(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023039462
(43)【公開日】2023-03-22
(54)【発明の名称】信号処理装置及び信号処理方法
(51)【国際特許分類】
H03H 17/04 20060101AFI20230314BHJP
H03H 19/00 20060101ALI20230314BHJP
G05B 11/36 20060101ALI20230314BHJP
G01R 23/167 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
H03H17/04 615Z
H03H19/00
G05B11/36 503A
G01R23/167
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021146548
(22)【出願日】2021-09-09
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、個人型研究(ACT-X)、数理・情報のフロンティア、周期/非周期分離制御の開拓、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100196380
【弁理士】
【氏名又は名称】森 匡輝
(72)【発明者】
【氏名】村松 久圭
【テーマコード(参考)】
5H004
5J023
【Fターム(参考)】
5H004GA02
5H004GA07
5H004GB16
5H004HA07
5H004HB07
5H004JB23
5H004KB31
5J023AA08
5J023DA04
5J023DB02
5J023DC06
(57)【要約】
【課題】カルマンフィルタの推定値及び修正値から、振幅の変動を有する周期信号(準周期信号)、非周期信号(準非周期信号)を分離可能な信号処理装置及び信号処理方法を提供する。
【解決手段】信号処理装置1は、システム20の推定値及び更新値を出力するカルマンフィルタ11と、分離対象信号のターゲットの周期である分離目的周期における振幅が、所定の分離周波数より低周波で変動する準周期信号と、分離目的周期における振幅が分離周波数より高周波で変動する準非周期信号とを含む入力信号から、準周期信号及び準非周期信号の少なくともいずれかを分離する信号分離フィルタ12と、を備える。また、信号分離フィルタ12は、分離目的周期を肩にもつむだ時間要素を含むフィードフォワード経路を有し、推定値及び更新値を入力信号とし、それぞれの入力信号について、準周期信号及び準非周期信号の少なくともいずれかを分離する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象システムの推定値及び更新値を出力するカルマンフィルタと、
分離対象信号のターゲットの周期である分離目的周期における振幅が、所定の分離周波数より低周波で変動する準周期信号と、前記分離目的周期における振幅が前記分離周波数より高周波で変動する準非周期信号とを含む入力信号から、前記準周期信号及び前記準非周期信号の少なくともいずれかを分離する信号分離フィルタと、を備え、
前記信号分離フィルタは、
前記分離目的周期を肩にもつむだ時間要素を含むフィードフォワード経路を有し、
前記推定値及び前記更新値を前記入力信号とし、それぞれの前記入力信号について、前記準周期信号及び前記準非周期信号の少なくともいずれかを分離する、
ことを特徴とする信号処理装置。
【請求項2】
前記信号分離フィルタは、
前記分離目的周期を肩にもつむだ時間要素を含むフィードバック経路を備えるIIRフィルタである、
ことを特徴とする請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項3】
前記推定値を入力信号とする前記信号分離フィルタの前記フィードフォワード経路と、前記更新値を入力信号とする前記信号分離フィルタの前記フィードフォワード経路とが共通である、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の信号処理装置。
【請求項4】
カルマンフィルタを用いて対象システムの推定値及び更新値を演算し、
