(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023033707
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】イオン抜去化合物およびその製造方法ならびにイオン置換体およびその製造方法ならびにインターカレーション化合物およびその製造方法ならびに高圧固体電気化学用圧力セル
(51)【国際特許分類】
C30B 29/06 20060101AFI20230306BHJP
C01B 33/06 20060101ALI20230306BHJP
C01B 35/04 20060101ALI20230306BHJP
C01B 6/00 20060101ALI20230306BHJP
C01B 19/00 20060101ALI20230306BHJP
C01G 35/00 20060101ALI20230306BHJP
C30B 29/46 20060101ALI20230306BHJP
C30B 29/10 20060101ALI20230306BHJP
【FI】
C30B29/06 Z
C01B33/06
C01B35/04 D
C01B6/00 Z
C01B19/00 Z
C01G35/00 Z
C30B29/46
C30B29/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021139564
(22)【出願日】2021-08-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年9月8日、第81回応用物理学会 秋季学術講演会分科シンポジウム(招 8p-Z01-5) 令和3年1月9日、第56回応用物理学会北海道支部 第17回日本光学会北海道支部 合同学術講演会(C-1) 令和3年1月7日、http://annex.jsap.or.jp/hokkaido/sibutaikai_56th.htm 令和2年9月17日、日本金属学会 第167回講演大会[S5.3] 令和2年9月2日、https://jim.or.jp/MEETINGS/2020_atmn/index.php 令和2年9月17日、日本金属学会 第167回講演大会[S5.2] 令和2年9月2日、https://jim.or.jp/MEETINGS/2020_atmn/index.php
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年10月19日、第6回 北大・部局横断シンポジウム国立大学法人北海道大学 ポスター発表 令和2年10月16日、https://www.igm.hokudai.ac.jp/events/R21019-6th-simposium.php 令和2年12月10日、The 21st RIES-Hokudai International Symposim国立大学法人北海道大学電子科学研究所ポスター発表 令和2年11月30日、https://www.es.hokudai.ac.jp/symposium/2020 令和2年11月14日、令和2年度 日本セラミックス協会 東北北海道支部 研究発表会 ポスター発表 令和2年11月1日、https://sites.google.com/view/serakyou2020/%E8%AC%9B%E6%BC%94%E8%A6%81%E6%97%A8%E9%9B%86
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年11月20日、応用物理学会応用超伝導分科会・低温工学材料研究会 合同研究会(超伝導分科会第61回研究会、材料研究会 2020年度第3回研究会) 令和3年5月21日、日本材料科学会2021年度学術講演大会(S52) 令和3年5月19日、https://app.box.com/s/elc9qk17slos14crcm6lebh22jdqyhej 令和3年5月21日、日本材料科学会2021年度学術講演大会(S53) 令和3年5月19日、https://app.box.com/s/elc9qk17slos14crcm6lebh22jdqyhej
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「固体電気化学と高圧合成を用いた新規結晶探索」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120640
【弁理士】
【氏名又は名称】森 幸一
(72)【発明者】
【氏名】藤岡 正弥
(72)【発明者】
【氏名】岩▲崎▼ 秀
【テーマコード(参考)】
4G048
4G072
4G077
【Fターム(参考)】
4G048AA01
4G048AA07
4G048AB01
4G048AC08
4G048AD07
4G048AE05
4G072AA20
4G072BB01
4G072BB11
4G072GG02
4G072HH02
4G072RR13
4G072RR30
4G077BA04
4G077BD09
4G077BE06
4G077BE26
4G077CA03
4G077CA10
4G077EG15
4G077EJ01
(57)【要約】
【課題】II型のIV族クラスレート化合物やNaAlB
14などを出発物質としたイオン抜去化合物、酸化物を出発物質とした酸水素化物などのイオン置換体およびファンデルワールスギャップを有する化合物を出発物質としたインターカレーション化合物ならびにそれらを容易に製造することができる製造方法を提供する。
【解決手段】Naイオンを含有するII型IV族クラスレート化合物にNaイオン伝導体20を接触させ、II型IV族クラスレート化合物にNaイオン伝導体20に対して正の電圧Vを印加しながら熱処理を行うことによりII型IV族クラスレート化合物からNaイオン11を抜去する。また、NaAlB
14、酸化物、ファンデルワールスギャップを有する化合物などを出発物質として高圧下で電圧印加および加熱を行って電気化学的処理を行うことによりNaイオン抜去NaAlB
14、酸水素化物、インターカレーション化合物などを製造する。
【選択図】
図2B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物の少なくとも一部の当該イオンが抜去されたイオン抜去化合物。
【請求項2】
上記化合物は共有結合性の骨格構造を有する請求項1記載のイオン抜去化合物。
【請求項3】
上記化合物はNaイオンを内包するII型IV族クラスレート化合物であり、上記イオンはNaイオンである請求項2記載のイオン抜去化合物。
【請求項4】
上記II型IV族クラスレート化合物は少なくとも半径200μmの球を含む大きさの単結晶からなる請求項3記載のイオン抜去化合物。
【請求項5】
上記化合物はNaAlB14であり、上記イオンはNaイオンである請求項2記載のイオン抜去化合物。
【請求項6】
抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物に上記イオンの伝導体を接触させた状態で上記化合物および上記イオンの伝導体に上記化合物の上記イオンが上記イオンの伝導体に移動するような極性の電圧を印加しながら熱処理を行うことにより上記化合物から上記イオンを抜去する工程を有するイオン抜去化合物の製造方法。
【請求項7】
上記化合物はNaイオンを内包するII型IV族クラスレート化合物であり、上記イオンはNaイオンであり、上記II型IV族クラスレート化合物にNaイオン伝導体を接触させた状態で上記II型IV族クラスレート化合物および上記Naイオン伝導体に上記II型IV族クラスレート化合物側が高電位となるように電圧を印加しながら熱処理を行うことにより上記II型IV族クラスレート化合物からNaイオンを抜去する請求項6記載のイオン抜去化合物の製造方法。
【請求項8】
抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物に上記イオンの伝導体を接触させた状態で上記化合物および上記イオンの伝導体に上記化合物の上記イオンが上記イオンの伝導体に移動するような極性の電圧を印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより上記化合物から上記イオンを抜去する工程を有するイオン抜去化合物の製造方法。
【請求項9】
上記化合物はNaAlB14であり、上記イオンはNaイオンであり、上記NaAlB14にNaイオン伝導体を接触させた状態で上記NaAlB14および上記Naイオン伝導体に上記NaAlB14側が高電位となるように電圧を印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより上記NaAlB14からNaイオンを抜去する請求項8記載のイオン抜去化合物の製造方法。
【請求項10】
抜去の対象とする第1のイオンが最も弱結合している化合物の少なくとも一部の当該第1のイオンが抜去され、当該第1のイオンが抜去されたサイトに第2のイオンが導入されたイオン置換体。
【請求項11】
上記化合物は焼結した酸化物であり、上記第1のイオンは酸化物イオンであり、上記第2のイオンはヒドリドである請求項10記載のイオン置換体。
【請求項12】
上記酸化物はペロブスカイト酸化物である請求項11記載のイオン置換体。
【請求項13】
抜去の対象とする第1のイオンが最も弱結合している化合物を当該化合物に導入しようとする第2のイオンの伝導体および上記第1のイオンの伝導体で挟み、上記第1のイオンの伝導体と上記第2のイオンの伝導体との間に上記化合物の上記第1のイオンが上記第1のイオンの伝導体に移動し、上記第2のイオンの伝導体の上記第2のイオンが上記化合物に移動するような極性の電圧を印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより上記化合物から上記第1のイオンを抜去するとともに、上記化合物の上記第1のイオンが抜去されたサイトに上記第2のイオンを導入する工程を有するイオン置換体の製造方法。
【請求項14】
上記化合物は焼結した酸化物であり、上記第1のイオンは酸化物イオンであり、上記第2のイオンはヒドリドであり、ヒドリド伝導体、上記酸化物および酸化物イオン伝導体を順に積層し、上記ヒドリド伝導体と上記酸化物イオン伝導体との間に上記酸化物イオン伝導体側が高電位となるように電圧を印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより上記酸化物から酸化物イオンを抜去するとともに、上記酸化物の酸化物イオンが抜去されたサイトにヒドリドを導入する請求項13記載のイオン置換体の製造方法。
【請求項15】
上記酸化物はペロブスカイト酸化物である請求項14記載のイオン置換体の製造方法。
