(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023032537
(43)【公開日】2023-03-09
(54)【発明の名称】食品の熟成を評価する方法および熟成食品の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01J 49/00 20060101AFI20230302BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20230302BHJP
H01J 49/26 20060101ALI20230302BHJP
A01J 25/00 20060101ALI20230302BHJP
【FI】
H01J49/00 040
G01N27/62 V
H01J49/00 360
H01J49/26
A01J25/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021138723
(22)【出願日】2021-08-27
(71)【出願人】
【識別番号】711002926
【氏名又は名称】雪印メグミルク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】弁理士法人信栄事務所
(72)【発明者】
【氏名】石原 達也
(72)【発明者】
【氏名】山住 弘
(72)【発明者】
【氏名】塩田 誠
【テーマコード(参考)】
2G041
5C038
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA04
2G041DA16
2G041EA01
2G041FA10
2G041GA06
2G041LA08
5C038HH28
(57)【要約】
【課題】食品の熟成度合を判断する新規な方法を提供する。
【解決手段】食品の中心部(12)と周辺部(14)とを含む切片を準備する工程と、イメージング質量分析により切片中に含まれる呈味成分のイメージング画像を取得する工程と、取得したイメージング画像における中心部(12)のシグナル強度及び周辺部(14)のシグナル強度と、所定の基準値と、の比較に基づいて食品の熟成度合を判断する工程と、を含む、食品の熟成を評価する方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品の中心部と周辺部とを含む切片を準備する工程と、
イメージング質量分析により前記切片中に含まれる呈味成分のイメージング画像を取得する工程と、
取得した前記イメージング画像における前記中心部のシグナル強度及び前記周辺部のシグナル強度と、所定の基準値と、の比較に基づいて前記食品の熟成度合を判断する工程と、
を含む、食品の熟成を評価する方法。
【請求項2】
前記呈味成分は乳酸およびグルタミン酸の少なくとも1つである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記判断する工程は、グルタミン酸のイメージング画像における前記中心部と前記周辺部とのシグナル強度の比と、乳酸のイメージング画像における前記中心部と前記周辺部とのシグナル強度の比と、が所定の第1基準値と所定の第2基準値との間に含まれることを判断する工程を含む、請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記所定の基準値は、官能評価によって適正な熟成状態と判断されたサンプル食品のイメージング質量分析により設定された値である、請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記食品は、形状が円柱形であり、直径が70mm以上85mm以下であり、高さが20mm以上30mm以下である、請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記食品はチーズである、請求項1~請求項5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記チーズはカビによる表面熟成軟質チーズである、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記判断する工程は、前記イメージング画像における前記食品の欠落部のシグナル強度を外れ値として除外する工程を含む、請求項1~請求項7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
請求項1~請求項8のいずれか一項に記載の方法によって食品の熟成度合を判断する工程を含む、熟成食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の熟成を評価する方法および熟成食品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、白カビチーズの熟成度合を近赤外スペクトルにより非破壊的に評価する方法を開示している。特許文献2は、チーズの硬度測定を用いて切断適性を判断する方法を開示している。特許文献3は、毛髪中に含まれる生理活性物質をイメージング質量分析により解析する方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001-272338号公報
