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特開2023-32077ペルオキシレドキシンに基づく人工ヘテロオリゴマータンパク質
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023032077
(43)【公開日】2023-03-09
(54)【発明の名称】ペルオキシレドキシンに基づく人工ヘテロオリゴマータンパク質
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/195 20060101AFI20230302BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20230302BHJP
   C12N 15/10 20060101ALN20230302BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20230302BHJP
【FI】
C07K14/195
C07K19/00
C12N15/10 200Z
C12N15/31 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021137971
(22)【出願日】2021-08-26
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100180231
【弁理士】
【氏名又は名称】水島 亜希子
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】氷見山 幹基
(72)【発明者】
【氏名】中村 努
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA05
4H045BA10
4H045BA40
4H045CA11
4H045EA50
4H045FA52
4H045FA74
4H045GA22
(57)【要約】
【課題】 複数の機能性分子を空間的に集積させるための足場として利用できる人工タンパク質を提供する。
【解決手段】 Prx由来の変異二量体を含んでなる人工ヘテロオリゴマータンパク質であって、第1の変異二量体が、Thermococcus kodakaraensis由来Prxに基づく番号付けで42位のPhe、76位のPheおよび208位のTrpのいずれか1つが親水性アミノ酸により置換され、かつ当該親水性アミノ酸に疎水性修飾が導入された単量体のホモ二量体であり、第2の変異二量体が、前記3アミノ酸のうち、前記第1の変異二量体において置換されたアミノ酸とは異なるいずれか1つのアミノ酸が親水性アミノ酸により置換され、かつ当該親水性アミノ酸に疎水性修飾が導入された単量体のホモ二量体である、人工ヘテロオリゴマータンパク質。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペルオキシレドキシン由来の第1の変異二量体および第2の変異二量体を含んでなる人工ヘテロオリゴマータンパク質であって、
前記第1の変異二量体が、Thermococcus kodakaraensis由来ペルオキシレドキシン単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで42位のフェニルアラニン、76位のフェニルアラニンおよび208位のトリプトファンのいずれか1つが親水性アミノ酸により置換され、かつ当該親水性アミノ酸に疎水性修飾が導入された単量体のホモ二量体であり、
前記第2の変異二量体が、Thermococcus kodakaraensis由来ペルオキシレドキシン単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで42位のフェニルアラニン、76位のフェニルアラニンおよび208位のトリプトファンのうち、前記第1の変異二量体において置換されたアミノ酸とは異なるいずれか1つのアミノ酸が親水性アミノ酸により置換され、かつ当該親水性アミノ酸に疎水性修飾が導入された単量体のホモ二量体である、
人工ヘテロオリゴマータンパク質。
【請求項2】
前記親水性アミノ酸がシステインである、請求項1に記載の人工ヘテロオリゴマータンパク質。
【請求項3】
前記第1の変異二量体および前記第2の変異二量体において、Thermococcus kodakaraensis由来ペルオキシレドキシン単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで46位、205位および211位のシステインの少なくとも1つがセリンにより置換されている、請求項1または2に記載の人工ヘテロオリゴマータンパク質。
【請求項4】
前記疎水性修飾がフェニル基またはナフチル基による修飾である、請求項1~3のいずれか1項に記載の人工ヘテロオリゴマータンパク質。
【請求項5】
前記ペルオキシレドキシンが、Thermococcus kodakaraensis、Aeropyrum pernixまたはPyrococcus horikoshii由来のものである、請求項1~4のいずれか1項に記載の人工ヘテロオリゴマータンパク質。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の人工ヘテロオリゴマータンパク質により第1の機能性分子および第2の機能性分子の相互作用を促進する方法であって、
前記第1の変異二量体に結合された第1の機能性分子を提供するステップと、
前記第2の変異二量体に結合された第2の機能性分子を提供するステップと
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペルオキシレドキシンに基づく人工ヘテロオリゴマータンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
多くのタンパク質は、タンパク質間相互作用によって超分子的に集積し、チューブ、リング、球体など、様々な四次構造を形成する。この集合を改変することができれば、タンパク質集合体のレパートリーを拡張し、新たな機能性タンパク質を創出できる可能性がある。しかし、アミノ酸変異を導入する従来一般的なタンパク質の改変方法では、タンパク質の四次構造を自在に改変することは困難である。
【0003】
複数のタンパク質を相互作用させるための従来方法としては、例えば、タンパク質架橋による非特異的な結合を行う方法や、レクチンやストレプトアビジンのような分子認識可能なオリゴマータンパク質によって集積する方法が用いられてきた(非特許文献1、2)。しかし、これらの方法によれば、複数のタンパク質を集合させることはできても、その順番や配置を自在に制御することはできず、人工タンパク質の創出には依然として困難が存在する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Y. Zhang, Y. Yong, J. Ge, Z. Liu, ACS Catal., 2016, 6, 6, 3789-3795.
