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特開2023-3849農作物のマーキング方法及びマーキングされた農作物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023003849
(43)【公開日】2023-01-17
(54)【発明の名称】農作物のマーキング方法及びマーキングされた農作物
(51)【国際特許分類】
   A23N 15/06 20060101AFI20230110BHJP
【FI】
A23N15/06 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021105171
(22)【出願日】2021-06-24
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「『知』の集積と活用の場による革新的技術創造促進事業(うち知の集積と活用の場による研究開発モデル事業)」、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの)
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福▲崎▼ 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】楠 香奈
【テーマコード(参考)】
4B061
【Fターム(参考)】
4B061AA08
4B061BA01
4B061BA11
(57)【要約】
【課題】農作物に簡便にマーキングでき、農作物を偽装から守るための追跡技術の向上に貢献できる農作物のマーキング方法、及びマーキングされた農作物を提供する。
【解決手段】所定の相対比で存在する複数種の無機元素を含む塗布液を用意するステップと、塗布液を農作物に塗布するステップと、農作物から上記複数種の無機元素の存在量の相対比を検出するステップと、を有する農作物のマーキング方法、及び収穫後の農作物であって、所定の相対比で存在する複数種の無機元素が塗布されている農作物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の相対比で存在する複数種の無機元素を含む塗布液を用意するステップと、
前記塗布液を農作物に塗布するステップと、
前記農作物から前記複数種の無機元素の存在量の相対比を検出するステップと、を有する農作物のマーキング方法。
【請求項2】
前記塗布液は収穫後の前記農作物に塗布される請求項1に記載の農作物のマーキング方法。
【請求項3】
前記塗布液は前記農作物の不可食部に塗布される請求項1又は2に記載の農作物のマーキング方法。
【請求項4】
前記無機元素は金属元素である請求項1~3のいずれか一項に記載の農作物のマーキング方法。
【請求項5】
前記複数種の無機元素はそれぞれ異なる存在量で前記塗布液に含まれている請求項1~4のいずれか一項に記載の農作物のマーキング方法。
【請求項6】
前記複数種の無機元素の全量の前記塗布液中の濃度は10μg/mL以上である請求項1~5のいずれか一項に記載の農作物のマーキング方法。
【請求項7】
前記塗布液には展着剤が含まれている請求項1~6のいずれか一項に記載の農作物のマーキング方法。
【請求項8】
前記複数種の無機元素は少なくとも3種の無機元素からなる請求項1~7のいずれか一項に記載の農作物のマーキング方法。
【請求項9】
収穫後の農作物であって、所定の相対比で存在する複数種の無機元素が塗布されている農作物。
【請求項10】
前記複数種の無機元素が不可食部に塗布されている請求項9に記載の農作物。
【請求項11】
前記無機元素は金属元素である請求項9又は10に記載の農作物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農作物のマーキング方法及びマーキングされた農作物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、味や外観、病気への耐性等が向上した優良品種の農作物や、減農薬等の特別な栽培法で栽培された農作物が開発されている。このように品種や産地、又は栽培法が特別な農作物は、付加価値がつくため高値で取引されるが、外観からだけでは特別な農作物であることが判別できない場合が多い。シール貼付やパッケージにより判別可能とすることもできるが、これらシールやパッケージが偽造され品種や産地の偽装が行われるという問題があった。
【0003】
