IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 田中貴金属工業株式会社の特許一覧

特開2023-41261医療用Pt合金線材及び医療用Pt合金コイル
<>
  • 特開-医療用Pt合金線材及び医療用Pt合金コイル 図1
  • 特開-医療用Pt合金線材及び医療用Pt合金コイル 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023041261
(43)【公開日】2023-03-24
(54)【発明の名称】医療用Pt合金線材及び医療用Pt合金コイル
(51)【国際特許分類】
   C22C 5/04 20060101AFI20230316BHJP
   C22F 1/14 20060101ALN20230316BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230316BHJP
【FI】
C22C5/04
C22F1/14
C22F1/00 623
C22F1/00 625
C22F1/00 630A
C22F1/00 630C
C22F1/00 630Z
C22F1/00 630K
C22F1/00 675
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 684B
C22F1/00 684C
C22F1/00 685Z
C22F1/00 685A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691Z
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021148526
(22)【出願日】2021-09-13
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-02-04
(71)【出願人】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】堀之内 優貴
(72)【発明者】
【氏名】大久保 道正
(72)【発明者】
【氏名】二瓶 瑞生
(72)【発明者】
【氏名】井上 彬
(72)【発明者】
【氏名】寒江 威元
(57)【要約】
【課題】医療用のPt合金線材であって、当該用途において前提として要求される機械的性質や生体適合性を具備し、且つコイル等への2次加工性が良好な合金線材を提供する。
【解決手段】本発明は、10質量%以上15質量%以下のWを含み、残部Pt及び不可避不純物のPt-W合金からなる医療用Pt合金線材である。このPt合金線材は、ビッカース硬度が400Hv以上600Hv以下であり、従来の同組成のPt合金線材を凌駕する硬度及び強度を有する。本発明に係るPt合金線材は、塞栓コイルやガイドワイヤ等へ適用されるコイルとして好適な特性を有し、これら医療器具を製造する際の2時加工性も良好である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
10質量%以上15質量%以下のWを含み、残部Pt及び不可避不純物のPt-W合金からなる医療用Pt合金線材であって、
ビッカース硬度が400Hv以上600Hv以下である医療用Pt合金線材。
【請求項2】
前記線材の長手方向の任意断面の材料組織において、結晶粒のアスペクト比の平均が30以上である請求項1記載の医療用Pt合金線材。
【請求項3】
引張強度が2500MPa以上3500MPa以下である請求項1又は請求項2記載の医療用Pt合金線材。
【請求項4】
請求項1~請求項3記載のPt合金線材を巻回してなる医療器具用のPt合金コイル。
【請求項5】
請求項4記載の医療器具用のPt合金コイルを含む塞栓コイル又はガイドワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療器具である塞栓コイルやガイドワイヤ等の素材として好適な医療用Pt合金線材に関する。特に、従来の医療用Pt合金線よりも機械的性質に優れると共に、コイリング加工等の2次加工における加工性も良好なPt合金線材に関する。
【背景技術】
【0002】
