(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023040675
(43)【公開日】2023-03-23
(54)【発明の名称】マグネシウム耐性植物、マグネシウム耐性植物の製造方法、マグネシウム耐性植物の栽培方法、及び遺伝子
(51)【国際特許分類】
C12N 15/29 20060101AFI20230315BHJP
A01H 5/00 20180101ALI20230315BHJP
C07K 14/415 20060101ALN20230315BHJP
【FI】
C12N15/29 ZNA
A01H5/00 A
C07K14/415
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021147788
(22)【出願日】2021-09-10
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】尾之内 均
(72)【発明者】
【氏名】林 憲哉
(72)【発明者】
【氏名】海藤 篤
【テーマコード(参考)】
2B030
4H045
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB04
2B030AD05
2B030CA17
2B030CB02
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA30
4H045EA05
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】マグネシウム耐性植物の提供。
【解決手段】MTIP1タンパク質の発現又は機能が亢進している、マグネシウム耐性植物。前記マグネシウム耐性植物は、遺伝子改変によりMTIP1タンパク質の発現又は機能が亢進されていることが好ましい。前記マグネシウム耐性植物は、MTIP1タンパク質の発現の亢進により、マグネシウム耐性が向上され、前記MTIP1遺伝子のuORFの破壊により、前記MTIP1タンパク質の発現が亢進していることが好ましい。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
MTIP1タンパク質の発現又は機能が亢進している、マグネシウム耐性植物。
【請求項2】
前記MTIP1タンパク質が、以下の(A)~(C)からなる群から選ばれるタンパク質である、請求項1に記載の植物。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
【請求項3】
遺伝子改変により前記MTIP1タンパク質の発現又は機能が亢進されている、請求項1又は2に記載の植物。
【請求項4】
前記MTIP1タンパク質の発現の亢進により、マグネシウム耐性が向上され、
前記MTIP1タンパク質をコードするMTIP1遺伝子のuORFの破壊により、前記MTIP1タンパク質の発現が亢進している、請求項1~3のいずれか一項に記載の植物。
【請求項5】
前記MTIP1遺伝子の前記uORFが、以下の(D)~(F)からなる群から選ばれるペプチドをコードする、請求項4に記載の植物。
(D)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列を有するペプチド
(E)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(F)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列との配列同一性が70%以上であるアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
【請求項6】
種子植物である、請求項1~5のいずれか一項に記載の植物。
【請求項7】
植物のMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させることを含む、マグネシウム耐性植物の製造方法。
【請求項8】
前記MTIP1タンパク質が、以下の(A)~(C)からなる群から選ばれるタンパク質である、請求項7に記載の製造方法。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
【請求項9】
遺伝子改変によりMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させる、請求項7又は8に記載の製造方法。
【請求項10】
MTIP1タンパク質の発現を亢進させることにより、前記植物のマグネシウム耐性を向上させ、
前記植物の前記MTIP1タンパク質をコードするMTIP1遺伝子のuORFを破壊することで、前記MTIP1タンパク質の発現量を増加させる、請求項7~9のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記MTIP1遺伝子の前記uORFが、以下の(D)~(F)からなる群から選ばれるペプチドをコードする、請求項10に記載の製造方法。
(D)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列を有するペプチド
(E)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(F)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列との配列同一性が70%以上であるアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
【請求項12】
前記植物が、種子植物である、請求項7~11のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項13】
請求項1~6のいずれか一項に記載の植物を、高濃度のマグネシウム環境下で栽培することを含む、マグネシウム耐性植物の栽培方法。
【請求項14】
uORFが破壊されたMTIP1遺伝子であり、
前記MTIP1遺伝子にコードされるMTIP1タンパク質が、以下の(A)~(C)からなる群から選ばれるタンパク質である、MTIP1遺伝子。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
【請求項15】
前記MTIP1遺伝子の前記uORFが、以下の(D)~(F)からなる群から選ばれるペプチドをコードし、前記uORFの破壊が、配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列に対応する領域における、全部又は一部の欠失、置換、挿入、付加、若しくはそれらの組み合わせによって、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能が喪失又は抑制された、請求項14に記載の遺伝子。
(D)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列を有するペプチド
(E)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(F)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列との配列同一性が70%以上であるアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネシウム耐性植物、マグネシウム耐性植物の製造方法、マグネシウム耐性植物の栽培方法、及び遺伝子に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化による異常気象や海水面の上昇に起因する農作物の塩害被害は、世界の多くの地域で深刻な問題となってきている。日本国内においても、近年、大型台風の増加に伴い、農耕地への海水の混入による農作物の塩害被害の発生が増加している。今後、地球温暖化が進むにつれて農作物の塩害被害はますます増加することが予想されるため、塩害に強い農作物の作出が望まれている。海水による塩害の主な要因は、海水中に含まれる高濃度のNa2+イオン及びMg2+イオンである。そのうちのNa2+については、高濃度のNa2+に耐性を示す植物を遺伝子工学的手法により作出する方法がすでに開発されている(非特許文献1)。Mg2+については、シロイヌナズナの4つのDELLAタンパク質遺伝子が欠損した四重変異体が、高濃度のMg2+に対して耐性を示すことが報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Shi et al. 2003 Nature Biotechnol. 21, 81-85
