(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023037381
(43)【公開日】2023-03-15
(54)【発明の名称】ジルコニア焼結体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/486 20060101AFI20230308BHJP
C04B 41/91 20060101ALI20230308BHJP
A61C 8/00 20060101ALI20230308BHJP
A61C 13/083 20060101ALI20230308BHJP
A61C 7/14 20060101ALI20230308BHJP
【FI】
C04B35/486
C04B41/91 E
A61C8/00 Z
A61C13/083
A61C7/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021144085
(22)【出願日】2021-09-03
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100193725
【弁理士】
【氏名又は名称】小森 幸子
(74)【代理人】
【識別番号】100163038
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 武志
(74)【代理人】
【識別番号】100207240
【弁理士】
【氏名又は名称】樋口 喜弘
(72)【発明者】
【氏名】下山 智隆
(72)【発明者】
【氏名】藏本 泰式
(72)【発明者】
【氏名】山室 悠香
(72)【発明者】
【氏名】閻 紀旺
【テーマコード(参考)】
4C052
4C159
【Fターム(参考)】
4C052JJ09
4C159AA02
4C159GG04
4C159GG13
(57)【要約】
【課題】
単斜晶相率が低く、優れた親水性を有する焼結体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】
表面にナノ気孔を有するジルコニア結晶粒子を備える、ジルコニア焼結体。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にナノ気孔を有するジルコニア結晶粒子を備える、ジルコニア焼結体。
【請求項2】
前記ナノ気孔の平均径が10nm以上400nm以下である、請求項1に記載のジルコニア焼結体。
【請求項3】
前記ナノ気孔の平均深さが50nm以上800nm以下である、請求項1又は2に記載のジルコニア焼結体。
【請求項4】
前記ジルコニア焼結体の表面における水の接触角が、60°以下である、請求項1乃至3のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体。
【請求項5】
前記ジルコニア焼結体における単斜晶相率が、10%以下である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体。
【請求項6】
表面にデブリを有する、請求項1乃至5のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体。
【請求項7】
前記ジルコニア焼結体の表面に超短パルスレーザーを照射する工程を含むことを特徴とする、請求項1乃至6のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項8】
前記超短パルスレーザーが、1000fs以下のパルス幅をもつ超短パルスレーザーである、請求項7に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項9】
前記超短パルスレーザーが、200mW以上800mW以下のレーザー出力をもつ超短パルスレーザーである、請求項7又は8に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ジルコニア焼結体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、含水雰囲気下で使用される母材の親水性向上の手段として、母材の表面に微細構造を形成する研究が行われている。これらの母材の一例として、高い機械的強度を有する、ジルコニア焼結体が挙げられる。ジルコニア焼結体は、表面に微細構造を形成させて親水性を向上させることで、オッセオインテグレーションによって骨と直接結合できることが知られている。人工関節や歯科用インプラント等の生体材料として適用するため、ジルコニア焼結体の表面に微細構造を形成する研究が行われてきた。