くも膜下出血等の脳血管障害の治療における脳動脈瘤の破裂防止の処置のための塞栓コイルや、カテーテル治療の際にカテーテルを誘導するために用いられるガイドワイヤは、極細の金属線材をコイル形状にコイリング加工して製造される。
【0003】
塞栓コイル等の医療器具は、人体に直接的に接触し、ときには人体内に埋め込まれる器具である。そのため、その構成材料には、化学的安定性・生体適合性が要求される。また、脈動・拍動する血管内部に留置される塞栓コイルや、湾曲する血管内で変形を繰り返しながら移動するガイドワイヤの使用状況を考慮すると、強度やばね性といった機械的性質も要求される。更に、これらの医療器具による治療法では、X線撮像を行いながら器具の位置確認を行うことが通常であるので、X線視認性を備えている金属材料が好適である。このような医療用の金属線材の構成材料としては、Pt合金、Ti合金、ステンレスといった各種の金属材料が適用されている。
【0004】
そして、上記金属材料の中で、近年では、貴金属であるPtを主成分とする合金線材の使用が特に期待されている。Ptは、生体適合性において特に優れた金属であると共に、原子量大の金属でありX線視認性も良好である。例えば、特許文献1では、Pt-W合金からなるPt合金線材からなるガイドワイヤが開示されている。この特許文献1によれば、W濃度を3質量%以上15質量%以下とするPt-W合金からなるPt合金線材が適用されている。そして、W濃度8質量%の合金線材において最大強度を示し1850MPa(N/mm)の引張強度を示すことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-129935号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ガイドワイヤや塞栓コイル等の医療器具は、人体に用いられるものである以上、使用過程における挙動の狂い・不測の破損・破断は極力回避されるべきである。そのため、医療器具用の金属線材には、より好適な機械的性質向上への探求が求められる。
【0007】
また、上述の塞栓コイルやガイドワイヤ等の医療器具は、金属線材をコイリング加工や編み込み・フレミッシュ加工等の2次加工することで製造される。これらの2次加工においては、表面欠陥等の製品としての仕上がり不良は避けられなければならない。よって、医療器具用の金属線材については、こうした2次加工における加工性の確保や加工後の強度低下の抑制を考慮したものが求められる。
【0008】
そこで、本発明は、コイル形状等を有する医療器具用の金属線材であって、従来よりも好適な機械的性質を有すると共に、生体適合性、X線視認性等を具備するものを提供することを目的とする。そして、コイル等へ加工されることを考慮し、加工性についても良好な特性を有する医療用の金属線材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、合金線材の基本組成として上記特許文献1と同じくPt-W合金を選定した。上述したように、Ptは医療用材料として重視される生体適合性等を具備するからである。そして、添加元素としてWを適用するのは、Wも原子量が大きい金属であるのでX線視認性の確保に繋がるからである。また、医療用という本発明の用途を考慮するとき、新規な添加元素の採用は必ずしも好ましい手段とは言い難い。新規な添加元素による金属線材は、その強度等の物性面の改善を示す可能性はあるものの、医療用材料としての安全性・安定性を具備するかは不明である。医療用材料は、対象が人体であるために安全性の評価は容易なものではない。この点、Pt-W合金は、医療用合金線材の構成材料としての実績を有し、安全性・安定性は確保されている。
【0010】
ここでPt-W合金線材の機械的性質に関しては、特許文献1で開示されているとおり、W濃度が3質量%以上15質量%以下の範囲においては、W8質量%近傍において最大の引張強度(1850MPa)を示す。そして、W8質量%を超えると強度低下の傾向がみられるとされている。
【0011】