【特許文献2】特開2014-171456号公報
【特許文献3】特開2014-052322号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
食品の熟成度合を判断する方法が求められている。例えば、カビによる表面熟成軟質チーズは表面のカビが熟成に影響するため、ゴーダやチェダーなどのセミハードタイプチーズやパルミジャーノ・レジャーノなどのハードタイプチーズと比べ熟成の進行が速く、早期に食べごろを迎え、食べごろの期間も短い。カビによる表面熟成軟質チーズの適切な熟成期間は種類により異なるが、1~8週間程度である。カビによる表面熟成軟質チーズは、表面をカビで覆い熟成するという特徴から、表面部分と中心部分で成分組成が異なる。そのため、表面部分と中心部分の成分組成を考慮して、風味が良好となるよう熟成を管理することは困難である。
【0005】
白カビチーズの熟成を評価する方法として特許文献1および特許文献2に開示される方法が報告されているが、カビによる表面熟成軟質チーズの成分分布を考慮したものではなく、これらの代替となる方法も求められている。例えば特許文献3において毛髪中に含まれる生理活性物質をイメージング質量分析により解析しているが、当該文献における生理活性物質は食品の熟成の風味の指標とはなり得ず、食品の熟成度合を判断する方法に適用された例は報告されていない。
【0006】
本発明は、食品の熟成度合を判断する新規な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決できる本発明の食品の熟成を評価する方法は、
食品の中心部と周辺部とを含む切片を準備する工程と、
イメージング質量分析により前記切片中に含まれる呈味成分のイメージング画像を取得する工程と、
取得した前記イメージング画像における前記中心部のシグナル強度及び前記周辺部のシグナル強度と、所定の基準値と、の比較に基づいて前記食品の熟成度合を判断する工程と、
を含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、食品の熟成度合を判断する新規な方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】実施例における評価サンプルの断面を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態に係る食品の熟成を評価する方法について詳細に説明する。実施形態に係る食品の熟成を評価する方法は、食品の中心部と周辺部とを含む切片を準備する工程と、イメージング質量分析により前記切片中に含まれる呈味成分のイメージング画像を取得する工程と、取得した前記イメージング画像における前記中心部のシグナル強度及び前記周辺部のシグナル強度と、所定の基準値と、の比較に基づいて前記食品の熟成度合を判断する工程と、を含む。
【0011】
[食品]
食品は、チーズ、熟成肉、鰹節等を含む。食品はチーズであると好ましく、カビによる表面熟成軟質チーズであるとさらに好ましい。カビによる表面熟成軟質チーズは実施形態の方法において好適に熟成を評価できる。このようなカビによる表面熟成軟質チーズには、トラディショナルタイプカマンベール、スタビライズタイプカマンベール、ブリー、シャウルスなどの白カビチーズを含むが、この例の限りではない。
【0012】
食品は、形状が円柱形であり、直径が70mm以上85mm以下であり、高さが20mm以上30mm以下であるものでもよい。これらの特定の形状と大きさの食品は実施形態の方法において好適に熟成を評価できる。
【0013】
食品の中心部は、切片を切り出す前の状態において外側に露出していない食品の部分を表す。食品の周辺部は、中心部の周りの部分を表し、切片を切り出す前の状態において外側に露出している食品の部分を含む。
図1は実施形態に係る食品の一例としてのチーズ10を示す図である。
図1に示す円柱形のチーズ10において、外側に露出していない中心部12の周りに周辺部14が位置している。
図1に示される破線は、チーズ10の中心部12と周辺部14とを含む部分をくさび型に切り出す場合の仮想線を示す。
【0014】
食品の中心部12および周辺部14は上記で説明した態様よりも細分化して設定してもよい。例えば、円柱形の食品において径方向を基準として、中心から外部までを5等分の領域(中心領域、第1中間領域、第2中間領域、第3中間領域、周辺領域)に分割し、中心部を中心領域とし、周辺部を周辺領域としてもよい。このように細分化した領域の最も中心の領域と最も外側の領域とを規定することで、より好適に熟成を評価できる。
【0015】