【0003】
ジルコニア焼結体に微細構造を形成させる加工方法としては、サンドブラスト等の機械的な加工方法、又は、エッチング処理等の化学的な加工方法が挙げられる。
例えば、特許文献1には、ジルコニアを母材とした歯科用インプラントにおいて、研磨ブラスト、サンドブラスト、又はエッチング処理の加工方法により、アンカー部の外表面の少なくとも一部に微細構造を形成させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の加工方法は、ジルコニアの正方晶相から単斜晶相への相転移や、ジルコニア焼結体が機械等と直接接触するために生じる汚染物質の付着等の懸念があった。
ジルコニア焼結体は、応力や熱等の影響により、相転移を生じることが知られている。相転移に伴う体積変化により、焼結体表面及び内部に亀裂や破断等の欠陥が生じ、機械的強度が低下するという問題があった。このため、加工による単斜晶相への相転移を抑制できるジルコニア焼結体の加工方法が求められていた。
【0006】
そこで、本開示は上記課題を解決することを目的としている。すなわち、本開示の目的は、単斜晶相への相転移が少なく、優れた親水性を有するジルコニア焼結体及びその製造方法の少なくともいずれかを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、ジルコニア焼結体及びその製造方法について検討した。その結果、特定の条件で超短パルスレーザーを焼結体表面に照射させることにより、単斜晶相への相転移が少なく、優れた親水性を有するジルコニア焼結体が得られることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は特許請求の範囲の記載のとおりであり、本開示の要旨は以下のとおりである。
[1]表面にナノ気孔を有するジルコニア結晶粒子を備える、ジルコニア焼結体。
[2]前記ナノ気孔の平均径が10nm以上400nm以下である、[1]に記載のジルコニア焼結体。
[3]前記ナノ気孔の平均深さが50nm以上800nm以下である、[1]又は[2]に記載のジルコニア焼結体。
[4]前記ジルコニア焼結体の表面における水の接触角が、60°以下である、[1]乃至[3]のいずれかに記載のジルコニア焼結体。
[5]前記ジルコニア焼結体における単斜晶相率が、10%以下である、[1]乃至[4]のいずれかに記載のジルコニア焼結体。
[6]表面にデブリを有する、[1]乃至[5]のいずれかに記載のジルコニア焼結体。
[7]前記ジルコニア焼結体の表面に超短パルスレーザーを照射する工程を含むことを特徴とする、[1]乃至[6]のいずれかに記載のジルコニア焼結体の製造方法。
[8]前記超短パルスレーザーが、1000fs以下のパルス幅をもつ超短パルスレーザーである、[7]に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
[9]前記超短パルスレーザーが、200mW以上800mW以下のレーザー出力をもつ超短パルスレーザーである、[7]又は[8]に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本開示により、単斜晶相への相転移が少なく、優れた親水性を有するジルコニア焼結体及びその製造方法の少なくともいずれかを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1のジルコニア焼結体の表面のSEM画像(図中スケールは3μm)
【
図2】実施例1のジルコニア焼結体の表面のSEM画像(図中スケールは1μm)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示のジルコニア焼結体について実施形態の一例を示しながら説明する。
【0012】
(ジルコニア焼結体)
本実施形態のジルコニア焼結体は、表面にナノ気孔を有するジルコニア結晶粒子を備えることを特徴とする。
【0013】
本実施形態において「ジルコニア焼結体」は、ジルコニアをマトリックス(主相)とする焼結体であり、焼結体の全組成に占めるジルコニア(ZrO2)の割合が最も高い焼結体である。