これらの偽装を防ぐ方法として、特許文献1には、シール貼付やパッケージ等の外観での判別に替えて、対象となる動植物にマーキングする方法が開示されている。特許文献1では、マーキング対象である動植物に付与する産地や品種等の標識をマーカー元素の組み合わせ及び各マーカー元素の導入量により符号化し、この符号化された各マーカー元素の導入量に応じて各マーカー元素を混入した飼料や培養液等をマーキング対象である動植物に与え育て、生産された動植物から各マーカー元素を検出し、検出した各マーカー元素の導入量により産地や品種等の標識を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007-108145号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に開示されている方法は、動植物にマーカー元素を混入した飼料や培養液を与え育てる必要があるため時間と手間を要する。さらに、導入したいマーカー元素をマーキング対象の動植物が吸収可能か、また、吸収されたとしても生育に悪影響を与えないか等、導入するためには調査するべきことも多く時間を要する上、マーキング対象の動植物の種類によっては導入できるマーカー元素が制限される。
【0006】
上記の事情に鑑み、本発明は、農作物に簡便にマーキングでき、農作物を偽装から守るための追跡技術の向上に貢献できる農作物のマーキング方法、及びマーキングされた農作物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決し得た本発明の農作物のマーキング方法の一実施態様は、所定の相対比で存在する複数種の無機元素を含む塗布液を用意するステップと、塗布液を農作物に塗布するステップと、農作物から上記複数種の無機元素の存在量の相対比を検出するステップと、を有する点に要旨を有する。
【0008】
塗布液は、収穫後の農作物に塗布されることが好ましい。
【0009】
塗布液は、農作物の不可食部に塗布されることが好ましい。
【0010】
無機元素は、金属元素であることが好ましい。
【0011】
複数種の無機元素は、それぞれ異なる存在量で塗布液に含まれていることが好ましい。
【0012】
複数種の無機元素の全量の塗布液中の濃度は、10μg/mL以上であることが好ましい。
【0013】
塗布液には展着剤が含まれていることが好ましい。
【0014】
複数種の無機元素は少なくとも3種の無機元素からなることが好ましい。
【0015】
本発明はまた、マーキングされた農作物をも提供する。本発明のマーキングされた農作物の一実施態様は、収穫後の農作物であって、所定の相対比で存在する複数種の無機元素が塗布されている農作物である。
【0016】
複数種の無機元素が不可食部に塗布されている農作物であることが好ましい。
【0017】
上記農作物において、無機元素は金属元素であることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の農作物のマーキング方法によれば、塗布液を農作物に塗布することでマーカー元素としての複数種の無機元素を農作物に直接塗布できるため、栽培植物の育成中の手間や時間を要することなく、短時間で簡便に農作物をマーキングすることが可能となる。これにより、農作物を偽装から守るための追跡技術の向上に貢献できる。さらに、マーカー元素を栽培植物に吸収させる必要がないため、栽培植物が吸収できない元素でもマーカー元素として選択できることから、より多くの種の無機元素をマーカー元素候補とすることができる。これにより、マーカー元素としての複数種の無機元素が所定の相対比で存在する組み合わせを多くすることができるため、より精度高く農作物を追跡することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、実施の形態に基づき本発明を説明するが、本発明はもとより下記実施の形態によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0020】
(1)農作物のマーキング方法
