入眠時刻又は起床時刻において採取された唾液試料であってもよい。入眠時刻及び起床時刻は被検対象の動物の種類や生活環境、実験環境により異なるが、例えば、マウスであれば8:00が入眠時刻、20:00が起床時刻としてもよい。
唾液の採取方法は特に限定されず、当業者に既知の方法により行うことができる。バイオマーカーが、1日の間で変動するものである場合は、唾液試料を特定の時間帯に採取することによって、より正確な診断を行うことができる。
【0014】
唾液試料が、被検対象の入眠時刻において採取されたものであるとき、特に限定されないが、バイオマーカーは、表3及び表4に記載されるマイクロRNAからなる群から選択されるものであってもよい。
【0015】
唾液試料が、被検対象の起床時刻において採取されたものであるとき、特に限定されないが、バイオマーカーは、表5及び表6に記載されるマイクロRNAからなる群から選択されるものであってもよい。
【0016】
唾液試料は、被検対象から回収された後、任意で前処理を行ってもよく、凍結保存されたものでもよく、随時調製されたものでもよい。前処理としては、例えば、唾液試料中の任意の内部標準物質の濃度が各試料間で一定になるように調製することであってもよく、限外ろ過処理などを行ってもよい。
またバイオマーカーがマイクロRNAであるとき、マイクロRNAは当業者に既知の方法により試料から単離することができる。例えば、市販の試薬やキット(例えば、miRNeasy Serum/Plasma Kit(キアゲン)をキットに添付されているプロトコルに従って行うことができる。
【0017】
各バイオマーカーの測定方法は、そのバイオマーカーを測定できる限り特に限定されないが、バイオマーカーが代謝産物であるとき、例えば、メタボローム解析によって行うことができる。バイオマーカーが、表1に記載される代謝産物であるとき、CE-FTMS(キャピラリー電気泳動-フーリエ変換型質量分析計)解析によって測定することができ、表2に記載される代謝産物であるとき、LC-TOFMS(液体クロマトグラフィ-飛行時間型質量分析計)解析によって測定することができる。
また、バイオマーカーがマイクロRNAであるとき、例えば、次世代シーケンス解析により行ってもよく、マイクロアレイ法により行ってもよく、定量PCR法により行ってもよい。いずれの測定方法も当業者に既知の方法により行うことができる。例えば、表3~表6に記載されるマイクロRNAであるとき、次世代シーケンス解析によって測定することができる。
【0018】
被検対象は、睡眠障害を発症し得る対象であり、本発明のバイオマーカーを睡眠障害の診断に使用できる限り特に限定されず、典型的にはヒトであるが、イヌやネコなどの愛玩動物、ウシ、ウマ、ブタなどの家畜動物、マウス、ラットなどの実験動物など、どのような哺乳動物であってもよい。バイオマーカーがマイクロRNAである場合、表3~6に記載
されるマイクロRNAに相当する各哺乳動物でのマイクロRNAを用いることができる。
【0019】
本発明におけるいずれの代謝産物もPubChemやHMDB (The Human Metabolome Database) 等のデータベースに開示されており、またいずれのマイクロRNAもmiRBaseやGenBank等のデータベースに開示されている。
【0020】
本発明において、「睡眠障害」は、米国睡眠障害連合会(American Sleep Disorders Association)により出版された睡眠障害国際分類:診断および法則マニュアル(International Classific ation of Sleep Disorders:Diagnostic and Coding an Psychiatric Association)により出版された精神障害分類・診断基準第4版(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)(1994年)の記述に従って定義できる。
本発明において睡眠障害は、例えば、概日リズム睡眠障害又はストレス性睡眠障害が挙げられる。「ストレス性睡眠障害」は脳へのストレスに起因する睡眠障害であり、「概日リズム睡眠障害」または「サーカディアンリズム睡眠障害」とは、体内時計がその発症にかかわるとされる睡眠障害であり、時差ぼけ、不規則な食生活、精神的ストレスなどの生活習慣が原因となりうると考えられている。「概日リズム睡眠障害」としては、例えば、時差帯域変化(ジェット時差)症候群、交代勤務睡眠障害、不規則型睡眠・覚醒パターン、睡眠相後退症候群、睡眠相前進症候群、非24時間型睡眠・覚醒障害、特定不能の概日リズム睡眠障害が挙げられる。
【0021】