本実施形態のジルコニア焼結体は、ジルコニア焼結体の質量に対するジルコニア(ZrO2)の質量割合(ジルコニアが安定化元素を含む場合は、安定化元素及びジルコニアの合計質量割合)が90質量%以上100%質量%以下、または95質量%以上100%質量%以下、更には95質量%以上99質量%以下、また更には99.5質量%以上100質量%以下であること、が好ましい。
【0014】
本実施形態のジルコニア焼結体は、安定化元素を含むことが好ましい。安定化元素は、ジルコニアを安定化させる機能を有する元素である。安定化元素は、例えば、イットリウム(Y)、スカンジウム(Sc)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、及びセリウム(Ce)からなる群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましく、カルシウム、マグネシウム及びイットリウムの群から選ばれる少なくとも1種、更にはイットリウムであること、がより好ましい。
【0015】
安定化元素の含有量(以下、安定化元素がイットリウムである場合等の安定化元素の含有量を「イットリウム量」等ともいう。)は、特に制限されないが、機械的強度に優れるジルコニア焼結体が得られやすいため、1mol%以上6mol%以下、好ましくは1mol%以上5mol%以下、又は、2mol%以上4mol%以下であることが例示できる。特に機械的強度が高くなる安定化元素の含有量として3mol%が例示できる。
【0016】
本実施形態のジルコニア焼結体は、アルミナ(Al2O3)を含有していてもよく、ジルコニア、安定化元素及びアルミナから構成されていてもよい。アルミナ含有量は、0質量%以上0.2質量%以下、0質量%以上0.15質量%以下、又は、0質量%以上0.1質量%未満であることが例示できる。少量のアルミナを含有することで焼結が促進されやすくなるため、アルミナ含有量は0質量%を超え0.2質量%以下、0.005質量%以上0.15質量%以下、0.01質量%以上0.12質量%以下、0.015質量%以上0.1質量%未満、又は、0.02質量%以上0.07質量%以下が例示できる。
【0017】
本実施形態のジルコニア焼結体の効果が損なわれない範囲であれば、ジルコニアを着色する機能を有する元素(以下、「着色剤」ともいう。)を含んでいてもよい。着色剤は、ジルコニアを着色する機能を有する元素であって、ジルコニアの相転移を抑制する機能を有する元素であってもよい。具体的な着色剤として、遷移金属元素及びランタノイド系希土類元素の少なくともいずれかが例示でき、好ましくは鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、ユーロピウム(Eu)、ガドリウム(Gd)、テルビウム(Tb)、エルビウム(Er)及びイッテルビウム(Yb)の群から選ばれる1種以上、より好ましくは鉄、コバルト、マンガン、プラセオジム、ネオジム、テルビウム及びエルビウムの群から選ばれる1種以上、更に好ましくは鉄、コバルト及びエルビウムの群から選ばれる1種以上が挙げられる。
【0018】
本実施形態のジルコニア焼結体は、ハフニア(HfO2)等、不可避不純物を含んでもよい。不可避不純物としてのハフニアの含有量は、出発原料及びその製造方法により大きく変化するが、例えば、2.0質量%以下であることが挙げられる。しかしながら、本実施形態のジルコニア焼結体の効果への影響が大きい元素を含まないことが好ましく、例えば、本実施形態のジルコニア焼結体は、シリカ(SiO2)換算したケイ素の含有量が0質量ppm以上500質量ppm以下、及び、チタニア(TiO2)換算したチタンの含有量が0質量ppm以上500質量ppm以下、の少なくともいずれかを満たすことが挙げられ、ケイ素及びチタンの含有量が、それぞれ、0質量ppm以上500質量ppm以下であることが好ましい。なお、本実施形態では、含有量や密度等、組成に基づく値の算出に際し、ハフニアはジルコニアとみなして計算すればよい。
【0019】
本実施形態のジルコニア焼結体は、上述したように、表面にナノ気孔を有するジルコニア結晶粒子を備える。ナノ気孔を有するジルコニア結晶粒子は、後述する超短パルスレーザーを焼結体表面に照射することにより形成された気孔を有することが好ましい。
【0020】
本実施形態において「ナノ気孔」とは、ナノサイズの気孔のことをいい、特に超短パルスレーザーにより形成さた状態のナノサイズの気孔をいう。「表面にナノ気孔を有するジルコニア結晶粒子を備えていること」を確認する方法としては、例えば、SEM(Scanning Electron Microscope)、TEM(Transmission Electron Microscope)等の電子顕微鏡を用いてジルコニア焼結体の表面を観察する方法等が挙げられる。
