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特開2023-33667スフィンゴ糖脂質を含む脂質膜構造体およびその用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023033667
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】スフィンゴ糖脂質を含む脂質膜構造体およびその用途
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7028 20060101AFI20230306BHJP
   A61P 1/04 20060101ALI20230306BHJP
   A61P 37/02 20060101ALI20230306BHJP
   A61K 47/18 20170101ALI20230306BHJP
   A61K 9/10 20060101ALI20230306BHJP
【FI】
A61K31/7028
A61P1/04
A61P37/02
A61K47/18
A61K9/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021139499
(22)【出願日】2021-08-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.電機通信回線を通じて発表 掲載アドレス https://site2.convention.co.jp/sfrrj74-nosj21/images/program_abstracts.pdf 掲載年月日 2021(令和3)年5月10日 掲載箇所 第74回日本酸化ストレス学会および第21回日本NO学会 合同学術集会のプログラム・抄録集 第76頁の「Os1-3」 2.電機通信回線を通じて発表 集会名、開催場所 第74回日本酸化ストレス学会および第21回日本NO学会 合同学術集会 Live-Web開催(主催者:日本ストレス学会および日本NO学会) 開催年月日 2021(令和3)年5月21日 3.展示会で発表 展示会名、開催場所 第2回ファーマラボEXPO[東京]アカデミックフォーラム 幕張メッセ(千葉県千葉市美浜区中瀬2-1) 開催年月日 2020(令和2)年11月26日
(71)【出願人】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(72)【発明者】
【氏名】永根 大幹
(72)【発明者】
【氏名】山下 匡
(72)【発明者】
【氏名】小室 茉莉子
(72)【発明者】
【氏名】中村 孝司
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 力斗
【テーマコード(参考)】
4C076
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA16
4C076AA95
4C076CC07
4C076CC16
4C076DD09
4C076DD49
4C076DD70
4C076EE23
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA06
4C086MA02
4C086MA05
4C086MA21
4C086MA52
4C086MA55
4C086NA13
4C086NA14
4C086ZA66
4C086ZB07
(57)【要約】
【課題】本発明は、スフィンゴ糖脂質を用いた自己免疫疾患等の治療剤および治療方法の提供を課題とする。
【解決手段】本発明は、下記の式(I)で表される脂質化合物を脂質成分として含む脂質膜構造体であって、スフィンゴ糖脂質を含有することを特徴とする、前記脂質膜構造体を有効成分として含む、自己免疫疾患の治療用組成物である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の式(I)で表される脂質化合物を脂質成分として含む脂質膜構造体であって、スフィンゴ糖脂質を含有することを特徴とする、前記脂質膜構造体。
【化1】
[式中、R1およびR2はそれぞれ独立にCH3-(CH2)n-CH=CH-CH2-CH=CH-(CH2)m-(nは3から5までのいずれかの整数を示し、mは6から10までのいずれかの整数を示す)を示し、pは2から7までのいずれかの整数を示し、R3およびR4はそれぞれ独立にC1-4アルキル基またはC2-4アルケニル基を示す]
【請求項2】
前記式(I)中のnが4、mが7から9までのいずれかの整数であり、R3およびR4が各々独立にC1-4アルキル基である、請求項1に記載の脂質膜構造体。
【請求項3】
前記式(I)中のR1およびR2が同一であり、nが4、mが8であり、pが4であり、R3およびR4がメチル基である請求項2に記載の脂質膜構造体。
【請求項4】
前記スフィンゴ糖脂質がグルコシルセラミドである、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の脂質膜構造体。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の脂質膜構造体を有効成分として含む、自己免疫疾患の治療用組成物。
【請求項6】
前記自己免疫疾患が炎症性腸疾患である請求項5に記載の治療用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スフィンゴ糖脂質を含む脂質膜構造体およびその用途に関する。より具体的には、免疫抑制作用を有する、スフィンゴ糖脂質含有脂質膜構造体およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫系は、生体内へ侵入しようとする様々な異物、例えば、細菌などの微生物、ウイルスなどを認識して、排除するための防御機構である。免疫機能が低下すると、細菌やウイルスなどによる感染やがん細胞などの異常細胞による攻撃に対しうまく対応できなくなる。また、免疫系の機能に異常が生じると、自己免疫疾患やアレルギー性疾患などの様々な免疫疾患が惹起される。例えば、炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)などの自己免疫疾患は、自己の正常な細胞や組織などに対して過剰に免疫系が反応する、免疫寛容の破綻によって発症する。IBDは、T細胞の異常な活性化を特徴とする疾患である。このT細胞の異常な活性化の原因の1つとして、エフェクターT細胞の生体外物質トランスポーターMDR1の機能が顕著に低下することが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
免疫細胞の機能制御に、スフィンゴ糖脂質が関与するとの報告もある。Kawanoらは、α-ガラクトシルセラミドが抗原提示細胞上に存在するCD1dに結合し、ナチュラルキラーT細胞を強力に活性化することを明らかにした(非特許文献2)。また、β-グルコシルセラミドが、樹状細胞やマクロファージに発現するC型レクチン受容体のミンクル(Macrophage Inducible C-type lectin:Mincle)に結合して、免疫系を活性化することが報告された(非特許文献3)。
【0004】
スフィンゴ糖脂質が免疫系の制御に関与しているとの報告がなされる中、薬剤送達担体を使用して、免疫疾患の治療剤として役立てるための研究も進められている。例えば、特許文献1には、β-ガラクトシルセラミドまたはα-ガラクトシルセラミドをリポソーム中に含有させた組成物が、IL-10産生T細胞の誘導作用とIgE抗体産生抑制作用を有しアレルギー性疾患の治療剤として有効であること、α-ガラクトシルセラミドをリポソーム中に含有させた組成物が、ナチュラルキラーT細胞の免疫抑制機能を選択的に増強することが開示されている(特許文献1)。
【0005】
以上のように、スフィンゴ糖脂質を用いた自己免疫疾患などの治療方法および治療剤の研究が精力的に進められてはいるものの、実用化に至るにはさらなる技術開発が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2005/120574号
【特許文献2】国際公開第2015/178343号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Caoら, Immunity December 19; 47(6): 1182-1196.e10. doi:10.1016/j.immuni.2017.11.012. 2017.