食品の中心部と周辺部とを含む切片を準備する工程では、包丁、ナイフ等の刃物、もしくはピアノ線などを用いて、食品をくさび型や半円状に切出してもよい。このようにして食品の断面をむき出した後、この断面の薄切片を切り出し、評価用切片としてもよい。薄切片の切り出しにはミクロトームなどを用いてもよいが、食品断面を薄くスライスできる装置であればいずれの装置であっても使用できる。
【0016】
[イメージング質量分析]
イメージング質量分析は、質量分析による分析と顕微鏡で観察された形態画像とを合わせ、質量分析の対象範囲から、標的成分のデータを特異的に抽出し、その分布を明らかとする手法である。本実施形態においてイメージング質量分析は、公知の手法に準じて行うことが可能である。すなわち、食品試料について、当該試料上の複数の異なる位置について質量分析を行う。ここで質量分析は、任意の解像度で試料全体を走査することにより行うことができ、当該食品試料上の異なる位置に由来する複数のマススペクトルを得ることができる。マススペクトルは横軸に質量(実際には、質量と電荷の比、すなわちm/z値)を、縦軸にシグナル強度を示す。続いて、複数のマススペクトルより標的成分のみを抽出し、そのシグナル強度とそのマススペクトルの測定位置を当該食品試料の光学画像上に表示(マッピング)する。この際、標的成分の存否、シグナル強度に応じて、当該試料の光学画像上のそれぞれの位置においてコントラストが生じ、これによって当該光学画像上に標的成分の浸透度合いがイメージング化(いわゆる、抽出イオンイメージ(Extracted Ion Image:EII)化)される。これによりイメージング画像が作成できる。
【0017】
質量分析はイオン化法によるものであってもよい。イオン化の手法としては、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法、レーザー脱離イオン化法、スパッタリング(二次イオン放出)法、高速原子衝突法、エレクトロスプレーイオン化法、脱離イオンエレクトロスプレーイオン化法、走査型プローブエレクトロスプレーイオン化法、大気圧化学イオン化法、大気圧直接イオン化法、誘導結合プラズマ法、電子イオン化法、化学イオン化法、電界離脱法等、試料の形態に応じて、任意の手段を用いることができ、特に限定はされない。また、イオン化された試料を分析(分離)する手法としては、飛行時間型、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型等が挙げられ、またイオン化された試料を検出する手段としては、電子増倍管、マイクロチャンネルプレート、ファラデーカップ等が挙げられるが、これらに限定はされない。本実施形態におけるイメージング質量分析法においては、これらの試料のイオン化方法と、イオン化された試料の分析(分離)・検出方法とを適宜組み合わせた質量分析方法を利用することができる。
【0018】
また、質量分析は以下を用いることもできる。
二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry:SIMS):SIMSは、真空中にてセシウムや酸素等の化学的に活性なイオン(一次イオン)の連続ビームを試料表面に照射することにより、当該表面付近の原子を撹拌し、中性粒子、二次イオン、二次電子を飛び出させ(いわゆる、スパッタリング)、このうち二次イオンを分析(分離)・検出に付すことにより分子量を判定することができる。一次イオンの連続ビームを使用するスパッタリングにより、深さ方向分析を行うことを可能とする(本手法は、「ダイナミックSIMS」とも称される)。一方、真空中にてガリウム、金、ビスマス等のイオン(一次イオン)を試料表面にパルス照射することにより、試料の極表面(1~3nm)からフラグメントイオンや分子イオン(二次イオン)を飛び出させ、これを分析(分離)・検出に付してもよい。一次イオンのパルス照射を利用することにより、試料最表面の化学構造の情報を持ったフラグメントイオンや、分子イオンを発生させることができるため有機化合物の同定を容易に行うことができる(本手法は、「スタティックSIMS」とも称される)。本実施形態における試料断面の分析には、試料最表面の分析を可能とするスタティックSIMSを好適に用いることができる。
【0019】
TOF-SIMS:TOF-SIMSは、飛行時間型質量分析法(Time of Flight Mass Spectrometry:TOF-MS)と、二次イオン質量分析法(SIMS)とを組み合わせた質量分析法である。TOF-SIMSにおいて、SIMSは上記スタティックSIMSを用いることができる。スタティックSIMSにより、一次イオンのパルス照射により、試料の極表面から飛び出したフラグメントイオンや分子イオン(二次イオン)を、高電圧の電極間で加速させ、高真空無電場領域の管(いわゆる、フライトチューブ)内をイオン検出器に向かって等速度飛行させる。この際、分子量の低いものほどイオン検出器まで早く到達し、分子量の高いものほど、遅くイオン検出器まで到達する。このイオン検出器までの到達時間を測定することによりその分子の分子量を判定することができる。