【0021】
図1及び
図2は、実施例1のジルコニア焼結体の表面及び断面のSEM画像である。
図1に示すように、本実施形態のジルコニア焼結体10の表面のジルコニア結晶粒子1は、ナノ気孔2を有していることが確認できる。また、本実施形態のジルコニア焼結体10は表面にデブリを有する。すなわち、本実施形態のジルコニア焼結体10は、ナノ気孔2の開口部に、レーザー加工時に発生する、溶融したジルコニア結晶粒子が再凝固したデブリ(debris)3を有する。さらに
図2に示すように、本実施形態のジルコニア焼結体10は、表面のジルコニア結晶粒子1のみがナノ気孔2を有していることが確認できる。すなわち、ナノ気孔2を有するのは、ジルコニア焼結体10の最表面のみに限られ、最表面より深部にあるジルコニア結晶粒子1にはナノ気孔2が形成されていない。なお、最表面にある結晶粒子とは、ジルコニア焼結体の表面に露出しており、電子顕微鏡で観察できる結晶粒子である。したがって、本実施形態のジルコニア焼結体は、優れた親水性表面を有し、且つ最表面より深部にあるジルコニア結晶粒子1には加工による影響がない。
【0022】
これに対して、従来のサンドブラスト加工や高エネルギー強度のレーザー加工等による焼結体の表面は、加工痕がジルコニア焼結体の結晶粒界及び焼結体内部にわたって形成される。これは、ジルコニア結晶粒子表面にナノ気孔を有する、本実施形態のジルコニア焼結体とは明らかに異なる。
また、本実施形態のジルコニア焼結体において、ジルコニア結晶粒子が有するナノ気孔は、開気孔である。これは、結晶粒子内部に孤立して存在する閉気孔(孤立気孔)とは異なる。
したがって、ジルコニア焼結体の表面を観察して上記特徴が認められれば、本実施形態のジルコニア焼結体と従来の焼結体とを明確に区別することができる。
【0023】
上記のようなナノ気孔が得られる機構は全て明らかとなっているわけではないが、推察されるナノ気孔形成の機構の一例を説明する。
図3は、ナノ気孔形成の機構を説明するための模式図である。
図3に示すように、特定の条件で超短パルスレーザーをジルコニア焼結体10に照射すると、ジルコニア結晶粒子1の粒界でレーザー光が反射される。これにより、ジルコニア焼結体表面におけるジルコニア結晶粒子1の一部がレーザー光のエネルギーを吸収して励起される(
図3中の(a))。次いで、レーザー光とジルコニア結晶粒子1の底部側との相互作用により高密度のプラズマが発生し、高エネルギー状態となりボイドが形成される(
図3中の(b))。形成されたボイドは、レーザー光を吸収し、ジルコニア結晶粒子内で更に膨張する(
図3中の(c)及び(d))。最終的に、ボイド内に存在する高密度のプラズマが、ジルコニア結晶粒子1の焼結体表面側に排出されることで、ナノ気孔2が形成される、と推察される(
図3中の(e)及び(f))。
【0024】
ジルコニア結晶粒子の平均結晶粒径は、0.1μm以上が好ましく、0.3μm以上がより好ましく、0.5μm以上がさらに好ましい。一方、ジルコニア結晶粒子の平均結晶粒径は、10μm以下が好ましく、5.0μm以下であることがより好ましい。
【0025】
平均結晶粒径は、SEM画像を使用したプラニメトリック法により求めることができる。すなわち、SEM画像に面積が既知の円を描き、当該円内の結晶粒子数(Nc)及び当該円の円周上の結晶粒子数(Ni)を計測し、合計の結晶粒子数(Nc+Ni)が250±50個となるようにした上で、以下の式を使用して平均結晶粒径を求めることができる。
【0026】
平均結晶粒径=2/{π×(Nc+(1/2)×Ni)/(A/M2)}0.5
上式において、Ncは円内の結晶粒子数、Niは円の円周上の結晶粒子数、Aは円の面積、及び、Mは走査型電子顕微鏡観察の倍率(例えば、5000~10000倍)である。なお、ひとつのSEM画像における結晶粒子数(Nc+Ni)が200個未満である場合、複数のSEM画像を用いて(Nc+Ni)を250±50個とすればよい。
【0027】
ナノ気孔の平均径は、10nm以上400nm以下が好ましく、20nm以上200nm以下がより好ましく、50nm以上180nm以下が更に好ましい。ナノ気孔の平均径が上記範囲内であれば、優れた親水性表面を有するジルコニア焼結体が得られやすい。ナノ気孔の平均径は、電子顕微鏡及び画像解析ソフトを用いて測定することができる。例えば、解析ソフトImageJ(ver.1.52)を用いてジルコニア焼結体表面、レーザー照射範囲のSEM画像について、結晶粒子の開口部内周縁で囲まれた領域をナノ気孔とし、その最大径をナノ気孔の径として求めることができる。これを画像内のすべてのナノ気孔について測定し、それらの値を平均することで、平均径を算出することができる。測定するナノ気孔の数は、特に限定されないが、例えば200個以上1000個以下であることが挙げられる。
