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特開2023-33760トランスジェニックカイコのマユからの組換えタンパク質の抽出方法
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  • 特開-トランスジェニックカイコのマユからの組換えタンパク質の抽出方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023033760
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】トランスジェニックカイコのマユからの組換えタンパク質の抽出方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/14 20060101AFI20230306BHJP
   C07K 14/47 20060101ALN20230306BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20230306BHJP
【FI】
C07K1/14 ZNA
C07K14/47
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021139639
(22)【出願日】2021-08-30
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
2.TWEEN
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度農林水産省委託費「蚕業革命による新産業創出プロジェクト」 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武田 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】立松 謙一郎
(72)【発明者】
【氏名】瀬筒 秀樹
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA11
4H045AA20
4H045CA40
4H045DA86
4H045FA74
4H045GA01
4H045GA26
(57)【要約】
【課題】本発明は、有用タンパク質をトランスジェニックカイコで組換えタンパク質として発現させた際に、マユに含まれる組換えタンパク質を効率よく抽出・回収する方法を開発することを課題とする。
【解決手段】トランスジェニックカイコが作り出すマユに含まれる組換えタンパク質を、加圧することによって、常温であっても効率よく抽出・回収できることを見出し、本発明に到達した。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的タンパク質をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニックカイコが作り出したマユから、前記目的タンパク質を抽出する方法であって、
前記目的タンパク質を含むマユを、抽出溶媒に浸漬した状態で常温で加圧する工程を含む、前記方法。
【請求項2】
前記加圧が、50MPa以上の圧力を加えるものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記目的タンパク質が、抽出溶媒に対する溶解度の低いタンパク質である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記目的タンパク質が、p53又はMAGE-A4である、請求項1~3の何れか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記抽出溶媒が、水又はリン酸緩衝液である、請求項1~4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
さらに精製工程を含む、請求項1~5の何れか一項に記載の方法。
【請求項7】
目的タンパク質をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニックカイコを飼育して目的タンパク質を蓄積したマユを生産させる工程、前記目的タンパク質を含むマユを、抽出溶媒に浸漬した状態で常温で加圧することにより、前記目的タンパク質を抽出する工程を含む、目的タンパク質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスジェニックカイコのマユからの組換えタンパク質の抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでに有用タンパク質を組換えタンパク質として発現させるために、トランスジェニックカイコが開発され、その有用性が示されてきた。