【非特許文献2】Y. Mori, K. Minamihata, H. Abe, M. Goto, N. Kamiya, Org. Biomol. Chem., 2011, 9, 5641-5644.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、複数の機能性分子を空間的に集積させるための足場として利用できる人工タンパク質、およびそれを用いて複数の機能性分子を空間的に集積させる方法を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、二量体が複数集積して環状四次構造をとることが知られるペルオキシレドキシンに対してアミノ酸変異を導入し、環状四次構造を二量体に解離させることに成功している(Protein Sci.29,1138-1147(2020))。本発明者らは、鋭意研究の結果、さらなる改変を加えることにより、同一種類の二量体同士では環状四次構造を構成できず、異なる種類の二量体同士でのみ環状四次構造を構成できる人工タンパク質を得ることに成功した。
【0007】
すなわち、本発明は、一実施形態によれば、ペルオキシレドキシン由来の第1の変異二量体および第2の変異二量体を含んでなる人工ヘテロオリゴマータンパク質であって、前記第1の変異二量体が、Thermococcus kodakaraensis由来ペルオキシレドキシン単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで42位のフェニルアラニン、76位のフェニルアラニンおよび208位のトリプトファンのいずれか1つが親水性アミノ酸により置換され、かつ当該親水性アミノ酸に疎水性修飾が導入された単量体のホモ二量体であり、前記第2の変異二量体が、Thermococcus kodakaraensis由来ペルオキシレドキシン単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで42位のフェニルアラニン、76位のフェニルアラニンおよび208位のトリプトファンのうち、前記第1の変異二量体において置換されたアミノ酸とは異なるいずれか1つのアミノ酸が親水性アミノ酸により置換され、かつ当該親水性アミノ酸に疎水性修飾が導入された単量体のホモ二量体である、人工ヘテロオリゴマータンパク質を提供するものである。
【0008】
前記親水性アミノ酸は、システインであることが好ましい。
【0009】
前記第1の変異二量体および前記第2の変異二量体において、Thermococcus kodakaraensis由来ペルオキシレドキシン単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで46位、205位および211位のシステインの少なくとも1つがセリンにより置換されていることが好ましい。
【0010】
前記疎水性修飾は、フェニル基またはナフチル基による修飾であることが好ましい。
【0011】
前記ペルオキシレドキシンは、Thermococcus kodakaraensis、Aeropyrum pernixまたはPyrococcus horikoshii由来のものであることが好ましい。
【0012】
また、本発明は、一実施形態によれば、上記の人工ヘテロオリゴマータンパク質により第1の機能性分子および第2の機能性分子の相互作用を促進する方法であって、前記第1の変異二量体に結合された第1の機能性分子を提供するステップと、前記第2の変異二量体に結合された第2の機能性分子を提供するステップとを含む、方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る人工ヘテロオリゴマータンパク質は、異なる種類の変異二量体同士のみが隣接して会合でき、環状四次構造を構成できる。そのため、異なる変異二量体のそれぞれに機能性分子を結合させることにより、それらを空間的に集積させて相互作用させるための足場として有用である。また、本発明に係る人工ヘテロオリゴマータンパク質を用いた方法によれば、天然にはない機能性分子の相互作用を人為的に作り出すことができるため、新規な機能を有する人工タンパク質の作出が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、Aeropyrum pernix由来Prxの環状四次構造および二量体界面の拡大図を示す図である。
図2図2は、Thermococcus kodakaraensis由来Prxの環状四次構造および二量体界面の拡大図を示す図である。