【非特許文献2】Guo et al. 2014 Plant Cell Physiol. 55, 1713-1726
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、非特許文献1に示されるDELLAタンパク質は、植物ホルモンであるジベレリンへの応答に関与するため、DELLAタンパク質遺伝子への変異導入は、植物の徒長や早咲きなど農作物として望ましくない影響をもたらす。そのため、DELLAタンパク質遺伝子への変異導入以外の手法により、高濃度Mg2+に対する耐性を付与する方法の開発が求められる。
【0005】
本発明は、上記のような問題点を解消するためになされたものであり、マグネシウム耐性植物の提供を目的とする。
また本発明は、マグネシウム耐性植物の製造方法の提供を目的とする。
また本発明は、前記マグネシウム耐性植物の栽培方法の提供を目的とする。
また本発明は、植物のマグネシウム耐性を向上可能な遺伝子の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、MTIP1(Mg transporter-interacting protein 1)タンパク質の発現量を増加させることにより、植物のマグネシウム耐性を向上可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の態様を有する。
【0007】
(1)MTIP1タンパク質の発現又は機能が亢進している、マグネシウム耐性植物。
(2)前記MTIP1タンパク質が、以下の(A)~(C)からなる群から選ばれるタンパク質である、前記(1)に記載の植物。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(3)遺伝子改変により前記MTIP1タンパク質の発現又は機能が亢進されている、前記(1)又は(2)に記載の植物。
(4)前記MTIP1タンパク質の発現の亢進により、マグネシウム耐性が向上され、
前記MTIP1タンパク質をコードするMTIP1遺伝子のuORFの破壊により、前記MTIP1タンパク質の発現が亢進している、前記(1)~(3)のいずれか一つに記載の植物。
(5)前記MTIP1遺伝子の前記uORFが、以下の(D)~(F)からなる群から選ばれるペプチドをコードする、前記(4)に記載の植物。
(D)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列を有するペプチド
(E)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(F)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列との配列同一性が70%以上であるアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(6)種子植物である、前記(1)~(5)のいずれか一つに記載の植物。
(7)植物のMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させることを含む、マグネシウム耐性植物の製造方法。
(8)前記MTIP1タンパク質が、以下の(A)~(C)からなる群から選ばれるタンパク質である、前記(7)に記載の製造方法。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(9)遺伝子改変によりMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させる、前記(7)又は(8)に記載の製造方法。
(10)MTIP1タンパク質の発現を亢進させることにより、前記植物のマグネシウム耐性を向上させ、
前記植物の前記MTIP1タンパク質をコードするMTIP1遺伝子のuORFを破壊することで、前記MTIP1タンパク質の発現量を増加させる、前記(7)~(9)のいずれか一つに記載の製造方法。
(11)前記MTIP1遺伝子の前記uORFが、以下の(D)~(F)からなる群から選ばれるペプチドをコードする、前記(10)に記載の製造方法。
(D)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列を有するペプチド
(E)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(F)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列との配列同一性が70%以上であるアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(12)前記植物が、種子植物である、前記(7)~(11)のいずれか一つに記載の製造方法。
(13)前記(1)~(6)のいずれか一つに記載の植物を、高濃度のマグネシウム環境下で栽培することを含む、マグネシウム耐性植物の栽培方法。
(14)uORFが破壊されたMTIP1遺伝子であり、
前記MTIP1遺伝子にコードされるMTIP1タンパク質が、以下の(A)~(C)からなる群から選ばれるタンパク質である、MTIP1遺伝子。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(15)前記MTIP1遺伝子の前記uORFが、以下の(D)~(F)からなる群から選ばれるペプチドをコードし、前記uORFの破壊が、配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列に対応する領域における、全部又は一部の欠失、置換、挿入、付加、若しくはそれらの組み合わせによって、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能が喪失又は抑制された、前記(14)に記載の遺伝子。
(D)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列を有するペプチド
(E)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(F)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列との配列同一性が70%以上であるアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、マグネシウム耐性植物を提供できる。
また本発明によれば、マグネシウム耐性植物の製造方法を提供できる。
また本発明によれば、前記マグネシウム耐性植物の栽培方法を提供できる。
また本発明によれば、植物のマグネシウム耐性を向上可能な遺伝子を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】uORF及びmORFを含むMTIP1のmRNAの構造の一例を示す模式図と、uORFが翻訳されたアミノ酸配列の各植物間での比較結果を示す図である。
【
図2】uORFが介するMTIP1の発現制御による、細胞内でのMg
2+濃度の恒常性維持機構の一例を示す模式図である。
【
図3】実施例で取得した変異体の、MTIP1遺伝子のuORFに導入された変異箇所を説明する図である。
【
図4】MTIP1遺伝子のuORFに導入された変異による、mORFの翻訳の促進的効果を示すグラフである。