分離対象信号のターゲットの周期である分離目的周期を肩にもつむだ時間要素を含むフィードフォワード経路を有し、前記分離目的周期における振幅が、所定の分離周波数より低周波で変動する準周期信号と、前記分離目的周期における振幅が前記分離周波数より高周波で変動する準非周期信号とを含む入力信号から、前記準周期信号及び前記準非周期信号の少なくともいずれかを分離する信号分離フィルタを用いて、前記推定値及び前記更新値を前記入力信号として、それぞれの前記入力信号について、前記準周期信号及び前記準非周期信号の少なくともいずれかを分離する、
ことを特徴とする信号処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、信号処理装置及び信号処理方法に関し、より詳細には、カルマンフィルタの推定値及び更新値から周期的な信号又は非周期的な信号を分離する信号分離装置及び信号分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境推定(例えば、特許文献1)、車両の状態推定(例えば、特許文献2)等、広範な分野でカルマンフィルタを用いた状態推定が活用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2021-114968号公報
【特許文献2】特開2021-38989号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1、特許文献2などのカルマンフィルタは、予測ステップで状態推定値を算出し、フィルタリングステップで状態推定値の更新値を算出する。これらカルマンフィルタの出力である推定値及び更新値に含まれる定常的な周期信号、非周期的な信号を把握することが求められる場合がある。
【0005】
例えば、人間と協働する産業用ロボットにおける状態推定では、ロボットの繰り返し作業に伴う運動情報である周期信号を検出したい場合、突発的な人との接触に伴う運動情報である非周期信号を検出したい場合、これらの周期信号と非周期信号の両方を検出したい場合等がある。また、製品の検査工程における異常製品の推定では、正常製品の情報である周期信号を検出したい場合、異常製品の情報である非周期信号を検出したい場合、これらの周期信号と非周期信号の両方を検出したい場合等がある。
【0006】
また、上記の周期信号の振幅は必ずしも一定ではなく、時間経過とともに変動する場合が多い。一般的な信号分離フィルタでは、分離対象信号に含まれる周期信号の振幅の変動は考慮されていないので、カルマンフィルタの推定値及び修正値に含まれる周期的な成分、非周期的な成分を分離することは難しい。
【0007】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、カルマンフィルタの推定値及び修正値から振幅の変動を有する周期信号(準周期信号)、非周期信号(準非周期信号)を分離可能な信号処理装置及び信号処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、この発明の第1の観点に係る信号処理装置は、
対象システムの推定値及び更新値を出力するカルマンフィルタと、
分離対象信号のターゲットの周期である分離目的周期における振幅が、所定の分離周波数より低周波で変動する準周期信号と、前記分離目的周期における振幅が前記分離周波数より高周波で変動する準非周期信号とを含む入力信号から、前記準周期信号及び前記準非周期信号の少なくともいずれかを分離する信号分離フィルタと、を備え、
前記信号分離フィルタは、
前記分離目的周期を肩にもつむだ時間要素を含むフィードフォワード経路を有し、
前記推定値及び前記更新値を前記入力信号とし、それぞれの前記入力信号について、前記準周期信号及び前記準非周期信号の少なくともいずれかを分離する。
【0009】
また、前記信号分離フィルタは、
前記分離目的周期を肩にもつむだ時間要素を含むフィードバック経路を備えるIIRフィルタである、
こととしてもよい。
【0010】
また、前記推定値を入力信号とする前記信号分離フィルタの前記フィードフォワード経路と、前記更新値を入力信号とする前記信号分離フィルタの前記フィードフォワード経路とが共通である、
こととしてもよい。
【0011】
また、本発明の第2の観点に係る信号処理方法では、
カルマンフィルタを用いて対象システムの推定値及び更新値を演算し、