図3図3は、Prx変異二量体を用いた人工ヘテロオリゴマータンパク質の調製手順の概略図である。
図4図4は、野生型TkPrx、TkPrx*F42C変異体、TkPrx*F76C変異体が構成する四次構造をゲルろ過クロマトグラフィーにより評価した結果を示す図である。
図5図5は、野生型TkPrx、TkPrx*F42C変異体、Naph@TkPrx*F42C変異体が構成する四次構造をゲルろ過クロマトグラフィーにより評価した結果を示す図である。
図6図6は、野生型TkPrx、TkPrx*F76C変異体、Naph@TkPrx*F76C変異体が構成する四次構造をゲルろ過クロマトグラフィーにより評価した結果を示す図である。
図7図7は、TkPrx*F42C変異体およびTkPrx*F76C変異体、Naph@TkPrx*F42C変異体およびNaph@TkPrx*F76C変異体が構成する四次構造をゲルろ過クロマトグラフィーにより評価した結果を示す図である。
図8図8は、Naph@TkPrx*F42C変異体およびNaph@TkPrx*F76C変異体を異なる比率で混合した場合に構成される十二量体をゲルろ過クロマトグラフィーにより評価し、そのピークの高さを比較した結果を示す図である。
図9図9は、Naph@TkPrx*F42Cの立体構造をX線結晶構造解析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は本明細書中に説明した実施形態に限定されるものではない。
【0016】
本発明は、第一の実施形態によれば、ペルオキシレドキシン由来の第1の変異二量体および第2の変異二量体を含んでなる人工ヘテロオリゴマータンパク質であって、前記第1の変異二量体が、Thermococcus kodakaraensis由来ペルオキシレドキシン単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで42位のフェニルアラニン、76位のフェニルアラニンおよび208位のトリプトファンのいずれか1つが親水性アミノ酸により置換され、かつ当該親水性アミノ酸に疎水性修飾が導入された単量体のホモ二量体であり、前記第2の変異二量体が、Thermococcus kodakaraensis由来ペルオキシレドキシン単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで42位のフェニルアラニン、76位のフェニルアラニンおよび208位のトリプトファンのうち、前記第1の変異二量体において置換されたアミノ酸とは異なるいずれか1つのアミノ酸が親水性アミノ酸により置換され、かつ当該親水性アミノ酸に疎水性修飾が導入された単量体のホモ二量体である、人工ヘテロオリゴマータンパク質である。
【0017】
本実施形態の「人工ヘテロオリゴマータンパク質」は、ペルオキシレドキシンを改変したタンパク質であって、天然には存在しないタンパク質である。
【0018】
「ペルオキシレドキシン」(以下、「Prx」とも記載する)は、細菌、古細菌、真菌、昆虫、植物、動物など、あらゆる生物種に広く存在するチオールペルオキシダーゼであり、5つまたは6つのホモ二量体が集合して環状構造を形成する。本実施形態におけるPrxは、任意の生物種由来のものであってよいが、好ましくは、Thermococcus kodakaraensis(Thermococcus kodakarensisとも表記される)、Aeropyrum pernix、Pyrococcus horikoshiiなどの超好熱性古細菌由来であり、特に好ましくはThermococcus kodakaraensis由来である。
【0019】
本実施形態の人工ヘテロオリゴマータンパク質は、Prxに由来する2種類の変異二量体を含むが、2種類の変異二量体は、両者が集合して環状構造を形成できる限り、同じ生物種由来のものであってもよいし、異なる生物種由来のものであってもよいが、好ましくは同じ生物種由来である。なお、天然のPrxは、過酸化水素などの活性酸素種を還元する抗酸化酵素活性を有するが、本実施形態の人工ヘテロオリゴマータンパク質は、当該酵素活性を有しても有しなくてもよく、好ましくは当該酵素活性を有しない。
【0020】