【0020】
MALDI-TOF-MS:MALDI-TOF-MSは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:MALDI)と飛行時間型質量分析法(TOF-MS)とを組み合わせた質量分析法である。まず、試料を大過剰のマトリックス試薬(窒素レーザー(波長337nm)のエネルギーを吸収する化合物)中に均一に混合・分散させ、その混合物の表面に窒素レーザーを照射することにより、マトリックス試薬がそのエネルギーを吸収して、その周囲の試料と共に気化する。その際に、試料にはH+やカチオンが付加されイオン化される。マトリックス試薬としては、シナピン酸、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸等が挙げられるがこれらに限定はされない。イオン化された試料は、高電圧の電極間で加速させ、高真空無電場領域の管(いわゆる、フライトチューブ)内をイオン検出器に向かって等速度飛行させる。このイオン検出器までの到達時間を測定することによりその分子の分子量を判定することができる。
【0021】
質量分析装置としては、PHI TRIF V nanoTOF(アルバック・ファイ株式会社)、PHI nanoTOF II(アルバック・ファイ株式会社)、TOF.SIMS5(株式会社日立ハイテクサイエンス)、NanoSIMS 50L(アメテック株式会社)、JMS-S3000(日本電子株式会社)、JMS-T100 LP(日本電子株式会社)、AXIMA Resonance(株式会社島津製作所)、autoflex speed(Bruker)、rapifleX(ブルカー ダルトニクス)、iMScope TRIO(株式会社島津製作所)等が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0022】
また、質量分析の結果得られた複数のマススペクトルより標的成分のみを抽出し、そのシグナル強度とそのマススペクトルの測定位置を試料の光学画像上へ表示すること(抽出イオンイメージ化)は、質量分析装置に内蔵された解析用ソフトウェア、あるいは、flexImaging(ブルカー ダルトニクス)、BioMap(ノバルティス)等の解析用ソフトウェアを用いて行うことができるが、これらに限定はされない。
【0023】
イメージング質量分析結果を用いた低分子成分の検量線作成には、SCiLS Lab(ブルカー ダルトニクス)、msIQuant(オープンソース)(ウプサラ大学)、ImageJ(オープンソース)(アメリカ国立衛生研究所)等の画像解析ソフトを用いることができるが、これらに限定はされない。
【0024】
本実施形態における呈味成分は、乳酸およびグルタミン酸の少なくとも1つであると好ましく、乳酸およびグルタミン酸の両方であるとさらに好ましい。グルタミン酸はうま味を呈する代表的な遊離アミノ酸であり、用いることができるのはグルタミン酸に限定するものではなく、アスパラギン酸など、うま味を呈する遊離アミノ酸を用いた測定も可能である。乳酸は、例えばカビによる表面熟成軟質チーズにおいて主な酸味の成分である。
【0025】
[シグナル強度と基準値との比較]
上記イメージング質量分析により得られたイメージング画像における食品の中心部のシグナル強度及び周辺部のシグナル強度と比較される所定の基準値は、官能評価によって適正な熟成状態と判断されたサンプル食品のイメージング質量分析により設定された値であると好ましい。また、所定の基準値は、官能評価以外の分析により適正な熟成状態と判断されたサンプル食品のイメージング質量分析により設定された値であってもよい。基準値の設定におけるイメージング質量分析は、上述の方法に従って実施できる。
【0026】
取得したイメージング画像における中心部のシグナル強度及び周辺部のシグナル強度と、所定の基準値と、の比較に基づいて食品の熟成度合を判断する工程は、イメージング画像における食品の欠落部のシグナル強度を外れ値として除外する工程を含んでもよい。欠落部は食品中の空隙部分であり、呈味成分がほとんどまたは全く検出されない部分であるので、当該部分を除外することで、より適正に熟成を評価できる。ただし、評価サンプルに含まれる欠落部が小さく、熟成度合の判断に用いるシグナル強度の比較結果に大きな影響を与えないと考えられる場合には、欠落部を含めたままでシグナル強度に基づく計算をおこなってもよい。
【0027】
食品の熟成度合を判断する工程は、呈味成分のイメージング画像における中心部と周辺部とのシグナル強度の比が、所定の第1基準値と所定の第2基準値との間に含まれることを判断する工程を含んでもよい。より詳細には、食品の熟成度合を判断する工程は、グルタミン酸のイメージング画像における中心部と周辺部とのシグナル強度の比と、乳酸のイメージング画像における中心部と周辺部とのシグナル強度の比と、が所定の第1基準値と所定の第2基準値との間に含まれることを判断する工程を含んでもよい。なお、所定の第1基準値および所定の第2基準値は、乳酸およびグルタミン酸のそれぞれにおいて設定される値でありうる。この場合の所定の第1基準値と所定の第2基準値とは、官能評価によって適正な熟成状態と判断されたサンプル食品のイメージング質量分析により設定された値であってもよい。