睡眠障害の診断は、被検対象から採取された唾液試料中におけるバイオマーカーの量と、コントロール対象から採取された唾液試料中におけるバイオマーカーの量とを比較し、被検対象由来のバイオマーカーの量が、前記コントロール対象由来のバイオマーカーの量と比較して有意差がある場合に、被検対象が睡眠障害を有する及び/又は重症であると判定及び/又は評価することができるものであってもよい。被検対象から採取された唾液試料中におけるバイオマーカーの量が有意に増加するか、それとも有意に減少するかは、測定するバイオマーカーに依存する。
コントロール対象とは、睡眠障害を有しない対象のことである。
有意差検定は、当業者に既知の検定を使用することができ、例えば、Welchのt検定やStudentのt検定によって行うことができる。有意差があるとは、特に限定されないが、例えば、p値が0.05未満としてもよく、p値が0.01未満としてもよく、p値が0.001未満としてもよい。
睡眠障害の診断は、バイオマーカー1種の測定結果のみに基づくものであっても睡眠障害を有すると判断することができるが、複数のバイオマーカーの測定結果を組み合わせることによって、睡眠障害のより正確な診断及び/又は評価を行うことができる。複数のバイオマーカーとは、例えば、2種以上、3種以上、4種以上、5種以上、6種以上、7種以上、8種以上、9種以上、10種以上、15種以上、20種以上、25種以上、30種以上、35種以上、40種以上であってもよく、また、例えば、50種以下、40種以下、30種以下、20種以下であってもよい。複数のバイオマーカーを用いるときは、複数のバイオマーカーの測定結果に基づきリスクスコアを算出して、そのリスクスコアによって診断を行ってもよい。
【0022】
また、睡眠障害の診断は、予め被検対象と同じ種である健常な哺乳動物(例えば健常人)の唾液試料中のこれらのバイオマーカーの値を基準値として設定しておけば、被検対象から採取された唾液試料中におけるバイオマーカーの量がその基準値を超えた又は下回った場合に、睡眠障害であると診断することもできる。
【0023】
<睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するための方法>
本発明の他の実施態様は、被検対象における睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するための方法であって、
前記被検対象から採取された唾液試料における、上述の<睡眠障害の診断のためのバイオマーカー>の項に記載する何れか1つ以上のバイオマーカーの量を測定する工程、
前記被検対象由来のバイオマーカーの量を、コントロール対象から採取された唾液試料中におけるバイオマーカーの量と比較する工程、及び
前記被検対象由来のバイオマーカーの量が、前記コントロール対象由来のバイオマーカーの量よりと比較して有意差がある場合に、被検対象が睡眠障害を有する及び/又は重症であると判定及び/又は評価される工程
を含む、方法である。
【0024】
睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するための方法における各記載は、上述の<睡眠障害の診断のためのバイオマーカー>の項の記載を援用することができる。
【0025】
<睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するためのプログラム>
本発明の他の実施態様は、被検対象における睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するためのプログラムであって、
以下の手順(1)及び(2)をコンピュータに実行させるためのプログラム:
(1)前記被検対象から採取された唾液試料における上述の<睡眠障害の診断のためのバイオマーカー>の項に記載する何れか1つ以上のバイオマーカーの量の入力された測定データ、及びコントロール対象から採取された唾液試料におけるバイオマーカーの量の入力された測定データに基づき、被検対象由来の測定データとコントロール対象由来の測定データとの間で有意差があるかどうかを算出する手順、
(2)前記算出した結果、両者の測定データの間で有意差があった場合に、被検対象が睡眠障害を有する及び/又は重症であるとの判定及び/又は評価を表示する手順。
【0026】
このプログラムは、さらに、測定データを入力する手順を含んでもよい。
【0027】
このプログラムのコンピュータへの実装方法は、当業者に既知の方法により行うことができる。例えば、上述のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体を介して、コンピュータに実装することができる。
【0028】
睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するためのプログラムにおける各記載は、上述の<睡眠障害の診断のためのバイオマーカー>の項の記載を援用することができる。
【0029】
<睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するためのキット>
本発明の他の実施態様は、被検対象における睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するためのキットであって、前記被検対象から採取された唾液試料における上述の<睡眠障害の診断のためのバイオマーカー>の項に記載する何れか1つ以上のバイオマーカーの量を測定するための試薬を含み、
前記試薬が、表3~6に記載される少なくとも1つのマイクロRNA若しくはそれらのマイクロRNAに相当するヒトでのマイクロRNAを特異的に検出する核酸プローブ及び/又は核酸プライマー
を含む、キットである。
【0030】
マイクロRNA又はその相補的核酸を特異的に検出し得る核酸プローブとしては、例えば、当該マイクロRNAのヌクレオチド配列の一部又は全部に相補的な10塩基以上(例えば、10~24塩基、好ましくは15~24塩基)の連続したヌクレオチド配列又はその相補配列を含
み、当該マイクロRNA又はその相補的核酸にハイブリダイズすることが可能なポリヌクレオチドを挙げることができる。そのような核酸プローブは、本明細書に記載されたマイクロRNAの情報等に基づいて、既知の方法により適宜設計することができ、または市販の核酸プローブを用いることもできる。
マイクロRNAを特異的に検出する核酸プライマーは、マイクロRNA又はその相補的核酸のヌクレオチド配列の一部又は全部の領域を特異的に増幅し得るように設計されたものである限り、いかなる配列を有するものであってもよい。
【0031】
核酸プローブ及び/又は核酸プライマーは、任意の標識剤、例えば、放射性同位元素、酵素、蛍光物質、発光物質、ビオチン等で標識されていてもよい。
【0032】
本実施形態のキットは、さらに、マイクロRNAの測定法に依存して、RNAを抽出する試薬、内部標準試薬、定量PCR用試薬、マイクロアレイ用メンブレンなどを適宜含むものであってもよい。
【0033】
睡眠障害の病状又は重症度を判定及び/又は評価するためのキットにおける各記載は、上述の<睡眠障害の診断のためのバイオマーカー>の項の記載を援用することができる。
【0034】
<睡眠障害の治療薬をスクリーニングする方法及び/又は評価方法>
本発明の他の実施態様は、睡眠障害の治療薬をスクリーニングする方法及び/又は評価方法であって、
治療薬の候補物質を投与された睡眠障害を有する対象から採取された唾液試料における上述の<睡眠障害の診断のためのバイオマーカー>の項に記載する何れか1つ以上のバイオマーカーの量を測定する工程、
睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量を、前記治療薬の候補物質を投与されていない睡眠障害を有する対象における前記バイオマーカーの量と比較する、又は睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量を、この睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与される前における前記バイオマーカーの量と比較する工程、及び
睡眠障害を有する対象における前記候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量が、前記治療薬の候補物質を投与されていない睡眠障害を有する対象における前記バイオマーカーの量と比較して有意差があった場合、又は睡眠障害を有する対象における前記候補物質を投与された後における前記バイオマーカーの量が、この睡眠障害を有する対象における前記治療薬の候補物質を投与される前における前記バイオマーカーの量と比較して有意差があった場合、前記候補物質が睡眠障害の治療薬として有効であると評価される工程
を含む、スクリーニングする方法及び/又は評価方法である。
【0035】
具体的な手順は、例えば、以下に記載する通りである。
睡眠障害を有する対象を2群に分け、1つの群は治療薬の候補物質を投与する群とし、他方の群は治療薬の候補物質を投与しない群とする。治療薬の候補物質を投与した群の対象由来の唾液試料と治療薬の候補物質を投与しない群由来の唾液試料を採取し、それぞれの群間において上述の睡眠障害に関するバイオマーカーの量を比較する。比較した結果、治療薬の候補物質を投与した群の測定値が、治療薬の候補物質を投与されていない睡眠障害を有する対象における前記バイオマーカーの量と比較して有意差があり、また睡眠障害を有さない健常群の測定値と比較して有意差が無い場合、用いた治療薬の候補物質を、睡眠障害の治療薬の候補として選択することができる。