本発明の農作物のマーキング方法の一実施態様は、所定の相対比で存在する複数種の無機元素を含む塗布液を用意するステップと、塗布液を農作物に塗布するステップと、農作物から上記複数種の無機元素の存在量の相対比を検出するステップと、を有している。本発明の農作物のマーキング方法によれば、マーカー元素としての複数種の無機元素を農作物に直接塗布できるため、栽培植物を育成する手間や時間を要することなく、短時間で簡便に農作物をマーキングすることが可能となる。これにより、農作物を偽装から守るための追跡技術の向上に貢献できる。さらに、マーカー元素を栽培植物に吸収させる必要がないため、栽培植物が吸収できない元素でもマーカー元素として選択できることから、より多くの種の無機元素をマーカー元素候補とすることができる。これにより、マーカー元素としての複数種の無機元素が所定の相対比で存在する組み合わせを多くすることができるため、より精度高く農作物を追跡することが可能となる。
【0021】
複数種の無機元素は、マーカー元素として用いることのできる元素の中から任意に選択できる。このとき、塗布対象の農作物に元々含まれる元素以外の元素を選択することが好ましい。塗布対象の農作物に元々含まれる元素をマーカー元素として選択してしまうと、追跡対象の農作物に含まれる無機元素の存在量の相対比を検出する際、塗布された無機元素の存在量か、或いは農作物に元々含まれていた元素の存在量かの区別ができないところ、塗布対象の農作物に元々含まれる元素以外の元素を選択すれば、塗布された無機元素の存在量を容易に検出することが可能となる。
【0022】
複数種の無機元素を溶媒中に溶解又は分散させることで塗布液とすることが好ましい。溶媒は、複数種の無機元素が溶解又は分散できれば任意のものを選択でき、例えば、水、有機溶媒、又はそれらの混合溶媒であってもよい。塗布対象の農作物に塗布液を塗布したときに、例えば農作物中の色素が溶出する等により農作物の外観が変化しないことが好ましく、この観点からは、溶媒は水又はアルコールと水の混合溶媒が好ましく、水がさらに好ましい。溶媒には、塗布対象の農作物に塗布液を塗布した場合に塗布部分の外観が変化しない範囲で酸やアルカリが含まれていてもよい。
【0023】
塗布液の塗布により、農作物の外観が変わらないことが好ましい。これにより、塗布液の塗布によって外観を損なうことなく農作物を出荷することができ、消費者への印象を損なうことなく販売することができる。
【0024】
複数種の無機元素が所定の相対比で存在する塗布液の作製法としては、マーカー元素候補の中から複数種のマーカー元素を選択し、それぞれの元素の存在比を数階調の中から選択する。例えば、5種類のマーカー元素候補の無機元素A、B、C、D、Eの中から3種類を選び、それぞれの元素で3階調(例えば、塗布液中の無機元素の濃度で10μg/mL、100μg/mL、500μg/mL)の存在比を選択して溶媒に混合することで塗布液を作製することができる。これにより、無機元素A、B、及びCを含み、それらが1:1:10、1:10:1、1:10:50等の所定の相対比で存在する塗布液を得ることができる。例えば、無機元素A、B、及びCの存在比A:B:Cを1:10:50とする際には、塗布液中の無機元素の濃度を10μg/mL:100μg/mL:500μg/mLとすることができる。当然のことながら、塗布液中の無機元素の濃度は上記に記載の濃度に限定されることなく、任意の濃度とすることができ、複数種の無機元素の存在比も任意に選択できる。
【0025】
無機元素の所定の存在比を選択する際に、例えば上記のように3階調とする場合は、それぞれが10μg/mLと100μg/mLのように10倍、100μg/mLと500μg/mLのように5倍とする等、ある程度異なる濃度とすることで存在比に差異をつけることが好ましい。これにより、検出結果が誤差を含んでいても誤差以上の有意差として存在比を検出することが容易となる。存在比は、最も存在比が少ない元素の存在比を基準として、それ以外の元素の存在比は3倍以上が好ましく、5倍以上がより好ましく、10倍以上がさらに好ましい。存在比の階調間の差が上記以上であれば、検出が容易となる。また、存在比は、最も存在比が少ない元素の存在比を基準として、それ以外の元素の存在比は100倍以下が好ましく、70倍以下がより好ましく、50倍以下がさらに好ましい。存在比の階調間の比が上記以下であれば、最も多い存在比の元素であっても塗布対象の農作物や農作物を摂取するヒトの健康に悪影響を及ぼすことなくマーキングすることができる。
【0026】
塗布液中の複数種の無機元素の所定の存在比と、追跡対象の農作物の情報、例えば産地、品種、栽培条件、及び出荷日等とを塗布前に紐付けた上で、追跡対象の農作物に紐付けした塗布液を塗布して出荷することで、当該農作物を追跡できる。出荷後、検査対象の農作物について、上記複数種の無機元素の有無、及び存在した場合の相対比を分析し、その結果に基づいて、検査対象の農作物が上記紐付けした塗布液と同じ複数種の無機元素の存在比を有していれば、当該検査対象の農作物は追跡対象の農作物であったことが判明し、偽装は行われていないとの結論を得ることができる。他方、検査対象の農作物が上記紐付けした塗布液に含まれる複数種の無機元素を含有していないか、又は含有していたとしても上記紐付けした塗布液とは異なる存在比を有していれば、検査対象の農作物は追跡対象の農作物ではなく、別の追跡対象の農作物か、或いは第三者により偽装された農作物であることを証明できる。