本発明者等は、従来のPt-W合金線材が上記のような挙動を示す要因として、W濃度増加によるPt-W合金の加工性の変化に応じて、線材の加工プロセスに差異があるためと考察した。通常、金属線材は、合金インゴットから、熱間加工と冷間加工(伸線加工)とを組み合わせて製造される。冷間加工は、被加工材の形状調整(線径調整)に加えて、加工強化(転位強化)や材料組織の調整による強度向上の作用を有する。一方、Pt-W合金においては、本来、Wは合金の強度を上昇させる添加元素である。但し、Wの含有量の増大は、合金そのものの強度を上昇させる半面、冷間加工を難しくする傾向がある。そのため、W濃度を増大させた合金から断線や割れが生じないように線材を製造するためには、冷間加工の工数又は加工率を減らさざるを得ない。従来のPt-W合金線材において、W8質量%を超えると強度低下を示すのは、合金の強度上昇により冷間加工が難しくなり、冷間加工による強化が不足していたことによると考えられる。
【0012】
この考察が適切なものであるとすれば、Pt-W合金線材の製造プロセス(加工プロセス)を最適化することで、Pt-W合金が有する本来の機械的性質が引き出された線材を得ることが可能となるはずである。そこで、本発明者等は、Pt-W合金線材の製造プロセスの最適化を図りつつ、これによる組成範囲(Wの濃度範囲)と機械的性質との関連を検討した。そして、その結果として以下の知見を得た。
【0013】
(1)本発明者等によるPt-W合金線材においては、従来以上の強度を発現可能であり、W8質量%のPt-W合金線材でも2000MPa以上の引張強度とすることができる。
(2)W濃度が8質量%、或いはそれを超えるW濃度のPt-W合金線材であっても、W濃度増大による引張強度の上昇傾向を生じさせることが可能である。
(3)Pt-W合金線材においては、硬度と引張強度との間に相関性がある。
(4)但し、過度に硬度・引張強度の高いPt-W合金線材は、コイル等への2次加工における加工性に影響を及ぼし得る。
【0014】
そして、本発明者等は、上記(1)~(4)の知見を基に鋭意検討の結果、好適な組成範囲と硬度より特定される医療用のPt-W合金線材として本発明に想到した。
【0015】
即ち、本発明は、10質量%以上15質量%以下のWを含み、残部Pt及び不可避不純物のPt-W合金からなる医療用Pt合金線材であって、ビッカース硬度が400Hv以上600Hv以下である医療用Pt合金線材である。以下、本発明に係るPt-W合金線材について詳細に説明する。
【0016】
(I)本発明に係る医療用Pt合金線材の構成
(A)Pt合金の組成
本発明に係るPt合金線材は、W濃度が10質量%以上15質量%以下のPt-W合金からなる。上記したように、本発明のPt合金線材では、W濃度と硬度又は引張強度とが比例関係にあり、W濃度の増大と共に硬度が増大する。但し、Wが15質量%を超える合金線材は硬度・強度は高いものの、線材からコイル等に加工するときの加工性に影響を及ぼし得る。この加工性とは、単に加工抵抗の上昇による加工の可否のみではなく、加工後の割れ等の加工品質を含む。一方、10質量%未満では、硬度が低くなる。本発明に係る線材は、W濃度8質量%でも従来技術(特許文献1)よりも高い引張強度や硬度を呈するが、より好適なPt合金線材とするため、W濃度の下限は10質量%とする。
【0017】
尚、本発明における好ましいW濃度は、10質量%以上14質量%以下とする。より好適な加工性の線材とするためW濃度の上限を更に制限するものである。
【0018】
尚、Pt-W合金線材におけるW濃度の測定方法は特に限定する必要はないが、誘導結合発光分光分析(ICP発光分光分析)や蛍光X線分析(XRF分析)等が適用できる。これらにおいて、ICP発光分光分析では、Pt-W合金線材を必要に応じて小片化してフッ酸で液化した溶液をICP発光分光分析装置で分析する。また、XRF分析では、Pt-W合金線材を導電性樹脂に包埋して断面研磨し断面部分をXRF分析装置で分析する。また、Pt-W合金の主成分については、これらの分析方法の他、エネルギー分散型X線分析(EDX)や、波長分散型X線分析(WDX)等の分析法にて簡易に測定可能である。
【0019】
