(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023030911
(43)【公開日】2023-03-08
(54)【発明の名称】刃物強化方法および刃物
(51)【国際特許分類】
B23K 26/356 20140101AFI20230301BHJP
B26B 9/00 20060101ALI20230301BHJP
B23K 26/00 20140101ALI20230301BHJP
【FI】
B23K26/356
B26B9/00 Z
B23K26/00 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021136327
(22)【出願日】2021-08-24
(71)【出願人】
【識別番号】000156938
【氏名又は名称】関西電力株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100187827
【弁理士】
【氏名又は名称】赤塚 雅則
(72)【発明者】
【氏名】小路 泰弘
(72)【発明者】
【氏名】今堀 秀隆
(72)【発明者】
【氏名】水野 公平
(72)【発明者】
【氏名】重森 啓介
(72)【発明者】
【氏名】弘中 陽一郎
【テーマコード(参考)】
3C061
4E168
【Fターム(参考)】
3C061DD05
4E168AC02
4E168CB07
4E168DA03
4E168DA24
4E168DA32
4E168DA43
4E168DA45
4E168FB07
(57)【要約】
【課題】レーザー光の照射によって刃物の切れ味の維持向上を図る刃物強化方法および刃物を提供する。
【解決手段】刃物強化方法を、刃物10を水中に設置する刃物準備工程と、刃物10の刃先に、該刃先に沿う方向の照射強度が周期的に変化するようにパルスレーザー光Lを照射する照射工程と、を有する構成とし、刃物10を、刃先に沿って大きさが周期的に変化する圧縮応力場11が形成された構成とする。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
刃物(10)を水中に設置する刃物準備工程と、
前記刃物(10)の刃先に、該刃先に沿う方向の照射強度が周期的に変化するようにパルスレーザー光(L)を照射する照射工程と、
を有する刃物強化方法。
【請求項2】
前記刃先に沿って、5μm以上300μm以下の範囲内の一定のピッチで前記パルスレーザー光(L)を照射することで、前記照射強度を周期的に変化させる請求項1に記載の刃物強化方法。
【請求項3】
前記刃先に沿って、前記パルスレーザー光(L)が照射されていない帯状の領域が形成されるように、前記パルスレーザー光(L)の照射を行う請求項1または2に記載の刃物強化方法。
【請求項4】
刃先に沿って大きさが周期的に変化する圧縮応力場(11)が形成された刃物。
【請求項5】
前記圧縮応力場(11)の大きさの変化の周期を、5μm以上300μm以下の範囲内の一定の周期とした請求項4に記載の刃物。
【請求項6】
前記刃先に沿って、前記圧縮応力場(11)が形成されていない帯状の領域を形成した請求項4または5に記載の刃物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、刃物の切れ味を維持するための刃物強化方法、および、この刃物強化方法によって強化された刃物に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば包丁などの刃物の刃先に熱を加えたり、槌で打ち付けたりすることで金属の組成を変化させて、刃物の切れ味を高める作業が従来から行われている。この作業によって切れ味は高まるが、刃物の使用に伴って刃先が摩耗して刃先面が平滑となり、切れ味が次第に低下する。そこで、砥石などを用いて刃先を研ぐことによって、その切れ味を回復させる作業が定期的に行われる。
【0003】
上記の各作業は、作業者の手作業によって行われるが、その作業者の熟練度によって刃物の切れ味にばらつきが出ることが多い。また、切れ味を回復させる作業を定期的に行うのは非常に煩雑で作業コストが発生する。
【0004】
そこで、例えば下記特許文献1に記載のように、刃物にパルスレーザー光を照射して、刃先面の近傍に残留圧縮応力場を形成することで刃先を硬化させる方法(いわゆるレーザーピーニング法)が提案されている(特許文献1の段落0001、0014~0023、
