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特開2023-34594乱流運動エネルギー散逸率の推定方法、乱流運動エネルギー散逸率の推定装置、乱流運動エネルギー散逸率の推定プログラム及びコンピュータの非一時的可読記憶媒体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023034594
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】乱流運動エネルギー散逸率の推定方法、乱流運動エネルギー散逸率の推定装置、乱流運動エネルギー散逸率の推定プログラム及びコンピュータの非一時的可読記憶媒体
(51)【国際特許分類】
   G01M 10/00 20060101AFI20230306BHJP
【FI】
G01M10/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021140907
(22)【出願日】2021-08-31
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504194878
【氏名又は名称】国立研究開発法人海洋研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】田中 衛
(72)【発明者】
【氏名】長尾 正之
(72)【発明者】
【氏名】古島 靖夫
【テーマコード(参考)】
2G023
【Fターム(参考)】
2G023BA10
2G023BB50
2G023BC04
2G023BD07
(57)【要約】
【課題】乱流運動エネルギー散逸率を推定する方法を提供する。
【解決手段】流体の波数スペクトルΦ(k)を取得する工程と、前記波数スペクトルΦ(k)に波数kを乗じてk・Φ(k)を算出する工程と前記k・Φ(k)と、経験定数aと、カルマン定数κと、式(1)とを用いて摩擦速度uを算出する工程と、前記摩擦速度uを用いて、乱流運動エネルギー散逸率εを算出する工程と、を備えることを特徴とする乱流運動エネルギー散逸率の推定方法。式(1)・・・u=a-1/2・κ1/3・(k・Φ(k))1/2
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体の波数スペクトルΦ(k)を取得する工程と、
前記波数スペクトルΦ(k)に波数kを乗じてk・Φ(k)を算出する工程と
前記k・Φ(k)と、経験定数aと、カルマン定数κと、式(1)とを用いて摩擦速度uを算出する工程と、
前記摩擦速度uを用いて、乱流運動エネルギー散逸率εを算出する工程と、を備える
ことを特徴とする乱流運動エネルギー散逸率の推定方法。
式(1)・・・u=a-1/2・κ1/3・(k・Φ(k))1/2
【請求項2】
前記波数スペクトルΦ(k)は、前記流体の鉛直流の波数スペクトルΦ(k)であり、
前記乱流運動エネルギー散逸率εを算出する工程で、前記摩擦速度uと、海底からの高さzと、式(2)とを用いて、前記乱流運動エネルギー散逸率εを算出する
ことを特徴とする請求項1に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定方法。
式(2)・・・ε=u ・κ-1・z-1
【請求項3】
さらに、k<1/2cpmで前記k・Φ(k)を平均操作する工程を含む
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定方法。
【請求項4】
超音波流速センサーを用いて前記波数スペクトルΦ(k)を取得する
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定方法。
【請求項5】
流体の波数スペクトルΦ(k)を取得する取得部と、
前記波数スペクトルΦ(k)に波数kを乗じてk・Φ(k)を算出するk・Φ(k)算出部と、
前記k・Φ(k)と、経験定数aと、カルマン定数κと、式(1)とを用いて摩擦速度uを算出する摩擦速度u算出部と、
前記摩擦速度uを用いて、乱流運動エネルギー散逸率εを算出する散逸率算出部と、を備える
ことを特徴とする乱流運動エネルギー散逸率の推定装置。
式(1)・・・u=a-1/2・κ1/3・(k・Φ(k))1/2
【請求項6】
前記波数スペクトルΦ(k)は、前記流体の鉛直流の波数スペクトルΦ(k)であり、
前記散逸率算出部は、前記摩擦速度uと、海底からの高さzと、式(2)とを用いて、前記乱流運動エネルギー散逸率εを算出する
ことを特徴とする請求項5に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定装置。
式(2)・・・ε=u ・κ-1・z-1
【請求項7】