本発明に係るPt合金線材のPt-W合金は、実質的にPtとWとから構成され、W以外の残部はPtである。但し、不可避不純物の含有は許容される。不可避不純物としては、Zr(ジルコニウム)、Ca(カルシウム)、Al(アルミニウム)、Si(ケイ素)、Ir(イリジウム)、Pd(パラジウム)、Rh(ロジウム)等が含まれる可能性がある。これらの不純物は、合計で0.5質量%以下が好ましく、より好ましくは0.2質量%以下とする。また、特に規制されるべき不純物元素としては、ZrとCaが挙げられる。これら2つの不純物元素は、Pt-W合金の加工性に影響を及ぼすおそれがあり、インゴットから線材に加工する段階で影響が生じる。そのため、Zrについては1000ppm以下とし、Caについては、250ppm以下のPt-W合金とするのが好ましい。これらの不可避不純物の含有量の測定については、上記したICP分析、XRF分析の他、グロー放電質量分析(GD-MS分析)等の公知の分析方法を適用することができる。
【0020】
(B)本発明に係るPt合金線材の機械的性質
(B-1)ビッカース硬度
本発明に係るPt合金線材は、上述したW濃度(8質量%以上15質量%以下)と、ビッカース硬度によって特徴付けられる。本発明では、従来のPt-W合金線材では発現し得なかった高い硬度及び引張強度を有する。これは後述する線材の加工プロセスにより生じた材料中の構造変化に起因する。材料中の構造変化とは、材料組織の好適化に加えて、冷間加工工程で導入された転位の密度及び状態や、上記範囲で添加されたW元素の存在状態等の複数の構造的因子が複合的に作用して形成されたものと考察する。そして、これらの構造的要因については、必ずしも全てが明らかではないことから、本発明では上記W濃度と共に硬度でPt合金線材の構成を特定することとしている
【0021】
そして、本発明に係るPt合金線材のビッカース硬度は、400Hv以上600Hv以下である。400Hv未満の線材は、従来のPt合金線材に対して同等かわずかに高強度のものであって、それらと区別する意義は少ない。一方、600Hvを超える場合、線材をコイル等に二次加工する場合における加工性が良好ではない。線材の硬度は、好ましくは400Hv以上550Hv以下とする。
【0022】
尚、合金線材のビッカース硬度の測定については、一般的にビッカース硬度試験機又はマイクロビッカース硬度試験機により、公知の条件にて測定可能である。例えば、JIS Z 2244「ビッカース硬さ試験-試験方法」に準じた方法により測定可能である。
【0023】
(B-2)引張強度
本発明に係るPt合金線材では、ビッカース硬度と引張強度(UTS)に相関性を有する。本発明に係るPt合金線材は、引張強度(UTS)が2500MPa以上である。Pt合金線材の引張強度の上限については、3500MPa以下とする。過度に引張強度が高い状態にある線材は、加工性において好ましくない状態にあるからである。Pt合金線材の引張強度は、より好ましくは2500MPa以上3300MPa以下、さらに好ましくは2500MPa以上3200MPa以下とする。尚、この引張強度の値は、上記した従来技術(特許文献1)よりも高い範囲となっている。
【0024】
Pt合金線材の引張強度の測定については、通常の金属線材の引張試験(例えば、JIS Z 2241「金属材料引張試験方法」に準じた引張試験)により測定可能である。
【0025】
(B-3)その他の物性
(B-3-1)絞り値
本発明に係るPt合金線材においては、前記引張試験における絞り値が35%以上であることが好ましい。この絞り値は、線材をコイル等に2次加工する際の加工性に関連する。Pt合金線材の絞り値を35%以上とすることで、断線や割れの発生を抑制しつつコイルに加工することができる。絞り値は、50%以上がより好ましい。また、絞り値の上限としては、70%とするのが好ましい。尚、絞り値の測定は、上記した引張試験において、引張試験前の線材の断面積Wと、引張試験後(破断後)の線材の断面積Wを測定したとき、(W-W)/W×100の式により算出される。
【0026】
(B-3-2)ヤング率
本発明に係るPt合金線材は、従来の同一組成のPt合金線材に対しても特徴的な機械的性質を有する。上記以外の物性として、本発明に係るPt合金線材は、ヤング率が230GPa以上290GPa以下となるものが好ましい。
【0027】
(C)Pt合金線材の材料組織
本発明に係るPt合金線材においては、長手方向の任意断面において、長手方向に横長の結晶粒が集合した材料組織を呈する。この材料組織を構成する結晶粒は、アスペクト比(長軸長さ/短軸長さ)が平均で30以上である。また、この材料組織においては、伸線加工により等軸方向に延ばされ、周囲よりもアスペクト比がより大きくなっている針状結晶が分散している。かかる針状結晶は、アスペクト比の測定は困難であるが、短軸長さがPt合金線材の線径の1/30以下となっている。以上の材料組織は、後述する製造プロセスに基づき形成されると推定され、本発明に係るPt合金線材が高い硬度及び引張強度を示す要因の一つであると考えられる。