【非特許文献2】Kawanoら, Science 278:1626-0629 1997.
【非特許文献3】Nagataら, Proc Natl Acad Sci USA 2017 Apr 18;114(16)E3285-E3294. doi 10.1073pnas.1618133114.
【非特許文献4】Nakamuraら, Sci Rep. 2016 Nov 28;6:37849. doi: 10.1038/srep37849.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記事情に鑑み、本発明は、スフィンゴ糖脂質を用いた自己免疫疾患等の治療剤および治療方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、免疫細胞にスフィンゴ糖脂質を送達する方法を検討した。発明者らは、ある種の多機能性エンベロープ型ナノ構造体(Multifunctional Envelope-type Nano Device:MEND)にスフィンゴ糖脂質の1種であるグルコシルセラミドを含有させたナノ粒子を作製した。本発明の実施形態で使用するMENDは、2本の脂肪酸鎖に2つの不飽和結合を有し、親水部の炭素鎖を伸長することによりpKaを高めたものを脂質成分として使用しており、非常に高いエンドソーム脱出性を備えている(特許文献2および非特許文献4)。発明者らは、作製したスフィンゴ糖脂質含有脂質膜構造体を、潰瘍性大腸炎(Ulcerative Colitis:UC)モデルマウスに投与したところ、IBDの病態が劇的に改善することを見出した。
本発明は上記の知見に基づいて完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の(1)~(6)である。
(1)下記の式(I)で表される脂質化合物を脂質成分として含む脂質膜構造体であって、スフィンゴ糖脂質を含有することを特徴とする、前記脂質膜構造体。
【化1】
[式中、R1およびR2はそれぞれ独立にCH3-(CH2)n-CH=CH-CH2-CH=CH-(CH2)m-(nは3から5までのいずれかの整数を示し、mは6から10までのいずれかの整数を示す)を示し、pは2から7までのいずれかの整数を示し、R3およびR4はそれぞれ独立にC1-4アルキル基またはC2-4アルケニル基を示す]
(2)前記式(I)中のnが4、mが7から9までのいずれかの整数であり、R3およびR4が各々独立にC1-4アルキル基である、上記(1)に記載の脂質膜構造体。
(3)前記式(I)中のR1およびR2が同一であり、nが4、mが8であり、pが4であり、R3およびR4がメチル基である上記(2)に記載の脂質膜構造体。
(4)前記スフィンゴ糖脂質がグルコシルセラミドである、上記(1)から(3)までのいずれかに記載の脂質膜構造体。
(5)上記(1)から(4)までのいずれかに記載の脂質膜構造体を有効成分として含む、自己免疫疾患の治療用組成物。
(6)前記自己免疫疾患が炎症性腸疾患である上記(5)に記載の治療用組成物。
なお、本明細書において「~」の符号は、その左右の値を含む数値範囲を示す。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、免疫系を抑制的に制御する脂質膜構造体が提供される。従って、本発明により、自己免疫疾患など、過剰な免疫反応が惹起される疾患の新たな治療剤および治療方法の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】炎症性腸疾患由来の末梢血単核細胞(Peripheral Blood Mononuclear Cells:PBMC)のマイクロアレイデータを用い、スフィンゴ糖脂質関連遺伝子の発現量を解析した結果を示す。Aは、ガングリオシドの合成経路を示す。Bは、健常者、潰瘍性大腸炎(UC)患者およびクローン病(Crohn’s disease:CD)患者由来のPBMC中における各種ガングリオシドの合成に必要な遺伝子(GAL3ST4、UGCG、SGMS1、B4GALT5、A4GALT、ST3GAL5、ST8SIA1、B4GALNT1、B3GALBT4、ST6GALNAC4、ST6GALNAC5)の発現量をヴィオリンプロットで示した結果である。Normal:n=42、UC:n=26、CD:n=59、エラーバーは平均値±標準偏差、**p<0.01。
図2】マウス(野生型)に潰瘍性大腸炎を誘発させるために、2%デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を飲水投与し、投与期間中における腸間膜リンパ節(A)および脾臓(B)由来のT細胞中のUDP-glucose ceramide glucosyltransferase (UGCG)のmRNA発現量を解析した結果を示す。エラーバーは平均値±標準偏差、*p<0.05、**p<0.01。