さらに、k<1/2cpmで前記k・Φ(k)を平均操作する平均操作部を含む
ことを特徴とする請求項5又は6に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定装置。
【請求項8】
コンピュータを、請求項5~7のいずれか一項に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定装置の各部として機能させるためのプログラム。
【請求項9】
請求項8に記載のプログラムを記憶したコンピュータの非一時的可読記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乱流運動エネルギー散逸率の推定方法、乱流運動エネルギー散逸率の推定装置、乱流運動エネルギー散逸率の推定プログラム及びコンピュータの非一時的可読記憶媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
海洋において海水の乱流運動は熱や運動量、二酸化炭素といった溶存化学物質に至るまでその鉛直方向の輸送に支配的である。そのため産業や社会活動の基盤となる海洋の動態を理解するうえで現場の乱流の強弱を把握することが重要である。
【0003】
乱流の強弱は伝統的に乱流運動エネルギー散逸率という指標によって評価されてきた。乱流運動エネルギー散逸率とは、乱流の運動エネルギーが単位時間および単位重量あたりに水の粘性によって熱に変換される割合を示したものである。乱流の運動エネルギー散逸率は、綿密にデザインされた実験水槽では実測可能であるが海洋において直接計測に成功した例はこれまで無く、Osborn-Coxモデル等の理論的枠組みのなかでその推定値を求める試みがなされてきた。
【0004】
乱流運動エネルギー散逸率の推定値を得る方法として最も標準的な方法はシアープローブを備えた自由落下式のプロファイラーを用いる方法である。プロファイラーを海面から任意の水深まで自由落下させることでその間にシアープローブによって微細な流速データを記録し、この流速データからせん断流を計算し、せん断流の波数スペクトルの高波数帯、おおむねk>1cpmを用いて乱流運動エネルギー散逸率を推定する。
【0005】
特許文献1は、対象とする流れ場の速度ベクトルを計測する粒子画像速度計測装置と、速度ベクトルから速度変動に基づくせん断応力を算出する演算装置とを備え、演算装置により、速度ベクトルから流れ場の平均速度と速度変動を算出し、その結果に基づき、レイノルズ応力と平均速度勾配の全成分を算出し、レイノルズ応力と平均速度勾配から乱流エネルギーの散逸率を算出し、散逸率から速度変動に基づくせん断応力を算出する、ことを特徴とする流れ場のせん断応力分布の計測装置を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012-251877号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、自由落下式プロファイラーは、測定装置を運用するための船舶から作業員が常にプロファイラーを操作する必要がある。そのため、ある地点における乱流の強弱を長期間にわたって時系列的に観測するのは困難である。また、これ以外にも超音波流速センサーから得られた流速データから乱流運動エネルギー散逸率の推定値を得る方法があるが、音響散乱体が少ない水深200メートル以深においては、超音波流速計によって測定される流速データがエラーとして弾かれる割合が極端に大きくなる。そのため、超音波流速計により、音響散乱体が少ない環境下で乱流運動エネルギー散逸率を推定することは、難しい。
【0008】
さらに、特許文献1は、Particle Image Velocimetry (PIV)によって微細な流速分布を映像データとして記録してせん断応力分布を得る方法を考案している。しかしながら、特許文献1に記載の装置は、実験水槽内の現象を測定対象としているので、海洋における実地運用には適さない。
【0009】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、乱流運動エネルギー散逸率を推定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
[1]流体の波数スペクトルΦ(k)を取得する工程と、
前記波数スペクトルΦ(k)に波数kを乗じてk・Φ(k)を算出する工程と
前記k・Φ(k)と、経験定数aと、カルマン定数κと、式(1)とを用いて摩擦速度uを算出する工程と、
前記摩擦速度uを用いて、乱流運動エネルギー散逸率εを算出する工程と、を備える
ことを特徴とする乱流運動エネルギー散逸率の推定方法。
式(1)・・・u=a-1/2・κ1/3・(k・Φ(k))1/2
[2]前記波数スペクトルΦ(k)は、前記流体の鉛直流の波数スペクトルΦ(k)であり、