【0028】
また、食品の熟成度合を判断する工程は、呈味成分のイメージング画像における中心部と周辺部とにおける面積当たりの呈味成分の量を所定の基準値と比較する工程を含んでも良い。この場合の所定の基準値は、官能評価によって適正な熟成状態と判断されたサンプル食品のイメージング質量分析により設定された値であってもよい。
【0029】
また、食品の熟成度合を判断する工程では、上述の細分化により最も中心の領域(上記態様では中心領域)のシグナル強度および最も外側の領域(上記態様では周辺領域)のシグナル強度と、所定の基準値と、を比較することで、より適正に熟成を評価できる。
【0030】
[熟成食品の製造方法]
実施形態に係る熟成食品の製造方法は、上記の食品の熟成を評価する方法によって、食品の熟成度合を判断する工程を含む。以下、カビによる表面熟成軟質チーズに基づいて実施形態に係る製造方法を説明する。
【0031】
一般的にカビによる表面熟成軟質チーズの製造方法は、原料である牛乳を脂肪含量、もしくはタンパク質含量、脂肪含量比で標準化し、乳酸菌及びレンネットを添加して凝乳させ、切断、加温、攪拌、成型し、加塩するチーズカード製造工程と、その後の熟成工程からなる。また一般的にカビは凝乳前、もしくは成型後に添加する。カビによる表面熟成軟質チーズの熟成は乳のタンパク質、脂肪、炭水化物などが酵素、乳酸菌スターター、カビの作用により分解し、風味が変化することを意味する。カビによる表面熟成軟質チーズの風味は、熟成に影響しうる諸条件、例えば温度、湿度、日数等により変化しうる。一般的には適度な酸味とうま味を有した状態がカビによる表面熟成軟質チーズにおける適正な熟成とされ、このような風味の状態は官能評価の結果により評価される。本実施形態の方法では、熟成度合を上記の食品の熟成を評価する方法によって評価する。これにより、食品の熟成度合を予測することができ、風味が良好となる食品を製造でき、最終品質のバラつきを低減できる。
【実施例0032】
以下の実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0033】
一般的な製法で円柱状のトラディショナルタイプカマンベールを製造した。凝乳、成型、加塩後、14℃で熟成した。熟成7日目にポリプロピレンフィルムで包装し、更に8℃で熟成した。このように熟成させたカマンベールを、加塩直後を熟成1日目として、熟成1、11、19、28日目に採取した。採取したカマンベールから中心を頂点として楔形に切り出した。このカマンベール断面は約20mm×40mmであり、当該楔型の切片を凍結ミクロトームを用いて10μm厚で約20mm×40mmの切片に切り出し、ITOコートスライドガラスに接着した。また、検量線作成用サンプルを用意した。検量線作成用サンプルのITOコートスライドガラスには、既知濃度の乳酸またはグルタミン酸を滴下した。
【0034】
次に、グルタミン酸測定切片に、誘導体化試薬Py1溶液(同試薬6.4mgをメタノール70%、水25%、トリエチルアミン5%溶媒200μlに溶解したもの)をエアブラシを用いて塗布した後、ガラスシャーレにスライドガラスを入れ、蒸気下で60℃にて10分間静置し、誘導体化させた。誘導体化後、マトリクス:α‐シアノ‐4‐ヒドロキシけい皮酸(CHCA)溶液(同試薬60mgをアセトニトリル70%、水29.9%、トリフルオロ酢酸0.1%溶媒6mlに溶解したもの)をTM sprayer(HTX Technologies)を用いて塗布した。塗布条件は温度75℃、フローレート0.12ml/minとした。
また、乳酸測定用切片に、マトリクス:1,5-ジアミノナフタレン溶液(同試薬60mgをアセトニトリル50%、水50%溶媒6mlで溶解したもの)をTM sprayerを用いて塗布した。塗布条件は温度30℃、フローレート0.08ml/minとした。
【0035】
そして、MALDI-TOF-MS(装置名:rapifleX ブルカー ダルトニクス)に切片付きスライドガラスをセットし、測定を実施した。グルタミン酸の測定はポジティブイオンモードで行い、shot:200、Frequency:10000、Raster width:150μmに設定した。乳酸の測定はネガティブイオンモードで行い、shot:500、Frequency:10000、Raster width:150μmに設定した。以上の設定で分析を実施し、イオンマススペクトルを測定した。
【0036】
次に得られたイオンマススペクトルからイメージングソフトウェアflexImagingにて、標的イオンのみを抽出し、マススペクトルの測定位置毎に標的イオンのシグナル強度を反映させた評価サンプル画像(イメージング画像)を作成した。標的イオンは、グルタミン酸の測定では誘導体試薬Py-1の付加体であるm/z=252.15とし、乳酸の測定ではm/z=89.03とした。さらに、イメージングソフトウェアflexImagingにて作成した評価サンプル画像を画像解析ソフトimageJにて読み込み、標的イオンのシグナル強度に対応する輝度を評価した。