【請求項16】
ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物に金属イオンが導入されたインターカレーション化合物。
【請求項17】
上記インターカレーション化合物はMgイオンが導入されたTaS2 、Agイオンが導入されたMoTe2 またはCuイオンが導入されたMoTe2 である請求項16記載のインターカレーション化合物。
【請求項18】
ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物に当該化合物に導入しようとする金属イオンの伝導体を接触させた状態で上記化合物および上記伝導体に上記伝導体側が高電位となるように電圧を印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより上記伝導体から上記化合物に金属イオンを導入する工程を有するインターカレーション化合物の製造方法。
【請求項19】
ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物の粉末とアルカリ土類金属水素化物の粉末とからなる混合粉末を焼成する工程を有するインターカレーション化合物の製造方法。
【請求項20】
試料が収納される管状の試料室と、
上記試料室を囲むように設けられたヒーターと、
上記試料室および上記ヒーターが収納される貫通孔を有する支持体と、
上記支持体の側面に上記貫通孔を挟んで互いに対向するように上記ヒーターと電気的に接続されて設けられた第1の電流導入端子および第2の電流導入端子と、
上記支持体の上記貫通孔の一端を塞ぐように上記試料室の一端に接して設けられ、第1の電圧印加端子を有する第1の蓋および上記貫通孔の他端を塞ぐように上記試料室の他端に接して設けられ、第2の電圧印加端子を有する第2の蓋と、
を有する高圧固体電気化学用圧力セル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、イオン抜去化合物およびその製造方法ならびにイオン置換体およびその製造方法ならびにインターカレーション化合物およびその製造方法ならびに高圧固体電気化学用圧力セルに関し、例えば、Naイオン(Na+ )を抜去したII型Siクラスレート化合物やNaAlB14などの各種のイオン抜去化合物、イオンの置換を行った各種のイオン置換体、金属イオンを含有する各種のインターカレーション化合物などに適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
クラスレート化合物は、籠状構造内にイオンが内包された構造を有する。クラスレート化合物は、この構造に由来したラットリング効果により、熱伝導率が低いことが知られている。Siが籠状構造のベースとなるクラスレート化合物群には、Siクラスレート化合物やSi-Geクラスレート化合物などが含まれる。このようなクラスレート化合物群は、その籠状構造からNaイオンを抜去することで電子物性の変調が可能であり、太陽光発電の光電変換材料、熱電変換材料、Naイオンが抜去された後の空隙を利用したイオン電池の電極材料や水素ガスなどの吸蔵材料などの、 Naイオンの抜去に伴う種々の機能性の発現が期待されている。太陽光発電に関しては、Siクラスレート化合物やSi-Geクラスレート化合物は、その籠状構造から一部または全部のNaイオンを抜去した場合、バンドギャップが1.3~1.8eVの直接遷移型半導体となるため、従来の太陽光発電で利用される間接遷移型半導体のSiに比べてエネルギー変換効率が劇的に向上すると期待されている。実際、間接遷移型半導体のSiと直接遷移型半導体のSiクラスレート化合物との吸収係数を比較すると、2.3~3.3eV付近ではSiクラスレート化合物の吸収係数が極端に大きいことが報告されている。また、熱電変換材料に関しては、上述のようにクラスレート化合物は熱伝導率が低いため、熱電変換材料として有利である。さらに、籠状構造内のNaイオンの濃度をNaイオンの抜去により調整することで、電子伝導特性を適切に調整することが可能である。このため、クラスレート化合物は、高性能の熱電変換材料として期待されている。また、イオン電池の電極材料や水素ガスなどの吸蔵材料に関しては、Siクラスレート化合物のNaイオンの抜去により形成される空隙は、ガスなどの吸着サイトや他のイオン種の安定サイトとして機能する可能性があるため、期待されている。
【0003】
Siクラスレート化合物からNaイオンを抜去する方法としては、Siクラスレート化合物が微結晶であれば、真空アニールを行うことによりNaイオンを抜去することができることが従来より知られていた(非特許文献1参照)。一方、近年では、サイズが数mm以上の大きなSiクラスレート化合物単結晶の育成が可能となっている。しかし、本発明者らが独自に得た知見によれば、このような非常に大きなSiクラスレート化合物単結晶に真空アニールを行っても、表面から200μm以上奥側にあるNaイオンを抜去することができない。真空アニールをたとえ長時間行ったとしても、Naイオンを抜去することができる領域は表面から200μm程度に限られてしまう。さらに、この真空アニールにより、Siクラスレート化合物単結晶から揮発したNaが結晶表面でNa2 CO3 などの不純物を形成してしまう。このため、上述の種々の分野の技術にSiクラスレート化合物を用いるためには、Siクラスレート化合物単結晶の大型化に対応したNaイオンの抜去方法を確立しなければならない。特に、巨大なSiクラスレート化合物単結晶からNaイオンを抜去するためには、新たなアイデアに基づく手法が必要不可欠となるが、これまでそのような手法は提案されていない。
【0004】
一方、電気化学は、従来より種々の無機化合物の合成に利用されてきたが、多くの場合が液相プロセスを用いている。しかし、液相プロセスは、溶媒の蒸発や電気分解のため、合成条件が低温や低電圧に制限される。一方、液相プロセスは、イオン拡散に伴う体積の変化や界面での散乱のため、極めてイオン伝導特性が高い物質を除いて、電気的にイオンの拡散を促すことが難しい。そのような中でも、ガラスなどの非晶質材料については一部研究が進められてきた。例えば、燃料電池の開発を目的として、リン酸塩ガラスを300~400℃程度に加熱し、電圧を印加してガラス中のNaイオンをプロトン(H+ )に置換する研究が報告されている(非特許文献2参照)。このような非晶質材料であれば、軟化点以上で柔軟に形状が変わるため、固相-固相界面を良好に保ち、原子の移動に伴う体積の変化や、空隙の形成を低減することができる。これに対して、結晶質の物質における固相-固相界面は、マイクロスケールで多くの隙間が存在するため、原子やイオンの移動には適していない。このことは、一部の高イオン伝導体を除き、無機多結晶合成に固体電気化学が浸透していない理由であると予想される。
【0005】
さらに、水素は常圧で透過性の高い気体であり、水素原子を含む無機化合物の合成は一般に難しい。例えば、酸水素化物の合成例は2018年の段階で高々50例しか報告されていない(非特許文献3参照)。しかし、水素はクリーンエネルギーとして、近年世界的に注目を集めており、これを利用できる技術や材料の開発が求められている。このような水素の利用を実現する新規な酸水素化物を合成するためには、単純な水素雰囲気下でのアニールでは限界があり、新たなメカニズムに基づく新規合成プロセスが求められている。従来、ペロブスカイト酸化物をベースとするペロブスカイト酸水素化物の合成方法としては、CaH2 やLaH3 などの水素源を試料と混合・封緘し、低温で焼成する方法が知られている。しかし、この方法は、低温合成であるため、焼結密度を上げることが難しく、粒子間の弱結合状態が物性に影響を与えることとなる。また、水素導入後に高温アニールを行うと、試料から水素が放出されてしまう。例えば、ATiO3 (A=Ba,Ca,Sr)などの化合物は、粒界での散乱を十分に低減するためには、1200℃前後の高温焼結が必要であるが、水素は400~500℃で放出されるため、緻密なバルク多結晶体を合成することは難しい(非特許文献4参照)。
【0006】
なお、コロナ放電を用いてガラス基板内のアルカリ金属イオンをプロトンで置換することでアルカリ金属の含有割合を調整する方法が知られている(特許文献1参照)。また、構造の骨格を形成していない第1のイオンを含む第1のイオン源とホストとなる第1の被処理体とを互いに積層または対向させ、第1の被処理体と反対側から第1のイオン源に第1のイオンと同符号の第2のイオンを注入することにより、第1のイオン源に含まれる第1のイオンをゲストとして第1の被処理体に移動させてインターカレーションを行うインターカレーション物質の製造方法が提案されている(特許文献2参照)。例えば、被処理体はTaS2 、第1のイオン源はガラス基板、第1のイオンはLi+ などのアルカリ金属イオン、第2のイオンはプロトンである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015-117167号公報
【特許文献2】国際公開第2017/188204号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Phys. Rev. B 62 R7707(2000)
【非特許文献2】Phys. Chem. 17 13640(2015)
【非特許文献3】Nat. commun. 9 772(2018)
【非特許文献4】日本結晶学会誌,55 242(2013)
【非特許文献5】Nat. Mater. 11 507(2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、この発明が解決しようとする課題は、II型のIV族クラスレート化合物などの各種の化合物を出発物質とした各種のイオン抜去化合物およびその製造方法を提供することである。
【0010】
この発明が解決しようとする他の課題は、酸化物などの各種の物質を出発物質としたイオン置換体およびその製造方法を提供することである。
【0011】
この発明が解決しようとするさらに他の課題は、ファンデルワールスギャップを構造中に有する各種の化合物を出発物質としたインターカレーション化合物およびその製造方法を提供することである。
【0012】
この発明が解決しようとするさらに他の課題は、アルカリ土類金属を含有するインターカレーション化合物を容易に製造することができるインターカレーション化合物の製造方法を提供することである。
【0013】
この発明が解決しようとするさらに他の課題は、NaAlB14、酸化物、ファンデルワールスギャップを有する化合物などの各種の物質を出発物質として高圧下で電気化学的処理を行うことでイオン抜去化合物、イオン置換体、インターカレーション化合物などを製造するのに用いて好適な高圧固体電気化学用圧力セルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、この発明は、
抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物の少なくとも一部の当該イオンが抜去されたイオン抜去化合物である。
【0015】
ここで、抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物は、典型的には、共有結合性の骨格構造を有する。このような化合物としては、Naイオンを内包するII型IV族クラスレート化合物(例えば、II型Siクラスレート化合物、II型Si-Geクラスレート化合物など)やNaAlB14などが挙げられ、この場合の上記イオンはNaイオンである。II型IV族クラスレート化合物ではIV族元素が共有結合して籠状構造を構成する。例えば、II型Siクラスレート化合物ではSiが籠状構造を構成し、II型Si-Geクラスレート化合物ではSiおよびGeが共有結合して籠状構造を構成する。NaAlB14はBの共有結合性骨格を有する。
【0016】
II型IV族クラスレート化合物は、典型的には、少なくとも半径200μmの球を含む大きさの単結晶、例えば全ての方向のサイズが0.5mm以上の大きさの単結晶からなる。このようなサイズのII型IV族クラスレート化合物の単結晶では、従来の真空アニール法では表面から200μm以上奥側のNaイオンの抜去は困難であったことは既に述べた通りである。
【0017】
II型IV族クラスレート化合物は、例えば、直接遷移型半導体、熱電変換材料、各種のイオン電池用電極材料、ガス吸蔵材料などに適用することができる。
【0018】
NaAlB14は、単結晶であっても多結晶であってもよい。
【0019】
また、この発明は、
抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物に上記イオンの伝導体を接触させた状態で上記化合物および上記イオンの伝導体に上記化合物の上記イオンが上記イオンの伝導体に移動するような極性の電圧を印加しながら熱処理を行うことにより上記化合物から上記イオンを抜去する工程を有するイオン抜去化合物の製造方法である。
【0020】
ここで、印加する電圧の大きさや熱処理の条件(温度、時間、雰囲気)などは、抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物に応じて適宜選択することができる。抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物は、例えば、Naイオンを内包するII型IV族クラスレート化合物であり、上記イオンはNaイオンである。この場合、II型IV族クラスレート化合物にNaイオン伝導体を接触させた状態でII型IV族クラスレート化合物およびNaイオン伝導体にII型IV族クラスレート化合物側が高電位となるように電圧を印加しながら熱処理を行うことによりII型IV族クラスレート化合物からNaイオンを抜去する。
【0021】
また、この発明は、
抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物に上記イオンの伝導体を接触させた状態で上記化合物および上記イオンの伝導体に上記化合物の上記イオンが上記イオンの伝導体に移動するような極性の電圧を印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより上記化合物から上記イオンを抜去する工程を有するイオン抜去化合物の製造方法である。
【0022】
このイオン抜去化合物の製造方法は、圧力、温度および電圧の3つのパラメータを同時に調整することが可能な新規な合成手法であり、イオンが最も弱結合している化合物およびイオンの伝導体に高圧が印加されることにより、ナノスケールで良好な固相間の接触界面を形成することができ、イオン拡散に伴う結晶の体積変化に対しても一定圧力が常に印加されるため、イオン拡散に良好な界面が持続的に得られる。ここで、印加する電圧の大きさ、圧力の大きさ、熱処理の条件(温度、時間、雰囲気)などは、抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物に応じて適宜選択することができる。抜去の対象とするイオンが最も弱結合している化合物は、例えば、NaAlB14であり、上記イオンはNaイオンである。この場合、NaAlB14にNaイオン伝導体を接触させた状態でNaAlB14およびNaイオン伝導体にNaAlB14側が高電位となるように電圧を印加しながら高圧下で熱処理を行うことによりNaAlB14からNaイオンを抜去する。
【0023】
また、この発明は、
抜去の対象とする第1のイオンが最も弱結合している化合物の少なくとも一部の当該第1のイオンが抜去され、当該第1のイオンが抜去されたサイトに第2のイオンが導入されたイオン置換体である。
【0024】
ここで、抜去の対象とする第1のイオンが最も弱結合している化合物は、例えば、焼結した酸化物であり、上記第1のイオンは酸化物イオンであり、上記第2のイオンはヒドリドである。このような酸化物は、典型的にはペロブスカイト酸化物であるが、これに限定されるものではない。
【0025】
また、この発明は、
抜去の対象とする第1のイオンが最も弱結合している化合物を当該化合物に導入しようとする第2のイオンの伝導体および上記第1のイオンの伝導体で挟み、上記第1のイオンの伝導体と上記第2のイオンの伝導体との間に上記化合物の上記第1のイオンが上記第1のイオンの伝導体に移動し、上記第2のイオンの伝導体の上記第2のイオンが上記化合物に移動するような極性の電圧を印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより上記化合物から上記第1のイオンを抜去するとともに、上記化合物の上記第1のイオンが抜去されたサイトに上記第2のイオンを導入する工程を有するイオン置換体の製造方法である。
【0026】
このイオン置換体の製造方法は、圧力、温度および電圧の3つのパラメータを同時に調整することが可能な新規な合成手法であり、第2のイオンの伝導体、抜去の対象とする第1のイオンが最も弱結合している化合物および第1のイオンの伝導体に高圧が印加されることにより、ナノスケールで良好な固相間の接触界面を形成することができ、イオン拡散に伴う結晶の体積変化に対しても一定圧力が常に印加されるため、イオン拡散に良好な界面が持続的に得られる。ここで、印加する電圧の大きさ、圧力の大きさ、熱処理の条件(温度、時間、雰囲気)などは、抜去の対象とする第1のイオンが最も弱結合している化合物に応じて適宜選択することができる。この化合物は、例えば、焼結した酸化物であり、上記第1のイオンは酸化物イオンであり、上記第2のイオンはヒドリドである。このような酸化物は、典型的にはペロブスカイト酸化物であるが、これに限定されるものではない。この場合、ヒドリド伝導体、酸化物および酸化物イオン伝導体を順に積層し、ヒドリド伝導体と酸化物イオン伝導体との間に酸化物イオン伝導体側が高電位となるように電圧を印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより酸化物から酸化物イオンを抜去するとともに、酸化物の酸化物イオンが抜去されたサイトにヒドリドを導入する。こうすることで、焼結した酸化物に対して水素を導入することが可能であり、酸水素化物を容易に製造することができる。
【0027】
また、この発明は、
ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物に金属イオンが導入されたインターカレーション化合物である。
【0028】
ここで、ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物、すなわちファンデルワールス化合物は、例えば、層状構造を有する化合物や繊維状物質などである。層状構造を有する化合物では層間の空間がファンデルワールスギャップとなり、繊維状物質では1次元状に延びる繊維間に作られる空間がファンデルワールスギャップとなる。これらの層状構造を有する化合物および繊維状物質は、例えば、遷移金属ダイカルコゲナイド、遷移金属トリカルコゲナイド、13族カルコゲナイド、14族カルコゲナイド、層状超伝導物質、層状窒化物、炭素系材料などである。このうち特に、遷移金属ダイカルコゲナイドは、MCh2 (M=Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、Wなど、Ch=S、Se、Te)であり、例えば、TaS2 、NbSe2 、NbS2 、FeSe2 、MoTe2 などである。遷移金属トリカルコゲナイドは、MCh3 (M=Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、Wなど、Ch=S、Se、Te)であり、例えば、TaS3 、TaSe3 、NbSe3 などである。13族カルコゲナイドは、GaS、GaSe、GaTe、InSeなどである。14族カルコゲナイドは、GeS、SnS2 、SnSe2 、PbOなどである。層状超伝導物質は、銅酸化物高温超伝導体、鉄系超伝導体、BiCh2 系超伝導体(Ch=S、Se、Te)などであり、具体的には、例えば、Bi2 Sr2 CaCu2 Ox 、LnFePnO1-x Fx 、FeSe1-x Sx 、FeTe1-x Sx 、FeTe1-x Sex 、Ln(O1-x Fx )BiCh2 (Ln=La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Ch=S、Se、Te、Pn=As、P)であり、例えば、La(OF)BiS2 、Ce(OF)BiS2 、Pr(OF)BiS2 、Nd(OF)BiS2 、La(OF)BiSe2 、La(OF)BiSeS、La(OF)BiS2 などである。層状窒化物は、TiNCl、ZrNCl、HfNClなどである。炭素系材料は、グラファイト、カーボンナノチューブ、フラーレン、2層グラフェンなどである。金属イオンは、特に限定されないが、例えば、Mgイオン、Agイオン、Cuイオンなどである。
【0029】
また、この発明は、
ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物に当該化合物に導入しようとする金属イオンの伝導体を接触させた状態で上記化合物および上記伝導体に上記伝導体側が高電位となるように電圧を印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより上記伝導体から上記化合物に金属イオンを導入する工程を有するインターカレーション化合物の製造方法である。