【
図5】MTIP1タンパク質の発現量の増加により、高濃度のMg
2+に対する植物の耐性が向上した結果を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明のマグネシウム耐性植物、マグネシウム耐性植物の製造方法、マグネシウム耐性植物の栽培方法、及び遺伝子の実施形態を説明する。
【0011】
≪マグネシウム耐性植物≫
実施形態の植物は、MTIP1タンパク質の発現又は機能が亢進している、マグネシウム耐性植物である。
【0012】
MTIP1タンパク質の発現が亢進していることとは、前記植物のコントロールの植物におけるMTIP1タンパク質の発現量と比較して、MTIP1タンパク質の発現量が増加していることを意味する。MTIP1タンパク質の発現量は、例えば、MTIP1タンパク質に対する抗体の利用や、ルシフェラーゼ等のレポータータンパク質を利用した発現解析により確認できる。
【0013】
MTIP1タンパク質の機能が亢進していることとは、前記植物のコントロールの植物のMTIP1タンパク質の機能と比較して、MTIP1タンパク質の機能が向上していることを意味する。MTIP1タンパク質は、主に液胞に存在するマグネシウムトランスポーターMRS2-1(AGIコード:At1g16010)との結合を介して、液胞内に貯蔵されたMg2+を細胞質内へと流入させ、植物細胞の細胞質内のMg2+濃度を上昇させると推定される。機能が向上したMTIP1タンパク質としては、例えば、野生型の植物のMTIP1タンパク質と比較し、上記のマグネシウムトランスポーターとの結合能が向上したMTIP1タンパク質を例示できる。
【0014】
実施形態の植物に対する前記亢進の対照となるコントロールの植物とは、当該植物の野生型の植物を例示できる。後述の人為的な遺伝子改変が為された場合の前記亢進のコントロールの植物は、上記の人為的な遺伝子改変が為されていない植物を例示できる。
【0015】
本明細書において、マグネシウム耐性におけるマグネシウムとは、マグネシウムイオン(Mg2+)、及びマグネシウム塩を包含する概念である。
マグネシウム塩としては、一例として、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウム、及びそれらの水和物が挙げられる。
【0016】
マグネシウムはクロロフィルの構成要素であることから、通常、適正量のマグネシウムは植物の生育に利用される。しかし、土壌等の生育環境におけるマグネシウム濃度が過剰である場合、根外域の浸透圧が高くなることによる脱水又は吸水阻害や、植物細胞内に過剰のMg2+が取り込まれることによる生育阻害、マグネシウム過剰症の症状が現れることが知られる。
実施形態のマグネシウム耐性植物は、前記植物のコントロールの植物と比較して、生育環境における過剰量のマグネシウムの存在に起因するマグネシウムへの耐性が向上されている。そのため、実施形態のマグネシウム耐性植物は、高濃度のマグネシウム環境下であっても、前記植物のコントロールの植物に比べ良好に生育することが可能である。
【0017】
本明細書において、植物のマグネシウム耐性の向上とは、マグネシウム耐性の強化、改良、及びマグネシウム耐性を有さない植物へマグネシウム耐性を付与することを含む。
【0018】
植物のマグネシウム耐性が向上されていることは、例えば、植物Aと当該植物Aのコントロールの植物とをそれぞれ生育させ、より高濃度のマグネシウム環境下で、植物Aの生育ほうがコントロールの植物の生育よりも良好である場合、植物Aのマグネシウム耐性が向上されていると評価できる。
【0019】
高濃度のマグネシウム環境とは、実施形態のマグネシウム耐性植物のコントロールの植物に、生育阻害又はマグネシウム過剰症を誘発させる濃度のマグネシウム量を含む。上記環境とは、例えば、土壌や栽培溶液等の根域環境であってよく、培養細胞の場合には培地等の細胞培養環境であってよい。かかる濃度は、対象の植物によっても異なるが、後述の実施例において示されるシロイヌナズナの寒天培地(固形培地)での栽培例を考慮し、例えば、培地中のMg2+モル濃度が5mM以上である場合を例示でき、5~100mMであってもよく、10~80mMであってもよく、15~50mMであってもよい。なお、1mM=mol/m3である。土壌の場合は、上記の培地中のMg2+モル濃度に対応する濃度のマグネシウム量を例示できる。土壌における高濃度のマグネシウムとは、例えば、土壌中の交換性Mg2+の含量がMgO換算で50mg/100g以上である場合を例示でき、50~200mg/100gであってもよく、80~150mg/100gであってもよい。
【0020】
実施形態の植物のMTIP1タンパク質の発現又は機能は人為的に亢進されていることが好ましく、遺伝子改変により亢進されていることが好ましく、植物ゲノムに対する遺伝子改変により亢進されていることが好ましい。ここでの遺伝子改変とは、MTIP1タンパク質の発現又は機能に影響を及ぼす配列を改変することをいう。実施形態に係る植物は、MTIP1タンパク質の発現又は機能が亢進するよう、ゲノム配列が改変されたものであることが好ましい。
【0021】
遺伝子改変の対象は、上記のMTIP1タンパク質をコードするMTIP1遺伝子のmain ORF(主要ORF、又はmORFともいう)の他、MTIP1遺伝子の発現調節領域を例示できる。
【0022】
前記改変は、植物が本来有する内在性のMTIP1遺伝子及び/又はその発現調節領域の配列に対しての改変であってもよく、配列が改変されたMTIP1遺伝子及び/又はその発現調節領域が新たに導入されたものであってもよい。
【0023】
配列の改変としては、例えば、MTIP1遺伝子のmORF及び/又はMTIP1遺伝子の発現調節領域における、一部又は全部の塩基配列の欠失、置換、挿入、付加、及びそれらの組み合わせが挙げられる。例えば、MTIP1遺伝子のmORFの配列が改変されることにより、機能が亢進されたMTIP1タンパク質を得ることができる。例えば、MTIP1遺伝子の発現調節領域の配列が改変されることにより、mRNAの転写又は翻訳の亢進が生じ、MTIP1タンパク質の発現量を亢進できる。
【0024】
実施形態の植物は、本発明の効果が発揮されるのであれば、前記改変された領域をヘテロ接合体として有していてもよく、ホモ接合体として有していてもよい。
【0025】
(MTIP1タンパク質)
配列番号1で表されるアミノ酸配列は、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のMTIP1(AGIコード:At1g70780)のアミノ酸配列である。
【0026】
本明細書におけるMTIP1タンパク質は、上記のシロイヌナズナのMTIP1タンパク質に限定されず、シロイヌナズナのMTIP1タンパク質と同等の機能を有するタンパク質を広く包含する。MTIP1タンパク質としては、例えばシロイヌナズナのMTIP1のホモログやオーソログであってよい。当業者であれば、シロイヌナズナのMTIP1の配列情報から、シロイヌナズナのMTIP1と同等の機能を有するタンパク質を取得することができる。MTIP1遺伝子のアミノ酸配列は、被子植物からシダ植物まで広く保存が確認されている。
【0027】
MTIP1タンパク質の一例としては、以下の(A)~(C)からなる群から選ばれるタンパク質を例示できる。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が30%以上であるアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
【0028】
シロイヌナズナのMTIP1タンパク質は、マグネシウムトランスポーターとの結合能を有することが知られている。したがって、本明細書において、「発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質」は、「マグネシウムトランスポーターとの結合能を有するタンパク質」と言い換えてもよい。
【0029】