【0003】
通常、マユから生糸を生産する際には、常圧で水溶性タンパク質のセリシンを熱水抽出する。そのため、これまでは組換えタンパク質においても同様に、マユから常圧で冷水あるいは熱水により発現させた組換えタンパク質を抽出していた。
しかし、組換えタンパク質の変性を防ぐためには高温での抽出は好ましくなく、熱水抽出を行うことは少なかった。一方で、冷水での抽出を行った場合には、組換えタンパク質の抽出量や回収量が少なくなる場合があり、特に水に溶けにくい性質を有する組換えタンパク質の場合は抽出量や回収量が少なかった。
【0004】
すなわちトランスジェニックカイコに有用タンパク質を発現させたとしても、その有用タンパク質が有する性質、例えば水に溶けにくい等の性質によっては、発現させた有用タンパク質をトランスジェニックカイコが作り出すマユから抽出することが困難であり、組換えタンパク質の生産系としてトランスジェニックカイコを利用する上で、改善すべき課題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2018/190333号
【特許文献2】特開2012-187123号公報
【特許文献3】特開平02-092268号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nature Biotechnology 18: 81-84, 2000
【非特許文献2】Experimental and Therapeutic Medicine 15: 2512-2518, 2018
【非特許文献3】Journal of Materials Science: Materials in Medicine 32:58, 2021
【非特許文献4】MAbs 7: 1138-1150, 2015
【非特許文献5】SpringerPlus 3: 136, 2014
【非特許文献6】Transgenic Research 19: 473-487, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
有用タンパク質をトランスジェニックカイコで組換えタンパク質として発現させた際に、マユに含まれる組換えタンパク質を効率よく抽出・回収する方法を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、トランスジェニックカイコが作り出すマユに含まれる組換えタンパク質を、加圧することによって、常温であっても効率よく抽出・回収できることを見出し、本発明に到達した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]目的タンパク質をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニックカイコが作り出したマユから、前記目的タンパク質を抽出する方法であって、
前記目的タンパク質を含むマユを、抽出溶媒に浸漬した状態で常温で加圧する工程を含む、前記方法。
[2]前記加圧が、50MPa以上の圧力を加えるものである、[1]に記載の方法。
[3]前記目的タンパク質が、抽出溶媒に対する溶解度の低いタンパク質である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記目的タンパク質が、p53又はMAGE-A4である、[1]~[3]の何れかに記載の方法。
[5]前記抽出溶媒が、水又はリン酸緩衝液である、[1]~[4]の何れかに記載の方法。
[6]さらに精製工程を含む、[1]~[5]の何れかに記載の方法。
[7]目的タンパク質をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニックカイコを飼育して目的タンパク質を蓄積したマユを生産させる工程、前記目的タンパク質を含むマユを、抽出溶媒に浸漬した状態で常温で加圧することにより、前記目的タンパク質を抽出する工程を含む、目的タンパク質の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、常温であってもマユに含まれる組換えタンパク質を効率的に抽出・回収することができ、特に水などの溶媒に溶け出しにくい組換えタンパク質であっても抽出効率を向上させることができた。