【0030】
このインターカレーション化合物の製造方法は、圧力、温度および電圧の3つのパラメータを同時に調整することが可能な新規な合成手法であり、上記の化合物および伝導体に高圧が印加されることにより、ナノスケールで良好な固相間の接触界面を形成することができ、イオン拡散に伴う結晶の体積変化に対しても一定圧力が常に印加されるため、イオン拡散に良好な界面が持続的に得られる。ここで、印加する電圧の大きさ、圧力の大きさ、熱処理の条件(温度、時間、雰囲気)などは、ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物やこの化合物への導入の対象とする金属イオンなどに応じて適宜選択することができる。
【0031】
また、この発明は、
ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物の粉末とアルカリ土類金属水素化物の粉末とからなる混合粉末を焼成する工程を有するインターカレーション化合物の製造方法である。
【0032】
このインターカレーション化合物の製造方法の発明においては、ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物の粉末とアルカリ土類金属水素化物の粉末とからなる混合粉末を焼成することにより、アルカリ土類金属を含有するインターカレーション化合物を製造することができる。ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物、すなわちファンデルワールス化合物は、上記のインターカレーション化合物の発明に関連して説明した通りである。アルカリ土類金属は、Mg、Ca、Sr、Baなどである。アルカリ土類金属水素化物は、例えば、MgH2 、CaH2 、SrH2 、BaH2 などである。焼成温度および焼成時間は、ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物やアルカリ土類金属水素化物などに応じて適宜選ぶことができる。焼成は常圧で行ってもよいし、高圧下で行ってもよい。
【0033】
また、この発明は、
試料が収納される管状の試料室と、
上記試料室を囲むように設けられたヒーターと、
上記試料室および上記ヒーターが収納される貫通孔を有する支持体と、
上記支持体の側面に上記貫通孔を挟んで互いに対向するように上記ヒーターと電気的に接続されて設けられた第1の電流導入端子および第2の電流導入端子と、
上記支持体の上記貫通孔の一端を塞ぐように上記試料室の一端に接して設けられ、第1の電圧印加端子を有する第1の蓋および上記貫通孔の他端を塞ぐように上記試料室の他端に接して設けられ、第2の電圧印加端子を有する第2の蓋と、
を有する高圧固体電気化学用圧力セルである。
【0034】
ここで、高圧固体電気化学用圧力セルとは、高圧下で固体の対象化合物(試料)に対して電気化学的な処理を行うのに使用される圧力セルのことを意味する。試料室の大きさや形状などは、試料の大きさや形状などに応じて適宜選択することができるが、例えば、円筒状である。支持体の形状は、必要に応じて選ばれ、特に限定されないが、例えば、正四角柱状の形状や正八面体状の形状などである。この高圧固体電気化学用圧力セルに対する圧力の印加は、典型的には、この高圧固体電気化学用圧力セルを外部から高圧アンビルで押圧することにより行う。
【発明の効果】
【0035】
この発明によれば、Naイオンを抜去したII型IV族クラスレート化合物などの各種のイオン抜去化合物、酸化物イオンをヒドリドで置換した酸化物などの各種のイオン置換体、Mgイオンを含有するTaS2 やAgイオンを含有するMoTe2 などの各種のインターカレーション化合物などを容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1A】この発明の第1の実施の形態によるNaイオン抜去II型IV族クラスレート化合物の出発物質としてのII型IV族クラスレート化合物を示す略線図である。
【
図1B】
図1Aに示すII型IV族クラスレート化合物を構成する20個のIV族元素からなる12面体を示す略線図である。
【
図1C】
図1Aに示すII型IV族クラスレート化合物を構成する28個のIV族元素からなる16面体を示す略線図である。
【
図2A】この発明の第1の実施の形態によるNaイオン抜去II型IV族クラスレート化合物の製造方法を示す略線図である。
【
図2B】この発明の第1の実施の形態によるNaイオン抜去II型IV族クラスレート化合物の製造方法を示す略線図である。
【
図3A】II型IV族クラスレート化合物の一例のNa
24Si
136 を示す略線図である。
【
図3B】
図3Aに示すNa
24Si
136 からNaイオンを抜去したSi
136 を示す略線図である。
【
図4A】実施例1によるNaイオン抜去II型Siクラスレート化合物の製造方法の実施に用いられる固体電気化学装置を示す図面代用写真である。
【
図4B】
図4Aに示す固体電気化学装置の試料周辺部を拡大して示す図面代用写真である。
【
図5】実施例1によるNaイオン抜去II型Siクラスレート化合物の製造方法の実施により製造されたNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 を示す図面代用写真である。
【
図6】
図5に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の分析位置を示す略線図である。
【
図7A】
図6に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の分析線1に沿っての切断面を示す図面代用写真である。
【
図7B】
図7Aに示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の切断面におけるNa分布を示す図面代用写真である。
【
図8A】
図6に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の分析線2に沿っての切断面を示す図面代用写真である。
【
図8B】
図8Aに示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の切断面におけるNa分布を示す図面代用写真である。
【
図9A】
図6に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の分析線3に沿っての切断面を示す図面代用写真である。
【
図9B】
図9Aに示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の切断面におけるNa分布を示す図面代用写真である。
【
図10A】
図6に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の分析線4に沿っての切断面を示す図面代用写真である。
【
図10B】
図10Aに示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の切断面におけるNa分布を示す図面代用写真である。
【
図11A】
図6に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の分析線5に沿っての切断面を示す図面代用写真である。
【
図11B】
図11Aに示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の切断面におけるNa分布を示す図面代用写真である。
【
図12A】
図6に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の分析線6に沿っての切断面を示す図面代用写真である。
【
図12B】
図12Aに示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の切断面におけるNa分布を示す図面代用写真である。
【
図13A】
図6に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の分析線7に沿っての切断面を示す図面代用写真である。
【
図13B】
図13Aに示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の切断面におけるNa分布を示す図面代用写真である。
【
図14A】
図6に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の分析線8に沿っての切断面を示す図面代用写真である。
【
図14B】
図14Aに示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の切断面におけるNa分布を示す図面代用写真である。
【
図15】
図6に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の分析線1~8の位置に対してNa
24-xSi
136 におけるNa量をプロットした略線図である。
【
図16A】出発物質として用いた単結晶Na
24Si
136 のX線回折パターンの測定結果を示す略線図である。
【
図16B】
図5に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 のX線回折パターンの測定結果を示す略線図である。
【
図16C】
図16Aに示すX線回折パターンの一部と
図16Bに示すX線回折パターンの一部とを重ねた上で拡大して示す略線図である。
【
図17】出発物質として用いた単結晶Na
24Si
136 および
図5に示すNaイオン抜去単結晶Na
24-xSi
136 の電子伝導特性の測定結果を示す略線図である。
【
図18A】比較例の単結晶Na
24Si
136 を示す図面代用写真である。
【
図18B】
図18Aに示す単結晶Na
24Si
136 のNa分布を示す図面代用写真である。
【
図19A】比較例の単結晶Na
24Si
136 の3日間真空アニール後の状態を示す図面代用写真である。
【
図19B】
図19Aに示す単結晶Na
24Si
136 のNa分布を示す図面代用写真である。
【
図20A】比較例の単結晶Na
24Si
136 の8日間真空アニール後の状態を示す図面代用写真である。
【
図20B】
図20Aに示す単結晶Na
24Si
136 のNa分布を示す図面代用写真である。
【
図21】比較例の単結晶Na
24Si
136 の8日間真空アニール後の外観を示す図面代用写真である。
【
図22】NaAlB
14の構造を示す略線図である。
【