図3】潰瘍性大腸炎誘発マウスの腸間膜リンパ節(A~C)および脾臓(D~F)由来のT細胞中におけるGlcCerの発現量をフローサイトメトリーで解析した結果を示す。AおよびDはフローサイトメトリーによる解析結果をヒストグラフで示した結果である。BおよびEは蛍光強度が高いT細胞集団、すなわち、GlcCerの発現が高いT細胞集団の全T細胞に対する%(%cell)を、CおよびFは全T細胞由来の平均蛍光強度(mean fluorescent intensity:MFI) を示す。エラーバーは平均値±標準偏差、*p<0.05、**p<0.01。control:DSSを投与していないマウス群、DSS:DSSを投与したマウス群。
図4】T細胞特異的なUGCG遺伝子の欠損が潰瘍性大腸炎の病態に及ぼす影響について検討した結果を示す。T細胞特異的UGCG遺伝子欠損(UgcgΔ/Δ)マウスの体重変化(A)、生存率(B)、臨床スコアの変化(C)および大腸の長さへの影響(DおよびE)を調べた。また、大腸組織における炎症性サイトカインのmRNAの発現量を測定し、コントロール(Ugcgflox/flox)マウスと比較した(F:IL-6、G:TNFα、H:IL-17A)。エラーバーは平均値±標準偏差、*p<0.05、**p<0.01。control:DSSを投与していないマウス群、DSS:DSSを投与したマウス群。
図5】T細胞特異的なUGCG遺伝子欠損マウスの大腸組織の組織学的解析結果および制御性T細胞数カウント結果を示す。2%DSSを飲水投与し潰瘍性大腸炎を誘発したT細胞特異的UGCG欠損(UgcgΔ/Δ)マウスおよびコントロール(Ugcgflox/flox)マウスの大腸の組織切片を作製し、HE染色を行い、病理組織学的活動性スコア(histological score:HS)を評価した(AおよびB)。AはHE染色像、Bは病理組織学的活動性スコアを評価した結果を示す。また、T細胞特異的UGCG欠損(UgcgoΔ/Δ)マウスおよびコントロール(Ugcgflox/flox)マウスの大腸の組織由来の制御性T細胞数をカウント(CおよびD)。Cは抗Foxp3抗体を用いた大腸組織の免疫染色の結果、DはFoxp3陽性細胞の数をカウントした結果である。エラーバーは平均値±標準偏差、*p<0.05、**p<0.01。control:DSSを投与していないマウス群、DSS:DSS投与群。
図6】潰瘍性大腸炎誘発マウスに対するYSK12 MEND-GlcCer(グルコシルセラミドを含有する脂質膜構造体)の投与効果を検討した結果を示す。潰瘍性大腸炎誘発マウスに、YSK12 MEND-GlcCer(図中、「GlcCer」と表示)または YSK12 MEND-Carrier(グルコシルセラミドを含有しない脂質膜構造体、図中「Carrier」と表示)を投与し、各マウスの体重変化(A)、生存率(B)、臨床スコアの変化(C)および大腸の長さへの影響(DおよびE)を調べた。また、各マウスの大腸組織における炎症性サイトカインのmRNAの発現量を測定した(F:IL-6、G:TNFα、H:IL-17A)。エラーバーは平均値±標準偏差、*p<0.05、**p<0.01。Nontreatment:無処置。
図7】YSK12 MEND-GlcCer投与した潰瘍性大腸炎誘発マウスの大腸組織の組織学的解析結果および制御性T細胞数のカウント結果を示す。YSK12 MEND-GlcCer投与マウスおよび YSK12 MEND-Carrier投与マウスの大腸組織切片を作製し、HE染色を行い、病理組織学的活動性スコア(histological score:HS)を評価した(AおよびB)。AはHE染色像、Bは病理組織学的活動性スコアを評価した結果を示す。また、YSK12 MEND-GlcCer投与マウスおよび YSK12 MEND-Carrier投与マウスの大腸組織中の制御性T細胞数をカウントした(CおよびD)。Cは抗Foxp3抗体を用いた大腸組織の免疫染色の結果、DはFoxp3陽性細胞の数をカウントした結果である。エラーバーは平均値±標準偏差、*p<0.05、**p<0.01。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
第1の実施形態は、下記の式(I)で表される脂質化合物を脂質成分として含む脂質膜構造体であって、スフィンゴ糖脂質を含有することを特徴とする、前記脂質膜構造体である。
【化2】
[式中、R1およびR2はそれぞれ独立にCH3-(CH2)n-CH=CH-CH2-CH=CH-(CH2)m-(nは3から5までのいずれかの整数を示し、mは6から10までのいずれかの整数を示す)を示し、pは2から7までのいずれかの整数を示し、R3およびR4はそれぞれ独立にC1-4アルキル基またはC2-4アルケニル基を示す]
【0014】
上記式(I)で表される脂質化合物の製造方法および当該脂質化合物を脂質成分として含む脂質膜構造体の製造方法は、特許文献2においてその詳細が開示されている。