分離対象信号のターゲットの周期である分離目的周期を肩にもつむだ時間要素を含むフィードフォワード経路を有し、前記分離目的周期における振幅が、所定の分離周波数より低周波で変動する準周期信号と、前記分離目的周期における振幅が前記分離周波数より高周波で変動する準非周期信号とを含む入力信号から、前記準周期信号及び前記準非周期信号の少なくともいずれかを分離する信号分離フィルタを用いて、前記推定値及び前記更新値を前記入力信号として、それぞれの前記入力信号について、前記準周期信号及び前記準非周期信号の少なくともいずれかを分離する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の信号処理装置及び信号処理方法によれば、カルマンフィルタの出力である推定値及び更新値を入力信号とする信号分離フィルタによって、所定の分離周波数より低周波で振幅が変動する準周期信号、及び分離周波数より高周波で振幅が変動する準非周期信号の少なくともいずれかを分離することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施の形態に係る信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【
図2】実施の形態に係るリフティングを示す概念図。
【
図3】リフティッド状態関数の関係を示すベン図である。
【
図4】実施の形態に係る信号分離フィルタの設計の流れを表す概念図である。
【
図5】実施の形態に係るIIRフィルタの例を示す図であり、(A)は1次のフィルタの例、(B)は高次のフィルタの例である。
【
図6】準周期信号又は準非周期信号と入力信号との差分信号として準非周期信号又は準周期信号を出力するフィルタの例を示す図である。
【
図7】次数を変化させた場合のIIRフィルタの特性を示すボード線図である。
【
図8】次数と分離周波数とを変化させた場合のIIRフィルタの特性を示すボード線図である。
【
図9】実施の形態に係るFIRフィルタの例を示す図である。
【
図10】次数を変化させた場合のFIRフィルタの特性を示すボード線図である。
【
図11】次数を変化させた場合の相補的なFIRフィルタの特性を示すボード線図である。
【
図12】実施の形態に係るカルマンフィルタを備える信号分離フィルタの動作のアルゴリズムである。
【
図13】実施の形態に係るカルマンフィルタを備える信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【
図14】カルマンフィルタの出力信号から周期信号又は非周期信号を分離するフィルタの例を示す図であり、(A)はIIRフィルタを用いた場合の例、(B)はFIRフィルタを用いた場合の例である。
【
図15】数値例に係るIIRフィルタ及びFIRフィルタの動作結果を示すグラフであり、(A)は出力及び状態のグラフ、(B)~(E)は更新された準周期状態及び準非周期状態のグラフであり、(B)は1次のIIRフィルタのグラフ、(C)は2次のIIRフィルタのグラフ、(D)は3次のIIRフィルタのグラフ、(E)は50次のFIRフィルタのグラフである。
【
図16】数値例に係るIIRフィルタ及びFIRフィルタの動作結果について、準周期信号と準非周期信号との干渉を示すグラフである。
【
図17】カルマンフィルタと1次のIIRフィルタとを備える信号処理装置の動作結果の例を示すグラフであり、(A)は制御を行わなかった場合の周期状態及び非周期状態、(B)は制御を行った場合の周期状態、(C)は制御を行った場合の非周期状態のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図を参照しつつ、本発明の実施の形態に係る信号処理装置及び信号処理方法について説明する。信号処理装置1は、
図1に示すように、システムの状態推定を行うカルマンフィルタ11と、信号分離フィルタ12とを備える。カルマンフィルタ11は、公知の構成のものを用いることができる。カルマンフィルタ11は、
図1に一般化して示すように、推定の対象システムであるシステム20から得られる入力情報に基づいて、推定値を算出する(予測ステップ)。また、カルマンフィルタ11は、システム20から得られるセンサ情報に基づいて、更新値を算出する(フィルタリングステップ)。
【0015】
信号分離フィルタ12は、カルマンフィルタ11で算出された推定値及び更新値の時系列データを入力信号として、推定値、更新値それぞれに含まれる周期的な信号及び非周期的な信号を分離する。本実施の形態では、分離対象とする周期的な信号は、振幅が変動する信号であってもよい。より具体的には、振幅が変動する信号は、所定の分離周波数より低周波で振幅が変動する信号を準周期信号、所定の分離周波数より高周波で振幅が変動する信号を準非周期信号と定義される。
【0016】
(信号分離フィルタ)
以下、本実施の形態に係る信号分離フィルタ12について詳細に説明する。まず、本実施の形態で扱う準周期信号について説明する。