図1など参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のようにパルスレーザー光を照射する場合、その照射位置はプログラミング制御することができるため、不慣れな作業者でも安定した品質を維持することができる。刃物の強化は、刃先のどの位置にパルスレーザー光を照射するかに大きく関係しているが、本文献では、その点について詳細に検討されておらず、まだ改善の余地が多く残されている。
【0007】
そこで、この発明は、レーザー光の照射によって刃物の切れ味の維持向上を図ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明においては、
刃物を水中に設置する刃物準備工程と、
前記刃物の刃先に、該刃先に沿う方向の照射強度が周期的に変化するようにパルスレーザー光を照射する照射工程と、
を有する刃物強化方法を構成した。
【0009】
このようにすると、刃先に沿って大きさが周期的に変化するパターン化された圧縮応力場が形成され、このパターン化された圧縮応力場によって、刃物の切れ味を長期に亘って維持することができる。
【0010】
前記刃物強化方法においては、前記刃先に沿って、5μm以上300μm以下の範囲内の一定のピッチで前記パルスレーザー光を照射することで、前記照射強度を周期的に変化させるのが好ましい。
【0011】
このようにすると、刃物の切れ味の維持向上に寄与するパターン化された圧縮応力場を形成することができる。このピッチが5μmより小さいとパルスレーザー光の照射に時間を要しコスト上昇につながるため好ましくない。また、このピッチが300μmより大きいと、パルスレーザー光の照射によって形成される圧縮応力場の間隔が疎になり切れ味の維持向上効果が低下するため好ましくない。
【0012】
前記刃物強化方法においては、前記刃先に沿って、前記パルスレーザー光が照射されていない帯状の領域が形成されるように、前記パルスレーザー光の照射を行うことができる。
【0013】
このようにすると、パルスレーザー光の照射による刃先の切れ味の維持向上と、照射に伴う形状への影響を受けていない帯状の刃先先端部による良好な初期切れ味とを両立させることができる。
【0014】
また、上記の課題を解決するため、本発明においては、
刃先に沿って大きさが周期的に変化する圧縮応力場が形成された刃物を構成した。
【0015】
このようにすると、パターン化された圧縮応力場によって、この刃物の切れ味を長期に亘って維持することができる。
【0016】
前記刃物においては、前記圧縮応力場の大きさの変化の周期を、5μm以上300μm以下の範囲内の一定の周期とするのが好ましい。
【0017】
このようにすると、パターン化された圧縮応力場による刃物の切れ味の維持向上効果が確実に発揮される。この周期が5μmより小さいと圧縮応力場の形成に時間を要しコスト上昇につながるため好ましくない。また、この周期が300μmより大きいと、圧縮応力場の間隔が疎になり切れ味の維持向上効果が低下するため好ましくない。
【0018】
前記刃物においては、前記刃先に沿って、前記圧縮応力場が形成されていない帯状の領域を形成することができる。
【0019】
このようにすると、パターン化された圧縮応力場が形成された刃先の切れ味の維持向上と、圧縮応力場が形成されていない帯状の刃先先端部による良好な初期切れ味とを両立させることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明においては、パルスレーザー光の照射によって刃物の刃先にパターン化された圧縮応力場を形成する刃物強化方法、または、パターン化された圧縮応力場が形成された刃物としたので、この圧縮応力場によって、刃物の切れ味を長期に亘って維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明に係る刃物強化方法を実施するためのレーザー照射装置の概略を示す図
【
図3】刃先へのレーザー光照射位置(20μmピッチ)を示す図
【
図4】刃先へのレーザー光照射位置(50μmピッチ)を示す図
【
図5】メディア切断試験を説明するための図であって、(a)は本試験に用いられるメディア(紙の束)を示す斜視図、(b)は固定治具にメディアを固定した状態を示す正面図、(c)は本試験の実施後の状態を示す正面図
【
図6】刃物(カッターの刃)に対し、両面照射したとき、または、照射しなかったときの切れ味の変化を示す図
【
図7】刃物(カッターの刃)に対し、両面照射したとき、または片面照射したときの切れ味の変化を示す図
【
図8】刃物(包丁)に対し、照射ピッチを変えて両面照射したとき、または、照射しなかったときの切れ味の変化を示す図
【
図9】刃先へのレーザー光照射位置(未照射領域を形成)を示す図
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る刃物強化方法を実施するためのレーザー照射装置の概略を