すなわち、本発明によって、水などの溶媒に対する溶解度が低いタンパク質であっても、さまざまな条件で抽出することが可能となり、トランスジェニックカイコによる有用タンパク質生産における生産性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】組換えタンパク質の抽出に用いるトランスジェニックカイコのマユの例を示す写真である。
図2】本実施例の抽出後に、ウエスタンブロットによって組換えタンパク質であるヒトがん抗原p53の量を比較した結果を示す写真である。0、50及び100MPaの圧力を加えたときの比較を行った。
図3】本実施例の抽出後に、ウエスタンブロットによって組換えタンパク質であるヒトがん抗原p53の量を比較した結果を示す写真である。2、4及び6時間での抽出時間の比較を行った。
図4】本実施例の抽出後に、ウエスタンブロットによって組換えタンパク質であるヒトがん抗原MAGE-A4の量を比較した結果を示す写真である。2、4及び6時間での抽出時間の比較を行った。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施態様は、目的タンパク質をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニックカイコが作り出したマユから、前記目的タンパク質を抽出する方法であって、
前記目的タンパク質を含むマユを、抽出溶媒に浸漬した状態で常温で加圧する工程を含む、前記方法である。
【0013】
<トランスジェニックカイコ>
カイコの品種や系統は、目的タンパク質をコードする遺伝子を導入でき、かつ当該目的タンパク質を含むマユを作り出せる限り、特に限定されない。カイコの系統としては、例えば、卵を早く孵化させる観点から、非休眠性卵の系統であることが好ましく、また、遺
伝子導入後のスクリーニングの簡便性の観点から、無着色卵の系統であることが好ましい。具体的な系統としては、例えば、遺伝子組換え作成用として広く用いられるw1-pnd等が挙げられる。
【0014】
トランスジェニックカイコは、当業者に既知の遺伝子導入技術により、目的タンパク質をコードする遺伝子を導入されたカイコである。トランスジェニックカイコにおいて、該目的タンパク質をコードする遺伝子の上流に、絹糸腺特異的に該目的タンパク質を発現させるためのプロモーターが、該目的タンパク質を発現可能にする状態で連結されていることが好ましい。
【0015】
遺伝子導入技術は、カイコに目的タンパク質をコードする遺伝子を導入でき、かつ当該カイコに当該目的タンパク質を含むマユを作り出させることができる限り、特に限定されない。
【0016】
トランスジェニックカイコの具体的な作出方法としては、例えば特許文献1等に記載される、目的のタンパク質をコードするDNAをカイコ卵に導入する方法と同様の方法を用い
ることができる。
【0017】
カイコ卵へのDNAの導入は、例えば、カイコの発生初期卵へ、トランスポゾンをベクタ
ーとして注射する方法(非特許文献1)に従って行うことができる。
例えば、トランスポゾンの逆位末端反復配列の間に目的のタンパク質をコードするDNA
を挿入したベクターとともに、トランスポゾン転移酵素をコードするDNAを有するベクタ
ー(ヘルパーベクター)をカイコ卵に導入する方法が挙げられる。
ヘルパーベクターとしては、本実施態様の効果を妨げない限り特に限定されず、例えば当業者に既知のヘルパーベクターであるpHA3PIG等を用いることができる。
【0018】
本発明におけるトランスポゾンとしては、本実施態様の効果を妨げない限り特に限定されず、例えば当業者に既知のトランスポゾンであるpiggyBac、マリナー(mariner)、ミ
ノス(minos)等を用いることができるが、piggyBacを用いることが好ましい。
【0019】
カイコ卵へのDNAの導入は、当業者においては一般的な方法により実施することができ
る。例えば、カイコ卵へDNA注入用の管を使用して直接卵内へDNAを導入することが可能であるが、好ましい態様は、前もって物理的または化学的に卵殻に穴を空け、該穴からDNA
を導入するものである(特許文献2)。
【0020】
本発明において、物理的に卵殻に穴を空ける方法としては、例えば針、微小レーザー等を用いて穴を空ける方法が挙げられる。中でも、針を用いた方法によって卵殻に穴を空ける方法が好ましい。用いられる針としては、カイコの卵殻に穴を空けることができるものであれば、その材質、強度等は、特に制限されない。一方、化学的に卵殻に穴を空ける方法としては、例えば薬品(次亜塩素酸等)等を用いて穴を空ける方法が挙げられる。