また、睡眠障害を有する対象において、治療薬の候補物質を投与した前と後のそれぞれにおいて唾液試料を採取し、治療薬の候補物質を投与した後の唾液試料における上述の睡
眠障害に関するバイオマーカーの量が、治療薬の候補物質を投与する前の唾液試料における当該バイオマーカーの量と比較する。比較した結果、治療薬の候補物質を投与した後の唾液試料中の当該バイオマーカーの量が、治療薬の候補物質を投与する前の唾液試料中の当該バイオマーカーの量と比較して有意差があり、また睡眠障害を有さない健常群の測定値と比較して有意差が無い場合、用いた治療薬の候補物質を、睡眠障害の治療薬の候補として選択することができる。
対象への投与は、経口、静注、塗布などの投与形態を用いることができるが、飼料中又は、給水中に被検物質を添加しておくことが好ましい。
【0036】
睡眠障害の治療薬をスクリーニングする方法及び/又は評価方法における各記載は、上述の<睡眠障害の診断のためのバイオマーカー>の項の記載を援用することができる。
【実施例0037】
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0038】
<睡眠障害モデルマウスの作製>
C3H/HeN系統のマウス(5週齢、雄性、日本エスエルシー株式会社)を明期12時間、暗期12時間の明暗サイクル下(8:00点灯、20:00消灯)で4週間飼育した(馴化飼育)。実験の全期間を通して、マウスは回転かごケージ(SW-15S、有限会社メルクエスト)内で飼育し、活動量をクロノバイオロジーキット(Stanford Software Systems、CA)を用いて測定した。飼料は、AIN-93G(オリエンタル酵母工業)を用い、実験の全期間を通して自由摂餌とした。馴化飼育の終了後、既報(特許文献2、4、非特許文献9~13)に従い、ケージの底面に水を満たしマウスが回転輪から降りられないように制限することにより、1週間のストレス性睡眠障害を負荷した睡眠障害モデルマウスを得た。
既報(特許文献1)の通り、このストレス性睡眠障害モデルマウスは、一般的なヒトの睡眠障害に外挿できるリズム障害を示す。例えば、夜行性であるマウスの本来の非活動期である昼間(明期)の活動量が増加するとともに、活動期である夜(暗期)の活動量の減少が認められる。特に、明期前半の過活動が特徴である。またこれに連動するように、明期前半の睡眠量低下、活動期(暗期)における睡眠量の増加が認められる点も特徴的である(非特許文献14)。
【0039】
<睡眠障害モデルマウスを用いた唾液のメタボローム解析>
上記方法により作製した睡眠障害モデルマウスと(6匹)を用いて唾液のメタボローム解析を行った。
活動期の初期(22:00)に、睡眠障害を負荷していないマウス(対照群、6匹)と睡眠障害を負荷したマウス(6匹)にそれぞれピロカルピン塩酸塩(15 mg/kg、富士フイルム和光純薬株式会社)を腹腔内投与し、口腔内にあふれ出てくる唾液を回収した。この回収した唾液試料は、メタボローム解析までマイナス80℃にて凍結保存した。
メタボローム解析は、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社(HMT)にて、CE-FTMS(キャピラリー電気泳動-フーリエ変換型質量分析計)解析とLC-TOFMS(液体クロマトグラフィ-飛行時間型質量分析計)解析にて行った。
【0040】
[CE-FTMS解析]
<測定>
睡眠障害モデルマウス6匹と対照マウス6匹に由来する唾液試料のそれぞれにおいて、当業者に既知の方法であるCE-FTMSのカチオンモード、アニオンモードによる測定を実施した。
唾液試料の前処置として、40 μLの唾液試料に対し、内部標準物質の濃度が100 μMとなるように調製した10 μLの水溶液を加えて撹拌し、限外ろ過チューブ(ウルトラフリー
MC PLHCC, HMT, 遠心式フィルターユニット 5 kDa)に移し取った。これを遠心(9,100×g, 4℃, 60分)し、限外ろ過処理を行い、測定に供した。
カチオンモードによる測定では唾液試料を2倍希釈したものを用い、アニオンモードによる測定では唾液試料を5倍希釈したものを用いた。
各マウス由来の唾液試料において、カチオンモード、アニオンモードの測定をそれぞれ以下に示す条件で行い、得られた各データを統合した。その結果、合計で288(カチオン188、アニオン100)のピークが検出された。
・陽イオン性代謝物質(カチオンモード)
装置