上記式(I)において、R1およびR2はそれぞれ独立にCH3-(CH2)n-CH=CH-CH2-CH=CH-(CH2)m-を示す。nは3から5までいずれかの整数を示し、mは6から10までのいずれかの整数を示すが、好ましくは、nは4であり、mは7から9までのいずれかの整数である。特に好ましくは、nが4であり、mが8の場合である。R1およびR2は同一でも異なっていてもよいが、同一の基であることが好ましい。pは2から7までのいずれかの整数を示すが、3から5までのいずれかの整数であることが好ましく、特に好ましくは、4である。R3およびR4はそれぞれ独立にC1-4アルキル基またはC2-4アルケニル基を示すが、それぞれ独立にC1-4アルキル基であることが好ましい。R3およびよびR4がそれぞれ独立にメチル基またはエチル基であることがより好ましく、特に好ましくは、R3およびR4がメチル基の場合である。
【0015】
式(I)で表される脂質化合物は酸付加塩として存在する場合がある。塩を構成する酸の種類は特に限定されず、鉱酸類または有機酸類などのいずれであってもよい。例えば、塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩などの鉱酸塩、または酒石酸塩、シュウ酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、メタンスルホン酸塩などの有機酸塩などを例示することができるが、これらに限定されるわけではない。式(I)で表される脂質化合物またはその塩は、水和物または溶媒和物として存在してもよい。さらに、R1およびR2が異なる場合には光学異性体が存在する場合もあるが、純粋な形態の光学異性体、任意の光学活性体の混合物、またはラセミ体などであってもよい。
【0016】
本実施形態にかかる脂質膜構造体を構成する脂質としては、例えば、リン脂質、糖脂質、ステロール、又は飽和もしくは不飽和の脂肪酸などが挙げられる。
リン脂質およびリン脂質誘導体としては、例えば、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファリジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、カルジオリピン、スフィンゴミエリン、セラミドホスホリルエタノールアミン、セラミドホスホリルグリセロール、セラミドホスホリルグリセロールホスファート、1,2-ジミリストイル-1,2-デオキシホスファチジルコリン、プラスマロゲン、ホスファチジン酸などを挙げることができ、これらは1種またはは2種以上を組み合わせて用いることができる。これらリン脂質における脂肪酸残基は特に限定されないが、例えば、炭素数12から20の飽和または不飽和の脂肪酸残基を挙げることができ、具体的には、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸などの脂肪酸由来のアシル基を挙げることができる。また、卵黄レシチン、大豆レシチンなどの天然物由来のリン脂質を用いることもできる。
【0017】
糖脂質としては、例えば、グリセロ糖脂質、スフィンゴ糖脂質などが挙げられる。ここで、スフィンゴ糖脂質とは、親水基として糖鎖,疎水基としてセラミドを持つ両親媒性の機能性複合糖質であり、例えば、図1のAに記載の、GlcCer、LacCer、GM3、GD3、GA2、GM2、GD2、GA1、GM1a、GD1bなどを挙げることができ、好ましくは、GlcCer、LacCer、GM3、GD3、を挙げることができ、より好ましくは、GlcCer、LacCer、GM3を挙げることができ、更に好ましくは、GlcCer、LacCerを挙げることができ、最も好ましくは、GlcCerである。
【0018】
ステロールとしては、例えば、動物由来のステロール(例えば、コレステロール、コレステロールコハク酸、ラノステロール、ジヒドロラノステロール、デスモステロール、ジヒドロコレステロール)、植物由来のステロール(フィトステロール)(例えば、スチグマステロール、シトステロール、カンペステロール、ブラシカステロール)、微生物由来のステロール(例えば、チモステロール、エルゴステロール)などが挙げられる。
【0019】
本実施形態にかかる脂質膜構造体の形態は特に限定されないが、例えば、生体適合性のある脂質と界面活性剤からなる脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle)やポリマーで合成されるポリマーナノ粒子、水系溶媒に分散した形態として一枚膜リポソーム、多重層リポソーム、O/W型エマルション、W/O/W型エマルション、球状ミセル、ひも状ミセル、又は不定型の層状構造物などを挙げることができる。本実施形態にかかる脂質膜構造体の好ましい形態として脂質ナノ粒子やリポソームを挙げることができ、さらに好ましくは、脂質ナノ粒子であるが、本実施形態にかかる脂質膜構造体は脂質ナノ粒子に限定されない。
【0020】
第2の実施形態は、第1の実施形態にかかる脂質膜構造体(式(I)で表される脂質化合物を脂質成分として含む脂質膜構造体であって、スフィンゴ糖脂質を含有することを特徴とする、前記脂質膜構造体)を有効成分として含む、自己免疫疾患の治療用組成物である。