【0021】
本発明において、DNA導入方法としては、上記のカイコ卵に物理的または化学的に穴を
空け、DNA注入用の管を該穴から卵内に挿入し、DNAを注入する工程を、針とDNA注入用の
管が一体型となったマニュピュレーターを使用して行うことが好ましい。マニュピュレーターを構成要素の1つとする装置を使用できる。
【0022】
このような装置としては、解剖顕微鏡、照明装置、可動式のステージ、顕微鏡に金具で固定した粗動マニュピュレーター、このマニュピュレーターに付けたマイクロマニュピュレーター、DNAを注射するための空気圧を調整するインジェクターから構成されるものが
挙げられる。なお、使用される装置としては、特許文献3に記載の装置または該装置を改
良した装置が挙げられる。
【0023】
カイコ卵に導入されたDNAが、カイコの染色体に組込まれ、遺伝子組換えカイコが得ら
れたか否かは、例えばDNAを注射した卵から育った成虫を交配し(相互に、あるいは非組
換えカイコと)受精卵を得、その産卵後6~10日にマーカー遺伝子(例えば、GFP、EGFPや、DsRed、CFP、YFPなど)の発現を蛍光顕微鏡で観察することによって確認することがで
きる。
【0024】
本実施態様の抽出方法によれば、水をはじめとする抽出溶媒に対する溶解度が高いタンパク質または溶解度が低いタンパク質のいずれであっても、抽出溶媒にタンパク質を抽出することができる。
なお、特に限定されないが、本実施態様において溶解度が高いとは、例えば20±5℃で5分ごとに強く30秒間振り混ぜるとき、30分以内に溶質1gを溶かすのに必要な溶媒の量が1mL未満、10mL未満、または30mL未満のことであり、溶解度が低いとは、例えば20±5℃で5分ごとに強く30秒間振り混ぜるとき、30分以内に溶質1gを溶かすのに必要な溶媒の量
が30mL以上、100mL以上、または1000mL以上のことである。
従来技術において、水をはじめとする抽出溶媒に対する溶解度が低いタンパク質を常温で抽出することが困難であったことから、本実施態様の抽出方法は、目的タンパク質が、水をはじめとする抽出溶媒に対する溶解度の低いタンパク質である場合に特に好適に利用できる。
【0025】
目的タンパク質は任意のタンパク質であり、当業者に既知の遺伝子導入技術により目的タンパク質をコードする遺伝子を導入されたトランスジェニックカイコが、目的タンパク質を含むマユを作り出すことができる限り特に限定されない。目的タンパク質としては、酵素、抗体、サイトカイン、ホルモン、抗原タンパク質などが例示され、具体的な例としては、例えばヒトがん抗原であるp53やMAGE-A4等が挙げられる。
【0026】
上記のようにして得られたトランスジェニックカイコを育成することにより、マユに目的タンパク質を蓄積させることができる。
【0027】
<抽出方法>
目的タンパク質を含むマユを浸漬させる抽出溶媒は、水や無機化合物を含む無機溶媒であってもよく、アルコールなどの有機溶媒であってもよい。また、抽出溶媒はTriton-X100などの界面活性剤を含んでもよい。抽出溶媒が無機溶媒である場合、例えば水やリン酸
緩衝液等が挙げられる。
【0028】
抽出溶媒のpHは、目的タンパク質を抽出できる限り特に限定されず、目的タンパク質の種類によって適宜設定することができる。例えば、リン酸緩衝液を用いた場合、pH5.0~8.0としてもよい。
【0029】
抽出溶媒の濃度は、目的タンパク質を抽出できる限り特に限定されず、目的タンパク質の種類によって適宜設定することができる。例えば、リン酸緩衝液を用いた場合、10~1000mMとしてもよい。
【0030】
マユと抽出溶媒の割合は、マユを抽出溶媒に浸漬することができ、かつ目的タンパク質を抽出できる限り特に限定されず、目的タンパク質の種類によって適宜設定することができる。例えば、マユ1gに対して、抽出溶媒を10~1000mLとしてもよい。
【0031】
目的タンパク質を含むマユを、抽出溶媒に浸漬した状態で常温で加圧する工程において、加圧が不十分だと目的タンパク質を十分に抽出することはできないため、十分に加圧す
ることが必要である。十分に加圧するとは、50MPa以上の圧力を加えるものであることが
好ましく、100MPa以上の圧力を加えるものであることがさらに好ましい。上限は特にないが、例えば、1000MPaまたは500MPaである。
具体的な加圧方法は、十分に加圧することができる限り特に限定されず、例えばフレンチプレスによる加圧方法等が挙げられる。
一方で、例えば、一般的なオートクレーブのように数MPa以下の圧力しか加えられない