図23A】この発明の第2の実施の形態によるNaイオン抜去NaAlB
14の製造方法を示す略線図である。
【
図23B】この発明の第2の実施の形態によるNaイオン抜去NaAlB
14の製造方法を示す略線図である。
【
図24】実施例2によるNaイオン抜去NaAlB
14の製造方法の実施に用いられる高圧固体電気化学装置を示す略線図である。
【
図25】実施例2によるNaイオン抜去NaAlB
14の製造方法を実施する際の出発物質として用いられる粉末状NaAlB
14を円板状に成形したペレットを示す図面代用写真である。
【
図26】実施例2によるNaイオン抜去NaAlB
14の製造方法の実施後の高圧固体電気化学装置の試料室の内部の状態を示す略線図である。
【
図27A】実施例2によるNaイオン抜去NaAlB
14の製造方法の実施後の高圧固体電気化学装置の試料室の内部の状態を示す図面代用写真である。
【
図27C】
図27Aの下部中央の四角で囲った部分を拡大して示す図面代用写真である。
【
図28】実施例2によるNaイオン抜去NaAlB
14の製造方法の実施により製造されたNaイオン抜去バルク多結晶NaAlB
14を示す図面代用写真である。
【
図29】Naイオン抜去前のバルク多結晶NaAlB
14およびNaイオン抜去後のNa
0.06AlB
14のX線回折パターンの測定結果を示す略線図である。
【
図30】Naイオン抜去前のバルク多結晶NaAlB
14およびNaイオン抜去後のNa
0.06AlB
14の電子伝導特性の測定結果を示す略線図である。
【
図31】実施例2との比較のために固体電気化学装置を用いて常圧で電気化学的にNaイオン抜去NaAlB
14の製造を試みた場合の結果を示す図面代用写真である。
【
図32】実施例2と常圧、50Vの条件で固体電気化学的に処理を行った場合とについて試料に流れる電流の経時変化を測定した結果を示す略線図である。
【
図33A】この発明の第3の実施の形態による酸水素化物の製造方法を示す略線図である。
【
図33B】この発明の第3の実施の形態による酸水素化物の製造方法を示す略線図である。
【
図34A】この発明の第3の実施の形態による酸水素化物の製造方法のメカニズムを説明するための略線図である。
【
図34B】この発明の第3の実施の形態による酸水素化物の製造方法のメカニズムを説明するための略線図である。
【
図34C】この発明の第3の実施の形態による酸水素化物の製造方法のメカニズムを説明するための略線図である。
【
図34D】この発明の第3の実施の形態による酸水素化物の製造方法のメカニズムを説明するための略線図である。
【
図35A】実施例3による、BaTiO
3 をベースとする酸水素化物の製造方法を実施する際の出発物質としての多結晶BaTiO
3 を示す図面代用写真である。
【
図35B】実施例3によるBaTiO
3 の製造方法の実施後に得られたBaTiO
2.8 H
0.2 を示す図面代用写真である。
【
図36】
図35Bに示すBaTiO
2.8 H
0.2 の昇温時および降温時の水素放出の測定結果を示す略線図である。
【
図37】
図35Bに示すBaTiO
2.8 H
0.2 およびBaTiO
2.94H
0.06の電子伝導特性の測定結果を示す略線図である。
【
図38A】この発明の第4の実施の形態によるインターカレーション化合物の製造方法を示す略線図である。
【
図38B】この発明の第4の実施の形態によるインターカレーション化合物の製造方法を示す略線図である。
【
図39A】実施例4によるMg含有TaS
2 の製造方法を実施する際の出発物質としてのTaS
2 の構造を示す略線図である。
【
図39B】実施例4によるMg含有TaS
2 の製造方法により製造されたMg含有TaS
2 の構造を示す略線図である。
【
図40】実施例4によるMg含有TaS
2 の製造方法において電圧印加ありの条件で製造されたMg含有TaS
2 を示す図面代用写真である。
【
図41】実施例4によるMg含有TaS
2 の製造方法において電圧印加なしの条件で製造されたMg含有TaS
2 を示す図面代用写真である。
【
図42A】実施例5によるAg含有MoTe
2 の製造方法により製造されたAg含有MoTe
2 を示す図面代用写真である。
【
図42B】実施例5によるAg含有MoTe
2 の製造方法により製造されたAg含有MoTe
2 のAgの分析結果を示す図面代用写真である。
【
図43A】実施例6によるCu含有MoTe
2 の製造方法により製造されたCu含有MoTe
2 を示す図面代用写真である。
【
図43B】実施例6によるCu含有MoTe
2 の製造方法により製造されたCu含有MoTe
2 のCuの分析結果を示す図面代用写真である。
【
図44】
図42Aに示すAg含有MoTe
2 および
図43Aに示すCu含有MoTe
2 の電子伝導特性の測定結果を金属イオン導入前のMoTe
2 の電子伝導特性の測定結果とともに示す略線図である。
【
図45】実施例7によるMg含有TaS
2 の製造方法により製造されたMg含有TaS
2 のX線回折パターンの測定結果を示す略線図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、発明を実施するための形態(以下、「実施の形態」という。)について図面を参照しながら説明する。
【0038】
〈第1の実施の形態〉
[Naイオン抜去II型IV族クラスレート化合物]
第1の実施の形態によるNaイオン抜去II型IV族クラスレート化合物においては、抜去の対象となるNaイオンが最も弱結合しているII型IV族クラスレート化合物の少なくとも一部のNaイオンが抜去されており、全てのNaイオンが抜去されていてもよい。このII型IV族クラスレート化合物は、SiやGeなどのIV族元素が形成する籠状構造にNaイオンが内包されている。
【0039】
[Naイオン抜去II型IV族クラスレート化合物の製造方法]
図1AにNaイオン(図示せず)が最も弱結合しているII型IV族クラスレート化合物の構造を示す。このII型IV族クラスレート化合物は、
図1Bに示す20個のIV族元素からなる12面体と
図1Cに示す28個のIV族元素からなる16面体とにより構成されている。出発物質としては、典型的には、単結晶のNaイオン含有II型IV族クラスレート化合物が用いられる。
【0040】
図2Aに示すように、まず、Naイオン11を含有するII型IV族クラスレート化合物10にNaイオン伝導体20を接触させる。Naイオン伝導体20はNaイオンの拡散が可能な固体電解質である。次に、
図2Bに示すように、この状態でこれらのII型IV族クラスレート化合物10およびNaイオン伝導体20にII型IV族クラスレート化合物10のNaイオン11がNaイオン伝導体20に移動するような極性の電圧、具体的にはNaイオン伝導体20よりII型IV族クラスレート化合物10の方が電位が高くなるような電圧Vを印加しながら熱処理を行うことによりII型IV族クラスレート化合物10からNaイオン11をNaイオン伝導体20に移動させ、抜去する。この熱処理の温度は、例えば、350℃以上600℃以下、典型的には400℃以上500℃以下である。また、熱処理の時間は、II型IV族クラスレート化合物10のサイズや熱処理の温度などを考慮して適宜選択され、一般的にはII型IV族クラスレート化合物10のサイズが大きくなるほど長くする必要があるが、例えば10時間以上1カ月以下であり、典型的には1日以上10日以下である。熱処理の雰囲気は、好適には、例えば、窒素(N
2 )やアルゴン(Ar)などの不活性ガス雰囲気や真空雰囲気である。こうしてII型IV族クラスレート化合物10からNaイオン11を抜去することによりNaイオン抜去II型IV族クラスレート化合物30を製造することができる。
【0041】
図3AにII型IV族クラスレート化合物10の一例としてNa
24Si
136 を示す。また、
図3BにこのNa
24Si
136 から全てのNaイオンが抜去されたSi
136 を示す。
【0042】
(実施例1)
実施例1では、出発物質として多角形状の単結晶Na
24Si
136 を用いた。Naイオン伝導体20としては、NASICON(sodium(Na) Super Ionic CONductor)型構造を有する固体電解質の一種である直径約4.2mmの円柱状のNa
3 Zr
2 Si
2 PO
12を用いた。
図4Aおよび
図4Bは実験に使用した固体電気化学装置を示し、
図4Bは
図4Aの破線で囲んだ部分を拡大したものである。
図4Aおよび
図4Bに示すように、カーボン製のカソード電極上にNa
3 Zr
2 Si
2 PO
12および単結晶Na
24Si
136 を順に積層し、その上からステンレス鋼(SUS)製のアノード電極を下降させて単結晶Na
24Si
36に接触させた。そして、アノード電極にカソード電極に対して正の電圧50Vを印加し、450℃の窒素雰囲気下で8日間熱処理を行った。こうしてアノード電極にカソード電極に対して正の電圧を印加すると、Na
3 Zr
2 Si
2 PO
12が直流分極を起こし、このNa
3 Zr
2 Si
2 PO
12の単結晶Na
24Si
136 との接触面近傍のNaイオン濃度が減少する。これにより、単結晶Na
24Si
136 とNa
3 Zr
2 Si
2 PO
12との間で大きなNaイオン濃度差(化学ポテンシャル差)が形成され、単結晶Na
24Si
136 内のNaイオンがNa
3 Zr
2 Si
2 PO
12側に拡散する。こうして単結晶Na
24Si
136 からNaイオンが抜去された。
【0043】
上述のようにして単結晶Na
24Si
136 からNaイオンを抜去した単結晶Na
24-xSi
136 を撮影した写真を
図5に示す。
図5より、単結晶Na
24-xSi
136 の表面にはNaの揮発に由来する不純物の析出による汚染がないことが確認される。
図6は、単結晶Na
24-xSi
136 を模式的に示した図である。
図6に示すように、この単結晶Na
24-xSi
136 に対する電圧印加方向(電界Eの方向)、すなわち上下方向の異なる高さにある分析線1~8(破線で示す)の位置で切断した断面の写真を撮影し、蛍光X線分析によりNaの分析を行った。分析線1~8の位置の切断面の写真をそれぞれ
図7A、
図8A、
図9A、
図10A、
図11A、
図12A、
図13Aおよび
図14Aに示す。また、分析線1~8の位置の切断面におけるNaの分布をそれぞれ
図7B、
図8B、
図9B、
図10B、
図11B、
図12B、
図13Bおよび
図14Bに示す。
図7B、
図8B、
図9B、
図10B、
図11B、
図12B、
図13Bおよび
図14Bはそれぞれ
図7A、
図8A、
図9A、
図10A、
図11A、
図12A、
図13Aおよび