別の側面として、MTIP1タンパク質の一例としては、以下の(A1)~(C1)からなる群から選ばれるタンパク質を例示できる。
(A1)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(B1)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、マグネシウムトランスポーターとの結合能を有するタンパク質
(C1)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が30%以上であるアミノ酸配列を有し、マグネシウムトランスポーターとの結合能を有するタンパク質
【0030】
前記マグネシウムトランスポーターとしては、液胞に存在しMTIP1タンパク質との相互作用が認められるマグネシウムトランスポーターであるシロイヌナズナのMRS2-1、及びそれと同等の機能を有するマグネシウムトランスポーターを例示する。
【0031】
MTIP1タンパク質は、各植物種の有するMTIP1タンパク質の間で、保存性の高い領域(配列番号1で表されるアミノ酸配列の第14番目~第100番目のアミノ酸配列)を有する。
MTIP1タンパク質の一例としては、以下の(A2)~(C2)からなる群から選ばれるタンパク質を例示できる。
(A2)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(B2)配列番号1で表されるアミノ酸配列の第14番目~第100番目のアミノ酸配列との配列同一性が50%以上であり、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(C2)配列番号1で表されるアミノ酸配列の第14番目~第100番目のアミノ酸配列との配列同一性が50%以上であり、配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が30%以上であるアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
【0032】
ここで、前記(B)、(B1)及び(B2)において、配列番号1において、欠失、置換若しくは付加されてもよいアミノ酸の数としては、1~100個が好ましく、1~90個が好ましく、1~80個が好ましく、1~70個が好ましく、1~60個が好ましく、1~50個が好ましく、1~40個が好ましく、1~30個が好ましく、1~20個が好ましく、1~15個が好ましく、1~10個がより好ましく、1~5個がさらに好ましく、1~3個が特に好ましい。
【0033】
前記(B2)及び(C2)において、配列番号1で表されるアミノ酸配列の第14番目~第100番目のアミノ酸配列との配列同一性が50%以上であるアミノ酸配列の前記配列同一性としては、好ましくは60%以上100%以下、好ましくは70%以上100%以下、好ましくは80%以上100%以下、好ましくは90%以上100%以下、好ましくは95%以上100%以下、より好ましくは98%以上100%以下、さらに好ましくは99%以上100%以下の同一性を例示できる。
【0034】
前記(C)、(C1)及び(C2)において、配列番号1で表されるアミノ酸配列に対する配列同一性が30%以上であるアミノ酸配列としては、配列番号1で表されるアミノ酸配列に対して、好ましくは40%以上100%以下、好ましくは50%以上100%以下、好ましくは60%以上100%以下、好ましくは70%以上100%以下、好ましくは80%以上100%以下、好ましくは90%以上100%以下、好ましくは95%以上100%以下、より好ましくは98%以上100%以下、さらに好ましくは99%以上100%以下の同一性を有するアミノ酸配列を例示できる。
【0035】
アミノ酸配列の同一性は、NCBI(National Center of Biotechnology Information)から提供されているBLASTPのプログラムを用いて算出できる。
【0036】
MTIP1タンパク質をコードする遺伝子としては、前記(A)~(C)、前記(A1)~(C1)及び前記(A2)~(C2)からなる群から選ばれるいずれかのタンパク質をコードする遺伝子が挙げられ、前記(A)~(C)からなる群から選ばれるいずれかのタンパク質をコードする遺伝子が好ましい。
前記(A)のタンパク質をコードする遺伝子としては、配列番号2で表される塩基配列を有するポリヌクレオチドが挙げられる。配列番号2で表される塩基配列は、シロイヌナズナのMTIP1タンパク質をコードするmORFのコーディング領域の塩基配列である。
【0037】
(MTIP1遺伝子のuORF)
MTIP1遺伝子の発現調節領域は、MTIP1遺伝子産物の発現量を調整する機能を有するものであれば特に制限されず、例えば、転写調節、転写後調節、又は翻訳調節機能を有する配列が挙げられる。一例として、プロモーター、サイレンサー、エンハンサー等を例示でき、以下に説明するMTIP1遺伝子の上流ORFが好ましい。
【0038】
MTIP1遺伝子は、上記のMTIP1タンパク質をコードするmain ORF(主要ORF)の5′非翻訳領域側に、各植物のMTIP1遺伝子間で保存されたupstream ORF(上流ORF、又はuORFともいう)を有している。
【0039】
図1は、uORF及びmORFを含むMTIP1のmRNAの構造の一例を示す模式図と、uORFが翻訳されたアミノ酸配列(配列番号3~40)の各植物間での比較結果を示す図である。
【0040】
発明者らは、MTIP1遺伝子のuORFにコードされるペプチドが、細胞内のMg2+濃度に応じたMTIP1のタンパク質の翻訳調節に関与していることを明らかにした。そして、前記MTIP1遺伝子のuORFの破壊により、高濃度のマグネシウム環境下であっても前記MTIP1タンパク質の発現を容易に亢進させ、植物のマグネシウム耐性を向上可能であることを見出だした。
【0041】
実施形態のマグネシウム耐性植物として、MTIP1タンパク質の発現の亢進によりマグネシウム耐性が向上され、前記MTIP1遺伝子のuORFの破壊により、前記MTIP1タンパク質の発現が亢進している植物を例示できる。
【0042】
別の側面として、実施形態のマグネシウム耐性植物として、前記MTIP1遺伝子のuORFが破壊された、マグネシウム耐性植物を例示できる。
【0043】
図1にuORFのアミノ酸配列を示した植物種は、種子植物における各分類群の目(Order)を代表する種を例示している。配列番号3~40で表されるアミノ酸配列全長のうち、配列番号41~67に対応する約17アミノ酸が高度に保存された保存領域が存在する(
図1参照)。発明者らは、MTIP1遺伝子のuORFの当該保存領域及び開始コドンが、MTIP1遺伝子のmORFの翻訳抑制能に関与することを明らかにしている(既報:Hayashi et al. 2017 Nucleic Acids Res. 45:8844-8858)。
図1に示すように、保存領域の存在は、例えば、裸子植物のPinus canariensis、被子植物の系統基部に位置するAmborella trichopoda、単子葉類のOryza sativa、その他の双子葉類に属する各植物種間で確認でき、MTIP1遺伝子のuORFの保存領域のアミノ酸配列は、少なくとも種子植物において広く保存されていることが確認できる。
【0044】
実施形態に係るMTIP1遺伝子の前記uORFがコードするペプチドは、Mg2+に応答したMTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有する。
【0045】
前記MTIP1遺伝子の前記uORFとしては、以下の(D)~(F)からなる群から選ばれるペプチドをコードするポリヌクレオチドを例示できる。
(D)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列を有するペプチド