CE: Agilent CE system
MS: Q Exactive Plus 2 号機
Capillary: Fused silica capillary i.d. 50 μm × 80 cm
測定条件
Run buffer: Cation Buffer Solution (p/n : H3301-1001)
Rinse buffer: Cation Buffer Solution (p/n : H3301-1001)
Sample injection: Pressure injection 50 mbar, 10 sec
CE voltage: Positive, 30 kV
MS ionization: ESI Positive
MS capillary voltage: 4,000 V
MS scan range: m/z 60-900
Sheath liquid: HMT Sheath Liquid (p/n : I3301-1040)
・陰イオン性代謝物質(アニオンモード)
装置
CE: Agilent CE system
MS: Q Exactive Plus 2 号機
Capillary: Fused silica capillary i.d. 50 μm × 80 cm
測定条件
Run buffer: Anion Buffer Solution (p/n : H3302-1023)
Rinse buffer: Anion Buffer Solution (p/n : H3302-1023)
Sample injection: Pressure injection 50 mbar, 22 sec
CE voltage: Positive, 30 kV
MS ionization: ESI Negative
MS capillary voltage: 3,500 V
MS scan range: m/z 70-1,050
Sheath liquid: HMT Sheath Liquid (p/n : I3301-1040)
【0041】
<データ処理>
CE-FTMSで検出されたピークは、自動積分ソフトウェアのMasterHands ver.2.18.0.1(慶應義塾大学開発)を用いて、シグナル/ノイズ (S/N) 比が3以上のピークを自動抽出し、質量電荷比 (m/z)、ピーク面積値、泳動時間 (Migration time: MT) を得た。得られたピーク面積値は下記の式を用いて相対面積値に変換した。
【数1】

また、これらのデータにはNa+やK+などのアダクトイオン及び、脱水、脱アンモニウムなどのフラグメントイオンが含まれているので、これらの分子量関連イオンを削除した。しかし、物質特異的なアダクトやフラグメントも存在するため、すべてを精査することはできなかった。精査したピークについて、m/zとMTの値をもとに、各試料間のピークの照
合・整列化を行った。
【0042】
<候補代謝物質の検索>
検出されたピークに対してm/zとMTの値をもとにHMTが有する代謝物質のライブラリに登録された全物質との照合、検索を行った。検索のための許容誤差はMTで±0.5min、m/zでは±5ppmとした。ライブラリに登録された物質のm/z及びMTの値から288(カチオン188、アニオン100)ピークに候補化合物が付与された。
【数2】
【0043】
<対象代謝化合物の定量>
対象代謝化合物の一部について解析を行った。検量線は内部標準物質により補正したピーク面積を用い、各物質について10 μMの一点検量(内部標準物質20 μM)として濃度を算出した。定量結果を表7に示す。
【表7-1】
【表7-2】
【表7-3】
【表7-4】
N.A.: Not Available. 計算対象であるが、データ不足のため計算不可であった。
¶ 2群間の検出平均値の比は、後者を分母として算出している。
|| Welchのt-検定のp-valueとその範囲を示す。(*<0.05, **<0.01, ***<0.001)
【0044】
<群間比較>
候補化合物が絞り込まれた288ピークについて、各群の相対面積値比の算出及びWelchのt-検定を実施した。その結果、106種類(CE-FTMS)の代謝物の濃度が睡眠障害によって有意に変化することが示された。それらの代謝物のうち、化合物が特定できたものを表8に示した。Welchのt-検定のp-valueを示す。(*<0.05, **<0.01, ***<0.001)。
【表8-1】
【表8-2】
【表8-3】
【0045】
[LC-TOFMS解析]
<測定>
睡眠障害モデルマウス6匹と対照マウス6匹に由来する唾液試料のそれぞれにおいて、当業者に既知の方法であるLC-TOFMSのポジティブモード及びネガティブモードによる測定を実施した。