図14Aに示す単結晶Na
24Si
136 の蛍光X線分析によるNaの分析結果を示す(カラーマッピング画像をモノクロ化したもの。以下同様。)。
図15は、
図6の上下方向の分析線1~8の位置に対して、Naイオンが抜去された単結晶Na
24-XSi
136 におけるNa量をプロットした図である。Na量は、蛍光X線分析におけるNaのKα線の強度およびSiのKα線の強度から求めた。
図15の横軸の目盛は、
図6に示す単結晶Na
24-XSi
136 の上面を原点として下方に測った距離を示す。
図15には、Naイオンの抜去前の単結晶Na
24Si
136 におけるNa量を点線で示した。
図15に示すように、単結晶Na
24-XSi
136 のNa量は、分析線1~8のどの位置でも約2.5であり、結晶全体として均質にNaが抜けていることが確認された。
【0044】
図16Aは、出発物質として用いたNaイオン抜去前の単結晶Na
24Si
136 のX線回折パターンの測定結果を示す。
図16Bは、
図5に示す、Naイオンを抜去した単結晶Na
24-XSi
136 (x=2.5)のX線回折パターンの測定結果を示す。
図16Cは、
図16Aに示すX線回折パターンの555回折ピーク付近と
図16Bに示すX線回折パターンの555回折ピーク付近とを重ねた上で拡大して示したものである。
図16Aおよび
図16Bより、Naイオンが抜去された後の単結晶Na
24-XSi
136 のX線回折ピークは母相のNa
24Si
136 のX線回折ピークとほとんど変化しておらず、クラスレート構造が保持されていることが確認された。また、
図16Cから分かるように、Naイオンを抜去した単結晶Na
24-XSi
136 のX線回折ピークは高角側にシフトしており、Naイオンの抜去に伴い格子定数が減少していることと整合する。
【0045】
単結晶Na
24Si
136 およびNaイオンを抜去した単結晶Na
24-XSi
136 の電子伝導特性を測定した。測定結果を
図17に示す。
図17の縦軸は抵抗率(mΩcm)、横軸は絶対温度を示す。
図17に示すように、Naイオンの抜去に伴い電子伝導特性が半導体的に変化し、Naイオンを抜去した単結晶Na
24-XSi
136 は単結晶Na
24Si
136 に対して、電子伝導特性が室温では10
4 倍、低温では10
7 倍増加することを確認した。このように、電子伝導特性が極めて優れた単結晶Na
24-XSi
136 を得ることができた。
【0046】
比較例として、従来の真空アニール法によりNaイオンの抜去を行った結果について説明する。
図18Aおよび
図18Bにこの実験に用いた未処理の単結晶Na
24Si
136 の写真およびNaの分布をそれぞれ示す。
図19Aおよび
図19Bに真空アニール法により3日間処理後の単結晶Na
24Si
136 の写真およびNaの分布をそれぞれ示す。
図20Aおよび
図20Bに真空アニール法により8日間処理後の単結晶Na
24Si
136 の写真およびNaの分布をそれぞれ示す。
図21に真空アニール法により8日間処理後の単結晶Na
24Si
136 の外観の写真を示す。これらの図より、長時間真空アニールを行っても、単結晶Na
24Si
136 からNaイオンの抜去を行うことができる領域は表面から200μm程度に限定され、結晶全体としてNa量はほとんど変化していないことが分かる。さらに、この処理により、
図21に示すように、単結晶試料の表面にNaの揮発に由来する不純物が析出し、表面が汚染されている。
【0047】
以上のように、この第1の実施の形態によれば、従来の真空アニール法によるNaイオンの抜去方法と異なり、あらゆる方向のサイズが0.4mm、典型的には1mmを超える大きな結晶であっても、II型IV族クラスレート化合物10からNaイオンの抜去を全体として均質にかつ容易に行うことができ、目的とする量のNaイオンが抜去されたNaイオン抜去II型IV族クラスレート化合物30を容易に製造することができる。また、真空アニール法と異なり、Naイオン抜去II型IV族クラスレート化合物30の表面にNaの揮発に由来する不純物が析出して汚染されることがない。このNaイオン抜去II型IV族クラスレート化合物30は、直接遷移型半導体として太陽光発電の光電変換材料に用いて好適なものであるだけでなく、熱電変換材料、Naイオンが抜去された後の空隙を利用したLiイオン電池などの各種イオン電池の電極材料や水素ガスなどの吸蔵材料などに適用して好適なものである。
【0048】
〈第2の実施の形態〉
[イオン抜去NaAlB
14]
第2の実施の形態によるイオン抜去NaAlB
14においては、抜去の対象となるNaイオンが最も弱結合しているNaAlB
14の少なくとも一部のNaイオンが抜去されており、全てのNaイオンが抜去されていてもよい。NaAlB
14は単結晶であっても多結晶であってもよい。
図22にNaAlB
14の構造を示す。
【0049】
[イオン抜去NaAlB
14の製造方法]
図23Aに示すように、まず、Naイオン51を含有するNaAlB
14結晶50にNaイオン伝導体60を接触させる。Naイオン伝導体60はNaイオン伝導体20と同様にNaイオンの拡散が可能な固体電解質である。次に、
図23Bに示すように、この状態でこれらのNaAlB
14結晶50およびNaイオン伝導体60にNaAlB
14結晶50のNaイオン51がNaイオン伝導体60に移動するような極性の電圧、具体的にはNaイオン伝導体60よりNaAlB
14結晶50の方が電位が高くなるような電圧Vを印加しながら高圧下で熱処理を行うことによりNaAlB
14結晶50からNaイオン伝導体60にNaイオン51を移動させ、抜去する。この熱処理の温度は、例えば、300℃以上1000℃以下、典型的には450℃以上800℃以下である。また、熱処理の時間は、NaAlB
14結晶50のサイズや熱処理の温度などを考慮して適宜選択され、一般的にはNaAlB
14結晶50のサイズが大きくなるほど長くする必要があるが、例えば5時間以上10日以下であり、典型的には10時間以上2日以下である。熱処理時の圧力は、例えば、0.5GPa以上10GPa以下である。熱処理の雰囲気は、好適には、N
2 やArなどの不活性ガス雰囲気である。こうしてNaAlB
14結晶50からNaイオン51を抜去することによりNaイオン抜去NaAlB
14結晶70を製造することができる。
【0050】
図24にこのイオン抜去NaAlB
14の製造方法の実施に用いる高圧固体電気化学装置を示す。この高圧固体電気化学装置は高圧固体電気化学用圧力セルを有する。
図24に示すように、この高圧固体電気化学用圧力セルは、試料が収納される管状、例えば円筒状の試料室110と、この試料室110を囲むように設けられたヒーター120と、試料室110およびヒーター120が収納される貫通孔131を有する正四角柱状、典型的には立方体状の支持体130と、支持体130の側面に貫通孔131を挟んで互いに対向するようにヒーター120と電気的に接続されて設けられた第1の電流導入端子140および第2の電流導入端子150と、支持体130の貫通孔131の上端を塞ぐように試料室110の上端に接して設けられ、第1の電圧印加端子161を有する第1の蓋160および貫通孔131の下端を塞ぐように試料室110の下端に接して設けられ、第2の電圧印加端子171を有する第2の蓋170とを有する。ヒーター120の上下は、試料室110の外周面に嵌められたリング111、112により挟まれている。試料室110は例えばセラミックスなどの耐熱材料により形成される。ヒーター120としては例えばカーボンヒーターが用いられる。支持体130は例えばパイロフェライトなどの耐熱材料により形成される。第1の電流導入端子140および第2の電流導入端子150は、支持体130の互いに対向する一対の側面に設けられた貫通孔131、132を貫通して設けられ、それぞれの先端はヒーター120と接触している。第1の電流導入端子140および第2の電流導入端子150は例えばCu電極からなる。第1の蓋160および第2の蓋170は支持体130の断面形状と同じ形状および大きさを有する。第1の電圧印加端子161は第1の蓋160の裏側、つまり支持体130の内部に面する側の例えば中心に設けられる。同様に、第2の電圧印加端子171は第2の蓋170の表側、つまり支持体130の内部に面する側の例えば中心に設けられる。第1の蓋160および第2の蓋170は第1の電圧印加端子161および第2の電圧印加端子171も含めて例えばMo電極により形成される。第1の電流導入端子140および第2の電流導入端子150は外部に設けられた温度制御回路180に接続される。第1の電圧印加端子161および第2の電圧印加端子171は外部に設けられた電圧印加用回路190に接続される。この高圧固体電気化学用圧力セルに対する圧力の印加は、支持体130の6面をそれぞれ高圧アンビル(
図27には上下左右の高圧アンビル201~204のみ示されている)で押圧することにより6方向から行う。
【0051】
(実施例2)
高圧固体電気化学用圧力セルを作製した。試料室110は内径4.4mm、外径5.5mm、高さ9mmのBN製の円筒により形成した。ヒーター120は厚さ0.5mm、高さ7mmのカーボンヒーターにより形成し、リング111、112はBN製とした。支持体130は一辺の長さが12.5mm、高さが12.5mm、中央に直径6.5mmの貫通孔を有するパイロフェライト製正四角柱とした。第1の電流導入端子140および第2の電流導入端子150は直径2.0mm、長さ3.0mmの円柱状のCu電極により形成した。第1の蓋160および第2の蓋170はMo電極によりそれぞれ作製した。
【0052】
図25に示すような、NaAlB
14の粉末を円板状に成形したペレットを焼結して直径4.3mm、厚さ2.0mmの円板状のバルク多結晶体を作製した。
図26に示すように、試料室110の内部にカーボン電極を設け、その上にNaイオン伝導体60としてゼオライトを充填し、その最上部にバルク多結晶体のNaAlB
14を載せ、第1の蓋160を閉めた。そして、第1の電圧印加端子161に第2の電圧印加端子171に対して高圧固体電気化学用電源により電圧Vを印加し、かつ第1の電流導入端子140と第2の電流導入端子150との間に昇温用電源により電流を流してカーボンヒーターにより加熱を行いながら、支持体130の6面をそれぞれ高圧アンビルで押圧することにより高圧を印加した。電圧Vは50V、加熱温度は550℃、圧力は1GPaとした。その結果、
図27Aに示すように、バルク多結晶体のNaAlB
14からNaイオンがゼオライトに移動し、Naイオンの抜去が行われた。こうして、
図28に示すように、黒色のNa
x AlB
14(x=0.06)、つまりNa
0.06AlB
14が得られた。