ものだと、溶解度の低い目的タンパク質は十分に抽出溶媒中に抽出されないため好ましくない。さらに、オートクレーブによる加圧は、高温での抽出を行うものであるため、目的タンパク質の変性を避ける観点からも好ましくない。
【0032】
本実施態様の抽出方法は、常温で行うものである。常温とは、例えば4~50℃、または5~35℃の範囲を挙げることができるが、本実施態様においては、目的タンパク質が過度に変性しない限り、この範囲を超えてもよく、下回ってもよい。
なお、特に限定されないが、本実施態様において目的タンパク質が過度に変性するとは、目的タンパク質の立体構造が完全に破壊されること、または目的タンパク質の立体構造の一部が破壊され、かつその目的タンパク質における有用タンパク質としての機能が発揮できなくなることである。一方で、目的タンパク質の立体構造の一部のみが破壊されていたとしても、その目的タンパク質における有用タンパク質としての機能が維持されるのであれば、その程度の変性は許容されるものである。
【0033】
加圧を行う前に、加圧装置内の空気を抜いてもよい。
【0034】
抽出時間は、目的タンパク質を抽出できる限り特に限定されず、目的タンパク質の種類によって適宜設定することができる。例えば、10分間以上、30分間以上、1時間以上、2時間以上、4時間以上、6時間以上、12時間以上、24時間以上、48時間以上、または10分間超、30分間超、1時間超、2時間超、4時間超、6時間超、12時間超、24時間超、48時間超としてもよく、30分間以下、1時間以下、2時間以下、4時間以下、6時間以下、12時間以下、24時間以下、48時間以下、72時間以下、または30分間未満、1時間未満、2時間未満、4時間
未満、6時間未満、12時間未満、24時間未満、48時間未満、72時間未満としてもよい。目
的タンパク質がヒトがん抗原p53である場合、抽出時間は6時間未満であることが好ましく、特に2時間以上4時間以下であることが好ましい。目的タンパク質がヒトがん抗原MAGE-A4である場合、抽出時間は2時間超であることが好ましく、特に4時間以上6時間以下であることが好ましい。
【0035】
本実施態様の抽出方法は、追加の工程を含んでもよい。
追加の工程としては、例えば、精製工程を挙げることができ、当業者に既知の方法により、目的のタンパク質を精製してもよい。精製方法としては、例えば、アフィニティ精製が挙げられる。
【0036】
またマユを抽出溶媒に浸漬する前に、マユに対する前処置を行ってもよい。前処置としては、例えば、マユからカイコのサナギを取り除くこと、マユを細かく切ること等が挙げられる。
【0037】
本実施態様の抽出方法により目的タンパク質が抽出されていることの確認は当業者に既知のタンパク質検出法により行うことができる。例えば、ウエスタンブロット法等により目的タンパク質の存在を確認してもよい。
【0038】
本発明の他の実施態様は、目的タンパク質をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニックカイコを飼育して目的タンパク質を蓄積したマユを生産させる工程、前記目的タンパク質を含むマユを、抽出溶媒に浸漬した状態で常温で加圧することにより、前記目的
タンパク質を抽出する工程を含む、目的タンパク質の製造方法である。
【0039】
本実施態様のマユを生産させる工程において、トランスジェニックカイコは上述の「目的タンパク質を抽出する方法」に記載された通りであり、トランスジェニックカイコの飼育は、当業者において一般的なカイコの飼育方法に従い行うことができ、これによりトランスジェニックカイコに目的タンパク質を蓄積したマユを生産させることができる。
【0040】
本実施態様の目的タンパク質を抽出する工程において、目的タンパク質、抽出溶媒、加圧する圧力、抽出時間などの各種設定事項は上述の「目的タンパク質を抽出する方法」における記載を援用できる。
【実施例0041】
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0042】
<発現ベクターの構築>
MAGE-A4遺伝子(配列番号1)又はWT-p53遺伝子(配列番号2)を含むトランスジェニ
ックカイココンストラクトの発現プラスミドを、非特許文献2及び3に記載の方法に基づき、以下のように調製した。
MAGE-A4遺伝子は、タンパク質精製のためのヒスチジンタグ配列と遺伝子構築のための
制限酵素BsmBIサイトを挿入するために、プライマーBsmBI_MAGE_U(フォワード:5'- GCGTCTCCAGCTATGTCTTCTGAGCAGAAG -3'(配列番号3))およびBsmBI_MAGE_His_L(リバース