唾液試料の前処置として、80 μLの試料に対し、内部標準物質の濃度が4 μMとなるように調製した240 μLのメタノール溶液を加えて撹拌し、遠心分離(2,300×g, 4℃, 5分)を行い、上清を回収した。これを乾固させ、再び160 μLの50%イソプロパノール水溶液(v/v)に溶解して測定に供した。
各マウス由来の唾液試料において、ポジティブモード、ネガティブモードの測定をそれぞれ以下に示す条件で行い、得られた各データを統合した。その結果、合計55(ポジティブ35, ネガティブ20)のピークが検出された。
・陽イオン性代謝物質(ポジティブモード)
装置
LC system: Agilent 1200 series RRLC system SL(Agilent Technologies 社)
Column: ODS column, 2×50 mm, 2 μm
MS system: Agilent LC/MSD TOF(Agilent Technologies 社)10 号機
測定条件
Column temp.: 40℃
Mobile phase A: H2O / 0.1% HCOOH
Mobile phase B: Isopropanol: Acetonitrile: H2O (65:30:5) / 0.1% HCOOH, 2 mM HCOONH4
Flow rate: 0.3 mL / min
Run time: 20 min
Post time: 7.5 min
Gradient condition: 0-0.5 min: B 1%, 0.5-13.5 min: B 1-100%, 13.5-20 min: B 100%
MS ionization mode: ESI Positive
MS Nebulizer pressure: 40 psi
MS dry gas flow: 10 L / min
MS dry gas temp: 350℃
MS capillary voltage: 4,000 V
MS scan range: m/z100-1,700
Sample injection: 1 μL
・陰イオン性代謝物質(ネガティブモード)
装置
LC system: Agilent 1200 series RRLC system SL(Agilent Technologies 社)
Column: ODS column, 2×50 mm, 2 μm
MS system: Agilent LC/MSD TOF(Agilent Technologies 社)10 号機
測定条件
Column temp.: 40℃
Mobile phase A: H2O / 0.1% HCOOH
Mobile phase B: Isopropanol: Acetonitrile: H2O (65:30:5) / 0.1% HCOOH, 2 mM HCOONH4
Flow rate: 0.3 mL / min
Run time: 20 min
Post time: 7.5 min
Gradient condition: 0-0.5 min: B 1%, 0.5-13.5 min: B 1-100%, 13.5-20 min: B 100%
MS ionization mode: ESI Negative
MS Nebulizer pressure: 40 psi
MS dry gas flow: 10 L / min
MS dry gas temp: 350℃
MS capillary voltage: 3,500 V
MS scan range: m/z 100-1,700
Sample injection: 1 μL
【0046】
<データ処理>
LC-TOFMSで検出されたピークは、自動積分ソフトウェアの MasterHands ver.2.18.0.1(慶應義塾大学開発)を用いて、シグナル/ノイズ (S/N) 比が3以上のピークを自動抽出し、質量電荷比 (m/z)、ピーク面積値および保持時間 (Retention time: RT)を得た。得られたピーク面積値は下記の式を用いて相対面積値に変換した。さらに、この相対面積値を用いて、各物質についての濃度を算出できる。
【数3】

また、これらのデータにはNa+やK+などのアダクトイオン及び、脱水、脱アンモニウムなどのフラグメントイオンが含まれているので、これらの分子量関連イオンを削除した。しかし、物質特異的なアダクトやフラグメントも存在するため、すべてを精査することはできなかった。精査したピークについて、m/zとRTの値をもとに、各試料間のピークの照合・整列化を行った。
【0047】
<候補代謝物質の検索>