図27Aの左上の四角で囲った部分を拡大した写真を
図27Bに示す。また、
図27Aの下部中央の四角で囲った部分を拡大した写真を
図27Cに示す。
図27Cに示すように、NaAlB
14から排出されたNaイオンはゼオライト内を移動し、下層に蓄積していることが分かる。Naイオンの抜去前のNaAlB
14およびNaイオンを抜去したNa
x AlB
14について放射光(Spring8)を用いた粉末X線回折測定を行った結果を
図29に示す。
図29には、比較のために、シミュレーションにより求めたAlB
14のX線回折パターンを示した。
図29より、Naイオンの抜去前のNaAlB
14およびNaイオンを抜去したNa
0.06AlB
14のX線回折パターンはシミュレーションにより求められたX線回折パターンと良く一致していることが分かる。このことから、Naイオンを抜去したNa
0.06AlB
14は母相(AlB
14)の構造を保持していることが確認された。NaAlB
14およびNa
0.06AlB
14について電子伝導特性を測定した。その結果を
図30に示す。
図30に示すように、Na
0.06AlB
14はNaAlB
14に対して電子伝導特性が10
4 倍程度向上した。これは、NaAlB
14からのNaイオンの抜去に伴うホール(正孔)ドープ、結晶粒の緻密化に伴う粒間抵抗の低減に起因していると考えられる。
【0053】
比較のために、
図23Aおよび
図23Bに示す製造方法において、高圧を印加せず常圧で50Vを印加して固体電気化学的に処理を行った場合に得られたNaAlB
14試料を
図31に示す。
図31に示すように、NaAlB
14試料は断裂して島状になっていることが分かる。すなわち、常圧では、高い圧力が印加されないため、緻密な接触界面が得られず、以下に説明するように、Naイオンの拡散に伴う電流の増加が見られない。
図32に、実施例2において1GPa、50Vの条件で高圧固体電気化学的に処理を行った場合と常圧、50Vの条件で固体電気化学的に処理を行った場合とについて第1の電圧印加端子161と第2の電圧印加端子171との間に流れる電流、従って試料に流れる電流の経時変化を測定した結果を示す。
図32に示すように、実施例2では電流が流れるのに対し、常圧、50Vの条件で固体電気化学的に処理を行った場合には電流が流れない。すなわち、高圧を印加しないとNaイオンが拡散せず、電流が流れない。
【0054】
第2の実施の形態によれば、電圧印加、高温加熱および高圧印加を用いて高圧固体電気化学的にNaAlB14結晶50からNaイオン51を抜去することができ、目的とする量のNaイオン51が抜去されたNaイオン抜去NaAlB14結晶70を容易に製造することができる。このようなNaイオン抜去NaAlB14結晶70は従来の固相反応法では到底合成が困難な化合物である。このNaイオン抜去NaAlB14結晶70は、Bにより形成される強固な共有結合性の骨格構造に水素を導入することで、サイクル特性の高い水素吸蔵材料やプロトン伝導体として用いることが検討されている。
【0055】
〈第3の実施の形態〉
[酸水素化物]
第3の実施の形態による酸水素化物においては、抜去の対象となる酸化物イオン(O2-)が最も弱結合している、焼結した酸化物の少なくとも一部の酸化物イオンがヒドリド(H- )で置換されている。酸化物は、例えば、ABO3 で表されるペロブスカイト酸化物、例えばBaTiO3 やSrTiO3 などであるが、これに限定されるものではない。
【0056】
[酸水素化物の製造方法]
図33Aに示すように、まず、焼結した酸化物310の上下にそれぞれH
- 伝導体320およびO
2-伝導体330を接触させる。次に、
図33Bに示すように、この状態でH
- 伝導体320とO
2-伝導体330との間に酸化物310のO
2-311がO
2-伝導体330に移動し、H
- 伝導体320のH
- 321が酸化物310に移動するような極性の電圧、具体的にはH
- 伝導体320よりO
2-伝導体330の方が電位が高くなるような電圧Vを印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより酸化物310からのO
2-311の抜去とH
- 伝導体320から酸化物310へのH
- 321の注入とを同時に行う。こうして酸化物310の一部のO
2-311をH
- 321で置換することにより、酸水素化物340を製造することができる。この熱処理の温度は、例えば、300℃以上1000℃以下、典型的には400℃以上700℃以下である。また、熱処理の時間は、酸化物310のサイズや熱処理の温度などを考慮して適宜選択され、一般的には酸化物310のサイズが大きくなるほど長くする必要があるが、例えば5時間以上10日以下であり、典型的には10時間以上3日以下である。熱処理時の圧力は、例えば0.5GPa以上10GPa以下である。この酸水素化物の製造方法によれば、通常の固相反応では得られない、熱力学的に準安定な物質である酸水素化物340を容易に製造することができる。特に、例えば数GPaの高圧を印加することにより、酸化物310中の水素固溶度を急激に上昇させることができる。そして、このような高圧下で、H
- 伝導体320からH
- を、水素ガスとして気化させることなく、電気化学的に固体間で拡散させ、酸化物310の水素化反応を円滑に進めることができる。このような高圧印加と電気化学とが融合した物質合成技術はこれまでに報告されていない。
【0057】
ここで、抜去の対象となるO
2-が最も弱結合している酸化物のO
2-がH
- で置換されるメカニズムをBaTiO
3 を例として説明する。
図34AはBaTiO
3 を構成する各原子のポテンシャルを示す。
図34A中のEはエネルギーを表す。
図34Aより、Tiのポテンシャルが最も深く、Baのポテンシャルが次に深いのに対し、O
2-は最も浅く、従って最も弱結合していることが分かる。
図34BはBaTiO
3 の構造を示す。このBaTiO
3 から最も弱結合しているO
2-を抜去することができる。O
2-を抜去した後の状態を
図34Cに示す。O
2-が抜去された後のサイトはアニオンの安定サイトとなる。このため、
図34Dに示すように、この安定サイトにH
- を導入することができる。以上により、BaTiO
3 のO
2-をH
- で置換することができる。
【0058】
(実施例3)
実施例3では、酸化物310として、直径4.3mmで厚さが1.2mmの焼結した白色のBaTiO
3 多結晶体を用いた。BaTiO
3 多結晶体の焼結は1200℃で行った。このBaTiO
3 多結晶体を
図35Aに示す。H
- 伝導体320として、直径4.2mmで厚さが2mmのMgH
2 を用いた。O
2-伝導体330としては、直径4.2mmで厚さが1.5mmのイットリア(Y
2 O
3 )安定化ジルコニア(ZrO
2 )(Yttria Stabilized Zirconia: YSZ)(イットリアの組成は10%)を用いた。そして、実施例2と同様な高圧固体電気化学用セルの試料室において、最下層にTiとYSZとの混合粉末を直径4.2mmで厚さが2.3mmのペレットにしたものを設け、その上にYSZ(10%)層、BaTiO
3 多結晶体、MgH
2 を順次積層し、最上層にカーボン電極を設け、第1の蓋160を閉めた。そして、第1の電圧印加端子161に第2の電圧印加端子171に対して高圧固体電気化学用電源により50Vを印加しながら第1の電流導入端子140と第2の電流導入端子150との間に昇温用電源により電流を流してカーボンヒーターにより550℃に加熱し、さらには支持体130の6面を高圧アンビル201~204などで押圧することにより1GPaの高圧を印加した。つまり、電圧印加、高温加熱および高圧印加を同時に行った。その結果、BaTiO
3 多結晶体からO
2-がYSZ(10%)層に移動し、O
2-の抜去が行われると同時に、O
2-が抜去されたBaTiO
3 多結晶体にMgH
2 からH
- が注入される。こうして、
図35Bに示すように、BaTiO
3 多結晶体のO
2-がH
- で置換された酸水素化物として青黒い緻密な多結晶体が得られた。
図36は、こうして得られた多結晶体を窒素雰囲気下で加熱し、質量分析を行った結果を示す。
図36より、400℃付近からH
2 の放出が明瞭に観察され、水素がx=0.2程度まで導入されていることが確認された。すなわち、得られた多結晶体はBaTiO
2.8 H
0.2 と同定することができた。
【0059】
図37は、上述のようにして得られたBaTiO
2.8 H
0.2 多結晶体および同様な方法により得られたBaTiO
2.94H
0.06多結晶体の電子伝導特性を測定した結果を示す。
図37には、比較のために、非特許文献5で報告された、従来の方法により作製されたBaTiO
2.7 H
0.3 多結晶体の電子伝導特性も示す。
図37より、BaTiO
2.8 H
0.2 多結晶体は非特許文献5で報告されたBaTiO
2.7 H
0.3 多結晶体に対して電子伝導特性が10
5 倍以上向上した(抵抗率ρが10
-5倍以上減少した)。これは、BaTiO
2.8 H
0.2 多結晶体が焼結体であることにより緻密な試料が得られ、粒間抵抗の低減に起因していると考えられる。
【0060】
第3の実施の形態によれば、電圧印加、高温加熱および高圧印加を用いて高圧固体電気化学的に酸化物310からO2-311を抜去すると同時にこのO2-311が抜去されたサイトにH- 321を注入することができ、目的とする量のO2-311がH- 321で置換された酸水素化物340を容易に製造することができる。この酸水素化物の製造方法によれば、通常の固相反応では得られない、熱力学的に準安定な物質である酸水素化物340を容易に製造することができる。特に、例えば数GPaの高圧を印加することにより、酸化物310中の水素固溶度を急激に上昇させることができる。そして、このような高圧下で、H- 伝導体320からH- を、水素ガスとして気化させることなく、電気化学的に固体間で拡散させ、酸化物310の水素化反応を円滑に進めることができる。このような高圧印加と電気化学とが融合した物質合成技術はこれまでに報告されていない。
【0061】
〈第4の実施の形態〉
[インターカレーション化合物]
第4の実施の形態によるインターカレーション化合物においては、ファンデルワールスギャップを構造中に有する化合物(ファンデルワールス化合物)、例えば層状構造を有する化合物や繊維状物質などに金属イオンが導入されている。これらのファンデルワールス化合物および金属イオンについては、既に述べた通りである。
【0062】
[インターカレーション化合物の製造方法]