:5'- GCGTCTCCCTAGTGATGATGATGGTGATGGACTCCCTCTTCCTCC -3'(配列番号4))を用いて
、Flexi ORF Clone pF1KB9825プラスミド(かずさDNA研究所、千葉、日本)から得られたものであり、ポリメラーゼ連鎖反応により増幅したものである。使用した試薬等は、1ユニットのKODプラスDNAポリメラーゼ(東洋紡績株式会社、大阪、日本)、それぞれ5μMのフォワードおよびリバースプライマー、1mM MgCl2、1mM dNTPs、0.1μg 鋳型プラスミド
、および1×バッファー(東洋紡績株式会社)であり、サーマルサイクラー(C-1000; Bio-Rad Laboratories, Inc., Hercules, CA, USA)を用いて、94℃で30秒、55℃で30秒、72℃で90秒の温度プログラムを15サイクル行った。
また、ヒトWT-p53遺伝子は、荒川博文博士(国立がんセンター研究所腫瘍生物学分野)より提供を受けたものであり、MAGE-A4遺伝子の場合と同様に、タンパク質精製のための
ヒスチジンタグ配列と遺伝子構築のための制限酵素BsmBIサイトを挿入するために、プラ
イマーBsmBI-p53His U(フォワード:GCGTCTCGTGCAGAGGAGCCGCAGTCAGATCCTAGCGTCGAGCCC
(配列番号5))およびBsmBI-p53His L(リバース:CCGTCTCGCTAGTTAGTGATGGTGATGGTGATGGTCTGAGTCAGGCCC(配列番号6))を用いて、ポリメラーゼ連鎖反応を行った。
MAGE-A4遺伝子とWT-p53遺伝子をBsmBI (New England BioLabs, Inc., Ipswich, MA, USA)を用いて37℃で2時間消化した。その後、ligation high version 2(東洋紡績株式会社)を用いて、16℃で10時間反応させることにより、pBac[SerUAS_Ser1intron_hr5/3×P3-AmCyan_A3-Bla]プラスミド(非特許文献4)のBsmBIサイトにライゲーションした。その結果、UASプロモーターの下流にMAGE-A4遺伝子又はWT-p53遺伝子を有し、かつ選択マーカーとしてAmCyan遺伝子を有する発現プラスミドであるpBac[UAS_MAGEA4/3×P3-AmCyan]とpBac[UAS_p53/3×P3-AmCyan]を得て、トランスジェニックカイコの作製に使用した。
【0043】
<トランスジェニックカイコの作製>
トランスジェニックカイコは以前に述べたようにして作製した(非特許文献1、4~5)。
トランスジェニックカイコを作製するために使用したカイコ株は、非休眠性ならびに眼及び卵が非着色のw1-pndである。また、休眠性株であるw-1を、トランスジェニックカイ
コの交配に使用した。いずれの系統株も、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究
機構のカイコ基盤技術開発グループ(茨城、日本)で維持されたものである。カイコの幼虫を25℃の人工飼料(日本農産工業株式会社、横浜、日本)で飼育し、pBac[UAS_MAGE-A4/3×P3-AmCyan]又はpBac[UAS_p53/3×P3-AmCyan]をヘルパープラスミドpHA3PIGとともに
前胚葉期の胚に注入し、piggyBacトランスポザーゼ遺伝子の発現を誘導し(非特許文献4)、得られた第0世代(G0)の成虫を他のG0の成虫と交配させた。G1カイコにおいて、3×P3神経特異的プロモーターで駆動されるAmCyan遺伝子が胚の複眼に発現しているかを胚後期にスクリーニングした。次に、得られたトランスジェニックカイコを、中部絹糸腺(middle
silk gland:MSG)特異的なsericin1プロモーターと3×P3-DsRed2マーカー遺伝子(Addgene, Inc, Cambridge, MA, USA)の制御下で、GAL4遺伝子を有するSer1-GAL4系統の成虫と交配した(非特許文献6)。ヒトMAGE-A4またはWT-p53を発現させた、GAL4およびUASコンストラクトを保有するF1胚を、蛍光顕微鏡(オリンパス株式会社、東京、日本)を用いて、AmCyanおよびDsRed2の蛍光に基づき選択した。
【0044】
<MSGからの組み換えMAGE-A4又はp53の抽出>
MAGE-A4又はp53のトランスジェニックカイコが作り出したマユからサナギを取り除き、マユを細く切った(図1)。その後、それぞれのマユ1gを20mMリン酸緩衝液(pH7.2)40mlに浸漬し、室温にてフレンチプレスで加圧することによって、組換えタンパク質を抽出