本実施形態の人工ヘテロオリゴマータンパク質における第1の変異二量体は、Thermococcus kodakaraensis由来Prx単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで42位のフェニルアラニン(Phe)、76位のフェニルアラニン(Phe)および208位のトリプトファン(Trp)のいずれか1つが親水性アミノ酸により置換され、かつ当該親水性アミノ酸に疎水性修飾が導入された単量体のホモ二量体である。また、本実施形態の人工ヘテロオリゴマータンパク質における第2の変異二量体は、上記3つのアミノ酸であって、第1の変異二量体において置換されたアミノ酸とは異なるいずれか1つのアミノ酸が親水性アミノ酸により置換され、かつ当該親水性アミノ酸に疎水性修飾が導入された単量体のホモ二量体である。
【0021】
Thermococcus kodakaraensis、Aeropyrum pernixおよびPyrococcus horikoshii由来のペルオキシレドキシン単量体のアミノ酸配列を以下に示す。Thermococcus kodakaraensis由来ペルオキシレドキシン単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで42位のPhe、76位のPheおよび208位のTrpに対応するアミノ酸を太字で示す。
【0022】
Thermococcus kodakaraensis由来Prx単量体のアミノ酸配列(配列番号1)
【化1】
【0023】
Aeropyrum pernix由来Prx単量体のアミノ酸配列(配列番号2)
【化2】
【0024】
Pyrococcus horikoshii由来Prx単量体のアミノ酸配列(配列番号3)
【化3】
【0025】
また、Aeropyrum pernix由来Prx(ApPrx)の環状四次構造および二量体界面の拡大図を図1に、Thermococcus kodakaraensis由来Prx(TkPrx)の環状四次構造および二量体界面の拡大図を図2に示す。TkPrxにおける42位のPhe、76位のPheおよび208位のTrpに対応するアミノ酸は、ApPrxにおいてはそれぞれF46、F80およびW210であり、これらのアミノ酸がApPrxの環状四次構造の形成に関与するものであることがすでに明らかにされている(Protein Sci.29,1138-1147(2020))。
【0026】
Prxのアミノ酸配列ならびにそれらをコードする核酸配列情報は、所定のデータベースから入手することができる。例えば、Thermococcus kodakaraensis由来PrxであればUniProtKBアクセッション番号Q5JF30、Pyrococcus horikoshii由来PrxであればUniProtKBアクセッション番号O58966、Aeropyrum pernix由来PrxであればUniProtKBアクセッション番号Q9Y9L0が利用可能である。
【0027】
また、本実施形態の人工ヘテロオリゴマータンパク質における第1および第2の変異二量体には、両者が集合してヘテロオリゴマータンパク質を形成できることを限度として、データベースに登録されているPrxのアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは約95%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が包含され得る。アミノ酸配列の同一性は、配列解析ソフトウェアを用いて、または、当分野で慣用のプログラム(FASTA、BLASTなど)を用いて算出することができる。
【0028】
本実施形態における第1および第2の変異二量体において、上記特定の位置のフェニルアラニンおよびトリプトファンのうち、いずれか1つのアミノ酸が親水性アミノ酸により置換される。本実施形態において「親水性アミノ酸」とは、セリン(Ser)、スレオニン(Thr)、システイン(Cys)、グルタミン酸(Glu)、グルタミン(Gln)、アスパラギン酸(Asp)、アスパラギン(Asn)、ヒスチジン(His)、リシン(Lys)およびアルギニン(Arg)をいう。本実施形態における第1および第2の変異二量体において、上記特定の位置のフェニルアラニンまたはトリプトファンは、いずれの親水性アミノ酸により置換されてよく、また、第1および第2の変異二量体において同じ親水性アミノ酸を用いても置換してもよいし、異なる親水性アミノ酸を用いて置換してもよいが、好ましくはCysを用いて置換することができる。
【0029】
一方、天然のPrxにもともと含まれるCys、すなわち、Thermococcus kodakaraensis由来Prx単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで46位、205位および211位のCysは、その少なくとも1つがSerにより置換されていることが好ましく、上記3つすべてのCysがSerにより置換されていることがより好ましい。