本発明者らは、T細胞特異的UGCG-KOマウス(グルコシルセラミド合成酵素(UDP-glucose ceramide glucosyltransferase:UGCG)がT細胞特異的に欠損したマウス)において、制御性T細胞(regulatory T cell:Treg)が減少することを見出したが、UGCGが欠損するとグルコシルセラミドから始まるスフィンゴ糖脂質の全ての合成が行われなくなるため、どのスフィンゴ糖脂質が制御性T細胞数の変動に関与するのか不明であった。
第1の実施形態にかかる脂質膜構造体、特に、スフィンゴ糖脂質としてグルコシルセラミドを含有する脂質膜構造体を、デキストラン硫酸ナトリウム(Dextran Sulfate Sodium:DSS)で潰瘍性大腸炎を誘発したマウス(以下「潰瘍性大腸炎誘発マウス」とも記載する)に投与すると、制御性T細胞の数が増加することを見出した。さらに、潰瘍性大腸炎誘発マウスに、グルコシルセラミドを含有する脂質膜構造体を投与すると潰瘍性大腸炎の病態が改善されることが明らかになった。
以上の点から、本実施形態にかかる脂質膜構造体、特にグルコシルセラミドを含有する脂質膜構造体を有効成分として含む剤は、潰瘍性大腸炎などの自己免疫疾患の治療効果を発揮することが示唆される。
【0021】
自己免疫疾患とは、免疫系が正常に機能しなくなり、自己の組織や細胞を攻撃することにより発症する疾患の総称である。
本実施形態にかかる自己免疫疾患として、制御性T細胞の機能低下または機能喪失などに起因して発症する、例えば、炎症性腸疾患(制御潰瘍性大腸炎およびクローン病など)、1型糖尿病、関節リウマチ、多発性硬化症、全身性エリテマトーデス(SLE)、および重症筋無力症などなどが挙げられる。なかでも、本実施形態にかかる治療用組成物は、炎症性腸疾患に対する治療効果が期待される。
【0022】
本実施形態にかかる治療用組成物は、経口または非経口用の剤形であってもよく、特に限定はしないが、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、懸濁剤、座剤、軟膏、クリーム剤、ゲル剤、貼付剤、吸入剤または注射剤等が挙げられる。これらの製剤は常法に従って調製される。なお、液体製剤にあっては、用時、水または他の適当な溶媒に溶解または懸濁するものであってもよい。また、錠剤、顆粒剤は周知の方法でコーティングしてもよい。注射剤の場合には、PHBを水に溶解させて調製されるが、必要に応じて生理食塩水あるいはブドウ糖溶液に溶解させてもよく、また、緩衝剤や保存剤を添加してもよい。
【0023】
本実施形態にかかる医薬組成物の製造に用いられる製剤用添加物の種類、有効成分に対する製剤用添加物の割合、または、医薬組成物の製造方法は、その形態に応じて当業者が適宜選択することが可能である。製剤用添加物としては無機もしくは有機物質、または、固体もしくは液体の物質を用いることができ、一般的には、有効成分重量に対して、例えば、0.1重量%~99.9重量%、1重量%~95.0重量%、または1重量%~90.0重量%の間で配合することができる。具体的には、製剤用添加物の例として乳糖、ブドウ糖、マンニット、デキストリン、シクロデキストリン、デンプン、蔗糖、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルデンプン、カルボキシメチルセルロースカルシウム、イオン交換樹脂、メチルセルロース、ゼラチン、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸マグネシウム、タルク、トラガント、ベントナイト、ビーガム、酸化チタン、ソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、グリセリン、脂肪酸グリセリンエステル、精製ラノリン、グリセロゼラチン、ポリソルベート、マクロゴール、植物油、ロウ、流動パラフィン、白色ワセリン、フルオロカーボン、非イオン性界面活性剤、プロピレングルコールまたは水等が挙げられる。
【0024】
経口投与用の固形製剤を製造するには、有効成分と賦形剤成分、例えば、乳糖、澱粉、結晶セルロース、乳酸カルシウムまたは無水ケイ酸などと混合して散剤とするか、さらに必要に応じて白糖、ヒドロキシプロピルセルロースまたはポリビニルピロリドンなどの結合剤、カルボキシメチルセルロースまたはカルボキシメチルセルロースカルシウムなどの崩壊剤などを加えて湿式または乾式造粒して顆粒剤とする。錠剤を製造するには、これらの散剤および顆粒剤をそのまま、または、ステアリン酸マグネシウムもしくはタルクなどの滑沢剤を加えて打錠すればよい。これらの顆粒または錠剤は、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、メタクリル酸-メタクリル酸メチルポリマーなどの腸溶剤基剤で被覆して腸溶剤製剤、または、エチルセルロース、カルナウバロウもしくは硬化油などで被覆して持続性製剤とすることもできる。また、カプセル剤を製造するには、散剤または顆粒剤を硬カプセルに充填するか、有効成分をそのまま、または、グリセリン、ポリエチレングリコール、ゴマ油もしくはオリーブ油などに溶解した後ゼラチンで被覆し軟カプセルとすることができる。