【0017】
【0018】
分離対象信号のターゲットとなる周期(分離目的周期)Πを用いて、以下のリフティング関数Lを定義する。リフティング関数Lは、状態x(t)からリフティッド状態x
τ(k)を与える線形写像である。
【数2】
【0019】
また、逆リフティング関数L
-1は以下のように定義される。
【数3】
【0020】
図2は、リフティング関数に係る時刻t、周期Π等の関係を示す概念図である。以下、xを状態関数、x
τをリフティッド状態関数ともいう。リフティッド状態関数x
τは、以下の式に示すように、整数Zから実数Rへの全ての写像の集合であるリフティッド状態関数の集合Sに属する。
【数4】
【0021】
リフティッド状態関数x
τの離散時間フーリエ変換Fは、以下に示す式の通りである。
【数5】
ただし、ω=ω~ΠTであり、ω[rad/sample]は正規化された角周波数、ω~[rad/s]は角周波数、T[s]はサンプリング時間を表す。ここで、tのサンプリング時間はTであり、kのサンプリング時間はΠTである。
【0022】
本実施の形態では、ゼロ関数の集合S
0、準周期性を有するリフティッド状態関数の集合S
P、準非周期性を有するリフティッド状態関数の集合S
Aを以下の式のように定義する。
【数6】
【0023】
ここで、準周期性、準非周期性は、リフティッド状態関数x
τの低周波、高周波と定義される。また、ρ[rad/sample]は、リフティッド準周期状態関数とリフティッド準非周期状態関数との境界である正規化された分離周波数であり、分離周波数ρ~[rad/s]は、以下の式で表される。
【数7】
【0024】
図3は、上述の各集合の関係を示している。
図3及び以下の式に示すように、全体集合Sは、3つの集合S
0、S
P、S
Aの和集合である。
【数8】
また、集合S
P、S
Aは、S
0を含まない。
【数9】
【0025】
リフティッド準周期状態関数x
τpとリフティッド準非周期状態関数x
τaは、上記の集合S
0、S
P、S
Aを用いて、それぞれ以下に示す式で定義される。
【数10】
リフティッド準周期状態関数x
τpの逆リフティング出力とリフティッド準非周期状態関数x
τaの逆リフティング出力は、それぞれ準周期状態x
p(t)、準非周期状態x
a(t)として以下のように定義される。
【数11】
ここで、準周期状態x
p(t)と準非周期状態x
a(t)とは、それぞれ低周波、高周波ではないことに注意を要する。
【0026】
さらに、リフティッド周期非周期状態関数x
τpa(t)を以下の式のように定義する。
【数12】
【0027】
また、周期非周期状態x
pa(t)は、以下の式のように定義される。
【数13】
上記の周期非周期状態x
pa(t)は、準周期状態と準非周期状態との和である。
【数14】
【0028】
状態x(t)は以下のようにまとめることができる。
【数15】
【0029】
続いて、入力信号から準周期信号と準非周期信号とを分離するフィルタについて説明する。まず、状態x(t)とリフティッド状態x
τ(k)のz変換について定義する。状態x(t)のz変換は以下の式で表される。
【数16】
【0030】
また、リフティッド状態x
τ(k)のZ変換は、以下の式で表される。
【数17】
【0031】
また、上記2つのz変換の関係は以下の通りである。
【数18】
【0032】
続いて、リフティッド周期通過関数及びリフティッド非周期通過関数は、以下の式に示すように、線形時不変の多項式を用いて表すことができる。
【数19】
【0033】
上記のフィルタは、以下の式に示すようにkについてZ変換される。
【数20】
ただし、a
i及びb
iはF
τp(Z
-1)をローパスフィルタとするように決定され、c
i、d
iはF
τa(Z
-1)をハイパスフィルタとするように決定される。
【0034】
逆Z変換Z~
-1及び逆リフティング関数L
-1によって、周期通過フィルタ及び非周期通過フィルタは、それぞれ以下の式で与えられる。
【数21】
これらの通過フィルタは、入力信号から周期信号と非周期信号とを分離するフィルタとして用いることができる。
【0035】
上述したように、状態xに含まれる準周期的状態は、状態xを所定の周期Πを用いてリフティングすることにより、リフティッド状態における低周波関数と考えることができる。言い換えると、準周期信号は、1周期(周期Π)ごとに低周波で変化する信号である。したがって、リフティッド状態において、周期信号の分離周波数に基づいて所望のローパスフィルタを設計した後に、逆リフティング変換することにより、所定の振幅変動を有する準周期信号を分離可能なフィルタを設計することができる(