【0027】
例えば、塗布液中の複数種の無機元素を無機元素A~Eの5種から3種を選択した場合、3種の無機元素の所定の存在比と塗布対象の農作物の情報とは、表1に示すように紐付けることができる。
【0028】
【表1】
【0029】
検査対象の農作物の分析を行った結果、元素A、B、及びCが検出され、その存在比が1:1:10であった場合、その農作物は大阪の植物工場Aにおいて水耕栽培で生育され、品種は「桃太郎ホープ」であり20XX年2月13日に出荷された農作物であると確認することができる。また、別の農作物の分析を行った結果、元素B、C、及びEが検出され、その存在比が1:10:50であった場合、その農作物は兵庫のハウスBにおいて養液土耕で生育され、品種は「桃太郎ホープ」であり20XX年2月17日に出荷された農作物であると確認することができる。さらに別の農作物の分析を行った結果、元素A~Eが検出されないか、或いは検出されたとしても上記塗布液1~5の所定の存在比とは異なる存在比で検出された場合は、その農作物は表1で塗布液中の複数種の無機元素の所定の存在比と紐付けられた農作物ではないことを特定できる。このように、農作物の外観によらず農作物の情報を確認できるため、農作物を偽装から守るための追跡を簡便に行うことができる。
【0030】
塗布液の農作物への塗布の手段は特に制限されないが、例えば、スプレー、タンポ、刷毛、及びスポンジヘッドボトル等を用いて塗布することができる。中でも、粘度の低い塗布液をボトルに密閉することができ、塗布したい箇所以外への塗布液の付着を防止しつつ容易に塗布できるという観点から、スポンジヘッドボトルを用いることが好ましい。スポンジヘッドボトルは、例えば株式会社池田模範堂製液体ムヒS2a(登録商標)等に使用されているボトルが例示でき、このようなボトルに塗布液を入れ、塗布対象部位にスタンプする要領で塗布液を農作物に塗布することができる。
【0031】
農作物から複数種の無機元素の存在量の相対比を検出する方法としては、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)を用いた分析が挙げられる。ICP-MSにより得られた発光線の波長から元素の種類を同定することができ、信号強度から試料中元素の存在比を求めることができる。
【0032】
塗布液を塗布する農作物の種類は特に限定されないが、例えば、トマト、ミニトマト、パプリカ、ピーマン、ナス、エンドウ、トウモロコシ、タマネギ等の野菜や、イチゴ、メロン、スイカ、モモ、ブドウ、サクランボ、リンゴ、ナシ、マンゴー、ミカン、デコポン、カキ、ビワ、ウメ等の果物が挙げられる。
【0033】
複数種の無機元素は、それぞれ異なる存在量で塗布液に含まれていることが好ましい。例えば、複数種の無機元素が3種類であり、それらの塗布液中の濃度が10μg/mL:10μg/mL:10μg/mLや100μg/mL:100μg/mL:100μg/mLや500μg/mL:500μg/mL:500μg/mLであった場合、これらは全て存在比では1:1:1となって区別が付かなくなってしまう。しかし、複数種の無機元素がそれぞれ異なる存在量で塗布液に含まれていれば、各無機元素とそれぞれの存在比の検出が容易となり、農作物の追跡を精度よく行うことが可能となる。
【0034】
複数種の無機元素は、少なくとも3種の無機元素からなることが好ましい。マーカー元素候補が5種類あり、その中から3種の無機元素を選択し、それぞれの無機元素の存在比が3階調である場合は、53×33-3(存在比:1:1:1の場合を排除)=267通りの塗布液を用意することが可能となる。これにより、多くの異なる情報を有する農作物であっても十分にそれぞれに異なる塗布液を塗布することができ、農作物の追跡技術を向上できる。また、野菜や果物の場合、塗布液を塗布後1週間以内には消費者の元に届くと思われるため、同じ塗布液の使用は余裕を持って1ヶ月程度の期間をおくなどの工夫をすることにより、重複することなく様々な数多くの農作物に塗布することができる。さらに、上記のように最低でも267通りの塗布液を用意できるところ、マーカー元素候補に比較的制限が少ない本願発明においては、マーカー元素候補及び存在比をさらに増やせばさらにより多くの種類の塗布液を用意することも可能であることから、第三者が塗布液を真似て偽装農作物を作ることも困難となり、より精度の高い追跡が可能となる。