【0028】
(D)Pt合金線材の線径
本発明に係るPt合金線材において、線径は20μm以上100μm以下が好ましい。塞栓コイルやガイドワイヤ等の医療用途においては、前記範囲の線径の金属線材が適用されることが多い。
【0029】
(II)本発明に係る医療用Pt合金線材の製造方法
本発明に係るPt合金線材の製造にあたっては、通常の線材の製造方法に従うことを基本的な工程とする。ここで、通常の線材の製造方法としては、合金インゴットに対して熱間鍛造等の熱間加工を行い、合金インゴットの鋳造組織を破壊しつつ寸法調整をした後、冷間伸線加工等の冷間加工を行って目的の線径の線材を得ることができる。
【0030】
そして、本発明に係るPt合金線材は、W濃度を10質量%以上15質量%以下としつつ、高硬度・高引張強度及び加工性が付与されている。そのための加工プロセスの改良として、本発明では合金インゴットを線材にするまで間に累積される塑性ひずみの最適化が図られている。この最適化された塑性ひずみ導入の工程を踏まえつつ、以下に本発明に係るPt合金線材の製造方法における各工程の内容を説明する。
【0031】
(a)Pt-W合金インゴットの準備
まず、W濃度が10質量%以上15質量%のPt-W合金インゴットを用意する。Pt-W合金インゴットは、Pt及びWを目的組成で混合しアーク溶解、真空溶解により鋳造することで製造できる。次工程である熱間加工のための形状を制御するため、鋳造した合金を再溶解して合金インゴットとしても良い。熱間加工工程のために用意される合金インゴットの形状は、棒状や板状等で特に限定されることはない。
【0032】
(b)熱間加工工程
熱間加工工程は、合金インゴットの鋳造組織を破壊するための必須の工程である。また、熱間加工工程により、合金インゴットの断面積を減少させて冷間加工に適した粗線にする。熱間加工工程では、熱間スエージング、熱間鍛造、熱間圧延(熱間溝圧延)が行われる。これらの熱間加工を組み合わせ、複数回の熱間加工を行っても良い。熱間加工工程における加工温度は、600℃以上1100℃以下とするのが好ましい。
【0033】
そして、本発明における熱間加工工程では、加工前後による断面減少率を45%以上として熱間加工を行うことが好ましい。鋳造組織を破壊に加えて、材料組織をより均質化するためである。これにより次工程である冷間加工における加工性を向上させることができる。断面減少率は、熱間加工前の合金インゴットの断面積(S)と、熱間加工後(熱間加工を複数回行う場合は最後の熱間加工後)の粗線の断面積(S)から算出される((S-S)/S×100)。
【0034】
(d)冷間加工工程
冷間加工工程により、所望の線径のPt合金線材を製造する。冷間加工工程は、冷間圧延(冷間溝圧延)、冷間伸線、冷間引抜等が行われる。これらの冷間加工を組み合わせ、複数回の冷間加工を行っても良い。冷間加工工程における加工温度は、常温以上200℃以下とするのが好ましい。
【0035】
(e)相当ひずみの設定(中間焼鈍処理)
これまで述べたとおり、本発明に係るPt合金線材は、高強度でありながら加工性(2次加工性)に優れる。このPt合金線材の製造においては、W濃度を制限すると共に、上記した製造工程における相当ひずみ(蓄積塑性ひずみ)を制御することが好ましい。ここで、本発明における相当ひずみとは、塑性ひずみのない合金を基準とし、そこから加工工程を経て線材に加工されるまでに蓄積される塑性ひずみ量とする。本発明では、ダイスや溝ロールによる押出・引抜加工やダイレス伸線加工(引抜加工)を主体とした加工方法により線材に加工される。そして、押出・引抜加工における相当ひずみは、塑性ひずみのない合金の断面積をAとし、冷間加工工程後の線材の断面積をAとしたとき、相当ひずみはln(A/A)の絶対値に近似される。また、塑性ひずみのない合金とは、焼鈍熱処理によりひずみ除去された合金や、鋳造後の合金インゴットである。
【0036】