図4)。
【0036】
また、状態xに含まれる準非周期的状態は、状態xを所定の周期Πを用いてリフティングすることにより、リフティッド状態における高周波関数と考えることができる。言い換えると、準非周期信号は、1周期(周期Π)ごとに高周波で変化する信号である。したがって、リフティッド状態において、非周期信号の分離周波数に基づいて所望のハイパスフィルタを設計した後に、逆リフティング変換することにより、準非周期信号を分離可能なフィルタを設計することができる。
【0037】
また、z変換された周期通過フィルタF
p(z
-1)と非周期通過フィルタF
a(z
-1)は、以下のように表すことができる。
【数22】
【0038】
(IIRフィルタ)
続いて、上記のフィルタの具体的な例としてのIIR(Infinite Impulse Response)フィルタについて説明する。
【0039】
N次のIIRローパスフィルタ及びIIRハイパスフィルタは、以下の式に示すリフティッド周期通過フィルタ及びリフティッド非周期通過フィルタとして用いることができる。
【数23】
ただし、s~は以下の式に示すように、Z
-1の双一次変換によって与えられる近似ラプラス演算子であり、ρ~は式(1)に示す分離周波数である。
【数24】
【0040】
上述のz変換の定義を用いて、IIR周期通過フィルタ及びIIR非周期通過フィルタは、それぞれ以下の式で与えられる。
【数25】
【0041】
上記の式(4)、(5)で示されるIIR周期通過フィルタ及びIIR非周期通過フィルタは、
図5(A)の1次フィルタの例及び
図5(B)の高次フィルタの例のように実現される。
図5(A)、(B)に示すように、本実施の形態に係る周期信号分離フィルタは、各段のフィードフォワード経路及び各段のフィードバック経路にz
-Π(離散時間系における表現)で表されるむだ時間要素を含んでいる。すなわち、各段のフィードフォワード経路及び各段のフィードバック経路は、分離する準周期信号の分離目的周期を表す周期Πを肩にもつむだ時間要素を含む。
【0042】
また、上記式(4)、(5)に示されるIIR周期通過フィルタ、IIR非周期通過フィルタは、分離周波数ρ~によって所定の振幅変動を有する周期的な信号を分離する準周期信号の分離フィルタ又は非周期的な信号を分離する準非周期信号の分離フィルタとして動作する。
【0043】
また、
図6に示すように、準周期信号及び準非周期信号を出力する信号分離フィルタは、IIRフィルタの出力信号である準周期信号及び準非周期信号のいずれか一方の信号と入力信号との差分信号を、準周期信号及び準非周期信号の他方の信号として出力することとしてもよい。
【0044】
図7は、N次のIIR周期通過フィルタF
p及びIIR非周期通過フィルタF
aのボード線図を示している。
図7に係るフィルタのサンプリング時間T
sは0.001s(秒)、周期Πは200π、分離周波数ρ~は1rad/sである。
図7に示すように、周期通過フィルタF
p(z
-1)の次数を高めることにより減衰が急峻になり、バンドストップ特性を深くすることができる。
【0045】
また、
図8は、次数Nと分離周波数ρ~を変化させた場合のボード線図である。
図8に係るフィルタのサンプリング時間T
sは0.001s、周期Πは200πである。
図8に示すように、フィルタ分離周波数ρ~の増加によってフィルタのバンドパス周波数を広げることができる。また、これらのIIRフィルタは、FIR(Finite Impulse Response)フィルタに比べて、次数及び計算コストを低下させることができる。
【0046】
続いて、本実施の形態に係る分離フィルタとしてのFIRフィルタについて説明する。FIRフィルタでは、式(2)、(3)の分母多項式のa
i及びc
iをゼロに設定し、
図9のように実現される。したがって、FIRフィルタは、IIRフィルタと異なり本質的に安定である。
【0047】
本実施の形態では、リフティッド周期通過フィルタFτp(Z-1)及びリフティッド非周期通過フィルタFτa(Z-1)にParks-McClellanアルゴリズムを適用して、等リップルFIRローパスフィルタ及びFIRハイパスフィルタを設計する。本例では、MATLAB(登録商標)のfirceqrip()関数を用いて式(2)、(3)の各フィルタの係数bi、diを計算した。
【0048】
本実施の形態では、比較のため、20次、30次、50次のFIRローパスフィルタ、ハイパスフィルタを作成した。