【0028】
ナノ気孔の平均深さは、50nm以上800nm以下が好ましく、100nm以上700nm以下がより好ましい。ナノ気孔の平均深さが上記範囲内であれば、優れた親水性表面を有するジルコニア焼結体が得られやすい。ナノ気孔の平均深さは、電子顕微鏡及び画像解析ソフトを用いて測定することができる。例えば、解析ソフトImageJ(ver.1.52)を用いて、ジルコニア焼結体のレーザー照射範囲における焼結体断面(焼結体表面に垂直な断面)のSEM画像について、結晶粒子の開口部の最表面側端の位置から、気孔の最深部までの、垂直距離を画像解析することで、ナノ気孔の深さを求めることができる。これを画像内のすべてのナノ気孔について測定し、それらの値を平均することで、平均深さを測定することができる。測定するナノ気孔の数は、特に限定されないが、例えば3個以上20個以下であることが挙げられる。
【0029】
なお、本実施形態のジルコニア焼結体は、隣接する結晶粒子間の境界である結晶粒界に、粒界気孔が存在していてもよく、また、存在していなくてもよい。粒界気孔が存在する場合は、粒界気孔の平均径は、通常0.01μm以上0.3μm以下である。なお、本実形態のジルコニア焼結体における結晶粒子が有するナノ気孔と、結晶粒界に存在する粒界気孔とは存在する位置が異なるため、電子顕微鏡観察等により両者を明確に区別することができる。
【0030】
本実施形態のジルコニア焼結体は、単斜晶相率が10%以下であることが好ましく、7%以下、更には5%以下であることがより好ましい。単斜晶相率が上記上限値以下であることで焼結体の水熱劣化が進行しにくく、生体材料としてより長期間の使用に耐えることができる。単斜晶相率は、0%以上であればよく、1%以上、又は、2%以上であることが例示できる。
【0031】
ここで、単斜晶相率(以下、「M相率」ともいう。)とは、ジルコニア焼結体についてラマン分光測定を行い、147±5cm-1、181±5cm-1及び190±5cm-1にピークトップを有するピークのピーク強度をそれぞれ求めて、以下の数式1により算出された値をいう。
【0032】
【0033】
上式において、VmはM相率、It(147)は147±5cm-1の正方晶由来ピーク強度、Im(181)は、181±5cm-1の単斜晶由来ピーク強度、及びIm(190)は、190±5cm-1の単斜晶由来ピーク強度である。
【0034】
ラマン分光分析は、顕微レーザーラマン分光光度計(例えば、Renishaw製 InVia Raman Microscope)により測定することができ、各測定領域におけるピーク強度は、解析ソフト(例えば、lightstone社製 OriginPro)を使用して求めることができる。
【0035】
本実施形態のジルコニア焼結体のM相率は、以下の条件によるラマン分光測定により得られることが好ましい。
レーザー波長 :532nm
レーザービーム径 :1μm
測定波長分解能 :0.4cm-1
露光時間 :2~3秒
積算回数 :1回
グレーティング :1800および3000
【0036】
本実施形態のジルコニア焼結体の水との接触角は60°以下であることが好ましく、50°以下であることがより好ましい。本実施形態のジルコニア焼結体は、表面にナノ気孔を有するジルコニア結晶粒子を備えていることから、ジルコニア焼結体表面の親水性が効果的に高められている。なお、接触角の下限値としては、0°が挙げられ、接触角は5°以上又は30°以上であることが例示できる。
【0037】
水との接触角は、室温(例えば、20~30℃)環境下において静的な接触角を測定する液滴法に基づいて測定した値である。また、θ/2法を用いることで解析を行うことができる。すなわち、23℃の温度環境下にて水滴(精製水)を試料表面に置き、滴下10秒後の安定した水滴をCCDカメラで横から撮影した画像について、θ/2法を用いて接触角を測定することができる。撮影した画像からの接触角の解析は、例えば、株式会社エキシマ製の接触角計Simage Entry 5及び接触角演算ソフトSimage (ver. 5.01)を使用して行うことができる。
【0038】