【0035】
塗布液は、収穫後の農作物に塗布されることが好ましい。収穫前に畑、栽培ハウス、植物工場等で成育中の栽培植物に塗布することも可能ではあるが、昨今の農業人口の低下に鑑みると、成育中の栽培植物に塗布液を塗布する作業は農作業の省力化に相反する。これに対し、収穫後の農作物であれば、一箇所に集荷した農作物に効率的に塗布液を塗布できるため効率的である。また、集約的な作業が可能となるため、一定量の塗布液を効率よく農作物に塗布することが容易となり、また塗布漏れが生じることも防止できできるため、安定したマーキングが可能となる。
【0036】
塗布液は、農作物の不可食部に塗布されることが好ましい。本発明の実施態様に係るマーキング方法では、仮に塗布液が塗布された農作物を食したとしても人体に悪影響のない無機元素及び所定の存在比を選択して用意した塗布液を塗布するため、塗布液が可食部に塗布されることも許容できるが、例えばヘタや皮、果軸等の限定された不可食部に塗布することで、無機元素の存在量の相対比を検出するステップにおいてサンプルとして採取する部位を特定することが容易となり、精度の高い検出及び検出過程の迅速化が可能となる。
【0037】
複数種の無機元素は、金属元素であることが好ましい。複数種の無機元素は、イットリウム、セリウム、ネオジム等の希土類元素;鉛、タリウム、ビスマス等の貧金属;及びバナジウム、クロム、コバルト、モリブデン、銅等の遷移金属の中から選択されてもよい。これら複数種の無機元素の種類は、適切な濃度であれば人体に影響がないと思われる観点から選択されることが好ましい。
【0038】
複数種の無機元素の全量の塗布液中の濃度は、10μg/mL以上であることが好ましい。複数種の無機元素の全量の塗布液中の濃度は、20μg/mL以上、50μg/mL以上、100μg/mL以上であってもよい。複数種の無機元素の全量の塗布液中の濃度が上記以上であれば、塗布液を塗布後の農作物から複数種の無機元素を検出することが容易となる。また、農作物を摂取するヒトの健康に悪影響を及ぼさないという観点から、複数種の無機元素の全量の塗布液中の濃度は1000μg/mL以下が好ましく、800μg/mL以下がより好ましく、700μg/mL以下がさらに好ましく、600μg/mLであってもよい。ただし、無機元素の種類によりヒトの許容一日摂取量は異なるため、複数種の無機元素の全量の塗布液中の濃度の上限はこの限りではなく、例えば2000μg/mL以下、3000μg/mL以下が許容される場合もある。
【0039】
塗布液には、展着剤が含まれていることが好ましい。塗布液を農作物に塗布する際に展着剤が糊の役目を果たすため、例えば撥水性の表面を有する農作物であっても塗布液を農作物の表面に付着させやすく、複数種の無機元素を農作物の表面に残留させることが容易となる。展着剤としては、例えばパラフィン系展着剤を用いることができる。展着剤の添加量(体積比)は、溶媒の全容量に対して0.01体積%以上が好ましく、0.02体積%以上がより好ましく0.05体積%以上がさらに好ましく、また、0.2体積%以下が好ましく、0.15体積%以下がより好ましく、0.1体積%以下がさらに好ましい。
【0040】
(2)マーキングされた農作物
本発明はまたマーキングされた農作物をも提供する。本発明のマーキングされた農作物の一実施態様は、収穫後の農作物であって、所定の相対比で存在する複数種の無機元素が塗布されている農作物である。収穫後の農作物にマーカー元素としての無機元素が塗布されていることで、収穫前の栽培植物にマーカー元素が混入したものを与えて育成して吸収させる時間を要することなく、短時間で簡便にマーキングされた農作物を得ることができる。これにより、農作物を偽装から守るための追跡技術が向上できる。さらに、マーカー元素を収穫前の栽培植物に吸収させることなくマーキングされた農作物とすることができるため、栽培植物が吸収できない元素でもマーカー元素として選択できることから、より多くの無機元素をマーカー元素候補とすることができる。これにより、これら複数種の無機元素が所定の相対比で存在する組み合わせを多くすることができるため、より精度高く追跡できる農作物を得ることができる。
【0041】
マーキングされた農作物を追跡することにより農作物の偽装を防ぐ方法は、上記「(1)農作物のマーキング方法」の記載を参照することができる。