図10は、N次のFIR周期通過フィルタF
p(z
-1)及びFIR非周期通過フィルタF
a(z
-1)のボード線図である。
図10に係るフィルタのサンプリング時間T
sは0.001s、周期Πは200π、分離周波数ρ~は1rad/sである。
図10に表されるように、次数が高くなるほど、傾きが急になっている。また、
図10のゲイン線図に示すように、FIRフィルタでは、
図7に示すIIRフィルタより高い次数と急峻な傾きを示す。
【0049】
上述のFIR非周期通過フィルタでは、通過帯域周波数に遅れ(位相遅れ)があり、FIR非周期通過フィルタによって出力される非周期状態は遅れを生じている。この位相遅れに関する課題を解決するため、非周期通過フィルタの別の実施の形態として、以下の式で表される周期通過フィルタの相補的なフィルタを考える。
【数26】
【0050】
例えば、式(4)及び(5)に基づく一次のIIR周期通過フィルタ及びIIR非周期通過フィルタは、以下の式で表される相補的なフィルタである。
【数27】
【0051】
図11のボード線図に示すように、上述のフィルタは、FIR非周期通過関数の位相遅れを改善することができる。より具体的には、相補的なFIR非周期通過フィルタの通過帯域周波数における位相はゼロとなっており、
図10に示すFIR非周期通過フィルタと比較して、位相遅れが改善されていることがわかる。
【0052】
(カルマンフィルタ)
続いて、上述の信号分離フィルタを用いたカルマンフィルタについて説明する。カルマンフィルタを備えるシステムとして、以下の周期状態及び非周期状態を含む可観測の線形時不変システムを考える。
【数28】
【0053】
カルマンフィルタは以下の式の通りである。
【数29】
【0054】
周期非周期分離フィルタ(PASF:Periodic/Aperiodic Separation Filter)は、以下のように表される。
【数30】
【0055】
上記各式における変数等は、以下の通りである。
【数31】
【0056】
また、x^
pa(t|t-1)、x^
pa(t|t)、g(t)、v(t)、w(t)は、それぞれ、予測される周期非周期状態、更新された周期非周期状態、カルマンゲイン、プロセスノイズ、観測ノイズである。G
pi、G
ai、H
pi、H
ai、S
pi、S
aiは、周期通過フィルタ及び非周期通過フィルタの係数からなる行列である。推定誤差は、以下の式のように定義される。
【数32】
【0057】
e(t|t)、e
p(t|t)、e
a(t|t)は、それぞれ推定誤差、周期推定誤差、非周期推定誤差を表す。誤差共分散行列は、以下の式のように定義される。
【数33】
【0058】
上記式(6)のカルマンフィルタ及び式(7)のPASFは、
図12に示すアルゴリズムA1に統合される。ここで、推定される周期状態x^
p(t|t-1)、推定される非周期状態x^
a(t|t-1)、更新された周期状態x^
p(t|t)、更新された非周期状態x^
a(t|t)は、以下の式のように推定される。
【数34】
【0059】
図12のアルゴリズムA1に示すように、カルマンフィルタは、誤差共分散P(t|t)を最小化することによって、周期誤差の共分散と非周期誤差の共分散との和を最小化する。
【0060】
上述のアルゴリズムA1では、推定及び更新のプロセスでθ
p、θ
aを共有している。すなわち、
図13のカルマンフィルタ11及び信号分離フィルタ12のブロック図、
図14(A)、(B)の信号分離フィルタ12の例のブロック図に示すように、本実施の形態では、推定値に係る分離フィルタと更新値に係る分離フィルタとで、むだ時間要素を含むフィードフォワード経路及びフィードバック経路を共有することとしている。これにより、フィルタリング処理を削減することが可能となる。なお、フィードフォワード経路、フィードバック経路は、推定値に基づくものとしても、更新値に基づくものとしてもよいが、更新値に基づいて処理されることが好ましい。これらの共有に係る計算処理は、過去の情報を用いるものであるところ、推定値より更新値の方が過去の情報の精度は高いためである。
【0061】
(数値例)
上述のカルマンフィルタを備えるシステムを用いて数値例を示す。本例では、以下の式に示す1入力1出力系の制御系について、各実施の形態に係る周期信号分離フィルタを適用した場合について説明する。
【数35】
【0062】
本数値例では、比較のため、1次から3次の3つのIIRフィルタモデルと、1つのFIRフィルタモデルについて評価する。IIRフィルタモデルの共通パラメータは、以下の通りである。