前記乱流運動エネルギー散逸率εを算出する工程で、前記摩擦速度uと、海底からの高さzと、式(2)とを用いて、前記乱流運動エネルギー散逸率εを算出する
ことを特徴とする[1]に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定方法。
式(2)・・・ε=u ・κ-1・z-1
[3]さらに、k<1/2cpmで前記k・Φ(k)を平均操作する工程を含む
ことを特徴とする[1]又は[2]に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定方法。
[4]超音波流速センサーを用いて前記波数スペクトルΦ(k)を取得する
ことを特徴とする[1]~[3]のいずれか一項に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定方法。
[5]流体の波数スペクトルΦ(k)を取得する取得部と、
前記波数スペクトルΦ(k)に波数kを乗じてk・Φ(k)を算出するk・Φ(k)算出部と、
前記k・Φ(k)と、経験定数aと、カルマン定数κと、式(1)とを用いて摩擦速度uを算出する摩擦速度u算出部と、
前記摩擦速度uを用いて、乱流運動エネルギー散逸率εを算出する散逸率算出部と、を備える
ことを特徴とする乱流運動エネルギー散逸率の推定装置。
式(1)・・・u=a-1/2・κ1/3・(k・Φ(k))1/2
[6]前記波数スペクトルΦ(k)は、前記流体の鉛直流の波数スペクトルΦ(k)であり、
前記散逸率算出部は、前記摩擦速度uと、海底からの高さzと、式(2)とを用いて、前記乱流運動エネルギー散逸率εを算出する
ことを特徴とする[5]に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定装置。
式(2)・・・ε=u ・κ-1・z-1
[7]さらに、k<1/2cpmで前記k・Φ(k)を平均操作する平均操作部を含む
ことを特徴とする[5]又は[6]に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定装置。
[8]コンピュータを、[5]~[7]のいずれか一項に記載の乱流運動エネルギー散逸率の推定装置の各部として機能させるためのプログラム。
[9][8]に記載のプログラムを記憶したコンピュータの非一時的可読記録媒体。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、乱流運動エネルギー散逸率を推定する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明の実施形態に係る乱流運動エネルギー散逸率の推定方法のフローチャートを示す図である。
図2図2は、本発明の実施形態に係る乱流運動エネルギー散逸率の推定装置を備える情報提供システムの構成例を示す図である。
図3図3は、流速の測定に使用した超音波流速センサーの外観写真を示す図である。
図4図4は、図3の超音波流速センサーが取り付けられた低頭型プラットフォームの外観写真を示す図である。
図5図5は、鉛直流の周波数スペクトルのグラフを示す図である。
図6図6は、鉛直流の波数スペクトルΦ(k)のグラフを示す図である。
図7図7は、鉛直流の波数スペクトルΦ(k)に波数kを乗じたk・Φ(k)のグラフを示す図である。
図8図8は、乱流運動エネルギー散逸率εを時系列に描いたグラフを示す図である。
図9図9は、本実施例による乱流運動エネルギー散逸率と従来技術による乱流運動エネルギーの散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、発明の実施の形態を通じて本発明を説明するが、以下の実施形態は特許請求の範囲にかかる発明を限定するものではない。また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。まず、本発明の一実施形態に係る乱流運動エネルギー散逸率の推定方法を説明する。
【0014】
≪乱流運動エネルギー散逸率の推定方法≫
図1は、本発明の実施形態に係る乱流運動エネルギー散逸率の推定方法のフローチャートを示す図である。図1に示すように、本発明の実施形態に係る乱流運動エネルギー散逸率の推定方法は、
(a)流体の波数スペクトルΦ(k)を取得する工程と、
(b)波数スペクトルΦ(k)に波数kを乗じてk・Φ(k)を算出する工程と
(c)k・Φ(k)と、経験定数aと、カルマン定数κと、式(1)とを用いて摩擦速度uを算出する工程と、
(d)摩擦速度uを用いて、乱流運動エネルギー散逸率εを算出する工程と、を備えることを特徴とする。
式(1)・・・u=a-1/2・κ1/3・(k・Φ(k))1/2
【0015】
<流体の波数スペクトルΦ(k)を取得する工程>