【0030】
本実施形態における第1および第2の変異二量体において、親水性アミノ酸に置換されるアミノ酸位置の組み合わせは任意であってよく、例えば、第1の変異二量体では42位のPhe、第2の変異二量体では76位のPheに対応する位置が置換されてよく;第1の変異二量体では42位のPhe、第2の変異二量体では208位のTrpに対応する位置が置換されてよく;第1の変異二量体では76位のPhe、第2の変異二量体では208位のTrpに対応する位置が置換されてよい。
【0031】
本実施形態における第1および第2の変異二量体において、上記置換された親水性アミノ酸に対しては、疎水性修飾が導入される。本実施形態における「疎水性修飾」には、任意の置換または非置換のC5-20アリール基を用いることができ、例えば、フェニル基、ナフチル基、フェナントリル基、アントリル基、ピレニル基などが挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、本実施形態における「疎水性修飾」には、フェニル基またはナフチル基を用いることができる。
【0032】
本実施形態における第1および第2の変異二量体は、従来公知の任意の遺伝子工学的方法により調製することができ、具体的には、例えば、上記にしたがって設計されたアミノ酸配列をコードする核酸を作製し、大腸菌などの宿主細胞に導入して発現させればよい。また、親水性アミノ酸への疎水性修飾の導入も、当分野において確立された任意のアミノ酸修飾方法により行うことができ、例えば、Cysであればチオール基、Lysであればアミノ基に対して、求核-求電子反応により修飾を導入することができる。
【0033】
本実施形態の人工ヘテロオリゴマータンパク質の概略図を図3に示す。天然のPrxは、複数のホモ2量体から構成されるホモオリゴマー(図3においては、6つのホモ二量体から構成されるホモ十二量体)である。ここで、二量体同士の相互作用に関与する疎水性アミノ酸(Thermococcus kodakaraensis由来Prx単量体のアミノ酸配列(配列番号1)に基づく番号付けで42位のPhe、76位のPheおよび208位のTrpに対応するアミノ酸)を親水性アミノ酸により置換すると、二量体同士が解離する。しかし、この親水性アミノ酸に対して疎水性修飾を導入すると、再び二量体同士が集合できるようになる。したがって、この際、相互に異なる位置の疎水性アミノ酸を親水性アミノ酸により置換し疎水性修飾を導入した第1および第2の変異二量体を調製することにより、第1の変異二量体同士または第2の変異二量体同士は集合せず、第1の変異二量体と第2の変異二量体とが交互に集積可能な人工ヘテロオリゴマータンパク質を構成させることが可能となる。
【0034】
本実施形態の人工ヘテロオリゴマータンパク質は、2種類の異なる変異二量体が交互に隣接するように集合して構成される。そのため、本実施形態の人工ヘテロオリゴマータンパク質は、複数の機能性分子を空間的に集積させるための足場として有用である。例えば、異なる変異二量体のそれぞれに対して異なる機能性分子を結合させることにより、機能性分子同士を空間的に近接させ、その結果、その機能を増強させたり、新たな機能を発揮させたりすることが可能となる。
【0035】
すなわち、本発明は、第二の実施形態によれば、上記人工ヘテロオリゴマータンパク質により第1の機能性分子および第2の機能性分子の相互作用を促進する方法であって、前記第1の変異二量体に結合された第1の機能性分子を提供するステップと、前記第2の変異二量体に結合された第2の機能性分子を提供するステップとを含む方法である。
【0036】
本実施形態における「人工ヘテロオリゴマータンパク質」、「第1の変異二量体」、「第2の変異二量体」は、第一の実施形態で定義したものと同様である。
【0037】
本実施形態の方法では、第1の変異二量体に第1の機能性分子を、第2の変異二量体に第2の機能性分子を結合させたものを準備する。本実施形態において「機能性分子」とは、生理活性を有する任意の分子をいい、例えば、抗体およびその断片、サイトカインなどの生理活性ペプチド、酵素およびそのサブユニット、核酸、脂質、糖鎖、金属錯体、蛍光化合物、放射性標識化合物、低分子化合物などが挙げられるが、これらに限定されない。また、本実施形態における機能性分子は、公知のものであってもよいし、新規のものであってもよい。
【0038】