【0025】
注射剤を製造するには、有効成分を必要に応じて、塩酸、水酸化ナトリウム、乳糖、乳酸、ナトリウム、リン酸一水素ナトリウムまたはリン酸二水素ナトリウムなどのpH調整剤、塩化ナトリウムまたはブドウ糖などの等張化剤と共に注射用蒸留水に溶解し、無菌濾過してアンプルに充填するか、さらに、マンニトール、デキストリン、シクロデキストリンまたはゼラチンなどを加えて真空凍結乾燥し、用時溶解型の注射剤としてもよい。また、有効成分にレシチン、ポリソルベート80またはポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などを加えて水中で乳化させ、注射剤用乳剤とすることもできる。
【0026】
直腸投与剤を製造するには、有効成分をカカオ脂、脂肪酸のトリ、ジおよびモノグリセリドまたはポリエチレングリコールなどの座剤用基材と共に加湿して溶解し、型に流し込んで冷却するか、有効成分をポリエチレングリコールまたは大豆油などに溶解した後、ゼラチン膜等で被覆してもよい。
【0027】
本実施形態にかかる治療用組成物の投与量および投与回数は特に限定されず、治療対象疾患の悪化・進展の防止および/または治療の目的、疾患の種類、患者の体重や年齢などの条件に応じて、医師または薬剤師等の判断により適宜選択することが可能である。
【0028】
第3の実施形態は、第2の実施形態にかかる治療用組成物(式(I)で表される脂質化合物を脂質成分として含む脂質膜構造体であって、スフィンゴ糖脂質を含有することを特徴とする、前記脂質膜構造体を有効成分として含む、自己免疫疾患の治療用組成物)を患者に投与することを含む、自己免疫疾患の治療方法である。
ここで「治療」とは、すでに疾患に罹患した対象(ヒトおよび非ヒト動物)において、その病態の進行および悪化を阻止または緩和することを意味し、これによって当該疾患の進行および悪化を阻止または緩和することを目的とする処置のことである。
治療対象はヒトに限定されず、ヒト以外の哺乳動物、例えば、マウス、ラット、イヌ、ネコのほか、ウサギ、フェレット、モルモット、ハムスター、チンチラ、ハリネズミ、デグーなど小動物、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタなど家畜、サル、チンパンジーやゴリラなどの霊長類等であってもよい。
【0029】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものも含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例0030】
1.グルコシルセラミド含有脂質膜構造体の調製
本実施例において、式(I)の脂質化合物として、 R1およびR2が同一であり、nが4、mが8、pが4であり、R3およびR4がメチル基である化合物(以下「YSK12-C4」と記載する)を使用した。
脂質組成がYSK12-C4/コレステロール/PEG2k-DMG = 85/15/1(mol%)となるよう10 mM YSK12-C4(42.5μL)、2 mM コレステロール(37.5μL)、0.2 mM PEG2k-DMG (25μL)、90% t-BuOH溶液295μLを混合して脂質溶液を調製した。グルコシルセラミド溶液(1 mg/mL、分子量:770 g/mol)を所望の濃度(総脂質量(505 nmol lipids)に対して10 mol%(38.8μL)、20 mol%(77.6μL)、30 mol%(116.4μL)のグルコシルセラミドをそれぞれ搭載)になるよう調製した脂質溶液に添加し、27G針付シリンジでグルコシルセラミド/脂質混合溶液を回収後、ボルテックスしながら 20 mM クエン酸バッファー2 mLに全量を滴下し、D-PBS(-) 3.5 mLを加えて十分に混合した。その後、D-PBS(-)を7 mL入れたUltra-15 Centrifugal Filter Devices(MWCO 100,000)に混合溶液をデカントで移し、混合溶液を調製したコニカルチューブをD-PBS(-) 3.5 mLで共洗い後、同様にデカントでUltra-15 Centrifugal Filter Devicesに移した。1,000 g、20℃、8分間の条件で限外濾過を行い、D-PBS(-) 12 mL を加えて再度限外濾過(1,000 g、20℃、8 分間)を行った後、1.5 mLチューブに上清を回収した。
以下に示す実施例において、グルコシルセラミドを含有しない脂質膜構造体(以下「YSK12 MEND-Carrier」とも記載する)をコントロールとして、グルコシルセラミドを含有する脂質膜構造体(以下「YSK12 MEND-GlcCer」とも記載する)の効果等について検討した。
【0031】
2.炎症性腸疾患の発症とスフィンゴ糖脂質との関連性に関する検討