図38Aに示すように、まず、例えば単結晶のファンデルワールス化合物410に金属イオン伝導体420を接触させる。必要に応じて、金属イオン伝導体420のファンデルワールス化合物410と反対側の面に金属イオンの供給源となる物質、例えばこの金属からなる電極を接触させ、この電極から金属イオン伝導体420に金属イオンを供給するようにしてもよい。次に、
図38Bに示すように、この状態でファンデルワールス化合物410と金属イオン伝導体420との間に金属イオン伝導体420の金属イオン421がファンデルワールス化合物410に移動するような極性の電圧、具体的にはファンデルワールス化合物410より金属イオン伝導体420の方が電位が高くなるような電圧Vを印加しながら高圧下で熱処理を行うことにより金属イオン伝導体420からファンデルワールス化合物410に金属イオン421の注入を行う。こうして金属イオン421を含有するインターカレーション化合物430を製造することができる。この熱処理の温度は化合物410などに応じて適宜選ばれるが、例えば、300℃以上1000℃以下、典型的には400℃以上700℃以下である。また、熱処理の時間は、ファンデルワールス化合物410のサイズや熱処理の温度などを考慮して適宜選択され、一般的には化合物410のサイズが大きくなるほど長くする必要があるが、例えば5時間以上10日以下であり、典型的には10時間以上3日以下である。熱処理時の圧力は、例えば0.5GPa以上10GPa以下である。
【0063】
(実施例4)
実施例4では、ファンデルワールス化合物410として遷移金属ダイカルコゲナイドの一種であるTaS
2 を用い、このTaS
2 にMgイオンを導入する場合について説明する。
図39AにMgイオン導入前のTaS
2 の構造を、
図39BにMgイオン導入後のMgイオン含有TaS
2 の構造を示す。
【0064】
ファンデルワールス化合物410として直径4.3mmで厚さが0.3mmの円板状の単結晶TaS
2 を用いた。実施例2と同様な高圧固体電気化学用セルの試料室において下層からTi電極上に単結晶TaS
2 、Mgイオン伝導体およびMgイオンの供給用のMg電極を順に積層し、最上層にカーボン電極を設け、第1の蓋160を閉めた。Mgイオン伝導体としては、直径4.3mmで厚さが2.0mmのMg
0.35Zr
1.7 Nb
0.3 (PO
4 )
3 を用いた。Mg電極としては直径4.3mmで厚さが1.0mmの円柱状のものを用いた。そして、1mAの電流が流れるように第1の電圧印加端子161に第2の電圧印加端子171に対して正の電圧を印加し、第1の電流導入端子140と第2の電流導入端子150との間に昇温用電源により電流を流してカーボンヒーターにより750℃に加熱し、さらには支持体130の6面を高圧アンビル201~204などで押圧することにより1GPaの高圧を印加し、40時間処理を行った。
図40にこうして処理を行った試料の断面を撮影した写真を示す。
図40より、x=0.058~0.129のMg
x TaS
2 が得られていることが分かる。こうしてMgイオン含有TaS
2 、すなわちMg
x TaS
2 が得られた。これまで、TaS
2 に2価イオンであるMgイオンが導入された例は報告されていない。比較のために、電圧を印加しないで処理を行った試料の断面を撮影した写真を
図41に示す。
図41に示すように、電圧を印加しない場合は、明らかなMgイオンのインターカレーションは確認されなかった。
【0065】
(実施例5)
実施例5では、ファンデルワールス化合物410として遷移金属ダイカルコゲナイドの一種であるMoTe2 を用い、このMoTe2 にAgイオンを導入する場合について説明する。
【0066】
ファンデルワールス化合物410として直径4.3mmで厚さが1.0mmの円板状の単結晶MoTe
2 を用いた。実施例2と同様な高圧固体電気化学用セルの試料室において下層からTi電極上に単結晶MoTe
2 、Agイオン伝導体およびAgイオンの供給用のAg電極を順に積層し、最上層にカーボン電極を設け、第1の蓋160を閉めた。Agイオン伝導体としては直径4.3mmで厚さが3.5mmのAgIを用いた。Ag電極としては直径4.3mmで厚さが0.5mmの円柱状のものを用いた。そして、高圧固体電気化学用電源により、0.5mAの電流が流れるように第1の電圧印加端子161に第2の電圧印加端子171に対して正の電圧を印加しながら第1の電流導入端子140と第2の電流導入端子150との間に昇温用電源により電流を流してカーボンヒーターにより400℃から460℃に加熱し、さらには支持体130の6面を高圧アンビル201~204などで押圧することにより1GPaの高圧を印加し、40時間処理を行った。
図42Aにこうして処理を行った試料を撮影した写真を示す。また、
図42Bは蛍光X線分析によるAgの分析結果を示す。
図42Bより、x=0.17~0.21のAg
x MoTe
2 が得られていることが分かる。こうしてAgイオン含有MoTe
2 、すなわちAg
x MoTe
2 が得られた。これまで、MoTe
2 にAgイオンが導入された例は報告されていない。
【0067】
(実施例6)
実施例6では、ファンデルワールス化合物410として遷移金属ダイカルコゲナイドの一種であるMoTe2 を用い、このMoTe2 にCuイオンを導入する場合について説明する。
【0068】
ファンデルワールス化合物410として、直径4.3mmで厚さが1.0mmの円板状の単結晶MoTe
2 を用いた。そして、実施例2と同様な高圧固体電気化学用セルの試料室において下層からTi電極上に単結晶MoTe
2 、Cuイオン伝導体およびCuイオン供給用のCu電極を順に積層し、最上層にカーボン電極を設け、第1の蓋160を閉めた。Cuイオン伝導体としては直径4.3mmで厚さが3.5mmのCuIを用いた。Cu電極としては直径4.3mmで厚さが0.5mmの円柱状のものを用いた。そして、高圧固体電気化学用電源により、0.2mAの電流が流れるように第1の電圧印加端子161に第2の電圧印加端子171に対して正の電圧を印加しながら第1の電流導入端子140と第2の電流導入端子150との間に昇温用電源により電流を流してカーボンヒーターにより400℃に加熱し、さらには支持体130の6面を高圧アンビル201~204などで押圧することにより1GPaの高圧を印加し、20時間処理を行った。
図43Aにこうして処理を行った試料を撮影した写真を示す。また、
図43Bは蛍光X線分析によるCuの分析結果を示す。
図43Bより、x=0.10~0.64のCu
x MoTe
2 が得られていることが分かる。こうしてCuイオン含有MoTe
2 、すなわちCu
x MoTe
2 が得られた。これまで、MoTe
2 にCuイオンが導入された例は報告されていない。
図44はこうして得られたCu
x MoTe
2 の電子伝導特性の測定結果を実施例5で得られたAg
x MoTe
2 およびMoTe
2 の電子伝導特性の測定結果とともに示す。
図44より、xがほぼ0.6のCu
x MoTe
2 はMoTe
2 に比べて電子伝導特性が常温で10
5 程度向上し、xがほぼ0.2のAg
x MoTe
2 はMoTe
2 に比べて電子伝導特性が10
4 程度向上していることが分かる。
【0069】
以上のように、第4の実施の形態によれば、電圧印加、高温加熱および高圧印加を用いて高圧固体電気化学的にファンデルワールス化合物410に金属イオン伝導体420から金属イオン421を注入することができ、目的とする量の金属イオン421を含有するインターカレーション化合物430を容易に製造することができる。
【0070】
〈第5の実施の形態〉
[インターカレーション化合物の製造方法]
第5の実施の形態によるインターカレーション化合物の製造方法においては、ファンデルワールス化合物の粉末とアルカリ土類金属水素化物の粉末とを混合し、得られた混合粉末を焼成することにより、アルカリ土類金属を含有するインターカレーション化合物を製造する。
【0071】
ファンデルワールス化合物およびアルカリ土類金属水素化物については、既に述べた通りである。焼成温度は、使用するファンデルワールス化合物やアルカリ土類金属水酸化物などに応じて適宜選ぶことができるが、例えば、300℃以上800℃以下、典型的には500℃以上700℃以下である。焼成の時間も使用するファンデルワールス化合物やアルカリ土類金属水酸化物などに応じて適宜選ぶことができるが、例えば、1時間以上20時間℃以下、典型的には2時間以上10時間以下である。焼成は常圧で行ってもよいし、高圧下で行ってもよい。高圧下で焼成を行う場合には、焼成中の原料の揮発などを防止することができる。高圧下で焼成を行う場合、その圧力は、例えば0.5GPa以上10GPa以下である。
【0072】
(実施例7)
実施例7では、ファンデルワールス化合物としてTaS2 、アルカリ土類金属水素化物としてMgH2 を用いた。TaS2 粉末とMgH2 粉末とを混合し、得られる混合粉末を1GPaの高圧下において600℃で4時間焼成を行った。その結果、Mgイオン含有TaS2 、すなわちMgx TaS2 が得られた。
【0073】
図45は、こうして得られたMg
x TaS
2 のX線回折パターンの測定結果を示す。
図45に示すように、TaS
2 の002回折ピークは、xが大きくなるに従って低角側にシフトしている。
【0074】
第5の実施の形態によれば、ファンデルワールス化合物の粉末とアルカリ土類金属水素化物の粉末とからなる混合粉末を焼成することにより、アルカリ土類金属を含有するインターカレーション化合物を容易に製造することができる。
【0075】
以上、この発明の実施の形態および実施例について具体的に説明したが、この発明は、上述の実施の形態および実施例に限定されるものではなく、この発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。
【0076】
例えば、上述の実施の形態および実施例において挙げた数値、材料、形状、配置などはあくまでも例に過ぎず、必要に応じて、これらと異なる数値、材料、形状、配置などを用いてもよい。
【符号の説明】
【0077】
10…Naイオン含有II型IV族クラスレート化合物、11…Naイオン、20…Naイオン伝導体、30…Naイオン抜去II型IV族クラスレート化合物、50…NaAlB14結晶、51…Naイオン、60…Naイオン伝導体、70…Naイオン抜去NaAlB14結晶、110…試料室、120…ヒーター、130…支持体、140…第1の電流導入端子、150…第2の電流導入端子、160…第1の蓋、161…第1の電圧印加端子、170…第2の蓋、171…第2の電圧印加端子、180…温度制御回路、190…電圧印加用回路、310…酸化物、311…O2-、320…H- 伝導体、321…H- 、330…O2-伝導体、340…酸水素化物、410…ファンデルワールス化合物、420…金属イオン伝導体、421…金属イオン