以上説明したように、本実施形態のジルコニア焼結体は、M相率が低く、優れた親水性を有するため、含水雰囲気下で使用される母材に好適に使用することができる。特に、人工関節やインプラントなどの様に埋植されて組織や体液と直接接触する生体材料に好適に用いることができる。また、歯列矯正ブラケットなどの様に非埋植であるが組織と体液と直接接触される母材においても好適に用いることができる。本実施形態のジルコニア焼結体は、生体材料に限らず、親水性が求められる種々の用途に使用することができる。
【0039】
(ジルコニア焼結体の製造方法)
本実施形態のジルコニア焼結体の製造方法は、ジルコニア焼結体の表面に超短パルスレーザーを照射する工程を含む。ジルコニア焼結体の表面に超短パルスレーザーを照射することにより、上述したナノ気孔を有するジルコニア結晶粒子を形成することができる。
【0040】
超短パルスレーザーの照射は、特定の条件下、ジルコニアの単斜晶相への相転移をほとんど伴わない表面加工を実現できる。超短パルスレーザーはパルス幅が非常に短い。そのため、特定の照射条件でレーザー照射した場合、吸収した熱が照射表面から内部や表面周囲に拡散することなく、照射された部分のみを非熱的に飛散(以下、「アブレーション」ともいう。)させることができる。これにより、ジルコニア焼結体の表面に選択的にレーザー加工を行うことができる。さらに、特定の条件下では被照射部の周辺に及ぶ熱エネルギーの影響が小さいため、被照射部の周辺におけるジルコニアの単斜晶相への相転移は、サンドブラスト等の機械加工等と比較して狭い範囲のみで発生する。これにより、本実施形態のジルコニア焼結体は加工による単斜晶相への相転移の影響が小さく、高い機械的強度を有する。また、ジルコニア焼結体に対して非接触で加工を行うため、接触部材を介した汚染物質の付着等の影響が著しく抑制される。さらに、超短パルスレーザーは指向性と集光性に優れており、照射部分のみ選択的に加工することができるほか、機械加工と比較して、研削深さを浅く加工することが可能である。このため、機械加工方法と異なり、ジルコニア寸法に加工しろを要しない。
【0041】
本実施形態の製造方法は、レーザー光源(波長)、繰り返し周波数、レーザーのパルス幅、レーザー出力、レーザー走査速度、及びレーザー走査回数等の各種レーザー照射条件を設定することにより、焼結体の最表面のみにナノ気孔を形成し、最表面より深部にあるジルコニア結晶粒子にはナノ気孔を形成しない加工、を行うことができる。最表面より深部にあるジルコニア結晶粒子には加工の影響がないため、ジルコニア焼結体全体としての機械的強度を損なうことなく、親水性表面を有するジルコニア焼結体を得ることができる。
本実施形態の製造方法における好適なレーザーの照射条件の一例を以下に説明する。
【0042】
超短パルスレーザーのレーザー光源は、チタンサファイアレーザー(波長:約0.8μm)、又はイットリビウムのレーザー(波長:約1μm)が好ましい。また、非線形波長変換過程に基づくパラメトリック増幅装置による波長可変フェムト秒パルス光源を使用してもよい。超短パルスレーザーの波長は特に制限されない。超短パルスレーザーの波長としては、例えば、紫外線領域~近赤外線領域の領域内の波長であってもよく、200nm以上2500nm以下から適宜選択することができる。
【0043】
レーザー出力は、200mW以上800mW以下が好ましく、400mW以上750mW以下であることがより好ましい。また、レーザーのパルス幅は10-15秒以上10-12秒以下が好ましい。レーザー出力及びレーザーのパルス幅が上記範囲内であれば、エネルギー密度を適度に抑制でき、ジルコニア焼結体の表面のみをアブレーションしやすくなる。これにより、目的とする形状のナノ気孔を得られやすく、単斜晶相率が低いジルコニア焼結体が得られやすい。
【0044】
繰り返し周波数は、20Hz以上300kHz以下であるのが好ましい。
レーザー走査回数は、好適な平均深さを有するナノ気孔を形成するために、同一位置に1回以上5回以下であるのが好ましい。レーザー走査回数が5回以下であれば、単斜晶相率が低い焼結体が得られやすい。レーザー走査速度は、200mm/s以上4000mm/s以下が好ましい。走査速度が上記範囲内でれば、加工精度及び生産効率に優れる。
【0045】
レーザー照射方法は、同一位置に連続照射を行った後移動を行う方法でもよく、照射ビーム径に対してわずかに移動し同一位置に連続照射を行う方法でもよい。
【0046】