【数36】
【0063】
また、1次(N=1)のパラメータは、以下の通りである。
【数37】
【0064】
また、2次(N=2)のパラメータは、以下の通りである。
【数38】
【0065】
また、3次(N=3)のパラメータは、以下の通りである。
【数39】
【0066】
また、FIRフィルタとしては、MATLAB(登録商標)のfirceqrip()関数を用いて設計された50次のFIRフィルタを用いる。推定例において、入力は、u(t)=0と設定する。
図15(A)~(E)、
図16は、4つの最適PASFを用いた場合の推定結果を示している。ここで、
図16に示される干渉は、更新された周期状態から抽出された更新された非周期状態である。本例に係る入力信号は、
図15(A)に示すように、準周期信号に5s(秒)時点で、準非周期信号が加わる信号である。
【0067】
4つの全てのPASFは、周期状態、非周期状態の推定を行う。
図15(A)~(E)、
図16に示すように、IIRフィルタの次数の増加は、干渉を低減させる。一方、50次のFIRモデルの干渉は、3次のIIRフィルタの場合よりも大きい。また、FIRフィルタの更新された非周期状態は、IIRフィルタの場合と異なり、6s以降振動していない。
【0068】
図15(B)~(E)に示すように、各IIRフィルタ及びFIRフィルタにおいて、準周期信号、準非周期信号を適切に分離できていることがわかる。また、
図16に示すように、IIRフィルタにおける準周期信号と準非周期信号との間の干渉は、1次のフィルタの場合に比べて、2次、3次のフィルタの場合では、100分の1以下程度となっており、大幅に干渉を低減できていることがわかる。
【0069】
したがって、本実施の形態に係る信号分離フィルタによれば、振幅変動を有する準周期信号と準非周期信号とを精度よく分離することが可能となる。特に、信号分離フィルタを2次以上の高次フィルタとすることにより、準周期信号と準非周期信号との干渉を大幅に低減可能な信号分離フィルタを構成することが可能となる。
【0070】
続いて、上述の1次IIRフィルタに基づく最適PASFを用いた周期非周期分離制御の例について説明する。本例では、上記数値例に係るシステムと、以下の式に示す比例積分コントローラを用いた。
【数40】
【0071】
また、上記の制御は開始から10秒の時点で有効化することとした。
図17(A)~(C)は、本例の制御結果を示すグラフであり、
図17(A)は、比較のために示す、制御を行わなかった場合のグラフである。x
1(t)の周期状態x
1p(t)、x
3(t)の非周期状態x
3a(t)は、それぞれ
図17(B)、(C)に示すように、10秒時点の制御開始後適切に制御されていることがわかる。
【0072】
以上説明したように、本実施の形態に係る信号処理装置及び信号処理方法によれば、
分離対象信号のターゲットの周期である分離目的周期を肩にもつむだ時間要素を含むフィードフォワード経路を備える信号分離フィルタを用いて、準周期信号、準非周期信号を分離するので、カルマンフィルタの推定値及び修正値から、精度よく準周期信号、準非周期信号を分離することができる。
【0073】
また、分離対象信号のターゲットとなる周期である分離目的周期Πを用いてリフティングされた信号に基づいてローパスフィルタ又はハイパスフィルタを生成することで準周期信号、準非周期信号を分離するフィルタを設計できるので、容易に、精度のよい信号分離フィルタを生成することができる。
【0074】
また、本実施の形態に係る信号処理装置及び信号処理方法では、高調波を包括する周期信号を分離対象としているので、ノッチフィルタと異なり分離対象の信号の高調波成分についても分離することができる。
【0075】
また、本実施の形態に係る信号処理装置及び信号処理方法では、カルマンフィルタ11と信号分離フィルタ12であるPASFとを統合することにより、周期誤差の共分散と非周期誤差の共分散との和を最小化する準周期状態及び準非周期状態を、偏りなく推定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、カルマンフィルタを用いた準周期状態及び準非周期状態の推定に好適である。特に、ロボット制御、異常検知等の分野において、推定値及び更新値に周期信号と非周期信号とが含まれる場合の準周期状態及び準非周期状態の推定に好適である。
【符号の説明】
【0077】
1 信号処理装置、11 カルマンフィルタ、12 信号分離フィルタ、20 システム