そして、本発明に係るPt合金線材の製造においては、上記の近似式より算出される相当ひずみを2.0以上8.0以下となるようにすることが好ましい。相当ひずみを2.0未満とすると、Pt合金線材の硬度・引張強度は低くなり、従来技術と同程度となる。一方、相当ひずみを8.0超で加工すると、Pt合金線材の加工性は低いものとなり、コイル等に2次加工する際に断線等が生じるおそれがある。この相当ひずみは6.0以下とするのがより好ましい。
【0037】
そして、上記した相当ひずみの意義に基づけば、相当ひずみの調整には塑性ひずみを開放する焼鈍処理を適切に行うことが好ましい。この焼鈍処理の条件としては、Pt合金を600℃以上1100℃以下の温度で加熱することが好ましい。600℃未満では、ひずみの解放は不十分となる。焼鈍処理は、冷間加工前に行うことで、冷間加工性を向上させるという作用も有するが、600℃未満ではその際の加工性向上の作用も不十分となる。一方、焼鈍処理を1100℃超の温度で実施すると、Pt合金は再結晶により著しく軟化する。
【0038】
焼鈍処理の実施回数についての制限はない。熱間加工工程前や、熱間加工工程の途中又は熱間加工工程後(最後の熱間加工後)、更には冷間加工工程前若しくは冷間加工工程の途中において、複数回の焼鈍処理を実施しても良い。但し、相当ひずみは、焼鈍処理を行った後のPt合金の断面積を基準とするので、焼鈍処理後の加工工数や加工率を考慮して焼鈍処理を行うことが好ましい。尚、加工工数及び加工率は、Pt合金の寸法とPt合金線材の目標線径に基づき適切に設定できる。
【0039】
但し、焼鈍処理の最適な対象は、少なくとも、熱間加工工程後(最後の熱間加工後)であって、冷間加工工程前又は冷間加工工程の途中のPt合金である。これらのタイミングでの焼鈍処理は、相当ひずみの調整の観点からみて有意である。冷間加工工程において想定される加工数や加工率を考慮すると、相当ひずみを好適範囲とするためには、熱間加工工程後で焼鈍処理をすべきである。また、冷間加工前又は冷間加工工程中で焼鈍処理することで、冷間加工性を確保し、微細な細線への加工を容易とすることができる。本発明においては、このような熱間加工工程後であって冷間加工工程が終了するまでの状態のPt合金を対象とする焼鈍処理について、特に、中間焼鈍と称することがある。尚、本発明者等の検討によれば、冷間加工前又は冷間加工中に焼鈍を行わなくても、線材への加工そのものは可能であり、100μm以下程度の線材であれは製造可能である。中間焼鈍の加熱条件については、上記と同様である。
【0040】
以上説明した各工程を経て本発明に係るPt合金線材が製造される。上記のとおり、本発明に係るPt合金線材は、線材として加工されるまでの相当ひずみを好適化し、各加工工程における加工条件を規定する。これらにより、従来技術(特許文献1)とは異なる構成を有するPt-W合金線材を製造できる。
【0041】
(III)本発明に係るPt合金コイル及び医療器具
本発明に係るPt合金線材は、適切な機械的性質を有すると共に2次加工性に優れることから、塞栓コイルやガイドワイヤを構成するPt合金コイルに好適である。本発明に係るPt合金線材を巻回するコイリング加工により、本発明に係る医療器具用のPt合金コイルとすることができる。
【0042】
医療器具用のコイルは、人体の血管内での移動等のため、上述したような微小な線径のPt合金線材を加工して製造される微細な部材である。そのため、医療器具用のコイルは、コイル指数が規定されることが多い。コイル指数は、コイル平均径Dと線径dとの比(D/d)であり、医療器具用のコイルではコイル指数が4~5程度に設定されることが多い。上記の線材の線径を考慮すると、このコイル指数によるコイリング加工の加工率は高いものといえる。本発明に係るPt合金コイルは、かかる強加工を受けても、表面割れ等のない好適な状態となっている。
【0043】
そして、このPt合金コイルは、塞栓コイル及びガイドワイヤの一部又は全体を構成することができる。塞栓用コイルは2次コイル形状をしたものが一般的である。2次コイル形状は、本発明のPt合金コイルを更にコイリング加工して形成される。ガイドワイヤ(スプリングワイヤ)は、適宜の材質からなる芯材(コア)に本発明のPt合金ワイヤを巻き付けて製造される。本発明に係る塞栓用コイル及びガイドワイヤは、いずれもPt合金線材が有する好適な機械的性質により、容易に破損することなく安定して機能することができる。
【0044】