超短パルスレーザー照射を行うジルコニア焼結体は、特に制限されず、例えば、粒子径、密度、組成等、従来公知の物性を有するものを使用することができ、従来公知の方法を用いて製造することができる。
例えば、ジルコニア焼結体が安定化元素を含む場合、ジルコニア原料及び安定化元素原料を含む混合粉末を成形して成形体を得る成形工程、得られた成形体を焼結して焼結体を得る焼結工程を含む製造方法、等によりレーザー照射を行うジルコニア焼結体を製造することができる。
【0047】
成形工程には、ジルコニア原料及び安定化元素原料を含む混合粉末を供する。ジルコニア原料及び安定化元素が均一に混合されれば、混合粉末の製造方法は任意であり、湿式混合又は乾式混合のいずれであってもよい。得られる混合粉末の均一性がより高くなるため、混合方法は、好ましくは湿式混合、より好ましくは湿式ボールミル及び湿式攪拌ミルの少なくともいずれかによる湿式混合である。
【0048】
ジルコニア原料は、ジルコニア又はその前駆体であり、BET比表面積が4m2/g以上20m2/g以下であるジルコニア粉末を挙げることができる。
【0049】
安定化元素原料は、イットリウム、スカンジウム、カルシウム、マグネシウム及びセリウムの群から選ばれる少なくとも1種を含む化合物の粉末でありることが好ましく、好ましくはイットリウムを含む化合物の粉末又はその前駆体が挙げられる。
さらに、ジルコニア原料及び安定化元素原料に加え、又はジルコニア原料及び安定化元素原料に代えて、安定化元素が固溶したジルコニア原料、例えば、イットリウム安定化ジルコニア粉末、を使用してもよい。
【0050】
成形工程では、混合粉末を成形して成形体を得る。所望の形状の成形体が得られれば成形方法は任意である。成形方法として、プレス成形、射出成形、シート成形、押出成形、及び鋳込み成形の群から選ばれる少なくとも1種を挙げることができ、プレス成形及び射出成形の少なくともいずれかであることが好ましい。
【0051】
成形体の形状は任意であるが、歯科用インプラント形状の他、円板状、円柱状、及び多面体状などの形状や、歯列矯正ブラケット、人口関節、半導体製造治具、その他の複雑形状など、目的や用途に応じた任意の形状を例示することができる。
【0052】
焼結工程における焼結方法は任意である。焼結方法として、例えば、常圧焼結、加圧焼結及び真空焼結の群から選ばれる少なくともいずれかを挙げることができ、常圧焼結及び加圧焼結であることが好ましい。焼結工程における加熱温度は任意である。
【実施例0053】
以下、実施例及び比較例により本開示を具体的に説明する。しかしながら、本開示は実施例に限定されるものではない。
【0054】
(平均結晶粒径の測定)
ジルコニア焼結体の平均結晶粒径はSEM画像を使用したプラニメトリック法により求めた。測定試料として、表面粗さがRa≦0.02μmであるジルコニア焼結体を、大気中で、焼結温度より50℃低い温度で処理したものを使用し、倍率(5000~10000倍)でSEM観察した。
【0055】
得られたSEM画像に面積が既知の円を描き、当該円内の結晶粒子数(Nc)及び当該円の円周上の結晶粒子数(Ni)を計測し、合計の結晶粒子数(Nc+Ni)が250±50個となるようにした上で、以下の式を使用して平均結晶粒径を求めた。なお、Aは円の面積、及び、Mは走査型電子顕微鏡観察の倍率である。
平均結晶粒径=2/{π×(Nc+(1/2)×Ni)/(A/M2)}0.5
【0056】
(ナノ気孔の平均径及び平均深さの測定)
ナノ気孔の平均径及び平均深さは、走査型電子顕微鏡(SEM)及び画像解析ソフト(ImageJ(ver.1.52))を用いて画像解析によって測定した。
ナノ気孔の平均径は、焼結体表面、レーザー照射範囲のSEM画像について、結晶粒子の開口部内周縁で囲まれた領域をナノ気孔とし、その最大径をナノ気孔の径として、画像解析により求めた。これを画像内のすべてのナノ気孔について測定し、それらの値を平均することで、ナノ気孔の平均径を算出した。測定したナノ気孔の数は、実施例1で301個、実施例2で855個であった。ナノ気孔の平均深さは、焼結体のレーザー照射範囲における焼結体断面(焼結体表面に垂直な断面)のSEM画像について、結晶粒子の開口部の最表面側端の位置から、気孔の最深部までの、垂直距離を画像解析することで、ナノ気孔の深さを測定した。これを画像内のすべてのナノ気孔について測定し、それらの値を平均することで、ナノ気孔の平均深さを測定した。測定したナノ気孔の数は、実施例1及び2について、ともに8個であった。
【0057】
(接触角の測定)