(E)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(F)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列との配列同一性が70%以上であるアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
【0046】
より好ましくは、前記MTIP1遺伝子の前記uORFとしては、以下の(D1)~(F1)からなる群から選ばれるペプチドをコードするポリヌクレオチドを例示できる。
(D1)配列番号41で表されるアミノ酸配列を有するペプチド
(E1)配列番号41で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(F1)配列番号41で表されるアミノ酸配列との配列同一性が70%以上であるアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
【0047】
ここで、前記(E)及び(E1)において、配列番号41~67において、欠失、置換若しくは付加されてもよいアミノ酸の数としては、1~6個が好ましく、1~5個が好ましく、1~3個がより好ましく、1又は2個がさらに好ましい。
【0048】
前記(F)及び(F1)において、配列同一性が70%以上であるアミノ酸配列としては、配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列に対して、好ましくは75%以上100%以下、好ましくは80%以上100%以下、好ましくは85%以上100%以下、より好ましくは90%以上100%以下、さらに好ましくは93%以上100%以下の同一性を有するアミノ酸配列を例示できる。
【0049】
前記MTIP1遺伝子のuORFにコードされるペプチドにおいて、前記保存領域はC末端側にあることが好ましい。前記MTIP1遺伝子の前記uORFとしては、配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列(保存領域)の末端のアミノ酸は、MTIP1遺伝子のuORFにコードされるペプチドのC末端側から1~20番目にあることが好ましく、1~15番目にあることがより好ましく、1~10番目にあることがさらに好ましい。
【0050】
図1に示されるアラインメントの結果からも理解されるように、MTIP1遺伝子の前記uORFでは、開始コドン及び保存領域以外の配列の制限に乏しく、前記MTIP1遺伝子の前記uORFの全長を特定するものとして、好ましくは上記の(D)~(F)及び上記の(D1)~(F1)からなる群から選ばれるいずれか一つ以上の要件、より好ましくは上記の(D1)~(F1)からなる群から選ばれるいずれか一つ以上の要件を満たし、好ましくは配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列(保存領域)の末端のアミノ酸を、C末端側から1~20番目に有し、好ましくは全長が20~100アミノ酸、より好ましくは全長が25~90アミノ酸、さらに好ましくは全長が30~80アミノ酸であるペプチドをコードするポリヌクレオチドを例示できる。
【0051】
かかるMTIP1遺伝子の前記uORFの一例として、
図1に示す配列番号3~40のいずれか一つで表されるアミノ酸配列からなるペプチドをコードするポリヌクレオチドを例示できる。
【0052】
前記(D)の配列番号41で表されるアミノ酸配列を有する、配列番号3で表されるアミノ酸配列を有するペプチドをコードするuORFとしては、配列番号68で表される塩基配列を有するポリヌクレオチドが挙げられる。配列番号68で表される塩基配列は、シロイヌナズナのMTIP1のuORFの塩基配列である。
【0053】
前記uORFの破壊としては、MTIP1遺伝子の前記uORFの、塩基配列の全部又は一部の欠失、置換、挿入、付加、若しくはそれらの組み合わせによって、MTIP1タンパク質の翻訳抑制能が喪失又は抑制された状態を例示できる。uORFの破壊は、MTIP1タンパク質の翻訳抑制能が喪失又は抑制された状態とできるものであればよい。
【0054】
配列番号41~67に挙げたuORFの保存配列は、MTIP1タンパク質の翻訳抑制能に関する重要な働きをしていると考えられる。
MTIP1遺伝子のuORFの効率的な破壊の観点から、前記uORFの破壊としては、MTIP1遺伝子の前記uORFの、配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列に対応する保存領域における、塩基配列の全部又は一部の欠失、置換、挿入、付加、若しくはそれらの組み合わせによって、MTIP1タンパク質の翻訳抑制能が喪失又は抑制された状態を例示できる。
【0055】
例えば、植物のゲノム上のMTIP1遺伝子のuORFの一部又は全部の塩基配列が欠失されることにより、MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を喪失又は抑制させることができる。例えば、MTIP1遺伝子のuORFの配列に別の配列が挿入されたり欠失されたりすることにより、フレームシフトが生じ、MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を喪失又は抑制させることができる。例えば、MTIP1遺伝子のuORFの配列に別の配列が付加されたり置換されたりすることにより、遺伝子産物の構造変化が生じ、MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を喪失又は抑制させることができる。
【0056】
配列番号41~67で表されるアミノ酸配列に対応する保存領域は、
図1に例示するように、各植物のMTIP1 mRNAのuORFのアミノ酸配列のアラインメントを行うことで、当業者であれば容易に特定可能である。
【0057】
なお、実施形態のマグネシウム耐性植物は、前記uORFの破壊によりマグネシウム耐性が向上されていてもよいので、マグネシウム耐性植物における前記uORFは、例えば、実施形態の植物のコントロールの植物において確認することができる。
MTIP1タンパク質をコードするMTIP1遺伝子として、好ましくは前記(D)~(F)及び前記(D1)~(F1)からなる群から選ばれるいずれかのペプチドをコードするuORFを有するポリヌクレオチド、より好ましくは前記(D1)~(F1)からなる群から選ばれるいずれかのペプチドをコードするuORFを有するポリヌクレオチドを例示する。
MTIP1タンパク質をコードするMTIP1遺伝子として、前記(A)~(C)、前記(A1)~(C1)及び前記(A2)~(C2)からなる群から選ばれるいずれかのタンパク質をコードし、前記(D)~(F)及び前記(D1)~(F1)からなる群から選ばれるいずれかのペプチドをコードするuORFを有するポリヌクレオチドを例示する。
MTIP1タンパク質としては、当該MTIP1タンパク質をコードするMTIP1遺伝子が、前記(D)~(F)及び前記(D1)~(F1)からなる群から選ばれるいずれかのペプチドをコードするuORFを有するものを例示する。
MTIP1タンパク質としては、前記(A)~(C)、前記(A1)~(C1)、及び前記(A2)~(C2)からなる群から選ばれるいずれかのタンパク質であり、当該MTIP1タンパク質をコードするMTIP1遺伝子が、前記(D)~(F)及び前記(D1)~(F1)からなる群から選ばれるいずれかのペプチドをコードするuORFを有するものを例示する。
【0058】
uORFの存在によってMTIP1タンパク質の翻訳が抑制されるメカニズムの詳細は不明ではあるが、以下のメカニズムが考えられる。
図1に示すように、野生型のMTIP1 mRNAには、MTIP1のmORFの上流にuORFが存在する。リボソームがuORFを翻訳すると、33~70アミノ酸の短いペプチドが合成される。この際、細胞質内のMg
2+濃度が高い場合には、Mg
2+に応答して、自身を合成したリボソームをuORFに停滞させると考えられる。
【0059】
図2は、uORFが介するMTIP1の発現制御による、細胞内でのMg
2+濃度の恒常性維持機構の一例を示す模式図である。
細胞質内のMg