図1に、その要部を
図2にそれぞれ示す。このレーザー照射装置は、レーザー装置1、ミラー2a、2b、2c、2d、ビームサンプラー3、エネルギーメーター4、照射用レンズ5、水槽6、ステージ7、および、制御用コンピュータ8を備えている。
【0023】
レーザー装置1から発生したパルスレーザー光L(以下、レーザー光Lと略称する。)は、ミラー2a、2bによって水平方向に反射された後に、ミラー2cによって一旦上向きに反射され、さらにミラー2dによって下向きに反射される。各ミラー2a、2b、2c、2dによって形成される光路中のレーザー光Lの一部は、ビームサンプラー3によって切り出される。この切り出されたレーザー光Lをエネルギーメーター4で受光して、刃物10に照射されるレーザー光Lの強度をモニタしている。
【0024】
水槽6には水(純水)9が入れられており、処理対象となる刃物10は、水槽6内で固定されている。レーザー光Lは、照射用レンズ5によって所定のスポット径に集光された上で、刃物10の刃先に照射される。
【0025】
水槽6は、互いに直交する水平2方向に移動可能なステージ7上にセットされている。ステージ7の移動は、制御用コンピュータ8によってプログラム制御される。ステージ7を移動することで、刃先の所望の位置にレーザー光Lを照射することができる。ステージ7の移動はパルスモーター(図示せず)によって制御されており、1パルス当たり2μmの精度でステージ7を各移動方向に移動することができる。
【0026】
このレーザー照射装置を用いた刃物強化方法について説明する。この刃物強化方法は、処理対象物の表面にレーザー光L(基本的にパルスレーザー光L)を照射することによってその表面にアブレーションを生じさせ、そのアブレーションの圧力によってその表面(例えば、深さ数10μmまでの範囲)に残留応力場(特に圧縮応力場)を形成して、この処理対象物の硬度などの特性を改善するレーザーピーニング技術を基本としている。
【0027】
この刃物強化方法は、刃物10を水中に設置する刃物準備工程と、刃物10の刃先に、この刃先に沿う方向の照射強度が周期的に変化するようにパルスレーザー光Lを照射する照射工程と、を有している。
【0028】
刃物準備工程において、刃物10を水中に設置することにより、レーザー光Lの照射によるアブレーションの効果に加えて、水9のキャビテーションの効果が強く作用するため、刃先の表面に圧縮応力場を一層確実に形成することができる。
【0029】
照射工程では、刃先に沿って、5μm以上300μm以下の範囲内、好ましくは10μm以上200μm以下の範囲内、さらに好ましくは20μm以上100μm以下の範囲内の一定のピッチでレーザー光Lが照射される。刃先への照射強度が周期的に変化することによって、この刃先に、大きさが周期的に変化するパターン化された圧縮応力場11が形成される。照射強度の周期が5μmより小さいと圧縮応力場11の形成に時間を要しコスト上昇につながるため好ましくない。また、この周期が300μmより大きいと、圧縮応力場11の間隔が疎になり切れ味の維持向上効果が低下するため好ましくない。
【0030】
上記の刃物強化方法によって、例えば
図3および
図4に示すように、刃先に沿って大きさが周期的に変化する圧縮応力場11が形成された刃物10が製造される。
【0031】
次に、本発明に係る刃物強化方法に基づいて行う刃物強化試験について説明する。試験条件は、次の通りである。
<<処理を行う刃物>>
カッターの刃、および、包丁
<<レーザー条件>>
・レーザーの種類:Nd:YAGの第二高調波(波長:532nm)
・エネルギー:30~32mJ
・パルス幅:4.5~5ns
・繰り返し率:10Hz
・刃先上のスポット径:20μm
<<照射パターン>>
・刃先に沿う方向の照射ピッチ:20μm、50μm、100μm
・刃先に沿う方向の照射領域幅:約40mm
・刃先奥方向の照射ピッチ:約20μm
・刃先奥方向の照射領域幅:約500μm
・照射面:刃先の片面または両面(カッターの刃)、両面(包丁)
<<切れ味の評価>>
メディア切断試験
【0032】
上記の照射パターンについてさらに説明する。例えば、刃先に沿う方向の照射ピッチが20μmのときは、
図3に示すように、刃先に沿って互いに接するようにパターン化された圧縮応力場11が形成される。2段目の以降の圧縮応力場11は、その前段に対して稠密となる位置に形成され、刃先奥方向の照射ピッチは正確には20μmよりも若干小さい。また、刃先に沿う方向の照射ピッチが50μmのときは、
図4に示すように、刃先に沿って離間するようにパターン化された圧縮応力場11が形成される。このときも、刃先奥方向の照射ピッチは、刃先に沿う方向の照射ピッチが20μmのときと同じである。