本発明の実施形態において、流体の波数スペクトルΦ(k)を取得する工程は、流体の波数スペクトルΦ(k)のデータを取得する工程である。波数スペクトルΦ(k)のデータは、流体を実際に測定して得られるものであってもよく、シミュレーションによって得られるものであってもよい。流体を実際に測定して得られる波数スペクトルΦ(k)とは、波数スペクトルΦ(k)を直接測定して得られるものに限らず、流体を実際に測定して得られる物理量から算出されたものであってもよい。シミュレーションによって得られる波数スペクトルΦ(k)とは、流体を実際に測定して得られる物理量を使用せずに算出された波数スペクトルΦ(k)である。
【0016】
波数スペクトルΦ(k)の測定は、公知の超音波流速センサーを使用することができる。公知の超音波流速センサーとして、例えばNortekAS製の3次元ポイント型流速計Vectorが挙げられる。
【0017】
流体の波数スペクトルΦ(k)を取得する方法は、例えばユーザ端末から受信してもよい。ユーザ端末から受信はネットワークを介してもよい。
【0018】
<波数スペクトルΦ(k)に波数kを乗じてk・Φ(k)を算出する工程>
本発明の実施形態において、波数スペクトルΦ(k)に波数kを乗じてk・Φ(k)を算出する工程は、波数kと、前述の波数kに対応する波数スペクトルΦ(k)を乗じる工程である。流体を実際に測定することで、波数スペクトルΦ(k)及び波数kを得ることができる。波数スペクトルΦ(k)は、流体の鉛直流の波数スペクトルΦ(k)であってもよい。
【0019】
乱流に含まれるすべての大きさの渦変動を解析する場合、数値計算が困難になることがある。一方、乱流運動エネルギー散逸率を推定するために、乱流に含まれるすべての大きさの渦変動を解析しなくてもよい場合がある。そのため、乱流に含まれるすべての大きさの渦変動を解析せずに、ある閾値以上の大きな渦の変動を解析対象とし、ある閾値未満の小さな渦の変動が及ぼす影響を計算がより簡単になる物理モデルにより表現してもよい。計算がより簡単になる物理モデルにより表現する方法として、例えば、k・Φ(k)を算出したあと、k・Φ(k)に平均操作を施して、k・Φ(k)の代表値を算出するものがある。k・Φ(k)に平均操作を施すタイミングはk・Φ(k)を算出したあとであればいつでもよい。
【0020】
k・Φ(k)に平均操作を施して、k・Φ(k)の代表値を算出することで、小さな渦の変動が及ぼす影響を表現できる理由は以下である。Φ(k)はk-1の割合に準じ高波数帯ほどエネルギーが下がる右肩下がりの傾向を持つ一方で、k・Φ(k)はこのエネルギーの減衰を補填し傾きがゼロになるスペクトルを提供する(すなわち、任意のkに対し一定の値が期待される)。その結果、任意の波数帯(k<k<k)においてk・Φ(k)の値を平均することでその代表値を決定することができる。
【0021】
平均操作を行う波数帯は広いほうがより厳密な代表値を得ることができる。すなわち、平均操作を行う波数帯は、理想的にはk=0かつk=∞である。しかしながら、現実的には様々な理由により平均操作を行う波数帯を限定することが好ましい。例えば、超音波流速センサーは一般的にプラットフォームに固定された状態で深海底近傍に設置される。プラットフォームの物理的な大きさは通常<2mであるため、波数帯はk=1/2cpm未満としたほうが好ましい。平均操作を行う波数帯を1/2cpm未満とすることで、プラットフォーム自体が引き起こす乱流のような人為的コンタミネーションの影響を防ぐことができる。また、音響機器特有の高波数帯でのノイズの影響を避けることができる。
【0022】
また、平均操作を行う波数帯を1/7cpm超であることが好ましい。これにより、乱流運動エネルギー散逸率を正確に推定することができ、かつ計算を簡単にすることができる。海洋での乱流運動エネルギー散逸率の推定を行う場合、1/h cpm超とすることが好ましい。これにより、乱流運動エネルギー散逸率をより正確に推定することができる。ただし、hは海底混合層の厚さである。
【0023】
<k・Φ(k)と、経験定数aと、カルマン定数κと、式(1)とを用いて摩擦速度uを算出する工程>
本発明の実施形態において、k・Φ(k)と、経験定数aと、カルマン定数κと、式(1)とを用いて摩擦速度uを算出する工程は、k・Φ(k)と、経験定数aと、カルマン定数κとを式(1)に代入して摩擦速度uを算出する。経験定数a及びカルマン定数κは既知の定数である。
式(1)・・・u=a-1/2・κ1/3・(k・Φ(k))1/2
【0024】
境界面から十分に離れた状況において、流速の波数スペクトルΦ(k)(単位:m-2cpm-1)と乱流運動エネルギー散逸率ε(m-3)の関係は以下の式(A)ように表される。
式(A)・・・Φ(k)=a・ε2/3・k-5/3
【0025】