2+濃度が低い場合(
図2下)では、uORFの上流からリボソームがスキャニングを開始し、リボソームがuORFを読み飛ばしたり、mORFで翻訳を再開したりすることによりmORFの翻訳が為されると考えられる。翻訳されたMTIP1タンパク質とMg
2+トランスポーターとの相互作用により、Mg
2+トランスポーターを通じて液胞から細胞質へMg
2+の流入が生じると考えられる。
一方、細胞質内のMg
2+濃度が十分である場合(
図2上)では、uORFにリボソームが停滞していることで、上記の読み飛ばしや翻訳再開が抑制され、mORFにコードされるMTIP1タンパク質の翻訳が抑制されるものと考えられる。このようにして、uORFによりMTIP1タンパク質の翻訳が抑制され、Mg
2+トランスポーターを介した液胞から細胞質へのMg
2+の流入が抑制されると考えられる。
【0060】
uORFを破壊して上記のフィードバック機構に逆らい、高濃度のMg2+環境下でMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させると、さらに細胞質内のMg2+濃度が高められる方向にあると考えられる。通常であれば細胞質内のMg2+濃度を一定に保つ恒常性維持を増強させるほうが、植物のマグネシウム耐性の向上に寄与すると想定されるところ、むしろMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させることで耐マグネシウム性を向上できることは、通常の想定を超える予想外の結果である。
【0061】
何故このような効果が得られるのか、その詳細は不明ではあるが、以下のような状況が考えられる。
MTIP1タンパク質の発現量が増え、液胞のMg2+トランスポーターが活性化されると、液胞からのMg2+の流出状態が続き、液胞中のMg2+濃度が極度に低くなるものと想定される。すると、MTIP1タンパクが活性化させるトランスポーターとは異なる種類のMg2+トランスポーター(例えば、細胞膜や液胞膜に存在する。)の発現が向上し、液胞内にMg2+を戻したり、細胞膜から細胞外へのMg2+の排出を亢進させたりするなどして、結果的に植物のマグネシウム耐性が向上されていることが考えられる。
【0062】
本来、野生型のMTIP1遺伝子は、uORFにより高濃度のマグネシウム環境下での発現量が制御されているので、上記uORFの破壊によってのMTIP1タンパク質の翻訳を亢進することは、高濃度のマグネシウム環境下でMTIP1タンパク質の発現を亢進させる手法として、非常に有用である。例えば、過剰発現プロモーターを利用してMTIP1 mRNAの転写量を亢進させる場合と比較して、高濃度のマグネシウム環境下で、より効果的にMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進できると考えられる。
【0063】
(植物)
本実施形態の植物の種類としては、本発明の効果が得られるのであれば、特に制限されるものではない。MTIP1遺伝子及びそのuORFのペプチド配列は、植物種間で広く保存されていることから、植物全般に広く適用可能である。本実施形態の植物としては、種子植物が好ましく、被子植物がより好ましい。
【0064】
本実施形態の植物の種類としては、例えば、イネ、コムギ、トウモロコシ等のイネ科植物、ナス、トマト、トウガラシ、ジャガイモ、タバコ等のナス科植物、キュウリ、メロン、カボチャ等のウリ科植物、エンドウ、ダイズ、インゲン等のマメ科植物、シュンギク、レタス等のキク科植物、ホウレンソウ等のアカザ科植物、イチゴ、リンゴ等のバラ科植物、ブドウ等のブドウ科植物、ミカン等のミカン科植物、シロイヌナズナ、アブラナ、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ハクサイ、ダイコン等のアブラナ科植物等を挙げることができ、上記に例示したなかではアブラナ科に属するアブラナ科植物であることが好ましい。
【0065】
本明細書において「植物」とは、植物体全体であっても、その一部であってもよい。実施形態に係る植物として、例えば、種子、植物細胞、植物培養細胞、細胞塊、カルス、植物組織、及び器官が挙げられる。また、マグネシウム耐性を有するものであれば、実施形態のマグネシウム耐性植物の次世代植物(子孫)又はクローンも、実施形態のマグネシウム耐性植物に含まれる。
【0066】
本実施形態の植物は、マグネシウム耐性の他に、高濃度のナトリウム(ナトリウム塩又はNa2+イオン)に対するナトリウム耐性を備えていてもよい。高濃度のナトリウムとは、コントロールの植物に生育阻害又はナトリウム過剰症を誘発させる濃度のナトリウム量である。
【0067】
ナトリウム耐性は、例えば、非特許文献1に示されるような従来公知のナトリウム耐性植物が有するものであってよい。
【0068】
海水による塩害の主な要因は、海水中に含まれる高濃度のNa2+イオンとMg2+イオンであるため、マグネシウム及びナトリウムの両方の耐性が向上された植物は、海水による塩害の生じた土地での栽培に好適に利用可能である。
【0069】
≪マグネシウム耐性植物の製造方法≫
実施形態のマグネシウム耐性植物の製造方法は、植物のMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させることを含む方法である。対象の植物においてMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させることにより、マグネシウム耐性を向上可能である。本製造方法によれば、上記実施形態のマグネシウム耐性植物を製造可能である。
【0070】
また、本発明の一実施形態として、植物のMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させることを含む、植物のマグネシウム耐性を向上させる方法を提供する。
【0071】
MTIP1タンパク質の発現の亢進とは、前記植物のコントロールの植物におけるMTIP1タンパク質の発現量と比較して、MTIP1タンパク質の発現量が増加していることを意味する。
MTIP1タンパク質の機能の亢進とは、前記植物のコントロールの植物のMTIP1タンパク質の機能と比較して、MTIP1タンパク質の機能が向上していることを意味する。
【0072】
実施形態のマグネシウム耐性植物の製造方法について、実施形態のマグネシウム耐性植物についての説明と重複する内容については、説明を省略する。
【0073】
MTIP1タンパク質としては、上記の実施形態のマグネシウム耐性植物で例示したものが挙げられる。
【0074】
植物のMTIP1タンパク質の発現又は機能の亢進は、遺伝子工学的手法により人為的に亢進させることができる。例えば、マグネシウム耐性を向上させる対象の植物に対する遺伝子改変により、MTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させることが好ましい。
【0075】
実施形態のマグネシウム耐性植物の製造方法において、前記亢進は、MTIP1タンパク質の発現を亢進させることにより、前記植物のマグネシウム耐性を向上させ、前記植物のMTIP1遺伝子のuORFを破壊することで、前記MTIP1タンパク質の発現量を増加させることであることが好ましい。
【0076】
uORF及びその破壊の例としては、上記の実施形態のマグネシウム耐性植物で例示したものが挙げられる。
【0077】
別の側面として、実施形態のマグネシウム耐性植物の製造方法として、前記MTIP1遺伝子のuORFを破壊することを含む、マグネシウム耐性植物の製造方法を例示できる。
【0078】
植物の遺伝子改変の手法としては、マグネシウム耐性を向上させる対象の植物の種類に応じて、適用可能な種々の手法を適宜採用可能である。例えば、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法等を用いた遺伝子導入法による、相同組換え技術や、ゲノム編集技術等を例示できる。
【0079】
実施形態のマグネシウム耐性植物の製造方法は、