尚、本発明に係るPt合金線材は、上記塞栓コイル及びガイドワイヤ以外の医療器具として、ステント、マーカ等に使用することができる。
【発明の効果】
【0045】
以上説明したように、本発明に係る医療用のPt合金線材は、公知のPt-W合金線材に対してより好適な機械的性質と加工性を有する。そして、本発明に係る医療用のPt合金線材は、塞栓コイル及びガイドワイヤの構成材料として好適な特性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0046】
図1】W濃度12質量%(中間焼鈍有・無)、16質量%(中間焼鈍有)のPt合金線材をコイリング加工したときの断線の状態を示す写真。
図2】W濃度12質量%のPt合金線材の長手方向断面の材料組織を示すSEM写真。
【発明を実施するための形態】
【0047】
以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、W濃度の異なるPt-W合金線材を製造し、その機械的性質の測定と加工性評価を行った。
【0048】
[Pt合金線材の製造]
まず、Pt地金(純度99.98%)とW(純度99.9%)とを所定組成となるように秤量混合してアーク溶解した母合金を製造した。この母合金を真空溶解して丸棒状のPt-W合金のインゴット(直径10mm)を製造した。本実施形態では、W濃度が8質量%、10質量%、12質量%、13質量%、14質量%、15質量%、16質量%のPt-W合金を製造し、各組成のPt合金線材を製造することとした。
【0049】
次に、棒状のPt合金インゴットについて、熱間加工工程により粗線に加工した。熱間加工工程では、棒状Pt合金インゴットを700℃で10分間加熱した後、熱間スエージングと熱間溝圧延を適宜に実施して3.5~7.4mmの線径の粗線に成形した。この熱間加工工程では、総減面率を45%以上とした。
【0050】
熱間加工工程後、粗線を室温にて冷間溝圧延及び冷間伸線を行い、φ0.5mmまで加工した。そして、窒素雰囲気下で800℃×60分間加熱して中間焼鈍処理を行い、塑性ひずみを開放した。
【0051】
上記の中間焼鈍処理後の粗線を室温で冷間伸線加工を行い、更に連続伸線加工を行い線径28μmのPt合金線材に加工した。中間焼鈍後の冷間加工工程により、相当ひずみは5.8である(No.1~No.4、No.6~No.9)。その後、洗浄し、各種測定・評価用の長さのサンプルを切り出した。
【0052】
本実施形態では、対比のため、W濃度12質量%のPt合金について、中間焼鈍を行うことなく製造したPt合金線材のサンプル(No.5)も製造した。このサンプルにおいては、本発明でいう中間焼鈍を行っていないが、熱間加工前に行った加熱処理(700℃×10分間)が焼鈍処理に相当する。よって、この際の加熱処理時の棒状合金インゴットの直径(10mm)が相当ひずみ算出の基準となり、相当ひずみは10.4となる。
【0053】
本実施形態で製造したPt合金線材について、その製造条件を纏めたものを表1に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
[機械的性質の測定]
上記で製造した合金線材(線径28μm、サンプル長200mm)について、ビッカース硬度の測定を行った。計測準備として、合金線材を15mm以下に切断し束ね、長手方向が樹脂底面と垂直になるように樹脂で包埋し固定した。樹脂を耐水研磨紙、ダイヤモンドスラリーを用いて研磨し、測定面を露出・研磨した。測定は、ビッカース硬度測定器(製品名:HM-200 株式会社 ミツトヨ製)を使用し、荷重50gfで行った。
【0056】
また、極細線用引張試験機(ストログラフE3-S:東洋精機製作所)を用いて各合金線材の引張試験を行った。試験条件は、ゲージ長100mm、クロスヘッド速度10mm/分とした。この引張試験により引張強度(UTS)を測定した。
【0057】
更に、自由共振法による弾性率及び剛性率の測定を行った。試験装置として自由共振式ヤング率・剛性率測定装置(JE-RT、JG-RT:日本テクノプラス株式会社)を用いて室温で測定を行った。そして、測定された共振周波数に基づき弾性率及び剛性率を算出した。
【0058】
[加工性評価]