機能性分子は、その種類に応じて、従来公知の任意の方法により変異二量体に結合されてよい。例えば、機能性分子がペプチドまたはタンパク質であれば、変異二量体を構成する変異Prx単量体のN末端および/またはC末端に、任意選択的にリンカーペプチドを介して、連結することができる。好ましくは、変異二量体を構成する変異Prx単量体のC末端に連結することにより、変異二量体が構成する環状構造の外側に機能性分子を配置することができる。
【0039】
第1の変異二量体に結合された第1の機能性分子および第2の変異二量体に結合された第2の機能性分子は、その機能性分子にとって適切な条件下で相互作用させればよい。例えば、機能性分子が抗体であれば、HEPES、Tris、リン酸などのバッファーおよび/またはNaCl、KCl、MgClなどの塩を含み、pH6.5~8.5の水性溶媒に、第1の変異二量体に結合された第1の機能性分子および第2の変異二量体に結合された第2の機能性分子を、例えばそれぞれ1nM~100μMの濃度で添加した反応溶液を調製し、適切な温度条件下で一定時間インキュベートすればよい。
【0040】
本実施形態の方法によれば、本来相互作用しないような異なる2種類の機能性分子を空間的に近接させることができる。そのため、天然には存在しない新規な機能を有する人工タンパク質の創製を可能とするものであり、有用である。例えば、VHH(シングルドメイン)抗体の抗原結合部位を本実施形態の方法により集積させることにより、抗体様分子を作製することができる。また、例えば、グルコースオキシダーゼと西洋わさびペルオキシダーゼを本実施形態の方法により集積させることにより、グルコースの高感度検出が可能になるものと期待される。
【実施例0041】
以下に実施例を挙げ、本発明についてさらに説明する。なお、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0042】
<1.各変異体の四次構造解析>
下記に示す溶液(a)~(g)を、以下の(1)~(3)に示す方法により調製し、各TkPrx変異体が構成する四次構造について解析した。
(a)野生型TkPrxのみ
(b)TkPrx*F42Cのみ
(c)TkPrx*F76Cのみ
(d)Naph@TkPrx*F42Cのみ
(e)Naph@TkPrx*F76Cのみ
(f)TkPrx*F42C+TkPrx*F76C
(g)Naph@TkPrx*F42C+Naph@TkPrx*F76C
【0043】
[調製および解析方法]
(1)アミノ酸変異の導入
Thermococcus kodakaraensis由来ペルオキシレドキシン単量体(以下、「TkPrx」と記載する)において、42位のフェニルアラニンをシステインに置換した変異体(以下、「F42C」と記載する)、および76位のフェニルアラニンをシステインに置換した変異体(以下、「F76C」と記載する)の発現ベクターは、PrimeSTAR(商標)Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ)を用い、付属のプロトコールに従って調製した。鋳型DNAには、Thermococcus kodakaraensisのゲノムDNA(理研バイオリソースセンターから入手)を用いた。発現ベクターには、pET21a(Novagen)を用いた。得られた発現ベクターによりRosetta2(DE3)pLysSコンピテントセル(Novagen)を形質転換し、常法に従って変異体タンパク質を発現させ、精製した。
【0044】
また、TkPrxに代えて、TkPrxに存在する3つのシステイン(46位、205位および211位)をセリンに置換した変異体(以下、「TkPrx*」と記載する)に対してF42CまたはF76Cのアミノ酸置換を導入した変異体(以下、それぞれ「TkPrx*F42C」、「TkPrx*F76C」と記載する)を、上記と同様の手順により調製した。
【0045】
(2)システインの化学修飾
各変異体を1mMのDTTにより還元し、脱塩カラム(HiTrap(商標)Desalting column、GEヘルスケア)を用いて過剰量のDTTを除去した後、緩衝液(20mM MOPS(pH7.0)、150mM NaCl)を用いて20μMの濃度に調製した。1.0g/Lのブロモアセチルナフタレン/DMSO溶液を、変異体に対してモル比で4倍量になるように添加し、20分間インキュベートした。反応後の溶液を限外ろ過膜ユニット(Amicon(商標)Ultra-15遠心式フィルターユニット(MWCO 30kDa)、メルクミリポア)を用いて濃縮し、脱塩カラム(HiTrap(商標)Desalting column、GEヘルスケア)により過剰量のブロモアセチルナフタレンを除去した。