植物のMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させること、及び
前記植物のマグネシウム耐性を評価し、マグネシウム耐性を有する植物を選抜すること、を含むことができる。
【0080】
ここで、マグネシウム耐性の評価は、高濃度のマグネシウム環境下で植物を生育させて生育状態を観察し、生育が良好な場合であれば、マグネシウム耐性を有すると評価できる。
【0081】
マグネシウム耐性が向上される前記植物は、特に制限されるものではないが、種子植物が好ましく、被子植物がより好ましい。植物としては、上記の実施形態のマグネシウム耐性植物で例示したものが挙げられる。
【0082】
製造される植物の種類は、マグネシウム耐性の他に、高濃度のナトリウム(ナトリウム塩又はNa2+イオン)に対するナトリウム耐性を備えていてもよい。
【0083】
ナトリウム耐性は、例えば、非特許文献1に示されるような従来公知のナトリウム耐性植物が有するものであってよい。例えば、既存のナトリウム耐性が向上された植物に、遺伝子工学的手法によりさらにMTIP1タンパク質の発現又は機能を亢進させ、ナトリウム耐性及びマグネシウム耐性が向上された植物を製造できる。また、既存のナトリウム耐性が向上された植物と、本実施形態のマグネシウム耐性植物とをかけ合わせ、ナトリウム耐性及びマグネシウム耐性が向上された植物を製造できる。
【0084】
≪マグネシウム耐性植物の栽培方法≫
実施形態のマグネシウム耐性植物の栽培方法は、実施形態のマグネシウム耐性植物を、高濃度のマグネシウム環境下で栽培することを含む。
【0085】
高濃度のマグネシウムとは、対象の植物のマグネシウム耐性植物のコントロールの植物に、生育阻害又はマグネシウム過剰症を誘発させる濃度のマグネシウム量であり、一例として、上記のマグネシウム耐性植物で挙げたマグネシウム量を例示できる。
高濃度のマグネシウム環境下としては、培地の場合は、Mg2+モル濃度が5mM以上である場合を例示でき、5~100mMであってもよく、10~80mMであってもよく、15~50mMであってもよい。土壌における高濃度のマグネシウム環境下とは、例えば、土壌中の交換性Mg2+の含量がMgO換算で50mg/100g以上である場合を例示でき、50~200mg/100gであってもよく、80~150mg/100gであってもよい。
【0086】
実施形態のマグネシウム耐性植物の栽培方法によれば、高濃度のマグネシウム環境下であっても、マグネシウムストレスへの耐性が向上された状態で、当該植物を良好に栽培できる。
【0087】
≪遺伝子≫
野生型のMTIP1 mRNAは、MTIP1のmORFの上流にuORFを有するが、本発明の一実施形態の遺伝子として、uORFが破壊されたMTIP1遺伝子であり、前記MTIP1遺伝子にコードされる前記MTIP1タンパク質が、以下の(A)~(C)からなる群から選ばれるタンパク質である、MTIP1遺伝子を提供する。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列を有し、発現又は機能の亢進により植物のマグネシウム耐性の向上に寄与するタンパク質
【0088】
実施形態の遺伝子は、前記MTIP1遺伝子の前記uORFが、以下の(D)~(F)からなる群から選ばれるペプチドをコードし、前記uORFの破壊が、配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列に対応する領域における、塩基配列の全部又は一部の欠失、置換、挿入、付加、若しくはそれらの組み合わせによって、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能が喪失又は抑制されたものであることが好ましい。
(D)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列を有するペプチド
(E)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
(F)配列番号41~67のいずれか一つで表されるアミノ酸配列との配列同一性が70%以上であるアミノ酸配列を有し、前記MTIP1タンパク質の翻訳抑制能を有するペプチド
【0089】
本実施形態の遺伝子とは、DNA、RNA等の核酸であってよく、ゲノム上のポリヌクレオチドの他、その遺伝子産物のポリヌクレオチド、mRNA、cDNA、及び単離された遺伝子クローンを含む。
【0090】
実施形態の遺伝子によれば、高濃度のマグネシウム環境下であっても、植物においてMTIP1タンパク質の発現が容易に亢進され、植物のマグネシウム耐性を向上可能である。実施形態の遺伝子を有する又は導入された植物は、マグネシウム耐性が向上される。
【実施例0091】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0092】
1. ゲノム編集によるMTIP1遺伝子のuORFへの変異導入
CRISPR/Cas9システムを用いてシロイヌナズナのMTIP1遺伝子のuORFに変異を導入するために、MTIP1 uORFの一部の領域と一致する配列を含む2種類のguide RNA (gRNA) を発現させるバイナリーベクタープラスミドをそれぞれ作製した。このバイナリーベクタープラスミドの作製のため、gR2for (配列番号69:5′-ATTGCGTTCACGGGTCGAGGCCA-3′) と gR2rev (配列番号70:5′-AAACTGGCCTCGACCCGTGAACG-3′) という配列のオリゴヌクレオチドペアと、gR3for (配列番号71:5′-ATTGGATCCGAAAGCGAAAACAG-3′)とgR3rev (配列番号72:5′-AAACCTGTTTTCGCTTTCGGATC-3′)という配列のオリゴヌクレオチドペアをそれぞれアニールさせ、ゲノム編集用バイナリーベクタープラスミドpKI1.1R (既報:Tsutsui, H. & Higashiyama, T. pKAMA-ITACHI Vectors for Highly Efficient CRISPR/Cas9-Mediated Gene Knockout in Arabidopsis thaliana. Plant Cell Physiol. 58, 46-56 (2017)) のAarI部位にそれぞれ挿入した。pKI1.1RのT-DNA領域には、gRNAを発現させる発現カセットに加え、Cas9タンパク質を分裂組織で発現させる発現カセットと赤色蛍光タンパク質RFPを種子で発現させる発現カセットが含まれる。
【0093】
作製したプラスミドをアグロバクテリウムC58C1RifR (pGV2260)株に導入し、フローラルディップ法によりそのアグロバクテリウムをシロイヌナズナ(エコタイプCol-0)に感染させた。アグロバクテリウムを感染させた植物から採取したT1種子の中から赤色蛍光を発する種子を形質転換種子として選抜し、ジフィーセブン(サカタのタネ社製)に播種して22℃の恒明条件下で栽培した。T1世代の形質転換植物のロゼット葉からDNAを抽出してheteroduplex mobility assay (HMA)とシークエンス解析を行い、MTIP1遺伝子のuORFに導入された変異を検出した。その結果、野生型(WT)の塩基配列(
図3中の塩基配列:配列番号73,
図3中のアミノ酸配列:配列番号74)に対し、MTIP1 uORFの保存領域を含む55塩基の領域が欠失した変異体(変異体1、
図3中の塩基配列:配列番号75,
図3中のアミノ酸配列:配列番号76)と、MTIP1 uORFの保存領域の上流に2塩基挿入が生じた変異体(変異体2、
図3中の塩基配列:配列番号77,
図3中のアミノ酸配列:配列番号78)を得た。これらの2つの変異体のいずれにおいても、MTIP1 uORFの保存領域の大部分のアミノ酸配列が変化していた(
図3)。
【0094】
2. 一過的発現解析