した。加えた圧力に関しては、0、50、100MPaでの比較を行い、加圧時間に関しては、2、4、6時間での比較を行った。
得られた抽出液を、12%ゲルを用いたSDS-PAGEによって分析した。ゲルを0.2% Coomassie Brilliant Blue R-250 (ナカライテスク、京都、日本)で染色した。ウェスタンブロッティングのために、ゲルをナイロンメンブレン(Hybond P PVDF; no. 10600023; GE Healthcare Life Sciences, Chalfont, UK)に転写し、ブロッキングバッファー(Blocking One; no. 03953-95, ナカライテスク、京都、日本)を用いて室温で1時間インキュベート
した。メンブレンを、抗ヒスチジンタグ一次抗体(A190-114A, 1:1,000; Bethyl Laboratories, Montgomery, TX, USA)を用いて4℃で一晩インキュベートした。その後、メンブ
レンをTween-20入りPBS(PBST)[8mM Na2HPO4, 2mM KH2PO4(pH7.4), 150mM NaCl, 3mM
KCl, 0.05% Tween-20]で3回洗浄し、西洋ワサビペルオキシダーゼ標識抗ウサギ免疫グ
ロブリン(Ig)-G二次抗体(NA934, 1:20,000;GEヘルスケアライフサイエンス)を用い
て室温で1時間インキュベートした。その後、メンブレンをPBSTで2回洗浄した。ECL Prime試薬(GE Healthcare Life Sciences)とLAS-3000イメージアナライザー(Fujifilm Image Reader LAS-3000, version 2; 富士フイルム株式会社、東京、日本)を用いて、免疫
反応性タンパク質バンドを検出した。
p53のトランスジェニックカイコ由来のマユからの組換えタンパク質抽出において、抽
出時間6時間とした場合、加圧しないとき(圧力0MPa)に比べて、50MPaで加圧した場合は約1.5倍、100MPaで加圧した場合は、約8倍に組換えタンパク質(ヒトがん抗原p53)の量
が増加したことがバンドの濃さより確認できた(図2)。また、加圧条件を100MPaとした場合、加圧抽出時間を変化させると、抽出時間2時間、4時間、6時間で抽出された組換え
タンパク質(ヒトがん抗原p53)の量を比較すると、抽出される組換えタンパク質の量は
ほとんど変化しなかったことがバンドの濃さより確認できたが、時間とともにややバンドがブロードになり室温加圧下でもタンパク質が分解する可能性が示唆された(図3)。
また、MAGE-A4のトランスジェニックカイコ由来のマユからの組換えタンパク質抽出に
おいて、加圧条件を100MPaとした場合、加圧抽出時間を変化させると、抽出時間2時間、4時間、6時間で抽出された組換えタンパク質(ヒトがん抗原MAGE-A4)の量を比較すると、時間とともに抽出される組換えの量が増加することがバンドの濃さより確認できた(図4)。
なおこれらの各バンドの濃さは、ウエスタンブロット時に目的組換えタンパク質とは異なる内部標準タンパク質を別途加え、その内部標準タンパク質のバンドの濃さを参照して比較した。
【0045】
<得られたタンパク質抽出液からのMAGE-A4又はp53の精製>
得られたタンパク質抽出液を、500mM NaClを含有する20mMリン酸緩衝液(pH7.4)で平
衡化したニッケルアフィニティカラム(5ml、GE Healthcare Life Sciences)にロードし、それらのタンパク質のC末端に融合させたヒスチジンタグによって、組み換えMAGE-A4又はp53を精製した。アフィニティカラムへのサンプルロード後、カラムの洗浄を20mMイミ
ダゾール及び500mM NaClを含有する20mMリン酸緩衝液(pH7.4)、又は50mMイミダゾール
を含有する20mMリン酸緩衝液(pH7.4)をカラムに45ml通すことによって行い、その後組
み換えMAGE-A4又はp53を500mMイミダゾール及び500mM NaClを含有する20mMリン酸緩衝液
(pH7.4)、又は500mMイミダゾールを含有する20mMリン酸緩衝液(pH7.4)をカラムに通
して溶出し、精製組み換えタンパク質を得た。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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