加工性評価は、各線材サンプルをコイリング加工して、加工時の断線の有無により行った。コイリング加工は、コイル指数(D/d)を4に設定し、芯材(直径0.1mm)に線材を巻回させて加工をした。そして、10mの合金線材をコイリング加工して最後まで加工できたものを加工性良(○)と判定した。また、途中で線材に断線が発生した場合には、そこで加工を中止して加工性不良(×)と判定した。以上の機械的性質の測定結果(室温)と加工性評価結果を表2に示す。
【0059】
【表2】
【0060】
表2から、本発明のW濃度範囲のPt合金線材は、(8質量%以上15質量%以下:No.2~No.8)において、ビッカース硬度で400Hv以上を示し、引張強度で2500MPa以上を示している。また、Pt合金線材の硬度及び引張強度は、W濃度の増大と共に上昇することが分かる。これは、W濃度増大によるPt合金の強度上昇と、冷間加工工程における相当ひずみの設定による適切な加工強化によるものと考えられる。
【0061】
尚、これらNo.2~No.8のPt合金線材について、引張試験の結果から絞り値を測定したところ、No.2の線材(W濃度10質量%)が最大値の65%であり、No.8の線材(W濃度15質量%)が最小値の35%であった。
【0062】
そして、W濃度16質量%のPt合金線材(No.9)は、硬度が600Hvを超えている。このPt合金線材は、2次加工(コイリング加工)により断線が生じ、加工性において劣ることが確認された。この加工性評価について、図1にW濃度12質量%、16質量%のPt合金線材をコイリング加工したときに見られたコイルの断線状況を示す。このことから、Pt合金線材の硬度及び引張強度は望ましいといえるが、加工性を考慮するとW濃度は15質量%を上限にすべきであるといえる。
【0063】
また、W濃度12質量%の線材に関して、中間焼鈍を行なわず相当ひずみを10.4に調整した線材(No.5)についてみると、このPt合金線材は硬度が600Hvを超えており、コイリング加工で断線が生じた。同じW濃度で中間焼鈍を行って相当ひずみ5.8に調整したPt合金線材(No.3、4)は、加工性が良好であったことを考慮すると、機械的性質の向上と共に加工性を確保するためには相当ひずみを制御することが好ましいことがわかる。
【0064】
図2は、W濃度12質量%のPt合金線材(No.4)の長手方向断面の材料組織を示すSEM写真である。図2からわかるように、このPt合金線材の材料組織は、横長のアスペクト比の高い結晶粒で構成されている。この材料組織では、短軸長が極めて小さい針状組織が入り組んでいる。図2において、複数の結晶粒についてアスペクト比を測定したところ、いずれも30以上であった。
【0065】
尚、W濃度8質量%のPt合金線材(No.1)に関し、従来技術である特許文献1に記載された同組成のPt合金線材の引張強度は1850MPaである。よって本実施形態のPt合金線材は、W濃度8質量%であっても従来技術以上の強度を有するといえる。本発明では、前記従来技術に対して50%以上の強度上昇を目標値とすると、W濃度の下限値は10質量%が好適である。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明に係る医療用のPt-W合金からなるPt合金線材は、好適な機械的性質を有すると共に良好な加工性を有する。本発明は、塞栓コイル、ガイドワイヤ等のコイル形状を有する医療器具への応用が期待できる。
図1
図2
【手続補正書】
【提出日】2021-11-22
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
10質量%以上15質量%以下のWを含み、残部Pt及び不可避不純物のPt-W合金からなる医療用Pt合金線材であって、
ビッカース硬度が400Hv以上600Hv以下である医療用Pt合金線材。
【請求項2】
前記線材の長手方向の任意断面の材料組織において、結晶粒のアスペクト比の平均が30以上である請求項1記載の医療用Pt合金線材。
【請求項3】
引張強度が2500MPa以上3500MPa以下である請求項1又は請求項2記載の医療用Pt合金線材。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のPt合金線材を巻回してなる医療器具用のPt合金コイル。
【請求項5】
請求項4記載の医療器具用のPt合金コイルを含む塞栓コイル又はガイドワイヤ。