ここで、aは経験定数(=0.5)、kは波数(cpm)である。式(A)のΦ(k)は実際に計測することが可能であるので、両対数グラフにおけるΦ(k)のkに対する切片(=a・ε2/3)を実測値から求めることでεを計算できる。
【0026】
一方、海底といった境界面の影響を受ける環境ではΦ(k)の振る舞いは式(A)では説明できない。海底資源探査等の人為的活動が行われる場所は一般的に海底混合層の厚さh(m)よりも海底に近い層であり、そうした環境に適用可能な一般式を求める必要がある。海底混合層内においてεは摩擦速度u(m・s-1)の3乗に比例する(式(B))。
式(B)・・・ε=u ・κ-1・z-1
【0027】
このときκはカルマン定数(=0.41)、zは海底からの任意の高さ(m)である(ただしz<h)。このとき式(A)中のεに式(B)を代入するとΦ(k)は海底混合層内においてu の関数となる(式(C))。
式(C)・・・Φ(k)=a・(u ・κ-1・z-12/3・k-5/3=a・κ-2/3・u ・z-2/3・k-5/3
【0028】
このときkの単位がcycles per meter(cpm=m-1)であるので、zと同じ長さスケールを持つ波数はk=z-1となる。k=z-1の関係により式(C)のzを消し以下の式(D)ように書き換えることができる。
式(D)・・・Φ(k)=a・κ-2/3・u ・k-1
【0029】
境界面に接した混合層内において流速の波数スペクトルが波数の-1乗に比例することは古くから観測されており(既知文献:Katul & Chu 1998)、式(D)の導出に至る仮定は尤もらしいことが確認できる。
【0030】
式(D)をuについて解くと以下の式(1)ようになる。
式(1)・・・u=a-1/2・κ1/3・(k・Φ(k))1/2
【0031】
(摩擦速度uを用いて、乱流運動エネルギー散逸率εを算出する工程)
本発明の実施形態において、摩擦速度uを用いて、乱流運動エネルギー散逸率εを算出する工程では、摩擦速度uを、摩擦速度uと乱流運動エネルギー散逸率εとの関係式に代入して乱流運動エネルギー散逸率εを算出する。摩擦速度uと乱流運動エネルギー散逸率εとの関係式は式(2)を使用してもよい。
式(2)・・・ε=u ・κ-1・z-1
【0032】
続いて、本発明の別の実施形態に係る乱流運動エネルギー散逸率の推定装置を説明する。
【0033】
≪乱流運動エネルギー散逸率の推定装置≫
本発明の別の実施形態に係る乱流運動エネルギー散逸率の推定装置は、流体の波数スペクトルΦ(k)を取得する取得部と、前記波数スペクトルΦ(k)に波数kを乗じてk・Φ(k)を算出するk・Φ(k)算出部と、前記摩擦速度uを用いて、乱流運動エネルギーの散逸率εを算出する散逸率算出部と、を備えることを特徴とする。
式(1)・・・u=a-1/2・κ1/3・(k・Φ(k))1/2
【0034】
本発明の実施形態に係る乱流運動エネルギー散逸率の推定装置を備える情報提供システム100について説明する。図2は、本発明の実施形態に係る乱流運動エネルギー散逸率の推定装置を備える情報提供システム100の構成例を示す図である。図2に示すように、情報提供システム100は、推定装置200と、端末装置300とを備える。推定装置200は、制御装置15と、演算装置25と、受信装置35とを備える。端末装置300は、ユーザ端末の具体例である。推定装置200と、端末装置300とはネットワーク60を介して通信可能に接続されている。ネットワーク60は、無線通信のネットワークで構成されてもよいし、有線通信のネットワークで構成されてもよいし、無線通信のネットワークと有線通信のネットワークとを組み合わせて構成されてもよい。ネットワーク60は広域の通信網であってもよいし、構内の通信網であってもよいし、1本のケーブルであってもよい。すなわち、ネットワーク60は、データを送信可能な通信路であれば、どのように構成されてもよい。
【0035】
推定装置200は、ネットワークを介して少なくとも波数スペクトルΦ(k)及び波数kのデータを受信し、波数スペクトルΦ(k)及び波数kに基づいてk・Φ(k)を算出し、k・Φ(k)と、経験定数aと、カルマン定数κと、式(1)とを用いて摩擦速度uを算出し、摩擦速度uを用いて、乱流運動エネルギーの散逸率εを算出する。波数スペクトルΦ(k)は、流体の鉛直流の波数スペクトルΦ(k)であってもよい。
式(1)・・・u=a-1/2・κ1/3・(k・Φ(k))1/2
また、推定装置200は、散逸率算出部は、前記摩擦速度uと、海底からの高さzと、式(2)とを用いて、前記乱流運動エネルギーの散逸率εを算出してもよい。
式(2)・・・ε=u ・κ-1・z-1
【0036】