ゲノム編集によりMTIP1 uORFに生じた変異が、MTIP1タンパク質の発現にどのような影響を与えるかを、一過的発現系を用いて調べた。この解析で使用するプラスミドを構築するために、まずトゲオキヒオドシエビ[Oplophorus gracilirostris]由来のルシフェラーゼNanoLuc (Nluc)にPEST配列を付加したタンパク質 (NlucP) をコードする遺伝子が、カリフラワーモザイクウイルス35S RNAプロモーター(35Sプロモーター)の下流に連結されたプラスミドpNH007を作製した。このプラスミドpNH007の作製のため、プラスミドpNL1.2 (プロメガ社製) を鋳型にして、プライマーNlucPfor (配列番号79:5′-GAAAGATGGCGTCGACGGTCTTCACACTCGAAGA-3′) と NlucPrev (配列番号80:5′- TCATCTTCATCTTCGAGCTCTTAGACGTTGATGCGAGCTG-3′) を用いてNlucPコード領域をPCR法により増幅した。得られたPCR断片をプラスミドpKM56 (既報:Hayashi et al. 2017)の SalI部位とSacI部位の間にSLiCE法を用いて挿入することにより、プラスミドpNH007を作製した。
【0095】
次に、野生型シロイヌナズナ(エコタイプCol-0)と変異体のゲノムDNAからプライマーAT1G70780 5′UTRfor (配列番号81:5′-ATTTGGAGAGAACCAACAATCACATTCTTCTC-3′) とAT1G70780 5′UTRrev (配列番号82:5′-AGAGTCGACAACATCTTCGAAATCGAGAGA-3′)を用いてMTIP1遺伝子の5′ 非翻訳領域をPCR法により増幅した。一方で、プラスミドpBI221を鋳型にしてプライマーpUC19rev3 (配列番号83:5′-GACCATGATTACGCCAAGCT-3′) とAT1G70780 35Srev (配列番号84:5′-TGTGATTGTTGGTTCTCTCCAAATGAAATGAACT-3′) を用いて35Sプロモーター領域を増幅した。次に、オーバーラップPCR法を用いて、35Sプロモーター領域のPCR断片とMTIP1 5′ 非翻訳領域のPCR断片を融合させた。融合させたPCR断片をEcoRVとSalIで切断し、プラスミドpNH007の35Sプロモーター内のEcoRV部位とNlucPコード領域上流のSalI部位の間に挿入した。
【0096】
そのようにして作製したレポータープラスミドと内部標準プラスミドpKM56 (Hayashi et al. 2017)(35Sプロモーターの下流にブラジル産ヒカリコメツキムシ(Pyrearinus termitilluminans)由来のルシフェラーゼ[Eluc-PEST]遺伝子を繋いだコンストラクトを持つプラスミド)をポリエチレングリコール(PEG)法を用いてシロイヌナズナ培養細胞MM2dのプロトプラストへ導入した。その際に、1.5 × 105個のプロトプラストを100 μlのMaMg溶液 (5 mM morpholinoethanesulfonic acid, 15 mM MgCl2, 0.4 M mannitol, pH 5.8)に懸濁し、レポータープラスミドと内部標準プラスミドを5 μgずつ含むDNA溶液15 μlを加えた後、115 μl のPEG溶液 (40% PEG4000, 0.1 mM CaCl2, 0.2 M mannitol) と混合した。室温で15分間静置した後、800 μl の洗浄バッファー (0.4 M mannitol, 5 mM CaCl2, and 0.5 M 2-(N-morpholino)ethanesulfonic acid, pH 5.8) を加えて混和した。遠心分離によりプロトプラストを回収し、0.4 Mマンニトールを含みMgSO4を含まない1000 μlの改変液体LS培地に再懸濁した。プロトプラスト懸濁液を450 μlずつ2本のマイクロチューブに分注し、一方には3 μlの300 mM MgSO4(終濃度2.0 mM)を加え、もう一方には同量の水を加えた。22℃の暗所で24時間培養した後、遠心分離によりプロトプラストを回収し、100 μlの抽出バッファー(100 mM(NaH2/Na2H)PO4 and 5 mM DTT, pH 7)に懸濁した。ボルテックスミキサーを用いて振盪させることにより、プロトプラストを破砕し、遠心分離後に上清に含まれる細胞抽出液を回収した。細胞抽出液中のNlucとElucの活性をNano-Glo Luciferase Assay System (プロメガ社製)とLuciferase Assay System (プロメガ社製)を用いて、ルミノメーターLumat LB9507 (Berthold社製)で測定した。各レポータープラスミドについてそれぞれ3反復の実験を行い、Eluc活性で標準化したNluc活性の平均値と標準偏差を算出した。
【0097】
結果を
図4に示す。野生型のシロイヌナズナの生育に十分量である2 mM MgSO
4を含む培地(Mg +)とMg塩を含まない培地(Mg -)のいずれの培地で培養した場合にも、野生型のMTIP1 5′ 非翻訳領域を持つレポータープラスミドと比べて、変異体のMTIP1 5′ 非翻訳領域を持つレポータープラスミドは高いNluc活性を示した。特に、2 mM MgSO
4を含む培地(Mg +)で培養した場合を参照すると、野生型と変異体とで、その差は顕著であった。この結果から、ゲノム編集によりMTIP1 uORFに生じた変異が主要ORFの翻訳に促進的効果を及ぼし、MTIP1タンパク質の発現量を増加させたことが示唆された。
【0098】
3. MTIP1 uORF破壊株のMg耐性試験
シロイヌナズナのMTIP1 uORF破壊株の表現系解析を行うために、ゲノム編集でMTIP1 uORFに生じた、上記の変異体1の変異をホモ接合体として持つ系統を、PCR、HMA、シークエンス解析により選抜した。さらに、T-DNAが除かれた変異ホモ接合体系統を確立するために、種子の赤色蛍光が見られない系統を選抜した。そのようにして確立した変異ホモ接合体系統の種子を野生型シロイヌナズナ(エコタイプCol-0)の種子とともに20 mM MgSO4を含むMGRL寒天培地 (既報:Fujiwara, T., Hirai, M. Y., Chino, M., Komeda, Y. & Naito, S. Effects of Sulfur Nutrition on Expression of the Soybean Seed Storage Protein Genes in Transgenic Petunia. Plant Physiol. 99, (1992).) に播種し、22℃の恒明条件下で2週間栽培した。使用した培地の組成を以下に示す。
【0099】
1.75 mM sodium phosphate buffer (pH 5.8)
20 mM MgSO4
2.0 mM Ca(NO3)2
3.0 mM KNO3
67 μM Na2EDTA
8.6 μM FeSO4
10.3 μM MnSO4
30 μM H3BO3
1.0 μM ZnSO4
24 nM (NH4)6Mo7O24
130 nM CoCl2
1 μM CuSO4
【0100】
結果を
図5に示す。
図5に示されるとおり、野生型植物では高濃度のMg
2+による生育阻害が観察され、特に地上部の著しい矮化が見られた。一方、変異体では野生型植物と比べて生育が大幅に改善されていた。このことから、MTIP1 uORFの破壊によるMTIP1タンパク質の発現量の増加により、高濃度のMg
2+に対する植物の耐性を向上できたことが示された。
本実験で用いた培地に含まれる20 mMのMgSO
4は、海水に含まれるにMg
2+ 濃度(モル基準)の40%にあたる。このことから、本発明を適用した変異体(MTIP1 uORF破壊株)が、非常に優れたマグネシウム耐性を有することが分かる。
【0101】
各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本発明は各実施形態によって限定されることはなく、請求項(クレーム)の範囲によってのみ限定される。