NCBI GEO(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/)に登録されている潰瘍性大腸炎(Ulcerative colitis:UC)とクローン病(Crohn's disease:CD)患者の末梢血単核細胞(Peripheral Blood Mononuclear Cells:PBMC)のマイクロアレイデータを用い、スフィンゴ糖脂質関連遺伝子の発現量を解析した(NCBI GEOの公開データの登録番号:GSE 3365)。
図1Aは、ガングリオシドの合成経路を示す。図1Bは、健常者、UC患者およびCD患者由来のPBMC中における各種ガングリオシドの合成に必要な遺伝子(GAL3ST4、UGCG、SGMS1、B4GALT5、A4GALT、ST3GAL5、ST8SIA1、B4GALNT1、B3GALBT4、ST6GALNAC4、ST6GALNAC5)の発現量を比較した結果である。健常者と比較して、UC患者およびCD病患者由来のPBMCにおけるUGCG遺伝子の発現量は有意に低かった。この結果から、UCおよびCDなどの炎症性腸疾患の発症等において、リンパ球系細胞におけるUGCG遺伝子の発現が重要な役割を果たしていることが示唆された。
【0032】
3.潰瘍性大腸炎誘発マウス由来のT細胞中のUGCG遺伝子の発現解析量およびグルコシルセラミドの発現量の解析
まず、UGCG遺伝子の発現量について検討を行った。
野生型(WT)マウスに2%デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を8日間飲水投与し、潰瘍性大腸炎を誘発させた。DSSの投与期間中、腸間膜リンパ節および脾臓中のT細胞をEasySep Mouse T Cell Isolation Kit(Stem cell technologies)で分離し、UDP-glucose ceramide glucosyltransferase (UGCG)のmRNA発現量をRT-qPCRにより経時的に解析した。なお、本実施例で行ったマウスの実験において、マウスは、全てSPF(specific pathogen free)環境で飼育し、麻布大学動物実験委員会の承認を得てガイドラインに従って取り扱った。
結果を図2に示す。腸間膜リンパ節由来(図2A)および脾臓由来(図2B)のいずれのT細胞においても、UGCGの発現量が経時的に減少した。この結果から、潰瘍性大腸炎を発症すると、T細胞中のUGCG発現量が有意に減少することが示唆された。
【0033】
次に、グルコシルセラミド(GlcCer)の発現量について検討を行った。
2%DSSを8日間飲水投与したWTマウスから、腸間膜リンパ節および脾臓中のT細胞をEasySep Mouse T Cell Isolation Kit(Stem cell technologies)で分離した。分離したT細胞をFACS Buffer(PBSに1% ウシ胎児血清、0.1% アジ化ナトリウム、0.1%サポニンを加えたもの)で洗浄後、 Anti-GlcCer, Rabbit-Poly RAS_0011 (Glycobiotech)で45分間、4℃でインキュベートした。FACS Bufferで1回洗浄し、 Alexa Fluor(登録商標)488標識抗ウサギ抗体(ThermoFisherScientific)と45分、4℃でインキュベートした。EC800フローサイトメーター(Sony)で細胞集団の蛍光強度が高い細胞集団、すなわち、GlcCerの発現が高い細胞集団の全T細胞に対する割合(%cellで示す)と全ての平均蛍光強度(mean fluorescent intensity:MFI) を測定し、FlowJoソフトウェアで解析した。
結果を図3に示す。コントロールのマウス(DSSを含まない水を摂取させたマウス)と比較して、潰瘍性大腸炎を誘発させたマウスでは、腸間膜リンパ節および脾臓中のGlcCerを発現するT細胞の割合が減少し(図3BおよびE)、全体のGlcCerの発現量も減少した(図3A、CおよびD、F)。
【0034】
4.T細胞特異的UGCG遺伝子欠損マウスを用いた解析
4-1.T細胞特異的UGCG遺伝子欠損が潰瘍性大腸炎の病態に及ぼす影響
T細胞特異的UGCG遺伝子欠損マウスは、UGCG遺伝子欠損floxマウス(Yamashitaら, Genesis 43:175-180 2005)とT細胞特異的なCreマウスとの掛け合わせにより作製した。T細胞特異的UGCG欠損(UgcgΔ/Δ)マウスおよびコントロール(Ugcgflox/flox)マウスに2%DSSを飲水投与して潰瘍性大腸炎を誘発した後、体重変化、生存率、体重および下痢・出血による臨床スコア(Disease activity index:DAI)、大腸の長さを測定した。 さらに、大腸組織における炎症性サイトカインのmRNA発現量をqPCRにより解析した。