制御装置15は、Programmable Logic Controller(PLC)やシングルボードコンピューターやパーソナルコンピューター等の情報処理装置を用いて構成される。制御装置15は、演算装置25が演算するように制御する。制御装置15は、受信装置35が受信するように制御する。
【0037】
演算装置25は、受信装置35が受信するデータを使用して演算を行う。演算装置25は、k・Φ(k)算出部、摩擦速度u算出部、平均操作部及び散逸率算出部の具体例である。
【0038】
受信装置35は、端末装置300からデータを受信する。受信するデータとして、例えば流速、波数スペクトル、周波数スペクトル、及びこれらの時系列情報が含まれる。受信装置35は、取得部の具体例である。
【0039】
端末装置300は、パーソナルコンピューターやサーバー装置や専用装置等の情報処理装置を用いて構成される。端末装置300は、状態値や物理量を取得すると、取得された状態値や物理量を記憶装置に日時の情報と対応付けて記憶装置に記録する。端末装置300は、取得された状態値や物理量のうち予め定められている値を、ネットワーク60を介して推定装置200に送信する。送信される値には、例えば流速、波数スペクトル、周波数スペクトル、及びこれらの時系列情報が含まれる。
【0040】
端末装置300は、入力装置及び出力装置を備えてもよい。入力装置は、キーボード、ポインティングデバイス(マウス、タブレット等)、ボタン、タッチパネル等の既存の入力装置を用いて構成される。入力装置は、マイク及び音声認識装置を用いて構成されてもよい。この場合、入力装置はユーザによって発話された文言を音声認識し、認識結果の文字列情報を端末装置300に入力する。入力装置は、ユーザの指示を端末装置300に入力可能な構成であればどのように構成されてもよい。出力装置は、例えば画像や文字を画面に出力する装置を用いて構成されても良い。例えば、出力装置は、CRT(Cathode Ray Tube)や液晶ディスプレイや有機EL(Electro-Luminescent)ディスプレイ等を用いて構成できる。また、出力装置は、画像や文字をシートに印刷(印字)する装置を用いて構成されても良い。例えば、出力装置は、インクジェットプリンタやレーザープリンタ等を用いて構成できる。また、出力装置は、文字を音声に変換して出力する装置を用いて構成されても良い。この場合、出力装置は、音声合成装置及び音声出力装置(スピーカー)を用いて構成できる。出力装置は、LED(Light Emitting Diode)等の発光装置を用いて構成されてもよい。この場合、出力装置は出力対象の情報に対して予め対応付けられた態様で発光装置を発光させてもよいし、出力対象の情報に対して予め対応付けられた位置の発光装置を発光させてもよい。
【0041】
端末装置300は、ユーザが入力装置を操作することによって得られる値を取得する。例えば、出力装置は、入力装置を介して入力された各値や、推定装置200による推定結果の値などを出力する。
【0042】
また、本実施形態においては、コンピュータを乱流運動エネルギー散逸率の推定装置として機能させるための乱流運動エネルギー散逸率推定プログラム及び当該プログラムを記憶したコンピュータの非一時的可読記録媒体が提供される。コンピュータの非一時的可読記録媒体としては、例えば、磁気テープ(デジタルデータストレージ(DSS)など)、磁気ディスク(ハードディスクドライブ(HDD)、フレキシブルディスク(FD)など)、光ディスク(コンパクトディスク(CD)、デジタルバーサタイルディスク(DVD)、ブルーレイディスク(BD)など)、光磁気ディスク(MO)、フラッシュメモリ(SSD(Solid State Drive)、メモリーカード、USBメモリなど)が挙げられる。
【実施例0043】
以下、実施例により本発明の効果をさらに具体的に説明する。実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明はこの一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0044】
以下に発明者による実施例を示すが、本発明の本質的な部分を抑えていれば細かな条件の差異は許容される。沖縄県久米島沖合の水深1400メートル地点において、海底近傍に市販の超音波流速センサーADV(Acoustic Doppler Velocimeter、Nortek AS社製、図3)を設置した。当該地点は海底資源探査の目的で試験掘削が行われている地点である。当該ADVは音響周波数6MHz、サンプリングボリューム2.65cmの仕様であり、サンプリングボリュームが海底からおよそ2mに位置するよう環境総合テクノス社製低頭型プラットフォームに上向き固定した。低頭型プラットフォームの外観写真は図4に示した。
【0045】