【0042】
農作物の種類については、上記「(1)農作物のマーキング方法」の記載を参照することができる。
【0043】
複数種の無機元素が不可食部に塗布されている農作物であることが好ましい。例えば、ヘタや皮、果軸等の限定された不可食部に塗布することで、複数種の無機元素の有無や存在比を調べる際に、サンプルとして採取する部位を特定することが容易な農作物とすることができる。
【0044】
農作物に塗布されている無機元素は、金属元素であることが好ましい。金属元素の種類は、上記「(1)農作物のマーキング方法」の記載を参照することができる。
【実施例0045】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前記・後記の趣旨に適合しうる範囲で適切に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0046】
(実施例1)
マーキングする農作物としてミニトマトを選択した。塗布液に含有させるマーカー元素としての複数種の無機元素の種類を選択するために、ミニトマトのヘタに元々含まれる元素の種類と量とを調べ、ミニトマトのヘタにほぼ含まれず適切な濃度であれば人体に影響がないと思われるV(バナジウム)、Y(イットリウム)、Ce(セリウム)、Nd(ネオジム)、Pb(鉛)をマーカー元素として選択した。マーカー元素の原料は以下に示すとおりである。
V:Vanadium ICP-MS Standard 10000μg/mL
Y:Yttrium ICP-MS Standard 100μg/mL
Ce:Cerium ICP-MS Standard 10000μg/mL
Nd:Neodymium ICP-MS Standard 10000μg/mL
Pb:Lead ICP-MS Standard 10000μg/mL
(以上、全てAccuStandard社製)
【0047】
上記マーカー元素を用いて、表2に示す濃度となるように塗布液1~4を調整した。塗布液1及び2の溶媒は水とし、塗布液3及び4の溶媒は水とエタノールの混合溶媒(水とエタノールの合計100重量%に対してエタノールが40重量%)とした。展着剤として、溶媒100重量%に対して0、01重量%のアビオンE(アビオン株式会社製)を用いた。
【0048】
【表2】
【0049】
塗布液1~4をスポンジヘッドボトルに充填し、それぞれ5個ずつのミニトマトのヘタ(すなわち、合計20個)に適量の塗布液を塗布した。塗布後のミニトマトを1週間冷蔵庫で保管した後、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS:型番ICP-MS 7900、アジレント社製)を用いて分析を行い、マーカー元素の種類と存在量の相対比を調べた。この結果と、塗布液1~4の元々のマーカー元素の存在比との比較を行った。結果を表3に示す。
【0050】
【表3】
【0051】
ミニトマトのヘタに存在するマーカー元素の相対比をICP-MSによる分析で確認できた。塗布液中のマーカー元素の濃度比を1:10:50のように一定以上異なるように調整したことで、誤差を考慮したとしても、塗布液中のマーカー元素の濃度比と塗布液を塗布されたミニトマトのヘタに存在するマーカー元素の相対比とが一致すると判断でき、農作物の追跡に使用できることがわかった。
【0052】
(実施例2)
塗布液2を使用してミニトマトを追跡する実験を行った。複数のミニトマトが入った箱から追跡対象の5個を選び出し、塗布液2に含まれるマーカー元素の情報(Ce:Nd:Pb=1:10:50)と追跡対象のミニトマトの情報(産地、品種、栽培条件、及び出荷日)とを紐付けた上で、追跡対象のミニトマトに塗布液2を塗布して箱に戻した。次に、箱から任意に取り出した2個のミニトマトのヘタを採取して、それぞれICP-MSで分析を行った。そのうち1個のヘタからはCe、Nd、及びPbが1:10:47の存在比で検出された。この存在比は、塗布液2のマーカー元素の存在比(Ce:Nd:Pb=1:10:50)と近似した値であるため、そのミニトマトは追跡対象のミニトマトであると判断でき、情報(産地、品種、栽培条件、及び出荷日)を確認することができた。これにより、本発明の農作物のマーキング方法によって農作物を追跡できることがわかった。取り出した2個のミニトマトのうち他方のヘタからはCe、Nd、及びPbのいずれの元素も検出されず、追跡対象のミニトマトではないことがわかった。このように、本発明の農作物のマーキング方法によれば、農作物の偽装の確認も簡便に行えることがわかった。