【0046】
以下、システインがナフチル基により修飾された変異体には「Naph@」を付して表記する。すなわち、TkPrx*F42Cをナフチル基により修飾した変異体を「Naph@TkPrx*F42C」、TkPrx*F76Cをナフチル基により修飾した変異体を「Naph@TkPrx*F76C」とそれぞれ記載する。
【0047】
(3)ゲルろ過クロマトグラフィーによる四次構造解析
Naph@TkPrx*F42C、Naph@TkPrx*F76C、Naph@TkPrx*F42CおよびNaph@TkPrx*F76Cの混合溶液を、20mM MOPS(pH7.0)、150mM NaCl緩衝液中で4g/Lの濃度で室温で調製した。1分間程度静置した後、各溶液をSuperdex(商標)200 Increase 10/200 GL(GEヘルスケア)に供し、波長280nmの吸光度をモニターした。
【0048】
[結果]
図7に示すように、Naph@TkPrx*F42CおよびNaph@TkPrx*F76Cの混合溶液(g)は、図4に示す野生型TkPrx(a)の十二量体と同様の単一ピークを示し、Naph@TkPrx*F42CおよびNaph@TkPrx*F76Cは野生型TkPrxと同様の十二量体を形成するものであることが確認された。
【0049】
一方、(b)TkPrx*F42Cおよび(c)TkPrx*F76Cはいずれも(a)野生型TkPrxとは異なる単一ピークを示し、両者とも二量体であることが確認された(図4)。TkPrx*F42CおよびTkPrx*F76Cを混合した場合(f)にも十二量体は形成されなかった(図7)。(d)Naph@TkPrx*F42Cおよび(e)Naph@TkPrx*F76Cについては、単一のピークとして検出されず、2個、3個、4個または5個の二量体の会合が確認されたものの、十二量体はほとんど形成されていないことが確認された(図5図6)。
【0050】
Naph@TkPrx*F42CおよびNaph@TkPrx*F76Cについて、両者の混合比率を変更した溶液を調製し、上記(g)で確認された十二量体のピーク(10.5mL)における吸光度を比較したグラフを図8に示す。混合比が偏ると十二量体の生成量が減少しており、このことから、Naph@TkPrx*F42CおよびNaph@TkPrx*F76Cは、両者が交互に3:3に会合して環状四次構造をとっていることが理解された。
【0051】
<2.Naph@TkPrx*F42Cの立体構造解析>
以下の手順により、Naph@TkPrx*F42Cの立体構造をX線結晶構造解析により観測した。Naph@TkPrx*F42C溶液(20mM MOPS(pH7.0)、150mM NaCl)およびリザーバー液(0.2M酢酸アンモニウム、0.1M酢酸ナトリウム三水和物、pH4.6、30%w/v PEG4000)の条件によるハンギングドロップ蒸気拡散法によりNaph@TkPrx*F42Cを結晶化した。結晶を20%グリセロール含有リザーバー液によりクライオ処理および凍結し、大型放射光施設SPring-8の放射光を用いて回折データを収集し、立体構造を計算した。
【0052】
結果を図9に示す。結晶中でのNaph@TkPrx*F42Cの立体構造は、2つの二量体が連なった形状であった。2つの二量体は疎水性修飾により導入されたナフチル基を介して相互作用しており、野生型TrPrx二量体同士の相互作用の場合とは異なる角度により会合していることが確認された。
【0053】
<3.実施例>
Prx由来の第1の変異二量体および第2の変異二量体により、第1の機能性分子および第2の機能性分子の相互作用を促進する方法について、上記結果に従い、以下にその実施例を示す。
【0054】
(3-1)グルコースオキシダーゼおよび西洋わさびペルオキシダーゼ
グルコースオキシダーゼを、1~10アミノ酸からなるペプチドリンカーを介して、TkPrx*F42CのC末端に連結したものを調製する。タンパク質Bを、1~10アミノ酸からなるペプチドリンカーを介して、TkPrx*F76CのC末端に連結したものを調製する。両者にナフチル基修飾を導入した後、20mM MOPS(pH7.0)、150mM NaCl中で、両者を1:1の比率で混合する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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