水との接触角は、23℃の温度環境下にて水滴(精製水)をジルコニア焼結体の表面に滴下し、滴下10秒後の安定した水滴をCCDカメラで横から撮影した画像について、θ/2法を用いて接触角を測定した。接触角の測定は、株式会社エキシマ製の接触角計Simage Entry 5及び接触角演算ソフトSimage (ver. 5.01)を使用して行った。
【0058】
(単斜晶相率の測定)
単斜晶相率は、ジルコニア焼結体の表面においてラマン分光測定を行い、単斜晶相の(111)及び(11-1)面、正方晶相の(111)面、立方晶相の(111)面の回折強度をそれぞれ求めて、以下の数式により算出された値をいう。
【0059】
【0060】
上式において、VmはM相率、It(147)は147±5cm-1の正方晶由来ピーク強度、Im(181)は、181±5cm-1の単斜晶由来ピーク強度、及びIm(190)は、190±5cm-1の単斜晶由来ピーク強度である。
【0061】
ラマン分光分析は、顕微レーザーラマン分光光度計(Renishaw製 InVia Raman Microscope)により測定した。各測定領域におけるピーク強度は、解析ソフト(例えば、lightstone社製 OriginPro)を使用して求めた。
【0062】
ラマン分光測定の条件を以下に示す。
レーザー波長 :532nm
レーザービーム径 :1μm
測定波長分解能 :0.4cm-1
露光時間 :2~3秒
積算回数 :1回
グレーティング :1800および3000
【0063】
(実施例1)
原料粉末として、3mol%イットリウム安定化ジルコニア粉末(商品名;TZ-3YS,東ソー社製、平均粒径0.3μm、表面積7m2/g)を使用した。
【0064】
(一次焼結体の作製)
原料粉末を金型プレスによって圧力50MPaで成形した後、冷間静水圧プレス(以下、「CIP」という。)装置を用いて、圧力200MPaでさらにCIP成形し、30mm×30mm、厚さ5mmの平板状成形体を得た。
【0065】
得られた平板状成形体をアルミナ容器の中に配置して焼成(一次焼結)することにより、ジルコニア焼結体(一次焼結体)を得た。
【0066】
一次焼結は、大気中、昇温速度100℃/時間で室温から1500℃まで昇温し、焼結温度1500℃にて2時間保持した後、高温速度100℃/時間で室温まで冷却した。
【0067】
(HIP処理体の作製)
大気中で焼結して得られたジルコニア焼結体(一次焼結体)をHIP処理してHIP処理体を得た。得られたHIP処理体を、本実施例のジルコニア焼結体とした。
【0068】
HIP処理条件は、温度1350℃、HIP圧力150MPa、保持時間1時間とした。なお、圧力媒体には純度99.9%のアルゴンガスを用い、試料はアルミナ製の密閉容器を用いて処理した。
【0069】
得られたジルコニア焼結体について、表1に示されるレーザー照射条件で超短パルスレーザーを照射し、ナノ気孔の平均径及び平均深さ、接触角、並びにM相率を測定した。結果を表1に示す。また、レーザ照射を行った後の、実施例1のジルコニア表面のSEM画像を
図1及び
図2に示す。
【0070】
(実施例2)
レーザー照射条件を表1に示される条件に変更した以外は、実施例1と同様にして、ナノ気孔の平均径及び平均深さ、接触角、並びにM相率を測定した。結果を表1に示す。
【0071】
(比較例1)
超短パルスレーザー照射を実施しなかった以外は、実施例1と同様にして、接触角及びM相率を測定した。結果を表1に示す。表1中、「-」は未測定であることを表す。
【0072】
(比較例2)
レーザー照射条件を表1に示される条件に変更した以外は、実施例1と同様にして接触角及びM相率を測定した。結果を表1に示す。表1中、「-」は未測定であることを表す。
【0073】
【0074】
実施例1及び2の焼結体の測定結果から、本実施形態の焼結体は、単斜晶相率が低く、単斜晶相への相転移が抑制されており、優れた親水性を有するものであることが確認できる。一方、超短パルスレーザー照射を実施していない比較例1の焼結体は、接触角が高く、親水性が低いものであることが確認できる。また、超短パルスレーザー照射を実施したものの、ナノ気孔が形成されなかった比較例2の焼結体は、親水性に優れるものの、単斜晶相率が大きいものであることが確認できる。比較例2のレーザー照射条件は、実施例1及び2の条件と比較して、ジルコニア焼結体が受けるエネルギー強度が大きくなっている。このため、最表面より深部のジルコニア結晶粒子においてもアブレーションにより熱的な影響を受け、単斜晶相率が高くなったものと推察される。