検出されたピークに対してm/zとRTの値をもとにHMTが有する代謝物質のライブラリに登録された全物質との照合、検索を行った。検索のための許容誤差はRTで±0.3min、m/zで±25ppmとした。ライブラリに登録された物質のm/z及びRTの値から55(ポジティブ35、ネガティブ20)ピークに候補化合物が付与された。
【数4】
【0048】
<群間比較>
候補化合物が絞り込まれた55ピークについて、各群の相対面積値比の算出及びWelchのt-検定を実施した。その結果、11種類(LC-TOFMS)の代謝物の濃度が睡眠障害によって有意に変化することが示された。それらの代謝物のうち、化合物が特定できたものを表9に示した。Welchのt-検定のp-valueを示す。(*<0.05, **<0.01, ***<0.001)。
【表9】
【0049】
睡眠障害モデルマウスでは、Pyruvic acid、Lactic acid、Malic acid、Succinic acidやAla、Gly、Met、Pro、Thrなどの血糖値関連アミノ酸が有意に減少しており、その一方で3-Hydroxybutyric acid、2-Hydroxybutyric acid、4-Methyl-2-oxovaleric acid、3-Methyl-2-oxovaleric acidなどのケトーシス関連分子が有意に増加しており、糖代謝異常を有することが示唆された。
S-Adenosylmethionine (SAM)及びその脱炭酸(dc)SAM(Decarboxylated S-Adenosylmethionine)濃度は睡眠障害モデルマウスでは2.3倍に増加しており、このことは、1-Methyl-4-imidazoleacetic acid、1-Methyladenosine、1-Methylhydantoin、7-Methylguanine、ADMA及びSDMAなどのメチル化代謝物や、Putrescine、N-Acetylputrescine、Cadaverine、N-Methylputrescine及びN8-Acetylspermidineなどのポリアミンの増加を説明するものである。
さらに、睡眠障害モデルマウスでは、これらのポリアミンに加えて、Histamine、Homovanillic acid及びKynurenic acidなど、睡眠障害や認知機能障害に関連する中枢神経系関連の代謝物も増加していた。
NMDARの補酵素であるSarcosineは、対照マウスでは1.2μMの濃度であったが、睡眠障害モデルマウスでは検出できないレベルまで減少した。また、実験動物に発作や痙攣を誘発するGuanidoacetic acidや4-Guanidinobutyric acidなどのグアニジノ化合物は、睡眠障害モデルマウスにおいてそれぞれ対照マウスの3.1倍、2.7倍に増加した。
【0050】
<睡眠障害モデルマウスを用いた唾液のマイクロRNA解析>
上記方法により作製した睡眠障害モデルマウス(6匹)のそれぞれにおいて唾液のマイクロRNA解析を行った。
起床時刻(20:00)と入眠時刻(8:00)に、睡眠障害を負荷していないマウス(対照群、6匹)と睡眠障害を負荷したマウス(6匹)にそれぞれピロカルピン塩酸塩(15 mg/kg、富士フイルム和光純薬株式会社)を腹腔内投与し、口腔内にあふれ出てくる唾液を回収した。この回収した唾液試料は、マイクロRNA解析までマイナス80℃にて凍結保存した。
RNAの抽出は、miRNeasy Serum/Plasma Kit(キアゲン)を用いて、キットに添付されているプロトコル通り行った。マイクロRNAのシーケンス解析は、株式会社DNAチップ研究所
にて当業者に既知の方法により実施した。
各マウス由来の唾液試料をそれぞれ分析し、得られた各データを統合した。
【0051】
マイクロRNA解析の結果、睡眠障害によって、起床時刻に唾液中に増加するマイクロRNA、入眠時刻に唾液中に増加するマイクロRNA、起床時刻と入眠時刻の両時刻に唾液中で減少するマイクロRNA、起床時刻に唾液中で減少するマイクロRNA、入眠時刻に唾液中で減少するマイクロRNAがあることが示された。それぞれを以下の表10~14に示す。
【0052】
起床時刻に唾液中に増加するマイクロRNAを表10に示す。
【表10】
【0053】
入眠時刻に唾液中に増加するマイクロRNAを表11に示す。
【表11-1】
【表11-2】
【表11-3】
【表11-4】
【表11-5】
【表11-6】
【0054】
起床時刻と入眠時刻の両時刻に唾液中で減少するマイクロRNAを表12に示す。
【表12】
【0055】
起床時刻に唾液中で減少するマイクロRNAを表13に示す。
【表13-1】
【表13-2】
【0056】
入眠時刻に唾液中で減少するマイクロRNAを表14に示す。
【表14-1】
【表14-2】