結果を図4に示す。T細胞特異的UGCG遺伝子欠損マウスは、コントロールマウスと比較して、経時的な体重の減少(図4A)、生存率の低下(図4B)、臨床スコアの増悪(図4C)が認められ、大腸の短縮(図4DおよびE)が顕著であった。また、大腸組織における炎症性サイトカイン(IL-6、TNFα、IL-17A)のmRNAの発現は、コントロールマウスと比較して、T細胞特異的UGCG遺伝子欠損マウスの大腸組織において増加していた(図4F、GおよびH)。
【0035】
さらに、2%DSSを飲水投与し潰瘍性大腸炎を誘発したT細胞特異的UGCG欠損(UgcgΔ/Δ)マウスおよびコントロール(Ugcgflox/flox)マウスの大腸の組織切片を作製し、HE染色を行い、病理組織学的活動性スコア(histological score:HS)を評価した。HSの評価は、Dielemanら, Clin Exp Immunol. 114:385-391 1998を参照して行った。
その結果、コントロールマウスと比較して、T細胞特異的UGCG遺伝子欠損マウスの大腸組織のHSは増大しており(図5AおよびB)、潰瘍性大腸炎が増悪していた。
以上の結果から、T細胞においてUGCG遺伝子が欠損すると潰瘍性大腸炎の病態が悪化することが示唆された。
【0036】
4-2.T細胞特異的UGCG遺伝子欠損が潰瘍性大腸炎の病態に及ぼす影響が制御性T細胞に与える影響
T細胞特異的UGCG欠損(UgcgΔ/Δ)マウスおよびコントロール(Ugcgflox/flox)マウスに2%DSSを飲水投与して潰瘍性大腸炎を誘発した後、盲腸から肛門までの広範囲を1枚の組織切片にして、制御性T細胞マーカー(Foxp3)に対する抗体で免疫染色される細胞の数を、目視でカウントした。その結果、コントロールマウスと比較して、T細胞特異的UGCG遺伝子欠損マウスの大腸組織の制御性T細胞数が減少していた(図5D)。
以上の結果から、T細胞においてUGCG遺伝子が欠損すると、制御性T細胞の数が減少することが示唆された。
【0037】
5.潰瘍性大腸炎誘発マウスへのYSK12 MEND-GlcCerの投与の効果
5-1.潰瘍性大腸炎の病態への効果
WTマウスに2%DSSを飲水投与し潰瘍性大腸炎を誘発した。DSSの投与期間中、YSK12 MEND-GlcCer(GlcCerを含有する脂質膜構造体)と、コントロールとしてYSK12 MEND-Carrier(GlcCerを含有しない脂質膜構造体)を、各々、潰瘍性大腸炎誘発マウスに隔日に静脈内投与した。YSK12 MEND-GlcCer(30 mol%のGlcCerを含む)および YSK12 MEND-Carrierの投与量は、各々、20μg/kg(100μL)とした。2%DSS投与後、経時的に体重変化、生存率、体重および下痢・出血による臨床スコア(Disease activity index:DAI)、大腸の長さを測定した。 さらに、大腸組織における炎症性サイトカインのmRNA発現量をqPCRにより解析した。
結果を図6に示す。YSK12 MEND-GlcCer投与マウスは、コントロールマウスと比較して、体重減少の抑制(図6A)、生存率の向上(図6B)、臨床スコアの改善(図4C)が認められ、大腸の短縮(図4DおよびE)が抑制された。また、YSK12 MEND-GlcCer投与マウスの大腸組織における炎症性サイトカイン(IL-6、TNFα、IL-17A)のmRNAの発現は、コントロールマウスと比較して、抑制された(図4F、GおよびH)。
【0038】
さらに、2%DSSを飲水投与し潰瘍性大腸炎を誘発したマウスに、YSK12 MEND-GlcCerおよびYSK12 MEND-Carrierを、各々投与し、各マウスの大腸の組織切片を作製し、HE染色を行い、病理組織学的活動性スコア(histological score:HS)を評価した。
その結果、コントロールマウスと比較して、YSK12 MEND-GlcCer を投与した炎症性大腸炎誘発マウスの大腸組織のHSは減少しており(図5AおよびB)、潰瘍性大腸炎が改善していることが分かった。
以上の結果から、YSK12 MEND-GlcCerは、潰瘍性大腸炎の諸症状を改善することが示唆された。
【0039】
5-2.制御性T細胞に与える影響
2%DSSを飲水投与し潰瘍性大腸炎を誘発したマウスに、YSK12 MEND-GlcCerおよびYSK12 MEND-Carrierを、各々投与した後、各マウスの大腸組織における制御性T細胞マーカー(Foxp3)発現細胞数を解析した。
その結果、コントロールマウス(YSK12 MEND-Carrier投与マウス)と比較して、YSK12 MEND-GlcCer 投与マウスの大腸組織の制御性T細胞数が増加していることが分かった(図5D)。
以上の結果から、YSK12 MEND-GlcCer は、制御性T細胞の数を増加させることで、過剰な免疫反応を抑制し、自己免疫疾患等に治療効果を発揮することが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、過剰な免疫反応を抑制する剤等の提供を可能にする。従って、本発明は医学分野における利用が期待される。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7