【0037】
図2に評価サンプル20の断面の模式図を示す。評価サンプル20を、カマンベールの径方向を基準として幅2mmで5等分の領域(中心領域5、第1中間領域4、第2中間領域3、第3中間領域2、周辺領域1)に分割し、それぞれの領域におけるグルタミン酸または乳酸の輝度(シグナル強度)の平均値を算出した。そして検量線作成用サンプルにより作成した検量線によって、各領域における面積当たりのグルタミン酸または乳酸の物質量(mоl/mm
2)を算出した。さらに、中心領域5のシグナル強度を1とした場合の周辺領域1の輝度(シグナル強度)の相対値を算出した。なお、
図2に示す評価サンプルの模式図には欠落部22が示されているが、実際の評価サンプルにおいて欠落部は小さく、熟成度合の判断に用いるシグナル強度の比較結果に大きな影響を与えないと考えられたため、欠落部を含めたままでシグナル強度に基づく計算をおこなった。結果を表1に示す。
【0038】
【0039】
次にイメージング質量分析に用いたカマンベールについて官能評価を実施した。なお、カマンベールは中心領域5と周辺領域1とで風味が異なるため、カマンベールの中心領域5と周辺領域1を含む全体の風味を総合して熟成度合を5段階(5:過熟、4:やや過熟、3:適熟、2:やや未熟、1:未熟)で評価した。また、評価は同じ熟成日数のサンプルで10回繰り返し、その平均で評価した。その結果、熟成1日目のカマンベールは評価1、熟成11日目のカマンベールは評価2、熟成19日目のカマンベールは評価3、熟成28日目のカマンベールは評価4と判断された。
【0040】
イメージング質量分析および官能評価から、グルタミン酸に関して中心領域5のシグナル強度を1とした場合の周辺領域1の輝度(シグナル強度)の相対値が1.2以上2.0以下である場合に適正な熟成状態のカマンベールが得られていると判断ができると考えられる。また、乳酸に関して中心領域5のシグナル強度を1とした場合の周辺領域1の輝度(シグナル強度)の相対値が0.0以上0.4以下である場合に適正な熟成状態のカマンベールが得られていると判断ができると考えられる。このように、評価サンプル画像における中心領域5のシグナル強度及び周辺部分1のシグナル強度と、官能評価によって適正な熟成状態と判断されたカマンベールのイメージング質量分析により設定される基準値と、の比較に基づいてカマンベールの熟成度合を判断することができる。上記方法のイメージング質量分析によりカマンベールを評価することで、カマンベールの熟成度合を予測することができ、風味が良好となるカマンベールを製造でき、最終品質のバラつきを低減できる。
【0041】
本発明を特定の態様を参照して詳細に説明したが、本発明の精神と範囲を離れることなく様々な変更および修正が可能であることは、当業者にとって明らかである。
【0042】
以下、上述した実施形態、実施例およびその変形から抽出される態様を列記する。
[項目1]
食品の中心部と周辺部とを含む切片を準備する工程と、
イメージング質量分析により前記切片中に含まれる呈味成分のイメージング画像を取得する工程と、
取得した前記イメージング画像における前記中心部のシグナル強度及び前記周辺部のシグナル強度と、所定の基準値と、の比較に基づいて前記食品の熟成度合を判断する工程と、
を含む、食品の熟成を評価する方法。
[項目2]
前記呈味成分は乳酸およびグルタミン酸の少なくとも1つである、項目1に記載の方法。
[項目3]
前記判断する工程は、グルタミン酸のイメージング画像における前記中心部と前記周辺部とのシグナル強度の比と、乳酸のイメージング画像における前記中心部と前記周辺部とのシグナル強度の比と、が所定の第1基準値と所定の第2基準値との間に含まれることを判断する工程を含む、項目1または項目2に記載の方法。
[項目4]
前記所定の基準値は、官能評価によって適正な熟成状態と判断されたサンプル食品のイメージング質量分析により設定された値である、項目1~項目3のいずれか一項に記載の方法。
[項目5]
前記食品は、形状が円柱形であり、直径が70mm以上85mm以下であり、高さが20mm以上30mm以下である、項目1~項目4のいずれか一項に記載の方法。
[項目6]
前記食品はチーズである、項目1~項目5のいずれか一項に記載の方法。
[項目7]
前記チーズはカビによる表面熟成軟質チーズである、項目6に記載の方法。
[項目8]
前記判断する工程は、前記イメージング画像における前記食品の欠落部のシグナル強度を外れ値として除外する工程を含む、項目1~項目7のいずれか一項に記載の方法。
[項目9]
項目1~項目8のいずれか一項に記載の方法によって食品の熟成度合を判断する工程を含む、熟成食品の製造方法。
1:周辺領域、2:第3中間領域、3:第2中間領域、4:第1中間領域、5:中心領域、10:チーズ、12:中心部、14:周辺部、20:評価サンプル、22:欠落部