ADVは3方向の流速(水平2成分、鉛直1成分)を32Hzで90秒間観測しこれを1回のバースト観測とした。このバースト観測を5分毎に繰り返した。すなわち、あるバースト観測が終了したのち次回のバースト観測が開始するまで3分30秒間のブランクがあり、この間は流速を取得しない。
【0046】
各バースト観測で得られた鉛直流の周波数スペクトルを計算する。その一例を図5に示す。次に各々の周波数スペクトルを水平方向の絶対流速をもとに波数スペクトルΦ(k)に変換する。これを図6に示す。さらに、Φ(k)に波数kを乗じk・Φ(k)を求めた。これを図7に示す。
【0047】
最終的に各バースト観測に対しk・Φ(k)の代表値をk=1/7cpmおよびk=1/2cpmの範囲において平均操作によって求め、それを式(1)に代入しuを得る。求めたuを式(B)に代入することで任意のzに対してεを得ることができる。ここでは平均操作を行った波数帯(1/7cpm<k<1/2cpm)に対応する水深帯、すなわち2m<z<7mにおける平均的なεを求めるため、z=2,3,4,5,6,7mに対しそれぞれεを計算し、それらをzに対し平均操作を行った。このようにして得られたεの時系列を片対数グラフで示したものが図8中の実線である。バースト観測が5分毎だったためεの値は5分間隔で得られている。
【0048】
本発明が開示する方法は理論的に正当性が担保される一方で、現在最も正確な推定値を得るとされる自由落下式プロファイラーとの比較を行うことで多角的にその有用性を検証した。この検証にはRockland Scientific International社製の自由落下式プロファイラーVMP-X(Vertical Microstructure Profiler-X)を用いた。本実施例と同地点においてVMP-Xを海面から自由落下させシアープローブが海底に衝突するまでせん断流(du/dz)・(s-1)を記録し、次式によって1秒毎にεの推定値を得た(式(3))。
式(3)・・・ε=(15/2)・v・<(du/dz)
【0049】
このときνは動粘性係数(m-1)、<>は平均操作である。VMP-Xの投下は8回行った。それぞれの投下につき海面から海底までおよそ鉛直0.5メートルの間隔でεの推定値が得られる。本発明との比較を行うため、それぞれの投下に対し2m<z<7mの空間でεを平均しそれらの値を図8中に点描画した。
【0050】
図8は、乱流運動エネルギー散逸率εを時系列に描いたグラフを示す図である。図8の中で、実線が本発明による推定値を示し、白点が従来技術である自由落下式プロファイラーによる推定値を示す。図8に示すように、本実施例の方法によって長期間にわたって連続的にεの推定が出来るようになった。
【0051】
図9は、本実施例による乱流運動エネルギー散逸率と従来技術による乱流運動エネルギーの散布図である。図9の中で、実線は本実施例による乱流運動エネルギー散逸率と従来技術による乱流運動エネルギーとの一対一の関係を示す。また、二本の破線は実線から上下1オーダーの範囲をそれぞれ示す。図9で、縦軸は、従来技術である自由落下式プロファイラーによる推定値である。図9に示すように、本実施例の方法によれば、精度の高い推定値を得ることができる。
【0052】
本実施例の方法では市販の超音波流速センサーを用いた。また、本実施例の方法の特徴はデータのポストプロセスにある。そのため、本実施例によれば、コストを抑えつつεのきめ細かな変動を得ることができた。
【0053】
本実施例ではノイズ影響がほとんど無い低波数帯を計算に用いた。そのため、水深200メートル以深のノイズが大きい環境においてもノイズの影響をほとんど受けずにεを推定できた。
【0054】
明細書の全体において、ある部分がある構成要素を「有する」や「備える」とする時、これは、特に反対の記載がない限り、他の構成要素を除くものではなく、他の構成要素をさらに含むことができるということを意味する。
【0055】
また、明細書に記載の「…部」の用語は、少なくとも1つの機能や動作を処理する単位を意味し、これは、ハードウェアまたはソフトウェアとして具現されてもよいし、ハードウェアとソフトウェアとの組み合わせで具現されてもよい。
【0056】
その他、本発明の趣旨に逸脱しない範囲で、前記実施形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能である。また、前記した変形例を適宜組み合わせてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0057】
以上のことから、本発明によれば、乱流運動エネルギー散逸率を推定する方法を提供することができるので、産業上の利用価値が高い。
【符号の説明】
【0058】
15 制御装置
25 演算装置
35 受信装置
200 推定装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9