【0033】
上記のメディア切断試験(以下、切断試験と略称する。)について
図5(a)~(c)を用いて説明する。この切断試験は、刃物10の切れ味の持続性を評価するための試験であって、
図5(a)に示す長方形の紙片を積み重ねた束(以下、この束のことをメディア12という。)を用いて行う。メディア12の寸法は、例えば、短辺を1cm、長辺を5cm、厚みを1cmとすることができる。
【0034】
メディア12は、
図5(b)に示すように湾曲した状態で固定治具13に設けられ、長辺側の両端が固定される。このメディア12の中央に刃物10の刃体を所定荷重で押し当てつつ、この刃体を切断方向(
図5(b)の紙面垂直方向)に所定距離だけ10往復スライド(切断回数は20回)させて、メディア12を切断する。この10往復のスライドを切断試験の1セットとしてカウントする。切断された紙片は、
図5(c)に示すように、その復元力によって上向きに跳ね上がる。この跳ね上がった紙片の厚みを測定して、この切断試験1セットにおけるメディア切断深さtとする。この切断試験を複数セット繰り返すことによって、刃物10の切れ味の変化を評価する。
【0035】
切断試験による評価結果を
図6および
図7(カッターの刃)、
図8(包丁)に示す。これらの図においては、縦軸が切断試験の各セットにおけるメディア切断深さtを、横軸が各セットにおけるメディア切断深さtの累計値をそれぞれ示している。縦軸の値が大きいほど切れ味が良いこと、および、グラフの右下方向への傾きが小さいほど使用に伴う切れ味の低下速度が小さい(耐久性が高い)ことを意味する。
【0036】
図6に示すように、刃先の両面にレーザー光Lを照射して周期的にパターン化された圧縮応力場11を形成したカッターの刃においては、切れ味の低下速度は小さく、切断試験を繰り返し行っても、高い切れ味を確保することができた。これに対し、未照射のカッターの刃は、切れ味の低下速度が相対的に大きく、切断試験を繰り返すと十分な切れ味を確保することができなくなった。
【0037】
また、
図7に示すように、カッターの刃の両面にレーザー光Lを照射したときと、片面にのみレーザー光Lを照射したときを比較すると、両面に照射したときの方が片面のみに照射したときと比較して、若干切れ味の低下速度は小さく、切断試験を繰り返し行っても、より高い切れ味を確保することができた。
【0038】
図8に示すように、刃先の両面にレーザー光Lを照射して周期的にパターン化された圧縮応力場11を形成した包丁においては、照射ピッチが小さいほど切れ味の低下速度は小さく、照射ピッチが大きいほど高い切れ味を確保することができた。これに対し、未照射の包丁は、切れ味の低下速度が相対的に大きく、切断試験を繰り返すと十分な切れ味を確保することができなかった。
【0039】
図6および
図8によると、レーザー光Lを照射していない刃物10、または、照射ピッチが広い刃物10の方が、切断試験初期の切れ味が高い結果となった。この理由の一つとして、レーザー光Lを照射することにより刃先の形状が若干変化し、その切れ味に影響している可能性がある。そこで、初期の切れ味を向上するために、刃先に沿ってレーザー光Lが照射されていない帯状の領域が形成されるようにレーザー光Lを照射して、例えば
図9に示すように、圧縮応力場11が形成されていない帯状の領域を形成することが考えられる。
【0040】
このように、帯状の領域を形成することにより、レーザー光Lの照射に伴う刃先の形状変化を抑制することができるため、高い初期切れ味と、その切れ味の維持向上の両立を図ることができる可能性がある。この帯状の領域の幅wは、刃先の形状や素材の種類などに対応して適宜決めることができるが、例えば、数μm~数百μmの範囲とすることができる。
【0041】
今回開示された実施形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は上記した説明ではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味およびすべての変更が含まれることが意図される。
【0042】
例えば、上記の例においては、カッターの刃と包丁を対象としたが、それ以外の刃物10に対しても広く適用することができる。
【符号の説明】
【0043】
1 レーザー装置
2a、2b、2c、2d ミラー
3 ビームサンプラー
4 エネルギーメーター
5 照射用レンズ
6 水槽
7 ステージ
8 制御用コンピュータ
9 水
10 刃物
11 圧縮応力場
12 メディア
13 固定治具
L パルスレーザー光(レーザー光)
t メディア切断深さ
w 帯状の領域の幅